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♪赤い花なら 曼珠沙華 阿蘭陀屋敷に 雨が降る 濡れて泣いてる じゃがたらお春 未練な出船の あゝ鐘が鳴る ララ鐘が鳴る。 「長崎物語」の、一番の歌詞である。昭和14年に作曲され、多くの歌手がカバーして昭和30 年代頃まで唄われていた。 この詩に出てくる「曼珠沙華」はサンスクリット語マンジュサカが語源とされ、もともとは天上界に咲く白く柔らかな花を指すのだと言う。それが何故か、真っ赤に咲く彼岸花の名前とされた。 暑さ寒さも彼岸までの言葉通り、地獄のような暑さにうだっていた7月から3か月弱の期間が嘘のようにあっという間に秋が近づいてきた。この諺の「彼岸」は仏教用語で、生死の迷いを川・海に譬えたものだという。生の世界は迷いで、その向こうにある死の世界は悟りの岸だと言う。 季節用語では雑節の一つで春分の日と秋分の日を中日として前後3日の7日間が彼岸である。 この季節に合わせて、毎年真っ赤に咲きだす花に「彼岸花」がある。球根・葉・花の全草に、強い毒性の植物アルカロイドの「リコリン」を含有する。散形花序で、6花が横向きに放射状につく。 日本のヒガンバナ科植物には、白花曼珠沙華・ショウキラン・ヒガンバナ・キツネノカミソリ・ナツズイセンなどが知られている。 白花曼珠沙華の花色にはクリームがかった白・うすいピンクがかった白・濃い目のピンクなど、いくつかの変異が見られる。 白花曼珠沙華は、黄色のショウキランと赤の彼岸花の雑種というのが通説である。彼岸花は3倍体のため不稔性であることは間違いなく、どのようにして結実したのか不思議ではある。中国には稔性の彼岸花があると言われているので、中国で交雑したものが渡来した可能性もある。 ショウキズイセンは、漢字で鍾馗水仙と書く。花弁の反りかえった様子を、鍾馗の髭に譬えたものであろうか。遠目には黄菅(キスゲ)の花に似て、鮮やかな黄色をして波打つ花弁は幅が広く反り返りが強く豪華な花姿をしている。ショゥキズイセンを多くの人は、黄色彼岸花と間違えている。 花・葉・球根はいずれも、彼岸花よりひと周り大きい。開花時期は、彼岸花より少し遅い。 ヒガンバナ科の植物は独特で、葉のある時期には花は無く、花の咲く時期には葉が無い。葉見ず花見ずの別名のあることも、頷ける。 ヒガンバナは何も見えないところに高さ30 ~50cmの花茎を地上に突然出し、その先端に苞に包まれた花序が一つだけ付く。苞が破れると5 ~7個前後の花が顔を出す。花には短い柄があって横を向いて開き、すべての花が輪生状に外向きに並ぶ。花弁は細長く、大きく反り返る。 花茎が枯れた後、線形の深緑で艶のある細い葉を出す葉は翌春になると枯れて、花茎が立ちあがるまで地表には何もない。 ヒガンバナが結実しないのは、中国から渡来するときに雄花ばかりを持ってきたためだとまことしやかに説明している人や書物も目にする。 結実しないのは雄花だけの所為ではなくヒガンバナは三倍体のため、不稔性なのである。そのため、交配して変種を生み出すことはあり得ない。近縁にコヒガンバナがあり、こちらは二倍体のため交配により多様な園芸品種が作出されている。恐らくは、これと混同しているのであろう。 日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であるとされるが、中国から伝わった1株の球根が元になって日本全国に広まったと考えることはできない。持ち込まれた複数のヒガンバナが、遺伝的に同一であったことは充分にあり得ることである。 日本には有史以前に、揚子江上流から持ち込まれたものと考えられている。1万年前稲作の伝来時に土と共に鱗茎が混入してきて広まったとの説の他、ネズミやモグラ除けのために有毒な鱗茎を持ち込み畔や土手に植えたとの説もある。ただモグラは動物食のため、彼岸花の球根は食べない。 猛毒の鱗茎だが水に晒すことで無毒なとなり、リコリンを除去すれば食用が可能ではある。天明の飢饉の際、東北地方ではヒガンバナの鱗茎を毒抜きして救荒食として生き延びたとの話も伝わっている。 しかし如何に山野草の自然食ブームとは言え、無理をして彼岸花の鱗茎を食べることは推奨できない。 田畑の周辺や堤防、墓地などに真っ赤な花列が見られることが多い。特に田畑の縁に沿って列をなす花は、稔りの秋を迎えた稲穂とマッチして見事な景観となる。 鱗茎は生薬の「石蒜」であり、利尿や去痰作用がある。しかし素人が、民間療法で利用するのは危険である。 死人花・地獄花・幽霊花・蛇花・剃刀花・狐花・捨子花・歯欠け婆など、不吉・忌の別名が多くある。花が炎のように見えることから、家に持って帰ると火事になるとの言い伝えもある。 ヒガンバナの仲間に多くの人がキイロヒガンバナと言って誤って信じている、黄色の花を咲かせるショウキスイセンがある。茎先に花径6cm~7cmの鮮やかな、花被片は6枚黄色いキスゲに似た花を横向きに数輪ずつ着ける。名称の由来は花弁が波打っている様子を、鐘馗の髭に譬えたものといわれる。 24日朝日新聞朝刊神奈川版に、三段抜きで大きく「ヒガンバナ満ちる「浄土」」の記事が掲載された。場所は大和市の常泉寺で、「かながわの花の名所百選」に指定されているとある。 先ず冒頭、「白や桃色など希少なヒガンバナが見ごろを迎えた」とある。本文記事中にも、「希少な白・赤・黄・桃色」が山肌を染めるとある。 一般に黄花ヒガンバナと間違えて思い込んでいる人が多いのは、科は同じだが種が異なるショウキズイセン(鍾馗水仙)である。花の形がヒガンバナとは、大きく異なる。 ヒガンバナの色違いのような白い花を咲かせるシロバナマンジュシャゲは、花弁がヒガンバナほど反り返らず、またややクリーム色を帯びる。葉もやや幅広い。ショウキズイセンと、ヒガンバナの雑種との説もある。実際に4色のヒガンバナがあるのか確認したくて、常泉寺へ出かけて見た。 しかし残念ながら記者の思い込み、勉強不足の記事であったようである。予想通り黄色の花はショウキズイセンであり、そして桃色彼岸花は確認できなかった。 希少種とあるが、どの花もそれほど希少ではなく多くの場所で見られる。知らない人は、誤った新聞の記事を妄信してしまうことになる。記者は記事配信前に、もう少し事実の確認をする必要がある。 その上記事中では9月末までが見ごろと書いてあったのだが、24日現在多くが花の盛りを過ぎていて既に見ごろは終わっていた。
2018年09月30日

山荘を作ってから数年は我が家まで入って来なかったのだが、数年後から70坪ほどの菜園の作物を狙って、猿・猪・鹿・ハクビシン等の野獣が侵入してくるようになった。 恐らくそれらの動物が運び込んだと思われるヤマビルが、我が家のキウイの棚下に定着してしまったようである。 4年前には隣家の住人が庭仕事でヤマビルに噛まれたと話していたのだが、翌年はとうとう自分が被害にあった。 朝起きて布団を上げる際、足元の布団のシーツとカバーが血に染まっており驚いたことがあった。 次に訪れた際、マットレスの折目にビックリするほどの凝血とミイラ状の塊を見つけた。 一晩中吸血し満腹したヤマビルが布団とマットレスの間に潜り込み、乾燥してミイラ化したものと推測出来た。 今年9月にはキウイの棚の下で洗車し、家に上がって安楽椅子でテレビを見ていて左足の甲が真っ赤に出血しているのを見つけヤマビルに吸血されたと判断した。 血だらけの足を水洗いしたところ、糸を引いて止めどなく流血してきた。 創作上のドラキュラやバンパイアなどの吸血鬼は人間の生き血を啜り、血を吸われた人も吸血鬼になるとされている。 吸血鬼は一度死んだ人間がなんらかの理由によって、不死者として蘇ったものとの設定である。 これらの伝承は埋葬されたのに棺の中で蘇生した人や死蝋などで腐敗しにくかった死体、あるいは14世紀のペスト大流行による噂の流布により生まれた話と推定される。 ヴァンパイアはヨーロッパをルーツとする伝説上の吸血鬼であるが、中国のキョンシーなども同工異曲である。 ただ伝承で吸血鬼という名称がついていても、全てが人の血を吸う設定とはなっていない。 吸血鬼は想像上のものであるが、実際にヒトの血を吸う吸血動物が多く存在し場合によっては吸血鬼と呼ばれることもある。 吸血動物の多くは主に血液を栄養源とするものと、産卵するために吸血するものとがある。 カ(蚊)は後者の代表で、産卵のために血液を必要とする。ただし、チカイエカは血を吸わなくても、少数であれば産卵することができる。 普段は他の動物の血を吸っているものが、たまたま異種動物の血を吸う例もある。 山にいるアブやヤマヒルと人が日常的に遭遇することはないため、生息域に近づかないかぎり襲われることはない。 人の生活圏に常在するノミやシラミには、専らヒトだけに寄生する種やヒト以外の動物を宿主とするものがある。 ネコノミはヒトの血も吸うが、シラミは本来の宿主以外での吸血はほぼ無い。 吸血の方法にはカやアブのように動物の体表面に針を刺して血を吸うものと、ヒルのように皮膚を傷つけて出た血を吸うものとがある。 血液は血管の外に出ると凝固して吸い出せなくなるので、吸血に際して多くの場合血液の凝固を阻止する成分を注入することがある。 そのため抗血液凝固物質に対するアレルギー反応等で、刺傷部位に掻痒や腫張を生じることが多い。 カやアブのように対象動物の近くに住んでいるものと、普段は離れた場所にいて対象を探してやってくるものがある。 南京虫の別名を持つトコジラミは人家や動物の巣内にいて、対象者がそこに戻ってきたときに吸血のために接近する。 ノミやシラミは常に動物の体表にいて、必要に応じて吸血する。 ネコノミは普段はネコが対象だが、ヒトに付着すれば血を吸われることも珍しくない。 カの唾液には血液の凝固を防ぐ数種の生理活性物質が含まれていて、これが免疫反応を引き起して掻痒の原因になる。 カは熱帯地域のみならず、温帯でもマラリア・日本脳炎・デング熱など多くの熱病の媒介源になっている。 2014(平成26)年8月に代々木公園等でヒトスジシマカに刺され、我が国では70年振りとなるデング熱患者108人が発生した。 アブ・ブヨ・ヌカカ・トコジラミ・ノミ(ヒトノミは人のみを、猫やイヌノミは偶発的にヒトを攻撃する。)・ネズミノミはペストをコロモジラミは発疹チフスを媒介する。 ツツガムシは幼虫が偶発的に攻撃し、ツツガムシ病を媒介する。 日本でヒトの血を吸うヒルには、水生のチスイビルと陸生のヤマビルがいる。 陸上に生息し前後の吸盤を使って尺取り虫のような動作で獣やヒトの血を求めて素早く移動するヤマビルや、主に湖沼・田など水流の無い停水域の水中で泳いでヒトの血を吸うチスイビルとがいる。 ヒルはミミズやゴカイなどの仲間で、環形動物に分類されている。 チスイビルは水に入らなければ吸血されることは無く、ヤマビルは生息地に入らなければ吸血されない。 ヤマビルやチスイビルは哺乳動物を吸血するがカと異なり、それらの動物から感染症を人に伝播したという事例は報告されていないが気持ちの良いものではない。 ヒルの前吸盤の中央はY字状をした筋肉質の3つの顎を有し、それぞれ70~80の顎歯が並んでいる。 この歯で皮膚を切り裂き、抗血液凝固物質のヒルジンを出しながら血が固まらないようにして吸血する。 フィブリノーゲンを分解してフィブリンに変えることで、血液が凝固し止血する。 血管を流れる正常の血中で血液凝固が起きないのは、アンチトロンビンによって凝固作用が阻害されているためである。 ヒルジンはトロンビンを阻害する点ではアンチトロンビンと同じだが、フィブリノーゲンに対する活性だけを強力に阻害する点が異なっている。 またヒルの唾液は麻酔成分を含んでいるため、痛みや痒みを感じないまま吸血される。 そのため蚊による吸血と異なり吸血痕からの大量出血を見て、初めてヒルの吸血に気がつく場合が多い。 ヤマビルは体重の20倍もの血液を吸うとされるがその量は多くても1ml程度と言われ、場合によっては吸血後の流血量の方が多いように思われる。 脳梗塞患者やその予防としてビタミンk阻害剤ワーファリンを投与されるが、ワーファリン常用者ではより出血が止まり難くいのではないかと推測される。 ヒルの吸血痕からの流血の多さに驚くが、傷絆の貼付など適切な処置をすれば間もなく止血され傷は数日で治癒する。 ヤマビルは動物の呼気に含まれる炭酸ガスや体温を感知して、1分に1m程度の速さで移動する。 大きさからすると、かなりの速さである。 ヤマヒルの攻撃を防止するためにヤマビルキラー(液剤10倍希釈)・ヤマビルエコキラー(粉剤)・DDVP乳剤 (4000倍希釈)・塩水(20%)・マリックスター・ヤマビルジェット・ヤマビルファイター・ヤマビルファイターエコ・ヒルノック・ダウンヒル・ヒル下がりのジョニー・消石灰、木酢液など多くの殺虫剤や忌避剤がある。 ヤマヒルの活動期は4月~11月だが、中でも6月~9月には生息密度も高まり特に雨中及び雨後は活動が活発となる。 ヤマビルの生息域の拡大には、猿・猪・鹿などの野生動物が寄与していると言われる。野生動物を吸血して満腹になると自然に落下しその場所で卵を産む。 そのようにして、生息域を広げている。 ヤマビルを拡散する野生動物の侵入を防ぎ、乾燥、草刈りや落ち葉などの片づけ・風通し・日当たりをよくなど環境を改善することでヤマビルの定着・増殖を抑制することができる。 吸血しているヒルを無理に引き離すと皮膚を損傷するので、タバコや線香の火を付けたり塩をかけることで自然に落下させる。 傷口から血を押し出して、抗血液凝固物質を絞り出せば治癒が早くなる。虫刺さされの毒を吸い出す、「ポイズンリムーバー」の使用も有効である。 ヤマビル除去後は出血が続くので傷バンなどで傷口を塞げばほどなく止血され、傷痕は残るが一週間ほどでほぼ治癒する。 再々吸血されては敵わないので、天気が回復したらキウイの棚下に消石灰を大量散布したいと考えている。
2018年09月21日

未だテレビが無い時代、少年雑誌や活劇映画によく連載され登場した「義賊・自来也(児雷也)」の物語は、今では50歳未満の人のほとんどは知らないと思われる。 自来也は1806年に刊行された感和亭鬼武の読本「自来也説話」に出てくる義賊で、蝦蟇の妖術を使って活躍する物語である。 この物語には、モデルがある。 中国の宋代に実在の盗賊が盗みに入った家の壁に「我来たる也」と書き記したとされる、「我来也」がモデルだとされる。 自来也を翻案し1839年から 1868年にかけて四人の作者によって「児雷也豪傑譚」が刊行されたことから、「児雷也」と表記される場合もある。 実際にはあり得ないが、蝦蟇・蛞蝓・大蛇の三竦み伝説の原点は児雷也豪傑譚が由来とされる。蝦蟇ガエルは大蛇に弱く、大蛇は蛞蝓に弱い。その蛞蝓は、蝦蟇ガエルに弱いというのだ。 ガマガエルは別名「蟇蛙」とも呼ばれるが、大海言では蟇蛙の名前の語源として「気ヲ以テ子蟲ヲ引寄セテ食ヘバ名トスト云フ」と解説している。 その解説で言うように、餌の小虫を捉えるとき手足を用いることなく舌を伸ばして近づく小動物を捕食する。 その他、背中にある疣から「イボガエル」、蝦蟇を略して「蟇」などとも呼ばれる。 江戸時代の儒学者貝原益軒の「大和本草」では「蝦蟇」と「蟇蛙」を別項で扱っていることから、昔は別種として考えていたものであろう。 昔は香具師が大道で「サアーサアーお立ち会い ご用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いておいで…。」と、独特の口上を使って「ガマの油」なるものを売っていた。 「蝦蟇の油」は筑波山の中禅寺の住職が作った陣中薬の効果が評判になったとされ、ヒキガエルの耳腺分泌物、皮膚腺分泌物を集めて乾燥させたものだという。 しかし住職が、ヒキガエルの毒を使って作ったかどうかは定かでない。 ヒキガエルの毒は蟾酥といわれ、現在日本薬局方に生薬として収載されている。 現在ガマの油といって土産店で販売されているワセリンなどを成分とする商品に、蟾酥は含有されていない。 ガマガエルは水の無い、森林・農耕地・都市部にも生息している。 褐色、黄褐色、赤褐などの体色で、白や黒、褐色の帯模様が入る個体もいる。 体側面に赤い斑点のあるものが多く、背に斑点がある個体もいる。 寿命は、10年ほどだという。 ガマガエルは、水域依存性の極めて低いカエルである。 繁殖の際を除いて水域から離れたまま暮らしており、夜間の雑木林の林床や庭先等を徘徊する。 体表にイボや皺のある理由として、陸上での皮膚呼吸の表面積を最大化するためとの説を唱える人もある。 昆虫やミミズなどを、捕食する。 体型の似ている俊敏なウシガエルと異なり動きは鈍重で、昆虫やミミズを待ち伏せして長い舌で捕まえて食べる。 夜行性で、昼は石や倒木の下に隠れている。 カエルの中でも、ずんぐりした体形をしている。開いた口が蝦蟇の口に似ていることから、ガマ口と呼ばれる財布がある。 日本にはニホンヒキガエル・オオヒキガエル・ナガレヒキガエル ・ミヤコヒキガエル の四種が確認されている。 ヒキガエルは後頭部の耳腺から、毒液を分泌するのが特徴である。この毒は主に外敵や寄生虫、細菌から身を守るために分泌するとされている。 犬が蝦蟇にちょっかいを出して、蝦蟇の耳腺から飛ばした毒が犬の目に入ると相当痛がる。 「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」という有名な一茶の句がある。 一茶はこの句の注に、「四月二十日蛙戦ひ見に…」と書いている。 かわず合戦とは産卵に際して、数匹のオスのカエルがメスを巡ってお互いを押しのけ合う様子を指して言う言葉である。 今年の場合旧暦の4月20日は新暦では、3月5日に当たる。 温暖化の日本列島とはいえ3月5日はまだ池に氷が張ることもあり、産卵するには時期が2週間ほど早い感じもする。 アマガエルやトノサマガエル・カジカガエルは、体の大きさに似合わずかなり大きな声で鳴く。 しかし片手を広げた程の大きさになるガマガエルは、ほとんど鳴き声を立てない。 両前足の付け根を掴んでくすぐるようにするとくぐもった小さな声で、「キャッキャッキャッ」または「クックック」などと鳴く。 大きさや体型が似ている北米原産の外来種「ウシガエル」は、ガマガエルと異なり大きな声で「ブオー、ブオー」とウシに似た声で鳴く。 和名の由来になった声は1km離れても聞こえると言われ、騒音問題にされることもある。 「古池や蛙飛び込む水の音」は1686年の春、深川元番書の森田惣左衛門屋敷「芭蕉庵」で詠まれたとされる。 ガマガエルは成体になってからは産卵期以外ほとんど水に入らないので、「ぽちゃん」と池に飛び込んだ蛙はガマガエル以外の蛙であろう。 今年の夏は猛暑のため蒸発で溜まり水が無くなって、蚊の発生が少なかったと言われる。 実際庭に出ても、吸血されることは少なかった。 8月23~24日に20号台風の雨が降ってからは連日の干天で、そのため庭の地面は長い間白く乾燥している。 9月1日の気温は、朝から30℃近くまで気温が上がった。 普通夜間に活動し日中は涼しい草叢や石の下に潜んでいるはずのガマガエルが、早朝の6時半の直射日光の下の庭に這い出して来た。 昭和45年頃から棲みついていたガマガエルは、7年前ほど前雨水桝を清掃する際排水管に流れて行ってしまった。 それから我が家の庭にガマガエルの姿を見なくなっていたのだが、昨日這い出して来た蛙は18cm以上もありそうな大きな個体であった。 我が家の近くに池を持つ家は見当たらず、どこで産卵行動をしているか不思議に思える。我が家の庭は近隣の家に比べて比較的緑が多く鉢物もあるため、毎日水を撒く。 水溜りが無いとは言え、鉢物への散水で適当に湿り気がある庭は何とか蝦蟇が生きていけるだけの水分を保っているのであろう。 寿命10年と言われるガマガエルは、未だしばらくは我が家の庭を棲みかにして生きていくのだろう。
2018年09月02日
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