2003年01月17日
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今夜はご近所のおばあさんのお通夜があって行って来た。

おばあさんとは、普段ゴミ出しをするときに立ち話する程度のお付き合いだったが、うちの子供たちを可愛がってくれ、お孫さんの使っていたふるいおもちゃや本、お庭の花などを下さった方だ。

葬儀場までは少し遠かったが、自転車で行った。

お焼香を終えての帰り道、自転車をこぎながら、自分の祖母が亡くなったときのこと、独居となるおじいさんのことなど、ぼんやりと考えた。

ともに暮らした伴侶、家族が亡くなることの辛さ...
考えただけでも、いいようのない寂しさがこみ上げてくる。

そしてそれは他人事ではなく、すべての人みんなにやがてやってくる事なのだ。
近いところでは私の両親。
そしていつかは私にも(先に逝けるかもしれないが)。


帰り道は自転車で来てよかった、となんとなく思った。

この自転車を漕ぐ10分か15分ほどの時間が、今目の当たりにしてきた人生の現実を消化する時間となり、
次に我が家の玄関を開く時はいつもの「お母さん」の顔・感情に戻れるから。
(これが車だったら、あっというまに我が家に到着、しかも運転に忙しいから、あれこれ考えている暇がない。)

家に帰っても一人、というのなら、いくらでも悲しみや不安に浸っていられるだろう。
しかし子どもがいれば話は別。
そういう感情を引きずってはいられない。
引きずっていたら生活が成り立たない。

これが世のお母さん達の強くなる所以だろうか。


ところで、葬儀の一連の儀式の中で、もっとも悲しいのはもちろん荼毘に付すその瞬間だろうが、次に悲しいのは、出棺だと思う。
長年暮らした我が家に別れを告げる時...。


いつも立ち話をしたこの道を、おばあさんは車に載せられて出発していく。
やっぱり涙が溢れた。





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最終更新日  2003年01月18日 11時15分37秒
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