全37件 (37件中 1-37件目)
1
衆院選で躍進した国民民主の公約、「年収の壁」を103万から178万へという看板政策をめぐって、早くもおかしな論調があるので、指摘しておきたい。おそらく、財務省から資料を得た政府試算を垂れ流しただけの記事だ。それによると、「年収の壁」を178万に引き上げると、年7.6兆円の税収減があり、その減収分をどうするかという議論が必要だというもの。しかし、法人税の伸び、先の消費税率を上げたことでの税収増を、給与所得者に還元するという政策は、一種の所得再分配であり、政策としてまっとうなものだ。さらに、マクロ経済スライドという訳の分からない制度で実質所得が減り続けている年金生活者にとっても、基礎控除が上がれば、税金が下がるのだから、有り難い話である。そんなことは、ちょっと考えればすぐ分かるのだが、おそらく政府は財源がないという理由で上げ幅を小さくする形で、国民民主と折り合いをつけようとするだろう。さらに、記事では、高額所得者ほど恩恵が大きい言う。(年収2300万ー38万減税、500万ー13万、210万ー9万)。だが、日本の所得税率は累進課税であり、所得の多い人は、そもそも多額納税者である。今、払っている所得税、住民税の何パーセント税が下がるのか、という「率」で見れば、明らかに低所得者の方が大きくなるはずだ。記事の一文を引用しておく。「納税者の手取りが増える恩恵の一方、公平感や税収減を補う財源などを巡り議論を呼びそうだ」2300万と210万の年収では、そもそも10倍以上年収が違うが、払う税金は30倍以上違う。少ししか払っていない税金が9万下がるのは、本当に助かるし、そもそも高い税金を払っている人が38万減税になったところで、あ、ポケットマネーが少し増えるねという程度にしか思わないだろう。そもそも、210万の年収では10万をちょっと越える程度の税金しか払っていない。それが9万円下がるのだから、文句はないと思う。いや、38万も下がる金持ちもいるんだよ、と言われても、そもそも自分はそんなに払っていないのだ。だから、記事の言う「不公平感」というのは、そもそも年収が違うことへの不公平感である。しかし、能力や運・不運によって年収や資産の差があるのは、資本主義経済下で暮らしているのだから、当たり前のことなのだ。これまで何度も指摘しているように、そういう社会・経済的弱者のルサンチマンを煽るような記事の書き方、率を書かず、額だけ書いて、いかにも金持ちであればあるほど得をしているかのような錯覚に誘導する書き方は、どうかと思うのだ。
2024.10.31
土曜日に出かけて、日曜日が本番。どこで弾くか、ホテルと航空券を押さえた段階では分からないので、一応最終日で弾くこともあるかと思い、3泊にした。月曜日に帰ってくることは可能なのだが、ホテルはともかく、航空券は取り直すとえらく高くなってしまう。二人分だからバカにならない。北海道予選の前に、全国大会の日程だけは分かっていたから、安いホテルと航空券を確保できた。二人とも無事に予選は通過でき、去年に続き二度目の全国。まあ、夫婦共通の老後の趣味である。共通の趣味は、ピアノだけ。後は、負けても困らない程度の資金でやっている投資くらいだ。こちらの方も、今のところ利益が出ていて、この前利確したばかり。昨日は3回、合計すると1時間ちょっとくらい練習した。1日、2時間、3時間というのは自分にはムリだ。ちょっと問題なのは演奏時間で、最長5分間。ストップウォッチで計ると、大体4分57秒前後で演奏できるのだが、それにしてもぎりぎりである。ちょっとテンポアップできる部分をアップしてそれくらい。予選は多分5分を越えていたのだが、わりとそこはルーズだった。まあ、楽しみでやっていることで、弓なら3分6射で、射ち残しが出てしまい、「あ~あ」と嘆くのと同じくらいに思っている。とはいえ、2回目ではせめて金賞、できれば、部門最優秀がほしいので、せっせと練習している。今日は、午後から授業2時間+講習。午前は妻がかかりつけ医に行くからその送迎もある。ドジャーズのワールドシリーズ制覇がかかった試合もある。弓だって、せめて18本は射ちたい。1階の掃除も。しかし、1時間はピアノに向かいたい。というわけで、朝4時に起き、生徒の文章を直し、ウィンナーソーセージエッグ、ポテト、レタス、トマトの簡単朝食。これから、WBSを見ながら、ドル円の動きをチェックしつつ、掃除。何だかとても忙しい。
2024.10.30
昨日は、午前でオシマイ。空き時間が1時間あったので、そこで来週火曜日の自習課題などを作った。授業交換という手もあるのだが、面倒だし、そもそも授業がガラガラの専任が多いのだから、おまえら自習監督くらいやってよね、という気分だ。3年生担当クラスの生徒は、ほとんど全員自分のところに、小論文や志望理由書を持ってくる。雑な添削しかしないが、何がダメなのかはいつもはっきり指摘し、書き直しができるところまで、教える。書き直してきて、「ああ、これでいいね」と言うと、嬉しそうな顔をして、その翌日また別の小論文を持ってくる。こんな具合だから、毎朝4,5本の生徒の書いたものを読む。今朝も4時から5本。しかし、これは本来、非常勤の職務ではない。面倒な小論文ならともかく、志望理由書くらい担任が見ろ、と言いたくもなるのだが、生徒にすれば、言葉の揚げ足取りのような指導しかしない教師より、どこがダメなのかをはっきり言ってくれて、どう書けばいいかを教えてくれて、書き直せば上手く書ける、そういう教師の方が信頼できる、ということになるのだろう。まあ、仕方ないな、とは思う。生徒にすれば、大袈裟に言えば、人生がかかっているのだから。そんなわけで、「授業数もオレより少なくて、ろくに生徒の指導もしないんだったら、せめて自習監督くらい文句言わずやってよね」と思うのだ。
2024.10.30
健康麻雀に行った。いつもとは違う駅前の会場だった。すでに、この前打ったIさんなどが待っていた。先生もいなくて、代金を払おうとしたら、車に財布を忘れたのに気づいた。「あ、私とってきましょうか。下の店に用事あるんで」と女性の係員(そんなものは実際の健康麻雀にはいない)が言う。「悪いね。何買うの?」「あ、お茶です」「買っていいよ、オレのお金で」。という話だったが、さすがにそれも何だなと思い「やっぱりオレも行くから。お茶は奢ってあげるよ」と。それで階段を降りていったのだが、この階段が妙だ。狭くて、80cmくらい段差がある。それを自分はひょいひょいと降りていった。表に出たのだが、肝心の車がない。駐車場は限られているのだが、そのどこにもないのだ。奥の、まさかそこには駐めないよな、と思える駐車場にも行ったが、当然ない。いつのまにか、同行の女性はいなくなっていて、一人だった。右側の舗装もしていなくて、水たまりだらけの駐車場からなにやらロシア正教っぽい司祭が降りてきて、おつきの信者たちと教会に向かうところだ。「教会に向かう祈り」(そんなものがあるかどうかは分からない)を歌うように唱え始めた。自分はしょうがないから、麻雀店に戻ろうとするが、階段のところで子どもが遊んでいて、今度はその様子を見ている。というところで、夢の中でそろそろ起きるかと思い、起きた。起きたときに、何だかすごく安心した。【夢分析】最近は9~10時の間に入眠。その後4,5時間で目が覚めるのだが、それからまた浅い眠りを眠る。夢をよく見るのは、その浅い眠りの時だ。途中で、これは夢だぞと気づく。内容は、現実でもよくある話で、ショッピングセンターなどの広い駐車場で、車を探すことはよくあるのだが、見つからないということはない。また、車に財布を忘れることは絶対にない。財布を入れてある小さな肩掛けのバッグを忘れることはあるが、その時は、車のキーもないので、ボタンを押してもキーロックできないから、すぐ気づく。ロシア正教っぽい司祭に至っては、まったく訳が分からない。司祭服の赤は鮮やかだった。ただ、初めての場所や建物だったので、不安ではあったのだろう。司祭の姿を見ても、決して救われたなどとは感じず、むしろ不安が大きくなったような気がする。だから、起きたときの安心が大きかった。
2024.10.29
毎日1回か2回。1回で18射、というのが3階での近射。インドア的が、横に2枚貼っていて、下→上の順、真ん中→左→右の順で6本ずつ射つ。30本でも、15分くらい。今の弓は、カムのストッパーを紛失してしまい、そのうち買おうと思っているのだが、それが原因で、「バレー」と呼ばれる、昔のCPには普通にあったドローイングの最後のプロセスが生まれた。今のCPは、ガチッと止まり、そこから先は1mmも引けない。昔はバレーと呼ばれる数mmの引けるプロセスを経て、止まるという構造だった。トリガーレスリリーサーもなかった時の話で、「バレーで落とす」というのがシューティング理論だった。今、バレーに来た段階でエイミングし、その時点で親指とトリガーを接触させ、残りのバレー部分を引き、そこで「落ちる」ように射っている。利点は、落とす苦労が不要で、引けば大体すぐ落ちるという点。エイミングからリリースが早いので、それほどズレない。左右より上下の差が出やすいが、それはバレーの前半部分でリリースしてしまい、矢が上に行くケースだ。なかなか落ちなくて、下に、というのが今までだったので、その真逆である。あえて、それでいいと思って、むしろ最初のエイミング精度をできる限りあげるようにしている。今までのように、エイミングしてからさらに引き、エイミングが下にズレていくのではなく、エイミングして引くとすぐ落ちるから、ズレる暇がない。さて、これで上手くいくかどうか。また、インドア射場で試したくなったが、それは来月エリーゼの後の話だ。
2024.10.29
予想通り、自公で過半数を割ったが、非公認の当選者や与党系無所属を入れても、なお足りないというのは、予想を超えた惨敗だった。自分が、過半数割れを確信したのは、例の非公認候補のいる地方組織に2000万円という政策活動費を支払ったという報道が出たときである。国民の多くは、少し前の「老後2000万円」問題を忘れていない。大半の国民にとっては、老後年金を貰い始めるときに、2000万円という資産が持てるかどうか、不安になったはずだ。高齢者世帯の30%くらいは、そのくらいの資産はあるだろうが、残りの70%は、自分の老後はお先真っ暗だ、という強い絶望感を感じたはずである。「政治とカネ」が主な争点だったこの選挙の投票日2日前に、その2000万円をこともなげに、支部にばらまき、それが報道されたことに、首相が「強い憤り」を表明する。ここで、庶民のルサンチマンが沸点に達したのは当然である。国民こそ「強い憤り」を感じ、それを投票行動で表明したのだ。あ、これはひょっとすると自民200割れ、公明と合わせても233の過半数は割るな、とは思ったが、合計しても214まで落ち込むとは、さすがに思わなかった。この後は、保守系野党と連携、妥協しながら、政権を運営していくほかないが、そのやり方に総裁選で敗れた自民党内のタカ派が文句を言い、さらに首相は身動きがとれない状況に陥るだろう。補正予算も、本予算も簡単には通らなくなる。日本が全体として国力を失い続けてきた「失われた30年」よりもさらに過酷な30年の始まりになるのかもしれない。
2024.10.28
普段、週1のペースで行く、健康麻雀。ここは月1くらいで、「麻雀大会」が開催される。今まで、3回出て4位、2位、1位ときて、今回は連覇がかかる。今回は4卓すべてが埋まるフルサイズ。ルールは、最初の2半荘はアトランダム。4卓あるので、1回目と2回目は同じ人と打たない。制限時間は、半荘60分。55分を過ぎた時点で新たな局には入れない。3半荘目は、いわば決勝戦で、1~4位、5~8位と卓を囲む。メンバーは、まだ初心者レベルの人もいるし、いろいろだ。1回戦は土曜日に打った若者と、久々に見るご高齢のIさん。病後で歩くのも辛そうだ。後は初めて見る雀婆。ほぼ初心者、ただ、聴牌だけを考えるレベル。ラス親。途中で切られてしまうので、ラス親は不利だ。滅多にオーラスまでいかない。それでも、チャンス手が来るまでは、降りるという判断で臨む。最初雀婆からのリーチを2600でかわす。その後若者が親で、少し上がってトップ目に。が、Iさんが満貫を自摸り、親との差が2800になった。東ラスの親番が来る。「この局で最後です」というアナウンス。自分は親だから二役、2900ならだれから上がっても100点差で逆転だ。白が2枚、ドラが1枚順子で入っている。両方とも鳴けた。待ちは69筒。すぐにIさんから6筒が出て、逆転。3万を割る本当に小さなトップだった。2回戦は、これも3万と少しのトップ。これで最強卓には2位で入った。1位は、1回戦で役満を上がったDさん。それでも40未満の差で、ウマと合わせれば、トップをとればほぼ逆転可能。が、3回連続のラス親。他に有段者。最強卓の常連Iさん。雀力という点では役満のDさんが一番低い。自分の手に拘りすぎて、相手の手をあまり考えない。そのDさんの親番、東2局で、リーチ一発自摸タンヤオドラ4という倍満を上がったので、圧倒的に優位になり、東3局の有段者の親でも満貫。自分の親が来た時は、4万5千以上の持ち点、残り15分程度。もう前半に安全牌を貯めて、振らないようにすればいいだけだ。最後の局まで守り切って、3連続1位。連覇達成である。「絶対、連覇は阻止する!」と意気込んでいた冷えピタは、今回一度も同卓とならなかったが、最下位近くに沈んでいた。いつもとは違い、相手の捨て牌が手の中からか、自摸切りかなど、細心の注意を向けていたのだ、ほぼすべて聴牌の気配は分かった。放銃は全部で2回だけ。自分としては、最高に上手く打てた。まあ、弓もそうだったが、勝負事は、勝てば楽しい。次はエリーゼだ!
2024.10.28
今日は、衆院選。まあ、投票には行くのだが、自分にとってはさほどの重大事ではない。選挙権を得て50年だが、学生のころは、自分はノンポリを自称していたし、ほとんど選挙に行った記憶がない。ただ、自分の政治的志向をあえていえば、「ノンセクト・ラディカル」だったと思う。大学構内は、中核と革マルが内部抗争に明け暮れていて、すでに70年安保の全共闘の熱気はなかった。当時の学生運動は、どこかしら体育会系サークルに似ていて、命令ー服従関係の中に身を置き、自ら主体的に考え、判断、行動するということをしない。そういうのは、自分の性に合わないのは、それから50年を経た今も同じである。だから、自分にとっての今日のメイン行事は、山本先発のワールドシリーズであり、午後からの麻雀大会。こちらは前回優勝したので、連覇がかかっている。選挙は、7時から投票できるそうだから、7時半くらいに行ってこようかと考えている。時の政権与党に投票したことは一度もない。
2024.10.27
今週から来週にかけてのあれこれ。この中で、最も興味がないのはNLB。そもそもペナントレースもクライマックスも1試合も見ていない。日本のスポーツで一番見るの大相撲だ。巨人も日ハムも、知らない選手ばかりだ、と思ったらソフトバンクとDENAの対決。ますます、誰も知らない。それに対してMLBは、この1年ドジャーズの試合を録画してでも見ていたのだから、ワールドシリーズはできれば見たい。今日と明日は見られるが、二日とも麻雀の予定もある。今日は我が家で活け花教室なので、午後は身の置き所がない。できれば、11時前に着いて最強卓でやりたいので、前半戦までかな。ピアノ。エリーゼが近い。本番の日に1時間レッスン室を押さえた。上野。ホテルの最寄り駅は神田なので、移動含めて2時間でOKだろう。これから爪を切る。ちょっと鍵に引っかかるようになった。深爪しないように細心の注意で。今日はMLBが8時半からBSで。試合開始は9時だが、最初から見たいので、ピアノはちょっとフライングしてまず7時45分くらいから。麻雀。天鳳で大分、勝負勘を取り戻しつつある。このところほとんど1位か2位が続く。ここは降りる局面ということを配牌時で大体決める。自分は東場は、親場以外は無理をしない配牌であまり見込みがなさそうなら、混一かなにか、できればラッキーという手を作り、手元に安全牌を多くしておく。そうすると、終盤で放銃はなくなる。不思議なもので、聴牌料を払う前に、誰かが誰かに振ることが多い。勝負は南場。もちろんチャンス手なら、東場でも行くが、南場の親は、ちょっと危なくても頑張る。今日は、MLBの経過次第で、何時に出るかを決める。弓は、これから3階にそっと上がって、サイトレンズの交換を。後は、より狭い範囲をちゃんと狙えるようにするのが、今週の課題だ。授業は、生徒に出した課題を書かないといけない。公民探究の方は、儒家が終わったので、法家、道家、墨家の思想。漢文読解と合わせてやるから、結構時間もかかる。この辺は予習不要。選挙は、新しい「2000万円問題」が、発覚し、自民が地滑り的敗北を喫する可能性が出てきた。単なる勘だが、185議席。公明と合わせてもせいぜい215、これに追加公認、日本保守党を合わせてもまだ過半数233には遠い。首班指名で、日本保守党が高市を押す動きが出て、自民の一部にもそれに乗る動きも出るだろう。そうすると石破は3位に沈み、決選投票は野田対高市などということになれば、最高に面白いのだが、まあ、そうはならないだろう。
2024.10.26
昨日は、今季初めて、インドア射場に行ってみた。我が家から車で5分、アウトドア射場も15分。しかも両方とも通勤の途中。それに、3階の近射場があるのだから、弓に関してはこれ以上恵まれた環境はないと思っている。が、家を建てたのが先なので、これは偶然。3階近射場にしても、二世帯住宅で自分の部屋がなかったので、無理に増築したのだった。最初から射場として使っていたわけではない。さて、インドア射場では、やはり8点も出てしまい、しかし、それと同数以上の10点も出る。エイミングは18m先だとやはり厳しい。ビタッと真ん中につくとはいかない。まあ、それに近いところでエイミングして、後はリリース。と思うのだが、そのリリースも近射場ほど簡単ではない。まず、リリースについては、ドローイング時からトリガーの下にある親指を上に置く、という動作から、そのまま下から上げて、トリガーの下につける、という動作にに変更した。こうすると、親指の第一関節を大きく回す動作が減る。その分、上体が動かず、真ん中付近で引き続けられる。トリガー下につけても、リリースはそう変わらずにできる。問題はエイミングだ。径の大きなレンズがある。真ん中は8倍、周囲は2倍。これに換えたら、どうかなと思っている。まず、今日試してみたい。
2024.10.26

昨日、胡蝶蘭が届いた。といっても、我が家に特別の吉事があったわけではない。今月12日に開院した、娘のところからのお裾分け。もう2週間経過しているが、立派な物だ。胡蝶蘭5台、ほか15ほどの花台が届いたとか。娘は北大に行って以来、ずっとその周辺に暮らしているが、今回も「北大前ハルニレ矯正歯科」という名で、少し上の仲の良い先輩と共同で開業した。北12条。二人とも、北大、北大大学院卒で歯学博士。大学病院勤務後、市内のあちこちの歯科で勤務。娘の場合は、時給でも歩合でもすごくよかったので、「オマエ、ずっとなんちゃって矯正医でいいんじゃないの?」と言っていたのだが、やはり開業はずっと考えていたらしい。共同でやる先輩も娘も、子育て中、二人とも旦那は固い研究職。親の援助はまったくなし。うまくいけばいいな、と思っている。こちらです。どうぞご贔屓に→https://harunire-ortho.com/
2024.10.25
トリガーレスから、特殊なトリガーのカスケード。今季アウトドアでは、大体そういうふうにリリーサーを換えたが、まったくダメだった。もう50mで300点は出ない感じ。インドアシーズンは専ら3階で近射と決めていた。たまたまSPOTHOGGが棚に転がっていて、試しに使ってみたら、これがフェザータッチに設定されている。ドローしない状態だと、ちょっと触れたらすぐカチッと落ちる。大丈夫かな、と思って恐る恐る引くと、ちゃんと引ける。丸いボタンは外してあり、それを取り付ける棒状のものがトリガーになっている。そのくらいピーキー(敏感)な設定。しかし、ドローの状態では、触っただけで落ちるわけではない。ここが大事なところだと思う。トリガーだけで言うと、触ってから少し圧を加えること、ドローイングの意識で言えば、触ってからもう一度引くこと。それでトリガーが落ち、リリースできる。最初は、そのたびに「おー!」という感じだった。サプライズショット。だが、もう400射くらいは通算で射っているが、そのうちに「トリガーが落ちる」のではなく「トリガーを落とす」ようになってくる。さっき書き間違えたが、置くのは親指。それをどの位置に置くかまで、決まってくる。次にエイミング。理想は真ん中についている時に、トリガーに触り落とせばいいのだが、なかなか上手くいかない。その辺は、次回に。
2024.10.24
今月から、月・金の7限に「公民探究」という授業を担当することになり、月~金まで時間はともかく仕事日となり、これじゃ普通のサラリーマンと同じじゃないか、などとぼやいているのだが、火曜日は1・3・4限、水曜は5・6限+講習という時間で、火曜午後から水曜午前までは、考えてみると24時間自由時間。もちろん、食事、睡眠など毎日一定の時間を費やすこともあるのだが、自己裁量の時間は多い。まあ、時間の可処分所得みたいなものだ。今週は、こんな過ごし方。22日(火)13時半ころ、スーパーに寄って買い物。家に帰り、トーストと残り物で昼食。ピアノ練習、妻と二人麻雀で完敗(一度も上がれず)、弓30射。弓は、調子がいい。SPOTHOGGのフェザータッチで、18mでも9点は外さない感じの安定した射ができるようになった。やはり、とことん意識して、リリースタイミングを操る射が、自分には合っている。それから天鳳。1位、1位。しっかり守って、勝負の局で出る。自分のスタイルができるようになった。23日(水)朝に、1階の掃除。週1回は、きちんとした掃除(隅々まで掃除機をかけ、床拭きまでしっかりやる)と決めているが、水曜午前が一番都合がいい。ピアノ。もう、エリーゼが近いので、『人生のメリーゴーランド』だけを弾いている。ミスの確率は段々低くなっている。曲想もほぼ固まってきている。天鳳は水曜から4回連続で1位。妻が美容院なのでその送迎。弓。フェザータッチでどのタイミングで人差し指をトリガーに乗せるか、まあ、詳しくは次の記事で。午後1時に家を出て、出勤。5時半帰宅。夕食は鰻丼だった。
2024.10.24
総選挙が近い。どうせ読まなければならないから、論理国語では『「である」ことと「する」こと』という丸山真男の、今や「古典」ともいえる政治論を読んでいる。3年生だからクラスの6割方が18歳成人になっている。ちょっと聞いてみたら、大半が選挙に行くという。若い世代の投票率の低さが話題になっているが、自分の周囲ではそんなようでもない。あるいは、今回の選挙が特別なのか。自分も国政選挙には大体、行っているし、選挙報道を見るのは好きだ。やはり、自民、公明、維新の退潮は避けられないようだ。与党過半数割れという事態になりそうである。そうなっても、維新を取り込む形で政権は維持するだろうが、負け組3党の弱体政権は、そう長くはもたないだろう。政策は進まず、経済は停滞することになる。IMFは24年度の日本の経済成長率を0.1%下げて、0.3%とした。OECDではマイナス成長も予測されていて、日本経済が世界の中で占める位置は低下し続けるだろう。今後は、相変わらず相対的に高い年金を手にしている団塊世代を中心に消費人口そのものが減っていくのだから、内需は確実に減る。そうなると、日本は外需頼みが続き、円安は輸出企業にも、あるいは虎の子の預貯金を新型NISA のオルカンなどの投資でドルを買っている比較的余裕のある人びとにも、歓迎される。こういう状況では、日銀は思い切った利上げをすることもできず、結局、実質賃金は低迷するか、ズルズルと下がり続け、イオンのような一部大手スーパーに見られるように、値下げも復活し、インフレでもデフレでもない状況がしばらく続くだろう。などということとは関係がないのだが、この週末の自分の最大の楽しみは、ドジャーズVSヤンキーズという超人気球団のワールドシリーズである。まず、ロスでの第一戦土曜日は午前中は在宅だから見られる。日曜日も同様。一日おいて、ニューヨーク。火曜日は午前授業だから無理。水曜日はOK、木曜はダメ。また一日おいてロスに戻る金曜はOKだが、エリーゼに出発する。最終戦までもつれると(どうもそうなりそうな気がするのだが)、日曜日はホテルで少し見てから会場に、ということになりそうだ。政治や経済などの「上部構造」の出来事と、自分の身辺の事柄は、確かに次元が違うことなのだが、その二つは共時的な「世界の現在」であり、例えば、「この先、総選挙や大統領選挙で日米ともに政治経済が不安定化し、いったんは円高方向に向かう可能性もあるから、その時に米国株や、新型NISAの復活をしようかな」などと考えてもいる。
2024.10.23
エリーゼまであと2週間となり、毎日2~3回弾いている。まだ、全和音を押さえきれなかったり、他の鍵を押さえてしまって音が濁ったり、ペダルのタイミングを間違えたりと、数えればきりがないくらいミスが出るのだが、ステージで通しきることは問題はない。どれだけ精度を上げるかが問題。来週、日曜は麻雀大会。このところ不調で、そのわけを考えてみたが、やはり降りるところでしっかり降りきれていない。それができないと、勝負所も逃すことになる。それに気づいてから、天鳳も3連勝。上向いてきている。少し仕事が増え、窮屈になったが、今週はピアノと麻雀の腕を磨く一週間だ。
2024.10.22

薪割りの後、一端自宅に帰って、東京からの知人とランチ。海辺の洋食屋。母が好きでよく子どもたちを連れてきてくれていた。もう、こことも30年来のつき合いである。それから、ちょっと中に入ったところにあるTea Roomでゆっくり話をした。校長時代、授業評価でお世話になった人で、今は私立女子中高の顧問のような仕事をしている。コンサルタントで作った人脈で役職定年を機に転職。この店は、一見普通の洋風の民家だが、広くて、洋室が2つ、和室が1つ。いいソファや家具が置いてあり、落ち着ける。久しぶりに、東京の私立の現状やもろもろの話ができ、楽しかった。ただの非常勤講師でしかない自分に、声をかけてくれたのは、10年前、いろいろと話したのが、印象的だったかららしい。その時、「もう、学校は教えるのに加えて、居心地のいい『場』を提供するという役割を果たさないと・・・」というようなことを言ったのだが、彼がやっているのはまさにそういうことだという。まあ、自分は「職業的余生」の身。いまさら、何かをしようとは思わないが、こういう話をできる人は少ない。会ってよかった。
2024.10.21

インドア射場は、自宅から10分の個人宅の農業用倉庫。写真の赤い建物。冬は薪ストーブ。その薪を、1年分作るのが「薪割り」。協会の大切な年中行事だ。昨日は、昼の約束があり、11時までの参加だった。今年は多分インドア射場にも行かないので、協会の行事もこれで最後の参加になるだろう。
2024.10.21

妻が、南瓜好きなので、毎回、遠征などの時には、道の駅に寄って、栗南瓜を買ってくる。今回は大きめのを2個買った。そのうち半分を使って、昨日はパンプキンスープとサラダ、生鮭を焼いてほぐしたのと、いくらを載せて、本格的「はらこ飯」。今朝は、サラダが残っていたので、それにサニーレタスとミニトマト。パンはやめておいた。今日は、これからインドア射場の薪割り。10時半まで手伝って、校長時代に知り合った教育産業の方がこちらに来ているという連絡を受けて、まあ、久しぶりにランチでもしながら、という話になった。昔からよく行っていた、海辺の洋食屋さんとこの前見つけたカフェの予約をしておいた。11時半にホテルに迎えに行くことになっている。ピアノの練習をちょっとしてから出かける。
2024.10.20
昨日は、弓友から毎年いただく里芋を使ったけんちん汁、キャベツと鶏肉炒め、芋がらや油揚などの炒め上げ、ほうれん草のおひたし。これもいただいた柚子を搾って、珍しく酎ハイから始めた。7時のニュースの次に『北海道道』というローカル番組があり、GLAYの二人がゲスト。函館でのライブなども振り返っていたが、そのライブに妻と行ったのを思いだした。もちろん、地元のバンドでもあるし、最初からいい曲作るな、と思っていた。確か、中学生だった息子と真駒内のアリーナにも行った。ゆずも同じくらいの時期に売れ始め、これは確か、家族で利府のライブに行った記憶がある。子どもたちは中高生で、架空の親戚の法事か結婚式ということで、休ませた。まあ、懐かしい思い出だ。そういえば、函館のライブも妻と息子が行ったのだが、そのころはまだダフ屋が出ていて、数千円のチケットを10倍くらいで売って、壁聴きで帰ってきたこともあった。GLAYで最初に聴いていいな、と思ったのは『BE LOVED』で、確か初めてのヒット、チャート4位までいった曲だ。やがて来る それぞれの交差点を迷いの中 立ち止まるけどそれでも 人はまた歩き出す(『Be Loved』by TAKUROU )これを聴いたとき、ふと「あ、タクローは吉田拓郎のことじゃない世代が生まれたんだな」と思った。そういう自分は、「タクロー」は吉田拓郎だと思う人たちが集まるフォーク酒場で、相変わらず拓郎を歌っている。息子とは、かぐや姫とのつま恋にも行った。そういうふうに出かけて、ホントによかったなと思う。
2024.10.19

今朝は、自分の一番好きな朝食。ベーコンエッグ、玉葱、ピーマンにフライドポテト、珈琲。昨日は、スーパームーンと流星を見に、妻と海方向にドライブ。妻は、日食や月食などの現象が異常に好きで、皆既日食を見に、上海まで出かけたほどだ。自分は、そこまで好きではないので、さすがに上海はつきあわなかったが、ちょっと一緒に出かけるくらいのことはする。流星、見えました!最初、飛行機かなと思ったが、間違いなく流星。尾を引きながら、数分間。最後は下の雲に隠れた。スマホで撮ったが上手く撮れなかった。。スーパームーンの方は、山から出て、しかも建物があり、気づいたらその上に。満月で綺麗だったが、「スーパー」というほどの大きさではなくなっていた。娘は、先週開業。どうやら、ぼちぼち予約も入っているようで、何とかやっていけそうだ。胡蝶蘭など40件の花が届き、我が家にも一鉢お裾分がくる。昨日は保有していた日本株も利益が出ていたので、すべて売却。後は、日本とアメリカの選挙結果と、ドル円の推移を見て、いい条件になったら、再開しようと思っている。今日は整形と、7時限の授業。週2時間増えたうちの一つだ。その前に、生徒からあずかった志望理由書と小論文を。倫理の予習も。今日は、孟子の『性善』を読む。中国思想の概略を教え、その文章を漢文で読む。こういう授業は、一度してみたかった。が、一番の楽しみは、山本が先発するドジャーズVSメッツ。9時からなので、録画しておくが、最初の30分、大谷の第一打席、山本の1イニングくらいは見られるだろう。弓の方は、仕事がある日は、朝と夕方18本ずつ。5mの近射でも、段々よくなってきているのが分かる。SPOTHOGGのフェザータッチ設定で、真ん中につけて、親指を置き、そのまま引いて、「切れる」のを待つ、というのが理想型だが、理想の近似値くらいにはきている。我慢して、射場に行かずに近射を続けたい。ピアノは、和音を一つも外さず、三拍子のリズムで軽快に弾くところと、そこをあえて崩して、メロディーラインを情感たっぷりに弾くところを弾き分ける。これも、その理想の近似値くらいのところにはなっている。さて、整形に診察券を出しに。
2024.10.18
今朝、9ヶ月続けた新型NISAの売却注文を出した。SP500連動の投信、積立先進国の投信、円は149円台、SP500は最高値更新なので、1割程度利益が出て、NISAだから非課税。実は、前の160円台まで円安が進んだときも、やはり1割を越える利益があって、売却を考えたのだが、そのままにしておいた。その後、日銀総裁のバカな発言で円高が進み運用がマイナスになった月もあった。それで、円安以上に最高値更新の恩恵が大きい今、売却を決めた。おそらく、短期的にこれから年末くらいまで、アメリカ株も調整局面に入り、円高の方向に進むだろう、と思っている。日米金利差の縮小や、アメリカの利上げがその背景だ。日米の選挙も為替や株価の急変の原因になり得る。というわけで、大した額でもないのだが、限度額10万の積立は9ヶ月で一応手仕舞い。今日の為替とSP500が反映されれば、利益は10万弱。そんな金利は日本ではないから、まあまあいい投資をしたことになる。調整局面が終わりそうになったら、また始める予定。新型NISAとか、今度4%の利息と為替差益で20数万の利益が受け取れそうな「冬のボーナス」とか、現金資産の一部を運用資産に移しているが、これも完全リタイアに向けた準備の一つである。足元の物価高に、絶対年金は追いつかないようにしている「マクロ経済スライド」。今度の選挙でこれをやめる、という公約をする政党があれば、シルバー民主主義という状況では躍進するはずなのだが、そんなところはない。現役世代でも、高齢者でも「中流」の減少をとどめることが、大事な国策なのだが、各党の目はそこにいっていない。低所得者対策といっても、10万程度の低年金世帯にも「マクロ経済スライド」は発動される。そこに一回だけ給付金を入れれば、それなりに助かるのだろうが、彼らが中流に復帰できるわけではない。高齢者世帯の平均年金額は21万だそうだが、せめてあと10万はないと、夫婦世帯でも生活は苦しい。我が家は、それよりは、多少高い年金生活だが、支出は年金額よりはるかに多い。今は、給料があるから、さらに高い収入だが、それも早晩なくなる。そして年金は物価高に追いつかない。だから、新型NISAなどの運用で、少しでも資産の目減りを食い止め、今の生活の質を維持したいと考えている。仮に損失が出ても、かまわないという範囲でやっているが、それでも損をするのはイヤなので、いまのうちに一端手仕舞いとしたのである。
2024.10.17
自然にとっての「自由」はあるがままに在ることであるのに対して、人間にとっての「自由」は、理念であり、イデオロギーとして語られるものである。イデオロギーとしての自由とは、結局は、行為の「選択」の自由である。職業選択、婚姻などさまざまな自由が、憲法の基本的人権として謳われているが、それらは、すべて「選択」の自由であり、いくつかの選択肢の中で、何を選ぶかに関しての自由である。文明の円熟期、すなわち社会や経済の後退期には、同性愛が流行する。現在の同性婚を法律で認めさせようとする要求は、「自由」を完全に自然の枠から逸脱して獲得しようという要求だ。 だが、それにしても、選択には一定の幅があり、無限に選択肢があるわけではない。その幅の最大のものは、自然の限界である。企業は、経済活動の自由を保障されているから、化石燃料資源を掘削して、エネルギー資源として売ることで、最大限の利潤を追求することができる。しかし、石油は早晩、枯渇する資源である。枯渇してしまえば、石油によってエネルギーを供給し、利益を得る自由は消滅する。 加えて、化石燃料がCO2を排出し、それが温暖化に繋がるという、科学的知見(らしきもの)を我々は得ている。だから「環境」に配慮することは、現代では疑いようのない「善」として通用している。そうすると、化石燃料を掘削し、それを取引して利潤を得るという自由は、今、それが選択可能だとしても(実際、選択し続けている企業もあるが)、少なくとも行使しにくい自由にはなっている。なぜなら、将来世代に対して一定の責任を果たすべきだと、一方で我々は感じているからである。我々が自由に生活することで、将来世代がそうすることを妨げてはならない、というのが現代倫理である。 そういう大きなことではなく、個人の人生においても、自由な選択には、他者への責任が付随する。婚姻の自由を行使すれば、配偶者、家族への責任が生ずる。また、自由に選んだ職業には、すべて職業的責任がある。医師は患者に対し、教師は学生、生徒、児童に対し責任を負う。 こう考えていくと、人間の自由に付随する責任とは、すべて他の人間に対する責任であり、自然の自由に対する責任ではない。自然環境を擬似的他者として取り扱い、自然を壊すことが、まるで人間への傷害、殺人であるかのように印象づける、自然保護運動の胡散臭さ、ある種の押しつけがましさは、そこに由来する。自然と人間の共生は容易ではないのは、人間が人間にしか責任と義務を感じないからだ。しかも、それは、今自分が眼前にしている人間であり、どこかにいるのだろうが、自分とは直接の関わりのない人間ではない。*本稿は、内山節の文章を読み、「自由論」という文章を読んだ後の課題の解答例を、書き直したものです。
2024.10.17
朝、ベッドから出るとき、立ち上がりがちょっと辛いなぁ、と感じたのが、ひと月ほど前。それ以来、朝でも昼寝の後でも、立ち上がる動作を10回やってから、居間に移動するようにしている。所謂、スクワットだ。それまでは、無意識に手をついて立ち上がっていた。アーチェリーは臍下丹田に力を込めて、とはいうものの、基本的には上半身のスポーツで、だからこそ、車椅子の人でも同じ車線に立つのだ。ロンドンパラで金メダルを取った方とも知り合いだが、今や、自分のベストの時でも勝てないくらいのスコアで全日本インドアを勝っている。加えて、生来歩くことが嫌いだ。若いときからタラタラ歩いていた。走るのは決して遅くなかったし、スピードスケートでも中学の時に中体連地区大会2位だった。が、やはり老いは足腰から来る。腰を痛めて以来、ますます歩くのが嫌いになり、遅くなった。以前は、東京の人は速く歩くなぁ、と思っていたが、そのうち、札幌でもそう感じるようになり、今は廊下で生徒に追い越される。このままではやがて歩くのもままならなくなるという危機感を初めて感じた。といって、ウォーキングなど真っ平なので、まあ、スクワットくらいから、と思ってやっている。ソファから立ち上がるときもやるようにすれば、一日30回。少しは効果があるだろう。【閑話休題】昨日、いつもちょっとした修理を頼む大工さんに、調子の悪くなった居間の取っ手と勝手口のドアなどを直してもらった。DIYも苦手だし、面倒くさい。この人には、グランドピアノの搬入、床の貼り替えなどいろいろ頼んでいる。今回も数万円の出費だが、人間もいろいろ弱ってきているんだから、家だってそうなのだろう。両方ともなるべく長持ちさせたい。
2024.10.16

昨日は、何もない一日。午前は大谷の試合。ヒットが2本出て、少し調子が戻ったのだろうか。一昨日、車に置きっぱなしの弓を三階に移した。仕事やら何やら、いろんな事情で、インドアはオヤスミだが、といっても何もしないと、数ヶ月で弓は引けなくなるから、近射だけはできれば毎日少しずつでも続けようと思う。とにかく、自宅はすぐできるのがいい。この3階は後から増築したのだが、今はいろいろなものの置き場所と、近射でしか使っていない。距離は5mくらい。狙うことができないのだから、ただの近射ではなく、インドア的を狙って射つ。いくら何でも、この距離で外すことはないのだが、それでも、あ、ダメだこれは、という射は分かる。たまたま転がっていたSPOTHOGGを試してみた。フェザータッチに調整されていて、引いて、狙って、指を置くだけで離れる。カスケードでは緩みがどうしてもつきまとうが、こちらは緩んでいる暇がない。その分、エイミングが甘いと、甘いなりのところにしか行かない。むしろ、エイミングの途中で、後もう少しというところで、やや暴発気味に離れてしまう。そうなると、インナー10をかろうじて食うくらいまで外れる。18mなら9点の端っこか8点だ。これでインナー点の中に綺麗に入るようでないといけない。8時から30分ピアノの練習をした後、30本。それからドジャーズ対メッツ。昼から、妻の用事で外出。帰りに例のソフトクリーム。外は寒い。「もう今年はこれで終わりだね」「そだねー」。夕方にまたピアノと近射30本。ピアノはどんどんよくなる感じだ。今朝は、ずいぶん早起きしてしまい、ソフトクリーム屋のコロッケを食べた。これから、ドジャーズのリーグ優勝決定シリーズの第二戦。日本のプロ野球もクライマックスシリーズを導入したおかげでポストシーズンは盛り上がり、ファイターズはエスコンを3日間満員にして、福岡に行くことになった。が、こちらはあまり見る気もしない。MLBの試合を今年はかなりテレビで見たが、やはりピッチャーのスピード、打者の飛距離が違う。ポストシーズンも、ワイルドカード→地区優勝→リーグ優勝と上がって、ようやくワールドシリーズ。12球団のNLB二対して30球団の争いになるから、NLBが準々決勝からにたいしてMLBは3回戦からという感じだ。今日から4連勤。今日は午前で上がれるから、帰宅後、ピアノ、弓。少し睡眠不足なので昼寝。
2024.10.15
「あ、月曜日は授業ないんだね。ハッピーマンデイだもんね」「???」「え、聞いたことない?ハッピーマンデイって」先週金曜の「公共探究」。名目上はそうだが、中身は「倫理」という途中から持った授業でのこと。もはや、日曜祝日の後の月曜休は当たり前になっていて、当初の呼称はいつのまにか廃れたのだろう。月・金とたった2時間だが、今まで休日だったところに授業が増えた自分にとっては、しかし、今日は、間違いなく「ハッピーマンデイ」。昨日の試合は予想通り、前回の公認FITA900をさらに下回る点数。三階に弓一式を上げて、射場はオヤスミだが、三階まで行って、18本から30本くらいほぼ毎日射つだろう。5mの近射でも、やることは分かっているので、問題ない。むしろ、純化した練習ができるのではないか。今朝は、例によって夜中に目が覚めたが、時間を確かめることもせず、ダラダラと半睡状態を続け、まだ3時くらいだろうと思ったら5時だった。昨夜の残りのネギトロ巻を2つ食べ、番茶の後、珈琲、ヨーグルト。ワースポMLBの録画を見て、今はやはり昨日録画しておいた「日曜討論」を見ている、というか聞いている。極小政党の令和や社民、参政の党首まで出演している。冒頭発言は、大政党は焦点を絞り込んでいるし、極小政党は話の風呂敷を目一杯広げている。この後、もう一度寝ながら、討論の続きを聞き、眠ればそれでいいし、眠れなくても、7時くらいには起きて、もう後2週間ほどになった「エリーゼ音楽コンクール」のための練習。今日は、全体を通さず、ミスが出る部分を集中的に。それから三階でちょっとだけ射って、9時からリーグ優勝を賭けたドジャーズ対メッツの初戦。千賀先発。地区シリーズでは調子の出なかった大谷との対戦が楽しみだ。午後は、妻の用事の運転手。長襦袢2枚を、いつもの洗濯屋の半額セールがあって、ちょっと遠くに出しに行く。帰りがけに、多分今年最後になる牛乳屋のソフトクリームを、という予定。
2024.10.14
昨日は、結局、大谷の第3打席まで見て、試合は1-0でどうなるか分からなかったが、山本は5回で降りてしまったし、もう見所はないなと思い麻雀に。少し、体力が心配なので3時までにして、2位、3位、1位。最初の、役牌ドラ3のダマ聴を逃してから、ツキに恵まれない展開だったが、最後に33,000点くらいで自分らしい1位。帰って、やはり疲れが溜まっていたのか、党首討論と日ハムのクライマックスシリーズを交互に見ているうちに眠ってしまう。やたらうるさい音楽で目が覚めたが、名探偵コナンが始まっていた。1時間半くらい寝た。夜は焼きそば。結構、久しぶり。ホットプレートを使ったのも久しぶりだった。10時入眠、4時くらいに起きた。昼寝と合わせて8時間近くの睡眠。十分だ。今日は地元のアウトドア最終戦。FITA900。確か年齢の2倍を点数に足すハンデ戦だが、参加者平均年齢が70歳以上。皆、大きなハンデがあるからあまり意味がない。若いころは、ご老体連中がハンデがあるからと喜んでいたのを、何度か撃破した。昨日、一応朝に40本射って、サイト確認はしてある。毎回、そう思うのだが、これがもう最後かもしれない。インドアは原則、試合は出場しないし、練習にもそうは行けないだろう。今日が終われば、弓は三階に。体力、というか引く力を維持したいので、三階近射を時々やる程度になる。それを「弓を置く」とは言えないが、次年度の仕事や弓以外の趣味など、いろいろ考えると、今日で弓を置くことになるかもしれない。
2024.10.13
朝、6:15~7:0040mから始めて、60mまで48本。まだまだ狙って射るということができない。
2024.10.12
昨日は数年ぶりに「倫理」を教えた。来月までに中国思想(儒家、道家、法家、墨家)の大要を教えながら、関連する漢文も読んでいくという内容で、共通テスト漢文の読解の基礎も併せて教える予定。第一回の昨日は、諸子百家のそれこそ「百家争鳴」の思想が生まれた、東周以降の春秋戦国時代という時代背景と、孔子の「仁」について。まあ、オリエンテーション代わりだ。ついでに、これはもう常識に属することなので、「我、十有五にして学に志す」から始まる「志学(15歳)」「而立(30歳)」「不惑(40歳)」「知命(50歳)」「耳順(60歳)」を教え、その先「七十にして心の欲するところに従へども矩(のり)を越えず」というのも教えた。「これね。70歳なんだけど『従心』で読みは『しょうしん』。孔子は確か74歳くらいまで生きていたんだよね。当時としてはものすごく長生き」「で、意味分かるかな、この文?」「・・・」「70歳にもなれば、自分の好きなように生きても、『矩(のり)』つまり、社会規範みたいなのものを踏み越えてしまうようなことはない、って意味」「だから、オレはもう好きなように生きても大丈夫ってことだからね。まあ、もっと前から好きなように生きてるけど、はは」まあ、こんな調子で教えるので、なかなか先にいかない。何でもそうだと思うが、特に、教科書の内容をコンパクトにまとめて提示するような「社会」の授業はダメな授業の典型だ。自分は、幸いそういうつまらない授業を受けてこなかった。教科書よりはるかに詳しい内容を、分かりやすく、面白く説明する「日本史」の授業は、まるで「職人芸」で、終了のチャイムと同時に、黒板が綺麗に一面埋まっていた。もっと詳しく知りたいと思い、中公の『日本の歴史』全16巻を読んでしまった。教科書程度の知識しか、あるいはそれすら持ち合わせないような教師が、どうやって生徒が「考える」授業ができるのか。そもそも生徒が「主体的に考える」ために、たいした知識もないままに「話し合い」をさせるような授業が成立するはずがない。今の共通テストはそういう問題で溢れていて、このまえ「公共・倫理」と「公共・政経」の模試を解いてみたが「バカみたい」である。資料が提示され、数人の生徒が話し合う。正しい意見を述べているのは誰と誰か?という設問方式は、どう考えてもおかしい。誤った意見は、資料の誤読がある意見だから簡単に判別できるが、そもそも、「話し合い」という場において、即座に「君の意見は違う」という指摘などできるはずがない。誰の意見が妥当なのかを吟味していくのが「話し合い」という場であり、そこで初めて「主体的に考える」精神が育つ。共通テストの作り方は「話し合い」という虚構の中で、間違っている誰かを即座に排除することを要求している。それが教育の目的なのか、まったくバカらしいことこの上ない。【閑話休題】今日は、大谷、山本、ダルビッシュがみんな出場するドジャーズVSパドレスの最終決戦。9時から。11時からの健康麻雀にも行きたいし、ちょっと困っている。まあ、様子を見て、試合展開が面白そうなら、麻雀はやめとこうか。明日は、FITA900なので、一週間まったく練習もしていないし、朝練にも行きたい。それは、そろそろ明るくなったので、今から1時間くらい。昨日、ピアノのレッスンで『人生のメリーゴーランド』は、珍しく先生に太鼓判を押された。エリーゼまであと20日ほど。毎日、きっちり練習したいので、それは夕方に。というわけで、やりたいことはたくさんあるのだが、「七十にして心の欲するところに従へども矩(のり)を越えず」なのだから、好きなことをする。
2024.10.12
最近、腹があまり減らないまま、次の食事の時間が来る。美味しそうだし、実際美味しく食べるのだが、そもそも満腹感が続いているときに食べるから、さらに満腹になる。体重も少しだが、増えた。これはもうそんなに食べられなくなったのか、と思う。美味しいものを少量ずつ食べるようにしないといけない。今朝は、牛乳に珈琲をちょっとだけ加えたのを飲み、小さめのバナナ半分。これだけで、さらに満腹になってしまう。食事だけの話でもなく、仕事、趣味、いろんなことが「消化不良」状態なのかもしれない。もう少し、インプットもアウトプットも減らしていかないと、どうもいつでも「満腹」状態になって、幸福感はかえって減ってしまいそうだ。ピアノ、弓、麻雀、仕事・・・どれかをやめるというのではなく、どれも少しずつ減らす。そういう生き方に転換する「ターニングポイント」のように思える。
2024.10.11
弓は、そろそろ三階にしまうか、それとも、日曜のFITA900に備えて、一度くらい練習に行くか。あまり、やる気はない。今日は8時からピアノの練習。9時からMLB地区シリーズなのだが、全部を通して見たいというほどの野球ファンではない。だから、10時には妻と一緒に出て、全国美味いもの市に、妻を置き、学校に寄り、上がってきている答案を持って帰る。採点は2時間あれば、1クラス分は終わる。家でやれるのは有り難い。公立は持ち帰りは一切出来ないから、きついだろうな、と思う。といっても、高校でなければたいして採点の手間はない。やはり、作問、採点というのを全部一人でやるのは、自分はそれに慣れてしまって、どうってことはないのだが、大変に見えるらしい。午後も、仕事をしながら、ピアノ、昼寝。昼食はスパゲティかうどんか。たいてい、いるときは自分の担当になる。昨日は確かラーメンだったかな。昨日の夕食は、ホッケの開き、南瓜と薩摩芋の天麩羅、漬けたばかりの醤油いくらと鮭の簡単「はらこ飯」。「何だか毎日ごちそうだね」と言いながらいただいた。今朝は5時前に起きて、妻の友人からいただいたパンとレタス、トマトのサラダ、フライドポテト(といっても、皮付きのを3本だけ。キタアカリの冷凍物でこれは美味しい)、ウィンナ1本。さて、WBSが始まった。ニューヨークは一昨日の下げた分だけ反発。ドル円は148円。豪ドルは100円をちょっと切っている。前にも書いたが、日本はもはや先進国の端っこに引っかかっている状態で、かつてのような経済成長はできないだろう。これだけ人口減少が進み、外国人労働者を移民という形で受け入れるのに抵抗がある国に明るい未来はない。まあ、それほどの資産を持っているわけでもないが、円安だと11月の外貨建生保の利率が4%で、それにあと1%くらい上乗せになりそうでいいなぁ、と思っているだけだ。どっちにしても、+-10,000くらいで、たいした額ではない。
2024.10.09
昨日、今月から始めることになった「公共探求 倫理」の初授業。といっても、枠外の月、金の7限なので、登録は特進の二人だけ。しかも、話を聞いてみると、一人はすでに指定校推薦での進学が決まっており、もう一人は共通テストは受けるのだが、「公共・政治経済」で受け、「公共・倫理」では受けないそうだ。前任者がほとんど「政治」の分野しか教えておらず、「経済」がまったく分からないそうだ。そういうことは「社会」の教師にはありがちで、自分が新任のころいた世界史の先生は、熱心なカトリック信者で、宗教改革以降の世界史はまったく教えていなかった。つまり、近代も現代もない世界史。こんなことがまかり通るのは、授業がまったくの密室で行われていて、それを管理すべき管理職が怠慢だからなのだが、まあ、仕方ない。それで、どうしようかと相談し、古典を教えている同僚の熱心なリクエストもあり、前半は「中国思想」をやることにした。理由は儒家、道家などの思想をある程度知らないと、共通テスト漢文では手も足も出ないことがあるからだ。そもそも、そこをまだ教えていないのも困ったものだが、まあ、カバーすることにした。後半は、政治・社会思想史と経済思想史。一応「倫理」と名の付く授業だから「思想史」とすればいいだろう。実際は「所有」をめぐるロックとルソーの対立思想から始めて、リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズムの現代アメリカの三大政治思想までを概観する。経済思想は、トマスピケティの思想を踏まえて、経済の基礎的用語を教える。と簡単に書いたが、これをちゃんと教えるには相当量の予習が必要だ。そんなわけで、朝練には「行かない」というより、事実上「行けない」。
2024.10.08
最近は、睡眠後4時間くらいで目が覚め、それから、少し居間でダラダラしてまた眠る、という感じが多い。どうしても、もう少しきちんと眠りたいときは安定剤、眠剤などを半分だけ飲み、ウィスキーもちょっと。昨夜はそうだった。それで、12時半から1時間ほど過ごし、それでも5時には目が覚める。それから、少し家のことをする。今日は、今のクッションカバーを手洗いで洗濯。朝食は、深夜にトマトとキュウリをちょっとずつ食べたから、朝はパン半分だけ。服薬。こういう時は、もう朝練に行く気がまるでしなくなった。以前は、空とにらめっこしながら、出かけていたのだが、最近は「もう、いいや」と思う。競技者引退はしたが、このままだと弓自体を止めてしまう可能性もありそうだ。だとしても、やることはいっぱいあるし、別にいいかな、と思っている。逆に考えれば、弓にかまけすぎてできなかったことがたくさんあった。健康年齢があと何年あるか分からないが、旅行、ピアノ、麻雀・・・いくらでも時間があればできることだ。そういうわけで、今日はこれから天鳳。
2024.10.07
昨日は、久々の朝練。今日の30mWはともかく、来週のFITA900に備え、60mまでサイトを確認した。今は、とにかく狙うことが課題なので、中りは置いといて、という意識でやっている。11時からは、これも久々の健康麻雀。土曜日は、11時前には入って、最強卓で打つ。今回は有段者、冷えピタ(途中N君に交代)、Iちゃんという男性4人だったので4時まで5時間、5半荘。成績は3位、1位、2位、1位、1位と良かった。オーラスまで勝負が分からないような接戦続きで、緊張したし、面白かった。トップでオーラスを迎えた時は、まくられなかったし、2位で迎えた時は有段者をまくった。3位、2位は配牌、自摸に恵まれなかったが、何とかラスを引かずにいけた。ここは、1位だと1ポイント増えるから、昨日は来場ポイントを加えて4ポイント荒稼ぎ。天鳳も練習にはなるが、やはり、初心者に近い雀婆と同卓することもあるが、麻雀はリアルに限る。さて、今日はこの1年大いに楽しんだMLBポストシーズンのドジャーズVSパドレス。山本先発。ダルビッシュとの投げ合いはなくなったが、それでも大事な試合。今度、テスト明けからは3年特進「論理国語」で『消費されるスポーツ』という文章を読む。メディアの進歩に伴い、スポーツとそれをめぐる言説は、大量に消費されることとなった。大谷のホームランは、何度も再生され、それをめぐる言説は何種類もネットを賑わしている。他人事ではなく、自分もそれらを楽しんでいる一人だ。しかし、今日は地元の試合「菊花賞」。「新人戦」+「団体戦」という形で、多分CP2人、RC1人(新人)の30mWの合計点で勝敗が決まる。CPはそう変わらないからRCの成績次第で団体戦も決まってくる。ちょっと悩んだが、やはり弓に行くことにした。大谷の試合は録画した。が、午後からはピアノの先生の市民オケとの合同コンサート。独奏もあるので、花も予約しておいた。妻は、ここ3日ほど大いに悩んで着物と帯などの柄を選んでいる。1時には家を出るから、録画してもみる暇がないかもしれない。が、ワースポMLBで見ればいいし、明日のダルビッシュ先発は、何もないからたっぷり見られる。やはり、何といっても「バーチャル」より「リアル」。同じ麻雀なら、生身の人間(天鳳もそうなのだが、相手はたまたま同じ時間に接続した同じくらいの技量の誰かだ)の方がいいし、興業としても、選手のレベルとしても世界トップのMLBよりも、30mで7点を射て、頭を抱えることもあるかもしれない仲間との「草アーチェリー」の方が楽しい。これから二度寝。
2024.10.06
今朝は、例によってピザ(今朝はベーコンピザ)、ジャガイモ、南瓜をオーブンで焼き(これは、前夜の焼き肉の残り)と、コカコーラ。昨日、一本だけ買った。コカコーラを初めて飲んだのは、もう60年前で、当時のキャッチコピーが「スカッと爽やか」だった。最初に覚えているテレビCFはワイルドワンズだった。それ以来、大学の時までは、飲んでいたが、社会人になってからは、特に子どもができてからは、ほとんど日常的に飲むことはなくなった。「スカッと爽やか」なはずのコカコーラを飲んで、歯が溶けたアフリカの子どもの写真や、中毒性物質が混ぜられているなどのネガティブキャンペーンもあり、「体に悪い」というイメージが定着してしまった。今、週に1回、仕事が終わると、自分へのご褒美として、99円のコカコーラペットボトルを買う。それとお菓子、できればかっぱえびせん。これは、高校の時H君が「今どきの若者はコカコーラとかっぱえびせんが一番ナウい」と言っていたのを、妙に覚えていて、確かにかっぱえびせんのパリパリ感と裏腹に、噛まないでいるとすぐ溶ける頼りなさが、コカコーラとよく合う。もう大分寒くなってきて、今日は朝練に行こうかと思っている。明日、ドジャーズの地区シリーズ第一戦。山本が投げ、大谷はまた1番DHだから、ちょっと見逃せない。午後からは、ピアノの先生の市民オケとのコンサートなので、これは妻と行く。そうなると、30mWの地元の試合はどうしようかな、という感じだ。今日は今日で2週間ぶりの健康麻雀。好きなことがありすぎて、困るというのは、この歳なんだから、幸せである。
2024.10.05
この日記は、ほとんど自分のために書いているだけで、基本的に誰かに向けて書いているのではない。だから、コメント機能などもOFFにしている。この日記を通じた交流は、まったく考えていない。その時々の身辺雑記や、ちょっと考えたことなどを書くことが多い。この日記自体は2017年をスタートにしているが、実はそれ以前にも書いていた。その時は、日記を通じた交流もあったのだが、一切そういうことはやめた。理由は詳しくは書かない。とにかく、そんな日記だからアクセスは少ない。一日100からせいぜい200くらい。それが、突然跳ね上がる日が時々ある。昨日もそうで、1200。3週間ほど前は2500という日もあった。理由はまったく分からないのだが、いつも大体一番読まれているのが、「(Ora Orade Shitoriegumo)」の解釈についてという記事だ。もう何年も前に書いたのだが、すでに4,200アクセスを超えている。昨日も20アクセス。多分、この記事に関しては、高校生が宮沢賢治「永訣の朝」を習ったときに、課題として出ることが多い部分なので、検索して辿り着くのだろう。その他には、教師百態 (2) 生徒依存症の教師たちが、再掲を合わせれば1,000アクセスに近い。まあ、これは「生徒依存症」という言葉はまだほとんど使われていないので、「何だ、それ?」と思って読む教師が多いのでは、と思う。今朝、この日記のアクセスが330,000を超えた。一から書き直す時点で30,000くらいだったから、7年弱で300,000くらいなのか。大体そういう計算だと一日100~200くらいということになる。【閑話休題】愛車は来月車検に出すことを決めたが、走行距離が120,000kmをいつのまにか超えていた。いろいろ考えて、車検を取って乗り続けることにしたのだが、一台にしてから、年間で2万kmくらい乗っているから、2年後は多分170,000kmくらいになるだろう。弓をそのまま載せられる、高速が楽、など、大きい車ならでは良さもある。車幅が大きすぎて、駐車などでは苦労するのだが、それ以外は不満はない。車を磨き上げて乗るようなことはないので、というか、洗車すら滅多にしないから、大事に使っているわけではない。ただ、定期点検は必ずしていて、そのたびに車は少し綺麗になって返ってくる。昨日、スタートキーの「電池残量がわずかです」という表示が出たので、今日は、退勤後、ディーラーに寄ってくる予定。ついでに車検の日程を打ち合わせてくる。今まで、100,000kmを超えて乗り続けたことはないので、大学院の時以来、47年車を所有しているが、走行距離も所有年数(8年)もこの車が一番になった。2年後、まだ乗り続けるかどうかは分からないが、多分そうなりそうだ。
2024.10.03
定期試験は印刷まで完了したが、まだ解答を書いていない。昨日、言った途端に校長に呼ばれ、「ん?何か怒られるの?オレ」「まさか、そんなわけないじゃないですか。実は、お願いが・・・」「何よ?面倒なのはイヤだからね」何だか、校長と非常勤講師の会話ではなく、教え子とのやりとりだ。実際、教え子なのだから仕方ない。それで、お願いというのが、後期からの『倫理』の授業2時間だという。急なことで、どうにも困ったらしいので、月、金の7時限という遅い時間だが、引き受けた。まあ、困ったときに「助けて」というのは、生徒も同じで、こちらも出来る範囲では助ける。今回は、まさに「出来る範囲」であり、『倫理』は哲学を学んだ自分にとってはむしろメインの科目だし、受験向きでもそうでなくても、どうとでも授業はやれる。月、金は病院やピアノのレッスンも入るが7限なら、問題ない。「あ、だけど、金曜から出かける予定、今年は少し入っちゃってるからね」「構いません。その時は、有休でお願いします」。実際には、11月初めの金曜日にエリーゼに出かけるだけだ。3年生の授業だから1月で終了する。金曜7限が初日。行ったら、びっくりするだろうね、生徒は。
2024.10.02
今日から、また仕事が始まるが、4時前に起床。珈琲を淹れ、朝食は録画したワースポを見ながら過ごした。その前に前夜の食器を片付け、朝食後は1階に掃除機をかけた。今は『スポーツ語り亭』の録画を、見ながら、というか聴きながら、この画面に向かっている。もう明るくなっているが、朝練に行く気はまったくない。昨日は、病院の前に30m。55-56-56-56-56-52=331。もう30mで340オーバーはないだろう。自分のベストは354。もう20年ほど前の話だ。6日に新人戦+団体戦で高校生とチームを組んで、30mWがある。その練習、というよりちょっと短い距離で正確なエイミングと緩まないリリースを追求している。今年は、ここまで朝は大谷に十分楽しませてもらった。暇潰しに過ぎないと分かってはいるのだが、朝の時間は自分にとっては一人の貴重な時間だ。仕事をしたり、時々朝から天鳳をしたり、といろいろだが、残念ながらピアノは弾けない。風呂洗いなどの家事も、この時間ですることが多い。さすがに外はもう寒いと言ってもいいくらいの気温だし、朝練をしてしまうと仕事の体力が残っていない。仕事もいい加減にやってもいいのだが、授業は手抜きが出来ない性分で、今の仕事は授業だけだから、勘所は分かっているので、そこはがっちり準備する。今朝は、昨日暇に飽かせて、全部やってしまったので、本当にもう何もすることがない。まあ、『語り亭』が終わったら、二度寝。
2024.10.01
全37件 (37件中 1-37件目)
1