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好きな神社の一つです。これまでに三、四回お伺いしています。気比の松原もとても奇麗ですし、ヨーロッパ軒も好きなグルメの一つです。 ここの神様は人に生き甲斐を与えてくださる神様だと信じていますので、そういう事を求めておられるお客様にはちょっと金沢からは遠いですが、お勧めしています。 イザサワケノミコト様という神様ですが、一説には「名(魚)を与える」というお力があるようです。それは人に生き甲斐を与えてくださるという事なのだと私は勝手に解釈しています。ここの参拝方法には一つコツがあるので、行かれる方はお聞きください。こっそりお教えします。
2026年04月29日
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平常心でいようといつも思っているのですが、なかなかそう簡単なものではありません。母の入居している施設の看護師さんから連絡が来てまた高熱が出て寝込んでいると聞くと、もう平常心ではいられなくなってしまいます。これまでもコロナやら誤嚥性肺炎やらで高熱を発したことはたびたびですし、背骨も二回骨折していますからもうそろそろ慣れてもいいのですが、日曜日で常駐のお医者さんがおられない時に発熱となるともうちょっと落ち着いていられなくなってしまいます。家族が健康で普通に生活してくれていることがどれだけ幸せなことなのか実感します。今日は半日母の世話にかかりきりになりそうです。本人は100まで生きると言っていましたから、まぁ頑張ってくれるでしょう。
2026年04月27日
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たまにおられます。まだ生まれ変わりの回数が少ない方ですね。ニ、三回しか生まれ変わったことがないのでまだ少し魂として経験不足です。そういう方は未熟ではありますが、逆に好奇心や意欲のようなものがとても強くなります。それだけに失敗やつまずきも数多くすることになりますが、それでもそれを乗り越える心の強さのようなものが魂に在ります。 まだ魂の修業期間と言えるかもしれません。だから信仰心も薄く何かに頼るという気持ちも薄いです。それでもそういう方も「心の核」のようなものの種は持っていますから、それが何かのきっかけで育てば段々と失敗も少なくなり、トラブルも減っていきます。周りとのご縁というものに気づけば少しずつ育ち方も安定してきます。魂が若いと言っても、それは純粋な心が今から育っていこうとしている姿なのだと言っても間違いないと思っています。
2026年04月25日
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下界は少し暖かくなってきましたが、散歩の途中で見る犀川上流の山並みはまだ白く所々に残雪が残っています。散歩道からは見えませんが、白山などはまだ真っ白です。山の上にはまだまだ冬が居座っているように思います。雪国の春はまだ簡単には夏の到来とはならないようです。それでも下界ではそろそろ窓のすだれやら扇風機やらの準備が始まり、またあの猛暑を迎える準備が始まっています。考えるだにおぞましきあの猛暑。あの頭の中が煮え立つような気候はいい加減にしてほしいものです。エアコンがなかったら仕事放棄してどこかの南半球に逃げ出していたかもしれません。 山まだ白き・・・それは私の願望かもしれません。
2026年04月23日
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どうも私が小松の安宅住吉神社に呼ばれていたのは、静御前さんに呼ばれていたようです。こちらの神社へ伺ってからやたら静御前さんに関わる氣視やら霊的ご縁やらが出てきて、そう言えば神社へ伺ったときに対応してくださった巫女さんもとても美しい人でした。 有り難いことですが、こういう霊的ご縁で呼ばれることって呼ばれている時点では気づかなくて後になってだんだんわかってくることがほとんどです。神様ってわかりにくいですよね。わかりにくいメッセージ程重要だというのもその通りで、わかりやすいメッセージの場合は大したことではないですね。 静御前さんは悲劇の中で亡くなられた方ですが、その純愛はとても人が憧れる内容ですから人の記憶の中に深く強く残っていくのだろうと思います。義経とともに日本人の心の中に根深く残る愛の形なのかもしれません。
2026年04月21日
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当院のお客様で女性の方がNHKのファミリーヒストリーに出演されました。視聴させていただきましたが、本当にご先祖様が穴太衆という城郭の石積み技術の専門家集団だということがわかりました。 私の氣視の中でも時々前世が穴太衆であった方たちが出てこられており、私自身がこの専門家集団と何らかのご縁があるようには感じていました。10年以上も前から当院へ通っておられる方が現実に穴太衆のご子孫だとわかりびっくりしています。番組では彼女のご先祖たちは大阪城や江戸城を作り、もちろん金沢城の石垣も手掛けておられることが判明しました。小松穴太衆と呼ばれていたそうです。小松のあたりは良い石材の産地でもあるからあの辺りに拠点を持っておられたのかもしれません。 歴史の深い一部に接しられて嬉しい限りでした。
2026年04月19日
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氣視させていただくと子供さんはほとんど「元気玉」に視えます。大体10歳以下の子供さんがそうですが、元気の塊で元気というのは言葉のまま「氣」のもとになるもので固まって玉のようになっています。 こんなに素晴らしいものはないというのが視た思いですね。これは絶対に大切にしなくてはならない。だってこの世の命の源のようなものが子供たちなのですから。光り輝いてコロコロと転げまわっている元気玉を氣視していると本当に愛おしく貴重なものという気がします。慈しんであげなくてはなりません。
2026年04月17日
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明るい部屋にいて出入り口のドアが少しだけ開いていてそこから暗い廊下が見えているとすると、何故かそこから誰かが、何かが覗いているような恐怖に囚われることってありませんか? 人の恐怖というのは心の中に差し込む暗い影のように思います。あからさまな危険に対しての恐怖とは少し違うかもしれませんが、そういう「畏れ」のような思いのほうが人の心を混乱や鬱々とした感情に誘うように思えます。 江戸時代とかの昔は照明がろうそくや燈明のような油明かりしかなかったから部屋の隅にも暗がりがあって、そこから妖怪や幽霊が生まれたのだろうとは思います。 海外で起きている様々な紛争や戦争・・・そういう暗い影がうっすらと見え続けているというのは誰かの言葉ではありませんが、石器時代の恐怖が戻ってきているように感じられます。早く平和な世の中に戻ってほしいものです。
2026年04月15日
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というお名前の水墨作家さんが好きで、先日の定休日は富山水墨美術館へ行ってきました。高速を使えば一時間ほどで行けます。これまでにも三度ほど伺っていて美術館自体もとても広くて美しくて気持ちの良い美術館です。企画展を観て、常設展も観て、ショップで篁氏の複製画を漁り購入して、それから雨晴海岸まで足を延ばして奇麗な富山湾の風景を楽しんで帰宅しました。お昼に食べたスシローのお寿司がとても美味しかったのが家人には好評でした。天気も良くて素晴らしいドライブ日和でした。
2026年04月13日
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最近の天気は総じて荒いですね。雨の降り方も荒いし、晴れても暑さが荒い。風が吹いても強烈で荒い。何事もない日でも突然天候が急変することが多いです。人目線で考えるとどうにも優しくないように思えます。厳しく辛く当たってきているように感じます。 昔の天気はもっと優しかった。もちろん豪雨や猛暑はあったけれどどうにか頑張れば乗り切れるかなと思える程度のものが多かった。けれど今の気候は到底乗り切れない。限界以上に簡単に到達しているように思います。50年に一度、100年に一度・・・なんて言葉が簡単に出てくるほどの天候が簡単に襲ってきます。 文明や都市は何とか対応していけるかもしれませんが、人の身体や心はこれについて行けるのか?はなはだ疑問です。地球環境の変化・・これがこれ以上悪化して荒くならないように願うばかりです。
2026年04月11日
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当院にひざ痛で通っておられる元気なお年寄りの女性がポツンとつぶやかれました。「最近ラジオ体操をしていますが、自分がジャンプ出来なくなっていることに気づきました。」 少し太り気味でひざ痛も当院に来られるまでは相当ひどかったようで、運動不足も重なって飛び上がるための足の筋肉が衰え、それに連動していた腹筋や背筋も老化してしまったのだろうと思われます。しかしショックだったろうと思います。自分が出来なくなっていることを知るというのはとても嫌なものです。じぶんの「老い」と向き合うというのはどんな時も辛いものです。もう一度ジャンプ出来るようになれれば良いがと願わずにはいられません。 ひざ痛は個人それぞれで程度も原因も異なります。胃腸系から来ているもの、膀胱経の弱りから来ているもの、中には背骨の変形から重心がずれてひざ痛になっておられる方までおられます。何もかもをひとまとめに「ひざ痛」という症状名にまとめてしまうのは無理があります。 「老い」も人それぞれ。まとめてしまうのはやはり無理があります。
2026年04月09日
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毎日タオ指圧を施療技術の一つとして使わせていただいていると「氣」というものを常に感じて、考えることになります。霊視や霊感と違って「霊」を感じたり視たりということはできませんので、目に見えないものを相手にしているとはいえ宗教的な感覚は全くありません。元々は文科的性格なのに大学は工学部を出ているので、どちらかというと学術的な視線で「氣」というものを視ています。身体の歪みや不調と氣がどう関わっているのか?流れはどうなっているのか?内臓との関係は?などと言う観点で見ることが多いです。 だから霊体や神仏は氣の集合体という見方や周りを漂い流れる氣の性質を感じて視ていることが多いです。霊的観点は全くありません。 氣と霊とは温度と湿度くらいの差があるように思います。似て異なるものという感じでしょうか。面白いなぁといつも感じて楽しんで研究させていただいています。
2026年04月07日
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春霞(はるかすみ)のごとく桜が咲いています。一気に咲いたなぁ・・今年は。そして昨日から花散らしの風が吹いています。まるで人には美しさなんてわからないだろうから一瞬でいいだろうと神様が決めたかのように。それでも桜の美しさの記憶は人の生きていく道の途中途中で句読点を付けてくれているように思います。桜の花は儚いですね。でもだからこそ奇麗で印象に深く刻まれるのかもしれません。
2026年04月05日
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日本列島を縦断して分断しているフォッサ・マグナという地層帯があるのですが、それの西側の境界線を糸魚川静岡構造線と言います。 当院のお客様で男性の方ですが、東京から新幹線で帰ってくるといつも軽井沢辺りから何だか具合が悪くなって・・・というお話をされていて、それってこの構造線の付近で地脈の分裂を感じ取っているのではないかと思いました。人によってはそういう地脈の分裂を敏感に感じる方がおられてもおかしくはありません。 そういっている私もフォッサ・マグナミュージアムには何度もお邪魔していて糸魚川のあの辺りのヌナカワヒメの命様には何だか惹かれるものを感じているのですが。元々は娘が鉱物好きということで引っ張られて行っていたのですが、何だかあの辺りの雰囲気が好きです。
2026年04月03日
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これが最近の私のテーマです。真面目な人間ほど楽に生きるのが下手くそです。周りに気を使い、しなくてよい苦労をして、自己満足までも否定して陰に陰に生きていくので全く楽に生きていけません。 だから楽をするというのをズルをするというニュアンスを取っ払って、せめて「楽に息をする」くらいの気持ちで軽く考えるようにして「無理しないで」生きることにしています。 仕事はやりがいもあり生き甲斐でもありますし頑張ってやりますが、無理をしてまではやりません。体と心が「無理」と判断したら止めることにしています。69年も生きてきたのだからここらで無理せず楽に生きるルートに入っても罰は当たらないのではと思っています。「ラクイキ」これが今のテーマです。
2026年04月01日
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