2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
以前にも書いたことがあるが、柚木崎はコスモに乗っている。厳密に言えば片割れの車だが、柚木崎もとても気に入っている車である。滅多に見かけない車だからか、時々公道を走っているにもかかわらず、めちゃめちゃ煽られることがある。片割れも柚木崎も、そういう輩は基本的に相手にしない。自分が事故っても(車を怪我させるのも)厭だからである。もちろん、相手が事故っても気持ちのいいものではないが。ここ数年思っていることだが、随分と運転マナーが悪くなってきた気がする。自分さえ良ければ、という気持ちが見え見えな走りをしている車が多い。そういう人ばかりではない、と分かっているが、歩行者や二輪に乗る人たちは怖いだろう。例えば渋滞している道。前が進まなければ進めないというのに、やたらとクラクションを鳴らす車がいる。煽る車も多い。Uターンするのに歩道を平気で使う車がいる。歩行者をぎりぎりで通り過ぎる車もいる。今日柚木崎を煽った車も、危険な運転をする車だった。ウィンカーも出さずにいきなり車線変更をするわ、信号変わるやいなやかっとんでくわ、車間があいてないスペースに無理やり割り込んで、前の車に対してクラクション鳴らしてたり(前は勿論詰まってた)。最悪の運転、と思わずにいられない運転をしていた。曲がる方向がたまたま同じで、同じ信号に引っかかった。隣でずっとエンジンをふかしている。よほど腕に自信があるのだろう。こちらをちらりと見たな、と思ったら、バトルサインを出してきた。上段じゃない、こちらはそんな気分じゃないので無視した。ここは峠でもなんでもない普通の公道で、しかも歩行者や路駐が多い道路である。何を考えているのか、と腹が立った。信号の先には路駐の車が5台ほど連なっていた。もちろん、柚木崎がいる側の車線に入らなければ抜いていけない。エンジンをふかして待っている隣の車は、明らかに苛立っている。信号が変わったらかっとんで行くつもりでいるのが分かった。そんなんと一緒に字懲りたくない。そう思ったので、何食わぬ顔で並んでスタートした。……後続車(全て大型のトラックだった)も同じ行動を取った。入るスペースはどこにもない。信号が変わる直前に、ようやくこちらの車線に移動できたようだ。猛スピードで追い上げてくると、また柚木崎に並んだ。またもやバトルサイン。また無視した。で、同じ行動。後続トラックも同じ行動。そして同じ繰り返し……いいかげんにしてくれ、と思ったところで、柚木崎自身が曲がる道に突入。これで逃げられる、と曲がったら、リアをこすらんばかりの勢いで突進していった…ああいう車は事故を起こさなきゃ分からないのかな?公道で走るということは、常に自分が加害者になる危険があるということ。車は凶器になり、最悪の場合、無関係の人を巻き込んで命を失うということ。運転する側は常にそのことを考えなければいけないと思う。
2003.01.31
コメント(0)
最近全然会っていないが、師匠と呼べる存在がいる。というか、「師匠」の押し売りを最初はされたのだが(^^;今では柚木崎に多大な影響を与えた一人として数え上げていい人である。その人は、柚木崎の職場に非常勤で来てくれていた人である。絶叫短歌の有名な歌人であり、現役の坊さんでもある。また、趣味でボクシングをしていたこともあるという、多彩な才能の持ち主だ。『詩のボクシング』という言葉もこの師匠から学んだ。最初、柚木崎は師匠を見たとき、「良い声をした人だな」程度の認識しかなかった。加えて言うなら「何ゆえ坊主頭?」。現役の坊さんなのだから当たり前である(^^; 毎朝きちんと剃刀をあててきているのがよく分かる、とても綺麗好きな坊さんであった。そして、服装もかなりお洒落な人だった。ウィスキーだかブランデーだかで染めた帽子を小粋にかぶり、ひょこひょこと片足を引きずりながら歩くその姿は、遠くからでもすぐに分かった。この師匠、とんでもなく酒の好きな師匠なのだ。コーヒーも大の好物で、コーヒーがないと悲しそうな顔をする。柚木崎の恩師と仲がよく、連れ立って飲みに行くことも多々あった。そんな恩師と師匠の酒の席に、最初に同席させてもらったのはいつのことだったか。柚木崎自身は「飲めるけど飲まない」性質なので、師匠や恩師のハイペースなのみっぷりに唖然としながらつまみばかり食べていた。あまり面識のない人(師匠)を目の前に、あまり無様な姿を見せたくなかった、というのも多少ある。そんな柚木崎の背中を思いっきり平手で叩いて、かの人は唐突にこう宣言したのである。「お前、酒はうまいものだ! うまく飲むにはコツがいる。オレがお前の酒の師匠になってやろう!」それ以来、幾度か酒の席に同席させてもらった。そのたびに師匠に「うまい酒だろう?!」とバシバシと背中を叩かれた。柚木崎が日本酒ばかりに強くなったのは、親父様の影響ばかりではない。この師匠の影響もかなり強い。本気で言っていなかったのかもしれないが、柚木崎が「師匠!」と呼ぶと、嬉しげに顔をほころばせた。最後に同席させてもらったのは、もう5年ほど前のことになるのか。本当に長い間会っていない。その師匠の姿は、時々TVや本屋に並ぶ『絶叫短歌』のビデオで見かける。見かけるたびに懐かしくなる。あの口調、あの歩く姿、坊さんならではの声の響き。あの人と毎週会って話をして、たまに飲みに行ってたんだよな、と思うと、なんだかその日々が遠い。果たして師匠は柚木崎を覚えていてくれているだろうか?(笑) いつか再びお会いできたなら、「師匠!」と呼びかけてみようと思う。師匠に興味のある方はこちらをご覧下さい。
2003.01.30
コメント(0)
今やってるゲームから波及した考えだが、『幸せのカタチ』って、一体どういうものだろう? ふと思って、ずっと考えている。人それぞれ、「十人十色」という言葉もある通り、幸せの定義も違うだろう。ってことは、『幸せのカタチ』というものも、人それぞれなんだろうな…。(そもそも『カタチ』なんぞないものなのかもしれないけれど)ここのところ、耳にするのも厭な言葉が飛び交う。相手をどこまでも傷つける言葉。そういう言葉をつむいだ当人は、自らが同じ状況になると大騒ぎをして更に相手を貶める。何故そんなことをするのだろう?もしかしたらそういう行為をして、人の気を引くことがその人の『幸せのカタチ』なのかもしれない。そうなのだとしたら…とても可哀想なことだと思う。そのための犠牲にはなりたくないなぁ(^^;
2003.01.29
コメント(0)
試験監督をしていて気になることがある。携帯電話の電源を切るようにアナウンスすると、学生が不安げな表情になるのだ。つかみ所のない不安なのか、なんとも言いがたい雰囲気が漂う。試験中は時計の代わりとしても携帯電話を使用することができないので、それも更に不安らしい。中にはマナーモードならいいだろう、という学生もいるが、電源を切ることを前提としているため、マナーモードでも不可なのだ。試験時間中の静けさの中では、バイブレートの音ですら響き渡る。それを考慮した規定となっている。携帯電話・PHS・ポケットベルなどは電源を切って、カバンの中にしまう。規定によるとこうなっている。しかし、そうアナウンスしても学生は『自分のポケット』に携帯電話をしまう。ポケットにしまいこんで、ふとした時になぜか確認するのだ。多分、無意識の行動なのだろうが、ポケットの中に手を突っ込んで、少し覗き込むようにして何かを見る。こういう行動は、実際には携帯電話の確認をしただけでも、カンニングと判断される。だから、残念ながらポケットはカバンではないという理由で、見つかると叱られることになるのだが。ポケットから引っ張り出してしまわせると、明らかに不安な表情が浮かぶ。携帯電話をなぜ時計代わりに使用してはいけないのか。答えは明白である。メールで解答をカンニングさせないためである。電源が入っていればもちろんメールを受信することができる。試験監督にばれないように、届いたメールをチェックし、時計を見る振りをして、自分の解答用紙に写す。立派なカンニングが成立するのだ。それをさせないための規定になっている。その理由を話しても、学生は携帯電話の電源を切りたがらない。たかが1時間あまりのことである。それでも怖いのだ、とある学生が言っていた。「怖いんです。つながりが、切れてしまいそうで」携帯電話でしかつながっていないつながり。随分とか細く、相当に脆いつながりのようだ。追記:「これはどうしたらいいですか?」と言われたので、見に行ってみた。……携帯電話型の時計だった(^^; 中にはこういうウケを狙ったお嬢さんもいるらしい。
2003.01.28
コメント(2)
月曜なのに、朝から冷たい雨が降っている。なんだかやる気が萎えてしまうような天気だ。昨日までは天気が良かったのに、一転するとこのような寒々しい状態。まだちょっと春は遠いと思わせる。ニュースによると、大阪のほうでは早咲きの梅が満開を迎えている様子。暖かい日も時々あるから、それに釣られて花が咲いてきているのかもしれない。この時期から4月の頭にかけて、柚木崎の実家も庭先で次々と花が咲く。淡い桃色のシクラメンから始まって、薄いピンク色の花弁が上品な冬牡丹、黄水仙、白梅、蝋梅…次々と小さいのから大きいのから、色とりどりに咲いていく。実家のほうは田舎なので(現在柚木崎が住んでいるあたりも大して変わらないのだが)、花をついばみに鶯がやってくる。ヒヨドリももちろんやってくる。マンリョウがついばまれて悲しい、と母が嘆いていた。もう随分前のことだが、そういった野鳥に混じって、なぜかセキセイインコが迷い込んできた。まだ羽がやっと生え揃ったくらいのちっこいセキセイインコである。鳴き声が違うのですぐに聞き分けられる。最初に庭先で聞こえたときは驚いた。慌てて母を呼んで、柚木崎は実家で飼っていた白文鳥をむんずと捕まえて鳥小屋に入れ、外に飛び出した。人が好きなセキセイインコなら放っておいても寄ってくるが、仲間を好きな場合だとこの手が捕まえるのに手っ取り早い。一番最初に捕まえた子は、人懐っこい子だったようだ。パタパタと近くに飛んできて首を傾げて見上げてきた。捕まえてみると、ボケた色合いではあるが、愛敬のある顔をしている。お尻のところに大きなイボができていた。今日のように冷たい雨が降っていて、ぶるぶると震えていた。広報などに載せて迷いインコとして預かっていたが、引き取り手が全くいなかったため、結局実家で飼う事にした。ご飯をもぐもぐとよく食べることから「もぐ」と名づけられたそのセキセイインコは、不慮の事故で死んでしまったけれど、母が一番愛したセキセイインコだったように思う。それ以降も、数年間、この時期になると迷いインコが飛んできた。理由は不明だが、同じような羽の生え揃い具合からいって、どこかで大量に産まれたからと、捨てていたような感じがある。違う方向に飛んでいってしまった子達はどうなったか分からないが、運良く(?)柚木崎の実家の方面に飛んできた子は、ほぼ全部捕獲されたと思われる。全部を全部広報に載せ、飼い主を探したが、やはり出てこなかった。ウチでも大量に飼ってしまったら一羽一羽への愛情が減ってしまう。それは可哀想だということで、3ヶ月待っても飼い主が出てこなかったセキセイインコは、欲しいという人に渡してしまっていた。しかも、どの子も手乗りにして(^^; 柚木崎母は手乗りインコがどうやら好きだったらしい。甘ったれでぺたぺたとどこにでもついてくるインコたち。里子に出した家でも大事に大事に育てられたので、この子達は幸せだっただろうと思う。今日みたいに冷たい雨が降ると来ると思い出す。どこからか放されて飛んできたセキセイインコたちを。みんなそれぞれ可愛がられて、その殆どが天寿を全うしていった。飛んでこなくなって数年が経つが、花の名前をつけられた子達が多かったので、この時期になると思い出すことが多い。
2003.01.27
コメント(0)
戻ってきたゲームを久しぶりにやった。ゲームの名前は『ポポローグ』。気に入っているゲームの一つだ。あまりにも久しぶりにやるので、感覚がなんだかついていかない。まるで絵本のような感じのゲームである。RPG(ロールプレイングゲーム)という種類のゲームなのだが、これの煽り文句が「お父さんのバカ!」というもの…(^^; そういえばこのセリフがどっかで出てきたな、と思いながら、サクサク進める。…やばい、ホントに忘れてる(^^; この人たちってどこにいるんだっけ?(^^;そんなことを思いながら進めていたら、出てきた出てきた。主人公の叫び。「お父さんのばかぁ!!」一時期TVでも放映されていたから、知っている人もいるかもしれない。『ポポロクロイス物語』の続編である。柚木崎お気に入りのゲームの一つだ。なにしろ、話がしっかりしている。笑いはきちんと取るし、キャラクターの動きもきちんとしている。それぞれのキャラクターの心の動きもきちんと表現されていて、このゲームはやっていて面白い。さぁて、久しぶりだから、どのくらいの時間でクリアできるだろう? これが終わったら次のが待ってるしなぁ…楽しみが多くて嬉しい。
2003.01.26
コメント(0)
よい天気だ。ついうとうとしかけるのを我慢しながら仕事をしてきた。帰るのに車に乗り込む際に、ふと枝垂れ梅に目が行った。……咲いている。うちの職場には枝垂れ梅がある。建物の内側から見ると、ちょうどガラス張りになっている部分にその枝垂れ梅が植えられており、一枚の写真か絵のような印象を与える。しかし、外側からみるとちょっと可哀想なのだ。狭い隙間に、一生懸命枝を伸ばして大きく育った枝垂れ梅。今では大きくなりすぎたのか、かなり狭そう。垂れた枝が地面について、それでもなお大きくなろうと頑張っている。普段はあまり気にとめないこの枝垂れ梅、この時期になると、通り過ぎるたびに目が探す。蕾の様子、花の咲き具合など。以前の職場の時には、この枝垂れ梅が咲くと、みんなで花見酒をしたものだ。今の職場ではそれはないけれど、そういった風流なところのあった前の職場を懐かしく思い出しながら眺めている。いまの枝垂れ梅の状況は、やっと8~10個くらいの花が咲いた程度。これから次々に花開く予定、といわんばかりに蕾がはちきれそうになっている。満開になったら写真に撮って、以前の職場の人たちにメールで送ろう。
2003.01.25
コメント(0)
昨日の雪は、柚木崎の職場を含む住むあたり一体を、かなり白く覆い尽くしてくれた。雨に変わったその後も、今日の晴れている日中も溶けない北側…しかたがないとはいえ、なんだかココはどこだ? って気分になる。自宅で雪が降っているのを見るのは好きだ。暖かい部屋からでも、ベランダの寒いところでも、自宅から見る雪は好きである。昔からそうなのだが、何故なのかはよくわからない。どんなに綺麗な雪景色であろうと、自宅から見る雪景色が一番だと、どこかで思っているのかもしれない。雪空は、見上げているとなんだか吸い込まれてしまいそうな気がする。幼い頃、ぼ~っと雪が降ってくるのを見上げていて、そのうち足元から雪が登ってくるのか、空から雪が降ってくるのか分からなくなってしまった。その感覚がなんだか懐かしい。きっとその感覚が好きで、覚えているのだろう。雪の日は嫌いじゃない。どちらかというと好きなほうだ。……ただ一つ、ウチの子のお蔵入りさえなければ(T-T)
2003.01.24
コメント(0)
昨晩、イラク関連のニュースを見た。難病・奇病の子供が湾岸戦争以来増えている、というニュースだ。見ていて胸が痛くなった。子供が泣いているのだ。「検査はもう厭だ! 注射ももう厭だ! 助けてお願い! 助けて!」と。一番大好きなはずの親から、泣きながら逃げている。また戦争になるのだろうか? そう思うと、苦いものがこみ上げる。柚木崎自身は戦争を体験したことがない。戦争を体験した身内は幼い頃に亡くなったので、話を聞いた覚えがない。だからといって、痛みが分からないわけではない。幸い、今の職場(前の職場もだが)で、年配の方と接する機会が多い。その方々が、時々重い口を開いてくれる。埼玉県東松山市に、丸木美術館という美術館があることは、どれだけの人が知っているだろう。反核・反戦を訴えつづけた丸木夫妻の美術館だ。一度は目にしたことがある絵が一枚はあると思う。柚木崎自身は、小学生の頃に『ひろしまのピカ』という絵本を見た覚えがある。その絵を描いた人たちの美術館に、高校生のとき、先生に連れて行かれた。行きたくないと思うと同時に、今ならどう思うか興味があった。気分は複雑なまま、美術館に入った。そこには現実に見たことのない、体験したことのない世界がそこには描かれていた。原爆投下直後の人々の阿鼻叫喚が生々しく描かれている。まさに地獄。この世の終わり。鳥肌が立つほどの臨場感と、突き刺さるような痛みが伝わってきた。痛い、痛い、痛い、痛い・・・・・・。戦争、と聞くと、この恐怖を思い出す。この痛みを思い出す。原爆投下以外にも、空爆などがあったはず。少年飛行兵だったという知り合いが、友達が次々に死んでいったと遠い目で話してくれた。沖縄は、今でも痛みをもってすごしている。自衛隊の人の家族も、気が気でないと思う。この恐怖を毎日味わいながら過ごしている人々がたくさんいる。それは、別の意味でまた地獄の日々だろうと思う。大事な人がいつ、自分の傍から消えてしまうか分からない。毎日を戦々恐々と過ごす。そういうのは辛すぎる。この地球上には、いろいろな人、いろいろな動物が住んでいる。全ての生き物が安心して暮らせる日が、いつか必ず来ますように。武力解決ではなく、お互いがお互いを思いやって、歩み寄って…そういう世界が来てほしい。そういう努力を、一人一人がしていかなければならないのだろう。
2003.01.23
コメント(0)
入会希望の申込書が来た。いわゆる、東京ディズニーリゾートの割引アイテムだと思っていい。これをもっているといろいろなところで割引がきく。以前の職場のときにこのカードを初めて持った。しかし、実際東京ディズニーランドへ行ったのは、会員の間は2度だけ(^^; あまりにも少ない回数である(^^; それでも、「いつかまた行くぞ」と思って持っていた。その期限が今年の3月で切れる。今回申し込みをすればまた3年延びる。迷わず申込書を書いて提出してきた。改めてメンバーシップカードを見てみると、いろんなところで本当に割引が効くのだな、と思う。東京ディズニーランドはもちろん、新しい東京ディズニーシーでも特別価格で購入できる(とはいえ、わずか400円の割引ではあるが)。ディズニーリゾートのホテルや、オフィシャルホテルも特典があるらしい。(特典ってなんだろう?)イクスピアリの一部店舗も割引が効くとある。(対象店舗があって、ロゴマークが表示されているとのコト。5%の割引って…)また、日産レンタカーも割引価格になるとのことで、これは少し嬉しい特典だ。年間パスポートを買って、それでもお釣りがくるくらい遊びに行く友人や、年に一度は必ず遊びにいく妹やら、たくさんのディズニーファンがいるなかで、メンバーシップカードを持っておきながらなかなか行かない柚木崎は、ちょっともったいないことをしているのかもしれない(^^;やっぱり、片割れの実家に行くときに横目で見ながら通り過ぎるのがいけないんだな、きっと(笑)
2003.01.22
コメント(0)
お昼過ぎに、嬉しい連絡が入った。片割れの会社の同僚の奥さんに、男の子が生まれたとのコト。何度か顔を合わせている人に、待望の子供が生まれたと聞いたら、やはり嬉しい。昨年10月にも、職場で何のこだわりもなく柚木崎に話し掛けてくれる人のところにも女の子が生まれた。奇しくも生みの母と同じ誕生日とのこと。これは嬉しさひとしおだろう。昨日、自分たちのイヤープレートと一緒に、お祝い用のイヤープレートを購入していた。こんなすぐ渡すことになるとは思っていなかったので、嬉しいビックリである。既に名前も決まっているとのことで、名前も教えてもらった。なかなか凛々しい名前で、かっこいいなと思う。柚木崎の従姉の子供もかっこいい名前で、最近の親は名前にすごく拘るのだな、としみじみ思った。考えてみれば、柚木崎自身の名前も、かなり親が悩んでつけたと聞いている。最近では同じ名前の人が多いので、ありふれてしまったが(^^; 「似合わない」と言われて以来、自ら名乗ることは滅多になくなったが、それでも大事にしているものの一つだ。片割れの名前は珍しくはないが、親の気持ちがとてもこもっている。よく意味は違うように取られてしまうけれども、暖かい名前だ。「名前」というのは、親から貰う一番最初の贈り物なのだな、と、こういう機会があるたびに思う。思いを込めた、愛情のこもった、生まれてはじめての贈り物。大事にしたいものだ。
2003.01.21
コメント(2)
柚木崎、集めているものがある。集めている、というほどでもないが、それなりにこだわりを持って買っているものがある、と言うべきか。それは「イヤープレート」である。リンドナー社のものが気に入っていて、特に選んでこれを購入している。イヤープレートといえば、有名なのはロイヤルコペンハーゲンのものだろう。歴史も古い。他にもかの有名なマイセンも出している。もちろん値段は…(^^;リンドナーといわれて、ピンとくる人はなかなかいないそうだ。柚木崎も洋食器に詳しいわけではないが、常連になった洋食器の店の店長さんが言っていた。手作りの小さな工房だから、あまり数が出回っていない、と。そのリンドナーの2000年のイヤープレートを手に入れた。限定生産で、2,000枚しか世界に出回っていないものである。ちょうど2000年は柚木崎の実兄と、片割れの実兄の結婚した年でもあるので、お祝いにそのプレートを買ったことがある。そのときに「限定生産」と聞いて、悩んだ末にお願いしなかった。で、実物を見てみたらあまりの美しさに購入を即決したのだが、既に時遅し。もう二度と手に入らない、といわれてしまった。それが、思いもかけず手に入ったのである。そのなじみの店で、「もしかしたら手に入るかも?」といわれたので、探してもらうことにした。待つこと半年…ようやく手に入れた。濃紺に金と白がとてもよく映える。綺麗なデザイン、綺麗な色合い。勿論、ナンバーも入っている。兄たちにあげたものは3桁のナンバーだったが、今回手に入ったのはやはり4桁だった。それでも手に入ったのが嬉しい。さて、これはどこに飾ろうか?今から思案しなければ(^^)
2003.01.20
コメント(0)
昨日の話の続編になってしまうのがとても厭なのだが…。今日もセンター入試である。雪が降らなくて良かった。初日は良い天気で、今日は曇りながらも持ってくれた。夜になって冷たい雨が降り始めたが、雪になる気配はない。嬉しい。ウチの子、雪が降るとお蔵入りになるから(^^;本日も気分があまり宜しくない話である。今日を含めて2日間、一緒に仕事をした人の一人は、柚木崎の片割れの高校時代の友人の一人と、去年結婚したばかりの新婚ほやほやの人である。片割れの友人であり、柚木崎も顔見知りの旦那さんを持つ彼女が、この2日間、柚木崎と目線をあわそうとしない。それどころか、話し掛けもしない。こちらから話し掛けても聞こえない振りをするのだ。いったいなにがあったのだろう? と思っていたら、理由が判明した。例の勘違いしている人が、休憩の合間を縫って、彼女に会いにきたのだ。慇懃に「出てってくれない? 話ができないの」という。厭な言われ方だな、と思ったが、仕事の話をするのであれば仕方がないので、席を外した(こちらも休憩時間なのだが)。廊下に出たとたん、大きな声がした。「言った通り、話してないでしょうね? あなたは裏切らないよね?」……裏切るってなんだ? 柚木崎は、裏切った覚えは一度もない。片割れに会うのにお世話になった人だと感謝こそしているが、こちらから裏切ったことなど一度もない。なおも声が続く。「人のモノを取った奴と口をきいたら、あんたも性格が悪くなるよ。やめときなよ。一緒に仕事してるってだけでも厭なのに…」聞いていると悲しくなってくるので、足早にその場を後にした。こういうことをしていて、いいことはあるのだろうか? 何か自分にメリットはあるのだろうか? ばれなければいいのか? 自覚しようとしないのか? いったい何があの人をこんなに変えてしまったのだろう?時々夢に見る。以前のあの人に戻った夢である。以前のように明るく、さばさばしたあの人に戻って、柚木崎と歓談している夢である。目が醒めるととても悲しい。二度とあの頃のあの人は戻ってこないのを知っているから。大事な大切な友人を、柚木崎も片割れも失ったのだ。
2003.01.19
コメント(0)
今日からセンター入試。っていっても、明日までだが。朝早くから夜遅くまでの仕事なので、少しだけ気が重い。終われば…うぅ、他にも仕事が…(;_;)それはさておき。おなごばかり1,000人ばかり集まった会場。これもすごいと思うが、あちらこちらのキャンパスから先生たちがくるわくるわ。驚くほど集まった。もちろん、各キャンパスで働いている事務の人もである。普段見かけない人がいる、というのはなんだか珍しい光景である。その、普段見かけない人から、思いもよらぬ言葉を聞いた。「人のものを取ったんだって?」……どういう意味だそれは?問い詰めると、曰く、柚木崎の片割れは、他の人を好きだった筈だと。それを奪ったのだろう? と聞かれたのだ。以前からこの話はいろいろな人から言われているので、もう反論するのも疲れてしまった。言い訳、と思われるのにも疲れてしまった。真相は簡単に言えばこうである。柚木崎の片割れの高校時代からの友人が、勘違いしているのである。自分のことを好きだっただろう、と。今でも自分のことを好きなはずだ、と。だから、柚木崎のことをいろいろなところで言いまわる。「自分のモノ(すでに「モノ」扱いしているあたりで厭な気分になるのだが)を取った」と。柚木崎と一度も会ったことのない人まで知っているのだから、これはすごいことだと思う。疲れてしまっている内容のことではあるが、きちんとその人にも説明した。片割れに確認済みである。相手のことをそういう気持ちで見たことはないとのことを。相手が間違えているだけだということを。そうしたら、その人は笑ってこう答えた。「まぁね、相方に本音を話す人はいないし」……それって喧嘩を売っているのか?どこまで傷つければ気が済むのだろう?柚木崎と片割れが一緒にいるようになって、もう数年が経つ。それでも未だにこのことを言いつづけているというのも驚くべきことだし、このことを平気で聞いてくる人の神経も驚くべきものだと思う。こんなことを言われて楽しい人なんてどこにもいないし、嬉しい人なんてましてやいるはずがない。こんなことをして何が楽しいのだろう?人を傷つけるって、なにかいいことあるのかな?自分が惨めになるだけのように思う。
2003.01.18
コメント(0)
明日明後日はセンター入試の日である。前は「共通一次試験」といわれたこのセンター入試、仕事として関わるようになって数年が経つが、いまだ試験監督をしたことがない(←これは嬉しいことである)。センター入試といわれると、真っ先に雪を思い出す。なにせほぼ毎年雪が降っている。積もるまで行かなくても大きなボタン雪が舞っていたり、積もって坂道大変! とか、そういうこともあった。そもそも柚木崎が現在いるあたりは雪が降りやすいところらしい。一応東京都に分類されるところに住んではいるが、職場なぞは歩いてすぐ県境というところだ。……本当に東京に分類されていいのか悩んでしまいたくなる(^^;それはさておき。雪が積もると、会場となる大学の職員は大変らしい。駅から会場までの雪かきはもちろん、遅刻者だって出てくるだろうからその対処など、仕事は厭になるほどあると聞いた。しかも、2日間にわたるので、自宅に帰っている暇がないとか。可哀想な話だ。もちろん、受験生も大変だと思う。そうでなくても寒い冬。雪なんて積もられた日には寒さが倍増する。おまけに道は転びやすい状態になっているし、電車だって遅れる可能性がある。もともと緊張しているだろうに、更に緊張が高まってしまう。中には、試験が始まったとたんに気分が悪くなってしまう人もいるとのこと。それだけ緊張してれば分かる。こちらも実にかわいそうな事態である。受験生!明日は余裕を持って会場に向かおう。落ち着いていれば実力は確実に発揮できるはず。今日のうちから準備できることは準備して(いざというときの別ルートなども準備しておくとよいと思われる)、明日に備えて早く寝るようにしたほうがよいと思うぞ。頑張れ、受験生!!
2003.01.17
コメント(0)
人間というものは、自分を中心に物事を考えてしまう生き物である。それは当たり前のことと思う。何をするにも、何を考えるにも、まず「自分」というものがあってするからである。ここのところ、「自分」を中心に考えるのはいいが、「自分」が中心で物事が起こって当たり前、という風潮が強くなってきている気がする。それは果たしていいのだろうか?たくさんの人に会う職場にいる。そこで、たくさんの人と話をする。話を聞く。たくさんの人が、人に会いにやってくる。その話を耳にするともなく聞きながら、柚木崎は仕事をしている。素通りするだけの言葉なのに、気分が悪くなるような、相手を傷つけてるだろう言葉をたくさん耳にした。逆に、聞いていて気持ちが暖かくなるような、そんな言葉もたくさん耳にした。総合すると、痛い言葉のほうが多い。そういう職場なのだからしかたがない、と思うところがあるが、だからといってそれが蔓延するのは歓迎したくない事態である。せめて人に言う前に、自分が言われたらどう思うか、それを考えてから発言してほしいな、と思う。怒っているときなどは特に。
2003.01.16
コメント(0)
柚木崎の職場でのニックネーム(あだ名と呼ぶべきかもしれない)である。ネーミングセンスを疑うようなものだが、実際にこういわれるとなんだかとても厭な気分になる。もともと、学生のときもこう呼ばれていた。ミュージカル研究会に所属していたときのことだが、理由は簡単。「使えるから」この一言のみ。裏方専門の人だったので、ちょっとした修理やら大道具の準備やらにしょっちゅうかりだされたが、高いところはひょいひょい登るし(怖がらないのだ)、細かく地味な作業でも厭わなかった(没頭してやるほうかもしれない)からつけられたニックネームだった。これを最初に言われたときにも、あまりいい気分のするニックネームじゃないな、と思った。それが、職場でも同じコトを言われるとは。確かに、フットワークが軽いところがあるかもしれない。仕事に関しても、手早く正確にこなすように心がけている(工夫している、と言っても良い)。自らの仕事をなるべく手早くこなすようにしているのは、ちゃんとそれなりに準備をしているからであって、決して暇なわけではない。しかし、誰もが「暇だよな」と平気で口にして、自分の仕事まで振り分けてくる。できないことをできないというと、「仕事したくないからだろう」と決め付けられる。こういう職場というのはどういうものだろう? 改めて考えさせられる。「助かったよ」と言ってもらえるのは嬉しいから、なるべくできる限りの事はしたいと思っている。しかし、誰にだって「できる上限」というのがあって、無限に何かをできるわけではないことを分かってほしいと切に思う(^^; ……ここで言っても仕方がないことではあるのだけれど。
2003.01.15
コメント(4)
この時期になると、いつも人と別れることになる。仕事上の関係ではあるのだが、それなりに顔見知りになり、顔を合わせれば笑顔で挨拶をする人とよほどのことがない限り会えなくなるというのは寂しい。そういう人たちが増えるのがこの時期だったりする。柚木崎の職場にはいろいろな世界の人が集う。国も別々ならば言葉も別々、本職も別々の人が集まる、意外性に富んだ職場だ。だから飽きっぽい柚木崎が勤まる、というのもある(^^; 定年が72歳と長いため、なかなか定年で辞める人はいないのだが、本職が忙しくなりすぎて副業のこちらを辞める、という人は多い。そういう人たちとの別れがちょうどこの時期になる。今年度はいきなりそういう職場に放り込まれたので、右も左もわからない状況だった。ただ、数年前にいた職場の雰囲気が近かったので、なんとか今まで手探りでやってきた(前職者がいないのだ)。そういった中で可愛がってくれた人たちなので、別れるのはとても辛い。今週で最後、という人が殆どなので、そういう人たちに挨拶をして回っている。お世話になりました、と頭を下げるたびに「来てくれて、会えて楽しかった」といってもらえるのが、嬉しいやら寂しさが増すやら。よほどの運がなければ会えなさそうな人たちばかりだから、余計にそういった思いが強い。いつかまた、お会いできるのを楽しみに。どうぞお元気で。今までありがとうございました。気持ちを込めて最後の挨拶を交わす。春、というには少し時期が早い。その時期が柚木崎にとっては別れの季節になるのだ。
2003.01.14
コメント(0)
ハッピーマンデー法の施行により、今日が成人の日になって何年になるのだろう? なんだか気持ち的に変な気がする。成人の日といえば1月15日と思っていた日が長かったからだ。違和感があると思ってしまうのは、やっぱり『慣れ』というものかもしれない。成人といえば。柚木崎は昔、『20歳って大人だなぁ』と思っていた。漠然とだけれども、『自分は20歳の時にはこういう人でありたい』という目標を持っていた。それはあくまで<目標>でしかないが、節目節目の年に際して必ず<目標>を持っている。既に四半世紀を生きたが、最近年を取るのが怖い。理由は『目標に達していない自分』がいるからである。もうこんな年になってしまったのか、なのに、目標はまだまだ遠い……。そう思ってしまう。だから、年を取るのが怖い。その話に近いことを妹(とはいえ、本当の妹ではない。友達だが、もう肉親として登録したいくらい長く付き合っているからそう呼んでいる)とした。そうしたら、妹も同じだという。どうやら似たもの同士らしい。二人して「もうこんな年になってしまったよ……」とコーヒーを飲みながら嘆いた。お互い、目標が程遠いと分かる会話である(^^;実兄とこの話をしたときには、鼻先で笑われた。「んなコト考えてるからバカなんだよ」と(^^; この実兄、顔や話し方とか息継ぎとかがよく似ているのに、考え方だけは正反対という変な特徴がある。なるほど、こんなところにまで考え方の違いが出ている。母に話したらやはり笑われた上に、「努力が足りない」の一言。この母は柚木崎には厳しい人である。昔より和解はしたものの、ここにも厳しさの一角が出ている。皆様はどうなのだろうか? 成人の日に改めて考える「自分自身の生き方」。たまにはこういうのもよいのかもしれない。
2003.01.13
コメント(0)
柚木崎にとって至福の時と言えば、寝ている時間である。暖かく柔らかい布団に包まれて、いつまでもぬくぬくと転がっているのは本当に気持ちがよい。特にこの時期は幸せの極致だと思う。そのまま本を読むのが一番幸せかもしれない。ただこの姿勢で本を読むのは結構辛い。俯せで肘をついて、の姿勢は肘が疲れる。首も疲れる。だから横を向いてたまに読む。仰向けで本を広げることもある。そこまでして布団で本が読みたいか、と言われそうだが、それが楽しいのだから仕方がない。疲れたらすぐ眠ることもできる。幸せだと思うのだが。この読書の仕方は欠点がある。目が悪くなる可能性が高いのだ。幸い柚木崎は視力が良いし、下がったことがないので続けているが、人には薦めたくない方法だ。なにかよい方法があったら教えてほしいと思う。これで視力も落ちず、疲れずにいられる方法が。寝ながら本を読むツールがあることはあるのだが、購入する気がない(^^;いつか良い方法ができることを信じて今日も布団で本を読む。もしかしたらこれが一番、柚木崎が治さなきゃいけない性癖かもしれない。
2003.01.12
コメント(6)
逆さから読んでも『ごまたまご』。まるで回文のようだが、そうではない。れっきとした食べ物である。それも、東京駅限定のお菓子である。その『ごまたまご』を最初に見たのは、去年の9月のことである。ある人からお土産としていただいたのが最初のことだった。その人は、「見たことある? 限定って言葉に惹かれて買ってきちゃった」と嬉しそうな顔をしてひとつ手渡してくれた。その小さな包みには『東京玉子本舗 ごまたまご』と書いてあった。手のひらにすっぽりと入るその大きさが可愛らしい。丁寧に御礼を言ったら、もうひとつくれた。「他の人にはひとつづつ。だからこのひとつは内緒ね」といって。嬉しかったので、自宅に持ち帰って片割れと一緒に食べた。その『ごまたまご』。一見すると『鴎のたまご』(こちらも地方銘菓に上げられるものだと思う)と同じように思う。ホワイトチョコレートで薄くコーティングされた、洋菓子と和菓子のあいのこのようなお菓子である。しかし、あの『たまご』系と違う点がひとつある。名前に『ごま』がついているだけあって、中身が胡麻餡なのである。しかも黒胡麻の餡。一口かじると適度な甘味と胡麻の香りが口一杯に広がる。美味しい。あまりの美味しさに、一発で片割れともども、『ごまたまご』が好きになってしまった。でも、東京駅(構内)限定と聞いたので、なかなか手に入らないだろう。二人で凹んでしまった。その後、再び目にしたのは暮れも押し迫った12月21日。某掲示板で遊んでくれている人たちとお食事会をしたときのことである。同席してくれた人がわざわざ手に入れてくれたのだ。しかも、HPでも手に入ることが判明! 嬉しくなった年末であった。そして今日。片割れともども「食べたいね」「買うか?」と話していたここ数日を知ったか知らずか。福岡から友人が遊びに来ることになった。しかも、飛行機が嫌いなお嬢さんのため、新幹線で来るとのこと。冗談でメールした。「東京駅にて『ごまたまご』!」と。本当に買ってきてくれたのでびっくり。職場の人へのお土産にも買ったついでに買ってきてくれたのだという。小さいのでいいよといったのに、大きいのを買ってきてくれた。これから温かい珈琲を淹れて堪能しようと思っている。福岡から持ってきてくれた『博多通りもん』(『ままどおる』のようなお菓子。ただし平たい)と一緒に。
2003.01.11
コメント(0)
タイトルどおりです。柚木崎は、辛いのが苦手。とはいえ山葵の辛いのは大丈夫。鼻に抜けるのは厭な感じではない。むしろ、抜けるか抜けないか柚木崎がお寿司を食べる際に使う山葵の量は、普通の人が見ると驚く量らしい(^^;胡椒の辛いのも平気である。塩コショウをする際には、胡椒の量をふやして塩の量を減らす。減塩なんて特に考えてなかった頃からの癖である。片割れが「うご!」というくらい胡椒が入っていても、柚木崎は平然としている。それでは何の辛いのが苦手なのか? と聞かれると……。唐辛子の辛いのは、ダメなのだ。七味唐辛子も苦手である。暖かい饂飩や蕎麦に唐辛子を入れると美味しいらしいが、柚木崎はそれができない。香りづけに柚子唐辛子(柚子の香りが高いもの)を少し入れることはあっても、爪の先ほどしか入れられない。唐辛子がたっぷりついたお煎餅(柚木崎父の好物)などはもってのほかである。麻婆豆腐などに豆板醤が入っていると既にダメ。柚木崎宅では鷹の爪(唐辛子)を輪切りにしたものを入れるのだが、この量がまた微妙。大量に入りすぎると食べられなくなるし、少なすぎるとなんだか味が物足りない。小さ目の豆腐一丁分の量に対して、鷹の爪を1本~2本というところか。芥子も苦手である。洋芥子・和芥子共に苦手。どちらも食すことができない。もともとつけられている料理は、片割れの胃袋に吸収されることになる。以前納豆の話を書いたが、芥子じゃなくて山葵を使う理由がここにある。肉まんやシュウマイには芥子があう、といわれるが、つけて食べることができない。2002年の夏に、シンガポールへ旅行に行った。片割れがガイドブックなしでどこにでも案内できる、と言うくらいシンガポールに詳しいので、食事はほぼ全て地元の人の行く店ばかり。あちらの料理は「辛い」のと「辛くない」のと区分けがきっちりしている。柚木崎が辛いの苦手なので、必然的に「辛くない」ものが食べられるところに限定された。あちらの辛いのは本当に辛いらしい。チリ系の辛いものが多いらしいので、それは絶対に無理だと思えたのだ。旅行の最終日に、最後の食事を空港で取った。片割れはDrynoodleの辛いものを(やはりあちらで辛いものが食べたかったらしい)。柚木崎も同じくDrynoodleだったが、辛くないものを頼んだ。Drynoodleといってもこちらのソース焼きそばのような感じのものである。スープの中に麺が入っているか入っていないかの違いなだけ。柚木崎の頼んだものは、醤油ベースで少し甘辛かった。一方、片割れの頼んだものはというと、一見ソースの色に見えたが、よく見てみると黒胡椒で真っ黒!!! いくら辛いのが大丈夫な片割れといえども、これには閉口したらしい。途中で「唇がたらこになる」とギブアップ。柚木崎のものと交換することになった。しかし、柚木崎はこれは大丈夫で、何事もなく食べ終わった。うまくこれってバランスが取れていると言っていいのだろうか……。何故こんな話をしたかというと、今日の昼に食べた焼きそばが異様に辛かったからである。食べるのに苦労しながら思い出したことである。
2003.01.10
コメント(0)
昨日の日記にも書いたが、ウチの子の怪我の補修用に塗料を貰うため、ディーラーさんへ行ってきた。Yさんが塗料を手渡ししてくれながら、「そういえばRX-8の資料、まだ見てませんでしたよね?」と話を振ってきた。見てない、と答えると、「お見せしましょう」とショールームへ案内された。このYさん、柚木崎には絶対にセールスをしない。もともとが技術屋さんだから、という話もあるが、柚木崎がコスモを大事にしていることをきちんと理解してくれているからだと思われる。新車に買い換える気はまだない、けれども車を好きなのを知っている。だから見せてくれる。そういう感じをアテンザの時も受けた。ショールーム内に入ると、「今お持ちしますね」とYさんが資料室に消える。その間に別の人が傍にきた。見たことのない顔の人で、ちょっとびっくりする。ココの人はほぼ顔見知りのはずなのに、見覚えのない人がいるとは珍しい。その人はにこやかに「RX-8なら、ビデオお見せしましょう」と言ってくれたので、ビデオブースについていく。手際よく(当たり前だが)ビデオをセットしてくれて、すすすっと身を引いていく。う、なんかセールスされそうな予感が……と思っていたら、片割れがボソリとつぶやいた。「所長代理かなぁ?」ビデオが始まると片割れも柚木崎もすぐに釘付けになった。コンセプトカー(RX-EVOLV)の形をうまく引き継いでいる。かっこいい!!もちろんフロントから見た形は、コンセプトカーどおりではない。けれど、近い。リアから見た形も近い。外見はスゴイの一言。更に内部構造等の詳しい説明が出始めたところで、Yさんが資料を持ってきてくれた。資料と平行して見始める。細部に渡ってかなりこだわりをもって作られている車。RX-8はそう思える。資料内にエアロをかましたRX-8が出ていたのだが、これがすごくかっこいい。片割れの目が輝いている。Yさんが「いろんな雑誌に取り上げられてるじゃないですか、RX-8。どうやら箱根で撮影が行われたみたいです」と裏話をちらり。多数の客が「見た!」と言っているとのこと。実際にモノが横浜で見られたらしい。その実物を見て、春から発売とのことなのに、既に予約が入っているとか。分かる気がする。『早く乗りたい』そういう気にさせる車だ。「ウチも買い換えるか?」と片割れに聞いたら、即座に首を横に振られた。そうだよな、まだウチは、ウチの子に乗りつづけたい。その会話を見ていたYさんが、嬉しそうな顔をしていた。
2003.01.09
コメント(0)
といっても、そんな小難しくない。なにせ、柚木崎自身が「車は好き」だけど、そんなに詳しいほうではないからだ。詳しいのは片割れのほう。それはさておき、柚木崎の乗っている車は珍しい車である。うん、自分でもそう思う程度には、珍しい車である。このへん(自宅付近)では乗ってる人も多いらしく、時々すれ違う。同じ時間帯で見かける人もいる。乗っている車はユーノスのコスモという。既に生産中止になって久しい車である。バブルの時期に生産された車だから、10年くらいになるか。RX-7などと同じく、ロータリーエンジンの車である。もともとロータリーエンジンの車に乗りたかったので、片割れがこの車に乗っているのは嬉しかった。現在はユーノス自体もないので、マツダにメンテナンスはお世話になっている。最初についた担当のAさんがとても人柄のよい方で、柚木崎も片割れも『このひとがいるから』と近くのマツダにお世話になることにした。同じマツダの営業所が、他にもう一箇所近くにある。このAさんがいなかったら、もしかしたらそちらに行っていたかもしれない。現在はそのAさんが退職し、Aさんの上司だったMさんが担当になった。エンジニアの方(Yさんという。この方の人柄も好きなのだ)は代わらないので、相変わらず同じところにお世話になっている。辞めてしまったAさんにしろ、Yさんにしろ、柚木崎たちがウチの子(車のこと)を大事にしているのを分かってくれていて、本当に親身になって見てくれるのでとても安心できるのだ。なかなかそういうところは見つからないので、感謝と同時にとても嬉しく思っている。先日、ウチの子にコーティングをしようと持っていった。これをしたら1年くらいワックスがけをしなくていいらしい。汚れが酷い場合は水を上からかけて、雑巾で拭けば綺麗になるとのこと。本当は新車にやるのがよいとのことだったが、ウチの子でもやることにした。果たしてどのくらい綺麗になるのか……。仕上がって戻ってきたうちの子は、驚くほどツヤツヤと輝いていた。もちろん、細かい傷などはコンパウンドで綺麗にしてくれている。触るとつるつるしていて気持ちがいい。やってよかった、と心から思った。次の日のこと。乗るのを楽しみにウチの子に近寄った片割れが固まっている。視線の先を覗き込んで、柚木崎も絶句した。なんと、運転席側のドアミラーの下数センチの所に、何かがぶつかったような痕と、塗装が!!!!!!!!! それを見た瞬間、気分が凹んだ。多分、正月に高速を移動してたときに何かがぶつかった音がした、あれだろうと想像はついた。それにしても痛い。痛すぎる……。車の傷を見て本当に痛かった。それを哀れんでくれたのか、気持ちを察してくれたのか。Yさんがペイントの道具等を提供してくれることになった。こちらで修理が終わり次第、連絡をすればコーティングに近いことをしてくれるそうだ。Yさんにとっては、お得意さんへの気配りの一つなのかもしれない。それでも柚木崎はとても嬉しかった。これからもウチはマツダの車に乗りつづけるんだろうな、と漠然と思った出来事である。
2003.01.08
コメント(4)
家庭菜園になるのだろうか?正月に実家から、椎茸を貰ってきた。片割れが椎茸好きだからである。勿論市販されているような状態の椎茸も、だが、ハウスなどで栽培するような形の椎茸も貰ってきた。おがくずを固めてホダ木の代わりにしたものを3つ。朝晩霧吹きをしてあげて、常に湿っている状態にしてあれば大丈夫、といわれて持ち帰ってきた。自宅の一番いい場所に置く。窓際の日当たりが一番よいところである。日当たり良くていいな、と思ったのもつかの間。実はそこ、エアコンの乾燥がどうやら最も強いところらしい。すぐに乾いてしまう。常に気を配っていてあげないと、あっというまにカラカラになってしまう。結構面倒かもしれない。そう思いながらプシュプシュと霧吹きをしている。その甲斐あってか、売り物にしてもよいような椎茸が一つできた。もう、色といい形といい、申し分ないもの。でも一つ(笑)。昨晩、大切にすき焼きの具として食べさせてもらった。美味しかった。な~んていっているとあっという間に椎茸というのは大きくなる者で。他にもいくつかポコポコでてたなぁ、と思っていたら、もう今ではひしめいている状態に!!!!! これはきちんと芽掻きしてあげないといけないな、と痛感している。柚木崎母は椎茸栽培している友人のところでアルバイトしている。父の友人が脱サラしてはじめたのだ。評判がすこぶるいいらしく、最初のうちこそ暇だったけれど、今はアルバイトの手が足りないと大変な思いをしているらしい。そこから貰ってきた、もうすぐ廃棄するホダ木もどき。まだまだどうやら椎茸は出てくる模様。さて、いつまでこの椎茸は出てくるのか? ちょっと怖いなぁ……。
2003.01.07
コメント(2)
柚木崎の片割れはガンダムが好きである。フィギュアからプラモデルから、新しいのが出ると目が輝く。そういう柚木崎も、嫌いではない。どちらかというと好きなほうだ。なにせ機械である。でかい機械が「ガインガイン」と音を立てて動いている(画像でしかないけれど)。小さい頃はそれがなぜか、嬉しくて仕方がなかった。去年のことだが、そのガンダムのプラモデル(以降、ガンプラと略す)のパーフェクトグレードをリサイクルショップで見つけた。もちろん手を一度も加えてないものである。もともとは百式が好きだったらしい片割れは、百式の1/144スケールしかプラモデルは持っていなかった。いくつかグレードがあるらしいプラモデルの、どうやら最高のグレードらしい。もちろん目の色が変わった。だが、値段が結構張る。値段を見て一度はあきらめたものの、何度も何度も見に行く。最終的には柚木崎が折れた。嬉しそうに抱えて帰って、早速作成をはじめる。一つ一つの部品がとても細かい。細かいというか、すごい。何のパーツだか、一目でわからないのだ。シリンダーひとつ、ビスひとつ、とてもとても正確に出来ている。なんだか見ている柚木崎まで楽しくなってきた。やっとの思いでひとつのパーツが完成したとき、二人で顔を見合わせた。「このパーツは、なに?」と(^^; 人差し指の第一関節くらいの大きさのパーツだが、どこの部分の何の部品なのかが全く分からない。「何だこれは~?」と苦笑した。それがひとつ出来上がり、二つ出来上がり、していくうちに、やっと何のパーツかわかってきた。最初に出来上がったのは足である。それも、人間の足と同じように、ひざは太ももとふくらはぎがきちんとくっつくように曲げられる。足首も、まるっきり同じように動く。驚いた。さらに一つ出来、二つでき、して、完成したのは「ウィングガンダム エンドレスワルツ」というガンダムの話に出てくる、ウィングガンダムのゼロカスタムだった。背中に羽まで背負っている。綺麗な形のガンダムだ。「はじめてみたね~、このガンダム」といいながら、腕を曲げ伸ばししてみた。すごい。背中を掻けるぞこのガンダム!!(←何か違うことをしてます)走らせることも、爪先立ちさせることも出来る(もちろんその場合は立つことは出来ないけれど)。すごいすごい。これはパーフェクト、といわれた理由が分かる。一つ一つのパーツが他のと違う。本当に精密なのには驚いた。これが全部金属パーツだったら……本物が出来るかもしれない。そう思えるものっていうのはすごいと思う。それ以来、自宅にガンプラが増えた。パーフェクトグレードがほぼ全て(同じ型の違うモビルスーツがいないだけだが)そろい、フィギュアが所狭しと並べられ……。これからまた新しいのが出たらどこに置くのだろう?ちょっと戦々恐々としている柚木崎である。……楽しいからいいんだけどね(^^)
2003.01.06
コメント(0)
柚木崎は実は納豆が好きだったりする。よ~く混ぜてから付属のたれをいれて、山葵を入れる。からしではなく、「山葵」というあたりがみそらしい。たまに「味噌だれ」を使うこともある。その場合は自分でたれをつくる。大豆大豆してこれもまた好きだったりする。柚木崎母は「干し納豆」が好きだ。干し納豆といって、どれだけの人が分かってくれるだろう? 茨城名産の粘りのない納豆である。あれがあればご飯だけでいい、とよく言っている。代わりに粘りのある普通の納豆が嫌いらしい。なぜだろう(^^;それはよいとして、茨城名産のものを東京生まれの東京育ちの母がなぜ知っているかといえば、祖母の親類が茨城にいるためだ。祖母が存命中の間はよくもらっていた。もう亡くなってからずいぶん経つが、売っている場所が分からなくて、最近まで手にいれることが出来なかった。最近スーパーで見つけるまでは、本当に食べられないものになっていた。買いだめしたのがなくなったときはいいな、と思っている。今でこそ高速道路のSAのいくつかで見つけることが出来るが、そもそも高速道路に乗る機会がほとんどなかった(出かけることが滅多になかった)し、SAによることなど、本当になかったからだ。祖母の親類の家もかなり行かなくなって久しいらしく、行く、という話を聞いたことがなかった。去年、正月で実家に帰るときに、幕張SAでこの干し納豆を見つけた。それ以来、何度かここで買いだめしている。今回は5袋買って帰った。いつまでこれがもつかなぁ?
2003.01.05
コメント(0)
((c)chiro様)を手に入れた。正確には、STAR WARS EPISODE2のDVDを買った。映画館に見にいく予定だったものの一つだったが、何だかいろいろ追われて気付いたら公開が終わっていた。とても悔しい。さらにそうなりそうな映画がもう一本あって、いけるかいけないか戦々恐々の状態である。それはさておき。お正月特番の「はじめてのおつかい」を見てから、DVDを見ることに。次の日は日曜だし、最後の冬休みの日だからいいか、と片割れと合意の上で見始める。自宅はホームシアターシステムを取り入れてるので(とはいえ、プロジェクターまでは……いずれ入れたいのだけれど)、音響に関してはそれなりに臨場感がある。柚木崎母には「無駄金」といわれるものの一つだが、こればっかりは柚木崎の趣味なんだからしかたがない(^^;見始めたのは夜の10時50分頃だった。2時間くらいかな、と高をくくっていたのだが、本編だけで143分、ディスク2まで見ることを考えたら、その時間から見始めるなんて無謀だった……。案の定、全部満足するまで見終えた時間は真夜中の3時を回っていた(^^;でも、見ている間中、眠気を一度も感じさせなかったのはさすがと思う。見終えてからお風呂に入ったので、ベッドに潜り込むのは既に4時頃。明日はお昼過ぎまで爆睡だな(^^;追記:ディスク2でDVDにするにあたってカットした場面が8シーンあるとのことで、解説付きでそのシーンが収録されている。なかには「そのシーン削ったら話が少し飛んだ」とかいうところがあったけど、楽しめたからいいか(^^)
2003.01.04
コメント(4)
今朝、起きたら雪が積もっていた。一瞬まだ夢を見ているのかと悩んだが、きちんと目がさめていたのでなんだか妙な気分。実家の方に雪が積もっていた昨日、今日はこちら。……寒さ競争をしているようだ(^^;今日は初詣(今ごろなのだが)に行く予定だったのだが、車は置いていく。雪の心配もあるが、駐車場の心配もあるからだ。行きは電車で、帰りはモノレールで。ついでに朝昼兼用のご飯を行きがけに食べてきた。今年初のお気に入りのお店のパスタ。静かにジャズが流れている、ちょっと落ち着いた感じのパスタのお店だ。今年もひょこひょこ食べに来るぞ、と思いながら食べる。向かいのテーブルの親子連れのがいた。入っていったときには既に食事も終わり、デザートを食べていた。片割れ曰く、「寒いのにソフトクリーム食べてる……」。いや、君も食べたそうだったよ(笑)。それはともかく、食事を終えた子どもが店内を走り回り始めた。今まで何度も通っているお店だが、こういう客がいたのは初めて。しかも入り口前にあるケーキの入ったガラスケースを蹴る。早く帰りたくて仕方がないらしい。それに対して親が何も言わない。言わないどころか、帰ろうと大騒ぎをしても放っておく。眉間にしわが寄ってしまったのをまた母親に見咎められる。文句をいいたかったが、新年早々だし、と思い、我慢した。雪が降った影響もあるだろうが、めちゃめちゃ寒かったことも一因しているだろう。いつもはかなり人ごみが激しい不動尊なのだが、今日は空いていた。ガラガラ、というわけではなかったけれど。滞りなくお参りを済ませて、去年のお守りを返却して帰路につく。今日は外食すると決めていたので、そのあとちょこっと遊んで最寄駅まで帰ってきた。どこで食べるか悩んで、本当に久しぶりに近くのお店に入る。戦利品の巨大なぬいぐるみを抱えていたので、店員に「三名様ですか?」と聞かれ、つい笑ってしまう。まさかこの巨大熊を一名と数えたわけではないだろうけど(^^;しばらく行かないうちに、半分居酒屋のようになってしまったお店には、客が結構あふれていた。隣のテーブルにいたのは3歳くらいの女の子を連れた夫婦(?)。今日は子どもづいてるな、と内心思う。しかも、なんだかあまりいい「つき」かたをしてない。厭な予感がした。案の定、その夫婦はワインを一本既にあけていた。さらに一本の半分がテーブルの上に置かれている。子どもは一番奥に座らせているが、ほぼ放りっぱなしの状態。あれが食べたい、これがほしいと騒ぐ子どもを放っておいて、夫婦はお互いの話に余念がない。なんだか暗澹とした思いをもって食事をしていたら、女の子はやがて椅子の上で飛び跳ね始めた。個別の椅子ではないため、周りにもちろんゆれが伝わる。半分居酒屋なのだから、と自分に言い聞かせて、言いたいことと一緒にひれカツを飲み込んだ。そんな子どもを、なぜ親は叱らないのだろう?一言いえば、子どもだって分かるはずだ。「食べてる人がいるところでさわいじゃ駄目だよ」と、一言言えば分かるはずである。ずっとそれを繰り返していく、それが「躾」ではないのだろうか?柚木崎は小さな頃、祖母に育てられた。祖母はそういった躾に厳しい人だったらしく、食事の際に出歩かないようにと、自らの足の間にひざの上に座らせた子どもの足をはさみこんで、食事の間離さなかったそうである。そういう躾をされるのは厭だった、と母は言うが、実際そういう躾をされた母方の親戚は、食事の間出歩くことはなかった。また、食べ終わったからといって走り回ったりしたら、晩酌をしていた父におとしだまをもらった。もちろんそれは本来の意味の「お年玉」ではない。「落し玉」である。いわゆる拳骨。中指の第二関節をこするようにして頭に落とされた拳骨は、とても痛かった(母曰く、ものすごい音がしたそうである。それだけ容赦がなかったということだ)。だから、柚木崎の実家にてそういう行為に及ぶ子どもは今でもいない(^^;食事に関する躾も、それ以外の躾も、本来は「家」が行うことではないのだろうか。そういうことを忘れられている気がしてならない。そんな親を子どもは信用しないし、信頼しないと思うのだが、どうだろうか。よく、「『友達』のような関係の『親』」という関係を聞く。「勉強」も、「躾」も、「社会生活」も、全て『学校』に任せて、『親』は『友達』に成り下がってる気がしてならない。そう、『友達』は、『親』からの格下げなのだ。間違っても格上げではない。『親』は、「躾」をするから『親』なのであって、『友達』は『親』にはならないのだ。その居酒屋兼食事処で聞いたちょびっと気になった話をちらりとだけ。最近の子どもは、夏休み明けに顔が変わっていてもおかしくないのだという。その理由は「整形」。子どもが自分の顔が気に入らないといえば、親は整形させてあげるのだという。「いいよね~」と羨ましげに話していたが、それって羨ましい話なのか? 子どもなんて、まだ成長の真っ只中で、顔なんていくらでも変わるものだ。それを「整形」と言う形で歪ませてしまっていいものなのだろうか?それは羨ましいを通り越して、怖い話だと柚木崎は思った。
2003.01.03
コメント(0)
つい先ほど。年越しは片割れの実家で、正月は柚木崎の実家で過ごしてきた新年。雪が降る、雪が降ると天気予報に脅されていたけれど、本当に雪に降られて困ってしまった。雪が降ったのは柚木崎の実家。昨晩、車の音が少し違うな、と思っていたら、朝には銀世界になっていた。戻ってきたら全然雪がなかったところを見ると、柚木崎の実家はそんなに寒いのか?それはさておき。実兄も嫁さんを連れて帰ってきていたため、一年ぶりに会った。離れて暮らしてずいぶん経つなと思うのだが、離れれば離れるほど実兄とは似てくるところがある。それは、「話し方」。息の継ぎ方から声のトーンの上げ下げ、タイミング……ことごとく似てくる。数年前に「2年ぶりに会ったよ~!!」ってときも、似ててなんだか厭になったのだが、今回も「こう返事が返ってくるだろうな」と思うタイミングで、思う言葉で返って来るので、まるで自分と話しているような錯覚を覚えてしまった。以前は顔も似ていたので、よく間違われたが、これなら間違われても仕方がないな、と少し自分でも思った。しかも、まだのどの調子が良くないので、声まで似ている(^^; これには本当に参った。こんな兄弟もなかなか面白いかもしれない(傍から見たらの話だが)。そんな実兄とその嫁さんと、遊んできて帰ってきた。ついさっき自宅に着いたのだが、帰ってきても寒かった(当たり前)。やっぱり年始はこのくらい寒くなければな、と変なことを思った。今年もセンター入試の頃、雪が降るのだろうか……。それはいやだなぁ……。
2003.01.02
コメント(0)
あけましておめでとうございますm(__)m年賀状を出した人もだせなかった人も、今年も宜しくお願いしますm(__)m一年の計は元旦にあり、といわれるが、今年はどんな年にしたいだろう。考えてみた。去年できなかったことをしてみたい。その一つがHP開設だ。ココではなく、自分ですべてやって開設したい。仕事上でやらねばならぬコトの一つにもあるのだが、仕事でなくやりたいと密かに(?)思っている。もう一つは内緒だ。これは公にしたら面白くなさそうなので、内緒にしたいコトがある。あくまで内緒。話しはしないぞ、どんなことがあっても。できるかできないかは神のみぞ知る(笑)なにはともあれ、新しい年。4月7日にはアトムも誕生することだし、アシモくん(本田技研の作った二足歩行ロボット)にもぜひ空を飛んでほしいと思う。皆様にたくさんの幸いあれ!
2003.01.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1