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一日中制作。ただいま20時半、終いにする。もう目が渋い。 今朝、6時頃だったろうか、まだベッドの中にいて腕をのばして枕上の窓を少しあけて朝の冷気をいれた。起きる気にもなれずにいると、ブーンとかなりすごい音がしたので目をあけた。大きなスズメバチだった。 部屋のあちこちを飛び回って、どうやら巣をかける最適な場所を探しているようだ。こりゃ大変だと思いつつ、目で追った。巣をかけられては困るが、殺す気にもなれない。 窓をもう少し広くあけて、手近の新聞をとった。私の身じろぎを察知したのだろうか、一層はげしく飛び回り、壁に追突していたが、まもなく窓から出ていった。 山が近いので、窓をあけているといろいろ飛び込んでくるのである。コウモリや、蝶。ベランダで遊んでいたスズメがちょこんと入ってきたことも。
Jun 30, 2018
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関東甲信地方は梅雨明けだそうだ。6月中の梅雨明けは、観測史上初めてらしい。 しかし、暑い。昼頃、郵便を投函しにほんの近所のポストまで出かけた。往復5分ほど。それだけでシャワーを浴びた。鉢植え植物には一日2回の灌水。植物もぐったりで、水をやると活気がでてくる。「君たちも大変だねー」と、私は語りかける。 ところでサッカーW杯。昨夜の日本対ポーランド戦、日本の試合遅延策が物議を醸している。 0-1で負けている試合の残り時間10分のところで、日本は同じH組の同日他会場でおこなわれているセネガル対コロンビアの勝敗の行方に「賭け」て、攻めの策を止めてパス回しによる消極的試合遅延策に出た。すなわち、セネガルが勝てば日本は決勝T出場資格を失う。しかしコロンビアが勝てば、いまポーランドに0-1で負けても他力で決勝Tに進出できる。ポーランドはすでに1次リーグ敗退が決定していて、この試合は追加点2で日本に勝っても、ただそれだけのこと。それならば同点に持ち込まれてドローとなるより、0-1を固守しよう。そういう気持があったであろう。日本の試合遅延策の「共犯」になった。 必ずしもルール違反ではないが、日本のサポーターからも賛否の声があがり、国際的にも賛否の報道が出ている。称揚すべきスポーツマンシップからは遠く、かつ、高額チケットを販売しているパフォーマンスとしては商業道徳に悖る。 さて、私は--- 長谷部さんの言うように「これが勝負の世界」と思えるし、一方、闘って負けるのも勝負の世界。勝とうが負けようが、FIFAは、全力で試合を闘い抜くことを称揚している。ただ、「日本代表」を背負うと、負ければ容赦ない残酷なバッシングの礫が投げつけられるであろう。W杯というのは階梯を昇らなければ意味が減ずる。 しかし、どうだろう。優勝すれば、日本国内では勝てば官軍の思潮がすべてを黙らせるだろう。国際的には日本からのエクスキューズ(弁明、いいわけ)は、もしかしたら永遠に受け入れられないのではないか。それは「日本代表」というチームのみならず、選手個々人につきまとうような気がする。西野監督は、日本の試合運びを「成熟」させたという賛辞が出て来るだろうが、監督就任の経緯が必ずしもすっきりしたものではなかっただけに、国際的には汚名をかぶって歩くことになるかもしれない。どうだろう? 私の取り越し苦労だろうか? もちろん、国際的に存在を認められている多くの日本人選手にとって、それが私の取り越し苦労となることを願わずにいられないのであるが。
Jun 29, 2018
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夕方から日野市民生委員合唱団「かしの木」の練習があるので、午前午後と作品制作。 合唱練習は新曲が加わる。11月13日(火曜日)に、再び杉並公会堂でコンサート開催が、一昨日、追加決定した。開演時間は調整中とのこと。 3月の杉並公会堂でのコンサートは民生委員創設100周年記念の催しだったが、11月は東京都民生・児童委員連合創設100周年記念のコンサートである。たくさんのお客さんがお出かけくださることを願っている。歌う我々合唱団としては、とにかく音楽演奏のために設計された素晴らしいステージなので、楽しみなのである。 そして、毎度書いているが、私は本番ステージが大好きときている。腰が痛くても熱でふらふらしていても、出演しているのは、団員としての責任感からだけではない。---いまあらためて自己分析すると、私はもう何回も本番ステージに立てないだろうと、内心に思っているからにちがいない。要は人生時間の効率の問題で、練習ばかりで死んでは、時間の無駄遣い。それが本当のところだ。もちろん他人様にお聞かせできるほどの質に達しなければならないことは、あらためて言うまでもない。 しばしば「死ぬまで勉強です」と言うひとがいるけれど、私にすれば何言ってんだかという感じ。その勉強、どうやって活かすつもりだ、と。そんなこと他人に打ち明けることではない。練習だって、同じでしょう? ---しかし、先生は、練習がお好きなようなんだよなー------これは私との年齢の差だろうな。先生にはまだ余裕があるんだろう。
Jun 28, 2018
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昨日見学させてもらった一つの施設、「山梨県営次世代エネルギー啓発施設・ゆめソーラー館やまなし」の解説者が、気温34℃だと言っていた。盆地なので気温の上昇ははげしいのだ、と。カンカン照りのなか、発電量はぐんぐん上がっていることが、見せてもらったメーターで一目瞭然。 さて、というわけで私としては丸一日制作を休んだので、きょうも東京は暑いけれど、いつものように仕事場に籠って作品制作。7,8月のスケジュールを見ると、何やかにやと休筆しなければならない他用が入っている。とにかく時間をつくって制作しなければ、約束の期日に間に合わない。夏に忙しいのは貧乏性の証拠だが、それは本当だし、まあ、仕方がない。描こう、描こう。
Jun 27, 2018
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きょうは朝4時半に起床して甲府市に行ってきた。年に一度の民生委員の管外研修のためである。種々の施設見学をし、私たちが日常的に対処している住民福祉のいわば周辺にひろがる多少の関係諸施設の現状を勉強させてもらっている。
Jun 26, 2018
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猛暑である。こんな日は閉じこもって作品を描いていればよさそうなものを、そうもいかず、午前午後と民生委員の訪問仕事が入って外出。 帰宅して一休み。それから制作にとりかかる。 次作のアイデアがひらめき、メモする。いま深入りすると、制作中の作品に集中できないので、メモだけ。それでも時々、そのアイデアを探るようにイメージがゆらゆらと脳裏に揺曵する。
Jun 25, 2018
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朝のうち降っていた雨が止んだので、ちょっと外出するつもりだったが億劫になった。それで仕事場に籠って午後いっぱい制作に専念。 夕食後、DVDで小林正樹監督の『人間の条件 第5部・6部』を観た。3時間10分余の長尺だが、一気に観た。五味川純平の同名小説の映画化。脚色は松山善三、稲垣公一、小林正樹。 1961年の映画。私は公開時に映画館で観ている。16歳、高校1年。会津若松市の七日町通りにあった松竹専門館だった。 57年ぶりである。記憶している場面が、その通りに存在するかなと思ったが、いやー、記憶の通りだった。 鮮明だったのは6部の後半から。 日本人開拓村に梶(仲代達矢)ら敗残兵たちがたどりつき、高峰秀子さんが登場するシーン。 病気の若い寺田二等兵(川津祐介)がロシアの捕虜収容所で梶に言いつけられて、栄養を補うためにジャガイモの皮などの残飯漁りをするシーン。 それをロシア軍の手先となって捕虜の監督をしていた桐原伍長(金子信雄)に見つかり、罰として便所汲みをやらされて死ぬシーン。 シベリアに送られて森林鉄道敷設作業をやらされていた梶が、収容所にもどり、寺田の死を聞かされて、桐原を誘い出して鉄鎖で殴って便所壷のなかに突き落として殺すシーン。 脱走した梶が、妻(新珠三千代)の幻の声と会話しながら凍土の荒原をさまようシーン。 飢えて中国人露天商の売る万頭を盗むシーン、等等。 それらの映像は、57年間、私の脳内に褪せもせずに格納されていたのだ。出演俳優たちが実人生において従軍体験をしているので、画面の厚みが全然違う。ロケセットもいい。美術は平高主計。撮影は宮島義男。音楽は木下忠司。 日本の戦争映画は、思想的な理論対立のドラマが少ない。それゆえに、一応、反戦・厭戦ドラマなのだろうが、作者の思いとは違い情緒に流され、あるいは武勇伝のような語り口、かつての日本軍部の身勝手な唯我独尊的な愛国心鼓舞ととられてもしかたがないような作品になっている。 そのなかで小林正樹監督作品は、たとえば『切腹』にしても、この『人間の条件』にしても、思想が明確だ。それゆえセリフが生固なと取られかねないかもしれないが、同じ松竹の小津安二郎監督作品のセリフとはまったく異なる。仲代達矢の声質とエロキューション(雄弁術、ここではセリフ術)とが、セリフの理屈っぽさを着地させている。私はすばらしい映画作家だと思っている。画面がすみずみまで厚いのがすばらしい。 小津的な「アー」や「そうかね」や鸚鵡返しのセリフでは家庭問題や身の丈社会を語れても、政治や経済理論や世界思想の変革などは語れまい。先日6月12日の日記に追記した『秋刀魚の味』に、かつて海軍の艦長だった平山周平(笠智衆)が、偶然に、部下だった水兵(加藤大介)にバーで遭遇する場面がある。レコードで「軍艦マーチ」が流され、水兵は敬礼しながら店内を行進する。周平は微笑しながら答礼する。----この場面で小津安二郎が言いたかったことは何であろう? その答は観客それぞれの想いにゆだねられている。それは映画の本道であるのだが、小津は、戦争については肯定もしなければ否定もしない。戦争をかいくぐってきた者たちのその後の人生---少なくとも戦後社会にうまく適応できた男たちの老いてゆく姿を見せる。そこには社会変革の強烈な意志も思想もない。日常生活をいとなむ一般人の姿が、言葉ではなく、映像のみで語られる。したがってそれはまぎれもなく「映画」ではあるのだ。 しかし、『人間の条件』において観客は、そこで描かれた戦争がたとえ再現芝居であるにしろ、戦場体験者によって演じられているまぎれもない映画としての視覚体験をする。小林正樹監督は、年表によれば、1941年に応召し、満州においてソ連国境警備に配属、1945年に宮古島で終戦を迎えて嘉手納捕虜収容所に労働要員として収容されている。 ところで、私は観ながら、もう数十年前のことだが、金子信雄氏がTVで兵隊体験を話されていたのを思い出していた。その体験は、映画で演じた桐原伍長とは正反対の立場だったようだ。私はその話も記憶からよみがえってきた。日本陸軍の一部隊ないし小隊のなかで兵卒として生きてゆくこと、金子氏はその自らの言わば身過ぎ世過ぎを告白的に語ったのだ。まあ、しかし、私は書かないでおく。 戦争といえば、大林宣彦監督が「黒澤明監督の遺言」ということでスピーチされたとき、いま日本の施政者は戦争を知らない人が多くなり、戦争志向が政治にでてきている、という意味のことを言われた。 そのとおりだと私も思っている。とても危険な政治家が日本を変えようとしている。
Jun 24, 2018
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「沖縄戦慰霊の日」 住民12万人といわれる戦争犠牲者を追悼いたします。また同時に、世界の平和を祈念いたします。
Jun 23, 2018
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大阪地震によって通学路のブロック塀が倒壊して女児が亡くなった。残酷きわまりない虐待により幼気(いたいけ)な子供が亡くなった。あるいは教師の無頓着により児童・生徒が自死した。---これらの報道に接するたびに出て来るのが、教育委員会や児童相談所や教職員の鈍感さ、あるいは事前に対処の機会があったにもかかわらず実質的には何も見ていなかった職務怠慢である。 子供たちが死んだのちに「謝罪」をするのが常態化している。いったい彼らは誰に謝罪しているのだろう。それは欺瞞ではないのか? 「迷惑をかけた」という言葉が発せられることも少なくない。「迷惑」って、誰が「惑い」「迷って」いるというのだ? 死んだ子供に謝って、それで生き返るはずもない。 社会全体に対して謝罪しているのなら、その言葉にあるように「罪」に対して社会は懲罰をあたえるべきだろう。彼らの言う「反省」が、後事に実を結んだ例を挙げてみるがよい。報道機関の前で頭をさげておけば、やがて世間は忘れるだろうと思ってはいないか。彼らの内心にある、もしくは組織そのものに張り付いている、---常に時の政権に扈従しているゆえの一種の「横柄」さを、私は嗅ぎつける、 「子供を守る」というお題目を唱えていれば、子供が守れるのではあるまい。私はあからさまに言う。教育委員会や児童相談所や教職員等は、それを職業として暮しをたてている。しかし、「子供を守る」というお題目を唱えるだけで、自らの口を養ってはなるまい。子供を死に追いやったとまでは私は言わないが、決して少なくはないこれらの事件において、職務怠慢という指摘はまぬがれないのではないだろうか。
Jun 22, 2018
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火星を覆い尽くす大砂嵐の画像をNASAが公開した。火星探査車キュオリシティが撮影。砂嵐は数週間にわたってつづいているという。これがためか、探査車からの通信が途絶えた。 もう一件、非常にめずらしい火星の砂丘の画像が公開された。火星の砂丘はクレーターの底にできるらしいが、その一部分にトルコブルーの色の砂丘が見つかった。ライオット・クレーターと名付けられているクレーターの風下にできる三日月状の砂丘(barchan; バルカンという。地球でも見られる古典的な砂丘の形状)のちょうど南側に、その青い砂丘は存在する。周囲とはことなる混合物質から成るか、あるいは非常に微細な物質から成ると推測されるそうだ。ここに画像を掲載できないのがまことに残念だが、地球では見られない光景である。 私の好奇心をかきたてた本日のNASAからの二つの画像である。
Jun 21, 2018
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大阪の地震で死亡者が増えているようだが、そのお一人、66歳のかたが大量の本に埋もれて亡くなったと報じられていた。どれほどの量の本で、どのような状態だったのかは分からないが、私は他人事とは思えなかった。 私自身に同様の可能性がきわめておおきい。日頃からそのことを考えているものの、本を処分することはできない。というのは、私の蔵書は雑誌や雑本というたぐいのものではないからだ。貴重な本も多い。のみならず、私はいわゆる稀覯本や美麗な本を漁る集書家ではないので、すべてが必要があって読んできた本だ。したがって、今後もいつなんどき必要になり、自分の思考の軌跡を確認しなければならぬやも知れぬ。 とはいえ、実情は、本の下敷きになっての死を覚悟しなければならないほど、昔の本を探し出すさえ困難をきわめている。いくつもの180cm高さの書棚など天井まで積み上げたあげく、もうとっくに役立たずで溢れ出し、書棚に近づけないほどその前の床に山積みになっている。 15,6年前に末弟が様子を見にきて、「床が抜けるよ」と、一本の梁がどの程度の重量に耐えられるか、専門的なことを言った。 「まあ、どうしようもないんだ」 「どうしようもないか---」 「本に埋もれて死ぬかもしれないが、そのときは頼むよ」 「しょうがないタダミさんだねー」 「作品はみんなあげるからさ」 「作品だって、破壊してしまうよ。作者ともども一蓮托生かな」 「作品だけは生かしたいんだけどもねー」 「そうは問屋が卸さない。生前贈与するんだね」 大阪で亡くなられたかたはまことにお気の毒。ご冥福をお祈りする。
Jun 19, 2018
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今朝8時少し前、大阪に地震発生、死者負傷者そして建造物損壊など痛ましい被害があったようだ。 私は昨日、私が体感した群馬県を震源とする地震についてわずかに触れた。その震度5の地震も、群馬県を震源とするものとしては1923年以来の激しさだったという【後註】。被害は報じられていない。また、大阪の地震との関連性の有無についても報じられていないが、どうなのであろう。 私は東日本地震のときの経験から、我家の北側に東西に走る断層が存在するのではないかと思っている。あのときの地震で、門から玄関までのアプローチに、亡父母の歩行の安全を考えて、敷石に代えて隙間無く平坦に敷きつめた重量コンクリート・ブロックが、2カ所、2cm弱浮き上がったのだ。その浮き上がりはブロックだけが浮いたのではなく、どうやら地面ごと隆起しているようだ。その線をたどって行くと、隣家の敷地の大谷石の石垣のひとつに亀裂が入っていた。もし断層だとすると、------いや、これ以上の推測は書かない。 とにかく、大阪の様子が気がかりだ。私のプロモーターの会社も大阪である。何も連絡がないので、無事なのであろう。【註】1923年以前の統計記録が無い。
Jun 18, 2018
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いやはや破廉恥な人物だねー。いやさ、至学館大学の学長のことよ。面の皮が厚いというか、苔が生えているのか。 倫理観というのは、まず己をみつめることから始まるものさ。「反省がみえない」って、自分にいわなくちゃ。世論を舌先三寸でまるめこもうとしたお山の大将みたいな先の記者会見での言辞を忘れたかい。「至学」が泣くよ。【至学館大、レスリング部の栄和人監督を解任 : スポーツ : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)】http://www.yomiuri.co.jp/sports/etc/20180617-OYT1T50043.html?from=ytop_top【至学館大、レスリング部の栄和人監督解任へ 学長が表明 - 一般スポーツ,テニス,バスケット,ラグビー,アメフット,格闘技,陸上:朝日新聞デジタル】https://www.asahi.com/articles/ASL6K5VD4L6KOIPE00Q.html?iref=comtop_8_03【レスリング:谷岡学長「反省の態度見えず」栄監督解任理由 - 毎日新聞】https://mainichi.jp/articles/20180618/k00/00m/050/051000c
Jun 17, 2018
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昼食後から制作開始。午後5時30分まで。いつもの調子にもどりつつある。 午後3時32分、地震があった。数秒間ほど揺れて、それきりとなった。後刻の報道によると群馬県渋川市近辺を震源とし、同地では震度5だったようだ。発生時刻を3時27分と報じた。私が確認した時刻より5分早い。私の時計が正確とは言いきれないが、震源地と我が地との間に数分の差があることは間違いない。距離による揺れの伝播速度の問題であろう。 そうそう、今朝、起床寸前に夢を見た。 母と私は与謝野晶子についての講義を聴くことにした。なんだかぎゅうぎゅう詰めの狭い会場で、おまけに演壇の前からはじまって中央部に高さ2尺(60cm)ほどの仕切りがあった。もとは銭湯だったのではないか、と私は思った。演壇は番台のようだ。床に坐った私は首をのばして、そのヘンテコな会場の聴衆を見やった。講師が演壇に立ったと思ったら、もわ〜っとした声がして、たちまち講義が終わってしまった。これはいったい何だろう? と、私は思った。ちっとも耳に入ってこなかった。 いつの間にか私は、キャンピング・カーのような小さな小屋(?)の前に立っていた。車が付いていないので、キャンピング・カーではない。そばに誰か男がいた。その人の小屋らしかった。「一人くらいなら寝起きはできるでしょう」と私が言った。「いえ、浴槽があるので無理なんです」---なるほど、小屋の中、向かって左側に寄せて浴槽がしつらえてあった。この浴槽を可動式にすれば、この男一人くらいは住めるだろうと、可動式にする方法を頭の中に図を描いてみた-----
Jun 17, 2018
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このブログ日記を書いたり、民生委員として合唱の舞台に出演したり相談に応じてはいたが、じつのところなかなか風邪が抜けず、作品を制作する状態ではなかった。きょう、22日ぶりに短い時間ながら筆を執った。制作進行予定がずいぶん遅れてしまった。 ---まあ、いいさ。遅れは取り返せる。それに、ベッドに横たわりながら、時に病熱にうなされもしたが、英語の小説を一冊読了したじゃないか。時間を無駄にしたわけじゃないさ。
Jun 16, 2018
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午後から民生委員部会会議。あいにくの雨。私はレインコートを着て、替えのズボンを鞄にいれ、自転車で市役所へ。途中で顔見知りの二人に、それぞれ別なところで声をかけられる。 「ヤマダさん! がんばっていますねー、ごくろうさまです!」 「ありがとうございます。ちょっと行って参ります!」 まるで小津映画のセリフのようだ。おもしろいねー。 「♫われ出陣に 憂いなし〜」と、鼻歌まじり。
Jun 15, 2018
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突然思い出したというか、気づいたので、メモとして書いておく。題して『でこぼこコンビの系譜』とでも・・・ 1977年に公開されたジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』にアンドロイドのコンビ、「R2−D2とC−3PO」が登場する。この愛すべきキャラクターについてルーカス監督自身が、敬愛する黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(1958年=昭和33年)を参考にしたと語っている。すなわち太平(千秋実)と又七(藤原釜足)のコンビである。 ところで、その「太平と又七」には先行した原型がないだろうか? 私が思い出すのは山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百萬両の壷』(1935年=昭和10年)に登場する屑屋、茂十(高勢実乗;たかせみのる)と当八(鳥羽陽之助)コンビである。背の高い茂十に背の低い当八は、まさに「でこぼこコンビ」。演じた高勢実乗の写真を見ると、悪面の武士などを演じたこともあるようで、マヌケなウラナリ冬瓜面の茂十への変身ぶりには、まるで別人のようで驚く。屑籠を背負い、さらにもっと大きな屑籠を抱えて立ち上がろうとするときの滑稽な動作は、すてきにおもしろい。 さらに茂十(高勢実乗)と当八(鳥羽陽之助)コンビは、山中貞雄の翌1936年の映画『河内山宗俊』に、茂十郎兵衛(高勢実乗)と藤八右衛門(鳥羽陽之助)として再登場する。侍ではあるが「お笑いでこぼこコンビ」である。 というわけで、私は、黒澤監督はこの山中作品の「茂十と当八 = 茂十郎兵衛と藤八右衛門」を引用して「太平と又七」を考案したのではないか、と推測するのである。 いや、じつは「茂十と当八」にはさらに先行する「弥次さん喜多さん」があったのではないか、と推測している。 十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』の主人公コンビ「弥次郎兵衛と喜多八」。栃面屋弥次郎兵衛はもと駿河の国の裕福な商家の旦那。遊蕩に明け暮れて家を潰し、なじみの陰間・鼻之助と江戸に駆け落ちした。ふたりは男色関係にあったのだが、鼻之助は名を変えてすなわち喜多八。しかし江戸の生活も行き詰まり、厄落としに伊勢参りの旅に出る。行く先々で繰り広げるドタバタ喜劇。それが『東海道中膝栗毛』である。 この滑稽本、さまざまな派生作品を産み出し、現代までつづいている。もちろん映画作品もある。その最初の映画化ではないかと思うのだが、1924年(昭和2年)に日活太秦撮影所で製作され、同年から翌年にかけて公開されたというサイレントの長編映画、池田富保監督の三部作『弥次㐂多 尊王の巻』『弥次㐂多 韋駄天の巻』『弥次㐂多 伏見鳥羽の巻』【後註】。 この三部作のフィルムは『韋駄天の巻』は現存せず、他の2作はそれぞれ上映時間2時間弱のうちのごく一部分10パーセント程度のみが現存し、DVDに複製されている。 私がこの映画に注目するのは、弥次喜多を演じている俳優である。弥次は河部五郎、喜多は大河内伝次郎。ここで喜多八を演じた大河内伝次郎が、後に山中貞雄監督『丹下左膳余話 百萬両の壷』で丹下左膳を演じているのである。 山中貞雄は『丹下左膳』を撮るにあたって、かつて河部五郎と大河内伝次郎が演じた「弥次郎兵衛と喜多八」コンビを、「茂十と当八」に写さなかったであろうか? 私は次のような「でこぼこコンビ」の系譜を想像しているのである。 「弥次郎兵衛と喜多八」→「茂十と当八」→「太平と又七」→「R2−D2とC−3PO」 もとより漫才芸における「でこぼこコンビ」の存在を充分考慮のうえであるし、日本で「底抜けコンビ」と名付けた「マーティン アンド ルイス」、すなわち1946年から1956年まで活躍したディーン・マーティンとジェリー・ルイスの名コンビ「Martin and Lewis」をも思い出している。 しかし、ジョージ・ルーカス監督が「R2−D2とC−3PO」を、自国の「マーティン アンド ルイス」からではなく、黒澤明監督の「太平と又七」を引用したという話は、なかなか興味深い。そこで私は日本映画史のなかに「でこぼこコンビ」の系譜を探ってみたのである。キャラクターの名前が似ているのは、たんなる偶然だろうか---?【註】 池田富保監督の三部作『弥次㐂多』のタイトルは、異字体「㐂」をもちいている。【ちょっと牽強付会・我田引水お遊び推理】 弥次(八+二=十)→ 茂十 喜多八(北八)→ 当八(東八) 茂十 → 太平(この2字を分解して再構成すると、茂十) 当八(当は当舗の意あり、すなわちシチ)→ 又七(又はソノウエニの意で、七の上すなわち八) ↓ 当八 = 七八 又七 = 八七アッハハハ、いかがです?
Jun 14, 2018
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昨夜観た『晩春』があまりにも面白かったので、今夜は同じく小津安二郎で『麦秋』を観た。これも何度も観ているけれど、やっぱり面白いなー。 小津作品はどれも言うなればホーム・ドラマなのだが、じつにすばらしい。 英語に「a line of low-rent tragedies」という言い方がある。低俗なつまらない悲劇の連なり、という意味で、たいていは家庭内のゴタゴタを指す。私がTVドラマというやつを観ないのは、ほとんどがそのような類いで、ドラマとは言えない---ここはdramaと書いた方が適切---と思っているからだ。 『麦秋』はたしかにホーム・ドラマだ。一つ家に4世代が集い、やがて離散していく。1951年(昭和26年)の作品である。それから半世紀以上経た現在の日本のほとんどの「家」の形ではない。昭和30年以前にすでに「離散」して以後の「家」の形が、現在の日本の家庭の姿と言えるだろう。したがって『麦秋』であつかっている一家の物語は、いまから見れば時代の境界を写していると言えよう。それだけにホーム・ドラマとはいえ、「a line of low-rent tragedies」と打ち捨てることができない家庭の姿がある。 そして小津作品は、深刻といえば言える家庭問題に、喜劇性を付与する---明白な喜劇場面としてつくっている。『麦秋』は、『晩春』より一層喜劇的なシーンをつくっている。それによって一層、この世から消えて行く人生の儚さ、諦念、受容がきわだってくる。みごとな作劇術。 会話のなかにあからさまな「エロ」が飛び出すのも、小津映画の油断がならないところだ。下品になるスレスレのところでうまく抑えている。いわゆるオトナのエロ話。私はすでに2015年12月9日に、『秋日和』については指摘した。 ---『麦秋』ではこんな具合だ。原節子演じる未婚の紀子。その親友のやはり未婚のアヤ(淡島千景)が、紀子の勤め先の上司である佐野周二演じる専務を訪ねる。専務は紀子に縁談をもちかけているのだが、紀子の態度はあいまいで専務には確信するものがない。専務はアヤにさぐりを入れる。そして--- 専務がアヤを誘って言う。 「どうだい、鮨でも食おう」 「ええ」 「何が好きだい」 「トロよ」 「ハマグリはどうだい」 「好きよ」 「稲荷はどうだい」 「嫌いよ」 「ハハハ、きみも変態だ」 おわかりですね? うん、そういうこと。まったく油断も隙もない。「うー」とか「ああ」とか繰り返している小津映画のセリフだが、ときに聞き捨てならないことを言っている。私は大笑いしながら、『麦秋』もまた堪能した次第。 追記として『秋刀魚の味』のエロ話についても--- この1962年の映画は小津安二郎監督の最後の作品。私はあまり良いできだとは思わない。エロ話といってもここでは『麦秋』のような喩え話ではない。笠智衆と中村伸郎の旧友である北竜二演じる男が最近若い後妻をもらった。それでふたりは、まだオトコが大丈夫なのかと、精力剤を飲むジェスチャーをしながら冷やかす。その場面が繰り返し、たしか3回ある。老境にさしかかる男の悲哀を性的な面から直裁に表現しているのであるが、小津監督いささかやリ過ぎ、いささか下品だ。 まあ、現実の世話においては同様のシーンはいやというほど遭遇するものだ。かく言う私も20代後半に、よんどころなく出席しなければならなかった年輩の方々のパーティーで、『秋刀魚の味』とまったく同じシーンを何度も目撃したものだ。老境が目前にせまり、まだ「諦める」には早いと思っている男というものは、特に同窓会のように旧友が顔をあわせると、出る話はどうやら必ず「それ」だ。 つまり、『秋刀魚の味』は、その「実体」をよくとらえているのではあるが、表現としてはつまらない。一度ならまだしも映画館の座席で笑って観ていられるが、三度も繰り返されると下品に傾く。私は鼻白んだ。 ただ、急いで付け加える。 娘路子(岩下志麻)の結婚式後、旧友河合(中村伸郎)の家に立ち寄ってから帰宅した父周平(笠智衆)を迎えてから、長男幸一夫婦(佐田啓二・岡田茉莉子)がそろそろ帰ると言う。「なんだ、もう帰るのか」という父。 ---そのときの父の表情がすばらしい。みごとな笠智衆。すごい俳優だねー。なんにも芝居をしない芝居、文学(ことば)が決して表現できないごく日常の刹那の表情。『秋刀魚の味』で小津が言いたかったことが、この1秒にも充たない文字どおり一瞬の父親の顔に表現されてしまっている。映画がそこに在った。私はもうびっくりした。
Jun 12, 2018
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終日の雨。気温も低く少し寒かった。 夕食後ひとやすみしながら、久しぶりにDVDで小津安二郎監督の『晩春』を観た。何度観ても、溜め息がでるほど良い。原節子、笠智衆、すばらしい。複雑な感情や口に出せない思いを幾層にも重ねてあらわす顔、身体。そのさざ波のような揺れ、----見入ってしまう。目が離せない。すごい俳優たちだ。映像表現の真髄! いままで記憶していなかったカットが一つあることに気がついた。紀子(原節子)が家をとびだして友人アヤ(月丘夢路)の家に行く。東郷青児の絵が飾られている客間でケーキを食べ始める。が、二人は軽く意見が衝突し、紀子は突然、帰ると言って部屋を出て行く。泊まっていくんじゃなかったの、と後を追うアヤ。---その後である。 無人の画面。白いダイニングチェアの座面に本が数冊積み重ねられている。一番上にページを開いてのせられてあった大判の写真雑誌が床に滑り落ちる。画面変わる。 わずか1秒ほどのカットである。----このカット、私の記憶から抜け落ちていた。 もう一カ所、あっ? と思ったこと。 最後のシークエンス。紀子を嫁に出し、その結婚式から帰宅した父(笠智衆)が、ひとりぽつねんと座り、テーブルの上の林檎に目をとめ、手にとり、皮を剥き始める。長く垂れ下がった林檎の皮は途中で切れて落ちる。うつむく父。 ----この林檎の皮を剥くシーン、どこかで観た! そう、ジャンヌ・モローの舞台、『ゼルリンヌの物語』だ。彼女は林檎の皮を剥きながら彼女の物語りを始めた! たまたま林檎の皮を剥くのが似ているだけだろうか? もしかして、ジャンヌ・モローの演技は、小津の『晩春』を引用したのではないだろうか? もちろん私の勝手な推測である。 林檎の皮剥きが重要なシーンのポイントとなっている映画作品が、他にあるだろうか? 私の記憶の頭陀袋をひっかきまわしても見つからない。林檎、林檎----、『サウンド・オブ・ミュージック』---いやいやそうじゃない。『菩提樹』だ。しかし、皮剥きが問題ではなかった。あれは、アメリカに亡命したトラップ一家が満足な食事ができず、林檎を食べてしのいでいたのだ。ほかには、『ゾラ』か。少年時代、ゾラがセザンヌに籠の林檎を贈ったエピソード。----林檎、林檎----皮剥き、皮剥き----、やっぱり記憶にないなー。 まあ、今日のところは、笠智衆とジャンヌ・モローで頭にとどめておこう。 ついでにもうひとつ。 能楽堂のシーン。笠智衆と原節子の父娘、そして離れた斜向かいに三宅邦子演ずる後家さん。娘は、この観能が秘かに仕組まれた父と後家の見合いだったのではないかと、内心に如何ともしがたく怨情と嫉妬がうずまく。 ----ところでその能である。梅若万三郎の舞姿を観られるのも嬉しいが、演目は『杜若(かきつばた)』。晩春(初夏)にふさわしい能である。シテは杜若の精であり、且つ在原業平の化身。普通このシテの装束は、紫の長絹であるが、映画『晩春』においては白の長絹をもちいている。おやっ?と思うけれども、小津監督、白黒映画における映像効果を考えたのであろう。本来の紫では、画面が沈んでしまう。長いシークエンスである。いかに名人梅若万三郎でもフィルムに輝きを与えることは難しかろう。白の長絹が美しく画面をつくっている。 さらに申せば、この能場面の出演者は、ツレも地謡も囃子方も錚々たる顔ぶれだ。能『杜若』として一見の価値がある。 『晩春』---堪能した。
Jun 11, 2018
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猫達が私の机の上によりそっておとなしく寝ている。眠そうな目をしながら、私がコンピューターのキーボードをたたくのを見ているのだ。雨が降りつづいているので、庭に出たくても出られない一日だった。 昨日、彼女たちは庭にいて、突然の豪雨に驚いて悲痛な鳴声をあげた。我家の猫たちはエアコンデショナーでの冷房が好きではない。そのため暑い夏は庭で涼んでいるのである。昨日も朝から外に出ていたのだが、豪雨にみまわれた。それで今日は仕方なしにという具合に私のそばにくっついている。 雨に打たれながら紫陽花が美しい。アジサイ・ブルーというのではなく、ほんのり紫がかっていて、その色合いがなんとも美しい。 いま我家の小庭は、ドクダミの白い花が一面に咲いている。「白い花」と言ったが、それは植物学的には十字形の総包片である。その中央に屹立して極小さな黄色の花が穂状に密集しているのである。 ドクダミは我家の建物を取り巻いて生育している。他人の目には雑草を無精に放ったらかしにしていると映るかもしれない。じじつ無精をきめこんでいるのだが、すべて抜き取るに忍びないのもじじつで、この季節、短い間ながら、我家は小さな「白い花」に取り囲まれている。 私は、園芸花よりも野草のほうが好きだ。ときどき郵便受けに庭師の広告が投込まれるが、野草が伸び放題の小庭を覗き見て腕がムズムズするのだろう。商売っ気が鎌首をもたげるのだろう。しかし、おあいにく様、猫の額よりまだ狭い庭だが、できるかぎり野生のままにしておきたい。それだからでもないだろうが、この小庭には、植えたおぼえのない木々が小さな芽を出す。風にとばされてきた種が我家に居場所をみつけるのでもあろうか。他家の良く手入れされた庭では邪魔者としてすぐに抜き捨てられるだろう。 ----小さな庭のなかで種々の植物の生命のせめぎ合い---生成と消滅---があるのである。おもしろいものだ。
Jun 10, 2018
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一週間後の日曜日、17日は「父の日」だそうだ。 ---だそうだ、などというのは随分適当な言い方だが、私事をのべれば、「母の日」は亡母の生前はささやかな贈り物などをしたけれど、父にはあらためて何か贈ったりパーティーを開いたりしたことはなかった。私が少年時代から長らく両親家族から離れていたためばかりでもない。けっして父を疎んじていたわけでもないのだが---。 こんなことを書き始めたのは、じつはネットで若き日の父の写真を発見したからである。 誰が撮影したかも全く不明なら誰が投稿したかも分からないが、ある集合写真の前列に父が写っていた。おそらく35,6歳頃であろう。かつて全く知らなかった写真であり、父の姿である。65年前くらい昔のややピントがあまい、セピア色に変色した写真。しかし、そこに写っていたのはまぎれもない私の父であった。 その写真の父の年齢のちょうど倍が、今の私の年齢である。あらためて鏡を覗くこともなく、73歳の私の顔は、写真のなかの35,6歳の若々しい父にくらべようもない。意識の逆転さえ起りはしない。老人になった息子の私が、若い父を見ているのである。 私はネットからスクリーンショットで取り出し、プリントしてみた。まだ家族の誰にも見せていない。 ついでに書いておこう。かつてこのブログ日記にも書いたことだが---。 母が在宅医療になって、私はつききりで看護していた。あるとき、母の下の世話をしているとき、母が言ったのだ。「父親が娘の下の世話をするなんて思ってもいなかったでしょうね----」 私は「うん?」と、思った。母の意識が混濁しているのではなかった。が、一瞬、母は息子である私を自分の父親と錯覚したのだ。私は無言で世話をつづけた。---人間について考える私の思考の抽き出しに、新しい資料を放り込みながら---。
Jun 9, 2018
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風邪のため長らく制作を休止していた。2週間になる。こんなことは初めてだ。ようやく本復の兆しに、明日からまた作品にとりかかることにする。 一旦制作を止めてしまうと、再開に精神集中のためのエネルギーを回すのがなかなか大変だ。たとえるなら、しぼんだ風船のなかに気をためこんで、一気にノズルから吐き出して点火するような感じだろうか。
Jun 8, 2018
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きょう7日午前、日高六郎先生が逝去された。享年101。 行動する社会学者として、私は学生時代に遠くからどれほど示唆を受け、教えられたことか。衷心より哀悼を捧げます。
Jun 7, 2018
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「適材適所」ねー。 そりゃそうだろうよ、安倍さん麻生さん、自分たちに都合の良い人間たちなら、ネ。国民を舐めるんじゃない!
Jun 5, 2018
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日曜日、きょうは市民会館大ホールで「童謡と唱歌のフェスティバル」。私たちの民生委員合唱団「かしの木」も出演。ほぼ満席のお客さんで、気持よく歌った。 私は先日来の風邪がなかなか治らず、出演できないかもしれないと思いつつも、できるだけの手をつくそうと一切の仕事を中止して、薬をのみながらベッドに横になっていたこの数日。 今朝も出かける前に、効力が持続するという咳止め薬をのみ、血行を良くする薬を胸に塗り、蜂蜜でうがいをし、のど飴を含み---まあ、当面できることはやって、マスクを数枚バッグに入れて家を出た。熱があり、頭痛もするが、リハーサル中にゴホゴホやってもみんなには我慢してもらい、とにかく、本番舞台で10分間もてばいい---と考えて。 リハーサルはどうにか通過。出番まで3時間ほど待機しなければならなかったのは、いささか辛かったが、薬が効いているのであろう、咳はおさまっていた。 そして本番。私は練習よりも本番ステージが大好き。たちまち風邪も熱も頭痛も忘れて、さいわい声も良く出た。高音も低温も大丈夫。ブレス(呼吸)無しの長いパッセージも、我が肺は機能してくれた。 過日、自分たちのステージの様子を初めてDVDで見た。そのとき私のアップになった映像を「いつもより元気がないんじゃない?」と指摘され、腰の痛みを顔には出さなかったのに観客に見破られていた、と思った。そのような失敗の同じ轍を踏みたくないので、きょうは笑顔をつくり、わずかながらも身体をリズムに乗せてゆらしながら歌ったのだ。 終演後、帰路につこうとしていたら、先日指摘をした方に出会い、「絶好調だったんじゃない?!」と声をかけられた。フフフ、「ヨシッ!」ってなもんである。 帰宅して、冷たいコーヒーを飲んでから、ベッドにバタンと倒れ込んだ。 下の画像はきょうのプログラム。
Jun 3, 2018
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大阪地検は森友学園をめぐる一連の問題で告発されていた財務省幹部等38人全員につき、嫌疑不十分として不起訴を発表した。まことに奇怪な判断ではあるまいか。 国民の財産である国有地の売却を適正価格より大幅に下回る価格で譲渡したことは事実であり、国有財産を管理する省庁のみならず国税庁にまで嫌疑がかかっていて、その監督責務を担っている財務大臣が知らぬ存ぜぬとシラを切ったからといって、国民の誰が「あっ、そうですか」と納得するであろうか? 財務大臣は、「国民に不利益を与えた事実」に鑑み、その地位にとどまることも政権内に居座ることすらできないはずであろう。まるで不良息子が親が預かっている公的財布に手をつっこんで盗みをし、不良仲間の「お友達」に大盤振る舞いをしているかの事態なのだから。 国民の財産に損害を与えた事実が存在し、権限無しには実行不可能な官僚実務にもかかわらず、その告発容疑につき、不起訴にしたというのは、38人の被疑者以外に確たる「犯人」がいると疑義をもっているか、さもなければ、理路整然とした誰の目にも遺漏ない説明をしなければならないはずだ。報道機関の当然の質問に対し、大阪地検は回答説明を拒否したと報道されている。 この裏には何かあるのではないか、と誰もが思いはしないだろうか。大阪地検は痛くない腹をさぐられることになりはすまいか。地検の信頼を保っていけると考えているのだろうか? 世に糞便愛好家という人たちがいる。糞便嗜食症ともいい、精神病理学上では病的とされる常態的嗜好である。どうも日本国はいまや三権がクソまみれなのではないかと思う状況だ。立法府がクソのとぐろから顔を出し、行政府がクソのとぐろから顔を出し、司法府もまたクソのとぐろに胡座をかいている。マンガである。私はもはや慨嘆をとおりこして笑ってしまう。 私はそれほど楽天家でもないけれど、しかし日本人はわずかずつながらも歴史的な過去の悪習・悪弊・悪行を自省的に克服してきた、と思ってきた。一掃しきれない過去の悪弊や時に病的にまで亢進する唯我独尊的民族主義的な心情は、なんとか知性でその突出を抑えてきた。 私自身が悲観的ではないにしろそれほど楽天家でないというのは、「悪貨は良貨を駆逐する」という古典的な経済原理が、ひとえに経済面のみではなく社会の原理でもあり、そのバランスは非常にゆるいスウィッチにかかっていることに気づいているからだ。 私は精神論を言っているのではない。むしろ逆である。政治・行政において精神論(道徳論)がでてくるときが、「悪貨」が横行するときなのだ。あるいはすでに権力の中枢で腐敗がはじまっている。これは社会学の常識である。つまり精神論には政治・行政の主旨であるはずの実体がない。実体がないために正負も賛否もすべてあいまいなままに呑み込んでしまう、成立してしまう、という特性があり、政治・行政における御都合主義的政策立案においてはもっとも機能する。国民主権体制においては、当面の権力者も機関にすぎないのであるが、とかくそのように認識されないのが現実であるが、すべての事案を明文化し、文書管理することによって権力者の逸脱を防いで来た。それが世界の現代政治におけるコモン・センス(常識)であろうと、私は理解している。しかるに今、日本社会において流行語のようになっている「忖度」は、そのコモン・センスを破壊し、立法・行政・司法の実務処理にきわめてあいまいな精神論がもちこまれていることを如実に示している。日本人は言わず語らずで相手を思いやるという自己美称である。政府の誰かさんが駄々っ子のように、「忖度されている方には、忖度されているかどうかなど分からない」と言った。これが国政を預かる者の答弁かと思うと、日本国民として私は恥ずかしくて身も竦んだが、けだし名言ではあるのだ。 つまり「忖度」は、立法・行政・司法の実務処理の責任系統をあいまいにするので、絶対にあってはならないという証左。かつ、「忖度」横行は、それによってさまざまな組織での人事が左右され、私利私欲が実現する可能性が大きくなることの証左。一方的な上位下達が予測できる時代錯誤の政治がおこなわれ、民主主義政治が崩壊しつつある証左であろう。 日本国民は、国民利益を蕩尽しているかのごときクソまみれの体制を、「一蹴」しなければなるまい。個人がひそかに糞便嗜食するならするがよかろう。私の知ったことじゃない。しかし、日本国民が糞便嗜食症に陥るのは御免だ。
Jun 1, 2018
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