全4件 (4件中 1-4件目)
1

昭和28年、マグロやクジラ(当初は原料)の日本ならではの魚肉ソーセージが発売され、庶民の人気食品になりました。まだ一般家庭に冷蔵庫が普及されていない頃日持ちできるソーセージは 味は勿論、便利な加工食品として、脚光を浴びました。 丸かじりするのは勿論、カレーライスに肉の代替品として入れたりしました。昭和40年代が、生産と消費が一番つり合っていた頃だったのです。しかし、昭和50年代 200海里問題で 冷凍すり身魚の価格が上がり生産が減ったのです。それと共に 人々が加工食品の敬遠傾向、冷凍蔵庫の完備で肉や魚の代替品をそれほど必要としなくなった事も考えられます。 やはり魚肉ソーセージは 昭和の大ヒット食品です。私の勤めている店では、50代~60代の男性が 主に買っていきます。20代~30代の男性は、ほとんど買いませんね。今、ここにきて メーカーは 「ヘルシー」 「魚肉です。」 「カルシウムたっぷり」などのキャッチフレーズで、売上を伸ばしています。私はフライパンで 油を敷かずに、焦げ目がつく程度に焼きタバスコを振りかけていただきます。ビールのおつまみにほんと、おいしいのです。
2014.05.30
コメント(0)

バヤリースオレンジ は、最初ボトルで 昭和26年に一本35円で発売されました。かなり 高級な飲料でしたね。その後34年に缶として売り出されて、お値段は50円でした。チンパンジーの出演するCMは、インパクト大で、その頃チンパンジーを もし ペットで飼うとしたら、200万はすると知らされましたね。さて、この高級飲料は、あまり簡単に手が届かなかったので、このままにしておいて・・・・・ 昭和30年代から40年代にかけて、何といっても庶民の子供から大人までに愛されたのは、粉末ジュースでした。お値段一杯一袋5円、夏は家庭で、沢山常備されていました。水に溶かして飲むだけでなく、お子達は舐めまくり、舌を鮮やかに染めていました。炭酸入りのソーダタイプも出回り、泡が出るのを眺めるのが楽しいひとときだったのです。その炭酸グループのなかに、タブレット状のもあったのですが、メーカーと商品名が不明で残念なのです。一粒入れると、シュワ~ッと泡が吹いたのです。入浴剤の「パブ」のような感じでした。その後昭和45年チクロの使用禁止て゛市場から粉末ジュースが消えてしまったのでした。
2014.05.23
コメント(0)

鬼は、悪や恐怖であり、しかし 打って変わって神に近い尊厳を持つ存在でもあります。昭和の子供の遊びには、鬼の存在は欠かせませんでした。だから 遊びの中の恐怖というスリルが堪らなかったのでした。 「くつ隠し」は4人以上、10人くらいまでで遊びます。鬼を決めるのに片方のくつを脱いで、一か所に置きます。みんなで唄を唄いながら、唄い終わりの指点された子のくつは、本人に戻されます。最後まで指点されなかったくつの子が鬼になります。鬼が「いち~にい~さん~」と50まで数える間に、みんながくつを隠します。それには すっかり隠さず、少し見えるように配慮して隠すのです。全部のくつを鬼が見つけられたら、鬼は交代です。この遊びの醍醐味は、くつがそばに見えているのに、鬼が目の錯覚で見つけられずに あせっている様子がみんなに大受けすることでした。延々と暗くなるまで遊んだものでした。
2014.05.09
コメント(0)

これは、手押し噴霧器です。昭和40年代 初頭にガススプレーの殺虫剤が発売される迄、こういったもの 使っていました。 前のタンクに、殺虫剤液を入れ水鉄砲と同じ原理で、ハエたちを殺します。噴霧のスピードも遅いのでとても とても 一匹めがけてとは、いかなかったのです。だけど シュッ シュッ と噴射したあとは、ハエが落ちるので満足感はありました。 ハエを殺すためのグッズとして こちら両者、今でも需要がありますが、リボンとハエ叩きです。ハエ叩きの叩く部分は、細い針金の網目でした。器に盛った食物を守るための 食卓蚊帳です。こちらのサイズを大きくしたものは 赤ちゃん蚊帳でお昼寝の時など 被せていました。生活に サッシや網戸が備えられ、トイレも水洗トイレになってから、家の中にハエが入ってくることが少なくなった昨今でも ハエ取りグッズは役立っていることに 感心しますね。
2014.05.02
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1