ひこじいさんのブログ
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バケツは英語のbucketが語源であろうことは、疑いの余地が無いと思われる。 バケツは、主として水などの液体の運搬・貯蔵・ゴミ入れ・石炭入れ・ストーブの灰取りなどの用途に用いられる。 一部には、籠の英語basketが語源だとする意見がある。 籠は一般に植物を利用して短冊状・紐状の素材をくみ合わせたり編んだりして作られた主として固形物の運搬を目的とした容器の総称である。 籠には当然多数の網目があるので、液体を入れることは不可能である。Basketがバケツの語源であることは、恐らくあり得ないのではないか。 バケツに関してネットには、次のような投稿がある。 「そもそも「馬穴」と漢字を用いたのはかの有名な夏目漱石先生のようです。小説「三四郎」の中で「馬穴」と書いてバケツと読ませる、ユーモアのある当て字を使っているとか。」 多分自分で三四郎を検証していないので、他人の誤った説を引いて「…のようです。」あるいは「…とか。」としているのではないだろうか。 我が家の新潮社版現代日本文学大系夏目漱石17(一)・18(二)には残念ながら三四郎が収載されていないので、確認のしようがない。 同じ新潮社の現代日本文学全集夏目漱石(一)・(二)の「三四郎」では、当該個所は片仮名の「バケツ」と編集されてしまっている。同じく新潮社版から引用したと思われる「青空文庫」の当該部分も、バケツと表記されている。 これが講談社版の現代日本文学全集に収載された「三四郎」では、「馬穴」ではなく「馬尻」と表記してバケツと読ませている。 編集者が馬穴を馬尻に校正することは考えられないので、明治41年~42年の朝日新聞への連載では講談社版であったことがうかがえる。 「さっそく箒とはたきと、それから馬尻と雑巾まで借りて急いで帰ってくると、女は依然としてもとの所へ腰をかけて、高い桜の枝をながめていた。 「あって……」と一口言っただけである。 三四郎は箒を肩へかついで、馬尻を右の手へぶら下げて「ええありました」とあたりまえのことを答えた。 女は白足袋のまま砂だらけの椽側へ上がった。歩くと細い足のあとができる。袂から白い前だれを出して帯の上から締めた。その前だれの縁がレースのようにかがってある。掃除をするにはもったいないほどきれいな色である。女は箒を取った。 「いったんはき出しましょう」と言いながら、袖の裏から右の手を出して、ぶらつく袂を肩の上へかついだ。きれいな手が二の腕まで出た。かついだ袂の端からは美しい襦袢の袖が見える。茫然として立っていた三四郎は、突然馬尻を鳴らして勝手口へ回った。 美禰子が掃くあとを、三四郎が雑巾をかける。三四郎が畳をたたくあいだに、美禰子が障子をはたく。どうかこうか掃除がひととおり済んだ時は二人ともだいぶ親しくなった。 三四郎が馬尻の水を取り換えに台所へ行ったあとで、美禰子がはたきと箒を持って二階へ上がった。 「ちょっと来てください」と上から三四郎を呼ぶ。 「なんですか」と馬尻をさげた三四郎が梯子段の下から言う。女は暗い所に立っている。前だれだけがまっ白だ。三四郎は馬尻をさげたまま二、三段上がった。女はじっとしている。三四郎はまた二段上がった。薄暗い所で美禰子の顔と三四郎の顔が一尺ばかりの距離に来た。 「なんですか」 「なんだか暗くってわからないの」 「なぜ」 「なぜでも」 三四郎は追窮する気がなくなった。美禰子のそばをすり抜けて上へ出た。馬尻を暗い椽側へ置いて戸をあける。なるほど桟のぐあいがよくわからない。そのうち美禰子も上がってきた。 「まだあからなくって」 美禰子は反対の側へ行った。 「こっちです」 三四郎は黙って、美禰子の方へ近寄った。もう少しで美禰子の手に自分の手が触れる所で、馬尻に蹴つまずいた。大きな音がする。ようやくのことで戸を一枚あけると、強い日がまともにさし込んだ。まぼしいくらいである。二人は顔を見合わせて思わず笑い出した。 裏の窓もあける。窓には竹の格子がついている。家主の庭が見える。鶏を飼っている。美禰子は例のごとく掃き出した。三四郎は四つ這いになって、あとから拭き出した。美禰子は箒を両手で持ったまま、三四郎の姿を見て、「まあ」と言った。やがて、箒を畳の上へなげ出して、裏の窓の所へ行って、立ったまま外面をながめている。そのうち三四郎も拭き終った。ぬれ雑巾を馬尻の中へぼちゃんとたたきこんで、美禰子のそばへ来て並んだ。」 よほど気に入ったと見えて、短い文章の中に「馬尻」が9回も出てくる。漱石先生はこの第四項の終盤で、よほど馬尻を用いたかったのであろう。 今ではそれぞれの全集でも文字の一部が編集されており、新聞連載の三四郎で馬尻の当て字を使ったか馬穴であったか検証の方法が無い。 バケツとしている新潮社版は論外として、講談社版が元の原稿に忠実に版を組んでいるように思える。 林芙美子はよほど馬穴が気にいったと見えて、馬尻ではなくその著「蛙・魚の序文 ・ 風琴と魚の町 」で馬穴を使用している。 冬季の暖を電気・石油・ガス以外の薪や石炭等で賄う場合、火炉から燃焼残渣の灰を取るために灰取りバケツは必需アイテムである。 山荘のある甲斐駒ケ岳の麓は、年最低気温が-10℃を下回ることも再々である。しかしありがたいことに薪ストーブに前夜9時頃まで薪を入れると、翌朝まで熾き火が残って室温は10℃以上を保っている。 しかし翌朝早めに山荘を後にする場合、熾き火が残っていると非常に厄介である。 次回訪問の際冷え切った室内を直ぐに温められるように、灰を取って薪を入れておきたい。 炉内掃除のためブリキのバケツに灰と黒ずんだ炭を取り込んだ途端、赤々と燃えだしてバケツの底のハンダが熔けてしまいそうになり甚だ危険でもある。 数年前骨董市で、イタリア製で年代物の銅を打ち出した把手付き・猫足の容器を購入した。 売っている人も、これの用途は分からないと言っていた。 形が面白く年代物の風格もあるので言い値で購入して、冬季は灰取りに使用しストーブを焚かない季節には置物として飾っている。 本当はもう少し大きめの、アンティークな「ダルトンの石炭バケツ」が欲しい。 石炭ストーブで暖を取っていたころは必ずどこにでもあったバケツだが、日本一と言われる骨董市に出かけても未だ古色のあるダルトンの灰取りバケツにはお目にかかれない。
2018年06月28日