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年越しは弟とK1を見ながら赤ワインを呑むことにした。 ワインは弟がフランスから取り寄せたもの。よいワインを実家のコップで呑むのも勿 体無いので、久しぶりに育った街をワイングラスを求めて散策した。幼稚園の頃に住 んでいた文化住宅は駐車場になっていた。 ところが、どこもにもワイングラスがない。駅前のスーパーの地下にある酒屋で尋ね たら、倉庫にいくつか残っているかもしれないと探してくれた。 ブルゴーニュ・フェアをやったときに仕入れたというかたちのバランスのよいグラス が3つだけあったので全部買った。軽くて薫りをしっかりと溜めてくれるよいグラス だった。
2006年12月31日
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今年の手帳を読み返した。 密度の濃い一年だった。 来年は大きな作品をつくりたい。 もっと遠くに出かけよう。 良いお年をお迎え下さい。
2006年12月31日
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眼下に高千穂峡を望む細い木の枝を渡る緑と黄と赤のイノシシが進む
2006年12月25日
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来年1月に移転する「直観ギャラリー」の今のスペースでの最後のクリスマスパーティー に出かけた。 会場は知らない人でいっぱい。知っている人を見つけるとほっとする。 お姉さん作家に囲まれたときには謙虚に振る舞った。若い来客を見ると自分も若かっ た頃のことを思い出す。 会場ではエスニックな音楽やミニマルな音楽が演奏された。その演奏にあわせて在日 の女性のダンサーが舞踏のエッセンスを詰め込んだ元気なダンスで会場を盛り上げた。 今日会えなかった人に心のなかで、メリークリスマス!
2006年12月24日
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赤ワインを呑みました。深い血の赤に飢えた夜に
2006年12月22日
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不安なあなたと不安なわたしはジャンクなごはんを一緒に食べた。不安なあなたと不安なわたしはバカな話で一緒に笑った。不安なあなたの笑顔が不安なわたしの心を照らす。不安なふたりは、少しだけ時間を気にしながら、いつまでも同じ呼吸で眠る。
2006年12月21日
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国立国際美術館での松井みどりの講演会に行くのを止めて、鶴橋で焼き肉を食べた。 鶴橋の商店街の細い路地はまるで韓国の市場のようだった。摂津で温泉に入り、京都 のアトリエに向う途中、突然、同行者のボスからメールと電話が入った。携帯電話が 不思議なほどにブルブル振動するのが私にも伝わった。携帯電話で生き霊が送られて きたみたいだ。
2006年12月17日
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新しいインスピレーションにたどりつくためには、自分の欲望や無意識に深く降りていかなければならない。どれだけ自分のなかの非日常の割り合いをあげることができるかが勝負の分かれ目になる。非日常が100パーセントでは作品はつくれない。100パーセントの非日常は狂気の世界だ。99パーセントの非日常を1パーセントの日常で制御できるのが理想だけれど、99パーセントの日常が1パーセントの非日常でゆらいでしまうこともあるだろう。瞬間のスパークのようなイメージを記憶して、それにかたちを与えなければならない。瞬間を捕らえるための直感力とそれをかたちにする強い意志力が必要だ。
2006年12月16日
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雪が降ってもノーマルタイヤでやり過ごすことが多かった。どうしようもなくなると樹脂チェーンを巻いてバリバリと音を立てて走った。今年は冬用のタイヤにはきかえた。景色が真っ白になっても、しんしんと雪の降る道をゆっくりと走りましょう。夜に岐阜で出会った「御土(おんど)」というどぶろく風の濁り酒を飲んだ。生きた酵母がぶちぷちと泡立って、はじめて栓をあけるときには瓶から溢れ出すような元気なお酒だ。
2006年12月10日
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ノロウイルスの痛手から立ち直って、小雨の降る大阪に出た。いくつかのギャラリーをのぞいて、最期に「直観ギャラリー」にたどりつく。夕方、Kさんが出先からもどって、移転先のスペースに連れていってくれると言うので、展覧会中の青年としゃべりながら会場で待つことにした。展覧会中の作家さんはパイロットを目指してアメリカに渡ったり、看板屋さんをやめて専門学校に通ったり、展覧会を開くために北海道を旅したりと行動的。その彼がプロの画家になるにはどうすればよいかと私にたずねた。そのためにはどうすればよいか。あまり生々しい話になるのを避けてこんな話をした。自分が画家だと思って絵を描きつづければ画家と名乗ることは可能である。しかし、プロの画家と言うのならば作品が商品として流通しなければならない。まず、同じような作品をつくる作家はふたり要らない。誰にも似ていない作品をつくらなければならない。そのためには自分探しをするのではなく、作品をつくることでどこにもない自分の個性を際立たせる。自分とは一つの場所に止まって変化しない生き物ではなく、自分の意志によって変化し成長できる生き物だと考えなければやっていけないだろう。Kさんの車が新しい「直観ギャラリー」に着いた。昭和初期に繊維ビルとしてつくられた名建築の一階に「直観ギャラリー」は移転する。裏通路から画廊に入るとモダンでシンプルな空間が目に飛び込んだ。作品をしっかりと受け止めてくれそうな空間だと思った。壁も床も照明も完璧だ。ギャラリーも古い空間を捨てて、新しい冒険を試みる。新しい空間を見ながら来年の個展のための作品のことを考えた。
2006年12月09日
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コンピュータを起動しながら、本棚の整理をしたときに偶然、発掘されたニーチェの「このようにツァラトゥストラは語った」の文庫本に手をのばした。「生は快楽の泉である」開いたページのこんな言葉に目がとまった。今の私も、「生は快楽の泉である」と思っている。だからこそ、当たり前の自分が作品をつくっているように、当たり前の人間が快楽を言葉にすることには意味があると思っている。「快楽の泉」とは何なのだろう。快楽を不潔と感じる倫理観ではないはずだ。
2006年12月09日
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流行りのノロウィルスだったのか、週の頭に体調を壊した。精神的なバランスが壊れ ると体調も乱しやすい。体調がすぐれないと元気もでない。頭ばかりが重くなり過ぎ てゴロリと高い場所から転落する感じになる。 夜にだいこんとシャケの粕汁を少しだけ食べた。頭が少し軽くなった。数日、リンゴ とミネラルウォーター以外ほとんど食べなかったので、体重も少しだけ軽くなった。
2006年12月08日
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穏やかな光の中に咲き誇る花園があった。花にあるトゲや毒などは気にしなかった。花は男に笑顔とよい薫りを与えた。しかし、その花園にはたくさんの地雷が埋められていた。地雷がどこに埋められているのかは誰にもわからなかった。地雷を踏んだ瞬間に光と花園は消え失せる。花園であることを止めた場所は、男に鉛のような怒りをぶつける。どこにも光を見つけることは出来ない。足を踏み入れることのできない遠くの花園は美しく見える。美しい場所は少しづつ壊れていく。花はそれでも男を誘う。そして、男が地雷を踏むのを待つ。世界は少しづつ歪んでいく。光と闇の落差が視力を奪う。(不安な夢)
2006年12月07日
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なかなか更新できないブログをのぞいてくれるあなたの存在に感謝。
2006年12月07日
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