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第 九十七 回 目 佐々木法子は、自分の事を少しは心配してくれているのだろうか?いや、そうではないだろう、昨日、教頭に校長室へ呼ばれたことも、そして血圧の上がった教頭が発作で倒れた事も、綺麗さっぱりと忘れて、楽しい夢の世界をたどっているに、相違ない。眞木は寂しげにそう判断した後で、娘たちの寝顔を、思い浮かべていた…。毛布やタオルケットを部屋のあちらこちらに散乱させ、締まりのない恰好で寝呆けている、悦子と和恵の寝姿が彷彿とする。恐らく、子供たちの意識の中でも、父親の病気のことなど、完全に忘却されているであろう。 それでも、後何時間かして眼を覚まし、少ししたら、自分の事を厭でも思い出すことになろう…、しかし、法子の方は目を覚ましてからも、学校に出てからも、自分のことを思い出すことは、ないかも知れない。 ―― そんな風に考えを辿って来て、眞木は理由もなく悲しくなった。一体、あの少女は、自分にとって何なのだろうか…? 眞木は少女に対する、自分のこの奇妙な感情を意識し出してからは、何一つ行動していない。いや、行動できないのだ。少女に対して、校長の指示を受けて、それを口実に、幾分は積極的な働きかけを、始めてみる心算になった様に錯覚した。が、恐らく何事も為し得ないことは、最初から決まっていた。大体、現在の自分の少女に対する臆病で、消極的な態度の原因を、常識外れの年齢の隔たりに置いているが、そのこと自体既に、見せかけの逃げ口上にしか過ぎない。それは、自分でもよく承知している。……幾度も、己の少女に寄せる、奇妙な恋情を反省し、バカバカしいと打ち消し、忘れ去ろうとして果たし得ない、虚しい反芻を繰り返していると、仮令、今彼が佐々木法子の初々しい恋の相手に相応しい、十代前半の少年であっても、眞木が眞木である限り、結局は優柔不断で、行動を伴わない、敗北主義的な恋に終始するに決まっていた。 眞木は唯、理由もなく、恐ろしいのだ。少女の「正体」を知るのが。現実に働き掛け、傷つくことが。謎めいていて、見かけは魅力に満ち溢れている現実が、突如身の毛のよだつ恐怖に変貌することが…。 要するに、在りの侭の真実に触れるのが、ひどく憚られるのだ。現実と、一定の距離を保っている限り、常に逃げ場を確保出来る……。 少女に対して、直接行動がどうしても取れない以上、己の心の中に住み着いた、彼女の幻影を、その魅惑に満ちた、美しいイメージを、大切に慈しみ、育てて行きたい。それは誰にも迷惑を掛ける恐れはない。純粋に「個人的な行為」である。そう、丁度小説や詩を鑑賞する様なもの。 小説と言えば、一週間かけて読み終えた、例の小説は何を意図して、書かれたものなのだろう?特別に興味を惹かれた訳ではないのだが、ただズルズルと、最後まで読んでしまった。 やはり佐々木法子に対する心の昂ぶりが、小説を読むという異常な行動に、大きく作用していたと思う。あの小説の作者は、きっと自分のように非行動的性格の人物で、しかも自分などよりも遥かに物狂おしい心の昂ぶりを、経験したのではあるまいか。それが如何なる心の状態であるのか、判然とは解らないが、それでも今の眞木には、作者の心情の幾分かが、汲み取れる様な気がする。考えてみれば不思議なことである。四十年余りの半生を、文学とか、小説とかに全く興味も関心も持たずに過ごして来た男が、突如、十三歳の少女に恋心を覚えた興奮に駆られた如く、無名の作家の小説に熱中して、読み耽ったりしたのだから。おまけに、作者の創作時の心情の一部を、理解するに及んでいるのだから……。 眞木の精神と肉体の両方に、ある種の異変が起こっている事実は、今や疑いようのない事実である。突然、眞木の頭に「死」という言葉が浮かんできた。自分は近い将来、脳溢血が原因で死ぬのであろうか。死期が近づいた為の異変と考えれば、少女のことも、小説のことも幾分の説明になるかも知れないから。…それ以上に適当な理由が思いつかない以上、それはもう間違いのない厳然たる事実の様に、思えるのだ。―急に、深い底無しの奈落に、突き落とされたような、救いようのない恐怖が、悪寒の様に、眞木の全身を襲っている。と同時に、何故か言い知れぬ後悔の念が、自分は取り返しのつかない失敗ばかりを、繰り返して来たと思う絶望的な想いが、洪水の如く押し寄せて、たちまちに彼を呑み込んでいた。自分が今日までやって来た事の全てが、涙の出るほど、悔いられてならない……。しかしながら一方では、眞木は確信していた。自分はまだ死なないであろう、と。恐らく八十を過ぎる迄生き伸びるであろうし、この一時の病的状態から心身共に、健康に復した暁には、又ぞろ以前と寸分違わない生き方を、続けるであろうと。そして、佐々木法子という少女の事も、小説の事も、綺麗さっぱりと忘れ去ってしまうであろと。 ――― いつの間に、眠り込んでしまったのか、眞木は夢の中で、白髪の老爺であった。万朶の桜花が吹雪となって散り敷いている山麓を、ただ独り経廻りながら、彼は今、己の墓所を心楽しく物色している所なのである……。― ねがはくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月の頃 ― 《 昭和53年7月末日 一応未完 》
2016年10月23日
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第 九十六 回 目 法子の足が、突然止まった。いつの間にか二人はこんもりとした雑木林に囲まれた、小さな池の辺(ほとり)に立っている。池の水は清く澄んで、木漏れ日を微かに反射している。 「ご覧なさい…」、そう言って法子が一本の樹の根方を、指差した。最初彼は、仄暗い光線の具合で、物の形が明瞭には識別出来ない為いもあって、水際に蹲るようにして横たわっている男女二人の姿を、丸く盛り上がった岩か何かと、錯覚していた。が、漸く視線がその辺りの暗さに慣れると、その姿を如実に見極めることが出来た―、彼は思わず「あっ!」と叫んで、息を飲んだ。それは確かに、彼自身と法子の死体であったのだから。 「随分と、苦しかったでしょうね」と、法子が独り言の様に言った。淡々とした、静かな口調である。その瞬間に彼は、二人が池の水に顔を浸した儘、自分たちの意志の力で自殺、溺死したことを了解した。同時に、気のせいか窒息して死ぬ直前の、凄まじい苦悶と、その後に訪れた不思議な恍惚感とを、思い起こしていた…、苦しかったのは、法子だとて同様であろう。いや、女性の身ではあるし、おまけに年齢が年齢である、自分以上に大きな苦しさを味わった筈だ―、「可笑しいわね、丸でセミの抜殻みたいだわ、私たち……」、今度も他人事のように、ケロリと言ってのけた。実際、岸辺に並んで両膝をつき、水を飲むような恰好で顔を伏せた儘の、二人の亡骸は、首筋から背中の付け根辺りにかけて、ポッカリと盛り上がりを見せて、口を開けている様子は、さながら脱皮した蝉の脱殻を連想させた。 「こちらへ、あなたも早く、いらっしゃい」 見ると、池の中程に法子の白い顔が浮かんで居て、彼においでおいでをしている。既に水辺の情景は一変していて、彼等の死体も嘘の様に、消えている。彼は躊躇する暇もなく、水の中に飛び込んだ―。飛び込んでから、自分が余り泳ぎが得意でなかった事に気附いて、少し心配になったっくらいである。しかし、案ずるよりは産むが易しで、意外にも手足が自由に働いて、スイスイと身体が水の中を、進む……。 稍あってから、幾分心にゆとりが出来た彼が、頭を擡げて法子の居た方角を見ると、てっきり水上だとばかり思っていた其処は、高い、高い空の上なのだ。 遥か足の下に広がっている、青々とした海原のような物は、厚い雲の層が幾重にも積み重なり、折り重なり合って、見事な渦巻模様の絨毯を現出している。 雄大な雲海の間を縫って、二羽の秀麗な大白鳥が、悠々と翼を動かしている。先を行くのが法子の白鳥であり、後から続くのは、勿論、彼自身だ。―― そうか、そうであったのか。自分も白鳥に変身していたのか、それで、さっき法子の姿が思ったより、小さく感じられた理由が解った。彼は心の中でそう叫ぶと、会心の笑みを満面に浮かべながら、力強く、両の翼で風を後方に押しやった……… 眞木が意識を回復したのは、翌日の早朝であった。目が覚めた時、彼は自分が病院のベッドの上に寝ていることに、気付かなかった。 何時もの朝の如く、ごく自然な目覚めであったし、カーテンを締め切った薄暗い室内は、自宅の寝室の様子との違いを、彼に感じさせなかった。眼を開けて、天井を見遣りながら妻はもう、台所で朝食の支度に取り掛かっているのだろうか、などと、そんな事をぼんやりと考えていた。だから、ドアを静かに開ける音がして、春美が室内に入って来た際には、てっきり食事の準備が出来て、自分を起こしに来たものとばかり、思ったのである。「やあ、お早う」、眞木が上機嫌で声を掛けると、妻は「あっ」と低く、驚きの声を発していた。続いて、「気がつかれたのですね、よかったわ」と、と言うのを耳にした時、眞木は始めておや、変だぞ、そう思った。同時に、枕から浮かした後頭部に、鈍い痛みを覚えていた…。 春美の説明で事態を了解した眞木が、真っ先に考えた事は、法子の事であった。発作で倒れた彼を、校長室のソファーの上に安静に寝かせてから、隣の教員室を覗き、教師が誰も居ないことを知ると、電話で救急車を呼び、救急車が来ると、驚いてただオロオロしている生徒や教師達を尻目に、病院の名前を確認して、眞木の自宅に連絡して呉れている。 春美はその電話の相手の、落ち着いて、要領を得た報告に感心したと、言った。夕方の買物から帰ったばかりの春美は、取るものも取り敢えず、夫が運び込まれたという病院に、駆けつけた。そして、夫の発作が脳溢血の虞れがあると聞かされて、腰が抜けるほど吃驚してしまった。日頃健康そのもので、風邪ひとつ滅多にひかない彼が、脳溢血だなんて、とても信じられない気持だったと言う。 幸い大事に到らずに済んだようだし、そう言いながら妻の春美は、夜を徹した看病の為に憔悴した、蒼白い顔に、涙を浮かべている。 その妻の涙がまた、佐々木法子のことへと、眞木の意識を促すのであった…。
2016年10月21日
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第 九十五 回 目 西行は空海ゆかりの地に庵を結んで、一年余りの月日を送った。 静かに読経し、春秋の自然を愛で、偉大なる先人の業績と思想を心から偲ぶ、充実した生活であった。自分自身の来し方を、空海との比較に於いて眺めみる、反省の時であった。 今、己の人生の秋を迎えて、沁み沁みと感じることは、自分の身の卑小さであり、自然の偉大さであった。その偉大な自然は何処か母親の胎内を思わせる所があり、その自然の摂理が、玄妙不可思議な力の作用で、自分を育(はぐく)み、励ましてくれていた様に感じる。その中で自分は一体何事を為し、何をし遂せたと言い得るのか…? 唯、嬰児の如く訳も無く子宮の海に漂い、彷徨っていただけに、過ぎない。自分は単にその時々の感情と気分の動きに左右されて、何処とも知れず押し流され、押し流されした夢の中の記憶の様にも、想える。夢の中での行動が、決して自分の考えや意思の通りには展開しないように、一年前の自分が望み、願った如くには現実はいつも推移しなかったし、第一、自分自身の気持の動き自体が、予測のつかない正体不明の代物だった。 自分の心の中に、しっかりとした考えなり、意志なりがあると思うのは、全くの錯覚であり、事実は正に 支離滅裂 に近い状態だった。 ー 酔生夢死とは誠に言い得て妙な表現ではあるまいか…。同じく意の如くにならない人生なら、潔く覚悟を固めて、この世での夢を心ゆくまで、堪能満喫し尽くそうではないか!……桜の花の美しさに酔い痴れて、その果に頓死出来たなら、本望というもの。 そうした徹底した生き方さえ完全に把握し得た暁には、西行にとって弘法大師空海も、単に過去の尊敬すべき偉人であるに、留まらない。西行と共に生き、共に語る隣人として、新たに現前するであろう。 ―― そんな風に心が定まった時、西行の胸には既に、この地を辞去する決意が、萌していた。何時までこの地に留まろうとも、はっきり決めていた訣では無かった。場合によっては五年、十年、いや死ぬまで逗留する事になるかも知れないと、密かに思い設けてもいた。これから何処を目指して旅する目当てとて無かった。唯、只管西の方を指して歩み続ける事が、己に残された生きる道であると思えた。その旅路の涯てに、何が自分を待っているのか、皆目見当もつかないのであるが、それで十分であった。 ……… 眞木は再び咳払いを連発して、自分の動揺した心を落ち着かせようと、苦慮した。額の辺にじっとりと脂汗が滲み出ているのが解るし、脈拍も平常の倍近い速さで搏動している。彼はほんの数秒間、意識を失って、肘掛け椅子の中に、崩れ込んだ様であった。 ― 気が付くと、佐々木法子の心配そうな顔が間近に迫って、何事か彼に語りかけている。彼は、心配ない、大丈夫だ、と答えようとしたが、言葉が喉に閊えて声にならない…、やがて眞木は深い深い昏睡状態に陥った―― ―― その深い、深い眠りの中で、眞木は自分が天国に遊ぶ夢を、見た。否、天国とか、極楽とか呼ばれるのは、あんな風な所を指すのだろうと思うだけで、実際は、其処が何処であったのか、一向に判然としない。また、どのような手段でその天国の如き場所に、行くことになったのか、夢の最初の部分が丸々記憶から欠落しているので、全く思い出すことが出来ない。 彼が辛うじて思い出すのは、その一番最初のシーンでは、一面に葦などが生い茂った水辺から、一羽の白鳥がゆっくりと飛び立って行く。その姿が、鮮明な映像として焼きついている。 自分から次第に遠ざかっていく大白鳥の姿を眼で追いながら、何故か彼は非常に悲しかった。兎に角、身も世も無く哀しく、出来れば大声を挙げて泣き叫びたい、衝動に駆られていた。しかし声を出すことは愚か、身動き一つ叶わない自分であることを、何故か良く承知していた…、大粒の涙だけが、彼の頬を伝わって、止めどなく流れ落ちた。その時であった、果てし無い天涯の彼方を目指して、真一文字に天空を天翔ていた彼の白鳥が、突然にくるりと向きを換えると同時に、大きく弧を描いて、旋回を始めている。一旋、二旋、風に戯れる如く、或いは又、何かを逡巡するが如くに、白鳥は紺碧の空に、鮮やかな白い円弧の軌跡を浮かび上がらせる……。 気がついた時、彼の身体は鳥の様に、宙に浮かんでいる。彼は文字通り、天にも登らんばかり、大喜びで例の白鳥の後を一散に、追った。見ると、白鳥は彼が自分の後を追って、地上から舞い上がったことを確認した安堵感を、全身で表現するかのように、最前より遥かに軽々と、また嬉々として翼を羽ばたかせている。純白の羽毛の一本一本に煌く真昼の太陽の光を受けて、大空を行く白鳥の絵のような姿は、既にこの世の物ならぬ、崇高な気配さえ見せている。 彼と美しい白鳥との距離は見る間に縮まって、今では「彼女」の表情さえ、明らかに見て取れる…。白鳥はやはり佐々木法子の化身であった。何故、やはり、なのか理由は明確でない。そして、その時になって彼が意外に感じたのは、少女が変身したその美しい白鳥の体躯が、思いのほかに小さいということ。遠くから眺めていた際には、実際の数倍もある堂々たる大白鳥とばかり、思い込んでいたのだから。 やがて彼等の行く手に、一団の巨大な雲塊が迫ってきた、と思う次の瞬間には、二人の姿はすっぽりと乳白色の霧の渦に、呑み込まれてしまっていた…。それから、どれくらいの時間が経過したのか、見当もつかない。彼は半ば放心したように、どこまでも続く乳白色の世界を、かなりの速度で前進していることだけを、頭の中で意識していた。と、誰かの手が、彼の手に軽く触れたように感じて、ふと、我に還った。彼の傍らには、清潔そうな水玉模様のワンピースを着た、佐々木法子が立っている…。彼女の掌の感触と、彼の面に注がれた黒目勝ちの瞳一杯に湛えられた、何とも懐かしげな表情とが、彼の疲弊し切った身体と、孤独に閉じ込められていた心とに、滲み透る様に思われる―、彼は年甲斐もなく涙ぐんでしまった。法子はそんな彼の様子など頓着しない、無邪気そのものの態度で、彼の手を引くと、先に立って軽やかな足取りを、運んでいく…。 春の野にピクニックを楽しむ恋人同士みたいに。いつの間にか、彼の足も法子に釣られて、弾む如く前に進む。楽しい口笛など、吹きたい心地さえ湧いてきて……。
2016年10月18日
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第 九十四 回 目 翌仁安三年十月十日の夜、西行は賀茂に詣でた。人生における二度目の大旅行・四国行脚の出発の為であった。生きて再び都の土を踏むことはないかと、考えると、自ずから涙が浮かんだ。 三十歳代の壮年時に行った陸奥への旅とは、何もかも相違していた。あの当時は、闇雲な情熱に衝き動かされるようにして、一種悲壮な覚悟を固めてのそれであったが、何と言っても若かった。己を見極め、己の正体を掴みたいと、必死であった。ああするより他に、どうしようもない、ぎりぎりの気持ちに追い込まれていた。 今度の旅は、それに較べると、心に余裕とゆとりのある旅だと言える。が、決して楽なものだとは言えない。第一に、体力にかなりの衰えが、見えている。悲壮感こそなかったが、途中で何時果てるとも知れない寂寥の想いは、同様であった。 四年前に讃岐で悲憤の裡に没した崇徳院の御陵を、実地に弔う事と、仏教上の師と慕う弘法大師生誕の地を、訪ねることが一応の目的と、言えば言えたが、西行の名が示す如くお天道様と月とを追って、西方へ旅する事自体に、大きな意義を感じている。その意味では、今度の旅は自分自身のたどった、人生の確認の為のそれだと言えようか。何時、命を終えても悔いは無いと、自然に思えるのも、その故である。 しかしそれにつけても、気掛りなのは例の夢の、内容であった。あの夢は一体全体、自分に何を語り、何を予告しようとしているのか? 夜の境内には、参拝者の影も見えず、静まり返り、寒々とした月光だけが、隅々にまで溢れている。 ― 身も心も引き締まる、神聖この上ない、静寂の時であった。幼い子供の頃から参り慣れたこの神社にも、再び足を運ぶことはないかもしれない…、西行は玉砂利を一足また、一足と踏みしめるようにして、賀茂の杜を抜けていった。 京の外れから備前の児島まで、西住という高野聖と同行した。京都周辺への小旅行などで、以前にも何度か同行したことのある、聖だった。さる没落貴族の末裔である、病弱で、温厚な性格のこの人物・西住とは、奇妙なくらいに気が合うのだ。およそ共通する所のない二人が、こうして肩を並べて旅するのも、前世の宿縁なのであろう。病気の縁者を訪ねるという西住と別れてから、西行は日比、渋川を経て四国に渡り、白峰に参拝した。 崇徳院の墓所は山の中の、草の生い茂った、如何にも寂しげな場所であった。遠くの森を風が渡っていく音だけが、微かに潮騒の如き響きを伝えてくる―。想えば、人間の運命とは何という数奇な波乱を秘めていることか!この、見るも無残に荒れ果てた陵墓を、目の当たりにするにつけ、新たな感慨に胸が締め付けられる……。 崇徳院の生母・待賢門院を巡る白河法皇と鳥羽法皇父子の愛憎に始まり、崇徳院と鳥羽法皇との屈折した親子の心理、待賢門院を追い落とし鳥羽法皇の意思を左右するに至った美福門院に対する崇徳院の怨念、そして対立者として出現した実弟・後白河天皇との抗争と敗北、更には、残忍無情な処罰に依る流刑地での、孤独極まりない死。 人間として最高の血統に生まれ、地上最大の権力と地位とを、当然の権利として自分の物とした、大貴人の一生が、斯まで深い悲哀と、限りない苦渋に満ち満ちていたとは。しかも、この現世での生涯を終えたあとも、誰一人顧みる者の居ない荒地に見捨てられ、御霊の慰められる折りとてない有様。如何に、お寂しかろう、如何にご無念であろう―、西行の胸中には、この悲運の法皇に対する強い同情と、愛惜の想いが今更の如くに、こみ上げていた。 人として生まれ、この世に生きて行く事の辛さ、切なさ、悲しさを思わずには居られない…。両親、兄弟姉妹、妻子、朋友・恩人―、そうした懐かしい人間関係を、考えない訳にはいかなかった。自分は、崇徳院に比べた時、如何に豊かで、恵まれた人間関係に、浴していたか。そして、それらの関係を一応断ち切った現在でさえ、その楽しく、爽やかな想い出は、彼の中で今も尚生き続けている。自分は、西行は、懐かしく、嬉しい人々と共に、今後も生き続けることが、可能なのである…。「院よ、許させ給え!!」 ― 己は自分の身の倖せを噛み締めよう為に、御身の御不幸を想いやったのではない。御身の比類のない悲劇の人生を、唯虚心に追懐し、心の底からの御同情と万斛の涙を灌がんものと、念じたに過ぎない。どうか愚僧の意のあるところを、お汲み取りください。拙い念仏を御嘉納戴きたい。西行は心を籠めて合掌し、院の墓前に深々と額づいた……。 崇徳院を退け、朝権収攬に成功したかに見えた後白河院も、今は新時代の実力者・平清盛の前に無念の臍を噛んでおられる。そして、その清盛も、次なる覇者の手に政権を引き継ぐ為の、一階梯として大きな歴史の潮流の渦に巻き込まれ、やがて跡形も無く没し去ってしまわないと、誰が断言し得ようか…。 諸行無常の御仏の教えが、この時ほど痛切に実感されたことはない。暮れなずむ夕べの空に、微かに瞬く星影が一つ、二つ、地上の西行を見下ろしている…。 弘法大師空海の説いた真言の教理が、自然に脳裡に浮かんでいる―、地・水・火・風・空・識の六大から縁起した人間が、死して再び六大に還元する。全ての行為が原因であり、同時に、結果でもある。異なるのは、様々な過程(プロセス)であり、其処に於ける人々の表現であり、感情である。徹頭徹尾一貫している原理・原則は、万人に共通であり、その限りにおいて公平であり、平等である。 しかしながら、その中にあって個人とは、又、個人の意志とは、如何なる意義を有しているのであろうか?人の子としてこの世に生を享けた個人に、絶対の自由はない。それぞれに異なった宿命を背負って、生きるべく、決定づけられて居る。ある意味で、身動きが出来ないくらい、雁字搦めに束縛を受けている。が、その己の 真の姿 に気づいた瞬間から、彼は「不自由」でなくなる。「自由自在」に生きることが可能となる。それは彼が身に負っていた宿命から、まんまと逃れおおせた事を意味しない。逆に、己の宿命と正しく相対し、敗れると解った戦いを、敢然と開始することを意味している。その時の彼は、正しく「真の自由」を獲得したと言い得るので、それ以外の如何なる使用法に於いても、個人の自由とは死語に等しい。又、個人の意志とは、彼の宿命を離れては、無意味に近い。 してみると、空海の説き明かす 即身成仏の秘法 とは、銘々が各自の逃れ難い宿命を自覚的に受け止め、それと真っ向から対決する、その根本の姿勢を指し示している、のではあるまいか?白峰を辞し、弘法大師ゆかりの地に向かう道すがら、西行はその様な考えを、心の中で反芻していた。 三刧成仏の伝統思想に対峙させた空海の、目を瞠るような力強さ。更には又、彼が現実社会に対して執った驚くべき積極姿勢。生涯を貫いた現世至上主義とも取れる超人的で、爆発的な実践行動力の根源には、自己の宿命を確実に見据えた者の、強烈な自信と、それ故の、完璧な自己表現が鮮やかに浮かび出ている……。 限りなく人間的、しかし、殆んど広大無辺と感じられる、慈愛と信頼とが、一人一人の人間に向けられているではないか。有難い御仏の愛が、ものの見事に、空海の人間性の中に、生かされているのである――。
2016年10月15日
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第 九十三 回 目 その時であった、百千の雷が一時に轟渡るかと、錯覚させるような、世にも恐ろしい物音が、起こったのは。見ると、巨大な鬼が地獄の大門を、引き開ける所であった。 罪人たちは、皆一様に大地に倒れ伏し、わななき震えている。西行一人が、辛うじてよろめく足を踏みしめて、立ち続けている。破鐘の如き胴間声が、罪人たちの頭上に、響き渡った―、「他人を恨まぬがよい。汝等自身の心が、爾らをして、この地獄に再び帰らしめたのだ。うぬ等、愚かなる者共よ、こんどこそ、未来永劫、悔み続けるがよい!」 ……、見るも恐ろしい鬼が、その目から大粒の涙を流しながら、地獄の方を指差している。その瞬間、激しい風が、赤黒い炎をまくりあげ、見る間に罪人たちをひと舐めに、飲み込んでしまっていた。西行の目の前で、地獄の扉が荒々しく閉ざされ、辺りは再び真の暗黒が領した。―― その闇の彼方から、文字通りの阿鼻叫喚が、手に取るように聞こえてくるのである。また、肉を炙り焦がす異臭が、鼻を衝く。西行は怺え切れずに、その場から逃れ去ろうとするが、両足は金縛りにあった如く、寸毫も動こうとしない。いくら焦っても足掻いても、身動きがならないのである。―― こんな事ならいっそ自分が、地獄の火に焼かれた方が、どんなにか楽であろうか…、余りの苦しさに、西行はそう思った。実際、どちらがより残酷な責め苦であるか、容易には判定がつかない。 こうして、地獄の扉を前にしての、西行の妄想が展開する……。 先ず、黒い火焔の中に、男女が相擁しながら、焼けている。その隣では、煮え滾る銅(あかがね)の湯に浸けられている者達がある。更にその向こうでは、舌を抜かれている者達、斧で唐竹割りにされ、或いは、鋭利な剣で串刺しにされている者達、又、幾百とも知れぬ岩石の下敷きになっている罪人達の群れ。男も、女も、尊きも賎しきも、時には親子・兄弟・夫婦が互いにそれと気付かずに、踵を接して苦悶に喘いでいる。それらの地獄図が、ありありと見えるのだ……。 それから、どれほどの時間が経過したのであろうか、西行はいつの間にか、意識を失っていたようである。ふと気が付くと、辺は物音一つ聞こえない、完全な静寂が支配している。西行はゆっくりと地面から身を起こすと、四方に視線を巡らせた。見渡す限り、物の姿らしいものは何一つ見当たらない、空漠たる世界である。しかも、先程までの暗黒のそれではなく、どこからとも無く、仄かな光が射し込んでいる。 西行は訝しげに頭上を見上げたが、そこには昼の太陽も、夜の月も、姿を見せてはいない。薄明と静寂のこの場所は、何処なのであろうか?……、やはりまだ自分は、地獄の一部に留まって居るのか…、それにしても、何と清々しく心地よい風が、通って来ることか。 西行はやがて、当てもなく風上の方角に向かって、ゆっくりと歩き始めていた。暫くそうして歩いていると、足の下の地面が、俄かに波動し始めている事に、気づいた。いや、其処は既に広々とした大海の上であった。その大洋の、重畳とした波浪の上を、西行は翼あるごとく、鳥の様に軽々と進んでいるのだ。 進むにつれて心が浮き浮きと、浮き立って、前へ前へと躯が自然に前進する。こんな調子では、自分はこの儘空中高く舞い上がるのではなかろうか、という気さえして来る。 遥かな彼方の水平線上に、島のような、雲の様な物が、微かに見て取れる。西行は理由も知らずに、それが西方浄土である事実を、承知している。彼は今、その理想の楽土を目指して、まっしぐらに駆け、且つ、翔んでいるのであった……。 西行の夢は決まって、此処で終わる。こんな風な夢を、何度となく見るのだ。美福門院が逝ってから既に七年、西行は五十を越える老境に、足を踏み入れ始めていた。この年、仁安二年二月、平 清盛は歴史上前代未聞の武臣の身で、太政大臣従一位に躍進している。なお形式的には後白河上皇、六条天皇を主人として頭に頂いてはいるが、名実共に天下の支配権はこの時完全に、彼、清盛の掌中に移ったと言えよう。 時代の、その真の姿を、高野山に在って修行生活に明け暮れる生活を送っている西行は、正確に把握していた。西行の胸には、感無量の深い想いがあった。噂の如くに、仮に平清盛が白河院の落胤であることを認めたにしても、清盛は武士として活躍し、平氏という武士団の棟梁として、現在の地位を築き上げた事に、変わりはない。 勿論、清盛が現在の輝かしい栄誉を手にする為には、その下地として祖父・平正盛以来の蓄積があった。それは間違いない事実だ。しかし、積年の軍事力・政治的立場・経済力を見事に活かし、飛躍的に発展させ、開花させたものは、幸運だけでは無い筈だ。単に時流に乗っただけとは言い切れない、清盛個人の卓越した手腕があった。周到な準備と、細心な計算が、大胆で強靭な実行力の裏に隠されている。それを見逃す訳にはいかない。 清盛と同年に生まれ、同じ階級に成人した西行には、その辺の事情が、極めて良く解るのだ。同族の奥州藤原一門と言い、平氏と言い、現実社会を支配する強力な勢力の維持発展には、必ず天才、乃至、強烈な個性の出現を条件としている。 個人と時代との廻り合わせの不可思議さを、思わないでは居られない。動かしがたい運命、或いは、個人の宿命ということを、考えない訣にはいかない。 武人として現世での最高権力を掴んだ清盛と、出家して名も無き一僧侶としての人生を送る西行と、この両者の懸隔は、たとえようもない程に、大きい。が、そこに在る表面上の差は、果たして絶対的なものか?西行は「惨めな負け犬」であり、清盛は勝利に輝く「永遠の勝利者」であるか。その答えは、然り。同時に又、否である。 少なくとも、西行自身の立場からは、断然「否」である。確かに、武人としてだけ、清盛と比べられた時の彼は、負け犬以下の、敗残者に相違ない。がしかし、西行は武人である以前に一個の人間であった。人間としての生き方に関しては、未だ勝負がついていない。いや、人間としての生き方に、勝ち負けはない、と信じている。 もし、自分の人生が清盛に劣り、敗北者のそれであると、認めざるを得ない時節が到来するとすれば、それは、自分が己自身に「敗れた」時に外なるまい。西行にとって世人の、第三者の評価など、物の数ではない。それだけの強い自負心と自惚れを、己の歩んできた人生に対して、持っている。現在の西行にとって、自分の人生を自覚的に生きるとは、そうした生き方を意味していた。がそれは、苦難に満ち充ち、険しい道程を、悲しみ嘆きつつ歩いて来た事と、矛盾しはしない。 この世での地位や名誉や財産とはかかわりなく、人は常に孤独である。孤独であることを意識しない事と、孤独でない状態とは、決定的に異なる。 西行の生き方が、人一倍その人の世の孤独に、敏感であった。そして、その自己の孤独を噛み締める、己の心情に忠実過ぎるくらいに、忠実であった事だけは、確かである。 清盛もまた、彼なりの流儀で、己の孤独と戦っているに、相違ない。唯、その違いが、各人の個性的な人生を根本的に、規定しているのであるから。
2016年10月10日
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第 九十二 回 目 佐々木法子の幼くあどけない顔を前にしていると、不純異性交遊とか、情事・ラブホテルなどの言葉を口にするさえ憚られる雰囲気になり、結局はあやふやな説諭に終わっている。従って、あの夜、非行の名に値する行為が、彼女たちにあったとは、言い難い。しかし、どうにも腑に落ちない点があるので、なお詳しく調査してみると、法子の母親が頻繁にそのホテルを利用している事実が、明らかになった。しかも、売春常習の嫌疑を掛けて、掛けられないことはない状況だと言う。そういう次第で、警察としては娘の法子に関しては、一応学校の方に事の経緯を連絡しておいた方が良いと、判断したのだと言う。 これは、厄介な事になったぞ ―― 眞木は警察の説明を聴き終えた時、そう思った。尾崎どころではない、自分の手にも負えないのではないか?第一、問題が微妙過ぎるではないか…。今の段階では、法子に非行の事実があるとは言えないし、母親の問題に至っては、警察すら介入できないことかも、知れない。今が最盛期であるらしい 自由恋愛 とかは、法律で取り扱う対象ではなく、専ら道徳やモラルの範疇に属する事柄だから。 つまるところ結局は、家庭、乃至、夫婦の間の問題に帰着することなる。そうなる公算が大なのだ。そこまで学校の教師が介入しなければならない必要はない。が、さればと言って事態を全然傍観する訳にもいかないだろうし…。理屈の上では、その様な具合であるようだ。最大の問題は、法子には非行に走る可能性があり、その虞れが大いにあることなのだ…。 それにしても、自分はあの少女に就いて、知るところがほとんどない。教室その他での、全部合わせても高々数時間の、それも甚だ断片的で曖昧な、印象しか持たない。しかもその程度の印象の上に成り立った少女像に、恋心さえ抱いている。果たして、この様な自分に校長が期待する任務が、正しく遂行できるものか、眞木は自分のことながらも、心もとなく感じるのだ。兎も角野口校長に、今聴いた事を報告して、指示を仰ぐのが得策であると、思った。 眞木が学校に戻った二時過ぎには、校長は所用で出掛けてしまっていた。校長の指示を仰ぐと言っても、妙案を期待していた訳ではなく、これから具体的に動く自分の行動に関して、一応の了解が校長との間についている、形を取りたかったまでの話で、大してがっかりもしなかった。こうなれば、毒を喰らわば皿までの、蛮勇を奮い起こして、行ける所まで大胆に踏み込んで、みるまでだ。要は、事を運ぶ段取りだけ。佐々木法子に話を聞くのが先か、それとも、母親に会うのが最初か?そして、いずれは少女の義理の父親とも、面談する必要があるだろう…。 そんな風に心の中で思案を巡らしながら眞木は、職員室の前の廊下を、行ったり来たりした。その時、授業終了のベルが鳴り始めた。眞木は反射的に腹を決めて、小走りに佐々木法子のいる教室に、急いだ。法子はまだ自分の席にいた。少女の帰り支度をしている姿を認めると、眞木の心臓は異様に高鳴っている。 「佐々木さん、一寸お話があるので、職員室まで来て呉れませんか」 出来るだけ、平静を装って言ったのだが、何だか喉がかすれて、自分の声では無い様に感じた。少女は驚いたように、少し眼を見開いて教頭を見たが、それでも素直に「ハイ」と答えて頷いた。 放課後の校長室には、クラブ活動の生徒達が発する掛け声などが、時々聞こえてきた。法子は背の低いテーブルを挟んで向かい合っている、眞木の胸元辺りへ、稍伏目勝ちに視線を落としている。眞木は気持ちを落ち着ける目的で、さっきから頻りに、咳払いを続けている。 「二日前の事に関して、警察の方からちょっとした注意が、学校の方にありましてね」 上擦った調子で、眞木がそう言ったのも、やっとの事であった。 ところが、法子は、何だそんな事だったのかと言わぬばかりに、顔を上げて、まともに眞木の顔を覗き込んだ。で、眞木は内心益々慌ててしまったが、上辺は極力教頭の威厳を取り繕い、言葉を継いで行った。― 法子は最初、眞木の真意を計りかねていた様であったが、やがていともすらすらと、説明を開始したのである。 あの日、法子と義兄の春彦は或る目的の為に、あのホテルに行ったが、それは決して大人の人たちが考えるような「ふしだら」な行為を、するためではなかった。あのホテルがどの様な場所であり、大人達によってどの様な目的に、利用されているかは、心得ているつもりだし、むしろ、それだからこそ、あのホテルに二人して行くことになったのだ、とも言える。しかし、自分たちの目的が何であったのかは、自分たち兄妹のプライバシーに属する事で、たとえ相手がお巡りさんでも、教頭先生でも、話す訳にはいかない。しかし、最初にも言った様に、法律的にも道徳的にも、決して悪いことをしようとしていたのではない。それは断言出来る。どうか、信用してください。法子は澄んだ瞳を真っ直ぐ眞木に向けた儘、そう言うのだ。 眞木はいささか気抜けがして、一種の虚脱感を、覚えていた。こんな調子で法子との会話が、進行するとは、想像も出来なかったから。これでは既に、話は終わったも同然であった。これ以上何を言って、この少女を諭したら良いのか?そもそも教師の自分が、説諭しなければならないような行為・行動は、全く存在していなかった、のかも知れないのだから。 「教頭先生は、尾崎先生の様に、母のふしだらで、不道徳な行動を仰らないのですか…。そして、娘の私がその悪い影響を受けて、非行に走る危険があるとか、ないとか…、そんな事を」 少女は黙っている眞木の態度を、詰るような調子を籠めて、そう言った。眞木は愈々困惑し、窮地に追い込まれた自分を、強く恥じた。何もかもが、相手に見透かされている、のではないかと恐怖さえ覚えた……… ……… 西行の夢である。宏壮な閻魔の廳を出発してから、既にどれほどの時間が経過していたであろうか、やがて、漆黒の闇の彼方に、天を焦がす巨大な火焔が、姿を現した。ただ、黙々として歩を運んでいる罪人たちに、獄卒共が叫んだ、「あれが、汝等を焼く、地獄の火だ!」と。その言葉が、西行の胸にもズンと、堪えた。此処までは半ば無意識に、この者達と同行して来てしまったが、果たして自分も重罪人の一人に、数えられて居るのであろうか? この期に及んで、斯かる疑問が、西行の胸に生じていた。しかし直ぐまた、地獄へ通じる道を極悪人達と一緒に、トボトボとたどっている自分は、やはり罪人の一人に相違無いではないかと、自身を窘めた。 しかし、考えてみれば出家して以来、様々に努力して修業を重ねてきたが、その甲斐もなく遂にこうして、地獄に堕ちて行くのである。― 雑然とした想念が、無意味に浮かんでは消え、浮かんでは消えした。自分は、短い人生の間に何を為し、何事を成そうとしたのであるか?唯、わけもなく苦しみ、踠(もが)き、懊悩したに過ぎないではないか…。他人を傷つけ、裏切り、悲しませた想い出だけが、涌き上がってくる。取り返しのつかない、苦い悔恨だけが、無二の親友の如き存在だ…。
2016年10月06日
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第 九十一 回 目 いつもは、空いている座席に腰を下ろすと、必ず降りる直前まで眼を閉じて、半分は眠っているのであるが、今朝の彼は普段と同じような、半ば習慣化している行動が、スムースに取れないのである。で、隣に座った若い娘の顔などを、おずおずと窺ったりする。 二十一二と覚しきOL風の娘は、何処か物悩ましい、仄かな香水の香りを身辺に、漂わせている。眞木の遠慮勝ちな視線が、白い襟足の辺りから、頬や目元にまで達する。若々しくはち切れそうな肌に施された、巧みな化粧。確かに、魅力ある若い女性には相違なかった。が、其処には眞木が先程妻から受けた印象と同じ性質のものが、感じ取れるのだ。やはり妻やこの娘の顔が、今朝突如変貌したのではなく、それを眺める彼自身の眼に、問題があるようであった。しかしながら、今朝の彼の感受性が、普段に比べて拙劣なのかどうかの点に関しては、俄かには判断が付き兼ねる。 新たに発見した対象を、美と見るか、醜と看做すかの、審美的な観点を離れてみても、それまで眞木が気付かなかった要素が、見える様になった、新たな事態の到来だけは、確実なことだった。 この眞木の心の内部に起こった変化が、喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのかも、今の所判然としない。この変化が、佐々木法子に関連して生起していることだけは、確実なのだが、どちらが原因でどちらが結果なのか、まるで不明だ。 心理的、乃至は、肉体的な変化が先にあって、少女への奇妙な関心が、生じたのかも知れない。一体全体、この変化が何を意味し、将来何を彼に齎す事になるのか?そう考えると、彼は居ても立ってもいられない不安と、焦燥に駆られる……。 それにしても何故、山岡幸男はいつも卑屈と思えるくらい丁寧な態度を、取り続けていたのか不思議である。…… 眞木は例の諍いを経験してからは、山岡の誰に対しても同じように「紳士的過ぎる」態度が、本物でない気がした。慇懃無礼という表現があるが、それに近い傲慢さと、強い人間不信の感情が、透けて見える想いがした。 その山岡がいつだったか、こちらが「おやっ」と首を傾げたくなる程に、素直な心情を吐露したことがあった。 「俺、自分のお袋の顔を、知らないだろ。そのせいか知らないけれど、年上の女の人を見ると、みんな綺麗に見えて、胸がドキドキするのだ。先輩の中には、女は単なる性欲の対象で、その捌け口にしか過ぎない、なんて言う人もいるけど、俺にはどうしても、そうは思えないのだ―」と、うっとりと夢見る様な視線を、宙に走らせながら、そう呟くように言う友の顔が、別人の如くに清々しく感じられたのを、忘れないでいる。 早熟な先輩たちが、自慢げに売春婦を買った体験談等を語るのを、口の中に唾が溜まる程に羨ましく、ひどく悩ましい想いで聞いていた高校生の眞木としては、山岡のその言葉が、真実の響きを伝えていると感じられる度合いだけ、意外でもあったりして…。同時にまた、あの中学生の頃の甘酸っぱい初恋の記憶を、心に浮かべて、自分が既に精神的にも、肉体的にも大人に近い存在となっていることを、意識したのだった。 当時の眞木は自分の強い性衝動を持て余し、戸惑っていた。出来ることなら、プロスティチュートを体験したいと、真剣に思い悩んだ。結局、彼にはその勇気が、どうしても湧かなかった。 従って、当時の彼が同年代、或いは、年上の異性に向ける眼差しには、何か切羽詰まった、物狂おしい荒々しさを、伴っていた筈である。山岡の言う、ロマンティックな甘美さなど、入り込む余地の全くない、殆んど動物的な激しい欲求が、身内に滾っていたのだから。 男性の性欲が急激に衰える中年過ぎの年代には、少女のセーラー服の胸の膨らみに視線を奪われ、胸をドキドキさせる時期があると、誰かから聞いていたが、正に中年に差し掛かった眞木には、そうした兆候は今の所現れてはいない。それどころか、真逆の現象さえ、起きかけている有様なのだ。 元来心身共に健康そのものであった眞木にとっては、性本能の衰弱につれて異性への関心が薄れる、という方がごくごく自然に思われる。妻の顔や隣席の娘の顔が、少しも美しく感じられないのは、年齢の齎らす自然の摂理であろうか…、それにつけても佐々木法子の件だけが、例外現象であることに、変わりはない。― 山岡が例の、率直な感想を漏らした同じ時期に、現在の恋心に類似した心情が、眞木を襲っていたのなら、どんなにか気が楽で、愉快に感じられた事か。そう思うと、眞木は又ひどく恨めしい気分に、陥るのだ。 学校に着くと直ぐ、眞木は校長室に呼ばれた。野口校長は、背の低い、小太りの体躯を肱掛け椅子に、深々と埋めて、何事か瞑想でもするかの如く、天井に顔を向けていた。眞木が机の前に立つと、ゆっくりと身を起こして、傍らのソファーを手で指し示した。 校長の話は佐々木法子に関するものであった。法子自身と、その母親に就いて先日担任の尾崎から報告のあった、芳しからぬ噂は、どうやら事実らしく、事態が更に悪化して他の生徒達への影響が出ないうちに、適切な処置を講ずる必要がある。問題が問題だけに、若い尾崎では手に負えない面があり、人生経験豊富な教頭先生に、是非とも御協力願わなくてはならない。野口は稍沈痛な面持ちで、そう言うのだった。眞木は嬉しいような、恐ろしい様な、妙な気分に捉えられた。 これで公然と、佐々木典子に接近する権利を獲得した訣なのだが、話の成り行きが妙に出来過ぎているような気がし、其処に何か途轍もなく大きな陥穽が、仕掛けられている様な不安がある。しかし、校長の要請を断る正当な理由も、見つからない。臆病な眞木にも、人並みの野次馬根性とそれに相応しい好奇心の持ち合わせがある。所謂、怖いもの見たさの心理も、働いている…。 「弱りましたな……」 思わず有頂天になって、笑いがこみ上げて来そうになるのを、辛うじて苦笑いに誤魔化しながら、眞木は心の片隅で、自分の意外な不謹慎さに、驚いていた。教育者として、生徒のまことに憂うべき事態を前にして、悲しむこともせず、反対に、内心で自分の密かな望みが叶えられた事を、手放しで喜んでいるとは。人の良い校長は、眞木の不自然な笑いを、どう受け取ったのか、「御迷惑でしょうが」と、頻りに恐縮していた。 金曜日の時間割では、眞木は午前中で授業が終わり、午後からは身体が空いていた。佐々木母娘の事に関して、校長から依頼があったことを尾崎に伝え、彼から改めて説明を求めたのであるが、その説明だけでは中中要領を得なかった。それで、直接に警察に出向いて話を詳しく訊いてみることにした。防犯課の担当警察官は、調書を繰りながら、次の如く語った―。 二日前の夜、〇〇駅付近の所謂「連れ込みホテル」からの通報で、佐々木法子と連れの高校生Aを補導した。通報したホテルの従業員の話では、法子が余りに幼く、子供子供していたのにビックリしたのだと言う。補導を受けた時、少女は少しも悪びれた様子がなく、年上のAの方が却っておどおどしていた。彼女が係官に言うには、自分たち二人は兄妹であるし、それにお巡りさんやホテルの人から咎められる様な事は、何もしていない。また、未成年者がホテルに泊まってはいけない規則も、無いではないかと。実際、彼女が言う電話番号を廻して、確かめてみると、両親共に不在であったが、偶々電話口に出たお手伝いの女性の証言で、二人は血の繋がりこそないが、確かに兄と妹には違いないことが、判明した。
2016年10月02日
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