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昨日の、渡辺京二さんの「無名の人生」に関する鼎談の中で、こんなのを見つけて、へえ~とか思ったので、ご紹介。片山 ところで、期せずしてというべきか、『逝きし世の面影』は右派のバイブルとなりつつあるようで。浜崎 著者自身は若い頃は日本共産党で活動していた人です。江戸時代というのは、逝ってしまったんだ、もう我々は直接繋がっていないんだという著者の悲しみが、よく理解されていないのでしょうね。鼎談の全文はこちらで。
2014年10月24日
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渡辺京二さんの「無名の人生」を買書つんどく。こうやって、画像を見ると、帯の惹句がちょっと・・・・と思いました。(「BOOK」データベースより)「戦前の最先端都市、大連で少年期を過ごし、その後の熊本への引揚げですべてを失い、戦後を身ひとつで生きぬいてきた著者。「自分で自分の一生の主人であろう」としたその半生をもとに語られる幸福論。」
2014年10月23日
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上橋菜穂子さんの「鹿の王」を買書つんどく。(「BOOK」データベースより)「強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団“独角”。その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てるがー!?厳しい世界の中で未曾有の危機に立ち向かう、父と子の物語が、いまはじまるー。」「不思議な犬たちと出会ってから、その身に異変が起きていたヴァン。何者かに攫われたユナを追うヴァンは、謎の病の背後にいた思いがけない存在と向き合うことになる。同じ頃、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡 領では、医術師ホッサルが懸命に、その治療法を探していた。ヴァンとホッサル。ふたりの男たちが、愛する人々を守るため、この地に生きる人々を救うために選んだ道はー!?」
2014年10月21日
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埋まっていたのは、石だった。丸い、ちょうど卵くらいの大きさの石。それがいくつも出てきた。取り出しても取り出しても、同じような石ばかりだった。穴の中から石がなくなったとき、穴の縁に石の山ができた。石の代わりに、部屋から持ってきたすり鉢と、トックリバチの小さな巣を、その穴に入れた。掘ったやわらかい土を両手ですくってかけ、すり鉢も乳棒も小さな徳利も見えなくなってから、スコップで残りの土を埋め戻した。(柴崎友香さん「春の庭」P134)というわけで、柴崎友香さんの「春の庭」を読みました。一回読んで、面白いと思ったけど、よくわからなくて、すぐに、二回目を読んで、よくわからないけど、やっぱり面白かった。テーマみたいなものは二の次のようだけれども、強いて言うなら、「死んだ父と、きちんとお別れすること」みたいなもんかと思います。ところで、関西と関東では、スコップとシャベルの指すものが逆、なんだそうですが、柴崎さんは関西のかたなので、スコップはちっこいほうのことなんだと思います。(文藝春秋社の紹介)「第151回芥川賞受賞作。行定勲監督によって映画化された「今日のできごと」をはじめ、なにげない日常生活の中に、同時代の気分をあざやかに切り取ってきた、実力派・柴崎友香がさらにその手法を深化させた最新作。離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる・・・・・「街、路地、そして人々の暮らしが匂いをもって立体的に浮かび上がってくる」(宮本輝氏)など、選考委員の絶賛を浴びたみずみずしい感覚をお楽しみください。」
2014年10月20日
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大半の人とは合わないまま死んでいく。連絡を取ることもなく噂を聞くこともなく、中には知らないうちにほんとうに死んでしまう人もいる。だとしたら、会うことがない人と、死んでしまった人と、どこが違うのか。わたしは顔を上げエレベーターに並ぶ人たちを見回した。クズイには、また会うことがあるかもしれない。祖父にも父にも入江さんにももう会うことはないが、クズイにも、もしかしたら、あのマクドナルドで同じ制服を着ていた名前も覚えていない彼女にも、どこかで会うことがあるかもしれない。会えるかもしれない、と、わたしは思い続けることができる。会わなかった年月の分、年を取った彼らと。たぶんそれが、生きている人と死んだ人の違うところ。(柴崎友香さん「わたしがいなかった街で」P168)というわけで、柴崎友香さんの「わたしがいなかった街で」を読みました。世界を広げようという意思は感じるけれど、ちょっと技巧に走っている感もあるかなあ。そんなこんなで、「その街の今は」も読み返して見ました。(「BOOK」データベースより)「2010 年の世田谷から、1992年のユーゴスラヴィアで、そして1945年8月14日の大阪で―。1945年に広島にいた祖父。大阪で生まれ育ち、2010年の 東京で一人で暮らす36歳のわたし。無職生活を続ける友人の中井、行方不明の「クズイ」・・・・・。戦争や震災など過去の記憶と、65年前に書かれた作家 の日記が交錯し、現実の時間が動き始める。読むものを深い思索へ誘う傑作小説。」
2014年10月19日
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夜になった。雑誌を全部捨てる決心がようやくついたので、紐をかけていた。棚と棚の隙間にも押し込んでいた雑誌と紙袋を取り出すために、四角い部屋の角に置いたテレビのラックを動かすと、壁に黒い跡がついていた。炎から立ちのぼる熱気のような形の跡だった。ついたままのテレビでは、死んだペットのクローンを作る事業を始めた会社のことを紹介していた。アメリカだった。アメリカにはなんでもあった。失った誰かを求める人は、姿形を再現しようとする。死んだ犬と同じ黒い犬を抱いたおばさんは喜んでいた。死んだ犬が生き返ったら、この人のほうが死んだことになるんじゃないかと思った。だからわたしは、大阪にいく。(柴崎友香さん「寝ても覚めても」P239)というわけで、柴崎友香さんの「寝ても覚めても」を読みました。最初の文章から、この調子でずっと描写が続いて行くんかな、それには耐えられんかもしれん、と思いつつ、最後までどんどん引っ張っていかれてもうた。すごいなこれは。(「BOOK」データベースより)「人は、人のどこに恋をするんだろう?消えた恋人・麦を忘れられない朝子。ある日、麦に顔がそっくりな人が現れて、彼女は恋に落ちるが・・・・・朝子22歳から31歳までの“10年の恋”を描く各紙誌絶賛の話題作。」
2014年10月18日
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「さびしいね。そんなに簡単に、夢中になられへんね。もう」けいとさんの声に、ぼくは視線を移した。なんで今、ぼくはこの知らない場所で、この人といるんやろう、と思う。けいとさんは話し続けた。「でも、さびしいのって、そんなに悪いことじゃないかもしれへんよ」ぼくはうなずいた。でも、たぶん、けいとさんが言っていることの半分もわかっていない。「寝ても覚めても上の空みたいなことがしょっちゅうあったら、落ち着いてなにもできへんしね」(柴崎友香さん「きょうのできごと、十年後」P102)というわけで、柴崎友香さんの、「きょうのできごと、十年後」を読みました。ジム・ジャームッシュの「ミステリー・トレイン」みたいと思って、なんでそう思ったんだろう、と考えたら、もともとの「きょうのできごと」の文庫「あとがき」に、堀江敏幸さんが、ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」に触れられていたのに影響されたのかもしれないなあ、と思いました。でも、「きょうのできごと」も、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」よりも「ミステリー・トレイン」に似ていると思った。
2014年10月17日
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