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高崎駅に到着です。群馬県の県庁所在地は前橋市ですが、駅の規模は高崎の方が大きいようです。107系駅票倉賀野方面は高崎線(大宮~高崎)です。北高崎方面は信越本線。ごぞんじのように、横川から先は線路が途絶えてしまいました。20年ほど前、たった一度だけ、長野から東京へ向かう列車で碓氷峠を下った記憶があります。高崎問屋町方面は新潟県へと向かう上越線。途中、新前橋駅から上毛線が分岐します。新幹線も停車し、上越新幹線と長野新幹線(北陸新幹線)に分岐します。 そして、今回の目的の一つ、上信電鉄の駅でもあります。以前はJRと上信電鉄のホームは同じ改札内にあったそうですが、いまは分離されています。上信電鉄のホームは、いったん改札を出て西口に向かい、階段を下りたところにありました。上信電鉄の乗り場(ホームの奥)上の写真、左側の柵の向こう側は、今は使われていない旧1番線です。上信電鉄の乗り場は、このホームの奥まで歩いたところにあります。上信電鉄高崎駅上信電鉄の乗り場が見えてきました。正面が改札口、その右手が駅務室です。
2008年11月28日
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徒歩で15分ほどかけて、JRの前橋駅までやってきました。JR前橋駅前(北口)改札口駅票107系ホームに入ってきたのは107系です。100番台2次車です(1次車との違いは戸袋の窓がないこと)。写真を見ていただくとわかりますように、前橋駅のホームは2面あります。構造的には2面4線に見えるのですが、実際には2面3線です。107系が入ってきたホームのさらに右側には、線路さえ敷けば使える構造になっています。将来の輸送力増強に備えてのことだと思いますが、当面は必要なさそうです。この列車に乗って、終点・高崎駅に向かいました。
2008年11月25日
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上毛電気鉄道の中央前橋駅にやってきました。2番線1番線終端部分中央前橋駅の終端部分です。右奥に改札が見えます。改札口改札の外からホームを見たところです。出発時刻が近づくまで改札が始まりません。発車時刻表下り(西桐生)方面の発車時刻表です。下段は到着時刻です。朝の通勤通学時間のあとは、ほぼきっちりと30分間隔で運転されています。西桐生駅への最終は22時22分です。駅舎外観ガラス張りの立派な駅舎です。2000年に建て替えられたそうです。「中央」と名が付いていますし、この近くに繁華街があるのでしょうが、ちょっと寂れた感じがします。利用者も年々減っていると聞いています。なんとか盛り返して欲しいものです。かつては線路を付け替えてJR前橋駅に向かう案があったそうです。もう少し路線を西に延ばして市役所や県庁の近くまで行ければもう少し便利になるのにね。ここからJR前橋駅まで、立派な歩道の続く道を歩いてみました。徒歩で15分くらいだったでしょうか。土曜日の昼下がりだったんですど、あまり歩いている人はいませんでした。
2008年11月16日
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心臓血管センター駅に着きました。ここでまた、対向列車と行き違いになります。それにしても長くて言いにくい駅名です。元は循環器病センター駅という名前だったのですが、病院の名前が変わったので、今の駅名になったということです。712編成ここですれ違ったのは、青色(ロイヤルブルー)の712編成でした。出会う車両はどれも700型。でも、色が違うと飽きないですね。上泉駅の駅票上泉駅まで来ました。あと4駅で終点です。中央前橋駅の手前にて遠くに終点が見えてきました。中央前橋駅です。3線3面のホームが見えます。真ん中の2番線へと入っていきます。
2008年11月15日
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大胡駅までやってきました。714編成ここで見かけたのは、黄色(サンライトイエロー)の714編成。車窓越しで写りはよくないですが、鮮やかな黄色でした。この714編成は、ホームの隣の側線に留置されていました。デハ104714編成と同じ側線の先には、カラシ色をした古い車両がいました。車番を確認することはできませんでしたが、すでに廃車されてそのまま長く留置されているデハ104のようです。デハ100型は、1928年(昭和3年)の開業時に導入された車両です。手前には、ホキ1形の貨車が見えています。これは東武鉄道から譲渡されたものだそうです。大胡駅には隣接して車庫があります。
2008年11月11日
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赤城駅を出た列車は、上毛の平野部を走ります。膳~粕川駅間車窓からの景色はあまり変化もなく、緑の多い田園地帯を走っていきます。やがて、粕川駅に到着。ここで、対向列車を待ちます。粕川駅にて715編成 桃色やってきたのは、715編成 桃色(ジュエルピンク)でした。
2008年11月10日
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前日の夕方に撮った上毛電鉄赤城駅の様子です。駅票住所は群馬県みどり市大間々町大間々です。駅構内西側の踏切から見た駅構内です。ホームは駅構内の踏切で結ばれています。この踏切が乗り換えの通路を遮断しないように、駅の係員はかなり気を使っているようです。列車到着風景東武鉄道の列車との接続も考えてダイヤが組まれていますので、東武の列車が到着すると、乗り換え客が残っていないか、確認のため係員が走りまわっていました。乗り換えるのかどうかはっきりしない客(つまりカメラを持って撮影している私)は迷惑だったでしょうね(笑)。716編成 パステルブルー西桐生駅行きは、716編成 淡青色(パステルブルー)でした。ワンマン運転ですが、車掌が乗務しているようです。乗務員用のドアではなく、乗客用のドアに立っています。ドアの開閉は運転士がするのかもしれません。717編成 ミントグリーン東武鉄道の列車が到着し、上信電鉄の列車がそれぞれの方向に出発していくと、次の列車までの間、赤城駅には束の間の静寂が訪れました。711編成 フィヨルドグリーン待つことしばし、西桐生駅行きがやってきました。ここで中央前橋駅行きを待ちます。716編成 パステルブルー30分ほど前に西桐生駅に向かった列車が戻ってきました。きっちり30分間隔でパターン化されていますので、わかりやすくていいですね。
2008年11月05日
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上毛電鉄の旅が途中になってしまいましたが、再開します。8000系に乗って東武鉄道桐生線の終点・赤城駅に初めてやってきたのは前日のことです。そのときの車内から見た、赤城駅への入線の様子です。東武鉄道赤城駅左から、4番線、3番線です。さらに右に上毛電鉄の2番線、1番線と続きます。 3番線に停車しているのは200系の特急「りょうもう」です。東武鉄道・特急「りょうもう」東武鉄道8000系赤城駅は、上毛電鉄の管轄です。上毛電鉄が営業を開始したころには「新大間々駅」と呼ばれていました。わたらせ渓谷鐡道の大間々駅とは1キロほど離れていますが、所在地はどちらも「群馬県みどり市大間々町大間々」(地番が異なるだけ)です。赤城駅の駅舎「赤城駅」の上に「おおまま」と書かれています。「おおまま赤城駅」とも読めます。大間々町にあることを主張しているのでしょうか、それとも昔の駅名の名残でしょうか。赤城登山鉄道(ケーブルカー)が開通した1957年(昭和32年)に赤城駅と改称されました。赤城山への東側ルートの最寄駅を明確にするためだと想像できます。しかし、ケーブルカー自体は10年ほどして廃止され、駅名が残る形になりました。
2008年11月03日
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