Mizumizuのライフスタイル・ブログ

Mizumizuのライフスタイル・ブログ

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

カテゴリ未分類

(11)

Interior

(35)

Travel

(91)

Travel(ベトナム)

(41)

Travel(フランス)

(65)

Travel(ハワイ・NY)

(36)

Travel(タイ)

(82)

Travel (イタリア&シチリア)

(47)

Travel(チェコ)

(11)

Travel (インドネシア、バリ)

(18)

Travel(日本)

(38)

Travel(日本、九州)

(39)

Travel(日本、中国地方)

(30)

Gourmet (Asian)

(10)

Gourmet (Japanese)

(11)

Gourmet (European)

(23)

Gourmet (Sweets)

(71)

Gourmet (Curry)

(18)

Gourmet (Others)

(7)

Gourmet(荻窪)

(13)

Gourmet & Shop (西荻窪)

(8)

Gourmet(阿佐ヶ谷)

(3)

Gourmet & Shop (吉祥寺)

(6)

Recipe

(6)

Essay

(137)

Movie

(158)

Movie(フランソワ・トリュフォー)

(3)

Movie(ジャン・ピエール・メルヴィル)

(3)

Movie (アンドレ・ユヌベル)

(4)

Movie(フェデリコ・フェリーニ)

(10)

Movie(エットレ・スコラ)

(1)

Movie(ドミニク・サンダ)

(3)

Movie (ベルナルド・ベルトルッチ)

(1)

Movie(ルキーノ・ヴィスコンティ)

(4)

Movie(ジュード・ロウ)

(12)

Art (ジャン・コクトー&ジャン・マレー)

(12)

Art(オペラ・バレエ・ミュージカル関連)

(6)

Figure Skating

(26)

Figure Skating(2008-2009)

(90)

Figure Skating(2009-2010)

(49)

Figure Skating(2010-2011)

(71)

Figure Skating(2011-2012)

(1)

Figure Skating(2013-2014)

(21)

販売書籍のご案内

(1)

Figure Skating(2014-2015)

(28)

Figure Skating(2015-2016)

(8)

フィギュアスケート(2016-2017)

(4)

Travel(日本、関東)

(7)

フィギュアスケート(2017-2018)

(12)

Figure Skating(2018-2019)

(6)

Figure Skating(2020-2021)

(3)

Figure Skating(2021-2022)

(10)

(5)

Figure Skating (2023-

(4)

手塚治虫

(50)
2008.08.18
XML
カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

ジョルジュはテレンス・ヤング監督、ローラン・プティ振付のバレエ映画『ブラック・タイツ』への出演を申し込まれていた。マレーは『未来のスターたち』に出演した際に、ジョルジュにも役をつけてもらい、旧知の映画関係者にジョルジュを紹介し、仕事の幅が広がるように腐心していた。『ブラック・タイツ』はマレーの映画の撮影を何度となく手がけたアンリ・アルカンが撮影監督で、コクトーとも親しいモーリス・シュバリエがナレーションを担当することになっていた。

「映画のこと、君がローランに頼んでくれたの?」
ひと泳ぎしたあとに、ジョルジュが尋ねた。
「いや、知らないよ。ローランからはまだ何も聞いていない。君は何の役だ?」
「クリスチャン役だよ。『シラノ・ド・ベルジュラック』の」
「それは偶然だな」
「偶然?」
「ぼくのほうには舞台で『シラノ・ド・ベルジュラック』の話が来てる。シラノ役だけどね」

「ああ」
「そう……」

『シラノ・ド・ベルジュラック』は、大きな鼻をもつ醜い容貌ながら、すぐれた詩人であり、騎士であるシラノの悲恋物語。シラノは美しい貴婦人ロクサーヌを深く愛しているが、彼女は美青年クリスチャンを愛し、クリスチャンもロクサーヌを慕っていた。2人の気持ちを知ったシラノは自分の恋心を押し隠し、詩心のないクリスチャンのために甘い愛の言葉を伝授し、恋文を代筆し、2人をとりもつ。クリスチャンとロクサーヌは愛し合うが、クリスチャンは戦死。ロクサーヌはシラノが書いた恋文をクリスチャンからのものと思い込んだまま、大切に胸にしまって修道院へ。長い月日が流れ、陰謀に巻き込まれて重傷を負ったシラノは、死の直前、変わらぬ愛を抱き続けるロクサーヌのもとへ。そこでクリスチャンの詩を諳んじるシラノの声に、ロクサーヌはようやく、自分が愛した詩人がシラノだったことを知る。

「君がシラノで、ぼくがクリスチャンか…… 皮肉だね」
「クリスチャンは、君にぴったりじゃないか」
「詩心ゼロのところがだろ」
「じゃなくて、美男だってことだよ」
「薄っぺらな、中身のない美男ね。恋敵の騎士道精神に助けられてる情けない男だ」
「ジョルジュ、いい加減にしろよ。そんなふうに自分の役を単純に決めつけてどうする。ローランがどんな脚色にするか知らないが、クリスチャンはシラノの気持ちを知らなかった。シラノの愛に気づいてからは、彼も騎士道精神を発揮してる。もともとこの悲劇は、シラノの劣等感が招いたものさ。ぼくはシラノの劣等感に興味がある。人を詩人にもし、剣豪にもし、孤独にもする劣等感にね。逆に、必ずしもクリスチャンが薄っぺらな顔だけの男だとは思わないよ。どんなクリスチャンにするかは、君次第じゃないか。やりがいのある役だ。そう思わないのか?」
「バレエは芝居と違うしね。まずは、振付をちゃんとこなさないとさ」
「……そうか」

「不満なのか」
「そうじゃないよ。ローランには感謝してる。声をかけてくれたしね」
「ならいいじゃないか」
「でも、ローランは大切な作品にはぼくを呼ばない。たとえば、彼の『若者と死』にはね。ローランはコクトーにアイディアをもらったあの作品を、選びぬいたダンサーにだけ躍らせてるんだ」
「『若者と死』を踊ってみたいのか? なら、ローランにそう言えば、ローランだって……」

「ジョルジュ、またジャンの批判をするつもりなら、やめてくれよ――」

コクトーの悪口は、母から聞かされるだけで十分だった。

「――ぼくは君のバレエが好きだ。踊っている君は本当に美しいと思ってる。ぼくの中では君は最高のダンサーなんだ。映画の仕事をするのだって、ぼくは喜んでいるよ。それなのに、どうして君は、お互いが不愉快になるようなことをわざわざ言うんだよ」
「君は役者を見る眼は確かなのに、ダンサーを見る眼ときたら、からっきしだね。ぼくは君とは違う。君は昔からlegendary actorだけど、ぼくなんて、ordinary dancerさ」
「何だって?」
「平凡なダンサーだってこと。それは最初からわかってるし、今だって変わっていないよ」
「それは自分を過小評価しすぎなんじゃないのか」
「それは君がよくコクトーから言われてる台詞だろ」

マレーはむっとして黙り込んだ。ジョルジュは長椅子の上で膝をかかえ、顔を伏せた。まるで傷ついているのは自分だとでも言わんばかりの仕草に、マレーは苛立った。

「ねえ、ジャン――ぼくが踊れなくなったら、君はぼくをどうするつもり?」
「ぼくが君をどうするって、どういうことだよ。君はどうしたいんだ」
「――どうしたらいいか、わからないよ……」

涙声だった。マレーの苛立ちは、たちまち戸惑いに変わった。自分は、自分のことにかまけて、ジョルジュをないがしろにしていたのだろうか? 
マレーは、ジョルジュの肩にやさしく腕を回した。

「ジョルジュ……」
「言っただろ? ぼくはもう30を超えたし、若くない。ぼくはこれからどうしたらいいんだ? このままフランスにいてどうなるのか、不安なんだよ。君はもう、ぼくのバレエ・カンパニーに興味はないだろ? わかってるよ」

あまりに敏感なジョルジュ――振り子のように不安定で、アラバスターのようにもろく、傷つきやすい心。
コクトーの言うとおりだった。
――なにしろ、君の一言でも傷つくような人です。

「こんなことを言うのは、ぼくの劣等感のせいさ。シラノ以上だな、きっと……」
「ジョルジュ、この家の君の部屋は、ずっとそのままになってるんだよ。ぼくは君と……」
「もう、やめてよ」

ふいに肩からマレーの腕をはずす。

「誰かと魂が癒着してるのに、別の人間と暮らすなんて、引き裂かれながら生きるようなものだろ」

ジョルジュの言葉は、月の女神がアヴナンに放った矢のように、マレーの身体を射抜いた。
それは確かに、2人の間の暗黙のタブーだったのだ。10年におよぶ年月のあと、ジョルジュはとうとう一線を越えようとしていた。


<明日へ続く>





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.08.18 09:46:06


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: