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赤いコーンを回る時気軽に回れると思っていたスタート地点半年という区切りはかなり大きいかもHappy New Month と長女が言っていた。今年は意識しないままに夏至の日を通り過ぎていた。夏は来たけれど太陽はもう冬を目指している。季節をさきどりココからは坂道のイメージ。一気に駆けて行く。new Month をhappyにするためにポジティブに♪
June 30, 2009
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天気予報通りにみるみる空が暗くなってきた。その暗くなり方がものすごく寂しかった。心の中まで入り込みそうな勢いで、雲が立ち込めた。雲がもうこらえきれないまで飽和していよいよ降りだしたので、読みかけの本に逃げ込んだ。雨は本の中まで追いかけてきて物語の背景に雨音が聞こえた。雨粒の匂いを伴って。そしたら本当に主人公が雨に見舞われた。雨の中、車を停めて探しものをし始めた。主人公は見つけた赤い箪笥のカギを。私はまだ見つけられないこの雨の中。
June 29, 2009
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子供たちの中学の日曜参観でした。午前中は授業参観午後は部活参観普段、家庭では見られない姿を見ることのできるこの参観はとても楽しみ。射すような日差しの中、同じグランドの中で長男はサッカーゴールに向けて次女は陸上のトラックを全力で走っていました。私は日差しが眩しすぎたので日傘をさして見ていましたがいつのまにかサンダルのベルトの隙間に日焼けをしていました。子供の頃の学習雑誌の付録の日光写真みたいにみるみる焼けてしまったのに境界線はやけにはっきりしないその中途半端な日焼けは定着することもなくいつしか薄れていく。彼らのソックス焼けとは比べ物にならないくらい曖昧だけどそんな日焼けをいくつも繰り返しここまで来て長男はもうこの次の大会で引退となる。対戦表をもらってきたときからもう、私の切ないモードにスイッチが入っている。小学校2年生からの彼のサッカーを見てきて8年もこの曖昧な日焼けを繰り返し高校ともなれば私が行くことも嫌がるだろう。そして次女も2年後に巣立ったら私の曖昧な日焼けは終わる。日焼けは消えてもたくさんの数えきれない感動はいつまでも残っている。苦労した子供の数だけもらえる感動は親の特権。
June 28, 2009
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このところ、飛行機に乗る機会がなくなってしまったけど飛行機は大好き。空を飛ぶ金属のかけらを見つけるのも好き。空はどこか現実でない次元に身を置くのには絶好の場所。水色の空間はどこかの層が水色だというのではなくて空に上がっても雲を突き抜けてもまだ空間は水色水色の端っこは虹の端っこと同じにどこかにあるはずなのだけれど絶対につかめないものそれでも目に見えるから存在を信じて空を見上げる重力から解き放たれるその空間に憧れて地球を離れているその時間に憧れて高く飛ぶには助走が必要。大きな飛行機は小さな飛行機より滑走路が長い。長い長い滑走路長い長い助走抱えたものは大きかったのかより高く飛ぶためにずいぶん時間を要しましたさぁここで舞いあがろう跳ぶのは今。
June 27, 2009
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テレビ番組でアジサイのお寺を特集していました。番組の中でアジサイの花言葉は「辛抱強い愛情」とありました。アジサイの花言葉は色が変わることを模してか「移り気」とか「浮気」などという花言葉しか知りませんでした。そんなけなげな花言葉も持ち得ていたなんてちょっとオドロキでした。そして、ちょっと見直しました。アジサイが急に身近になりました。 それにしても花言葉は誰がどうして考えてまた、なぜいくつもあるのかがちょっと理解不能です。
June 26, 2009
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今日も一日が終わった。毎日が新しい履歴経験が増えることがとても楽しい。貯金通帳の項目が増えるみたいに履歴の重なった分だけ自分の年輪になる。ココは台風の日、ココは日照りの日年輪から風景が読める今、20年前の自分に助けられることがよくある。若かった私が、未来の自分を助けるなんてこと思いもよらなかったけれど。いつだってなんだって貯金になるすべてが財産。欲張りに小さなことでさえ、積んで行こう。あと、どれくらいの命かそんな補償はなくても。誰だって、未来は見えない。だからこそその先にいるかもしれない自分に全力で力を貸そう。
June 24, 2009
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大きな風が吹いていました。ごうごうと音を立てるほどの風は私にエネルギーをくれる様な気がします。家の中の一番風が通る道にたたずんでいました。髪をなびかせる肌に触れる風はもしかして、あの大きな海を渡ってきたかもしれないと思うだけで、心躍ります。どこから生まれて、どこへ消えて行くのか見ることもできないその存在に見ることができない代わりに感じることができるそのパワーに私は見えない力を充電することができる。風の音は地球の遠吠え大地のエネルギーが風に乗ってやってきたらくまなく受け止めよう。
June 22, 2009
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休日の夕暮れ時、部屋の中の電気を消したら、外のほうが明るかった。陽が傾くにつれ部屋の闇が増す。闇は対比の向こうを明るく照らす暗いところから見える景色は明るく見渡せる広い視野。夕方のスコールが空気を洗い灰色の雲の上にはまっ白い雲が見え隠れしている。夏を思わせる白さ。夕闇に間遅れした白が勢いよく映え空気のさえない温度が季節のアンバランスさを強調する。闇の中から明りのほうへ手を伸ばせばもうすぐ来る季節への挑戦。白の眩しさに負けないで立ち向かえる意思を強くしてこの夕闇を閉じようとりあえずは夜を迎えて来週のマニキュアを塗ろう。
June 21, 2009
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ずいぶん久しぶりにキャピタル東洋亭に行ってきました。 娘が大好きなトマトのサラダが食べたいというので・・・ 家で作ってみるけれどちょっとちがう。やっぱり変わらぬ味でした。久しぶりの北山でした。少しづつ変わっていました。この街でしょっちゅう買い物をしていたのはもう20年も前その頃は20年も先のことは何も見えなかった。携帯電話もパソコンも普及していない時代。開局前のFMを聞きながらこの緑の中を車を走らせた頃、今、一緒に仕事をしている前途有望な若者たちはその頃、小学生になるかどうか・・その頃も、このトマトサラダは存在していて私は、またこれから20年後どんな風にしてこのトマトサラダを食べるのかと考えていたら、ちょっと楽しみになりました。ここからが本当に自分の足で自分のために歩ける気がしているから。
June 20, 2009
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夕立に遭いました。窓の内側からいつも見てばかりの夕立を浴びることができました。風をめいっぱい受けて傘を斜めにさして。今まで健康上の理由から風を受けることができなくて風から逃げてばかりいました。もうひとつ体が金属を受け付けなくてアクセサリーを身につけることが暫くできなくていました。でも今は、ようやくその呪縛から解かれてひとつひとつの普通のことができる喜びを改めて夕立の中に見つけました。雨に濡れること嬉しいなんて感じる人はそういないだろうけどそう思えるのは雨や風に当たることのできない時間を持つことができたからそれは私のどこかに必要な経験だったんだと刷り込んで改めて雨と風に出会てうれしい夕方でした。普通のことを普通と思うのは錯覚で普通なんて一つもなくどこが普通でどこが普通じゃないと決めるボーダーラインは自分で決める。じゃ、私は、どれも普通にしないですべてを特別にしよう。人生のすべてが特別でどれも外せない大切なことすべてを抱きしめて特別の人生を歩もう。
June 19, 2009
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午前0時の待ち合わせ今日は彼は現れませんでした。ここ数日、この時間、ふと外を見やると赤い月がそこに。うれしくて翌日も何の前触れもなく突然にふと現れるそのふいが本当にうれしくて翌日もそこに来てくれるものだと勝手に約束にしたのは私です。約束をして待っている時に限って彼は姿を見せません。そんなものです。思い通りにいかないもの。 会えない日には諦めて早く眠ってしまいましょう。
June 18, 2009
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5日前に咲いたデイジーが今朝もまた花開いていました。日の暮れとともに閉じ、また朝に開くこの繰り返しを何日続けられるんだろうかヒトは「生きる意味」を探して,もがいているけれど生きるのに意味が必要なのか生きるのに理由が要るものなのか人生なんて後悔ばかりで寄り道ばかりの迷ってばかりそう簡単に納得いく人生を歩めるヒトなんてきっといない。でも迷ったり、寄り道したり後悔もあるけどそれが丸ごと自分の履歴となって積み重なって今がある生きていることはそれだけで意味としては十分なんじゃないだろうかみんな、かしこくなりすぎて理論と証拠を欲しがっているけれどここにこうして存在していることででもそれは永遠ではなくて刹那であるからこそ大切なのは生きている意味ではなくて一生懸命生きているかどうかだと思うだから私は、中学時代の恋愛を後悔しながらも(苦笑;)たった1輪の小さな花の生の営みに今日も励まされる。
June 17, 2009
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携帯が修理に出ている間、以前使っていた携帯を利用していたら、データBOXの中に、その頃、よく聞きこんだ曲が残っていました。昔なら、同じ曲を何度も聞いていたらレコードやテープが擦り切れるとよく言われました。それは威しではなくテープが伸びたら音が変わり、レコードは傷がつくと同じフレーズばかり歌い始める。ものには、そうやって時間の経過とともに、物理的に擦り減っていくものがありだからこそ、そのリミットに達する頃にはうまい具合に次の曲へとシフトする時間であったりする。でも、今は携帯でもMP3でもデータとして曲が存在していてそのものに触れることもなくそして、擦り減ることがない。どんなに聞き込んでも不変なものになりつつある。思い出になってしまった過去はどんなことをしても変えられない不変の事実。過去を検索する確実なバックアップとして不変の音楽の存在価値がここにあるなくしてしまったものに街角で不意に出会うのではなくその時代を一緒に乗り越えた音楽がいつでも取り出せるのはとても心強い味方です。私にとっては音楽は窮地を乗り切るのに必須のアイテムだから。
June 16, 2009
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今日、一生懸命に廊下を掃除した。たかが数メートルの廊下だけれど平日は拭き掃除にまで至らないので予定のない週末は決まってお掃除DAYとなる。昨日もピカピカに拭きあげた。でも、きっとそんなことに誰も気づかない。それどころか、夕方になれば私の自己満足の上には砂だらけの汗まみれのテニス部とサッカー部と陸上部の大きなバックやシューズケースが並ぶ。そして、また朝になれば大きな青春の塊たちはグランドの砂を置き土産に各々の場所へと出かけて行く。私は昨日の私のコピーみたいに同じようにまた掃除をする夕方にはまた青春たちが帰ってくるだろうけれど私は雑巾が汚れるほどに達成感を覚え、ひと時のクリアな瞬間に満足をする。「幸せ」は気づきだと言うけれど「愛」はこんな掃除のような積み重ねのようだと思った。求めるものではなく与えるものでもなくただ黙々と自分の重いを積み重ねていくものだと。それは日常の中の小さなことでそこここに当たり前のようにある。なくならないとそこにあったことが分からないくらい。夜が冷えてきたので窓を閉めようかと思ったら消え入りそうな本当にきれいな下弦の月が目に前に現れました。こうして私にはときどき神様からのご褒美が戴ける月も同じ与えるでもなく求めるのでもなくただ黙々とそこに普遍的に存在していてくれる。「愛」はそんな単純。単純なだけに壊れやすい。
June 14, 2009
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空は晴れていた。どこからか陽は射している。だけど山が見えないのはどうしてなんだろう。そこに見える比叡山の頂が景色の中にフェードアウトしているそこにあるはずのものが見えない。コンタクトの度数が合わないと落ち着かないみたいに。誰か網掛けボタンの薄いほうを押してしまったのだろうか。誰が山は身を隠したかったのか。私が見ようとしなかったのか。見えていても届かないものはいくらでもある届かなくても見えるだけでいいものもある見えなくても確かにそこにあればいい。そこにあることを信じれればいい。
June 13, 2009
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涼しくて優しい夜を抱きしめる。つまらないことだけど本当にそれがうれしい。きっといつまでも続かないとそんなこともわかっている。どこかにホタルがやってきたと新聞に載っていたいつか子供たちを「ホタル観賞の夕べ」みたいなのにつれて行きたいと思っていたらもうついてこないくらい大きくなった。どんなことも旬の季節はあっという間に過ぎてしまう。だからこそ旬である所以かもしれない期間限定の存在価値は消えないうちに用途を果たさないと。ただヒトに限ってはそうではないと思っていたい。思いがある時はいつでも旬。いくつになっても。若いことが旬ではない。8
June 12, 2009
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「週刊 ダイヤモンド」を一気に読み終えました。職場の方が、読んでみてごらんと貸してくださったそのビジネス誌には今の仕事とリンクすることばかりでとても興味深く一気に読み進みました。先日、試験勉強中、長女が言っていた「お母さん、今、脳細胞のシプナスが めっちゃいっぱい伸びてる」状態が私にも今、起こっています(笑)そんな雑誌、よっぽど銀行の待合に時間のかかる時くらいしか手にしたこともないようなものをメモまで取って読むなんて。今週、抱えた会議で「すごい人たち」にお目にかかったからかもしれません。学生の頃、もっと色んなチャレンジや経験をそして、勉強をしておけばよかったとつい、思いがちだけれど今、ここに来てこの子たちの母になってそう思えるのだと思う。3人の子供たちにはたくさんのものを見せてやりたいたくさんの経験をして欲しい大きな視野でものを見て欲しいこの子たちの母であることが、今、私自身を前向きに進める。社会とかかわって色んな人と出会って知らない世界を見てだからこそ、自分のポジションを上げるためにする勉強はむしろ楽しい。日々起こる新しい出来事をいちいち子供たちに報告する。お母さんの経験したことがどっかで何かに生きてくることがあればと。今、経験することをすべて取りこぼすことなく欲張りに経験値にしよう。どんな小さなことも。
June 11, 2009
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新聞で工事現場の事故の小さな記事をみつけました。何気なく読み過ごしてから、はっとした。亡くなられ方のお名前が特徴のあるお名前だったのでご住所を見てみるとそれは、私が毎日通勤に通る道にあるお宅でした。もちろん、どんな方なのか、まったく知らないのだけれど。今日もそのお家は外見上は何も変わらずにそこにありました。それがすごく切なくて。人の命とか人の運命とか人生とか本当に薄っぺらで、儚くて。だからこうして昨日があって、今日があってそれは奇跡なのかもしれない。ちゃんと明日は来るかもしれない。誰にだって終わりがある。誰もがその瞬間に向かっている逆行など神様には許されない嫌でも前に進まなければならない。前はどっち?目指す方向は。答えは一つじゃない「今、僕の居る場所が 探してたのと違っても 間違いじゃない。 いつも答えはひとつじゃない。 今、僕の居る場所が 望んでたものと違っても 悪くはない。 きっと答えはひとつじゃない。 Any by kazutoshi sakurai 」
June 8, 2009
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W杯の出場が決まった。来年の夏。前回のW杯から3年。次のW杯の頃はもう上の2人が高校生なんて信じられないような近い未来だった。その信じられないような近い未来がもう、着実にそこにある。ドーハの悲劇をオンタイムの涙で経験して4年後の初出場の決まった時の狂喜。家族で声を枯らして声援を送った。今は、その頃みたいに声は枯れていない。そういえば、のどの奥が痛くなるようなそんな大声を最後に出したのはいつだっただろう。子供たちが小さい頃は毎日、大きな声を張り上げて過ごしたし、子供たちの出る競技にも声をあげた。子供たちの成長につれそんな変化も私には起こっていたんだとふと、感じた。それは順当な変化で私は、もう一度、私へ戻っていける変化なのかもしれない。いつまでも続くような気がした喉の痛い時代はちゃんといつしか摩り替わっている。「世界を 驚かす 覚悟がある」今度こそ、世界を驚かせ子供たちよ、親を驚かせ私も 誰かを驚かすくらいの覚悟で。
June 7, 2009
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雨でした。曇りの天気予報に反して雨でした。 雨もよしと思えるそんな風景でした。「はじまりはいつも雨」っていう歌がありました。雨女の私には優しい歌でした。なにかいいことがはじまるといいな。
June 5, 2009
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「のりしろ」という言葉をひろった。我が子たちが小さい頃、幼児雑誌の紙工作の付録を作る時に、お目にかかって以来、もう10年以上も目にしていない言葉だった。しかも「のりしろ」と書いてある所にのりを塗って接着しても必ずと言っていいほど、ちゃんとくっつかない。もうそれが初めからわかっているからセロテープで強固に止めてしまう。「のりしろ」は「のりしろ」の役目を果たすことなく毎月、私の前にやってきたのだった。今日、ひろった場所は、人と人をつなぐという意味であるパンフレットに落ちていたものだった。私たちより上の世代には通じるだろうけど、我が子たちの世代はこの「のりしろ」という言葉を理解できるのだろうか。そうやって、時代にそぐわない言葉はいつしかフェードアウトしていく。オフィスのパソコンが新しくなった。前任者のフォルダを全部まとめて整理して、環境をリニューアルできる言い訳ができてすごいうれしい。そうやって時代というものは流れていくそういうものかもしれないでも、私は「のりしろ」という言葉は子供たちに伝えた後、my documentの端っこに大事にとっておくつもり。
June 4, 2009
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マンションの植え込みに今、どくだみの花が満開を迎えています。大人になって、この花と向き合う時、それは可憐で美しいものであります。 小さい頃、向かいのおばちゃんの裏庭の木々がうっそうと繁ったその陽の当らない木陰にどくだみが一面に咲いていてその暗がりの様子がなんだか不気味で、「どくだみ」という名前も子供心に恐怖心をあおった。母はそれをジュウヤクと呼び薬草だと話してくれたけれどそれすらがなんだかすごい威圧感を感じさせる材料のひとつ。それがこんなにきれいな優しい花だったと今はわかる。時間をおいてからわかること。大人になってからわかること。今日、あるシンポジウムに参加してきました。壇上で講演される方のお話は飽きることなく私に響き、一生懸命ノートをとっていたら3時間なんてあっと言う間だった。大学時代、こんなに一生懸命講義を聞いたっけ?話を聞いていて面白いと思えたっけ?時間がおいてからわかること。大人になってからわかること。だったら、今抱えていることは時間がおいてからわかるのかもしれない。答えはもっと先にあるのかもしれない。今は、ベストを尽くすだけ。たったそれだけ。あせらないで;
June 3, 2009
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今日はofficeで一人だったのでエアコンを切って窓を開けていました。街路樹の葉音が耳元で聞こえるようで見えないけれど音に感じる風のさわやかな存在感。それがちょっと嬉しくて仕事のメールのやり取りに「今朝もいいお天気ですね」と加えると先方の文面が和んで返ってきました。ある大学教授のお話でこんなことが掲載されていたことを思い出しました。 人とのつながりの中で人間関係がうまくいかないことがあるひとそれぞれの違いや嫌なところを人生をキャンパスに置き換えてみたときその部分は「模様」としてとらえると自分の目にはいびつに見えるけど他の人にとっては素敵な模様であったりするどっちが正しくてどっちが悪いではなく、両方が共存してこそそのキャンパスが意味をなす好きになれない模様が実は自分という絵には必要であることに気づく。 そのようなことが書いてあったと思います。人生のキャンパスに本当にいろんな模様がある。メールの普及で人間関係が希薄になったと論じる方もおられるけれど私はメールのおかげで伝えたいことをちゃんと整理して伝えられるからとても便利につかっています。たくさんの模様を刻む手立てに風の香りもメールにのせて。
June 2, 2009
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普通なら衣替えが遅いくらいの暑さなのに今年はいつまでも過ごしやすくてずっとこのままの気候が続けばいいのにと本当に願う。昔、よく訪れた方のブログをさっき久しぶりに見つけて立ち寄ってきました。いつのまにか・・・ごぶさたしていました。「いつの間にか」という言葉はなんだか恐ろしものです。いつのことだかそれすら覚えていないなんてこと。少しづつフェードアウトしてその変化には気づくまでもなくいつしか変わっていたりする。今年のお正月は浅草に居たのにたった5ヶ月、また人生が変わった。いつの間にではなく、日々を劇的に刻みながら。もう折り返しのコーンが見えてきた。季節はいつしか夏に変わっていくけれど、あとひと月後の折り返しはいつの間にか通過するのではなく目指して走ろう。目標を視界のもっと向こうに据えて。
June 1, 2009
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