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もともと紅茶が大好きで、紅茶に関わる仕事がしてみたいと思った時期もありました。夏はアイスティーで楽しむのですが、やっぱり秋が深まってくると、俄然紅茶の出番が増えます。しかも、ちょっとヒットなグッズを買ってしまい、今まで以上に紅茶が手軽に美味しく飲めるような気がしてます。私が買ったのは、これ↓アウトレット!メジャーカップ&ふた&紅茶、TeaSpoonセットメジャーカップで紅茶を入れるの?って感じですが、広口で厚手の耐熱ガラス、蓋もついているので、勢い良くお湯を注ぐと上手く茶葉がジャンピングするんです。ジャンピングしてる様子を見る事ができるのも良いですね~。茶葉に合わせて時間をおいたら出来上がり。暖めておいたティーポットに移して、(茶漉しを使ってね)暖めておいたティーカップで美味しくいただきます。メジャーカップの良いところは、片付けも簡単なところ!茶葉を捨てるのも簡単だし、洗うのも口が広いのでラクラクです。これなら毎日簡単にしかも美味しくリーフティーが楽しめますね。毎日活躍しそうだわ。しかもアウトレット品なので、安かったし。メジャースプーンとリーフティーが3種類も入ってたんですよ!お気に入りのアッサム(ハプサンパルパット・レピシエで買いました♪)を早速入れてみました。美味しい~~!こんなに簡単なんて、嬉しすぎます。毎日朝晩紅茶生活になりそうな予感です。あとは、美味しいお菓子が欲しいなあ…。
2004年11月30日
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ついに出ました!洋装の土方!榎本武揚の洋装を見て「俺の方が似合う」と言っていましたが、ほんとに似合ってます。かっこいい!でも、みんながちょんまげで着物を着ていた時代に、突然あんな服装で現れたら、確かにびっくりしますよね。違和感あるかも。左の袖に「誠」のエンブレムっぽいのがついてるところが泣かせますね。そして、遂に勝海舟に江戸を追い出されてしまった新選組。江戸を戦場にしたくないという勝の気持ちも分かります。近藤もそれには気付いたんでしょうね。かつて、京の街を火の海にしようとした長州の陰謀を嗅ぎ付け、それを食い止めたのは、他ならぬ新選組だったのですから。(言う間でもなく池田屋事件ですが)あのとき、京から追い出されたのは、長州だったけれど、今度は新選組が立場が逆になってしまう。なんだか、運命のいたずらというか、皮肉というか、そういうものを感じずにはいられませんでした。甲府へ行けというのは、実はそういう意味があったのだということを、もし永倉や左之助が察していたら…。袂を分つということはなかったのかもしれません。実は、そこが永倉たちと近藤たちの間にあった隔たりだったのではないでしょうか?「江戸から追い出された。おれたちは捨て駒だ。どっちみち、勝ち目はない。」って、打ち明けたら永倉や左之助はどうしたかなあ。まっすぐな性格の永倉は、もしかしたら、負け戦をしに甲府へ行くのを断固反対したかもしれない、と思ったりします。いっそのこと、この時に新選組を解散すれば良かったのに。やっぱり、容保様との約束を果たさなければ、という強い思いがあったのかな。新選組を認めてくれて、一番の理解者だった容保への忠誠心っていうのはあったかもしれない。そういう意味で、「永倉さんは、間違っている!」と思うわけです。斎藤一@オダジョー、出番少なかったけど、カッコ良かったねえ。誠の旗をふりかざして熱く語るところなんて、ちょっと斎藤くんらしくないと言えばそうなんだけど、彼にとっては大切な居場所なんだよね、新選組は。(島田にとってもそうだと思うけど。)「な、なんかちょっと、俺らしくない…」って照れたような顔をしたのも、なんとも言えず素敵っ!彼が最後まで土方について行き、新選組として戦ったのが分かる一場面でしたね。なので、あと2回で最終回だけど、続編作ってほしいな、と思うわけですよ。五稜郭で土方が最後をとげるまでを三谷さんに是非書いてほしいっ!今日は印象的な場面が多かったなあ。沖田が土方に稽古をつけるところとか…。みつが総司を見舞うところ。いろんな隊士の名前を挙げて、「その人は死んだよ」ってことごとく言われて、島田だけ「あの人はまだ生きてるよ」ってかろうじて言われたんだけど、なぜかみつは「そう、みんな元気なのね。良かった。」って言うんですよね。なんか、すっごくチグハグな感じだけど、おきゃんな沖田みつが、実は弟の病気ですごく動揺してるって感じがして、私の涙ポイントでした。ところで、お琴ちゃん。まだ土方に未練ありありでしょ~!だからわざと、土方が嫌がりそうなことを言ったんじゃないですかねえ。ついに来週は、流山で近藤が捕らえられます。試衛館でつねやたま、母上と過ごした穏やかな日々は、つかの間だったんですね…。私には、どうしても分からないんです。なぜ、近藤が斬首にされなければならなかったのか。まあ、それについてはあと2回見てから考えることにします。☆今日のオダジョー☆え?もう良いって?じゃ、ひとこと。「斎藤さまの洋装が見たい~~!」きっと、土方とツーショットで、カッコ良いと思う!
2004年11月28日
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私は非常に視力が弱いので、コンタクトレンズをしています。が、ちょっと目を痛めてしまい、今週はコンタクトをしないように医者から言われて、仕方なく眼鏡をしています。ずっとコンタクトレンズに頼ってきた私としては、眼鏡はとても疲れるのです。鼻の頭がこそばゆいし、重いし。でも、コンタクトレンズをずっと使用し続けていると、目の角膜の細胞が傷つくんだそうです。なので、どんなに長くても1日12時間以上使用しないように、と私の友人で私と同じくらい視力の弱い人が、医者から言われたそうです。ひえ~。私なんて、朝から夜寝るまでつけてたりするよ。すっげ~目に悪いことしてるじゃないのっ!コンタクトレンズも、便利なようで、でもその分弊害も大きいのかもしれないですねえ。眼鏡は、フレームを選ぶという作業がとっても面倒くさいのです。眼鏡が似合う人ならフレーム選びも楽しいかもしれませんが、自称眼鏡の似合わない女の私にとっては、面倒くさいことこのうえないのです。目が良い人がほんとうにうらやましいです。…なんて言いながら、PCに向かってるんだから、どうしようもないよねえ。
2004年11月25日
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こういうネタは、あまり書きたくないんだけど。目に飛び込んでしまったので、仕方ない。首都南方でも掃討作戦 米英軍など5千人投入 アメリカ(とそれに同調しているイギリス)は一体、何がしたいのですか?テロリストを壊滅させること?それによって、自国に利益をもたらす何か?自国の利益のためなら、環境汚染をしても平気って言い切る(言い切ってると、私は感じています)国ですからねえ。「自分達さえよければ」っていう気持ちがどっかにあるのかも。9.11への復讐ですか?そのためなら、テロリストでないイラク人がたくさん死んでも構わないと?それは、異教徒だから?イラク戦争の理由も、都合よくコロコロ変えてますよね。いや、最初から変わってなくて、対外的な言い訳をコロコロ変えてるだけなんでしょうが。それに対してノーと言えない、日本政府も情けないです。中国に対しても、何も言えない。何やってんだ?
2004年11月24日
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終わりが近いですね…。今日は、久々に八木家の人々が登場して、嬉しいんだけどなんだか「京ともさよならなんだな~」ってしみじみ。「あの人ら、何か悪いことしたん?」って無邪気に聞く為三郎に「なんもしてへん。」って、答えて唇を噛み締める源之丞さん…。最初はあんなに迷惑がっていたのにね。そして、京で大事なポイントといえば、寺田屋。久々に登場のお登勢さん。あいかわらず、きりっとしてて、かっこいいです。あの啖呵に薩摩のやつらもタジタジ…。スカ~ッとしたわ♪そして、ひでちゃんと沖田の再会。そして、それが最後。「古い友人」とかいいながら、ずっと後ろを振り返ってた沖田。切ないよね~。…って、今回は新選組結成から6年を過ごした京の街とのお別れの回って感じでしたね。所縁の人たちを次々に登場させて。捨助、久々に出たと思ったらすっかり仲間になっちゃって。いろいろ対立したこともあったけど、結局目指す方向は同じだった佐々木様も銃弾に倒れ、近藤に後を託して逝ってしまいました。先週の源さんの死といい、佐々木の死といい、どちらも銃弾に倒れた、というところが「刀の時代の終わり」を象徴しているようでしたね。監察の山崎は、江戸へ行く船の中でそっと息を引き取るし。彼らしい死に方だな~と思いました。こっそり敵の様子を探るのが仕事だった彼は、最後もひっそりと。なんかね、もう感想を書くとかそういう気分じゃないですよ。今更、何かいってももう遅いっていうか、虚しいっていうか…。締めくくりに入ってますからねえ。でもね。ど~しても納得がいかないことがあるんです!!!それは、おそのちゃんが薩摩のやつらに殺されたこと。なぜ?どうして?新選組の身内の者だから?たったそれだけで、なんの武器も持たない女性が殺されたのだとしたら、薩摩って(あの2人だけかもしれないけど)極悪非道だよ。このドラマでは、すっかり悪者ですね>薩摩藩あ、榎本武揚@くさなぎつよぽんがついに登場しましたね。あれだけかよっ!て感じですが。それにしても…。徳川慶喜って、たしか大河ドラマでやりましたよねえ。しかも、モッくんで。随分イメージ違うんだけど、どんなドラマだったんでしょう?私はその時の大河は観てなかったので、興味あります。再放送してくれないかなあ。レンタルビデオ屋さんに、総集編のビデオはあるから、それだけ観てみようかな。どう考えても、いや~なやつなんですが。いや、まだまだ私の幕末への興味は火がついたばかりなので、これからいろいろ本を読んだりしていきたいと思います。来週は…。ばらばらになっちゃうんですよね、仲間たち。切ないです。☆今日のオダジョー☆土方と斎藤のツーショットって、珍しくないですか?またしても新選組夢のイケメンツーショット!新選組の様々な資料の中から、組織表だけをそっと持ち帰る土方。それを見逃さない斎藤。「(その組織表は)持っておけよ。あんたが作った新選組だろ。」今日の名セリフですね。そうなんです。新選組を作ったのは、土方なんですよ~。いつも何考えてるのか分からないような顔で、一歩引いたところで立っていた斎藤だけど、ちょっと引き気味の視点だったからこそ、見えたものがあったんでしょうね。だから、他の隊士たちがばらばらになって、近藤が処刑された後も、最後まで土方について行ったんですね。司馬遼太郎の『燃えよ剣』を読んだ時は、「へぇ~、そうなんだ~」って感じだったんだけど、なんとなく納得。孤独と言えば言えなくもない、同じ匂いを土方に感じていたのでしょうね、斎藤は。
2004年11月21日
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サントリーホール 10:30~曲目:ブラームス 交響曲第2番火曜日の東京文化に続いて、今度はサントリーホールで、公開リハーサルを聴いてきました。リハ、といっても「あ、そこはもっとこうして!じゃ、何小節目からもう1度!」とかやるわけじゃないですね。通しです。ほぼ、本番の演奏と同じ。公開リハが行われるというのは、急遽決まったことらしく、11/13のみ発売されたものでした。全席指定で5000円。5000円でベルリンフィルのブラ2が聴けるなんて、超お買得ですよ!実際、「これで5000円なんて…。ありがたや~~!」という感じでした。舞台の上の空気が、音楽で振動しているのです。それがホール中に伝わって、私の身体にもビリビリ響いてきます。なんにもしてないのに、ボディソニック状態!それも、最高の音楽で。音楽の力、というものを痛烈に感じました。東京文化でのマラ5も最高でしたが、公開リハのブラ2も、また違った味わいで、どんどん引き込まれていきます。3楽章の始まり、オーボエのソロのところのラトルの指揮がとても印象に残っています。まるで、空間に絵を描くような指揮。本当に、絵のように鮮やかな音楽が、そこに描かれるんですね。本物の絵と違って、形に残らないのですが、確かにそこにはラトルとベルリンフィルが描いたブラ2という絵がありました。すごいものを聴いた、観た、という感動で、ちょっとテンション高いです。癒し系の音楽って、こういうもののことを言うんだな~と思いました。これで、チケットがもう少し取りやすくて、もう少し安かったらなあ~~。ダフ屋の変わりに存在する、オークションのためだけにチケットを買う不埒なやつらがいなければ、もう少しいろんな人がチケット買えるのにね。このチケットが取れたのは、本当にラッキーでした。宝くじが当たる運は使い果たしたかも!?
2004年11月20日
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著者・河合隼雄、南伸坊新潮文庫心のケア、などという言葉が盛んに言われるようになった昨今ですが、実際に「心のケア」って何をするの?って思っていました。カウンセリングとか心理療法とかいうものがあるというのも知っているし、カウンセリングは、実は数回受けたことがあります。(残念ながら、あまり役に立ったと思えないんだけど…。)それ以外にも、ロールシャッハテストだの箱庭療法だの、音楽療法だの、精神分析etc…。いろいろあって、よく分からない、というのが正直なところです。この本は、心理療法の権威とも言える河合隼雄さんが先生、イラストレーターの南伸坊さんが生徒、という形で、河合先生の講義を受けて、南さんがレポートにまとめる、というのを交互に載せています。心理学は科学なのか、そうではないのか?科学として考えようとすると、あまりにも曖昧な部分が多いのです。実験して証明できるものではない。なにしろ扱っているのが、「人間関係」なのですから。「人間」単体で考えてもあまり意味はなくて、人間同士の関係において、いろいろと問題を抱えている人を扱うので「人間関係」。医学的に考えることも、もちろんできます。最近急増しているといわれるうつ病や、神経症、統合失調症…様々な精神疾患がありますし、それを治療するための優れた薬もたくさん開発されています。そういった病気は、脳内物質の分泌に異常をきたしているために起こるらしい、ということが分ってきており、それを正常にするためのお薬がいろいろあるわけです。それを正しく投与することによって、症状は確かに緩解します。とはいうものの…。じゃあ、薬止めたらどうなるの?脳内物質の異常をきたすようになった原因が、人間関係にあるとしたら、そこをなんとかしなくちゃ、根本的には治らないんじゃないの?そうなったら、精神科のお医者さまも「それ以上はちょっと…」ってなってしまうわけで、その人間の脳みその「分からなさ」を少しでも「分かる」ように、様々なアプローチをするのが心理療法なんだそうです。なんだか分ったような、分からないような?でも、そう簡単に人間の心なんて分からない、分ってたまるか、という態度で心理療法家はクライアントに臨まなければならないようです。だって、心理療法家が「あなたのことなら、なんでも分かりますよ」って人だったら、恐くてうかうか相談にも行けません。お互い分からない、ということころからスタートする。そして共同作業で、少しでも分かるようにしていくわけです。この本の中で、とても印象に残った部分がありました。箱庭を作ったり、カウンセリングで人に話したりすることで、何故心が治っていくのか。確かに不思議ですよね。それを河合先生はこのようにおっしゃっています。「そもそも心理療法というのは、来談者(クライアント)が自分に相応しい物語を作り上げるのを援助していく仕事だと言うこともできる。」この文章を読んだ時、私は心のなかで何かがストンと収まるような気がしました。誰にでも、その人にしかない人生という物語があるわけです。で、不安や病気を抱えて悩んでいる人にとっては、それを自分の「物語」の中で、どう位置付けて良いのか分からない。納得のいく位置付けができないから、困っているんです。ところが、(これは誰にでも経験のあることかもしれませんが)人に話したり、あるいは絵を描く、箱庭を作る、ということを専門家の人と一緒に行うことで、位置付けに困っている問題を、ある程度客観的に見直すことができるわけです。それによって、その問題が自分の人生でどういう位置付けになるのか、あるいはどういう意味を持つのか、少しずつ整理することができて、自分の物語に組み込むことができ、クライアントの心の問題は解消する方向へ向かうのです。つまり、こうやって日記を書いたりするのも、自分の物語を日々整理するためには、多いに役立つことなんですね。虚言僻のある人、というのがいますが、そういう人は、作り話をすることで、なんとか自分の物語を支えているのだと考えられるそうです。もしくは、意味不明なことを言ったり、叫んだり、暴れたりということも、そういう方法でしか、自分を表現する方法がないからなのです。「死にたい」という人は、実は「生きたい」「助けてくれ」というのを、そういう言い方でしか表現できなくなっているわけです。(なんだか、このあたり、身につまされるんです…)最近、カウンセラーや臨床心理士を目指す人が増えているそうです。心の問題を抱える人が増えているのだから、その道のプロが増えることは良いことです。実際、十分なケアをしようと思ったら、今の日本の現状ではまったく人手不足なんだそうです。でも、河合先生級とまでいかなくても、ほんとうの意味でプロと言える人が育つまでには時間もかかります。大学、大学院を出たからと言って、結局その適性のない人がいるのも事実。(面接で落とされるそうです。河合先生曰く)人間と真正面から向き合う仕事ですから、相当の覚悟が必要です。臨床心理士やカウンセラーを目指している人には、是非読んでほしい本です。そうでなくても、周りに心の問題を抱えた友人、家族がいる人も読んでみてほしいです。私自身にとっても、意味深い本でした。これからも繰り返し読むと思います。私自身の物語に組み込めないで、持て余している事がいくつもありますから…。
2004年11月19日
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私は、占いが結構好きだったりする。でも、わざわざお金を払ってまで見てもらうことって、そんなにないんだけどね。雑誌の占い特集とか、そういうのを見る程度。一度、友だちの紹介で新宿の占い師に見てもらったことがあります。で、どの占いでも必ず言われる共通のことがひとつだけあります。「あなたは組織で働くのに向いていない。独立しなさい。」「手に職をつけて働くのが一番です。」「独立しないと成功はないです。」仕事に関しては、異口同音に上記のようなことを言われ続けてきました。そういうわけで、私が派遣社員やアルバイトはやっても、正社員をやることは、今では考えられません。っていうか、昔から「定年まで会社にいる」という自分が想像できなかったし、したこともなかったのです。だから、今の仕事の形態というのはなるべくしてなった、と言えるのでしょう。しかし、私は困ったことに、なんでもひとりで抱え込んでしまうようなところがあります。で、「どうしよう…」と思い詰める。そういう時は、いろんな先輩や友人に相談することもあるにはあるのですが、本当に困るまで相談しないので、「なんで今まで言わなかったの?」と言われることが多く…。だから、本当は仕事のパートナーというのがいた方が良いような気がなんとなくしていた。ひとりで考えてると煮詰まったり面倒になりがちなことも、パートナーがいれば、お互いにアイデアを出し合ったり、相談しあったりすることができる。仕事に対する価値観が同じ人であることが大前提。夫婦や恋人で、仕事でもパートナーという人もいるが、私にはおそらくそれは向いていない。できれば、男女関係なく仕事でしっかりタッグを組める、信頼できる相手がいた方が良いのだ。…などと考えていたのだが。意外なことで、そういう方向に向かいつつある。自分でも驚きである。このところ、仕事でちょっと気持ちが落ち込むようなことがあったのだけど、それをも実はきっかけだったと思わせるほど、素晴らしいタイミング。私は相手に頼りきりにならないようしよう。言うべきことはきちんと言い合い、何ごともクリアにしていき、「お互い、一緒に仕事をして正解だったね」と言える日がくるような、妙な確信がある。きっと、そうなる。
2004年11月18日
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今日は、ボランティアで月に1度老人ホームにハンドマッサージをしに行く日でした。もう4回目くらいになるので、お年寄りの方たちの認知度も高まってきていて、「やってください」って向こうから積極的に来てくださるようになってきました。仕事でちょっとイヤなことがあった私は、「こんな気持ちで接するのもなあ…」と、ちょっとテンション低かったんです。でも、おばあちゃんたちの手を触っているうちに、なんだか心が暖かくなってきました。職員の方や、周りのお年寄りが「この人は、何いっても良くわからないから」って言われるような人でも、マッサージをして手を触っていると、それが刺激になるのか、こちらの声にきちんと反応してくれるようになります。「いかがでしたか?」って聞くと「良いあんばいでした」って言ってくださったんです。ちょっと気難しそうなおばあちゃんだったので、大丈夫かな?と思ったんだけど、そう言われた時は、ほんとに嬉しかったです。終わった後、ボランティアの仲間の方に「お年寄りにマッサージしてる時、すっごくやさしい顔をするのね。」って言われました。自分でも、意識したことなかったんだけど、そうなのかなあ。子供と年寄りは苦手、って昔何かの占いで言われたことあるんだけど。マッサージが終わると、「ありがとう」って言ってくださるんだけど、今日はいつもに増して、私の方が「ありがとうございました」って言いたい気持ちでいっぱいになりました。おばあちゃんたちの笑顔に、癒された気がします。
2004年11月17日
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指揮:サイモン=ラトル 曲目:ドヴォルザーク 交響詩「野ばと」 マーラー 交響曲第5番生まれて初めてのベルリンフィル体験です。どきどきどき。東京文化会館の5階席右側で聴きました。(サントリーホールは取れなかった…)ドヴォルザークの「野ばと」は初めて聴く曲だったので、良いとも悪いとも思いませんでした。なんか、暗いのか明るいのかよく分からない曲だな~という印象。休憩をはさんでマーラー。マーラーの方がドヴォルザークよりもずっと長い曲なのに、あっと言う間で、終楽章では「ああ、もう終わっちゃうよ。もっと聴いていたい~!」と思うほどでした。鳥肌が立つという体験を、久々にしたような気がします。管楽器のアンサンブルが、とにかく素晴らしくて。弦楽器では、チェロが特に良かったです。金管楽器のフォルテは、アマチュアとか日本のオケがやるとただ「うるさい」だけになりがちなんですが、違うのです!その力強さに引き込まれるようなフォルテ、フォルテシモなのです。3楽章では、ホルンのトップの人が前に出て来て、コンチェルトみたいな感じでソロを吹いていました。ピアニシモの音がなんて美しいんだろう!!!あんなホルン、聴いたことないです。それと、オーボエ。私が今まで聴いて来たオーボエの音は、一体なんだったんだ?と思うくらい、常識をくつがえす、デリケートで滑らかで、豊かな響きのオーボエでした。それぞれの楽器について語っても仕方ないんですが、ベルリンフィルが指揮者のラトルも含めて、極めて複雑で精巧で、しかも心を持ったひとつの楽器のように感じられました。これも初めての感覚なんですが、指揮者が熱くなっている姿はよく見かけますが、演奏者ひとりひとりも音楽を楽しんでいる、心をこめて演奏しているのがひしひしと伝わってきました。圧倒するような音楽というより、引き込まれるような音楽だと私は思いました。もちろん、演奏後はブラヴォーの嵐。スタンディングオベーションもあり。私は涙が出そうでした。立ち上がったら、5階のバルコニーから滑り落ちそうだったので、立ちませんでしたが、こんなに夢中になって拍手したのは、一体何年振りだろう、という感じです。で、同じ日にサントリーホールではゲルギエフ指揮のウイーンフィルが公演をしていたのですね~。どっちに行くか迷ったファンも多いのでは?両方行くほどお金持ちではないので、できれば時期をずらして来ていただけるとありがたいのですが…。しばらく、マーラーの5番は封印しようと思います。どんなオケの演奏会でも、聴きたくないです。ほとぼりが冷めるまで、心の中でラトル&ベルリンフィルのマラ5を繰り返し思い出したいと思います。良い冥土の土産ができました。(って、早すぎ?)
2004年11月16日
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原作・脚本 三谷幸喜/監督 星護/出演 役所広司 稲垣吾郎2人芝居のラジオドラマが一番最初で、次が舞台。そして、今回の映画化となったこの作品。三谷さんの映画や舞台、ドラマは好きでいくつか見ていますが、この作品はそれらの中でも特に傑作と言われるお芝居だったらしく、映画化は難しいのでは?と言われていたそうです。だって、(三谷さんお得意の)密室劇で、しかも登場人物は2人。映画では、他に何人か出て来ますが、セリフがあるのは、主役の2人だけと言っても過言ではありません。検閲官と喜劇作家のやりとり。検閲官(役所広司)は、なんとかこの芝居を上演中止にしてやろうと考えて、次々と難問をふっかけます。でも、一方の喜劇作家(稲垣吾郎)はその難問を必死でクリアしていきます。「検閲をしているというより、脚本家の養成所をやっているような気分になってきた!」という検閲官のセリフがありますが、ほんとにその通り。難題を小出しにして、作家を困らせて、参ったと言わせるつもりだったのに、いつのまにか、その作家にうまく乗せられ振り回されて、最後にはめちゃくちゃ面白い脚本を完成させてしまいます。「喜劇なんて、こんなご時世に不謹慎だ!」という笑わない検閲官を、実にマイペースに淡々と脚本を書き直すことで、いつのまにか笑わせてしまう喜劇作家。戦争という暗い背景があることを、この検閲室の中では忘れてしまうほど、2人の「笑い」に向き合う姿は、真剣であり、真剣であるがゆえに笑いを引き起こしていきます。そしてラストシーン。あ、これは言わない方が良いですよね。泣きます。ほんとに。私は、泣きました。ああ、そういうラストにしたんだ…。って思うくらい、なんだかあっけない、あまりにも普通な終わり方なんです。でも、その普通さが、今の時代にはない「普通さ」で。それまで笑い転げていたのがウソのように、劇場内はシーンとなり、あちこちで鼻を啜る音が聞こえてきます。実際に舞台を見た人は、この映画を見てどう思うか分かりません。私は、この舞台は見ていないので、見たいな~と正直思います。でも、見たとしても、この映画は舞台とは別の作品として楽しめると思うのです。舞台でしか味わえない臨場感や緊張感があるのは当然です。しかも2人芝居ですから。だから、両方見てみたい!(舞台は西村雅彦さんと近藤芳正さん)役所さんは、昔から大好きな俳優さんでした。検閲官・向坂睦男の、「まじめにやってるのに、なぜか面白い」ところが、ぴったりはまり役という気がしました。吾郎ちゃんも、もちろん大好きです。が、こんな大変な役、大丈夫なんだろうか…と一抹の不安を感じないではなかったのですが、そこには若き喜劇作家・椿一が確かにいました。彼の、ちょっぴり浮き世離れした雰囲気が、作家でこういう人って、いそうだよな~と思わされました。椿一には、三谷幸喜自身も投影されているのかもしれません。気分良く見られる映画であることに間違いはないです。誰が見に行っても、おそらく不愉快になる人はいないと太鼓判を押してもいい!それくらい、素敵な映画です。もう1回、見に行きたいです。ただ…。フジテレビの宣伝の仕方があまりに派手だったので、CMやスペシャルで見た場面が多くて、それがなければもっともっと楽しめたと思います。それでも、笑って泣けたのだから、1800円の価値は確実にあると思ってます。理屈抜きに、楽しみに見に行ってほしい作品です。次は…『ハウルの動く城』かな。『2046』も見たい…。(あ、どっちもキムタク…。)
2004年11月15日
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源さん…、死んでしまったよぉ~~~!それにしても、井上源三郎を主役にして1回作っちゃうなんて、今までにないですよね。ま、今回の三谷版新選組は、いままでにないこと尽しですが。(観柳斎もそうでしたが)薩摩の鉄砲隊に向かっていく源さん。源さんの刀がその銃弾を弾き返す!!マトリックスかと思っちゃいましたよっ!しかし、銃弾に倒れた源さんを抱きかかえて泣きじゃくる土方の顔…。見ててつらかったです。山南さんが死んだあとの泣き顔もかなり切なかったのですが、今回はまた違った意味で、「友の死」に涙したという感じでした。今まで負けたことのなかった新選組が、初めての敗北を喫し、しかも試衛館からの仲間を目の前で失うのですから、彼らにとってそのショックは計り知れないものだと思います。万全を期すために、御香宮の守りを固めるべきと進言したにも関わらず、「血の気が多い」と却下され、結局その不安が的中して薩摩にやられてしまったんです。幕府軍の皆々様は、日本の外からの危機にも内からの危機にも、あまりにも疎かったのではないかと思います。徳川300年を守り続けたという自負もあったのでしょうが、「平和ぼけ」と言われても仕方ない事態です。それにしても、将軍様。お逃げになるのですねっ!あいつがもう少ししっかりしてたら、世の中変わったんじゃないかと思うのですが。頭良すぎて、変わり身が早すぎるんですねえ。そして、やっぱり保身に走る。こんな時に、足利尊氏になりたくない、とか言ってる場合じゃないでしょうに。そして、やっぱり古い頭の持ち主がもうひと組。薩摩の西郷たちです。刀が鉄砲に変わっただけで、結局武力でねじ伏せようというのですから。そして、徳川をなにがなんでもぶち壊して、その上に新しいものを建てなければ気が済まない、というわけですね。長州と手を結んだりしたものの、結局根本は変わってないわけです。この状態を、あの世で龍馬はどう思って見ていたのでしょうねえ。彼がやったことは、何ひとつ実を結んでいないのではないかと思うと、悲しくなります。それは、今の世の中でも、大差ないように思えてなりません。来週は、いよいよ江戸へ帰ります。凱旋ではなく敗走。新選組はどんどん終焉へと向かいます。山崎烝もついに…。ただひとり。土方にとっては、これからが本当の新選組なんですが。だんだん見るのが辛くなってくるというか、感想を書くのも辛くなってきますが、なんとか最後まで見届けなければ。☆今日のオダジョー☆実は、今朝夢に斎藤一@オダジョーが出て来たんです。きゃ~!嬉しい!それはさておき。あんなに感情むき出しの斎藤、初めてですよね。近藤の仇を討ちに行くという場面でも、最後まで気持ちが収まらなかったのは斎藤だったし、源さんが息絶えたあと、「うおぉ~~っ!」て叫んで薩摩の兵に斬りかかっていくところも。そして、久々に斎藤の殺人剣を見た気がします。でも、今までのように「何も感じないで」人を斬っていた斎藤とは明らかに違っていました。龍馬から聞かされた「人斬り以蔵」の話。あれから斎藤は変わっていったようですね。岡田以蔵は首を斬られたけれど、斎藤は、人を斬ることに迷いが出たあと、今度は自分が守りたいもののために、剣を振るうことになったと言えるのではないでしょうか。実際、最後まで土方についていったのは、斎藤だったのですから。オダジョーも、すごい役をもらっちゃいましたね。今後が楽しみだったりするのは私だけ?
2004年11月14日
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今日は、様々なつながりで集まったヒーリング関係の皆さんと、総勢8名で勉強会というかお茶会を開催しました。題して「お笑い!?人体の不思議お茶会」。企画・主催はカイロプラクター修行中のたけさんと、マルチヒーラーのりょうこさん。私は会場の提供とちょっとだけお話をさせていただきました。たけさんはカイロプラクティックの修行中であるため、解剖生理学にはとても詳しいです。私も、アロマセラピー、リフレクソロジーの勉強をする中で、解剖生理学は学んできたのですが、専門家のたけさんはさすがです!笑いも交えて、骨や筋肉、神経のお話をたっぷりとしてくださいました。私は、女性の身体のサイクルとナチュラルセラピーの関係について、付け焼き刃状態でお話(^^;)ほんと、テキトーで申し訳なかったです。このあたりは、自分でももっと深めて勉強していこうと思いました。その後は、お昼を皆さんで持ち寄っていただいたので、それを食べながらわいわいと歓談。ネットでしか名前を知らなかった人とも実際にお会いできたり、いろんな縁でここに足を運んでくださった方とお話したり、ヒーリングしあったり、いろんなアイデアをいただいたりして、本当に有意義な時間だったと思います。みなさん、ほんとにいろんな特技を持っていらっしゃいます。で、私もまだまだ知らないセラピーやヒーリングの世界があるんだな~と思って、感心しましたし、触発されまくりでした。そんななかで、私のセラピスト人生を、もしかしたら大きく変えるかもしれないアイデアが生まれました。まだ公表はできませんが、実現させたいなと思っています。というか、実は何年も前から「こういう形でセラピーをやっていけたらいいなあ」と密かに心に抱いていたものがあったんです。それが、ふとしたことで実現しそうな展開に。なんとしても実現させたい!させます!願いは、思い続けて、模索し続けると、なんらかの形になって実現するのかもしれません。さして血のにじむような努力を積んで来たとは思えない、むしろ「私って怠け者?」って思うくらい情けない私ですが、それでも「かなうもの」ってあるんですね。なんだか、実現できそうな気がしてきました。今日お会いできたみなさんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
2004年11月13日
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今週はなぜかダルい。日記に書きたいこともたまっているのに、まだ書いてない。日曜日まで、あまりにもテンション高かったので、(その理由はまた書きます。)その反動と思われ…。しかも風邪っぽい。困った…。CoQ10というやつを、ついに入手した。友だちが愛用してて、「すごく良いよ。元気になるっ!」と言っていたので、再度トライしてみることに。数年前に、某社のサプリを試したんだけど、その時はそれほど劇的な効果は感じなかったんだよね。今回はどうかなあ。元気に活動したいもんね…。メルマガも書きかけだし。書かなくちゃ!明日発行ですっ!
2004年11月11日
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このドラマも、残すところあと6回です。(今日を入れて)佳境に入ってきました…。今回は、珍しく誰も死んでいませんね。だけど、すご~くシビアなストーリー展開。今までは、近藤や土方にもちょっと笑えるセリフやシーンがあったんだけど、ここ数回、近藤には笑いに絡むようなシーンがほとんどないように感じます。ああ、新選組も終わりに向かってるんだなあ…って。そんな中での、大政奉還~王政復古の大号令。新選組がこれまで支えにしてきた「上様のため」「ご公儀のため」という大義名分が失われていき、隊士たちは戸惑いを隠せません。そのうえ、局長が御陵衛士の残党に襲撃されて重傷を負ってしまう。まさに、新選組最大のピンチ!でも、皮肉なことにそういう最悪の事態になって、ようやく新選組はひとつにまとまったように思えます。遅いっちゅ~の!これまでさんざん人を斬ってきたことを、水戸藩士に罵倒されて、近藤が言い返すシーンがありましたね。上様をお守りするため、そのためだけにたくさんの人を斬り、時には内部粛清もし、多くの隊士も失った…。本当に、命がけで自分たちの信じたもののために駆け抜けてきた彼等にしてみれば、自分達は安全なところで偉そうにしてただけの「身分だけの」武士にそんなこと、言われたくないでしょう。あのセリフを言い切ったとき、一緒にいた隊士たちも、この人についてきて良かった、信念を貫いた意味があった、と思えたんじゃないでしょうか?京の人たちから決して良く思われていなかった自分達の、存在意義と、死に場所を見つけたような、そんな気持ちかもしれません。なんとしても日本人同士で戦をすることは避けたい、そんなことをしても意味がない…。いまは亡き龍馬が、ちょっと近藤に乗り移ったような感じですよね。ところで。おりょうと話している近藤のシーンですが…。私だったら、「坂本龍馬の名に恥じない生き方をしてくれ」って言われたって、そう簡単には納得できませんよ。あのシーンは、ちょっとムリがあったように思います。まあ、でもあの時代の女性だったら、「御国のため」を出されたら、そうですね、と引き下がるものだったかもしれません。あれだけ近藤に言い返したんだから、やっぱり「さすが、(時代の先を行く)龍馬が惚れた女」なんですよね、おりょうさんは。そして、来週はいよいよ…。源さん!!!☆今日のオダジョー☆沖田を見舞いに来る斎藤。あのシーンは今回、結構泣きポイントでした。「あなたのようになりたかった。」と打ち明ける沖田。(へぇ~、そうだったんだ!)剣の腕前ということで言えば、決して沖田と斎藤に差があったとは思えないんですが、沖田は斎藤の「寡黙に自分の仕事をきっちり果たす」そのシンプルだけど、なかなか簡単には出来ない生き方に憧れたんでしょうね。でも、もともと持ってるキャラが違い過ぎるけどね。多分。「俺のようにはなるな。だから、お前のことを気に掛けているんだ。」う~む。ここにも龍馬の残した言葉と思いが、斎藤の動きや考え方の変化となって生き続けているのですね。最初の「朝鮮人参(?)」を沖田に渡すところは、「こけし」以来久々の笑いポイントだったけど、その後の肩越しに沖田と会話するところは、さすがクールビューティー斎藤一@オダジョー!!沖田総司@藤原竜也くんとの、「新選組2大イケメン」ツーショットで、その場にいたらクラクラして倒れちゃうかも!(<バカですね~、私)斎藤さん、まだ「こけし」作り続けているんでしょうか…。
2004年11月07日
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今日は、私が所属しているアマチュアオーケストラの定期演奏会でした。私がこのオケに入って、もうすぐ10年になろうとしています。今日のメインはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。今回は私はフルートのトップを勤めさせていただきました。この10年ちかくの間に、いろんな曲のトップを勤めさせていただきましたが、その中でもおそらく想い出に残る曲ベスト3に入ると思います。とっても細かく丁寧に指導するタイプの指揮者で、正直いって最初は「こんなんで、曲が最後まで通るんだろうか?」と思っていました。が、だんだんと彼の言いたいこと、求めていることが分ってくるに従ってこっちも真剣になってきます。そうでなくても、真剣にならざるを得ない曲なんですが。結果としては、まあまあの出来、かな?不満なところは挙げればキリがないです。自分個人の出来としても、練習したなりの演奏だったな(良くも悪くも)と思います。しかし、この曲をやったことで、もっと良い演奏をしたい、という欲が出て来たのは確かです。そして、1曲をきっちりこなすことの大変さを実感することもできました。オケを掛け持ちしている人も中にはいますが、私には出来そうにありません。器用に曲をたくさんこなしていくタイプではないし。また、気持ちを改めて新しい曲に挑んでいきたいと思っています。師匠、不出来な弟子ですが、どうぞよろしく!それと、オケのみなさん、こんな私ですが、今後ともよろしくお願いします。
2004年11月06日
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日テレ:所ジョージ他この日は実はスペシャルでした。私は今までこの番組を見た事がなかったんです。で、どういう番組かも知りません。しかし、うちのオケの仲間うちで話題になっていたので、今日はオケ本番直前の練習だったのですが、録画しておいて練習から帰って観ました。中学、高校と吹奏楽部だった人にとっては馴染みの深い、吹奏楽コンクール。この番組では、その中の高校の吹奏楽部で全国大会を目指す学校を取材していました。スペシャルで取り上げられたのは、青森県の青森山田高校、大阪府の淀川工業高校、千葉県の習志野高校。後者2校はいわゆる全国大会の常連校です。吹奏楽コンクール全国大会は、番組でも言ってましたが吹奏楽をやっている生徒達にとってはまさに「吹奏楽の甲子園」。中学校、高校の部は東京都杉並区の普門館で毎年開催されます。番組では、それぞれの学校の練習風景から、ブロック大会の模様、全国大会の模様を追っていました。吹奏楽というと、文化系のクラブですが、実は中学、高校の場合、かなり体育会系に近いものがあります。顧問の先生が絶対的存在で、学校によっては上下関係もとっても厳しい。体力をつけるためのトレーニングもある…。おそらく、この番組を観て、初めて吹奏楽というものの実態を観た人たちはびっくりしたことでしょう。音楽やってるやつ=軟弱、と思っていた、そこのあなた!吹奏楽部をなめたらいかんぜよ。が、しかし。私は、それに賛成というわけではありません。むしろ、反対。番組を観た人は覚えていると思いますが、淀川工業のコンクールメンバーのオーディションのやり方や、先生の指導の仕方は、「果たして、これで将来も音楽を好きで続けていく子供達が育つのだろうか?」と疑問を抱かずにはいられない内容です。切磋琢磨、と言えば聞こえは良いけど、結局受験と同じように「合格すること」(コンクールでより良い成績を取ること)が目標になってしまっているような気がしてなりません。中学、高校では、人前で演奏する機会というのはそう多くはないでしょうから、コンクールもその貴重な機会のひとつ、と考えれば全く否定はしません。自分達の演奏を聞いてもらいたい、という気持ちは、アマチュアオケで活動している私にとっても共通のものです。また、コンクールという場で、他の演奏もいろいろ聞けるというのも楽しみなものだと思います。でも、それが音楽をする楽しさと、必ずしもイコールではないのです。なぜ、全国大会の「常連校」というのが存在するのか?もちろん、そこで吹奏楽部に入って全国大会に行きたい!という生徒たちが集まってくるというのもあるでしょう。でも、そういう学校だって、初めて全国大会に行った記念すべき年、というのがあるはずです。その時は、どんな気持ちだったんだろう?そんなの当時の生徒にしか分からないですよね。そして、どういうわけだか「コンクールで勝てる演奏」のノウハウのようなものが蓄積されていくのです。不思議です。それって、東大に合格するための傾向と対策があるのと似ています。実は、私の出身中学は、全国でも特に吹奏楽が盛んな地方にありました。もちろん、常連校というのが存在していたたまめ、私達はどんなにがんばっても「ダメ金」(金賞だけど、上の大会には進めない)しか取れませんでした。常連校の演奏を何度も聞きましたが、「うまいな~」と思っても、「素敵だな」とか「感動した」ってことはありません。「ねえ、あんたたち、音楽やってて、楽しい??」と、その頃の彼ら彼女らに聞いてみたいものです。大学に進学して、私は吹奏楽を続けました。しかし、所謂「常連校」出身の子に限って、入部しないのです。「ねえ、なんで入らないの?もったいないよ~、全国大会まで毎年のように行ってたのに。」と聞くと、その人たちは異口同音にこう言うのです。「もう楽器はいいの。」「吹奏楽はもうやりたくない」これって、どういうこと?あんなに頑張ってきて、上手くなったのに、なぜやめてしまうの?私なりの考えですが、楽器を演奏すること(敢えて「音楽」とは言いません)はその人たちにとって、「頑張ること」であって、「楽しむもの」としてインプットされなかったのではないか?ということです。コンクールで全国大会に行ったら、それがゴール。目標達成。終了。勝ち負けのはっきりしているスポーツなら、まだ多少はそのゴールがあることは分かるんです。でも、音楽ってそうじゃないはず。自分で楽器を演奏はしなくても、音楽が大好きで楽しんでいる人もたくさんいます。実際に楽器を持って、余暇で楽しんでいる人だっています。それは年齢に関係なく、です。音楽の本当の楽しみって、ずっと続くものだと思っていた私にとっては、音楽を辞めてしまう人たちの気持ちがどうしても理解できませんでした。その人たちも、聞いて楽しむことは続けているのかもしれません。吹奏楽部に入っていないだけで、家でひとりで楽器を吹いたりして楽しんでるのかもしれません。だから、別にいいじゃん、ほっといて!って言われればそれまでなんですけどね…。な~んか、日本の音楽教育(?)ってズレてる気がしてなりません。習志野高校は、その中でもまだ「ああ、楽しそうだなあ」と思える雰囲気でした。それが、ちゃんと演奏にも表れていましたね。この番組を観て楽器を始める子は、そう多くないように思います。『スゥイングガールズ』を観て、楽器を始める子の方が圧倒的に多いと思うし、ずっと音楽を続けて楽しんでいくような気がします。どこの学校も、すべてがあの番組に出て来たような練習をしてるわけではない、と声を大にして言いたいです。(特に淀工!)
2004年11月03日
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イラクでテロリストに拘束されていた香田さんが殺害されました。最悪の結果になってしまったけれど、今回のこの結果は、なんとなく予感してました。前回、拘束→解放された人たちとは、明らかにいろんな状況が違っていましたから。相手が悪すぎた。正真正銘のテロリスト集団。アルカイーダの、その中でも過激で残虐で知られる一派だったらしいですね。イラク人ではないので、聖職者の説得も無意味。米軍だって、自分の身が大事ですから、そう簡単に接触はできなかったのではないでしょうか?亡くなった香田さんは、不運だったとしか言い様がないです。が、容易に予想できたことではなかったのでしょうか?まわりの人たちが引き止めるのも聞かず、「この目で何が起こっているか確かめたい」という強い意志と好奇心で、イラクに入っていったのです。今、イラクがどんな状況なのか知らなかったのでしょうか?彼がワーキングホリデーで行っていたニュージーランドだって、イラクのことはさんざん報道されているはずで、彼もそれは見ていたはず。それとも、自分は大丈夫だという確信でもあったのでしょうか?「好奇心旺盛」とか「意志が強い」と言うと聞こえは良いけど、「無謀」で「頑固」なだけで、軽率な行動としか思えません。だから、可愛そうだけど、自業自得。自分を守る術を知らなかった。まわりの声に耳を傾けることもなく、ただ周囲に迷惑をかけただけ。福岡で待っていた家族にも多大な迷惑をかけて。日本にいると、安全って当たり前のように思ってしまうけど、そんなの他の国では当たり前ではないんですよ。イラクのような紛争地域ではなくても、あまりにも軽率な行動のせいで命を落とした日本人観光客がいままでにも、数え切れないほどニュースになってきました。そういうのを見るたびに、「死ななくちゃわからないのか?」と思ってしまうのです。香田さんの行動は、「勇気ある行動」なんかじゃない。「軽率で子供じみた、世間知らずな行動」です。テロリストのやることは、確かに許せません。全く罪のない人を、いとも簡単に殺してしまったんですから。でも、そういう目に遇わないように、周りがちゃんと忠告してくれたじゃないですか?世界を見たければ、イラクじゃなくたって良いはずです。他にも見るところはたくさんある。日本の中でだって、できることはたくさんあるのに。ロシアンルーレットに興じているように見えるのは、私だけでしょうか?他にもイラクにバスで入った日本人観光客が数人いたとか。そういう人が、無事帰ってきたのを見ていて、自分にもできるかも、って思ったのかもしれませんね。肝試し、とも言えるか。それにしても。最大最悪の親不孝ものですよ。私、言い過ぎですか?でも、引き返す勇気っていうのも有ると思うんです。自分をここまで育ててくれた人や、大切にしてくれていた人たちへの思いやりとか感謝とか、ないんでしょうか?いや、なかったんでしょうか?福岡のご実家には、中傷の電話やらが来ていると聞きました。そういうことがあるかも…と想像できなかったんでしょうかね。テロリストへの憤りと、のこのこ餌食になりに行く若者への怒りともなんとも言えないこの感情。自分でも説明できません…。このことは、自衛隊の派遣とは切り離して考えることじゃないかな、と私は個人的に思っています。こんな恐ろしくも馬鹿げた事件が、もう二度と起こらないことを祈るばかりです。
2004年11月02日
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おそらく、吾郎ちゃんが『笑の大学』に出演しているので、こういう特番を組んだと思われ…。所謂「お笑い界」の人と吾郎ちゃんがまじめに対談するんですが、どの人もみんな「笑い」に対してものすごく真摯なのね。(電波少年のT氏についてさえ、そう思ってしまった!)その中で、ポール牧さん(指パッチンのおじさんです)の言葉が非常に感動的で印象に残ったので、書いておこうと思います。正確には、ポールさんの言葉ではなく、彼に「喜劇役者とは!」ということを目覚めさせた言葉なんです。フランスの喜劇作家の言葉だそうです。「喜劇役者とは。 工場から油にまみれて家路を急ぐ人たちや 親兄弟、子供を失って悲しんでいる人たち、 災害で家を失って途方にくれている人たちに、 たとえほんのひとときでも、微笑みとやすらぎを与えられる者のことであり、またそういう者だけが喜劇役者と言われる権利がある。」新潟の震災のこともちらっと話に出ていましたが。こんな時に、こんな場所で笑うなんて、不謹慎な!って言われるような状態って、生きていれば必ず遭遇しますよね。そんな時に、いつでも笑っていろ、とは言わないけれど、ふとした笑い話や、テレビの面白い番組で笑顔になれたとしたら、悲しみや苦しみから、少しでもひとときでも、解き放たれるのではないかな、と感じました。某国営放送の24時間テレビみたいな、有名人の「がんばれ」メッセージ(しかも、紋切り型の)をだらだら流すよりも、被災地の人たちが、心をあたためられるような楽しい番組をやってもらえないものでしょうかねえ。(エンタの神様とか…。スマスマとか…。あ、慎吾ちゃんに「カツケンサンバ」の格好で行ってほしいなあ。)笑いって、心のビタミン剤なんだね。余談ですが、内海桂子師匠が、波田陽区@ギター侍のことを、ちらっと誉めてたのが嬉しかったです~。(ええ、ファンなので。)
2004年11月01日
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