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うちの玄関前のヤマボウシです。真ん中のが、実になります。ところで、このままだと、いろいろ時間が無くなってきたので、しばらく休止をして、日記を書くペースや書き方を考えたいと思います。
2014年05月22日
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どれほど虚ろなものであれ、これは今でもまだおれの心なのだ。たとえ微かであるにせよ、そこには人々の温もりが残されている。いくつかの個人的な記憶が、浜辺の杭棒にからんだ海藻のように、無言のまま満ち潮を待っている。いくつかの思いは、切られればたしかな赤い血を流すことだろう。今はまだ、どこかわけのわからないところにその心を彷徨い行かせるわけにはいかない。(村上春樹さん「木野」(「女のいない男たち」所収)P258)というわけで、村上春樹さんの「女のいない男たち」を読みました。う~ん。どうなんだろ・・・・・。書評としては、水無田気流さんのこれが、いっちゃん気分をあらわしていて面白かったので、ご紹介しときたいと思います。
2014年05月21日
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田中優子さんの「カムイ伝講義」を買書つんどく。「カムイ外伝」は読んだ記憶はあるんやが・・・・・。「江戸学の第一人者が、白土三平の名作漫画『カムイ伝』を通して、江戸の社会構造を新視点で読み解く。そこから今の時代が照射される。江戸の階級制度から現代 の格差・貧困社会が、一揆の伝統から現代のデモが、そして江戸時代の肥料から未来の循環型社会が見えてくる。漁師、マタギ、綿花や蚕を育てる人々、女、子ども。自らの手で生産する、武士とは別の生き方。文庫版まえがき、あとがき収録。」(「BOOK」データベースより)
2014年05月20日
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ある日突然、あなたは女のいない男たちになる。その日はほんの僅かな予告もヒントも与えられず、予感も虫の知らせもなく、ノックも咳払いも抜きで、出し抜けにあなたのもとを訪れる。ひとつ角を曲がると、自分が既にそこにあることがあなたにはわかる。でももう後戻りはできない。いったん角を曲がってしまえば、それがあなたにとっての、たったひとつの世界になってしまう。その世界であなたは「女のいない男たち」と呼ばれることになる。どこまでも冷ややかな複数形で。(村上春樹さん「女のいない男たち」(「女のいない男たち」所収)P276)
2014年05月19日
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僕は実を言うと、エムのことを、十四歳のときに出会った女性だと考えている。実際にはそうじゃないのだけれど、少なくともここではそのように仮定したい。僕らは十四歳のときに中学校の教室で出会った。たしか「生物」の授業だった。アンモナイトだか、シーラカンスだか、なにしろそんな話だ。彼女は僕の隣の席に座っていた。僕が「消しゴムを忘れたんだけど、余分があったら貸してくれないか」と言うと、彼女は自分の消しゴムを二つに割って、ひとつを僕にくれた。にっこりとして。そして僕は文字通り一瞬にして彼女と恋に落ちた。彼女は僕がそれまでに目にした中で、いちばん美しい女の子だった。とにかくそのとき僕はそう思った。僕はエムをそのような存在としてとらえたい。僕らはそんな具合に、中学校の教室で初めて出会ったのだと。アンモナイトだかシーラカンスだか、その手のものにひそやかに圧倒的に仲介されて。そう考えると、いろんなことがとてもすんなりと腑に落ちるものだから。(村上春樹さん「女のいない男たち」(「女のいない男たち」所収)P256)そして彼女の死と共に、僕は十四歳のときの僕自身を永遠に失ってしまったような気がする。野球チームの背番号の永久欠番みたいに、僕の人生からは十四歳という部分が根こそぎ持ち去られている。それはどこかの頑丈な金庫に仕舞い込まれ、複雑な鍵をかけられ、海の底に沈められてしまった。たぶんこれから十億年くらい、その扉が開かれることはあるまい。アンモナイトとシーラカンスがそれを寡黙に見守っている。(村上春樹さん「女のいない男たち」(「女のいない男たち」所収)P274)
2014年05月18日
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野呂邦暢小説集成「草のつるぎ」を買書つんどく。集成の3巻目です。これ、全8巻になる予定のようですが、半年に1巻づつくらいのペースということは・・・・・。「匍匐、早駆け、射撃訓練、そして咽をしめつける渇き――。新人自衛隊員たちの日常と肉体の煌きを描画し、芥川賞を受賞した「草のつるぎ」など、「言葉の風景画家」(川村二郎)とも評された作家・野呂邦暢が、真率な視線によって描いた、珠玉の作品群。未単行本化作品であった、連作小説「水辺の町」を全篇収録。」(文遊社の紹介)
2014年05月17日
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玄関前の、ミヤコワスレです。なにげに地味です。
2014年05月16日
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ドアを叩いているのが誰なのか、木野にはわかる。彼がベッドを出てドアを内側から開けることを、そのノックは求めている。強く、執拗に。その誰かには外からドアを開けるだけの力はない。ドアは内側から木野自身の手によって開けられなくてはならない。木野はその訪問が、自分が何より求めてきたことであり、同時に何より恐れてきたものであることをあらためて悟った。そう、両義的であるというのは結局のところ、両極の中間に空洞を抱え込むことなのだ。「傷ついたんでしょう、少しくらいは?」と妻は彼に尋ねた。「僕もやはり人間だから、傷つくことは傷つく」と木野は答えた。でもそれは本当ではない。少なくとも半分は嘘だ。おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。本物の痛みを感じるべきときに、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。痛切なものを引き受けたくはなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった。蛇たちはその場所を手に入れ、冷ややかに脈打つそれらの心臓をそこに隠そうとしている。「ここは僕ばかりではなく、きっと誰にとっても居心地の良い場所だったのでしょう。とカミタは言った。彼の言おうとしていたことが、木野にも今ようやく理解できた。(村上春樹さん「木野」(「女のいない男たち」所収)P256)
2014年05月15日
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カミタは言った。「木野さんは自分から進んで間違ったことができるような人ではありません。それはよくわかっています。しかし正しからざることをしないでいるだけでは足りないことも、この世界にはあるのです。そういう空白を抜け道に利用するものもいます。言っている意味はわかりますか?」木野には理解できなかった。よくわからないと彼は言った。「そのことをよく考えてみてください」とカミタは木野の目をまっすぐ見て言った。「深く考える必要のある大事な問題です。答えはなかなか簡単には出てこないでしょうが」「カミタさんが言うのは、私が何か正しくないことをしたからではなく、正しいことをしなかったから、重大な問題が生じたということなのでしょうか?この店に関して、あるいは私自身に関して」カミタは肯いた。「厳しい言い方をするなら、そうなるかもしれません。しかしそうだとしても、木野さん一人を責めるつもりはありません。もっと前に僕もそれに気づくべきだったのです。僕の油断でもありました。ここは僕ばかりではなく、きっと誰にとっても居心地の良い場所だったのでしょう」(村上春樹さん「木野」(「女のいない男たち」所収)P247)
2014年05月14日
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別れた妻や、彼女と寝ていたかつての同僚に対する怒りや恨みの気持ちはなぜか湧いてこなかった。もちろん最初のうちは強い衝撃を受けたし、うまくものが考えられないような状態がしばらく続いたが、やがて「これもまあ仕方ないことだろう」と思うようになった。結局のところ、そんな目に遭うようにできていたのだ。もともと何の達成もなく、何の生産もない人生だ。誰かを幸福にすることもできず、むろん自分を幸福にすることもできない。だいたい幸福というのがどういうものなのか、木野にはうまく見定められなくなっていた。痛みとか怒りとか、失望とか諦観とか、そういう感覚も今ひとつ明瞭に知覚できない。かろうじて彼にできるのは、そのように奥行と重みを失った自分の心が、どこかにふらふらと移ろっていかないように、しっかり繋ぎとめておく場所をこしらえておくくらいだった。「木野」という路地の奥の小さな酒場が、その具体的な場所となった。そしてそれは――あくまでも結果的にはということだが――奇妙に居心地の良い空間となった。(村上春樹さん「木野」(「女のいない男たち」所収)P221)
2014年05月13日
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前の、ジャスミンの続きです。うじゃうじゃです。
2014年05月12日
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「私の前世はやつめうなぎだったの」とあるときシェラザードはベッドの中で言った。とてもあっさりと、「北極点はずっと北の方にある」と告げるみたいにこともなげに。やつめうなぎがどんな格好をしたどんな生き物なのか、羽原はまったく知識を持たなかった。だからそれに対して感想は述べなかった。(村上春樹さん「シェラザード」(「女のいない男たち」所収)P176)「他人の留守宅に入っていちばん素敵なのは、なんといっても静かなことね。なぜかはわからないけど、本当にひっそりしているのよ。そこは世界中でいちばん静かな場所かもしれない。そんな気がした。そんなしんとした中で、一人で床に腰を下ろしてただじっとしていると、自分がやつめうなぎだった頃に自然に立ち戻ることができた」とシェラザードは言った。「それは素敵な気分だった。私の前世がやつめうなぎだったっていう話は前にしたわよね、たしか?」「聞いている」「あれと同じなの。私は水底の石に吸盤でぴたりと吸い付いて、尻尾を上にして、ゆらゆらと水に揺れている。まわりの水草と同じように。あたりは本当に静かで、物音は何ひとつ聞こえない。それとも私には耳がついていないのかもしれない。晴れた日には水面から光が、矢のようにまっすぐに差し込んでくる。その光はときどきプリズムのようにきらきらと割れる。いろんな色や形の魚たちが頭上をゆっくりと通り過ぎていく。そして私は何も考えていない。というか、やつめうな ぎ的な考えしか持っていない。その考えは曇っているけれど、それでいてとても清潔なの。透明ではないけれど、それでいて不純なものはひとつも混じっていない。私は私でありながら、私ではない。そして、そういう気持ちの中にいるのは、何かしらとても素晴らしいことなの」(村上春樹さん「シェラザード」(「女のいない男たち」所収)P184)
2014年05月11日
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羽原はその女をシェラザードと名付けた。(中略)彼女の語る話が実際にあったことなのか、まったくの創作なのか、それとも部分的に事実で部分的に作り話なのか、羽原にはわからない。その違いを見分けることは不可能だった。そこでは現実と推測、観察と夢想が分かちがたく入り乱れているらしかった。だから羽原はその真偽をいちいち気にかけることなく、ただ無心に彼女の話に耳を傾けることにした。本当であれ嘘であれ、あるいはそのややこしい斑であれ、その違いが今の自分にどれほどの意味を持つというのだ?何はともあれ、シェラザードは相手の心を惹きつける話術を心得ていた。どんな種類の話であれ、彼女が話すとそれは特別な物語になった。(村上春樹さん「シェラザード」(「女のいない男たち」所収)P171)
2014年05月10日
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ジョー・ウォルトン「図書室の魔法」を買書つんどく。聞いたことある名前だなあ、と思ったら、これは、「アゴールニンズ(ドラゴンがいっぱい!)」の作者じゃあ~りませんか。ところで、図書館ものというか、本に関する本が多くなってますね。「15歳の少女モリは精神を病んだ母親から逃れ、一度も会ったことのない実父に引き取られたが、親族の意向で女子寄宿学校に入れられてしまう。周囲になじめないモリは大好きなSFと、自分だけが知る魔法やフェアリーの秘密を支えに生きてゆこうとする。1979~80年の英国を舞台に、読書好きの繊細な少女が日記に綴る青春の日々。ヒューゴー賞・ネビュラ賞・英国幻想文学大賞受賞作。」「本を心の底から愛したならば、本もあなたを愛してくれるー疎外感に苛まれながら、大好きな小説や秘密の魔法を心の支えとするモリ。やがて彼女は町の読書クラブに誘われ、初めて共通の話題をもつ仲間と出会う。だが母親の執拗な悪意は彼女を苦しめつづけ・・・・・。ひとりぼっちだった繊細な少女の青春を描き、本を愛し本に救われた経験をもつ多くの読者の共感を呼んだ、感動の物語。」(「BOOK」データベースより)「古き良きヴィクトリア朝を思わせるドラゴンたちの国ティアマト国。厳粛であるべきボン・アゴールニン啖爵の臨終の席は、いま騒然としていた。娘婿のデヴラク士爵が、横暴にも取り決め以上にその遺骸を食べてしまったのだ!遺骸を食らうことで、子竜たちは父の力と身体の大きさを受け継ぐ。力と大きさは社会的身分に直結するため、遺族の間で大騒ぎになった。この一件がきっかけで、やがてアゴールニン家の面々は、とんでもない騒動に巻きこまれることに・・・・・。登場するのはすべてドラゴン!亡き父の遺産相続とその娘たちの恋の行方をめぐるユーモラスな狂詩曲。2004年度世界幻想文学大賞受賞作。」(「BOOK」データベースより)
2014年05月09日
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彼女の心が動けば、私の心もそれにつれて引っ張られます。ロープで繋がった二艘のボートのように。網を切ろうと思っても、それを切れるだけの刃物がどこにもないのです。彼は間違ったボートに繋がれていたのだと、我々はあとになって思う。しかしそんなに簡単に言い切ってしまえることだろうか?思うのだがその女性が(おそらくは)独立した器官を用いて嘘をついていたのと同じように、もちろん意味あいはいくぶん違うにせよ、渡会医師もまた独立した器官を用いて恋をしていたのだ。それは本人の意思ではどうすることもできない他律的な作用だった。あとになって第三者が彼らのおこないをしたり顔であげつらい、哀しげに首を振るのは容易い。しかし僕らの人生を高みに押し上げ、谷底に突き落とし、心を戸惑わせ、美しい幻を見せ、時には死にまで追い込んでいくそのような器官の介入がなければ、僕らの人生はきっとずいぶん素っ気ないものになることだろう。あるいは単なる技巧の羅列に終わってしまうことだろう。(村上春樹さん「独立器官」(「女のいない男たち」所収)P166)
2014年05月08日
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「谷村さん、私はいったいどうすればいいんでしょうね?」僕は言った。どうすればいいのか、具体的な対策まではわかりかねるが、でも話を聞いている限り、今あなたが心に感じていることは、どちらかといえばまともで筋の通ったことに僕には思える。恋をするというのはそもそもそういうことなんです。自分で自分の心がコントロールできなくなり、理不尽な力に振り回されているみたいに感じる。つまりあなたは何も世間常識から外れた異様な体験をしているわけじゃない。ただ一人の女性に真剣に恋をしているだけだ。愛している誰かを失いたくないと感じている。いつまでもその相手と会っていたい。もし会えなくなったら、そのまま世界が終ってしまうかもしれない。それは世間でしばしば見受けられる自然な感情です。不思議でもなく特異で もない、ごく一般的な人生のひとこまです。渡会医師は腕組みをし、僕の言ったことについてまたひとしきり考えを巡らせていた。もうひとつ話が呑み込めないようだった。ひょっとしたら「ごく一般的な人生のひとこま」というものが、概念として彼には理解し辛かったのかもしれない。あるいは実際にそれは、「恋をする」という行為から少しばかり逸脱したことだったのかもしれない。(村上春樹さん「独立器官」(「女のいない男たち」所収)P145)
2014年05月07日
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梨木香歩さんの「海うそ」を買書つんどく。かわうそとはちゃうんや・・・・・。「昭和の初め、人文地理学の研究者、秋野は南九州の離島へ赴く。かつて修験道の霊山があったその島は、豊かで変化に富んだ自然の中に、無残にかき消された人びとの祈りの跡を抱いて、秋野を惹きつけた。そして、地図に残された「海うそ」という言葉に導かれ、彼は島をひたすら歩き、調査に打ち込む――。50年後、秋野 は不思議な縁で、再び島を訪れる。 愛する人びとの死、アジア・太平洋戦争の破局、経済大国化の下で進む強引な開発・・・・・。いくつもの喪失を超えて、秋野が辿り着いた真実とは。 本書は、作家梨木香歩さんによる、東日本大震災後初の書き下ろし作品です。震災後、梨木さんは喪失というテーマと格闘し、この渾身の小説を書き上げてくださいました。ぜひご一読ください。」(岩波書店の紹介)
2014年05月06日
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「彼女はよく笑いました。彼女はとても楽しそうに笑うんです。でもそういう関係を続けてきて、次第に彼女のことを深く愛するようになり、後戻りができないようになってきて、それで最近よく考えるようになったんです。私とはいったいなにものなのだろうと」最後の言葉を聞き逃した(あるいは聞き間違えた)ような気がしたので、もう一度繰り返してくれるように僕は頼んだ。「私とはいったいなにものだろうって、ここのところよく考えるのです」と彼は繰り返した。「むずかしい疑問だ」と僕は言った。「そうなんです。とてもむずかしい疑問です」と渡会は言った。そしてむずかしさを確認するように何度か肯いた。僕の発言にこめられた軽い皮肉はどうやら通じなかったようだった。(村上春樹さん「独立器官」(「女のいない男たち」所収)P139)
2014年05月05日
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うちの塀のジャスミンです。今はまだ蕾ですが、もうすぐ、うじゃうじゃ咲きます。
2014年05月04日
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「木樽はたぶん、何かを真剣に求めているんだよ」と僕は続けた。「普通の人とは違う彼自身のやり方で、彼自身の時間の中で、とても純粋にまっすぐに。でも自分が何を求めているのか、自分でもまだよく掴めていないんだ。だからいろんなものごとを、まわりに合わせてうまく運んでいくことができない。何を探しているのか自分でもよくわからない場合には、探し物はとてもむずかしい作業になるから」(村上春樹さん「イエスタデイ」(「女のいない男たち」所収)P97)
2014年05月03日
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たとえば車を運転していて、カーラジオからビートルズの『イエスタデイ』が流れてきたりすると、木樽が風呂場で歌っていたあのへんてこな歌詞が、ふと頭に浮かんでくる。そしてあれをそっくりどこかにメモしておけばよかったな、と後悔することになる。あまりに不思議な歌詞だったので、しばらくのあいだはしっかり覚えていたのだが、そのうちにあやふやになり、やがてほとんど忘れてしまった。思い出せるのは断片的な部分だけだし、それが正確に木樽が歌ったままであったかどうかも、今となっては定かではない。記憶は避けがたく作り替えられていくものだから。(村上春樹さん「イエスタデイ」(「女のいない男たち」所収)P114)下のが、単行本化されるにあたって、削除されてしまった、村上さんの替歌、イエスタデイの全文です。イエスタディ昨日はあしたのおとといでおとといのあしたやそれはまあしゃあないよなあ昨日はあさってのさきおとといでさきおとといのあさってやそれはまあしゃあないよなああの子はどこかに消えてしもたさきおとといのあさってにはちゃんとおったのにな昨日はしあさっての四日前で四日前のしあさってやそれはまあしゃあないよなあこれが、著作権の侵害にあたるとは思えんが・・・・・。ほんまに、しゃあないよなあ。
2014年05月02日
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「つまりやな、大学を出て、どっかの会社に就職して、そのままえりかと結婚して、みんなに祝福されてお似合いの夫婦になって、子供が二人ほどできて、お馴染みの大田区立田園調布小学校に入れて、日曜日にはみんなで多摩川べりに行って遊んで、オブラディ・オブラダ・・・・・もちろんそういう人生もぜんぜん悪うないと思うよ。しかし人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええのんか、みたいな不安もおれの中になくはない」「自然で円滑で心地よいことが、ここでは問題にされている。そういうこと?」「まあ、そういうことや」自然で円滑で心地よいことのどこが問題になるのか、僕にはもうひとつよくわからなかったが、話が長くなりそうなので、その問題は追及しないことにした。(村上春樹さん「イエスタデイ」(「女のいない男たち」所収)P82)木樽は感心したように口を薄く開け、僕の顔をまじまじと見た。「なあ、谷村、おまえはほんまにええやつやな。ときどきちょっと普通過ぎることがあるけど」「しょうがない」と僕は言った。「人格を変えることはできない」「そのとおり。人格を変えることはできへん。おれが言いたいのもまさにそういうことや」「でも栗谷えりかはとてもいい子だよ」と僕は言った。「おまえのことを真剣に考えている。何はともあれ、あの子は離さないほうがいいよ。あんな素敵な子は二度と見つからないから」「知ってる。それはよう知ってるんやけどなあ」と木樽は言った。「知ってるだけではどうしょうもないで」「自分で突っ込みを入れるな」と僕は言った。(村上春樹さん「イエスタデイ」(「女のいない男たち」所収)P104)
2014年05月01日
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