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女子の体操着、ブルマーが消えて 早 15年以上も経つのですね。上の図、左の女の子の履いているのが「提灯ブルマー」右の女の子は、それが進化した 廃止直前まで着用していたタイプのブルマーです。私のブログこちらにセーラー服の学校少なくなったことを記しているのですが、ブルマーは性的好奇心の対象であったりセーラー服は、変形 改造され、神聖であるはずのものなのに返って堕メージを与えてしまった・・・・という風潮にとどめを射さねばならなかったのですね。提灯ブルマー、はゴムが入っていたのです。1964年、東京五輪のバレーボールチーム東洋の魔女たちはそれを着用して、金メダルを獲ったのです。それから ゴムの入っていない伸縮性のあるブルマーに進化していったのです。同じく女子の下着にもゴムが入っていました。上の図のような 皮を剥いたトウモロコシ状態を防ぐのに、スカートを下着に押し込んで、鉄棒をしたのです。便利なショーツだったのです。昭和30年代の女子児童は、スカートで登校する子が多かったのでした。
2014.10.24
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オフィスで、外線私用電話があると やはり回りの目線というより、聴線を気にしながら話しを終えていました。そして、(小声で話す) そういったのが常識でした。そういう点 今思うと昭和の頃、人々は羞恥心に長けていて尚且つ、秘密を持っていたような気がしますね。固定電話しかないので、ビジネスマンなど、外回りの時の、一日の外出先 時間ごとに、明記して外出したのでした。でないと 連絡のつけようがないからです。ここ20年で、顕著に変化したのは 携帯電話のせいで昭和の頃存在した人々の秘密主義が薄れていっているってところでしようか。自分が話す、電話の会話の中身、あまり回りの人に聴かれたくなかったですよねえ。
2014.10.17
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ペナントです。ペナン島のペナントなんてのも あったのかしら?特に多くは男の子がコレクションしていて、何処かに出かけた、旅行した、という履歴のステータス。親戚や親しい人々からの、 お土産としてもらったという交流関係の豊富さを 貼っておくだけでプラウドリィできる 旗印でした。状差しです。事務用でこんなのもありますが、どう見ても「状刺し」が正しい気もするのですが、やはり刺すというと語弊があるのでしようかしらね。通信手段が、手紙 はがきが主だった頃、沢山の人とお付き合いがあるという証明の自慢でした。さりげなく 目いっぱい 状差しに受け取った郵便物を差していました。今でいえば、人に会っていて携帯が頻繁にコールされる事でもありましょうか。部屋の上部に、整列して掛けられた、額入りの表彰状群です。こういう お宅を訪問すると、緊張しましたよね。上の図は、まだいただける予定があるのでしょうか、隅に額縁が何個か ストックしてあります。表彰状は、「偉人の象徴」なのですね。
2014.10.03
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