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続・津南グリーンピア前篇にも記したが年金其金で作ったグリーンピアは全国に13施設あり、その内8施設が厚生大臣の選挙区だそうだ。如何に政治家が我々の年金を私物化していたかが伺える。グリーンピアの中でも提唱者田中角栄氏の地元津南の施設は大規模である。殆んどは山林だとしても37.9km(2)だそうで、これは俗に言う東京ドームの約800倍に相当する。キャンプ場やトレッキングコース、各種グラウンド、遊技施設、ボーリング、プールと何でも有りだがウイークデイの客はまさに年金生活者ばかりでこれらの施設には縁が無い人ばかりである。どこかのグラウンドゴルフクラブが合宿していたがこれは壮年女性の多いクラブであった。幼児用に小動物が飼われていた。 小型の山羊さんは真っ白で可愛いが羊は夏の間毛刈をしてやらなかったのだろうか可哀そうなことである。兎さんたちは何を相談しているのだろうか、これらの飼育されウサギとは別に敷地内の藪の中には野兎を時々見かける。見分けるのは難しいが野ウサギはやはり毛並みが悪いようだ。鳩のようにも見える小さくて珍しい鶏がいた。鳥の羽と言うよりはアンゴラ兎のような見事は鳥である。おびただしい数のアヒルがいた、容姿は良いのにどうしてあんな無粋な声を出すのだろうか。水は津南の名水をふんだんに飲んでいるのにあのだみ声は何としたことか。道路上で見かけたバッタはすっかり秋色に染まり草むらに居ればまず目に付くことはない。それにしても見事な変身である。童心に返ってホテル敷地内の小動物に挨拶周りをした食事前の運動。
2013.10.28
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津南ニューグリンピア木々も春から成長を続けて落葉前に一時華やかな演出をして散る。私はもう紅葉期も過ぎ落葉直前の人生を送っているので秋になると一葉でも多くの紅葉を愛でようと心掛けている。2週間前にも白馬・栂池への旅を計画したが相棒の体調不良でドタキャンしてしまった。そこで21日から天下に名高い紅葉の秋山郷に出かけた。豪雪地帯・日本最大の河岸段丘の町・津南に有るグリーンピアに連泊した。グリーンピアとは日本列島改造論で有名な田中角栄の提唱で始まった年金基金を使ったレクリエーション施設で、中でもここ津南は田中角栄氏のお膝元であるためその象徴的存在である。今は他の其金流用施設同様に払い下げられて民間経営である。 台風27号の前とてどんよりした天気であるが遠景には信濃川(=千曲川)を挟んだ向こうの妙高山が美しい山容を見せている。その右隣に斑尾山が見える。どちらの山麓にも素晴らしいリゾートホテルが有り、これらの豪雪地帯はいずれも代表的スキー場である。少し離れて日本海柏崎の方向に見えるのは「米山」らしい。米山と云えば「米山さんから雲が出た 今に夕立が来るやら ピッカラ シャッカラ ドンカラリンと音がする」の柏崎民謡三階節がある。山名を教えてくれたホテルの若いフロント嬢に「ああ あの ピッカラ シャッカラの山ですか」と聞くと答えは「はあー ?」であった。ピッカラもドンカラリンも何となく理解出来るが「シャッカラ」の方は分からない。ついでに「ピン・シャン」は「年の割に元気なさま」を言うらしい。あやかりたいものである。夕食前に広大な敷地内を散歩したがとに角広くゆったりしている。去年は11月に来ているが周りの木々は紅葉真っ盛りであった。今年は10月に真夏日が有るなど異常な暖かさで紅葉も遅れ色付きもいまいちである。驚いたのはアジサイの花を見たことであるがこれは殆んど年中咲いていると言う洋種のカシワバアジサイである。ただ初夏のそれが真白な花と緑の葉っぱなのに比べて黄葉の枝に咲く薄紫の花は晩秋の花として珍しい存在。サッカー場の芝生に美味しそうな茸が生えていた、今各地で盛んなユルキャラのミニ版の様である。頭を垂れたススキや小振りな種のタデに囲まれた流れは堰が置かれてヤマメが沢山泳いでおり、釣り堀としても利用されていた。「蓼食う虫も好き好き」などと言うが、どうしてどうして美しい花(?)である。どうしてあんな好男子・美女がろくでもないパートナーに恵まれているのかを揶揄する言葉であるが、美しい蓼に失礼な気がしてならない。ここ津南町は苗場山の北麓に位置しており、その豪雪が融けて沁み込んだ地下水は河岸段丘の各地で湧き水として溢れ出している。ホテルの裏側のスキーゲレンデ脇にも湧水井が有り豊かに湧き出ている。町内では湧水を資源としてボトルに詰め「XXの名水」として売るための工場建設がされていた。広い敷地は散歩するだけでも一寸したハイキングである。
2013.10.25
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東京大仏・植村直巳赤塚公園の隣には東京大仏で知られる乗蓮寺がある。ここは徳川家康から朱印地を頂きそののちも幕府の鷹狩休憩所に使われ常に徳川幕府に庇護されてきた。そのため至る所に三つ葉葵の紋様が印されている。 元々板橋仲宿に有ったが高速道路建設のため赤塚の地に引っ越してきたもの。それを機に大仏を建立したもので、奈良大仏、鎌倉大仏に次いで大きな大仏である。植物園が隣地なので何時も両者は我々の同時対の訪問地となっている。私が此処に参拝するのは大仏を拝むこともあるが、もう一つの目的は植村直己の墓詣でである。寺の墓地にその墓は有る。勿論彼はマッキンレイの氷河に埋もれ何百年かしないとその姿を表わすことはないが、魂は飛んで帰ってきているであろう。墓誌は草野心平の書で「地球には もう彼はゐない けれども生きてゐる 修身に化けて 植村直己は私たちの中に 生きつづける」 とある。この修身の意味がよく分からないが戦前の忠孝を説いた教科「修身」ではなく、より広く大きな哲学的自己修練・修養のことらしい。「もう地球には居ない」は氷河に眠る遺骸から魂は抜けてこの地と天上に居ると言うことだろうか。自然への畏敬を持ち続けて旅・山・放浪を人生とした冒険家・植村、自己を文字通りマッキンレーの氷河に凍結してこの世を去った偉人・異人としての植村は「修身」の人だった気がする。アラスカを旅した時、国道からはかなり離れたタルキートナの村に有る植村の定宿 ”Latitude 62(北緯62度)" を訪ねたことが有る。植村が最後にここを発った時の遺品を見て、植村も飲んだであろう宿自製のレモネードを飲んで植村を偲んだことを思い出した。
2013.10.04
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赤塚城址公園板橋植物園の隣りには赤塚城址公園が有る。この辺り小さな台地が有る地形でそのこぶの上にはかって赤塚 城が有り、城の下には徳丸ヶ原と言う平地が広がっていた。下総の守護・千葉氏が関東管領・上杉家の庇護の下此処に入城し、武蔵千葉氏と呼ばれた。関東が北條 の支配下に移った時にはこれに従い、豊臣秀吉に滅ぼされるまで勢力を誇っていたと言う。階段を上ると台地広場があり、此処に城の一の郭が有ったた記されている。広場に出てみると10人位の人が陣形を作って変ったしぐさをしていた。調べてみると赤塚には西洋流火術鉄砲隊保存会と言う団体が有り地元の祭りなどで演武をしているらしい。したがってその訓練であろう。隊長が掛け声とともに鞭を振ると何段かに分かれて構えている銃を時差攻撃で打つしぐさをしている。最後尾には指導者がいて構え方が悪いだの腕の位置がどうだのと苦言を呈している。射撃訓練が終わると隊列を整えて行進の練習、この時も背筋を伸ばせとか目線が悪いとかと基礎をたたき込んでいた。広場の隅にはケースに収まった銃が置かれて いる。それぞれの銃にはカギが掛かっている。火縄銃の筈であるがやはり銃刀法で厳しく規制されているらしく厳重な保管が求められ、練習と言えども軽々しく 薄荷することは出来ないようである。素手での型訓練が終わると銃を肩にどこかへ去って行った。多分既に警察に届け出た屋内に移って発火練習をするのであろ う。丁度NHKドラマの八重さんの様に1人の女性隊員が混じっていた。彼女今年は特別な注目を浴びるのではなかろうか。赤塚城の下には徳丸ヶ原と呼べれる平地が広がっていた。この地は今高島平と呼ばれる大規模な住宅団地となっている。この「高島」とは我が国近代砲術の祖・高島秋帆が大砲を用いた砲術を公開実施したところである。以来ここはわが国の砲術誕生地として知られ、すぐ近くに有る松月院には大砲の弾を配置した高島秋帆の大きな石碑が建っている。実を言うと今は我が家が管理している家内の実家の大円寺には秋帆の墓が有り、昔から良く知っている砲術家である。階段を下るともう一つの郷土保存会の太鼓が何時までも連打されていた。この日東京国民体育大会に協賛して歩け歩け大会が開かれていてそのゴールが此処らしく出走者をねぎらってのことらしい。
2013.10.03
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初秋の植物園9月最後の日曜日好天に誘われて板橋植物園に出かけた。この時期、咲く花もないだろうと思っていたが幾つかの頑張っている花を見ることが出来た。植物名は全てカタカナで記すのが決まりではあるがやはり漢字で表記すると興が湧く。ユウゼンギク(友禅菊) どこにでも見られる野草だがその色の鮮やかさが友禅染に匹敵することからの命名。サワギキョウ(沢桔梗) 桔梗とはずいぶん異なる形態であるが花の機能が似ているらしい。文字通り湿地の植物で毒性であるメヤブマオ(雌藪麻苧) かなり気持ち悪い長い穂が垂れている。どこにでも見られるヤブマオと殆んど同じであるが後者は穂が短い。苧(からむし)は山野に自生する麻の一種で昔これからとった繊維で布を織った。現在重要文化財の小千谷地縮はこの繊維で作った織物。山野至る所に自生するイラクサの一族で第二次大戦中この皮を集めさせられたことを思い出す。ヤブラン(藪蘭) 上の藪麻苧同様日陰の藪の中どこにでも見られる野草。 フユサンゴ(冬珊瑚) 身に余る名前を貰ってていると思うが、実際この時期艶のある深紅の玉は紅珊瑚にも勝る輝きである。まだまだ色ずき始めでこれから冬にかけて輝きを増すらしい。ナギイカダ(梛筏) 葉っぱの上に花が咲くので”花筏” 同様 ”筏”の名が有る。ただしこの葉っぱに見えるのは実は幹で葉っぱは実の下に少しあるらしいが実際にはほとんど見えない存在。写真はまだ小さな青い実がなっているところであるが、これから冬にかけて赤い玉となり美しい。葉っぱの先は鋭い刺でそのため防犯用の生垣に利用されるみたいである。そう云えば昔実家に棘のあるカ ラタチの生垣が木が有ったのを思い出す。アキカラマツ(秋唐松) 花穂が初冬に美しい紅葉を演出する「カラマツ」の葉に似ているところからの命名であろうが草なので迫力が無い。むしろ線香花火を思わせる。木ではなくカラマツソウからの命名である。キキョウ(万葉呼び名:あさがほ) 桔梗「朝顔は朝露負ひて 咲くと言へど 夕影にこそ 咲きまさりけれ」万葉集で言う朝顔とはこの花らしい。私にはこの句を解説する教養を持ち合わせない。美しい虫が一匹、田舎育ちの私はこの種の虫は異様に臭いことを知っているので早々に退散。季節残りのホウズキナデシコでもなくキキョウでもなく、良く見る花であるが案内板が壊れていた。マンジュシャゲ (彼岸花)もう少し時期遅れだろうが頑張っている。どの部分も毒性がある。へメロカリス (野菅草)もう時期遅れの野カンゾウが一輪咲いていた。野生種は日本海側の海岸の岩地に生える。佐渡の岬に咲いていたトビシマカンゾウや礼文島のエゾカンゾウを思い出す。
2013.10.01
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