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今、少子化、高齢化、そして過当競争の時代。 この時代は個人間の格差拡大の時代でもある。ぼやぼやしていると、競争社会から放り出され心の病に押し潰され、生きることさえ危うい時代である。 そこまでいかずに、必死に生き残りを図ろうとすれば、「心は疲れ」休日はぐったり ーというライフスタイルになる。 休日明けに、疲れた心に鞭打って出勤、そんな状態では、また、上司から檄が飛ぶ。 「考えただけ」でプレッシャーが心にかかる。でも反論、反発もできない。 「心が優しい」からだ。 人間、体の丈夫な人もいれば、生まれつき弱い人もいる。 「心」にも生まれつき“強い”人と“優しい人”があるのだろうか。 そうだとすれば、この競争社会に生き残ることは困難だ。不公平だ、と思う。がそう思っても、どうしようもない。 かつて大企業の一員として社会人の第一歩を踏み出して数年を過ごすうちに、こう考えて、会社から身を引いて独立開業の道を選んだ。が、それは 組織にいるよりもはるかに、険しい道だった。そういう中からようやく這い上が り、どうにか人並みに生きる道を見出すことができたのは、 ・心をタフにする方法=「精神貴族」の7か条 を発見してからだった。そのきっかけは「人間性心理学」との出会い、そして「個性の発掘」と「自己実現」の鉄則を知ってそれを実践してからだった。その後、経営コンサルタントとして行政、大企業から中小零細企業まで現場中心のアドバイスを行い、多くの実績と信頼を勝ち得ることができた。
2016.11.30
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8 今のあなたに魅力はあるか まわりの情報や人脈を活かすためには、自分自身が魅力ある人物、あるいは特長・個性のある人になることが先決。 ふつう「魅力」というと、ルックスとか、健康とか、若さなどを連想する。あるいは明るく気さくで、おもしろい話をする人も、魅力があると考えられる。もちろん、これらも魅力をもつための大切な要素である。 外見、容姿、性格などは生まれつきでどうしようもないと考えがちだが、実は必ずしもそういうものでもないのである。美人やイケメンが意外にもてず、一見平凡な人に人気が集まるということは、私たちのまわりにいくらでも見られる。「でも、見栄えのいい人や口のうまい人は、やっぱり得をする」 自分がルックスや人付き合いに自信がない人は、こう考えるものである。 そうかも知れない。「ひと目惚れ」ということは確かにあるからだ。 生まれつきの容姿や外見、それにからだが丈夫か弱いか、そうしたことは本人の責任ではないから、どうしようもないとしても、 日頃から「身だしなみに気をくばる」といったことは、人間的魅力を増すうえの重大なポイントといえる。 昔から「馬子にも衣装」などといわれる通り、服装をキチンとし身だしなみを整えると、気分も引き締まるものである。 けれども「人間的魅力」の決め手は、やはり「中身」。その証拠に同じ人でも、中身が充実しているときと、そうでないときの「魅力」は大違いではないだろうか。 外見や容姿やハッタリなどで、一時的に人の注目を集めたとしても、中身が空っぽでは、よけい惨めな思いをするだけである。 これからは「個性の時代」ともいわれている。これまで以上にそれぞれの個性を活かして、魅力を発揮するのがカギになる。 〇発想のヒントをつかむ法―情報受信の幅を広げよう 異業種交流会などの勉強会は、確かにビジネスマンの手っ取り早い「情報収集」「人脈づくり」の場ということができる。 しかし、これらの勉強会は一般的な意味で「異質の情報」というには、必ずしも充分であるとはいえない。 なぜならメンバー(会員)は、それぞれ異なった業種や会社という意味では、同じ業界、会社、職場の人だけの付き合いに比べれば、なるほど「異質」かも知れない。 しかし、見方を変えれば、サラリーマンという点では同質。 それに一般に男性の多い会が目立つのだが、これも「女性のものの考え方感じ方を知る」という意味では偏りがあある。また、もっと広い視野で見るならば、日本人だけの会という意味では、「同質」の情報しか得られないともいえるわけである。本来、異質の情報を仕入れるには、・勤め人だけでなく自営業者や商店主、主婦・都会生活者だけでなく地方の人たち、とくに農漁山村の人たち・男性だけでなく女性も・日本人だけでなく外国人、それも欧米だけでなくアジア・アフリカ・中近東・中南米 このように、あらゆる分野、地域の人たちの情報に接するべきなのである。 とはいえ、これだけ多種多様な人たちを一堂に集めることは困難だし、実際に集めたとしても充分な情報交換ができるとは考えられない。 そこで働く女性や外人記者クラブのメンバーなどを、ゲストに迎えて日頃あまり聞けない話を聞く工夫が必要になるだろう。 そのような工夫をしたとしても、何もかも勉強会に期待するのはどうかと思う。・日頃から自分の属している会社や組織の外の人たちに関心をもつ・仕事を離れて消費者の立場からものを見る習慣を身につける こうした地道な努力をすることが大切ではないかと、私は思う。 〇身近なモノを捉え直してみよう 情報とくに異質情報に接するときは「ウォッチング」と「リスニング」の心構えが大切だ。「ウォッチング」というのは「見つめる」という意味だから、ただ「見ている」というよりも「集中して注意深く見る」ということになる。「リスニング」というのも、ただ「聞いている」のではなく「集中して耳を傾ける」ということである。「何を見るか」「何を聴くか」ということよりも「どう見るか」「どう聴くか」ということに注意すべきなのだ。特別に耳寄りな情報や変わった現象を求めるのではなく、ごくありふれた日常の現象や会話などに、新鮮な気持ちで接するということ。 たとえば女性のものの見方考え方に接しようとする場合、ことあらためて女性にアンケート用紙を配るとか、インタビューするということをしなくても、・奥さんや娘さん、近所の主婦の方々との対話を大事にする・職場で働いているパートタイマーの何気ない会話を聞き流さない これだけの注意を払うことによって、たとえば「女性を対象とする商品の売れ行きが芳しくない」という場合の対策や、「女性対象の新製品開発」の重大なヒントが得られるはずなのである。あるいは、とくに対話をしなくても、・休日に盛り場に出かけて、ウィンドウショッピングする これだけでもよい。 ある部品メーカーで、売れ行き不振を何とか回復するために「自社の技術がどんなところに応用できるか」ということがテーマとして挙げられたが、技術者たちは、「いろいろ情報収集したいが、どこへ行ったら情報が入手できるかわからない」と困っていた。私は、「デパートやスーパーやコンビニなど小売店の店頭へ行ってごらんなさい」とアドバイスした。その結果、業界紙や専門誌ではなかなか仕入れることのできなかった情報やヒントを、この会社の技術者たちは、ウィンドウショッピングによって入手することができたのである。このように、ごく身近なところに情報やアイデアのヒントがあるのに、「気付かないだけ」ということが意外に多い。 〇情報を活かす集め方ー人脈づくりは情報しだい 勉強会に参加したりウォッチング&リスニングによって、できるだけ「生の情報」に触れるようにすれば、・ああ、なるほど、そういう見方もあるのか・この情報の裏には、そんな意味もあるのか というように、情報を選別する目も養われてくる。そうすれば、それを直接仕事のうえで活かすこともできるし、選別した「特選情報」を携えて人に会うこともできるだろう。いい情報が提供できれば、新しい人脈もつくれるということになる。◎ 生産者と消費者をつなぐ―いわゆる「担ぎ屋のおばさん」から、学ぶ。新天地を求め、隙間を埋めるビジネスの突破口は、生産者と消費者をつなぐこと。これまでは、どの業界にも既得権をひとりじめして離さない流通業者の存在が生産者、消費者の双方に不利益(生産者は安く買いたたかれ、消費者は高いものを売りつけられる)をもたらすネックになっていた。そういう業者を敵に回すことなく、生産者と消費者をつなぐ「要諦」―それは、「交流会」人脈の交差点から生まれる。現に、そういうところから新しいビジネスチャンスが続々と誕生しつつある。 その前に、誰でもできる産直販売のノウハウ。 私たちが東京代々木のマンションに住んでいた当時、千葉のおばさんと呼ばれたいわゆる担ぎ屋さんがいた。千葉の農村から籠いっぱいに野菜や魚を担いで、マンションを一軒一軒回って歩くのだ。仮にこのおばさんをAさんと呼ぶ。このようなスタイルで、荷物を担いで千葉など産地から東京へ新鮮な野菜や魚を運ぶ人々が、総武線、東西線、京葉線の朝の上り電車には、通勤ラッシュの終わったころに、確かに大勢見かけられたものだ。彼女らは私たちの住む代々木から義兄の住む青山方面まで、それぞれの得意先を探して、運んだ荷物を当日完売、もちろん現金売りでかけ売りはなし。こんな「堅い商売」はほかにはない。そのかわり、60キロもあろうかという荷物は女性の肩や腰には重い負担だったに違いない。でも、一度買ってくれたお客は、来ればほとんど買ってくれる。 何しろ青山から代々木といえば高級住宅が多く、スーパーで買い物をすれば物価は高いが、安くて、新鮮な食品を居ながらにして配達=産直で売ってくれる、こんな有難い存在はないのである。もちろん、世田谷、目黒、大田などの近郊にもこういう人たちのテリトリーは存在した。 こうして担ぎ屋さんとその得意先の渋谷、代々木、原宿、青山界隈の住民の相互の利益は完全に一致している。そのうち、Aさんは夫を引っ張りだしてしかも中型トラックに荷物を積んで現れるようになった。こうなると、「担ぐ」という肉体的な負担からも解放され、立派なビジネスがなり立つようになる。 ここで問題は、Aさんが千葉の農村地帯に住んでいるということ、都会のビジネスマンが、Aさんのまねとしようと思っても、「どうやって仕入れるか。農産物や魚介類を分けてもらえるか」という問題がある。Aさんは農村地帯の住人だから産直販売ができたのである。ところで、「食の安全」「食糧自給率の向上」が叫ばれる中、「農業」をめぐる動きは、既成の農に対する既成概念をまったく変えようとしている。千葉のおばさんは農村地帯に住んでいるから産直販売の仕入れ先をつかんでいるが、都会に住む者にはそれができない、といったが、この問題には交流会がクローズアップされます。交流会の仲間に農村や漁村の出身者がいたら、比較的容易に仕入れ先とコネを作ることができるだろう。 あるいは都会を始め近郊のホテルやレストランとコネがあれば、有機農法の野菜や取れたての魚をその日のうちにホテルやレストランに提供できるわけである。 今、「ひき売り」商売が大繁盛と言われます。引き売りの「豆腐」「パン」さらには「縮みホウレンソウなどの野菜」―これらは、千葉のおばさんの産直販売と同じ発想から生まれたビジネスである。これらの商売を通じて、『消費者との接点』が生まれ、「人間的な触れ合い」が育つばかりでなく、新しいユーザーの「求めるニーズ、シーズ」のアンテナショップの役割を果たしているわけである。さらに、最近は食品に限らず、あらゆる製品で「共同生産・共同販売」のシステムが定着しつつある。以上、「ツキのある人生」への転換、「支援者との接点の見つけ方」については、・拙著近刊「ツキを呼ぶこれからの生き方」SIC出版、および、・次項 エピローグ 先人の知恵から学ぶ参照。
2016.11.29
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7 言い訳する人には魅力がない「過去を引きずって生きている人」は、言い換えれば「ネクラ」人間である。人は誰でも過去に何らかのハンディを背負って生きているものである。「片親だから」「学歴がないから」「内向的な性格だから」「からだが丈夫でないから」「いい会社に入れなかったから」「いい人脈がないから」「いい家に生まれなかったから」「頭がよくないから」「勉強が嫌いだから」「風采があがらないから」「口下手だから」「もう年だから」 こんなふうに生い立ちや肉体的条件、家庭環境から性格まで、いいだせばキリがないのである。「自分は100%満足な環境だ」といいきれる人は、ほとんどいないのではないか。 そして「だから、できなくても仕方がない」と言い訳をしたがるのである。しかし、そんなことをいっても何にもならない。まわりの人を「暗い気持ち」にさせるだけである。こうして、本書のテーマである「弱い人間」「ついてない人間」になってしまう。「当社は中小企業だから、人材がいない、売上が伸びない、競争に負ける」 こういっている経営者や管理職者、営業マンも同じこと。そんなことをいってみても、現在抱えている問題が解決するわけではない。まして誰かが同情して、救いの手を差し延べてくれるはずもない。 まわりの人たちを暗い気持ちにさせ、自分も気持ちが暗くなり、事態はますます悪い方向にむかうだけなのである。 意外なことに、世の中にはこうした人が多いような気がする。こういう人のまわりには、「貧乏神」は寄ってきても、決して「幸福の女神」は微笑みかけてくれないのである。 どんな逆境にいても、楽天的に考えることである。いいかえれば自分の環境にグチをいい言い訳したがる人は「甘え」があるといってもよい。そういう人は魅力がなく、いつまでも、逆境から脱出できないのである。「自分には○○というハンディがある、だから××できないのは仕方ない」 というように「できないのは自分のせいではない、まわりが悪い(不運なのだ)」 と、環境の悪さや運勢に甘えているのだ。こういう人に、まわりの人たちは決して魅力を感じない。だから、いい人も集まらず、人脈もできない。そして、ますます事態は改善されないということになる。 いつも「価値ある目標」に向かって前向きに努力し、いろいろな角度から工夫してチャレンジする。しかも「やってみせる」という決意を示し、「やれるはずだ」と楽天的に考える。 ものごとをポジティブにとらえるから、周囲の雰囲気も明るくなってくるのである。 こうした人のまわりには、いつの間にか、いい人材が集まる。 〇今、何が求められているのか 現代は情報化社会であり、これからの社会はモノを離れて精神的な「充実感」や「満足感」「自己実現」「ゆとり」といったようなものを、求める社会になりつつある。 これを経営や仕事の面におきかえてみると、従来は「人」「モノ」「金」が重要と考えられてきたのに対し、これらの要素によってもたらされる「効用」つまり「目に見えない要素のウエイトが増してきた」ということになる。「情報」の重要性が、これまでになく増してきたといってもよい。 そうはいっても「情報」は決して単独で論じられるものではなく、当然「人脈」や「仕事」と深く関わり合っている。そして「情報」というものの価値を決めるのは「人」であることを考えると、「情報」以前に「人間理解」が前提になることは充分に注意していただきたいと思う。 これをもう少しわかりやすく、具体的に示せば、次のようになる。 仕事をキチンとやれば、それなりの「情報」を提供できるし、そうすれば「人脈」も育ち、それがまた新たな「出会い」をもたらすということである。 もう一歩突っ込んで考えれば、「仕事をキチンとやる」といっても、その仕事自体に価値がなければ何もならないということになる。 たとえば「どんなに規格通りに製品を仕上げた」としても、その製品が市場で受け入れられなければ、「規格通りに仕上げた製品」には何の価値もなくなるということだ。 これは、とくに先端技術やソフトウェアなどにいえることで、自分たちがどれほど一生懸命に努力して成功しても、それに代わる技術が開発されれば、旧式の技術やソフトウェアは価値を失うのである。 実際に、技術の進化のペースが速い業界や、ユーザーのニーズの多様化や変化の激しい業界では、こうした現象はいくらでも見られる。つまり、すべての前提になるのは、・今、私たちの環境はどんな状況にあり・今後どう変化していくのか・その中で自分たちは、どんな分野、どんな面で存在価値を見いだしていくのか これがないとせっかくの「情報」も、紙屑同然になるおそれもあるわけだ。
2016.11.28
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6 愛される人になろう 日頃から接している相手をよく知って、相手にあった情報を提供することは、確かに「人脈づくり」の有効な方法といえるのだが、これは歌手にたとえてみれば、いろいろなバラエティの歌を上手に歌って、あらゆるお客様を喜ばせるのと同じこと。そんなことが初めからできるわけがない。 やはり最初のうちは一曲でいいから、上手に歌えるようにマスターすることである。いや、必ずしも上手に歌わなくてもよい。自分なりの「持ち味」を出すのが先決とうことだ。 たとえば「得意先や上司から何か頼まれたら、速く、正確にこなす」というだけでもよい。グズな人が多い中で、これだけでも相当効果があるはずである。 「彼(彼女)には、安心して任せておける」ということが評判になれば、これが「信用」につながる。こういうことを積み重ねていけば、それがいつしか「人脈」へと発展する。できれば、こうした「受け身」の状態から一歩前進して、相手の望んでいるものを「先取り」できるようになればよいと思う。 それに加えて人から「愛される何か」をもちたいもの。 どの職場にも「何となく憎めない人」がいるものである。なぜだかよくわからないが「その人と接していると楽しくなる」というような人だ。生まれつきにもよると思われるが、それだけではない。やはり、その人の「心がけしだい」ではないだろうか。 どういう「心がけ」がよいかというと「楽天的」で「ポジティブ」なことだと、私は思う。「楽天的」というと、小さなことにクヨクヨしないとか、失敗しても挫けないということを思い浮かべる人もある。確かにそういう面もあるが、それだけではない。 ただ「明るいだけ」という人は、ときどき人を傷つけても平気でいるような、そうした無神経なところもあり、これはかえって欠点になる。そうではなく、 ・自分の思い通りにならないことがあっても、言い訳しない ・どうすればできるかを考えて、前向きにいろいろと工夫する こうした心構えをもつことが大切だと思う。何かが思い通りにいかない、たとえば売上が思うように伸びないという場合、たいていの人は、商品の値段が高いとか、景気が悪いとか、○○が協力してくれないなどと、グチが出るものである。 ここでいっている「楽天的な人」「ポジティブな人」は、こういう場合でもき言をいわず、「どうしたら売れるか」「こうしてみたらどうか」と、いろいろと作戦をめぐらして、何とかしようとチャレンジする人なのである。 前にも述べたように、3つの短所=自己中心、ネクラ、感情コントロール不能を除けば、「長所も場合によっては欠点」となり「欠点も長所に変えることができる」のだ。
2016.11.26
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「引き売りのおばさん」から、学ぶ。 新天地を求め、隙間を埋めるビジネスの突破口は、生産者と消費者をつなぐこと。これまでは、どの業界にも既得権をひとりじめして離さない流通業者の存在が生産者、消費者の双方に不利益(生産者は安く買いたたかれ、消費者は高いものを売りつけられる)をもたらすネックになっていた。そういう業者を敵に回すことなく、生産者と消費者をつなぐ「要諦」―それは、「交流会」人脈の交差点から生まれる。現に、そういうところから新しいビジネスチャンスが続々と誕生しつつある。 その前に、誰でもできる産直販売のノウハウ。 私たちが東京代々木のマンションに住んでいた当時、千葉のおばさんと呼ばれたいわゆる担ぎ屋さんがいた。千葉の農村から籠いっぱいに野菜や魚を担いで、マンションを一軒一軒回って歩くのだ。仮にこのおばさんをAさんと呼ぶ。このようなスタイルで、魚を運ぶ人々が、総武線、東西線、京葉線の朝の上り電車には、通勤ラッシュの終わったころに、確かに大勢見かけられたものだ。彼女らは私たちの住む代々木から義兄の住む青山方面まで、それぞれの得意先を探して、運んだ荷物を当日完売、もちろん現金売りでかけ売りはなし。こんな「堅い商売」はほかにはない。そのかわり、60キロもあろうかという荷物は女性の肩や腰には重い負担だったに違いない。でも、一度買ってくれたお客は、来ればほとんど買ってくれる。 何しろ青山から代々木といえば高級住宅が多く、スーパーで買い物をすれば物価は高いが、安くて、新鮮な食品を居ながらにして配達=産直で売ってくれる、こんな有難い存在はないのである。もちろん、世田谷、目黒、大田などの近郊にもこういう人たちのテリトリーは存在した。 こうして担ぎ屋さんとその得意先の渋谷、代々木、原宿、青山界隈の住民の相互の利益は完全に一致している。そのうち、Aさんはをひっ張りだしてしかも中型トラックに荷物を積んで現れるようになった。こうなると、「担ぐ」という肉体的な負担からも解放され、立派なビジネスがなり立つようになる。 ここで問題は、Aさんが千葉の農村地帯に住んでいるということ、都会のビジネスマンが、Aさんのまねとしようと思っても、「どうやって仕入れるか。農産物や魚介類を分けてもらえるか」という問題がある。Aさんは農村地帯の住人だから産直販売ができたのである。ところで、「食の安全」「食糧自給率の向上」が叫ばれる中、「農業」をめぐる動きは、既成の農に対する既成概念をまったく変えようとしている。 千葉のおばさんは農村地帯に住んでいるから産直販売の仕入れ先をつかんでいるが、都会に住む者にはそれができない、といったが、この問題には交流会がクローズアップされます。交流会の仲間に農村や漁村の出身者がいたら、比較的容易に仕入れ先とコネを作ることができるだろう。 あるいは都会を始め近郊のホテルやレストランとコネがあれば、有機農法の野菜や取れたての魚をその日のうちにホテルやレストランに提供できるわけである。 今、「ひき売り」商売が大繁盛と言われます。ひき売りの「豆腐」「パン」さらには「縮みホウレンソウなどの野菜」―これらは、千葉のおばさんの産直販売と同じ発想から生まれたビジネスである。これらの商売を通じて、『消費者との接点』が生まれ、「人間的な触れ合い」が育つばかりでなく、新しいユーザーの「求めるニーズ、シーズ」のアンテナショップの役割を果たしているわけである。 さらに、最近は食品に限らず、あらゆる製品で「共同生産・共同販売」のシステムが定着しつつある。 以上、「ツキのある人生」への転換、「支援者との接点の見つけ方」については、 ・拙著近刊「ツキを呼ぶこれからの生き方」SIC出版、および、 ・次項 エピローグ 先人の知恵から学ぶ 参照。
2016.11.25
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その前に、誰でもできる産直販売のノウハウ。 私たちが東京代々木のマンションに住んでいた当時、千葉のおばさんと呼ばれたいわゆる担ぎ屋さんがいた。千葉の農村から籠いっぱいに野菜や魚を担いで、マンションを一軒一軒回って歩くのだ。仮にこのおばさんをAさんと呼ぶ。このようなスタイルで、荷物を担いで千葉など産地から東京へ新鮮な野菜や魚を運ぶ人々が、総武線、東西線、京葉線の朝の上り電車には、通勤ラッシュの終わったころに、確かに大勢見かけられたものだ。彼女らは私たちの住む代々木から義兄の住む青山方面まで、それぞれの得意先を探して、運んだ荷物を当日完売、もちろん現金売りでかけ売りはなし。こんな「堅い商売」はほかにはない。そのかわり、60キロもあろうかという荷物は女性の肩や腰には重い負担だったに違いない。でも、一度買ってくれたお客は、来ればほとんど買ってくれる。 何しろ青山から代々木といえば高級住宅が多く、スーパーで買い物をすれば物価は高いが、安くて、新鮮な食品を居ながらにして配達=産直で売ってくれる、こんな有難い存在はないのである。もちろん、世田谷、目黒、大田などの近郊にもこういう人たちのテリトリーは存在した。 こうして担ぎ屋さんとその得意先の渋谷、代々木、原宿、青山界隈の住民の相互の利益は完全に一致している。そのうち、Aさんは夫を引っ張りだしてしかも中型トラックに荷物を積んで現れるようになった。こうなると、「担ぐ」という肉体的な負担からも解放され、立派なビジネスがなり立つようになる。 ここで問題は、Aさんが千葉の農村地帯に住んでいるということ、都会のビジネスマンが、Aさんのまねとしようと思っても、「どうやって仕入れるか。農産物や魚介類を分けてもらえるか」という問題がある。Aさんは農村地帯の住人だから産直販売ができたのである。ところで、「食の安全」「食糧自給率の向上」が叫ばれる中、「農業」をめぐる動きは、既成の農に対する既成概念をまったく変えようとしている。千葉のおばさんは農村地帯に住んでいるから産直販売の仕入れ先をつかんでいるが、都会に住む者にはそれができない、といったが、この問題には交流会がクローズアップされます。交流会の仲間に農村や漁村の出身者がいたら、比較的容易に仕入れ先とコネを作ることができるだろう。 あるいは都会を始め近郊のホテルやレストランとコネがあれば、有機農法の野菜や取れたての魚をその日のうちにホテルやレストランに提供できるわけである。 今、「ひき売り」商売が大繁盛と言われます。引き売りの「豆腐」「パン」さらには「縮みホウレンソウなどの野菜」―これらは、千葉のおばさんの産直販売と同じ発想から生まれたビジネスである。これらの商売を通じて、『消費者との接点』が生まれ、「人間的な触れ合い」が育つばかりでなく、新しいユーザーの「求めるニーズ、シーズ」のアンテナショップの役割を果たしているわけである。さらに、最近は食品に限らず、あらゆる製品で「共同生産・共同販売」のシステムが定着しつつある。以上、「ツキのある人生」への転換、「支援者との接点の見つけ方」については、・拙著近刊「ツキを呼ぶこれからの生き方」SIC出版、および、・次項 エピローグ 先人の知恵から学ぶ参照。
2016.11.24
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新天地を求め、隙間を埋めるビジネスの突破口は、生産者と消費者をつなぐこと。これまでは、どの業界にも既得権をひとりじめして離さない流通業者の存在が生産者、消費者の双方に不利益(生産者は安く買いたたかれ、消費者は高いものを売りつけられる)をもたらすネックになっていた。そういう業者を敵に回すことなく、生産者と消費者をつなぐ「要諦」―それは、「交流会」人脈の交差点から生まれる。現に、そういうところから新しいビジネスチャンスが続々と誕生しつつある。
2016.11.24
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昨日は千客万来の日。何よりもうれしかったのは、トヨタの担当セールス(と言っても、彼が新入社員の時代からの付き合いで、今は出世して課長)の高橋さんが、ショールームに飾ってあった、月替わりの絵を持参して、次の絵と交換したいというのだ。病で倒れて車の運転は自粛し、車も手放した今、既にユーザーではない素人の私の絵を飾るのは厚かましいと、辞退しようと思いながら、延び延びになっていたのだが。彼が言うには、「ショールームの壁に絵がなくなるとなんともさびじい。出来れば、続けてほしい」と。外交辞令ともお世辞とも思えない申し出。それならと師走にふさわしい絵を2枚用意して渡した。これからも、私の絵が尽きるまで、あのショールームには私の絵を飾ってもらうことになった。小峰文夫氏「なごり雪」より(風景スケッチの教科書)
2016.11.23
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自然学園創業者理事長の西條隆繁先生から「国司義彦の著書を読んで、ぜひ会って話しがしたい」とのお手紙を頂き、先生は山梨から、小生は那須塩原から上京して新宿のホテルのレストランで昨日無事会食が実現して非常に有意義な話し合いの機会を持つことができた。私にとっては,病気に倒れて以来初めての単独上京だったが、無事に会食を済ませ、帰宅できてほっとしている。 西條先生とは、1997年TV朝日の番組で、私財を投じて山梨県の須玉町〈現在の北斗市)で全寮制の中高一貫校を始められたのを知り、取材をさせていただいて以来の面談だった。 西條先生は米国テキサス州立大学教授、芝浦工業大学の教授を経てこの学校の創立を思い立ち、以来20年以上になる。先生はリニアモーターカーの推進的役割を果たした技術者として知られているが、日本の人材教育の問題に気づかれ、やむに已まれず私財を投じて「国際的に通用する人材の養成」に尽力された方である。 話題は多岐に及んだが、一致したのは、日本の偏差値教育の欠陥。偏差値教育で育った日本の人材が官民ともに重要なポジションを占めているが、実際の問題解決には役に立たないことが多い。中でも「君は何がやりたいか?」と聞かれた場合、自らの目的意識、問題意識を持たず。「なんでもおっしゃって下さい。云われたことは何でもやります」という態度。これでは国際社会では通用しない。太平洋戦争でも、「この戦争は無謀だ。やめなさい」と命がけで抗議した人が少なく、みんなでわっしょいと危険な方向へ流されて行った。今、憲法違反と抗議しながら、現政権の強引な「なし崩し」でソマリア派兵、駆けつけ警護を既成事実化しようとしている。これは日本の将来にとって非常に危険だ。という点で意見が一致した。そのほか、滞米時代の興味あるお話しも伺うことができた。こうのような現状認識に立ち今、「精神貴族を目指せ」という新しい企画の骨子をお渡しした。これはどんな社会情勢になっても自らの信念を曲げず自分らしく誇りをもって生きよ、という趣旨の企画て、ご意見があれば承りたいとお願いした。先生からは来年に教育関係者の会合があるので、小生の話をしてほしいというご依頼も頂いた。いずれにしても、メールアドレスを伺えば新企画の全文を送りするとお約束して楽しく有意義な会合を終えた。先生どうも有難うございました。ごちそうさまでした。国司義彦
2016.11.22
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〇 人との出会いが活路を開く ほとんどの人は、このへんの事情がわかっているから、「危ない橋を渡るより、手堅くサラリーマンをやろう」ということになる。 一般にサラリーマンは、安定しているかわりに、それほど大きな成功もない、といわれてきた。しかし最近では事情は大きく変わり、一生の間には随分と大きな開きができるのも事実で、転職や独立したのちに大きな成功をおさめている人も少なくない。反対に、途中でリストラの対象になれば、無事に定年を迎えられる保証もない。 どんな状態になったとしても、・誰も信頼できる人がいない・喜びや悲しみを分かち合える人がいない ということでは、幸せとはいえない。 そのうえ仕事で成功するためには、 仕事そのものの力量や業績よりも、人間関係が大きくものをいうのも事実である。 はじめに「幸せも仕事も、まわりの人しだい」と述べたのは、こうした意味である。 サラリーマンの場合には、経営者や上司の評価と周囲の人々の支持が必要。自営業の場合なら、出資者やスポンサーだけでなく、後援者や得意先・取引先に恵まれるかどうかによって、成否は大きく左右される。 どちらの道を選ぶにしても、「人と仕事」は密接に絡み合っている。そしてお互いに相乗効果を発揮する。よい人に恵まれれば、仕事もうまくいき、ますますよい人に恵まれるのである。 つまり「人と仕事」はニワトリと卵のような関係にあるといってよい。どちらが先かということになると、やはり人が先といわざるを得ない。 なぜならば、仕事がうまくいったとしても、「人」に恵まれなければ、どこかで必ずカベに突き当たることになるからである。 逆に仕事はあまり順調にいっていないときでも、「よい人との出会い」で事態は一挙に好転するのである。これは会社の人事でもいえるし、取扱商品や取引先の人についてもいえることなのである。 では、どうやって「よい人」に巡り会うかだが、それを「運」と考える人もあり、あるいは「縁」という人もいる。しかし、よく考えてみると、(1)自分自身がどんな人間であるか(2)人との出会いをどれだけ大切にするか(3)出会いのチャンスをどれだけ活かせるか この三点にかかっていると私は思う。「よい人」に巡り会うことはもちろん大切だが、「あなたまかせ」ではどうにもならない。まず「自分」が他人にとって、「会ってよかった」と、思われる人になるよう心がけたいものだ。
2016.11.22
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〇 お金より人を財産にしようーお金を貯めてもキリがない「お金が貯まったら、自分の店でも持とう」 と、せっせと貯金している人がいる。将来に備えて計画的に貯える、これは悪いことではない。でも食べるものも着るものもケチケチして、安月給?の中から貯金したところで、たかが知れている。 たとえば毎月十万円といえば、ふつうのサラリーマンにとっては大変な額。仮に毎月十万円を貯金できたとしても、一年間で百二十万円、十年間続けても千二百万円である。 もちろん有利な、たとえば今はやりの○○ファンド、株式投資、××トレードなどで利殖をはかれば、二倍や三倍に増やすことも可能かもしれない。しかし、最近の金融情勢を見てもわかるように、金利はますますゼロに近くなり、反面投機的な利殖は、相当のリスクがともなうことを覚悟しなければならない。いわゆる「ハイリスクハイリターン」。予定通りに増えるという保証はない。それどころか、一攫千金も夢ではないが、数日後には、元も子もなくしてしまう危険さえある。給料やボーナスだけを当てにしても、最近は肝心の昇給も非常に厳しい情勢である。 こんな状態で「お金を貯めてから何かをしよう」と待っていたら、何年かかるかわかったものではないのだ。 首尾よく十年間で千二百万円を貯めて、それを元手に商売を始めても、それがうまくいくかどうかわからない。店舗やオフィスを構えて、商品を仕入れて人を雇ったら、元手の何割かはアッという間になくなってしまう。ゼロからスタートする商売なり事業では、お客様も集めなければならない。宣伝費や広告費も必要になる。 こう考えれば、十年間ケチケチしながら貯めたお金は、ほとんど何もできないうちに消え失せてしまうことになる。そうなれば、どこからかお金を借りるしかない。今度は借金の返済に追われることになる。一千万円が五千万円でも一億円でも、事情はたいして変わらない。
2016.11.21
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今、世の中は混とんとして、現実にも閉塞感が漂って、先の見通しが立たずに行き詰まっている人も、これまでみて来たように現実と自分自身を見つめ直し、『ツイてる人』の行動パターンを学び実践すれば、自ずから道は開ける。 それに、『会社にいても先が見えた』と言っても、当面は現実から目をそむけることはできまない。そこで、ここでは、現実に戻って『今の生活の中から、突破口を見出すヒント』を示すことにしよう。 ● 多くの人と接点を持とうー直属上司、部下にとらわれるな 社会に出て最初に出会う、そして最も重要な人物が、職場の上司や先輩だが、彼らをこちらが選ぶわけにはいかない。会社や役所に入って、どこの職場に配属されるかは、まったく一方的に決められてしまうわけである。 たまたまよい上司・先輩に恵まれた人は幸せだが、反対にダメな上司・先輩のところへ配属された人は、「運が悪かった」とあきらめるより仕方がないようにも思われる。 あなたが、職場リーダーとなっている場合、部下から「運が悪かった」と思われる上司にならないように注意することも忘れないでほしい。 ところが、直属上司に恵まれなかった人も、捨てたものではない。 私の経験では、 直属の上司よりも他の部署の先輩や取引先の人がいろいろアドバイスしてくれたり、そうした人たちから影響を受けたということが非常に多い。 だから、直属の上司や先輩に恵まれなかったといっても、決して悲観することはないのだ。むしろ、直属の上司や先輩に「人生の師」を求めるほうが無理であり、そうしたケースは稀なのだと考えるべきなのである。 直属の上司や先輩に恵まれなかったからといってクサッてはいけない。「誰かがあなたの仕事ぶりをジッと見ている」。 あなた自身が上司の立場になったら、直属の部下には、ここで述べたような心構えを肝に銘じ、部下から運が悪かったと思われないように注意して接するとともに、他部署の後輩にも目を配るようにして頂きたい。 社会に出たばかりの頃は、ふつう誰でも、これといった特技をもっているわけではない。キャリアもない。つまり「売り物」がないわけである。 若い頃の売り物といったら「若さ」と「誠実さ」だけ。上司や先輩に「とり入る」のがうまくても、そんなものには魅力がない。 単なる「要領のよさ」もいただけない。少々要領が悪くても、不器用でも、「バカ正直」といわれるくらい真面目に仕事をすること、これが上司や先輩それに取引先の人たちには、新鮮ですがすがしく感じられるものである。 これは決して教科書的なタテマエ論ではなく、私の体験からこうハッキリいえることなのである。そうして過ごしているうちに、あなたに「目を付ける人」が必ず現れるはずである。 要領がよくて、小さくまとまっている人が多くなっているなかで、「基本に忠実に仕事をする」ことはバカバカしく思われるかも知れない。しかし、 「急がば回れ」―正攻法こそ、最短の近道なのである。 絵画館前の銀杏並木
2016.11.20
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5「自分らしさ」を最大限に活かそう● 自分自身をよく知ろう 金も力もない、ごくふつうのサラリーマンは、どうすれば「人脈づくり」のために人間的魅力を養うことができるだろうか。 やはり第一に挙げなければならないのは「機動力」。 ここでいう「機動力」とは、たとえば営業マンがお客様から「こういうものが欲しい」「こういう情報が欲しい」という要望を出された場合、すぐに用意してもっていくことなどを指す。一般社員の場合であれば、上司の指示や要請をすぐに満たしてくれる部下の行動だと考えればよい。 こういう存在は便利で役に立つ。得意先や上司にとって、ある意味で魅力のある人物ということになる。しかし、いわれたことを右から左へ器用にこなすだけでは「便利屋」にすぎない。・相手の期待以上のプラス・アルファになるものを、気を利かしてもたらすこと これができれば「魅力」は倍増する。 しかし、人にはそれぞれ持ち味というものがあり、そういわれたからといって、こういう芸当が誰にでもできるわけではない。それに、人によってはこうした「親切の押し売り」を嫌う人もある。 ですから「機動力」を発揮するには、・相手がどんな人であり、何を望んでいるか よく知ることが前提になる。つまり、「人のいうことをよく聞き、人を理解する」ことが必要である。 それと同時に、機動力を発揮するのが、どうにも不自然で不似合いな人もいる。・自分自身をよく知って、その特長を最大限に活かすこと これが魅力を発揮するポイントといってよい。 ● 与えることから始めよう 次に求められるものは、・人から何かしてもらう前に、何かを提供することよく「人間関係はギブ・アンド・テイク」などといわれるが、テイク(もらう)前にギブ(与える)が大事だということである。 これは当たり前のようで、なかなかできないし、難しいことでもある。「一体何を他人に提供するのか」と、ハタと行き詰まってしまいそうだ。 与えたくても「ない袖は振れぬ」ということになりかねない。 そう考えると「情報」や「知恵」を提供するしかないのだが、では、その「知恵」なり「情報」なりを、どこから仕入れるかが次の問題になる。 そこで先ほどの「機動力」が、再びクローズアップされることになる。何しろこちらには金も力もないので、金をばらまいて「情報」を集めるわけにもいかず、鶴の一声で組織に大号令をかけて「知恵」を絞り出させるわけにもいかない。・自分の足で歩き、自分の耳で聞き、自分の頭で考える それしか方法はないのだ。新聞を隅から隅までよく読み、業界紙を徹底的にチェックして情報を集め、いろいろな会合に顔を出して耳寄りな話を集める、常識的にはこんな答が出るかも知れない。これは確かにやらないよりはマシかも知れないが、今や情報化の時代だから、たいていのことならみんなが知っている。 せっかく一生懸命に情報を掻き集め、得意先へ行って、「こんな情報がありました」 と、人に与えたつもりでも、「ああ、その情報なら知っている」 と、いわれたら、すべてがムダ骨に終わってしまう。情報というものは、・人の知らないことを・知りたがっている人に・タイミングよく提供する ということでなければ活きてこないわけである。「それは何か」と質問されても、人によって求めるものはまったく違うわけで、ニーズ、関心は千差万別である。 一般的には次のようなことが考えられる。○ 経営者、管理者、営業マンなどのビジネスマンなら(1)売上や利益を増やす情報、つまり新製品情報や効果的な販売促進のアイデア、加えて大量注文に関する情報等(2)同じ努力でよりよい成果をもたらす情報、つまり省力化やコストダウンの情報、楽に速くいいものができるシステムやノウハウに関する情報○ 一般ユーザーを対象とする場合は(1)より安くて便利で楽しい商品情報、サービス情報(2)心の豊かさを得られる情報、健康や若さを保ち増進する情報。こうしたものが、大多数の人々に提供して喜ばれる情報といってよい。もちろん価値観の多様化している時代なので、喜びの度合は人によって違うのでT・P・Oを選んで提供する工夫も必要になるわけである。
2016.11.19
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4 人間的魅力のつくり方・磨き方 「そんな冒険はいやだ」という人は、じっくり、人をひきつける人間的魅力=『徳』を磨くしかない。● 力や技だけでは人は集まらない 人と人を結びつけるものは「心」である。確かに『欲望』でも人は寄ってくる。「人脈というのは、結局その人のもつ『力』しだいではないか。『力』をもちさえすれば、黙っていても人は集まる」 と考える人もいるかも知れない。 確かに、そうした面があることも否定できない。 たとえば大臣や社長になれば、間違いなくまわりに大勢の人が集まってくる。あるいは何かひと儲けして金持ちになれば、いろいろな人が出入りするようにもなる。しかし、これだけでは「人脈」とはいえない。人は大臣や社長のもつ「権力」や金持ちの手にした「金力」に集まっているのであり、そこからもたされるであろう「自分の利益」を目当てに集まっているにすぎないからである。したがって大臣や社長を辞めたり無一文になれば、まわりにいた人たちはクモの子を散らすように、その人のもとを去っていくに違いない。 やはり最終的には、その人のもつ「人柄」が決め手になると、私は思う。 ここでいっている「人柄」とは、一般に「人柄がいい」といわれる場合の意味とは少し違う。ふつう「人柄がいい」という場合は、「お人好し」とか「他人に逆らわず、穏やかな心の人」というような意味で使われるが、単なるお人よしが望ましいと言っているわけではない。 ここでいっている「人柄」とは、「人徳」とか「人間的魅力」のことである。 その真髄をつかむのは難しいが、そのことについて考えてみたい。
2016.11.18
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塩原渓谷バスターミナルの紅葉2016年11月17日今日はいい天気だったので、西那須野の我が家から妻と二人で、すべて、バスで塩原渓谷へバス旅行。10時に出発して12時に帰宅。同じ那須塩原市なのにまるで別世界。病気をしてから車の運転を自粛しているのでかつて通いなれた塩原もまるで違うイメージ。かつて外国の客人や同級生を私の運転で案内したころの思い出が蘇りました。中には故人になった人もしのばれて感慨ひとしおでした。
2016.11.17
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*究極は「自分を好きになること」「自分は魅力ある人に変われる」と信じること これまで、いろいろな角度から、「あなた自身を知る分析」をやってきたし、この後の項目でも触れるように、・自分自身をよく知って、その特長を最大限に活かすことが決め手である。 自信のない人は、いくらカウンセラーや専門医などから、アドバイスをしてもらい、安定剤などの薬を調合してもらっても、「自分を好きになれない」そして「自分を変えたい」と思わないものである。 究極は本人が「自分自身をよく知って、強みを生かすこと」「多くの人から好かれる人」に「変身する」と決意し、実行するしかない。それしか、変身することはできない。 まさに、それこそが「変身する」唯一の手段なのである。それは実に「簡単」なことであって、「容易ならざること」である。 決心できればすぐにできるのに、本人が決心しないから、いつまでも変われない。「馬を水辺につれていけるが、飲ますことはできない」あの諺どおりなのだ。 ここで、決心がつかないあなたに、「変身」の極意を授けよう。それはー・思い切った課題=「自己改造作戦」を自らに課すこと、ちょっと無理かなと思うような課題を自らに「課す」のだ。そして死に物狂いでその課題をクリアするのだ。つまり「自己改造作戦」を敢行するのだ。クリアしたら、「自身に満ちたあなた」に生まれ変わっている。
2016.11.17
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状況判断に必要なのは『鑑識眼』だが、「鑑識眼」には・今、自分はどういう状況にいるかを判断する力・決断すべきか、耐えるべきかを判断する能力のほか、・人を見る目も含まれる。 人生を切り開くために大切なことは、自分をよく知り、自身が『魅力ある人物』になること。そうすれば、多くの人との『出会い』に恵まれ、自分の抱いた『志』や『理想』が思いのほか早く実現するだろう。言い換えれば、「魅力ある人物」になることが・幸運を招く秘訣なのだ。 これまでも述べたように、自分を知り、自分を磨くことも大切だが、同じ努力をしても、報われるか、それほど報われないかは・ 出会った人のちがい・ 出会いを生かせるか、生かせないかにかかっているといってもよい。それは、決して、他人を『利用する』というような狡猾な考えを言っているのではない。なぜなら、そういう『自己中心』の考え方、生き方では、人の信頼を得ることもできないし、人の協力を得ることもできないからである。 早速、「出会いを生かす」大前提になる人間的魅力の作り方・磨き方から見ていこう。
2016.11.16
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2016.11.16
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魅力ある人が「強い人」―原点に戻って、人生を幸せに過ごすには― 自分と周りの人々をよく知るとともに自分にない他人の長所を生かすことだ。「どういう境遇の中で育てられたか」 「親にどれだけ財産があるか、人脈があるか」は、『宿命』―自分ではどうしようもないものだ。『自分は貧乏で、名もない親の子として生まれた』とわが身の不運を嘆き、恵まれた家に生まれ育った人を羨んでみても始まらない。世の中をよく見ると(クールに観察してみると)どれだけ、恵まれた環境の家に生まれても、悪い奴に狙われて元も子もなくす人もいる。それどころか、親から受け継いだ莫大な財産をもてあまし、新しい事業に注ぎ込んで、借金に苦しむ人も少なくないことも分かるはずだ。 財産も人脈も、「あるに越したことはない」という考え方もできるが、反対に「あるだけで、上手に活用しなければ何にもならない」前述のように「使い方次第で、その人の人生は天国にも地獄にもなる」のだ。 無一文、ゼロからスタートしても、・「志」を抱き、「情熱」と「戦略」をもって、「理想」を掲げ、着々と実現していく人も大勢いる。そういう人の『伝記』を紐解き、見習うのも、成功の秘訣といえるかもしれない。ただ、考えなければならないのは、「時代も環境も違い、本人の個性も能力も違えば、努力の仕方もその結果としての『成果』にもおのずと『差』ができることはわきまえる必要があるだろう。
2016.11.15
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○ 全身イメージ法 この方法は、ある時ふと車のラジオから流れてきたリラックス法からヒントを得て私なりに、改良し実践している方法である。この方法は、ある人気作家が肩こりに悩まされていた時、知人から教えてもらってやってみたところ、それ以来全く肩こりに悩まされることはなくなったというものである。 私はかつて医師でホリスティック医療の先駆者として知られる堀雅明先生と知り合い、他の2先生との共著「ガン治癒への道」(創元社刊)を贈って頂き、アメリカのサイモントン療法を知った。この本には、あるセールスマンが、イメージの力を利用するサイモントン療法と出会って、絶望の淵から生還した記録と手法が感動的に紹介されていた。また、乳ガン患者に対して、サイモントン療法を採用したグループと、しなかったグループの治癒率の間で明らかに大きな有意差が認められ(イメージを活用し治療を受けたグループの治癒率がはるかに高かったこと)サイモントン療法の「効果」が証明されたデータも紹介されていた。 ガンの治療は、患者、発症の部位、症状等ケースバイケースで「これでガンが治った」と、一律に軽々しく論じることは避けたいと思う。ただ、この話を通じて日本でも外国でも、 ・イメージの力が心身の健康の維持、増進に威力を発揮すること が実証されたことだけは確かである。 さて、それでは、私の実施している全身イメージ法を以下に示そう。 まず、目を閉じリラックスできる姿勢で腹式呼吸をする。ここまではイメージ訓練第Ⅰ段階と同じである。次に… 空から頭のてっぺんに自然治癒力のある液体が降ってきて徐々に頭の中にしみこんでいく、というイメージを心の中に描く。それから… ・目、耳、口の中、咽喉、 ・(消化器官)食道―胃―肝臓―胆嚢―十二指腸―小腸―膵臓―大腸―直腸―肛門 ・(心肺・循環器系、排泄系)気管―肺―心臓―血管―腎臓―腎盂―尿管―尿道 ・(生殖器系)男性=精巣―前立腺―陰茎,女性=卵巣、子宮、膣 ・四肢、肩、肘、手、指、もも、膝、足首、つま先 ・大脳、小脳、脳幹、脊髄、神経(「気」が滞っているのが、流れるようになる) とからだのあらゆる部位、システムに自然治癒の物質が次第に浸透するというイメージを思い浮かべる。 そして、からだの中の神経、細胞が蘇り、活性化する、と心の中で念じる。それからユックリくつろいで目をあけると実に爽快な気分になる。 こうすることによって、心も体もリラックスし、調整されるものと思われる。 もちろん、場合によっては、全身でなく、特定の部位に限定、集中して実施してもかまわない。たとえば、胃の調子がよくないときは、胃に注意を集中し、自然治癒力が高まるとイメージするのもよい。腰痛なら腰に集中するわけである。ただ、私の経験では、全身について実施した方が効果的のようである。からだはシステムとして働いている、と考えれば、これは至極当然のことかも知れない。それに一か所だけに神経を集中し過ぎると、かえってよくない場合もある。 実はこの方法の原型は、江戸時代の白隠禅師の「なんその法」として広く知られているものである。現代医学では、データがないと実績として認められないので、治療法、健康法としてオーソライズされたものではないが、サイモントン療法をはじめ、ガンが治ったなどの臨床報告もあり、心拍数、血圧への影響は劇的だ。
2016.11.14
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○イメージ訓練第4段階…目標達成のイメージを描く まずイメージ訓練の第1―2段階を行う。すなわち、腹式呼吸→頭を空にする→くつろぎのイメージを描く。 そして、リラックスした状態で、「あなたのしたいこと、達成したい目標を、すでに達成された時のイメージとしてまざまざと心に描く」 この第4段階を行うことによって「自分が解決しようと思っている問題は必ず解決される」「自分の達成したい目標は必ず達成される」という信念が心の中に植えつけられる。解決策を実行する際「できる」と信じて実行するのと半信半疑でやるのとでは、結果は自ら違ってくる。 問題解決(目標実現)ができると信じる「楽天性」が不可欠。特にこの信じる要素がないとうまくいかない。周囲の反対にあうかもしれない。一人で何十人、 何百人の人たちを説得しなければならない場面もある。そんな時に弱気、陰気、依頼心は禁物である。自己実現は他人の力を当てにしてはならないのである。少なくともスタートの時点では。いわんや、問題を他人のせいにして、いい逃ればかりしようとする人に問題の解決ができるはずはない…これは今しっかりと肝に銘じていただきたい。北海道 富良野 花畑より サルビア
2016.11.13
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イメージ訓練第3段階「自分は何をすべきか」の問いかけ1.2.3.4に続いて5.くつろいだ状態で、自分の心に次のように問いかける。 「何をしたらよいかがはっきりつかめない。なんとなくあと一歩でそれがつかめそうなのに、どうしてもはっきりしない。どうか教えて下さい」と自分自身に問いかける。 第1段階の「あたまの中を空にする」イメージが先入観をとり、心のこだわりをなくすためのものだということは前に述べた通りである。 人間は、「こだわるまい。先入観を取り去ろう」と思うと、逆にそのことが頭にこびりついて離れないものである。こういうときに、第1段階は、非常に効果的である。 第2段階の「くつろぎのイメージ」でリラックスできるというのは、わたしたちの心とからだの結びつきを考えれば、よく理解できるだろう。「心配ごとがあると食欲がなくなる」「恐怖に顔がゆがむ」「不安に顔が曇る」というようなことはよく知られている。また日本人なら「梅干のイメージを思い浮かべるだけで唾が出る」というのも、心とからだの密接な関係を示しているといえる。 そこで、「一番くつろげる状態を思い浮かべれば、心もからだもくつろいだ状態になる」という原理を応用してリラックスするのが、第2段階である。 変化が激しく、ストレスの多い現代人にとっては、心身の健康維持・増進のためにも、短時間でリラックスできる第2段階は大いに役立つはずである。 そして第3段階では、第2段階でくつろいだ心に、素直に「自分は何をしたらよいか」と問いかけるのである。これは、原点に帰って、虚心にすべてを見つめようとしているわけである。わたしの経験では、その直後より、二、三日経ってから効果が表われる。 〇 目標達成のイメージを描く…信念が活路を開く イメージ訓練第3段階の効果だが、これは、ものを見ても、人の話を聞いても、「素直な心」で受け入れられるからだと思われる。それだけ周囲の意見も生かせるようになるし、 それまで 見のがしていたことにも気が付くようになるので、 結果として 「アイデアがわいた」 「ひらめいた」ということも多くなる。 イメージ訓練第3段階は、自らの心に静かに問いかけることによって、謙虚な心の状態を作ろうとしているわけである。 このようなイメージ訓練を実施する場所と時間、一般には就寝前に寝床の中で行うとよい。時間は、三分~五分程度で十分。眠くなったらそのまま眠ってしまってもかまわない。(不眠症にも効果あり)。慣れてきたら、昼休みにオフィスの片隅でも、公園のべンチで陽なたぼっこをしながらでもできる。手軽にだれにでもできるので、ぜひやってみていただきたい。 以上のように日常の問題解決から一生の大事業まで、何かを成し遂げるには「信念」が必要である。・ちょっと面白そうだからやってみた・他人がやっているから自分もやってみるというような気持では、何かにつまずいたり、じゃまが入ったりすると、すぐ挫けてしまう。 問題解決や目標の達成は、単なる思いつきや物珍しさではうまく行かない。知識だけあっても困難である。あるいは、理屈で割り切れるとは限らないし、着想が素晴らしくても、実行の段階で行き詰まることもある。現実に行動を起こしてぶつかる、いろいろな障害を乗り越えるには、繰り返しためすという「執念」や、いろいろな角度から考え直す「工夫」も必要である。これは前にも再三述べた通りである。そして障害に出会ったとき、挫けそうになる心を支えるのは「何かを信じる心」だと思う。 ごく平凡な人が、この境地に少しでも近付くためのひとつの手段として、「イメージ訓練」 第4段階がある。
2016.11.12
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○ イメージ訓練 第2段階…くつろぎのイメージによるリラックス4.第1段階の1.2.3をくり返し、自分がいちばん 「くつろいだ時の状態」を思い浮かべる。例a.浜辺で横になり海を見ながら、 ゆったりくつろいでいる。 b.温泉に浸って手足を伸び伸びさせる。
2016.11.11
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イメージ訓練 第2段階…くつろぎのイメージによるリラックス4.第1段階の1.2.3をくり返し、自分がいちばん 「くつろいだ時の状態」を思い浮かべる。例a.浜辺で横になり海を見ながら、 ゆったりくつろいでいる。 b.温泉に浸って手足を伸び伸びさせる。
2016.11.11
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イメージ訓練法と全身イメージ法は、以前のブログや単行本でも紹介しているが、初めての方のために、あえてご紹介する。 2 ストレス対策としてー 心を鍛える「イメージの力」 以下に、生活の智恵として イメージ訓練法と全身イメージ法を贈る。参考にして、爽やかに毎日を過ごしていただきたい。 ○ 生活の知恵「イメージ訓練法」と「全身イメージ法」ここに紹介するイメージ訓練法は酒も飲めない、ゴルフもやらない…ストレス解消が下手で散々苦労した私が研究、実践してきたイメージによるプラス思考演出術である。さらに近年偶然知って自分なりに改良、実践している全身イメージ法。この二つの方法は、自律神経やホルモンをコントロールして、毎日を爽やかに過ごす『生活の智恵』である。 ○ イメージ訓練の目的と効果1あたまの中にある「先入観」をとり「素直な状態」を作る…あたまの中を整理する(第1段階)2くつろぎのイメージによる「リラックス」(第2段階)3「自分は何をすべきか」の問いかけ…感性を磨き、ユニークな発想を生む(第3段階)4「自分の目標」を達成する…集中力を増し、目標達成のための「行動力」を強化する(第4段階) ○ イメージ訓練 第1段階の手順1.ソファにゆったりもたれるか、イスに深く腰かける。あるいは寝床に仰向けになって手足の力を抜く2.軽く目を閉じ腹式呼吸。腹式呼吸というのは、お腹がふくらむように一ぱい空気を吸い込みそれを少しずつ吐き出す、一種の深呼吸である。3.静かに普通の呼吸にもどり、次のようなイメージをあたまの中に描く(aまたはb)例a.まず、風で波だった水面、それが次第に収まってくるイメージを思い浮べる。b.霧を思い浮べ、それが次第に晴れて来る、というイメージを思い浮べる。 ○ 行き詰まった時は、リラックス 明快な判断をするためには、頭の中をクリアな状態にしておくことが必要である。また、難問解決のアイデアは考え抜いたあげく、ホッと一息ついた時に浮かぶものである。ここに紹介したイメージ訓練第1段階は短時間でリラックスの状態を作り出すのに効果的である。 困難な問題、こじれた問題の解決には、いつもそのことを念頭において、あれこれと知恵を働かせる執念と集中力が必要だが、そういう問題に限ってなかなかよい思案は浮かばない。考えに考え抜いた末どうしても解決策が見つからないときには、 逆にキレイサッパリ忘れてしまう…「開き直りの精神」が必要である。すると不思議に、パッと道が開けるものなのである。学生時代に難しい問題が解けなくて、 考えあぐねた末、 風呂に入ったら 途端に解けた、などという経験はだれにでもあるだろう。またビジネスでも、会議中や執務中などより、むしろ仕事を離れた時の方がよいアイデアが浮かぶことが多いのではないか。 「窮すれば通ず」とは、こういうことをいうものと思われる。 ひとつのことに集中していると、ある「こだわり」がでてくる。あるいは「先入観」にとらわれるということもある。そういうものがあると、 見えるものが見えなくなる。 それが一息入れることによって「見えてくる」 のである。それなら最初からあまり真剣に考えなくてもよいではないか、ともいえそうだが、 そうではない。真剣に考えるからこそ、 いろいろな情報もインプットされるし、問題解決のお膳立てもできるわけである。何もしないで手をこまねいていても決して問題は解決しない。 問題解決の上手な人、難しい目標に挑戦して達成する人は「何度も挑戦し、 失敗し、 考え抜いて、挫折を経験しながら、なおあきらめずに努力、工夫を重ねる。そして、ある時期まできたら開き直ってリラックスする。 するとアイデアと勇気がわいてきて、 逆に「カベを突き破る」 というような行動パターンをとることが非常に多い。 このように何ごとにも熱心な人が、 カベに突き当ったとき、 心のこだわりをとり、 解決のための手がかりを発見するためには「上手なリラックス法」 を身につけるのがよい。 趣味などで気分転換というのもひとつの方法であるが、人によってはかえって、それでイライラすることもあるし、大問題を抱えていたら、とてもそんな気持ちになれないという人もいる。そこで効率よくリラックスする手段として「イメージ訓練」を活用することができる。 以下にイメージ訓練の次の段階を示す。
2016.11.10
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心の健康チェックB表次にB表下記に思い当たる人は、自律神経、ホルモンの調整が不安定だという証拠イメージ訓練法などのほかあまり、ひどい場合は、医師に相談して薬の力を借りることも必要だが、ほどほどにしないと薬害でかえって身体を壊すことにもなるので、薬の力を借りる場合は慎重に 1 夏でも手足が冷える 2 肩や首筋がこる 3 足がだるい 4 よく赤面する 5 よく疲れてぐったりする 6 朝起きたとき気分が優れない 7 気候の変化に左右されやすい 8 乗り物酔いの癖がある 9 じっとしていても動悸がする 10 よく下痢をする 11 たびたびめまいがする 12 体にしびれるところがある 13 いつも胃腸の調子が悪い 14 手が震える癖がある 15 異常に汗をかく 16 便秘がちである 17 吐き気がすることがよくある 18 かぶれやすい 19 頭痛に悩まされる 20 耳鳴りがすることがよくある 21 気が遠くなることがしばしばある 22 よく息苦しくなる 23 目がチラチラして開けていられないことがある 24 頭が重い 25 心臓が締め付けられるような感じがする 26 急に体が熱くなる 27 胸がつかえるようなことがよくある 28 食欲がない 29 時々胃が痛む 30 朝でも疲労感がある 31 口がからからに乾く 32 腕がだるい 33 唇の色が紫色になる 34 貧血気味だと医者に言われた35 頭に何かをかぶったような感じがする 収穫物↓
2016.11.09
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娘の節子が久しぶりに私の誕生祝いのプレゼントを持参して一晩泊りで来てくれた。4月に私が急病で倒れて入院、前後三回見舞いに来てくれたらしいが最初の見舞いは私がいしきふめいだったで、私にはまったく記憶がない。2回目、3回目と次第に記憶も回復し、その後退院した。8月には下の息子(私の孫)が車の運転免許を取り彼の運転で一家で来てくれて以来の来訪だった。今回は一人での来訪。ここ数年、お互いにいろいろあったが、今回は少しじっくり話ができたように思う。いずれにしてもこのブログを見て私の安否を確認しているそうだからおろそかにできないことが分かった。たった一晩だったが、心に残る娘の滞在だった。
2016.11.08
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6 章 魅力ある人=強い人へ変身しよう 1 心の「生活習慣病」から立ち直るためのリハビリ法 たくましく幸せに生きるための第一の条件は『心身の健康』である。 中でも「心の健康」は、21世紀を生きるために必要欠くべからざる条件である。 世の中全体がストレスに過敏になり『心の病』と名がつけられたものだけでなく、社会のリーダーから一般市民まで、神経症的な兆候を示している。 一般社会で、殺人、傷害、暴走、詐欺、放火、薬物中毒などで、凶悪犯罪を起こす犯罪者、テロを仕掛ける武装勢力はもとより、それに報復し武力で解決しようとする大国のリーダー、兵士は集団ヒステリーの様相を呈している。 この世の中で、精神的にたくましく幸せに、自己実現できる人は、まともな精神状態を維持し、増進することができることが不可欠である。 そこで、まず、ストレスと上手に付き合うために、ストレス度をチェックするとともに、それらのストレスとどう付き合い、克服するかヒントを示すことにする。 『病は気から』という言葉もある。検診で表面には出て来ないが、『心因性の症状』すなわち、精神的ストレスが原因で肉体的な症状が出てくることも非常に多い。いや、明確な数値を示すことは困難だが成人病のかなり多くの部分が精神的ストレスにより起きると考えてさしつかえないだろう。 A表1 怒りっぽい 2 人前であがり、思ったことが話せない 3 人の視線がとても気になる 4 慌てると間違えやすい 5 会合で孤独を感じる 6 いつもクヨクヨする 7 ちょっとしたことで異常に驚く 8 指示や命令を取り違える 9 決心がつかず困ることが多い 10 神経質だといわれる 11 なかなか人に気を許さない 12 すぐに気が動転する 13 気難しい 14 なんとなく惨めな気持ちになる 15 あれこれとりとめもないことを考える 16 人にすぐ頼りたくなる 17 人からよく誤解される 18 人から見られているようで不安だ 19 いてもたってもいられない 20 まったく希望がないように思う 21 取り越し苦労する 22 人の行動が気になる 23 泣くことがよくある 24 寝つきが悪い 25 一晩中寝られないことがよくある 26 なかなか考えがまとまらない 27 人の気持ちを何度も確かめてみたい 28 批判されると心が乱れる 29 時々頭がぼんやりしてしまう 30 とんでもない空想をする 31 疲れているが眠れない 32 人に打ち明け話がしたい 33 いつも不満が多い 34 わけもないのに不安になる 35 理由もないのに慌てる
2016.11.08
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性格というと、心理学者のいう内向、外向、そううつ質、分裂質、粘着質などの性格、気質の分類を思い浮かべる方も多い。しかし、どうも、一般社会ではこれは応用しにくい。そこで、私は、自分で使いやすい性格、行動様式、タイプを実践的に研究し考案したことは、前にも述べた。 実際に「内向型の人は、社会に適応しにくい」「特に、営業などの仕事には向かない」と考えられているが、それでは、外向型がいいかというと、外向型でも向かない人はいるし、問題を起こす人もいたのである。 私の研究成果の詳細は、他の拙著を参照していただきたいと思うが、一般に、「嫌われる」性格でも、それなりにうまく適応している人はいるし、嫌われる性格と正反対でも、かえってうまく行かない人も見られる。たとえば「しつこい」性格は嫌われるが、あまり、あっさりし過ぎると、人にだまされたり、裏切られたりして、不幸を招くこともある。 また、仕事ができすぎるとキレ者として、みんなから敬遠されることもあり、これは、むしろ、損な性格の部類に入れられることもある。 というわけで「嫌われる」とか「損」とかいっても、それは、相対的なもので、どういう性格が損か、得かということは一概には決められない、というのが私の結論。 が、それでは、身も蓋もなく、何のヒントにもならないので、性格を考える上で、ポイントになる点を、いくつか示して参考に供したいと思う。 性格を考えるうえでのポイント(1)これだけは直しておきたい性格「性格は相対的なもの」といっても、これだけは絶対によくない、不幸になるもとだ、と考えられるものがある。 それは、(a)自己中心 (b)マイナス思考=被害者意識 (c)感情コントロール不能というクセ。これだけは直しておかないと危険である。(a)〈自己中心〉これは、本書の中で再三いっているように、自分を見失い、何をやっても、幸せになれない欠点である。(b)〈マイナス思考=被害者意識〉「何をやっても自分は被害者」と思っている人も、幸せにはなれない。こういう人はそもそも自立していないし、ありのままに自分を見ることができていないのである。(c)〈感情コントロール不能〉人間は感情の動物といわれるように、だれでも、おもしろくないこと、カッとなることはある。しかし、同時に、それをコントロールできるのも人間の力である。「カッとなり、ムシャクシャしたら、10数える」「イメージ訓練等で情緒を安定させる」「カルシウムなどを補給する(カルシウム不足になるとイライラすることはよく知られています)」などの手を打ち、一時の感情で人を傷つけたり、無暴な行動をしないよう、自分をコントロールすることを心がける。(2)自分自身を知ること(a)~(c)に気をつけ、しかも自分自身をよく知れば、欠点も愛敬に変わる。欠点と見られている性格も、長所になるということは、次の表現をみてもわかるはずだ。 自分と他人の性格こそ、プラス思考で、よい方に生かして下さい。 *欠点も見方次第で長所に変わる? そそっかしい――スピードがある、アクションが速い ヘソ曲り――独創的 気が小さい――謙虚、細かい点まで行き届く しつこい――慎重で、念入り 意地悪、強引――信念があり、責任感がある 口下手――純朴、ウソがいえない 頑固――信念がある 逆に、長所も見方次第で欠点となり、欠点とならぬよう配慮が必要である。そうしないと、ひとりよがりで鼻もちならない人間といわれるようになる。 *長所も見方次第で欠点 柔軟――日和見、信念がない 柔和――腰抜け オシャレ――キザ 親切――お節介 ていねい――くどい、いんぎん無礼 経済観念、原価意識――ケチ 気前がいい――ムダづかい 律義――頭が固い 勤勉――仕事人間 やさしい――頼りない 端正――とっつきにくい * 本当に自分を大切にする人は、他人も大切にする 「彼になくて私にあるもの」を探せ 以上でおわかりいただけたと思うが、性格がよいとか悪いとか、得だ損だ、といってもしょせんは相対的なものであり、要するにものは考えよう、自分で短所を知れば、大ていの短所は長所に変えることができる。 ただ「自己中心」と「被害者意識」と「感情コントロール不能」、この三つだけは、どこからみてもよくないので、何としても直すように心がけていただきたい。それは本書で説いてきた「ありのままに見る」「自立」を心がけることによって実現する。 また、同時に自分がどんな状況にいるかを、ありのままに見て、自然体で、・自分は何が得手で何が不得手か・何をしたいのか。何をしている時が一番楽しいかを見つめ直していただきたい。 その結果、人よりすぐれている点があれば、それをセールスポイントに人の喜ぶこと、人の役に立つことをやって行けば、何もこわいものはないはずであり、本当に強い人間になれる。 では、仮にそういうセールス・ポイントが今のところ何も見当たらなかったら、どうしたらよいか。 これから、そういう人材、人物を目ざして努力すればよいのだ。まず、自分の手本になりそうな人を探して、それを徹底的に真似するのも一つの方法。 ただ、それだけでは手本を超えることはできない。そこで、かつて私が試みて成功したように、・「彼になくて、私にあるもの」を何か見つけることをおすすめしたい。 できれば、人があまり得意ではないが、自分は何の苦もなくそれができる――というような何かを見つけることができたら最高だ。 それは、私にとっては「書くこと」。一般に、私の同世代の人は、書いて自分の意志を表現するのが苦手、という人が多いように思われた。それが、私には、苦もなくできた、というより楽しくて仕方がなかったのである。 そういう「天職」とか「才能」とかいうものを見つけられたら最高である。 でも、いくら才能があっても、それを人に知ってもらえなければ、埋もれてしまう。 私の場合も、はじめは、どこの出版社も相手にしてくれなかった。 「他人を大切にする」真髄 そういう私にチャンスが訪れたのは、友人、知人、仲間など「人」との出会いから。だから、読者も、自分の才能を見つけて磨きをかけることも大切で、やはり、・よい友人をもつことが同じように大切なことである。 そういう友人はどうすればできるか。 私の経験では「無欲で、下心なく、付き合うこと」が第一だと思う。 何かをしたいから、その有力なコネをもっている人に近付く、というような知り合い方では、だれも相手にしてくれない。 これは立場をかえてみればすぐにわかること。あなたがもし、ある分野に有力なコネをもっていたとして「○○して下さい」と露骨に近づいて来る見知らぬ人に、一肌脱いであげるだろうか。そんなことはしないはずだ。 無欲で付き合い、相手がいろいろ誠意を尽くしてくれる、信用できる人物だ、愛すべき人物だ、役に立つ人だ――となった時に、はじめて人を紹介したり、何か助けてあげようと思うようになるはずだ。 だから、はじめは何も期待せず、相手に誠意を尽くし、こちらの人柄を信用してもらい好きになってもらうことである。 それでも、裏切られることもあるだろう。 それはそれで捨てておけばよい。 とにかく、そうして、ありのままに人を見て、自然体で付き合う中から、本当の友人を見つけることができるようになる。こちらが何か下心をもてば、相手も身構えて、なかなか本性を現わさない。こちらが、素直な気持で付き合えば、相手の本性もよく見えるのである。 おもしろいもので、こちらが、燃えている時、純粋な気持で頑張っている時には、それなりの仲間が集まってくる。こちらが、下心、魂胆をもっていると、ろくな連中は集まってこないのだ。「類は友を呼ぶ」というのはこのことである。そしてここに、・自分を大切にする人は、他人を大切にすることの真髄がある。他人を大切にするからこそ素晴らしい人の協力が得られ、自分の何倍もの力が得られるようになるのである。 これが、本当に「自分を大切にしていること」になるわけである。*「情けは人のためならず」 この古い諺は「他人に情けをかけておくと、直接は見返りがなくても、めぐりめぐって自分に戻ってくる」という意味で、まさにここで言っている、「他人を大切にする意味」を端的に表した諺である。最近、これを誤解して「他人に情けをけることは、甘やかしになり、相手のためにならない」と考えている人もいるようだが、これは全く間違った解釈だ。
2016.11.07
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○ 「書く」ことに強くなるコツ(1)情報収集をきちんとする(2)考えをまとめる(3)原則として、結論を先に書く(4)本文は短く簡潔に、ただし、意味が分かるように書く。(第三者に読んでもらって分かるかどうか確かめるとよい)(5)専門的な詳しい説明を要する場合は、添付資料を活用する(6)ぜひ読んでほしいところは、アンダーラインやゴシック体を使い強調する(7)図やチャートを活用する(8)見出しをつけ、箇条書きにする(1) (2)は「話す」ところで説明したので省略。手段が口頭から文書に変わっただけで、前提条件は全く同じと考えていただいてよい。ただ、「書く」方が内容を練る余裕があり、よりよいものにするために時間をかけることができる。(3)以下は、要するに読む側がパッと見て分かるように、ダラダラ書かないということである。最後まで読まないと、何をいっているのか分からないといった文章を書かないよう心がけたいものである。これを防ぐには、(6)、(7)、(8)のような工夫をするとともに、(4)で示したごとく、第3者に読んでもらうのが一番いい方法。自分で読み直し自分だけが分かっても、他人が理解しにくいのでは何にもならないからである。
2016.11.06
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5章 心の強化策に進路をとれ 1三つの悪いくせを見つけて治す どうしても直したい三つの性格―自己中心、マイナス思考、感情的 「あなたの性格で得をしていますか、損をしていますか」と聞かれたら、どう答えるだろうか。 「性格」は、私たちの人生、日頃の生活に大きな影響を及ぼしている。頭がよくても、仕事ができても、美貌の持ち主であっても、性格ゆえに、不遇な人もいるものである。その人の能力、技量以上に、性格は私たちの幸、不幸を左右するものであるといってさしつかえない。
2016.11.04
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* 書く能力は人間の特権! ○「書く」ことが苦手では大損する 「話す」能力と並んで「書く」能力は、発信、自己表現の重要な手段である。特にビジネスにおいては、「書くこと」ぬきではほとんど何もできないに等しい。 新製品開発、企画、イベント、物品の購人、仕事の改善、人の採用何をするにしても、文書で表現し、承認を得なければ、コトが先へ進まない。書く能力は、ビジネスマンにとってほとんど生命線といえる。いや、ビジネスマンだけではなく「書く」という能力は、地球上の生物の中で人間だけの特技、特権である。とすれば、「書くことは、人問として生きている証し」という見方もできるわけである。 ところが、それほど重要な「書く能力」なのに、それを苦手とする人がいかに多いことか。話すのが苦手な人より、さらに多いことは確かである。特に若い人たちにこの傾向が強いのは、「テレビのせいだ」という人もいる。それも確かに書くのが苦手の一因。テレビの普及、情報を映像で受け取り、しかも常に受け身であることに慣れてしまった世代が、書くこと、読むことに弱いのは当然なのかも知れない。が、これは裏を返せば、それだけみんなが書くことに苦労しているわけで「少し努力し普通に書く能力さえ身につければ、それだけで光る」ということでもあるのだ。 パソコンがオフィスに普及し、文書保存などが容易になったこと、それほど名文を書いたり、難しい表現を覚える必要はなくなった。しかし、いかに技術革新が進み世の中が変わっても、「文書によるビジネス」が廃れることはない。それどころかますます、正確かつ迅速で読みやすいビジネス文書の必要性は高まっているとさえいえる。この能力は、やはり若いうちに養っておくべきである。中年になってからあわてても、なかなか身につくものではなく、結局いくつになっても、「書くことは苦手」ということになってしまう。書くことが苦手では、ほとんどの仕事に手も足も出ず、大いに損をする。 それなら、若いうちに少しでも努力して、苦手意識を克服したらどうだろうか。そして、これはそんなに難しいことではないの。次に、書くことに強くなるコツについて紹介する。つづく
2016.11.03
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○ 気楽な雰囲気の中で場数を踏もう 3の大勢の人の前で話す場合も、会議に準じた方法で話すようにすればよい。すなわち、 ●事前によく下調べをしておくこと ●「ここだけは分かってほしい」というポイントを絞ること ●あがってしまったら、素直に「今日はすっかりあがってしまいました」と認めてしまうこと そうすれば、緊張した会場の雰囲気も和やかになり、話しやすくなる。大勢の聴衆の中には、熱心にうなずいたり、メモをとったりしている人がいます。そういう人に、一対一で話しかけるつもりで話すのである。すると、次第に心が落ち着いてくるものである。そこまでいったらしめたもの。ただし、あまり特定の人の方だけを向いて話すのはよくないので、心が落ち着いたら、別のサイドに熱心に聴いてくれている人を探して、その人に語りかけるようにする。こうして話を進めていくと、大勢の人が、確かに敏感に反応していることが分かる。原稿は用意しない方がよい。原稿に頼ろうとすると、伏し目がちになって、聴衆の方を見ることができないからである。そうなると、心が通わない。また、原稿と聴衆の方を交互に見ようとすると、どこまで読んだのか分からなくなり、かえってあせってしまうこともある。 これとこれだけは言っておきたい、という要点だけを箇条書 きにしておき、そのメモを見ながら話すのがいちばん自然だし、話す内容を忘れたという失敗も防げる。 一般ビジネスマンは、大勢の人の前で話すということはめったにない。会議や朝礼の延長線上で緊張しない雰囲気で、日頃から場数を踏むこと。たとえば朝礼のときに、交代で何でもいいから話す、という訓練をやっている職場もあるようだが、こうした機会はぜひえたらよい。考えてみれば、五人の前で話すのも、五〇人の前で話すのも、大したちがいはないはずである。できるだけ緊張活用すべきである。 自分のよく知っている話、得意な趣味の話などから気楽に話すように心がけるとよい。 「話す」ことは、確かに生まれつきの上手・下手、好き・嫌いもあるが、何といっても、最初から上手に話せる人は少ない。 私は、職場の改善運動などの発表会などに出席して審査員を務める機会も多いのだが、最初の年にはお世辞にもうまいといえなかった人が、年を追うごとに「話し」手」になっていくのには感心させられる。やはり、恥をかくなら若いうち。それに恥ずかしいと思っているのは本人だけで、本当は恥でも何でもないのである。むしろ「話そうとしないことこそ恥ずかしいこと」なのである。
2016.11.02
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