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さて、エアバニは、ギルガメッシュと親密な友情を結び、それから2人は共同して、小アジアの都市ウルクに、真に平和で堅固な社会を作り出すことができた。このことが可能だったのは特に次のような理由による。 つまり、この第2の人物(エアバニ)が、地球への受肉をあまりしなかったことにより、地球外の宇宙での滞在中に維持されてきた叡智を比較的多くもっていたからである。すでに、前回(13年前)のシュトゥットガルトの講義でも述べたように、この人物には、一種の霊視、霊聴、明瞭な(光明を得る)神的認識があった。 そして、ギルガメッシュという人物のなかに存在していた古来の侵略の習慣とリズム志向の記憶に由来する魂の状態と、エアバニという人物の宇宙の秘密を見通す能力が合流することから、この2人の時代よりも少し古い時代には、普通にあったように、西南アジアの都市に社会秩序が確立されていった。 この都市に平和が訪れ、住民の幸福が訪れた。そして、事実経過全体を、別の方向へと導いた、ある特別の出来事が再び起こらなかったら、この都市は秩序を保っていただろう。 この都市には、ある女神の秘儀(イシュタル)があり、この秘儀は、非常に多くの宇宙の秘密を保持していた。当時の意味においては、一種の統合的な秘儀とでも呼べるもので、すなわち、当時、この秘儀のなかに、アジアの様々な特徴的な秘儀における啓示が集められていた。 様々な時代に、秘儀の内容は変更させられ、変容し、その地で保存され教えられた。叙事詩のギルガメッシュという名の人物は、最初、このことが理解できず、この秘儀の地は、矛盾だらけの内容を教えている、と非難した。 ギルガメッシュという当時の権威者(ギルガメッシュとエアバニの2人は、都市全体に秩序を与え管理した人物である)から、秘儀が非難されたことで、様々な困難が生じ、結局、古代の秘儀において、神々に伺いを立てることのできた権威者、すなわち、秘儀の祭司たちが、神々に伺いを立てる、という事態に発展した。 第2講が理解できれば、古代の秘儀では、高次ヒエラルキア(位階)の霊的存在たちに伺いを立てることが実際に可能だった、という事実を、訝しく思うことはないだろう。第2講で述べたように、古代東洋では、アジアは本質的に最下層の天であり、最下層の天においても、当時の人々は、神的-霊的存在たちの実在を知り、これらの精神的存在たちと交渉を持っていたからである。 特に、秘儀のなかで、神々との交渉が続けられた。そして、イシュタルの秘儀の祭司職が、啓示(光明)を得る場合に常に伺いを立てていた霊力(女神)に伺いを立てた結果、この霊力(女神)が都市に対して一種の刑罰を科する、という状況になった。 当時、この出来事は、「本質的な高次の霊力が、ウルク(エレク)では、動物(獣)的な暴力、いわゆる不気味な動物(獣)力として働きかけた」、という言葉で表現された。ありとあらゆる力が、住民たちに襲いかかった。 肉体的な病気や、特に魂の錯乱等である。そして、ギルガメッシュの味方となった人物、叙事詩でいうエアバニと呼ばれる人物が、この困難のために死ぬ、という結果になるが、エアバニは、ギルガメッシュの地上での使命を継続するために、死後も、霊的に、ギルガメッシュの傍らにとどまり続けた。 叙事詩におけるギルガメッシュという名を担う人物のその後の人生及び転生や、その後の進化を、エアバニという特徴ある人物との間の交流が更に続いた、ということから、理解する必要がある。エアバニの側からギルガメッシュに霊感や啓示が与えられたのである。 すなわち、ギルガメッシュは、自身の意志だけで、つまり単独で行為を継続したのではなく、2人の意志と、2人の意志の合流から行為を継続した。 上記の事実をもって、古代にあって、魂の1つの可能な能力を再度、眼前に据えることになる。古代、人間の心情は、今日のように一義的ではなかった。従って、感覚も、今日のような自由な体験は存在し得なかった。 当時可能なのは、一度も地上に受肉したことのない霊的存在が、地上のある人物の意志を通じて働きかけるか、或いは、このギルガメッシュの場合のように、既に死を通過して死後の生を送っている人物(エアバニ)が、地上の人物(ギルガメッシュ)の意志を通じて話し、行為するかの、いずれかだった。 ギルガメッシュの場合はその典型だった。このように2人の意志の合流から生まれた心情が、ギルガメッシュのなかに、浮かび上がり、彼自身の魂(精神)が、本質的に、どのような歴史的状態にあるか、ということについての、かなり明確な認識をもつことができた。 ギルガメッシュは、インスピレーション(霊視)をもたらしてくれる霊(エアバニ)の影響により、自我が、死すべき物質(肉)体とエーテル体のなかに下降してきた、という事実を知り始め、そして、ギルガメッシュにとって、不死の問題が強く集中的な役割を演ずるようになってきた。 ギルガメッシュの憧れ全ては、この不死の問題の背後に、どうにかして到達することに向けられた。当時地上での不死に関して語るべき内容を保管していた秘儀は、ギルガメッシュには、当初、明かされなかった。この種の秘儀は、まだ伝統と、この伝統から現存する生きた認識の大部分をもっていたが、地上では古代アトランティス時代の太古の叡智が有力だった。 しかし、かつて霊的存在として地上を歩き廻っていた太古の叡智の担い手たちは、とっくに地球を退き、月に宇宙的コロニー(住居)を建設していた。月は現代科学が描写するような硬く凍結した物体ではなく、そのように考えるのは、子供染みた発想である。 (シュタイナーは、月は、物質的天体だけを指すのではないと述べている。一般的に冥界と呼ばれる領域を指すとしている。現代人の物質的な「月」は、その一部にすぎないという。)
2010年11月30日
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古代人は霊的な存在で、下方の物質(肉)体やエーテル体と、当人も関知する関係を結んでいた。 そして、古代人は、現代人が物質(肉)体のなかに、自然の物質が入ってくるのを感じるのと同じように、霊-魂、いわゆる自我とアストラル体のなかに、神-霊的なヒエラルキア(位階)存在が参入して来るのを感じていた。 (古代ギリシア神話が、神々の物語なのは、古代人が、神々を直接感じていたからであろう。いまでいえば、半神半人の状態といえる。) 例えば、現代人は、物質(肉)体のなかに、食物や呼吸と一緒に、外の自然界の物質を摂取するのを感じる。はじめ外にある、外界の物質が、人間の内に入る。外の物質は人間に浸透し、人間の一部になることで人間に作用する。 古代人は、自身の霊-魂が、当時の物質(肉)体-エーテル体から、わずかに分離していることを感じていたが、次のような事実も知っていた。 第3位階の、アンゲロイ(天使)、アルヒアンゲロイ(大天使)から、最高のヒエラルキア第1位階に至るまでの神的存在たちは、霊(精神)的で同時に物質(実質)的で、人間の霊-魂を通じて浸透し、霊的で物質的な神的存在が、人智学的にいえば、「人間の一部となる」、ということを知っていた。 天使の世界 http://homepage2.nifty.com/aozorakissa/angel5.htm 従って、古代人は、どの瞬間の生にも、「自身のなかには神々が生きている」、と言うことができた。古代人は、現代人が考えているように、自身の自我が、物質もしくはエーテルの実質により、下から組み立てられ、発達した存在のように解していたのではなく、自我を、神々の恩寵により自分に贈られた存在、つまり上の神々であるヒエラルキア存在の側からやってきて発達した存在として把握していた。 (下から精神が発達したとするダーウインの進化論ではなく、上から神々により精神を与えられ、発達したというキリスト教的な進化論を、古代人は採用していた。) そして、古代人は、自身の当時の物質体-エーテル体を、いわば荷物や乗り物のように、物質的世界で前進するために使う人生の自動車に似た存在のように把握していた。このような事実を相応しい形で魂の目のなかで捉えないと、人類進化の歴史上の経緯などは本質的に理解できない。 (仏教の考えとよく似ているし、また、自分の肉体を荷物と捉えるのは、シュタイナーが説く鳥類や蝶などの感覚と似ている。古代人が、鳥や蝶などを神聖視するのは、自分たちとの共通認識の名残なのだろう。) さて、様々な特徴ある例を手掛かりに、人類進化の歴史上の経緯を追求できる。いま、眼前に、いわば一筋の糸(琴線)を置いてみる。 13年前の連続講義でも、これから述べる人類進化のある最古の段階を示す、歴史的-伝説的文献、つまりギルガメッシュ叙事詩(2)を引き合いに出すことで、この一筋の糸(琴線)に触れた。 このギルガメッシュ叙事詩の一部は、伝説的だが、13年前の講義で述べた経過を、今回は、霊的な観照から直接生じてくるように述べてみる。 ギルガメッシュ叙事詩 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 当時、西南アジア(近東)のある都市に(ギルガメッシュ叙事詩ではウルク「エレク[Erek]」と呼ばれる)、第2講で述べた特徴の魂の状態(精神)をもち、当時の社会的状態から育った侵略者的性質の民族の代表的な人間がいた。 叙事詩では、この人物を、ギルガメッシュと呼んでいる。この人物は、古代人の魂の状態(精神)として特徴づけたような性質をもち、今話題としている時代より前の時代からの古い人類の特性をまだ多分に保つ人物である。 当時、このような人物は、自身を、いわば二重の存在(ドッペルゲンガー)として、つまり、神々が参入する霊-魂(霊的人間)と、地球や宇宙の物質の物質的実質やエーテル的実質が作用する物質(肉)体-エーテル体との間で、二面性を持つことを明白に理解していた。 (このような認識をもつ人間を、半神半人と呼んでいたようである。) そしてまた、このギルガメッシュ叙事詩が語る人物が生きていた時代は、既に特徴的で代表的な民族が、その後の人類進化への移行期(過渡期)にあった、というのも事実だった。 この移行とは、比較的、その直前の時代では、霊-魂の下で上方にあった自我意識が、いわば、物質(肉)体-エーテル体のなかに沈みこんでいった結果、内部に神々を感じることのできる霊-魂に対して、「私」と言わず、地上の物質体-エーテル体に対して、「私」と言い始めた、新たな魂の状態の時期にあたり、そのような民族のなかに、ギルガメッシュがいた。 いま話題にしている新たな魂の状態のなかへと、霊-魂から自我の意識が下降した。 物質(肉)体-エーテル体のなかへと、自我が、意識的な自我として下降したわけだが、この人物においては同時に、まだ古い習慣、すなわち、当時主流の「リズム化された記憶」のなかでの体験の習慣が残り、賢さ(知性)へと導く要素を生み出す、本質的な死の力に精通しなければならない、と感じる感受性ももっていた。 このギルガメッシュという人物に関わるのは、この人物の魂が、当時、既に数多くの受肉を経てきたが、いま描写したような新たな魂(精神)の状態のなかに歩み入ることで、物質的な生存において、ある種の不確実さを、担うことになったからである。 死の力を賢さ(知性)へと変え得る侵略という古い習慣や、リズム化された記憶による体験は、もはや地上にとって有効でなくなった。このように、この人物の体験は、過渡(移行)期の体験だった。 (ギルガメッシュは、半神半人から、全人へと以降する時期の代表的人物といえる。) そのため、次のような出来事が起こった。この人物が、古来の習慣から、ギルガメッシュ叙事詩でウルク(エレク)と呼ばれる都市を侵略により占領したとき、この都市に紛争が生じた。当初、この人物はこの都市では歓迎されず、ヨソ者と見なされた。勿論、都市で生じていた困難をうまく処理できなかったせいもあるだろう。 ここで、運命によりもう1人の人物(ギルガメッシュ叙事詩ではエアバニ「エンキド」と呼ばれる)が導かれる。著書『神秘学概論』に記述した意味での、地球の人類がある期間過ごした太古の惑星状態から、比較的後になってから地上に降りてきた(受肉した)人物である。 (ギルガメッシュの魂は、地上への転生が比較的多く、エアバニの魂は少なく、それも、充分に長い年月を通して、他の惑星から転生してきたという。) 人智学徒なら既知のように、地球進化の非常に早い時期に宇宙の様々な惑星へと地球から退いた魂たちが、古代アトランティス時代に、ある魂は早く、ある魂は遅く、相次いで地球に降(くだ)ってきた。 ギルガメッシュは、比較的、早く地球にもどってきた魂で、ギルガメッシュ叙事詩が記述する時代には、多くの受肉を体験していた。そして、都市に導かれたもう1人の人物(エアバニ)は、他の惑星状態に比較的長い間とどまり、遅れて再度、地球に赴いた魂である。 13年前に、人智学の立場から、歴史に関して行った連続講義では、上記の事実は幾分異なった観点から述べた。
2010年11月29日
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第3講 13年前に、シュトゥットガルトで、やはりクリスマスから新年にかけて、今回と共通するテーマについて連続講義を行なった(1)。ただ、当時とは、テーマに沿う形で、観点を、少しばかり変えていきたい。 (1)『隠れた歴史 世界史の人物と出来事についてのカルマ的関連の秘教的考察』(6回の講義、1910/11 GA126)*邦訳:『世界史の秘密』(西川隆範訳 水声社) 今回の連続講義は、前半の2回の導入的な講義で、歴史上の、特に先史時代の進化の経過のなかの、人類の心情や魂の状態の根本的変化に関する理解を、現代人の魂にもたらすことが目的だった。 第3講は、少なくとも、第1,2講とは異なり、数千年以上前に遡る必要はない。人智学徒には既知だが、地球を襲ったいわゆるアトランティスの大災害以後、人智学が、歴史的及び有史以前から生じる極めて重要な関係と見なす時代は、通常、地球が氷結していく時代、初期氷河期、と呼ばれる時代である。 初期氷河期と呼ばれる当時はまだ、今日の大西洋の海底を形成しているアトランティス大陸の沈没の最終段階が進行中だった。そして、このアトランティスの大災害の後、現代に至るまで、以下の事実についてはしばしば注意を促してきたが、五つの大きな文化期が順番に生じ、このうち最初の文化期については、歴史的伝承が全く残されていない。 (人智学では、5つの文化期とは、ノアを中心とする7人の仙人の古代インド文化期、ゾロアスターを代表とする古代ペルシア文化期、ヘルメスとモーセを代表とする古代エジプト文化期、ソクラテスやプラトン、アリストテレスを代表とする古代ギリシア文化期、そして、古代ローマから現代に続く第5文化期である。) というのも、東洋の文献に含まれている記述(壮大なヴェーダや深遠なヴェーダーンタ哲学でさえ)は、著書『神秘学概論』のなかで、古代インド文化期、古代ペルシア文化期として話題にした文化期を示すときに描写すべき事実の余韻(名残)にすぎないからである。 ヴェーダ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%80 ヴェーダーンタ哲学 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BF%E5%AD%A6%E6%B4%BE さて、第3講は、その時代まで遡らずに、古代ギリシア文化期の前の、カルディア-エジプト文化期と人智学で呼んでいる時代に着目する。注意すべき点は、古代アトランティスの大災害から古代ギリシア時代までの間の時代において、人間の記憶の能力や記憶力や人間の共同生活に関連して、大きな変化が起こった、という事実である。 現代人が持つ記憶により、現代人は時間を遡って現実化できるが、このような「時間的な記憶」は、上記の時代、人智学でいうポストアトランティス第3文化期には、まだ存在せず、当時存在したのは、以前描写したような「リズム化された記憶」に結びついた体験だった。 そして、この記憶は、古代アトランティスの時代、主流として存在した「場所化された記憶」から生じてきたが、当時の古代人は、本質的に(時間感覚がなく)「現在(今)の意識」しか持たず、外界において目印を見つけるか、自分で、目印を建てるかで、可能な限りの体験を目印化し、この目印を通して、自身の人格の過去だけでなく、人類一般の過去と関係を結んでいた。 (この話が真実なら、古代遺跡に予言能力がないことがわかるだろう。マヤ文明の予言が話題だが、普通のマヤ人は、自分たちの体験を歴史として刻んだにすぎないことがわかる。時間的な記憶がないのだから、未来の予言なども、できないはずである。ただし、秘儀参入者だけは、現代人と同じ時間的記憶をもっていたので、あてはまらないが…。) しかし、直接、単純に、地面に記したものだけが目印だったわけではなく、かなり古い時代では、天の星の位置、特に諸惑星の配置を目印として、天体の繰り返しの変化から、過去の時代がどうであったかを知った。従って、古代の人類の外的な「場所化された記憶」の育成にとっては、本質的に天と地が共に作用していた。 古代の人類は、人間としての構造においても、後の人類と異なり、更に、現代人とは異なっていた。現代の人類は、覚醒時、自我とアストラル体を、物質(肉)体のなかに、無意識的に担い、ほとんどの人が、本質的に、意味深い器官である物質(肉)体が、エーテル体とならびアストラル体と自我を担っていることに気づいていない。 人智学徒は、上記の関係を知っているが、古代の人類は、自身の存在という事実を、現代とは全く別様に感じていた。 さて、先のポストアトランティス第3文化期、つまり古代エジプト・カルディア文化期へと遡っていくと、上記のような人類に至る。その頃の古代人は、覚醒時でさえ、当時の物質(肉)体とエーテル体の外で、高度な霊-魂として、自らを体験していた。 当時の古代人は、霊-魂(自我とアストラル体)と、物質(肉)体-エーテル体の結びつきを知り、その区別ができた。古代人はいわば二重の状態(物質的人間と霊的人間の双子の状態)で世界を歩いていた。人間は、自身の物質(肉)体とエーテル体(物質的人間)を、「私」とは呼ばず、自身の霊-魂(霊的人間)だけを「私」と呼んだ。
2010年11月26日
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古代アジアの進化のある特定の時期、ほぼ中間期頃(時期に関しては更に厳密に述べるべきだろうが)、秘儀参入者たちの意識状態は以下のようなものだった。 「秘儀参入者は、地上を歩き廻り、地球(地上の領域)については、ほぼ現代人が見ているような光景を見ていたが、参入者は、本質的に、この意識を四肢(手足)のなかで感じていた。参入者は、自らの四肢(手足)を通じて、神々の去った地球という物質のなかで、神々から解放されるのを感じた。 しかし、代わりに、参入者は、(いままで知っていた)神々のいない土地で、セラフィム、ケルビム、トローネという高位の(未知の)神々に遭遇した。秘儀参入者は、森や木々のイメージであった灰緑色の霊的存在だけでなく、霊なき森をも知るようになった。 既知の神々から離れた代わりに、調停(救済)され、つまり森のなかでは、第1ヒエラルキア(位階)に属する、セラフィム、ケルビム、トローネの領域からの精神(霊)的存在に遭遇した。 上記の全てを、古代社会の成立として把握する、というのが、古代東洋の歴史的生成における本質である。更なる進化を促進する力は、若く新しい種族と古く老いた種族との間に調停を求める力である。その結果、若く新しい種族は、古く老いた種族の下で成熟でき、支配を受けた魂たちの下で成熟できる。 これまで述べてきたように、遠くアジアを見渡すと、様々な場所に、自分たちだけで、賢くなることのできない若い種族が、侵略行為のなか、知性を求める様子を発見する。けれども、古代アジアから古代ギリシアへと眼を転じると、状況は幾分異なってくることがわかる。 (古代の民族間での精神の発達を、現代では個人に置き換えてみればよくわかる。若者だけでは、賢くなることができないのと同じである。) 古代ギリシアにおいても、古代ギリシア進化の最盛期に、年老いていくことを既に理解できたけれども、老いていくことを、完全な霊性に浸透させ、理解できなかった民族があった。しばしば聡明な古代ギリシア人の特徴的な表明である「影の国(冥界)の王であるよりは、表の世界(現世)の乞食でいるほうがよい(1)」という言葉に注目を促した。 1)影の国の王であるよりは… :ホメロス『オデュッセイア』第11歌 489-491行、下界でのアキレウスの言葉。 ホメロス オデュッセイア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%A2 外にも内にもある死(肉体の死と、精神的な死の体験)と、古代ギリシア人はうまく折り合っていけなかった。けれども他方で、古代ギリシア人は、自分のなかに死をもっていた。従って、古代ギリシア人の場合、賢さは内に衝動として存在していたので、賢さへの憧れはなく、ただ死への不安があった。 古代の東洋の若い民族は、古代ギリシア人のように、死への不安を感じることはなかった。東洋の若い民族は、民族として正しい形で死を体験できない場合、侵略に出かけていったからである。 けれども、古代ギリシア人が死と同時に体験した内的な葛藤が、人類の内的な衝動となって、トロイア戦争として伝説化されていった。古代ギリシア人たちは、賢さを、魂の内に獲得するため、他の民族のなかへと、死を捜し求める必要はなかったが、自分たちのもつ死から感じ取った不安のために、死に対しての内的な活力ある秘密を必要とした。 トロイア戦争 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89 そして、このことが、古代ギリシア人自身と、古代アジアでの古代ギリシア人の後裔である人々との葛藤を招いた。トロイア戦争は、不安、恐れの戦争である。トロイア戦争では、古代小アジアの祭司文化を代表する者たちと、内部に死を感じてはいるが、死に対して何もできない古代ギリシア人たちが対峙し合っているのがわかる。 侵略に出かけていった東洋の他の民族は、死を欲していた。死をもっていなかったからである。古代ギリシア人は死をもっていたが、死を扱う術を知らなかった。古代ギリシア人たちには、死を扱う術を知るため、別からの一撃が必要だった。(古代ギリシア人、正確にいうなら、古代ギリシアの意識は、死という体験を知ってはいたが、望まなかった。対して、古代アジアの意識は、常に死を欲していた。簡単にいえば、古代ギリシア人は死を悪、古代アジア人は、死を善としていたといえる。 つまり、古代アジア民族は、若く、活力があったので、生命をもてあまし、賢くなかったので、死を求めていたが、古代ギリシア民族は、ある程度、死を知り、賢かったので、死を恐れた。 現代でいう、古代アジア人の血の気の多さ、無謀さは、若気の到りというところか? 若いときは、死んでも夢を叶えることに憧れる傾向にあるが、歳をとり、老人になると、死を身近に感じ、今度は、死を恐れるようになる。現代の個人の心情が、古代では民族の意識として現れていた。) アキレウス、アガメムノンら古代ギリシア人全ては、死を自らのうちに担っていたが、死について何らなす術がなかった。古代ギリシア人は古代アジアを仰ぎ見た。そして、アジアにはギリシアと逆の状態の民族が、正反対の魂の状態から生じる直接的な像(イメージ)に悩まされている民族がいた。 古代ギリシアの反対側にいたのは、古代ギリシア人のように強烈に、死を感じることがなく、根本においてただ生に逆らう存在を死と感じる人々だった。 アキレウス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%82%A6%E3%82%B9 アガメムノン http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%83%A0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%B3 実際、ホメロスは、人間の魂の内部の葛藤を、驚くべき形で表現した。古代ギリシア人と対峙する場所にトロイア人がいる。ヘクトールやアキレウスといった特徴ある人物をみればよい。古代ギリシア人と対峙する至る場所に死への対立がある。そして、この対立のなかに、古代アジアと古代ヨーロッパの境界で生じる死への葛藤が表現されている。 ヘクトール http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB 古代のアジアでは、いわば死に対して過剰な生があり、死に憧れていた。ギリシアを基盤とするヨーロッパでは、精神のなかに、なす術を知らぬ過剰な死があった。このように、ヨーロッパとアジアは二重の観点から対立していた。つまり一方においては、リズム的記憶から時間的記憶への移行があり、他方では、人体組織における死に対しての全く異なる正反対の体験があった。 第2講は、考察の最後に、上記の対立を暗示することができただけだが、この対立を更に第3講で詳しく考察していく。人類の進化に、このように深く関係する記憶の移行、アジアからヨーロッパへの記憶と死の体験の移行の理解なしには、根本において人類の現代の進化における、どのようなことも理解できない。 そのような推移をよく知るために、次の講義では、その点を詳しく考察したい。
2010年11月25日
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古代人の若い種族、若い民族は、あまりにも強い生命力に悩まされていた。古代の若い種族は、絶えず次のような感情を持っていた。 「私は始終、自分の血を、肉体という壁に向かって押し続けている。私は血を、押し止めることができない。私の意識は思慮深くなろうとせず、若さ故に、人間性全てを発達できない。」 勿論、当時の普通の人々は、上記のようなことは言わなかったが、当時の歴史的経過全体を導き、方向づけていた秘儀参入者たちは、上記のように語った。若い民族は、自らのうちに、あまりに多い若さを、あまりに多い生命力をもち、思慮深さを与えるものは、ほとんど持たなかった。 それから、古代の若い民族は遠征して、古い民族が住む地域を侵略した。古い民族は既に退廃的状態に達していたため、既に何らかの形で死の力を自らのうちに受容していたが、若い民族が遠征することで、古い民族を支配した。 (日本の戦国時代に通じるものがある。) 侵略した民族と、奴隷にされた民族との間に、血縁関係が生じる必要はなかった。侵略した民族と、奴隷にされた民族との間で、無意識的に演じられたものは、魂の内部に若返らせる作用を起こし、思慮深さへと向かわせる作用を与えた。 奴隷を所有し、その土地に城を築いた侵略者も、自分の意識への影響を必要としていた。侵略者は、奴隷たちに意識を向ければよく、すると、若い侵略者の、生命力旺盛な故の、魂のなかの気絶(死)への憧れのなかに、癒しの作用とでもいうべき意識が生まれ、思慮深さが生じてきた。 今日、現代人が個人として達成すべき意識の課題が、当時は、他民族との関係のなかで達成された。歴史上、颯爽と登場するが、完全な思慮深さには到底到達できない若い民族は、死の力を、より多く受容していた古い民族を、自分たちの周囲に必要とした。 若い民族は、他の民族を征服することで、自分たちに必要とされる人間性へとよじ登っていった。上述のように、現代人からみれば、おぞましき、野蛮に思える古代の東洋の戦いは、人類進化全般の衝動に他ならなかった。 若い民族と古い民族の戦いは、人間の意識の発達には必要不可欠だった。今日の現代人には野蛮にみえる、おぞましい数々の戦闘がなかったら、人類は地上で進化できなかっただろう。 けれども、秘儀参入者は、既に、今日の人間が見るような世界を霊視していた。ただ、その霊視に結びついていた意識は、現代とは異なる魂の状態、異なる心情だった。今日の現代人が知覚する際の、明瞭な輪郭をもつ外(物質)的な事物の体験を、秘儀参入者は、明瞭な輪郭で体験する代わりに、神々から直接きた知覚を意識として体験した。 例えば、雷が起こった情景を思い浮かべてみる。さて、今日の現代人なら、視覚で捉えた稲妻のように雷を見る(上図の右上参照)。古代人は、現代人とは違った。古代人は、霊的存在たちの活動の様子(黄)がみえ、現代人が見るような明瞭な稲妻の輪郭はみえなかった。 (日本人の雷様と呼ぶ感覚を彷彿とさせる。) 古代人にとって、雷は、宇宙空間上、もしくは、そのなかを前進する霊たちの行軍、もしくは行進にみえた。稲妻は見えなかった。古代人が見たのは、宇宙空間を漂っていく霊たちの隊列だった。 秘儀参入者も、他の一般の人々と同様に、雷の霊的な行軍を見たが、秘儀参入のなかで開発された霊視により、隊列の像が次第に不明瞭になり、消滅していく一方で、現代人のみる稲妻の姿が出現してみえた。 今日普通に現代人の誰もが見るような自然は、古代では、秘儀参入により獲得する必要があった。けれども、古代の秘儀参入者は、知覚をどのように感じていたか?といえば、現代人が、認識や真理を感じるときのような無頓着さで(無味乾燥に)感じることはなかった。 現代人が通常もつ認識や感覚は、当時の秘儀参入者には、道徳的な衝撃と共に感じ取った。秘儀の入門者たちに生じた事実を霊視するなら、上記のようであり、後の時代では自然に誰もが到達できる自然観に、当時の秘儀参入者は、意識的な努力よって到達し導出した。 厳しい内的試練と訓練を通過した僅かな者だけが、この自然観へと導かれた。けれども、同時に、通常の意識の古代人がもつような、大気中を行進してゆく元素霊たちの隊列を見ている、という感情も、至極自然に持っていた。 しかし、通常の意識の古代人は、霊的存在をそのままみることで、自由意志が欠けていた。古代人は神的-霊的世界にすっかり身を委ねていた。というのも、この覚醒しながら夢を見ている状態では、古代人の意志は自由とはいえず、なかば神的な意志が(虚弱な夢の霊視を通じて)古代人のなかに流れ込んでいたからである。 (現代人にとって、白昼夢や催眠状態、いわゆるトランス状態が危険なのは、自由意志を他の何者かに委ねてしまうからである。 かつて、古代人は精霊に委ねていたが、精霊は、上位の天使たちとつながっていたからよかったが、「天界での天使たちの戦い」から、変わってきた。「天界の天使たちの戦い」は、宇宙の悪の誕生の歴史だが、現代の映画スターウォーズを髣髴とさせる。 スターウォーズ風にいえば、ライトセーバーが自由意志で、その使い手が、ジェダイの騎士、つまり秘儀参入者のことになる。悪の皇帝が悪魔、ダースベイダーは悪魔に唆された人間の悪の心である。) そして、このイマジネーション(霊視)から、衝撃(稲妻)を観た秘儀参入者は、次のように感じた。秘儀参入者は導師を通じて、次のように語ることを学んだ。 「宇宙においては、私は、神々無しでも、行動を許される人間でなくてはならない。神々は、人間のために、宇宙の内容を不確定ななかへと投げ出すが、そのようななかでも、自らの意志により確固とした行動ができる人間でなくてはならない。」 イニシエーション(秘儀参入)を受けた秘儀参入者たちにとって、明瞭な輪郭をもつ事物のなかに観た意識はいわば、神々によって投げ出された宇宙の内容だった。秘儀参入者は神々から独立するために、その意識へとアプローチしていった。 何らかの調停(救済)がなされなかったら、秘儀参入者には耐えられない状況だったことがわかる。結局、調停(救済)がなされ、秘儀参入者は、神や霊に見捨てられたアジアの体験を学ぶ一方で、他方では、第2ヒエラルキア(位階)にまで達する意識よりも、更に深い意識状態を知るようになった。 秘儀参入者は、神のいない世界に、セラフィム、ケルビム、トローネという第1ヒエラルキア(位階)の世界を知るようになった。
2010年11月24日
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さて、これまで述べたように、古代には、霊的存在が自然の内部深くまで入り込んでいた。といっても、古代人に対して、現代では、少なくとも大多数の現代人にとっては、古代人を野蛮極まりなく思える事件に遭遇するだろう。 当時の人間にとって、今日の自然な読み書きが、古代人には恐ろしく野蛮に思え、古代人にとって、凡そ悪辣に思えるのと同じように、逆の意味で、現代の大多数の人間にとっては、西から東へと遠く移動していった民族が、アジアの地で、別の先住民族を、自然な行為として、しばしば非常に残酷に支配し、土地を征服し、奴隷にしたのを、非常に野蛮に思えるのは確かだろう。 上記の事実が、広大な範囲にわたった全アジアを通じての東洋史の内容なのである。当時の古代人はこれまで述べてきた特徴、すなわち高度な霊的な観照を行っていたが、他方の、外(外面)的な歴史は、他の地を絶えず侵略し、侵略した民を隷属させることで経過していった。 このような侵略は、現代の多くの人間にとっては、確かに野蛮に思える。そして、今日では、何らかの侵略戦争が行われる際、その戦争を弁護する人でさえ、その心のなかに、やましいところが全くないとはいえない。侵略戦争自体の弁護から、やましさが察せられる。 古代当時では、他ならぬ侵略戦争に対して、いささかも、心にやましいところがなく、しかも、そもそも侵略は、神の意志によるもの、と見なされていた。 (古代人の侵略戦争に対する心情の名残が、「聖戦」という現代人にとっては迷惑な悪の遺産になったのだろう。) そして、後の時代になってから、アジアの大部分に広がった平和への憧憬は、そもそも文明の遺(遅)産なのである。この遅れた産物である平和への憧憬に対して、アジアにとっての文明の早産は、他の土地への絶えざる侵略と人々の奴隷化であった。 先史時代を過去に遡れば遡るほど、侵略が数多く見つかり、クセルクセスや同様の人たちの行為も、侵略の影にすぎない。 クセルクセス http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B9 けれども、この侵略の根底には、確固たる原理が存在する。当時の古代人においては、これまで描写してきた霊的な意識状態により、他の人間や世界に対する関係も、現代とは全く異なった状態にあった。地球の様々な民族の何らかの違いは、今日、もはや、その原理的な意味を失っている。当時の民族の違いは、今日とは全く異なる形で存在していた。 そこで、古代当時の現実を、例として、現代人の魂の前に据えてみる。 下図の左がヨーロッパ地域、右がアジア地域と考える。侵略民族(赤)は、アジアの北方からきて、アジア地域の全体に広がり、人々を隷属させた(黄色)。 実際、侵略時に何があったのか? 歴史における実際の進化の流れを定める場合、侵略行為を行う人々は常に、民族、もしくは種族として、若かった(若く、青春の力に溢れていた)。 さて、地球進化の現在、つまり現代人の場合、「若い」とはどういうことなのか? 現代人の場合、「若い」ということは、生のどの瞬間にも、死の力を自らのなかに担っている、ということ、つまり、死に向かうプロセスを必要とするだけの、有り余る生を、魂の力量として担っている、ということに相当する。 人間は、自身のなかに、芽吹き、芽生える生命力をもっているが、この力は、人間を思慮深くさせず、時には、気絶させ、意識さえも失わせる。その生命力を解体する死の力も、また常に自身のなかで作用しているが、死の力は常に、睡眠中に生命力によって克服される。 その結果、人間は人生が終わるときにだけ、死の力全てを、この一度の死のなかに総括するが、この死の力が絶えず、自身のなかに存在しなければならない。この死の力が、人間に思慮深さや、意識をもたらす。これが現代の人類の特徴である。 (恐らく、生命力が旺盛だと、腫瘍形成のような病理的状態を生むのだろう。例えば、太陽の生命力が強い場所では、雑草等が繁殖し、何処か野性的で、美的というよりも、無秩序にみえることからわかる。髪を切らずに伸びっぱなしにすれば、やはり、美的でないのと同じだろう。)
2010年11月20日
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そして、秘儀に参入した人々、つまり秘儀参入者は、更にまた別の意識状態を獲得した。では、これはどのような意識状態か? それは驚くべきもので、当時の秘儀参入者たちが、どのような意識状態を獲得したのか、という問いに答えるなら、その答えは、今日現代人が日中常にもつ意識状態である。 現代人なら誰もが、生まれて2、3歳の頃に、自然な形で、この意識状態を獲得する。古代の東洋人は、この意識状態に自然に決して到達することはなく、意図的に、この意識を育成しなければならなかった。古代の東洋人は、この意識を、覚醒時の夢の状態から育成しなければならなかった。 この覚醒時の夢状態で動きまわっていたとき、古代の東洋人は、今日現代人が、明瞭な輪郭をもつ対象物として見る存在を、多少とも、象徴的にだけ与える像として、様々な場所に見ていた。しかし、他方で秘儀参入者たちは、今日の現代人が通常意識で、毎日見ているように事物を見る意識まで到達していた。 当時の秘儀参入者たちは、この発達させたばかりの(覚醒)意識を通じて、今日の小学校で、生徒が学んでいる内容を学ぶような状態に達していた。今日との違いは、内容が異なっていただけではなかった。とはいえ、今日のような抽象的な活字は当時、まだなかった。 文字は、今日よりも、宇宙の事柄や経過に親密に関わり合う特性を示していた。けれどもともかくも、読み書きを学べたのは、古代では秘儀参入者に限られた。なぜなら、読み書きを学ぶには、今日の、自然に獲得できる知性に即した意識状態だけに可能だからである。 つまり、古代当時そのままの古代の東洋世界が、今日、何処かに再び出現し、今日のような魂の現代人が、この古代東洋の世界を観光するなら、当時の古代人にとって、現代人は全員秘儀参入者になるだろう。 古代と現代の違いは内容に関係するだけではない。現代人は秘儀参入者だが、秘儀参入者だと古代人に知られた瞬間、可能な限りのあらゆる手段で、その土地から追い出されるだろう。なぜなら、当時の人々は、秘儀参入者が、今日の現代人が、至極当然に知るような物事を知ることが許されなかったからである。 例えば、当時の見方を次のようなイメージで特徴づける。当時の人々の見解に従えば、今日の現代人のような読み書きは許されなかった。 当時の古代人の心情のなかに参入すれば、その心情の持ち主が、現代人という似非(えせ)秘儀参入者、すなわち現代の普通に利口な現代人と対面したなら、古代人は次のように言うだろう。 「この人は書くことができ、何かを意味する記号を紙に書きつけている。しかも、書きながら、それを意識していない。書くという異常な行為をしながら、書くという行為は神的な宇宙意識の委託を受けた状態でのみ許される、という意識が内部にないというのは、非常に悪辣極まることである。」 (日本の奥深いムラの意識を彷彿とさせる。都会的行為に対し、恐れ多い、罰が当たるというような感覚だろう。つまり、古代人にとっては、日常にない行為は、神の行為を委託され、許された一部の祭祀階級の人のみが行うべきであるという慣習なのだろう。 日本の天皇が、国民に対し、上から手を振る行為を、ある芸能人が真似て問題になるような感覚といえる。俗にいう「上から目線」のような類か?) 「何かを意味する記号を紙に書きつけてよいのは、手や指の中に、神が働きかけ、神が魂のなかで作用している場合で、だから魂が、記号の字母の形を通じて、自らを顕現するという意識が存在しているときに限られるが、そのような意識がないとは、極めて悪辣である。」 内容の違いだけでなく、自分の行為が周囲にどのような影響を与えるか、という事態の捉え方が、内容的には同じ現代人でも、古代の秘儀参入者と全く異なっている点である。 著作『神秘的事実としてのキリスト教』を読み返せば、冒頭すぐに、古代の秘儀参入者の本質とは、本来、上記のような点にあったことを示唆していることがわかるだろう。 そして、宇宙の進化においては本質的に、常に、後の時代に自然な形で、人間のなかに自然に成長し獲得されるものは、それ以前の時代には秘儀参入により獲得されなければならない。 上記のような事実を述べることで、先史時代の進化段階だった古代東洋の心情の有様と、後になって文明のなかに登場してきた現代の心情との根本的な相違が感じ取れるだろう。天の最下層をアジアと呼び、アジアという名の下に自らの土地と周囲の自然を理解していたのは、現代とは心情的に異なる別の人類である。 天の最下層がどこにあるかを、当時の人々はよく知っていた。今日の観点と比較すれば、現代人が、自身を取り巻く環境を、天の最下層とみなすことは、ほとんど無きに等しい。大抵の現代人は、周囲の環境を天の最下層とみなすことができず、最下層の上の天も知らない。 (シュタイナーの観点は、勿論、宇宙に対する現代の物質的観点も肯定しているが、それは外的なもので、問題は、人間の魂の内的観点を重大視しているところにある。 現代科学では、宇宙が階層構造を帯びていることがわかっているが、シュタイナーの観点では、人間の魂も階層構造になっているといいたいようである。 つまり、人間の魂のなかには、過去の宇宙の歴史が、階層となって記録され、いわばデータベースのようになっている。だから、宇宙を知りたければ、自らの魂の奥底に参入していけばよいわけで、それが秘儀参入法というわけである。 外の物質的事象は、内的な探求のための切欠を与え、内的な探求の補完と考えられる。外の日々の事象から、内的探求、つまり内省や内観が求められる。)
2010年11月20日
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古代では、現代人の行為、例えば、酸素や窒素を記述し、思考することなどが全くできなかった。例えば、古代人の酸素と窒素に関する知識は次のようなものだった。 「酸素とは、生命に活力を励起させ、生命の生を促進させる霊的な存在」だった。 窒素は、空気中に酸素と共に混ざり含有されているもの、と現代人は考えているが、古代では、「窒素とは、世界を貫き、織りなす霊的な存在」だった。「窒素は、生命体に作用することで、生命体自らのなかに魂を受容するように、準備する存在」だった。 そして、古代人は、あらゆる自然の経過(プロセス)を、霊的な存在との関連において知っていた。なぜなら、今日の現代人の、世間一般的な見方をもたなかったからである。現代人のような見方ができた人も若干いたが、それは秘儀参入者、つまり(完全な)霊感を体得した人たちだった。 (いまでも、自然現象を、精霊の働きと解釈する風習は、日本には残っている。例えば、雷を雷様と呼び、冬の到来を、冬将軍などと呼んでいる。) 古代当時、秘儀参入者以外の人々は、通常の日常的対象に対して、現代人では異常な白昼夢体験として、いまでも存在するような覚醒時にみる夢(白昼夢)に非常に類似した意識状態をもっていた。覚醒時の夢意識と共に、歩きまわっていた。 いわば、古代人は、現代でいう白昼夢の状態で、草原や、木々、河の流れ等や、雲にアプローチした。そして、この覚醒時の夢状態の形で見聞していた。 (古代人が非常に音楽的で詩的なのは、現代とは異なる意識形態だったからである。いまでも、たまに、そのような人を見かけることがある。霊能者の類に多いが、前世が遥か昔だった可能性がある。歌手に多い。) 今日の現代人にとって、例えば、古代の意識が、どのようなものかを、想像してみるのは興味深い。例えば、ふと眠り込むと、突然、夢のなかで燃えるストーブの像が眼前に現われる。そして、火事だ!という声を聞く。外では、火事を消すために消防自動車があたりを通過していく。 通常の(現代の)感覚的な観点から、この消防隊の行為を洞察した認識と、夢が見せる認識とは、多分にかけ離れ、夢は、いわゆる理性を無意味にするような特性をもつ。けれども、古代の東洋の人類の体験全ては、上記のように、夢のなかに流れ込んでいた。 古代のアジアでは、外の自然領域のなかにあった事象は全てイメージという像に変化していた。そして、この像のなかで、古代人は 水や土や空気や火の元素霊(精霊)たちを体験した。現代でいう熟睡状態(まるで袋のように横たわり、全く無意識な睡眠のこと)は、当時の人間にはなかった。 しかし、現代では、熟睡状態は日常的である。当時の古代人には、熟睡はなく、睡眠中でも微かな意識をもっていた。今日の現代人と同じように、睡眠で、身体を休めるが、その間、霊的な存在が活力ある外界となって活動し始めた。 そして、この活動のなかに第3ヒエラルキアが知覚された。通常の覚醒時の夢状態、すなわち当時の日常意識で、アジアを知覚した。第3ヒエラルキアは睡眠のなかで知覚された。そして、この睡眠のなかに、更に曖昧な夢の意識が沈んでくることがあった。曖昧な夢の意識とは、心情のなかに体験を深く刻みつける意識である。 つまり、古代の東洋の民族は、上記のように全てがイマジネーション(霊視)や像へと変化していく日常的意識をもっていた。このイマジネーション(霊視)や像は、更に太古の時代、つまり例えば、古代アトランティス時代や古代レムリア時代、或いは月紀ほど、リアル(現実的、印象強いもの)ではないが、ともかくも、この東洋の進化期にもまだ存在していた。 つまり当時の古代人は、霊視による像をもっていた。更に、睡眠状態では、次のような意識をもっていた。 「通常の地上的状態から眠りにおちると、生体から自らの魂を解き放ち、高次ヒエラルキアのアンゲロイ、アルヒアンゲロイ、アルヒャイの領域に参入し、それら精神(霊)的存在たちの下で生きるような意識である。」 「同時に明確に理解されていた事実は、アジアに生活している間、グノーム、ウンディーネ、シルフ、サラマンダーという精霊たち、すなわち土、水、空気、火の元素霊たちと共にあり、肉体を休める睡眠状態では、第3ヒエラルキアの存在たちを体験し、同時に惑星的な存在たちと共に、地球という惑星に属するなかに生きているという体験をもっていた。」 しかし、第3ヒエラルキアを知覚する睡眠状態のなかに、更に全く異なる状態が入り込んでくることがあった。それは、睡眠中の当人に全く未知な領域が近づき、当人を引き寄せ、地上的な状態から引き離すように感じる状態である。 第3ヒエラルキアのなかに移行している間は、まだこの意識を感じることはないが、更に深い睡眠状態に陥ると、上記のように感じられた。元々、この第3の種類の睡眠状態の間に起こる出来事に関して明瞭な意識が存在しなかった。 けれども、全体人間を深く貫いて、第2ヒエラルキアからの体験が入り込んできた。古代人は、寝起きの際に、心情のなかに感じるものを、次のように表現した。 「私は、惑星状態を超えて生きる高次の霊たちから祝福された。」 寝起きの際、古代人は、エクスシアイ、キュリオテテス、デュナメイスを包括する第2ヒエラルキアについて語った。 今述べていることは、基本的に、古代アジアでのいわば通常の意識状態だった。つまり、覚醒時の夢の状態(現代人でいう白昼夢)、睡眠時の夢の状態である第3ヒエラルキアが入り込んでくる睡眠状態(現代人でいう睡眠時の夢)という2つの意識状態は、古代人なら誰もがはじめからもっていた。 そして若干の秘儀参入者に、特別な生まれつきの遺伝的資質により、更に深い睡眠である第2ヒエラルキアが、意識のなかに入り込んで活動する睡眠が到来した。
2010年11月19日
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第2講 第1講で述べた事実から理解できるだろうが、地上の人類進化の歴史的経過について正しく洞察できるのは、異なる時代に存在した、全く異なる魂(精神)の状態に関わり合うことによる。 更に第1講で、本来の古代の東洋、いわゆるアジアの進化に言及し、古代アトランティスの民族の後裔がアトランティスの大災害の後、西から東へと、徐々にヨーロッパの道を辿って、アジアに定住するようになった時代を示唆した。 この民族を通じて、アジアでは、リズム的な体験を慣習とするような心の状態が強く影響するようになった。はじめは、古代アトランティスで完全な形で存在していた場所化された記憶の明瞭な余韻が認められていた。次いで、東洋の進化の間に、リズム的記憶への移行が生じた。そして、第1講で示した通り、ギリシア進化とともにようやく、時間的な記憶への飛躍が始まった。 しかし、本質的なアジアの進化(というのも、歴史では、既に退廃的状態を記述するのみだが)は、後の現代人とは、全く別種の人間の進化であり、外(物質)的な歴史上の出来事といっても、古代では、人間の心情のなかに生きていた体験に左右される割合が、後の時代よりも遥かに大きかった。 古代、人間の心情のなかには、宇宙人間(全体人間)が生きていた。古代人は、今日のような分離された(個人となった)魂、思考生活を知らなかった。頭の内部の事象との関連を、もはや全く感じられないような現代人の思考を知らなかった。 古代人は、血液の循環と関連しない現代人の抽象的な感情を知らず、頭の中の事象として同時に内的に体験するような思考や、呼吸や血液のなかの循環リズムのなかに体験するような感情だけを知っていた。古代人は、分離されていない統一された全体人間を体験し感じていた。 しかし、全ては、世界、すなわち万有宇宙(コスモス)との関係、いわゆる宇宙における霊的及び物質的な人間の関係が、後の時代とは全く異なって体験されていた、ということに結びついている。今日の人間は、地上の田舎、もしくは都市で体験する。 現代人は、田舎では、森や河や山に囲まれ、それを眺め、都市では、外壁に囲まれている。現代人が宇宙的-超感覚的存在について語れる対象は存在しない。現代人はいわば、宇宙的-超感覚的存在を抱かせる領域や、その対象を指し示す術を知らない。 実際、現代人は、何処も、捉え、掴むことができない。霊-魂的な意味で、捉え、掴むことができないという意味である。古代の東洋の進化においては、違った。古代の東洋の進化では、そもそも、今日の物質的環境とみなせる環境は、統一的に考えられた世界の最下層にすぎなかった。 古代人の周囲には、3つの自然領域に含まれる階層、山や河、その他が含まれる階層があるが、同時に、霊と密に混じり合い、人智学的表現でいうなら、「霊が流れ込み、霊に織りなされていた。」 そして、古代人は以下のように述べた。 「私は、山と共に生き、河と共に生きている。同時に私は山や川の元素霊たちと共に生きている。私は物質領域に生きているが、この物質界は、霊的な領域の肉体である。私の周囲には、最下層の霊界がある。」 古代人にとって、地上の領域は最下層にあった。人間は、この最下層で生きていた。しかし古代人は次のような像(イメージ)を思い描いた(下図参照)。 最下層の領域(明色[hell])が上に向かい途切れる境界で、その上の層が始まり(黄赤[gelb-rot])、その上の層へと移行していく境界から、更にその上の層(青[blau])が、そして最後に、人間の精神(霊)が到達し得る最上層(オレンジ[orange])が続くというような像(イメージ)を思い描いた。 そして、人智学的認識として慣例化している命名法に従い、この領域を名づけるなら(古代東洋の生活では、別の名称だったが)、上層は、セラフィム、ケルビム、トローネの第1ヒエラルキア(位階)、続いて中層は、キュリオテテス、デュナメイス、エクスシアイの第2ヒエラルキア(位階)、そして下層はアルヒャイ、アルヒアンゲロイ、アンゲロイの第3ヒエラルキア(位階)となる。 さて、最下層は、人間の生きる場の第4の領域で、今日では、現代人の認識に合わせ、その対象としての自然や、自然の経過が配置されているが、当時の古代人たちは、この同じ最下層の領域で、水や土の元素霊たちが、自然の経過と自然の事物を貫き、織りなしているのを感じていた。そして、この最下層がアジアだった(上図参照)。 (アジアの信仰に、アニミズムの精霊信仰が多いのが、この話から、よくわかる。多神教と一神教というわけ方をする学者がいるが、このような学者は神秘学的には無知、盲目である。 宇宙は階層構造になっているわけで、人類だって、人類という種一つで呼ぶこともあるし、個々の人間を考え、多種と呼ぶこともある。つまり、自らの立ち位置や、見方によるわけである。 例えば、遠くからみれば、雲にみえるものでも、近づいてみると、複数の水滴であるように、神的存在を多と一で分類するのは無意味である。そもそも、神的存在をみる自分の意識を問題にすべきである。) アジアとは、人間の生活の場であった最下層の霊的な領域を意味していた。けれども、現代人の日常の(覚醒)意識の為にある、今日のような通常の見方は、古代の東洋の時代にはなかった。古代の東洋の時代に、古代人が、霊的でない事象を想像する可能性があった等と考えるのは全く馬鹿げた発想である。 (日本の平安時代でさえ、霊等の記述が残っていることをみれば、わかる。)
2010年11月18日
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バガヴァッド・ギーター、もしくはヴェーダ文学のなかに、かつての雄大なリズム体験に関して、僅かながらも追感し、更に、西アジアの文芸や西アジアの多くの文献のなかに、リズム的記憶を追感するなら、かつての全アジアを荘厳な内容で貫いていた、現代でいう、「リズムの余韻」が生きていることに気づく。 地球の周囲の秘密として人間の胸郭や心臓に反映していたリズムの余韻が、古代のアジアの地に生きていた。 バガヴァッド・ギーター http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC 更に古い時代へと参入する。リズム的な記憶が場所化された記憶へと後退してゆく時代、体験を目印にし、頼りとしていた時代である。 当時の古代人の体験は、目印のない場所では思い出せず、目印の場所に来たときに、思い出した。しかし、古代人は自身で思い出したのではなく、地球が、目印を通じて、古代人に思い出させた。そもそも当時の古代人が、地球の複製として頭を持つように、地上の目印も、場所化された記憶の複製(再生)として呼び起こされる。 (古代人は、地球自体を、一種のビデオテープとしていたようである。地球に目印をつけ、記録し、目印の場所で、再生したのである。) 当時の古代人は、地球とともに生き、地球との結びつきのなかに、記憶をもっていた。聖書の福音書の、「キリストが地面に何かを書き込んだ」という行為を伝える記載の箇所に、古代人の場所化された記憶を思い起こさせる。 人智学徒は、上記の事実から、場所化された記憶がリズム的記憶に移行する時点を確定できる。その時点は、古代アトランティス大陸の水没に伴い、西から東へと、アジアに向かって、古代のアトランティス後期の民族たちが移動していく時点である。 (古代のアトランティス大陸は、大西洋にあったという。いまのアイルランドの西側だという。) というのも、ヨーロッパからアジアへと移動していくとき、第1に、今日の大西洋の底にある古代アトランティス大陸からアジアに向かっての移動(下図参照)があり、それから第2として、文化がヨーロッパへと再び戻ってくるからである。 アトランティス民族のアジアへの移動の際に場所化された記憶からリズム化された記憶への移行が起こり、リズム的記憶は、アジアの霊的な生活のなかで完成を見た。次いで、ギリシアへの植民の際に、リズム的記憶から今日の現代人がもつような時間的記憶への移行が起こる。 古代アトランティスの大変動から、ギリシア文明の成立までの間の全文明、歴史的というよりは多分に伝説的、神話的に、古代のアジアから響いてくる文化全ては、上述した記憶の養成のなかにある。 特に、外(物質)的な資料や、外(物質)的な文献を調べることで、地上の人間の進化を学ぶのではなく、人間の内部に生きている精神の進化や発達に目を向けることで、記憶力や記憶能力というような精神の営みが、外から内へといかに進化してきたか、に注目することで、人類進化のプロセスを学ぶべきである。 今日の現代人にとって、上述したような記憶力が、どのような意味を持つか、を考えてみる。人生の体験として記憶すべき知識を、突然、病的な形で失ってしまった人たちについて、聞いたことがあるだろう。 私(シュタイナー)が、親しくしていた人に、次のような死に直面するような恐るべき経験を体験した人がいる。ある日、彼は自宅を出て、駅で、ある地点までの切符を買い、途中で下車して、また切符を買った。(2回目の)切符を買うまでの間の記憶が一時的に消えていた。 彼は全てを賢明に行ない、知性も健全だったが、記憶が消えていた。その後、彼は記憶を再び、過去の体験に結びつけようとしたが、結局、ベルリンの浮浪者の収容施設に辿り着き、そこにいる自分を発見した。 後で確かめると、彼は、収容施設に辿り着く間、現在の体験を、過去の体験に結びつけることができないまま、ヨーロッパを、半周旅していた。彼が自分では気づかずに、ベルリンの浮浪者収容施設に着いた後で、ようやく記憶が明るくなってきた。 このような出来事は、人生において遭遇する数多くの事例の1つにすぎないが、このような例から、記憶の糸が、誕生後のある時点で、途切れたなら、現代人の魂(精神)の生活が、いかに損なわれるか、ということがわかる。 この出来事は、「場所化された記憶」を発達させていた古代人にはあてはまらない。当時の古代人は、そもそも現代人のような時間的記憶の糸などという体験を知らなかった。 しかし、自身の体験を思い出させてくれる記念物(目印)に、様々な土地で遭遇しなかったら、例えば、自分で建てた記念物(目印)や、父や姉妹や兄弟たち等の他人により建てられ、自身の記念物とよく似ていた為、親族に導いてくれる記念物(目印)に遭遇しなかったら、上記の現代人と同様に、魂(精神)の生活に欠落が生じただろう。 現代人と同様に、古代人も何らかの原因から、内部の自己(記憶や体験)が消えてしまったとき、現代人が陥るような記憶喪失のような状態になるだろう。現代人が内的に、健全な自己の条件と感じている記憶や体験が、古代人にとっては目印等の外(場所)的な存在だった。 (この古代人の場所化された記憶は、犬の小便による縄張り付けを彷彿とさせる。もしかすると、犬は場所化された記憶を用いているのだろうか?) 人類における魂(精神)の変遷を、自らの魂(精神)の前に抽出することで唯一、この魂(精神)の変遷が人類の歴史的進化において持つ意味へと到達できる。記憶の変遷などの考察から、歴史は、はじめて光を放つ。 従って、最初に、ある特殊な例を手掛かりに、人類の魂(精神)の(進化の)歴史が、記憶力に関して、どのような変遷を辿ったか、という事実を示した。 更に、次の第2講以降も同様に、人間の魂(精神)への秘儀参入学から抽出される光(知性)により照らし出すことができてはじめて、歴史上の出来事は、真の姿を明らかにする、ということを見ていく。
2010年11月17日
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人間の記憶は、場所に結びついた記憶という第1段階から、それとは異なる第2段階のリズム化された記憶へと移行した。つまり第1に場所化された記憶、第2にリズム化された記憶となっていく。 人間は、直接の意識から生まれた技術的行為からでなく、自身の内なる本質から、リズムのなかに生きようという欲求を発達させる。 当時の人間は、何かを聞く度、聞いた音から、あるリズムが生じるように自分の中で再生しようという欲求を発達させた。 例えば、牛の鳴き声のモー(Muh)を体験すると、単にモーではなく、モーモー(Muhmuh)と呼んだ。あるいは、もっと古い時代になると、モーモーモー(Muhmuhmuh)と呼んでいた。つまり、知覚した音から、あるリズムが生じるように積み重ねた。 今日でも、リズム化された記憶を辿ることのできる言葉の形成が幾つか残っている。例えば、ガウガウ(Gaugauch)、もしくはカッコウ(Kuckuck)、といった言葉である。或いは、直接順次に並ぶ言語形成だけでなく、幼児の話言葉のなかに、少なくとも、このような繰り返しを形成する欲求がまだあることでわかるだろう。 (昨今でいう、ラップ音楽なども、このリズム化された記憶にあてはまる。) リズム形成された言葉は、まだ、リズム化された記憶が蔓延っていた時代の遺産なのである。体験だけのものは記憶されず、リズム化することで、つまり繰り返し、リズミカルな反復のなかの体験だけが記憶されていた時代の遺産である。 (詩や歌等で、韻をふむなどは、リズム化された記憶の時代の名残といえる。) 従って、リズムになるように、並ぶもの同士の間には、少なくとも類似が必要だった。マン(Mann;人間)とマウス(Maus;ねずみ)、あるいは、シュタック(Stock;杖)とシュタイン(Stein;石)というように。言葉を、リズム化するのは、様々な場所で、体験をリズム化しようとする、当時の古代人の高度な憧れを表すものの、最終的な名残である。 というのも、場所化された記憶に続く、この第2の時代では、古代人は、リズム化されなかった体験を記憶にとどめることがなかったからである。そして、原点を辿れば、このリズム化された記憶から、古くからの作詞や、韻文による文芸一般が発達してきた。 (俳句の季語は、場所に結びついた記憶で第1段階、詩文の韻などは、リズム化された記憶で第2段階と分類できる。俳句の場合、575の字句の数等で、リズムを取っているともいえる。) 次いで第3段階となって、ようやく、今日知られている時間的な記憶が形成された。現代人は、もはや空間としての外界に、記憶の手掛かりを持たず、リズムにも頼ることがなく、時間のなかに配置された体験を後から再度呼び起こすだけである。時間的記憶という、現代人の抽象的な記憶は、記憶進化のなかの第3段階にあたる。 (第1段階;場所化された記憶「体験」、第2段階;リズム化された記憶「体験」、第3段階;時間化された記憶。もし、人間を一種の情報データベースと考えるなら、第1段階は、体験の場所に目印を建てる情報集積に相当し、第2段階は、リズム化して体験を情報集積する、いわゆる音楽化に相当し、第3段階は、時間系列で、情報集積することに相当する。) さて、人類進化のなかで、リズム化された記憶が、時間による記憶に移行する時点に注目する。現代人の悲痛な抽象性のなかで、自明である時間による記憶が最初に現われる時点を取り上げる。 現代人が、時間による記憶から、呼び起こす体験は像として表れ、古代人のように、再度体験したければ、無意識的活動のなかで、リズミカルに反復し、体験を呼び起こす、というようなことをする必要もない。このリズム的記憶から時間的記憶への移行の時点を想定すると、古代の東洋が、ギリシアへと植民する時点、歴史上、アジアからヨーロッパへと創設された植民地の成立として記述される時点に相当する。 (リズム化された記憶の時代、古代人は歌を謡うことで、体験を呼び起こしていたようである。これは、日本でも、平安時代の貴族が、短歌や詩のやりとりで、恋愛等の日常生活の感情を表現していたことでわかる。) 古代アジア、或いは古代エジプトからきて、古代ギリシアの地に居を定めた英雄たちについて、古代ギリシア人たちが語る物語は、本質的には、以下のような事実を意味していたはずである。 「かつて偉大な英雄たちは、リズム的記憶が存在していた国を去り、リズム的記憶を、時間的記憶へと移行させることのできる風土を探し求めていた。」 この記憶の移行から、古代ギリシアの精神が出現した時点が正確に示される。というのも、古代ギリシア精神の母なる地、もしくは源泉となる地は、東洋であり、根本的にいって、リズム的記憶を発達させていた地域だからである。 その地では、リズムが生きていた。そもそも、古代の東洋は、リズムの地として思い浮かべるときにのみ正しく理解できる。そして聖書が、楽園(パラダイス)として記述する場所へと遡るなら、つまり楽園を、古代のアジアに想定するなら、純粋なリズムが宇宙を貫いて響きわたり、当時の古代人のなかで、リズム的記憶が再燃して、リズムの体験者としてだけでなく、リズムの創出者として、宇宙のなかに生きていた地域が思い浮かぶだろう。
2010年11月16日
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現代人は、生活に対する思考像を、頭のなかで、抽象的な記憶として形成する。思考をもたず、まだ頭全体を直接感じていた古代人には、現代人の真似はできない。思考を持たない古代人は、記憶を形成できなかった。 従って、まだ自身の頭を直接意識し、思考、つまり記憶をもたなかった太古の東洋の地域に参入すると、必要となる経験が、特殊な形で見つかる。人間は長い間、思考を必要としなかった。思考が必要になるというのは、実際のところ、魂のちょっとした怠慢からくる。 古代の、前回述べたように頭を、胸を、心臓を、四肢を直接意識していた人々が生活していた地域に参入すると、様々な場所の地面に小さな杭が打ち込まれ、何らかの目印に相当するものが立てられ、壁にも、何か記号が付けられている、といった光景に遭遇する。 古代人の生活する領域、場所は目印だらけだった。なぜなら、当時はまだ、思考による記憶がなかったからである。その場所に建てられた目印を手懸りに、出来事を再体験した。古代人は、頭において地球と合体していた。 (古代人は、地球と自分の頭を同一視し、自分の頭に出来事を残すために、土地に目印を建てた。その行為が名残となり、現在でも、記念碑等の由来となる。) 今日、現代人は、頭のなかに記憶をするだけである。しかし、現代人は、頭のなかに記憶するだけでは済まずに、メモ帳等にも、メモをとり、記憶を残すことを始めたが、このような行為も、上記に述べたように、魂の怠惰からくる。 (魂が堕落するにつれ、何かに頼るように、抽象的で、間接的になっていくといえる。) 現代人は、次第に益々、メモ帳を必要とするようになるだろう。しかし、かつては、思考、理念が、存在しなかったため、現代人のように、頭のなかに記憶する、ということがなかった。そのため、あらゆる場所が目印だらけだったわけである。そして、当時の人間の、自然に即した資質から、記念碑の建造という行為が生まれた。 人類の進化史に登場する全ては、人間内部の性質から条件付けられる。記念碑を建造する行為の真の深い理由について、現代人は無知なことを認めるべきだろう。現代人は慣習として記念碑を建てる。 しかし、記念碑は、古代の目印の名残で、当時の人間は、今日のような記憶を持たず、体験した場所に目印を建て、そして再度、訪れる度に、頭のなかで、地球と結びついた体験を甦らせる、という方法に頼っていた。自分が頭で体験した出来事を、地球に委ねるのが、古代の原理だった。 太古、東洋では、現在の記憶に相当するものが、本質的に、地上に記憶の目印を建てる行為と結びついていた。太古の時代では、場所化された(ある場所に結びつけられ、局所化された)記憶(想起)を認める必要がある。 太古、記憶は、人間の内部ではなく、外にあり、様々な場所に記念碑や石碑があった。古代人は、地面に、記憶の目印を建てた。この行為から、場所化された記憶、局所化された記憶(想起)が生まれた。 人間の内部にある記憶ではなく、地上の外界との関係のなかで繰り広げられ、形づくられる、かつての目印をつける行為は、今日でもなお、人間の霊(精神)的な進化のためには、本質的に非常に良いことである。例えば、以下のように、頭のなかで憶えるのではなく、様々な場所に目印をしておくのは良いことである。 「私は、ある出来事に関して、その目印に従い、内なる魂的な感受性を発達させよう。」 また例えば、部屋の一隅に聖母像を掛け、自身の魂を、この聖母像に向けるなかに体験できるものを体験したいと願う等である。 (墓参りや位牌に供養するのは、魂の感受性を高めるには良い行為といえる。亡き人を供養することで、その人との体験を思い出し、魂の感受性を発達させるわけである。欧米の習慣にも、記念日等を写真で飾り、その体験を思い出すことがよく行われている。) 西ヨーロッパから、少しばかり東の方向に行くだけでも、居間等で遭遇する聖母像といったような調度品に対する繊細な関係に遭遇する。ロシアだけでなく、東欧の中部でも、様々な場所で聖母像に遭遇する。 基本的に、このような目印全ては、場所化された記憶の時代の名残である。当時、記憶は外界の特定の場所に固着していた。
2010年11月15日
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今日、現代人は、例えば、歩くとき、「歩きたい」と述べる。現代人は、「歩きたい」という意志が四肢のなかに伝わることを知っている。古代の東洋人は、本質的に異なった体験をしていた。 今日、現代人が「意志」と呼ぶものを、古代の東洋人は知らなかった。「思考」、「感情」、「意志」と現代人が呼んでいるものが、古代の東洋の民族にもあったと思うのは、偏見にすぎない。古代人は、断じて、そのようなものを知らなかった。 古代人がもっていたのは、頭での地球の体験や、胸での、地球から太陽に向かう周囲としての体験、ないしは、心臓の太陽の体験だった。太陽は心臓の体験に相当する。更に古代人には、四肢へと伸び、広がっていくという体験、両脚と両足、両腕と両手の動きのなかに、自身の人間性を感じた。 古代人は、上記の運動のなかに生きた。四肢へと伸びてゆく伸長のなかに内在して、地球の周囲の複製(模像)だけを見ていたのではなく、そこに人間と、天体との関係の複製を、直接感じ取っていた(前回の図参照)。 頭のなかに地球の複製を見る。頭から、心臓を目指して胸へと下方に開き広がるなかに、地球の周囲の複製を見る。両手両腕、両足両脚の力と感じるなかに、彼方の宇宙空間に生きる星々と地球との関係の複製がある。 従って、古代の人間が、今日、現代人が当たり前に用いる「意志」から得た体験を言い表すなら、例えば、「私は歩く」とは言わなかった。 そのような言葉では言い表せなかった。「私は座る」とも言わなかった。もし、古代の言葉の精神的な内容を充分に吟味するなら、現代人が「私は歩く」と表現する事実に対して、「火星が私に衝動を与える。もしくは、火星が私のなかで活動している。」という古代人の表現を、様々な処(古代の遺跡等)で見つけるだろう。 古代の言葉では、「前進する」ということは、両脚のなかに火星衝動を感じることに相当する。「何かを掴む」という手の動作に伴う感情は、「金星が私のなかで作用する」と表現された。 「命じること」、乱暴な人間が他の人を蹴飛ばすことであれ、何かを命じることは全て、「水星が人間のなかで作用する」と表現された。「座る」ことは人間のなかの木星の活動だった。そして、休息、怠惰によらず、「横になること」は、土星の衝動に身を任せる、と表現された。 このように古代人は、四肢のなかに外へと遠く遥かに広がる宇宙を感じていた。地球から宇宙の彼方へと歩みを進めると、地球から周囲の星(天体)の領域へと到達する、ということを感じた。 頭から下へ降るとき、自身の本質のなかで、地球から星(天体)の領域に向かうのと同じことを行なうように感じた。古代人は、頭においては地球のなかにいて、胸郭と心臓では、地球の周囲と太陽に、四肢では外の天体、宇宙にいるものと感じたのである。 哀れにも、現代人は、抽象的な思考を体験する、というべきだが、ある観点から眺めれば、古代人の体験が可能である。 では、現代人の抽象的思考が、どれほど現実を反映しているといえるだろうか? 現代人は抽象的思考を大層誇りにしているが、究めて知性的な抽象的思考に没頭するあまり、頭自身を忘れている。人間の頭は、知性的な抽象的思考よりも遥かに内容に富んでいる。 脳のなかの微々たる情報伝達ですら(解剖学も生理学も脳の情報伝達の驚くべき秘密について、多くを語っていない)、天才的な抽象的思考よりも、素晴らしく圧倒的な知的存在なのである。 かつて、地球上には、現代の見るも無残な思考だけではなく、自身の頭全体を意識していた時代があり、当時を霊視するなら、古代人が、頭の、四丘体や視床を感じ、それらを地球の特定の山脈の物質的構造に当てはめ、模写しながら、感じていた時代があった。 四丘体 http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%9B%9B%E4%B8%98%E4%BD%93/ 中脳 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%84%B3 視床 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%96%E5%BA%8A 当時の人間は、何らかの抽象的な学説から、心臓を太陽に関係づけたのではなく、以下のように感じていた。 「自分(人間)のなかの、頭と、胸と、心臓の関係のように、地球は太陽と関係する。」 当時は、人間が、生活全体を通して、万有の宇宙、いわゆる宇宙(コスモス)と合体していた時代だった。しかも、この合体は人間の生活全体のなかに現われていた。とはいえ、現代人は、頭の代わりに、貧相な思考を据えることで、思考的な記憶を得る状態へと移った。
2010年11月12日
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霊的な洞察力(霊視)で充分に過去へと遡ると、古代人等は、理念、概念、表象(イメージ)を、頭のなかに全くもたず、つまり頭を使って、抽象的な内容を体験することがなく、現代人には、グロテスクに思われるが、頭全体で体験する人間だった。 古代人は、現代人のような様々な感覚に見られる抽象性に関わることはなかった。現代人のように頭のなかで理念を体験する、というようなことはなく、古代人は、頭自身で体験していた。そして、現代人が、ある体験に伴う記憶像を持つ際、この記憶像と、外界で遭遇した体験との間に、ある関係を成立させるのと同じように、古代人は、自らの頭の体験を、地球に結びつけていた。 例えば、古代人は以下のように述べるだろう。 「宇宙(世界)には地球がある。宇宙に、自分(人間)がいて、自分(人間)には頭がある。この両肩の上に担っている頭は、地球に関する宇宙の記憶である。 地球は以前からあったが、頭は後からできた! しかし、自分(人間)が頭を持つことが記憶なのだ! 地球に関する宇宙の記憶だ! 地球は常に存在する。人間の頭の構造、つまり頭という形態は、地球と関係している。」 上記のように、古代の東洋人は、自身の頭のなかに、地球という存在を感じていた。古代の東洋人は次のように述べるだろう 「神々は、自然を伴う地球、数々の山河を伴う地球を、普遍の宇宙から創り出し、生み出した。自分(人間)は、両肩の上に頭を担っている。この頭は、地球の忠実な複製(模像)である。頭の内部に血液が流れるのは、地表の川の流れやその潮流の忠実な複製である。 地上に、出現する山脈は、頭の中の脳の形のなかに繰り返される。自分(人間)は両肩の上に、地球という惑星の複製を担っている。」 現代人が記憶像を体験に関係づけるのと同様に、古代の東洋人は、自らの頭を地球に関係づけた。このように、人間の内観(精神)も、現代とはかなり異なっていた。 第2に、古代の東洋人が地球の環境を知覚し、観照として捉えるとき、この環境、つまり地球の周囲にある大気は、太陽や太陽熱、もしくは太陽光に浸透された存在として出現し、そして、ある意味、地球の大気のなかに太陽がまるで生きているかのように感じた。 地球は、地球から、送り出す作用を大気に委(ゆだ)ね、自らを、太陽の作用に明かすことで、宇宙に(情報)開示する。古代では、人間誰もが、地球上の自分が今生きている地域を、特に重要視し、本質と感じていた。 しかも、古代の東洋人は、下は大地、上は太陽へと向かう周囲(大気圏)までの、自分を取り巻く、地球のある一部を、自分の一部と感じていた。その他の大地、例えば、左右前後というのは、普遍的な状態で更に曖昧だった(下図の左側参照)。 つまり、例えば、インドの地に住む古代インド人が、インドの地を、特に重要視したとき、それ以外の東、南、西の方向にある他の地は消滅した。他の土地では、地球(地)が、宇宙空間と、どのように接しているか、ということは、差し当たり関心事ではなかった。 他の土地とは対照的に、自分が立っている土地が特に重要だった(上図の左のrot(赤)の部分参照)。自分が立つ地域での、地球(地)から宇宙にまでのびる生活が、特に重要だった。この特別な地で自分はどのように呼吸すればよいのか、が、古代人にとって特に重要な体験だった。 今日、現代人は、特定の土地で、どのように呼吸するか、と問うことはほとんどない。勿論、人間の都合いかんによらず、人間は、様々な呼吸条件の影響下にあるが、意識的に呼吸することはない。古代の東洋人は、本質的に、どのように呼吸すればよいか、という方法に、深い体験をもち、その関連から、地球が宇宙空間へと、どのように接しているか、という意識ももっていた。 古代人は、地球全体を、自分の頭の中に生きる生命として感じていた。しかし、この頭は、固い骨(頭蓋骨)の壁により、上、両側面、前後に向かって閉じている。しかし、下方は、胸郭に向かって、出口といえる開口部がある(上図右側参照)。 古代人たちにとって、頭が、上方や周辺とは異なって、下方の胸郭に向かって、相対的に自由に開いているのを感じることは、特に重要だった。古代人は、頭の内部構造を、地球の構造の複製と感じた。地球を自分の頭と関係づけるとき、周囲、つまり地球の上方を、自分のなかでは、下方に向かうものと関係づけた。 下方に向かって開き、心臓に向かうことを、地上の周囲に連なることとし、いわばイメージとして、宇宙に向かう、地球の開口部として感じた。そして、古代人が以下のように述べるとき、それは強烈な体験を意味した。 「頭のなかに地球を感じる。この頭は小さな地球だ! けれども、この地球は、心臓を担う胸郭の中へと開いている。そして、頭と胸郭、心臓との間で起こる作用(影響)は、自分(人間)の生活が、宇宙へと、すなわち太陽へと向かう周囲に担われていく作用(影響)の複製である。」 更に、古代人が、以下のように述べるとき、それは基本的に重要な体験だった。 「頭のなかに、地球が生きている。もし、自分(人間)が下降すれば、地球は太陽に向かう、心臓は太陽の複製だ!」 (まとめると、古代人は、自分を、宇宙の歴史を記録した宇宙の複製だと感じ、頭を地球、心臓を太陽、咽頭や喉頭を、地球から太陽までの空間と感じ、人間が及ぼす宇宙への行為が、自分に複製されて還ってくると感じていた。 つまり、古代人は、人類が、宇宙にすることが、自分のなかへと還ってくると考えていたといえる。だから、良い影響を与えれば、自分のなかに良い影響が還ってくるし、悪い影響を与えれば、自分のなかに悪い影響が転写されると考えていた。) 古代人の上記の基本的体験から、古代の感情に相当するものが生まれた。現代人は、抽象的な感情をもつが、心臓からくる直接的な感情を知らない。現代人は、解剖学、生理学からくる、心臓に関する知識を信じている。 しかし、上記のような外(物質)的概念から得られた知識は、例えば、紙製の心臓の模型の知識とほとんど変わらない。現代人の世界に対する感情体験を、かつての人間である古代人は持っていなかった。 その代わり、心臓からくる体験をもっていた。現代人が、感情を、いま生活している世界に関係づけるように、例えば、ある人を好み、ある人に反感をもつ、また、ある花を好み、ある花を嫌う等の嗜好を、感じるように、とはいっても、実体のある宇宙から、虚のような抽象へと分離された抽象的世界に関係づけるのと同じように、古代の東洋人は、心臓を、太陽や、太陽に類する地球から太陽に向かう周囲に関係づけた。
2010年11月11日
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前回ので、人智学的な正しい秘儀参入法の講義は終わったが、簡単に要諦をいうと、俗に「病は気から」というように、病気は、人間の精神に起因し、精神のバランスが重要で、その精神のバランスを知るには、正しい秘儀参入法、つまり精神世界を知る必要があるということになる。 正しい秘儀参入法とは、物質的な実験によらない、自身の覚醒意識の探求法である。哲学的にいうなら、結局、「汝自身を汝自身により知れ!」ということになる。 つまり、病気というのは、汝自身に起因し、汝自身の振る舞いにあるので、汝自身を意識的に知る良い機会である、という意味に還元できる。 だから、常に、自身の行いが周囲にどのような影響を与えるのかを、意識的に考察しなければいけないことになる。 バックミンスター・フラーは、自分を、実験道具として、モルモットBと呼び、自分を自分で実験し、その体験を記録した。フラーの試みは、物質的だが、精神的にこれを行うことで、自らの精神を進化させることができる。 そのような行為を述べているのが、グルジェフであろう。 従って、続けて、シュタイナーの講義から、人間の精神が、いかに進化してきたか、を知るために、人類の精神の歴史的進化の講義を現代的に要約していきたい。第1講 今回の連続講義で、地上の人類の進化に関する展望を示したい。現代人を益々親密に、意識強化に通じていけるような展望である。全ての文明にとって重大極まりない出来事が準備されているともいえる現代にあって、深く考える人間なら、本質的に次のような問いを投げかけるだろう 「長い進化から、どのように生じて、人間の魂(精神)が現在のような形、つまり現在のような状態になったのか?」という問いである。 というのも、現在存在するものは、過去から、実際、どのように生じてきたか、を理解することで理解できるからである。 さて、とはいっても、現代では、人類の進化については、偏見に支配されている。まず、次のように考えられている。 「歴史上、全時代を通じて、人間の霊‐魂(精神)的生活に関しては、本質的に今と同じようなものであった。また、狭義の科学との関連から、古(いにしえ)の時代、人間は幼稚で、空想的な存在を信じていた、そして、最近になってようやく人間は科学的な意味で賢くなった。」 狭義の科学を度外視すれば、今日の人間がもつ魂の状態を、古代ギリシア人も古代東洋人も、おしなべて既にもち、多少、細部において、魂的生活の変遷が考えられるにしても、全体としては、全ての史実を通じて、本質的に今日と同様だったと、現代人は考えている。 つまり、先史の時代まで、歴史的な生活を遡ると、当時の人間は、正しいことを何も知らなかった、と言われる。更に時代を遡ると、当時の人間は、まだ動物のような姿(サル)だった、と言う。 つまり歴史を遡っていくと、魂の生活(精神)は、ほとんど変わらないものとされ、その考えに次いで、ぼやけた霧のような微少な存在(微生物)の時代、そして、動物のような不完全な人間の時代、更に、いくらかマトモな猿(類人猿)のような存在、という風に進化を示してきた、と考えるわけである。 今日(1923年)、通常、上記のように描写される。しかし、この描像は、極端な偏見に基づいている。 というのも、古代人と現代人との間に精神的な違いがない、というような想定をすることで、現代から、比較的古くない時代、例えば、11、10、9世紀の人間と、現代との間に対する大きな差異、或いは、今日の人間と、ゴルゴタの秘蹟が生じた同時代の人々や、当時の古代ギリシア人との間に対して、魂の状態(精神)にどれほど大きな違いがあるか、を認識する努力を怠っているからである。 さらに、古代ギリシア文明を一種の植民地(コロニー)、後の植民地としていた古代東洋の世界へと遡ると、現代人の魂の状態(精神)とは全く異なる魂の状態(精神)のなかに参入する。 (シュタイナーは、古代ギリシアは、古代エジプトの植民地だと指摘している。ただし、植民地といっても、現代の意味での植民地とは異なる。現代は、物質主義的植民地であり、当時は精神主義的植民地である。 つまり、現代の意味での植民地は、物質的搾取から貿易で富を築くが、古代での植民地は、精神的な宗教等の布教から、文化を築くことを意味するのだろう。現代でいえば、観光産業に近い。 だから、古代では、宗教的闘争になり、現代での闘争は、表向き、宗教が関係するが、本当は、物質資源の獲得にある。宗教を否定する共産主義が出てきたのは、物質資源獲得が目的であることを物語っている。) これから、凡そ1万年、ないし1万5千年ほど前に、東洋に生きていた人間が、古代ギリシア人とも、また例えば、現代人とも全く異なった状態(精神)であったことを、実例を挙げて示す。 現代人の魂(精神)の眼前に、現代人自身の魂の生活(精神)をイメージしてみる。現代人の魂から何かを取り出すと、何かを体験する。 現代人は、自身の様々な感覚、あるいは人格を通じて、体験に関与するが、この体験から、現代人は、理念や、概念、更にイメージを形成する。 このイメージを、思考として保持し、しばらくしてから、イメージは、記憶(想起)として、思考から意識的な魂の生活(精神)のなかに、再度浮かび上がる。今日では、例えば、10年前の知覚体験に遡る記憶体験をもつ人もいるだろう。 さて、ここで、その過去の知覚体験が、実際、何に基づくかを、正確に捉えてみる。 例えば、10年前に何かを体験する。例えば、10年前に、ある人たちのパーティーに出かけ、参加者1人1人の顔等のイメージを得るとする。参加者が自分に話しかけたことや、一緒にしたこと等を体験する。 その体験全ては、今日、像として、自分の前に現われてくる。それは、10年前の出来事に関する、自身の内的な魂の像である。そして、科学的想起だけでなく、今日では非常に弱々しい体験だが、確かに存在する普遍的な感情に従って、体験を再起させる記憶イメージは、人間の頭部のなかに存在している。 頭には、体験の記憶が現存する。 さて、ここで人類の進化を大きく跳躍しながら遡ってみる、そして古代の東洋の住人たち、今日の歴史で描かれる中国人、インド人、その他は本質的には、その後裔だが、このような人々を眺めてみる。つまり、実際に何千年も遡るわけである。 古代人に目を向けてみると、その生活から、当時の人間は、外(物質)的生活のなかで経験し、行なったことに関する記憶は、頭のなかにある、とは言わなかった。 古代人は、現代人のような内(精神)的体験をもたず、古代人にとっては、内(精神)的体験は存在しなかった。古代人は、現代人のように頭のなかに思考も理念も持っていなかった。 今日、現代人は様々な理念、概念、イメージをもっている。歴史上、いつの時代にも、常に、(精神的には)現代人のようであった、と思うのは現代人の皮相さである。実際は、大きな差異があった。
2010年11月10日
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前回、ワーグナーがパルジファルのなかで試みたこと、つまり、キリスト衝動を音楽的に、つまり、ハーモニーの中に、キリストの内的な精神を浸透させることで表現できることを述べた。 もし、人智学により、音楽に霊感を吹き込むなら、キリスト衝動を表現する方法(道)を発見するだろう。というのも、交響曲的なハーモニーの中で、宇宙や地上において、キリスト衝動が覚醒する様子を、純粋な芸術としての音楽において、預言的に明らかにするからである。 そのためには、人間のなかの隠された感情の深みへと参入し、内(精神)的に、音楽的経験を豊かにすることで、長三和音に関する経験を深める必要がある。 もし、人間の内(精神)的存在を完全に包含した音として、長三度を経験し、完全五度が長三度を「包み込む」性質をもつのを感じることで、完全五度の構成の中へと、自らが成長して行くことを感じるなら、人間と宇宙との境界に、音楽的に到達することになる。 長三和音 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E4%B8%89%E5%92%8C%E9%9F%B3 長三和音は、人間の領域の中へと、宇宙(天球)が鳴り響くのと同時に、憧れに燃え上がる人間が宇宙(天球)への参入を希求することを表現する。そして、長三和音の長三度と完全五度の間で演じられる秘儀の中で、宇宙(天球)へと到達する人間の内(精神)的存在を、音楽的に経験できる。 もし、長三和音に、第七音の不協和音を加えるなら、人間が様々な精神世界に向けて旅をするとき、大宇宙の中で経験する感覚を表現することになるが、第七音の不協和音を解放し、宇宙的な生命を響かせることに成功するなら、つまり、もし、第七音の不協和音が自然消滅するにまかせ、その死滅を通して、ある種の音楽的な確かさの獲得に成功するなら、音楽的センスをもつ耳にとっては、消滅するハーモニーの中に、何か音楽の天空(天球)に似た存在の中へと最終的に調和させられることになる。 属七の和音 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%9E%E4%B8%83%E3%81%AE%E5%92%8C%E9%9F%B3 http://www.denen.org/wasei/c003.xhtml 従って、もし、既に「長調」によって「短調」を微かに示唆した後、第七音の不協和音が消滅しつつある緊張の中で、第七音の不協和音の、メロディ全体への自発的消滅による再創造の中で、消滅しつつある第七音の不協和音が、全体の調和(ハーモニー)へと近づき、「短調」の雰囲気の中で、五度への移行法を発見し、不協和音の消滅地点から五度へと、短三度を混合させることで、(和音を構成すれば)人間の受肉に関する、更に言えば、キリストの受肉に関する音楽的経験を呼び覚ますことになる。 (音楽理論に無知なので、ここらへんはあまり意味がわかっていません。あしからず。) 第八音(度)の音階により構成されるような宇宙的な感情では、第七音は、見かけ上の不協和音にすぎなく、「天空(天球)」を形成するための楔となる第七音に向けて、人間は、手探りで旅立つが、もし、第七音を、感情で把握した後、上述のように、ハーモニーへの進行の跡を辿ると同時に、短三和音の胎児的な形態の中に、受肉を音楽的に表現でき、このメロディのなかで、長三和音への人間の歩みの跡を辿れば、この音楽的な構成の中から、純粋な音楽として、キリストへの「ハレルヤ」が鳴り響くようになる。 短三和音 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%AD%E4%B8%89%E5%92%8C%E9%9F%B3 ハレルヤ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%A4 人間(音楽家)は、ハーモニーの構成の中で、(キリストのような)超感覚的存在に関する直接的認識を、魔法のように出現させ、その存在を、音楽的にメロディとして表現できる。 キリスト衝動は、音楽の中に発見できる。そして、ベートーベンの交響曲のなかに見られるような不協和音に近い音の、全体構成への解消は、音楽における、宇宙による支配への回帰のための救出として表現できる。 ブルックナーは、伝統的な枠組みという狭い範囲だが、上記の音楽的救出を試みた。しかし、死後、発表された交響曲は、彼がこの音楽的救出の限界から逃れられなかったことを示している。 その偉大さを賞賛する一方で、真の音楽的要素にアプローチすることへの躊躇、そして、この講義で述べた形でのキリスト衝動の出現、つまり、純粋な音楽の領域へと歩みを進め、そこで、ハーモニーを通じて、1つの精神世界を魔法のように出現させるような本質、すなわち、根源的な精神を発見するときに初めて経験できる、音楽的要素の実現に失敗しているのを見つけることができる。 もし、人類が退廃へと沈み込んでいかなければ、上述した音楽的進歩がいつの日か達成されることに疑いはない。そして、最終的には(それは完全に人類にかかっているが)キリスト衝動の真の本性が外的に明らかにされることになる。 キリスト衝動の音楽的実証に注意を促したのは、人智学が、人生のあらゆる側面に浸透することを希求していることに気づいて欲しいからである。 もし、人間が、人智学的経験と探求による、精神世界への探求方法を見つけるなら、達成できるだろう。いつの日か、人智学の教えの中に、音楽が鳴り響き、キリストの謎が音楽を通して解決される、ということさえ起こるだろう。 以上述べたことから、以前から思い描いていた目的を示すと同時に、今回の連続講義で、単に暗示できたにすぎないものを、結論に導けた。 しかし、それに付け加え、人智学的真実に関する、何らかの認識が、魂の中に呼び起こされると同時に、これらの真実が成長し、増大し、益々広く、人間生活全般を、豊かなものにするなら幸いである。 人智学が達成しようとしている遥かな目的にとって、この連続講義がささやかな貢献となることを願う。
2010年11月09日
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精神(霊)的な探求から発見された事実を、意識的に感じるとき、すなわち、器官に関する知識を通じて、宇宙人間が還ってくる事実や、秘教的探求や霊的洞察力で明かされる全てを、秘儀参入の意識をもって受容し、意識的生活の中枢部になるなら、この宇宙人間の帰還を、キリストの理解へとある程度導くことが可能である、ということが意識され、感情を通して、神的存在が地上の中に現れる。そして、そこに芸術の本分がある。 芸術は、上述したような方法(道)に沿って、精神世界から受容される存在を、感情を通して、半ば意識的に体現したものである。従って、いつの時代も、精神(霊)的な存在に、物質的形態を纏わせてきたのは、カルマにより運命づけられた人々だった。 自然主義的芸術は、上述の精神(霊)的アプローチを捨て去った。芸術史における最盛期では、精神が感覚的な形態の中に示されるか、もしくは、むしろ物質が、精神(霊)の領域に引き上げられた。ラファエロが高く評価されるのは、他の画家たちよりも遥かに高度に、精神(霊)的存在に感覚的なイメージという衣服を着せることができたからである。 ラファエロ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3 さて、芸術史の中には、造形的、写実的な芸術への傾向を有する一般的な運動が存在していた。今日(1924年)、人智学徒は、再度、芸術に新しい生命を吹き込む必要がある。それは、何年も昔に、当初の直接的な、精神(霊)的衝動が失われてしまった、という理由による。 何世紀にもわたって「音楽」への衝動が増大し、広がってきている。従って、造形芸術は多少とも、音楽的な性格を持つようになっている。言語の芸術性における音楽的要素を含めて、音楽は未来の芸術であることを運命づけられている。 ドルナッハの第1ゲーテアヌムを音楽的に構想した為、その建築、彫刻、及び絵画はほとんど理解されなかった。同じ理由で、第2ゲーテアヌムも、ほとんど理解されないだろう。というのも、絵画、彫刻、そして建築には、人間の未来の進化と調和して、音楽要素を導入する必要があるからである。 シュタイナーのゲーテアヌム http://www.t3.rim.or.jp/~u-minami/class/sinbiosis/ecorojiron/shutiner/anumu/anumu.html 人間進化における最高点として、言及したキリストという存在の到来、精神(霊)的に生きていた存在の到来は、ルネッサンス、或いはルネッサンスに先立つ時代の絵画の中に素晴らしい描写を見つけるが、未来では、音楽を通して表現されなければならない。 キリスト衝動に音楽的表現を与えようとする試みは既に存在している。それはリヒャルト・ワーグナーの中に予見され、最終的に「パルジファル」が創造される要因となった。 「パルジファル」では、キリスト衝動の現象世界への導入、そして、そこでは、最も純粋なキリスト精神の表現が追求されたが、キリスト衝動の導入においては、鳩等(他に聖槍、聖杯)の登場に見られるように、象徴的な示唆が与えられているに過ぎない。 また聖餐式も象徴的に示され、「パルジファル」のなかの音楽では、宇宙や地上でのキリスト衝動の真の意義が表現できていない。 リヒャルト・ワーグナー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC パルジファル http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB
2010年11月09日
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もう少し話を進めて、現代科学の原則に堅固に基づきながら、人智学的な思考にも注意を払い、受容的だが、人間全体を考慮に入れることは学ばず、第10講で述べた形で、個々の(霊的な)器官だけを考慮する人間の場合を取り上げる。 秘儀参入の過程の中で獲得された(霊的)器官に関する知識を通して、誕生と死だけでなく、全く異質な存在をも意識するようになる。この(霊的)器官に関する認識の下では、誕生と死は、通常の重要性を失う。というのも、死ぬのは人間という身体全体であり、個々の器官組織ではないからである。 例えば、肺は死なない。今日(1924年)の科学がぼんやりと気づいている事実は、人間という全体が死んでも、個々の器官組織はある程度賦活できる、ということである。埋葬、火葬に限らず、個々の器官組織が死ぬことはない。 各々の器官は関係づけられている宇宙領域へと向かう道(経路)を辿る。地下に埋められても、各器官は、各場合に応じて、水、空気、熱を通って、宇宙へと向かう道を見つける。実際には、各器官組織は解体されるが、消滅するのではない。消滅するのは全体の1つの人間だけである。 従って、死が意味を持つのは全体としての人間に関してだけである。動物では器官も死ぬが、人間では、宇宙へと解体される。人間の各器官は急速に解体される。埋葬はゆっくりとしたプロセスで、火葬は、それよりもはやいプロセスで、解体へと向かう。 秘儀参入者は、個々の器官が無限へと向かう道、すなわち各々が器官自身の領域へと向かう道を辿るのを追求できる。各器官は無限の中に失われるのではなく、第10講で述べたような力強い宇宙的な存在形態に還っていく。 このように、秘儀参入の意識で、各器官を観察するとき、死に際し、各器官に起こる出来事を、つまり、各器官が、各自属する宇宙領域へと流出していく様を見る。心臓は肺とは異なる道に、肝臓は肺や心臓とは異なる道を辿る。 各器官は宇宙全体にばら撒かれる。そして、宇宙人間が現れる。つまり、宇宙人間を宇宙に組み込まれた真の姿で見ることになる。そして、この宇宙人間を通して、参入者は、例えば、次の転生へと継続していく受肉の源泉について意識するようになる。 前世の地上生が、現在の人生へとカルマ的に巡ってくることを、再度明確に意識できるようになるために上記の秘儀参入者のような霊視が必要とされるが、霊視は起源を、人間全体の中ではなく、幾つかの器官の(霊的な)知覚の中にもっている。 月の道を通じて精神世界にアプローチした人たち、いわゆる神秘家や神智学者たちは極めて不思議な現象(かつて地上に生きていた人間の魂や、神と呼ばれた存在や、神的精神)を知覚したが、その存在が何者であるか、わからず、判断できず、その存在がアラヌス・アブ・インスリスなのか、ダンテなのか、あるいはブルネット・ラティーニなのか、はっきりさせることもできなかった。 そのような存在の実体は、ときには、最もグロテスクな名で呼ばれた。つまり、月の道を通じて精神世界にアプローチする偽の方法では、そのとき接触している受肉した存在が、霊媒自身なのか、それとも別の存在なのか、あるいは、何者なのか、判断できなかった。 従って、精神世界は昼の中に招き入れられた月意識の領域と関連しているが、金星衝動の流入によって、この月の視界が失われ、秘儀参入者は、精神世界をその全体性において眺めることになる。 しかし、精神世界は、本来、物質世界のように明確に規定された境界をもつ世界ではない。金星領域において、全体人間の世界的な状況、宇宙的存在としての人間の立場に、はじめて気づくようになる。 けれども、上記との関連から、人智学徒は、悲劇的な現実に気づく。というのも、もし、人間が、この地上で、(宇宙人間同様に)完璧な物質的存在でさえあったなら、究めて有徳であると同時に素直で、そして高貴な存在であったはずだからである! 通常の意識では、死について、ほとんど探求ができない(死については常に、以前指摘したような意味で理解できるが)のと同じように、通常の意識という手段では、悪人の正直そうな顔から(偽善者顔をする)、悪事を見抜くことはほとんど不可能である。 悪人になることができるのは全体人間(宇宙人間)ではない。現在のような外皮、つまり人間の皮膚は高貴で善良だが、個々の器官を通じて悪人になる。つまり、悪の可能性は人間の器官に存在している。 上述した事実から、人間の器官とそれに対応する宇宙領域との関係、或いは悪への強迫観念の起源が、どの領域にあるかを理解できるようになる。つまり、基本的に、ほんの僅かでも、悪が現れる処には必ず強迫観念が根底にある。 全体人間(宇宙人間)に関する知識から、第1に、誕生と死が明らかとなり、第2に、人間という生命体に関する知識から、宇宙に対する関係や、健康や病気、すなわち悪が明らかになる。 そして、人間器官学を通して、宇宙人間を眺めることができるとき、ゴルゴダの秘儀を成就させた存在を、初めて経験として、精神(霊)的に知覚できるようになる。というのも、キリストは、宇宙人間として、太陽からやってきたからである。 キリストは、ゴルゴダの秘儀成就の瞬間まで、地上の人間ではなく、宇宙的な姿(形態)をとって、地球に接近した。もし、当初、真の姿で、宇宙人間を理解する準備ができていなかったら、キリストを認識できなかっただろう! キリスト教が発展できるには、この宇宙人間に関する理解が必須である。 (シュタイナーは、イエスとキリストは別の存在と述べている。イエスは、キリストに肉体を提供した存在で、だから聖杯と呼ばれ、キリストは、聖杯に受け取られた聖火、すなわち鳩等の鳥で象徴される。 イエスは、ノア-ゾロアスター-モーセ-ヘルメスと受け継がれてきた叡智を宿して、聖杯となったという。その経緯が秘儀として、聖杯伝説となり、叡智を受け継いで秘儀参入学を実践しているのが聖堂騎士団である。イエスが、聖杯となり、キリストを受肉したのは、ヨルダン川でのヨハネの洗礼によるという。 つまり、イエス=キリストになったのは、憑依で、日本人なら、「ウルトラマン」をイメージすればよくわかる。イエスが、常に、父と呼んだのは、キリストのことで、太陽神である。 十字架刑に架かり、イエスが最後、「父よ、なぜお見捨てになるのですか」と述べたのは、キリストがイエスと分離したということを表している。肉体を捨てたという意味である。 だから、キリストの復活も、肉体上ではなく、シュタイナー曰く、エーテル体上でのことである。霊魂は死なないので、復活というより、イエスの地上での経験を、キリストという存在に刻印したと言ったほうがわかりやすいだろう。 コンピュータでいえば、ゴルゴダの秘儀とは、地球の情報を、太陽系の中心である太陽情報網にインプットしたというべきだろう。 つまり、人類進化計画が、地球のウイルス感染で危うくなったので、太陽の中枢のキリスト自らが使者として、地球上で、いまだ感染していないイエスにアクセスして、ウイルス対策ソフトをつくり、それを伝播し、人類進化計画を調整したという感じだろう。 コンピュータでいえば、宇宙人間というのは、宇宙全体の情報からなる存在といえ、つまり万能サーバーで、地上の人間は、端末やパソコンのことになる。) このように、上述の真の方法(道)が、精神世界に向けて、つまり、誕生と死、人間生命体の宇宙に対する関係、悪の認識やキリスト、すなわち宇宙人間に関する知識へと導くことがわかる。全てを理解できるようになるには、それらが様々な側面で、互いに支え合っている事実を示すような形で提示できるときである。 精神世界への参入法(道)を見つける為の最良の方法とは、上述の理解と、そして、理解した事実を瞑想することである。瞑想自体を目的とする他の原則は、付随的な役割を果たす。現代人にとっては、これまで述べてきた意識的な方法が精神世界への正しい参入法(道)である。 他方、意識において、正常なプロセスを維持し、その利用に失敗する他のあらゆる方法、例えば、霊媒術、夢遊病、催眠術等々のトランス状態を用いるような全ての試み、意識では理解できない世界事象について、現代の自然科学を戯画化した方法での探求等は全て偽の方法(道)である。何故なら、偽の方法は真の精神世界に導かないからである。 (偽の方法は、悪の精霊、悪霊の世界に入ってしまう。つまり、人間が進化する道、宇宙計画から逸れてしまう。逸れてしまうと、いまの悪霊のように、次の人類に寄生して存在するしかない。主体性を失う。悪の世界は、全体の宇宙進化計画から自ら外れた連中であるという。)
2010年11月08日
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物質平面上での人間の存在は、別の世界(精神世界)での存在と結びついている。この事実は、公正な観点に対しては、次のような事実、つまり、人間の経験を、その経験全体という光の中で眺める際、人生における最も決定的問題との関係で、物質と精神が密接に関連しているにも関わらず、ある意味、互いに無関係のように見えるために、通常の日常意識では理解できない事実により説明できる。 (物質平面は、数学的に3次元空間だが、物質平面外の4次元軸を考えれば、密接な関係をみつけることができる。時間がその端的な例である。 物質世界では現在しか存在しないが、過去や未来を時間と結び付けて考察することができる。例えば、将来、プロ野球選手になるためには、小さいときに何をすべきかを、過去のプロ野球選手の経験から考え、現在に当てはめ、練習をするとか、である。 人生を全体として捉え、自らの意志で選択していくことで、過去と未来とを現在において結ぶことができる。) ここでは簡単な説明しかできないが、最初に、人間の物質世界への参入と退出、つまり、誕生と死について述べる。 地上における人生の中で最も重大な出来事である誕生と死は通常の意識にとっては別々の現象のように見える。誕生に先立つ全て、つまり、人間の受肉に関係する全てを、地上における人生の始まりに関係づけ、死を、その終わりに関係づける。 生と死は無関係に引き離されているようにも見える。しかし、精神(霊)的探求を行えば、生と死が益々接近するのが分かる。 というのも、もし、月の秘儀へと導く方法(道)を辿り、第10講で述べた形で夜を昼の中に召還するなら、肉体とエーテル体が、誕生の過程の中で益々成長し、繁栄するようになり、つまり肉体とエーテル体が、出芽の状態から段々と人間の形を取るようになり、そして、地上に生きる間、肉体とエーテル体の活力が、35歳になるまで、次第に増加するとともに、その後は段々と減少し、衰退が始まる事実を知覚するからである。 勿論、この過程を外(物質)的には観察できないが、第10講で述べた月の方法(道)を辿る秘儀参入者には、肉体とエーテル体が、細胞状態から成長し、発達するとともに胎児の形態を取る一方で、(人智学でいう)アストラル体と自我と呼ばれる別の生命形態が衰退と死の力に曝される、という事実を知覚できる。 生命の奥深くに隠された場所を暴くとき(第10講で、既に具体的な記述を行った)、肉体とエーテル体の誕生、そして、アストラル体と自我の死を意識するようになる。死が生に織りなされ、人生の冬が春と提携する事実を知覚できる。 そして、秘儀参入の意識で人間を観察するとき、人間の身体が衰退する一方で、35歳を境に、自我とアストラル体が芽吹き始める、という事実を意識できるようになる。 この芽吹く生命は肉体とエーテル体の中に存在する死の力により遅延させられるにも関わらず、明白な再生が本当に生じる。そして、そのようなことから、精神(霊)的な探求という手段により、生命の中には死が存在し、死の中には生命が存在している、という真実に気づきはじめる。 このように、人間は、誕生の時点で、死んでいくアストラル体と自我が、その十全たる意義と偉大さにおいて、かつて現れた地上以前の生活にまで辿っていく為の準備を行う。 (誕生の時点で、エーテル体と肉体は誕生するが、逆にアストラル体と自我は死を迎えている。35歳を境に、エーテル体と肉体は下降線に転換し、衰え、逆にアストラル体と自我が誕生する。) また、衰退していく肉体とエーテル体の中に、アストラル体と自我が徐々に芽生えてくる(というのも、それらが肉体とエーテル体の中に捕らえられているからだが)のを知覚し、それらが、死の瞬間、肉体とエーテル体から精神世界へと解き放たれるのを追っていく準備を行う。 このように、誕生と死は互いに相関しているにも関わらず、通常の意識には別々の出来事のように見える、ということが分かる。 精神(霊)的探求により明らかにされる情報全ては、第11講の最初に示したように、通常の意識により把握できるが、同時に、通常の意識には実証的、或いは科学的証拠を要求するのを諦めさせる準備ができていないといけない。 かつて、次のように主張した男がいた。 「石が地面に落ちるように、椅子を持ち上げて離せば、地面に落ちる。何故なら、全ては重力に曝されているからだ。だから、もし、地球が何かに支えられていなかったなら、地球も必然的に落下するだろう。」 彼が気づいていない点は、物質が地面に落ちるのは地球の引力のせいで、地球自体は、互いに支え合い、引力を及ぼしている天体のように、自由に空間中を動いている、ということである。 現代の科学者のように証明が感覚(物質)的証拠により支持されることを要求する人は、地球が、もし、しっかりとピンで止められていなければ、落下すると信じる男に似ている。人智学からわかる真実は、互いを支え合う天体のようなものである。 包括的な全体図を知覚できる準備ができていなければならない。そして、もし、可能ならば、誕生と死の相互関係というような人智学的な思考を真に把握し始めるべきである。
2010年11月05日
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大陸(ヨーロッパ)の福音派教会の神学者たち(福音派や自然科学者の二元論を認めず、古い伝統を保持するローマカトリック教会の神学者ではない)の間に存在しているものは、知識には明確な境界線があり、信仰が問題になるのは、知識の向こう側である、ということを示すための無数の理論である。それ以外の可能性はない、と確信している。 イギリスでは、大陸ほど悪夢に悩まされることはなかった。しかし、それは理論化が一般的ではなかったからである。イギリスでは、科学が語るべきことには耳を傾け、信仰の中に(信心家ぶって、とまで言うつもりはないが)敬虔に生きることで、科学と信仰の2つの領域を厳密に切り離しておく、というのが伝統的な態度になっている。 過去のある時代では、俗人と学者がこの観点を採用していた。ニュートンは重力理論、つまり、重力の本性により、いかなる精神的な見方の可能性も排除する空間概念に関する理論の基礎を打ち立てた。 もし、世界がニュートンにより記述された通りのものなら、精神を欠くものであっただろう。しかし、それを認める勇気を持ち合わせている人は誰もいない。神的-精神(霊)的存在が、ニュートン的な世界の中で生き、活動し、その中に存在する、ということを想像することなど誰にもできない。 けれども、精神(霊)を排除する空間と時間の概念は、この考えを信奉する人たちにだけ最終的に受け入れられたのではなく、独自に研究活動に取り組む人たちによっても受け入れられることになった。 ニュートン自身が後者のよい例である。というのも、彼は精神(霊)的存在を排除する世界観の基礎を据えただけでなく、同時に、黙示録に関する自身の解説の中で、精神(霊)的存在を完全に受け入れているからである。 現象世界の知識と精神世界の知識との間の結びつきは断ち切られてしまった。今日(1924年)、理論家たちは、物質と精神の二元論の確実な証拠探しに乗り出している。そして、理論を信用しない人たちの思考と感情に、この考えを植え付けることで、最終的に、理論を信用しない人たちを条件づけるためのあらゆる努力がなされている。 他方、人間の知性や、理解し、考えるための力、すなわち思考能力は、今日(1924年)、もし、それらに対する意識的コントロールを保持すれば、秘儀参入学の教えを理論により探求できなくても、理論により把握できる地点までは達している。 本質的なのは、次のような観点を広く受け入れる、ということにある。 つまり、精神世界への探求は、前世の受肉からの力を、現在の地上生において呼び出すことができる人たちにより引き継がれなければならない。何故なら、精神(霊)的な探求を行うために必要な力は、そのような力から導かれるからである。 このような探求の結果は、益々多くの人々により受け入れられ、理解可能な思想の中に取り込まれることになるだろう。更に言うなら、精神(霊)的な探求の結果が、他の人々の健全な理解力により受け取られるとき、この理解力のお陰で、受け取る人々が、精神世界に関して、真の経験を獲得するための方法(道)を準備することになる、というような観点が必要だからである。 というのも、しばしば述べてきたように、精神世界に参入するための最も健全な方法(道)とは、まず、精神世界について書かれている本を読むか、もしくは、精神世界について語られることを自分のものにする、ということだからである。 もし、精神世界に対する考えを受け入れるなら、内(精神)的に活力をもち、理解だけでなく、カルマ的な進化に従って、超感覚(霊)的視覚(霊視)をも達成することになる。霊視との関連で、カルマの考え方を深刻に受けとめなければならない。 今日の人間はカルマに関心を持たないので、実験室で硫黄を分析するのと同じように、いわゆる超常現象と言われる起源を、実験室的な手法によって分析できると信じ、通常ではない認識形態を示す人を、硫黄等と同様に、実験室的な試験にかける必要があると信じている。 鉱物としての硫黄はカルマをもたないが、人体に関連した硫黄だけがカルマをもつ。何故なら、カルマに左右されるのは人間だけだからである。もし、探求に何らかの価値を与えたいなら、実験室において人間のカルマの一部を試験することが、その必要な前提条件となる、ということは仮定できない。 人間が、人智学を必要とするのは上記の理由による。他の人の援助により精神世界の知識の獲得を可能にするようなカルマ的な条件を探求することが第一に必要になるかもしれない。著書「神智学」の新版の最後に、上記のことを明確に説明している。 今日(1924年)の人類には、人智学の考えを受け入れる準備ができていないが、それは、今日の人々が無能なのではなく、保守的なせいである。しかしながら、カルマは遥かに重要な考えである。 直ちに精神世界の探求に取り組む必要はないが、他方で、もし、カルマ的な必然性がないところでカルマの実験を行い、無理解な技を使う霊媒たちを使って実験するというような望ましくない方法を採用せず、この世に適した意識状態である日常意識を頼りにするなら、秘儀参入学が伝える知見についての完全な理解に至る、ということに気づくことが本質である。 もし、とりあえず自身で精神世界を経験できないなら、精神世界を理解できない、と想像するなら、それはとんでもない間違いである。 「自分で経験できなければ、精神世界が何の役に立つのか?」と問うなら、その問いは、今日(1924年)頻繁に犯される別の間違いを助長することになる。それは最大の、最も危険で、明らかな間違いを犯すことになり、人智学協会のような運動に携わる人たちは、このような問いを明白に意識すべきである。
2010年11月04日
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第10講で触れたベーグマン医師との共著のなかの情報が益々公(おおやけ)のものとなり、秘儀参入の意識から、人間により遂行される意志からの行為を洞察するとき、その行為が、蝋燭の光、もしくは熱を与える光の点火を見ているようなイメージを与える、ということに、気づくようになる。 国際アントロポゾフィ(人智)医学ゼミナール http://homepage.mac.com/anthro_med/Menu1.html 外(物質)的な現象に関して明確なイメージをもつのと同様に、この内(精神)的な場合にも、意志の中に沈下した思考を実際に眺めることができる。その際、思考が感情を発達させ、感情から(人間の中では、下方に向かうが)、熱情へと炎が点火する、とでも呼べる現象が生じる。 そして、この炎が意志として、段階を追って順々に点火していく。このような3重の意識を以下のような図として示せる。 「内的」 「外的」 明晰な思考 昼の覚醒意識 感情生活 夢の睡眠意識 意志の意識 夢のない睡眠意識 さて、しかし、精神世界を探求するには、必然的に、意識的な理解が必要な世界に意識を向けなければならない。とはいえ、もし、人智学徒の探求の果実を正確に伝えるなら、口頭で伝えられる叡智は、現在使われる言語とは、また別の意識形態を持つ言語で表現しなければならない。 恐らく、上述した叡智は二重のプロセスをとることが分かるだろう。第一に、例えば、第10講で説明したような人間の器官内にある(精神)世界を探求するプロセス。第2に、人間が、人生を通して、精神世界に近づくとき、突然出現する力(霊能力)を利用して、問題の現象を探求するプロセスである。 その際、発見するのは、精神世界の理解の範囲内で現れる事実である。そして、世の中には、精神世界の事実に気づき、世界に伝える人たちがいるが、そのような人たちによって世界に伝達される事実は、もし、必要な客観性をもって、その事実を眺めるなら、通常の覚醒意識からも理解できる。 人間の進化プロセスにおいては、いつの時代にも、精神世界に関連した事実の探求に自らを捧げ、その探求の成果を他の人々に伝える少数の人たちがいた。 (精神世界を民衆に伝達してきたのは、恐らく、司祭や祭祀たちである。日本でいうなら天皇であり、朝廷といえるだろう。 オカルトの話だが、日本の天皇は、失われたイスラエル東方部族のカド族出身であるという噂がある。古代イスラエル人は、ヘブライ語のアラム語を話していたそうだが、皇室語に、それに似た言葉があるという。) さて、ある1つの慣習が、精神世界の事実に関する知識の受容に不利に働いている。それは、一般に、ある社会環境の中で、ただ物質的事実の世界の、つまり感覚の世界を基に、そして感覚の世界から導かれる論理的な情報だけを信じるようになるように、日常の習慣的な反応を条件づけるような教育体系下で人間が成長する、ということである。 この習慣はあまりにも強く、根深く、「大学には、教育に加えて現象世界の物質的側面に関する研究があり、もしくは、教育の分野で、他の研究者が発見したことを確かめるような教育学部の研究者さえいる」と人々の間で語られるほどの洗脳的傾向をもっている。 現代人の誰もが、大学の研究者の発見を受け入れ、自分でその事実を探求せずに、研究者の主張を信じている。この際限のない馬鹿正直さが、特に現代科学のために用意されている。霊的洞察力をもつ人からみれば、ほとんどの現代人に、問題が多いだけでなく、全くの嘘を信じている者もいる。 (俗に、B層といわれる。マスコミ情報に踊らされる人々がいる。) このような状況は、何世紀にもわたる教育の結果として現れてきた。このような教育の形態は、古代に生きた人間にとっては見知らぬものであった、という事実を指摘したい。 古代人はまだ、自らの意志と感情に適合していた精神世界に対する古い(霊的)洞察力をわずかに保持しており、精神世界にも参加していたため、精神的な事実を探求する人たちを信じる傾向の方が遥かに大きかった。 現代の人々は、精神的世界の知識とは無縁である。現代人は、大陸(ヨーロッパ)では、理論的な傾向のものとして、イギリスやアメリカでは、実践的傾向のものとして、今やしっかりと確立された(物質的)観点に慣れ親しんでいる。 大陸(ヨーロッパ)には、上記の事柄に関する詳細な理論が存在する一方、イギリスとアメリカには、そのような理論を克服するのが決して楽ではないような、本能的な感情が存在する。 何世紀も経過する間に、人類は現象世界に関連する科学的な観点に慣らされ、例えば、天文学、植物学、動物学、医学等を、有名校や学習施設で教育されるような形を受け入れるようになった。 例えば、化学者が実験室で何らかの研究に取りかかるとき、一般人は、そこでどのような技術が使われているのか、をほとんど理解しない。その仕事は拍手喝采をもって迎えられ、化学者は躊躇なく「ここには真実がある、信仰に訴えかける必要のない知識がある」と断言するが、実際、科学者が知識と称しているものは信仰なのである。 (科学もいわば自然法則教という宗教である。無神教である。) 現象世界を探求し、論理という道具によって現象世界の法則を確かめるために採用される方法の中には、精神世界に関するほんのわずかの情報さえも提供するものはない。しかし、精神世界なしで済ませることができる人も皆無である。 精神世界のことを知らずに、できるという人は自分に正直なのではなく、思いこんでいるだけである。人類は精神世界に関して、何かを知るという差し迫った必要性を感じている。 現在知られているような精神世界に関して、語る人たちをいまだに無視し続けているが、歴史的な伝統や聖書の教え、東洋の聖典に関する話を聞く準備はできている。これらの伝統的書物に興味を持つのは、それ以外に、精神世界との何らかの関係や接点をもつという必要性を満足できないからである。 (人はパンのみに生きるにあらず、というとこか。) そして、人々は、聖書や東洋の聖典が、個々の秘儀参入者だけに探求されてきたという事実にも関わらず、上記の聖典はまた別種の見方を反映しており、現象世界の知識や、科学的知識とは関係がなく、信仰に依存し、信仰に訴えかけるものである、と主張する。 このように科学と信仰の間には厳格な区分けの線が引かれ、現代の人々は科学を現象世界に、信仰を精神世界に関連づける。
2010年11月02日
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第11講 精神(霊)的探求とその理解との関係 これまでの講義の中で触れた事実よりも、更に多くの事実をつけ加えることも勿論可能だが、今回は、テーマ全体の総括から、結論を導くように努力する。 講義全体を通じて、人智学徒が採用したアプローチが投げかける重要な問題とは、人智学、もしくは人智学の類として提示されるような精神(霊)的探求に対する態度とはいかなるものか? ということである。 今日、別世界(高次元世界)に関する人智学的記述を感じ取り、完全に自分でその検証を可能にするような精神(霊)的訓練や実践に直ちに取り組むことができる人はほとんど皆無である。 では、人智学の教義を理解する、という点に関して、どのような立場があるか? この問題は、人智学を学ばなければならない、という衝動、もしくは、憧れさえ感じるような人々の心のすぐ近くに横たわるが、いつも間違った知識から眺められ、この連続講義の中で擁護してきたような正しい手続きを把握していない為に、誤解される可能性が高い問題となっている。 そのような人々は、次のように問うだろう。 「自分で、精神世界に参入できないなら、精神世界に関する記述は一体何の役に立つのか?」 そこで、第11講は、包括的解釈の中で、この問題に触れてみたい。 自分で精神世界を探求できない限り、人智学の教えや、その理解に対する正しい洞察力を獲得できない、と言うなら、それは間違いである。特に、現代では、本質的に、高次元世界に関する事実を実際に発見する、ということを、それらの事実を理解する、ということから区別できるはずである。 今日、人間は、実際には別世界に属し、人間の経験は別世界から導き出される、ということに注目するなら、上記の区別が、明らかになる。今日のように構成された人間にあっては、一連の知識と日常的意識は、毎日の経験を通過する中で獲得される。 日常的な覚醒意識は、人智学徒の探求の出発点だが、この覚醒意識は、人間が起きて生活をしている間の、ある限られた分野に関する、つまり、感覚からの知覚をもってアプローチでき、かつ人間の進化プロセスのなかで発達させてきた知性という手段により把握し、説明できるような世界の側面について、ある見通しを与えることができるだけである。 人間は、既に指摘したような漠然として明瞭でない形の理解力によって、夢の中、つまり現象(物質)世界の背後に隠された世界の中に参入する。そして夢を通過し、魂的な生活の中で、死と転生の間に通過する世界との接触を持つが、それは夢をみない睡眠状態のなかであり、そこでは、精神(魂)的な闇に取り囲まれ、通常は思い出すことができない(睡眠)生活を送っている。 人間は3つの意識状態(覚醒、夢を見る睡眠、夢を見ない深い睡眠)を知っている。しかし、この3重の意識によりアプローチできる世界の中だけで生きるのではない。 というのも、人間は、様々な王国に、多くの邸宅を持つ存在だからである。人間の肉体は、エーテル体が住む世界とは異なる世界に住み、エーテル体はまたアストラル体とは異なる世界に、そして、その両方が自我とは異なる世界に住んでいる。 (人間は4つの王国に住んでいる。肉体-三次元、エーテル体-四次元、アストラル体-五次元、自我-六次元というわけである。更に、人間が進化すると、霊我-七次元、生命霊-八次元、霊人間-九次元の王国に住むことになる、といわれている。) この3重の意識、すなわち、明瞭な覚醒意識、夢の意識、睡眠意識(無意識と呼びたいだろうが、減退した覚醒意識としてしか記述できない)は、今日見られるような自我に属している。そして、この自我は人間内部を見るときにも3つの意識状態をもっている。 3重の意識が外を見るときには、覚醒(昼の)意識、夢の意識、睡眠意識となるが、内を見るときには、第1に、明白で知的な意識がある。第2に、感覚意識、すなわち感覚生活があるが、これは通常、想像されているよりも遥かに不透明で夢のようである。そして、最後に第3として、漠然とした黄昏のような意志の意識があり、これは深い睡眠状態に似ている。 通常の覚醒意識により、睡眠の起源を説明できない以上、上記の意志の起源を説明できない。人間が意志の行為を遂行するときには、明確で明瞭な思考が伴っている。更に、この思考には不確かな感情が被せられている。 感情に浸透された思考は四肢へと下降して行くが、その過程を通常の覚醒意識では経験できない。第10講、第9講で述べた種類の探求に対して、意志が提示するイメージとは次のようなものである。 「頭の中で思考が何かを意志し、その何かが感情を通して身体全体に移されることで、身体全体で意志を表明する間、微妙で繊細かつ親密な燃焼過程に近い何かが(連動して)生じる、というようなイメージである。」 (爆弾の発火現象と似ている) 人間は、秘儀に参入する意識を発達させるとき、熱の影響に曝される意志の生活を経験できるようになるが、それは通常の覚醒意識には隠れたままにとどまる。上記のイメージは、意識下に横たわるものが秘儀参入の意識レベルにまでいかに上昇させられるか、を示す1つの例である。
2010年11月01日
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