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もう5、6年も前になることですが『白蓮れんれん』を読んでいて、その後もなぜか繰り返し読んでいて、立ち止まったところが幾箇所かありましたが、京都、縄手の「伊里」の名に、わたしは一人の小学校の同級生を思い出さないわけにはならなくなりました。 現代はどうか知りませんが、私どもの時代には区外生という人たち、友達が数名いまして、学区外から通学していたのですが、そのなかに縄手の三条下がるから私どもの学校に通っていた一人の友達はこの「伊里」さんのお家の子供ではなかったかなと、すっかりなつかしくなり、今、こうして思い出をたぐっているのです。 『白蓮れんれん』の主人公、白蓮さんは、わたしの祖母くらいの年齢にあたります。その頃のお話とするなれば、わたしの友達はまだ生まれているはずもありません、しかし、そうしますと、このお話しに出てくる伊里の「サト」という方がわたしの友達のお祖母さんであったかなと思ったりしています。 ごめんなさい、私の同級生、友達!!元気ですか、元気でいてください、そんなふうに「白蓮れんれん」を通して祈っています。 今日の一首 いと正しき平行線をまなべとや末の末まで交はるなきをば 白蓮(『几帳のかけ』より)
2010.03.31
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昔、二十年余の昔、短歌のお仲間であった一人の老夫人を思い出すことがあります。そのころ、すでに白髪、小柄ながら洋装が身についていらっしたその方、お仕事は通訳、N夫人と申しておきましょう。 N夫人とわたしは母子ほど年齢が違ったのですが、何故か仲良しでありました。あるとき詠まれた歌に、広い並木の舗道を港へ向いて恋人とお歩きのときの思い出の歌を発表なさいました。それは不幸にも、日米が戦争に入った際の個人のひとつの別れを詠じたものでありました。船はアメリカへの強制引き上げ船でありました。 恋人は米人のようでありました。それっきりなのとおっしゃっていましたが、歌の言葉は忘れましたが、「こつこつこつ」と詠まれたその靴音だけがいまも耳に残っています。歌とはおかしなものでございます。 今日の一首 夕べより青みどろなす空のいろうつそ身響く青きそのいろ 宮 柊二(「自選集」より)
2010.03.30
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夜 蜘 蛛 どつとこぼれたインクが てえぶるの上へ広がり だんだん大きくなり 現在がかんてんのやうに自殺して了ふ 夜ぐもよ 満腹した食欲をみたすがよい 爬虫類創世記 候御葛稔 今日の一首 マリヤの胸にくれなゐの乳頭を点じたるかなしみふかき絵を去りかねつ 葛原妙子(『飛行』昭和29年)
2010.03.29
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また、こんな時間になりました。これがわたしのペースですか。朝からひとりだった、午後もひとりだった、そしていまも、望んだようになっている人生、しかしながら人間ってみなそうではありませんか。 何人いても、その体にどこも繋がりがない、あたりまえです。だからです。 でもブログのキイの音は深夜、繋がりをもって現れてきます。その美しさにうっとりしているうちに眠ります。遠い夢のように遠い時間に聴いた「森の鍛冶屋」のようにでもあります。そうだっけ、「森の鍛冶屋」は幼時の朝の瞑想時間に聴いた音楽だったけれど、おやすみの時間にもいいといま、感心しています。 今日の一首 外(と)に立てどいくだもぬれぬ春雨を棕櫚の葉に聞く外(と)にたちしかば 長塚節(3月10日、朝のほど雨降る・大正元年)
2010.03.27
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わたしは幸せです。折々に通います整形医院への道筋にジャズを聞かせてくださるカフェがあります。今日も今日とて診察の時間待ちに立ち寄りました。帰路は門を通り過ぎるだけですが、そのあたりから急にぱらぱらと雨が降りだしました。 わたしは駆け出したのでしたが、背後からわたしの名を呼んでくださるお方があります。振り向きましたら、そのカフェの奥さんです。傘を持って追って来てくださったのでした。ありがたいことであります。この世に、まこと、そのときのこの世には雨が降り出しておりました。桜の花が咲こうとしていますのに、まこと冷たい雨でありました。 雨はどうしたことでありましょう、たちまち激しいあられになりました。でも、わたしは平気!!らんらん、あたたかい人のこころざしにつつまれておりました。 ところで、帰宅しますと同時に、長女が訪れまして、その話をしましたら喜んでくれまして、わたしが帰路に傘を返してくるといってくれるのでした。わたしは二重の喜びでありました。 娘も嬉しかったに違いありません。幸せ親子であります。そのカフェは初め、娘の夫となった男性が学生時代に通ったカフェでありましたとか。幸せは代々に受け継がれて。 今日の一首 この夕べかまきりの子は幾匹も屋上園の芝に生(あ)れ居き 近藤芳美(「早春歌」昭和20年)
2010.03.26
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今夜もこんな時間になりました。いま、このページを開きましたが、書く準備はなにもありません。それでいい、それでいいといいながら開いたページでありましたから。 思えば自らに二度と戻らぬこの時間です。そうしたことであるけれども、やはり、こうしている以外にありません。無といえば無でありましょう、しかしその無をなんぞやなどと考える甲斐性があるはずもないなれば、こうして、キイを打ち続けるしかない、それでいい、それだけの甲斐性なれば、そう訴えようと思います。わたしはそれだけの甲斐性であります。 そうでした、それだけのことを知った、それでよかったのでありました。 今日の一首 かすかなる星のあかりの届くとき平安(やすき)をもちて憩ふ夜の土 宮 柊二(「宮 柊二作品集」より・自選)
2010.03.25
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昼前の出かけ、雨がほんの少し、傘が嫌いなわたし、ちょっと傘なしででかけましたが、やっぱりあかんと出直しです。 堀川の流れに近く下車、でも流れとはいい難い堀川を左手にながめつつ、二条城前のホテルへ。傘を預けて入り、ロビーのテレビの前の椅子に腰を下ろしました。テレビは舞子さんやら、芸子さんを写していました。ああもうじき、「都をどり」です。 早春のいでゆの庭の紅つばき日暮れは映ゆる灯籠の灯に まだ寒きベランダにひとつ臙脂色山芍薬のたしかなる芽の さいきんは うつかりミスを つつこまれ ばあばたぢたぢ さらはとくいげ 疏水道さくらひと木の咲きそめて今年の春をあふぎ見るかな 掲示板「あすは主の日です どなたも歓迎」とある北山バプテスト教会 のどかなり開聞岳の薩摩富士西南端の駅より眺む 霜降りて草青む上に光りふるガラス細工よ、オオイヌノフグリ いつの間にかに上手になってゆかれることに、ひとりひとりの世の歩みを思い、厳粛な気持ちになるとともに、言い知れぬ「歌」へのおそれをも感じるこのごろではございます。 今日の一首 かなものに浅き錆(かなさび)ふく見えて厨に春のぬくみくるらし 生方たつゑ(「山花集」より、昭和10年)
2010.03.24
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昨日、一昨日は一つの会合がありまして、うれしいことにも、かなしいことにも疲れたようでございます。昨夜からブログを書くことにためらいがありました。しかし、不思議になつかしい衝動にひかれて、いま、キイを打ち始めています。そして、自分のやすらぎがどこにあるかが、見えつつあります。 思えば、一人っ子のわたし、父、母にも事情があって早くに別れさせられ、昔はなんとなく一人遊びがいちばんの楽しみとなっていました自分に、今はブログが一つのなぐみとなっていたようでございます。 大きなピアノはかたわらにありながら、ちいさいときからあまり触れずでありましたように、触れたいものには触れるわがままのひとつにブログはあるようにございます。 それは短歌と同じで、人様に褒められるようなことはできなくても、いまになれば生まれたときからしているようにさえ思える短歌のように、わたしはやはり、文字を連ねて表現することが、性にあっているようでございます。 今日も書き始めて、少し疲れが、精神がやすらいでまいりました。表現は自分以外へのひとつの表示手段かも知れませんが、しかしそれはむしろ自分にしっかり生きろよとの励ましにはなりませんか。それでいいのではありませんか、普通の人間には。 今日の一首 十五過ぎ泪の色も紅うなりて我たらちねを恨みまつりし 白蓮(『幻の華』より)
2010.03.23
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何故かしら今日はいい気持ちです。何事も満足には出来ませんが、力いっぱいした実感といいますか力を思い覚えます。日々のことって、そう劇的なことがあるわけではありません。そこがいい、そこをこまやかに拾うところに日常の喜びがある、そう思います。 というわけで、明日からの一泊旅行のための準備をしたあと、ああ春やと、ちょっとお床の軸がえをし、通院している、耳鼻科にゆき、その日の受診をすませました。その医院の受診をさぼらないのは、診療の進行のリズミカルさからで、次は昨日の花屋さんの支払い、親戚の蕎麦屋の出店祝いのための支払をし、るんるんと疏水の桜並木道へ、そっと紅い蕾の先にキッスしました。大方のことはこれで終わりであります。 今日の一首 ひとすぢの紐を輪にしてあそぶ部屋かそかに海の匂ひがのこる 田中保子(「海の匂ひ」短歌・昭和57年12月号)
2010.03.20
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今日もまた、今日と明日の境にあってブログを書こうとしています。事実、まだ書くべき資料の用意があるわけではありません。こういうところへ、いやそれはどうでもいいという発言のつもりはありません、なぜならここはむしろ神聖なところ、自分に嘘をつけないところと考えていますし、自然にそうなるところであります。そうなる時間帯でもあります。 うちの子供がわたしのお味噌汁はおいしいといいます。特別なことは何もしていません。わたしは料理全般にわたってそうですが、お味噌のおつゆは特にさっと早くにその作業ができるように心得ています。具はどうでもええのです、ありあわせで貧乏世帯なら、どうにでもなりますから。大切なのはお出汁の吟味です、それさえ間違えなければ万歳です。わたしは生涯、出汁となるお昆布とおじゃこの店舗は変えないつもりです。わたしは邪魔くさがりですけれどそれだけはおろそかにしません。暑い日も寒い日も、歳晩の目の廻るときも、それだけで終わりです。 今日の一首 あたら夜の四阿(まや)のあまりにながむれば枕に曇る有明の月 後鳥羽院(新古今天才論「花月五百年」塚本邦雄より)
2010.03.18
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今日はわが家から、北へ流れる疏水にさからって、南へ向いて歩きました。桜の道をです。何時の間にやら、ついこの間まで黒くてお米粒より小さかった蕾が、はや紅い色合いを少しのぞかせています。それだけで、少し離れて見ますと、全体がぽーつと紅いのです。何べん見直して見ても紅いです。 どんどん疏水にさからって南へ歩きますと、小さなダムがあって、そのあたりから水は東から来ることになります。したがって川に沿う道をわたしは東向きに歩きます。途中、左手の空き地は吉井勇の旧邸跡、ガレージになっており、何様の何ともいまは知る人ぞ知るであります。 そのあたりの桜はまだやや晩いようです。やがて水路は右に曲がります。水はまた南から北へと流れます。このあたりの桜は古くて、保護のため、今年は川辺の小道には入れないようです。いいような無粋なような、でも仕方がないことで。 わたしはこのあたりから、流れから外れて、下の道を引き返すことになります。崖下にちょっと怖い古家がありました。何とそれが桜に似合います。ふと「既視感」を「既死感」と書き間違える知人を思い出しました。 シベリアより還らぬ一人思ひ出せざりし名浮かぶ夢の中にて 大屋正吉(「火の流れ」短歌・1982年12月)
2010.03.17
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ミヒャエリスの「森の鍛冶屋」、ようやくに聴くことができました。折角、早くに用意してくださっていたものを、慌てて入れて、パソコンを動かなくしてしまっていたのでした。遠い日、比叡山の夏期学校の朝礼に正座して、目を閉じて、聴いたものでした。 それこそ空気に何の障害もない時代、わたしたちは、大きく深呼吸して空気をお腹の底まで吸い込んで、はいて、聴いたものでした。子供心に何を感じていたのか、いまになっても、その感動が忘れられないのでした。 パソコンから音がひびいて来た時、飛び上がりそうなほど嬉しいでした。小学校一年生の比叡山の頃にもどりました。その場所は比叡山の麓、本当の森の中でありました。ああ、わたしはこれからも、これからであるなればこそ、その森の中でくらしたい、そうです、ここにその、森をつくりましょう、そうだったです。 今日の一首 何ものかいとしかはゆししみじみと人形抱きぬ息あるやうに 白蓮(『幻の華』大正8年発行)
2010.03.16
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いま、手元に白蓮(びゃくれん)さんの『几帳のかけ』を持っています。白蓮さんはご存知のとおり、柳原あき子さんです。九州の伊藤家へ嫁がれたので伊藤あき子さん、またの名を白蓮といいます。 手元に何冊かのその著書をもっていますが、ここにいま書きたいのはその『几帳のかけ』のことです。表紙は柔らかい茶色のなめし皮、その皮に金色の筋を入れて大きな薔薇が描かれています。発行は大正8年3月です。自分の手にしましたとき、すぐに気がつきませんでしたが、最終ページの余白に英文で「1920年2月3日に読み終わった」との意味の書き込みがあります。その年わたしはまだ生まれていません。わたしが手に入れましたのは「1997年10月3日」でした。 時間がありますと、わたしはその書き込みを眺めてうっとり考え込んてしまいます。その方はどのように思って書き込みをなさったか、いまここにそれを手にしているわたしは何者なのかと。(柳原あき子のあきは漢字で書きましたが、機種依存文字とかで排除されました。) 今日の一首 赤き星むらさきの星黄のほし森の奥より輝き出でぬ 白蓮(『几帳のかけ』「香の机」より)
2010.03.14
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昨日は残念、折角いただいたなつかしい歌曲「森の鍛冶屋」が聴けませんでした。 この曲には因縁があります。因縁といっていいかどうかわかりませんが、ふっとそんな言葉が浮かんだほどにやはり因縁があるのです。 わたしはいつかも、誰かに話したように、小学校一年生は比叡山の西麓、ケーブルカーの半ば下のあたりの林の中の一軒家に祖母につきそわれて、肺門リンパ腺炎の療養をしていました。わたしはそこが大好きでした。大事をとってのことでしたから、身体はピンピン元気、山を駆け回り楽しい月日でした。 そのときに聴いた音楽が「森の鍛冶屋」でした。やさしい方が、いま、わたしが聴きたがっていることを、お知りいただいて、昨日、その盤を作成、お手渡しいただいたのに、うちのパソコンがいうこと聞きませんで、喜びがお預けになってます。以上。しあわせなわたしの日記です。 今日の一首 昇る為沈む夕日よちる花よ別れは何の初めなるべき 白 蓮(『几帳のかけ』伊藤白蓮著・大正8年刊・玄文社)
2010.03.14
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「庭のことを思っていると、子どもの頃に親しんだ、放置されたままになっていた庭のたたずまいが懐かしく甦ってくる。 今では、もう見失ってしまった、そんな庭のことを思い起こしてみたい。」 (「失われた庭を求めて」) このような書き出しで書かれる文章がわたしは好きです。このあとにつづく文章をいまわたしは、なぞるように読みはじめています。読んでいますと、それはいつかこうして同じものをわたしはどこかで読んでいた、そう思えてなりません。 今日一日も平穏な一日でした。歩みのあとにのこる歩みを手繰りよせ、手繰りよせしつつ歩いていけたらと思っています。 今日の一首 恒河沙も五百那由他のその先も願はくはまた君とまみえん 佐藤礼子(「BOU」2009年冬号)
2010.03.12
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寒い一日でした。部屋にこもって仕事をしました。落ち着いてよくできました。 知人が書いた400字×12枚のエッセイも読んだりしました。心のやさしい人だなと思いました。こういうお方は傷つきやすくもおありです。でもがんばっておいでのことがよくわかります。がんばってください、わたしも似たところがありまして、よくにわかります。 ところで、先日のこと、大学の植物園へある樹木を探しにいきました。その知人といっしょでした。探しておいでの樹木がありましてよかったことでありました。 いろいろのことを、ゆっくり考えながら、今日はよい日であったことを感謝します。 でも何だか寒くて、早くに暗くて、雪が降りそうな夕方となりました。先日の綾部で写した写真を今日は使いました。 今日の一首 十九世紀オーストリアの小説を疑ひながら今日も訳しをり 高安国世(『真実』より)
2010.03.11
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既視感という言葉があります。 デジャ・ヴュというフランス語の訳語で「現在の視覚が同時に過去の再認識であるかの如き」感じを伴う、心理状態を指す言葉です。 知人の書物に見た言葉ですが、相当以前から納得の言葉としています。 今日の一首 われらこの佳き国に生き国王よりもゆたかなる語彙(ごい)をもてあますのみ 岡井隆(「歴表組曲」より・木曜日)
2010.03.10
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春季雑詠 七首から 明治三十八年 長塚節 (アルス名歌選) さながらに青皿並(あおざらな)べし蕗の葉に李(すもも)は散りぬ夜(よる)の雨降り 山椒(さんせう)の芽をたづね入る竹村(たかむら)にしたごもり咲く木苺の花 木瓜(ぼけ)の木のくれなゐうすく茂れれば雨は日毎にふりつづきけり わが庭の糯(もち)の落葉に散(ち)り交(まじ)るくわりんの花に雨しげくなりぬ 「洗練されてゐて而も純真限りなき素朴さ」です。思う歌を記してみることもよいことだと、思う気持ちから今夜はそれをしるしました。おやすみなさいませ。
2010.03.08
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急ぎの原稿を郵送したい曜日は、いいえ、その仕上がりは不思議に土、日になります。実は郵便局は一軒置いて隣にあるのですけれど、休日は当然ながら本局へ行かねばなりません。それでも、仕上がった日はいそいそとバスに乗ってそこまでまいります。 子供のように嬉しいからです。こんな気持ちをいつまでも味わえるなんてたまりませんね。封筒の中に必ずしも満足、100点満点のものが入っているとはかぎりません。限らぬどころかそれが当たり前、でも全力投球したものなのであります。 それから今日はもう一ついいことがありました。気持ちのよいことでした。それはがら空きのバスに一人で乗ったことでした。たくさん乗り場に待ってはったのに、わたしだけが乗りました。どこへ座ろうかなと見回して、川の見える片側へ座りました。 でも乗ったと思ったらお終い、次は車庫、入庫でした。それでも今日はランラン、そこから河原を歩いて目的地まで行きました。 歩くことは一番の健康法、今日もお恵みを感謝します。 今日の一首 草いちご洗ひもてれば紅解けて皿の底には水たまりけり アルス名歌選第十四編 古泉千樫選 長塚節選集
2010.03.07
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テレビなどで聞いていますと、たったいま聞いたのですから書きますが、こんなこと書く予定ではありませんでしたけれど、何ですかこの頃、何々制度とかいうものがいくつも出来ますが、今の人間、一人、一人では何も出来ないのですか。そんな危うさを感じています。 集ってすること、されることが大嫌いな自分だからいいますが、いかにもいいことぶってしている気がします。 年寄りだからですかしら、ひがみですかしら、そうかもと思い反省しつつ申しますが、先ず今日のひとつ、ご不自由なお方々を乗せた自動車は、どうか運転も模範的であってください。歩行者には規則以上に気をつけてください。 今日、表の格子戸を開けた途端に、玄関口すれすれに、そういったお方々をお乗せしたバス型の自動車が、ある程度のスピードで通りました。わたしは、いま一歩ということろで踏みとどまったのでした。 いまひとつは、そういった施設の前は駐車違反ごめんにて、舗道に乗り上げて乗降させておいでです。その間、こちらは、車道を通らねばなりません。 まず運転者他の教育をよろしく。 今日の一首 硝子窓ふかく鎖(とざ)してこもりけり薄曇りながら小枝ひかれば 山城しづか(「水の思惟」より)
2010.03.06
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今日は都合で、昨日の京都ホテルに於ける歌会のお話しを書くことにします。この会も135回を数えます。短歌の会は欲があってするものではありません。そういう意味では無意味かもしれません。でも欲がないということがどんなにお宝がいただけるものか、それが短歌のお宝、わたしはそう思っています。 月に一度のこの会も祗園で始まって以来、135回を数えることになりました。お宝の袋がどんなに大きくふくらんだことでありましょうか。 雑踏の駅に気分は爽快なり 飛行機雲がきさらぎを切る 球根の出(ゐ)でし土から小ひさき芽寒さを越して春の待たるる 真夜中のテレビ画面いっぱいの青空を見て今日が終わった 「五百色の色えんぴつ」の描く夢いまだ見果てぬ「十二色」世代 まほろばは大和の国のと人はいふわがまほろばに貝母(ばいも)は咲きて 今日の一首 吾はもや安見児(やすみこ)得たり皆人(みなひと)の得がてにすとふ安見児得たり 藤原鎌足(万葉集巻二・九五)
2010.03.04
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頃も頃おい、ぎをんの1200字を書き上げました。ありのままを京都弁も素直に入れて書かせてもらいました。まだ近くに置いておいて、一日二日何度も読み返します。たのしいことです。全く正直に書きました。ちょっと嘘書いて、かっこよくしょうと思ったけれど、こんな原稿は嘘書いて、絶対よくならない、それで、書き上げてよけいすっといたしました。 今夜は早くにおやすみなさいませ。 今日の一首 つもりしは春の雪にて蚕豆(そらまめ)のやはらかき葉もはや起き直る 高安国世(『真実』所収)
2010.03.02
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薔薇つむ手・銃ささへる手・相擁く手・・・の時計が指す二十五時 塚本邦雄の『水葬物語』の歌である。 現代社会の現実は、マンモスのように巨大であり、その中に投げ出された存在であるわれわれ人間は、盲人にひとしい。二十世紀人にとって、現実社会の実体について判断を下すことは、ほとんど不可能にちかい。そこでこの巨像のような現代社会の実体をさぐるには、手さぐりで各部分部分を観察し、それについての詳細な調査報告を書き上げる。そしてそれを総量することによって、わずかに全体を付度しうるのである。(『現代短歌・作家と文体』吉田弥寿夫、1978年発行から。) 今夜は懐かしい評論集を開きました。偶然、大学から出て来られたところをお出合いして、進々堂でお茶をいただいたのは数年前、それが最後でした。同じに「海馬」同人でもありました。すこし歌壇の様子もかわってきましたけれど、自分が決めた石段を一段一段あがっていくつもりです。 思うことは、ひとりひとりが謙虚にあゆんでいきたいことであります。かまわず、かまわれずにと。 今日の一首 うちふかく死にゆきしものとぶらふと放鳥のごとく人を発たしむ 吉田弥寿夫(「海馬」3号)
2010.03.01
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