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前回のペダリングの日記は3年以上前だった。そうか、そんなに経っていたのか。その間、ペダリングの進歩は無かったのか。さすがに無いとは認めたくないが、3歩進んで2歩下がる、そんな遅々としたものだろう。ペダリングについて書くという重い腰が中々上がらなかった。本題に入ろう。何か松本清張の小説のようなタイトルになっているが今から説明していく。今回のペダリングは、「ペダルに重心を乗せるときに意識すべき一つの事」ということだ。わしは最近になってやっと「ペダルは踏むものではなく乗るものだ」ということに気が付いた。ロードバイクに乗り始めて8~9年も経ってやっとだ。よいしょと乗れば、ペダルに体重は乗るのではないかと思うだろうが、最大限に乗せる方法、コツ、意識するところ、というのを述べようというわけだ。言葉や文章で丁寧に説明するのが面倒くさいので、図を作った。まずは、これ。言いたいことはこの一枚に詰まっている。わしは、重心をどこに持っていくかというのに重要なのは頭の位置だと感じている。重心をペダルの上に持っていくには、頭をペダルの真上に持っていく必要がある。上図の右側の自転車正面の図で、べダルの真上を示すのに黒い点線を引いている。そして、頭の位置(重心位置)を水色の線で示している。この黒い点線と水色の線が重なるような頭の位置が最も効果的な位置だと思っている。左側のグラフのようなものは正規分布のフリー画像を適当に拾ってきたものを使っている。(正規分布は特に関係ありません)ここで見て欲しいのは水色の線のグラフです。縦軸はペダルにかかる力(トルク)、横軸はペダル位置からの頭位置のずれを示します。つまり、横軸が0(真ん中)はペダルの真上に頭があるときのトルクで最大値となっています。そして、少しずれた水色の線の位置に頭があるときは縦軸のトルクはかなり下がっています。ここで私が言いたいのは、この左右へのずれは、ほぼピンポイントで一致させないとトルクがかなり低下するということです。衛星放送のアンテナを合わせるのと同じようにほぼピンポイントで合わせないと、ゲインは一気に落ちてしまうということです。そして、次にもう一つ絵を作りました。今度は、横から見た図です。右側のべダルの真上の線を黒い点線で、そして人間の重心をオレンジの線で書いています。横からみたときの重心が頭の位置なのか腰の位置なのかはよくわかっていません。。ま、ここでは、とりあえず重心位置が図のように前後にずれているとします。このときの重心のずれとトルクの関係は左側のグラフではオレンジのグラフになります。このとき、ずれたことによるトルクの低下は、先ほどに比べるとかなり少ないです。つまり、横から見た場合の重心のずれはピンポイントで一致させるほど神経質にならなくてよい、と。体重をペダルに乗せるために意識すべき点は、「頭を左右のペダル上部に乗せるように上体をゆらしてペダリングする」ただそれだけです。ダンシングのときにこれを意識すると、重心がきれいにペダルの上にのるといつものダンシング時よりギア1~2枚重くできるくらいトルクが増すのを実感できるはずです。シッティングの場合も同じです。ペダリングの説明の図や動画ではほとんがが自転車を横から見ている場合がほとんどです。正面から見て説明しているのはあまり見たことがないです。ですが重要なのは正面から見て、重心がペダルに乗るかどうかなんです。これは、あまりに常識すぎて、誰でもできていることだからあえて説明する人もいないのか?出来ていなかったのは世界でわしだけだったのか?もし、そうならこんなことをわざわざ書いたわしは。。ま、わしの備忘録としては意味があるか。「重心の左右は点(ピンポイント)で、前後位置は線(だいたい)でいい」ま、言いたいのはこれだけです。まずは、左右の重心がビシッとペダルの上に乗る、これを完璧にできるようになるのが最優先かな。これができずに、前後の重心位置を合わせたところで大した効果はないように思います。最初は、頭を左右に動かす意識なのですが、だんだんと慣れてくると胴体から始動する感覚も出てきたりしてます、動きとしてはその方が自然な気もしてきています。これがリズミカルに続けられるようになればもっと楽になるかなぁーと。今回のペダリングは、この夏に体調を壊して筋力が落ちたり、ガーミンサイコンが壊れて暫くサイコンの無い状態でのサイクリングが続いたことが契機となっています。タイムやスピードを意識するのをやめて、サイクリングを楽しむという意識に変えてみたんです。これが楽しくて、さらに楽をするペダリングを探っていたら、意外なところに辿り着いたと。怪我の功名とでも言うべきかでしょうか。東京オリンピックの女子ロード金メダリスト、キーセンホーファーも言っています。このブログを読んでいるそこのあなた、あなたにもその言葉を贈りましょう。「誰も本当のことは言わない」なので、このペダリング記事も信じてはだめです、自分で自分の答えを探してね!--にほんブログ村
2023.12.02
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久しぶりに、現在の私のペダリングについて書いておこうかと。ま、結構前からちょこちょこと書いていたんですけどね。タイトルの「踏みたきゃ踏むな」とは、勾配がきつくなってきたときや、スピードを上げたいときに自分への戒めの言葉なんです。これは、踏みたいときほど踏むことを意識するなと自分に言い聞かせているのです。「うりゃー」と踏もうとすると、たぶん余計な筋肉にも力が入ると思うのです。余計な力とは、いわゆる拮抗筋にも力が入っている状態です。まぁ、力んでいる状態ですね。力を入れている感覚は十分にあるが、マイナス方向に働く力も出しているから出したい方向の力を邪魔している状態です。理想は、邪魔する筋肉は脱力した状態で必要な筋肉だけが力を出している状態でしょう。ではどうすれば、その理想の状態を作れるのか。この筋肉には力を入れて、こっちの筋肉には力を入れないというようなことは人間には無理だろうと。ペダリングというある程度速い動きの中では、そんなことはわしにはできません。なので普通は、動作のイメージを意識することでこの理想の状態を作り出しています。ペダリングにおける動作のイメージは、巷にたくさん溢れています。それらを試してみたり、練習したり、あるいは自ら編み出したりして皆さん上達しているのでしょう。私も今まで、いろんな動作イメージを持って漕いで来ました。「踏みたきゃ踏むな」というのは、直接的な動作イメージではありません。これに紐づく動作イメージが現在2つあるものですから、それらを取りまとめる親分スローガンとして「踏みたきゃ踏むな」が存在しているのです。かっこよく言えば、メタイメージとしての「踏みたきゃ踏むな」ですかね、ん? ちょっと違うか。前置きが長くなりましたが、その動作イメージは以下の2つです。①膝だ! 膝を引き上げろ!②ケツでサドルを振るのだ!これが、今、私が辿り着いた動作イメージです。ふーん、て言われそうですが。。踏みたいと思ったときほど、①と②を意識して行うことにより踏むという意識を遠くへ追いやるのです。それでは、各々について少し説明を。まず、①について。膝をリズミカルに上げる意識を持つというのはよく言われているのではないでしょうか。ま、それと同じなんですけどね。ただ、私の場合は、それを読んだり聞いたりしてやり始めたわけではないのです。休むダンシングをしているときに、あれ?と思ったのがきっかけでした。ダンシングで、膝を引き上げることを意識しながらやっていると、なんとなく踏む側のパワーが上がってるんじゃないの? という感覚があったのです。これはなんじゃろうか?膝を引き上げる意識をしているので引き足の効果でパワーが上がっているのかなぁー。まぁ、それも無いとは言えないのでしょうが、引き足を使う意識は持たないようにしています。どうもこれは、膝を引き上げる反作用というか反動というか、右膝をスッと引き上げることにより反対の左足で踏む力がアップしているんではなかろうかと。左足は踏む意識は一切していないのですが、踏むのに必要な筋肉だけが自然に働いているのではないかと。そういえば、空手の突きも引手が重要なのだったなとふと思った。突く方は脱力して引手側を意識してビシッと引くといい突きが出たりするんで、それと似たようなことなんだろうか。はたまた、ブルワーカー(古い?)とかエキスパンダーを両手で引っ張るときも片方の手だけで引っ張るより両方の手を広げていく方が力が入るしなぁー。脚も一緒で、踏む側の足は下に延ばすのだが、そのとき反対の膝を引き上げる方が力が出るような気がしてきた。まぁ、ペダリングはそういう動きになっているのだが、意識の持っていき方で大きく違ってくるというか、力み無くパワーが出るというか。あまりうまく説明できてないような気がしますが、そんなこんなでシッティングでのペダリングでも同じなんじゃなかろうかと思うようになったのです。それからは、勾配が変化して少し踏みたいと思ったときは、少し素早く膝を上げるようにして、踏むという意識を払拭するようにしたのです。で、自分の中でいい加減ながらも屁理屈で納得したので、しばらくはこれを信じるのです。膝を上げる意識により、踏む側の足のパワーは絶対に上がっているはずだ!と信じ切るのです。ネットや動画や本から得たコツではなく、自分で気が付いたコツなので、そう簡単には捨てたくないんです。膝上げ教の信者になったつもりで続けてみるかと。ま、来年は違う教祖様を見つけているかもしれませんがね。。いいじゃないですか、ゆっくり回り道しながら登りましょう。そもそも、車で行けばサッと登れてしまう峠を、わざわざ自転車でヒーハーしながら登ってるんですから、ペダリングという峠も自力でヒーハーしながら登りましょう。道を間違えて登ったなら引き返して登り直せばいいのです。獲得標高は増えるし、違う景色も見られるのですから。次は、②ですね。ダンシングでは自転車を左右に振りますが、シッティングでも勾配がきつくなったときなどに少し自転車を振るとパワーが上がるような感触は以前からありました。ただこのときは手で自転車を振っていました。あるとき、手にお供えの花を持って勾配10%ほどの坂を登ろうとしたのです。手でハンドルは強く握れませんので、ハンドルを引くことも、手で自転車を振ることもやりにくい状況です。そのとき、何かよく分からないですが、お尻でサドルを左右に振るような動きが出たんですが、これが意外と登れたのです。あれ? なんじゃろうかこれは。力を入れる意識で踏めば登れたのでしょうが、力まないで登ろうとしていたのでこんな動きが出たのだと思います。10%程度が続く別の坂で、これを試したみました。踏みたいと思ったときに、踏む意識は出さずにお尻でサドルを左右に振るようにすると、力みなく大殿筋やハムストリングスが仕事してる感じがするのです。そして、実際に速くなってたりするのです。いろいろな場所で試しているうちに、これいいなぁー、と。ただ、なぜそうなるのかが全く分かっていません。また、自分ではお尻でサドルを振っているつもりですが、実際どれくらい振っているのかも分かりません、振っている感覚があるということです。なんとなく思うのは、お尻を振ることにより少し外側に踏むような形になっているのが影響しているのかなぁーと。極端な例えをするなら、スピードスケートのように斜め後ろに蹴り出すような動きに似ているのかもしれません、全くの想像ですが。もちろんペダルとシューズはくっついていますから、実際には外側に踏むことは出来なさそうなんですが、お尻を反対側に振ることによりそういう形を体の内部に作り出しているのかもしれません。ま、これに我流の屁理屈を付けるのは今後の課題にでもしておきますか。大切なのは、①、②とも、筋肉なんかは意識していないということです、動きだけを意識するということです。筋肉を意識するというのは、力強く踏もうとして力んだりするような感じのことです。動きの意識も、踏み足ではなく反対の脚の膝だったり、お尻の横の動きであったりと、直接踏み足を意識しないようにします。こうすることにより、拮抗筋等に無駄な力が入らずにパワーが発揮できるのではないかと思ったりなんかするわけです。で、これらを体に染み込ませるために、勾配がきつくなって来たら無理せずにゆっくりダンシングで登るようにしてます。無理すると力んだペダリングになって、体がそれを憶えてしまい変な癖が付くんじゃないかといらぬ心配をしているのです。無理したり、力んだりしないから楽しているのかというと、それとこれとは話しが別なのです。ゆっくり走れば楽だし、①、②の動きで速く走れば疲れるし筋肉痛にもなります。①、②を行うことにより、より効率のいい身体の使い方ができているかもしれないと思うのです。あくまで、効率のいい身体の使い方です、効率のいいペダリングとは別物です。ここはちゃんと分けて考えておいた方が良いのかなぁーと思ったりしてます。「効率のいいペダリングしてるなー! 身体の使い方は無茶苦茶だけど」とか、「なめらかな身体の使い方してるなー! ペダリングは無茶苦茶だけど」とかいうケースもありそうだし。あれ? 本当かなぁー、そんなことがあるんじゃろかと、書いておきながら迷子になる。え? お前の場合は、「身体の使い方下手だなぁー! ペダリングも無茶苦茶だけど」って?がぁーーん。。また登り直すか、ペダリング峠を。自分で作ったペダリング峠を、自分で登って、「あー、また間違えてたかぁー」と言って下る。無駄を山のように積み重ねながら、無駄のないペダリングを求める。え? うまいこと言ったと思って悦に入ってんじゃねぇーよ!って?えへへ、ばれたか。ではまた、別のペダリング峠でお会いしましょう。--にほんブログ村
2020.07.07
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最近ペダリングで意識していることを書きとめておこうと思います。うーむ、超久しぶりな気がするぞ。タイトル通り、特に目新しい話題ではないですが、私には目からうろこ的なとこがったので。激坂とかで、ぬぉぉー!と踏んでいるときは誰でも無意識にハンドルを引いていると思います。そうすることによって踏む力を増強できることを本能的に知っているからでしょうか。この「踏む力を増強できる」ということを普通の坂を登るときも利用した方がいいのではないか、というのがきっかけでした。最初は、効果が分かりやすいように勾配10%程度のところで、グイ、グイっとハンドルを引く感じで試しました。しかし、このグイ、グイを続けるのは疲れますし、ちょっと違うような気が。最終的に辿り着いたのが、クッ、クッというか、チョイ、チョイという感じでハンドルを一瞬だけ軽く引くということでした。このハンドルを引くという動作も、引くというより、腕が伸びないようにロックしているだけです。ハンドルのブラケットを握ってやるのですが、その握り方もいろいろ試した結果、中指と薬指だけに力を入れて握るのが一番しっくりくるかなぁーって感じです。腕には特に力は入れません、引くのは肩の裏の背中部分で軽く引くイメージです。そして、このときハンドルは左右に軽く振るのが良いように思います。ハンドルを振るということは、ハンドルの片側(踏み込む側)が沈むので、ロックしている手が下へ引っ張られますが、腕を伸びないようにしているので、上体が背中から少し前に引っ張られるので上体も使って踏み込んでいるような気がしたのです。フリーの画像を探すのも面倒くさいので自分の写真を使って説明すると、こんな感じかと。写真では、左足は既に踏んだ後ですが、踏むときに意識しているのは、手の中指と薬指、肩の裏側、あとは腕が伸びないように肘の角度を固定することですかね。そして、ペダリングのリズムと合わせてかるーく引く、このリズムが合わないとダメですね。リズムが合えば、本当に引くのは一瞬だけで十分な気がします。グイーなんてダメです、チョイ、チョイでいいのです。もしかして、背中を使うっていうのはこういうことを言うのか?と。全く違うのかもしれませんが、体全体を使っている感覚にはなります。なので、ある程度疲れていても、そこそこの坂をゆっくりですが登れるんです。今までは下半身だけで登ろうとしていたので、もう無理だと諦めていたようなところでも、負担を体全体に分散できるからか、登れるというか「よし、登れる!」という気持ちになるんです。ペダリング改善に終わりなし!ってことでこれからも頑張ろうっと。--にほんブログ村
2019.08.29
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急に、なにを思ったか、クリート位置を変えて見ようと思い立つ。現状は、もっとも深いクリート位置にしているのです。もう、かなり長い間、この位置で乗っている気がする。まずは、クリートを外します。あれ、この穴自体も少し動かせるのか。ならばと、これも、えい!って動かしてみた。動いた!!今回は、上の方の穴を使ってクリートを取り付けます。と、まぁ、目いっぱい浅いクリート位置にしたのです。これぐらい思い切って変えました。写真の左側が変更したクリート位置、写真の右側はまだ変更していないクリート位置。残りの片方も変更して、完成と。今までのクリート位置が歯型のようになっているので、移動した量が分かりますねー。これくらい変えると、さすがに鈍感なわしでも違いが分かるんではないかと。違いというより違和感があるかもねー。ま、これでどんな感じか試して、微調整していけがいいかなと。え? なんで急にそんなこと思ったんだって?4スタンス理論っていうのがあるらしいのですが、ちょっと気になっていまして。まず、自分がどのタイプなのか、ネットを見ながら判定してみたのです。わしは、たぶん、A2 タイプらしいのです。え? 突然A2タイプとか言われても意味不明じゃって?その理論によると、人には4つのタイプがあるらしく、それぞれを A1, A2, B1, B2 と呼ぶらしいのです。ま、わしが説明するよりも、ネットで「4スタンス理論」って検索すればいっぱい出てきますから。で、A2タイプの重心は、つま先側の外側になるらしいのです。じゃあ、自転車のペダリングのときも重心になる辺りにクリート位置があった方がいいんじゃなーい!と、勝手に思ったんですゎ。え? そういうのを、早とちりのこんこんちきっていうんじゃって?どろぎつねだけに、コンコンチキって。。ま、わしがA2タイプであるっていう前提が間違っていると、今日のクリート位置変更は単なる気まぐれで変更したことになるんじゃがな。。4スタンス理論でのタイプ判定方法は、コップの持ち方としゃがみ方が一番分かりやすかったのでそれで判断しました。次にチャリ子に乗るときが楽しみですなぁー。え? 今日は乗らねぇのか!って?--にほんブログ村
2019.05.15
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とてーも久しぶりに、ペダリングについて書いてみようかと。気がつけば、前回ペダリングについて書いたのは2年以上前ですゎ。この2年間、紆余曲折を繰り返しながらペダリングのイメージはどんどんと変わってきました。ですが、2年もあったんだからかなり上達しただろうという期待は裏切っています。。それを承知で能書きを垂れてみました。結論から言うと、現時点でのペダリングイメージは、「膝で振り切れ!」ということになってます。ペダルに体重を乗せて踏むペダリングも勾配がきつくなるとケイデンスはなかなか上がりませんでした。そこで、踏み込みをアシストするために引き足を再度意識するようにしてみたのです。これが、中々よい感触でして、勾配がきつくなってきたときにさらに踏み込もうとするのではなく、引き足でアシストする意識を持つと少しパワーアップしたような気がしたのです。この時点ではまだ引き足の意識でした。ところで、しばらくの間、くるくる高回転で回すペダリングを会得しようとして、平地でかるーいギアで無駄にくるくる回す練習をしていました。このときに、「4時から引け!」とか、「ふわっと撫でるように引く」とかの言葉を思い出しながら乗っていました。ちなみに、これはNHKBSのチャリダーで誰かが言っていた言葉です。「4時から引け」を意識した状態でケイデンスを上げていると、「ふわっと撫でるように引く」という感触を得たような気がしたりしていました。但し、不器用なおっさんである私には、これを左右の脚で意識することはできません。片足だけの意識が精一杯なのです。それでもおっさんは無駄にくるくる回す練習を続けていました。そして、くるくる回すのに慣れて来た頃、さらにケイデンスを上げるには、引き足の意識では間に合わないよなぁ、みたいなことを考えていました。これを解決してくれたのも、NHKBSチャリダーで誰かが言っていた「膝を上げる意識でリズムをとる」でした。そして、この膝を上げるという意識がとても良いと感じられるのです。なにが良いかというと、まず、左右の膝を意識できるという面です。今までのいろいろな意識では片足だけに意識を集中する感じでしたが、この膝を上げる意識は、逆に片足だけの意識にする方が難しく、自然と両方の膝を交互に上げる意識になります。さらに驚いたのは、この膝上げを意識するだけで、「4時から引く」、「ふわっと撫でるように引く」ということも自然と出来ているように感じられたことです。そうなると、この膝上げ意識で坂を登ってみたくなるんですね。なかなかいい感じで登れたりします。するとさらに欲が出て、坂でさらにケイデンスを上げようとし始めるんです。その場合に膝上げの意識だけでは少し弱いのではないかと感じるんです。ここでもまた、魔法の言葉が助けてくれました。それは、昔何かで見たか読んだか、「膝で振り切る」という言葉です。何を振り切るかというと、タックルだったと思います。ラグビーでボールを持って走っているときに、後ろから腰から下にタックルなりをされて、相手にしがみつかれた状態になったときに相手を振り切って走り続けるときの意識としては、この「膝で振り切る」イメージを持っているというような話だったと記憶してます。坂でケイデンスを上げようとしたり、勾配のきつい坂を登る場合に、このイメージで膝上げをすると、パワーアップしたペダリングができるような感じになりました。で、このペダリングを忘れないように、イメージを言葉で表現しようとして辿り着いたのが「膝で振り切れ!」という言葉です。肘じゃないですからねー、ピザでもなく、ヒザですよー。不器用な私は、ペダリングの1回転の間にいくつもの意識を連続して行うことができないので、このように一つのことを意識して練習し、これが無意識にできるようになれば、次に修正すべき箇所を意識して練習すればよいと考えていました。しかし、私の知らないことは多く、世の中にはこんなワードもありました。リーディングエッジというワードです。これは人間の動作というのは、この筋肉をこう動かして、次はこの筋肉をこう動かして、、、というふうに意識して動作はしておらず、例えばコップを持つという動作は手の先端でコップを掴むという意識を持てば各部は理にかなった動きをするというようなことです、たぶん。(かなり適当に言っています)つまり、自転車のペダリングにおいても、このリーディングエッジのようなものを掴めば、意識するのはそのリーディングエッジでよいということなのかと、思ったりします。各部の動きを一つ一つ練習して会得していく方法をボトムアップ的と表現するなら、このリーディングエッジというのはトップダウン的と言えるかもしれないなぁとか。両方を交互に繰り返しながらレベルアップしていくものなのかなぁとか。まだまだ、悩みは尽きません。それでも、またまたNHKBSチャリダーで誰かが言っていた「ペダリングは一生勉強だ!」という言葉が私を励ましてくれます。完成は一生無い、あるのは完成へ向かっているかもしれない階段がただ無限に続いているだけだ。おっと、ここは階段ではなく坂と言った方が自転車乗りっぽいかな。そして、たとえ辿り着かなくとも、登ったとこから振り返った景色はきっといいものなのだろうと信じよう。。ちなみに、よく道を間違えるわしは、ペダリングにおいても既に道を間違っているのではないかという不安にいつも襲われてます。どこかにペダリング上達ナビはないかいなとか、いや寄り道こそが大切なのだとか。。ま、何年乗ってもこのレベルのおっさんもいるので、皆さん安心してがんばりましょう。--余談:おっさんはなぜくるくる回す練習をしていたのか?坂で、回して登るということを体感したく試したみたのですが、まぁケイデンスは上がらないし上げても持続できない。よく考えると、そもそも平地でも低ケイデンスで走っていたので、平地でも高ケイデンスを維持することすらできていない状態だったのです。ということで、まずは平地で高ケイデンスを維持できるようになろうということでこの練習を始めたのです。数ヶ月もすると高ケイデンスに脚が慣れてきたような感覚になります。おっさんになってくると速い動作をするのを躊躇うようになるんです。それは急な動きをして筋を痛めたとか、腰を痛めたとか、いろいろな経験からそれを回避するためにゆっくりした動きが多くなるんです。階段を急いで下りようとして足がもつれそうになったりすることはないでしょうか?意識とは裏腹に脚が速い動きについていけないのだと思われます。このくるくる回す練習をしていくと、脚が速い動きに適応できるようになったのではないかと感じるのです。眠っていた神経が目を覚ましたような、なんかそんな感じです。そして、いつしか坂でも以前よりケイデンスが上がっているように感じます。以前は、自転車の上でウォーキングしている感覚でしたが、この練習のおかげで自転車の上でジョギングしている感覚になることもできるようになりました。いつかは自転車の上でランニングできるようになればいいなと思いながら。--にほんブログ村
2018.05.15
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最近、あるイメージを持ってペダリングしています。タイトルに書いてある通り「腰で回す」です。太腿の外側で、骨盤との付根の辺りに少し飛び出している骨があります。これを大転子(だいてんし)と言うらしいです。この左右の大転子が一本の棒で繋がれているようにイメージします。この棒の両側を円軌道を描くように回すようなイメージです。棒の両端が描く円は、低ケイデンスで高トルクが必要なほど、大きな円となります。逆に、低トルクで高ケイデンスが必要なほど、小さな円となります。高ケイデンスの場合に小さい円を描くイメージは、お尻が跳ねるのを抑制することができるように思います。へたくそな図を描いてみました。。これは円の半径をクランク長と考えると、クランクが長いほどトルクは掛けやすくなり、クランクが短いほど高ケイデンスに向いているのと同じようにイメージできます。左右の大転子をペダルと見なし、可変長のクランクが付いていると考えると分かりやすいかもしれません。この腰の仮想クランクを回すことにより現実の自転車のクランクは勝手に回ると考えるんです。この腰で回すイメージでペダリングを行うと、自然と引き足を使える感覚があります。かといって引き足重視の感じではなく、パワーの50%を踏むとき、残り50%は引き足側で使っているという感覚です。登りでは70%-30%と踏む側重視というふうに状況に応じて変えられます。踏むときは、大転子をサドルに押し付けるような、あるいは足が2時から3時辺りで大転子を押し込むようなイメージで踏むと、膝の曲げが浅いところから伸ばしきるまでの一番力が出るところをうまく使えているのではないかと思えます。この場合も意識しているのは腰周りのみで太腿前面に意識的に力を入れているわけではありません。これは平地で感じた、ケツで踏むという感覚と同じじゃないかと思いました。そして、太腿は指揮棒を振る感覚に近くなっていくんです。登り勾配がきつくなってきたときは、踏み込み時に、膝をフレームに擦るようにして若干だが自転車を左右に傾けた方が、踏み込む力が真っ直ぐにペダルに掛かっている感じがし、実際、その方が坂でもスピードが上がっていました。これは、腰で回す云々ではなくて、ペダルへの荷重の掛け方の問題なのかもしれません。ペダリングカテゴリーで書いてきた、「股関節で指揮棒を振る」、「ケツで踏む」、「腰骨で引く」等のイメージはここに来て、一段抽象化された、あるいはメタ的イメージとしての「腰で回す」というイメージへ統合、収斂されてきたのではないだろうかと思えてしまいます。今まで試行錯誤してきたイメージは、的を得たとは言えないが、的外れとまでは言えないのではないかと感じています。今後も不完全を自覚しつつ、ペダリングの上達を考えて実践あるのみです。銭瓶峠23分男の独り言。--にほんブログ村
2016.01.05
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以前「ケツで踏む」というタイトルで日記を書いてから約1年が経ちました。そのときは、MTBで別大サイクリングロードを飽きもせず何往復もしていた頃でした。今は、ロードバイクに乗り、飽きもせず峠を登っています。ロードバイクを買ってからは約8ヶ月が経ちました。3ヶ月ほど前から、ヒルクライムでの「ケツで踏む」ということに取り組んでいます。それまでは引き足重視のペダリングをしていたんですが、登りではその限界を感じてきていました。低速、低ケイデンスなら引き足重視のペダリングでも良かったのですが、急坂でもっとスピードを求めようとするとなんとなく限界を感じ始めていました。勾配10%を超えてくる坂では、「もっとパワーを!」と叫びたくなっていました。そこで、踏む側に意識を持っていき、太腿の前面の筋肉を使うことも止む無しと解禁しました。しかし、これもすぐに限界が来るのではないかと思うようになり、自然とまた「ケツで踏む」という言葉が蘇って来るのでした。しかし、一年前に書いた「ケツで踏む」は、平地で、腰の動きでの感覚であり、これではヒルクライムには太刀打ち出来ないんです。そこで、ケツで踏むの言葉通りに持久力があると言われる大臀筋を使って踏むペダリングを会得するしかないのではないかと思い至るんです。大臀筋で踏むという感覚が分からない状態で、大臀筋で踏むという技を会得しようとし始めたのが、3ヶ月ほど前でした。ご想像通りに、取りあえずネットでそれらしき情報を仕入れて、練習では「おしりかじりむしー」と訳の分からないことをつぶやきながら、とにかくケツを意識して踏んでいくしかありません。いろんなコツ等は、ネットで調べれば山のように出てきますので、ここでは触れません。私の目に止まったのは、あるページに出ていた次のような言葉でした、確か。。---「ケツで踏めるようになれば長い登りでも通用する持続力を得ることができる。」「ケツで踏むには、最初はどんなに遅くなってもケツで踏むことを続けるしかない。」---これで覚悟が決まりました。俺は会得してやるぞ、と。大臀筋を意識するためには、やはりゆっくりペダリングするしかないわけです。どんなスポーツでも同じように最初はゆっくりした動きで丁寧にやるしかないわけです。後は勾配5%でも、10%でもケツを意識して登るしかないわけです。もう一つ私の目に止まったのは、NHK BSでやってる「チャリダー」での映像でした。暗がり峠に猪野学が挑戦する回でした。目に焼きついているのは、猪野学ではなくて、一緒に走ってくれたヒルクライムで優勝経験のあるおじさんのペダリングフォームです。ヘアピンの激坂をシッティングで踏むおじさんのフォームを見て、「あ、これかー」と。数秒の映像だと思いますが、目に焼きついています。何かもやもやした霧が、急に晴れたような感覚でしょうか。で、現在私が辿り着いたケツで踏むペダリングのイメージとは、「ケツでペダルを前方へ押し下げる」・・・これだけです。大臀筋は、ペダリングでは12時辺りで最大に伸ばされていると思います、つまり大臀筋はこの次のタイミングから収縮に入ると思うので、ケツの力を発揮するのはこのタイミングからだと思うので、ここでペダルを前へ押し出す意識に集中します。このとき、足首は踵上がりの状態をイメージしています、なのでお尻は足を前へ押し出そうとしますが、つま先はペダルの円に従い前方へ落ちて行く感じです。この踵上がりも感覚なので、実際は足は水平くらいかもしれません。本では登りなどでは踵下がりのペダリングを紹介しているものもありますが、私の場合は、踵下がりの意識を持つと膝上の筋肉等に余計な力が入る感覚があるので踵上がりの感覚で踏んでいます。これを「前方へ押し下げる」と表現しています。このケツで踏む感覚が少し身についてくると、自然と引き足をあまり意識しなくなりました。というか、ケツで踏むパワーの方が大きいためか、引き足も同時に使おうとしてもかかりがないような感覚になります。そして、やっと最近になって、パワーと持続力が以前よりも少し上がって来たのではないかと実感できるようになりました。また、以前から気になっていたハンドルを押すか引くかということについても、ケツで踏むようになってから自然と落ち着いてきたように思います。私は、坂で辛くなってきたときなどにフォームをリセットするためにとる行動として、まずハンドルを押し出すようにしてお尻をサドル後方へ押し付けます。このとき腰は立てる感じになりますが、実際に立っているか、寝ているかは分かりません。そこからケツで前方へ押し出すイメージで踏んでいきます。そのとき腕には意識的には力は入れていません、しっかりハンドルを掴んでいるだけです。ですが、実際にはケツで押し出すときにはハンドルは引かれていると思われます。このときに使っている筋肉はたぶん広背筋辺りの背中側だと思います。そして、ケツで踏むペダリングにちょっと慣れてきたと勝手に思い込んでいると、今度はサドル位置がまた気になりだしたりします。ケツで踏むために最適なサドル位置は?と余計な疑問が頭をもたげてきます。その結果、先日のブログに書いたように、またサドル位置の迷宮に入ってしまったりするんですね。で、私は勝手な先入観で、ベストなサドル位置は、アナログ時代の地上波TVの電波のようにその辺りにくると画像は乱れながらもこの辺りですよーって感じで合わせられると思っていたんです。しかし、先日のライドで得た感触としては、ベストなサドル位置は、衛星放送をパラボラアンテナで受信するように非常に狭い範囲であり、少しでもずれると全く映らない状態、つまりまったく違う筋肉を使うような状態になってしまうのではないかと思ったのでした。サドル位置とはかくも繊細なものであったとは、、恐るべしサドル位置。今は、ペストなサドル位置は、体格だけでなく、筋肉の発達やペダリング技術の上達などによっても変わっていくものであろうと考えるようになりました。ペダリングは上達していくものでしょうから、また、違うこと言い出すでしょうが、現状の私が辿り着いているのはこの辺だということです。え? 辿り着いたところが低すぎるって?まぁ、私のピレネーは、世間では丘って呼ばれているようですから。。で、こうやって書くと、そこそこ速いのかと思われる方もいるかもしれませんが、ヒルクライムはパワーウェイトレシオが肝なんですよ、、わしは分母がでかーい! なので値は豆粒みたいですぅぅぅ。余談ですが、最近よく自分で自分のお尻を触るようになりました。大臀筋よ、育ったか?落ちてはいないか?と確認するように。ちなみに、以前は、ハムストリングスを良く触っていましたねぇ。。--にほんブログ村
2015.11.04
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先日、友人の自転車購入のためにサイクルショップロッポへ同行したんです。ロードバイク購入の話がまとまった後に、以前より気になっていたクランク長について聞いてみたんです。「クランクを長くすると山登りは楽になりますか?」というようなことをショップのご主人に聞いてみたんです。「やってみる価値はあると思いますよー」というような回答であれば、クランクを交換してみようかと考えていたんですが、結論としては「変えてもメリット2割、デメリット8割ですよ」との回答。要するに、「今のクランク長170mmで頑張りなさい」ということだろう。ツールドフランスで山岳ステージになるとクランク長を長いものに交換する選手がいたりすることについて。ご主人曰く、長いクランクの方がトータルで良ければ、わざわざクランクを交換しないはず、通常コースではクランクを元に戻すのは、その方が良いという証しである、と。クランクを長くするとどれくらい違和感があるのか?ご主人曰く、まったくの初心者に172.5mmのクランクに乗せても、違和感など分からず普通に乗ると思います。実は自分も175mm、172.5mmのクランクに挑戦したことがあるが、やはり回し難いと思った経験がある、が、また172.5mmに挑戦してみようかと思っていたりするんですが、と。ご主人は私(170cm)よりも背は高い感じなんですが、それでも2.5mmでかなり違和感があるようでした。ご主人曰く、自分で経験しないと、お客さんにもアドバイスできないので、自分でもいろいろ試しているんですよ、と。私、この話にいたく感動してしまった。そう言えば、先程の友人の自転車選びのときも、EMONDA ALR (TREKが本気でアルミフレームを作ったと言われるもの)のインプレも自分で走った感想を教えてくれていた。友人の購入したEMONDA S5もデフォルトのまま展示していたのではなく、ご主人のアレンジでシート、バーテープ、タイヤを白色のものに変えて展示していた。自転車初心者が購入に際してカラーリングも重視することをよくわかってらっしゃる。やはり自転車が好きなんだろうなぁと思った。ちなみに、友人は、シート、バーテープ、タイヤはデフォルトの黒がいいと言って、ご主人のアレンジよりTREKのセンスを選びました。ま、カラーリングは好みの問題ですからね。で、私の方はご主人のアドバイスを素直に受け取り、クランク長は変更しないことにしました。ところで、私、友人がシューズの説明を受けているときの、歩き難いタイプのシューズは力がペダルにダイレクトに伝わりやすいというような話に、私の何かが反応したようなんです。「そうか、俺のパワーはちゃんとペダルに伝わっていないのではないか?」と、自分の貧脚を棚に上げて、もしかしたらシューズを変えれば今とは違う世界が見えるのではないかと妄想してしまったのです。こういうふうに、モノのせいにできるところが、また面白いんですゎ、アハハ。。「シューズを変えれば、別次元のパワーが!」なーんて表紙に書かれた雑誌を目にしたら、背中を押されそうで怖いわぁー。今は、「妄想だ、妄想!」と自分に言い聞かせている最中です。--にほんブログ村
2015.08.26
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今まで、踏み込み時に脱力できるように、あまり踏み込む意識を持たないようにしていました。先日、ふと、この踏み込まない意識が強すぎるために少し不自然な力が入っているんではないかと思いました。踏み込みの足に荷重を感じるのは自然であり、それに逆らわずに回すことは、脱力と矛盾するものではない、むしろ自然な、効率的な、スムーズなペダリングなのではないかと。ここで、私の足首の角度は、シューズが常に水平になっているイメージで回しています。実際に水平かどうかは分かりません。そんな感じで、自然に踏み込む意識を持つようにしてペダリングをしていたのですが、あるとき、ペダルが1時くらいから踏み込むときに少しつま先下がりで踏んでしまいました。このとき、お!?っという感覚がありました。踏むパワーがアップしたような、回しやすいような、気がしたんです。これは!と思い暫くつま先下がりでの踏み込みを意識してペダリングしてみました。これが直接影響したかどうかはまだわかりませんが、いつものコースで少しタイム短縮できました。どれくらいのつま先下がりかというと、ペダルの描く円の接線方向とシューズが平行になるイメージです。ペダルが12時から2時くらいまでの間だけです。これもあくまで私の感覚です、外から見るとそれほど分からないと思います。よく考えれば、確かに、踏み込み時の足首の角度がある角度以上開くと、上からの力に対して足首が折れない感じになります。今までのように足底を水平にしていると、上からの力で若干踵が落ちるだけでもペダルにかかる力が逃げていたのかもしれません。ということは、引き足側も同じ理屈になりはしないか?少しつま先下がりの足首角度に固定して暫くペダリングしてみようと思ったのでした。このことは、本とかにも書かれていたように思うが、自分の感覚で掴み取っていく方がその理由も分かり、またそのこと自体を大切にするからいいんだよね。気づくまでに時間が掛かったりして回り道のように見えるかもしれませんが、「急がば回れ」の精神です。ところで、最近のサドル位置は、紆余曲折の結果、あまり後よりでもなく、前よりでもない、つまり真ん中に近いような位置になってます。最初はいろいろな情報とかからあれやこれや前後に動かしてましたが、自分の感覚を信じると今の真ん中辺りの位置に落ち着いています。サドル高は若干高めでしょうか、私にとってです。脚が短いのでそんなに高く見えないかもしれませんが。--にほんブログ村
2015.07.22
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今日も雨です。7月になりましたがまだ梅雨は明けませんねぇ。先日、クリートの位置をかかと寄りに動かしたんです。その効果かどうかわかりませんが、なーんとなくですが、ペダルを回しやすいというかクランク長を短く感じた気がしたんです。このかかと寄りのクリート位置を「深い」、逆につま先寄りのクリート位置を「浅い」というらしいです。以前ネットで、「引き足を使うならクリート位置は浅く」というのを見て、クリート位置を浅くしていました。その後「長いクランクもクリート位置を深くすれば短いクランクのように回せる」というのをみて、今度は深くしてみたんです。その日の体調などもあるので、回しやすいと思ったのが深いクリート位置の影響かどうかは確信できないのですが、無視もできなぁと思ったりしてまして。再度、ネットの記事を読んでみると、「クリートの位置を目いっぱい後ろに下げると、クランクが短く感じるはずです。それは、足首が安定してグラグラしなくなるからです。」と書いているではありませんか。(このページから引用させてもらいました:やまめの学校・教科書)足が実際に描く円の大きさは変わらないんですが、なんとなく短く感じたんですよね。で、なんでだろうと思っていたら、足首が安定するからだと言っているではありませんか。なーんとなく納得。で、自分のシューズのクリートを見ていると、ん、ん、あれ固定する穴が見えてる?ってことは、そうだった、クリート固定用の穴の位置は2通りあったんだ。もっとも浅いクリート位置にするために上の穴を使ってたんだった。そうすると今度はもっとも深いクリート位置にするには下の段の穴を使えってことか!ということで、穴の付いたプレートを一番したまで下げて、下の段の穴でクリートを固定しました。ここまで極端にやってみればクリート位置の影響が、鈍感な私にも分かるのでないかと。もう一度引用しておきますね。--------------------------------------------------------------ワタクシ、クランクは長いほうが楽ですよ~と、よく言っています。とくに、力のない女性には・・・・。短いクランクって、回すことには向いています。てこの原理から考えれば、長いほうが力が少なくてすむんです。ワタクシ、シューズの裏のクリートを、できるだけ後ろに付けています。そうすると、踵が安定するのでふくらはぎの負担が激減します。クランクが短くなったようにも感じれると思いますよ。爪先立ちとベタ足で立ったときに、筋肉の負担の違いに気が付けると思います。短いクランクで踏んでいるとしんどいです---------------------------------------------------------------(このページから引用させてもらいました:やまめの学校・教科書)そう、深いクリート位置でクランク長を短く感じられるなら、長いクランクに交換してみたくなるんですよ。明日は雨が上がりそうなので(天気予報はころころ変わってるが)、早速この深いクリート位置で坂を登ってみたいと思います。それにしても、コンパクトクランクの上に、さらにてこの原理を使うべく長いクランクに変えたいとは、わたしの貧脚ぶりにも呆れてしまうゎ。ま、でもフロントギアを3枚にしたいとは思わないのが救いかな。その一線は越えてはいけない気がするんです。盗人にも三分の理、ってか。ん? 使い方が違うか?ヒルクライムで抜かれることは多々あるが、抜いたことはかつて一度もない。(なんの自慢や)唯一抜いたことがあるのは、昨日の自分か。--にほんブログ村
2015.07.04
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「ロードバイクの科学」って本、寝た子を起こすよねぇ。【楽天ブックスならいつでも送料無料】ロードバイクの科学 [ 藤井徳明 ]価格:1,512円(税込、送料込)クランクの長さについて書いてるとこ読んでたんですね。で、世の中にはクランク長が可変なクランクとかがあるらしいんです。へぇーって感じで読んでたんですよ。そして、以下のような表が載ってたんです。すいません、「ロードバイクの科学」P62から引用しました。「通常」「特別」という列がクランクの長さです。山岳とかだとクランクの長さを変えているんだぁーって、初めて知りました。ネットで調べると、あるわ、あるわ、クランク長に関する諸説。。まぁ、確実な情報としては、「日本で自転車の完成車を買うと、ほぼ170mmのクランクが付いている」ということはわかりました。私のチャリ子もチャリ介も170mmでした。そうすると私は今まで、たぶん170mmのクランクしか踏んだことがないと思われる。サドルの高さや角度はいろいろ試しては調整を繰り返しているのに、クランク長さはまったく気にしていない。そんな寝ていた私を、この本は起こすんだよ。にわかにクランク長が気になりだした。(やばいっす)私はデブクライマー(自称)で、心肺も強くないので高ケイデンスは無理。どっちかというとトルク派だろうか。(いや、単に貧脚なだけだろ!)そして、坂を楽に登りたい、という甘えがある。「そんな君には、もう少し長いクランクがいいよ!」という悪魔のささやきが聞こえてくる。チャリ子に付いているクランクは、Shimano R565, 50/34 (compact) というやつだ。コンポは105なんだが、クランクはティアグラ相当のこれがついていた。ま、完成車の値段を抑えるためだろう。しかし、なんでクランクなんだ? って疑問が沸く。「どうせ自分に合うクランクに変えるんでしょ、だから安いの付けとくね」って言っているようだ。じゃあ、105のクランクはいくらするんだ? 15000円ほどらしい。デュラエースは? 5,6万します。。可変のクランクも5万以上はするようです。微妙な違いがわかるほど、違いがわかる男ではないので、ある程度サイズを上げた方がわかりやすいか。そうすると、172.5mmではなく、175mmがいいのだろうか。自分に合うかどうかは、実際に踏んでみないことにはわからないんで、とりあえず違うサイズを踏んでみたいという欲求が生まれてしまった。(生まれたものは育てるしかないかぁぁ)シマノ105 クランク175mm へアップグレードか?あ、わたし猫型なんで、マイブームはころころかわりまーす。(座右の銘、「気分次第」なんで。。)--にほんブログ村
2015.06.26
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そういえば、買っておいた「ロードバイクの科学」という本をつまみ読みしていた。この本ですよー。意外と安くて1400円ですね。今日はパワーについて再考してみようかと。で、パワーって? というところから。 パワー=力×速度ってこと。ここで力はトルクと言った方がイメージが沸くんだな。ペダルを思い切り踏めばパワーが出てそうだが、それはわからない、トルクは確かに出ているだろう。パワーは仕事という概念のことなので、速度(単位時間当たりの移動距離)にもよるのである。トルクって、モーメントのこと、回す力のこと。機械系はトルクを使い、建築系はモーメントを使うってどこかに書いてたゎ。確かに建築ではモーメントだったなぁ。(遠くを見る目)回るもの(クランクとかボルトとか)に対してはトルク、回らないもの(柱とか梁とか)にはモーメントっていう勝手な想像。。話を自転車のペダルに戻してと。トルクも速度も両方とも大きくすればパワーも大きくなるのだが、ペダルを踏むのは人間なのでそんなに上手くは世の中できてないのだ。人間様の脚は以下のような特性を持っているらしい。すいません、「ロードバイクの科学」P43より引用しました。ケイデンス(回転数)を上げれば、トルクは低下する。トルクを大きくすれば、ケイデンスは下がる。という関係(制約)が見てとれる。ケイデンスがゼロの場合は、パワー=トルク×0 となりパワーはゼロとなる。つまり、錆び付いて回らないクランクをいくら踏んでも仕事(パワー)はしていないということ。トルクがゼロの場合は、パワー=0×速度 となりパワーはやはりゼロとなる。つまり、最大ケイデンスで回しているときはペダルに力は掛かっていないということ。グラフでは最大ケイデンスに近づくと急激にトルクが落ちているんですが、実際の人間の脚の特性を表しているのはグラフの直線部分ということで、この直線を延長してケイデンスの軸と交わったとこを仮想的な最大ケイデンスと見なすことにして。この特性を持つ脚では、ケイデンスがいくつのときにパワーは最大になるのだろうか?この本では、以下のグラフを示して、仮想的な最大ケイデンスの半分のとこが最大パワーになると言っている。すいません、「ロードバイクの科学」P44より引用しました。で本当に半分のとこで最大になるか、ちと検算してみます。(頭のケイデンスが速い人はこんなことしなくてもわかるんでしょうが)グラフの曲線は2次曲線でパワーを表しています。トルクをx, 速度をy, パワーをf(x,y)とすると、パワーの定義よりf(x, y) = xyと書ける。但し、x、yはケイデンス-トルク直線上の値しか取れない。ケイデンス-トルク直線(制約)は以下のように書ける。y = -ax + b, 但し、a > 0, b > 0f(x, y) = xy= x (-ax + b)= -ax^2 + bx= -a{ x^2 - x b/a }= -a{ x^2 - 2xb/a + b^2/(4a^2) - b^2/(4a^2)}= -a{(x - b/2a)^2 - b^2/(4a^2)}この2次曲線が最大値を取るのは、x = b/(2a) となります。ここで、ケイデンス-トルク直線とx軸の交点(仮想的な最大ケイデンス)は、y = -ax + b , y = 0 よりx = b/aと求められます。2次曲線が最大値を取るのは x = b/(2a) = (1/2)(b/a) なので、確かに、仮想的な最大ケイデンス b/a の半分となりますな。高校生であれば、式の平方展開なんかせずに微分して、df/dx = -2ax + b で df/dx = 0 とすれば、 x = b/(2a) と速攻で求まります。注)単位とか係数とかは省略してますのであしからず。かたい話はこの辺にして、最大パワー(最大仕事)は、やみくもにケイデンスを上げればいいわけでもなく、力強く踏み込めばいいわけでもないということになりますね。頭とからだの両方でこれを理解していれば、高速巡航時などのケイデンスの参考になるのでは、と思ったりしました。最大パワーだと持続性に問題がありそうなので、実際は最大パワーのケイデンスより少し下のケイデンスで巡航することになるんでしょうか。自分の脚のパワーバンドをこの2次曲線で記憶しておくのは有効なのではと思ったりしたんです。(そんな測定器、普通の人はもってませんが。。)今はパワーメーターが売られていますが、やっぱ高いもんねぇ。でも、この2次曲線はその人その人によって異なると理解していれば、90rpmじゃなきゃダメとかいう話も自分に当てはめて考えられるようになりそうだ。この本は他にも興味のある話題が書かれていますので、また書きたくなったら書きます。ところで、このパワー、実際の仕事についても同じようなことが言えそうな気がするのは私だけだろうか。力を入れすぎても、抜きすぎても、たいして仕事してないという、いい感じ(パワーバンド)のときが最大の仕事ができているという。この歳になって振り返ると、いやー、思い当たるわぁー、、この本は20代に読みたかったなぁぁぁ。ん、酒でも同じようなことが言えるな。飲みすぎても、飲まなくても面白くなく、ちょうどいい感じ(適量)が一番楽しいと。お、ここまで来ると、孔子の教えに近くなってるんではないか。極端はよくなく、中道を行けと。(あれ?孔子だっけ、釈迦か?)パワーについて考えていたら、なんか人生が見えてきたじゃないかぁぁ。今頃見えてきてももう遅いよって言われそうだが。。--【楽天ブックスならいつでも送料無料】ロードバイクの科学 [ 藤井徳明 ]価格:1,512円(税込、送料込)にほんブログ村
2015.06.24
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自転車の教科書の続編が出ていたのでつい買ってしまった。目次も紹介しておこう。この本を読んでいると、自転車の乗り方を書いているのだが、武道での身体の使い方を説かれているような気がしてくる。これは私が大昔に空手をやっていたからかもしれないが、合気道や沖縄空手の本の雰囲気を感じてしまう。実際、著者も空手で会得した身体の使い方をベースにして自転車での身体の使い方を独自に掴んでいったようである。前作がやまめ乗りの基本を、いろんな例えや、実感の仕方を紹介して、繰り返し説いている感じであるが、この続編では、最初の方こそやまめ乗りの復習のような感じであるが、次第に奥深いと思わせる技術へと話しは進んでいく。前作も続編もさらっと読めばさらっと読めるのであるが、2回、3回と繰り返し読むと、自分の成長に伴い意味が理解できる箇所が増えているような気がする。そういう意味でも、まさに教科書なのかもしれない。ただ、このやまめ乗りと異なる乗り方をしてきた人は、最初は受け入れがたいかもしれない、なぜならまず今までの自分の乗り方を否定するところから入らないといけないので。私のように高々半年程度ペダリングを意識して乗り続けてきた人間でも、そのペダリングを完全に否定することはそう簡単にできるものではないから、何年も掛けて身につけた人の場合はなおさらである。しかしまずは現在の自分の乗り方を否定して、新しい乗り方を実践してみないことには何も分からないのである、わしの場合。私のような人間は、ついつい、いいとこどりをしようと妄想したりするのであるが、やはりつぎはぎの理論では本質は掴めないだろうとも思う。ところで、やまめ乗りの本では、写真を一切使わずに、イラストを使っている。イラストでは、伝えたいイメージを強調することができ、受けての想像力を使うようにすることができるのではないだろうか、そして著者は、身体の使い方を会得する秘訣はイメージであることを伝えようとしているのかもしれない。写真を使った場合は、モデルが存在し、本質以外のその人の個別的特長も映し出されてしまい、著者の意図しないことまで伝わってしまう可能性があることを考慮しているのかもしれないと思ったりもする。深い、深いじゃないかやまめ乗り、と少し感動したりした。で、なんでもかんでも盲信するのはよくないので、わたしは私なりに孤独と共にペダリングのピークを目指そうではないか、とカッコつけてみる。やまめ乗りに興味を持った方はyoutubeで動画を見てみるのが安上がりっす。ちなみに、著者は「やまめ乗り」ではなくて「おじぎ乗り」が正しい呼び方だと言ってますね。わたし的には「やまめ乗り」の方がインパクトがあっていいような気もしますが。。【楽天ブックスならいつでも送料無料】自転車の教科書 [ 堂城賢 ]価格:1,512円(税込、送料込)【楽天ブックスならいつでも送料無料】自転車の教科書(身体の使い方編) [ 堂城賢 ]価格:1,512円(税込、送料込)にほんブログ村
2015.04.30
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やまめ乗りの教科書(本のタイトルは、「自転車の教科書」)を読んで、先日のヒルクライムで実際に少し真似してみたりしました。自分の走っている姿を横からみることができないので、ちゃんと腰が前傾して背中が真っ直ぐになっていたかはわからないが、前傾姿勢で手の平に掛かる荷重を抜くようにするとクランクが1時辺りのとこでのパワーが増加しているんではないかと思われた。勾配10%超の坂で実践したところ、今までのペダリングでは引き足だけでなく踏み込む側にも意識的に結構力を入れていたのだが、やまめ乗りにした場合は、踏み込む脚にそれほど力をいれている感覚はないのだが踏み込むパワーが大きいように感じた。それと、引き足側の荷重が抜けているいるという感覚とはこのことか?、とも思った。前足にパワーがかなり掛かるのでそれに負けない受動的な筋力は必要だろう。受動的な筋肉とは、スクワット等で使う筋力を能動的筋力とすると、太極拳のように腰を落としている状態をゆっくりと支える筋力と思ってもらえるとイメージしやすいかもしれない。あと、手の平の荷重を抜いて前傾しているので、その姿勢を保つ体幹の筋力もかなり必要だと感じた。そしてこの乗り方は無視できないとも感じている。この本と、youtubeの動画を見ると著者の伝えようとしていることはなんとなく分かる気がする。後は、試行錯誤をしながら自分の感覚で掴むしかないだろうとも思う。しかし、この本は大きなヒントを与えてくれていると思う。で、本日は著者が本や動画で例えとして出している自転車とスキーの構造についてともて気になっていたので実際にスキー板と自転車を並べて比較してみた。自転車のBB(ボトムブラケット)から糸を垂らした位置にスキーのビンディングの真ん中をおおよそ合わせて置いてみた。自転車のBBもスキーのビンディングもそれぞれ後ろよりに付いています。そう言われれば、確かにそうである、今まであまり気にしたことなかったなぁ。自転車のホイールベース(前輪中心と後輪中心を結んだ長さ)は約100cm程度です。自転車のBBがどれくらい後ろ寄りかというと、前輪中心からBBまでが約60cmで、後輪中心からBBまでが約40cmとなっています。これはフレームの設計とフロントフォークのオフセットの違いにより自転車毎に異なりますが、大体6:4くらいが標準的らしいです。自転車はTREK DOMANE 4.3 です。スキー板は約20年前の K2 MAMBA でモーグル用の板です。(今どきのはもっと短いんでしょうかねぇ)ちなみに、上村愛子は好きです。(もちろん里谷多恵も好きですよ)上から見るとこんな感じですね。BBとビンディング中心を合わせてます。前側。後側。本では踏み込みのゾーンは時計の1時~2時くらいということです。(なぜこの位置で踏むかというのは、本や、動画を見るとわかります)で、「スキーは板の真ん中に乗れ」と言われます。スキーでは後傾はダメっすよね。(ふくらはぎがブーツの後側に押し付けられている状態)スキー板の真ん中はビンディングの前の方ですが、ここに乗るには足首の角度を深くして脛をブーツの前面に押し付けるようにすると乗れます。どんな感じかということで、ブーツを置いてみました。あ、ブーツの足首の角度と、自転車のクランク(1時7時)がなんとなく同じ角度に見えますね。足の位置はブーツとビンディングでスキー板の後よりに固定されている状態なので、板の真ん中に乗るために、膝を柔らかくして少し曲げて脛を前傾させて拇指球辺りに荷重するとスキー板の真ん中に乗れるんです。足は少し後よりに固定されているのに。自転車も同じように、自転車の真ん中に乗らないといけないと本では言っていて、例え話しとしてスキーの例を挙げているんです。私はスキーの経験が少しあったので、この例えは「あ、なるほど、確かに!」と思わず頷いてしまいました。で、「自転車は自転車の真ん中に乗れ」と言ってます。自転車の真ん中(ホイールベースの真ん中)はBBより少し前なので、BBの真上に乗っても自転車の真ん中には乗れていないということなのです。たぶんクランクを1時辺りにしてスキーと同じような理屈で少し前に重心を持っていく感覚が、自転車の真ん中に乗っているということなんではないだろうか!と、ハッとしたんです。そして、動画を見ていて一番ハッとさせられたのは、普通に立って、足を自転車のペダルに乗せているように前後に少し開いて、前足に加重を移そうとするとき、前足に体重を掛けているつもりでも前足の外側斜め前へ体重が掛かっている場合が多いというところでした。斜め前ではなく、ちゃんと前へ荷重移動するとはどういうことか、わかった気がしたのです。部屋の中で、ボクシングのように左足前、右足後ろで立ってみます。この体勢から右ストレートを打つようにして前足へ荷重移動してみます。斜め前に荷重移動してしまう場合と、ちゃんと前へ荷重移動した場合、「何か明らかに違うぞ!」って感じがしました。私には言葉ではうまく説明できないのですが、著者の動画を見ていて、この違いが何かとても重要なのではないかと思ったのです。Don't think, Feel it! (考えるな、感じろ!)とブルースリーは言いました。私はもしかしたら、感じたのでしょうか。--横に通っている針金は前輪中心と後輪中心を結んでいます。この針金とBB中心の距離をハンガー下がりと言うらしいです。こうやって実際に計ったりしていると、「ほうほう」と実感してよいですね。本で見ているだけだと、「ふーん」とすぐ忘れてしまいそうです。ところで、当時のスキーブーツを引っ張り出して、バックルを留めていたら、バリッ、パキッという音とともにシェルが割れてしまった。。さすがに20年も経過するとこうなっちゃうんだと少し驚いたゎ。でも、今日、部屋で割れてくれてよかったのだ。もし、またスキーに行こうと思い立ってスキー場に行ったことを考えると、、、滑っているときにこんなことになったらと思うと、こわっ!あれ、ひょっとして板も危ないのか??ん? もしかして、カーボンも劣化したら、、、ま、まさか、そんなことはないよね。ト、トレックを信じよう。にほんブログ村
2015.04.19
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やまめ乗りという言葉をご存知だろうか。私もネットなどでその言葉はなんとなく知っていた。そのやまめ乗りについての本が、「自転車の教科書」という本だ。なぜ写真が横向きかって?(IEではちゃんと縦になるようにしたんですが)スマホで撮影して、縦にしてアップしたんだが、なぜか。。さらにデフォルトのカメラの画像サイズがデカイ!!適当なカメラアプリを入れてやっとVGAサイズで撮れた。だいたい、電話の受け方もやっと分かったばかりだし、留守電とかどうやって気が付くのだ!とスマホ初心者はイライラの連続なのだ。で、わたしの乗り方は?えーっと、まだ我流です。一般的には、骨盤を立てて、猫背で乗れとよく言われているらしい。このやまめ乗りというのは、骨盤は前へ寝かせて、背中はまっすぐ乗れと言っている。細かい話は抜きにするが、この著者がいう身体の使い方や説明の仕方に、何か共感するものがあった。それが何かは読み進めていくと分かった。著者は父から空手を教わっており、身体の使い方も影響を受けているとのことである。空手の身体の使い方そのものではなく、身体の使い方に対する合理性や繊細さというところが影響を受けているのだろう。本で説明している通りに、イスに腰掛けたりして言われるとおりにやると、踵加重になったり、拇指球加重になったりするのがよくわかる。てなことをやっていると、ちょっと確認したくなり、空手の三戦(サンチン)立ちをしてみる。そして、お尻を締めると踵加重になるのがわかる。締めているお尻から力を抜いていくと、拇指球加重へて変化するのがわかる。このお尻を締めている状態が、自転車での骨盤を立てた状態と近いのだと思う。緩めた状態が、自転車での骨盤を前へ寝かせた状態と近いということだろう。そしてこの加重の変化が、足の開き方(平行か逆ハの字か)でも起こることも書かれている。どちらの立ち方も空手の基本的な立ち方としてある。(空手やってるときはあまり意識したことは無かったが。。汗)まだまだ我流の乗り方だが、真似してみてよいところはどんどん取り入れていきたい。だが、引き足の持久力を捨てる気にはなれないんだなぁ。まぁ、ペダリングを意識し始めてから半年、ロードレーサーに乗り始めて1ヶ月のおっさんの感想なので適当に読み流してください。--あ、さっきTVで、教科書を搬入した小学校の入学式のニュースをやっていた。かわいらしい小学一年生が映っていた、この子達があの教科書を手にするんだと。この子達を見たら、一冊たりとも粗雑に扱えないよなぁ。にほんブログ村
2015.04.14
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引き足のことをネットで調べていて新しい発見が二つあった。一つ目は、サドルの傾きだ。まず、サドルを後退させるのは良いが、前下がりではなく、若干の前上がり、(これはサドルの後部を水平にすると形状的に前上がりとなる)がよいということらしい。サドルを前下がり(サドル後部が上がっている)にすると、お尻が後ろへずれないように支えられている状態なので、ペダルを前へ蹴り出すときに力が逃げにくいので、踏み込み重視のペダリングには適しているということだと思われる。サドルを前上がりにすると、引き足でトルクを掛けるときにお尻が前方へずれにくいので、引き足重視のペダリングに適しているということだと思われる。なるほどなぁ、と思い、サドルを前下がりから前上がり(サドル後部を水平)に変更した。もう一つは、クリートの位置だ。クリートは前後左右に調整できるようになっているのだが、私はよくわからなかったのでだいたい真ん中辺りに設定していた。引き足重視の場合、前後位置はつま先寄りにするとのことだった。左右については、内側に寄せるか外側に寄せるかなのだが、これは股関節の幅により合わせるとのこと。つまり、クリートを内側寄りに付けた場合は股関節が広め、外側寄りは股関節が狭めとなる。ということなので、私はクリートをつま先寄りで内側寄りに移動した。今までのクリートの位置。調整後のクリート位置。まだ、このフィッティングで走っていないのでなんとも言えないんですが、走行後にまた書きたいと思います。--にほんブログ村
2015.03.24
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なんかすごい久しぶりのペダリング日記となりました.まあ、それというのも脚の筋肉は発達してきたと実感しているんだが、ペダリングはこれといって目を見張るような進歩を感じていなかったのだ.引き足メインのペダリングに開眼してからは、ハムストリング(太ももの裏側の筋肉群)をメインに使うペダリングとなり、ハムの持久力に驚きながら、腰うねうねと引き足でロングツーリングも出来るまでになったのだ.ロングツーリングに飽き足らずにとうとうヒルクライムにまで手を出したが、体重80kg超でMTBでヒルクライムとなると、腰うねうねと引き足だけでは限界があるなと感じ、ペダリングの効率を再び考えるようになった.ぺダリング時の引き足の掛かりと言うんだろうか、そのトルクを掛けている箇所がどうしても時計の7時~9時辺りなんです.(感覚的なものです)気持ちとしては5時~9時辺りまでの長い間トルクを掛け続けたいんだが、これがなかなか上手くいかないかないんだよねー.早めに引き足でトルクを掛けようとすると、瞬間的にカツンとはいくのだが7時くらいのところまですらトルクが持続しないんだな、これが.そんなときに、ネットを何気なく見ていたら、「極端にはリカンベントをイメージすると、 引き足でのトルクが掛かり始めるのが3時から4時辺りになるのがイメージできるのではないか」と、さらに「そのようなフォームに近づけるためにサドルの位置を後ろに下げる」と.そのときは「なるほどねぇー、今度試してみるかー」くらいにしか思ってなかった.先日のヒルクライムで、いつものようにヒーハー言っていると、「あ、そうだお尻を後ろの方へずらしてみるか」と思い、サドルからお尻がはみ出す感じのところまで下げてみた.すると、なんということでしょう、5時くらいのところから引き足でのトルクが掛かる感覚がぁー!、それもじわーっと長い間掛かるような気がした.それに伴い先ほどよりも進み方がいいような.「んん、これは!」と思い、お尻が痛くなってるのも忘れてそのポジションで登っていった.平地に下りてからも、そのポジションで漕いでみると、「おお! なんかいつもより5km/hほどスピードがアップしてるんじゃないか!?」と、天にも昇るような気持ちになった.しかし風の影響等もあるので、ぬか喜びかもしれないと少し冷静になった.それでも「これは間違いないんじゃないか」という感覚はあった.家に帰ってからは、もちろんサドルの位置を後方へできるだけ引いたセッティングに変えた.これで、次回はお尻をずらさずにあの感覚になるか試してみよう.サドルを前後にずらすという発想がそもそもなかったので、「俺は、なんかすごいことに気がついたんじゃないかー」と、ニヤニヤしながらネットで検索してみた.出るわ、出るわ、サドルを後方へずらすとハムを使うというような内容が...私の大発見は、世間の常識だったようです、なーむー..元々のきっかけがネットの記事だったんだし、当たり前かと少し凹む.ま、それでもそれに気がつけたことは大きいぞ、サドルは上下にだけ動かすもんだと思い込んでいた私には.世の中には、私のように頭の固いおっさんがまだいるかもしれないと思い、そのおっさんのためにも日記にしておきます.「おっちゃーん、サドルは前後にも動きまっせー!」--にほんブログ村
2015.03.10
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随分肌寒くなってきました.MTBを復活させた9月はまだまだ残暑でしたが、いつのまにか今年も残すところ1月半となってしまいました.9月頃のペダリングと比べると現在のそれは、その質がまったく異なっているなぁとその進歩に我ながら感心しています.(自画自賛か!)私の今のペダリングにおける意識は、端的に言えば「腰骨で引く」です.腰骨とは、牛乳を飲むときに牛乳瓶を持たない方の手を当てる腰の骨の辺りです.(そんな飲み方は今の人はしねーぞ!)意識としては、この左右の腰骨を一本の棒で繋いで、身体の中心が支点になっているシーソーのようにイメージします.脚は脱力しているつもりでこのシーソーをエンジンのようにギッコンバッタンと漕ぐわけです.腰で漕ぐことを掴みかけたときに、どこに意識を置くと腰で漕ぐのを再現しやすいかといろいろ試しているときにこの左右の腰骨辺りを上下に動かすイメージが一番再現しやすかったのです.熟練してくればこの左右の腰骨からどんどん内側への意識で可能になると思います.(シーソーの長さがどんどん短くなるイメージ)シーソーの片方の端を下から上へ上げるときが、引き足になります.この引き足のときにトルクを掛けている意識です.踏み込みの方はほとんど意識しません.意識するのは上記の点だけです.ある動きを身につけようとする場合、1段1段では1つの意識で練習してそれが無意識でできるようになったら次の段階の意識する点へ進むのが理にかなっていると思います.よく、円を4分割して、ここは踏む、ここは引くという説明があったりしますが、一度にそれを意識するのは無理ではないかと思っています.それも左右の脚で一度に意識するのは困難だと思います.少なくとも、私には無理でした.この「腰骨で引く」というイメージでは、低ケイデンスではギッコンバッタンのリズムで引き足でトルクを掛ける感触がよく分かります.しかし高ケイデンスになってくると「腰骨で引く」という言葉より、「腰を切る」という言葉の方がピタッとくるようです.今はこの「腰骨で引く」という意識で、重めのギアで漕いでいます.腰で引く動きがある程度できてくると、足を引き上げるときに足首の角度を固定してトルクが逃げないようにすることを意識しています.次のステージは、重いギアでも太腿の前面の筋肉をあまり使わずにハムストリングスやケツで踏み込むことができるかいろいろと試していこうと思ってます.後は、ひたすら繰り返し訓練あるのみですかね.量的変化が質的変化をもたらすことを信じて.これがある程度身についてくれば登坂路でどの程度効果があるか試してみようと思ってます.いつの日か、「猫がすき!」ではなくて「坂がすき!」と言える日が来ることを夢見て.この坂だらけの地元で「坂がすき」と言えるようになれば、晴れて、私はペダルという想像の翼ならぬ自由の翼を手に入れられると思うんです.(花子とアンの見すぎか!)しかし、80kg超のデブが「坂がすき!」と言えば、「どMか?」と言われるんでしょうなぁ.まぁ、大きく外れてはないですが...にほんブログ村
2014.11.12
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前回までのペダリングのイメージは股関節で膝を内側へ絞り込むというものでした.先日、3時間程のライドにおいて最後の方で「うん? これは!?」という感覚がありました.それは、「骨盤を立てる」とか「ケツで踏む」という言葉をネット等で知っていたのですが、全身が疲労感に包まれていたとき何気なくこれらの言葉を意識してみたのです。それまでは股関節と言ってもどちらかというと身体の前面側に意識があったと思うのですが、このときは明らかに腰の裏側、つまりお尻側に意識がいったのです.そして疲れてはいるが、踏めるのです、それも太腿に力を込める感覚無しに.腰・お尻で踏んでいるという感覚ってこれのことなのか!と実感したのです.所謂、腰で始動して、脚は脱力している意識なのです.自転車の場合は、この腰という箇所がお尻の少し上の方、サドルと接しているお尻の部分ではなく、尾てい骨のもう少し上の方になり、そこを起点にして片方のお尻をグッと下に押し込む感じです.後は脱力した脚がその力を自然とペダルへ伝えるだけの意識です.すぐにピンと来たのは、これは空手と同じだなということです.つまり身体の使い方が同じだと思ったのです.これはゴルフスイング、バットスイング等とも共通するものだと思います.結局、人間の身体の合理的な使い方は似ているということだと思います.ペダリングの場合は、空手の回し蹴りや、ゴルフスイングのようにヘッドスピードを上げることが目的ではないので腰からの始動という動きが同じようなイメージであり、その後のヘッドスピードを上げる部分の動きはペダリングには必要ないという感じです.その後、別の日に「ケツで踏む」を意識して3時間程ライドしたのですが、このペダリングは間違いないと思いました.細かい修正点はいろいろあると思うのですが、「ケツで踏む」感覚は何か絶対的なものを感じます.後は高ケイデンスでもこの意識でペダリングできるように練習あるのみです.坂道もこの意識でペダリングできれば体幹の大きな筋肉を使えるのでより効率的に登れるのではないかと期待できます.それとこの「ケツで踏む」は「骨盤を立てた」方が行いやすいように思います.このようにペダリングに意識を集中して練習できるは、約7kmの自転車道のお陰だと思います.信号は2,3箇所で結構道幅もあるので車や歩行者に注意する必要があまりないというのがとてもいい練習環境です.なぜ今までペダリングのことを考えなかったのか、これは次のような思い込みがあるのではないかと思います.日本で自転車のプロというと競輪選手を思い浮かべ、あの太い太腿が強烈に印象に残ります.そのためペダリングがどうのこうの言う前にまず脚を鍛えなくてはと思っていたように思います.これがヨーロッパだとツールドフランスに代表されるロードの選手がイメージされるとなるとおのずと違う印象となるのかもしれませんね.いやー、自転車って以外と奥が深いのねって思い直した今日この頃です.ペダリングについてはまた進展があったら書きたいと思います.--1年後の「ケツで踏む2」は以下です。「ペダリング8 -- ケツで踏む2 --」にほんブログ村
2014.10.18
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前回のペダリングについての続きです.前回は股関節で太腿を振るという言葉でイメージを喚起したのだが、これは平地で負荷の小さいときには可能なのだが、坂を上るときにもこれが有効かどうかを試してみた.結論から言うと、有効であると感じている.但し、イメージを伝えるための「太腿を振る」という言葉では坂を登って行くときのイメージとしてはうまく言い当てていない気がした.例えば、右足で踏込む場合は、右膝をトップチューブ側へ絞り込むように股関節で押し込んでいくイメージを使ってます.このとき太腿の筋肉は脱力というか意識的には力を入れない感じです.このイメージは以下の言葉がしっくりくるように思います. -- ネットから引用 -- 「絞り込み(内旋)」 --------------------この感覚を補強するために、右足で踏込む場合は車体を少し左側へ、左足で踏込む場合は車体を少し右側へ、それぞれ振って座ったままの小さなダンシングのようにしてやるとやりやすいです.このイメージは以下の文章がしっくりくるように思います. -- ネットから引用 -- 骨盤の重みを使って、左右に重心を交互に乗せ変えていく感覚 --------------------平地においても一気にスピードを上げようとするときに、今までは膝の上の筋肉に力をいれて踏込んでいく感じでしたが、上記の感覚を掴んでからは股関節で膝を絞り込むようにしか力を入れません.力が入ってないような感じがしても太腿には力を入れないようにしています.それをやってしまうと今掴んだと思っているイメージを否定することになるので.上記はあくまで意識上の話です。ペダリング中に上から膝を見ても内側へ傾いているようには見えませんし、力を入れてないつもりの太腿も疲労感はあります.自分の意識と、外から見える動きに差があるのは過去の運動経験からしてもよくあることで、他人にこれを伝えるのはかなり難しいことだと思っています.また、私の意識と他人の意識が同じであることが良いとも思っていません.ただ、誰かの参考になればと思って書いています.私の意識もこれが正解かどうかわからないし、違うイメージへ進化することもあるでしょうが、現在はこんなイメージで漕いでいます.ちなみに私の体型は、身長171cm、体重80kg超のデブです.さらに脚は短いと来てます、七分丈のパンツも八分丈、九分丈になってしまいます.(しょぼーん)にほんブログ村
2014.10.12
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約10年ぶりに再び自転車(MTB)に乗り始めて一ヶ月が経過した.この間のペダリングの変化を記録しておこうと思う.10年程前に乗っていた頃は、MTBは脚を鍛えるツールという位置づけで考えていた節がある.そのため効率的なペダリング技術というものにあまり興味がなかった.しかし今回はなぜかペダリングが気になってきたのでまじめに取り組んでみた.まずペダリングに関する知識がないのでネットでいろいろ調べた.最初は足首の角度を意識することにした.これはフランキーたけさんの動画を見て参考にした.もともと踵がつま先より上がる癖があったので、踵をぐっと落とすというイメージを意識してペダリングするようにした.あくまで意識なので実際にはそこまで落ちていないと思う.次の段階では膝を意識してペダリングするようにした.膝の上支点をなるべく低く抑えるような膝の回転をイメージし、膝から下は脱力感を意識してペダリング.その次の段階では、股関節を意識したペダリングだ.股関節から膝までを一本の細い棒のようにイメージし、その棒を股関節で上から下に振るような動きを意識する.細い棒を指揮棒とするとその指揮棒を振る場合、指揮棒を持つ手の手首の動きを股関節で行うイメージである.手首の上下の動きは小さいが指揮棒の先端の動き大きい、この先端が膝と対応すると考える.このとき脚は脱力している感覚で行う.あくまで脱力している感覚である、実際には必要な力が出ているはず.平地ではこの脱力の感覚のまま指揮棒を股関節でリズミカルに振ることができるようになったと思う.問題は少し昇り勾配の場合の感覚である.あくまで脱力の感覚で、指揮棒を振るのだが、指揮棒を上から下に振るときに膝が手で上から下に押されているようにイメージしてペダリングを行うと太腿に力を入れて漕ぐ感じではなく、あくまで脱力している感覚のまま、指揮棒を下に振るときに力が加わっているようなイメージでペダリングができるように思う.次は上り坂で通用するか試す必要があるが、暫くは平地で、この股関節で太腿を振るという感覚を身体に染み込ませようと思う.これが出来ればペダリング上達の階段を一段登るのではないかと直感したのでこれを身体に覚え込ませるまで繰り返し練習しようと思う.これがこの1ヶ月でのペダリングの変化であるが、これは私個人の身体感覚を無理やり言語にしたものなので、他の人にそのままあてはまるとは思わない.しかし、股関節の数センチ、数ミリの動きを外側から見てもたぶん分からないと思うので、自分にピッタリくるイメージを作るのが一番の王道だとも思う.まぁ、また乗っていれば違うイメージになってくるかもしれないが、焦らずコツコツとヒルクライムのように登るしかないのだろう.にほんブログ村
2014.10.06
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