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私:昨日のNHKの「歴史が動いた」でサンフランシスコ講和条約の秘密外交で吉田首相がアメリカ軍基地を提供する申し入れをしたという番組があったね。 莫大な賠償金を避けるための外交テクニックだったわけだ。 戦争で負けて外交で勝つ、というわけだ。 しかし、基地問題など、まだ、敗北したときの問題点は今も尾を引いていて、われわれの毎日の生活に知らないうちに影響を与えているね。 ところで、君は今の憲法についてどういう印象があるね?A氏:アメリカが短期間でドタバタ作って日本に押し付けたという印象だね。 内容は理想主義的なものだがね。私:ところがこの本を読むと、そんな単純ないきさつではないんだね。 実は、ポッダム宣言というのは、無条件降伏というが第5項以降は民主化などいくつかの条件があるんだね。 「天皇の戦争責任」に全文が載っているよ。A氏:アメリカは占領とともに当然、具体的には天皇制を廃止するか、より民主主義的な方向に憲法を修正することになるね。私:明治憲法の改正は、最初、マッカーサーは日本政府側の自主的な活動にまかせるつもりでいたんだね。 1945年の10月までには、案を作るように要求していた。 その間、政府よりも私的なグループや政党が案を作り公表していたが、政府のほうはノロノロしていた。 そこで、10月にマッカーサーが近衛公爵に個人的に憲法改正の検討を開始するように告げる。A氏:近衛公爵は戦犯として逮捕されそうになり、自殺するのではないの?私:自殺は12月6日だが、その前にGHQのほうは危ないと思い、11月に近衛公爵のプロジェクトから離れる。 しかし、11月末には近衛プロジェクト案が提出されている。 これは、今回の敗戦は軍部の権力の乱用なので、軍を国会と内閣に従属するなどの案で、天皇統治権は残した。 しかし、この案はそれで終わっている。A氏:政府は検討をしていなかったの?私:政府(幣原内閣)は、並行して10月25日に憲法問題調査委員会を設置した。 しかし、当時の日本の上層部はマッカーサーの憲法改正の声明など、真剣に考えなかった。 明治憲法は一部のマイナー修正で十分と思っていた。 こうして、翌年の2月初めまで22回ほどの検討を行った。 その間、憲法は自主的にきめることであるからとして、GHQとの途中の情報交換も不十分だった。 敗者は勝者との意思疎通をしなかった。 「天皇は神聖にして侵すべからず」は「天皇は至尊にして侵すべからず」という一語の修正であった。A氏:他の政党や民間グループ案もあったのだろうね。私:共産党は天皇制廃止案であったが、社会党は天皇の象徴制をすでにかかげていたね。 民間でGHQの目をひいたのは「天皇は国民の委託により専ら国家的儀礼を司る」としている憲法研究会の案であった。 このメンバーはリベラルで左翼的な知識人で構成されていた。 この案は国民主権が明確であった。A氏:それだけ盛んに検討していたのに、なんでGHQは、押付けに走ったのだろうね。私:実は、政府案を毎日新聞が2月1日にスクープしたんだね。 この内容にGHQはがっかりする。 全くの頑迷な指導層であることが明らかになる。 マッカーサーは、2月3日、憲法案をGHQ側が作ることにして、部下に指示を出した。 マッカーサーが、急いだのは、あまり遅れると国内的に共産党などの「共和国」発想が日本国民の中に支配的になる懸念と、連合国内でも日本の天皇制に反対する国の声が強くなることが考えられたからだ。 こうして、24人のアメリカ人が約1週間で憲法草案を作り、2月10日に完成し、2月13日に日本政府に提示された。 このとき、白洲次郎がからむ。A氏:なるほど、敗戦後、8ヶ月ももたもたしているうちに、後手になったのか。 ポッダム宣言の受託でもたもたして、キズ口を広げたのと似ているね。私:GHQ案が示されても、内閣ではまたもめる。 しかし、2月22日には天皇の承認も得て、基本的にGHQ案の受入が決まる。A氏:これで一件落着かね?私:そうではないのだ。 新憲法は英語だ。 これを訳すときにまた、悪知恵がはじまる。 いろいろ日本文では修正する。 そして、GHQに日本語文を提出する。 GHQ側は和英辞書をひきひき、これを英文で確認する。 そうしたら、英語案と違う箇所がたくさん出てきた。 また、再修正だ。A氏:peopleの訳が問題になったということは聞いたことがあるね。私:「人民」が最初の訳だったが、政府上層部は「国民」とした。 天皇も一般民衆も含むからだという。 これはGHQでちょっと問題になっただけでパスした。 もう1つの英語はsovereigntyだね。 これは「主権」だ。日本政府幹部にとって天皇と同等の「主権」を持つことは考えられなかったので、意図的にあいまいな「至高」として訳した。 これはGHQのチェックで「主権」ともどされたね。 茶番だね。A氏:日本人は自ら民主主義政治を作る力はなかったのだろうかね。私:しかし、GHQとしては、建前はあくまで日本政府が自主的に憲法を作ったとしなくてはならない。 そこで、新憲法は明治憲法の「改正案」として天皇によって国会に提出される形をとった。 これによりマッカーサーと天皇制支持者双方は、憲法の制定と天皇の救済が一度に行えることになった。 3月6日に新憲法案が発表される。天皇の勅語も発行される。 この本では、次のように、この勅語の発行をコメントしている。「事実上、天皇は臣民に対し、提案された新憲法を支持するように命じていた。 これは天皇が決して真の権力を行使しないという考えとは矛盾している。 これによって、その後の「憲法修正」の公的プロセスにも、民主的な国民憲章を天皇がその慈悲において与えたということを強調する、ふるぼけた勅語の形式が残されることになったのである。」A氏:この日記の「天皇の戦争責任」の最後の君の発言にある新憲法発布の勅語の矛盾はここにあったのだね。私:憲法問題は、次に戦争放棄の9条問題に移っていくがこれも最初から問題があったのだね。 これは、その後、60年延々として続く発端となるね。
2006.08.31
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私:この本は敗戦後の日本の姿を詳しく書いたものだが、元の原書は1999年発行。 ピュリッツァー受賞作であるという。 2004年に和訳の増補版が発行された。 「対論 昭和天皇」「天皇の戦争責任」がらみで読み出したんだよ。 上下2巻だが、下巻の天皇の神格否定、戦争責任回避までを先に読んだよ。 天皇制が維持され、新憲法が発布されるまで、この本は約全体の四分の一でカバーしているね。A氏:昭和天皇については、マッカーサーがかなりその地位の維持に力を入れていたらしいね。私:天皇は軍の献身の対象でもあったから、連合国は戦争終了とともに、当然、軍国主義のシステムを壊そうとするが、同時に、天皇を敗戦後の平和的な統治に利用できると考えていたね。 それには天皇と国民の間にクサビを打って切り離せばよいことだと考える。A氏:昭和天皇はマッカーサーを敗戦後1ヶ月くらいたった9月27日に訪問するね。 有名な二人並んだ写真が新聞で掲載されたね。 当時の国民には神であった天皇が背の高いラフなスタイルのマッカーサーと並んでいたので、貧弱な天皇の姿にショックを受けたらしいね。私:この会見の記録は丸秘だったが、通訳の奥村氏が30年後に明らかにしたところによると、マッカーサーは天皇の役割の重要性を述べたということをこの本で明らかにしているね。A氏:その頃、例の熊沢天皇事件があったのではないの?私:そうだね。 自分のほうが血筋からして正しい天皇だというわけだ。 天照皇大神宮教という俗に「無我踊り」の宗教も生まれる。 長岡良子という女性は、自分はアマテラスの生まれ変わりと主張し、「璽光尊」と名乗 り、多くの信者を集める。 この中に有名な横綱双葉山もいた。 敗戦直後の1945年は天皇自体が空白的な存在で、国民は傍観的になっていたんだね。A氏:そこへ有名な「人間宣言」の詔勅が1946年の元旦の新聞に掲載されるね。私:この本では、この「人間宣言」は、アメリカ側のシナリオにしたがったものであり、天皇が神であるという戦前の天皇教の頂点を崩壊させる目的をもっていたのだね。 ところが、実際の詔勅は、日本側がアメリカ案を修正し、明治天皇の五箇条のご誓文で最初始まり、天皇の神格化否定が二の次になったんだ。A氏:それでは、明治天皇からだと途中の昭和初期の戦争時の天皇の神格化の問題は消えるね。 マッカーサーは注意しなかったのかね。私:五箇条のご誓文は問題なかったらしい。 しかし、最初「日本人が神の子孫であるという誤った考え」という日本側の文をマッカーサーは「天皇が神の子孫であるという誤った考え」と直すようにと指摘したんだ。A氏:それは問題ではないの? 昨日の宮中の祭祀の日記ように、今も天皇家の祖先は天照大神だからね。 これは受け入れられないね。私:そこで、神の子孫は削除され、代わりに「現御神(あらひとがみ)」という難解な言葉でなんとか切り抜けた。 この本は、次のような趣旨を言っているね。 「『人間宣言』は昭和天皇が考えたものでなく、英米の外国人が考え、さらに、日本語で伝えられたものは、西洋人が甘い考えで期待したような、全面的な『神格の否定』とはいえない内容のものであり、『現御神(あらひとがみ)』という難解な言葉で、天皇は天から途中まで降りただけだった。 天皇が草案作りの過程に参加したため、『人間宣言』は下からのものでなく、明治天皇の五箇条の誓文にさかのぼると宣言したからである。」 いずれにせよ、神格否定は欧米の世論は好評であったようだ。A氏:逆に、三島由紀夫はガッカリする。私:この間に、東京裁判の準備が開始されるが、天皇は責任がないとして除外されていく。 連合国にはソ連も中国もいるから、昭和天皇に責任がないというキャンペーンはアメリカ主導で行われ、その退位も拒否するようになる。 しかし、どうも「対論 昭和天皇」でも討論されているが、昭和天皇自身もあまり退位は積極的でなく、むしろ、三種の神器に深い関心を持つなど皇室伝統の維持に重きを置くようになるらしいね。A氏:そして新憲法の第1条の天皇制の問題につながっていくね。私:皆、憲法というと9条を問題にするが、実は1条が当時は問題で、その国際的な駆け引きと、日本とアメリカとの駆け引きを今、読み出したところだ。
2006.08.30
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私:いや、驚いたね。無知だったね。この「宮中賢所物語」を読んで。A氏:何が?私:神道による祭祀が毎日のように、あの皇居の中で行われていることだ。 これが皇室神道の活動なのだね。 この本は、「国家の品格」知的街道の流れで読んだのだが、著者は、皇居に57年、その仕事にたずさわり(内掌典という)、2001年退職したという。 実際はインタビューをまとめたようだ。 内掌典の仕事は表向きの公式行事と全く関係がなく、昔ながらのしきたりにしたがい、皇室の私的行事としての祭事が一年中行われるんだ。 男性は通いだが、女性は泊まりこみのようで、細かいことは女性中心の仕事だね。 数人いるようだ。A氏:神道では、宗教分離の憲法に違反するのでは?私:だから、戦前は公務員だったが、敗戦後は公務員でなく、公務員に準ずる内廷の職員となっているとのことだ。 内廷の仕事も公費でないのかね。不勉強でわからないがね。A氏:神道だから、はやり、形式がきちんとしているのだろうね。私:実に細かいね。汚れを嫌う考えだから、実によく手を洗うね。 衣服はもちろん和服だが、これも祭祀によってきまっており、また、よく身を清める。 女性は生理のときは、血を嫌うので、自宅に帰る。 料理は、鳥、魚以外の肉は血で火をけがすということでできない。 外で食べるのは差し支えないが。 しかし、これらの祭祀のルールや手順はマニュアル無しで全部、口伝えだという。 この300頁を超えるこの本が一種のマニュアルみたいだね。 だから、きちんと文書化したら、千頁を超えるのではないかね。 今、その手順が維持されるかが問題になってきているようだ。 現代だから、ビデオが使えるだろうがね。A氏:その手順自体が皇室神道の中味なんだろうね。 ところで、皇居のどこで祭祀をやるの?私:皇居の奥に、賢所(ケンジョ、正式にはカシコドコロ)、皇霊殿、神殿の3つがあり、これを宮中三殿という。 賢所は天照大神の御霊代としての神鏡を祭っている。 皇霊殿は、歴代天皇・皇后、皇族の霊をまつってある。 神殿は、八百万神を皇室保護として祭ってある。A氏:どういう祭祀があるの?私:大晦日から元旦の三が日の祭祀、神武天皇、孝明天皇、明治天皇、大正天皇、昭和天皇の祭祀、香淳皇后の祭祀、春季皇霊祭、神嘗祭、神嘗祭など、25くらいある。 これに10日ごとの祭祀がある。 当然、主なものには天皇・皇后はじめ、皇族も参加する。 神楽も出る。A氏:お供え物はやはり日本的なものかね?私:お供えする料理は神饌というようだが、粥やお菓子なども伝統的なものだね。 これらの粥や菓子の名前で子供の頃を思い出したよ。 それから、親から元旦に掃除をすると福が逃げるから掃除はしてはならないといわれたが、この宮中行事でも元旦の掃除は厳禁だね。 何かの伝統だね。A氏:皇居も森の中だから、日本的な四季で囲まれているわけだ。私:一時、鈴虫を飼っていたそうだが、手間がかかるのでやめたそうだね。A氏:しかし、これらの神道による祭祀と天皇制はどうからむのかね。私:真珠湾攻撃の四ヶ月前に出た「臣民の道」があるが、天皇は天照大神の直系の子孫であり、日本は神が統治する国であったんだ。 だから天皇の率いる戦争は「聖戦」となり、兵士は、そのために死んでも本望だとなる。 戦陣訓は「それ戦陣は、大命に基づき、皇軍の真髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦えば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威(天皇の威光)の尊厳を感銘せしむる処なり。」で始まる。 今後の「国家の品格」知的街道の課題だね。
2006.08.29
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私:今年3月、静岡で3才児が、シュレッダーで指9本切断という事故があったね。 これでマスコミが騒ぎ出したね。A氏:あれは業務用のもので危険性が高いのに、業務用も個人用もゴチャゴチャにして報道していたね。 業務用は数万円、個人用は数千円の商品なのにね。 なんで幼児が、そんな業務用のものに近づいたかのきちんとした報道が皆無だね。 シュレッダーを使った経験のない現場を知らない人の報道だというのはすぐわかるね。私:問題を起こしたアイリスオーヤマ株式会社のシュレッダーは開口部が8ミリあったそうだね。 業務用は大量に処理するから、処理能力をあげるために大きくしている。 業務用なので、まさか、幼児が事務所に入り、シュレッダーをいじるということは想像をしていなかったようだね。 だから、特殊な事情と解釈していたようで、このため対応が遅れていたようだ。 対策は8ミリを幼児の指が入らない家庭用の3ミリにするというものだね。A氏:これで事務所の効率は多少低下するね。 しかし、ヒステリックになった大衆に迎合してか、大手の電気量販店はアイリスとカール事務器の製品を店頭から引き上げたという。私:俺のうちは家庭用があるんだ。 もう10年くらい使っているかね。 たしか、数千円くらいで量販店でディスカウントで買ったんだが、GBCというブランドで外資系らしい。 今度のトラブルで、開口部を計ったら2ミリだったね。がっちりしている。 そして、デカデカと開口部に指を入れる絵(手を入れるな)と、幼児の絵(子どもの使用禁止)があって、バツマークを大きくつけて警告表示をしている。 注意表示としては、ネックレス、髪、ネクタイなどを引き込まれないようにと書いてあるね。 これは大人が気をつけないとね。 これはPL法からみだね。 安全マークのSマークもついている。A氏: 8月1日に栃木県で業務用でないシュレッダーで1才9ヶ月の男児が指2本怪我をしたというニュースがあった。 軽傷であったというが、開口部が2、3ミリのものだという。私:この栃木のトラブルの機種の会社はツインバード株式会社というんだが、5千円台の家庭用だ。 ISO9001:2000をとっている会社だがね。 インターネットで検索したらA4用紙5枚を一度に処理できるらしい。 これはいまだに販売しているよ。 しかし、開口部2ミリでは俺のところのシュレッダーと同じで物理的に指は入らないと思うね。 別な要因があるね。A氏:どうも開口部の幅について、マスコミは感情的で冷静に報じていないので、事実がきちんとわからないね。私:カール事務器のほうは東京で2歳4ヶ月の幼児が指を2本切断するという事故が発生した。 この場合、開口部が4ミリという報道があるが、これも明確でない。 同社では、幼児の指が入ることのないよう紙挿入部の開口幅を狭くする対策するとともに市場に出ているものは開口部の狭い部品に交換するという。 何ミリにするのか明確でない。 同時に、幼児がいる家庭では特に安全管理を十分にしていただきたいと要望しているね。 ナカバヤシという大阪の会社は今回問題がなかったのだけれど、こういう問題を予測してか、「チャイルド・テスト・フィンガー」という幅5.6mm、長さ44mmのもので開口部をチェックしているという(下に同社シュレッダー写真例示)。 これを報じていた読売新聞の記者は鋭い感覚を持っていると思うね。 この会社はISO9001をとっている。 開口部は幅だけでなく、開口部がたわまない固い材質でできていることと、歯が奥にあるという3つがポイントだ。 その点、このフィンガーによるテストは理想的だね。A氏:カール事務器という会社をインターネットで検索して商品カタログを見たんだけれど、業務用の事務器というと、危険なものはシュレッダーだけでなく、トリマーといって紙の端を揃えるため、十枚くらいの紙厚を切れる鋭利な包丁のような刃物があるね。 それに穴あけパンチ。 これも業務用は何枚も穴を一挙にあけられる。 ホチキスも業務用は十枚くらいの書類は簡単に突き通して綴じることができる。 これらも危険だね。私:前に、小さな製本屋さんにいったことがあるが、普通の住宅の一部を改造して3人くらいの人が机上でコピーしたものを裁断したり、穴をあけたり、ホチキスで綴じたりしていた。 お客の依頼で見積書など、何冊も作るので、コピーミスは簡単に捨てられない。 シュレッダー行きだね。 だから、棟続きの家族の人にとっては、危険物だらけだから厳密に管理していたね。 そういう面で、仕事場と住居をかねている場合の仕切りなど、安全管理という面からどうだったのか、今回の事故の原因をより全体の見地からの議論がほしかったね。A氏:そうしないと、今度はトリマーやホチキスで指を怪我するかもしれない。 ところで君のところはどういう書類をシュレッダーにかけているの?私:思いついたままあげると、定期預金などの利子の報告はがき。利子より郵便代の方が高いやつだ。いらないといっても規則だから送るとなる。 それからクレジットカードの支払い状況。電話料金の通知。保険に関する通知もある。 ダイレクトメールの住所のあるやつ。買うつもりはないが、全部商品名や住所がプリントしてあるね。 医者にかかってもらう薬の薬局でもらう服用方法。同じ薬でも毎回くれる。 税金などの公的な資料で古いもの。 まだ、まだ、あるね。結構ある。 シュレッダーがあると処理が簡単だが、普段は、コンセントを抜いてコードを巻いておくね。 2、3枚のためにコンセントを入れたり、抜いたりが面倒なので、1週間から10日分をまとめ、子供がいないときに一挙に20分か30分集中的にやるね。 A氏:まあ、業務用のシュレッダーで幼児が指を落とす予想外の時代だ。 個人情報だってどのように予想外の悪用をされるかわからないね。 用心に越したことはないかな。 人によるけれどね。私:伊丹十三の映画で「マルサの女」というのがあって家庭ごみから破った領収証を拾い出し、脱税を追及する国税の調査があるね。 あれが悪用されるかもしれないね。 もっともテレビのCSI(科学捜査班)を見ていると、シュレッダーにかけた書類を再現するシーンがあるがね。 そんな手間をかけて見合うほど価値ある情報は当家にはないがね。
2006.08.28
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私:探偵トニーは、マフィアに追われているジョニーを14階からサービスエレベーター(従業員用エレベーター)で逃がす手配をしたのは、その2でふれたね。 トニーはジョニーがサービスエレベーターで逃げ、下でレンタカーを借りて逃走するように段取りする。 そのレンタカーを借りられるように、その旨記入した名刺をジョニーに渡す。 しかし、ジョニーがその通り逃げるかわからない。A氏:何故?私:それは、ジョニーは初対面の探偵トニーが自分を逃がしてくれるというのに半信半疑であったからだよ。 それは、次のジョニーの部屋をトニーが出る両者のやりとりの文でわかる。 例のごとく、稲葉氏訳を赤字、清水氏訳を緑色、英文を黒字で示す。「トニーはくるりと廻れ右して戸口へむかった。そして肩越しにいった。『あまりぐずぐずするなよ。色男。こっちだって気は変わるかもしれない』」 「トニーはかかとでぐるりとうしろを向いて、ドアの方に歩き始めた。彼は肩越しにいった。『あんまり時間をむだにするなよ。おれは気が変わるかもしれないからな』」 Tony turned on his heel and started for the door. He said over his shoulder: “Don’t waste a lot of time, handsome. I might change my mind.” 「男はむしろ平静な口調でいった。『現にいまだって、おれを奴らに売っているのかもしれねえしな』トニーはふりかえりもしなかった。『それくらいの賭けはやむを得ないさ』」 「男はいった。しずかな声だった。『いまだって、おれをさすかもしれないんだ』トニーは振り向かなかった。『そいつはあんたも承知なんだろ』」 The man said, almost gently: “You might be spotting me right now, for all I know.” Tony didn’t turn his head. “That’s a chance you have to take.”A氏:探偵トニーが逃がしてやることをジョニーが疑っているのは、“You might be spotting me right now, for all I know.”でわかるね。 spot は目をつける、監視する、というような意味があるからね。 for all I knowは「もしかしたら、ひょっとすると」という意味だから、確かに、トニーの好意を疑っている言葉だね。 しかし、That’s a chance you have to takeは「これはお前が生かすべきチャンスだよ」という意味ではないの? 訳の意味とちょっと違う気がする。私:いずれにせよ、探偵トニーは、ジョニーが彼の提案通りの方法で逃げるかは一抹の不 安を持って部屋を出ているね。 そして、この前に日記のようにエレベーターの準備をして、下のロビーに降りるが、ロビーのラジオ室には、ジョニーの愛人だったイブがいた。 そこで、ちょっと話している後に、急に次の文が出る。「トニーはぎこちない視線を床に落とした。小波が背筋をはしった。彼はそれが消えるのを待った。寒気はゆっくりと去っていった。そこでまた、ゆったりと椅子に沈みこみ、華奢な指を大鹿の歯のうえに組んだ。 耳をすませていた。ラジオにでなく―――もっと遠くの、不確かで、ぶきみな物音を聞こうとしているのだった。それはただ、不思議な夜のおくへ走りさっていく自動車の安全な唸りにすぎないのかもしれなかった。 『ねっからの悪人というのは居ないものでね』と、トニーが大きな声で独り言をいった。」「彼はからだを固くして、ドアを見た。 小さな波が背骨をつたわった。彼はそれが消えるのを待った。それはゆっくり消えていった。それから、彼はおちついて椅子に座り直し、きゃしゃな指でオオジカの歯を握った。 彼は耳を傾けた。 ラジオにでなく―――遠くの、何かわからぬ、恐ろしい音に。あるいは、車が安全に夜の闇に消えて行く音に。『しんから悪い人間は一人もいない』と、彼は声に出していった。」「He looked stiffly at the door and a ripple touched his spine. He waited for it to go away. It went slowly. Then he sat back, relaxed again, his neat fingers clasped on his elk’s tooth. He listened. Not to the radio---to far-off, uncertain things, menacing things. And perhaps to just the safe whir of wheels going away into a strange night.“Nobody’s all bad,” he said out loud.」A氏:最初の出だしの文の訳が両者で差があるね。 英文通りなのは清水氏訳のほうだね。 問題は、なんで、ここで探偵トニーの背骨に小さな波がはしったのだろうかね。何の波だろうか。私:そうだね。 日本語的には「ゾッとした」というような意味だろうか。 なんでゾッとして、それがおさまっていったのか。 ミステリィであるし、この文の理解のポイントだ。 まず、君はこの箇所を時間で並べるとどうなると思うね。A氏:まず、ドアの方を見て背中に小波がはしる。 次にリラックスして椅子に座る。 それから、外の音に耳をすませる。 そして「悪人はいない」と大声でいう。 でも、なんだか、この流れの意味がすっきりしないね。私:俺は、君のいう時間順序を変えた仮説で英文を読んでみたんだ。 そうすると流れがすっきりするね。A氏:どういう仮説?私:背中に小波がはしるのは、外の音を実際に聞いたからだと思う。 それから椅子にリラックスして、そして、「悪人はいない」と大声でいう順序だ。A氏:そうするとHe listened.は「耳をかたむける」ではなく、「彼は聞いた」と訳すことになるね。私:トニーは、ジョニーがトニーの勧告通り脱出するだろうかと不安だったのだが、彼は「遠くの、何かわからぬ、恐ろしい音」を聞いたので、緊張で背中の小波が最初走った。 次に、「おそらく車が安全に夜の闇に消えて行く音」を聞いて安心してそれが消えたのだろう。 この音はジョニーがトニーの勧めにしたがって脱出したことを推測させるから、トニーはリラックしたのだろう。A氏:なるほど、そのほうが「背骨の小波」の意味のスジが通るね。 だから、リラックスしてから「悪人はいない」と大声でいうことになるのか。私:だから、Nobody’s all badは「ねっからの悪人というのは居ないものでね」とか「しんから悪い人間は一人もいない」という意味よりも、意訳すると「やった!俺の思った通りになった。ジョニーは悪いやつではない」ということになるね。 だから、He listened以降の訳は「彼はラジオでなく―――遠くの、何かわからぬ、恐ろしい音。おそらくジョニーの車が安全に夜の闇に消えて行く音を聞いたのだ。」となるね。A氏:the safe whir of wheelsとthe があるからジョニーの車となるのかね。 これでトニーの背骨をはしる小波の意味もわかったような気がするね。私:He listenedの意味が深いと思うね。 本当は、この以下の文は、Then he sat backのリラックスする前にくると、日本人にはわかりやすいのではないかね。
2006.08.27
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私:はじめて村上春樹の小説を読んだよ。A氏:レイモンド・チャンドラー街道かね。 でもなんで「アフターダーク」を選んだの?私:単純さ。村上春樹ガイドみたいな情報がなかったので、図書館ですぐ借りられるのを選んだ。 2004年の作だね。 有名な「ノルウェイの森」は予約が多くて長く待たされそうだったからね。A氏:大体、君は小説というとミスティリーものが主ではないの?私:そうね。内外の古典小説は若いときに全集などでかなり読んだからね。 そのせいか、現代の小説はなんだか浅くて興味が湧かないようだ。A氏:読書の感想は?私:村上春樹は高校時代から、レイモンド・チャンドラーのファンだったとのこと。 英語でも読んでいる。 同氏は、翻訳をやるとその人の日本語の文体も影響を受けるというようなことをどこかのエッセイで書いていた。 この「アフターダーク」を読んだら、まず、その文体が日本の今までの小説とかなり違っているのを感じたね。A氏:どういう風に違うの?私:文章が基本的に短い。一行に二つの文が出る。長くても、一つの文が二行を超えない。 志賀直哉より、もっと歯切れがいい。 それに実在の固有名詞が多く出る。A氏:固有名詞?私:レストラン(ファミレス)と書かないで「デニーズ」とか「すかいらーく」とかなる。 セブンイレブンも登場する。 店のバック音楽もパーシー・フェイス楽団の「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」などと表現される。 そして、人のしぐさ、姿、服装、持ち物などをはじめ、描写が具体的で詳細だね。A氏:それは君が言うところのチャンドラースタイルではないの?私:そうなんだ。それで「あぁ、これが村上春樹スタイルなんだ」と思ったんだ。 ところがどうも違うらしいんだね。A氏:何故?私:俺は、読んでからインターネットで読者のレビューを見るんだが、この本には330余のレビューがあった。 ところが、人によって評価が全く違うんだね。 その原因の一つに文体があるんだ。 今まで、一人称が基本だったらしいね。 それがこの小説は三人称スタイルになった。A氏:しかし、文章は簡潔になったのだろう?私:だから今までは哲学的な内容が多かったのに、さらりとした内容なので物足りなくなるのかね。「内容のなさに失望した。前作『海辺のカフカ』のすばらしさはどこへ行ったのか」というレビューがあるね。 あるいは「デビュー作からのファンにとっては、たぶん全然面白くないでしょう」となる。 「買って損した」というレビューもあった。 ところが、逆に文体の変化を高く評価する読者も出る。 例えば「作品の完成度は今まで長編とは比較にならない程高い。前作『海辺のカフカ』はすばらしかったが、『アフターダーク』はさらにすばらしい」というレビューもある。 あるいは「今まで同氏の作品を読むごとに難解な表現や、象徴的な言葉が出てくるのが多く、とまどって考えさせられることもあったが、この作品は音楽を聴くように滞りなく流れていく」というようなレビューもある。A氏:基本的にどういうストーリーなの?私:要するに東京らしい都市の夜中の12時頃から、翌朝の7時頃までの二、三人の主人公らしい男女の動きを中心に淡々と書いたものだ。 ちょっと幻想的な部分があるがね。 時刻を示す時計の絵が、話の切れ目ごとに出ているのは斬新だね。 ちょっとした事件はあるが、ストーリー性はほとんどない。 明確な結末もない。 それがまた批判を浴びることになるし、他方、そのほうが深いという好評にもなっている。 読者心理としては複雑だね。A氏:ということは、この本は村上春樹作品としては特殊で、入門書としては適切でないということかね。私:それも正反対の二つに分かれるね。 「ノルウェイの森」のような本来の村上春樹作品から読むべきだという意見と、逆に、わかりやすいから入門編としてこの本をすすめるという意見もある。A氏:まぁ、最初に「アフターダーク」を選んだのは、正解ということかね。私:やはり、文章力というのは重要だね。 そのせいか、次のような趣旨のレビューもあったよ。 「村上春樹ファンだが、この作品は古くからの春樹ファンには物足りないと感じている人が多いだろうが、私にとっては、非常に現実感があり、読後何ともいえない静かな気持ちになったのは、これが初めて。今までは、頭で理解していたが、今回は実感として伝わってきた」 「いままでの村上春樹の作品のなかで、自分自身が物語の一部なんだということを一番感じさせてくれる作品だ」A氏:チャンドラーと比較してどう?私:この「アフターダーク」は長編というより中篇だね。内容的に小編に近い。 村上春樹は長編を書くのが基本的に好きだと言っているね。 小編は一気に書くらしいね。 チャンドラーの小編「待っている」に比較すると、やはり、「待っている」のほうがいいね。 「待っている」は深夜午前1時から、午前3時くらいまでの1つのホテル内の小説だから、もっと範囲がせまいがね。 「アフターダーク」には幻想的な部分が出てくる。しかし、「待っている」はそういう表現はなしで、事実を淡々と述べながら、読者に想像させるしくみがうまいと俺は思うね。 しかし、評価は読者によって当然違うと思うがね。
2006.08.27
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A氏:昨日の朝日新聞の夕刊のトップは株式会社ミツトヨの社長逮捕だね。 核兵器の開発に転用可能な三次元測定器を無許可で輸出したいたという容疑だね。私:この会社は、1934年に三豊製作所として設立されたが、この名前は3つの豊からとったといわれる。智・仁・勇の3つらしいね。 後にカタカナのミツトヨになるね。A氏:企業名がカタカナになるのがはやった頃からかね。私:今の人は、カタカナで知るから、会社名の由来がわからないだろうね。 東芝なんかも、もともと東京芝浦電気で、東京電気と芝浦製作所が合併した歴史があるが、それがピンと来ないね。 ローマ字のToshibaになるとますます分からないね。A氏:ミツトヨというと精密計測器のトップメーカーとして有名で、君のような製造業で働いた経験者にはなじみのある会社ではないの?私:よくミツトヨ製を使ったね。 ところで、創業者は沼田恵範という人で東広島市にある浄蓮寺の生まれだという。1897年生まれだという。 ところが、この人が計測器をやろうとしたのは、全然、変わった目的だったのだよ。A氏:どんな目的だね?私:金を得るためだ。A氏:何のための金?私:ホテルに仏教の聖典を無料配布するためだという目的だね。A氏:ホテルにとまると、部屋に一冊新約聖書が置いてあることが多いね。私:それにならって、仏教の聖典を無料配布しようとして、その金を得るために、とりあえず、計測器に取り組んだというわけだ。A氏:そして、計測器のほうでもトップメーカーにまで成功するね。私:この話は、三、四十年位前に聞いている。 そして、その頃、出張で泊まるホテルで聖書と一緒に仏教聖典をよくみかけたので、これがそうかと思ったよ。 まぁ、聖書もこの聖典も読むことはなかったがね。 そう言えば、あるビジネスホテルでは、モンゴル教の経典もあり、三冊あったね。A氏:ところで、ホテルにはなぜ、昔から新約聖書があるのかね。私:クリスチャンは夜、寝るときに読む習慣があるのかね。A氏:新聞によると、北朝鮮の核開発問題で、輸出規制が強化されたことと、同社の赤字経営が続いていることが原因ではないかと報じている。私:今朝の朝日新聞の3面でもこの記事があり、経営幹部の会見の写真が出ていたが、会長は沼田という名前の人だ。 2代目なのかね。 創業72年ともなると、創業者のDNAは消えるもののなかね。 人のDNAと違い、企業や国家の文化の良きDNAは継続努力が欠かせないね。
2006.08.26
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私:これは、天皇になんらかの戦争責任があるという加藤氏と、責任はないという橋爪氏の対論だ。 竹田氏は司会的な役割だね。 500頁を超える討論だ。 本は2000年の発行だから、小泉首相の靖国問題はふれていない。A氏:結論はどうなの?私:基本的な両者の対立は解消しないが、かなり歩みよっている点もあるね。 今までの戦争責任論で欠けている視点は責任の意味があいまいだといことと意思決定の権限とのバランス関係がないことだ。 この点、橋本氏のバランス関係のある説明は明快だね。A氏:単純だね。 自動車に乗っているだけで、ハンドルを操作する権限がないのに、事故を起こした責任を追及されるというのはおかしいものね。私:次に、責任のとり方だね。 具体的にどういう行動をとることをいうのかだね。 謝るのか、弁償するのか、2度と事故を起こさないようにフェアに原因を分析し、合理的な対策を立て実行するのかだ。 本来、レスポンシビリィティでいう責任は後者のほうではないのかね。A氏:責任というと日本型はすぐ、謝罪してやめろとなるね。 原因と再発防止はあいまいとなり、人を変えてもまた、再発することになるね。私:加藤氏は心情的に文学的だから謝罪型に近いね。 橋爪氏は、再発防止型だ。 俺は、製造業の経験が長いから、謝罪型を嫌うね。 それはある意味で「いさぎよい」としてかっこいいことがあるが、不良品や事故を再発する原因になるからだ。 ある工場で、不良品が出て、対策書を見たら「すみません」だったね。 こういう会社はつぶれるね。A氏:責任といってもどの行為に対して、誰が、責任があるかは、違うのではないの? 戦争責任といっても開始責任、従事責任、敗戦責任などがあるが、問題によって違うのではないの?私:もちろん、責任とは権限とセットだから、具体論にならないと意味がないね。 橋本氏は責任を権限とセットで考えている人だから、天皇個人の戦争責任を、戦中、戦後の期間にしぼって、それぞれの問題の意思決定の権限と責任関係を次の6つの問題に分けて論じているよ。1・皇室に関する行動2.張作霖爆殺事件の際の対応3.2.26事件の際の対応4.開戦時の対応5.終戦時の対応6.戦後の対応1.は「お局制」の廃止だ。 お局47人を廃止したという。 俺の日記に大正天皇からだと書いたが、これは間違いだった。 大正天皇からでなく、昭和天皇からだった。 この問題は天皇の権限で意思決定できる。 だから責任もある。 昭和天皇は皇室を近代化したかったのだね。 政治面も全体主義的独裁でなく、近代的な立憲君主制を守りたかったのだろうね。 後の2.から6.の政治的な問題についての判断はすでに、8月24日の日記で示したように、明治憲法では天皇は独裁国家にあるような決定権がない。 下で決定したことにサインするだけの権限しかない。 拒否権もない。 雲の上の人だね。 このシステムを知らない人は、戦前の天皇制は今の北朝鮮の「将軍様」のような天皇陛下は絶対な権力保持者だったと誤解しているね。 ドイツのヒットラーとも責任権限ではまったく違うね。 サインだけのシステムの枠内では、天皇はよく判断して動いたというのが、橋爪氏の評価で個人責任はゼロだね。 だから、ある意味、軍部は勝手なことができた。 自分たちのために、国民のためでなく天皇の軍隊として強化できた。 特に5の判断は、24日の日記のようにルールを侵してまでも聖断をしている。 A氏:天皇に戦争責任がないとすると、誰にあるの?私:橋爪氏のいうように、国内的には首相レベル、参謀長レベル、参謀レベルと権限に応じて分散される。 これは判断の甘さで、多くの死者を出したり、権限がないのに独走したりした責任となるだろうね。 これらのそれぞれのレベルで自殺した人、謝罪し罪を償った人、平気な人などいろいろあるね。 しかし、現在の日常生活に生かされている徹底した再発防止策というのはどこまであるのかね。A氏:それはいわゆる東京裁判で行われたのではないの?私:東京裁判は、戦勝国が戦敗国の人々を罪人としての追及で、個別の原因を追究し、戦後に生きている人に対して再発防止を立てるのが主目的ではないね。 一応、占領軍による改革と平和憲法となるが、おしつけだから、責任のとり方がすっきりしないようだね。A氏:なるほど、多くの兵隊を犬死させたある参謀が東京裁判を避けるために戦後逃亡し、出てきてから国会議員にまでなる。私:戦死者側からの責任は追及されていない。 この本はその点をもっと討論して欲しかったね。 もっとも本のテーマが天皇に限定されているから仕方がないか。A氏:軍規を無視して関東軍が独断で戦争を拡大したりした下克上の問題もそうだね。 それは今でも生きているのではないかね。 例えば、社会保険庁が組織ぐるみでウソのデータを作る。 トップは慌てる。 官僚同志はかばう。 処罰は軽い。 関東軍と似ているね。私:だから、先のバブルの崩壊が示すようにすでにマネー敗戦をしている。 今度は、別な大きな敗戦を再発する恐れがあるね。 その敗戦は財政破綻になるのか、どこで発生するのか分からないがね。 今、進行中かもしれない。 日中戦争、日米戦争と同じような間違いを繰り返してね。 橋爪氏のいうシステムとしての戦争責任はまだとられていないと思うね。A氏:侵略戦争については、どういう対論だね。私:加藤氏は、アヘン戦争などの先進国の侵略の時代はそれなりの国際ルールがあったが、日本が侵略したときは、別な国際ルールがあり、それにより日本は侵略だという。A氏:おかいしね。東京裁判中、一部の裁く側が、もう一方の手で再びアジアの植民地支配に乗り出していたのにね。私:これは余談だが、現在の憲法は国民主権だが、その憲法は天皇主権の帝国憲法の改正手順で行われ、発布されていることを知ったよ。 だから、改正の公布は「朕は」という帝国憲法の言葉で始まり、帝国議会で改正が決まったことになっている。 これも「ねじれ」現象かね。
2006.08.25
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私:8月11日の日記で「暗闘」についてふれたが、図書館で予約待ちになった。 そこで、その間に、「暗闘」にも引用されているというこの本を事前知識として読んだよ。 著者は、優秀な日本研究家であり、よく調査して書いているね。訳もよい。 原書は1954年発行。訳は1958年だね。 日米戦争は1941年(昭和16年)12月8日に始まるが、1年を経過した頃から、戦争はおかしくな ってきたことを日本の文人派の幹部は感じ出す。 そして、戦争を終わらす動きが昭和18年始め頃から非公式だが始まる。 そのうちに戦局は悪化し、昭和19年7月に東条内閣が退陣し、小磯内閣となる。 この本は、それから8月15日までの日本の最高の政治決定機関が降伏を決定するまでの経過を詳細に追いかけているね。A氏:有名な御前会議というのがあるね。私:これは天皇が出席して方針を決定する会議だね。A氏:日米開戦も御前会議で決定したのではないの?私:そうだね。 ただし、御前会議の前に閣議とか重臣会議があり、これで全員賛成の内容を御前会議で決定するんだ。 だから、決定したことを形式的に天皇が追認する会議だね。 天皇は決定事項に反対できないシステムだね。 日米開戦は、すでにその前の重臣の会議で全員一致で決定していたのだね。A氏:旧憲法は「天皇は神聖にしておかすべからず」とあるが、実は絶対的な決定者ではないのだね。私:なんだか分けのわからないシステムだね。 昨日の「対論・昭和天皇」で述べたように、この日本のイデオロギーがないことに関して丸山真男の「日本の思想」からの引用で「国体を特定の『学説』や『定義』で論理化することは、ただちにそれをイデオロギー的に限定し、相対化する意味をもつので、慎重に避けた。それは否定面においては明確峻烈な権力体として作用するが、積極面は茫洋とした厚い雲層に幾重にもつつまれ、容易にその核心をあらわさない」とあるね。 これが降伏するときに、ポツダム宣言の文面が国体の変革を意味するかで御前会議でもめる原因となっているね。A氏:アメリカもこの変わったシステムを理解していたのかね。私:アメリカでも混乱があったことをこの本は伝えているね。A氏:ソ連に終戦の仲介を頼むらしいね。私:今から考えると、おかしな話だがね。 だまされていたんだね。 その他、いろいろなルートで終戦の打診が行われるが、結局、最高幹部のほうではねられる。 終戦派と軍部を中心とする反対派の議論が延々と続く。 こうして7月26日に無条件降伏を要求するポツダム宣言の発表となる。 これを受けるかどうか、また、もめる。 まさに秒読みの段階となるね。A氏:そして、モタモタしている間に原爆投下、ソ連の参戦となるね。私:8月9日の深夜、緊急の御前会議が開かれる。 本来、最高会議や閣議でまだ意見が対立しているのに、御前会議をするというのは前例がなかったが、終戦派にとってはこのような手段を取り、天皇に決定してもらうより仕方がなかったのだね。 ここではじめて、天皇の最高決定権が登場するわけだ。 ご聖断だね。 この本ではポツダム宣言の受諾の天皇の詳細な発言が出ているね。A氏:山本七平さんがどこかで書いていたね。 陸軍がアメリカの九十九里浜上陸に備え、浜に陣地を構築して万全の体制を整えているというので、天皇は侍従を九十九里浜に行かせる。 そしたら茫々たる浜辺であり、陣地など皆無であったというね。私:天皇はそれについて、この御前会議でふれているね。 山本七平さんは、この本から引用したのかもしれない。A氏:8月9日に決定したとなれば、何故、終戦が8月15日まで延びたの?私:実は、この後、連合軍の回答でまたもめるんだね。 英語で回答がきたのでその解釈でもめる。 天皇制という国体まで破壊されるのではないかという不安だ。 国体というあいまいな「茫洋とした厚い雲層に幾重にもつつまれた」ものにやられてしまう。 国体を維持できないなら、最後まで戦うと軍部側は言い出す。 結局、2回目の異例の御前会議が8月14日の昼近くに行われる。 重臣の意見を聞いた上で、天皇は8月9日に言ったことと変わりがないと明言する。 そして、軍人や国民には直接、詔勅で説明すると言う。 そして、その深夜、終戦の勅語を録音盤に吹き込むのだね。A氏:軍部は今まで、天皇陛下の指示だとして印籠を掲げていたのが、逆に天皇の聖断で 裏をかかれたことになるね。 それにしても、このようなシステムで天皇の戦争責任はどうなるかね。私:責任をいうときに、それについて権限があるのか必ずセットで考えるべきだね。 どうも責任、責任だけだね。 どういう権限についての責任なのかが問題なんだのにね。 権限のないことに責任を持てというのは最初から無意味な議論だね。A氏:天皇の権限とセットで天皇の責任を考えるべきだね。私:この本の発行の後、ソ連が崩壊し、いろいろな機密文書が公開されるね。 日本はソ連参戦のぎりぎりまで、ソ連に終戦の仲介を依頼しているが、ソ連側の情報が明らかになったようだ。「暗闘」はその解析も含んでいるようだね。 期待したい。
2006.08.24
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私:高校野球も早実の初優勝で終わったね。 37年ぶりの再試合で盛り上がったね。A氏:高校野球の歴史に残る名勝負だったね。私:実は、この本で高校野球のことが出てくるのだよ。A氏:エッ!天皇と高校野球とは関係ないだろう。私:ところが、関係があるんだね。 夏の甲子園野球大会で「英霊」に黙祷するのは、日中戦争以降の1939年からだという。A氏:今は、毎年、8月15日の12時に黙祷するね。私:保坂氏は、この黙祷に意味がないと新聞の文化欄に書いたことがあるという。 高校球児は何も知らないし、頭をさげる理由を主催者は教えていない。 12時ピッタリにサイレンを鳴らし、頭を下げるのを十七、八の子に強要することが、日中戦争以来続いているほうが問題ではないかとしているね。A氏:エッ、朝日新聞に書いたの?私:いや、北海道新聞にだよ。A氏:それを言えば、国旗掲揚も国歌斉唱もあるのではないのかね。 考えてみると俺たちの小学校時代に、軍国主義教育とか、神道とかいうけれど、経典のようなものはなかったね。 時間に決められた通り、頭を下げるとか、万歳をいうとか、毎日、奉安殿に最敬礼するとか、形ばかりが厳しかったね。私:12時に全国民一斉黙祷などというのをこの対談では「時間支配」といっているね。 一億一心となっていく。 1938年頃から年10回くらい、時刻をきめ、ラジオを通じて国民が一斉に黙祷する。 小学生には理由はピンとこなかったがね。 先生が授業中に「天皇陛下」という単語をいうと、即座にロボットのように姿勢を正すという 動作をしたのもそうだね。 歴代天皇の丸暗記もそうだ。 俺はいまだに、10代くらいまで、天皇の名前を言えるよ。 それが神道教育の実態だよ。 思想の支配でなく、日常行動の支配だね。 この本で教育学者の広田氏の指摘として「天皇制システムは、人々にイデオロギーを内面化することを不可欠とするシステムでなく、日常の対面行為のルールの習得とそのルールにそった行動の連鎖によって支えられたシステムであった」を引用しているね。 難しい言い方だが、要するに中味は空っぽだ、ということだね。 その意味で、この本は昭和天皇をテーマにしているが、天皇制システムを具体的に扱った濃密な対論だね。A氏:天皇システムには思想がないのだね。日常行動のルールがあるだけか。私:だから、満州の傀儡政権も、思想は儒教でも形は日本の真似はできるから、一斉に万歳などやるのは真似る。 ことばの統一も必要ないね。A氏:今の北朝鮮が同様だね。 イデオロギー支配というより、個人崇拝であり、その背景に壮大なマスゲームや、一斉の万歳があり、これが将軍様との一体感を作り出す。私:この日本のイデオロギーがないことに関して丸山真男の「日本の思想」から「国体を特定の『学説』や『定義』で論理化することは、ただちにそれをイデオロギー的に限定し、相対化する意味をもつので、慎重に避けた。 それは否定面においては明確峻烈な権力体として作用するが、積極面は茫洋とした厚い雲層に幾重にもつつまれ、容易にその核心をあらわさない」と引用しているね。 先の広田氏と同じような意味だね。A氏:積極面というのは、ある思想に基づき自主的に考える場合だろうね。私:だから、軍国主義で問題になった神道というのは一体宗教なのかというのは当然、問題になるね。 これは軍国主義解体のときアメリカも困ったらしいね。 軍国主義神道の「核心は茫洋とした厚い雲層に幾重にもつつまれている」のだからね。 第一、東条英機に宗教心などなかっただろうね。 神道の専門でもない。 常に戦勝しか考えていない。A氏:ところで、俺たちは戦争中、天皇陛下が来ても頭を下げて見てはいけないと教えられたね。 不敬というわけだ。 このような天皇の神秘化が軍国時代に行われたね。私:俺たちは、敗戦後、この対論でふれているようなちょっと猫背の、発声や、言葉数がすくない天皇を見てびっくりしたね。 だから、この対論を読む前に「大正天皇」を読んだのは参考になったよ。A氏:大正天皇は比較的、気楽に民衆の前に出て、会話をしたようだね。私:その反省か、昭和天皇は明治天皇を真似するように教育されたようだ。 だから、逆に会話用語が不十分だったようだ。 皇太子時代から、元老たちから、寡黙だと言われていたようだね。 天皇が神道の頂点になると神格化され、民衆の前に出なくなる。 このあたりから、神道が絡み、基本的に天皇は頂点に存在し、下からきた決定事項にお墨付きを与えるだけの形式的な存在になる。A氏:なるほど、天皇制というのは、実は奥が深いようだね。 天皇はいまだに伊勢神宮をお参りする。 これは神道だろ?私:知的興味が湧くね。 「国家の品格」街道は、その方向に進むことになるね。
2006.08.23
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私:この日記の「国家の品格」つながりを書いていた原武史氏は、6年前に発行したこの本で天皇制についての研究でよく知られるようになったらしい。 その「国家の品格」街道の一つの本としてこの本を読んだよ。 大正天皇は明治天皇と昭和天皇の間にはさり、忘れられやすい存在で、その研究もすくない。 むしろ、昭和になって政治的に大正は意図的に抹消されたような気もするね。 この本はそれにスポットライトを当てた本だね。 読んで別の世界が開けた気がしたよ。 われわれは案外天皇制の真実を知らないね。 近代の日本史を知るために、一読を薦めたい本だね。 逆に、大正天皇を知ることにより、明治天皇と昭和天皇の性格や天皇制の変化などがよく照らし出されているともいえるね。 その意味で昭和の天皇制の理解の助けともなるね。A氏:俺たちの世代は、大正天皇は体が弱かった、特に脳の病気だったという記憶があるね。私:明治天皇と皇后との間には子供がなかった。 当時はまだ、伝統的な一夫多妻制であったから、側室のほうに子供が生まれたが、4人(第一皇子、第一皇女、第二皇子、第二皇女)生まれて早く死亡している。 1879年に、側室の柳原愛子が第三皇子として生んだのが、明治天皇の唯一人生き残った子供となるね。 当時から、血統の連続性による近代天皇制の危うさを示していたんだ。 この第三皇子が大正天皇だ。 しかし、この子も生まれたときから病弱であったとのことだよ。A氏:でも、大正は15年間あったのだから、健康なときもあったのではないの?私:1912年、明治天皇が死去し、大正となるが、この頃には、すでに健康になっている。 しかし、天皇の激務でまた、健康を害し、天皇としての仕事に支障をきたすようになる。 天皇は脳を患っているという風説がひそかに広がる。 近代天皇制の危機となる。A氏:そこで昭和天皇がまだ、皇太子時代だが1921に摂政となる。私:大正天皇は明治天皇と違い、皇后との間に子供に恵まれた。 もう側室制はなくなった 結婚してすぐの1901年に第一皇子(昭和天皇)、翌年第二皇子(秩父宮)、1905年第三皇子(高松宮)、少しはなれて1915年に第四皇子(三笠宮)が生まれる。 1926年12月24日に死去。47才。短い生涯であった。 天皇の手を最後まで握りしめていたいのは、天皇の幼少期以来久しぶりに接し、その変わり果てた姿を目にした実の母であったという。A氏:明治天皇と違った性格だというね。私:体が弱いから、詰め込み教育ができない。 だから、地方を訪問した。 天皇の場合、巡幸というが、皇太子の場合、巡啓という。 しかし、建前は勉強のためのものだ。 これが健康によかったので、九州、信越、瀬戸内海地区、山陰地方、韓国、南九州高知、山口徳島、東北地方、岐阜北陸、北海道と10年間の間に10回巡啓していることになるね。 この本は、その詳しい日程と地図を書いているが、人によると冗長だという人もいるらしいが、俺は当時の交通事情がわかり、面白かったね。 俺の郷里が出てきて、そこで泊まった旅館名も出てきたのでなつかしかったね。 そして、きわめてフランクに訪問先で会話をしているね。 その会話がそのまま、生で新聞記事になって報道される。 興味をひいたのは、行啓によって、鉄道や電気が地方にひかれるきっかけになることだね。 行啓の歓迎式の夜に一斉に電灯がともるという光景が生まれることがある。 健康には結婚も効果的で、貞明皇后の力も大きかったのではないかね。A氏:明治天皇はそういう点がなかったようだね。私:大正天皇は子供ともよく遊んだそうだ。 明治天皇は孫とはほとんどあっていないし、あっても話が無かったようで、孫には怖いという印象だったようだ。A氏:大正天皇は皇太子が摂政になるのに、抵抗したということで、陰謀説があったとか?私:摂政については、この本の著者は、宮内官僚によって強制的に「押し込め」られたという説で、これがこの本が人によって批判された点のようだね。A氏:しかし、天皇制を維持するには仕方がなかっただろうね。私:昭和とのつながりでいうと、昭和天皇は大正天皇と違い民間への露出度は低くなり、神格化が進むね。 大正天皇の反省からきているのかもね。 それと気になるのは、大正天皇の皇后であった貞明皇太后だね。 大正天皇がなくなってからは亡き天皇を毎日のように遥拝し、御影を祭った室で、半日はすごしたという。 昭和になって25年間なくなるまで、これを貫いたという。 時代が大正天皇の時代を抹殺しようとするのに対しての一種の抵抗ではないかと著者はいう。 この皇太后は、昭和の皇室の動きでも重要な位置にあったようだね。 しかし、天皇制というのがワンマンの政治体制でなく、天皇は重臣や閣議の全員一致の決定を承認するだけのものだということがよくわかるね。 大正天皇が一時、天皇になって多少個人的な決定をしたら、元老の山県有朋から注意されるね。A氏:、今の北朝鮮と似ているようで全く違うね。
2006.08.22
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私:「待っている」の2つの訳と英文をランダムで比較してみよう。短編であるだけに一語、一語の解釈が鍵をにぎるね。ミステリィだけに重要なポイントだ。 今回は、稲葉氏訳を赤字、清水氏訳を青字、英文を黒字で示す。1.探偵トニーがサービスエレベーター(従業員用エレベーター)でマフィアに追われるジョニー(14階にいる)の逃走を助ける準備をするところ「(トニーは)洗濯室まで降りると、そこで荷物用エレベーターの邪魔をしている洗濯籠をとりのけた。 ドアは静かにすっと閉まった。 彼は音がしないようにドアを最後まで支えていた。 廊下のさきの雑役婦の部屋はドアが開いていて、あかりが洩れていた。 トニーは自分のエレベーターにもどるとロビーまで降りた。」「(トニーは)タオルやシーツの部屋にある階までエレベーターで降り、外に出て、サービスエレベーターのドアを手でおさえながら、音がしないようにしずかに閉めた。 廊下の端しで、管理人の部屋の開かれたドアから灯りがもれていた。 トニーはエレベーターにもどって、ロビーまで降りた。」「He rode it down to the linen-room floor and got out to remove the basket that held the service elevator open at that floor. The door slid quietly shut. He held it so that it made no noise. Down the corridor, light came from the open door of the house-keeper’s office. Tony got back into his elevator and went on down to the lobby,」A氏:清水訳は「洗濯籠をとりのけた」の訳が無いね。 稲葉訳も正確でなく、英文では下線部分の「この階で開いたままにしておくための洗濯籠をとりのけた」ではないの? 雑役婦は仕事の便利のために、そうしておいたので、雑役婦の部屋が明るいのは仕事中を意味しているね。私:そうなんだ。この洗濯籠を取りのけないと、サービスエレベーターがこの階で止まったままになる。 14階にいるジョニーが逃げるときこのエレベーターが使えない。それが明確に訳されていない。2.イブ(ジョニーの昔の愛人)とジョニーの関係「君が彼女をまともな暮らしに戻してやるのじゃないか、と思ったからさ」「あんたはあの娘に機会を与えてやるだろうと思って」「I thought maybe you’d give her a break.」A氏:イブとジョニーは一緒になるのか、ならないのか和訳ではあいまいだ。 英語はbreakだから「手をきる」と明確だね。3.逃走中のジョニーの手持ちの金「金はあるんだ。イブから多少は送ってくれたし、おれが北部で借りあつめたのを、それを足したのが手元にある。つまり万一のときの用意ってわけだ。」「おれには見かけたやまがあった。イーブが金を送ってくれて、おれが北でもっているコネでひとやま当てたかった。」「“I’ve got a stake,” he said. “Eve sent me some dough and I built it up with a touch I made up north. Case dough, what I mean.」A氏:stakeは単数だけど、賭けという意味があるね。 その見方で訳すと「おれはちょっとした賭け金を今も持っている。イブが送ってくれた金をもとに、北部で知っているコネと作ったものだ。いわば、一時的な金だがね。」となるんじゃないの?私:清水訳は「case dough」の訳が無い。 変わった英語だね。 話の流れから稲葉訳の「万一のときの用意:当座の金」というような意味だろう。4.電話が来たとき、トニーがフロント係を電話が聞こえない場所に追いやるシーン「すまないが」「たのむよ」「Be a pal,」A氏:結局、何を言っているの?私:英語からして「(仲間だから)内緒話だから気をきかせろよ」という意味だろうね。 気をきかしたフロント係は、離れていくとともに、女か何かに関する電話と思ったのではないか。 深夜の電話だしね。5.トニーの電話の件「おれは金曜日が非番なんですよ。今の電話の主を拝借できないかな」「金曜は非番だ。あの電話番号を教えてくれないか」「I’m off Friday. How about lending me that phone number?」A氏:訳がお互いに全く違うね。 英語からすると稲葉訳は誤解されやすいね。私:4.と関係しているね。 お人払いされたフロント係は女からの電話だと思ってるじゃないかね。 そのつながりだね。 金曜は非番だということは夜はあいているという意味だからね。6.人か物か「客たちの影がくろぐろと椅子にうずくまり」「椅子にかけている人々の姿がよく見えなくなった。」「The chairs filled with shadowy loungers.」A氏:このシーンは消灯後の午前1時だよ。 なぜ、ロビーに客たちがまだいるのかね。私:問題はloungersの英語の解釈のようだ。 これを人に解釈すると「ぶらぶら歩く人」「怠け者」の意味となり、どうも客の意味になりそうもない。 もう一つ、物(家具)の意味として長椅子の意味がある。 プールサイドに見かけるような寝椅子だ。 この見方で意訳すると「椅子の長椅子部分はすべて暗くなった」となる。 これは深夜のホテルをイメージした私見だがね。A氏:英語の問題でなく、日本語を読むほうの論理構成の問題か。私:その確認のために原文を読むのだよ。 一種の好奇心だね。 しかし、納得したストーリー展開を知ることができるね。
2006.08.21
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私:古い本棚を整理していたら、この本が出てきたよ。A氏:いつ頃の本?私:1973年発行だから、33年前かね。 例のlipの話が登場する本だよ。 俺にショックを与えてくれた本だ。A氏:あぁ、「唇にひげが生えた」という話だね。私:読み返してみるとなつかしいね。 ことばはその国の深い文化を示しているという刺激的な本だね。 この後、いろいろこの関係の本が出るようになったがね。A氏:一時、帰国子女が英語がぺらぺらだということでもてはやされたが、日本文化の背 景があるので、問題を起こしたことがあったようだね。私:窓ガラスを割ったは英語でbreakだね。 では、「スイカを2つに切った」は?A氏:英語のテストか。 breakではないの?私:cutだね。 では「洋服を引っ掛けて切ってしまった」は?A氏:これもcutかな?私:ノー。tearだ。 それから「腕を折った」は?A氏:今度こそ、breakだね。私:正解。 同じ「折る」で「紙を折る」は?A氏:breakの引っ掛け問題かね?私:この「折る」はfold だ。 ところで、「水を飲む」は?A氏:drinkだね。私:OK。タバコを「のむ」は?A氏:smokeだな。私:水薬を飲むは?A氏:これはdrinkだね。私:通常はtakeだね。 命に関わるような危険な液体の容器には普通、fatal, if swallowedと表示がある。A氏:「飲む」がswallowなんだな。 対応がバラバラで英語を使い分けるのが大変だね。私:実は、日本語も英語も使い分けのルールがあり、ルールが違うのは異なった文化の背景があることをこの本は具体的に説明しているんだよ。 この本では最初、人体のことで鼻や唇が日本語と英語の感覚の違いを述べているね。 鼻はnoseだが、象の鼻は?A氏:君が前に言っていたね。trunkだろう。私:正解。 次にアゴにいくが、keep one’s chin upという言葉がある。 どういう意味か分かる?A氏:直訳すれば、「アゴを上に保つ」だから、「アゴを出す」、すなわち、弱ったことかね。私:違う。 逆に英語では「元気を出す」「へこたれない」となる。 アゴの見方に文化の差があり、それが表現にあらわれているね。A氏:ことばに文化が凝縮しているのだね。その視点から、英語を学ばないとね。 それで君は、和訳の本でピンと来ないところは英語に戻る癖があるのか。私:そうだよ。日本語を正確に使えないと英語も正確に使えないよ。
2006.08.20
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最近、たまたま、原信太郎氏の情報が入り、昔を思い出したので記す。 1996年12月2日号の「日経ビジネス」の巻頭言:有訓無訓に「組織に頼らず、自己流を貫け」という氏の次のような談話が掲載されている。 日米開戦時の公定為替レートは100円で23ドル。闇ルートで17ドル。 太平洋戦争で日本が負けると思った原氏は、東京の住宅などの資産を処分し、得た金の大部分をドルに換え、静岡県袋井市に逃げた。 ここを選んだのは東京が破壊されても中心地であり続けるだろうという予測と、海岸から距離があるので米軍が上陸しても逃げられるという2つの理由であったという。 現在は、東海道新幹線の掛川から在来線に乗り換えて、浜松に向かって行くと2駅目が袋井である。 駅の出口は、片方しかない田舎駅である。 敗戦となって、円は急落。ドルの価値は20倍以上もあがり、氏は、大きな資産を得た。 だから、氏は国家を信用しないという。 戦後は、奥さんの父親が創業者であるコクヨに入社。43年間、コクヨで専務をしたが、個人主義を徹底したため組織の中に終始摩擦を起こしたという。 一例として役員室にクーラーがなかった時代、工場にクーラーを入れた。役員から「資本家の味方なのか、労働者の味方なのか」と反発されたが、生産性はあがった。 役員会でも遠慮なく発言し、先輩役員から根回しをしろと文句を言われたが、そのときは途中退席した。 保身のための発言は嫌いであった。 また、仕事は遊ぶための必要悪というのが流儀だった。 戦後、米軍のPXから酒タバコの横流しを受けて売りさばき、その後、コクヨに入るが、その初任給が7千円なのに、すでに闇で月30万円稼いでいたという。 日経ビジネスに掲載された96年当時は、コクヨの専務を辞め、「原総合知的通信システム基金理事長」となって、海外に行くのは年功序列でなく、若手の技術的なチャンスを広げるのが目的であるという。 この日経ビジネスの記事から10年ほどたった。 インターネットで索引したら、Slownetの「いきいき大人見聞録」に4回シリーズのインタビューで登場されていた。 その中の話を引用する。 戦争が始まる前、氏は、日米が開戦したら、日本は負けると言ったら、クラスの全員から殴られた。 負けるという確信は、氏が学生時代のとき、持っていた国産車の車検整備を自分でやるため、整備工場に行ったとき、たまたま、フォードのエンジンを見て、その技術水準の高さに驚いたからである。 潤滑油の差も歴然としていた こういう技術水準の国と、戦争しても負けると思わざるを得なかったのである。 精神論では近代戦は勝てないからである。 趣味の機関車モデル作りをはじめ、その知的な多趣味はものすごい。 まさに自由人である。 そのせいか、当時、86歳なのに、視力は両眼1.5、階段も2段とびであるという。 特に健康法をしていないというが、これだけ、知的に自由奔放に人生を送ってきたら、ネガティブなストレスは皆無であろう。 現在、芦屋に住んでおられ、相変わらず、元気で趣味に多忙で海外もとびまわっているという。 ホリエモンもこのような人生を送ったらどうであろう。
2006.08.19
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私:朝日新聞の13日日曜日版では、ベストセラー6冊をとりあげ、これを6人の人がそれぞれ関連した本3冊を紹介するという変わった記事を組んだね。 ベストセラー6冊というのは、「東京タワー」「ハリーポッター」「子育てハッピーアドバイス」「国家の品格」「人は見た目が9割」「ファーブル昆虫記」だ。A氏:君の知的街道と似た発想だね。私:このなかで、俺と関係あるのは「国家の品格」と「人は見た目が9割」だ。 「ファーブル昆虫記」より俺は「シートン動物記」だからね。 「東京タワー」「ハリーポッター」「子育てハッピーアドバイス」は関心なし。 「人は見た目が9割」は作家唐沢俊一氏が担当で、これとリンクして「下流社会」から「他人を見下ろす若者たち」と「99.9%は仮説」と3冊をあげているよ。A氏:君は「人は見た目が9割」をあまり評価していなかったね。私:ふしぎだね。それにリンクした3冊の評価も低い。「下流社会」は広告を読んでおかしいと思い、「他人を見下ろす若者たち」もそういうことは昔からあったことなので関心なし、「99.9%は仮説」は航空機が仮説でとんでいるという最初の話からして論理構成がおかしいので評価していない。 だから、知的興味が湧かず、この街道はふみこまなかったね。A氏:「国家の品格」のほうの3冊のリンクは?私:原武史教授が担当している。日本政治思想史の専門だという。 原教授は「国家の品格」で述べている「もののあわれ」「武士道」に当たるものは、すでに三島由紀夫により小説に取り入れられているとして、三島由紀夫の「春の雪」「奔馬」へリンク。 そして天皇制のからみで「創られた伝統」へ。 そして明治前の伝統が宮中に今でも生きていることを述べた「宮中賢所物語」へとリンクする。 このリンクは未知の分野なので知的興味をひいたよ。 A氏:われわれの「国家の品格」街道がまだ続くね。私:この三島由紀夫の登場で面白いリンを発見したんだ。 それは、「国家の品格」から村上春樹へのリンクだ。A氏:エッ!そういうリンクもあるの?私:「村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。」(佐藤幹夫著)というPHP新書を今、読んでいるんだ。 村上氏がかって日本の小説をほとんど読まず、アメリカの小説を読んでいたと言われたものに対するものだろうね。 チャンドラーのつながりでこの本に来たのだが、たしかに、この本で引用している村上春樹の文は、それまでの日本の小説にない書き方だね。 チャンドラーのようにわかりやすい短文で、日常的な描写が詳しい。 ところで、佐藤氏は文芸評論家だが、この本で、まず、村上春樹の「ノルウェイの森」と三島由紀夫の「春の雪」、それと村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」と三島由紀夫の「奔馬」の2つのセットを分析して構成の類似点をあげている。 俺は4つとも読んでいないがね。A氏:なるほど。 チャンドラーの「長いお別れ」を村上春樹が訳しているということから、村上春樹に行き、そこで、三島由紀夫にリンクしたのか。私:そして、一方で三島由紀夫が「国家の品格」とリンクしている。A氏:三段論法で、「国家の品格」と村上春樹がつながる。 街道というより網だね。ネットワークだね。私:しかし、人は線の上しか歩けないから、知的漫歩は、多少、往復したり、迂回したりするようになるね。 中味がうまくつながるかね。 道なき冒険旅行だ。
2006.08.18
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A氏:パロマ事故についての日記で、ISO(アイ・エス・オー)9001についてふれていたけれど、その弊害はどこにあるのだろう? 流れるプールの管理会社もISO9001をとっていたとの話だが。私:一般的に言われるのは、ムダな書類、ウソの記録の増加とそれによる社員のモラル低下だね。 それが、本当の品質を見失わせることになる。A氏:なんで、そんなものをムリにわざわざ、取得するの?私:長い話になるので、簡単に言うね。 最初、EU(ヨーロッパ連合)で始まった。 EU国間の商取引で、ISO9001を取得して、かつ、製品がEUの製品規格にあったものにCEマークをつけることになった。 このマークないとEU市場で売れない。 だから、日本企業ではヨーロッパに輸出するときは、製品の品質だけでなくISO9001をとっていないと輸出できなくなった。 市場からの強制だ。 トヨタ生産方式のような世界的に実績が出てからのルールの強制ではないね。 そのうちに、日本国内の取引などに使われだした。A氏:日本のJISマークと似ているねが、製品の審査はないから、管理のやり方だけのお墨付きだね。私:問題は、このISO9001の規格の基本発想だ。 文書主義といって、まず、マニュアルがあって、次にそのマニュアル通りの行動がある。その文書統制で品質が保証される。 極端な場合、審査員が「朝礼をやっていますね。では、そのやり方の文書を見せてください。」となる。 さらに「その通り、やったという証拠の記録を見せてください。」となる。 こんなことは真面目にできないから、コスト増になるし、ウソの記録の温床となるので、大分、改善はされてきているがね。 その底に流れる、書類が品質を保証するという考えはなかなかしつこいね。A氏:死んだ書類の山となるね。 品質で世界を制覇しだした日本に対抗するヨーロッパの陰謀ではないの?私:日本に対抗する意図は、多少はあったが、ご本家のヨーロッパでも書類増加に悩んで いたんだ。 イギリスでは、むしろ、競争力は低下するというマイナスの現象すら出た。 これは、翻訳書「こんなISO9000はいらない」(近代文芸社発売)(http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4823106601.htm)にイギリスの実状が示されているよ。 むしろ、ISO9000に代わるものとして、世界的に実証されたトヨタ生産方式を推奨しているね。 ところで、審査は、年1、2回、永久にある。 審査の日が近づくと、品質の関係者がウソの記録を作るために多忙になる。 年中行事になる。 そのコストや意味のないことを嫌々やるためのモラル低下は、真の品質を見失う怖い結果となる。A氏:三菱ふそうやパロマ現象だね。 ISO9001は品質関係だが、環境のISOであるISO14001をとっている大企業が、環境の法令を守らないで、偽記録をとっていた例が時々新聞に出るね。私:もう一つのISO9001問題の大きな原因は、審査員の質の問題だ。 企業は審査員の指摘を神の声のように従う癖が抜けない。 その審査員の指摘が適切でないどころか、ムダな書類の増加を促進させる。 審査員は、アルバイトでコンサルティングもやる。A氏:審査員は資格があるのではないの?私:資格制度はあるが、比較的簡単に取得できる。 その資格と審査の高いレベルがバランスしていないね。 本来、公認会計士よりむずかいし仕事だよ。 そして、これらの審査員やコンサルタントは、大手企業のモデルで育ったか、それしか知らなかったので、中堅、中小企業のISO9001で大きな問題を起こしてきた。A氏:何故?私:大手企業はムダな書類でも吸収できる人や金はなんとかできるが、中堅、中小企業はそんな余裕はない。 ISO9001の序文には、企業の業種、規模などによってシステムが異なると書いてあるのに、審査員やコンサルタントは、企業の個性にあったシステムを開発できない。 大手型を押し付ける。A氏:そういうコンサルタントは、診察無しで処方する医者と同じだね。 処方が決まっていて、企業の体質をそれにあわせるという奇妙なことになるね。 ところで、これらの問題と日本版SOX法とはどういう関係にあるの?私:SOX法の中心となる考えは、膨大な業務の手順を書類にすることだ。 これで業務がオープンになって内部統制の証拠になり、粉飾決算はしないであろうという考えだ。 株式市場で株主も安心するという発想だ。 ISO9001の考えと似ているね。 ISO9001の最初の考えも仕事の手順を文書化し、その通りに実行すれば、品質は保証されるという発想だった。しかし、事実はそうでなかった。 SOX法が同じ轍を踏まないことを望みたいね。A氏:アメリカのSOX法に対応したリコーの例では書類つくりは業務の帳票の流れを書いたフローチャート作成が中心で、大きなフローチャートが約7千枚、費用は8億円かかったということが、この日記にあったね。私:それで、本当に膨大な書類で粉飾決算が防止できるのかね。 その考えに疑問を持つのでなく、ムダな文書を効率よく電子化しようとして、今、IT業界がこの市場開拓に乗り出しているね。 マニュアル主義、書類主義はますますIT化とともに進み、新しい社会問題が生まれつつあるね。A氏:ムダなものはなくすることが最上の方法だが、ムダをそのままにして、それをIT化するという考えは、経営戦略的に見たらムダ保存の先延ばしに過ぎないように思うね。 それよりも社員のモラル向上のほうが重要に思えるがね。
2006.08.17
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A氏:日本人として、戦争に負けた責任、特にムダな戦死者を多く出した軍部の責任というのはあるね。 だからといって、東京裁判のA級戦犯イコール日本の戦争責任者にするのは無理があるようだね。私:「中央公論」の9月号「『あの戦争』とリーダーの責任」特集の「戦争拡大へと駆り立てた陸軍の“下克上”連鎖」を読むと、日中戦争は大佐あたりの独断専行色が強い。 政府のいうことを聞かない。 いわゆる下克上ドライブだ。A氏:だから、形式的には責任ある立場の人よりずっと下の地位の者やグループが実際に事態を動かしているので、欧米型の発想で正当な責任を追及しにくいね。私:ドイツのヒットラーや北朝鮮の金日成のように、権限と責任が一体化していると失敗したときの責任は明確だがね。A氏:何故、佐官級、尉官級が下克上したのだろうね。私:その背景に、第一次大戦の後の世界的な軍縮で、軍人が失業するおそれがあったこともあろうね。それに軍人だけでなく、世界恐慌による国民の不安もあった。A氏:それが軍人も民間人も「満州に」「大陸に」「南方に」と向く。 一方、軍国主義も治安維持法で徹底的に反対者をたたく。 北朝鮮のような軍事独裁だ。私:新聞も戦争をあおらないといけない。A氏:14日の朝日新聞の社説に戦時中の新聞も戦争責任があるといっていたね。私:ではそのときの編集長は誰かとなると、その編集長がご存命なら「おかしいと思っていたけれど、時代の流れや空気でしかたがなかった」というだろうね。 それを社説は言っていない。「銀座の怪人」が指摘している当事者意識欠如だね。A氏:責任は時代の流れや空気かね。私:それは今も続いているね。「赤信号みんなでわたればこわくない」A氏:今もそうだ。 社会保険庁のごまかし報告も全部そうだね。 こないだ問題になった地方自治体の裏金もそうだね。 みんなやっている。 それを疑問視すると逆に「かたいことをいう」と仲間はずれされる。 談合もそうだね。私:日本のシステムでは、本当に責任と権限が明確なマネジメントはあるのかね。 権限だけで責任はないのかも。 日産のゴーン社長は「日本にないのはマネジメントだけだ」と言ったがね。A氏:以前、日本製品がアメリカを追い越したときに、アメリカ人は日本に学ぼうとしたが、日本に調査に来て偉い人にポイントになる点を聞くと「担当者に聞いてくれ」と言われることが多いので驚いたという。 タントウシャという日本語が一時、アメリカビジネス界ではやったそうだ。私:そのころ、視察でアメリカに行ったが、同時通訳の日本人が、ある高いビルを指し、「汚職やスキャンダルであの上から飛び降りた大統領が4人いる。日本では皆無だ。自殺するのは課長か、秘書だ」と言っていたのを思い出したよ。A氏:日本の伝統かね。私:大仏次郎の「天皇の世紀」に、井伊大老の下で外国御用掛の老中だった間部下総守の話がある。 間部はイギリス公使と対談中、金銀貨幣の品位量目について質問されて、何と答えてよいかわからず、「拙者は日本にて大名と申すものなり。かかる金銭のことは、御勘定奉行、外国奉行に聞いてほしい」と、堂々と自分の無能を告白して平然としていられた。 英国公使オールコックは思わず嘆息して、「日本は羨ましいお国柄である。それで責任がすむとは結構なことだ」と皮肉った。A氏:担当任せだね。私:もちろん、下の実務をやっている者たちはその問題点をよくしっているから、外国局で同僚が議論して言い詰まると「拙者は大名でござる。左様なことは存じませぬ」と冗談に言って笑ったという。 オールコックは指摘している。 幕府の高官が交渉の内容に自分の意見を持たず、向き合っているが、返事をするときになると、老中の後の方に一列に座っている部下の中から誰か一、二人が、いざり寄ってこう返事するようにと耳もとで低い声でささやく。A氏:国会の答弁風景でよく見るね。 責任権限が明確な欧米型の発想としては理解できなかったのだろうね。私:無責任は今もごろごろしているね。 現在の無責任を追及することが、敗戦責任を追及することになりそうだね。 まずは、社会保険庁など公金が関係する官庁のスキャンダルからはじめるべきかもね。 それができるくらいの根性がなかったら、戦争責任追求はスローガンで終わりだね。
2006.08.16
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生まれて育って住んでいた家は山の中の地方都市だから、空襲はなかった。 8月15日は学校の夏休みの真ん中だから、山奥の母の実家に泊まりに行っていた。 当日は、叔父と谷川に投網に行っていたと思う。 途中、昼食で谷川から近くの部落にあがったら、敗戦の放送があったことを聞いた。 私は戦争を直接知らないが、兄貴は夏休みでも勤労動員で工場で働いていて、8月13日頃、艦載機の襲撃を受けて逃げ惑ったという。 母も同じ日に艦載機の襲撃で命からがら私が泊まっている実家にもどってきた。 その夜、母と同じ部屋で寝たら母は「これで日本はもう終わりだね」と言った。 小学生の私は軍国教育の成果で「そんなことはない。神風が吹く」と反論したことをいまだに覚えている。 父は商売をしていたが、数ヶ月前に店をたたみ、徴用工として単身赴任で軍需工場に行っていた。 だから、8月15日は市街地の自宅は兄貴だけだったはずだ。 驚いたのはすぐに家族が全員そろったとき、父が「これからはアメリカとソ連の戦いになるな」とポツリと言ったことだ。 当時の私には理解できなかった。 青春を大正時代に送った大人の感覚だろう。 今日の朝日新聞の朝刊は終戦記念日とあった。 それにしても、降伏した日を敗戦日と言わず、終戦日というのは「やせ我慢」からか。 勝利を記念するということは多いが、敗戦の記念とは戦死者の慰霊という意味か。 アメリカでも第2次大戦は勝利であったが、ベトナム戦争は敗戦したので記念日となっているのだろうか。 8月15日より2週間降伏が早かったら、原爆もソ連参戦もなく、もう、2週間遅れていたら、さらなる原爆投下と北海道のソ連占領があったかもしれない。 トップの意思決定というのはこわいものである。責任が思い。 61回目の敗戦記念日で小泉首相の靖国参拝は、61年間あいまいにした敗戦責任を原点にもどした。
2006.08.15
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私:先日の日記の出石尚三氏の新潮新書「男はなぜネクタイを結ぶのか」は19章に分かれていて、チャンドラーのことは10章目にあるんだ。 そして出石氏のチャンドラーからの引用は「大いなる眠り」からが主で、次の3つとなる。第1の引用―――ラベルはラペル、フラーはフラール?誤訳、誤植?「濃い灰色のダブルの服は肩が広すぎ、ラベルが大きすぎた。その上に着ていたアイリッシュ・ツウィードの外套はところどころがすりきれていた。はみ出したフラー布のネクタイは雨の汚点がついていた。」A氏:ここで、君はラベルの意味がピンと来ないので英語に戻り、本題のネクタイと関係がないがlapelとlabelの間違いの発見になってしまったね。私:出石氏もこの訳文の「フラー布のネクタイ」の英語の原文をわざわざ見て、「foulard tie:フーラード地のネクタイ」であるとしている。 「フラー」ではないね。 英和辞典を引くとfoulardの訳は、「フラール」とある。 出石氏はこの生地は、もとはフランスでフラールといったのが、イギリスに渡りフーラードになったとわざわざ解説している。 さすが、専門家だね。俺はこの問題は気がつかなかった。A氏:ということは、「フラー布」は存在しないの?誤訳か、誤植?私:そうなるね。「ル」がない。 この布地は夏向きなのに、長編「大なる眠り」の時期は冬。 だから、チャンドラーは、季節はずれのネクタイをしていることを表現したかったのだと出石氏は指摘する。 そして「このように読み込んでいくと、マーロウのハードボイルド物もなかなか奥が深い」とコメントしている。 だから、訳も気を使う必要があるね。第2の引用―――layoutsとは「仕切り」か「配置」か?「(ルーレットの賭け台の仕切りみたいに、)灰色のネクタイに刺された二個のダイヤモンド以外は、すべてこれ灰色だった。ワイシャッツも灰色、やわらかな仕立てのいいフランネルのダブルの服も灰色だった。」私:カッコ内の文は続いているのに何故か、出石氏は引用でカットしている。 出石氏の説明によると、色をそろえるのは、高くつくので、チャンドラーはギャングの顔役の服装によく用いているという。A氏:「ネクタイに刺された二個のダイヤモンド」というのは、どういう意味なの?私:出石氏の説明では、ネクタイピンだね。念のためにネクタイのところを英文で示そう。two scarlet diamonds in his gray satin tie that looked like the diamonds on roulette layouts.A氏:satin の訳がないね。それに「刺す」に該当する英語は、inかね。ルーレットはどういう関係にあるの?私:出石氏は意図的かどうか分からないが、「ルーレットの賭け台の仕切りみたいに」の部分をカットして引用しているね。 面白そうなネクタイだろうにね。 何故だろうか? satinは繻子だからシルクだね。 出石氏は、この灰色のネクタイはおそろいなので生地はシルクだと説明している。 satinの訳がないのにね。 あるいはまた英文を読んでの解説かもしれない。 分からないのは、「ルーレットの賭け台の仕切りみたいに」だ。 ネクタイピンのダイヤモンドとルーレットの賭け台の仕切りとはどういう関係にあるのだろうね?A氏:on roulette layoutsという意味がピンと来ないからだね。私:出石氏も訳の意味がよく分からないので、カットしたのではないかね。 そこで「絵の辞書」というのがあったから、roulette場の絵を見た。 そしたら、ネクタイのような長方形をした「ルーレット・テーブル」というのがあって、ここに2つのダイヤモンドの形をしたものが左右対でならんでいたよ。A氏:ということは、君は、layoutsは「賭け台の仕切り」という意味でなく、ダイヤの「配置」という意味で考えるほうがいいというわけだ。私: layoutsにはあまり仕切りという意味はないと思うね。 だから、「ルーレット・テーブルの配置のように2つのダイヤが対に刺されているネクタイ」とも考えられるね。 それにこの描写は、ルーレット賭博もあるクラブ経営者エディ・マースの服装についてだ。 チャンドラーは賭博にひっかけている。意味が深いね。A氏:正解はやはり、チャンドラーにありか。第3の引用―――パウダー・ブルー、ポケットチーフ?「私は、パウダー・ブルーの服に、濃紺のワイシャツ、ネクタイ、飾りハンカチ、黒いゴルフ靴、濃紺の刺繍いりの黒いウールの靴下をつけていた。ひげもそり、小ざっぱりして、くそまじめの顔つきだった。」私:「大いなる眠り」では冒頭に探偵マーロウ自身の服装描写が登場する。 当然ネクタイも登場するので、出石氏はこの訳を引用している。 出石氏は、濃紺のネクタイは、信頼にたる私立探偵の表情を保つために必要だとコメントしているね。 参考までに、英文を示す。I was wearing my powder blue suit, with dark blue shirt, tie and display handkerchief, black brogues, black wool socks with dark blue clocks on them. I was neat, clean, shaved and sober. ここで出石氏は、パウダー・ブルーは誤解されやすく、コバルト・ブルーのことだという。パウダー・ブルーは日本語化していないから、訳は、淡青色かコバルト・ブルーなら分かるね。 それから、display handkerchiefは、胸のポケットに飾りで挿すハンケチだろうが、「飾りハンカチ」より、和製英語だが「ポケットチーフ」が一般的だろうね。 俺は、服のことは女房まかせだが「例の礼服のポケットに挿すハンカチはなんというんだ?」と聞いたら「ポケットチーフ」と即答したね。
2006.08.14
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私:著者は32才のジャーナリスト。この本は、「日経ビジネス」の新刊紹介で知的興味をもって、すぐ図書館に予約して入手した。 要するに、1970年年代から20年以上にわたる贋作絵画に踊らされた日本人の姿を描いている。 その中心人物がユダヤ系イラン人のイライ・サカイで銀座の画商をだまして歩く。 本の題名の「銀座の怪人」はそこからきているね。A氏:最近、洋画家の和田義彦氏がイタリアン人画家アルベルト・スギ氏の絵を真似たにもかかわらず、専門家が推薦して賞をもらったということがあり、結果として取り消しになった問題があったね。 絵の真偽は難しいね。私:問題は絵が売り買いされ貨幣になると、裏金になりやすいことだね。 このイライ・サカイは2004年にFBIに逮捕されるが、きっかけは例の9.11テロだ。 贋作による裏金がテロリストに流れているのではないかという疑いが発端だ。 彼は贋作で、貧乏な移民から大金持ちになる。 しかし、テロに金が流れている恐れはないとわかるが、贋作による詐欺が問題になる。 結局、逮捕され、現在、アメリカの刑務所に収監されている。A氏:アメリカの事件なのに、なんで「銀座の怪人」なんだい?私:それは、この「FBI史上最大の贋作事件」での被害は日本が圧倒的に多いのだよ。 それなのに、日本の画商からはほとんど被害届がない。 FBIが日本に来て調査するのだが、口が堅い。FBIが呆れる。A氏:専門家だから、いまさら、だまされたと言うのは「恥」になるからではないのかね。 しかし、結局、画商も贋作を売ったのだろう? イライ・サカイは「舶来崇拝」「形ばかりの権威への弱さ」の日本人の欠陥をうまく突いたね。 そして、芸術とは無関係に企業や政治家の巨額な裏金として流通するわけだ。私:著者は、そこに日本人の特徴を指摘しているね。 騙したことも、騙されたことも口が堅い。 著者は、そこに日本の戦争責任の責任のあいまいさをダブらしている。A氏:被害者(自衛)なのか、加害者(侵略)なのか、はっきりしないということか。私:この本で東京裁判で三国同盟について、東条内閣の外務大臣の東郷茂徳証人・木戸内務大臣とキーナン検事とのやりとりが引用されている。 キーナン検事が「三国同盟は反対であったのかどうか」という質問に対して、二人とも個人的に反対だったが、流れでしかたなかったというような返事だね。A氏:個人としての当事者意識がないというわけか。私:「私個人は贋作ではないかと思っていたが、一応、鑑定書がついていたし、バブルの時期で客がなんでもいいから持ってきてくれという流れでしかたがなかった」というわけだ。 それにしても、岡田社長の退陣までになった1982年の三越の古代ペルシャ展の贋作品の展示事件にもこの「銀座の怪人」がからんでいたとは驚きだね。 これは松本清張が指摘しているね。A氏:たしか、その前に東京上野の国立西洋美術館で3つの西洋画が贋作でないかという問題があったね。私:それもこの本でふれている。 1966年に国会で追求され、文化庁は3年かけて調査して「真作とするには疑わしい点が多いといわざるを得ない」という歯切れの悪い返事をする。時間をかけて、それであいまいにする手だね。 ところが、それで終わらなかった。 16年後の1985年にカナダ人画家ルサールが贋作者として名乗り出て、「いわざるを得ない」どころか、明確に贋作であることが明らかになる。 著者は、その贋作者に会ってインタビューもするが、彼は5千枚をこえる贋作をしたという。A氏:「銀座の怪人」のイライ氏にはインタビューしているの?私:刑務所に入る前に成功しているね。写真もある。奥さんは新潟生まれの日本人だね。A氏:「日経ビジネス」では何故、新刊紹介したのかね。ビジネスに関係があるの?私:それは減損会計制度の導入で、企業が持っている動産類である美術品も時価評価する必要となる。 企業にはバブル時代に税金対策などで高い値段で購入した美術品などがある。 これが贋作だと億単位の価値がゼロになる。 一挙に損失となる。 「もう一つの不良債権」の発生だね。 せっかく、日本経済が不良債権から脱却したというのにね。A氏:企業だけでないね。自治体だって美術館に税金を使っているからね。私:著者は、国立西洋美術館に行き、例の贋作を見たいといったら、「ホコリになるし、保管上の問題があるのでダメだ」と言われる。もう、明確な贋作と分かって30年になるのに。A氏:贋作を、まだ、保管費をかけて維持するのかね。私:著者は、別な件で、横浜美術館で美術品の来歴を知るため購入原簿の閲覧を要請したが、9000点にのぼる個人購入分はすべて空欄だったという。 牛肉でいうとこの肉はどこから農家からのものかが分かるトレーサビリティがあるね。 この「来歴」が美術品のトレーサビリティになるが、しっかりしていない。A氏:横浜市は中田市長になって、市民は顧客であるということで、役所に行くと「お客様」と言っているのにね。 税金の無駄使いは美術品にもあるかもね。 やれやれ底なしだね。 そして責任を逃れる。 誰にも責任がない。 戦争責任と同様にね。私:著者が最終的にこの事件で提起しているのはその点かもしれないね。
2006.08.13
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私:この前の日記で蒙古斑のことを書いたんで、その知的なつながりで、図書館でこの本を借りたんだ。 新刊で、本文400頁あまりの分厚い本だ。 著者はイギリスの歴史家及び旅行作家で、モンゴル関係に詳しいという。A氏:小泉首相が一昨日、中国を素通りして、モンゴルに行ったね。 モンゴルの豊富な天然資源が目当てだと新聞は報道していた。私:それに今年は、チンギス・ハンの即位(モンゴル建国)八百周年だというからいろいろな行事があるだろうね。A氏:君はモンゴルに行ったことがあるんだね。私:中国の石窟の観光ツアーのとき、内蒙古がセットになっていたんだ。 記録を見ると1992年だね。 ゲル(パオ)に一泊した。 深夜、トイレに起きたら、満天、星空でアッと驚嘆した。 ぐるりと四方を囲む地平線まで数多くの星がまたたいている。 星の数が日本で見る数の何倍も多い。 野原に大の字に寝て、30分くらい天を仰いで星空を満喫したよ。 翌日、皆、競馬かなんか見ている間に、俺は一人、遠方に見えた丘に何か石を積んだ小さな塔みたいなもの(オボ)があったので、歩いた。 秋の草原はバッタが多かったね。 その丘の上で遠望したがゆるやかに果てしなく起伏する壮大な草原の連続だったね。A氏:われわれの小さい頃は、チンギス・ハンでなく、ジンギス・カンだと言っていたと思ったが、今は違うのだね。 これは地位を表す言葉で名前はテムジンと言ったね。私:テムジンは変わらないが、蒙古語は発音がいろいろあるらしいね。A氏:チンギス・ハンの墓は未だに不明だそうだね。日本でも調査隊が行ったというが。私:遊牧民族は固定した建築物を立てない。 移動する民族だ。 だから、墓もない。 それとチンギス・カンは、大きな戦いの最中に戦線で死亡したので、死んだことを隠す必要があった。 武田信玄の最後に似ているね。 似ていないのは、孫のフビライのとき、領土を中国全土からヨーロッパまで拡大し、世界史上最大の元の国を作ったことだ。A氏:しかし、モンゴルの一部族の長に過ぎなかったテムジンがチンギス・カンとなり、50年余にわたり、活動して、その征服範囲をイスラムから東ヨーロッパまで拡大していったということはすごいことだね。 その指導力は偉大だね。私:著者は、そのもとになっているのは、チンギス・カンが変化する周囲の状況、増大する自己の力に合わせ、自己を成長させたことだと言っている。 企業の拡大と似ているね。 事実、彼は組織が拡大すると、モンゴル族が不得手な官僚制を導入するね。 文字文化の導入もそうだ。 著者は、彼のリーダーシップは次の10の原則を備えているとして歴史上の人物では最高点をあげている。1.忠誠心に報いよ2.禁欲的であれ3.自制心を養え4.できるかぎり人材を見つけて、活用せよ5.敵はためらうことなく殺せ6.残虐行為は慎め7.あらたな政治手段を積極的に取りいれよ8.神の後ろ盾があることを知れ9.神の後ろ盾があることを配下や後継者にも信じさせよ10.信仰の自由を尊重せよ チンギス・カンの征服した地域には、仏教、イスラム教、キリスト教、道教などがあったわけだから、ある一つの信仰を押付けるわけにはいかないね。A氏:しかし、ヨーロッパまで征服するには、リーダーシップに伴う軍事力があったのだろうね。私:著者は、狩猟時代から放牧時代があり、次に農耕時代があるというステップは間違いで、狩猟時代から農耕時代があり、その後、放牧か固定的な農耕かに分かれるという。 モンゴルでは、農耕時代に馬を徹底的に改良して、放牧に移るとともに、機動的な戦力の中心にすえた。 そして、戦線の拡大につれ、いろいろな地域の兵器をうまく取り入れ、当時としてはどこにも負けない強大な兵器を持った軍隊で活動するようになった。 この軍事力は火薬が登場してから、衰退するがね。A氏:モンゴルは、今は、小さな国になったね。私:やはり、移動する国家から、定着した国家になったとき、弱点が出たのだろうね。 この本が読みやすいのは、著者が実際にモンゴルの原野を走り、現在の姿を述べながら並行して過去の歴史を語っていることだ。 だから、ソ連と共産主義の中国の間にはさまれたモンゴルの現代史と信仰の的としての現在のチンギス・カンの位置も詳細にふれている。 そして、チンギス・カンは今でもモンゴル人の神的な存在であるようだ。 A氏:一時、ソ連時代には、チンギス・カンの恨みで大分、意地悪されたようだね。私:それは日本が第2次大戦でポツダム宣言を受諾したとき、社会主義者であるスターリンがこれで日露戦争の仇を取ったといったのと似ているね。 民族というのは復讐心がどうしても消せないのだね。 ちょっと、本題から外れるが、中国の文革のとき、スズメの撲滅運動があり、木をたくさん切った。 しかし、スズメは減らず、荒野だけ残った。あわてて、成長の早い樅の木をたくさん植えたとこの本では書いているね。 日本の杉と似ているね。閑話休題。
2006.08.12
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私:昨日発売の「文藝春秋」と「中央公論」9月号で敗戦特集をしているのでざっと読んだよ。 興味があったのは、昭和天皇メモよりも、昨日の日記のように日本陸軍の負け方だ。 その点、「文藝春秋」は「昭和の戦争 7つの真実」という保坂正康連続対談が特集され、「中央公論」は「『あの戦争』とリーダーの責任」の特集があった。A氏:俺も読んだが、この戦争はどうやら負けそうだからそれに対応しようと指導層レベルで考えたのは近衛文麿らしい。 しかし、彼が20年2月に天皇に上奏したが相手にされなかった。私:それから、8月に至る指導層の迷いは、長谷川毅氏の「暗闘」に詳しい。俺も後で読むことにしたよ。 俺が、むしろ、知的に知りたいと思ったのは、8月15日に負けた以後にとった軍人、特に上層部の態度だね。いわゆる「負け方の品格」だ。A氏:これはずばり文藝春秋の保坂氏が作家の角田房子氏と「帝国陸軍軍人の品格を問う」があるね。私:この中では、敗戦とともに、腹を切った阿南陸軍大臣の話も出る。 この自殺で降伏反対の一部の国内勢力の台頭が抑えられたらしい。A氏:作家の角田氏が興味がそそられたのは、戦後の今村大将の生き方だという。私:敗戦時、捕虜になって巣鴨プリズンに収容されるが、部下たちが劣悪な待遇におかれているのを知って部下のいるマヌス島の収容所に志願して戻る。A氏:マッカーサーガそれを知って「日本には、まだ、真の武士道が生きている」と声明を出しているという。私:刑期を終えても自宅の庭に三畳一間の小屋を作らせて、昭和43年に亡くなるまでそこに蟄居されたという。 そして、部下の慰霊に回り、生きて残った部下の相談に乗る。A氏:同じ対談特集で、「一兵士が見た日中戦争の現場」というところで作家の伊藤圭一氏との対談があるが、上司の悪い中隊長の話が出る。 戦後、氏が同年兵と話していたら、その中隊長は元気で故郷で農家をして暮らしているという。 伊藤氏が「あいつに会わせろ。会って対決してやる。」と言ったそうだね。「もう戦争は終わったんだから」と説得されて諦めたという。 無責任な中隊長だね。部下の慰霊に回ったのかね。これが戦後の無責任につながるのだろう。私:陸軍の幹部は多くは、戦争中、女を連れて移動していた話が多いね。 有名な映画俳優で「鞍馬天狗」で有名な嵐寛十郎が、慰問で中国戦線を回ったが、軍の幹部が女を連れており、昼からセックスをしていたと戦後、言っているね。 品格ゼロだね。 そういう幹部に負けたときの品格を問題にするのはムリかね。 伊藤氏は、敗戦のとき、連隊長が「申し訳ない、戦争に負けたのは俺にも責任がある」と言ってくれたら少しは納得したとあるね。 しかし、それはなかった。A氏:第一線の責任者は、中隊長だが、個人差があったらしいね。私:伊藤氏は、中国での兵士としての生活が長かったけれど、「靖国で会おう」みたいなことは兵士の間では口に出していったことはなかったそうだね。 しかし、戦友の会では、靖国をお参りする。 やはり、戦後、適切な慰霊施設がこれしかなかったのだろうね。A氏:東条大将は9月10日にアメリカ兵に逮捕されるが、8月15日から約一ヶ月間、何を考え、行動していたのだろかね。 毎日、靖国神社に行っていたのかね。私:ウィキペディアに作家山田風太郎のこれに関する痛烈な批判文が載っている。「『生きて虜囚の辱しめを受けることなかれ』と戦陣訓を出したのは誰であったか。今、彼らはただ黙して死ねばいいのだ。」 「なぜ東条大将は、阿南陸相のごとくいさぎよくあの夜に死ななかったのか。なぜ東条大将は阿南陸相のごとく日本刀を用いなかったのか。逮捕状が出ることは明々白々なのに、今までみれんげに生きていて、外国人のようにピストルを使って、そして死に損っている。日本人は苦い笑いを浮かべずにはいられない」 「国家の品格」はここで崩壊したね。せめて「やせ我慢」をして、今村大将のように、マッカーサーから「武士道精神は健在だ」と言わせてほしかった。A氏:それにしても、文藝春秋では毎号、トップのエッセイ集で作家の阿川弘之氏のエッセイがあるが、今月は「母の名をつけた原爆機」というものだ。 ここで「暗闘」の本の中で、トルーマン大統領が広島原爆の成功のニュースを知ったとき「最初の反応はほとばしるような歓喜であった」とあるという。 阿川氏は広島生まれの広島育ちだ。多くの知人を原子爆弾でなくしている。私:そのアメリカが東京裁判で虐殺の罪を裁いた。A氏:文藝春秋の保坂氏の牛村氏との「東京裁判とは何か」という対談の最後で、東京裁判中に連合国が再びアジアの植民地支配に乗り出していたことを指摘しているね。私:だから、日本は、武士道で、東京裁判でその矛盾を見返すべきだったが、日本はそれを指摘し、その矛盾を主張したことはなかった。残念だね。
2006.08.11
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A氏:また、8月15日が近づいて靖国問題が騒がれているね。それでこの本を読んだの?でも新刊ではないね。私:そう、昨年発刊されたものだ。読んだ動機は、私の日記に三土氏よりコメントを戴いたからだ。 楽天ブログからでなかったので、ご返事のしようがなかったので、インターネットで調べたら、この本を昨年、出版されていることを知った。 そこで、図書館で借りて読んでみることになったという次第だ。A氏:氏は、靖国派なの、それとも反靖国派なの?私:氏の姿勢は、まず、そういう単純に2つに分ける論理を不毛のものとしているね。 そして、原点にもどって歴史的な事実を把握する姿勢を貫いている。 バランスがとれた事実紹介だ。 靖国問題を正しく考える基礎知識を提供してくれる。 ただ、昨年の発刊なので、今、問題になっているA級戦犯問題が詳しくないのが残念だ。A氏:アメリカは日本の軍国主義の背後に天皇を頂点とする国家神道があることを問題にしていたから、当然、敗戦とともに、国家神道の破壊か政教分離を目指すね。 特に靖国神社は焦点になる。 アメリカの大義名分は民主主義からくる信教の自由だ。私:この本を読んで、俺たちの小学生時代を思い出したよ。 三土氏は、戦後生まれだが、俺たちは、小学生時代に毎日、登校時は校門にある天皇陛下の写真を祭った奉安殿に最敬礼し、下校時も最敬礼した。 授業でも神社の格や種類を教えられた。先生が授業中に「天皇」という単語を言うと、きちんと一斉に姿勢を正した。 今の北朝鮮のようだね。 歴史の教科書は天照大神や神武天皇などの神話から始まる。 この軍国主義は、日本の伝統文化である「おもいやり」などとは関係がなく、司馬遼太郎がいうように、日本の歴史上、異常な狂気の時期であったといえる。 実は、俺には親族で戦死者がいないので、直接、靖国問題は関係ないと思っていたが、この小学生のときの体験と靖国神社はつながっているんだとこの本で再認識したね。A氏:だから、敗戦で奉安殿はすぐに撤去され、歴史教科書を墨で塗った。過去との強烈な決別だ。私:しかし、神道の宗教法人として靖国神社は残った。 何故、アメリカは妥協したのか。今、A級戦犯の合祀で中国、韓国と問題になっているが、この本で詳細に書かれている敗戦後に靖国神社を廃止するかどうかのアメリカと日本側とのやりとりのほうが本質的なものだね。 アメリカの大義名分は政教分離だ。 ところが、政治的な判断で神道が一宗教法人となれば、生き残れるということになり、靖国神社はその道を選択した。 これは押し付けられたというより、うまく消滅を免れたというべきかもしれない。 そして生き残った。A氏:しかし、国のために戦死した人の慰霊は公的に必要だ。 その代替施設を考えなかった。 靖国神社から神道色をなくし、公的な慰霊の設備に変えればよいが、そのためには政教分離を選んだ靖国神社は神道色を捨てないといけないわけだ。 それをあいまいにして、戦後、60年を先延ばしに来たわけだ。私:その敗戦処理のまずさが、尾を引いているね。 「ねじれ」がある。 顕彰と慰霊がごっちゃになった。 靖国派は慰霊を叫ぶ。しかし、それは政教分離とぶつかる。 反靖国派は政教分離を叫ぶ。しかし、慰霊の問題を解決していない。 そして、これに今度はA級戦犯の問題がからんできた。A氏:それは自衛隊の問題と似ているね。 アメリカは日本の新憲法で戦争放棄をかかげた。 気持ちは完全な軍隊の放棄だ。 ところが、すぐに朝鮮戦争が起きる。日本に警察予備隊を作る。実態は軍隊の復活に過ぎない。 アメリカの国際政治の変化を反映した政治的妥協だ。これに憲法がふりまわされる。私:本来、その情勢変化を反映して憲法を変えないといけない。 しかし、それは独立国日本にまかせられた。アメリカの権限外だ。日本がとったやり方は、自衛隊は軍隊でないと言い、新憲法では自衛権は放棄していないという解釈論で逃げる道を選んだ。 しかし、明文化していないから、未だに、社民党は自衛隊は違憲だと言う。 憲法改正論のたびに、自衛のための軍事装備の明文化が話題にのぼる。 60年余も不毛の議論に悩まされることになる。A氏:軍隊になると、テレビタックルの浜幸氏のように「国のために血を流すのか」となる。私:国のために血を流した人は、国として顕彰したい。 そうなるとまた靖国問題につながる。 これは日本だけでなく、欧米でも頭の痛いところだろう。 三土氏は結論として1869年から80年近くをかけて育成され、その絶頂期へと登りつめた靖国神社であれば、ほとぼりが冷めるのにも80年ぐらいの歳月が必要であろうといっている。A氏:後、20年あるな。また、毎年、騒ぎがおさまらないのかね。私:敗戦処理があいまいだったための大きなお荷物だね。 大きな精神的な借金だね。 今、朝日新聞の夕刊の一面の「ニッポン人脈記」は「戦争の裁き」という連載を一昨日からはじめたが、昨日は中国現地司令官が部下を残して、金品を持って日本に逃げる実話が実名でのっていたね。 それが軍国主義の正体であって、日本の伝統の武士道の「いさぎよし」は消滅したようだね。 フィリッピンの小野田さんのような人は上部にはすくなかったようだ。 日本は負け方も下手だったんだ。サムライ精神は消滅していたからね。 戦陣訓で「捕虜になるより死を選べ」と命じた偉い人が捕虜になったから仕方がないかもね。 一番下の兵士が真面目に死を選んだ。餓死は一種の自殺だ。 戦後、その無責任が残った。それにアメリカから導入された自由主義が自分勝手と誤解されてのっかった。 まだ、まだ、借金は返済していかないといけないが、精神的に国が持つかね。 それが心配だ。
2006.08.10
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A氏:チャンドラーの「待っている」は稲葉氏と清水氏の訳が入手できたようだけれど、例の「口ひげ」の件は訳の違いはあるかね。私:稲葉氏の訳は初版が1968年、清水氏の訳は1979年だから、清水氏はおそらく稲葉氏に訳を参考にしていると思う。 以下のように、「口ひげ」については、3箇所出てくるが、稲葉氏の訳を赤字、清水氏の訳を黒字で、英語を青字で対照して示す。「赤ちゃけた口髭をぼそぼそと生やした身ぎれいな小男で、頬が紅でもさしたように薔薇色だった。彼はトニーの顔をみつめ、指先で口髭をつっついた。」「赤い毛のちょびひげをはやした小男で、頬がルージュをつけたようなバラ色だった。彼は、トニーを見つめて、爪で口ひげをつっついた。」「A small neat man with a wispy reddish mustache and cheeks so rosy they looked rouged. He stared at Tony and poked a nail at his mustashe.」「フロント係はひげをていねいにひねった」「フロント係は大切そうに口髭をなでつけ」「The clerk wiped politely at his mustache.」「その唇の上に生えた桃色のやつでも剃ってりゃいいじゃないか」「そのちょびひげを剃っちまうんだな」「You could shave that pink fuzz off your lip」それから、この短編のスタートのほうで次のような違いがある。「赤い絨毯がいっそう暗さを増し、壁が遠くへひっこんでしまった。」「青い絨毯がシェイド一つ暗くなって、壁が遠くに引っ込んだ」「The blue carpet darkened a shade or two and the walls drew back into remoteness.」A氏:何故、blue carpetが「赤い絨毯」になったんだろうね。 それに、原文だと「シェイド一つ」でなく「シェイド一つか二つ」だね。 このシェイドの意味が分からないね。私:電灯を消したので、絨毯上にあった物の影(シェイド)が消えた意味だろう。 日本語的に意訳すれば「絨毯上におとしていた影が1個か2個消えた。」ということになる。 ここは、絨毯や壁が主語になっているね。 昔、受験英語のとき、「植物に水をやりすぎると枯れる」を英訳せよというのがあった。 英語らしい正解は、擬人法を用いて「Too much water kills a plant.」 だったように記憶する。面白い主語だね。 この絨毯と壁の英語表現はそれを思い出したよ。 だから日本語的に表せば、擬人法をやめて「暗くなったために、絨毯上におとされていた物の影の1個か2個が消え、壁が奥にひっこんだように見えた。」となるかね。 チャンドラーの擬人法による端的な表現の魅力も消えるかもしれないが。 それから「赤い絨毯」は誤訳だろう。この前のlapelとlabelの間違いは、よく似た単語なので原因はわかるが、これは理由が分からんね。 もっとも、ホテルの絨毯というと大抵、赤いせいかね。 青い絨毯は珍しいのではないの?何か、チャンドラーに意図があったのかね。A氏:英語を正確に理解するということは、状況を日本語で理解して説明できることが先ということか。私:そうでなく、表現するときに論理的な構成力が必要になる。 だから、英語をよく知るには、日常の日本語での論理的な表現力の訓練が重要になるわけだ。
2006.08.09
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A氏:最近になってパロマもやっとテレビを使い出したね。 そういえば、似たような事故で、昨年、松下電器の温風機事故があったね。 パロマに比較すると、最初からものすごい費用をかけていたね。松下電器のブランドが失墜しかねない最大の危機だったからかね。私:俺の家にもチラシが来たように思う。 ところで、先々週の日経ビジネスで松下電器の中村社長が会長になり、新社長に大坪社長になったことに伴う「松下 未完の改革」という特集があった。 その特集では、当時、社長の中村氏は、この事故の記者会見には出席しなかったが、この事故以外にもう1件事故が出たら、辞めるつもりでいたという。 そして、社運を賭してやれることはどんなことでも社員を総動員してやったという。 パロマ問題は、家族型の企業の問題という意見もあるが、三菱自動車、三菱ふそうのような大企業も同様なマネジメントの弱さがあるんだね。A氏:中村氏は、経営の神様の松下幸之助氏の残した松下電器の経営のやり方を変えて、大改革をしたんだね。私:中村氏が数年前に社長になったとき、米国で調査された「企業が衰退する時の社風」という4つの条件に松下がピッタリだったという。A氏:4つの条件?私:「傲慢」「自己満足」「摩擦を好まない」「会議ばっかりやっている」の4つだ。 「傲慢」とは、「自分が作ったものに問題はない。お客様が悪いんだ」という意識。 これはパロマのような家族型の企業でも陥りやすいことだね。A氏:松下電器を回復させた中村氏は、何故、社長から会長に退いたのかね。私:「会社の業績がだんだん良くなってくると、悪い話が耳に入らなくなってきた」ということだ。 中村社長の言ったことが全部通ってしまう。 こういう雰囲気は自分から早く断ち切らないと会社がよどんでしまうからだという。 先手を打ったようだ。 経営者は引き際が重要だね。 この点がパロマの同族的な経営と大きく違う点かもしれない。
2006.08.08
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私:8月2日の日記の後半で「大いなる眠り」のマーロウが調査を依頼する老人将軍に会うシーンでの次の訳文をとりあげたね。「私は飲物をすすった。老人は私を見ながら、何度も舌なめずりをした。葬儀屋が空気乾燥器で手をかわかすみたいに、片方の唇をゆっくりと片方の唇にひきつけるのだ。」A氏:あぁ、君がこの文の意味がよく分からないので、いろいろ推理したところだね。私:英語を再度、引用すると下記のようになる。 「I sipped the drink. The old man licked his lips watching me, over and over again, drawing one lip slowly across the other with a funeral absorption, like an undertaker dry-washing his hands. 」A氏:君はこのwith a funeral absorptionが訳されていないようだと言ったね。 それとaの存在も曲者だと。 そして、この老人の唇の動きは、葬儀屋が葬式で死体の唇に何か施すことに関係しているのではないのかとね。私:そうなんだ。その後、俺は推理したんだが、このfuneral absorptionのabsorptionは「合わせる」「閉じる」という意味でないかと思うのだ。A氏:何故?私:それはその前の唇の動きが上唇と下唇をゆっくり閉じるように動かす動きだからだ。 死体の処理にまぶたを閉じる、肛門を閉じるなどの処理があるだろう?A氏:なるほど、その一つとして、口を閉じる、すなわち、ゆっくり上下の唇を動かすという処理があり、それでaがつくのか。私:そうすると、「空気乾燥器」が問題になる。俺はdry-washingは「空気乾燥器」でないという仮説を作った。A氏:そうすると、葬儀屋の手と老人の唇の関係はどのように合理的に説明するの?私:wet washという言葉がある。 洗ったけれど、まだ、濡れている衣類だ。 これに対してdry washという言葉がある。 洗濯して乾いたが、まだ、アイロンをかけていない衣類をいうんだ。言わば乾いていているがシワがある。 だから、葬儀屋の手はきれいでだが、しわがあるということではないの?しわは死体との連想だ。A氏:なるほど、ドライスキンということだね。私:死体はドライスキンだからね。 この老人は生きているが、すでに死体なみのドライスキンだとチャンドラーは表現したいのではないかね。 それに葬儀屋をからませた。A氏:そうすると君の推理による解釈では、どうなるね。私:中途半端な訳だが、以上の仮説によると次のようになる。「私は飲物をすすった。老人は私を見ながら、葬式で死体の唇を動かして閉じるように、両唇をゆっくりとあわせるように動かし、何度も舌なめずりをした。その唇は葬儀屋の手のようにきれいだが、乾いていた。」A氏:一つの推理としては面白いね。 君のショート・ショート・ミステリィー小説だ。 だだし、チャンドラー型でなく、古典的な論理型ミステリィーだね。私:真実は探偵マーロウ(チャンドラー)が知るのみだ。A氏:しかし、昨日の日記のlapelとlabelの違いは、誤訳だね。私:似た単語なので、読み間違いだろうね。
2006.08.07
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A氏:君はそんなに身なりを気にするほうでないのに、変わった本を読んだものだね。私:図書館でちょっと気になって立ち読みで中味を見たら、チャンドラーが出てきたのだ。A氏:チャンドラーがネクタイに詳しいの?私:チャンドラーのミステリィーが日常描写に詳しいと言ったろう? 当然、服装描写も詳しいし、ネクタイ描写も必ず登場するよ。 ところで、この新書は、例によって、題名と中味が合わないタイプだね。 しかし、ネクタイについての知識は全部ありという本だ。そういう意味で肩がこらなく読めたね。A氏:チャンドラーについては、どうだった?私:まず、「大いなる眠り」から、「濃い灰色のダブルの服は肩が広すぎ、ラベルが大きすぎた。その上に着ていたアイリッシュ・ツウィードの外套はところどころがすりきれていた。はみ出したフラー布のネクタイは雨の汚点がついていた。」という表現の引用がある。A氏:フラー布のネクタイが問題だね。私:この生地を見分けられたのは、探偵マーロウが相当、生地やファッションに通じていたに違いないという。 ところで、俺は、この引用した文で、「ラベル」が気になった。何のラベルなのかね。A氏:また、また、君の好奇心が起きたね。私:原書を見たらlapel:ラペルだ。label:ラベルではない。 lapelは上着のえりの折り返しだ。 「ぺ」と「べ」で大きく違う。 だから「上着のえりの折り返しが大きすぎ」だとなる。A氏:誤訳かね。私:ところで、話は違うが、以前、中小企業のある社長と彼の行きつけのスナックで飲んでいたら、ネクタイの話になった。彼は贈呈されたり、買ったりで、ネクタイいつの間にか、百数十本になった。 そこで30本くらい選択して後は捨てた。だから、その日、スナックでしていたネクタイは残ったものの一本なわけだ。 そうしたら、その店のママさんが「これは私が贈ったものでしょう。」となって、少しもめたよ。A氏:俺も百数十本くらいあったね。やはり整理したよ。量産時代だね。私:この本では、ネクタイの種類を紹介しているが、省エネでネクタイ使用が減り、量産で問題になっていることは触れていないね。 結び方もいろいろだね。俺の結び方はウィンザー・ノットだ。 これは学校を出て就職するとき、百科辞典を見て習ったね。 ところが、数年前、当日仕事で早朝急いででかけるときに、締め方を度忘れした。さあ、大変だ。時間がないからあせる。息子がまだ、出勤前だから、聞きながらやった。 それは何かウィンザー・ノットではなかったが、ごまかした。A氏:ネクタイは、他人のものはしめられないからね。何か、度忘れだったのかね。私:脳に異常があったのかと思い、仕事中は心配だったよ。 夕方家に帰って、もう、一度、しめなおしたら、するするできた。 考えてみるとネクタイの結びを無意識に一万回くらい繰り返しているのに、度忘れとは怖いね。 前の夜遅かったから、睡眠不足もあったのかも。 長い間にはそういうこともありえるのかもね。
2006.08.06
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A氏:レイモンド・チャンドラーの街道の知的出発点は、作家大沢在昌氏が新聞で愛読書としてチャンドラーの短編「待っている」をあげたことだが、それ以来、チャンドラーの知的街道をたどってきたね。 お江戸日本橋を7月16日に出発したわけだ。私:弥次喜多道中ありがとう。 ところで7月20日の日記で書いたように、アメリカのアマゾン・コムで古本を頼んだら、昨日、郵送でフィラデルフィアの古本屋から古本がアメリカから到着したよ。2週間くらいかかったね。A氏:すごいもんだね。本の状態はどうだった?私:1957年の発行だから、約50年たつが、保存はいいね。 紙は褐色に変質していたが、気になるほどのことはない。 8人の作家の短編を集めている。その中で、エラリー・クイーンは俺も聞いたことのある作家だが、他はチャンドラー以外知らない。 他の作家のものもこれからゆっくり読んでみるよ。まあ、短編だから、負荷にならない。 原書は120頁ほどの薄い新書版。 チャンドラーの「待っている:I’ll be waiting」は30頁くらいだ。A氏:英語と言えば、こないだの日記の後半で気にしていたlipの上のヒゲは、原文ではどうだった?私:「その唇の上に生えた桃色のやつでも剃ってりゃいいじゃないか」という訳の部分だね。 次のような英語だ。「You could shave that pink fuzz off your lip」 could は仮定法。fuzzは「うぶ毛」だね。lip がやはり登場する。 実は、これはホテルのclerkに対する言葉だが、このclerkが口ひげをはやしている文がその伏線として、この先にあるんだ。それは原書では次のようだ。「A small neat man with a wispy reddish mustashe」 mustasheは、文字通り「口ひげ」だ。wispyは「(髪などが)ほんのすこしの、かすかな」の意味だから、fuzzに対応するね。ここではピンクでなく赤だ。A氏:なるほど。すると唇が英語と日本語で言っている範囲が違うんだ。私:オックスフォードの英英辞典でmustasheをひくと面白いよ。「A line of hair that a man allows to grow on his upper lip」 直訳すると、「上唇にはやした髪」となる。「欧米人は唇に髪が生えるのか」ということになる。 しかし、この辞典では、hairの項目の絵を参照のこととあるので、それを見ると、mustasheは絵では日本的には唇でなく、唇の上の鼻の下部分に生えている。 面白いね。なお、mustasheはアメリカ英語で英語ではoが入りmoustasheとなる。チャンドラーはもちろん、アメリカ英語だ。A氏:そうなるといよいよ、原文読みだね。私:短編だし、和訳もあるからね。A氏:和訳では稲葉氏と清水氏の訳があるというが、清水氏のものが絶版でないのだね。私:うれしいことに、チャンドラーの強烈なファンの加藤氏が、私が氏のホームページの「レイモンド・チャンドラーの世界」にアクセスして、いろいろお聞きしたら親切に教えていただいた。 このホームページによるチャンドラー街道の良きガイドのおかげで、すぐに「大なる眠り」「長いお別れ」「さらば愛しきひとよ」のチャンドラーの3大長編にすぐにたどりつけたんだ。 その後、私のブログを読んでいただいたようで、清水氏の訳が余分に手元にあるので、提供していただけるということなんだ。感謝感激だね。A氏:原書の到着と、訳者2人の本の入手と、まさに両手に花だね。私:短いけれど壮大な知的街道となりそうだね。短編だから集中できそうだ。
2006.08.05
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私:朝日新聞夕刊に毎週、三谷幸喜氏のエッセイが載っているのは、面白いのでよく読むよ。A氏:俺もよく読む。彼は、脚本家だけれど、役者で出たり、最近はコマーシャルに出たり、多芸だね。私:何週間か前に、彼がよくいびきをかき、奥さんから苦情が出るというエッセイが載った。 そしたら、次にまた、その後のいびきに関するエッセイが出た。それによると、多くの読者から、いびきの防止法の情報が寄せられたという。A氏:横になるとよいというものから、うつぶせがよいというものから、上向きでよいというものなど、全姿勢が登場したというね。いろいろなグッズも登場したらしい。私:ただ、このエッセイでは、彼のいびきが睡眠時無呼吸症候群のタイプのものであるかは、書いてなかった。 いびきでこわいのはこれだね。A氏:無呼吸のために、十分に睡眠がとれず、日中の眠気、集中力、活力に欠ける、居眠りがちになる、その結果、居眠り運転で事故などを起こしやすくなる。 治療をせずに放置しておくと生命に危険が及ぶ場合もあるという。 例のJR西日本の大事故だって、原因はこれだったのではないかと思うよ。私:実は、俺も三十才台からか、いびきをかくのを自覚するようになったんだ。 それは同僚と仕事で出張すると、一緒の部屋で寝た相手が翌日、部屋を変えるのだよ。後で聞 いたら俺のいびきに耐えられないということだ。 ところが、ある同僚は平気で、彼とは、仕事の出張のついでに、国民宿舎に泊まって観光をしたが、一緒の部屋で平気なんだね。 だから、ツアーなどには、割高だけれど、個室をとったね。A氏:奥さんは?私:それがのん気なもので気にならないらしい。 それに俺の若い頃は、睡眠時無呼吸症候群なんて、あまり騒がれなかったし、日中の眠気、集中力、活力に欠ける、居眠りがちになるという症状もなかったんで、あまり、気にしていなかったんだ。 しかし、グッズはいろいろためしたよ。効果はどうかわからないがね。A氏:ためしに、録音したら。私:三谷幸喜氏は、まだ、録音に成功していないらしいね。 ところが、俺は数年前に、偶然、家族旅行で、子供たちと大部屋で寝たとき、上向きだと無呼吸になることがあり、寝返って、横になるとそれが消えると子供に注意された。A氏:無呼吸時間があるんだね。私:さっそく、録音テープをオンにして、枕もとにおいて寝た。上向きになって寝た。A氏:どうだった。私:翌日、聞いたら、確かに、無呼吸時間がある。 ただ、日中の眠気、集中力、活力に欠ける、居眠りがちになるという症状が自覚されないんだ。こういうこともあるんだね。 しかし、怖いから、それから、抱き枕を買って、横になって寝るようにしているよ。 ただ、これも寝ている間に体が動くことがあるから心配だね。 まだ、これによる確認録音はしていないがね。 近くに、専門の医者がいるから、いつかは、行かなくてはと思っているよ。A氏:早く、行ったほうがいいぜ。
2006.08.04
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私:今日の朝日新聞の「私の視点」コラムで神奈川県児童医療福祉財団理事長の飯田進氏の「靖国参拝」につていの寄稿がある。 内容は別に飯田氏の肩書きと関係がない。 氏は1923年生まれというから、敗戦の1945年のときは、22才だ。 氏は、海軍民生部の要員として、西部ニューギニアにいた。 そこではほとんどの兵士は、戦争末期に中国戦線から転用されが、上陸とともに補給路を断たれ、ジャングルの中で飢え死にし、祖国に帰国できたものは一割に過ぎないという。A氏:君の日記の「戦争とは人が死ぬこと」にもあるように、第2次大戦の日本兵の戦死者陸海約200万人は、戦争の後半に集中し、7割が餓死であるというね。私:氏は、これらの野垂れ死にした兵士を「英霊」という言葉の中にあいまいにしてしまうことを問題にしている。A氏:この日記の「靖国問題」の若い西村教授の視点と似ているね。私:飯田氏は 「7割を占める餓死した兵士たちはずさんきわまりない作戦を強いた軍中枢を恨んで、息を引き取った。その遺骨の多くはいまだに密林に埋もれたままになっている。私たちがありったけの涙を注がなければならないのは、そのような無駄死に対してではないか」 と言われる。A氏:確かに、日本はこの問題をきちんとしないで、形ばかりの慰霊式でごまかしてきたね。 西村教授はそれを原爆の慰霊式についても違和感を持っている。 それはA級戦犯を分祀するとか、別の斎場を設けるとかという問題以前に、日本の現代史をしっかり整理すべきだね。 それをしないでは、英霊は英霊とならないだろう。私:俺の親戚では、戦死者も戦争経験者もいないので、靖国問題は個人的に直接関係ないが、国としての問題があるね。 今年は、昭和天皇の分祀問題、ポスト小泉問題で靖国問題が戦後60年余で火がついた感じだが、こういう視点が中心で整理されることを望みたいね。
2006.08.03
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私:レイモンド・チャンドラーの代表的な長編「大いなる眠り:The big sleep」、「長いお別れ:The long goodbye」、「さらば愛しき女よ:Farewell, My lovely」の3つを読んだが、ストリー展開が共通している点がある。A氏:俺もお付き合いで3冊読んだが、どんな点?私:それぞれ謎を持つ人物がストーリー全体を通じて一貫してからんでいることなんだ。A氏:なるほど、「大いなる眠り」は探偵マーロウへの依頼者の富豪であるスターンウッド将軍の娘の夫のリーガンが謎の人物だね。これは最初から行方不明。 だから、探偵マーロウは会っていない。その行方のミスティリーだ。私:「長いお別れ」は、主人公はテリー・レノックスという文無しの男だ。 殺人の疑いで逃れてメキシコでつかまり謎の自殺をするというミスティリーだ。 この小説は、次の文から始まる。「私がはじめてテリー・レノックスに会ったとき、彼は“ダンサーズ”のテラスの前のロールス・ロイス“シルヴァー・レイス”の中で酔いつぶれていた。」この出だしの英語が簡潔で実にいいね。中学生でも分かる英語だ。The first time I laid eyes on Terry Lennox he was drunk in a Rolls-Royce Silver Wraith outside the terrace of The Dancers.A氏:I met Terry Lennoxとしないで、laid eyes onとしているのが、チャンドラーのひねった英語かな。 このニュアンスを日本語でどう出すかだね。私:「目にした」はどうかな。 村上春樹氏ならどう訳すかね。もっとも、氏はこの本でなく「長いお別れ」のほうを訳すのだが。A氏:「さらば愛しき女よ」は、大鹿マロイという大男が中心で、刑務所に8年いたが、出所してかっての「愛する女」ヴァレントを捜し求める。 このミステリィーが底に一貫して流れている。私:ミスティリーだから、種明かしはやめるが、いずれも最後のほうで謎が解けるね。「大いなる眠り」のリーガンの行方もわかるし、「長いお別れ」のテリー・レノックスの最後の真相もわかる。A氏:「さらば愛しき女よ」の「愛する女」ヴァレントも見つかる。 ところで、君は「大いなる眠り:The big sleep」、「長いお別れ:The long goodbye」をペイペーブックで買って、日本訳で理解できないところを英語でチェックしているようだが、英語で理解できたかね。私:「大いなる眠り」の最初のほうでマーロウが調査を依頼する老人将軍に会うシーンがある。 そこでこういう文章がある。君は理解できるかね?「私は飲物をすすった。老人は私を見ながら、何度も舌なめずりをした。葬儀屋が空気乾燥器で手をかわかすみたいに、片方の唇をゆっくりと片方の唇にひきつけるのだ。」A氏:葬儀屋の手の動きが老人の唇の動きに似ているということなのではないの?私:片方の唇というけれど、唇は一つだから、上の唇、下の唇ではないの? それを「ひきつける」というのは、口を閉じることなんかね? その唇の動きと、葬儀屋が空気乾燥器に両手をかざして、両手を乾かす動きとどのように似ているのかね。 手を乾かすには、空気乾燥器の噴出し口に動かさないでかざすだけでないのかね。A氏:そう言われればそうだね。第一、なんで葬儀屋が唐突に出てくるのだろう。 老将軍が居間でマーロウに仕事を依頼するシーンだから、葬式など無関係なのにね。私:チャンドラーの英語は次のようだ。 「I sipped the drink. The old man licked his lips watching me, over and over again, drawing one lip slowly across the other with a funeral absorption, like an undertaker dry-washing his hands. 」 このwith a funeral absorptionが訳されていないようだ。aの存在も曲者だ。 俺の推理では、この老人の唇の動きは、葬儀屋が葬式で死体の唇に何か施すことに似ているのではないのかな。 チャンドラーは、この老人に対して死にかけた死体のような表現をよく使う。そのつながりで葬儀屋が出てきているのでは。A氏:なるほど、君が原書を買うのは、読むのでなく、そういう推理を楽しむためか。私:いや、シドニー・シェルダンの原書は、英語で読むために買うんだがね。 理由は、中学生程度の英語で読めるし、ペーパーブックのほうが安くて軽いから電車でもよめるからね。 しかし、チャンドラーの原書は、表現がこのようにひねってあるので、図らずも推理用になってしまっている。 英語は簡単だが、意味が深い。翻訳者泣かせか、それとも、やりがいのある翻訳か。村上春樹氏のチャンドラーの翻訳の挑戦も分かる気がする。 しかし、「大いなる眠り」は村上氏の翻訳は期待できないので、チャンドラーの長編同様、俺の長い知的ミステリィー街道になりそうだ。暴力シーンはないが。
2006.08.02
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A氏:今、パロマが瞬間湯沸器による中毒死のトラブルで大問題になっているね。私: ISO(アイ・エス・オー)9001関係者は当然、その認証との関係が非常に気になるね。A氏:ISO9001とは?私:2004年の5月30日の読売新聞は、次のように報じている。「ISOは1947年に設立された国際標準化機構(本部スイス)の略。ネジや歯車など工業製品の形、寸法から環境管理まで、世界共通の標準規格を定めている。品質管理分野の9001は、優れた製品やサービスを顧客に提供しているか、顧客の要望を吸い上げる仕組みがあるか――などを実地と書類で審査し、認証する。認証を受けると、企業は製品や店舗、パンフレットなどに表示できる。」 厳密にいうと店舗、パンフレットなどにマークは表示できるが、製品にはできない。 ISO9001というのは、品質マネジメントシステムの要求事項を定めており、製品の審査はしないからだ。製品検査をして製品につけるJISマークと違う。A氏:この読売新聞のニュースは2年前で古いね。パロマとどういう関係があるの?私:この読売新聞のニュースの見出しは「なぜISO継続…三菱大型車欠陥問題は」というものだ。A氏:あぁ、例の三菱ふそうのトラックで車輪が脱落し、人まで死んだ問題だね。 あのとき、会社側は最初、車の整備不良で逃げていたが、設計上の問題も出てきたね。今回のパロマの経過と似ているね。それがISO9001とどういう関係があるの?私:ISO9001はマネジメントシステムの規格だから、顧客のクレームをきちんと把握し、社内のマネジメントシステムが迅速に対応することを要求している。 そのシステムがあることを、外部の審査機関が審査して、お墨付きを与えるのだ。 ところが三菱ふそうのときも今回のパロマのときもマネジメントの対応が最悪だから、当然、ISO9001のお墨付きの権威が問われることになる。A氏:なるほど。そうするとお墨付きを与えた審査機関はどうするの?お墨付きを取り消すの?私:この三菱ふそうのときの読売新聞の報道によると、三菱ふそうのISO9001の審査をした日本ガス機器検査協会QAセンターに対し、JABがその認証登録を抹消すべきではないかという強い要請があり、審査機関が困惑している状況を報道していた。 三菱側は市場の信頼を維持するために、認証を失いたくないから取り消しに抵抗する。 JABというのはISOの国内最上級組織である日本適合性認定協会の略称で、民間である審査機関に営業許可を与える権限がある。A氏:あの問題は、ハブの設計不良や試作の不備など、設計が主な原因ではなかったの?私:ところが、どうも三菱ふそうのISO9001は、設計部門が含まれておらず、工場だけで認証を取得したようだ。 これもおかしな取得だよ。 ISO9001は、最初、そういう抜け道があったので、2000年の改訂で設計活動があるときは、適用範囲として除外できないはずなんだ。 どうも、設計や営業がある本社を顧客扱いにしていたようだ。 真の顧客を顧客とするというのがISO9001の2000年版改訂の趣旨なんだがね。当り前のことだけれどもね。 その点の深い突っ込みがこの新聞報道にはなかったのが残念。A氏:そういえば、パロマも事故処理の遅れというマネジメントシステムの問題が中心なのに、ISO9001に関連した報道がないようだね。私:この企業は、販売が主なパロマ本社と製造中心の子会社のパロマ工業と分かれていて、パロマ工業がISO9001をとっている。 だから、この場合も顧客は本社だ。 真の消費者を顧客としたシステムでないようだ。 会社の規模は異なるが、三菱ふそうと似ている。 しかも、審査機関が三菱ふそうと同じ日本ガス機器検査協会QAセンターだ。 このセンターはガス器具の審査でなく、マネジメントシステムのほうの審査をする。A氏:審査機関はいくつくらいあるの?私:40を超えているかね。日本ガス機器検査協会QAセンターは、その一つだ。A氏:なんのために企業はISO9001に金をかけているのかね。 マネジメントシステムの悪さで死亡事故まで出しておきながらーーー。私:例の耐震偽装の問題で登場した木村建設がISO9001を取得していたが、あの事件に関係している建設関係の会社は皆、ISO9001を取得していたという話だ。 このISO問題は、もう十年を越える。お墨付きをもらった企業も数万とある。しかし、問題も多い。 日本の戦後の輝かしい品質管理の歴史を築いた先輩たちに対して汚点を残さないように祈りたいね。
2006.08.01
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