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暖房に、灯油や電気やガスをまだ使わなかった昭和の頃、暖かい地方では、火鉢や炬燵 寒冷地では薪ストーブ、炬燵などで暖をとっていました。ストーブの燃えがマックスに達すると、それは それは 汗がしたたり落ちてきたものです。省エネなどは叫ばれず、資源が不足するなど考えもしなかった時でした。薪ストーブを 思い切り焚いた 昭和の冬は、ほんと 暖かかったのです。寒冷地の子供の任務は、冬が近づくと 薪割り 切り を成し遂げることでした。一冬中分の木を、日曜の午後になると 切って薪小屋に蓄えておくのでした。男の子は、みんな手の平に肉刺をつくり、任務をこなした達成感に酔いしれることができる 冬が来る前の季節なのでした。
2014.09.26
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1970年頃、相当に流行った、ヘヤースタイル<センターパーツ>です。中央に分け目を入れたストレートロングヘヤーです。髪に艶があればあるほど、自慢でしたよね。街に男性インタビュアが、機材を肩から掛けて出て、ロングヘヤーの女性を追跡し、振り向かせてインタビューし、リンスをプレゼントするCM大ヒットしましたよね。2年間くらいは そのCMオンエアーされていたと思うのですが人々に浸透したため、髪のきれいな女性が追跡されればもう、辺りはざわめいたのです。それを逆手にとり、シーンをプラスして流していました。きっと、髪の長い女性は 街を歩けば「もしかしたら、私もメロンリンスに追いかけられるかも・・・」なんて 期待していたのではないかと。だから上の図のようなロングヘヤーの方も歩いていたと思います。
2014.09.19
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猿が居る土地とは承知しているのですがここ一週間20人以上の人が 猿に襲われています。「離れ猿」・・・ボスの地位から左遷させられて、ショックを受けストレスが溜まり、人間を襲っているのでしょうか?私の父も 濡れ縁に座っていたら バックから襲われました。動いていない状態の人を襲っているようです。母が父の低い悲鳴を聴いて、大声で猿を威嚇して追い返したとのことです。幸いかじられずに済んだようですが、背中やお腹にショック痣が出来、腰を少し痛めたようです。これ以上人に危害を与えないよう、この離れ猿、早く捕獲できればと、願っています。
2014.09.11
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昭和40年頃、上の図のような 浴用石鹸のCMのシーンよく見かけましたよね。美しい欧米の女性が、シャボンバブルがいっぱいの猫足バスタブで、優雅に陶酔の表情をしているCM。その頃日本人はまだ自分の国の風習に劣等感をいだいていて全て欧米式が正しいなどと極端に羨望の視線を向けていました。「あんなお風呂に入ってみたい・・・そしたらあの女性のようにきれいになれるんだ!」 と。しかし、昭和の後半期になると、日本の風習 習慣 食生活 日常のあらゆることにおいて、欧米羨望型は覆されたのです。それは 日本が国際的な進歩を遂げたことが大きな要因といえますよね。入浴の仕方、「日本人ほど清潔な人種はいない!」とみんなが知りそれに 自信を沢山抱きました。日本人のお風呂の入り方、外国の方も真似するようになったのです。上のような木桶風呂、薪で焚いていたものです。このようなお風呂に入っていた頃は、温まりすぎたせいか「湯冷め」という単語を使うのが、頻発していたものでした。
2014.09.04
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