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KAIが学校から借りてきた本。毎回毎回、どこからこういうのを見つけてくるんだろうか?●つうさん、またね。~ジャンボ鶴田を支えた家族の記録~●お笑いタレントになるには●唱歌~明治・大正・昭和~●丸ゴシック体字典●オールヒット曲~ニューミュージック&J-POP 2003~
2005年10月31日
昨夜、なにげにNHKなどつけてみたらフジコヘミングの番組が。なんでも1999年に特集したのが好評で、後に再編集で放映し、今回はまたその焼き直しの様子。現在はパリを拠点に半年間を世界各国で演奏旅行、半年を日本のお家で猫たちと暮らしているのだそうですが、番組はその日本のお家でのインタビューシーンをメインにしたものだった。子どもの頃、私はショパンがあまり好きではなかったのよね。幼稚園に入る頃にはすでにオルガン教室に通い、小学校低学年でピアノを始めるまでには一通りの音符も読めるようになっていたからか、その頃ついた先生は子どもには厳しい方。おかげで楽しいなんて一度も思ったことのないピアノレッスン。ローマ字を習う前にイタリア語の音楽記号を教え込まれて、弾く楽しさよりも音楽を学ぶ苦痛が先だったなあと今にして思う。私がもし子どもにピアノを教えることがあるとすれば、フォルテとフォルテシモぐらい一緒だっていいじゃないか。アレグロだろうがアレグレットだろうが自分の感覚でいいじゃないか。左手の和音がきたなくたって構うもんか、という教え方をすると思うわ。大体、プロになるんでなければピアノなんて楽しめたらそれでいいのだ。好きな曲選んで、それがいくつか弾けたらいいんじゃないの?なんで昔の先生はそういう教え方をしてくれなかったんだろうか?何年かして妹も同じような道のりでピアノの道に入り、ふたりで新しい先生につくようになったのだが、この先生からは厳しいことも言われず、でももうその頃にはほとほとピアノに嫌気がさしていた私は数年後にとっととピアノをやめてしまったのだ。逆に妹はそのままピアノの道を歩き続けて、ある時期はいやというほどショパンばかりを弾いていた。ショパン、ショパン、ショパン!!聴かされすぎもあったのか、なんか女々しいイメージのショパンに反発して、私は重い雰囲気のベートーベンのソナタを好んで弾いていたっけな。あ、もう弾けないけど。そのショパンのイメージをころりと変えてくれたのはフジコのピアノだった。数は少ないけれど、ピアノリサイタルはいくつか行っている。小学生で最初に見た男性ピアニストの演奏では「自分もピアニストになる」と血迷ったり、中学か高校時代に見た(その頃全盛の)中村紘子は傲慢な態度にうんざりして「大した演奏じゃないくせに」と思ったり(爆)。世界のリヒテルの演奏ではうっかり寝てしまったし、ポップス系ピアノは「これだったら別にCDで十分」と。つまり、ピアノの演奏で「いいなぁ」と思えるものも無かったのね(もっとも、十分な「聴く耳」を持っていないのが一番の問題なのだ)。けれど、フジコの演奏を初めてテレビで見た時にはすごく感動!!生き方を知ってまたまた感動。まるでドラマなんだも~ん。昨日の番組内でも「私は自分のラ・カンパネラが好き。他の人の演奏はきらい」とズバッと言っていたシーンがあって、私も「そうそう。私もあなたのラ・カンパネラでないとイヤ」なんて思ってしまった。なにより私、彼女のファッションセンスが好き。国籍も時代も超えて、自由に自分の感性を貫いているところが潔いしカッコイイ。ピアノ演奏も絵もファッションもインテリアも、すべてフジコ流。歳を取ったら私もああいう人になりたいわ。
2005年10月31日
11月13日まで会期の「岡山美術百科」展に行ってきた。岡山県立美術館収蔵庫総ざらえ、なんだって。常設展にはあまり私好みの作品がないので、大した内容じゃないだろうと(すごく失礼!!)行く気はなかったのだけれど、招待券もらって「割とよかったみたいよ」と聞いたので。しかも小中学生は無料だ。展示は「あ・か・さ・た・な……ん」でコーナーが作られていて、「あ」は「あたい千金(絵画・工芸部門の代表作)」、「さ」は「咲く花、啼く鳥、山海のめぐみ(そういう題材のもの)」、「ら」は「礼拝礼賛(神や仏関係のもの)」といった具合。お客は少なく、KAIと時間をかけてのんびりと鑑賞。ちょうどギャラリートークの時間でもあったのだけれど、それには参加しないで自由に楽しんだ。これまでにもこの地元美術館にはよく足を運んでいるので、この絵はあの企画の時に見たよ、これは常設展示されていたよねとか言いながら。作品は地元ゆかりの作家モノや備前焼なども多く、華やかさとバリエーションに欠けるかなとも思ったけれど、まあそれなりにユニークな品揃えと、この展示分類のアイデアで随分と楽しめましたわ(ほんと、なかなか良い切り口でした)。イサムノグチや国吉など、世界を舞台に活躍している作家のものは名前だけでも目を引くけれど、おそらく地元だけで名の知られた人のも。そういうのを時代もジャンルも関係なくゴチャゴチャと取り混ぜているのね。前に大感動して会期中に2度足を運んだ斎藤真一の瞽女の絵もあり、またまた感動。また、絵を鑑賞するだけでなくて体感するコーナーもあって、いろいろな構図で描かれた富士山の絵の前では、好きな用紙で自由に富士山を描いてみようとか。フレームのサイズが違ったり、縦に使ったり横にしたり、二つのフレームに描いたり。ほら、絵っていろんな角度から楽しめばいいんだよっていうのを教えてくれるようでしたわ。他にも「これらの絵は筆以外のもので描いています。さてなーんだ」と考えさせてくれるものとか。私にはわからなかったけれど、KAIはズバッと当てていた!!(これから行く人のために、あえて答えは伏せておきます。)うーんと楽しみましたわ。美術館と背中合わせに建つ天神山文化プラザで、地元の現代アーティストたちの作品も鑑賞。…………………………こういうのを見ると描きたくて描きたくてたまらなくなるKAIは、あとなん日かでやってくるお誕生日のために、私の妹にアクリル絵の具を頼んでいた。すごい大作できるかなあ。
2005年10月30日
先週から奉還町商店街で開催中の「奉還町アート2005」に行ってきた。パンフレットが郵送されていたので、今日は「アーケードde道草」とかミニコンサートとかがあるのは知っていながら、ちゃんと「受付」があるのを知ったのは帰ってから(笑)。その場所に行きながら、なんかスタッフの人ばかりが固まっていて(たぶんスタッフだと思うんだけどなあ)、どうぞなんて声かけも誘導もなかったので、てっきりまだ準備しているんだと思っちゃったのよ。なーんだ。あそこで受付しとけばよかったのか。こんなにうっかりした家族だっているんだから、誰か声かけてよ~。で、結局どれにも参加することなく、スタッフの手を借りることなく、私たち家族は奉還町商店街を徘徊。この商店街は岡山でも古く、懐かしい雰囲気が漂う場所だ。天麩羅屋さんが揚げたてのを店頭で売っていたり、洋服屋のとなりが八百屋だったり魚屋だったり、仕立てやさんみたいなところもある。そんなお店の奥やショーウィンドゥに作品を見つけることができる。たぶん今日の道草ワークショップはそんなのを見ながら歩くという趣向だったのでは?と勝手に想像するのだが、もう遅いわ(笑)。勝手に見つけながら歩きました。奉還町の素敵なところは、店と店の間にヒミツの場所のように路地があって、昭和30~40年代の臭いがする風景に出会えることだ。私が生まれ育ったのもここ。しかも、私の住んでいた4丁目は奉還町の賑やかな一帯からずーっと外れた場所にある。歩くとちょうどいい散歩の距離。昔々、自分の住んでいた場所はどんなところだと訪ねた時には、そこは喫茶店になっていたがあれからかなり経つ。もう記憶も曖昧だし、辿りつけるかわからないまま歩いたら4丁目に喫茶店発見。家族がお店(化粧店でしたの)をやっていた時より間口が狭く感じるのはここの区画が少し変わっているのだろうか?左隣は金物屋だったか、店頭で食器を売っていた記憶があるがもうそこはなかった。それから、目の前が米屋で近くに郵便局があったなあ。ローズのおばちゃんの洋装店もこの通りのはず。自分の記憶より位置は若干ズレていた気がするものの米屋はそこにあり、「ちょっと遠くのお友達」の家と思っていた電気屋さんがむちゃくちゃ近くにあったのには驚いた!!子どもの感覚ってわかんないものねぇ。また、近くにはローズのおばちゃんの洋装店ではなくて、別の名前の洋装店が。ここがそうだったのだろうか?いやもう40年近く昔のことだもの。あまりにレトロな街だからつい昨日のことのように感じてしまったわ。たぶん私が遊んでいた路地はそこ、というのがちゃんとあった。KAIは古い日本映画の一場面のような路地の風景がすっかり気に入ってしまい、何度も本通りから離れて細い通りに入り込んでいたわ。ああ、そうそう。奉還町アートの方は、「人が好き、目立つことが好き、イベント大好き、しかし実はシャイなダウン症青年」の赤木主税さんの作品を堪能しました。公開制作とあったのでそれも楽しみだったのだけど、作品はほぼ完成の様子。壁に貼られた紙にちりばめられた色、色、色の素晴らしかったこと!!これは明日もあるようです。ぜひぜひ!!また、イベント自体は11月7日まで。その間様々なワークショップや映画なども上映されるようです。まずは受付へ!!(ボランティアの方も多いと思うんだけど、スタッフの人がもっと積極的に動いてくださるとありがたいなー。なんかイベントやってんのかどうなのか、入っていいのか準備中なのかわかんない雰囲気なんだもん)
2005年10月29日
「髪の毛切りたい。でもウェイビーにもしてみたい」とワガママを言っていたら、昨日友人Aがワッフルアイロンや柔らかなカーラーみたいなのとか持って現れた。それを使ってちょちょいとヘアスタイルを変えてくれて、私はあっという間にくるくる頭のウェイビーちゃん。す、げー。私の髪の毛はパーマができにくくて、普通の人より時間をかけてセットしても3日もすれば元通りになってしまうこともある。美容師泣かせの猫っ毛だ。けれど、彼女の力で自然なウェーブは夜まで保たれ、家族にも好評だったのでちょいといい気になっていた。寝る前にこのクルクル小物で髪の毛を巻くと翌朝にはウェイビーヘアが完成というので試したら、この私もなんとかスタイルを整えることに成功。朝、思いっきりスプレーを吹きかけて定着させた。今日締め切りの仕事と月末の請求伺いなどでバタバタと過ごし、いい加減ぐったりした頃に学校へ(海の学校の説明会があるというんだもん、一応顔だけ出しておこうかなあと)。ママ友に、今日のmiraicciなんか違う~と言われた。これ、この髪型か?「ちょっとかわいいわ」。うへへへへ、ほめられた?!もう一度言われた。にやりと笑いながら「かわいいわ」って。……ぐ、ウソっぽ。これは昨日の写真。今日はもう少しクルクルにしてみたよ。モザイクを取ればかわいくなるんだけど。惜しいなぁー(笑)←まだ言うか~!!
2005年10月28日
いきなりの発作のように、ブランキージェットシティが聴きたくなったわ。(なぜ今頃?フッと思い出したら中毒患者が薬切れたみたいに聴きたくなっちゃったよぅ。そんなに知らないのに。)おーい。私の身近な誰か~!!……で、持っている人、貸してください。
2005年10月27日
大正時代の歴史あふれる外観はそっくりそのまま、内部にほどよく手を加えて生まれ変わった旧日本銀行岡山支店。重厚感たっぷりの柱は古代ギリシアの様相。内部は白い壁と黒の床、補強のために室内に増築された柱は黒い基礎を白い格子が覆うような洒落たデザインだ。天井は高く、音響も良さそう――。9月に完成した「ルネスホール」にやっと行くことができた。県民の共有建造物として自主運営がなされ、NPO法人がその管理にあたっているらしい(よく理解できてないので違うかも。ごめんちゃい)。ここがこれから岡山の文化・芸術の拠点になるのか、多目的ホールはコンサートやイベントに利用することができ、それ以外には自由に見学できるようだ。エントランスをまっすぐに進むと「公文庫カフェ」がある。開放されていたが入り口は重厚そうな扉。ここって金庫だったのですか?と聞くと、それは別の場所にあって、ここは書庫だったらしいとのこと。重要書類が入れてあったのかー。当然窓はなく、ライトも絵を照らすスポット等の間接照明で落ち着いた雰囲気。布製の椅子の座り心地がすこぶる良くて、何時間でもいられそうな場所だなあと思う。フードメニューがサンドゥイッチ程度なのが残念だけれど、ドリンク類は充実。カフェラテを注文したら大きめのカップにたっぷり。ココアとシナモンのパウダー入れが一緒に運ばれて、自分の好みにトッピングできるようになっていた。ちょっと嬉しい。まだ認知度が低いせいか、お昼というのにお客は友人と私。しばらくして、きっと私たちと同じように見学に来ていたおばさま二人が入った。静かな空間だ。のんびりできたよ。カフェを出たところにあるトイレの壁は不透明な磨りガラスのようになっていて、外の明るさがいっぱいに入ってくる。全体が白くてひろびろと清潔に見える。が、鏡のすぐ向かいがそのガラス面なのでまぶしすぎ。確かに明るくていいけれど、この気遣いのなさは男性の設計者だからなのか?ううむ、素敵な雰囲気ではあるんだけれどなあ。……と、隅々までチェックして帰りました。いいですよ、ルネスホール。今度どなたかお茶しにいきましょう。
2005年10月27日
NHK教育でバスコ・ダ・ガマの話をやっていて、これはKAIに見せるのにはいいかなと番組をつけておいた。航海の話といえばマルコ・ポーロしか知らないKAIはこのガマというヘンテコな名前の人に興味津々。私は仕事をしていたので番組を見ていないのだが、「マルコ・ポーロは東方見聞録の人、ガマは喜望峰発見の人」とだけ最初に教えておいた。バスコ・ダ・ガマなんて、今耳にしてもキョーレツな名前だこと。私の中ではイボだらけの巨大なガマが偉そうに船に乗っている図が浮かぶ。このイメージ、10人中9人は同じだろうと思っていたが、ダンナには「そんなこと一度も思ったことがない」と呆れられた。そうなのか?高校時代、世界史の成績は散々だった。ある年代のある地域だけは大得意だったりするのに、どの国のことも平均的に覚えようなんて無理。エジプトの王朝をやっと覚えたと思ったら次は中国かよ~。イランとインドは混同しちゃうし。てな具合でとにかく苦痛、試験は勘だけが頼りだった。それが浪人の身となり、家庭教師を買って出てくれた友人の超スパルタ教育により、教科書から問題集まで暗記するぐらいにおぼえさせられた世界史よ。成績はめきめきと上がり、平均点に満たなかったのがうそのように、数ヶ月後にはほとんど満点に近い成績が収められるようになったのでした(今ではそれがウソのようだ…笑)。という世界史。そうだ。あの時の参考書がまだ大切にとってある。ラインマーカーが引かれまくったその一冊はがんばっちゃってた証し。哀しいかな、あんなにがんばったのに要はコツを飲み込むだけの受験勉強だったのか。歴史の流れは皆目分からない。用語は「ああ、こういうのあったあった」とキーワードのように言葉がポツリポツリ浮かぶだけだ。サラディンに滅ぼされたファーティマ朝。アメリカ独立宣言のトマス・ジェファソン。元が滅びるきっかけは紅巾の乱。清とロシアで結ばれた国境条約はネルチンスク条約。うわー、よくこんなの覚えたよ。紀元前のことからずっと、一体どれほどの長い物語を数年の授業で記憶しなけりゃならなかったのか!!で、一番印象深く残っているのがバスコ・ダ・ガマであのイメージ映像とはなあ。なんとも、トホホな話ですわ。(あの番組はおもしろかったのかな、KAIよー)
2005年10月26日
朝はラジオを聴いている。小田和正の「言葉にできない」を女性が歌っていて、それがとても素敵だった。なにしろ音楽に疎いので誰が歌っているのか最初ピンとこなかったが、平原綾香。やはり彼女の声は“雰囲気”がある。気持ちよく一日がスタートして、その後、デザイナーさんと打ち合わせ。感性も豊かで仕事もきちんとこなす彼女のことを私はとても気に入っていて、つい話も長くなる。彼女からは企画を絡めた仕事をよくいただくのだが、その骨子がいつもしっかりしているので色づけしていくのはとても楽しい。彼女と世間話のような感覚で打ち合わせているだけで、会社やクライアントさえOKしてくれればなぁというアイデアはどんどん湧いてくるし、「あ、私ってこういう企画も出せるのか」と我ながら驚いてしまうこともある(爆)。まあ、私たちの仕事はクライアントさんの意向と予算があってのことだから、なかなか思うような方向には進まないのだけれどね。よっぽどいい気分が続いていたのか、私、気が付いたら鼻歌うたってましたわ。夕飯の準備をしながら…。歌はね、なんだと思う?どうして今頃こんなの思い出しちゃったのか、松田聖子の「ガラスの林檎」よ。あははははは。
2005年10月26日
いろいろと交際範囲も広がって、年齢を問わずいろんな方々との交流が生まれている。大体は年上の方で、私は甘えっぱなしだったのだけれど、この頃は若い知り合いも増えてきた。かつての自分よりも活動の幅も夢もずっと大きな彼らを見ていると、25歳でフリーのコピーライターとなった自分を思い出す。いろいろと思うことあり、せっかく就職できたデザイン事務所を1年半で退職した私。高校時代に、担任だった先生からは「あなたは我が強すぎ」と言われたのが、確かに当たっていた。我を通して上司の手の届かない場所へ行き、勝手に「なんとかなるわ」と独立したのだが、振り返ると若かった私はどれだけの人に助けられたことだろう。舐められない仕事をするために5歳年上に見えるようにスーツを着たり、料金を高めに設定したり、最初から税理士をつけて「青色申告」にしたのも背伸びのせいだ。高いジュエリーも買ってみた。おつき合いにはどんどん参加した。そんな時代もあったよ(笑)。若い人たちの活動に、その頃の一生懸命だった自分を思う。みんな私を「危うい」と思いながら取引先を紹介してくださったことでしょう。というのも、私はかつての会社から、クライアントも技術も見積もりの術も、本当になんにも持たずにこの世界に飛び込んでしまい、事実、ここまで10数年やってこられたのは奇跡なのです(笑)。私のコピーが優れているわけでなく、企画力があったわけでなく、人柄も人付き合いも良いとは言えず…どちらかというと独立後の仕事に育てられたって方が大きいの。10数年を経て若気の至りの数々を反省しつつ、その感謝の気持ちはやはり次の世代につなぐべきかなぁと思うのね。あの方やあの方、あの人も。最近やっと自分より若い世代の方と仕事や遊びで知り合うことが多くなりました。相変わらず私は甘えん坊で年下の皆様にもお世話になりっ放しなのですが、そろそろ私が世間様に恩返しする時です。(個人的にメール差し上げた方もいますが)私よりずっと若くてがんばっているそこのあなた。もしコピーが必要というときにはどうぞお気軽にご一報を。お力になれることがあるかもしれません。ってか、若い人のプロジェクトに自分も入り込みたいってハラなのよ。そのノリですのでご遠慮なく。あ、私よりずっと年上で、儲けていらっしゃるあなたからは正規の金額でお仕事頂戴しますので(お間違えなくよ!!)……………なーんて、ちょっとエラそうなことを書きつつ、実はさきほどワイン1本空けてほろ酔いで、物欲が収まらずにやっぱりハンチングも買ってしまった私なのでした。ん?見直した?
2005年10月25日
今、欲しいモノ。黒いハンチングと大きめのコサージュ。ネットでウィンドゥショッピングしていたら、ダンナがのぞきこむ。これこれ、コサージュが欲しいのよー。「えー、こんなのが?作れば?」。はぁ?材料費と無駄な労力を考えれば断然買った方が安いと私は思うね(笑)でも、作ってみちゃった。ふろあがり。寝酒用のビールを切らしていたのに(いつもは深夜にCSでやってる「太陽にほえろ」とか「大江戸捜査網」とか見ながら飲むのじゃ。これが至福のひととき)すぐ寝るのがもったいなくて、あ、そーだ。フェルトならすぐに作れるかもーと。適当に形を作って針と糸でこれまた適当に縫いつけたら、あっという間に完成。あんまりあっけなくできてしまったので2個も作ったよ。まあ、こういうのは洋服にはくっつけたくないけどね(じゃあどうするんだ、これ…笑)。で、結局はネットで注文しちゃったのでした。コサージュ。黒のハンチングは、どこかの帽子屋で一目惚れしたら買っちゃいそう。うーん、コワイ。
2005年10月25日
あのお絵描きテーブルは使えない(←初めての方は昨日の日記をご覧ください)。これを塗り替えようと昨夜、シルバーグレーのメタリックペイントスプレーを買ってきた。がっ、キレイに塗るためには「ちゃんとやすりで磨いてからスプレーすること」とダンナが言う。えぇー、面倒くさいよぅ~!!でも確かに。こんなにこんもりと絵の具が盛り上がっているのだ。このままペイントってわけにはなあ。あ、そーだ。カバーを掛けちゃえばいいのか。テーブルクロス。使っていないのがあったなあ。でもピンクの小花柄、趣味じゃない。きなりの布を買ったまま放っているのがあったっけ。あ、あれを直線縫いするだけでいいのかー。…と思ってガサゴソ探したらテーブル面よりやや大きいサイズだった。じゃまにならないけれど、できれば端がもう少し長い方がいいよなあ。周囲を違う布で接いじゃうか?どうせなら楽に仕上げたいし、バイアステープの太いやつとかないかな。普段縫い物なんてしないから、手芸屋にどういう便利なことが売られているか私は驚くほど知らない。バイアステープ、とは言ったものの、実はその使い方もわかんない(笑)。チロリアンテープってどういうの?ああ…。いろいろ考えるより、とりあえず手芸屋に行けばなにか便利なものが見つかるかも。自転車で今日「セール」の広告が入っていた近所の店に行く。んんん、どこに何があるのやら???バイアステープ売り場を見つけて、幅広いヤツを探す。ありゃ、幅広ったってこのサイズなのね。がっくし。なんだかよくわかんないけれど、その隣に同じくきなりの太めのテープがあった。5センチぐらいの幅、これならなんとかなるでしょう。「あのー、こういうのってメートル当たりで買うんですか?」とおまぬけな質問をしたら10センチ単位で売ってますとのこと(こんなの聞く人いるのかしら?)。2メートル半あればいいかぁと適当に頼んで、それだけ買って帰る。こんなテープで1000円を超えるのか。高い買い物だなあ。さっそく布にテープを借り止め。げ、1メートル以上足りませんが(笑)。ま、いーや。とりあえず3箇所だけテープを縫いつける。曲がっても気にしない気にしない、いつもの雑なミシン縫い。ちょうしが出たので、冬物にいただいたロングワンピースの裾を切り、膝下までのワンピースに。手縫いで和布をつけていたストールもミシンで縫い直し。昨年買った冬物パンツも裾上げし直す。うぷっ。ミシンのおかげで成長しましたなあ、私。今年いちばん賢い買い物はこれだったかもね。あー、疲れたわ。
2005年10月24日
元々は黒い「大理石調」だったローテーブルに白いペンキを塗って使っていたら、仕上げが雑なものだからあちこちにほころびが出てきた。色がはげたり、この上で読んでいた雑誌の表紙がくっついたり、でもまあ家族が使うだけだからいいでしょうと放っておいたのだ。ある日のこと、これに絵を描かせたらどうだろう?と思いついた。私としては自分で作ったキャラクターとか時代劇ヒーローとか、そういう顔を小さくちょこちょこ描いて、バックはブラインドと同じ水色になんて考えていたのだ。え、描くのはもちろんKAIよ。それを今朝、こういうのいいと思うんだよーとKAIに話して、私は2階で重い腰を上げて衣替えをゴソゴソ。1時間ぐらい経った頃、今、絵を描いているよというKAIが両手を絵の具だらけにして現れた。ふーん。何を描いているんだろう。絵の具まで持ち出してとは大がかりな…と、思っていたら、なんと!!!!白いテーブルが濃いブルーに!!!!それに紫色の蝶の羽と緑色のカエルがデカデカ。なななな、なんですかー!!!!ああ、もう。いつもは行動が遅いくせに、こういうことだけはなんの相談もなしに勝手に始めちゃうんですね。いやー、私が言ってたのはこういうのじゃないよ。第一、こんなテーブルだとご飯食べづらいでしょ。色彩も落ち着かないでしょ。絵にダメ出しはほとんどすることはないけれど、これはテーブル。この先使うものだから言わせてもらわないと。ムッとするKAIは、しぶしぶ絵をブルーで消し、じゃあどんなのがいいの?という。私のイメージではこんなの。で、使う色は、室内に多い水色と白、差し色として赤かな。緑と紫はやめてよ。と、言ったのに、今度はキュウリやいちごやたまねぎですかっ。それをデカデカと描くのはやめてって言ったよねぇー?んもー、泣きたいよぅ。こんなことに数時間もかけているのか、KAIよぅ。それだけ一生懸命なので気の毒とは思うけれど、ほんと気の毒とは思う……けれど。やっぱりこれは塗り替えさせていただくわ。味がありすぎてテーブルとして使いたくないの。やはりあなたの絵は画用紙にお願いします。
2005年10月23日
昨日の日記で「どうしよう」と言っていたばかりだが、今日さっそく美容院へ。やはり若いオトコマエの魅力に負けてしまい、1度しか行ったことのないその店でカットとカラーリングをお願いすることに。髪型?そーねー、あんまり考えてはないけれど、シャープな印象にしてくださいと丸顔の私。おほほほ、「おばはん、どの口が言っとんじゃー」と思ったことでしょうが気にしない気にしない。無難な栗毛色を勧められるも、叶美香様のような赤系を希望。えっ、いいんですか?いーのいーの。オトコマエくんは学生時代サッカーをやっていたらしく、しばしその話で盛り上がる。怪我でサッカー断念だったそうだけど、この顔で選手だったら大モテだったことでしょう。おばちゃん、うっとりよ(笑)。いやん、子供は何歳?なんて聞かないでおくれ~。で、できた髪型は、ショートになりすぎない程度にどれだけ切ってもいいですと言っておいたのに、やはり年上の女は重荷だったか。後ろ髪を3センチほど短くして、あとは整えた程度。もっと思い切ってシャギーでもよかったのに遠慮がちなの、彼。大きく変わることのなかったスタイルだけれど、それでもある程度はすっきりして、色が変わった分、イメージも違うかな。あ、叶美香様のようなハッキリした赤じゃないけどね。彼にひとつ注意されたわ。前髪自分で切っちゃいましたか?うわー、思い切りましたね(笑)。うちでも500円で「前髪カット」ってメニューありますから、どうぞご利用くださいね。………あぁ、そんなにみっともなかったかしら。
2005年10月23日
Aさんごめんなさい。ワタクシ、ひとあしお先にカフェZに行ってしまいました。ええ、あなたが「行きたい」と言っていた小林克久作品展も堪能してまいりましたよ。というのも、今日になってダンナが休みであることがわかり(会話のない夫婦ですから。当日でないと休みかどうかわかんないの)、私は仕事を午前中で切り上げて。今日から吉備津神社の解体作業が見学できるっていうのも興味あったのだけれど、たまには家族でカフェもいいかな、と。それにほら、うちのダンナはあなたと同じくモノ作り大好きでしょ。木工っていうのは好きなのよ。道具がないから大したものは作らないけどね。案の定。ダンナは小林さんに質問するする。これはどういう木?この高さはどれぐらい?おいおい、お前はデザインぱくって作るんかい!!という勢い(ははは、それはないので安心してください)。小林さま、失礼いたしました。穴の空くほどじーっと見ていて、ちょっと呆れてしまったわ。カフェでは、この前気になっていたココナツミルクティ…だっけ?今日はそれを注文。あー、オレもそれにすればよかったというぐらい、KAIも気に入った味(KAIはラズベリーのなんとかかんとかを注文。メニュー名覚えられず…)。ココナツミルク好きには嬉しいメニューよ。ダンナはレアチーズケーキを絶賛。ソファに座ってものすごーくゆったりした時間を過ごしちゃったわ。散らかり放題のわが家ではこんなくつろいだ気分なんて味わえないからね。たまにはこういうのもいいかも。…………………………………………髪型を変えたいと思っている。長さを活かして昔流行したきついウェイビーにしようか。それとも裾をバシッと切って、NANAのようなハンサムスタイルもいいかな、とか(この際、自分の顔や年齢は考えまい)。色はどうしよう。ボルドー系に戻そうか、それとも明るい茶?黒はいやだ。あぁ、白髪がチラホラというお年ごろよ。髪色にも気を遣って小綺麗にしないとなあ。思い切ったスタイルの提案をしてほしいのだけど、1度行っただけの新しい美容室で「おまかせ」にするのはやっぱり心配。けれど20年来お世話になっている美容師さんは休業状態。ううむ、悩む。どうしようどうしよう。あ゛ー。
2005年10月22日
「月に一度だけ」と始めた習字、今日は先生にお越しいただいて住所と名前を書いてみる。先月初めて筆を持った時には「なんだ~この幼稚園児のような字は!!」と唖然としたものだけれど、やはり“ならうより慣れろ”。1ヶ月の間、私が練習したのは結局3度だけだったけれど、1度目より2度目、それより3度目と、カタツムリ級のスピードながら書けるようになってきた。プッ。まだこれで「書ける」とは言えない低レベルなのだけれどね。そろそろ年賀状のことが気になる季節ではあるし、今年は筆で宛名書きなんてかっこいいわーと思ったり。頼んでおいたら先生がお手本としてハガキに宛名を書いてきてくださった。差出人の欄ではなくて宛先のスペースに書く自分の住所と名前。ま、そういうことは現実にはないけれど、実際はこれを小さく書けば差出人のところで使えるものね。ふふん。なーんて書いていったら…。ああ、また甘い判断でしたのね、私。宛名欄でさえはみ出す私の大きな字。住所がどかんと大きいのだから、名前はさら大きくなっちゃうよ。小さく上品にと思うものの、どーしても元気な字ははがきサイズに収まりきらない。不器用だなあ、私。これを小さくして差出人欄に…なんて絶対できませんて。ああ、小筆はなんのためにあるのでしょう。書けば書くほどに、字がうまい人への尊敬の念が強まる一方なのでした。
2005年10月21日
友人と長電話しながらちらりちらりと「テレビチャンピオン」を見ていたら…ちょっと奥さん、ご覧になりました?ダメ肥満主婦を30日でどれだけ痩せさせられるかを競う「やせさせ達人」の選手権じゃありませんか~!!!洗い物しながら足を鍛え、カーペットをコロコロで掃除しながら腕の運動、正座して体重移動でウエストをキュッ。食べちゃだめと食事制限されている人もあり。ううむ、これはきっついなー。ダメ肥満さんのお宅は、みんな台所が片づいていない。その怠惰さ、自分への甘さが体型にも出るのだな。気を付けよう。来週もこの続きがあるみたいよ。痩せたいみなさん、一緒に見ましょう。
2005年10月20日
最近ボーッとすることが多くなり、やはり人間の睡眠時間というのは6時間は必要なのだということを実感するようになった。ええ、この頃は寝てますよ。夜足りない分はきっちり昼寝で。それでもあまりにボーッとすることが多くなったので、ある日、友人に言ってみた。――え、miraicciは元々ボーッとしているよ。え?!なんですって?!実は私、自分がすごくシャキシャキした女だと思っていたのでこれにはびっくり仰天。相手が窮屈になるぐらいアグレッシブなんじゃないかと自問してたぐらいなのにー。この年でそれに気づくとは!!ヘナヘナヘナ…。彼女だけの感想かと思ってKAIやダンナに聞いてみたら「え、自分がしっかりしていると思っていたの?お母さんはボーッとしているよ」。うわーん。昨日会ったワンワンにも同じことを言ってみたら、「歳を取るとボーッとするようになるんよ」だって。うっうっ。自分がそういう人間だったとはこれまで気づかないほどに、私はボンヤリ者だったのかぁー。すっごく驚いたわ。
2005年10月19日
毎年のように、夏休みには宿題以外の勉強などそっちのけで絵ばかり描いていたKAIは、これまでにもまあそれなりの評価をいただいていた(ええ、それなりの、ですよ。大きな賞はいただいてませんから…はははは)。日頃のおちゃらけた作品とは別の面も持っていて、学校教育の場ではちゃーんとちょんまげをメインにしない作品だって描くのであ~る(笑)。が、「KAI」と「受賞」というのがどうも結びつかないようで、わが家に来られるお客様は飾っている盾を見て、ええっ、KAIくんってちゃんと賞も取ってるの?!と驚かれる人も少なくない。いつもの絵を見ていれば当然ですわな。まあね、毎年10枚近く夏休み制作の絵を描いていれば数打ち当たるで2,3は小さな賞に引っかかる。賞状は全てファイル帳にしまってあるからダンナも見たことないのさえあったりして。この頃は学校を通じて賞状を受け取ることもないし(会場まで出向いて授賞式でもらうのだ)、友達もたぶん知らないんじゃないかなあ。昨年は岡山県の某カレンダーに採用されたのが1点あって、それは人の目に触れる機会も多かったせいかはじめていろんな人に声をかけられましたわ。でも、うちではそれを飾らずじまい。だってあんまり真面目すぎて、私の好きな絵じゃないんだもの(コソコソ言いますけど…)。何部かいただいたカレンダーはそのまま押入の中だ。それでも子供にとってはこの受賞というのは大きな励みにもなることは確か。KAIががんばって描こうという気持ちを持続できたのもやはりこういう機会が与えられたことも影響しているような気がするから、一応感謝はしているのだ。けれども、今年の夏は遊ぶことが忙しいのと、個展でたっぷり似顔絵を描いたのとで満足しちゃったか、提出用の絵はほんの数枚。それもいつもの脱力系の絵の延長という風。もう賞がどうのというのは卒業したようで、私にとってはそれはそれでよろこばしい成長だった。…で、今年はどれも力を入れすぎないヘナヘナの描きっぷりだったので夏休みの絵のことなんて忘れていたのだ。そうしたらですよ。昨日先生からお知らせがあったとのことで「どうもオレ、県知事賞かなにかを取ったみたい」。はぁ?わかんないものです。力を入れていない絵の中で、たしか一番最後に描いた一番どうでもいいような作品。たぶん、あれ。んー、どういう選考だったのか、やはりこういうのは運なのか、それよりその受賞は本当なのか?これまでの受賞歴の中でも一番「???」なお知らせでしたわ。授賞式はまだ1ヶ月も先だから事実確認はそれから。ぬか喜びにならなきゃいいんだけどなあ。
2005年10月18日
開店間もない雑貨屋へ行ってみた。どこかだったっけ、いつか行ったことのある雑貨屋と商品構成と似ているから同系列なのかな。けれど、興味をそそる店だった。クリスマス雑貨は見ていて飽きない。あれも欲しい、これも欲しいとなって困るけれどまだ10月なのだ。これからが本番だから、今から買いだめていたらいくらお金があっても足りないよ。でなくても毎年サンタグッズは増えているのだから(秘かにサンタコレクションしているのだ!!)。ぐっと我慢して、友人への贈り物を1点購入。もうひとつすごーく欲しかったのが小さなゾウのフィギュア。背中に赤いりんごをひとつ乗せている。てのひらどころか指の上に乗るんじゃないのというミニサイズですっごく可愛い!!いやーん、欲しいなあ。でもなぜか値段を書いていない。店員さんに聞こうかなあと思っていたら、一緒に行っていた友人の「作ればいいのに」というお言葉。そーね。まずは作ってみよう。で、無理だったら買いにこよう(笑)ちょうど紙粘土があったので、作ってみたよ。あ、なかなかいい感じかも。写真掲載しようかと思ったら、うまく撮れなくてあきらめた。今は粘土を乾かしているところだから、完成したらまたね。仕事がまたもや一段落してしまい、今でなきゃできないことをいろいろとやってみたくなった。図書館に梵字の本を探しに行きたい(ちょっとマネして書いてみたいの)、ミニ絵本を作りたい、そろそろ夏服を片づけたい(まだ暑い日があったりして、半袖をしまうタイミングを逃してます)、かわいいモノを作りたい(で、具体的にアイデアはないのだ)。くぅー。どれを取るかなあ。木曜・金曜は予定があるから、空いているのは明日の水曜日。
2005年10月18日
高校時代の同級生で、同じサッカー部だったBがやってきた(何度も言うけど、私はサッカーしてたわけじゃないよ~。マネージャーです)。彼とは年に一度のOB会で会うだけだけど、時々メールや電話でやりとりしているから、久しぶりの割には久しぶりじゃない(笑)。高校時代と風貌はそれほど変わらず、なんだかいつ会っても若いままだ(クヤシイ~)。10年ほど身を入れてやるようになったサイドビジネスが近頃実を結び、彼は本当に成功者になっていた。今や本業以上の収入があるんじゃないか?20年近く前に彼からこの話を聞いた時には、まさかここまでやってのけるとは想像だにしなかったのだけどなぁ。その仕事にBはずっと私を誘ってくれるのだが、それが本当に好意とはわかっていながら私はなかなか首を縦に振れないでいる。仕事には向き不向きもあって、たぶん私にはダメだ。今日は仕事できたわけではないので、近況報告かたがた現在の活躍ぶりを聞かせてもらい、同級生として「よかったなあ」と心で祝福。彼のいいところは、この仕事をズカズカと私の領域に持ち込まないことだ。私がこのビジネスに興味はないと知っているから、強引に話を持ち込むことはないし、「ま、いつか興味でも出たら言ってよ」という程度。これで友人をどっさり失った人たちを何人も見ているだけに、この対応はありがたい。この人柄も成功の秘訣なんだろう。もっと嬉しいことは、高級なスーツを着、パーティーでスピーチし、年に何度も海外に行くようになっても、彼が彼のままいてくれることだ。頼むからこの先ずぅっと変わらないでいてよ。でないと、私、友達として距離を置かなければならなくなるわ。サッカー部の仲間たちは今でもみんな仲良しだけれど、それぞれに仕事が忙しくて、同級生で毎年顔を合わせているのは今ではBだけだ。他のメンバーたちはみんな元気なのだろうか?会いたいよ。
2005年10月17日
ブラジル系歌謡ユニット、ブーゲンビレーアさんがまるやで演奏してくださいます。秋の潮風のような爽やかなサウンドをお楽しみください。……というPRがまるやさんのHPにあったので、行ってきました。10月に入り、一度は島へ行きたい(というか気持ち的には「帰りたい」という感じ)と思っていたところだったので、ぴったりのタイミング。一緒に行きましょということになっていた音楽好きF氏は仕事でご一緒できず、KAIと私は急行バスで宇野へ。そこから本村港行きの小型船でまるやへ(通常、直島行きは宮浦港行きのフェリーを使うのですが、家プロやまるやへ行くのならこれが便利。ただし乗り場はチケット売り場と離れているのでご注意!!)。到着早々に白装束の人たちがうろうろしているのを発見。ああ、なんという偶然。今日、本村はお祭りだったのですね!!お昼のまるやはいつものごとく満席。それでも夏場に比べると観光客は幾分か少なく(といっても夏と比べてのことですよ。8月は平日でも多かったですもん)、割合すんなりと店内へ。ちょうどいらっしゃってたブーゲンビレーアのお二人や主催のハタジさんにもお目にかかれ、その場で似顔絵描いたりして、初っぱなからKAIは大盛り上がり。なんだか今日は楽しくなりそう!!ライブでまたお目にかかりましょうとご一行とは一旦お別れ。昼食をとり、ゆったりしているところへ今度はなにやら笛の音が。おおっ、祭りですな。もうウズウズの私は荷物をそのまま放ったらかしに「ちょっと行ってきます」と外へピュー。古い風情が残るこの地では、まだ獅子舞は健在なのね。家々の前を獅子舞が回っているところで、聞こえていたのはそのお囃子(←んっ、お囃子っていうの?)らしい。祭りには当たり前の光景だからなのか、周囲には特に近所の人が集まっているわけでなく、観光客もいないから写真なんか撮って物珍しそうにしているのは私たち母子だけだ。あんまりジーッと見続けるのもきまり悪くてまた走ってまるやに戻る。ライブまでにはあと1時間。今日はスケッチをしたいというので、また後で来ますと二人で神社への階段をのぼる。家プロのひとつ「護王神社」ではなくて古い方のお社を訪ね、そこで狛犬を描くKAI。境内はお祭りの世話役の人が二人いただけで静かなものだ。2対の狛犬を描いたところで、下の方から太鼓の音が大きく響いてきた。ライブまではあと20分ぐらいだし、そろそろ下へ降りようかと音のする方向へ。わー。山車が出ているよ。みこしが3つ。そのうち2つには子供が4人ずつ乗っていて、太鼓を叩いている。白塗りの稚児さんがなにやら意味不明の声をあげながら不思議なリズムを刻んでいるのだ。2つのみこしはそれぞれに違う旋律があるらしく、なんともいえない神秘的なハーモニーになっていた(4人一組でピシッと息を合わせている、それはお見事!!)。ああ、いいもん見ちゃったわ。ずっと見ていたい気もしたけれど、時間に合わせてその場を離れた。まるやではブーゲンビレーアさんのライブ準備が整い始めていた。ヴォーカルのYOKOさんは懐かしい香りのするロングドレス。ショートヘアとよく似合っている。お客様は店内いっぱい。庭にも空席を待つ人、ライブを楽しむ人でにぎわった。ボサノヴァ…でいいのかな。二人の音楽はとても心地よくて、“昼下がりのカフェ”気分も盛り上がる。素敵素敵。すごくいい。KAIはギターTATSUYAさんのお母様にほめられるまま、調子に乗ってスケッチしまくる(笑)。大がかりな音響でなく、実にシンプルなスタイルながらそれは本当に心地よくて、体が自然に揺れました。店内のお客様もみんなそうだったんじゃないかなあ。みんな幸せそうな顔していたもの。あっという間にライブが終わり(ハタジさーん、もうちょい聴いていたかったわ~)、その場でKAIを紹介くださったこともあって今度は似顔絵が大忙しに。夏の再来か、また今日もたくさんの方と出会って、たくさん絵を描いてきましたよ(笑)。高速バスで今日東京に帰られるという方、仕事さぼって来てますという方、テレビでKAIのこと見ましたよという方、もしかしたら仕事つながってるかもーという方…。のんびりしすぎて岡山着は6時半でした。あー、楽しかった。岡山から直島に行かれる方。JRもいいけど、宇野までは急行バスがおすすめですわ。内装が観光バス仕様で、プチ旅行気分が味わえます。ダンナの車がなくても二人でふらっと行けることをKAIも私も気づいてしまったので、またお出かけしちゃうかも。誰か一緒に行く?
2005年10月16日
Aさんのカットテクは最高だ。私なんかよりずっと厚い信頼を寄せているKAIは、時間がかかりすぎる美容院より、ヘアスタイルが選べない1000円カットの店より、Aさんの手で髪の毛を短くしてもらいたいらしい。朝から彼女に来ていただき、ちょきちょきウィィーンと短髪に。…というか、立派な坊主頭にしてもらった。KAIは必殺シリーズが大好きなのだが、その中でも一番お気に入りのキャラ・念仏の鉄(山崎努)になれたよ。よかったよかった。そして、Aさん今日もありがとうございました。その後、一旦仕事を置いて病院に。先週、KAIは採血をしてアレルギー検査をしていたのだが、週の頭にその結果を聞きに行くことをコロッと忘れていたのだ。今日の診療は午前中までのせいか、待合室にはたくさんの人。検査結果を聞くだけのために1時間。元々アトピーではあるが、何年か前からくるみパンやアーモンド入りのチョコを食べると「ノドが“いがいが”する」と訴えるようになり、自分で食べるのをセーブしていたようだ。食物アレルギーだろうかと私もそこそこには気を付けていたのだが、蕎麦アレルギーで命を落とすこともあるのだから調べておいてもいいだろうと病院でお願いしてみたのだ。案の定、くるみにアレルギー反応。といっても6段階のある一番低レベルなので、“いがいが”程度なのだろう。アーモンドの方は引っかからなかったそうで、けれど先生がおっしゃるには血液検査が完全というわけじゃないから一度でもおかしいと感じたなら食物アレルギーと疑って、食べるのは避けた方がいいのだそう。KAIはクルミもアーモンドも特別好んで食べていたわけではないので、それが食べられなくなるといってもなんてことはなさそう。それが、卵や小麦粉となると大変だよね。知り合いの子供が強度のアレルギーで、子供が喜びそうなお菓子がすべてダメというのは可哀想だ。うっかりお土産に買っていくこともできない。わが家もアーモンド系のお菓子をKAIにいただいていたのが、友人宅へ、私の口へとなってしまったわ。…………とまあ、今日はカットと病院と仕事とでなんとなーく過ごしてしまいました。外は雨だし、美術館のチケットをもらっていたけど出る気になれなくて。おまけに今朝の4時頃に急に熱を出したKAIから「息が出来ない、苦しい」と大げさに訴えられて朝からバタバタ。明日はダンナにナイショで直島に行くつもりだったけど、KAIの体調次第では行かれないなあ。うーん、微妙。どうなるだろうか?
2005年10月15日
……に、ズーズーしくおじゃました。庭がそのまま山で、そこにはアケビまでなっている。ご両親がとっても気さくでおもしろいのよ。と、聞いていた。miraicciも行きたい?行きたい。行きたいですとも~。山奥だなんて、そ~んな岡山市からそう遠くない場所の話と思えないわ。話半分に聞いていたのに、車が進む方向に仰天。げー、こんなところ行くの?空気が違うよ、気温も。着いたところは山の中の一軒家。お隣ってどこ~~~???ウワサ通りとっても気さくなお母様は、わざわざお昼ご飯を用意して待ってくださっていた。その前にと、さっそく山に入り(というか、そこは庭の延長なのだった)自分たちの欲しい気を勝手に切り、落ちている枝を拾う。本職ゆえ、いろいろ工具をお持ちのお父様に木に穴をあけてもらったりもする。そして食事はヘルシーそのもの。味も抜群で、つい「ここでお店をなさったら」とすすめてしまう(笑)。ロケーションも最高なのだ。外でキャンプもできそうだし。駆け足で楽しい時間を過ごさせていただいちゃったわ。ありがとうDちゃん。…………………で、その時のこと。大殺界のど真ん中にいる彼女が、今月は大殺界の月でサイアクだなんて言っていたので、同じく金星マイナスの私が「でも、私はそんなに大変なことないけどなぁー」なんて話に加わっていた。うちはダンナも同じなんだけど、目立って悪いこともないし、何より細木数子の占いをほとんど信じちゃいないのだ。でもでも、miraicciは夏に体調崩したりしてなかった?大変じゃなかった?と言われて「?????」。そんなことがあったっけなあ。過ぎたことは覚えていないのだ。この前、熱が出たのはダンナと子供で、私はひたすら仕事が忙しかっただけ。そういうのも特別なことではないしなあ。なーんて言っていたら。夜、スーパーで買い物して、レジに並ぶ前に財布を開けたら「ぎぇー」。お金が。お金がないよ。たった1000円しか!!!!朝にはきっちり1万円札足して、それで買い物した。大した買い物ではなかったので、手元には千円札で1万円ぐらいはあるはずなのだ。なーんでぇー???ま、その場はダンナのお財布でなんとかしのいだのだけれど、どうしちゃったんだろ。カードもきちんとあるし、泥棒じゃあない。てことはお釣り取り忘れたのかぁ~~~???なんかここ2,3日頭がボーッとしていておかしかったのだ。今日も全身に倦怠感があって、自分が自分じゃないみたいな。お釣りをもらったかどうかもまったく記憶がなくて、確かめようにももうお店は閉まっているしなぁ。ぐっすん。けどさ。この程度の大殺界ならまあいいや。命に関わることでなし。んー。私って楽天的なのか?(追記)翌朝になって「買い物をした」お店におずおずと電話してみたら、あ・り・ま・し・たぁ~。とても丁重に対応されて、こちらが恐縮するほど。こちらがうっかりしていたのにこんなに気持ちいい対応をされると、またここで買っちゃおうと思うわね。私のうっかりぶりにはダンナにも子供にも呆れられたわ。はははははは。…って、やっぱり昨日は私、熱でもあったみたい。KAIにうつして早々に治りました。ケロリ。
2005年10月14日
髪の毛にもお腹にもアクリル絵の具がついている。買い物から帰ってみたら、こんなことになっていた。この絵が1億円で売れる日は来るのか!!!うぅ~む。
2005年10月13日
窓を開けるとひんやり冷たくて気持ちいい。一緒に金木犀の香りも入ってくる。だーい好きなニオイ。もうこれだけで酔っぱらってしまいそうだわ。金木犀のお茶もお酒も、本物にはかなわないよなあ。よっしゃ。今日も一日がんばろう。
2005年10月13日
参観日だった。KAIのクラスで、授業中に廊下まで抜け出る子や毎日ケンカをしかけては人のせいにする子、そういうのが目立ってきたとは聞いていた。それはKAIからの話だったり、なぜかよそのクラスのお母さんからの伝達だったりしていたのだけど――今日の参観日でその様子をまざまざと見せつけられてあんぐり。こりゃヒドイわ。ウソツキくんは、参観日の時には目立たない。自分が仕掛けたケンカで、たとえ相手に怪我を負わせたとしても「あの子がこんなことやったから」と“えええ?”というようなウソをつくのだと。そういう子って先生や親の前じゃイイコでいたいのだろう。今日の参観の間は「あれがウソツキくんかー」と思って見る程度で目立った行動はなかった。ま、その周囲のモンダイくんたち3人が授業妨害していた、そっちの方が気になった。で。もっと気になったのはウソツキくんの親の態度だったよ。その後の懇談に出た人の話では、彼のお母様が「このクラスは女子の陰湿ないじめがあるんですって」と先生に詰め寄ったとか。えー?知らないなあ、そんな話。ウソツキくんは家でもうそをついているんだろうか?ところでその人、自分の子供のことは一言も詫びなかったという。うーん、こっちはウソツキくん情報をいろいろ聞いているから、お母さん。あなたがいい人ぶるとそれだけ恥ずかしいよ~。知らないのかなあ、青あざができるほど友達にかみついたこととか。友人からは「miraicciが懇談出てたら、はっきり“あなたの子はどーよ”って言っちゃったかもー」っていうぐらいムカムカだった様子。ああ、出なくてよかった(笑)。あ、でも私は物静かな母親ですのよ、そんなことは言わないわ。にしても、やっぱり先生って大変だなあ。自分の子供を盲信している母親相手にゃ何を言っても始まらないだろう。で、最後はすべて「先生が悪い」ってやられちゃうんだよなあ。いろんなお母さんからいろんな話を聞いて、「あの先生はあそこの親にこんなこと言ったらしいよ」とプンプンしているのまであるが、言われる理由もあるだろうよと冷静に答えちゃう私なのだ。親の肩だけは持てないよなー。先日、ある調査で「miraicciさんはどういう政策を望みますか」と聞かれたので「教育問題」と答えておいた。それも内容云々ではなくて、軽度発達障害児の扱いについて。絶対クラスに数人いるのに、その対応がぜーんぜんでしょ。ADHDもアスペルガーも、認めようとしない親にきちんと対応していかないとその子にとっても、周囲にとっても不幸なことだ。実際、KAIのクラスでも動き回って授業妨害されたおかげでやらなきゃならないことができなかったり、周囲の子に集中力がなくなったりしてるもん。ゆとり教育の弊害を言う前に、やはりこういう環境を整えることから始めないとなー。昔は落ち着きのない子や言動のおかしな子はいじめや無視の対象になったり、頭ごなしに叱ったりしていたものだけど、今は(性格的なものでなければ)軽度発達障害の場合もあるってことがわかってきた。学校としてもその症状に合った対応もしなきゃならないはずなんだよね。それには教科によって一部クラス分けするのも手なんじゃないかなあ。で、親はもっと謙虚に先生のアドバイス聞いてもいいんじゃないか?先生の対応もユルイとは思うけど、教育の現場にこうして親がどんどん口出しする時代だから、先生もキツイことはできないんだよね。たぶん。
2005年10月12日
今日は一日仕事がなく……っつーか、すべての仕事が一旦片づいてしまって暇な生活に突入。ま、ちょこちょこ訂正やら打ち合わせやらはあるから完全失業状態ではないのだけど、先週半ばまでの超多忙スケジュールを思うと生活にポッカリ穴が開いたよう。3連休もきっちり取ったし、本来ならそりで気持ちを切り替えてよっしゃと忙しくしたいところなのになー。誰か、仕事ないですか?まあまあ。待っていたらそのうち忙しくなるでしょう。今は静かに自分の時間を楽しもうと、放置状態にあったガラス玉やビーズを取りだして髪留めを作ってみました。え?ゴムにビーズの穴を通すだけよ。すぐ完成。伸ばし始めた髪はすっかり肩を超え、今は片方に流してそこでひとくくりするのがお気に入り。そのゴム飾りを5種類作ってみたのです。それからお昼ご飯に一人分のカレーを作る(贅沢だわ~)。大きなたまねぎを二つ、じっくり炒めて、ありあわせのスパイス類と野菜。庭からローズマリー。クローブは新しく買っていたのに、クミンは買い忘れていた。残り少ないのを全部使い切り。カボチャを入れたら甘くなりすぎて、そこはチリペッパーでごまかすも、やっぱり甘いわ(笑)どうも納得できる味にならなかったので夕飯でリベンジ。これをベースにして挽肉をプラス。ずるいけどカレールーも使ってしまったわ。昼寝はたっぷりと2時間。ソファの上で犬と一緒にグウグウ寝る。お昼のサスペンスを見ていたはずなのに、誰が出ていたかどういうストーリーだったか何も思い出せず。とまあ、こんなに優雅な一日だったわけですよ。私が専業主婦になるとダメになるというのを実感しますなあ。生き甲斐なんて見つけないで、こんな怠惰な毎日を続けることになるでしょう。やっぱり仕事はやめません。いや、やめられませんわ。
2005年10月11日
へー。たかが岡山市の市長選に、そんなに続々と大物国会議員が来ていたのかー。知らなかった(笑)。元造反議員と若造と社長さん――立候補は3人。選挙前にマスコミ関係の方から電話で取材されて、miraicciさんってなにを基準に選びます?と聞かれたので「新聞で広報をしっかり読んで」と答えた。ああそれから「福祉と女性のために」って言わない人。アレを言う人って具体的なビジョンのない人だから(←これだけはどんな選挙でも、私の最低限の基準なのだ)。造反くんは4期も国会議員つとめたらしいけれど、地元にも国にもなにかをやったという実績もないし(え、あるの?知らない)、ことなかれ的に淡々と仕事こなしてただけでしょう?岡山気質なんだよね。で、掲げたビジョンも明確には見えなかったのよ、私には。テレビで流れる映像には、ただひたすら「お願いします」と土下座している姿が見える。涙涙の訴えですと!!うっわー、古い体質だ。まだこういうことやってるのか、政治家って。だったらさぁ、最初からちゃんと実績つくるなり誰かに恩を売るなりしとけばよかったんだよね。最初に立候補した時から彼の応援側に立っていた知り合いがいるけれど、彼はなーんにもやってくれないって言っていた。身近な人にそんなん言われちゃだめでしょうよ。シャチョウさんは、理想ばかり掲げて倒れかかった地元アミューズメント施設を、切りつめ切りつめ、すごく現実的な方法で建て直していた人(まだまだ建て直しできてない、か)。とっても渋ちんなイメージだ。で、彼に市政をまかせると楽しさを取っ払ってでもとりあえず建て直しにかかりそうだけど、街中心部の活性化ってとこを上げていた分、なにか未来図は引いていそう。政治家っていうよりいち企業人としてのセンスは発揮してくれるのかな、と。ただ気に入らないのは自民党や公明党や、すべてよってたかって支持したことだ。そんなんでガンジガラメにしたら、もしいい施策があっても思い通りにはさせてもらえないよなぁって感じ。たかが市長選なのに、中央からみなさまご苦労なことなのでした。シャチョウさん。岡山市の誰もが自分の市が変われるなんて思っちゃいないよ。そこを本当に変えたらすごいよ、あなた~。活性化が進んだらおいしい仕事も発生するかしらねえ。あああ、そうなりゃいいけど、期待薄だわ(なまぬるーい土地柄だもの)。
2005年10月10日
県北の、といってもほとんど鳥取との県境。奈義町の現代美術館へ行く。ここ、わりとロングランでユニークな企画をやるのよね。今日見に行ったのは8月7日から会期の『未来美術館へ行こう!』というもの。広島の美術作家、柴川敏之さんの作品だ。最終日は16日。今日、ご本人に会えるとは期待していなかったのにちょうど会場にいらっしゃって、作品の作り方や意図や、隠れた遊びごころやいろんなことをお聞きした。すごーくおもしろかったわ~。作品はすべてサビで覆われた遺品。今から2000年前にポンペイの街が一瞬にして消え、1700年を経てから遺物が発掘されたように、“2000年後に現代社会が発掘されたらどうだろう?”というのがテーマ。蚊取り線香、ウルトラマンやバルタン星人、キューピー、ペコちゃん、招き猫、携帯電話、カセットテープ、カップ麺、絵画、電球、ウォークマン、クレジットカード、プラモデルのパーツ、トロフィー…。身近なあらゆるものが「遺物」になってそこにある。展示の仕方も工夫があって、「ほら、ここからだとまるでキューピーが三尊像のように見えて後光が差しているようでしょう」とか「携帯電話が戦車のように見えて軍国主義に向かっているようでしょう」とか。ご本人から直接説明いただけてラッキー。作品どうやって作ってるんですか?とうかがうと、実際のモノを一度やすりをかけ、それにサビや銅を粉にしたものを振りかけて風合いを出しているのですと!!それをたまごでくっつけ固めながら15回ぐらい工程を踏んでいるので、本物の遺物のような状態になるんですって。これは触っていいですよと言うので一体だけ触らせていただいたら、サビをくっつけたとは思えない強い質感。ほんとうに出土したみたい。銅鐸だって、実際のところどうやって使われたかを見た人はいないわけだから、案外もっと身近な道具だったかもしれないし。というようなことを柴川さんはおっしゃる。だよね。蚊取り線香が2000年後に出土したら、どういうものと思われるんだろうか。あの渦巻きに魔力を込めたとかなんとか言って、呪術の道具として分類されるかもしれないよなあ。バルタン星人はもっとナゾ多き遺物となるだろうなあ。埴輪にしたって、そういうものだったかも。……と、遺物をたっぷり見たあとで、またビカリアミュージアムに行き(奈義町と言えばここでしょー)、化石を掘り起こしたのでした。今日は大物が発掘できたのに勢い余って壊してしまい、学芸員の方にしきりに「惜しい、惜しい」を連発されました。
2005年10月10日
今日は市長選挙(と、そのついでにお買い物)にでかけた以外は家でゴロゴロしておりました。昨日は夕方からよーく歩いた。日頃の運動不足がたたって、疲れちゃったんでしょう。さて。昨日は倉敷のギャラリーで「エゴンシーレを題材に人形を作っている人の個展があるよ」と聞いていたので、仲間たちとそちらに行くことになっていた。友人で鉄の彫刻家(←KAIはてっつぁんと命名)が、エゴンシーレ人形作家と知り合いと言うので、せっかくだから一緒にオープニングパーティーに参加させてもらうことにしたのだ。ガレリアプントは去年、KAIの作品展を企画していくださったギャラリーで、この倉敷店は岡山店につづいて昨年オープンしたばかり。オーナーがオープンのために奔走していたのは知っていたのだけど、実際に行くのは実は初めてなのでした。パーティーの前にはアーティストトークがあるとのこと。それが夕方5時から。その前、ま、せっかく倉敷に行くのだからと友人F氏も誘って、先日から秋の公開が始まった「有隣荘」に。以前、山口晃の作品展示があった時に行きそびれ、今回がはじめて。やなぎみわのインスタレーションがあるというのにそそられた。初めて知ったのだが、有隣荘は大原美術館を創始した大原孫三郎が大原家本邸の隣に別邸として建てたものらしい。病弱だった奥様の療養と、家族団らんの場にしたかったらしいのだけれど、多忙な孫三郎氏がここでゆっくりと時間を過ごす時間は多くなかったとのこと。倉敷の地元の人はどうだか知らないけれど、私は大原美術館のことは知っていてもここの存在は知らなかったなー。美術館の目の前、蔵屋敷が建ち並ぶ美観地区にあって目立つ建物なんだけどね。華美ではなく、知的な香りのするたたずまいで、建具などすべてシックな洋館という風。いや、全体は和風なんだけれど、モダンな洋と和がmixされていい雰囲気なのよ。2階の和室からは美観地区一帯の瓦がちょうどいい目線で広がって、それが素晴らしかったこと。庭には紅葉の頃には目を楽しませてくれそうなもみじ。ああ、その頃、ここの公開があればいいのに!!ここを舞台にしたやなぎみわ、は期待していたほどではなくて少々がっかり。見応えがあるのは映像とともに展開される「バースデーパーティー」ぐらいで、あとは寓話シリーズのシルバープリントが掛け軸のように飾られていた程度。もっとも、この空間に作品を展示しすぎたら建物の魅力が消えてしまうかな。それなら大原美術館の別館、現代アートのコーナーで展示した方が楽しめたかもなあ。お客様もおそらくは観光のついでにここを訪れている人がほとんどだと思うので、やなぎみわを知っているかというと「???」という感じ。洋館だけにぎゅっと作品を凝縮させて、あとは建物見るだけっていうんでもよかったんじゃないのかなー(なんてシロウトが勝手に思うのであった)。あとで平翠軒2階のカフェでコーヒー飲みながら資料を読んだら、次々といろんなことがわかった。有隣荘の内装は児島虎次郎がデザインしていること、欄間の龍も彼のデザインで辰年生まれの孫三郎にちなんでいること、暖炉に埋め込まれた石のプレートはエジプトからの収集品のひとつであること、屋根瓦は中国の孔子廟を模したものであること。あーあ、ちゃんと目を通しておけばもっと楽しめたのになあ。今月中が公開なので、これから行かれる方、豆知識を入れて置いた方がいいですよ。途中のギャラリーでからくりオルゴール展にクギヅケになり、串団子をかじりながら歩き、漬物屋で試食しまくり、「なんだか観光だよねー」などと言っているちに気が付けばみんなとの待ち合わせ時間10分前になっていた。うひゃ。地図によるとプントまではここから徒歩10分。場所をよく知らないまま、とりあえず地図通りに歩く。倉敷最大手の旅館・御園の前とあったので、それが目印。なんとか時間通りにたどりつくと、会場にはもうお客さんはたくさん集まっていた。肝心のてっつぁんは遅れて来ますとのこと。私たちは誰が作家さんなのだろう?と一面識のないままだ。ギャラリートークが始まり、彼女は生き人形作家の堀佳子さんの門下ということを知る(堀さんは岡山の方で以前彼女の門下生の作品展にも行ったことはある。もちろん作品展にも。私は球体人形好きで、別の作家のものだけど何体か購入しているぐらい)。ははあ、なるほどね。私はエゴンシーレのことは詳しくないけれど、可愛い人形とはひと味違った妖しさがテーマにも作風にも合っている気がした。がちっとした体つきのいい男に見つめられながら(というか、彼=人形は目線をはずしている。宙を見ているのか?)パーティーは進行。それがまた豪華でさー、ちょっとだけ参加させてもらって帰るつもりが、ビールにワインにシャンパンに…とすすめられるままにいただき。ピザやお寿司も絶品。晩ご飯要らないほどに遠慮なくいただいちゃったわ。てっつぁんからはいろいろ紹介されたけど、周囲がワイワイ騒がしくてゆっくりお話できなかったのが残念。中にはKAIのことや作品を知ってくださっている方もいたのに、KAIはその間、会場でいちばん若いお姉ちゃん捕まえて相手してもらってたらしいし~。まあしかし、いい展示でした。あ、もしかしたらこの人形の方が有隣荘には合っていたかも。重い雰囲気と古いお屋敷。ううむ、絶対イケると思うんだけどなあ。
2005年10月09日
倉敷でエゴンシーレの絵を題材にした人形展が始まった。そのギャラリートーク&パーティーに参加。大原美術館前の有隣荘では、やなぎみわのインスタレーションやってるというのでそちらにも。歩きすぎ、飲み過ぎで疲れますた。すごーく充実していたので詳細は明日ご報告。また飲んで寝ます。おやすみー。
2005年10月08日
miraicciのHNは、私が仕事で使っている屋号「みらい」からつけた。「みらい」という名前とのつき合いはまだ数年だけれど(以前はずっと屋号を持たず、本名で仕事をしていたのだ)、今では「みらいさん」「みらいちゃん」とよばれることの方が増えてきて、離婚とともにあっけなく変わる姓なんかよりはずっと愛着がある(笑)。仕事場は自宅兼なので、みらい宛の郵便物も随分と多い。実際の名前はうろ覚えのまま「みらい」を訪ねて来られるお客様もいる。なのにー。なんでかきちんとした「みらい」のプレートを作っていなかったのよね。郵便受けのところにマジックのきたない字で書いていたこともあったけど、もう薄くて読めないし。ステッカーを作ってもらって、それを貼ったプレートを出してはみたけど全然目立たないし。ま、いっかー。と、以後そのままだ。そうしたらですよ。この現状をお見通しだったか、見かねたか。なんでも器用に作っちゃう天才クリエイターのワンワンが、糸鋸を使って「みらい」の英文字を切り抜いてきてくだすった!!先輩、感激っす。一文字ずつ紙ヤスリできれいにして焼き板に貼り付けることにしてみました。それをニスで仕上げりゃ立派な看板ですわ。うほほほ、うほほほほほ。その作業はダンナにまかせようっと。ドラエモンのような彼女は(体型じゃないぞ)、いつも困ったのび子ちゃんの私を助けてくれる。彼女のポケットは異次元に続いているらしく、今日もこのプレートをはじめ、「はい、私が少し飲んだお酒」とか「これ、ちょっと飲んでおいしくなかったからもってきた豆乳ココア」とか「出がけに姑に渡されたピオーネ」とか「みらいとKAIのスタンプ、手作りしたから」とか。なんだなんだ、このお宝は~。どれもこれも私のためになるのがザクザクだ。ワンワーン、いつもいろいろありがとう。あなたのポケット大好きよ。次はどんなものが出てくるのか。その意外性にいつも笑いが止まりません。
2005年10月07日
突然のメールで申し訳ありません。このメールを不要・不愉快に感じられた方、真に申し訳ありませんでした。当グループでは現在、女性の会員数に男性の会 員数が追いつかない状況となっております。そこで、掲示板に書き込みを頂いたお客様にメールをさせていただきました。もし、怪しいと思ったり、まったく 興味がない方はこのメールを破棄してくださいますようよろしくお願い致します。当番組は日々女性から紹介希望を受け、地域に合わせ、全ての情報を地域男性会員に公開しております。本日貴方様にご紹介したいのは此方の女性会員です。登録名前:未来■年齢 ♀29才■職業 会社事務■身長 155-159 cm■体型 ノーマルより太め(恥かしい)■ポイント 『実は私…出会い系の利用は初めてです。複数の方からメールくるのが恐くて、貴方だけへの紹介を頼みました。仕事は事務なので女性だけの職場です。毎日 仕事と家の往復ばっかりで退屈しています。先月社員寮を出て一人暮らしし始めました!もし良かったらこれをきっかけに、知り合いになってくれませんか?あっ!!チャットとかってOKな人ですか? もし良かったらアドレス教えてくださいね。経済的な負担など一切かけたくないので、遊び代は私が出します。宜しくね~』※紹介された方は登録・紹介などの費用は一切頂きませんので、ご安心下さい。↑なんていうスパムメールが届いたと“ある方”がメールをくれた。名前「未来」だし、私がサバよむにぴったりの「29歳」だし、「仕事と家の往復ばかり退屈してる」し、あ、それってもしかしてmiraicci?なんて思ったか。あー(笑)。benさん、甘い。甘いよー。私ならもっともっとサバよんじゃう。身長157センチで「太りたくても太れないのが悩み」なんて書くかな。それにしてもだ。こういう類のはうちにも毎日何通も届くけど、この内容を考えているのはどんな人?ダマされる人なんてほとんど皆無と思うのに、どうして毎日こんなに送りつけてんだろう。病気の体験談でウソ書いてフリーライターが捕まったでしょ、これも捕まるの?罪なのか?でなけりゃあ、私、この創作プロフィール書きたいなー。そういう仕事はあるのか???あっ、そうそう。benさーん、未来にだまされて大金巻き上げられたらだめよー。(こっちのみらいは低料金、安心のおつき合いよ。お待ちしてます。)
2005年10月07日
すぐ仕事に必要というわけではないのだけど、今読んでおいた方がいいような気がして(こういう予感は当たるのよ)日頃は読まない類の雑誌を買った。創刊当時から数年は定期購読していた『サライ』。今では銀行の待ち時間やカフェでぱらぱらと目を通すだけになっていたのが、今号では義姉の経営するプチ料亭が掲載されると聞いていたので買ってみました。へー。創刊16周年記念特大号?もうそんなになるのか。私がまだコピーライターとしてヒヨッコだった頃(ああ、そうですよ。今でも大した仕事はできてません)、参考にしていた雑誌。16年、私の独り立ちとほぼ同じだわ。それにしても変わらないスタンスで、よくぞここまでやってこられてます。ま、この変わらなさに飽きて購読やめたんだけどね(笑)まるやさんが掲載されているというので『田舎暮らしの本』も。オオツカさんの開業の経緯はすこーし知っていたけれど、ふんふんなるほどねえと思いながら、その行動力に脱帽。やっちゃう人ってすごいよね。私はやっぱり、カフェオーナーではなくてカフェでまったりする側が似合ってます。すでに田舎暮らしなので物件を探す気なんてないけれど、最後のページで「岡山」のところを探したら牛窓のペンションが売りに出ていたわ。バブルの頃はペンションブームで、予約取れないぐらいだったのになあ。今では淋しい状態とは聞いていたが、やはり…。延床面積162坪。客室15で4750万円よ。買う?そして、商品コピーがワンパターンになりつつある(私の)傾向に反省を込めて、クレヨンハウスの『オーガニックタウン』。有機栽培の商品カタログで、食品から生活雑貨まで掲載。堅すぎず、イメージに流されず、きちんと商品を説明することの大切さをこの頃痛切に感じてきたので、参考になるかな、と(よく読んでないからどうだかわかんないけどさ)。仕事の合間にフェイシャルエステ。デコルテのリンパマッサージが気持ちよくて寝てしまいそうだったわー。一度やると病みつきです。アレルギーが完全に治りきってはいないのを、また当分行かれそうにないからとお願いしてやってもらったの。顔はツヤツヤ、顎を触るといつもはダラーンとしているお肉がすっきり。むくみが取れたんでしょう。どうせ束の間だろうけど小顔気分を味わいます。約1時間のリラックスタイムでしたわ。
2005年10月06日
先週から毎日のように食べているもの。長崎カステラ。それも、贈答品の類でなくて、スーパーのパンコーナーで見つけた1本198円のお買い得品。週に1、2度買い出しに行くその店で、普段は「買って」と言わないKAIが「買って」と言った、そのカステラ。ザラメがちょっとだけ、あとはフワフワのカステラ。シフォンケーキやシュークリームみたいなふわふわ好きにはたまりません。朝食に、おやつに。なぜか食べ飽きないのよね~お安い舌でしょ。おほほほほほ。
2005年10月05日
今日、KAIが図書室で借りてきた本――『戦後の子供たち』。男の子はみんなチャンバラごっこをして、女の子はみんなおかっぱ頭。今日、友人がKAIにくれたもの――『武者めんこ』。んーむ、ヤツは平成生まれなんだけど、こういうのがやけに似合う。「うっわー、遠山の金さん、地雷也、月形半平太もある~」だって。
2005年10月04日
先週はダンナが「熱がある」とかで病院で数種類の薬をもらってきた。仕事で催事があったので休めないまま。ま、寝込むほどひどくはなさそうだ。昨日からKAIは微熱が続く。「頭が重い」んだそうで、今日は学校を休む。(その姿をご覧になりたい方はトップページ「毎日ちょんまげ」(http://ameblo.jp/miraicci/)からどーぞ!!)まったくぅー。どうみても、いちばん忙しかったのは私じゃないか。ひーん、それなのに誰もいたわってくれないよぅ。風邪もひく間がなかったよ。とほほほ。可哀想な私にプレゼント。近々フェイシャルエステに行ってきます。
2005年10月03日
KAIが学校の宿題で、ゴミについてなんでもいいから調べてくることというのがあった。国語で、図や表を使いながらレポートをまとめていくというテーマがあるようだ(よく知らないけど)。それで、その課題が「ゴミについて」で、各々がそれぞれ調べたいことをテーマに掲げたらしいのだが、みんなが「ゴミはどう処理されるか」とか現状を取り上げる中、ほら、うちの少々変わった子ちゃんは「ウルトラマンの時代のゴミ」にしていを取り上げることにしたのだって。今、CSでやっている「帰ってきたウルトラマン」は、私が一番熱心に見ていたシリーズである。幼稚園か小学校低学年ではなかったかと思う。今、見ると当時の様子が反映されていて、社会問題も怪獣のネタになったりしているのがわかる。その中で目立つのが公害に関するものだ。埋立地がゴミの山になっていて、そこから怪獣が生まれたり発見されたり。そんな暮らしの身近なところに埋立地なんてあったのかしら?と思うのだが、映像を見る限りでは子どもにとって埋立地の風景は特別なものではないらしい。なんでもゴミは埋め立てちゃえというのはごく当たり前の時代だったから、そういや小学校で「このままいくと埋め立てる場所がなくなります」なんて聞いて「大人になったらどうなるんだ?」と思ったことがあるなあ。今の子どもにとってはそのシーンというのは強烈らしい。なにしろリサイクル法の浸透とともに大きくなったのだ。社会勉強の一環として行ったゴミ処分場も最新のシステムだし、環境への配慮は抜群。教育は徹底している。それで「帰ってきたウルトラマン」時代って、どういうゴミがあったのか?なんであんなに埋め立てられて社会問題になっていたのか不思議に感じたらしいのだ。こういう授業に外れたことだけは人一倍熱心な我が息子、そして私もまたこういう見方こそ大切と考える大人なので、この宿題には協力しましょう。うまい具合に高度成長期の頃の暮らしの写真満載の本はあるし、子供用の歴史新聞もある。仕事柄、こういう資料だけはなんとか出てくるのだ。それに、70年代は子どもの目から感じた時代を教えることもできるしね。おばあちゃん(実家の母)の協力も得られるだうから電話で取材してみたら、と。70年代のゴミ問題を語るには、60年代半ばぐらいからの日本が豊かになっていく様を調べる必要性があるわけで、KAIが知りたい時代のゴミ事情を知るからにはと60年代半ばから70年代半ばを一緒に調べることにした。私がうまれてから小学生になってから、ぐらいのことだ。一緒に「当時のゴミってどうだったんだろう」と考えると、圧倒的に違うのは缶やペットボトルだ。「そうだよ、お母さんが子どもの頃はジュースの自動販売機なんてみなかった!!」「えっ、どこで買ってたん?」。もうそれだけでカルチャーショックらしい。世界初としてUCCが缶コーヒーを販売したのが1969年なんだって。それでも缶飲料が普及するのには少し時間があったよね。ペットボトルはずっと後だ。ペットボトルがないとなると…。「醤油はどうやって買ったん?」「えーっと、お母さんの記憶では、ビンもっていって量り売りみたいにしていたところがあったような」。それは60年代の風景でぼんやりおぼえていることだけど(私は商店街で育ち、目の前がお米屋さんだった。そこでじょうごで何かを入れていた光景を覚えていたのだ)、まあ量り売りはしてなくとも醤油はビン入りだったよね。母は「ずっと以前は樽で売っていたことがあるよ」なんて答えたらしい。スーパーより個人商店の頃。お母さん達はみんな買い物かごをさげてパック売りじゃなくて竹皮みたいなのに包んだお肉を買っていたのよね。今、レジ袋を有料化するしないでもめてるなんて、バカバカしくなっちゃうよ。いいじゃないの、買い物かご。トートバッグ。当時はごみをどうしていたの?との質問への母の回答(ゴミの捨て方については私は答えられなかったのだ)。紙ゴミはお風呂のたき付けにしていたし、ビンは回収にきていた。割れたら自分で埋めていたかなあだった(環境への意識が低い時代だよね)。生ゴミも埋める。菜園の肥料になっていたんだよね。残りのごみは燃えるも燃えないもなくひとまとめにしていたとのこと。でも、そういうスタイルなら意外にゴミって少ないんじゃないの?という疑問がわく。そうだよ~。じゃあなんでゴミの埋立地があんなに問題化してたのよ。というのを解くのがこれまた問題。答えを言ってしまうとつまんないのでここはKAIに考えさせるところなんだけど、一緒にいろいろ考えた。ベースにあるのは時代の環境に対する意識の低さだ。工場からのたれ流しの公害、廃材も多かったことでしょう。社会はどんどん消費の時代に向かっているから、今よりは少ないとはいえゴミの増加も急激なものがあったのでは?もしあの時代の意識のまま現代を迎えていたらこわいよね。中国は大丈夫だろうかと思っちゃう。けど。二人で話し合ったことに、今の環境への配慮だけプラスして、当時の生活スタイルでいたらゴミ問題はかなりすっきりしてんじゃないのかねぇって。消費の時代がスタートしたとはいえ、まだ当時には「もったいない」がきちんと定着していて、カサや靴を直したり、包丁を研いだりしてくれるおじさんが町内を回ったりしていたよ。子どもは破れた服にアップリケをつけていたし、穴の開いた靴下にはあて布して接いでいた。みんな大事にしていたよなあ。え、いつの時代を生きていたんだ?って。同世代のみんなー、そうじゃなかった?外で食事をする機会もこんなに多くなかったし、第一、コンビニなんてなかった!!と言うと、KAIは「賞味期限が切れて捨てるお弁当だけでも、ゴミは多いよなー」とポツリ。そうよ。きっともったいないほど食べ物のゴミは増えてんのよ。ちゃんとみんなで考えなきゃなあ。今日はいい勉強になりました。
2005年10月02日
テレビ東京系の地元局「てれびせとうち」が開局20周年とか。普段は地味な局なのだが(失礼!!)、昨日も岡山の企業や人を紹介した番組があり、今日はアート関連の。どちらも岡山から全国発信という趣向だった。8月のKAI展二日目。まるやに行ったら騒々しくて、なんだろうと思ったら片岡鶴太郎が来ていた!!と、たまたま朝からお客で行っていた友人から聞かされていた。その前日は私達も直島にいて、隣のケナフ屋のおばちゃんから「なんだかよくわかんないけど、明日片岡鶴太郎が来るって言うのよ」というのは聞いていた。けれど番組のことを全然わかんないままに取材されるという風で「一体どういう内容なのかしらねー」「本当に映るのかしらねー」なんて言うので、「で、いつ放送なの?」と聞いたら「それもよく知らない」と(笑)。友人が聞き耳を立ててくれていて、放送は10月1日らしいよ、テレビ東京とか言っていたという情報だけは耳に入った。まるやさんはちょうど忙しい時間帯だったはずなのに、たくさん取材を受けていた様子。そんなことになるとはおそらく想定外だったのでしょう(笑)。その後、直島を訪れたら、おばちゃん「鶴太郎さんが作品を絶賛していたのよ~」とまるで孫自慢するみたいにKAIを持ち上げてくれる。取材日前に「こんなの描いていたら見て笑ってくれるかも」とまるやの庭で落書きみたいな絵を残しておいた。「あれも持って帰っちゃったのよぅ」と。……と、周囲からはその時のことをちょこっと聞いていたので、今日のこの放送はどんな内容なのかなーと思っていた。放送日が近づいてからの番組告知CMで「瀬戸内のアートの島々を訪ねる」内容なのだと知り、直島はそのひとつとして取り上げられたのだとわかった。でもまあKAIのはたまたまその時期に展示していただけだから、背景には出るだろうけどそんな大層なことじゃないと思っていたので、KAI展に行きそびれたから写真見せてねと言っていた友人2人ほどに「こういう番組があってまるやさん出るから、それ見たらちょこっと様子がわかるかも」なんて言っていただけ。そうしたら、嬉しいことに作品は紹介してもらっているワ名前も出してもらっているワ、こっちがうへぇ~となる内容で大びっくり。まさかそれほど出していただけるとはもう全く予想していなかったので、せっかく休みだったダンナはテレビ見ないで釣りしてるし(笑)。番組告知を見て「もしかしたら孫の作品が出るかも」と見る気満々だった姑は正解だったけれど、実家の父までそんな情報は伝えておらず見損ねてるし~。実家で一緒にテレビ見ていた母も当然そんな期待はしていなかったので、いつになく興奮気味。「あんなにほめてくれたんだから、鶴太郎さんに感謝しなさい」だって。なんだ、そりゃー。KAIが落書きのごとくパパッと描いたあの絵もしっかり画面に映り、KAIは「うわー、適当に描いたから字を間違えているかも!!」とかなり恥ずかしそうだった。絵の横に「勝負」なんて、鶴太郎さんに勝負を挑んでいるんだけど、あんた!!その程度の字ぐらいちゃんと書いてよね。恥ずかしいのは私だわい。こんなことになるんならもっとちゃんと描いたのに…と言ってもおそいのよ。でもまあ、あの時は「取材の時にこういうの見てくれるかなー。ププッ」ってノリだったんだもん。仕方ないよな。まるやさんは大変だったでしょー。接客しながら取材、かなり忙しかったんじゃないかしら。さて。この番組、地元にいても知らないような情報がいっぱいで、なかなかおもしろいものでした。瀬戸内海には小さな島がいくつもあって、いろんなところでアートに取り組んでいる人がいる。そんなこと気づかなかったなあ。その中でも直島は企業力も手伝って、かなり大きなプロジェクトになっているのよね。一番見応えがありました。犬島は、子供時代は叔父がクルーザーで海水浴に連れて行ってくれてた島。だから犬島といえば「泳ぐとこ」のイメージだったのが、近年は芝居やアートで若い人たちが島の人たちをも巻き込んでちょっとおもしろいことになっている。普段はなんにもない島に見えるけれど、そこが魅力。行ってみたくなったよ。
2005年10月01日
ダンナとKAIの休みがやっと一致したので、私も今日は一日仕事を休んで外出することにした。行き先は児島。瀬戸大橋のふもと、昔から繊維で栄えた町だ。そこで今日と明日、「せんい児島瀬戸大橋まつり」が開催されているのだ。ずーっと昔、実家の父はこの町でジーンズ関係の会社に勤めており、その頃からせんいまつりは楽しみだった。お目当てはベティスミスで、ここのテントは若い女性でいつもごった返していた。瀬戸大橋ができる前だったと思うから、たぶん当時は年に一回、春の開催だったのよね(記憶違いかも)。今では春と秋、年に二回のイベントだけど。児島には学生服やジーンズやユニフォームや、とにかくいろんな繊維メーカーが集中していて、それらの店が一斉にテントで並ぶのがこのまつりだ。布地やタオル、靴、ぼうし、子供向けのおもちゃ雑貨屋などもチラホラあって、全部をゆっくり見るのは疲れるからめぼしいところだけをのぞく。食べ物の屋台もたくさん。何年ぶりかに参加してみたけど、かつてよりはお客は随分減ったような気がする。それと若いおしゃれな人が少ないの。テントをのぞいてそれも仕方ないかな、と。ジーンズやジャージやおばちゃん服はあっても、若い人が飛びつくようなのはなし。以前はここでスカートやジャケットなどデザイン凝ったのを買っていたものだけど、そういうのを見つけることはできない。どこもジーンズメインでデニム系の他の商品が少ないこと!!値段は安いけれど、どこも一律で1000円~2000円ってとこ。でもまあせっかく来たんだしとめぼしいものを探してキョロキョロ。…と、サイズも年齢ターゲットもほぼ私にぴったりのお店発見。そこでパンツを2本、ジャケット1枚。別の店で「大きく見えるけどSサイズかー、微妙だな~」というのを1本。ほほほ、もうこうなると私の物欲は止まりませんわよ。徹底的に商品をチェックして、歩いて歩いてもうぐったりするまで。帰りの車でグーグー寝て、途中でアトリエ・ライブで食事して、それからジーンズ屋でシャツを2枚、Tシャツ1枚購入。うぉー、気が付けば生活費がぁぁぁ。帰ってから試着した。微妙だなあと思ったSサイズのパンツは当然入らず(当たり前なのだ。でも現地ではすごく大きく見えたのよ)、KAIがもう少し成長するまでとっておこうということに。ぐすん。全体に絵が描いてあってすごくパンクっぽかったのにー。うーん、なんだかなぁ。疲れと「10月の生活はどうすりゃいいの?」という思いだけが残ったわ。
2005年10月01日
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