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ままごと遊びは、打ち合わせせずに始める子供たちもいましたが、細々と 指示を与えるチームリーダーがいたのです。まず 配役を決め、その性格までも表現させ台詞はアドリブに任せてくれましたがその舞台を観てその本人は 楽しんでいると、いうことでしようか。庭に井草のござなどをセッティングします。そのござの上で 見事な仮想空間を作ります。そして 子供たちは現実から離れて 虚像と化するのです。役に填り切って 夢中ですが・・・・・やはり ままごと遊びが終わった後ディレクターから お褒めの言葉を頂戴するのが、何よりの楽しみだったのです。
2015.08.28
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昭和のアルバムを開くと おそらくどの家庭にもプラットホームで撮影された写真があるかと思います。まだ 写されるとき、Vサインなどせず、緊張が主体の表情をしていましたね。カメラは誰でも持っているわけではなく、撮影という事自体 難度が高くて、被写体にはそれが十分伝わっていたのですね。車社会になる寸前の 昭和 やはり電車に乗って(汽車とも呼んでいましたが)遠出をするのは、それは それは 興緊が堪らなくうれしかったのです。写される瞬間、感情を抑えて ポーズを決めていましたね。喜怒哀楽を素直に実態で示せるのは子供たちです。右側に置いた電車はこどもではなくこだまです。広いプラットホームは 子供たちの駆け回るはしゃぎ声で溢れていました。電車から降り立つ プラットホームより電車を待つ プラットホームが好かれていました。なんといっても 出発 始まりの地点ですから。
2015.08.21
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すっかり鯖も 油の乗ったノルウェー産を食べることが多くなった昨今ですね。で、昭和ではほとんど日本の海で捕れるのを食べていたわけですが、その鯖という魚は傷みやすく、多く捕獲できたのでもの凄い早口で数えられ、実際の数と合わなかったそうです。まあ、それで鯖を読むというそうですが。10才は大袈裟過ぎますが、どうにか5才くらいなら読んでもある程度年令がいくまでばれないし、その歌手が稼げる期間を想定した上での事だったのでしょうね。でも、こういうのって憎めなく、微笑ましくさえ、今思えますよね。今、たとえば20代の人に「あの人は苦労したんだよ」って言っても苦労 という形容動詞からイメージするものが 浮かんでこないのではないかと・・・・・上の図は一例ですが、さまざまな職業に就き、がんばったがなかなか豊かにならず、だけど、だけどいつかは歌手に・・・・・という大きな夢を持っていたので、苦労なんて何とも思わない。だからみんな夢を持ってがんばろう!そういう主張感を抜群の歌唱力で唄っていたので好感度は特大でしたよね。
2015.08.14
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