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前回の続続のようになるのですが、安全管理が曖昧的で 遊びの危険度を満喫できた昭和の頃でしたね。上の図、階段の手擦りを滑走する場面です。木製であったので、十分に擦り減り、「尻擦り」と化していました。 特にサーカスが全盛の頃、空中ブランコにあこがれブランコから飛び降りる男の子が続出していました。けがをしたという話は聴かなかったのですが、女子としては、見ていてほんとに、怖かったですよお。 現在は 棒登り というようですが、山の資源をフル活用できた頃、本当の竹で 竹登り をしていました。竹の節で丁度良いリズムを取ることができ、登りやすかった気がします。両手で竹につかまる 2本登り が男子にとって定番で、最上まで上ったとき、一気に滑り降りるのが楽しかったのですよね。
2014.12.26
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現代は、小中学校の 体育授業や運動面、安全管理が徹底されていて すごいですよね。昭和の中間期など そういった面は無頓着に行われていた気がします。緊迫が胸を踊らせたあの騎馬戦もよう、こちらに記しています。よろしかったらご覧ください。その ドッジボールなのですが、何か今はソフトドッジボールを学校では使用していて、当っても痛くないようですね。昭和のドッジボールは、硬くて当った瞬間痛かったですよね。もう、活躍するメンバーは、ほぼ決まっていて 自由にボールを操れる子は、ドッジにしろスターでした。ずっと ボールから逃げ惑っていた子でも、あるとき 突然おなかで激しいボールをキャッチできた時自信が発生して、攻撃できるメンバーに変わっていったのでした。、
2014.12.19
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師走の語源って、色々な説があり、一定していないようですが信じたいのは 万葉集の時代、12月を\「しはす」と呼んでいて当て字をしたのではないか、という説でしょうか、私としては。もう、昭和の後期頃から 「師走って感じ しないよね。」という会話、12月に入ると 交わされ続けていますよね。原因としては、たとえば お餅つき 各家庭単位で、息のあった夫婦の大共同イベントでした。でも昭和40年半ば頃から、廃止する家庭が続出しました。朝から、近所の家のもち米を蒸す香りと共に ぺったん ペッたんと心地よい音が響いてきていました。お正月が来るんだとワクワクしました。神棚へのお供え飾りも、昭和では 面倒臭がることなく、極めて真面目に飾りつけしました。年間の必須行事にエネルギーを詰め込むから歳末は、超多忙になったのでした。お正月が来るから、新しい服を買い、床屋に美容院に行く、準備は多種多様だったのです。空気そのものが変化して、匂っていました。そして、こちらの方も 大忙しでした。銀行振り込み、自動引き落とし、などないので、全て現金回収です。催促行為にも 力をつぎ込んで、年が代わらないうちに集金しなければならなかったので、猛スピードで飛び廻っていたのでした。
2014.12.05
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