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第 八十三 回 目 谷川の流れに沿って、西行は下っていった。木樵たちがつけた径であろうか、所々で途切れたり、藪の為に遮られたりしていたが、人里のある山麓に出るまで、殆んど迷うことなく、道を辿ることが出来た。途中、見事な山吹の咲き誇っている崖下で、暫く足をとどめた、名も知らぬ山鳥の囀りが、遠くから聞こえていた。見上げると、目の覚めるような深緑の、空の色が、樹々の間から覗いている。思わず西行は己の両の掌を、眼の前に翳してみた。先程、渓流の水で綺麗に洗い落とした筈の血糊が、まだそこにこびり附いている様な気がして…。 ……… 眞木は今日の暑さのせいもあって、自分が疲れているのだと感じた。まるで眠気を感じなかったが、妻の寝ているベッドの片隅に、身を横たえてみる。春美の鼾は収まって、静かで、安らかな寝息に変わっている。 春美との新婚当時の、新鮮で、楽しかった思い出が、断片として切れ切れに、浮かんでは消える。童貞の自分は、異性の肌に触れる喜びに、酔い痴れる一時期を体験した。しかし、それもほんの束の間の短い期間にしか過ぎなかった。直ぐに、惰性と習慣との、単調な繰り返しにと色褪せ、現在では、むしろ苦痛を伴う、一種の義務意識へと、堕落してしまっている。一年に、一度か二度、それでも彼の中の 雄 が、何かの拍子に不意に目覚めて、自身でも意外なほど行為の中に没入し、予期しなかった強い高揚感を、獲得する事があった。 その体験から推して、若く、瑞々しい、未知の相手に接し得た際には、まだ、二十代の新婚時代に味わった、忘我の陶酔を、取り戻す事は可能かもしれない、と感じたことがある。 そして、その様な無意識の作用が、先ほどの如き奇っ怪至極な妄想や、昼間の様な幻想となって、現れるのではないか…。が、佐々木法子の未成熟な肉体に、セックスの対象としての不埒な欲望を唆られている覚えは、どのように考えても無かった。もっともフロイトの説くリビドーとかの作用で、自分では意識できない、そういう形での、歪んだ性衝動の発現があり得るのだと、誰かに決めつけられたりしたら、気の弱い彼には、抗弁の余地はなくなってしまうのではあるが…。しかし、淫蕩らしい母親に対しては、積極的な好奇心と、関心を抱いている。それを認めることに、吝かではない。がそれは飽くまでも、眞木が強く惹かれているあの少女の産みの親としてであり、少女に関する事、“心の恋人”をより良く理解する手懸りになる事柄なら、どんなに些細な事でも利用しようとする、恋する者の通常の心理の枠を、越えるものではなかった。それにしても何故、あんな奇妙な白昼夢を、一日の内に立て続けに二度も、経験する様なことになったのか?こんなことは、嘗てなかったことだ。 やはり暑さのせいで、神経に異常を来たしてしまったのであろうか…。一体に眞木は、夜の睡眠中は勿論、昼間のうたた寝にも、夢を見ることのない男であった。元来が健康体であるためか、寝つきがよく、その儘熟睡が出来、朝の目覚めも快適であった、しかしよく考えてみると、あの少年の時の初恋を体験した当時には、これに似た現象があったようである。もう三十年も昔の記憶であるから、甚だ心もとない限りだが、確かに今回のような心の変調が、規則正しい生活のリズムと精神生活を、一時的に狂わした。が、それは幼い少年の頃の、話である。いくら何でも四十歳を過ぎた、妻子ある分別盛りと言われる年代の異常と、同列に論じるわけにはいかない…、それにしても、さっきの妄想の中の思考が、変に気懸りで仕方がない。例の弱者は「悪」だとする考えである。通常の、極く当たり前な思想からすれば、強者、乃至、権力者は「悪」とされるから。 仮に、強者が悪であると仮定すれば、現代の国家権力は、悪の典型である。歴史上の権力者・支配者のことごとくが、強大な権力を掌握していたが故に、悪であると断定できる。 勝てば官軍は、紛れもない歴史的な真実であろうが、敗者の側から「悪」の烙印を捺されても、文句は言えない道理だ。正義と言い、悪と呼ぶが、相対的で、一時的な判断でしかない。とすれば、善悪の評価に絶対的な価値を置くのは、考えものである。 今日では、大衆とか庶民、民衆とか、様々に呼称されている、力なき弱小者の群は、当然の権利として自らの「正義」を主張する。主張して止まない。考えてみれば、彼らは自ら好んで権力の座に近づかないわけではない。その力と、技倆と、才覚の点で欠けているから、「善」であり、「正義」で在り得たに過ぎない。その力無き弱小者の群は、衆を頼んで現在の権力者の打倒を、目論んでいる。そして、一度己が権力者の側への鞍替えに成功した暁には、弱者こそ悪であり、権力こそ正義であることを、生まれる先から信じ切っていたような顔を、しそうな連中が、うじゃうじゃと蠢いている。しかし眞木にはどれが、出来そうにない。生まれついての小心者と天から、自分自身を観念し、諦めている彼は、ともかくも分相応と言う事を、知っている。他人に対して自慢出来ることは、外に何一つとして無かったが、その点だけは、人に誇って良いと思っている。 世の中には、偶然やまぐれで出世したり、金儲けをしたりする人は大勢いるが、自分でそれを謙虚に認めて、私は幸運であった、と言う人は皆無だ。皆、一様に、自己の才能と努力で、全て計算ずくで勝ち取ったような、顔をする人ばかりだ。世に言う成功譚、サクセスストーリーの類は全てそれである、といった意味の意見を、何かで読んだ記憶がある。眞木には、その種の能力が、根本的に欠如していた。それで、そういう人の心理が、よく理解できないでいる。彼には公立中学校の教頭の地位でさえ、居心地の悪い、窮屈な気分を、抑えきれずにいるのだから。自分の如き男が、教員になれたことすら、何かの間違いではないかとすら、危ぶんだ。それが、曲がりなりにも、現在では校長に次ぐ組織の管理者の立場に、昇進している。自分にとって、これに過ぎる幸運はないと、本来信じていない筈の神や仏に、感謝してさえいる。或る時に、その事を正直に打ち明けると、それまでに見たことも無い様な、軽蔑の色を満面に浮かべながら、 「そんな、バカな事を言っているから、あなたは、それ以上出世できないのです。せっかくのチャンスもみすみす潰してしまう事に、なるのですよ。もっと、男らしい野心を持って下さいな、野心を!」ー野心家でないからこそ、君のような女で、満足しているのさ。そう、口元迄出掛かった。が、例の臆病の虫が、それを思い止まらせた。野心とは結局、自分の柄で無い事を、自分の柄であると信じ切る、底抜けの楽天性を意味するのだろう。
2016年08月27日
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第 八十二 回 目 西行は天龍川の渡し場での出来事を思い出していた。 あれは今度の長途の旅のまだ始めの頃のことであった。自分自身の躯を、意識的に痛めつけたい、加虐的な衝動に駆られて、何日もの間馬にも船にも乗らず、歩きに歩いて、丁度あの天龍川の畔りに辿り着いた時には、心身ともに疲労困憊の極に達していた。頑健な体力を誇っていた西行としては、稀な状態であった。岸近くに立って河の流れを見詰めていると、一艘の渡し舟がゆっくりと、近づいて来るのが目に入った。いつもなら、この様な渡し舟には、乗ろうとする気さえ、起こらなかったであろう。路銀には不自由していない彼は、漁師などに銭を与えて小舟を誂え、ひとり静かに川を渡るのが常だったからである。あの折は、自然にその気になっていた。そして、他の乗客達と一緒に舟に乗り込んで、半時ほど待つ間も、さほど苦にならなかった。渡しの中が九分通りいっぱいになって、船頭が出発の準備を始めた時、一団の百姓上がりと見える侍達が、酒の酔いで顔を銅色に染めてやって来た。舟着き場に立ち、やおら舟中を見渡していたが、西行に眼を止めると、 「そこな乞食坊主、我らが乗船の邪魔である。早々に下船致せ!」 中のひとりが言い出し、直ぐに他の者達も大声で、喚き始めた。西行は半分眠りかけていた。最初は、何を叫んでいるのかも、気に止めなかったし、何度めかに、自分の事を言っているのだと気づいてからも、全く無視し切っていた。あと五六人乗り込むだけの余地は、十分にあったからであるし、第一、田舎侍の酔漢から、無法な指図を受ける筋合いは更々ない。放って置けば、諦めるであろう、くらいに考えていた。所がずかずかと乗客を掻き分けて近づいて来た一人が、西行の襟首をむんずと掴むと、その儘舟の外に引き擦り出そうとする。むらむらと燃え上がろうとする、怒りの感情を抑えさせた力は、仏道修行の功徳であったろうか?頻りに込み上げてくる怒りを怺えて、穏やかに襟首に掛かった手を払うと、自分から進んで舟から降りた。そのふてぶてしい態度が更に酔漢達の癇に触ったのであろう、一人が腰に差していた刀の鞘で、西行の眉間をしたたかに打ち据え、別の二人が左右から西行の腰と、背中のあたりを蹴上げていた。 船頭も乗客たちも、ただ恐れ戦いて、この一部始終を見守っているだけ。その気配を背後に察しながら、西行は静かに立ち上がった。生暖かいものが額を伝わって、目の中にまで流れ込んでくる。その時西行は、自分自身に言い聞かせていた。これが、世を捨てたことの、酬いなのだ。この痛みといわれのない恥辱に耐えることが、遁世者の勤めなのだ、と。 あの場合には、生命まで奪われる危険は感じなかった。只、無頼漢の無法に黙って耐え、己の感情を抑えてさえいれば済んだ。少々の肉体的な苦痛など、精神的な屈辱の思いに較べれば、物の数にも入らないこと。が、今度の場合は事情が根本から、違っていた。いきなり生命の危険が、現実社会の生々しい要求とともに、我が身に突きつけられたのだ。彼らの要求が、それ自体、仮に筋が通ったものだったにもせよ、絶対に聞き入れることの出来ない、性質のものであった。僧侶西行としてではなく、出家以前の佐藤義清として彼らに対面していたなら、彼は山臥し共を相手に戦わねばならぬ、立場にあった。いずれの場合にも、どちらかの命が犠牲にならずには、済まされない問題であった。 一旦出家してこの世を捨てた者は、現実世界の無法に接した際には、命までをも無意味に捨てねばならぬ存在なのか? 南都の荒法師や、叡山の山法師達が、現世の権力集団として猛威を揮い、屡々暴力に訴えて現実問題の解決を図っている事実を、西行も知らぬわけでは無い。が、それは少なくとも大義名分としては、末法の荒廃し盡くした濁世に、正義を守り、仏法の正しい精神を護持する、便法としてのみ辛うじて許されているので、断じて行為そのものが無条件に認められる事を、意味してはいな筈。だが、考えるまでもなく、暴力の極限は殺人である。便法にもせよ、仏法の為にもせよ、殺人は、殺人であろう。それが、理性の上から許されようとは、今の西行には、どうしても考えられない。しかし、今日の場合、彼は一体どのように行動すれば、良かったのか? むざむざと死ぬことは、決してできない。意味のない死、犬死が、彼の出家の結論であるとすれば、世を捨てる行為とは、一体全体、どの様な価値を有するのか…、或いは、犬死に何か特別の意味合いを見つけなければ、ならないとでも、言うのであろうか…、やはり、あの場合、ああするしか他に仕方がなかった。そう観念するより、道は無いようである。
2016年08月22日
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第 八十一 回 目 その日は、晩春の麗らかな日差しが、山の斜面を穏やかに照らしている、五月のことであった。珍しく一人の案内者も、お供も連れずに、西行が出羽との国境に近い山中を、徒歩だちで歩いていた時のことである。 付近の薄暗い木立の奥から、十数人の屈強な若者達が、風の如くに出現した。手に手に山刀などの武器を携え、有無を言わさずに西行を捕え、忽ち荒縄で雁字搦めに縛りあげると、丸太に吊るして山奥に向かった。いかにも山賊どもが棲み着きそうな、大きな洞穴の前の広場に、焚き火が真紅の大きな炎を上げて、燃えている。その近くの湿った地面の上に、西行は乱暴に、どさりと頭から投げ出された。眼から火花が出るような痛みに、顔を顰めながら頭を擡げると、首領らしい年嵩の男が進み出て、 「都から来た、藤原家の縁故の者だという、坊主と知って、頼みたい。藤原の館に拉致された我らが女房や娘共を、我らが元に返すよう、基衡・秀衡父子に談じ込んで貰いたい。返答次第ではお主の命が無くなることを、念頭に置いて答えるがよい」 意外と分別のありそうな、落ち着いた声である。西行が黙していると、男は更に言葉を継いだ。 「我らは以前、藤原家の家臣として仕える、侍であった。我らのうちに中央の役人に反抗する気配を察知した基衡・秀衡の両人は、我らの妻や娘を人質として、その動きを封じ込めようと図った。しかし、役人が去った今も尚、我らの忠誠心を疑ってか、人質を解こうとしない。我らは、我らの信義の為に遂に旧主人に、反旗を翻す決意を固めた。が、逸早く藤原方に先手を打たれ、持てる居城の悉くを焼き払われてしまった。今こうして山野に臥して、中央政権の手先に堕落し果てた藤原一族に、弓引く機会を狙っておるが、人質に獲られている妻子の身が案じられて、思うような動きが出来ない。聞けばお主も以前は歷とした、武人であったそうな。武人としての我らの苦衷を汲んで、協力を願いたい」 「断る。拙僧は浮世を捨てた身、浮世のことには、いかなる事情があろうとも、介入いたさぬ所存じゃ。お手前、武人と申されたが、真の武人とは礼節を重んじるもの。お手前達の如き無頼の徒に、既に信義を云々する資格はなかろう」 抑えようのない強い怒りの感情が、西行の胸に漲り溢れ、全身をわなわなと震えさせていた。相手の眼に殺気が迸り、自分の身内を、冷たい戦慄が走り抜けた。その刹那、西行は自分が死ぬことをほぼ確信していた。その時、彼の心はふしぎな落ち着きと、冷静さを取り戻している。その平静な心の表面に、少年の頃の死に瀕した折の、あの懸命な思いが鮮明に、蘇ってくる…、そしてあの碧い瞳の少女の、仄かな、青白い顔が一瞬、浮かんで消えた。あの時の死の恐怖は、彼をこの世で最も美しく、魅力に満ちた存在へと導いたが、今回のそれは、果たして何を齎そうとしているのか?…男の醜く歪んだ顔が、凍りついた如くしばらく変化を見せなかったが、やがて口の隅に皮肉な冷笑、ともつかぬ表情が現れた。 「お主と儂(わし)の、いずれが生きるに値するか、神の託宣とやらを、占ってみるとしよう」 男は傍らを振り返ると、顎をしゃくって何事か、手下に合図したようである。気が附くと、西行の後ろ手に縛られた縄が切られ、目の前には、鈍い光を放っている、重量感のある偃月刀が、投げ出されている。と、鋭い、空気を裂く音が、頭上で起こっていた。西行は反射的に身を躱す。拍子に、右の足が焚き火の薪を蹴散らし、火花と灰が、空中に舞った。次の瞬間、男の二の太刀が西行の肩先を目掛けて、切り落とされていた。今度も西行は炎の側の地面にのけぞって、辛くも切っ先を逃れたが、第三、第四の厳しい攻撃は、もう間近に迫っている。その時西行の脳裏に、あの少年の日の恐怖が、再び掠めた。野党の群れを遁れて、必死の思いで走る自分の姿が、絵の様にまざまざと見える。生きねばならぬ、生きねば…、何としてもー。ただ闇雲な生への執着と激情とが、西行の全身を衝き動かしていた。無我夢中で、足元近くに投げ出されてあった偃月刀を手にすると、男の振り下ろした太刀をがっきと受け流し、返す刀で相手の胸元を払っている。 落雷を受けた際に立木が発する如き、凄まじい手応えであった。男は口からは一声も発することなく、その場に崩れ落ちた。その後も、無我夢中であった。呆気にとられた様に立ち竦んでいる手下達の表情に気付くゆとりはない。四方からの襲撃を警戒して、西行は血刀をしっかりと握り締めた儘、周囲を素早く見回すと、一番手薄な方向を目掛けて、ジリジリと後ずさりし始めた。 西行の動きに連れて、近くに虚けたように立っていた数人の者が、道を開いた。西行は、後も振り返らずに、走りに、走った。自分の後を追ってくる人影が全くないことを知ったのは、一体どのくらいの走ってからで、あったろう…。やがて細い渓流に出た。氷の様に冷たい水が、熱く渇した喉に沁みた。その時初めて、自分が人を殺めた事を、自覚した。自分が生きる為、万止むを得ずに為した行為だが、出家の身が殺人を犯したというのは、やはり痛切な心の呵責を伴う…。
2016年08月15日
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第 八十 回 目 西行が都を離れてから足掛け四年、この地に足を留めてからでも、はや一年近い月日が流れ去っていた。想えば、遠く遥かに、来たものである。この旅を思い立つ迄には、様々な迷いと逡巡があった。祖父の地・東国と、一族の名望を今日に繋いでいる、藤原氏の支配する陸奥・出羽の奥州へと、惹かれる気持ちは、強く働いてはいた。が、観念と実行とは、全く別物であった。実際に己の人生の拠り所の全てであった都を、捨て去る事は、ある意味では出家するよりも、覚悟のいることであった。 高野・伊勢・熊野への旅は、距離的にいかに遠大な道のりであろうと、意識の裡では謂わば都人の文化圏・生活圏の、範囲内であった。事実、法皇を始め多くの貴人が頻繁に、足を運んでいる土地であった。その点で、東国、増してそれより奥の北国に至っては、殆んどこの世とは言えない、真の異国であった。生きて再び故郷の土を踏むことも覚束無い、文字通り 決死 の大旅行である。少なくとも、西行の気持ちの上では、それだけの決意と覚悟とを迫られたのである。 所が、旅に出た後、西行の意識に大きな変化が、起こっていた。旅を重ね、日数を経過するに従い、彼の心の中に、忘れがたい人々の面影と共に、都での生活の数々が、鮮明な映像となって定着し、それまで以上に、一層慕わしく、また懐かしい存在として、現れるようになった。世を捨て、浮世を忘れた、出家の身の強張りや気負いが、自然に抜け、本当の自由と闊達さが、全身に漲るのが解った。旅に明け暮れする生活の、楽しさ気儘さが、抑圧された気鬱を散じて、生来の豪胆な気性を、芯から回復させた。 自分にだけ執着し、己一個人に囚われていた不自由さを、旅の孤独が、洗い流してくれた。西行の中の何物かが、本当に吹っ切れ、人間として一回り大きく成長させた。その確かな手応えがある。 旅の孤独と言ったが、想えば、孤独は生まれた時から、彼の身にぴったりと、寄り添い続けていた。ただ、その事実に自分自身が気附かなかっただけ。真の孤独を実感する境涯に身を置いた時に、初めて、その事を悟った。悟ったと同時に、今度は、孤独ではない別の一面も、姿を現してきた…。現に、心の中には、共に生きて在る多くの面影が、存在する。美しく、また、涙が出るほどに懐かしい、愛すべき人達の思い出が、その仕草や表情が、更に記憶に残る嬉しい言葉のひとつひとつが、常に彼の中に息づき、語り掛けてくる。西行は只それらの面影や言葉の存在に、着目するだけで良い。それらは、どの様な場合でも、彼を裏切らない、決して…、彼からの問いかけに答え、彼の寂さに応じてくれる…。 昨年久安四年十月十二日、平泉に到着した日は、粉雪が、激しい嵐の為に、この辺り一面に飛び散り視界を遮っていた。雪の降り止んだ翌朝、馬を駆って衣川の付近まで、訪ねてみた。汀には薄氷が張って、荒涼たる景色の中に聳え立つ城郭の趣は、厳しい風土の中の権威を象徴し、見る者を睥睨するかの如く感じられた。あの峻厳苛烈さも現実なら、この優に美しい感触も、本物である。その両面は森羅万象の全般に共通した現象であり、殊更に取り立てて論う程のことはない。が、とかく人間は物事の本質を、ただ一つに限定する癖がある。これも本当なら、あれも嘘ではないと言われれば、何か詐術にでもかかった如く、戸惑うのが普通だ。やはりしっかりと見極めて、把握しておく必要がある、重要な問題であろう。 西行が生まれ育った都、及びその周辺の文化や生活が本物で、誇るに足る物であるとすれば、この辺境の地・陸奥の文化や人々の営みもまた、同等の価値を有している事実を、認めなければならない。これは単に頭の中で作り上げた理屈などでは、断じてない。今年三十二歳になる、出家遁世者の西行が、自らの生命を賭した旅路の果てに体得した、紛れもない実感である。 宗祖・秀郷の直系を誇る佐藤氏と、奥州・藤原氏の血筋の濃さがそうさせたとは言い条、西行・佐藤義清がこの地で享受した厚遇の背後には、並々ならぬ文化と歴史の力が、脈々と搏動している様が判然と窺えた。京都に天皇王朝があれば、奥州には藤原王国が在る。それはいずれが優れ、いずれが劣っている、と言った性質のものとも思われない。藤原基衡に中央から与えられた陸奥出羽押領使なる称号は、単なる形式にしか過ぎない。実質は、堂々たる、一個の独立国そのものだ。基衡の父親・清衡が建立した、中尊寺の金色堂に代表される、黄金の文化は文字通り燦然と独自の美しさを秘めて、光輝いていたのである。 この陸奥の王国は、昔より大和に本拠を置く中央政権の、武力による支配に対しては、敢然として対抗してきている。近年では 前九年の役 や 後三年の役 に代表される、幾多の戦争が両者の間に繰り返され、形式的には大和王朝の支配下に編入されたが、その強固な土台は少しも揺らいではいない。否、むしろ奥州地方内部の全体感と統一を、一層鞏固なものに固めつつあるのが真相だ。基衡等が自慢げにそれを西行に吹聴したのではない。西行自身が、この一年足らずの間に自分の眼で見、直接に肌で感じたことなのだ。 この土地に足を踏み入れてから、西行の人生観・人間観が、又がらりと変わった。いや、そう言ってしまえば、間違いかも知れぬ。実際には少しも変化はなかったので、自分の立場、自己の価値観の源泉を客観視出来る、余裕と幅と、奥行が増した。そう表現するのが、正確かも知れない。いずれにしても、彼の生きる上での絶対の拠り所であった、天皇家への忠誠と、限りない尊崇の念が、今まで通りの「絶対のもの」ではなくなった。その向こうに、そのまた拠り所となっている物の姿・存在が、朧ろげながらに、視野に入ってきた。平面的であった生きる姿勢が、多少とも立体的になり、更には、静止していた思考が躍動して、うねりを持つようになっていた。即身成仏を説いた弘法大師・空海の教えの中心に位置する、大日如来の意味する所も、その辺りに、その延長線上に発見できるかも知れない。そう、信じた。 最果ての国の春は、遅い。以前、高野への道すがら、吉野の山中で眺めた櫻花の、言語に絶する華麗な豪華さを胸に思い起こしながら散策していると、ふと、思いがけぬ場所に、美しい櫻が、夢の如くに咲き誇っている情景に、遭遇する。自然造化の豊富さ、霊妙さは、まさに驚嘆の一語に尽きる。思わず息を呑むような新鮮な感動が、寂しさの極み、孤独の旅路の終着にも、待っているのだから。生きて在る事の愛おしさ、有難さ、勿体無さ!誰に対してともなく、思わず知らず合掌し、瞑目する頭上に、梢を洩れてくる、暖かな日の光……
2016年08月12日
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第 七十九 回 目 女の瞳に涙が溢れ、たちまち頬を伝って落ちた。絹製らしい純白のハンカチで目元を拭い、拭い語る、女の身の上話はこうだ。 彼女は元裕福な商店のひとり娘として生まれたが、十歳の時に家が火災に遭い、両親を同時に失った。母方の伯父の家に預けられて生育した彼女は、高校を卒業後正規の看護婦になるために、病院でアルバイトをしながら学校に通っていた。そこでインターンの医学生と恋に落ち、間もなく法子を孕ったが、相手は自分がお腹の子の父親であることを、認めようとせず、冷たく堕ろせと命ずる。彼女はその病院を罷め、出産に反対する伯父の家も出て、赤ん坊を生んだ。恋に破れ、看護婦になる希望も捨て、法子を抱えての死に物狂いの生活が始まった。 天にも地にも、頼りにできるのは、自分だけ。言い寄ってくる男たちは何人か現れたが、私生児が居ることを知ると、手の裏を返した如くに、態度が変わった。強く望まれて、先方も結婚歴のある五十男と結婚したのだが、酒乱の上に、女癖が悪く、おまけに娘を理由もなく虐待するので、一年余りで離婚。三年前、やっと現在の夫と邂逅って、やれ嬉しやと思っていた矢先に、以前に半年程交際したことのある あの男 が現れた。 彼女の身辺をしつこく付き纏うばかりでなく、学校帰りの法子を待ち伏せして、言葉巧みに誘惑しようとする。実の父親に会わせると偽って、様々な男達に娘を引き合わせる。死んだと言い聞かされて来た父親に会えると思う嬉しさが、娘の正常な判断力を奪ってしまった。 娘自身はまだ本当に子供で、大人たちの醜い欲望の、一方的な犠牲にされているだけなのだ。母親として自分に出来る事は、あの男の要求を、自分が受け入れることで、娘を保護する事しかない。その弱みに付け込んであの男は、彼女を自分の意の儘にするだけでなく、売春行為まで強制するのだ。娘の純粋な心と身体を守るために、現在の夫の厳しい監視の眼を遁れ、逸らして彼女は彼女なりに、懸命に生きているのだーーー。 女の涙ながらの打明話が一通り終わった時、眞木の中に言い知れぬ怒りの感情が、湧き上がっていた。その感情は誰に向けられたものかは、判然としなかったが、眞木は激情の為に、息苦しさを覚えていた。女の弱さ、それに付け入る男の狡さ、少女の肉体を穢した大人達の醜悪さ。それら人間性の汚点のいずれもが、眞木の心の中にも、存在していた。それは残念ながら、認めざるを得ない。片方では、少女の清純なイメージを破壊したくないと希う、強い願望もある。現実の姿は、さながら眞木の心の中で演じられている、葛藤の反映とも見える。其処では、常に現実的な生臭い欲望が、理想追求の願望を打破し、粉砕し続けていたから。 しかし、最初は世の不正に対する義憤・公憤と思われていたいたものが、次第に、その相貌を変えてきた。怒りは己自身の不甲斐なさ、無力さ加減に向けられていたのだ。心で強く欲していながら、それを実地に実行する力と勇気を持たぬ者が、それを成し遂げた者に対して密かに抱く、強い嫉妬・羨望の念を正当化するために、善悪や美醜の倫理観や道徳に助けを借りているだけなのだ、と。本心は、弱者の強者への、陰にこもった復讐なのだ、きっと。そもそも眞木の抱懐する佐々木法子の清順なメージと言ったところで、その実体は、甚だ曖昧であやふやなもの。意地悪く勘ぐれば、相手を自分の思い通りにしたい衝動が、眞木の中にある社会の常識や通念によって瞬時に歪められ、神聖で、手を触れることなど不可能な対象として、相手を憧憬する偽りの感情に、変形したのだと、言えないこともない…。 眞木の真に恐れるのは、世間の思惑であり、断じて神などではなかった。女が恐れているのも、眞木と全く同様に世間であり、亭主の眼であり、警察の取り締まりであろう。すると、眞木と女とは同類であり、同じ穴の狢と言うことになりそうだ。違いは何かと言えば欲望の対象、従って、利害のソロバン勘定だけ。眞木と女が付き合う唯一の方法は、相互に損得の帳尻が合う、一種の「取引」しかなかった。現に今も、眞木と女の間には、この原則が生きている。眞木は女の美しさに心奪われ、すこしでも長く向かい合っていたい欲望に支配され、同時にそれが彼の弱みとなっている。又、女は自分の不謹慎な行為の事実を、眞木に知られてしまった事を、自分の負い目としている。両者のマイナスが、上手くバランスを取っているが故に、眞木はこうして女との親密な アバンチュール を楽しめるのだ。こう考えて来て、眞木は自分も「あの男」と同様、女の弱みに付け込んでいる事に気づき、愕然とした。陋劣極まりないと感じた「あの男」の行為と、彼との違いは飽くまでも量的なもので、断じて質的な相違ではなかった。だとすれば、悪いのは弱者の弱みにつけこむ 強者では無く、却って、つけこむ隙を作った、「弱者」の方だ。少なくとも、そした新しい理屈も成立しそうだった。……実に、強者こそが正義であり、弱者は、弱者であるが故に、悪であったのだ!?すると、殆どの場合に無力で、意志力に欠ける眞木の存在は、悪の典型と言うことになりそうだ。しかし、それでは困る…、実に、困る……。妻・春美の一種豪快な鼾が、眞木の意識を、現実の世界へ連れ戻していた。 ーーーー 関山から眺望する、衣川の姿は、夜空に広がる天の川の影が地上に映じたかと、疑わせる優美さを備えていた。陸奥の、蝦夷の居住する僻遠の蛮地と、呼び慣わして来た先入観とは、遥かに隔たったこの地の風物の印象を、その儘象徴しているかの如き、情緒が感じられる。中秋の名月が、西行の立っている丘陵の背後から、昼を欺くばかりに眩い光を眼下の平野と、そこを北から東へとよぎっている一筋の、白い帯の上に投げかけている。
2016年08月11日
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第 七十八 回 目 白眼の大部分を覆っている、青い翳が、心なしか濃さを増しているように見える。今彼女は何故、「神」の問題に強い関心を示し、人間の生命の尊さに想いを致すように、なったのであろうか?それは、彼女の母親と某かの関連を、持っているのであろうか…、眞木の直感では、母親の不行跡と密接な繋がりが、あるように思えて仕方がない。一度少女の母親に会ってみる必要が、あるのではあるまいか、否、何となく会ってみたい誘惑に駆られる。すると、男好きのする、淫らな目つきの母親らしい女の表情まで、想像できる。そして、今度は、是が非でも少女の母親に面談しないではいられない、気持ちに囚われ始めている、しかし、どのような理由があって、クラス担任でも無い教頭の自分が、家庭訪問することが出来ようか?余りにも不自然で、奇異な印象を、周囲に与えることになりはしまいか?若い尾崎などは、どのような事を言いふらすか、分かったものではない。生徒たちへの示しがつかない結果にもなり兼ねない、そして、変な噂が万が一妻の耳にでも、入ったならーー想像するだに恐ろしい、眞木は思わず首を竦めて、妄想を追い払うように、頭を小刻みに左右に振った。 ーーー それは薄暗い間接照明のなされた、地下の喫茶店のような場所であった。稍古風な西洋の貴婦人が冠る様な、黒い絹の帽子を頭に戴いた、若い女が、伏し目がちに眞木の前の椅子に座っている。彼は強い緊張と、照れ臭さを紛らす如くに、やたらと紫煙を口から吐き出している、一廉の紳士たるもの、レディの面前で、こんなにも莨の煙をプカプカやっては、礼儀を失してはいないだろうか…、第一、彼は烟草を吸い出す前に、一応先方の許諾を得ていたかどうかさえ、不安になっていた。が、どうあっても、プカプカやることを、止める訳には行かない。 女は相変わらず、眞木が何か言い出すのを、待っている様な態度で、黒い睫毛を、ピクリともさせずにいる。彼は時折視線を正面の女に走らせる他に、部屋の隅や天井などを、意味もなく眺めている。この女は何者で、自分はどのような目的で、この女に会っているのか?プカプカやっている彼の心に、そんな疑問が、今更のように突然に湧いた。で、幾分意識的に相手の顔の特徴などの観察に取り掛かった。しかし、どう見ても、その女の顔には、見覚えがないのだ。きっと人違いか何かの、手違いが生じて、この様な窮屈な羽目に、陥ったに相違なかった。眞木がそう考えて、何か言い出そうとした時、女が形の良い唇を動かした。 「法子のことでは、随分先生にはご面倒をお掛けし、今度は又、母親の私までが、不始末を重ね誠に申しわけなく思って居ります」 眞木は、自分の想像と、現実に目の前に座っている人物とが、余りにも違っていることに、驚きを感じた。そう言えば、どことなく佐々木法子の面影に、似通った所があるようにも思えるのだが、彼には何と言っても、男出入りの激しい三十女という、先入観が強すぎた。 「私はただ、娘をあの性悪な男の毒牙から、救い出したい一心だっのです。か弱い女性の身としましては、ああするしか道がなかったので御座います、どうぞ、その辺のところをお含み頂いて、寛大な御処置を、教頭先生からも警察の方にお口添え下さいますよう、宜しくお願い申し上げます」と、法子の母親は、恐縮し切った物腰と口調で、彼に哀願するのだった。日本人離れした肌の白さが、悲しみの為に、一層青褪めている。殆んど化粧品の気配を感じさせない素顔の如き自然な美しさが、中年男の心を惹きつけて飽かせない。まるで天女の様な、美しさではないか!普段の眞木からはとても信じられないような、ロマンティックな感想を、抱懐せしめるに足る、清楚な艶やかさを実際、女は身辺に漂わせていた。 眞木は為に、益々、困惑の度を、強めた。一体、事態をどのように了解したら良いのか?女は具体的にはどの様な事柄について、釈明しているのか、又、自分の立場はどの様な物で、それにいかに対処し、振舞ったら良いのか…、何か途方もなく頓珍漢な事を口にして、自分の無能を曝け出したりしたら、こんなにも魅力的な婦人と二人差し向かいでいられる、この様な又とない絶好のチャンスを、ふいにしてしまうことになる。眞木は臆病な癖に、人一倍欲が深かった。どの様な理由からにもせよ、一度手にした幸運は、そう易易と手放したくはなかった。少しでも長く、この魅力ある美人と、向かい合って居たかった…、それにしても、何か自分の方から言わなければならなかった。 「法子君のお父さんの事なのですが、現在はどうして居られるのですか…」 随分と不躾で、失礼な質問だとは思ったが、他に適当な話の接穂が見つからなかった。しかし、この苦し紛れの問いが、意外な効果を、相手に与えた。
2016年08月07日
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第 七十七 回 目 隣室から聞こえてくる妻・春美の鼾を気にしながら、こうして本の頁を繰っているうちに、昼間の図書室での、佐々木法子との会話が心に蘇ってくる。少女は何故、あのような質問を自分にしたのか?その真意は、那辺にあったのだろう……、そう言えば、山岡幸男とちょっとした論争を戦わせたのも、似たような内容だった。 山岡とは、中学・高校を通じての友人であった。それ程仲のよい間柄ではなかったが、変な所で共通する部分があったりして、結局、眞木にとって友情に近い感情を抱いたのは、山岡しかいなかったのだ。 その山岡が或る時、眞木に自分が所属している某新興宗教団体に入信するよう、熱心に勧誘したのである。丁度、眞木の母親が病死した直後であった。彼は山岡が子供の頃からその宗派の熱心な信者であることは承知していたのであるが、普段は宗教問題を口にする機会など、一度もなかったので、他のクラスメート達と少しも違うところのない、同年代の仲間という意識しかなかった。実際、その頃の山岡は無口で、どちらかと言えば陰気な性質の少年であった。眞木自身も余り積極的で行動的な方ではなかったのだが、二人の間では圧倒的に主導権を握り、眞木の意見に山岡が素直に従うというのが、通常のパターンであった。だから、どのような事柄にせよ山岡が執拗に自説を主張するなどということは、およそ考えられない現象だった。 その極めて珍しい現象が、その時には起きたわけである。確か、二人が高校生になった年の初冬の頃だったと、記憶する。眞木は頼りにしていた母親に突然死なれて、悲嘆に暮れていた。自分だけが何故こんなにも不幸なのだろうかと、怨めしかった。世間の、倖せそうに暮らしている連中が憎く、呪いたいような暗鬱な気持ちだった。そして、その暗く不健康な感情を、思わず言葉に出して山岡の前で語ったからかも知れない、山岡が眞木に教団に入れと、勧めるきっかけになったのは。その時の山岡の表情が、別人のように変化しているのを見て、眞木は先ず吃驚した。傲慢と尊大さが、山岡の青黒い、病的な顔に歴々と浮かんでいたのであるから。いつもは必要以上に卑屈で控えめな、あの山岡がである。二人の立場が忽ちに逆転してしまった、かのような錯覚を眞木が感じるほどのものがあった。殆んど居丈高に、また強者が弱者に命令を下すような態度で、山岡は自分の信ずる教団の教祖の教えに、従うことの必要性を説くのだ。その教えに従いさえすれば、その教義を信じさえすれば、眞木は今の苦しみや悲しみから、逃れることができ、他人に対しても寛大で優しい、自由な立場を獲得できるのだと言う。自分一個の利害の殻に閉じ籠っているのがいけないのだ。狭い自己の枠を外し、もっと広く大きな視点と立場を、確立しなければならない。それにはどうしても、山岡の信ずる宗教に依るほかはない。その他諸々の宗教は邪道であり、贋物の宗教である。真に信ずるに値する神は唯一つ、自分の崇敬する教祖様以外には無い。山岡は終始異常な熱を籠めて、そう語るのである。眞木は友の突然の変貌ぶりに、すっかり面喰らってしまった。 不思議な力強さと、熱っぽさを帯びる友の言葉は、悲しみの感情に打ちのめされ、無力感に喘いでいた眞木に、抗うことの不可能な、強烈な迫力を感じさせていた。が、その時まで彼の心の底で、あるか無きか程纔かに蟠っていた反発の狼煙が、突如心の地平線上に昇った、と見る間に黒い竜巻と成って、全てを飲み尽くした。眞木は山岡に必死の反撃を試みた。自分が何を考え、何を主張しようとしているのかも、定かではなかった。ただ憎悪に似た、ドス黒い自己主張の為の 自己主張 が凶暴な牙を剥いて立ち上がる様を、微かに意識の片隅で捕えていただけであった。他人に負けたくない、弱みに付け込まれたくない。他者の支配を蹴って、逆に相手を己の征服下に置こうと計る、動物的な本能が、瀕死の瀬戸際で逆襲したのだ―。 少年同士の幼く真剣な小論争は、僅か一時間足らずで終結を見た。どちらが勝ちとも言えず、どちらの負けとも、判定できなかった。小さな火花が二人の間に相互の頑なさの正体を感じさせる思い出として残った…。 眞木はこの時、人が他人を完全に支配し、征服することの難しさを、骨身に徹して知った。山岡は、眞木にリードさせることによって、実は山岡なりの流儀で「眞木をリードしていた」のだ。その事実を悟った。誰しもが、支配することだけを望み、征服することだけを欲している。こちらの弱みを見せたが最後なのだ。いつも用心し、防御し、不特定多数を威嚇し続けて、いなければならない。その為にこそ、人々はさまざまな 武装 を凝らし、狐は常に虎の威を借りる必要があるわけだ。 「弱肉強食」というのは、何も原始時代の野蛮な生物界にだけ、通用する古臭い掟などではない。二十一世紀の今日でも、高度な文明を誇る人類の間に、厳として存在し、生存の基本原理として、立派に作用している。こうした現在の眞木の人間観・人生観の萌芽は、あの折の印象に発している、と言っても過言ではない。眞木の人生は、無力な狐が、何とかして虎の威を借り、少しでも多く身につけたいとする、必死の努力の連続だった。他人がたとえそれを 張子の虎 と呼んで蔑み、軽視しようと、張子の虎が「虎」として立派に通用する世界では(ー 眞木が歩んで来た世間の大部分が、それであったのだが)、極めて有用であったばかりではなく、絶対に必要不可欠であった。彼はそれを信じて疑わない。 宗教や神の問題にしても、眞木は自分にそれが信じられさえすれば、それが縦令まやかしで、権威の少ない新興宗教であっても、平気で利用したであろう。幸か不幸か、彼には自分以外の何物をも、本当には、信じられないのであった。異性に対して自然な恋心が湧かないように、人間である自分を超えた存在である、正体不明の 神なる対象 を信じ、それに頼り切ることなど、不可能に近い。何も神に限らない、強大な力や権力を掌握している者が、遥かに弱小で無力な者に、溢れるような慈悲心を発揮するなどとは、とても想像しがたい、彼の想像を絶した事柄であった…、またしても、神の問題を口にした、佐々木法子の顔が、瞼の裏に浮かび出た、少女は教頭を蔑む様に唇を噛んでいる…。
2016年08月05日
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第 七十六 回 目 己が生き、生活している、この世の森羅万象と心を通わせること。鳥や虫の声に耳を傾けること、それだけではなく、声を持たない草や木や、山や川の息吹を感じ取り、遂にそれらとも心を交流させる。生命が無いとされる土塊の果に至るまで、全ての物に佛の声を聞き、御仏の力を感じることである。 古来我が国で、神と呼びならわしてきたものも、以上の如き意味の佛に、根本は通いあっていると思える。それは謂わば、予感の如きものである。実体や姿のない、甚だ漠然とした、掴み所のないものではある。ーー 言葉、言葉の芸術である和歌。その形だけがあって、実体の無い媒体を使用して、この世の真実、乃至、己の真実を掬い上げ、浮き彫りにすること。これが、僧侶として、歌人としての義清の出発点であり、同時に、唯一の拠り所でもあった。義清の戦いに於けるや、武器にも防具にも、唯それだけしか与えられていなかった。 円満具足の仏の境地たる理想と、迷い・苦しみ・淋しさの連続である現実との懸隔は、実に目も眩むばかりに凄まじい。ともすれば絶望に近い不安感から生ずる、焦燥と苛立ちが更に大きく、不安を広げる。しかし、洛中での日常生活から解放された、山寺の僧坊を中心とした山家での起臥は、義清に苦悩ばかりを齎らすものでは無い。爽やかな朝露の湿りと匂いを含んだ、暁の風の訪い。深い、澄み渡った緑色の静寂(しじま)。その静けさを一層際立たせる野鳥の囀り。誰にも煩わされることのない、甘い午睡の夢。榾を焚く火の、軽く弾ける音。昼なお暗い森林の奥から漂ってくる、樹々の芳醇な香り。清冽な渓流のたたずまい。湧泉の清浄無垢な姿。又、それ等自然の美に見惚れ、放心する際の、恍惚たる味わい。 それ等、目には見えない磁気の如き自然力の影響が、義清の精神と肉体とを次第に練磨し、強靭にしていった。表面的な見せかけの孤独や寂寥を消し去り、より深い、本質的な孤独を教え、同時に、それに耐えることを、彼に強いた。激しく頻繁な山歩きの修練は、頭脳だけでなく躯全体で思考することの意義を、教えた。文字に書かれた経典ではなく、自然の中に無数に鏤められた仏神の表現を、直接体幹で感じ取る術を、学んだ。 季節によっては、文字通り野宿に近い山岳生活を、何日も送ることがあった。木の実や草の根を専ら口にし、杣人の姿すら終日目にすることのない、山伏に近い、原始の生活である。そうした体験の中で、義清は山の精気に触れ、それと交感し、更には、山の霊気に酔い痴れる。それは一種の法悦境にほかならなかった。 白い霧に埋まった、深く静かな、湖の底の様な山中で、義清は伝説の山姥に遭遇した。棚引く霧を見紛う絹の如き光沢を有した、純白の寛衣を纏った女は、長々と蔓草のように地上近く迄伸びた黒髪を振り乱して、義清の前方を駆け抜けて行ったー ゆっくりとした動作であったようにも思えるし、電光の如くに瞬きする間の瞬時に現れ、瞬時に消えたようにも思えた。どのような顔と表情であったのか…? 見覚えのある顔付きであったようにも、又、眼も鼻もないのっぺりとした、青白さだけの印象とも取れた。誰かに似ていたとすれば、それは妻であったのか、それとも、待賢門院か、或いは、皇后の藤原得子であろうか。そのいずれにも見做し得る態のものである。義清は何者かに、強力な力で背中を突き押された如くに、山姥の没し去った霧の中に、駆け込んでいた。結局、二度と再び、山姥の姿を眼に捕える事はできなかったが、彼女の気配を感じつつ、細く険しい沢の奥へ奥へと、別け入るにつれて、性的な興奮に近い心の緊張が歓喜を呼んで、義清の身体全体を、激しく揺さぶっていた…。それが果たして仏教的な悟りや、成仏へと道を通じているものなのか、それとも、修羅に堕し、地獄に転落する不吉な兆しであるのか、全く見当もつかない……。 都近くでの仏道生活に倦み疲れた義清が、その精神的立ち直りを策して計画したのが、高野から伊勢へと廻り、熊野に至る長旅であった。 高野山では、真言密教の根本経典である大日経を手に入れること、そして伊勢では古人の詠じた歌枕を実地に探訪すること、最後の熊野では、那智の滝に打たれる荒行、と言ったそれぞれの場所での目的を持ってはいたが、全体としては都から遥かに隔たった、僻遠の地に自らを追いやることによって、世俗から孤立した自己の姿を改めて見詰め直す、契機にしようと考えたのである。だが、旅に出て直ぐ気付いた事は、みやこや親しい人達と離れる寂しさよりは浮世の束縛から脱して生きることの気安さ、浮き立つような楽しさであった。 都近くでの僧坊生活は、捨てた浮世との距離が近いだけに、却って無意識の裡に俗世に囚われ、努力して忘れようと務めるだけ、一層心が俗事に拘泥し、出家者の真の自由が保ち難かった。旅に出て初めてそれが解った。そして、出家した者の本来の喜びを知り、本当の自由を覚えた。 道々、親類の縁に連なる者達の屋敷を訪れ、そこで例外なく心温まる饗応に与ったのだが、それもこの旅が教えた貴重な、もうひとつの楽しみであった。中央貴族の世界から見た場合には、卑賤な田舎武士に過ぎない彼等も、実質的には豊かな財力を蓄えた、地方の豪族であり、旧家の伝統と誇りを今に伝えていた。義清の身内に流れている名門の血が、世を捨てた現在もこの世を生きる便(よすが)として尚、強力に働きかけていたのである。 夜に入ってからも、蒸し蒸しとする不快な暑さが納まらずに、冷たいビールでも口にしないことには、気分が晴れない感じであった。眞木は風呂上がりに妻と一緒に飲んだビールが意外に利いたのか、夕食の後軽い眠気に襲われて、二階に上がった。 寝室のベッドに横になると、今度は変に神経が昂ぶっているのが意識され、深夜まで眠れなくなってしまった。
2016年08月03日
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