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明治44年に尋常小学唱歌として発表された鳩(はと)は、♪「ぽっぽっぽ はとぽっぽ 豆がほしいか そらやるぞ みんなでいっしょに 食べに来い」と歌う。元の曲名はハトだが30年を経て、ほとんどの人が原題と誤って思い込んでいた「ハトポッポ」に変更された。旧約聖書の「創世記」6章-9章に、ノアの箱舟が出てくる。エホバは人間が次第に堕落していく様を見て怒りを覚え、そんな人間ならいっそ全滅させるために大洪水を起こそうと考えた。しかし、「ノア」の一家だけは日々真面目に働いていたので、エホバは洪水を起こす前にノアの一家だけを助けることにした。その際方舟を造って、すべての動物を一対ずつその船に乗せるように教えた。やがて大雨が降り続いて世界が水没し、方舟に乗せられた動物だけが生き残こった。大雨が収まった後上陸できる陸地があるか確かめるために鳩を放したところ、鳩はオリーブの枝をくわえて戻ってきて陸地のあることを知らせたという。ここから、鳩が平和の象徴とされるようになったのだという。 パリで1949年に開かれた国際平和擁護会ポスターのデザインに、巨匠ピカソが鳩を描いたことで鳩が平和の象徴として世界的に認知されるようになった。仏教国である日本において旧約聖書に出てくる鳩が平和をイメージするようになったのは、タバコのピースのデザインが大きく寄与している。ピースの箱に描かれたオリーブの枝を咥えた鳩の図柄は、アメリカの著名なデザイナーであるレイモンド・ローウィのデザインしたものでタバコの売り上げに大いに貢献した。以来長い間平和の象徴とされてきた鳩だが、今では鳩害ともいわれ嫌われ者となり果てている。鳩の害で特に問題とされるのは、休憩鳩・待機鳩・ねぐら鳩・巣作り鳩・餌場等に撒き散らかされるに糞による害が多い。その他ハトは様々な病原体を保有し人にクリプトコックス属真菌感染症や、鳥インフルエンザ・アレルギーや喘息の他オウム病などの健康障害をおこす。「呑舟之魚、不游枝流、鴻鵠高飛、不集汚池」という、「列子 楊朱」出典の成句がある。「呑舟の魚は枝流に游がず…。」と読み、舟を飲み込んでしまうほど大きな魚は常に水量豊かな本流を泳いでいて支流に姿を見せることはないの意味である。この呑舟の成句から「大人物というものは、愚者とは交わらない。また、高邁な志を持つ者は、小事には拘泥しない。」という意味で使われるようになった。9年も前国政を停帯させたとの評価が残る政権が誕生し、二世議員が首相となった。学歴は東京大学工学部計数工学科を卒業しておりかなりの秀才だが、学歴と人物の大きさとは必ずしも比例しない。この人物は自らを「呑舟の魚」と称したのだから、かなりの思い上がりがあったように感じられる。首相在任中の2009年11月の本会議の議場で、議案審議そっちのけで同じ会派の議員から依頼を受けた扇子を広げて揮毫していたというのだ。詳しい情報と写真は27日の読売新聞朝刊に、「26日の衆院本会議中、鳩山首相が審議そっちのけで扇子に揮毫する一幕があった。」報道されている。(写真 読売新聞から転載)以前書いたと思われる「呑舟之魚不遊枝流」の「遊」と「游」が間違えて書かれた扇子に、サインペンで「友愛」と書き足したというのだ。遊ぶと泳ぐでは、明らかに意味も異なる。書き足した言葉の友愛とは友人に対する親しみの情だから友でない者には排除の論理を適用し、重要な本会議中でもその発言を聞く必要などないと考えたのであろうか。退陣末期にはその行いと名前から、「ハトポツポ」宰相と揶揄されるまでになった。はとぽっぽは、親しみのある童謡の歌詞だが、鳩は今や友愛や平和のイメージでは無く都市の有害鳥である。多くの重要な国政の課題を掻きまわし、国政の舵取りを誤り結果派生した諸問題を放置したまま首相の座を放り出して政界を引退してしまった。その後も国の要請を無視して、対外国活動などをしている。「呑舟の魚、支流に游がず」ではなくより適切に言い表すなら、「鈍愚の魚 民心を惑わす」(捕えどころのないのらりくらりとした魚は、民衆の心を乱す。ー造語)とでもなろうか。
2018年02月24日

今年の立春は、2月4日だった。立春は冬季が終わるときで季節の変わる節分であるが、暦には立春の前日を節分として記している。節分は季節の変わり目のことで春・夏・秋・冬の各季節にあるが現在、節分といえば「立春の前の節分」を指している。日本の各地で、このころから気温は上昇に向かう。日足は伸び木々も次第に芽吹いてくるので、春の気配をどことなく感ずる時期とされる。我が国のほとんどの地域気候は温帯に属しているが北海道や東北地方は亜寒帯に属し、南西諸島の気候は亜熱帯といわれる熱帯と温帯の中間のような気候である。気象庁の季節区分では、3月~5月が春・6月~8月が夏・9月~11月が秋・12月~2月が冬とされている。日本の気候は、季節風の影響で四季がはっきりしていると言われる。しかし各季節への変わり目が何月何日であったのか、説明できないことの方が多い。夏から秋への変わり目について藤原敏行朝臣は、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」(古今集・巻4)と、風の音で秋の到来にはっと気づいたと詠んでいる。 また冬から春の変わり目について二条后(藤原高子)は、「雪の内に 春はきにけりうぐひすの こほれる涙 今やとくらむ」(雪の降っている中に春がやって来ました。鶯の凍っていた涙は、今はもうとけるでしょうか。)と季節に冬と春が同居している様を詠んでいる。冬から春への季節の変わり目は三寒四温の言葉もあるように、行きつ戻りつしながら季節が移っていく。藤原敏行朝臣は耳で季節の移ろいを知り、二条后は聴覚と視覚でとらえたのである。「映る顔 おだやかに水温みけり」は山口青邨の句だが、氷が解けて顔が映るほどゆるゆると流れる川の水に視覚で春を感じたものであろう。3月~4月は1か月で5度以上の変動があり、夏から秋への変わり目となる9月~11月も同じ程度の気温差がある。季節の変わり目に自律神経に変調を来し、頭痛・肌荒れ・めまい・耳鳴り・倦怠感・眠気・鬱・腹痛など様々な体調不良に悩む人もある。花粉症を発症することで、季節の到来を知る人もある。体調不良で、春の到来を知るのである。これらの症状の発現は、人によって異なり一様ではない。都会の狭隘な庭では最早お目にかかれなくなりつつあるが、早春に庭の枯れ葉の陰から顔を出した「蕗の薹」を見ると漸く春が来たなと感じる。この時期スーパーの棚にも並ぶがなぜか発泡スチロールのトレイに入ったものを見ても、庭の日だまりに蕗の薹を見つけた程の感動は沸かない。我が家の狭い庭の富裕柿の木の下に、50年以上も前に家内の実家から株分けして植えた「ヤマブキ」が地下茎を伸ばして今では庭一面に広がった。12月には地際に付いた数枚の枯れた葉茎の付け根の真ん中に、極く薄いピンク色の小指の先ほどの芽が付く。この薄いピンク色の芽は1月末頃から次第に大きくなり、立春を過ぎた頃には親指大となる。やがてその名前のように抽薹し、緑の葉にも似たガクを開いて花茎を伸ばす。蕗の薹は春一番に出る山菜であって栽培もされており、多くの家庭では蕗の薹を天婦羅にして味わう。多くの山菜には苦味成分が含まれており、最もポピュラーな山菜の王様といわれるワラビやゼンマイには発がん誘因物質を含むものがありアク抜きは必須である。「苦い」という味覚は古来より敬遠され、「苦々しい」「臥薪嘗胆」「苦虫を噛み潰したよう」などの言葉で比喩される。人は苦味を持つ物を、有毒物として認識するDNAを受け継いでいると唱える学者もある。そのため小児は、苦味のある食品を忌否して好まない。これが不思議なことに有毒な食品でないことが分かる年齢になると、一転むしろ苦味のある食品を好むようになる。佐藤春夫は「さんま、さんま さんま苦いか塩つぱいか。」と 、「秋刀魚の歌」で歌っている。多くの人は、コーヒーや魚介類の内臓・茶などの苦味を楽しむためにこれらを飲食する。微かに苦いと感じることを「ほろ苦い」というが、子供の頃忌否していた苦味のある食べ物をいつの間にか逆に好むようになる。これを見て周りの者は、漸く大人になったと評する。好まれる苦味の強弱は人によって異なり、一概に比べることはできない。蕗の薹は油を潜らせることでほとんど苦味を感じなくなって子供でさえ食べやすい味に変化することも、天婦羅にして食される理由の一つであろうか。ボール一杯も収穫できた蕗の薹はアツアツの天婦羅も酒のアテにして旨いが、もう少し苦味を残して山菜としての野性味のある味が好きで天婦羅よりむしろ佃煮にして楽しんでいる。手間さえ惜しまなければ、佃煮の作り方は簡単である。完全に開花する前の蕗の薹を摘んだらがくの間に入った泥を良く洗い落し、枯れ葉などのごみを除く。鍋に洗った蕗の薹とたっぷりの水を入れ、火に掛ける。沸騰して約5分茹でて、湯を捨てよく水気を絞る。苦味が不得手な人は茹で時間を延長し、さらに流水に晒せば苦味を取り除くことができる。絞った蕗の薹を微塵に刻み、好みの削り鰹節を数袋と等量の酒・味醂・醤油を加えて水気が無くなるまで弱火で煮詰める。醤油が少なめなので途中味を見て、足らない醤油を加え好みの味に調整する。出来上がったら瓶詰めにしておけば、10日以上日持ちし長く楽しむことが可能である。今年は今までになく寒く、実際の春の陽気が心待ちにされている。しかし漸く南岸低気圧が定期的に関東沿岸を通過するようになり、3月3日の雛祭り辺りから春めいてくるとの予報である。私は季節の節目を季節より一足早く、庭に頭を出した蕗の薹を眺めほろ苦い蕗の薹の佃煮を食べ目と舌から春の到来を知るのである。
2018年02月20日

1月28日の夜2時間ほどの間に、仮想通貨580億円相当が外部からの不正アクセスで流出したという。この仮想通貨は、約26万人が保有していたとされる。素材そのものに価値のある貨幣を物品貨幣や実物貨幣と呼び、通貨の概念が誕生したころにはその重量が価値の判断とされてきた歴史もある。特に初期の貨幣には、物品貨幣が多い。物品貨幣は貝殻や石などの自然貨幣と、家畜や穀物などの商品貨幣とがある。物品貨幣については非常に理解がしやすいが、現代の紙幣やコインの法定通貨についてさえかなり理解が難しい。これが国家による価値の保証を持たない仮想通貨となると、全く理解の閾を越えた問題となってしまう。目盛りや升目という言葉があるが、この目とは物を測るための標(しるし)である。通貨が物品貨幣であった頃は、重さが単位とされていた。この場合の目は、秤・升などではかった量・重さを表わしている。質量だけではなく、長さを計る物差しにも目盛は使われる。目はまた、百目・一貫目のように数を表す語の後に付いた場合は匁(もんめ)の意味を表わしてもいる。鎌倉時代以降に銀1両を4.3匁とする秤量銀貨の単位が用いられるようになったが、江戸時代まで分銅の表記は「戔」であった。尺貫法では質量の単位である貫だが江戸時代以前には通貨の単位であり、通貨単位の貫は1000文に相当した。文は、現代では全く通用しなくなった。質量単位と通貨単位を区別して質量単位の方を貫目(一貫分の目方の略)、通貨単位の方を貫文(かんもん)とする場合もある。江戸時代の一貫は平均して3.736kgであったが、江戸後期(19世紀以降)になると3.75kgを超えたという。1貫目は1000匁に相当し、明治時代になって 1貫 は3.75kgと定義された。現在我が国では貫を、取引・証明に使用することは禁止されている。ただし真珠の質量の単位として匁が商取引上国際的に使われているので、「真珠の質量の計量」に限定して使用することができるとする例外がある。日本における正規の名称は、明治初期まで「銭」であった。1891年(明治24年)度量衡法令が公布され、メートル法を基準とした「匁」が登場した。「もんめ」は一文銭の質量であることから、「文目」(もんめ)と呼んだことが「匁」の語源由来とされる。「匁」の文字は「文」と「メ」を組み合わせたものであるとする説や、「銭」と同義の「泉」の草書体に由来するとの説などがある。「匁」を国字とする説が多いが、異説もあり本来「銭」の異体字として中国で使用されていた字で日本の国字ではないとする見解もある。日本で本来の銭に代わって「もんめ」の漢字として匁が使われるようになったことから、国字と認識されてしまったのではないかと説明している。江戸時代の銀目において10匁単位(10匁の整数倍)の場合には、匁の代わりに「目(め)」と呼ぶことがある。例えば30匁は三十目、300匁は三百目とも呼ぶなどがその例である。ただし、10匁単位でない場合はこの表現は用いない。たとえば、17匁は17目のようには言わない。この場合の「十目」・「百目」はあくまで10匁・100匁の別の表現なので、143匁は百四十目三匁ではなく百四十三匁である。貫とは大量の銭を携帯するために銭を束ねた道具「銭貫」のことであり、材質によって糸貫と木貫があった。円形の中国貨幣には真ん中に四角形の穴があり、ここに銭貫を通して束ね1000枚を1組とした。これが南北朝時代ころになって、銭貫を通貨単位とした「貫」が出来上がった。日本では、一文銭の目方であることから「匁」(もんめ、元は文目)と呼び、1000匁を1貫とした。先に匁という単位があり、その1000倍を貫と定めたものである。辞書には「目方」(めかた)は、「物の重さ、はかりで量った重さ、重量。」とある。「重さ」とは重いことその度合いとあり加えて、地球上の物体に作用する重力の大きさで、その物体の質量と重力加速度との積に等しい。また地球上の場所により重力加速度の値が異なるので、同一物体の重さも異なることは中学で習う。重力加速度の補正をしないで同じハカリを使うと、場所によって1/千ほどもの差が生じさせるほどにその影響が大きい。精密が必要とされるある物質の質量が測定場所で異なるのでは、往々にして困ったことになる。そこで質量の測定において重力値の影響を除外するしくみが計量法の質量計ほかの分野で規定されており、質量が1kgの肉は必ず1kgと表示されるようになっている。そこで、使用地に対応して補正しているのである。こうした違いを生じさせるハカリの典型は、バネ式のハカリである。両皿天びん方式のハカリでは、測定したいモノと分銅の両方に同じ重力加速度がかかるのでこの影響を受けない。仮想通貨580億円の質量は、恐らく零なのであろう。貨幣通貨と同じように質量を伴えば瞬時に移動させることは不可能である。インターネットで決済が瞬時に行えるメリットがある一方、プログラム保護に欠陥もあり悪意ある者からは常に侵入やアクセスが試みられているともいえる。通貨と秤のように実態の見えるものではない電子上のシステムは、必ずまたヒトによって破壊もされる運命にあるのだろう。ともあれ仮想通貨で数億円を稼いだという人もあるが、大きく損をした人も結構いるのではないかと感じている。
2018年02月05日
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