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フィギュアスケートの新しいシーズンが始まったとき、選手の新しいプログラムを見るとき、選手が去年より進歩したと実感できた瞬間、ファンはえもいわれぬ幸福感を覚える。
中国大会での小塚選手はそうだった。確実に進歩し、大きくなった。だが、彼はまだ世界王者になっていない。もともと才能があり、年齢的にも伸び盛りなのだから、この「進化」はさほど驚くには値しないのかもしれない。
だが、安藤美姫は? 彼女はすでに世界女王のタイトルを持っている。オリンピックにも二度出場という輝かしい経歴をもち、選手生命の短い女子フィギュア選手としては「ピークを過ぎた」といわれる年齢になってきている。
にもかかわらず、中国大会での安藤選手のパフォーマンスには驚かされた。昨シーズンは、体を絞ったというより痩せてきてしまった感があり、フリーの後半には疲れが目立った。ところが、今年は、体全体が締まり、去年よりさらにしなやかで、輝くような女性美で観客を魅了していた。後半に連続ジャンプ2回を含めた5つのジャンプをつなげたタフなプログラムであるにもかかわらず、去年のようなスタミナ切れを感じさせない。
プロポーションというのも才能の1つだし、女性の場合は20歳を超えてくるとどうしても「運動に適した体形」ではなくなってくる。だが、安藤選手はアスリートとしての筋肉のしなやかさと女性としてのラインの美しさを両立した奇跡を手にしている思う。1人の女性、1人のトップアスリートの最高に美しい瞬間を、内面の充実と外見の輝きが両立した稀有な瞬間を、今私たちは見ている。
女らしいのに、どこにも贅肉がつきすぎず、筋肉も重そうに見えない。すべてが程よく調和して、情感あふれる安藤選手の表現を下支えしている。成熟した女性のフィギュアスケーターでなければ出せない味が、安藤選手の演技にはある。ジャンプがどう、スケーティングはどう、と言った話を超えたヒューマンな表現力。それは、経験と感情と身体能力が高い次元で一致して初めて可能になるものだ。
加えて、衣装もファッショナブルだ。今回はチャレンジングなショートの衣装に目がひきつけられた。皮のような素材をつかった片肩の3連のディテール。布の裏地の色も2色使っている。衣装全体の素材も起毛のように見える変わったもの。腰のあたりに大胆なエンブロイダリーを入れ、モダンな手袋でアクセントをつける。ズバリ、お金のかかった衣装だ。
メイクもヘアスタイルも安藤選手のオリエンタルな魅力を引き立てている。「着せられている」感じがなく、何が自分に似合うのかわかっている女性本人がワードローブから選んできたように自然だ。すべてがぴったりと安藤選手の個性にあっていて、彼女の公私にわたる充実振りを印象づける。
「フィギュアスケートと言うのは、その人の生き方が出る」と言ったのはどの解説者だったのか。最近はレベル認定がどうの、加点がどうのといって、点を積み上げるためのメソッドに沿って機械のように滑る選手が増えてきた。「ここで切ない顔をして」「ここで笑顔になって」「ここでちょっと止まって振りを入れて」「ジャンプの前後はこうやってポーズを入れて加点をもらって」というのがあからさまな演技。
キム・ヨナやパトリック・チャンには、この傾向が顕著だ。この2人はMizumizuには、ジュニアからシニアに上がってきたころのパフォーマンスのほうが魅力的だった。だんだんと情緒がなくなってくるように思う。高得点をたたき出すこの2人に足りない「何か」を明らかに持っているのが安藤美姫だろう。安藤美姫の「大人」の雰囲気は無理矢理に作られたものではない。彼女の内面の充実と自信が体全体から自然にあふれ出ている。
「ミキティ」という愛称で、若くしてフィギュアスケート界のアイドルに祭り上げられてしまった安藤選手に対しては、理不尽かつ無用なバッシングも多かった。10代の若さでは想像もできないであろう世間からの辛辣な視線に動揺しながら、なんとか周囲から悪く思われまいと振舞う少女は、見ているこちらも辛い時期があった。だが、今の安藤美姫は、自分に自信をもっている。それは1人の女性が、自分自身の足で歩んで獲得したものだ。もともと感情豊かで素直にそれを出したい安藤美姫は、日本人の枠に留まらないところがあったのかもしれない。海外を拠点にして順調にいった日本選手は、実は少ないのだが、安藤美姫はその少ない例外だ。
そして、その人生体験が演技に出ている。フィギュアというのはやはり尽きせぬ魅力のあるスポーツだ。スポーツでありながら、アートである。といっても、多くの選手はアートの域に達することなく、それどころが自分のやっている競技がアートであることを気づかないまま引退していく。ごくわずかの限られた才能をもつ選手だけが、スポーツをアートに変えられる。安藤美姫もその1人であり、世界女王のタイトルをすでにとっくに得たあとに、それを見ているこちらに実感させてくれるところが凄い。
ジャンプも今回ショートでトルプルルッツ+トリプルループを見せてくれた。回転不足判定は思ったとおり。
肉眼では、ちょっとガタッとしただけの着氷に見えるが、スローにすればわかる。降りてから刃が回ってしまっている。普通に見ている者にはクリーンにさえ見えるこのレベルのジャンプ、解説の荒川静香は、「回っていると思う」と言ってしまったが、Mizumizuは、「まず間違いなく回転不足判定される」とすぐに思った。昨シーズンはそれを見越してあまり挑戦しなかったが、その前のシーズンは、このレベルでどんどんダウングレード判定されたのだから。
ショートの単独トリプルフリップが認定されたのが、むしろラッキーだったかもしれない。あのジャンプもかなり微妙に見えた。トリプルルッツもスローで見たら、もしかして多少・・・という気もした。女子の3回転ジャンプはこのようにかなり微妙なものが多い。
ところで、ショートの点が伸びないのをみて、解説の荒川静香が「ダウングレードを取られましたかね」と言ってしまっていたが、あれは単なる言い間違えだ。昨季までのダウングレードは、今季から回転不足(アンダーローテ)とダウングレードの2つに細分化されている。
あのレベルのちょっとした回転不足を2分の1回転不足としてダウングレード判定をすることはありえない。判定に「甘い」「辛い」と思わせる部分があるのは確かだが、ちょっとした回転不足をダウングレードしてしまうことは、さすがにないと断言できる。そこまでデタラメな採点ではない。
だが、とにもかくにも、女子では最高難度の連続ジャンプであり、世界広しといえど、めったに降りられる能力をもった選手がいないあのセカンドジャンプを、さんざん「2回転ループの失敗」と同様の点にしてきたのが、バンクーバー特製フランケンシュタインルールだ。
だから、何度も言ったのだ。あれは「安藤・浅田には勝たせないぞ」ルールだと。バンクーバーが終わったとたん、あわてて基礎点の70%を与えることにして、減点を緩和したのを見ても、いかに理念なき理不尽ルールだったかわかるだろう。
ところが、国内の専門家でこれに真っ向から異議をとなえたのはニコライ・モロゾフのみ。しかも、そのモロゾフを日本の体制側の人間が非難する始末。モロゾフはソチに向けてさっさと日本と縁を切り、ヨーロッパの有力選手のコーチングを始めている(本当に、したたかな男だ)。
非常識なルールは多少マトモになった。だが、今だって、やはり出てくる点数は理不尽だ。
ショートでの点を見ると、3Lz+3Lo< で基礎点が9.60点。
GOEでは、ほとんどのジャッジがマイナス1をつけたので、9点。
フリーで跳んだ3Lz+2Loが基礎点7.80点に対し、加点がついて8.5点。
世界でほとんど誰もつけることのできないトリプルループ(3Lo)をトリプルルッツ(3Lz)につけて(見た目クリーンに)降りたジャンプが、ダブルルッツでクリーンに降りたジャンプと0.5点しかかわらない。セカンドに3ループをつけるのか2ループをつけるのか、難しさから言ったら雲泥の差だ。なのに、ちょっと回転が足りなかったと重箱の隅をつつかれ、難度の低い3+2ジャンプとたったの0.5点差にされてしまう。
2回転の失敗にされるよりはマシだが、これではリスクを犯して挑戦するのもバカバカしくなってしまう。今シーズン後に1年の休養を宣言している安藤選手なので、3Lz+3Loという最高難度のジャンプを観客が見るチャンスは、ほとんど今季限りになるだろう。
中間点などという無理矢理な70%基礎点ルールを廃止しない限り、セカンドに3ループをつける選手は出てこないだろうと思う。リスクが高すぎるからだ。これではジャンプの技術向上を後押しすることにならない。もちろん、どうあっても完成度だという理屈もないではない。だが、男子は4回転重視にルールは舵を切りつつある。肉眼ではわからないような回転不足で、基礎点を下げる必要があるのか、それはGOE減点で十分ではないのか。もう1度議論すべきだ。
安藤美姫が世界女王になった年(つまり狂ったようなダウングレード判定が大手を振ってまかり通る前)、この3Lz+3Loで安藤選手が稼ぐ点は、たしかGOEも含めて11点ぐらいではなかっただろうか。これが安藤選手を世界女王にしたといっていい。その大きな武器の小さな欠点を突かれ、苛烈な減点にされることで、安藤選手は片翼をもがれ、4回転サルコウも降りてもしょせん回りきっていないから3回転サルコウの失敗と同じ点になってしまった。4回転を入れると他のジャンプが低くなるから、他のジャンプも回転不足を取られるという悪循環。これでもう1つのジャンプの安藤の片翼をもがれ、天才ジャンパーといわれた安藤美姫の強みをバンクーバーで生かすことができなくなった。
Mizumizuでさえ、この汚いルール変更に怒りをもっているのだから、モロゾフが声をあげるのも当然だろう。ところが日本人ときたら、「ルールのせいにしてはいけない」というきれいごとを繰り返すだけだった。だが、ルールは動かせる。事実、今季回転不足の減点が緩和されではないか。声をあげ、ルールのまずい点を主張すること――選手にはできないことを、体制側がすべきではないか?
安藤選手個人の課題として、フリーにセカンドの3回転ジャンプが入っていないのが気になる。2A+3Tを是非ともやってほしい。素晴らしいのはトリプルルッツが2つ入ったこと。浅田選手が今苦労しているトリプルルッツ。ルールが変わって、ルッツの重要性が相対的に増した(フリップの基礎点が下がったため)、エッジに問題がなく、2つ入れられる安藤選手は今季強いだろう。
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