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私:山本七平氏がどこかに書いていたが、捕虜生活中にあるベテランの兵隊が敵が十の力があり、こちらが七の力でも、戦いは開始するという。 不足の三は精神力で補うのだという。 山本氏は、これに対して、マッカーサーは本土上陸作戦で天皇の存在は四百万の兵力に匹敵するという計算をしていたという。 日米の軍人の発想の違いを指摘しているね。A氏:近代戦は数字に基づく作戦だからね。私:戦争中、軍需工場に飛行機の注文が来る。 月初に、生産計画を立てる。 しかし、資材の不足、勤労学生の参入などによる作業の質の低下などで、計画通り行かない。 月末になると数字で事実が出る。 目標より足りない。 軍の調達官は怒り、会社側を叱る。A氏:軍には調達官が張り付いていたらしいね。私:怒られたら、言い訳してはいけない。 言い訳すると言い訳がましいとますます叱られる。A氏:この前の山本さんの体験と同じで言葉を失うのだね。私:だから、一番いいのは、「すみません。精神力が足りませんでした。来月は頑張ります。」ということだ。 すると、調達官は「次はしっかりやれ」で終わる。 この繰返しだったという。A氏:せっかく、組んだ飛行機をまたばらして、飛行場まで運び、また組立てるんだそうだね。私:途中の道路を牛で運ぶ。A氏:馬のほうが速く運べるのではないの?私:だめなんだ。速すぎると振動で飛行機の部品に傷がつく。 ゆっくり運ぶことが必要なんだ。 そのため北海道か東北の牛が最適だったそうだ。A氏:驚異的な零戦の技術の背景にそういう原始的なアンバランスがあったんだね。私:ところで君はOR(オーアール)という言葉を知っているかい?A氏:よく知らないけれどOperations Researchの略ではないの? 経営数学という意味で若い頃、聞いたことがあるね。 今でも大学の経営工学科や情報学科あたりではそういう学科があるんじゃないの?私:もとの意味は作戦計画だね。最初、第二次大戦でイギリスで生まれたんだが、そのときはOperational Researchだったという。 後にアメリカで盛んになりOperations Researchとなる。 沖縄戦での特攻隊の防衛方法にも学者が参加して、いろいろな回避方法を考えているね。 第二次大戦の英米の特徴は軍事作戦に学者が参加したことだ。 戦争が科学になったと言われた。 もう、イラク戦争なんかその極端な例だね。 それまで、戦争になると職業軍人のカンの世界になり、学者は象牙の塔にこもっていただけだったがね。A氏:その学者が参加した作戦計画がORか。私:たしかリーダーだったブラケットという人がこの成果を豊富な事例でまとめて戦後本にしているが、今、図書館で調べたがないようだね。 今でも記憶しているいろいろな例があるね。A氏:例えば?私:ドイツの潜水艦のUボート作戦だね。 その頃、制空権はイギリスが握っていて、海上を走っているUボートを発見するのだが、追いかけて爆雷を落とすが、戦果が出ない。 当時、職業軍人のカンにより30メートルで爆雷を破裂させるようにセットするマニュアルだった。 ORである教授がいろいろなデータを科学的に分析したら、7.5メートルが適切であるという結論になった。 最初、職業軍人側の反対があった。 プライドを傷つけられたようなものだからね。 初期の学者参加にはこのようなトラブルが多かったようだね。 しかし、被害が拡大するので仕方なくやってみた。A氏:戦果は?私:戦果は驚異的なものとなった。 Uボートの撃沈率は8割近くなった。 ドイツ軍はイギリスが新しい爆雷を発明したと思ったというが、実は爆雷は同じでセット位置(ソフト)が変わっただけだね。A氏:なるほど、今までの軍人プロでは成果が出なかった面があったんだね。私:面白いことに、ドイツとの戦争終了後、ドイツの飛行機の棚卸しをしたんだね。 ドイツが生産した飛行機から連合軍が撃墜したり、爆撃で破壊したりした飛行機を差し引くと戦後残った飛行機数になるはずだね。 ところが、倍の数字で合わなかったという。 生産数と残った数は正確だから、撃墜数や破壊数が不正確だったんだね。 だから、戦後、朝鮮戦争あたりからは、データ把握が正確になるね。A氏:太平洋戦争ではどうだったんだね?私:硫黄島の戦いでも物量投入計画に学者が参加する。 しかし、このときは、予想外の日本の抵抗で計画通りいかなかったらしいね。A氏:日本軍にはロケット弾があったという話を聞いたことがあるね。私:これらのOR学者は戦争終了とともに失業するが、ビジネスの方面で活路を見出すね。 ビジネス界ではそれまではビジネスマンのカンであったのを数式もデルに変えて最適な解答を求めるというわけだ。A氏:なるほど、それで経営数学と言われ、今ではITが使われているわけだ。 経営が科学化し、数式化し、ITがそれに便乗してきたわけか。 戦争はこういう面でも影響があるんだね。私:しかし、あまりに数式化に走ったために、本末転倒の現象も出たようだね。 その皮肉な例があるよ。A氏:どんな例?私:日米のトラック島の戦いの例なんだが、アメリカの艦船が味方の飛行機を日本機と間違えて撃ち落すという事故が多発した。 そこでOR学者が投入された。 彼は数日間で成果をあげて帰ってきた。A氏:さぞかしすばらしい数学モデルを考案したのかね。私:彼は誤射の原因はパイロットが味方である信号を出すスイッチを離陸するとき入れ忘れすることにあることを発見した。 対策は簡単だった。 戦闘機が離陸するとき、丁度、パイロットの目の高さに大きな幕を掲げた。 その幕には、「味方識別信号スイッチをいれよ」と大きく書いてあった。A氏:なるほど、コストが安く、効果の大きいやり方だね。 経営の原点もそこにあるね。 マニュアル主義から出てこない真の知恵だね。 今、その知恵を経営の現場で失いつつあるようだね。 今のITの行き過ぎに対する警告でもあるね。
2006.09.30
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私:山本学街道からこの本にきた。 1989年の発行だ。 昭和天皇がなくなったので、すぐに書かれたものだね。 最近の昭和天皇を研究した本のかなり先取りした内容だね。A氏:戦争責任については?私:拒否権のない立憲君主制だから、戦争責任はないという立場だね。 昭和天皇はそれで苦労されたわけだ。A氏:しかし、天皇のために戦死したんだという感情があるのではないの?私:軍部とかそれに付随する官僚が国民の皇室に対する敬愛の愛情と憲法の規定とを悪用した。 そして、歴史の曲解によって、それを裏づけ、そうすることによって政治は天皇の親政であるように宣伝した。 それによって、軍部のやりたい放題のしわざを天皇の命によってもののように見せかけた。 これに、主な由来があるとしている。 要するに国民は軍部にだまされたということになるね。A氏:これは逆に、もっと天皇が政治に介入すべきだったという徳富蘇峰の裏返しの考えにも通ずるね。私:だから、日米戦争がはじまったときは、戦争及びそれに関するあらゆることは皆天皇の御意志から出たものだ。 国民がその生命・財産を捨てるのは、すべて天皇のおんためであるという宣伝になる。 その中には天皇を神として神秘化するものがあった。A氏:戦後にその軍部の宣伝でだまされた人は戦争の責任を天皇に嫁することになりやすいね。私:山本七平氏は下級将校だから戦死した部下もいる。 戦死した同僚もいる。 部隊長も戦死した。 戦後、その遺族が来て「天皇陛下の御ために―――」と言ったときに、それは違うという説明を長々と遺族に言えるかとなると氏も自信がないという。 そう思うことがその人の「救い」であるから、そのまま、そっとしてあげたいという気持ちだという。 「功罪」は歴史に委ねるべきだという。A氏:天皇は神だということも軍部などの宣伝なんだろうね。私:そうだね。 だから、戦後の1946年の1月1日の「人間天皇」宣言はおかしいという解釈だね。 戦前から天皇は神でなかったのだよ。 山本氏は彼の独特の手法で事実だけを引用している。 2つある。 1つは昭和12年の文部省の通達。 もう一つは、昭和16年の津田博士の「神代史の研究」の裁判記録だね。A氏:昭和12年は二・二六事件があったし、その前年に天皇機関説問題があったから、教育現場場は動揺していたんだね。私:それで文部省通達が出た。 それによると「『現人神(あらひとがみ)』あるいは『明神(あきつかみ)』は、絶対神や全知全能の意味の神と異なり、天皇は皇祖皇宗の子孫という意味である」というような説明となっている。 公的に、すでに戦前から欧米的な意味の神ではないのだね。A氏:もう一つの津田博士の裁判記録とは?私:ここでは、外国の「建国史」や「王朝創立史」はみな「戦争物語」だといっても過言でないが、日本ではほとんどない。 これが「万世一系」という思想を生んだと解釈しているね。A氏:日本は地理的に古くから平和国家だったんだね。 それが背景にあるね。私:海に囲まれ、大陸の端にあって武侠都市の歴史がないためだろうね。 津田氏は、天皇の「アラヒト」は日本の神話時代の普通の神と違い、国家の統治をする点にあるという。 すでに、昭和12年に宗教的な神を否定しているね。 天皇自身の談話でも戦前、人であって神ではないことを示すものがあるね。 科学者でもあった天皇だから当然だろうね。A氏:それなのに、なんで敗戦後、「人間宣言」をするのだね。私:これはマッカーサーからの要求だね。 欧米は、日本では天皇は神だとされているという誤解があったようだ。 日本軍の宣伝効果やマスコミの迎合によるね。 山本氏は、日本人の「神」は、生き物にすべてあるという本居宣長の考えを引用して、欧米のGodゴッドと全く違う概念としている。 この英語を「神」と訳したので、誤解が拡大したという。 ゴッドをそのまま、カタカナ語にして、無理に漢字の「神」をあてはめないほうがよかったというね。A氏:オウム真理教の松本被告はゴッドだね。 天皇はそういう意味で戦前からゴッドではなかったわけだ。私:この日記でもある通り、この「人間宣言」は、アメリカ側のシナリオにしたがったものであり、天皇が神であるという戦前の天皇教の頂点を崩壊させる目的をもっていたのだね。 これは、日本側からすると「神」の誤解にとまどう結果になったんだね。 だから、実際の詔勅は、アメリカ案が修正され、明治天皇の五箇条のご誓文で最初始まり、天皇の神格化否定が二の次になる。A氏:マッカーサーは注意しなかったのかね。私:五箇条のご誓文は問題なかったらしい。 今から読んでも、いいことが書いてあるよ。 しかし、最初「日本人が神の子孫であるという誤った考え」という日本側の文をマッカーサーは「天皇が神の子孫であるという誤った考え」と直すようにと指摘したんだ。 そこで、神の子孫は削除され、代わりに「現御神(あらひとがみ)」という難解な言葉でなんとか切り抜けた。A氏:なんだ。昭和12年の文部省通達にもどたっただけじゃないか。私:ジョンダワーの本は、「人間宣言」について次のような趣旨のコメントを言っているね。「『人間宣言』は昭和天皇が考えたものでなく、英米の外国人が考え、さらに、日本語で伝えられたものは、西洋人が甘い考えで期待したような、全面的な『神格の否定』とはいえない内容のものであり、『現御神(あらひとがみ)』という難解な言葉で、天皇は天から途中まで降りただけだった。 天皇が草案作りの過程に参加したため、『人間宣言』は下からのものでなく、明治天皇の五箇条の誓文にさかのぼると宣言したからである。」A氏:このジョンダワーのコメントを読むと、山本氏に言わせると、この著者は「神」と「ゴッド」の違いを理解できない外国人ということになるね。私:そこで、もう一度、俗にいう「人間宣言」の詔書原文をよく読むと天皇の神格放棄という内容は不明確だね。 本当に神道というのは現代的な感覚からすると一筋縄では理解できないね。 軽々しく扱うべきではないね。 知的興味が湧くがね。
2006.09.29
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A氏:今頃、「ダヴィンチ・コード」を読み出したんだよ。 ブーム嫌いのへそ曲がりだから、ブームが去ってから読む気になったね。 文庫本だけどね。 もう、いろいろな記事でスジは知っているから、興味は君のように論理力を鍛えるためだね(笑い)。 それに君は原書を借りているらしいから確認してもらおうと思ってね。 まぁ、雑用が多いから、1日、一章くらいのペースでのんびり読んでいるよ。私:何か、ひっかかることがあったかね。A氏:まず、トップでひっかかったのは、プロローグを読み出してすぐに「金箔の施された額をつかみ、名画を力まかせに手で引いて壁から剥がした。」という箇所だ。 画に描いてある顔の額をどうやってつかむの?私:それは「額」を「ひたい」と君は読んでいるからだよ。 これは「がく」だよ。 画などを囲む枠だよ。 英語は、エーっと、frame フレームだね。 枠だよ。 まあ、いわゆる「額縁(がくぶち)」だね。A氏:なぁーんだ。 これは日本語知らずでお恥ずかしい(笑い)。 俺は本の表紙のモナリザの大きな絵ばかり頭にあったせいか、顔のヒタイを暗黙のうちに想像していたせいかね。 それから、第1章に入って、ラングドンが鏡を見ているシーンで白髪のことをふれているね。 「白髪は学者らしい風貌を際立たせるだけだと女性の同僚たちはなだめるけれど」とある。 しかし、ここは白髪があることを肯定的に表現したいんだから、「だけだ」という否定的な表現は何かおかしいね。私:the gray only accentuated his bookish appeal が該当する英語だね。 「だけだ」はこのonlyの訳だろうね。 only には、「ようやくーーーになった」というような副詞的用法があるから、まあ、 君の言うような流れで意訳すると「白髪はようやく学者らしい風貌を際立たせるようになったと女性の同僚たちはなだめるけれど」となるかもね。A氏:なるほど。 2章で、シラスが自分の部屋に入る。 ここで「今週はここに宿を借りる身だが、ニューヨーク市にある同様の宿舎で暮らすようになってもう何年にもなる。」とあるが、なんで、ここでニューヨークが出てくるんだね。 ここはパリだろう。 「だが」がなんとなく、論理的につながらないんだ。私:これに該当する英文はちょっと長い。 He was a visitor here this week, and yet for many years he had been blessed with a similar sanctuary in New York City. 「だが」はこのand yetの訳からきているのではないかね。 ここで、気になるのは、後の文が過去完了形だから、ニューヨークに何年もいて、それからこのパリーに今週になって来たという 感じだね。 意訳すると「今週はこの地ははじめだが、その前にはニューヨークで長年、同様の個人部屋に恵まれていた。」となるかな。 文章の順序と、時間の順序が逆だね。A氏:次の「神は自分に住まいと生きる目的を与えてくださった。」とのつながりがピンとこないんだ。私:この部分は英語は強調のイタリックスになっている。 The Lord has provided me shelter and purpose in my life. どうも、「ニューヨークに長年いた後、ようやく、神は自分に住まいと生きる目的を与えてくださった。」というような感じだね。A氏:同じ章で、導師がキー・ストンがパリにあると言われ、「それではあまりに安易だ」とあるが、何かすっきりしないんだ。 安易というのは、「安易に過ごす」のように「いいかげん」「のん気」というニュアンスがあるからね。私:It is almost too easy.の訳だね。 「あまりにも簡単すぎる」でどうだね。 あるいは、「容易すぎる」かね。A氏:3章でラングドンがパトカーでルーブル美術館に向う。 「二音のサイレン」とあるが、これはどういう意味?私:英語は文字通り、two toneだよ。 日本語化したツートンカラーのツートーンだよ。 フランス映画によく出てくる、ピー、ポ、ピー、ポという2つの音のやつだろうね。A氏:途中でエッフェル塔が見えるシーンがあるね。 ここで運転している警官が「あっちのほうは体験済みですか」とラングドンに聞くね。 これはエッチな感じのする質問みたいだね。私:英語はDid you mount her?だね。 herは、この場合、エッフェル塔を指すのだろうが、これは女性扱いだね。 直訳すると「あなたは彼女に登ったのか」となるが、突然のherの質問で、ラングドンはとまどうね。 mount herがエッチな意味があるのかね。A氏:次に4章にはいる予定だ。私:105章とエピローグまでがんばって。
2006.09.28
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私:近くに住んでいるうちの孫は4才になったばかりで今年、初の幼稚園の夏休みを迎えたんだ。 そこで、幼稚園から夏休み中やる自主的な宿題が課せられた。 考えたのは、家で飼っている金魚の餌を毎日、欠かさず与えるというもので、餌を与えるとカレンダーのようなチェックシートの紙をクレヨンで塗るというの。A氏:よくやる方法だね。私:夏休みが終わり、幼稚園の先生に母親の感想とともにその完成したカレンダーを提出した。 そのとき、娘は母親の感想として、わが子が金魚に愛情を感じたようだと追記した。A氏:それはよかったのではないの。私:そうではないのだ。 夏休みが終わると、急に餌をやらなくなったので、餌をやるように子供言ったら、「もう、カレンダーを塗らないでよいのだから、餌はママがやってよ。」と言ったという。 娘はがっかりしたと言っていたね。A氏:カレンダーを塗ることが重要になって、愛情をもって金魚を育てるという目的が消えてしまったんだね。 手段が目的化したわけだ。私:これは大人の世界にもあるね。 工場で機械の点検リストを作り、チェックする。 そのうちにマンネリになり、後からまとめてチェックマークを入れたりする。 記録の紙を形式的に書くだけで、目的を忘れる。 そして、大きな事故につながる原因になったりする。A氏:一昨日の日記の日本陸軍の「員数主義」にある形式化だね。 こういう場合、一般的にどうしたらよいだろうね。私:目的を理解するのに、手段が適切かを考えるべきだろうね。 いきなり、機械的に紙に書くということをしないで、それが目的を達成するのに効果的か、他にいいやり方がないかを考えるべきかもね。 俺は、金魚の場合、カレンダーチェックをやめ、例えば、親が口で毎日、子供に「金魚はそろそろお腹がすいているのでないの?」と語りかけたほうがいいじゃないかと思うね。A氏:親のほうがその語りかけを忘れないようにカレンダーをチェックすることになるね。私:工場だってその職場のチーフが「機械は問題ないかね」と機械のポイントを一緒にみて廻るのが、原始的なようで一番、効果的なようだね。 チェックシートがその会話のチャンスを殺すね。A氏:そういえば、例のプール事故がそうだね。 何か、現場チーフがアルバイトに日常、安全について現場を回って語りかけていないような気がする。 市の職員がプールの現場に来たときの会話もお茶のみ話だけではないの。私:マスコミの取材もアルバイトに「チーフとの仕事上の会話はどの程度あり、どういう内容だったの?」と質問したものがなかったようだね。A氏:すぐチェエックシートとマニュアルの取材だね。 新聞記者がマニュアルとチェックシート第一で育った世代なのかね。私:私の友人がある開業医から相談を受けたんだ。 地方の知名人の紹介で入ったある看護師が、要領が悪くミスが多いというんだ。 くびにできないので医者は愚痴を友人にするんだね。 友人もいろいろ知恵を出したらしいが効果がない。 そこで俺の嫌いなチェックシートを作って看護師に付けさせた。 でも、それでもミスはなくならない。A氏:それで結局どうなった?私:もう、その医者もガマンの限界にきて、あるとき、「これ以上ミスがあったなら、皆、一律ボーナスをカットする」と怒って言ったそうだ。 そうしたら、急にミスがなくなったというんだね。A氏:何故だろう?私:俺は、その医者の怒りでその看護師や周りの人が始めてことの重大性を覚ったのではないかと思ったね。 医者と看護師のフェース・ツー・フェースの口頭による基本的なコミュニケーションが十分でなかったのだね。 医者が愚痴を友人にして看護婦にできないというのは、看護師とのコミュニケーションが不十分だったのかもね。 医者は「ダメな看護師だ」と思っている一方で、看護師は「口うるさいオヤジだ」と腹の底で思っていたのかもしれないね。 そこまで、価値観が同じでなかったんだね。 だから、チェックシートは押付けになるだけだ。A氏:中小企業の会社経営でも、同じかね。私:ダスキンのフランチャイズ店などを展開する「武蔵野」が中小企業ながら日本経営品質賞を受賞しているが、小山昇社長は、社員教育は社長の直接の仕事だとして徹底的に訓練を繰り返しているという。 毎朝7時30分から8時30分まで早朝勉強会をやっていて、社員を5組分け、順番に受講させる。1989年に社長になってから3700回開催して、その3分の2は社長が直接話しているという。 そして、社長と同じ価値観をもつようにするまで行うという。A氏:中小企業の経営がバブル崩壊以来厳しいのに、この会社の業績は好調だというね。私:接待と称して取引先と飲んでばかりで社員と真面目に飲んでいないと批判的だ。 飲むとすぐ説教するから若手も嫌がる。 だから、社長が聞くべきだという。A氏:なるほど、IT時代とはいえ、原点はフェース・ツー・フェースのコミュニケーションが重要なんだね。 それも皆、忘れだして、便利な道具で逃げているのかもね。私:幼児が金魚に餌をやる訓練もね。
2006.09.27
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私:昨日(25日)の朝日新聞朝刊の「小林慶一郎のディベート経済欄」で「『脱デフレ』と残る課題」で「賃金と雇用のゆがみ」を正さないと、デフレの再来防止に問題ありとしているね。A氏:おれも格差問題に賃金と雇用問題がからんでいるという君の日記で、アンテナを張っていたので読んだよ。私:物価以外の面で景気回復が続いているのに、物価の下落は止まらない。 景気回復が続いていても実感が乏しい。 こうした景気回復の弱さの背景にある問題は、賃金が上がらないことだと指摘しているね。A氏:賃金が上がらないから消費が思ったほど伸びない。 自動車も格差の2極化を示しているのか、軽自動車と高級車が良く売れ普通車は売れない。 景気回復が力強さに欠ける。私:大企業の収益が向上しているのに、賃金が上がらないということは格差の原因にもなっているね。 小林氏は、バブル崩壊以降、「労働投入のゆがみ」を示す指標が増え続けていることがわかってきたというが、ちょっと具体的な説明がないね。A氏:後半で非正規社員の問題など、様々なゆがみが出てきていると述べていて、正社員の利益を守るだけでは、このゆがみは構造的に続くかもしれないとしているね。私:そうだね。 俺の日記のようにバブル崩壊以降、リストラなどを通じて、派遣社員の増大、社内外注(偽装請負)の増大、外人労働者の増大などが急速に進んだ。 すべてコストダウン、利益捻出のためだ。 それが「労働投入のゆがみ」の主な具体的な内容だろうね。A氏:そう言われるとよくわかるね。私:小林氏は景気の回復をもっと力強くし、デフレ再来を防ぐには、市場の回復をさらに進めて、「労働投入のゆがみ」を解消することが必要だと言っているね。A氏:それは格差拡大の解決にもつながると言っているね。私:とにかく、電気関係の松下、キャノン、シャープなどの大手企業の非正社員が半分近いというし、自動車も部品メーカーなど底辺企業になるとその問題が多いね。A氏:君は、前の日記で製造業の経験から「労働投入のゆがみ」は単に景気回復、格差問題だけでなく、仕事の質の低下、品質・サービスの低下、安全の低下、「物づくり」の能力の低下にもつながると指摘しているね。私:「会社は誰のために」(文藝春秋社)でキャノンの御手洗会長との対談している伊藤忠商事丹羽宇一郎会長は、9月11日号の日経ビジネスで「『唯金論』に侵された日本」というエッセイを載せているね。 経営者の関心が利益を出すための効率に向きすぎた結果、正社員の雇用を最小限に抑え、パート・アルバイト、派遣などの非正社員を増やす企業が増えていると批判している。A氏:しかも、十分な教育をしないで正社員なみの仕事をさせる。 仕事の質が悪くなる。私:サービス業ではサービス低下につながる。 流れるプール事故なんかの下請け丸投げなどの背景にはそれがあるかもね。 丹羽氏は、さらに「唯金論」から脱するための教育の重要性を説いているね。 バブル崩壊から15年。 「唯金論」に振れすぎたブランコを元に戻すには、それと同等以上の期間が必要だろうと氏は言う。 本当の景気回復までそれくらいかかるのかね。A氏:そうなると「労働投入のゆがみ」の修正にもそれだけ時間がかかるのかね。 それでは一世代を犠牲にするから遅いのではないかね。私:「会社は誰のために」の本でのキャノンの御手洗会長との対談は、企業の成功者としての対談だね。 しかし、キャノンが、正社員が少ないという構造で利益を出したとすると、丹羽氏の言う「唯金論」の成功ではないのかね。 大局で見て成功といえないのじゃないかね。A氏:なるほど、「会社は誰のために」でそれを論じて欲しかったということか。私:「会社は正社員のため」だけでなく、「労働投入のゆがみ」のない状態で利益を出すことで良き経営者が評価されるべきではないかね。 丹羽氏も日経ビジネスのエッセイでは「だからこそ、経営者の仕事は重いのだ」と言っているがね。 早稲田大学大学院教授野口悠紀雄氏は「日本経済は本当に復活したのか」(ダイヤモンド社)で経済の基本構造において将来に明るい兆しはないとしているね。A氏:大企業の収益は回復しているのではないの?私:教授によると利益が回復したのは自動車や家電を中心とする旧来型企業で、それも国民の家計の多大な犠牲があったからだという。 独自の分析をしている。A氏:これらの業種は、君がいう正社員の比率が極端に少ないね。 非正社員の増大は賃金格差となり、彼らの家計を犠牲にして利益を出していることになるのかね。私:小泉構造改革は、旧来型の仕組みの延命処置に過ぎないという厳しい批判だね。「唯金論」を脱していないのかもね。 丹羽会長の言うように経営者のさらなる努力を期待したいし、阿部内閣も格差をいうなら、この観点からしてもらいたいね。
2006.09.26
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私:知的漫遊記は、戦争街道にもどり、一昨日は戦後生まれの兵頭氏の軍事論だったが、今日は戦争体験者の山本七平氏の本に移ろう。A氏:調べたら、氏は1921年生まれ、青山学院卒業とともに学徒動員で即日入営。 1944年フィリピンのルソン島派遣、砲兵隊本部付、少尉にて敗戦、捕虜収容所に入れられる。 日本に帰ってから、「山本学」と言われる評論を多く書く。 1991年死亡。私:この本はまさに戦争末期に戦争の真っ只中にいた世代の体験をもとにした本だね。 出版されたのが1976年だから、もう、この世代の人の体験や考えはこういう著書だけになってきたね。 俺は、山本ファンだったから当時、買って読んだ覚えがあるんだが、やはり、その後、平和ボケだかなんか知らないが、忘れていたね。 また、読むとフレッシュな感じだね。A氏:君は山本さんと直接会ったことがあるそうだね。私:そうなんだ。1980年頃、製造業関係で研究会があり、その集まりに誰か有名人に講演をしてもらおうかとなった。 俺は山本さんを推薦したんだ。 そうしたら、研究会のある人が、彼は文化評論家であり、製造業の専門家ではないのではないかと反論した。A氏:そうだね。日本教とかどちらかというと文化論だね。私:そこで、俺は山本さんが指摘していた日本陸軍の内情は、日本人の組織運用の問題を提起している。 日本軍のような組織運用だと、工場の納期は遅れ、不良は山のようになり、ムダは無限に発生し、会社が敗戦となる。 だから、非常に参考になると主張して山本さんにきまったんだ。A氏:なるほど。私:事務局の人とたしか都心の市谷だと思うが、山本さんの仕事場に講演依頼に行ったね。 これが山本さんと会った最初だ。 市谷駅の近くの住宅街にある古い木造の仕事場に行き、そこの狭い階段を登った。 2階に山本さんの書斎というか、仕事場があり、高い書棚に囲まれた狭い机で仕事をされていた。 ベストセラー作家としては意外に質素だったね 講演の趣旨を言ったら、快く、引き受けてくれた。 一緒に行った事務局の人が「あまり予算がないので、10万円でよいでしょうか。」と聞いたら「結構です。」と即答されたね。 非常に物静かな親しみやすい感じの人であったね。 その後、山本さんとは講演会でお会いしただけとなったがね。 この本を改めて読むと、たしかに、日本軍の組織は一般の世の中の組織よりひどいね。 異常な世界だね。A氏:どういう点があげられるね。私:まず、「員数をつけるという員数主義」だ。 軍人勅諭は5条だが、これには裏の勅語があり、第6条があり、それは「軍人は員数を尊ぶべし」だという。A氏:員数検査とは企業でも棚卸しでやるね。 帳簿数と現物数の一致の確認だろう?私:問題は検査よりその意味づけにあった。 すなわち「数さえ合えばそれでよい」が基本的な姿勢でその内容は問わないという形式主義だったんだ。 それが員数主義の意味するところなんだ。 だから、「失くしました」という言葉は日本軍にはない。 その言葉を口にした瞬間、「バカヤロー、員数をつけてこい」という言葉がピンタとともにはねかえってくる。 すなわち、どこから盗んでくるんだね。A氏:そういえば、俺が大学のとき、半導体の授業で、若い助教授がホール効果という説明に、その話をしていたね。 教授は戦争体験があって、一人が軍帽をなくすと、他人の帽子を盗む。 それが伝播して、その小隊に帽子が電流のように流れるという説明だった。私:要するに、悪い情報は消されて、上にあがらない。 軍の情報体系は大きく根底からくずれる。 この話で有名なのが、例の昭和天皇の御聖断のときに、阿南陸相は九十九里浜の陣地も完成しているから、本土決戦への体制も十分だというのに対して、天皇が言った決定的な言葉は「九十九里浜には、陣地などない」という発言であった。 阿南陸相の頭には「員数として陣地はあるが、実体としてはない」というわけだね。A氏:棚卸しで、あるべき在庫がないことをごまかして、粉飾決算をしたら、会社は終わりだね。私:だから、トヨタ生産方式では何よりも「悪いニュースを先に言う」ということをまず徹底する。 そして、悪いニュースを先にいうことをほめる、叱らない。A氏:例のBad news first主義 だね。 われわれはとかくGood news firstになりやすいね。私:それから、責任と権限がめちゃくちゃだったということだね。 これは指揮系統の混乱となる。 山本さんのこの本でも「辻参謀」が登場するね。 フィリピンのとき、辻参謀がひそかに上の名前を騙って、捕虜の銃殺を指示する。 これを山本さんは私物命令と言っているね。 そして、それに伴うのは気魄という演技だという。 どなるように声が大きいというやつかね。 ロボットのようにきびきびし、大げさな軍人的なジェスチュアをする。 辻参謀はこの気魄の典型だったようだ。 しかし、表向きの「作戦要務令」というマニュアルにはあくまで命令権は明確で参謀にはない。 このチグハグをアメリカはよく理解できず、戦後の戦争犯罪裁判で手を焼くことになるね。 そして、辻参謀は逃げ延び、戦後、国会議員にまでなるのはご承知の通りで、山本さんはその経過に暗然とする。A氏:残念ながら、ドイツのロンメル将軍のような敵方も認める名将が日本にいなかったんだね。私:最後に山本さんが、捕虜収容所の生活で、その無法的な状態を経験して、同様に日本陸軍は無法的な社会であったことを述べているね。 陸軍は自然発生的な村の秩序しか知らず、組織を作って秩序を立てるという意識がないという。 何かの失敗があって撲られる。「違います。それは私でありません」という事実を口にした瞬間「言い訳するな」という言葉とともにその三倍、四倍のリンチが加えられる。これは「動物的攻撃性に基づく」秩序だという。 山本さんは「陸軍は人から言葉を奪った」という。 一方的ななぐる、どなる、リンチだけだね。A氏:その点、欧米の捕虜キャンプには秩序があったのだね。私:戦争のはじめ、日本軍の捕虜となったアメリカ人は自分たちを管理する実行委員会をつくり、委員長を選び、警察、公衆衛生、風紀、建設、給食、防火、厚生、教育などの委員会をつくる。その秩序を保つため、裁判所まで作ったと山本さんは指摘する。A氏:一昨日の「武侠都市宣言」ではないが、すぐに自治組織を作るわけだね。私:彼らの個人個人は日本人より偉いわけではないが、何か違うのだね。 シベリヤの収容所でも同じような無法状態であったという。 敗戦が原因ではないという。 帝国陸軍には悪名高いリンチがあり、それは天皇の命令に等しいはずの直属上官の厳命でもやまなかったという。A氏:一方で天皇の兵隊という理想と、一方で無政府的なヤクザ集団との現実の状態はどうして発生したのかね。私:一昨日の武侠都市宣言ではないが、日本には虐殺され、奴隷にされる中世の歴史体験と、人命を徹底的に消滅される近代戦争にそった体質がなかったのかもね。 だから、日露戦争のときの尉官クラスがその後に昇進して軍を把握していた間は、軍の暴走がなかったというね。 乃木大将は、日露戦争で日本に凱旋するとき、旅順の戦いで多くの死者を出したことにより、歓迎されないと思ったという。 だから、大歓迎に驚いたという。 しかし、やはり、乃木大将は明治天皇の逝去に対して、殉死しているね。 山本さんは「歴戦の臆病者はいるが、歴戦の勇士はいない」というが、山本さんのような「歴戦の臆病者」もなくなってから15年。 今の日本の指導者にも「歴戦の臆病者」がいなくなってきたね。 山本さんの本は「積んどく」本がかなりあるので、「山本学」にもどるかね。 それにしても、今後、「美しい日本」はどういう人によって作られていくのだろうかね。
2006.09.25
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私:昔から「英雄、色を好む」と言われるが、教師、警官、検事、役人、裁判官などというお堅い商売の人ほど、意外に裏では色を好む行為が多いと言われているね。 ストレスが高い上に、はけ口が少ないからかね。 若いときから真面目なタイプほど免疫性がなく弱いようだ。 俺が若い頃、知っていた有名大学教授はもう故人だが、ブルーフィルム、今でいう裏ビデオの収集で有名だったね。 不思議なことにお坊さんは「生臭坊主」と言われるように、大目に見られているようだね。 クリントン大統領もあれだけのスキャンダルだったが、問題にされたのは偽証問題だったらしいね。 ケネディ大統領の女癖の悪かったのも有名だね。A氏:以前、フランスのミッテラン大統領に愛人がいたことも公然の事実だね。 例のベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」でフランス国民から“スフインクス”とあだ名をつけられた大統領だ。 ヨーロッパは歴史的に神父だって性的スキャンダルがあり、僧院の男色は歴史的に有名だね。私:日本では1989年(平成元)に竹下内閣がリクルート問題で首相を降り、生まれた宇野宗佑首相が女性スキャンダルでゆれ、参議院選挙で敗北。 総理在任期間は僅か69日でつぶれ、海部内閣となるね。 日本では政治家の女性スキャンダルは厳しくなったね。A氏:昨日の日記ように、欧米は「良心」と「良識」を使い分ける「二段構え」なんだろうね。 欧米は「政治家だって男なら女性のあやまちは仕方ないだろう」と現実的な人間性悪説的な「良識」が働くのかね。 しかし、「良心」だけの「一段構え」の日本では、人間性善説的に裁かれるのかね。A氏:この宇野内閣登場のときは、竹下氏の後継としては阿部晋太郎、宮沢喜一、渡辺美智雄らの有力者がいたんだが、皆、リクルートに多少関係があったために、突然、リクルートに関係が薄かった予想外の宇野氏になったのだね。 阿部晋三新総理のお父上の貴重な総理へのチャンスだったのにね。 親子総理になったかもしれなかったね。私:話は変わるけど、昨日、本を整理していたら、植草氏の「日本の総決算」という本が出てきたのだよ。 1999年の発行だね。 彼は、東大を出て野村総研上級エコノミスト。 当時、まだ40才にならないのに、日経の人気エコノミストランキングでは第1位だね。 こういう秀才型で真面目タイプほど、女性問題に溺れやすいね。 当時、小渕内閣だから、景気回復で公共投資が積極的に行われる。 植草氏は積極投資のほうだ。A氏:例の手鏡事件で逮捕されたときは、2004年で、小泉内閣のときだから、植草氏の考えと合わなくなっている。 だから、この事件は小泉、竹中の陰謀だという説まで流れたね。私:その小泉首相が去り、竹中氏も去るときに、偶然とはいえ、また、植草氏の痴漢逮捕だね。 実は、かなりまえだけど、京都大学に人気教授で矢野暢という人がいた。 この人もセックススキャンダルでやられた。 このことを連想で思い出したんだよ。 日曜日に「題名の無い音楽会」という長寿番組があって、これは、亡くなった作曲家の黛一郎氏が、日本系の石油会社のスポンサーを得て作った番組で、クラシック音楽を大衆に親しんでもらおうという趣旨のものであったように思う。 これに矢野氏が出たことがあるA氏:たしか、黛氏の奥さんは、確か、女優の桂木洋子であったんだろう。 清楚な美人である。われわれ世代は、あこがれたものだよ。私:矢野教授の専門は文化人類学だと思うが、タイの村落に研究で2年ほどいたという。 しかし、音楽にも造詣が深く、指揮もできる。 このテレビでは、最初、舞台の一角に、バーのスタンドがあり、ここで矢野氏がワインかなんかを飲んでいるところからスタートした。 そして、カラオケを歌出だす。 演歌だったね。 曲名は忘れたが、カラオケもうまい。 そして、最後にオーケストラの指揮までやったように思う。 別のNHKの番組で、経営のことで座談会に出席していた。 当時、QCサークルが盛んであった。 しかし、氏はその活動を何故かよく知っていて、「あれは、日本人の後進性の象徴である。」と批判的であった。 日本人として初めてスウェーデン王立科学アカデミー会員となった。A氏:多芸多才の人だったんだね。 そういえば、当時、よくテレビで見たよ。私:このように、才能豊かな人であったが、十年位前に秘書とセクハラ問題を起こし、京 都大学を去る。 セクハラを受けた女性秘書の方が「悔やむことも恥じることもなく」という本を出しているね。 また、裁判記録の「京大・矢野事件」という本も出ているね。 教授は、一時、隠遁生活をするが、ウィーン大学の客員教授として招かれたという。 ウィーン大学は「良識」があったんだろうね。 数年前に63才でウィーンでなくなったという。 学者としては若い死だね。 しかし、最近は、アメリカなどもセクハラ問題はこわいね。 優秀な頭脳を失うことになりかねないね。 こういうのは阿部内閣の再チャレンジの対象にはならないかね。 なお、ウィキペディアによると、お笑いコンビくりぃむしちゅーの有田哲平は矢野教授の甥であるという。 セクハラがネタとして使われている(「親戚にいる大学教授のオジサンを見習えと言われていたが、その人セクハラで訴えられた」)。
2006.09.24
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私:この日記で著者は登場しているね。 司馬遼太郎の「坂の上の雲」で日露戦争の旅順の203高地について疑問があった点を著者がたまたま、「文藝春秋」で述べていたことでミスティリーが大分解けたからだ。A氏:28サンチ砲を移動したとき、セメントがどうして早く乾くようになったかだね。私:この本は、2000年発行で著者は当時39才とある。 数年前のものだが、図書館で借りた。 氏は、日本は核兵器をもつべきだという意見だね。A氏:それで題名が「武侠都市」なんだね。 武侠とは軍事を重んじ、男気があることだが、なんで、ここで都市が出るのかね。私:著者によるとヨーロッパの都市は、要塞都市であったという。 そして、市民が戦士となって都市を守ったという歴史がある。 だから、ヨーロッパのサッカーは都市対抗だね。A氏:日本だって、都市対抗野球はあるよ。私:あれは経済的な企業城下町対抗だよ。 ヨーロッパの武装都市に対して、広島、長崎、東京の犠牲は都市戦闘文化がないために、戦争では無防備による損失をこうむったという。A氏:戦国時代に堺の町がそうであったのではないの?私:著者は堺の町民が武装し信長と戦ったのでなく、金の力で浪人などの傭兵を用いたと言い、市民自らが武装した西洋中世の「自治都市」「自立自由都市」とちがうという。 だから西洋では市民とは「戦闘員」のことだという。 奴隷は逆に戦闘員でないからハッピーだったという。A氏:武田信玄の「人は石垣、人は城」か。私:はじめに武侠心のある市民がいて次に城があるのだ。A氏:そういえば、何故、日本の都市は城壁に囲まれていないのかね?私:大陸と地続きでなく、海で囲まれたいたせいか、歴史的に町がある軍勢に攻略されて、住民が全員虐殺されたり、奴隷の身分に落とされたりされる歴史的経験がなかったんだね。A氏:ヨーロッパ大陸の歴史は殺伐たる戦争の連続だからね。私:だから、日本人に分からないような復讐心が強いというわけだ。 これが外交にもあらわれる。 これは中国も同じであるという。 ただし、中国では市民は育たず、これは王侯以外は奴隷という制度が都市によって強化されたからであるという。A氏:しかし、そういう日本国民も明治維新で徴兵制度がしかれ、一般市民が戦争に行くようになるね。 だから、伝統的に武侠市民でない、本当の市民が戦争に行くようになったのが日本軍の問題点だというわけだね。 私:著者は司馬遼太郎が「坂の上の雲」で203高地の乃木大将の評価が低いのには反対だね。 むしろ、ロシアの堅牢な要塞を1万5400人の戦死者で陥落させたことは抜群の戦さ上手だという。 その原因は日本陸軍が第一次大戦で地獄の塹壕戦を経験しなかったことだというね。 A氏:1万5400人で驚くなということか。 昭和の戦争はどうなんだろう?私:日本の軍隊のだらしなさに対する反論なんだろうが、今の会社だって良い上司がいたり、悪い上司がいるように、軍隊は国民のサンプルであり、写し絵だという。A氏:軍隊は作戦が失敗すると多くの死者を出したり、国を失ったりするから、一般の会社と違うと思うがね。 日本は第一次大戦の空白もあるが、国民性として歴史的に組織的な近代戦争下手なんだね。 津本陽氏が言うように戦国時代はわからないがね。 それから昭和の戦争は侵略だったのかね?私:国の権力は安全・安価・有利と思われれば発動されるから、ある隣国を侵略し民間人を殺し、町を焼くことが日本のそのときの国権を維持し日本の将来を増進してくれるならすればよいという考えだ。A氏:だから、欧米はかっての植民地国に対して国として謝罪していないというわけか。私:著者の言う欧米人の「二段構え」という見方は興味があるね。 一つは「良心」で人間性善説につながり、無差別で想像的な理念・信仰をいう。 もう一つは「良識」で人間性悪説につながり、悪は法で縛るべしという考えで、国民ごとの歴史的なひどい体験と不可分だという。 これとマッカーサー憲法と関係があるね。 この憲法の前文は「良心」だ。 しかし、現実の世界には悪い国もいる。 それに対する「良識」がこの憲法にない。 放置していると、非現実的な憲法のままで平気な神経になるという。A氏:鈴木孝氏が言っていたね。 ユートピアは「理想郷」でなくて、「存在しない場所」が本当の意味だそうだ。 現実的に考えると、平和憲法発布の後、すぐに朝鮮戦争が起こる。 最近では北朝鮮のミサイル問題があるね。私:本来、ある考えで作られた国家があり、そのテストされた考えに基づいた憲法がある。 それが戦後憲法は先に憲法ありきだね。 著者は、平和憲法と安保のセットは、日本国民の武侠心をゼロにしているという。 歴史的に日本は武侠心が乏しい上にね。 そして、安保でアメリカが守ってくれるという完全な保証はないという。 むしろ、アメリカを敵になることも考えるべきだという。A氏:食糧一つとっても日本は安全でない。私:世界的に人口が減少するという見通しがないかぎり世界に平和が訪れないという。A氏:「美しい国」は、どうなるのかね。 武侠の国でもあるのかね。私:欧米の殺し合いの歴史からの武侠心がグローバルスタンダードになり、日本がそれにしたがわないと国際的に生きていけないのだろうかね。 だから、203高地で多数戦死者を出してもすぐに驚くようではダメだということか。 自衛隊は、例えば、韓国のような軍隊になるのかね。 韓国は確かイラクに千人単位の軍隊を派遣しているのではないの? この著者の視点からすると、ますます、先の見えない時代になりそうだね。
2006.09.23
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私:こないだ、娘が2人の孫を連れて遊びに来た。 両方とも男だ。A氏:俺のところは全部女だよ。世の中、バランスがとれているね。(笑い)。 皆、地方にいるので、あまり逢えないんだが。私:俺のほうは、車で10分くらいのところにいるんで、週1、2回は来るね。 いつも来ると、夕食を一緒にしてから、4才になる上の子は私が風呂に一緒に入れる。 今月で4ヶ月になる下の子は、俺の女房が入れる。 俺だとまだ、扱いがなれないといって不安がるからだ。A氏:だって、君が若い頃、自分の子供が乳幼児のときに風呂に入れていたんではないの?私:どうも記憶にないんだね。 団地住まいの核家族で、両方とも親は田舎だから、女房がやっていたのかね。 子供が3、4才になってからは、一緒に風呂に入れた記憶はあるがね。A氏:そういえば、俺もあまり記憶がないね。私:先日、来たとき、女房が風邪気味なので、俺が下の子を風呂に入れてやろうと言ったんだ。 女房は不安がったが、娘はたいしたことはないというんだね。 そこで、入れることにした。A氏:どうだったね。私:いや、先に俺が風呂に入り、女房が裸の子供を抱いてきたんだが、風呂の入口のドアに少し、頭をかすったら、泣き出したね。A氏:それは幸先がよくないな。私:めそめそした状態で、幼児用のボディシャンプーで洗った。 ところが、驚いたね。A氏:何が?私:一通り洗ったので、胸に洗面器のお湯をザァーと流したんだ。泣くのかと思ったら、ピタッと泣き止んだ。 そして、湯船に抱いて入れてやったら、気持ちよさそうなんだね。A氏:無事、入浴終了かね。私:娘の説明では、まだ、乳幼児の段階では、母親の胎内で羊水に安定してつかっていた記憶があるので、風呂につかるというのは、安心感を与えるのだろうと言っていたね。A氏:なるほど、ぐずったら、湯船に入れてやればいいんだね。私:後で、その子がオルゴールを聴いていたが、これが切り替えスイッチでいろいろな曲が流れるんだが、ボコボコと変な音がするのがあるんだ。A氏:曲ではないの?私:そうなんだ。心臓の鼓動音だというんだね。A氏:なるほど、君がいつか言っていたように、胎内にいる子供は、先に聴覚が発達するらしいね。 その記憶があるから、安心するのだろうね。 おもちゃメーカーも考えているね。私:昨日の朝日新聞の夕刊で、宮沢賢治の生誕110年でその研究の話が載っていたが、作家の高橋源一郎氏が子供がお腹にいた頃、ラッパのような器具をお腹にあて、童話や誌を聞かせたそうだが、反応しない。 ところが宮沢賢治の童謡「鹿踊りのはじまり」を朗読したら始めて動いたとあったね。 この童謡が見直されるかもしれないね。
2006.09.22
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私:徳富蘇峰という人は、明治・大正・昭和の三つの時代に常に時流に乗って指導的な役割を果たした言論人で、戦後、A級戦犯容疑を問われたが、言論の自由の米国的な考えで他の言論界の容疑者とともに、釈放された。 昭和32年、95才でなくなっている。 この本は日記とあるが、彼が敗戦直後から約半年にわたって、逐次書いた79のエッセイ集だね。 口述筆記のせいか、実に読みやすいリズミカルな文章で、厚い本だが、一挙にひきつけられるように読んだよ。 その後の60年にわたる戦争責任などを扱った本の内容をすでに先取りしている感じだね。 7月に出た新刊だ。A氏:昭和20年に書いた本が何故、今になって出版されたの?私:遺言であったとのこと。 A級戦犯に問われるほどだから、天皇を神とした国体維持派だね。 「世界においてその特色を発揮しているのは万世一系の皇室があるからだ、それを占領軍がこわせば、第二のフィリピン、ハワイになるだけだ」と言っている。 しかし、このような選民意識がフィリピン人の虐待につながる原因となりやすいね。A氏:天皇には戦争責任はないという立場かね。私:いや、天皇はイギリス的な立憲君主制にこだわっていたと批判し、明治天皇のようにもっと外交には関与すべきだったとしている。 もっともそうなったのは、昭和天皇を教育したり、支えたりした幹部に責任があるとしているがね。 たしか、昭和天皇自身も敗戦の一つの原因としてまわりの幹部に恵まれなかったことをあげているという。 敗戦ともに、退位するのが自然だとしているが、それは天皇自身がきめることとして、主張はしていないね。A氏:敗戦の原因はどう考えているのかね。私:いや、その前に興味があったのは、敗戦間際に、かって、日独伊の三国同盟を結ぶときの外相であった松岡洋介氏と話す内容が書いてあるんだが、松岡氏は次の3つの理由で日本は絶対負けないと言っていたという。 1つには、日本の国体は伊勢神宮をもとしているから、必ず、神が助けてくれる。 2つには、直感だ。 3つには、経験からくる直感だ。A氏:当時の国の上層部にいた人がそうだとは、笑うに笑えないね。私:敗戦時の首相の東久爾宮殿下は一億総懺悔だという。 石原莞爾大将は日本総体の道徳低下だという。 当然、著者は反論する。 軍の下克上の指摘が出る。 明治にも下克上はあったが、すぐに罰せられたが、昭和では放置されたとも指摘する。A氏:大東亜戦争は侵略戦争かね。私:いや、自衛だという。 侵略戦争を言い出したら、英国、アメリカ、フランス、ソ連のほうが先輩だというわけだ。 その侵略に対する自衛だという。 ソ連の火事場泥棒的行動を指摘しているね。A氏:軍部の敗戦時の惨めな姿はどうだね。私:彼は、日本軍が負けたのは戦争だから仕方がないが、負けたときに軍需品を私利私欲のために上から下まで横領した軍人や兵士には呆れて、この火事場泥棒的行動は許すことはできないとしているね。 意外に偉かったのは杉山元帥だとしている。 4発のピストルを撃ち、自殺する。 それをみて夫人も自殺する。A氏:自殺し損ねた東条大将については?私:自殺失敗は山田風太郎同様にきびしいね。 単なる真面目な軍官僚に過ぎないとしているね。 東条も成績はあまり優秀ではなかったらしいが、幼年学校、士官学校、陸大という典型的なキャリアコース出身だね。 それから官僚については、興味あるのは、敗戦直後の9月末に首相の東久爾宮殿下が65名の各省幹部に対して言った次の6つの内容だ。 1.私利私欲でなく、国民の手足となること。 2.良心的な国民となること。 3.無責任なことなかれ主義とならないこと。 4.国民の幸福を重んじ、官権万能を廃すること。 5.紙の上の計画をしないでよく現場を知ること。 6.能率的に仕事をすること。A氏:なんだ、今とあまり変わっていなじゃないか。 軍国主義時代から、すでに官僚は堕落していたんだね。私:日露戦争に比較すると、国民は戦争に対する一体感が乏しかったというね。 軍人が偉そうに民間人と対応する行為が多かったそうだ。 軍人の汚職もあったようだ。 一億一心ではなかった。A氏:日本軍の虐殺については?私:とりあげているね。 フィリピンの虐殺で山下奉文大将の裁判をとりあげ、彼は、皆、部下が勝手にやったことで自分は無罪だと主張するのにがっかりするね。 特攻隊でも、20才くらいの若者は純粋だが、それ以上の幹部は遊んでいたというので憤慨しているね。 著者は日本軍を信じていたが、次第に事実が明らかになるにつれ裏切られたと言っている。A氏:「国家の品格」が問題にすべき「武士道」は、実は、日露戦争以後、大正から昭和のはじめにかけて必要だったんだね。 この時代に伝統的な「国家の品格」は崩壊していたんだね。 その崩壊した頃、育った軍人が、満州事変あたりから幹部になるんだね。私:精神で勝つという精神論をもってね。A氏:靖国問題は?私:これは深くふれていないが、伊勢神宮、明治神宮、靖国神社などの日本の国家神道は宗教でないとして、マッカーサーのやり方は反対だね。 しかし、この国家神道は気をつけないと、精神主義になりかねないね。 昭和の指導者は、先の松岡元外相のように神頼みとなっていたからね。 いずれにせよ、敗戦の年の日本の生々しい現実を国体擁護の観点から知ることができる良き資料だね。 解説の御厨東大教授は、理系も文系も学習する教養学部1、2年向けにいいテキストになるのではといっているね。
2006.09.21
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私:知的街道は、昭和の戦争街道にもどる。 上記の両書とも昨年の夏の刊行だね。 津本陽は歴史小説の作家だが、珍しく昭和史の辻政信のことを書いているので興味持って読んだ。 何とか連隊とか砲何台とかの箇所は、興味がないからとばして読んだね。A氏:この前の日記で辻政信の作戦のまずさから多くの戦死者を出したのはノモンハン事変、ポートモレスビー攻略、ガダルカナル玉砕とあったね。 そのうちのノモンハン事件における辻参謀を扱ったものなんだね。私:津本陽氏は戦争中、中学校の先生がノモンハン事変で戦った人で、授業中にその戦いの話をしたというのがこの本を書いた動機のようだね。 だから、戦国時代の戦いとの比較が出てくる。 信長、秀吉、家康の三英雄だけでなく、諸大名の行動がどれだけ慎重であったか、敵の内情探索に力をつくし、二重、三重に謀略の網をはりめぐらし、敵と先端をひらくとき、わが術中に完全に陥らせたのちでなくては動かなかった。 著者は、戦国百年のあいだに日本の戦力は、西欧に攻め込んだとしたら、全ヨーロッパをきわめて短期間に征服したであろうといわれるほど強大になっていたというね。A氏:信長が本能寺でやられなかったらね。私:津本陽はそれに比較すると、ノモンハンの戦いは、まったく敵の状況を探索せず、戦えば必ず勝ちを得るという独断によって、何の成算もなくひきおこしたものだという。A氏:この作戦計画に辻参謀がかかわっていたわけだ。 それと保坂氏の「あの戦争は何だったのか」とはどういう関係にあるの?私:保坂氏の本は昨年読んだが、太平洋戦争を扱った本だから、ノモンハン事件はふれていないね。 しかし、この本は、他の太平洋戦争の本と違って、いきなり戦争の話から入らず、第1章に旧陸軍のメカニズムを説明している点に特長があったんで記憶していたんだ。 辻参謀は、まさにこのメカニズムで育った参謀の典型だからだ。 そこに、何故、彼のような人物が育成されたかの謎を解く1つのカギがあったからだよ。A氏:日本の昭和の陸軍の職業軍人の育てられ方に問題があったわけだね。 辻参謀はその産物というわけだ。 そのメカニズムと辻政信の個性とが結びつくわけだ。私:保坂氏の説明によると、職業軍人になる第一歩は陸軍幼年学校から始まる。 年令では満13才の時だ。 高等小学校卒業者か、旧制中学一年生終了時に受験資格を得る。 難関であるが学校は官費で金がかからない。 3年の後、陸軍士官学校に進み、4年半の教育を終え、少尉となる。 その上に陸軍大学校(陸大)がある。 資格が厳しく、推薦が必要だし、定員はわずか50人というせまき門であった。 そして3年の教育を受ける。 成績優秀で卒業すれば幹部となる。A氏:辻参謀は、どういうコースをたどったのかね。私:辻政信は明治35年10月に石川県の貧しい農家に生まれる。 小さい時から読書を好み成績は抜群であった。 小学校を終え、高等科に進み、成績は2番。 家の炭焼きなどの重労働をしての学習である。 通常はそのままいくと師範学校入学となるね。 しかし、偶然のことから、幼年学校受験をすすめられる。 そして猛勉強する。 名古屋の幼年学校を受け、一旦落ちるが、補欠で入学する。A氏:ここで大きな人生の岐路があったんだね。私:徹底的な天皇の軍隊としての教育が行われる。 体力もあり彼の猛勉強はすごかったという。 首席で卒業し、皇太子から銀時計を授与される。A氏:体力もあるが、すごい努力家なのだね。私:士官学校予科に入るが、日曜も遊ばず勉強する。 その後に士官候補生として金沢連隊に配属され、半年後、東京にもどり、士官学校に入学。 ここを一番で卒業し、第七連隊勤務となる。A氏:幼年学校首席卒業、士官学校首席卒業だね。私:しかし、連隊では、彼は同僚から遊蕩に誘われても絶対に応じなかった。 その勉強に励む姿は兵の間に辻信者を作った原因となったという。 しかし、著者は辻の本に頼る勉強が彼を偏狭にした一因とみているね。 昭和3年、25才で陸大にはいる。 翌年、結婚した。A氏:結婚したのだね。私:面白いのは夫人だね。 辻は気にくわないことがあると、夫人の頬に平手打ちをくらわせたという。 夫人は殴られてばかりいてはたまらないと、留守中に、ひそかに近所の柔道の道場にゆき、足払いの技を身につけた。A氏:それでどうなった?私:ある日、それを知らない辻が夫人に平手打ちをしようとしたら、いきなり足払いをかけられ転倒した。 そして、柔道を稽古していると聞くと辻は大笑いして、それからなぐらなくなったという。A氏:夫人もやるね。私:辻が陸軍大学校を卒業する時は首席でなく、三番で、恩賜の軍刀を得た。 彼は、陸大時代、その勉強の力を自己顕示するようになり、しばしば、教官をやりこめた。 これがたたって、実力は一番だが三番で終わったと言われる。A氏:なるほど、まさに、保坂氏のいうメカニズムのエリートコースをトップで走ったというわけだね。私:戦えば皇軍は必ず勝つという信念を骨の髄まで叩き込まれたわけだ。 軍事官僚の典型となった。 陸軍の軍人は「天皇に奉公する」ことが使命であり、天皇の軍隊(皇軍)であることを徹底的に教えられる。 そして強烈な精神主義だ。 物量的にかなわなくても、精神力で勝てるという国家神道からくる神がかり的な信仰だね。 そこには、津本陽が指摘した戦国の武将のような精神的なたくましさはないね。A氏:ある意味、もろい純粋培養だね。 サリン事件の林被告のようだね。 だましに弱いのは、オウムでもそうだが、例の偽メール問題の永田議員のような純粋培養型に多いね。私:ノモンハン事変は、その後の太平洋戦争のミニチュアモデルだったね。 残念ながら反省はなく、繰り返した結果となっているね。 狂信的な軍国主義は、サリンとは比較もできない死者を出したね。
2006.09.20
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A氏:先日の日記で次の英語の訳について説明がなかったね。“You could take a ride in a basket too,”私:この場面は、探偵トニーがマフィアに追いかけられているジョニーを助けてやろうとすることが背景にあるね。A氏:あぁ、14階に部屋をとっているジョニーを従業員エレベーターで逃がしてやるというわけだね。 もう、夜中の1時過ぎだね。 ホテルはシーンとしている。 ホテル正面のほうにはマフィアがいるわけだ。私:従業員エレベーターというのは、英語でservice elevator となっているので、業務用エレベーターとも訳せるね。おもに、洗濯物を運ぶのに使うんだろうね。A氏:ジョニーが刑務所に入る前に一緒に暮らしていた女性のイブが、14階の隣の部屋にいることをトニーはジョニーに教える。 しかし、トニーは、ジョニーを逃がす代わりに彼女とまた一緒になるのは諦めろ、というのだね。 そして、逃げる手配もしてやる。私:そうだ。 それに対して、ジョニーはまだ、未練がましく、「あの女もつれて逃げるかな」 というわけだ。A氏:ストーリーの流れからすると、トニーはムッとするだろうね。 「できるならやってみろ」と言いたいところだね。 もし、一緒に連れて行くとなると、業務用エレベーターで連れ出すしかないね。私:それで、“You could take a ride in a basket too,” とトニーがジョーに言うんだよ。 籠basketは洗濯物を入れる籠だね。 業務用エレベーターにあるやつだ。 これを井上訳は「籠のなかにでもかくしていけばな」だね。 多少トニーの「連れて逃げることはできないぞ」という拒否の感じは弱いが出ているね。 稲葉訳の「洗濯ものの籠にかくれて降りることもできる」は連れて行くことを認めているような弱さを感ずるね。A氏:そうか。 そうすると、清水訳の「あんたがバスケットに入れられて運ばれることになるよ」というのは全く意味不明となるね。 「あんた」がジョニーを意味するなら、「誰が」ジョニーをバスケットに入れてエレベーターを運ぶのか、この重要なストーリーの流れが大混乱だね。 たった、この一文が話の全体に関係する問題になるとは。私: rideとbasketが単数でtooがあるので「1回で、一個の籠に入って一緒にいけるとしたらな。しかし、それはムリだろうね。」と意訳できるね。 couldは仮定法だね。A氏:トムハンクスのTVドラマの脚本のほうではどうだい?私:英文はないが、訳では、ジョニーが「イブも連れていきたい」というのに対して、トニーはピシャッと「もう、女はあんたが頼れるものではないんだ」と明言しているね。 そして、原作よりも厳しくて、ジョニーが「行く前に、ひと目会わせてくれ」というのに対してトニーは「会わないことだ」とまた、ピシャッと言っているね。A氏:それから、Down the corridorの訳の件もあるね。私:これは Down the corridor, light came from the open door of the house-keeper’s office. の訳の問題だ。 井上訳では「廊下を歩いていくと、メイド主任の部屋のあいているドアから明かりが見えた。」だ。 この階は、洗濯室がある階だ。A氏:なるほど、トニーは廊下を歩いていることになるね。どの方向に?私:いや、廊下は歩いていないよ。 深夜の1時過ぎだよ。 真夜中だよ。 そして、そっと業務用エレベーターをあけたままにしていた籠を取り除いたんだよ。 この階ではメイドがまだ、部屋にいるんだ。 トニーは、メイドに気づかれないかとハラハラする場面だよ。 やたら歩いてはダメだよ。A氏:そこで稲葉訳は「廊下のさきの雑役婦の部屋はドアが開いていて、あかりが洩れていた。」となり、そのハラハラシーンの描写となるわけだ。 なるほど、歩いてはいけないんだね。私:清水訳は「廊下の端しで、管理人の部屋の開かれたドアから灯りがもれていた。」とほぼ同じ訳だね。 歩いていない。 ただ、「管理人の部屋」というのはthe house-keeper’s office の訳だから、洗濯室がある階の雰囲気としては適切ではないと思うね。A氏:いずれにせよ、ちょっとした訳によってストーリーの流れや面白みがえらく変わるんだね。私:特に、この短編は流れるようにストーリーが展開していくので、その流れをつかむことがこの短編の面白みだね。 ハードボイルドのエキスを抽出した短編という評価もあるくらいだからね。 先日、古い本を整理していたら、中村保氏著「名訳と誤訳」(講談社現代文庫)を見つけたよ。 ここに「誤訳発見のカギは論理的矛盾」とあるね。 これは俺の日記でもふれたね。 この本でもでも訳の比較をやっているね。 当時、チャンドラー・ファンでなかったので気がつかなかったが、名訳者の一人として、映画字幕訳者の清水俊二氏をあげていたのに、改めて気がついた。 上記の清水氏だ。 「長いお別れ」の冒頭部分をかなり、長く引用している。 もっとも、さりげなく、in a dinner jacket を訳していないのを指摘し、字幕作製の専門家らしい目こぼし、「はしょり」だろうとしているね。 ところで、誤訳の例として He’s twenty-six and six three.を「彼は26才6ヶ月3日という年令で」と訳している例をあげているね。 ある米文学者の訳だという。A氏:間違いでないように思うがね。私:これは「彼は26才で、身長は6フィート3インチだ。」が正解だという。A氏:なるほど。理屈は通っている。
2006.09.19
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私:この日記でこの本にふれたのは、8月11日だ。 そのとき、図書館に予約したんだが、予約が多く、やっと先週入手。 約一ヶ月待ったね。 その間に、この本に関係があるという「終戦外史」を読んだんだ。 この著者のロバート・ビュートウ教授は、長谷川教授の恩師だというね。A氏:長谷川教授はロシア史が専門だというが?私:北方領土と日露関係について数年前に本を書いたとき、太平洋戦争の最後に関心をもったという。 教授はアメリカ国籍を持っているから、日本人で、アメリカ人で、かつ、ロシア史の専門とい う立場でこの本をまとめているね。A氏:「終戦外史」と違う点があるのかね?私:圧倒的にロシア側、すなわち、スターリンから見た内容が新鮮だね。A氏:しかし、日本の降伏の原因の一番大きなものはアメリカの原子爆弾ではなかったの?私:著者はいろいろな資料から、天皇がポッダム宣言を受諾する決心をする原因はソ連参戦のほうが大きいとしているね。 だから、アメリカが原爆投下の倫理的責任を逃れるために、日本の降伏に効果があったという論理はムリがあるとしている。 トルーマンも戦後、自己弁護をしているが、それは彼が死ぬまで原爆投下に苛まれていたことを示しているという。A氏:原爆投下は、当時、日本政府はスイス政府を通じてアメリカに毒ガス並みの残虐な兵器の使用だとして、ハーグ会議の国際ルール違反として抗議するが、トルーマンは無視するね。 以後、戦後になっても政府がそのような抗議をしたことはないね。私:著者は日本軍が残虐行為をしたからといって、これは別な問題で、アメリカの名誉のために、アメリカ人は原爆投下はアメリカの負の遺産であることを直視すべきであり、ここにこそアメリカ人の尊厳がかかっていると言っているね。A氏:なるほど、広島・長崎への原爆投下は日本を降伏させるために必要だから、正当であったというのは神話で、倫理的責任の回避だというわけか。私:それにしても、スターリンの日本の敗戦間際のあくどい領土侵略は、この本で明確にしめされているね。 8月22日まで、スターリンの指令で、北海道上陸の準備が進められていたが、トルーマンの強力な拒否で諦めた。 しかし、しっぺ返しのように、関東軍の捕虜64万人の捕虜がシベリア送りとなった。 ポッダム宣言の違反だね。 歯舞諸島のソ連による占領は、講和条約が締結された9月2日の後の9月5日だよ。A氏:火事場泥棒だね。私:ソ連の対日参戦は軍国主義に対する戦いだというが、スターリンの動きはまさに著者がいうように帝国主義的侵略だね。 共産主義的な正義はないね。 講和条約後のスターリンの勝利演説も歴史を捏造した嘘八百を言っていた。 著者はソ連崩壊後に生まれた新生ロシアがスターリン主義の負債から脱却するには、ソ連がどのように太平洋戦争に参加したかを反省することから始まるとしているね。A氏:これが「北方領土問題」だね。私:プリンストン大学の社会学者ロズマンが「北方領土症候群」と「ヒロシマ症候群」は形を変えた日本ナショナリズムであり、日本も戦争の被害者であるという被害者意識を植えつけたという。A氏:一方、日本が過去の軍国主義、植民地政策、侵略などの加害者としての意識もあり、俺は靖国問題でもそうだが、被害者意識と加害者意識の両方の間をさまよっているね。私:著者は、その被害者意識が、加害者意識を直視してまじめに倫理的責任を日本人の間で共有することを阻んできたという。A氏:昨日、日曜日の朝日テレビで田原総一郎が大東亜戦争の総括を政府としてやってほしいと番組の趣旨とは外れたテーマでしつこく阿部氏に迫っていたが、これは逆に質問している田原氏自身が被害者意識と加害者意識の間をさまよっているように思ったね。私:これは国際政治の「暗闘」の世界では妥協やごまかしの問題で、政治家に期待する問題ではないような気がするね。A氏:最後の聖断に至るまでの日本の指導者の欠如の反省もあるね。私:著者は、その意味で昭和天皇は退位すべきだったという意見だね。 ポッダム宣言受託で日本の指導者は「国体護持」とは皇室の維持なのか、明治天皇以来の皇祖皇宗の立憲君主制と両立しない天皇の神格的権威の維持なのか、もめて決断を遅らした。 本土決戦で、多くの日本人が死ぬばかりでなく、伊勢神宮に敵が侵入し三種の神器を奪ったら国体は消滅すると天皇は心配する。 著者はどちらが心配だったのかと手厳しい。 これは日本の負の遺産かもね。 この本は日本降伏をめぐり、それぞれの国とその指導者たちが、いかにだまし合い、牽制し合い、脅しあい、あるいは決断を間違ってしてきたかのどろどろした姿を鮮明に描いているね。A氏:まさに「暗闘」だね。私:しかし、その結果は、戦後、60年たってもわれわれ一庶民の肩にかかってきているのは怖いことだね。 以前、阿川弘之氏は「若い女の子が、『太平洋戦争なんて私たちに関係ないよ』というが、もし、太平洋戦争で本土決戦をしていたら、彼女らの祖父母か父母は死んでいただろうから、彼女らは生まれていない」と言っていたね。 深い関係があるんだよ。 われわれは、結局、知らず知らずのうちに歴史の流れには逆らえないのだろうか。A氏:しかし、歴史に無知で生きるより、それを知って生きるほうが賢明ではないの?私:そうかもしれない。 だから、このような本を読む気になるんだろうね。
2006.09.18
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A氏:松本被告の死刑が確定したね。サリン事件以来、十年以上になるね。私:サリン事件は1995年の3月20日だね。 月曜日の都心の地下鉄のラッシュアワーで起きた。 俺の日記によると、午後1時にJR浜松町駅に近いある会社のビルで打ち合せのため、横浜の家を午前11時に出たとある。 家を出る前にすでにテレビで盛んに報道されていたことを覚えている。 午後1時から打合せしていたが、何か外が救急車のサイレンの音とか騒然とした雰囲気であったように記憶している。A氏:浜松町なら、多くの被害者が聖路加病院を中心に収容されたようだから、近くだったんだろうね。私:最初は、そんなに大事件でないと思っていたので、打ち合わせ中でも話題にならず、1時間ほどで打ち合わせを終り、すぐに帰途についている。 帰宅したのが午後4時。 どのテレビもサリン報道で一色だと書いてあるね。 もし、午前中の打合せだったらやばいことになっている確率はあったね。A氏:どこにどういう危険があるのか、分からないね。 オウム真理教がサリン事件を起こしたというのが分かるのもかなり時間がかかったのだろう?私:このサリン事件の突破口は、林郁夫被告の自供がもとだね。 彼の自供がなかったなら、まだ、多くの真相は闇であったかもしれない。 一昨年(2004年)の3月6日の日記によるとTBSの特集番組は、この自白をめぐるドラマを2時間半ほどの長時間ドラマにして放映しているね。 確か、西田敏行が警部補役、平田満が林郁夫役だったね。 力作だったと日記に書いてある。 確か録画してあるはずだ。A氏:林郁夫はまじめで、評判のよい医者だったのだろう?私:林郁夫は実に理想的な医者の道を40才台まで歩んでいた。 このTVドラマによると、父は開業医であったので、子供のときの林郁夫は、毎月、保険の請求書にハンコを押すのが楽しみであったという。 ハンコを押すたびに、父がこの人を救ったと思っていたという。A氏:そして、実際、名医として、自らも多くの人の命を救うんだろう?私:しかし、現代医療の限界に疑問を持ち、真面目に悩むに従い、宗教に向かう。 そこにオウム真理教があった。 真面目な医師にとって不幸な出会いと言うべきか。 真面目なだけに、マインドコントロールが解けると、オウム真理教の 真の姿も真面目に語ったことになるね。 その点で、この人がオウム真理教にいたこと自体に大きな意味があったことになる。 その真面目さを考え、自白にまで持っていった人間味ある警部補も、この歴史的な事件のドラマには欠かせない要素だろうね。 林被告は、この自白のため死刑を免れ、無期となるが、毎日、被害者の慰霊を礼拝しているという。A氏: 「バカの壁」の著者の養老孟司氏の母親は、開業医だそうだね。 その母親は「一人前の医者になるには、何人か患者を殺さないといけない。」と言っていたという。 教授が大学の同級生のほとんどが医者になったのに、解剖学で大学に残った1つの原因としてこれがあったようだね。私: 両者とも、医者を親に持ち、その影響か、医学の道に進んだのだが、どこかの岐路で、大きく分かれているんだね。 結果論だが、どうも、林被告のほうがきれいな理想追求型でありすぎたような気がする。 純粋培養型だね。 養老氏のほうがさめていたようだ。 それはやはり、養老氏が敗戦後、教科書に墨を塗った教授の敗戦トラウマのせいであろうかね。 容易に理想主義者になれない心理だろうからね。A氏:養老氏が東大医学部で教えていたとき、オウムの学生から「オウムでインドから行者をよんで、水中に1時間いる行をやるから見に行かないか」と誘われたという。 人体は水中に5分ともたないことは医学の常識だから、養老氏はバカらしくて行かなかったが、その学生は当然医学常識を持ちながら、そういう非合理を信ずることが不思議だといっていたね。私:有名な話だね。 現実と理屈が分離するんだね。 純粋培養型なんだな。A氏:イプセンの「女の一生」にあった言葉だろうか。「人生は思ったほどよくもなく、悪くもない。」のだろうね。私:ところで、松本被告本人の釈明もなしで、裁判が終わるというので、また、議論がもめているね。 しかし、裁判を延ばしても、もう、松本被告からは何も期待できないのではないのかね。 後は、われわれの思考力に委ねられているのだろうね。 それにしても、まだ、解けない謎は、オウム真理教の村井氏刺殺の意味と国松警察庁長官銃撃事件の犯人だね。 このミステリィは解明されずこのまま忘れられる運命かね。
2006.09.17
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私:鈴木孝夫氏は1926年生まれだが、俺が最初に氏の本を読んだのが岩波新書の「ことばと文化」で、これが1973年だ。 それから氏のファンになったのだが、それ以後、氏の発言は次第に過激になってきたような気がするね。 日本語の乱れと並行しているのかね。 この新書は、小渕内閣時代に委嘱された「21世紀日本の構想」懇談会の報告書に「英語の第二の実用語の地位を与えるべきだ」という主張についての反論だね。 2001年1月の発行だね。A氏:その話は消えたようだが、今、小学校からの英語教育が問題になっていて、また、英語問題は再燃したようだね。 明治維新以来の日本の国語コンプレックスはなかなか消えないね。私:この本は「国家の品格」と似たように「言葉は文化」であるとしているね。 日本には、公用語という感覚がない。 日本人には日本語空気のように当り前となっているから、あまり自国言語としての重要性の自覚がないんだね。 公用語というのは、他の国をみても必要に迫られてきめているという。A氏:要するに、日本語を話している人々と、英語を話している人々が現実に日本国土に一緒に住んでいるという実態がないんだね。 そんな実態はない。私:40年位前に、仕事でシンガポールにいったことがあるが、公用語は英語と北京語だったと思ったね。 マレー語もあったかもしれない。 当時から、国の政策でビジネス、政治、教育の場は英語を中心にしようという方針だったね。 ところが、英語の力が強くなるとその反動として各民族語が衰退し、中国人が中国語を読めない、書けない、祖先もお墓も大切にしない、中国人の大事な系譜の影も薄くなってきたというね。A氏:東南アジアには、英語の強い国が多いね。私:著者は「庶民が、日常的に外国語ができるような国は、その国が国際的に弱者の立場にある証拠である。一般的に外国では貴族は外国語ができない。金持ちもできない。それは外国語をできる人を雇えばいいからだ。そして最強の国家であるアメリカの庶民はほとんど全く外国語ができない」という。A氏:日本の英語コンプレックスは、欧米コンプレックスと裏腹なんだね。私:そうだね。 これは「国家の品格」がいうように、日本文化のよさを自覚しているかの問題だね。A氏:では、著者は英語不要というのかね。私:いや、本当に英語を使う人は、国際的な交渉では必要だというんだね。 そういう必要な政治家、文化人などに英語のうまい人が少ないのが問題で、それを国民一般の英語力の問題にしてしまっていることが問題だとしているね。 著者が反対しているのは特にこれと言った目的もなく英語で苦労して勉強することが、今の一般の日本人にとっていかに無意味で損なことだと言っているね。 ましてや、そんなことを国が支援することはね。 個人の趣味で結構だということだね。 TOEFLの英語の点数で他のアジア諸国が日本より高い点をとっているのは、彼らには生活がかかっているという目的が明確なんだろうね。A氏:俺は、数年前にアメリカで英語原稿の棒読みだけれど、英語で発表する機会があったんだ。 張り切ってその準備をしていたら、なんだか、テレビの英語のニュースや洋画の英語が大分分かるようになった。 ところが、例の9.11のテロがあったのでアメリカ行きをやめた。 目標を失った途端にヒアリング能力が落ちてきたね。私:大体、英語もどんどん、変わっているしね。 日常語で使っている英米人と対等に使えるはずはないね。A氏:「バカの壁」の養老孟司氏も専門の論文を書くとき、日本人は英語の論文を書くが、その時間がバカにならない。 その時間を研究にまわしたほうがよいとして英語の論文は書かなくなったという。私:昔、大学の教授で有名はドイツ語の大家がいたが、その人すら、ドイツの一般のインテリより読書は4倍の時間がかかると言っていたね。A氏:英語の国際化で英語と言ってもいろいろな英語があるね。私:シンガポールに行ったとき、「あなたは工場を歩くのか」と聞かれて面食らったことがあった。 Workの発音がワークでなくてウオークと聞こえたんで、「歩くwalk」とこっちは思ったんだ。 向こうは「工場経験があるか」ということを聞きたかったのだね。 後で気がついたよ。 後で英語の専門家に日本人の場合「ウェイク」と言ったほうが、英米人にworkと聞こえると教わったことがあるね。A氏:キングスイングリッシュだね。 水曜日はWednesdayウエンズディではなく、スペリング通りのウエッドネスディなんだね。私:当時、出向していた日本人の工場長が現地で英語を勉強していたが、「これではアメリカで使えるかな」と言っていた。 シンガポール英語をシングリッシュと言っていたね。 後に、アメリカの工場に視察に行ったとき、案内したアメリカ人が同じ英語でもイギリス人の英語はほとんど理解できないと言っていたね。A氏:以前、田舎のカラオケスナックに行ったら、フィリピンから来た女性がいて日本人と結婚していたが、昼は日本人に英語を教えているのだと言っていたね。私:だから、国際語の英語として、著者は人工英語のEnglicを提唱している。例えば1.英語の不規則な動詞などの変化を無視する2.イデオム(慣用句)は使わない3.やさしい動詞と前置詞の組合せは使わない4.早口は禁止する5.yes、noの使い方を間違えないように質問は配慮する などだね。 そして、討議するときに英米人でもそれなりの負担をしてもらう。 彼らはそれでもこのような英語は理解できるからだ。A氏:確かに、返事するとき、yes、noを間違えると大変な誤解になるね。私:2000年の春にイギリスに仕事でいったことがあるが、そのとき、通訳がいたんだが、こっちも少し英語が分かるから、ついyes、noと返事をしてしまうことがある。 そうすると、通訳から「逆ですよ」とすぐに注意されたことが多かったね。 そういう答えになる質問を日本人にするなということだね。 とんでもない誤解招くから、中途半端な英語は危険だね。A氏:まぁ、本当に英語で飯を食うくらいなら、アジア人以上にしっかりやれ。 そうでないなら、中途半端な英語でなく、日本語を徹底的にやれということか。私:そして、もっと日本語を世界に広めよといっているね。 それから、学生がすぐに町で外国人を見かけると英語で話しかけるのをやめてくれと言っているね。 それにしても日本人の英語コンプレックス(裏には国語コンプレックス)に乗じてうまく商売するのが一番しっかりしているのかもしれないな。 国の将来は別にして。
2006.09.16
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私:インターネットの「チャンドラーの世界」の加藤氏から、「待っている」の清水訳をいただいたのだが、氏はその後、井上一夫訳とトムハンクスが監督・出演したTVドラマの脚本を見出して、さらに、これも送っていただいた。 感謝に耐えない。A氏:結局、英語の原本(1939年サタディ・イブニング・ポスト掲載、短編集は1957年)、井上訳(1961年)、稲葉訳(1968年)、清水訳(1979年)と4つそろい、参考資料としてTV脚本までそろったわけだ。 比較読みのミステリィが続くね。私:ただし、井上訳のもとになったアメリカ探偵作家クラブ傑作選は1954年発行だね。 チャンドラーの唯一の短編で本人はあまり気に入っていないらしいが、いろいろな傑作短編集に載っているんだね。A氏:井上訳でミスティリーが解けた点はあったかね。私:下のようにこの短編を正しく理解するには、何らかのポイントになっている部分の訳を比較してみた。(俗)とあるのは、米英俗語辞典にある訳だ。 村上春樹がどこかのエッセイで書いていたが、チャンドラーは中流の育ちで、スラング育ちでないせいか、逆に小説ではスラングに憧れたのかスラングが多いということだね。 そういえば、今回「待っている」で原書を購入したが、他に7人の作家の短編は分かりやすい英語だったね。 彼の英語はスラングが異常に多かったね。 だから、チャンドラーの訳は大変だね。 ひねった言い方もするからね。 英文井上訳稲葉訳清水訳私見blue carpet紺の絨毯赤い絨毯青い絨毯青い絨毯a shade or two訳なし訳なしシェイド1つシェイド一つ、二つloungers客のかわりに影客たちの影椅子にかけている人々長椅子the Johns come for himアマがかわりにサツにかけこんだ御巡りの方から捕まえにきたデカが捕まえにきた意訳だが井上訳が分かりやすいpink fuzz off your lip唇の上のピンクのうぶ毛唇の上に生えた桃色のやつちょびひげ清水訳が適切shortish どちらかというと背の低いずんぐりずんぐり背は高いはずbreakしあわせまともな暮らし機会(俗)・機会、運stake金金やま(俗)・贈与金case dough裁判費用万一のときの用意ひとやま(俗)・(万一の時のために貯えた)わずかのお金、トラの子You could take a ride in a basket too.籠のなかにでもかくしていけばな籠にかくれて降りることもできるあんたがバスケットに入れられて運ばれることになるよ井上訳が適切。清水訳はストーリー上、大きな誤解を招く。remove the basket that held the service elevator openエレベーターを止めている、ドアにはさまった籠を片づけエレベーターの邪魔をしている洗濯籠をとりのけた訳なしドアを開けたままにしておくための籠をとりのけDown the corridor廊下を歩いて行くと廊下の先の廊下の端しで歩いていないはずBe a pal,すまんがすまないがたのむよ気をきかせろよlending me that phone numberそのコールガールの電話番号を貸してくれねえかな?いまの電話の主をちょいと拝借できないかなあの電話番号を教えてくれないか思い切った意訳だが井上訳が適切A氏:テレビドラマの脚本のほうはどうだった?私:この脚本の英文は日本のアマゾンにあったけれど、脚本ということなので、原文と違うと思い入手はしなかったね。 その予想通りだったね。 原作と全く違う展開だ。 あまりにストーリーが変わっているのでチャンドラーは怒っているのではないかな。 トムハンクスは、トラブル・ボーイという原作にない殺し屋で登場する。 しかし、日記のlistenのところの解釈は、俺の理屈が正しいような脚本だったね。A氏:結局、理解するのに重要なのは、英語だけでなく論理的な推理だね。
2006.09.15
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私:先月末頃だとおもうが、で朝日新聞が数日間連続一面トップで、たしか松下、キャノン、シャープなどの派遣社員や社内下請けなど、いわゆる非正社員の扱いを報じていたね。A氏:工場によっては、半分近くが、非正社員のところもあるんだね。 俺たちの時代ではせいぜい1割程度だから、考えられない比率だね。 キャノンは終身雇用制だというが、こういう裏のしくみで維持されているのだろうかね。 キャノンの御手洗会長は伊藤中商事の丹羽会長と対談「会社は誰のために」という本を出しているがね。 会社は正社員のためだけなのかね。私:これらの報道は、従業員管理と派遣法などの法的な問題が中心だったが、企業がどうしてこういう方法を取り出したかの取材が十分でないと思ったね。A氏:要するに利益追求のためのコストダウンだろう。 派遣や社内下請けのほうが人件費が安い。 販売がよくないと容易に人を削減できる。 バブル崩壊のときの解雇でこりているからね。 製造業は賃金の安い中国への移転もある。 経営側は外国から金が入るから利益に貢献するが、末端は仕事を失うか、賃金の安い仕事に移るしかない 今、貿易黒字で対外投資の黒字のほうが多いんだね。私:これらの企業はいずれも自社の史上初くらいの好業績をあげてきているが、その要因の1つに、人件費の削減があったんだろうね。A氏:しかし、これは逆に賃金格差が拡大していることを物語っているね。私:非正社員の問題は、外国人の労働者にも拡大しているね。 これは今週の「日経ビジネス」が「こんな国では働けない:外国人労働者使い捨ての果て」を特集しているが、製造業では外国人労働者が増加しているね。 いわゆる汚い、キツイ、危険の3K職場に多い。 しかも、賃金が安いし、残業も積極的にするから、コストダウンにはなるね。 しかし、不法滞在の日系人を一斉摘発したら、自動車部品メーカーの仕事が打撃を受けるので、トラック一台作れなくなるという。 そうなると「物づくり日本」なんて「幻影」だね。 そして、使い捨ては外国人だけではないのではないの。A氏:都会の深夜のコンビニも外国人労働者や外国人アルバイトがいないと成り立たないというね。私:格差問題は、個人格差と地方格差とに分かれるといっているが、そういうのは何かピントがぼけているような気がするね。 こないだある地方の中小企業に行ったんだ。 20人くらいの製造業だ。 ところが近くに大企業が進出して2000人くらいの工場ができるという。A氏:それは、地方の雇用促進となって、いいニュースではないの?私:そうはいかないんだね。 中小企業の人がそっちのほうに流れる恐れがあるんだ。A氏:何故?私:賃金が違うんだよ。 その地方では、賃金が中小企業で年間300万円くらいの層が、進出してくる大手では600万円くらいになるだろうという。 もう、すでに大きな賃金格差があるんだ。 だから、そちらに人が流れやすい。 数人やめただけで、人が技術的なノウハウを持っているから、会社は従来通りの経営はできないね。 そうかといって賃金を上げたら、中小企業にとっては命取りだ。 今、石油の値上がりなどで、材料費、諸経費もあがっているが、売値はおさえられているからなお苦しいね。A氏:企業間賃金格差が大きくなっているんだね。私:大企業が短期的な利益追求に走ると、国という観点から見ると危険だね。 トヨタだって、本当の底辺の小企業の育成を図らないと、あっという間に転落するリスクを抱えているね。 最近、トヨタの品質問題が多発しているのも、予想されたことかもしれない。 底辺の人や小企業が育たなくなったね。 使い捨てになっているのではないかね。 それが賃金格差に反映しているね。 それは「物づくり」日本の消滅を同時に反映しているとも言えるね。 格差問題にその視点がないようだね。
2006.09.14
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私:今日の朝刊で、シュレッダー事故でさらに7件が過去にあったことが新たに報告されたね。 富士ゼロックスの場合は自宅兼事務所で幼児が伝い歩きしてスイッチに触れ巻き込まれたらしいから業務用だね。 松下、リコー製品でも起きているが、親が会社に幼児を連れてきて目を離したすきに起きた事故が多いとしているね。 ということはこれも業務用だね。A氏:君が日記でふれていた、大阪のナカバヤシ製のものも2件出てきたね。 中国製の「NSE-501CN」という機種だそうだね。 1件は保護者が不在のときにスイッチを入れたらしい。 もう1件は親が目を離したすきに起きたという。私:家庭専用は普通5千円くらいなんだが、このナカバヤシの「NSE-501CN」は2万円くらいの機種で、かなりの量が処理できるらしいから業務用兼用型みたいだね。 その点の報道がない。A氏:ナカバヤシのホームページによると「パーソナルシュレッダ、オフィスシュレッダの安全基準は、玩具安全(ST)基準((社)日本玩具協会)、 IEC(国際電気標準会議)規格のチャイルドテストフィンガー(直径5.6mm/0~3歳、直径8.6mm/3~14歳)を参考に、3歳未満の幼児の指を「直径5.6mm×長さ44mmの丸棒」に見立てて 1 投入口に無負荷で入れた時に直径5.6mm丸棒が入らない 2 もしくは直径5.6×長さ44mmの丸棒が刃に届かない の自主基準を設け、企画開発の段階で安全性を重視し、商品に反映しております。 今後も取り扱い説明書の「安全上の注意事項」、投入口付近にある「注意表示シール」等を参考に、適切にお使いいただきますようお願い申し上げます。」 とあるね。 この基準が正しいとすると事故はおきないはずだがね。 だから、新聞の取材でナカバヤシは「当社の過失でない」と言っているね。 もし、チャイルドテストフィンガーでテストしているのに指を挿入できたのなら、この安全基準がおかしいということになるね。私:これも日記で言ったように5W2Hがないからよく分からないね。 俺のところは2mmだから、5.6mmは広いような気はするがね。 ところで、このホームページで言っているのは、「設計品質」というものだ。 こういうもの作りたいという品質だ。 これに対して、個々の品物はばらつく。 それを「製造品質」というんだがね。 だから、設計通りできているかを確認するため、個々の製品を検査をする。A氏:そうすると、まず、この問題の2台の「製造品質」が「設計品質」通りかだね。私:ただ、気になるのは、5.6×長さ44mmの寸法に公差がないことだ。A氏:公差?私:そうだね。5.6mmといっても品物はバラツクから、例えば5.55mmから5.65mmまでいいという許容できる幅をいうんだ。 長さも44mmから45mmまで許容できるとかね。 測定の余裕をどのくらいみているかだ。 5.6×長さ44mmをどういう幼児の指のデータできめたかが、細かくいうとこれがはっきりしないね。 それなりの専門家がきめたんだろうが。A氏:新聞では、現物の「製造品質」は投入口の幅5.5mm、刃までの距離が40mmだとある。私:これも5W2Hで言ったように「どうやって測ったのか」がわからないがね。 信用できる測定結果とすると幅は合格だね。 しかし、40mmでは、5mm危険側に近寄っている。 公差がもし、40mmから45mmまでなら合格だが、45.0mmから45.5mmまだだとすると、刃までの距離が不合格ということになるね。 不良品ということになるね。 新聞報道はそれをふれていない。A氏:しかし、幅は狭いのだから、指は刃まで入らないはずだがね。私:そうね。投入口は広くとも刃に到達するまで、傾斜して狭くなっている構造だと、指は刃には到達しないかもね。A氏:こういう事故を分析し、すぐ対応を立てるシステムはメーカーにもあるだろうね。私:まず、安全基準が正しいとすると、チャイルドテストフィンガーが正確だったのか、適切だったのかがあるね。 人の指は「物」と違い、柔軟で収縮するからね。 後は、それを管理するシステムだね。それがISO9001だね ナカバヤシのこのシステムがうまく動いていれば、適切な処置が期待できるがね。NSE-501CN
2006.09.13
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私:この本は、初版は昭和62年(1987年)発刊のものだ。 辻参謀が明治35年(1902年)に石川県に生まれ、昭和36年(1961年)参議院議員のとき、ラオスに行き、そこで消息を絶つまでの活動の後を記したものだが、もちろん、戦争時の参謀活動中心だね。A氏:この日記で登場する「敗北を抱きしめて」で、戦争犯罪人のひとりとしてあげているね。 参謀将校として、シンガポールとフィリピンの両方の虐殺事件に重大な責任を負っていたが、ほかの残虐行為にも関与し、イギリス兵捕虜を処刑し、その肉を食うという行為まで及んでいたというね。私:この本は、バランスよく彼の行動を述べているね。 上司の指示を無視する典型的な下克上参謀としての行為がすごいね。 一匹オオカミ的な存在だったんだね。 そして、ときには、罰らしきものを受けることもあるが、たいしたことはない。A氏:シンガポールではどんな残虐行為があったの?私:シンガポールの作戦成功は辻参謀の計画が寄与していたようだ。 実情をよく調べ、よく計画をしたようだね。 シンガポール占領後、日本に反抗する華僑が問題になり、河村警備隊長は、山下奉文司令官から市内の掃討作戦を命じられた。 見つけ次第銃殺の命令である。 これにより残虐な事件がおこり、先頭に立ったのが辻参謀であった。 本来彼は参謀だから命令権はないのである。 軍参謀副総長の馬奈木少将は、華僑虐殺の事実を知り愕然とする。A氏:そういえば、現在シンガポール市には高さ百二十メートルの白い尖塔があり、その礎石には「日本占領時期死難人民祈紀念碑」と書かれた華僑の記念碑があるね。私:戦後の1947年、この残虐行為の裁判がひらかれ警備隊長と憲兵隊長が絞首刑になる。 辻参謀は逃亡する。A氏:フィリッピンの問題は有名な「バターン死の行進」だね。私:マッカーサーの率いるアメリカ軍はバターン半島に後退するが、食糧を絶たれて降参する。 マッカーサーは家族や高官らとともに飛行機でオーストラリアに逃げる。 問題になったのは、捕虜7万人と民間人2万人の扱い方だった。 これの移動で60キロの都市部まで鉄道も十分なトラックもない。 歩けとなった。 捕虜はすでに食糧不足で栄養失調の者も多かったし、マラリアにかかっていた者もいたので倒れる者が続出した。 これは日本軍の配慮が不十分なこともあるが、衛生が悪く食糧の補給もつかないバターン半島に軍を連れ込み、降伏するまで放置して逃げたマッカーサーはじめ米軍指揮官には、それ以上の責任があると著者はいう。A氏:本間中将は戦後のマニラ軍事裁判で銃殺刑となるね。 この問題で、辻参謀はどういう関係があるの?私:この行進中に、捕虜を皆銃殺せよというあやしげな指令があちこちに出たが、これが辻参謀であった。 指令を受けたほうが本部に確認して大事に至らなかった。A氏:振り込め詐欺みたいだね。私:しかも、その偽軍令の責任をあまり問われなかった。 これも問題だね。 振り込め詐欺の罪は問われなかったわけだ。 これは背景に、「捕虜は殺せ」というムードが軍上層部の一部にあったのだろうね。 しかし、フィリッピン大統領の蔵相だったサントス氏は捕らえられ辻参謀の強い指示で処刑された。 フィリピン人は中国人やシンガポール人と同じく日本人に恨みを持つようになるね。A氏:イギリス兵士の肉を食ったというのは本当なの?私:関係者の証言から本当らしいね。 敗戦間際のビルマ戦線で兵士の勇気を鼓舞するために英兵の生肉を食用にしたということだ。A氏:以上の話は、勝者から非難を受けた問題だが、作戦のまずさから日本兵を無駄に死なせたという日本人からの非難を受けた問題があるね。私:それがノモンハン事変、ポートモレスビー攻略、ガダルカナル奪回戦の多くの戦死者だね。 どうも基本的に「進め、進め」の発想からなる作戦計画だね。 だから、敵情がよく分かり、うまくいくとシンガポール攻略のような驚異的な成果を出す。 敵情を誤って判断したり、無視したりすると、突っ走ったままだから、とことんやられるまで戦うから被害が大きくなる。 失敗しても早期に作戦を変えない。A氏:作戦計画の問題でなく前線の努力が足りないから、もっと頑張れとなる。私:辻参謀は関係ないが、インパール作戦でも同じ作戦を失敗しても繰り返すので、逆にイギリス軍のほうで呆れたという。 これは、日露戦争でも司馬遼太郎が「坂之上の雲」で203高地の戦いを書いているときに、毎回同じような作戦を失敗しても繰り返すので、同じ民族として唖然となり、たびたび筆をおいたという。A氏:一種のマニュアル主義だね。私:引いたり押したりの守りに弱い。 ノモンハン事変、ポートモレスビー攻略、ガダルカナル奪回戦はその典型だね。 戦後の高度成長時によくあった借金してでも「進め、進め」という経営と似ているね。 低成長期に弱い。A氏:辻参謀は敗戦のとき、戦犯となりタイにいて潜伏するね。 そして、日記にあったように戦後は国会議員にまでなる。私:この人ほど、昭和の日本の真の姿を象徴的に示した人はいないだろうね。 一読の価値ありだね。 そのためか、もう、古い本だが、新装版が出ている。
2006.09.12
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私:今年1月発行の本だね。 日本は今まで、島国のためかあまり厳しい外国の直接の侵略を受けていない歴史から、特殊な性格を持ってきたという見方だね。 特に、奈良、平安時代は、中国の唐などの文化を学び、明治には、欧米を学び、敗戦ではアメリカに学ぶという一方的な外来文化崇拝の歴史を経てきていることをあげている。 そして、今、それらの1つをとりいれるモデルではだめで、世界には多くのモデルがあり、国際交流も激しくなってきたので、外来文化崇拝ではだめで、日本の独自性(アイデンティティ)の確立が必要だという意見だね。 「国家の品格」と似た意見だね。 国際化とは、アメリカナイズすることでなく、日本独自のアイデンティティの明確化でもあるというわけだ。 その中心が日本語だ。A氏:いろいろな面で日本人は根強い舶来崇拝主義できたからね。私:欧米がモデルとなる理想な文化を持っているわけでないことをまず、著者はのべているね。 その代表的なものとして、人種差別やそれに基づく残虐な植民地支配を述べているね。A氏:昨日の日記の欧米の残酷な戦争の姿にそれはあらわれているね。私:残念ながら、今度の戦争で日本軍がアジアで示した異常な残虐性の説明がないね。 大東亜戦争についても著者は「キリスト教に対する目的で作られた国家神道と伝統的な国民の習俗としての『宗教』は違う」としているが、その国家神道が何故生まれ、アジアで恨まれた原因になったことにはふれていないね。 天皇を頂点とした神の民という国家神道が、日本軍の残虐性の背景にあったのだと思うのだがね。A氏:そうなると著者は東京裁判を認めないほうだね。私:アジアに対する残酷な西欧の植民地政策に対する自衛だという考えだね。 しかし、西欧も侵略しているから、こちらも似たことをアジア諸国にしたと見られ手を汚した同志の批判では説得性がないね。 八紘一宇の考えでアジアを統一しようとした新しい押付けとなった面が反抗を買ったね。 志はよい面があったのにね。 韓国の反発を見ればそれが分かる。 それに東南アジアでは食料の強奪と残虐な殺害だ。 日本陸軍の動きのまずさにあまり反省はないようだね。 そのために多くの犬死をだした悔しさもね。 著者はダワーの「敗北を抱きしめて」と「容赦なき戦争」を読んでいるんだろうか。A氏:著者は、もとは言語学専門だが、日本語についてはどういう意見だね。私:日本語は欠陥語だというコンプレックスが過去からあることを指摘しているね。 最初は明治維新。 初代文部大臣の森有礼などが日本語を捨て英語にするという考え。 今度の敗戦で文豪の志賀直哉が日本はフランス語にすべきだという考えなどを批判しているね。A氏:著者がいうように焼け野原から戦後の高度成長を成し遂げ、経済大国を作った世代は、まさにその日本語が盛んなときに育った世代だものね。 日本語にコンプレックスを持つ必要はないのにね。私:戦後の韓国などは、日本支配で韓国語を失う危機を経験しているから、韓国語を守ることに熱心であったのとは逆だね。 日本語はそういう摩擦経験がないから、自分自身にあまり関心がないのだね。 面白いのは日本語における漢字の役割を「テレビ型言語」と「ラジオ型言語」としていることだね。A氏:それは「バカの壁」の養老孟司氏のマンガのことと同じだね。 マンガは脳の特別な部分を使っているというのと同じ見方だね。 象形文字と表音文字の一体化だね。私:だから、カタカナ語の氾濫は反対だね。 この本にはなかったけれど、おそらくメールの絵文字の氾濫も反対だろうね。 日本文化の退廃となることを心配している。 もう一つ、日本人のコンプレックスは体格だ。A氏:昨日の日記でも日本人の悪口をいうときは「小さい黄色いサル」だからね。 しかし、戦後は大分、日本人の体格もよくなってきたね。私:この本の結論は「国家の品格」と似ていて、日本の良さを再確認し、それを積極的に生かしていくことが今後の有益な国際的な活動にもつながるとしていることだね。 日本語をもっと世界に広めるべきだという。 日本人は、伝統的な文化を(国家神道でなく)愛するべきだということだね。 もっとも、氏は半ば諦めムードもあり、日本人はやはり大きな犠牲を払って、自分のありがたさを知る運命ではないかと心配しているね。
2006.09.11
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私:戦争とはいえ、何故、日本兵はよく虐殺し、戦争が終わると何故、急に鬼畜米英から民主主義の教師として迎えられたのか。 このミスティリーをこの本は説いてくれているようだね。 この本は名著「敗北を抱きしめて」の著者のジョン・ダワーがこの本の前に書いたもので、本来はこの本を読んでから、「敗北を抱きしめて」を読むのが順序なんだが、逆になってしまった。A氏:サブタイトルが太平戦争における人種差別とあるね。私:太平洋戦争は人種差別の面があることを明快にふれている。 白人と黄色人との対立、同じ黄色人でありながら、日本のアジア人に対する差別などをあげている。A氏:米英にとってはドイツ人だって敵ではないの?私:日本人は黄色い小さなサル・ジャップと蔑視して呼ぶ。 しかし、ドイツ人はナチスと言って非難する。 良いドイツ人もいるという発想だ。 しかし、日本人はインディアン同様、「死んだ日本人が良い日本人だ」となる。 人種差別が明確だね。 太平戦争の初期の日本軍のすさまじい進撃を信ぜられず、イギリスのチャーチルは文明の劣った黄色いジャップにできるはずはないから、その背後にドイツ将校の援助があったと思っていたという。A氏:そういえば、日系アメリカ人はすぐ監禁、隔離されたが、イタリア系、ドイツ系はなかった。私:例の大西洋横断で有名なリンドバーグがニューギニアの米軍基地で過ごす日記があるが、米軍が日本兵に対して動物に対するような軽蔑の念をもって嬉々として殺すのを目のあたりにして苦悩する。 彼は騎士道的伝統派だったのだね。 日記では東洋人の残虐のほうがわれわれのよりたちが悪いと信じていたが、その区別は、だんだんあいまになっていったとあるという。A氏:アメリカ軍の戦いぶりは日本兵を動物狩するという発想なんだね。私:その後の彼の日記では、日本兵の死体から金歯が取られ、残った死体はゴミ穴に投げ捨てられ、洞窟には降伏しようとしたのにかかわらず、「もどって最後まで戦え」と突き返された日本兵の死体が山と積まれているのを目撃する。 頭蓋骨や鼻も集めて記念品となった。 リンドバークが帰るとき、税関検査で荷物に骨が入っているかを聞かれた。 それは税関では決まりきった質問だったのだね。A氏:耳を切り取って集めるのもそうだね。 ある米軍兵士がルーズベルト大統領に日本兵の死体からとった骨から作ったペーパーナイフを贈った事件(大統領は断わった)があったね。 これは戦時中、日本でもアメリカ人の残酷性を示すという宣伝に使われたね。 要するに、相手の悪い点を徹底的に攻め、同じ悪い点が自分たちにもあるということを忘れるんだね。 最近では、中国の反日教育に似ているね。 今、朝日新聞で多くの虐殺者を出した中国の文革についてふれているが、未だに中国内ではタブーらしいね。私:ちょっと違うね。 中国は、今、日本とは戦争していないし、日本はそれに負けないで、中国の内戦や文革のときの残虐を徹底的に宣伝してはいないよ。 この宣伝はちょっと異常だね。A氏:ヨーロッパ戦線は、白人同士の戦いだろう。私:そうだね。 ヨーロッパ戦線を取材していたジャーナリストが、太平洋戦線に取材にきたが、戦いの残虐性が違うと感じたそうだね。 しかし、この本は日本軍の残虐性、特にアジア人に対する残虐性にもバランスよくふれているね。A氏:しかし、日本兵は何故、同じ黄色人種のアジア人に対して残酷だったのかね。私:当時の軍国主義の神道では日本民族、厳密には大和民族は天照大神の子孫で神が治める民であるというわけだ。 だから、他のアジア人は格が下で動物並みとなりやすい。 日本の伝統には珍しい一神教の登場だね。 一神教は、人を残虐行為に走らせやすい。 そして、軍隊内のマゾがサドにはけ口を求める。 だから、万世一系の天皇を戴く神の国の民族だというのは、こういう人種差別の原因になるので気をつけないといけないね。A氏:そういえば、われわれが小学生の頃、ジャップみたいに、中国や韓国の人民に対しては蔑視した言葉を使っていたものね。私:これが、ヨーロッパ戦争でも西部戦線とスラブ族などのソ連やその周辺国との東部戦線とは違うのだね。 死者の多さは全く違う。 ドイツ軍は550万人のソ連人を捕虜としたが、350万人死亡しているという。 これに対して英米人捕虜は約23万、死亡は1万人足らずの4%だという。 日本の英米人捕虜は約13万人、死亡は約3万人で27%。 この差が日本人の残虐性で問題になるんだね。A氏:話しは変わるが、占領され鬼畜米英が宣伝されていた事実と異なると対米感情はコロッと変わるね。 宣伝が極端だと、その反動も大きいんだね。 北朝鮮だって、将軍様が一挙に変わるかも知れないね。私:それはアメリカ側も同じで、「卑劣で残虐な」サルのジャップが、「かわいい」サルのジャップになる。 そして民主主義の教師になる。A氏:1960年頃までのアメリカは日本人が学ぼうとするとおおらかだったね。私:それが1980年代になると、自動車貿易摩擦で「あのちっぽけな黄色い連中、ご存じのホンダ」という人種差別的な言葉が復活する。 この本は1986年に発行されているから、その問題も扱っている。 まさか、戦争に負けてアメリカが親切に教えてやった日本がアメリカを負かすとは考えられなかったのだろうね。A氏:しかし、その後、アメリカは朝鮮、ベトナムでアジア人と戦い、9.11テロ以降は、アフガン、イラクと戦っているね。 いずれも人種的な残虐性を指摘されているようだね。私:ベトナム戦争のドキュメンタリー番組を以前、見たことがあるが、アメリカのインテリ紳士が「ベトナム人は喜怒哀楽のない人種だ」と軽蔑的に言うシーンがあり、すぐに父親を戦争で失い、その墓を抱いて大声を上げて泣く、幼いベトナム人の子供のシーンが続いたのを見たね。A氏:皮肉な編集だね。私:日露戦争は、帝政ロシアと戦った戦争だが、そのロシアを倒し、ソ連を作ったスターリンが、太平洋戦争で日本が降伏したとき、これで日露戦争の仇が討てたといったという。 モンゴルもソ連圏内にあったときは、チンギスハンのためにいじめられたそうだね。 民族の恨みは怖いね。 いずれにせよ、大義はどうであろうと戦争で人を理性を失い、狂気になり、残酷となるね。 殺されるほうも殺すほうも悲惨だね。
2006.09.10
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私:東京裁判は勝者が敗者を裁いた裁判だが、敗者は何故、失敗を反省し、自分たちの責任者を裁かなかったのかという疑問があるね。A氏:それが60年以上たった今になっても戦争責任で問題になっている原因だね。私:ところがこの本によると、日本自身が自主的に裁判をしようとする動きはあったんだよ。A氏:戦後、直ぐにかね?私:そうだよ。 実は、ポッダム宣言の検討のときに、受諾の条件として、独自の裁判を行う権利を主張していた。 これは失敗する。 次に9月11日にGHQが最初のA級戦犯容疑者逮捕を発表すると、政府はこの考えを持ち出してきた。 当時は東久邇内閣だ。 連合国の裁判と関係なく、日本独自の裁判を考えGHQに意向を伝えたが拒否される。A氏:天皇の名で戦争し、今度は天皇の名で裁くのだから、天皇は困惑しただろうね。私:その通りだ。 しかし、9月18日、東久邇首相は外国人記者に政府は捕虜の虐待やそのほかの戦争犯罪を行った者たちを調査し、罰するつもりであると語っていた。 そして、9月から翌年の3月まで政府は8人の下級将校を戦争犯罪人の容疑で裁判にかけたが、GHQがこれに介入して裁判を無効にした。A氏:日本の一種の逃げを感じたのだろうね。私:事実、この8人は東京裁判でも再度裁かれ、より厳しい判決を受けている。 敗戦当初数ヶ月間の時点で、日本独自の裁判についての緊急勅令草案ができていた。 それはおおよそ次のような趣旨のものだ。 天皇の命令なくして兵を動かし、みだりに軍事行動を引き起こし侵略的行動を指揮し、満州事変、支那事変、大東亜戦争を不可避ならしめたる者。 明治15年軍人への勅諭にそむき軍閥政治の状態を招来し、国体の真髄を破却して専横政治、又はこれに準ずる政治行動を以って天皇の平和精神に逆らい、大東亜戦争を必至にならしめたる者。 これらに該当する者は反逆罪として死刑又は無期謹慎に処す。 もちろん、これもGHQから拒否される。A氏:これを見ると日本が自主的に裁判したとしても、東京裁判と大きく変わらないような気がするね。 東京裁判が「平和に対する罪」などの「事後法」でおこなわれたというが、日本案でも「天皇の平和精神に逆らい」とあるように、これの反逆罪として裁かれることになるね。私:このような考えを政府が持っていたということは、当然、東京裁判への「たれこみ屋」がいることを示す。 戦時中の「一億一心」とは裏腹に、文民官僚と軍官僚の間、陸軍と海軍の間などに派閥抗争がはこびり、敵に味方を売ることになった。 連合国はサムライの国に足を踏み入れたら、皆、口がかたいと覚悟していたかもしれないが、事実はヒソヒソ声に満ちた足の引っ張り合いであったんだね。 ここにも坂口安吾がいっていたように、武士道が壊滅した「堕落」がみられるね。A氏:検察側も情報を集めやすかったかもしれないね。私:検察側の情報収集にもっとも大きな力を発揮した日本人は、田中隆吉少将と木戸内大臣だったという。A氏:なるほどね。 東京裁判が戦勝国の一方的な謀略的な裁判だと一概に言えない側面があるね。 A級戦犯は東京裁判の問題で俺たちは知らないと言えないかもね。私:いずれにせよ、この本で扱っている日本の敗戦は、日本の歴史上ではじめての敗戦であるばかりでなく、日本というものがまさに「幻影」からさめて、裸になった時期だね。 日本人として知っておかなければならない重要な歴史だ。 この本はその点、偏見なしで、詳細に、事実に基づいて、全体的な視野で書かれた名著だね。 日本人はこのくらいの歴史的な知識を持っていないと正しい判断は不可能だね。 俺も非常に勉強になったよ。 日本を愛するのであれば、必読の書だよ。 俺の戦争責任街道はこの本で終点だね。 ここにすべて回答はあるね。 このような本を書けなかった日本人の学者もアメリカに負けたのかもしれない。 「美しい国へ」の安部晋三次期総理候補は、読んでいるのかね。
2006.09.09
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私:この本は下巻から読み出したんだが、今日は上巻に戻り、8月15日からの記事を読み出した。A氏:俺たちの記憶にまだ残っている時期だね。私:でも知らない事実も書いてあるね。 例えば、敗戦直後の軍の規律は一挙に崩壊し、本土に駐屯していた兵隊は群れをなして部隊から離散してしまったということだ。 目撃した警察官によると脱走兵のようであったという。A氏:「個」がないとそうなるんだね。私:運べるかぎりの大量の軍の貯蔵品を略奪して、よろめきながら家に担いで帰った者も多かったという。 生還を期待せず、崇高なる使命のために出撃を覚悟していた特攻隊の生き残りたちでさえ、戦争が終わったと聞くと、無秩序な物資の奪い合いに飛びついた。 ある特攻隊の飛行士は、降伏を知るとさっそく、自分の飛行機に軍需物資を満載し、自分の実家に近い飛行場まで飛んでいき、盗品を荷車に載せて家に運ぶと、飛行場まで引き返して飛行機に火をつけたという。 後に「特攻くずれ」という言葉も生まれるね。A氏:日本の政治経済の中枢にいた人たちはどうだったのかね。私:8月15日以降、2週間の混沌のうちに、軍の倉庫から勝手に物資を持ち出していたようだね。 その後の調査によると、帝国陸海軍が保有していた全資産のおよそ70パーセントがこの戦後直後の略奪狂乱の中で処分されたという。 1947年に国会で予算なしの調査委員会が開かれるが、あらゆる日本人の層にわたって横領は拡大していたという。 当時の国家予算が2000億くらいなのに、横領金額は3000億を超えただろうという。 主要な犯人はだれひとり起訴されなかった。 それらの物資は闇市にながれ、横領者の大きな利益となった。A氏:一般民衆の福利のために献身しようという誠実で先見性のある軍人、政治家、官僚はいなかったんだね。 旧エリートたちからは、賢人も英雄も立派な政治家も、ただの一人も出なかったのだね。私:これで終わらなかった。 降伏から数ヵ月後、占領軍当局はそれまで手付かずで管理されていた軍の資財の大半の公共の福祉と経済復興に使用するように指示したが、うかつにも日本政府に任せた。 大半は建設資材と機械類で総価値およそ1千億円と言われたが、これら資財もすぐにほとんど跡形もなく消えうせたという。A氏:敗戦で堕落してしまったんだね。 生の姿が出てしまったんだね。私:占領軍がくると女性は強姦されるだろうと予測して、その対策として占領軍の「慰安施設」を作るね。 大蔵省はは金を出すが表に出ないで業者にまかせた。 このとき、後に総理大臣になる当時大蔵若手官僚の池田勇人は「一億円で純潔が守れるなら安いものだ」と言ったというね。A氏:堕落というと坂口安吾の「堕落論」があるね。 戦時の体験は「幻影的」なもので、これに比べると戦後社会の堕落のほうが人間的で真実にあふれていると論じたんだね。私:この本に「堕落論」から引用した次のような文がある。「堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間たちの美しさも、泡沫のような虚しい幻影にすぎなかったという気持ちがする。(中略) 特攻隊の勇士は幻影であるにすぎず、人間の歴史は闇屋となるところから始まるのではないか。 そして、或いは天皇もただ幻影にすぎず、ただの人間になるところから真実の天皇の歴史が始まるのかもしれない。(中略) 日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が登場したのだ。」 この本の著者はアメリカ人で日本研究家だが、以前、森元首相が、日本は世界のほかの国や文化と違って「天皇を中心とする神の国」だというスピーチをしたのに腹が立ったという。 本当に日本を理解していないというのだ。A氏:総理候補の安部晋三さんがこないだ、テレビで「特攻隊」をほめていたが、坂本安吾によるとそれは「幻影」ということになるね。 本当は美しくはない。 特に戦後の厳しい生活、堕落的な雰囲気は思い出したね。 路上で金をもらう傷痍軍人、浮浪児、ギブ・ミー・チョコレート、タケノコ生活、ドブロク、バクダン、カストリ文化、メチル、ヒロポン、パンパン、オンリー、闇市など、など。 これが坂口安吾がいうように日本の裸の姿かもしれない。 岐阜県の裏金を思い出すね。 「美しい国」の姿ではないだろうね。 何か危ふいね。 まだ、日本の今の指導者は戦争の本当の反省から学んでいないのではないかね。 まだ、戦争は継続している。 日本国民は、今も、右からも、左からもだまされ続けているのかもしれない。
2006.09.08
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A氏:紀子さん男子誕生で皇室継承問題はホッと一息だね。私:男系天皇の問題だね。 誕生の儀式も伝統的な神道形式で宮中三殿で行うようだね。 いろいろな儀式はすべてマニュアルがなく、口と体で伝えられているらしいね。 この日記の「国家の品格」街道での原武史氏は、男系天皇に固執する論者が持ち出すのは、明治になって確立された「万世一系」イデオロギーだとしているね。 このエリック・ボブズボウム「創られた伝統」という本は「国家の品格」がらみの同氏の紹介だ。 エリック・ボブズボウム「創られた伝統」は1992年発行の古い本だ。 図書館にあった。 要するに、伝統というのは、いろいろな目的で人工的に創りだされるという外国の学者の論文 を7つ集めたものだ。 日本を扱ったものはない。 しかし、専門性が高く、ちょっとすらすら読めないので、一部、イギリスの王家のイベントの変遷を中心に読んだ。A氏:具体的には王室のイベント様式とはどういうものなの?私:1820年頃には、野外劇、見世物,王冠、宝冠(貴族が身につける冠)、黄金の鍵、杖、白い権杖や黒いシャク(手板:官位のある人が礼装したときに帯にはさみ大切なことを備忘用に記しておいたもの)の行列、シロテンの毛皮やローン(英国国教会の主教の衣服に用いられた布地)、権標(英国の市長・大学総長などが持つ、ほこ状の職権の象徴)、かつら(裁判官は法廷でかつらをかぶることによる)の行列などの伝統的な形式があったんだね。 しかし、これが消えそうになったり、復活したり、人工的に創りだされたりする。A氏:なるほど、時代の要求みたいなものを反映して変わるのだね。私:この論文では、次の10個の検討項目をあげているね。1.君主の政治力が強かったか2. 君主の個人的人格と名声3.都市化の進行、階級支配など国の経済的・社会的構造の性質4.王室を描き出すメディアのタイプ、勢力範囲、姿勢5.古い馬車や衣装によるテクノロジーとファッションの主な状況6.国に対する国民のセルフイメージ7.ほとんどの王室儀式が行われる首都の状況(汚いか壮麗な建物があるか)8.祈祷式、音楽や組織の責任者の態度9.儀式の性質(荘厳で華麗だったか)10.商業的な活用(記念品の売上の期待度)A氏:この要素が、イギリスでは伝統に反映され変わっていくわけだね。私:英国君主制では、儀式イメージの変化は4つの段階になるという。 第一段階は1820年以前から1870年代で、都市化以前で儀礼に不満があった時代。 第2段階はヴィクトリア女王がインド女帝につく1877年に始まり、第一次世界大戦が始まる前の期間で「創りだされた伝統」の最盛期。 第3段階は1918年のエリザベス女王の戴冠式が行われた1953年までの時期で英国人が常に自分たちは儀式に秀でていたと納得した時期。 第4段階は1953年以降、大国としての英国の衰退にテレビ放送の大きな影響が結びついた時期となるね。A氏:日本でも天皇制は明治に創られるね。私:そうだね。今の皇室の賢所の祭祀も、一部、古い伝統を生かしてはいるが、基本的に明治からだというね。A氏:明治初めの頃、伊藤博文は一時、天皇制でなく、共和制も考えていたらしいね。 彼は貧農の生まれで、養子で下級武士になるから、伝統のしがらみはあまりなかったせいかもしれないね。私:だから、伊藤博文が皇室典範を作るとき、女系天皇でもいいような案を作ったら、ある専門の人から日本は男系できたと言われ、はじめて知ったというくらいだ。 A氏:イギリスについてはどういう伝統があったのかね。私:イギリスは君主制だが、最初は、かなり政治に口出しをしていたらしいね。 それがなくなるにつれ、象徴的な役割を持つようになる。 そうするといろいろな行事が君主を持ち上げるようになる。 君主もできるだけ、行事に直接、顔を出すようになる。 儀式には、わざわざ、古い馬車を使う。A氏:原氏は新聞で、「もののあわれ」や「武士道」の伝統の復権を唱えるだけでベストセラーになること自体、天皇を「国体」の中核とみなす国家意識が希薄化した今日の日本を象徴していると言っているね。私:総理候補の安部さんの「美しい国へ」では具体的にどのような「美しい伝統を創る」構想なのかね。
2006.09.07
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私:東京裁判は1946年5月に始まり、1948年末に終わるね。A氏:この裁判は裁判としてはいろいろ問題が多かったことは後で常識になるね。私:この本はそれをきちんとまとめているね。 名著だね。 実は、別に興味を持ったのは、この裁判の進行中に国際情勢が急速に変わってきたことだよ。 東京裁判が開廷する前にイギリスのチャーチルが「鉄のカーテン」を言い出し、裁判が半分も進まない間に、アメリカは反共を目的としたマーシャルプランを導入していた。 裁判が終わる頃には、裁判に代表を送っていた中国の国民党政府が台湾に逃れ、中国は共産化した。A氏:米ソ対立が急速にはじまるんだね。 2年後に朝鮮戦争が始まり、日本に警察予備隊ができるね。私:アメリカと日本の支配層にいる反共支持者が共産化した中国をないがしろにする理由 が生じていた。 アメリカの占領政策が急転換しだす。 東条と6人の仲間が絞首刑になった翌日、反共右翼の大物の笹川良三と児玉誉士夫が戦争犯罪人として不起訴になり釈放される。 この本によると、戦争犯罪人のひとり辻政信大佐は、参謀将校として、シンガポールとフィリピンの両方の虐殺事件に重大な責任を負っていたが、ほかの残虐行為にも関与し、アメリカ人捕虜を処刑し、その肉を食うという行為まで及んでいたという。A氏:逃亡したわけだね。私:敗戦後、辻大佐はイギリス軍の逮捕を逃れ東南アジアから中国に渡り、反共主義のために蒋介石の国民党軍に重宝される。 1946年ひそかに帰国し、もと軍隊仲間の保護を受けて潜伏する。 アメリカのウィロビー少将は、将来の反共日本軍の中核となる集団として軍人を集めていた。 そこで辻大佐はウィロビー少将の知るところとなり、1950年に指名手配戦犯からはずされる。A氏:それで衆議院議員にまでなるのだね。私:この辺から、戦争責任追求はあまくなるようだね。 辻参謀は、多くの戦闘で日本軍の死者を出した作戦の参謀でもあったからね。 同時にアメリカも「非軍事化と民主化」という占領当初の理想から外れだす。 公職追放された人は追放を解除され、逆に急進的な左翼は「レッドパージ」で職場を追われた。A氏:これが当時「逆コース」と言われたものだね。 朝鮮戦争の前の年、1949年には未だに真相が謎の下山事件、三鷹事件、松川事件が連続して起きる。 松本清張は、「日本の黒い霧」でこれらの事件の背後にはアメリカ側の陰謀があったのではという見方をもっていたね。私:この「敗北を抱きしめて」では、戦後高度成長で脚光を浴びた「日本モデル」の大部分は戦争中に原型が作られ、敗戦と占領によって強化されたとしているね。 だから「スキャッパニーズ・モデルa SCAPanese model」だとしているね(SCAPはSupreme Commander for Allied Powers :連合軍最高司令官の略)。A氏:名前を忘れたが、数年前に有名な評論家が戦後の日本モデルは戦中にその基礎が作られたというようなことを言っていたね。私:アメリカの占領軍は、経済の面では、日本の官僚組織を抑えず、日本の「1940年システム」は占領軍の便宜のために手をつけなかった。 そのほうが占領もやりやすかった。 占領軍は日本の官僚的権威主義をさらに強力にした責任があるとこの本は指摘する。A氏:通産省ができたのは、占領が終わる3年前だからね。 こうなると戦前と戦後は見事につながっているね。 一体あの戦争はなんだったのだろうかね。私:今、バブルの崩壊で「スキャッパニーズ・モデル」も古くなってしまった。 政府の公共事業中心だった地方は疲弊してきたしね。 官僚的権威主義の疲弊だね。 官僚は天下りなど、自己保身に汲々とするようになったね。 米ソ対立は終わり、世界情勢も大きく変わりつつある。 日本はこれから官僚主導でない新モデルが作れるのだろうか。 竹中大臣は、小泉後の官僚の巻き返しが始まったと言っているがね。
2006.09.06
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私:2004年発行の本で、戦争責任をあつかっているね。 伊丹万作氏の「戦争責任者の問題」という敗戦直後の1946年のエッセイに基づいた対談になっているね。A氏:伊丹万作氏と言えば、例の「マルサの女」や「お葬式」を作った伊丹十三氏の父親だね。 戦前の映画監督で有名だね。私:長いエッセイだが、要するに、下記のようなことだ。 「皆、戦争でだまされたというが、誰がだましたのかとなると『俺がだました』という人はいない。 上にだまされたというとさらに上がある。 しかし、一人が一億人をだませない。 つまり、日本人全体が夢中になってお互いにだましたり、だまされたりしていたことになる。 たとえ、ある少数の人間にだまされたとしても、それで責任が逃れられるわけではない。 『だまされること自体がすでに悪である』ことを主張したい。 簡単にだまされる批判力、思考力、信念のない国民全体の文化的無気力、無自覚、無責任が悪の本体である。 『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされているにちがいないのである。」A氏:君が「戦争責任の難しさ」の日記で社会保険庁のごまかしを関連させて言っていたことと同じような意味だね。 今度の岐阜県の裏金問題も同じで県民をだましている。私:この本でも陸軍の下克上をとりあげているね。 そして戦前と戦後と連綿と「無責任体制」が続いていると指摘しているね。 陸軍の参謀本部作戦課が日米開戦まで軍を引っ張る。 部長の田中新一、課長の服部卓四郎、班長の辻政信ラインが開戦のキーポイントだというが、下の辻政信が引っ張る。A氏:責任があいまいだね。私:満州もそうで、関東軍参謀・石原莞爾が上司の板垣征四郎と組んで上司の本庄繁をつきあげ、満州事変を始める。 本庄は敗戦のとき自決するが、石原はお咎め無しで戦後も活動する。 ところが、その石原も関東軍が内モンゴルに侵攻しようとしたときに、参謀本部作戦部長として関東軍の暴走を止めようとしたが、関東軍の参謀がいうことを聞かない。 そのときの関東軍の武藤参謀が「貴方の下にいたとき、貴方の行動を見習い、内モンゴルに侵攻しているのです」と言われ、石原はぐうの音も出なかったという。A氏:なるほど、下にやられたわけか。 岐阜県の裏金問題も上はうすうす知っていたが、下克上で放置するのと似ているね。 伊丹万作が予告していたように、岐阜県民は「すでにだまされていた」んだね。私:関東軍の武藤参謀は、その後、盧溝橋事件で逆に、石原を参謀本部から追い出す。 部長が課長を追い出す。 ところが、今度は、日米開戦直前、武藤は軍務局長で開戦は消極派だったが、開戦の決断を田中新一作戦部長に迫られる。A氏:因果はめぐるで、責任権限がまったくメチャクチャだね。 やりたい放題だね。 平気で先輩をさす。 今の時代の子供が親を殺す芽生えはすでにあったのだね。 「武士道」などすっとんでいるね。私:参謀は本来ならラインでないから責任をとらなくていい。 ところが、実際にはこのような参謀が軍を動かしていた。 よい作戦計画や軍隊行動など、できるはずがない。 A氏:有名な辻参謀はイギリスから戦犯追及されていたが、逃走する。 その後、復活して参議院議員に当選して、戦後社会に復帰するね。私:靖国の英霊に対する責任など、吹っ飛んでいるね。 新聞も何も言わない。 この本では、無責任な参謀のトリとして瀬島龍三氏をあげているね。A氏:中曽根康弘氏や竹下登氏ら「歴代総理の指南役」と呼ばれた人ではないの?私:そうだね。瀬島氏は「大東亜戦争は侵略戦争ではない」という。A氏:「国家のため」というのだが、国家とはなんだったのかね。 多くの死者を出して、結局、敗戦で国を失ったのではないかね。 しかし、あれだけ犬死を出した戦争の責任を問う人は、相当腹をきめて追及しないと不可能だということかね。 そういう腹の据わったジャーナリストはいないね。 ケネディ暗殺のミスティリーのような政治の暗い底なしの淵を感ずるね。私:ところで、瀬島氏は敗戦後、ソ連のシベリアで抑留生活をおくるね。 このシベリアでつい昨日まで天皇陛下万歳だった人たちが、共産主義教育でまるっきり同じ構造でスターリン万歳となったという。 日本人には「個」がない。 神道には中味がないのと似ている。 ところが、ドイツ人捕虜は悠々として自国の文化への自負があって「自己」をきちんともっていたという。A氏:それで戦後教育で「個」を重視しようとなる。私:しかし、「個の自由」と「個の放縦(やりたい放題)」の混同教育でだまされる。 「子供が親殺しをやる個の自由」「親が子を殺す自由」まで促進する。 戦争は本当に終わっていないね。 敗戦の本当の反省無しで、まだ、負け戦を続けているのかもしれない。 この本を読むとやりきれなさを感ずるね。 閉塞感だね。「美しい国へ」の安部次期総理、東条内閣にならないようにしっかり頼むよ。
2006.09.05
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私:これは「国家の品格」街道での三島由紀夫の長編小説だ。昨日読んだ「春の雪」の続編になるね。A氏:「春の雪」が「たおやめぶり」、「奔馬」が「ますらおぶり」を扱うとしたものだったね。私:三島由紀夫はライフワークとしての大長編小説として「豊饒の海」を構想した。 これは4部作からなり、第1巻が「たおやめぶり」、第2巻が「ますらおぶり」、第3巻が「異国ぶり」、第4巻がSF的な内容というものだ。 このうち、第1巻と第2巻が先に発刊されて、「春の雪」と「奔馬」という長編となる。 なお、第4巻の原稿完成後、例の自衛隊での自殺となるんだね。A氏:「奔馬」はどうだった?私:「春の雪」を受けているね。これで「春の雪」が何か完成しない終わっていたのが理解できたよ。 「春の雪」の舞台から17年後となり、ガラリと扱うテーマが拡大するね。 「春の雪」はいわゆる王朝絵巻のようなスタイルだが、「奔馬」は昭和7年頃の世界恐慌後の日本経済の疲弊、社会格差の拡大、特に東北の農村の疲弊などの国情が大きく小説のメインに登場するね。 「奔馬」には、1876年10月の神風連の乱の思想が背景にある。A氏:旧熊本藩士の神道関係者で結成された敬神党が起こした乱で、明治政府の熊本軍を襲った事件だね。私:三島由紀夫はこれに強い関心があり、この「奔馬」の基調をなすね。 この敬神党は神道の信仰心が非常に強かったため周囲からは「神風連」と呼ばれていた。 明治七年、県庁で神職の試験が行われたとき、この派の人々がまるで申し合わせたようにその答案に「人心が正され、皇道が興隆すれば、弘安元寇の如く、たちまち神風吹き起こって、夷敵を掃攘するであろう。」と説いたので試験官が驚いて、彼らを「神風党」と呼んだのに始まるという。A氏:カミカゼと神道の結びつきはその頃からかね。私:神道では、祭政一致であり、この現世の神である天皇につかえるのと伝統的な神に仕えるのとは同じであるという考えだ。 だから、明治維新のときに王政復古の詔勅が下ったとき、その伝統が生かされると期待されたが、明治に散髪廃刀が許可され、人心はすさみ、卑俗が勝利するようになると考え出したという。A氏:当時から、神道は皇室と結びつきやすかったのだね。それが、昭和になると軍国主義の中心となるんだな。 天皇のために死ぬという考えとつながるね。私:この「奔馬」では、剣道三段の20才くらいの青年がこの敬神党の考えに信服し、十人くらいの若者と当時の財界、政界の大物を襲撃する計画をするが、実行前にことがもれて捕まる。 裁判では、軽い刑で終わるが、その青年は財界の大物を暗殺し、自らも自殺して終わる。 このストーリーに「春の雪」に登場する人物がからむということになるね。A氏:藤原正彦氏の「国家の品格」では、「もののあわれ」は日本の中世文学の多くが、これに貫かれているとあるね。私:「春の雪」は王朝文学の「浜松中納言物語」を下敷きにしているという。 題名のように、四季の描写がすばらしいね。 しかし、「奔馬」のような神道と結びついた死生観は、「国家の品格」の「武士道」とは違うようだね。 三島由紀夫は晩年、神風連に興味を持ち、「日本に帰れとか、明治に帰れとよく言うが、どこに帰るかあいまいだ。そこで『英霊の声』や『二・二六事件』の精神の純粋のものは神風連のそれに通じているとみてもらってもよい」と言っているね。A氏:だから、天皇は現人神でいてほしかったのだろうね。私:しかし、「二・二六事件」で、天皇御親政を目指した青年将校のひとりだった磯辺は、昭和天皇に謀反者とされる。 彼は獄中で昭和天皇を恨み「天皇陛下、なんという御失政でありますか、何というザマです。皇祖皇宗におやまりなされませ」と書く。 やはり、天皇個人でなく、万世一系の天皇家というのが信仰の中核にあるのだね。 それは天照大神から続く系列だね。
2006.09.04
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私:第百三十五回芥川賞は伊藤たかみ氏の「八月の路上に捨てる」にきまり、それが「文藝春秋」9月号に全文掲載されたので、読んだよ。 この号は別の記事を読むために買ったのだが、この芥川賞の決定のときの八人の選考委員の批評がバラバラで、山田詠美、河野多恵子の二名が積極的にこの作を推薦しているのに、宮本輝、石原慎太郎、池澤夏樹、村上龍の四氏はかなり否定的だね。 それで興味を引かれ、一体どうなっているのと知的好奇心が湧き、読む気になったんだ。A氏:読んでどうだった?私:確かに、話の展開としてはうまいね。 河野多恵子がいうように「不如意な結婚生活と離婚を扱って、簡潔な文章からさまざまにたどる人間の妙味の豊かさには尋常ならぬものがある」という点は同感だね。 文章表現や話のもっていきかたがうまいと思ったね。A氏:石原慎太郎や村上龍は何故、否定的だったのだろうかね。私:村上龍は、「何を伝えるのかという意志が希薄で、『現代における生きにくさ』描く小説にはうんざりだ」という。 石原慎太郎は「離婚を扱っているが、離婚という芯に重みがあるものをチラとでも感じなかった」という。 宮本輝も「多くの働く人々が見るもの、感じるもの、味わうものーーー。それらを超えた何かが小説の芯として確かに沈んでいなければ、その小説に何ほどの意味があるのかーーー」という。 池澤夏樹は「前回も思ったが、なんでこんなにビョ―キの話しばかりなのか?まるで日本全体がビョーキみたい」とある。 たしかに、この小説は読んでそれで終わりだね。 テクニックがうまいだけに「それでどうなんだ」という感じが強く残る。 俺は昔、ちょっと、自動販売機の補充作業の会社の業務に関係したことがあるが、この孤独の仕事を長い間つとめ、年をとってから管理職になった人を知っているが、大変だね。 村上春樹の「アフターダーク」のほうがまだ、社会性があるね。A氏:要するに芯や深みがないということか?私:この小説を読む直前に「国家の品格」街道として三島由紀夫の「春の雪」を読んだね。 これは、原武史氏によると「国家の品格」でいう「もののあわれ」に関連して「たわやめぶり」を扱っているとのことだ。 三島由紀夫のメッセージは明らかで、この後、続く「奔馬」で明治以来、失いつつある日本人の真髄は何かを考えるものだとしているね。 三島由紀夫には、死んでも伝えたいメッセージという芯があったのかもしれないね。 天皇の「人間宣言」には反対だったしね。A氏:「春の雪」はどうだった?私:朝日新聞の原武史氏は、「たわやめぶり」と言っていたが、辞書にはこれはなく、「たおやめぶり」だね。「わ」と「お」が違う。 新聞記事の間違いだね。 一方の「たおやめ」(手弱女)」は「大辞林」に「やさしい女。しとやか女。」とあり、反対語として「ますらお」をあげている。 「たおやめぶり」は女性的で温厚融和な歌風とあり、万葉集の「ますらおぶり」に対したものであるとしているね。 「春の雪」の文体は旧仮名遣いだからちょっと読みにくいが、華麗な文章だね。 品格があるね。 これは「八月の路上に捨てる」のテクニックと全く違うね。 しかし、まだ、「奔馬」を読んでいないので分からないが、「春の雪」を読んだ感じでは「たおやめぶり」は感じなかったなぁ。A氏:何故?私:これは明治の終わり頃の貴族階級の若い男女の恋愛物語だが、女性のほうがしっかりした感じだからだよ。 男のほうがむしろ女々しい感じがしたね。 しかし、最後に好きな女のために死ぬ。 その執念はすざましい。 これが次に読む予定の「ますらおぶり」を扱った「奔馬」とどういう関係になるかだね。 しかし、いずれにせよ、「八月の路上に捨てる」の男女関係とはまったく異質だね。 こちらは軽いね。 池澤夏樹がいうように時代がビョーキなのかもしれないね。 人間が軽くなったというビョーキにね。 これに危機感を持った「国家の品格」が問題になるわけだね。
2006.09.03
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私:シュレッダー事故の新聞報道の件で、後で気になったんだが、開口寸法の報道のことで、家庭の主婦は、どうやってその寸法を測定したんだろうということなんだ。A氏:例の8ミリとか3ミリとかの問題だね。 たしか、君の家庭用シュレッダーは2ミリだと言ったね。私:実は、これを測定するときに、ちょっと苦労したんだよ。 製造業では、スキマをはかるゲージがある。 平らな金具を隙間に差し込むんだ。 1ミリの厚さのゲージ、1.1ミリの厚さのゲージなど、厚さによっていろいろある。A氏:それを使ってはかったの?私:いや、そんなものは家にはないよ。A氏:どうやってはかったの?私:スキマゲージの考えで、適当な厚さの金具を探したよ。 固くないといけないからね。 そこで到達したのは、キーだね。ドアのキー、自動車のキーなどをシュレッダーの開口部に挿入してみた。 そして、ギリギリのところで止まるキーの厚さをはかったんだ。A氏:製造業では、ミリ単位の測定というとノギスを使うんだろ。私:そんなものは家庭にないよ。 だから、文房具のミリ目盛りのある定規だよ。A氏:それで君は何を疑問に思ったの?私:いや新聞などで報道していた開口部の寸法は、家庭用の場合、どうやって測ったのかと思ったんだ。 メーカーが発言する場合は専門家だから理解できるが、一般家庭で、「開口部は何ミリですか」と新聞記者に聞かれたとき、家庭の主婦はどうやって測定して返事をしたのかね。A氏:目測ではないの?私:ミリ単位の勝負の話だから、目測では問題だよ。 俺のように測定しなくては正確にはわからないはずだ。 それに俺のシュレッダーは開口部が少し湾曲している。 おそらく安全のためだろうね。 だから、シュレッダーによっては開口部の形が測定しにくいものもあるだろうね。A氏:そうすると、新聞記者にせよ、テレビにせよ、クレームを受ける窓口にせよ「どのようにしてはかりましたか?」と聞かないと正確ではないということになるね。私:製造業では、まず、問題が発生したとき、正確な情報を得て対策しないと、的はずれの対策となり、再発の原因となるね。 それは常識だよ。 もっとも製造会社も、常識でない、危ない会社が最近増えているようだがね。A氏:例の報道の原則の5W2Hというやつだね。 What 何が、When 何時、Whereどこで、Who誰が、Why何故、How toどのように、How muchどのくらい、だね。私:起きた場所は事務所(Where)で業務用シュレッダー(What)という確認だけで対策は大分違うね。A氏:それがないためか、話が業務用の話でなく、家庭用シュレッダーに拡大し、さらに情報保護法まで拡大する。 家庭用シュレッダーの開口部の寸法測定もどのように(How to)がなくて、どのくらい(How much)がないから、空転しかねない。私:風が吹くと桶屋が儲かるみたいな的外れの話になるね。 議論としては格好がいいのかもしれないが、上滑りの感じだね。 本命の安全管理は全く出てこないという現象になるね。 そうしないと、今度はトリマー、パンチャー、ホチキスなどで再発するかもね。 俺は、シュレッダーの電源を入れ放しにしておいて、何故、幼児が近づいたのか状況が分からないね。 大人だって危ないよ。 そしてまた規制強化という見当はずれの話となる。 官庁の仕事が増える。 税金、業界天下りが増える。 東京健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システムSAGEによると、幼児・児童の溺死,鉄道事故,労働災害などによる死亡が、開放水面の管理、道路や踏切の構造の改善、職場環境の安全管理などが的確に実施されるようになり、統計的には、著しく減少しているという。 しかし、決め手がない最たるものが窒息で、幼児と高齢者に集中し、幼児は異物の、高齢者は食物の誤嚥が多く、非常に個人的な性格をもつ事故であり、たやすく根絶できるとは考えにくいという。 墜落や火災・火傷も個人的な性格をもつが,家屋を含めた建造物一般の構造と機能を工夫することで、ある程度改善することはできるのではとあるね。
2006.09.02
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私:今の憲法は、第9条の戦争放棄がいつも問題になっているが、最初の検討段階から、その議論があったのがこの本でよく理解できるね。A氏:昨日の日記で憲法案の正式な発令は、天皇からの詔勅で3月6日だね。私:この草案はGHQの案を基本にしていることは、建前は丸秘であったが、ぎこちない文体で疑問に思う人も多かった。 疑問をはさむような情報はGHQにより検閲の対象になった。 国会での審議は新しい国会で6月20日以降行われた。 当然、議論の対象は「国体の変更」と「戦争放棄」が中心となったね。 内閣は弊原首相から吉田首相となる。A氏:天皇制は昨日の日記のように結局、あまり従来と変わらないことになったね。私:吉田首相は、義父の元内大臣牧野伸顕への指摘書簡で、天皇と政治のより明白な分離で天皇の精神的役割はむしろ、明治憲法より一層拡大し、天皇の地位は一層重要性と微妙さを増すであろうと語ったという。A氏:戦争放棄のほうも国会では衝撃であったろうね。私:国家に提出された9条は概要、次のようなものだ。 「他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを放棄する。 陸海空軍その他の戦力は、保持してはならない。国家の交戦権は認めない。」 この文で、自衛権を認めるのかどうかが当然問題になった。A氏:国連加盟国になれば、集団安全保障に貢献するためには、軍隊が必要だという意見があるがーーー。私:当然、当時の国会でも問題になった。 政府側の答弁もあいまいであった。 当時、吉田首相は「自衛権の放棄まで意味する。1931年に始まった日本による侵略戦争は、自衛の下に進められた」という。 その後、数年間、吉田首相は、それは繰り返すね。 共産党は、自衛権の保持は当然だとしたが、吉田首相は今後の日本の安全保障は国際的な平和組織に委ねることになるだろうと述べた。 そのためには、国際的な信頼が必要とした。A氏:吉田首相には、外交的な思惑があったのではないの?私:「戦争に負け、外交で勝つ」という彼の信念からすると、諸外国の印象を良くし、早期に占領状態をなくしたいという考えであったようだ。 変更は独立してから考えればよいということだったようだ。 しかし、一度、決まったことはそう簡単に変えられなくなったがね。A氏:今、「陸海空軍その他の戦力は、保持してはならない。」の前に、「前項の目的を達成するため」があるね。私:これはこの国会で追加されたもので、GHQの了解も得たという。 これが後に自衛権を認めるという根拠に使われるね。 しかし、依然としてあいまいさは残るね。 この頃、ソ連や中国が含まれている極東委員会が、マッカーサーに「civilian(文民)」のみが内閣閣僚の地位につくことができるという条文を憲法に追加するように要望してきた。A氏:その条文を入れると、軍の存在を認めるという矛盾となるね。私:しかし、極東委員会は9条の戦争放棄の文言をもっと厳しいものにする代わりに、この要求をマッカーサーに突きつけた。 マッカーサーはその意見をのまざるを得なかった。 それで第66条に文民条項が追加になった。 第9条を完全な戦争放棄とするには矛盾が生まれた。A氏:なるほどね。私:そのあたりから、政府側の答弁も最初、自衛権まで放棄するという説明があったのが、自衛権は認めるという説明に変わったが、GHQの姿勢はイエスでもノーでもなかった。 すべては草案の文書のまずさから発生していると、この本は指摘しているね。 日本人にとっては、当時は占領下なので、あまり自衛の問題は差し迫ったものでなかったんだ。A氏:しかし、この4年後に朝鮮戦争が始まり、国際情勢が変わる。 日本に警察予備隊ができるね。私:そのとき、保守派とアメリカは、修正文の抜け穴を利用する。 一方、再軍備反対派は、非武装中立を強調する。A氏:だから、警察予備隊や自衛隊は軍隊でなく、戦車は特車という詭弁となる。私:まさに、一つの文章にまったく反対の解釈が登場することになるね。 しかし、吉田首相が「軍隊を持つなら、憲法改正が必要」として、このような詭弁を使ってまで抵抗したために、朝鮮戦争で興奮したアメリカの30万から35万人もの巨大な再軍備要求をなんとか防止できたとこの本は言っている。 吉田政権下の警察予備隊の定員は7万5000人のままで変わることはなかったという。
2006.09.01
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