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このさむ空に、どこかで風鈴が鳴っていました。夏のしまい忘れか、何か意味があってかけてあるのかわかりませんが、夏から5ヶ月。その音が、懐かしい気がしました。今年が始まってもう、ひと月が終わります。私が今年買ったスケジュール帳は今年が終わるまでの日にちを毎日カウントダウンする数字がついているんです。なんだか・・せわしない気がしてその数字は気にしないようにしています。けれどきっとあっという間にその数字がなくなっていくのかもしれないその数字のスピードに負けないように一日、一日をしっかり地に足をつけていきたいと思う。今年は、きっと特別な一年になる気がするから。
January 31, 2006
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今日はとてもいいお天気でした。子供たちの布団を全部お日さまにあててシーツを洗濯して一生懸命に乾かしました。冬のお日さまは貴重です。それだけに冬のお日さまは人気者です。存在感を示すだけで、みんながきっと空をいつもより見上げてくれる。冬枯れの森も新しい春の準備が進む。土の中の冬眠中の虫達も今日は寝返りを打っているかもしれない。本当は、水星と金星の向こうにある太陽なのに、子供たちの布団を乾かしてくれてありがとう。
January 29, 2006
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NHKみんなのうた♪の1月の歌は、あののっぽさんが歌っている。「グラスホッパー物語」おじいさんバッタが孫バッタを前に若い頃、住み慣れた草むらを飛び出した話をミュージカルのように歌に合わせて踊って語ります。街に憧れて、飛び出してみたけれどたくさんの怖い経験をしてやっぱり生まれたこの草むらがよかったと気づいたんだ。でも、孫達よ、何でも失敗を恐れずに、新しい世界へ羽ばたいてごらん。っていうストーリーなんだけれどその歌の作詞はのっぽさんだった。のっぽさんが語るその歌はメロディーが素敵で、そのメロディーにのっぽさんの声が良く合っている。子供の頃、「できるかな」で全く声を出さなくて知るはずの無かったのっぽさんが喋る、歌う声は初めてなのに、どこか懐かしくて、そして優しい。その詩の内容ものっぽさんが語るべくして語ってくれているような気がして、そして、私の子供たちへ思いと重なっている。とても素敵な歌なのだけれど残念ながら今月で終わってしまいます。またどこかで出逢いたい一曲です。
January 28, 2006
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テレビで「取次ぎ電話」の話題がのぼっていた。携帯電話の無い時代、懐かしいことを思いながら聞いていた。主人が新卒でお勤めした頃、会社の寮に入っていた。電話で喋りたくても、寮には電話が一台しかない。交代で電話当番があって、電話をかけてはその人に取り次いでもらうシステム。いざ、取り次いでもらっても電話当番がいる側での電話。落ち着いて喋れたもんじゃない。だから、主人が電話当番の日をあらかじめ聞いておいてその日にねらって電話をかける。今なら、考えられない中距離(!)恋愛だった。主人がお誕生日の日、たまたま私は新入社員の歓迎会に招かれていた。先輩達の目を盗んでそのお店の公衆電話のところに行くのだけれど他の人が専有していてなかなか空かなかった。でも、どうしても、ひとこと「オメデトウ」が言いたくてとうとう店を出て公衆電話を探しに出た、ところが、どこまで行ってもなかなか公衆電話の灯りが見つからない。一生懸命走って、ずいぶん遠くの電話にたどり着いてようやく「オメデトウ」を言ったこと。そんなことを思い出していた。そんな恋愛。セピア色になってしまった、18年前の出来事。携帯電話が存在することで恋愛の形も変わってきているんだろうかと思う。声が聞けないから、よけいに会いたい気持ちがつのったり今何をしているかリアルタイムにわからないから、一生懸命信じあったりとか、少し古臭いけど、その時代はその時代で、きっと素敵だった。ちょっと昔ばなしでした。^^
January 27, 2006
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寒い朝。冷たい空気を吸い込んだら、自転車の最初のひとこぎを始める。3分もこぐと、凍った顔が少し緩む。私の家を出る時間には少し幅がある。その幅を、いつもすれ違う人達のすれ違う場所で判断できる。今日は、少し遅めだった。そう思いながら公園の横を通り過ぎたら、公園の地面が真っ白だった。霜かな?遠目だったけれど、霜ならそんな風景は久しぶり。それくらい寒かった朝、あとふた月もすれば桜が咲くなんて信じられない気がするけど、土の中では準備が始まっているのだろう。寒さに耐えた分だけいい春が来るといいな。
January 26, 2006
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携帯は一晩中、充電器につながれて充電をします。私は、一日の用事をすべて終え、寝るまでの時間が充電期。一日のうちで、それがたくさん取れるときもあればちょっとしか取れないときもある。それでも、たとえわずかでも必要不可欠。明日を頑張りぬくために今日をしゃんと終えたい為の時間。
January 25, 2006
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子供たちが「さくら風味」のチョコを食べていた。「ほんまやぁ~桜の味や~」と。「さくら風味」ってさくらを食べたことある?せいぜい、さくらの塩漬け?桜餅?香りと雰囲気、イメージからなる味ってところかな。^^お菓子ひとつに遠くない季節をそこに感じてあたたかくなれる。待ち遠しい、桜色の季節。
January 24, 2006
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小学3年生の次女の国語で今、「たからものをさがしに」っていうお話を習っているそうです。そのタイトルを聞いて少し違和感を覚えました。探すのは「たからもの」たしかに、「たからもの」を探しての旅は物語のお決まりだけれど。私の「たからもの」は『探しだすもの』ではなくて今は手元にあって『守るべきもの』であるからなのです。違和感を覚えたのは少しのニュアンスの違いを感じたからかもしれません。その「たからもの」から昨日、プレゼントされたのが指先の痛いあかぎれを保護する専用のばんそうこう。私が日々、あかぎれに悩まされてるのを見かねてこっそり探しに薬局に行ってくれたようです。またさらに「たからもの」が増えてしまいました。(*^_^*)
January 23, 2006
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サッカーの試合で長男が留守なので、娘2人を連れて買い物に出かけました。今夜のおかずを決めながら色々と見ているうちに離れて店内を見ている娘達が目に入った。何かを見ながらふたりで楽しそうに話している。私はしばらく離れたところから眺めていました。それは、私が一番好きな風景のひとつだから。
January 22, 2006
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去年の春に足を痛めてから8ヶ月、やっと本格復帰を果たした長男。以来、初めての試合。早朝集合で、しかも高台の風の吹きぬけるグランド。お手伝いのこちらも体が凍る。わがチーム主催のカップ戦、固まってはいられない。受付応対の合間をぬって長男の試合の応援に出る。さっきまでの寒さはどこへホイッスルが鳴ってセンターサークルからボールが蹴り出されるとじっとしていられず、熱くなる。動きの鈍かった長男は時間と共に少しずつ緊張がほぐれていくのが感じてとれる。ふと思い出した。まだ低学年だった頃の試合を。ボールをもらったら、とりあえず前に蹴っていた頃、スローインは足が揃わずに何度も笛を吹かれた頃、相手から一定の距離をとってしか攻められなかった頃を。そんな長男を見て、母は黙っていられなかった。応援と称して大きな声でコーチ並みの誘導をしていたような気がする。私に限らず、母達はみんな。それが、今は黙ってゲームを見ていられるようになった。それは彼らの上達と私達の辛抱。うまくバランスがとれてきた。成長したんだと思った。お互いに。^^;久々の試合だからなおさら。試合は勝てなかったけど、大きな空の下、一生懸命のプレーを一生懸命応援できる喜びをまた味わうことができた。やっぱり、サッカーがあってよかった。
January 21, 2006
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最近・・・我が家の和室の電灯がおかしい。電気を消したのに誰も近づいてないのにピッ!と電気がつくことがある。その電灯はリモコン操作ができるのだけれどリモコンは使わずに紐をつけて手動で操作している。リモコンはリビングのみんなの目のつく所に置いてある。もちろん、誰も触っていない。誰かがいる時にはなったことはない。最後の人が電気を消してその部屋を出る。消したはずなのに点くことがある。故障かな。う~ん。携帯のカメラも落としたり、水濡れしてないのにいきなり壊れた。これは多分、寿命。
January 20, 2006
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我が家にやってきて10年のマッサージチェアが故障してしまいました。それから、ずいぶん時間が経ってしまってようやく修理にきてもらいました。機械の中を開けてもらってちょちょっと触るとすぐに動き出しました。原因は、使用頻度が少ないことから起こる歯車と歯車がくっついて固まってしまったことらしいです。主人しか乗らないから。すぐに動き出したものの、メーカーの方がおっしゃるには、またしばらくしたら同じ症状を起こして止まってしまうだろうとのことでした。そこで、その部分の部品一式を交換ということになりました。一時間あまりの作業を見ながらふと、思いました。機械なんだけど、ちょっと、親近感。使わないと錆び付いてしまうまるで、私の頭の中みたいだ。しょっちゅう使わないと動きが悪くなる。^^;頭の中身は交換できないけど。これからせいぜい使ってやらねば。
January 19, 2006
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11年前のあの日、京都では震度5でした。どうしてだか思い出せないんだけれど地震が起こる数分前、間違ってセットされた有線が小さい音で流れたのです。眠りの中でその音で目覚めに向かっていた矢先の大きな揺れでした。主人と同時くらいに目覚め、私は思わず、となりで眠っている2歳の長女を抱きかかえました。主人はすぐさま向こうの子供部屋でベビーベットで眠っている4ヶ月の長男のところに走りました。その主人が廊下を走りながら体が傾いていたと言います。長い揺れがおさまって、落ちた物を拾いながら、テレビをつけました。NHKが速報をやっていましたがすごかったなぁ~といいながらまた布団にはいりました。朝、目覚めてテレビを付けて愕然としました。高速が倒れている映像に慌てて主人を起こしました。あの瞬間に。どれだけの方がと思うと今でもドキドキします。新聞で毎年、いろんな方のドラマを読むたびに目頭が熱くなります。我が家の上空は関東から神戸への航路らしく、毎日、毎日、ヘリコプターが何機も飛んで行ったことがとてもココロに残っています。そして、どうしてあの時間に有線が鳴ったのかも未だにわかりません。この経験と記憶がどうか、今後に生かされますように。
January 17, 2006
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朝の陽の出が早くなったように思います。まだ陽が昇っていない空を見にカーテンを開けるとそこにあるはずの真っ暗な空は真っ暗なんだけれどどこかやわらかい表情をしている気がしました。お陽さまが昨日より早めにスタンバっている。空気もどこか刺々しさが無くなった気がしました。ニュースでは、雪の下にふきのとうが出ている映像が流れていました。まだ、油断はならないだろうけどそれでも少しづつでも大好きな夏に近づいているのだから何だか張り切れる気がします。夕方の雨には春の匂いすらした気がしました。秋に冬の匂いを感じて冬には春の匂いを感じて、違う場所にいるからこそ違う場所のことが見える。ここのことを知ってみたくなったら、一歩動いてみるのがいいのかもしれない。
January 16, 2006
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60数年前、亡くなった祖父の命日でした。そう、戦時中です。祖父は南の島の戦地での病死だったそうです。私の母は自分の父親の記憶がありません。母が生まれる前に戦地に立ったのでした。もちろん、私にも祖父の記憶はありません。知っているのは、大きな額に入ってセピア色になっている、軍服を着た私よりずっと若い祖父の写真だけです。生還された戦友の方の話から今日が命日だということになっています。だから、今日は祖父のお墓参りに行ってきました。もちろん遺骨もありませんがそこには祖父が居ます。お寺の入り口でバケツに水を汲んで、子供たちが運び出しました。私や母や祖母がお花やお線香を買っている間にたくさん並んだお墓の中から迷うことなく、ちゃんと祖父のお墓にたどり着きました。いつの間にか、ちゃんと場所を覚えていてくれた祖父のひ孫たち。今日、嬉しかったことのひとつです。
January 15, 2006
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女子駅伝の復路に出逢いました。京都の最終走者の福士 加代子さんが目の前を走っていかれました。周りを見回す余裕があってニコニコとされながら走っておられたのが印象的でした。あっという間に通り抜けて行かれたので、彼女の余裕とは逆に私には写真を撮る間もありませんでした。まだ余裕があった中継車の画像です。↓^^ナンバーは『1』だったんですね。新聞社からもらった旗を喜んで振っていたので全然気づきませんでした。
January 15, 2006
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小学生だった頃、まだ、土曜日も半日の授業があった頃、学校が終わると、必死で早く帰ってきた。どんなに一生懸命走って帰ってきても、それは1時過ぎ。お昼ごはんを食べながら、吉本新喜劇を観るのがとても楽しみだった。それは、中学に上るまで絶対変わらない毎週土曜の1時のお決まりだった。 今は学校が休みで、部活や習い事があったりする土曜日だけれども、時間が合えば、時々、子供たちが吉本新喜劇を観るようになった。今日は、みんな揃って。私も、久しぶりにゆっくりと観た。子供たちも大笑いの連続、私も涙が出るくらいに笑わされた。ストーリー仕立ては昔とちっとも変わらない。役者さんも懐かしい顔もある。テレビをみんなで観て笑う。最近、あまり無かった気がするのは我が家だけだろうか。考え付かない事件が多発するこの頃だけど、単純なことでお腹を抱えて笑えることがなんだか幸せに思った。それは、昔と変わらない土曜の午後1時。
January 14, 2006
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今夜の食卓にはぶた汁が並びました。トン汁ではなくて我が家は必ずぶた汁。にんじん・ごぼう・大根・こんにゃく豚肉・おあげ・ちくわ・小芋・ねぎ、具沢山のお味噌汁仕様。みんなが大好きで毎回、足らないように感じるので今日はとうとう我が家で二番目に大きい、スパゲッティをゆでるお鍋になってしまった。ちょっと、炊き出しっぽいけど・・・それぞれが次々におかわりにキッチンへ立っても今日は母は大安心でした。^^年を追うごとに、子供たちが食べる量が増え、カレーのお鍋は、甘口お鍋と辛口お鍋がとうとう入れ替わってしまった。子供たちの成長と共にお鍋も成長(!?)していくのだけどあるぶんでまかなえなくなったらお鍋も買わなきゃならないのかな。。。
January 12, 2006
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リビングに置いているヘデラが新芽をいっぱい出し始めました。ヘデラには申し訳ないけれどリビング中央のあまり日当たりの良くないガラス冷蔵庫の上に置いています。このリビングは東に大きな窓があって朝は朝陽がまぶしすぎるくらいなんだけどお日様が天上に昇りきってしまうとすこし陰ってきます。そんな環境の中、もうすぐ訪れる春を感じ取っているかのように生まれてまもないその優しい緑色の細い茎を一生懸命にそして、いっせいに揃って東に背伸びしている。イキイキと、古い枝のところどころから飛び出した新芽はやわらかい葉っぱはつやつやでまるで造花のようです。その姿があまりにもおそろいであまりにもいっせいな事がとても可愛くて。そして実は力強くて時に励まされたりします。
January 11, 2006
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ニュース23で筑紫哲也さんが言っていた。人は、実際のみちくさや人生のみちくさによる色々な寄り道が人生を豊かにする。だけど、この物騒な時代に子供たちはみちくさを許されなくなってきている。子供の安全を講じるがために失う代償は大きい。と。本当に本当に私が日々思っていることを代弁してくださったような気がします。私の通った小学校は自宅から遠くて山をひとつ越えなければなりませんでした。車で通り過ぎればほんの15分ほどの道のりは子供の足には40分もかかりました。道々、色んな草や花や虫に出逢ったり退屈しのぎにいろんな遊びを考えたり道に寝っころがったことや暑い日には水筒のお茶を足にかけてみたり食べられる草をかじってみたり葉っぱで占いながら好きな子の話に友達と盛り上がったり道々の思い出は尽きません。その中の経験をできるだけ子供たちに伝えたくて子供たちが小さい頃、暇を見つけては自然の中に引っ張り出したものです。でも、今は「寄り道せんとさっさと帰ってきぃや」と、どうしても言わなければならないのです。時には、迎えに出ることも少なくありません。でも、これは本意ではないのです。たくさんの経験をして豊かな、幅の広い子に育って欲しいと。その中でももがきながらも親は子供を守ってゆかなくては1年先、5年先にたどり着けないとはほんとうに淋しいことです。それでも私はあくなき挑戦を続けます。^^
January 10, 2006
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実家が商売をしてるため商売繁盛のお稲荷さんのお参りにいつも年初に一緒に連れてもらいます。毎年、新年しか置いていない「新春大札」を購入するのですが、今年は、なんと新しいお札を見つけました。あまりのインパクトの強さにこれしかないって購入してしまいました。この御札は「達成のかぎ」と言って稲をはじめとする多くの宝物を収める倉庫の鍵を象ったもので「鍵は硬く閉じて塞ぐをも、克くを導き開く」とお稲荷さんの古い記録にあるそうで、鍵は稲荷大神の御神徳の広大さをあらわすそうです。この稲荷大神の得をいただいた方々の運を良い方向に導き、それぞれの願い事が達成されるということです。信じる者は・・・・と言うように、神様を信じて止みません。いい年になりますように
January 9, 2006
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子供たちと遊びに出ようとリビングから空を見ました。比叡山あたりは雪雲がかかっていて空と山の境目がなくてただただその辺りは真っ白なだけでその白さがそこにある吹雪を思わせた。みるみるうちに、その真っ白は東山に降りてきた。その寒そうな真っ白とは逆に柔らかなお日様が射してきた。真っ白とお日様の境目は困ったのかしらそこに虹を生んだ。でも、それは完全ではなくすくっと立ち上った足元だけが姿を現して今日、この虹の足元に気づいた人はいったい何人いたのだろうか。初めて見た雪の虹。それは春を思わせる風景だった。
January 8, 2006
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お決まりですが、七草粥を作りました。おかゆは大好きです。温かくて、やさしいから。食べながら、子供たちに毎年恒例、七草をたずねます。 わからずに、でたらめを言う子供たち。ヒントを出しながら、答えにたどり着く。毎年やっててもなかなか頭に残らない。私も毎年、覚えられないんだけど・・・(^^ゞこうやって子供達と話したという事実が大きくなって記憶に残ればなって思うだけ。いつまで、母の楽しみに乗ってくれるかしら。やさしいおかゆの温かみと一緒に。
January 7, 2006
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先月、みかんを箱で購入しました。会社のパートさんのご実家が愛媛でお得に提供してくれるというので我が家では初めての箱入りみかんが届くことに。子供たちに伝えたところ、喜んで、喜んで。いつ届くのか、注文した翌日からうるさい~うるさい。10キロ、腐らさずに食べきれるかなぁって少し、心配しながらも、買い物に行くたびにみかんを買ってくるのが大変だったから、買ってしまえぇ~~という思いでした。案の定、子供たちは大喜び。小さいサイズのみかんだから子供たちもいくつか食べると満足感もあって、カゴになくなったら誰かが補充してくれてなんだかとってもいい感じでした。みかんがいつもある幸せ。^^みかんを買ってこなくていい幸せ。^^;ところが・・・・腐らすどころか、届いてひと月も経たないうちに、最後のひとカゴになってしまった。冬はまだ長い。寒さもこれから増しそう。もう一箱買おうかな~~。
January 6, 2006
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YAHOOの占いで、懐かしい人からの便りがくるとあった。もともと、あまり占いは気にしないようにしている。ただ、パソコンを立ち上げて出てくるページにちょこっと掲載されているから目に入る程度で。信じないというより小心者だから、見てしまうと気になって仕方が無いというのが本音。惑わされそうで。だから、あまり見ていない。ところが、いつも愛想無しの年賀状しか送ってこない高校時代の親友から珍しく中身のある年賀状が来た。そういえば・・・・と、YAHOOのページを思い出した。当たる事もあるもんだわ。また、余計に占いは見れなくなりそう・・・^^;
January 5, 2006
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お正月と言えるのは、気分的に3日まで。そろそろ今日あたりから、おせち料理の片付けにかかる。おせち料理は元旦にそれぞれのいわれを子供たちに問いながらひととおり(嫌いでも)銘々のお皿に少しづつ取り分ける。そして、あとは好きな物をお重からつつく。子供たちが口にするのはこの日だけ。あとは三ヶ日、お重+αが続くけれど子供たちはαの部分がメイン。で、結局、私がせっせとつつく羽目に。そしてとうとう、今日あたり、リメイクにかかるもの冷凍保存になるものに振り分けられお重はしまわれるのでした。面倒でも、人気が無くても、やっぱりこの伝統だけは子供にしっかり伝えてやりたいと思うから。また来年も、おせちは変わらない。
January 4, 2006
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わが子が大きくなるように、友人・知人の子供たちも年々成長し、いっときは皆、赤ちゃんの写真ばかりだった年賀状がここ近年は、小学生、中学生とそれぞれ個性がでてくる年頃になった年賀状の中の子供たち。ほとんどが会った事の無い子供たちだけれども年々の年賀状の中での成長が楽しみになる。そして、今年感じたのは、その子供たちが、私の友人であるそれぞれの親たちとそっくりになってきたこと。差出人の名前を見なくてもこの子は誰の子かなんてすぐにわかってしまうくらい。また、ちっちゃい頃を知っている子供たちはぐんと大人になってきた。この小さな紙面から伝わってくるそれぞれの家庭のあたたかさ。今年もたくさんのあたたかさをもらってうれしい気持ちでいっぱいです。きっと今年一年も逢えないかもしれないたくさんの友達。でも、忘れずにこうして届けてくれるハガキがまた友情を更新してくれます。ありがとう♪素敵な一年になりますように・・・・
January 3, 2006
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新年の挨拶に実家に帰りました。そこでもうすぐ5歳になる姪っ子の自転車の練習に付き合うことになりました。ペダルを片足こいでは、止まりまた反対の片足をこいでは止まるといったタイミングさえつかめればすいすいと乗れそうなあと一歩の彼女。こいではふらついて止まり、またこいでは止まる。何度繰り返したことでしょう。同じ道を何回も何回も何回も。止まっては、私を見上げて恥ずかしそうな笑みを浮かべまたチャレンジを黙々と繰り返す。わが子3人のときもじっくり付き合ったものだけれどしばらく時間をおいて手伝ってみて、なんだかこの熱心な様子が乗りたいと一途な思いが、素敵だなって改めて思いました。練習しなければもちろん乗れないままでそれを何とか克服しようとするひたむきな姿はこの時期にしか見ることが出来ないとっても純粋な姿にちょっと感動でした。いつまでもこんな思いを持ち続けて何事にもチャレンジしてくれたら私が日々、口やかましく言うことも無くなるだろうに。いつからそんなになってゆくのだろう。それでも、それがきっと、子供の成長の一つであるかもしれないのだけれど。
January 2, 2006
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あけましておめでとうございます!新しい年が明けました。週間天気予報では元旦は雨だという予報が続いていたのが、今朝はなんとか晴れてくれて雲の切れ間から初日の出を見ることができました。元旦から出勤する主人のおかげで新しい年の一番初めのお日様に出逢うことが出来ました。きっと、素敵な一年になるに違いないことを約束してくれたようでした。一年というのはあっという間に過ぎていきます。でもその一年というのは本当にたくさんのことが詰まっています。その中身がいっぱのいいいことでありますように。
January 1, 2006
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