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第 六十七 回 目 聖が義清に与えたのは、弘法大師・空海の筆になる『即身成仏義』の抜萃であった。自身で書写したものらしく、力強い筆跡の本文の脇などに、同じ手跡で、細かな書き込みが記されてある。真言に限らず、仏教関係の教典の類を、本格的には学んだことのない義清には、その書は難解に過ぎた。 一年が経過して、義清が再び東山の小庵を訪れた時、既に聖の姿は、其処に無かった。義清は何か最後の糸を絶たれたような、深い失望を覚えた。 更に二年が経過し、その間に義清は左兵衛の尉になっていた。彼への上皇の寵愛も、待賢門院からの格別な篤いお情けも、また、一時感情を害していた公能の寄せる友愛の情も、これまで以上に大きく鞏固なものに、なっていくようであった。この頃、人々の目に映る義清の姿は、年若くして己の非を悟り、仏道に深く志を寄せる、優婆塞(うばそく、在俗のまま仏門に入って修行する男子)のそれであり、その無欲で殊勝そのものの態度は、ひたすら称賛に値するものであった。 が、そうした表面的な、平穏無事さとは裏腹に、義清の胸裡心中では、激しく鬩(せめ)ぎ合う野火の如き、情念の炎(ほむら)が、彼の頑健な躯を殆んど燃え尽くさんばかりに、猛威を振るい続けていたのである。否、躯ばかりではなかった。通常では考えられない、超人的な精神力と、意志の力が、発狂寸前の業苦の最中で、平然として試練に耐え抜く事を、辛うじて、可能としたのである。 義清は或る衝動に、取り憑かれていたのだ―、それは一種の強迫観念に似たものであった。昼、目覚めている時にも、夜、夢を見ている際にも、四六時中ずっと、彼の意識の片隅には、暗い闇に潜む魔物のような強烈な衝動が、獲物に襲いかかる機会を覗い、不気味に見詰め続けている気配を、常に感じていたのだ。幾度も、その強い衝動に屈服する、自分を意識した。脂汗の滴る如き辛抱と、忍耐とを捨てて、一気に自分を解放する瞬間の、自由さを思い描いた。その得も言われぬ甘美な誘惑に、身を委ねる快感を夢想した。が、同時に片方では、飽くまでもそれに耐え、対抗し続けなければならない宿命のような、大きな力をも感じていた…。 保延四年七月七日夜、義清は或る重大な決意を胸に秘めて、家を出た。上弦の月が山の端を離れて、中空に冴え、その光を透かして星屑の帯が、硬質の燦めく銀波を、地上に送っている。天上の世界の何と美しく、清浄なことか…、伝説の華麗な恋物語が素直に信じられる静寂と、神秘の世界である。それを眺める己の姿は、邪悪な鬼の醜怪さ―――、義清の脳裏に、ふとそんな自嘲的な言葉が浮かんだ。ままよ、既に骰子は投げられているのだ、地獄へなりと、何処へなりと、この両の眼(まなこ)をしっかりと見開いた儘、行き着くところまで行き着いてみせるだけのこと。…遠くで梟の声が聞こえる。ここから先は、北面の武者たる自分も踏み込んだことのない、いわば 神域 であった。近寄る者を威圧するが如くに聳え立っている、厳重な囲い塀。警護役に就いている、女房たちの白い影。黒々とした木立の間から漏れる篝の灯り。義清は己の心が死んだように平静なのを自覚していた…、夜の静寂に同化し、自分が夜そのものの様に同化し、自己が、夜そのもの、闇そのものに、化身したような錯覚。しかも手や足は、機敏そのもの、正確無比に行動し、物音ひとつ立てない。―― 夜露の降り始めている植え込みの陰から、渡り廂に躍り上がり後は、運を天に任せて、進むより手はない。が、義清には確信のようなものがあった。薫物の匂いである。彼を目指す相手の元に確実に導く、縁となるそれは、天人の辿る 雲の中の通路 に異ならなかった。事実、義清は天にも登る夢見心地で、漆黒の闇の中を歩んでいたのだ。 最初は殆んど感じ取れなかった名香の余薫が、ほんの幽かではあるが、義清の鼻腔に達した頃には、周囲の佇まい・気配が朧げにではあるが、弁別できるようになっていた。何故か、その辺には女房の姿がひとつもない。唯ひとり、あの、人の心を妖しく酔わせる香りを発するお方の、気配だけが、幾重にも垂れ込めた帳の奥にあった。その時、帳の奥の人物が義清の接近を知ってか、静かに瞳を凝らす様が想像された。それも、本当に僅かな、耳に立たない程の衣擦れの音で、鋭敏に研ぎ澄まされた義清の神経が直覚しただけのことである。 ほんの数秒間、義清は歩みを止め、妙香の漂い来る前方を、見遣った。仄かに、白いものが闇の底に蟠踞している如くに見えるだけで、空気の微かな戦ぎでさえ、それと分かる程の静寂が、四囲を支配している。 その闇と静寂とを一気に切り裂く様に、義清はつかつかと帳台の中の、白い影に向かって接近した。馥郁たる衣を纏った女性が、身じろぎもせず、義清を待っていた。手を伸ばせば相手の体に届く至近距離に立って、義清は女の面を見下ろしている。相手も、鳥羽上皇の女御・得子もつぶらな瞳を大きく見開いて、義清の顔を真正面から受けて、見守っている。…得子の激しい息遣いが、彼女の心の昂ぶりと緊張とを、表現している。変わらない、あの時の 碧い瞳の乙女 が今、此処にいる、義清はそう思った。そして、そう思った時、全身から力が抜けて行くように感じられた。
2016年06月28日
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第 六十六 回 目 義清だけが、妻もあり、院の御所に仕える十八歳の、北面の武者へと成長している。場所は定かではないが、義清がかつて見たこともない豪華絢爛たる御殿の内の、麗しい一室であった。植木や草花が見事に配置された庭には、大きな池があって、その向こうはどうやら小暗い森に続いているらしい―― さっきから義清は、この部屋で誰かを待っていた、いや誰かに、待たされているらしいのだが、内心では、あの乙女が姿を現せば良いと、願っていた。随分、時間が経って、義清は次第に不安になってきた。いつの間にか庭には、濃い霧がたち罩め、池の上一面が乳白色に覆われ始めている。と、その霧の帷(とばり)の中から、眩いばかりに燦めく金色の小舟が一艘、姿を現した。舟には薄紅の衣を纏った少女、唯一人が乗っている。舟が岸辺近くに至った時、少女の躯が蝶の如くに空中を舞ったかと見る間に、義清が端坐している部屋の縁側の上に、音もなく下り立っていた。義清が眼を向けると、乙女の美しい瞳が怒気を含んで、妖しく、燃え立っている…、嬉しさと、懐かしさで、義清は思わず涙ぐんでいた。その時、 「そなたは何故、妾の招きに応じて、参ろうとはせぬのじゃ。既に、六年の年月が、巡り去ったというに。そなたの身には、男子(おのこ)の血が通ってはおらぬのか。大空を翔る日輪をも掴み取る、武士(もののふ)の勇気と気概とが、備わっておらぬと申すのか」 義清の心の臓を射抜くかと思われる、その劇しい声音は、哀しみと寂しさの、不思議な色彩を帯びて、響き渡った。―― 儂(わし)は意気地のない、腰抜けだ。強者の前に頭と尻尾を垂れ、ただ力なく差うつむくことしか出来ない、哀れな 負け犬 なのだ。賤しく貧しい生を、唯与えられた儘に貪っている、惨めな蛆虫だ。時に天を抜き、地を覆う人の子の気概などというもの、更には又、神仏さえも恐れぬ、自由奔放な生き方を支える、誇りある勇気。時には、何物にも替え難い己の尊い生命と引換えてでも、守り通す久遠の理想といったもの。そのような諸々の、人間らしさとは無縁の者、それが儂だ、…義清の心は打ちのめされたように、弱々しく、そう呟いているようであった。 何故に、斯も女々しく、異常な程に自虐的な気分に、陥っているのだろうか? ―― 義清は夢の中で、そう思ったのを、目が醒めてからも判然と覚えていた。また、己の不甲斐なさに対する何故とは知れぬ怒りの感情だけが、長く尾を引いていた…。 文字のない、藤原得子からの謎めいた便りは、義清の心に不可思議な作用を、及ぼし続けた。義清は昼も夜も、その文のことが忘れられずに、寝入っては悪夢とも吉夢ともつかぬ、碧い色の瞳を持った乙女の登場する夢を、繰り返し、繰り返し見るのだった。 ある日、義清は急に思い立って、妻にも家の者にも行き先を告げずに、その頃東山辺に粗末な庵を営んでいた、ひとりの聖を訪れた。既に梅雨に入り、毎日じとじととした霖雨が、降り続いていた。樹々の緑も漸く色濃く黒ずみ始めている。雨よけの笠もかぶらず、全身びっしょりの濡れ鼠になった義清が、柴の戸を押して裏庭に足を踏み入れると、その狭い庭の中央に、壮年を過ぎたばかりと思われる一人の修行僧が、降りしきる雨の中で、座禅を組んでいる。両目はかっとばかりに見開かれ、瞬き一つしない。額を滴り落ちる雨滴が、頻りにその左右の眼の中に流れ込んでいるのだが、聖は一向に意に介さない様子である。と、雨水に霑った鋭い眸が微かに動いたように思われたが、聖は依然としてその儘の姿勢を崩さずにいる。義清もその場に竦んだように、立ち尽くした。しばらくして、雨が小降りになり、樹々の間から薄陽が射し始めた時、聖は静かに腰をあげ、庵の中につかつかと姿を消した。義清は無言で、聖の後について暗く狭い小屋の内部に、足を運んだ。さっきの聖が、板張りの上に乾し藁を敷いただけの部屋に、あぐらをかいて座っている。顔や肩、手の先からまだ雨の雫が滴り落ちている。そして、土間に立っている義清に対して、前に座れと言うように、手で合図した。やはり黙ったまま義清は聖に対面し、板の上に腰を下ろした。聖は、今度は眼を半眼に開いて、義清の面を厳しく見守っている。 「何用で、参られた…」 低く、凄みのある声がした。義清は初めて丁寧に一礼すると、自分の姓名を名乗り、自分のような者にも果たして悟りを得ることができるものかどうか、御教授を願いたく、訪ねて参ったのだと答えた。すると聖は徐に傍らを見遣ってから、一綴りの手垢にまみれた書物を取り上げると、 「お手前に、これを進呈いたそう。まず、己に打ち勝つこと。その時、自ずから道はひらけて参ろう…」 ゆっくりと、そう語る聖の眼の表情は、さっきまでとは打って変わった、佛の如き慈愛に満ちた光が浮かんでいいるようであった。 義清はこの聖の姿を、以前に二度、見かけていた。一度は昨年の秋であり、もう一度は、今年のまだ寒さの厳しい二月頃であった。その時、義清はこの奇妙な、乞食のような聖から、強い印象を受けていたのである。別に、これと言った事があったわけでもないし、二人は言葉すら交わしてはいない。 粗末な身なりの托鉢僧や修行僧には、何度も出会っていたし、珍しいとも思わなかった…、何が若い義清の心を強く惹きつけ、虜にしたのか?聖は何をしたわけでもない、ただ、ぶらぶらと当てもなく逍遥しているように見えた。黄昏の空に現れた中秋の月と、萩や薄が生い茂った山裾の野原と、この聖の姿が、実に見事に調和して見えたのだ。また、汀に氷が張っている鴨川の畔では、眩い旭が反射する、清冽な水の流れにじっと視線を、凝らしていた。何年も、その場に立っている冬枯れの木立の如くに。連れ立って馬を走らせていた公能に、「あの僧を知っているか?」と聞くと、詳しくは知らぬが、確か真言の破戒僧だとか、天台の若い僧侶から聞いたことがあると、答えた。ただ、それだけの事である。
2016年06月25日
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第 六十六 回 目 クラス担任の尾崎はあんな風に言っていたが、眞木には到底信じられないことだった。あの少女が売春をする虞(おそれ)があるなどとは…。きっと、何かの間違いに相違ない。明日、尾崎に会ったら、もう一度慎重に、十分な調査を重ねるように、念を押しておこう。事は思春期にさしかかろうとしている、複雑にして微妙な乙女の、場合によっては一生にも影響を及ぼしかねない、重大な問題なのだから、呉呉も細心の注意を払うようにと、昼間も意見を述べて置いたのではあるが。佐々木法子のことになると、自分の娘達以上に気が揉めて、仕方がないのだ。この様な自分の心理はやはり常軌を逸しているのだろうか…、精神的な 痴漢行為、視姦 という忌まわしい表現が、何か恐ろしい呪符の如くに、再び、眞木の心に甦ってきた。 ーー 自分は、一体全体、どのような天魔に魅入られ、いかなる種類の魑魅魍魎に取り憑かれてしまったと、いうのであろうか?が、男の心の中に、いや、女達の胸中に、今の眞木に似た心理が起こってはいないだろうか…?大体、眞木の様に、分別も有り、物事の道理を一応は弁えた四十男が、文字通りに 小便臭い 、ひょっしたらお尻の蒙古斑がまだ微かに、残っているかも知れないような小娘に、現を抜かし、胸を時めかすといったバカ莫迦しい現象が、この世に起こりえて、良いものだろうか、これは、もしかして悪夢なのか?夢なら、直ぐに醒めて欲しいーーー 眞木は、自分のものでありながら自分の自由にならない、不思議な気持ちを持て余して、悪戦苦闘を続けるよりしようが無いのである…。 その時、妻がコーヒーを持って上がってきた。少し疲れたので、下に降りて、妻と一緒に一服することにした。子供たちは二人共にテレビを見終わり、子供部屋で勉強をしている様子だ。春美のお喋りを聞き流しながら、ぼんやりとニュースを映しているテレビの画面に目を遣っていた。気が付くと、春美が盛んに話の相槌を、彼に迫っていた。いつものことで慣れていたので、適当に頷いたりしていると 「ねえ、あなたはどうお思いになって…」と、鼻にかかった甘ったるい声で、今度は彼の意見を求めている。黙っていると、何度も同じ言葉を繰り返すのである。仕方がないので春美の方を振り向き、君は、一体どう思うのだね、と反対に訊き返してやると、妻は、あたしはさっきも言ったようにと、前置きして、長々と喋り始める。 隣の奥さんは、若くて、美人だし、近所付き合いも今時の人にしては、珍しい位に良かったりして、評判の賢夫人だったのだが、突然に蒸発してしまった。旦那さんは雑誌社に勤めているとかで、帰宅時間が遅かったり、日曜出勤があったりで不規則なのだが、人柄は見るからに真面目そうだし、いかにも家庭的な人だ。中学一年生の一人息子も、学校一の秀才で、ハキハキした快活な男の子である。我が家とは違って、親や親戚から借金や援助を受けなくても、高額な住宅ローンを月々きちんと返済して生活できる、ご主人の収入もある。従って、夫婦仲も円満だし、経済的にも不足はなし、強いてあの奥さんが漏らしていた不満らしいことを挙げれば、一年のうちで数回しか、家族三人でどこかにドライブに出掛ける事が出来ないこと、くらい。旦那さんはいつも仕事だし、子供は学校と学習塾とで忙しい。いつも暇を持て余しているのは 私 だけ ーー でも、そう言った奥さんの顔はとても幸せそう、幸福を絵に描いたようだった。どう考えても、深刻に悩んだり、淋しがったりしているようには見えなかった。旦那さんはショックで、三日間も会社を休んでしまったし、息子さんも、悦子の話ではしょんぼりして、学校から帰ると塾にも行かずに、部屋に籠りっきり、らしい。九州にある奥さんの実家や、あちこちの親類や、心当たりの知人の所へも悉く、問い合わせたらしいのだが、全く消息が掴めない。とうとう、警察に捜索願いを出したので、その噂が近所中に広まった。こうして隣り合わせて住んでいて、親しくしていたといっても所詮は他人。その心の中の秘密までは、覗い知れない。傍からは倖せそうに見えていても、人にはそれぞれ何かしら、悩みや、苦しみがあるものなのね。そう、染み染みとした調子で言った後で、その点、あたしなんかは恵まれすぎているのかしら。悦子も和恵も、それは少しは生意気で、理屈をこねる所があるけれども、根は素直ないい子供たちだし、あなたは、欲を言えば給料袋の中身が、もう少し増えたらと思うけれど、まずまず理想的な夫であり、満点に近い父親だし……、妻の春美は、気味が悪いほどに、上機嫌であった。 他人の不幸を知って、相対的な幸福感を覚える、われわれ小人の卑しい心根を、そう簡単に軽蔑し去ることは出来ない。これは謂わば天の配剤とでも称すべき、有難い心理構造なのであるから。それに、理由はどうあれ、妻の機嫌がよい事は、彼のためにもなった。 それにしても、と春美はまたもや始めの疑問を繰り返した。一体全体、隣の奥さんはどのような理由から、蒸発などしたのであろうかと、訊くのである。同性である女の君に解らないものが、男の自分に理解できる筈がない、と答えても春美はなかなか承知しないのである。あなたは、私などより頭がずっと良いのだし、中学校の教頭なのだからと、妙な所へ随分と変な理屈を、持ち出す。教師であろうが、総理大臣であろうが、解らない事は分からないのだという、単純な原理が春美には通用しないのであった。 ーーーー 義清は夢を見た。碧い色の瞳をした乙女、藤原得子は、その夢の中では依然としてあの時の儘の、少女であった。
2016年06月20日
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第 六十五 回 目 既に二人は、逢瀬を遂げていると主張する者までいるとか― 公能はその噂に対しても立腹していた。仮に、噂だけだったにもせよ、そのような噂が人々の口に囁かれるには、それなりの根拠が、義清の不心得な所業があったに相違ない。公能は、そう決めつけた。 義清は昨夜の不思議な 懸想文 を憶い起こしていた。人々は皆あれを、懸想文と噂しているようであるが文字の書かれていない文などというものが、一体あるのだろうか?女房から手渡されたあの薄紅色の紙片には、小さな墨痕さえ印されてはいなかったのである。その上に噂では、事実とは逆に、義清の方が女房に文を渡したことにされていた。しかし、そのような口さがない世間の取り沙汰など、義清にとって問題ではなかった。心ある人は、そのような馬鹿げた話を、まともには考えないであろう。時間が、先の正忠の一件の時のように、己の潔白を証明してくれるであろうから。 公能は義清が唯凝然として視線を中空に据え、自分の面罵に耐えているのを、半ば呆れ半ばは恐れをなした如くに、一時の憤激が口を衝いて出た語句と一緒に、吐き出されて収まると、実にばつの悪そうな表情を、持ち前の気弱そのもの面に浮かべて、 「義清、お主とは今日限り絶好だ、よう覚えておけ!」 そんな風に捨て台詞を投げつけると、馬にひと鞭当て、そそくさと屋敷を出て行ってしまった。 公能が言い残して行った事柄は、全部が全部、根の葉もない嘘っぱちであり、不当な言いがかりというものであった。確かに、そうには違いないのであるが、義清の胸には微かな苦い滓のような物が残った。それがどこから来るかと言えば、やはり彼が自ら播いた種――、奇妙な 自責の念 と形容しなければならない、性質のものだった。院へ向かう道すがら袂に忍ばせてきた例の文を取り出して、鼻の先にあてがった義清は、「やはり、そうであったか」と口の中で、小さく呟いていた。 昨夜遅く、と言うよりは今朝の払暁前、勤めを果たして屋敷に戻った彼は、自分の部屋に一人籠って文を開いた。妻に対する遠慮と、疚しさの感情。期待と不安が錯綜した、妖しい胸の昂ぶり。あの瞬間の、あのような唯ならぬ心の動揺は、一体何に由来するものだったのか?あたかも罪人であるかのような意識…、理由もなくワクワクする心、甘美な誘惑。あの惑溺の正体は一体全体、何だったのだろう…。あのような心理状態は、少なくともそれに類似した心理の蠢きは、待賢門院の時にも働いていなかっただろうか?確かに、自分はそれを一応は否定し切ることは出来る。が、本当に「お前の心は清浄で、潔白であり続けたか」、そう耳元で囁く悪鬼の声が、聞こえないわけでは無かったので…。 紙片を開いてみた瞬間、ひどく拍子抜けがして、全身から急に力が抜けた。実際、狐にでもつままれた思いだった。文字の書かれていない薄紅色の文からは、微かな薫物の香りが、仄かに仄かに、漂よい出ていた。一瞬間、なぜかこの様な経験を以前にも、何処かでしたことがあるような気が、ふっと起こったのである。ーーーやはり、そうに違いない、あの碧い色の瞳をした乙女がこの文を自分に送った相手なのだ。この時初めて義清は、院の今をときめく女御・藤原得子こそあの謎の乙女であったことに、気附いたのである。 開け放たれた窓から、涼しい秋風が静かに流れ込み、机の上の教員用教科書のページをパラパラと捲った。 いつの間にか眞木はまた、佐々木法子の事を考えていた。法子と、彼が顔を見たこともない評判の悪い、若い母親のことを。あの少女の躯にも、母親と同じ淫蕩な、男好きな血が流れているのかしらん。通経もまだらしく見える、硬い蕾のようなあの少女も、言い知れぬ血の疼きに人知れず悩み、正体不明の黒い影に、密かに脅えているのであろうか…。そんな隠微で淫らな妄想が、彼の脳裏を掠めた。キリギリスの遠慮がちな鳴き声が、さっきから下の裏庭の方で、聞こえている。日中は残暑が厳しく、蒸し暑さが依然として続いているが、日が沈んで辺りが暗くなる頃にはもう秋らしい冷気と風情が、郊外にある新興住宅地であるこの界隈には、顕著であった。十五夜を過ぎたばかりの皓々たる月の姿が、窓の間から覗いている。
2016年06月18日
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第 六十四 回 目 彼は己の才能故に、貴人から愛され引き立てられている、賎しい身分の武士なのでありその限りにおいては、自分自身の自由と力とを所有してはいないのだ。宮廷を中心とした中央の世界で、何とかして他人より一歩前に出たい。少しでも人に抽ん出た地位と栄誉とを勝ち取ろう。そのようにして、日夜血眼になっているのは公能も正忠も、彼自身も皆、同じであった。唯、正忠や義清が公能とは決定的に相違しているのは、その血筋であり、家柄である。同年配でしかも武芸・学問・和歌・蹴鞠、そのいずれの才能を取ってみても、義清より遥かに劣る公能がその家柄の故に、既に彼より高位の近衛将監の役に就いている。しかも将来の栄進は太鼓判が押されたように、固く保証されている。それに引き比べれば、彼や正忠の前途は、出世と言っても高が知れている。正忠の場合にはよほどの事がない限り、現在の右が左に替わって佐兵衛尉止まりであろうことは、確実と言えた。上皇や中宮から格別に目を掛けられている、また、人並み以上の才能があると言っても、義清の家柄からすれば、その望み得る地位の上限は公能とは比較にもならないくらい低いであろうことは、容易に想像がついた。残された手段は己の階級の表看板である武力に物を言わせて、朝敵などを討伐する、抜群の手柄を挙げるか、もっと内輪に、前年の佐兵衛尉・平 家貞の如くに海賊追捕の功で昇進するかしか道は無いのだが、そのような機会においそれと巡り合うことが出来よう筈もなかった。それでも、正忠など普通の下北面の武者たちの眼から見れば、義清の立場は垂涎の的となるほどに、恵まれたものであった。自他の、その意識のずれが、義清を必要以上に孤立させていたのである。義清の物静かな、驕り高ぶらない、そして誰に対しても公正な、清潔この上ない態度が、朋輩たちの強い反感を一層煽り立てる結果になっていたのである。 次には、彼の世情についての極端な知識の欠如を、上げなければならない。待賢門院のこと、上皇のこと、当今のこと、それら全てのことに関して、義清は自分でも驚く程に情報を持たなかった。そもそも、関心が甚だ希薄であった。若い義清の最大の関心事は、武芸と学問であり、それを通して己を厳しく磨き上げることである。その他の事柄は、ほとんど彼の念頭になかったと言って良い。徳大寺実能に目を掛けられたのも、鳥羽上皇に認められたのも、義清一個人にとっては謂わば副次的、乃至は、二次的な意味合いしか持たなかった。天下無上の器が自ずからそのところを得て、四方に照り輝く。そのような信念と理想が、いつの間にか義清の胸底に腰を据えていたのだ。見方を変えれば、そうした義清の態度は鉄の如き傲慢さと、異なるところはなかったのだ。世間知らずの前途有為な若者に共通する、唯我独尊的な尊大さ、絶対無比の無礼さとを、あたかも天衣の様に身に纏っていた為に、自分ではそれを意識していなかった。 義清の他人と異なっていた所を強いて挙げれば、その見事な徹底ぶり、純一な熱狂ぶりにあったといえようか。冷たい炎を放って燃焼する、氷の如き色彩を湛える灼熱の猛火…。その内部には様々な矛盾と対立が、劇しい渦を成して、潜んでいたのである。 義清はしかし、不当に自分を詰り、罵倒する公能に腹を立てなかった。公能の言い分も、それなりの筋が通っていたし、自分が彼の立場にいればやはり同様に憤激し、激昴したであろうことが、よく理解できたからである。―― 当今の崇徳天皇が、実は鳥羽上皇のお父君・白河法皇の胤である、という公然たる秘密が世上に流布し、しかも、どうやらそれが事実であるらしいこと、従って、表面上の父親である鳥羽院が帝を“叔父子”と呼んで蔑み、遠ざけていること、にもかかわらず白河法皇の亡くなられた今も、上皇は父・法皇の呪縛逃れられずに居られること、苦しみながらも妖艶限りない美しさを益々発揮されていかれる待賢門院の爛熟した色香にのめり込み、溺れておられること。そして最近に至っては、この待賢門院と、うら若い新参の女御で、比類なき絶世の美女と噂の高い藤原得子との間に、上皇の寵愛を廻って想像を絶した凄絶な暗闘が、繰り広げられていること。 院の臣下である誰もが、おぼろげにではあっても承知していた、これら全ての重要な事情に関して、義清は全く疎く、また自身で知ろうとする何等の努力も、払わなかったのである。が、公能の発言した言葉の中で、唯一義清の心を異常に揺さぶった、情報があった。 公能が待賢門院の女房から伝え聞いたことだという触れ込みであったが、目下の最大の話題の渦中の真っ只中にいる女御・得子の女房たちの噂話についてである。院の下北面の武者の中に姫の密かな想い者がいるとのこと。しかも、どうやらその相手というのが、義清だと言うのだ。
2016年06月12日
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第 六十三 回 目 義清は十七歳の秋十月に、男子を儲けた。しかし、その喜びも束の間に終わった。三ヶ月後、風邪をこじらせたのが原因で、幼子はあっけなくこの世を去っていった。―― 何の為の誕生であり何の為の苦しみであったろう…。この事があって後、満月のように照り映えていた若者の面に幽かな翳が、漂い始めていた。仏教関係の読書に一段と真剣さが増したのも、この頃からである。 噴火寸前の火山が、不気味な鳴動を開始するときのように、義清の身辺には漸く、ただならぬ雰囲気が立ち罩め始めていたのである。あとは一寸した何かの弾みが、気まぐれな邪鬼の唆しがあれば事足りた。が、周囲の大多数の人間にとって、義清の変化は眼につかない態のものであった。人々が当時の義清に認めたのは、深みを増していく武芸・学問の進歩と、若さに似合わぬ風格さえ日毎に加えていくかに見える、沈着冷静な物腰であり、総じて俗事に拘泥しない恬淡たる、天晴れな心の無欲さのみだったのである。 いつも身近に在って、結婚以来、義清の影の如くに、控えめな献身を続けていた妻だけが、他の多くの人々とは、決定的に違った視線を、夫・義清の上に注いでいた。元来聡明で、万事に慎ましやかなこの女性は、夫の精神的な危機を、ある意味では当人よりも正確に感じ取り、密かに小さな心を痛めできる限りの配慮を怠らなかったのである。また、鋭敏な義清の神経が、優しい妻の心遣いに気附かない筈はなかった。しかし当時の彼には、それが却って負担となり、煩わしさとして感じられるように作用した。すべてが不可抗力の恐ろしい力のなす儘に流され、行き着く所まで行かなくては収まりがつかないものなのであろうか…? 義清十八歳の春が廻ってきた。或る、星の美しい晩であった。義清の警護する巽門に近づく一台の牛車があった。その黒々とした形を篝火の灯りの中に発見した義清は、床几からおもむろに立ち上がると、闇を透かして相手の名を問うた。ひどく老いさらばえた老爺が進み出て、女御・得子様の里からの使いの車であると答えた。その時、義清はふとその老人に見覚えがあるような気がしたが、相手が誰なのか直ぐには想い出せず、自分の気のせいではないかと、思い直していた。四半時程すると先刻の女車が大勢の女房達を従えて、出て来た。夜分に、院の女御が里下がりとは何事であろうかと、訝りながら見守っていると、ひとりの女房が御主人よりの言伝であると述べて、一通の書状をそっと義清の袂に忍び込ませて、立ち去った。 義清以外の者が、仮にそのような付け文を貰ったとして、さしたる問題にはならなかったであろう。各地の武士の子弟の中の俊英が、選りすぐられて集まっている北面の武者達の中で、女房たちと密かに文を通わせる者は多数いた。彼らの間には謂わば暗黙の了解が成り立っていて、こうした場合に見て見ぬ振りをするのが、通例となっていたからである。しかし事が義清に関する場合だけに全く異常な反応が起こったのである。目敏くかの女房の行為を目撃した同僚の一人が、他の仲間たちに事の次第を誇張して、耳打ちしたのである。翌朝までにはこの噂は院中の隅々にまで知れ渡っていた。その夕刻、珍しく公能が義清の屋敷に姿を現したのは、彼が御所へ向かう身支度を終えたばかりのところであった。よほど急いで駆けつけた様子と見え、公能の愛馬が口から白い泡を吹いていた。どことなく鷹揚で、ゆったりとしたいつもの公能の態度とは、その日は始めから全く違っていた。不自然に引きつった頬に無理に作った冷笑を浮かべたような公能の表情は、むしろ醜悪にさえ感じられた。 「貴公、上皇の女御に懸想文を送ったというではないか。しかも相手は、姉中宮の最も忌み嫌われておる藤原長実の娘・得子であるとか。父・実能、並びに、姉上のこの上ない御恩顧を踏みにじり、足蹴にかけよう所存か!にっくき敵、犬畜生め…」 義清が弁明を挟む余地が全くないほどの、殺気立った語気と、激越な剣幕とが、公能の言葉には籠っていた。 積年の鬱屈した劣等感と、それとは裏腹な、尊大な優越感が綯い交ぜになって、義清の上に浴びせられていた。公能のこの痛罵から、義清はそれまで迂闊にも気附かずに過ごして来た、二つの事を悟ったのだ。一つは彼自身に関することであり、もう一つは世間、あるいは世の中というものに関するものであった。もっとも、その二つは複雑に絡み合っていて、截然とは区別が付き兼ねた。が、少なくとも次の様な分析が可能だった。 先ず義清は己がどのような存在であるか、ということに関して、余りにも無自覚であった事を痛いほどに、思い知らされたのである。正忠の事と言い、今回の公能の一件と言い、根本にはその問題が、介在していたと言える。
2016年06月06日
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第 六十二 回 目 腐敗した熟柿のような息が最前から容赦なく、義清の面を襲っている。殆んど酒を飲まない義清もさっきから、形だけ、湯呑に注がれた濁り酒を口にしていた。 今夜は、院も待賢門院も共に仙洞を留守にしている。例によって熊野詣でに、今朝から御両所が打ち揃ってお出ましになられたのである。自然、院の警護に当たる者達の規律も緩みがちであった。今回は正忠、義清たち十数名が随行を免れたのである。 日頃の憤懣と、どす黒い嫉妬心とが、このような機会に一時に捌け口を求めて、迸出していたのである。若年の新参者である義清が、元の主人・大納言実能の強力な後ろ盾で、鳥羽上皇から格別に眼を掛けられていることさえ、鳥羽院に伺候する同僚や先輩たち、北面の武者たちの激しい羨望の的になっていたのに加え、近頃では上皇の中宮・待賢門院様からも、前例のない寵愛を忝けのうしているとの噂が、誰言うともなく広まっていた。直属の上司であり、年齢も義清より六つ程上の正忠は、戦の経験も豊富な、血の気の多い、負けん気の強い青年武士である。少しでも義清が抵抗を示せば流血の騒動に発展するのは、必定であった。 義清とても血気の若者であることに変わりはなかったが、正忠より思慮と分別が勝っていた。それになによりも上皇の熊野詣での留守に、私闘という禁制を犯す行為がもたらすであろう影響を、義清は考えていた。実能公に対してはもとより、延いては公の実の妹御であられる中宮に、有形無形の迷惑が及ぶであろうことは、容易に予想できた。彼自身の将来にも、重大な影響を与えるであろう。また父・康清の悲しみと落胆は、いかばかりであろうか…、それを思うと十七歳の義清は、死んでもこの不条理な屈辱を怺えねばならぬと、覚悟していた。 しかし、ものには限度というものがある。もしその時、偶然公能がその場に来合わせ、発火寸前の二人の中に割って入らなかったとしたら、どのような事態が招来していたか――。後になってからその時の事を考えるたびに、義清は思わず背筋に冷たい物が走るのを、覚えるのだった。 源 正忠の、あの夜の、酔いに任せたとはいえ、どこか捨鉢な義清への絡み方には、一種異常な執拗さが籠っていた。正忠とて、問題を起こした場合には、義清同様、以後の出世を断念しなければならないことに変わりは、ないはずであった。はるばる海を渡って九州から単身上京し、幾度も生命の危険を冒して今日の地位を掴み取った正忠の方が、ある意味では義清より失うものが大きいとも言えた。それ程まで、正忠に代表される朋輩たちの義清に対する怨嗟の情は激しく、根深いものがあったのだと言えようか。しかしながら、義清には天地神明に誓って、自らを恥じるところは微塵もなかった。だからこそ、いわれのない横車や、為にする悪口雑言には、あくまでも耐え抜く決意を固めていたのだ。 ただし、待賢門院様の所業に関する聞くに耐えない中傷は、いくら何でも、我慢がならなかったのだ。「待賢門院は淫婦である。お隠れになった先代の帝とは、様々に取り沙汰されていた事であったが、鳥羽院に入内されてから後も、通じていた。のみならず、最近に及んでは下賤の男にも触手を伸ばし、淫乱の限りを尽くしている。お主はそれと知らず、栄達の為に、身を売ったそうな、見下げ果てた奴じゃ…」――口を極めて罵る正忠の背後には、数多くの、憎々しげな復讐のまなこが、呪うように義清を見遣っている気配が、ありありと感じ取れるのだった。 徳大寺実能の嫡男・公能はその時、近衛将監であり、待賢門院にとっては甥に当たる人物である。公能は自分より地位の低い右兵衛尉・源 正忠が話題にのぼせていた事柄を、少しも聞かぬ風を装い、感情のあまりの昂ぶりに顔面蒼白となっていた義清を、巧みにその場から連れ出したのである。 葦毛の馬に跨り、濃紺の狩衣を爽やかに身に纏った、青年貴族・徳大寺公能の姿が、後にも先にも義清の眼に、この時ほど頼もしく、凛々しく映じたことは他になかった。 あの夜、密かに召し出されて、中宮の御前に伺候したあの晩に、待賢門院からの意向を義清に伝えたのも公能であった。今考えてみても、何から何までがすべて謎であった。中宮の意図が那辺にあったのか、自分に対して何を望んでおられたのか、何故にあのようなお言葉を発せられたのか?…考えれば考えるほど、解せない事であった。ただ、中宮の限りなく高貴で、犯し難い美しさの記憶だけが現実らしさを、辛うじて留めているのみである。 「想像していた通りの、若者であった」、待賢門院は公能にそう言われたそうであるが、その言葉も謎を解く鍵にはならなかった。正忠が口にしていたような事柄は、義清にとっては論外である。深山の湧水のごとくに澄み切っていて、この世の罪穢れを己の身内に決して近づけたがらぬ、潔癖この上ない青年の心理が、頑なな程、己の感受性を頼らしめ、待賢門院の現実の姿を必要以上に理想化し美化したとしても、誰にも咎め立ては出来ない。また、義清と待賢門院の間には、それぞれ置かれた境遇、生きている世界に、雲泥の差があった。―― 中宮は私を試されたのだ。義清はその曖昧な解釈を以て、無理にも自身を納得させようと努めた。若者に特有の合理精神も、それ以上に深入りした問と答えとを、自分自身に課すことの危険を、無意識裡に、回避していたのである。少なくともその時点では……。
2016年06月02日
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