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まだ明るくはならない、でも朝、やはり秋です。いま、どこかしらに秋があります。夜明けも遅くになりました。 そんなことをいいながら、当方小誌の夏号はつい先日、出たばかり、いまあらためて、表紙の絵などを眺めています。久しくに、親しくしていただいているお方から、この度、表紙絵を描き換えて送っていただき嬉しいことであったのです。どんな絵か申し上げましょう。もともと、紙芝居屋さんを描いた絵なのでしたが。 子供たちが楽しげに集っています、その様子がわれわれと思って楽しんで来ましたが、今夏からその絵のなかのお客さんが増えました。赤ちゃんをおんぶして、ねんねこを着た子守さんも見えます。お描きいただいたお方は、お仲間が増えましたからねと、おっしゃってくださいます、ありがたいことです。 裏表紙は梟を手にした少年が走る絵です。とてもユニーク、小誌が光ります。 今日の一首 「世に処(お)るは大夢の若し」わが庭を行きて帰らぬ純白の蝶 註 佐佐木幸綱(『夏の鏡』より) 註 李白「春日酔起言志」の冒頭部。
2010.08.30
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午前一時も過ぎました。懐かしいお方の文章、これも懐かしい雁書館発行のものを繰っていましたら、一人のお方のこれも懐かしい歌集の跋の言葉に、重要と思われる言葉を見つけましたので、今宵のブログはそれをうつさせてもらうことにいたします。 短歌は幻想の核を刹那に把握してこれを人々に暗示し、その全体像を再現想させるため の詩型である。 今日の一首 秋の水咽喉にさからひしろがねの髪わが肉にねざす不可思議 塚本邦雄(『青き菊の主題』昭和48年発行)
2010.08.29
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今宵は家の周りの虫がよく啼きます。いま連続してりりりーンと啼いている次には決まって、鉦叩きが啼きます。ほら、そういっていますとリリリーンが啼きやんで、チンチンチンが啼きだしました。同時に啼かないのが不思議です。 いま両方が啼きやみました。どちらが先に啼くかなと思います。チンチンチンから啼き出しました。チンチンチンは鉦叩きです。リリリーンは名を知りません。姿が見えないので、調べ難いのです。 天気予報で誰がどんなにいったってもう秋なんですから。 今日の一首 もろともに秋の滑車に汲みあぐるよきことばよきむかしの月夜(つくよ) 今野寿美(『星刈』より)
2010.08.28
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厳しい暑さの中にも、われわれと同じきに生きるものの虫たちが鳴いております。かれらの声を聞きましてわたしはほっといたしました。励まされました。ものいわぬものにこそ、習うことがあるように思わないわけにはまいりません。 ゆうべには払わんとせし蜘蛛の巣の朝は2ミリ間隔放射線状に この夏も蒲生野の道すがすがし稲葉のそよぎ草のいきれの しぶき受けホタルブクロのゆれ動くこころも涼し乗鞍の滝の 目の前にビルのあかりを下に見てうちあげられる花火われは宙なる あじさいの花のむくろの奥津城のうらの空き地は死海となりぬ ももとせを いきたるおやを ふめいとか しんじられない おやこかんけい 短歌を詠むことは、その詠む人の生きている瞬間の息つかいそう思う時、人の短歌はおそろしい生き物となります。ひとさまの生身にたはたやすくに触れられませぬように、それはふれられませぬ。それが詩歌のそのもの、そのように思います。 今日の一首 ガラス戸の外に咲きたる菊の花雨に風にも我(わが)見つるかも 正岡子規(「竹の里歌」抄)
2010.08.27
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北京から飛行機で内モンゴル包頭まで飛んだのはもう10数年も前のことになりましたか、時間がかかっても列車で大地を走りたかったのですが、段取りがうまくいかず夜間飛行で、真っ暗な包頭の空港に降り立ったものでした。その飛行機は北京から乗るときも包頭で降りるときも梯子からでした。 真っ暗でしたが、包頭の空港は舗装されていないことがわかりました。その土に両手をついて、わたしは「包頭」と小さく叫びました。すぐにホテルからの迎えの自動車がわかりましたが、周囲は真っ暗闇でした。それから走っても走っても闇、でもわたしは父の遺跡に会える、それだけで怖いもんなしでした。 ああもう一度いきたい、包頭へ、父の匂いの残る包頭へ、と思います。思いつめていますと、事は成就するものです。思いつめていましょうと思います。何故か突然今夜の記事はこうなりました。 今日の一首 生きて咲く今日の限りを宙に浮く白き芙蓉に真赤な時間 佐佐木幸綱(『夏の鏡』1976年7月10日発行より)
2010.08.26
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かってわたしのために、昔の美しい本を見出しては、お送りいただいたありがたいお人がありました。近頃になり脈略もなく抜きだし心の荒れの癒しの糧としています。 昨日から、九条武子『金鈴』の序を繰り返し読んでいます。その世に遠い言葉に妙に落ち着かされる昨日、今日です。その静かな結びを写します。 「さはれ、法の道におほしたてられし静かなる胸にも、猶さびしさのみたされざるものあ ればにや、その折々の思ひはあふれて数百首のうたとしなりぬ。この金鈴一巻よ、世に うつくしき貴人(あでびと)の心のうつくしさ、物もひしづめる麗人(かたちびと)の 胸のそこひの響を、とこしへに傳ふるなるべし。」 大正九年六月 佐佐木信綱 今日の一首 これはこのわが本心か十年の虐げられし戀のむくいか 九絛武子(『金鈴』より)
2010.08.25
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今朝は枕元の土壁の中から漏れる鉦叩きの音に起こされました。30年前好んで住みついたこの家に鉦叩き虫は裏切ることなくともに住みついていてくれます。 今午前5時すぎ、季節も裏切ることなく秋です。夜の明けが遅くなりました。 面しろの八瀬の竈風呂(かまぶろ)いま焚かば庭なる芋も掘らせてむもの 粽(ちまき)巻く笹のひろ葉を大原のふりにし郷(さと)は秋の日に干す あさなさな佛のために伐りにけむ紫苑は淋し花なしにして 長塚節(ながつかたかし)の八瀬、大原、寂光院に於ける歌です。 かわったかわったといいますが、かわったのは自然でなく、われわれです。われわれが変ったのです。変えたのです。昨日ふと時間がありまして、八瀬のあたりを覗いてきました。一軒変わらぬ茶屋がありました。八瀬西塔橋の袂です。
2010.08.25
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遅かった夏号の先ず仲間への発送を終え一段落です。早、読んだとの声が返ってきます。ほっとして、左右を見回しますとき、思い出す言葉がありました。 一冊子のなかの言葉でした。「身辺の平凡な出来事を日常の脈絡の中から切断すること、切断し、一現象を一現象として限りなく孤立させること。そのとき一現象は解きがたい謎となって輝く」と。これはむしろ知識として物事を考えないお人になら出来ることのように思われます。至極、自然体なことでありますから。 今日の一首 ゆくりなく振り向きしときわがみたり飼犬が階段をのぼりつつあるを 葛原妙子(『朱霊』より)
2010.08.23
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「午前0時になりました。ニュースをお伝えします。」このブログを書き初めた途端、アナウンサーの声がしました。いま、天気予報をいっています。わたしは何故か幼いとき、天気予報とニュースが嫌いでした。嫌いよりも怖かったのでした。 いまはそうでもありませんが、怖かった感覚はわかります。音楽や物語りとは異質だったからでしょう。 ところで、わたしは町内の今夏の地蔵盆の当番だったのです。真面目に割り当てられたお務めを果たして、かき氷などをいただいて嬉しいことでした。その時間の合間に、遅れているわれわれ短歌の会の会誌の発送にも精出しました。夕刻ぱらぱらっとゆうだち。 今日の一首 基督の 真はだかにして血の肌(ハダヘ)、 見つゝわらへり。 雪の中より 釈 迢空(『倭をぐな』以後)
2010.08.22
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なしなつめきびにあはつぎはふくずののちもあはむとあふひはなさく 「作者いまだ詳ならざる歌一首」、万葉集巻十六にあるそうです、いえ確かにそこにありました。 ところで今夜はなんと暑いことでしょう。早朝にでも起き出て、書こうと思っていましたブログを、この時間に書くことになりました。 かたわらの書籍から上記の歌を改めて読むことになりこの時間、楽しんでいます。植物の名を連ねながらたくみに利用し、懸詞で「君」「逢」「続」「逢ふ日」とイメージを次々かさねて恋ごころを訴えています。でも、こういった押韻のこころみは、古くに、歌の病として廃せられましたとか、少なくになったようでございます。 話しが飛びますが、わたしは歌会などを楽しゅうにしたいと思っております方で、「歌の病」とは、また面白くに、いにしえの方は申されたものと、かえって楽しむ思いでごさいます。
2010.08.19
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夕刻、長いホースで、表、裏の小庭にたっぷりの水を撒きました。高い枇杷の木からぽとぽと雫がこぼれ落ちるほどに。 それから、家中の電気を消して、玄関、縁側、炊事場の小窓その他を開け放ちました。暫らくして縁側の椅子に落ち着いたのですが、やがて、わたしに応えてくれましたか、ささやくような涼風が立ちはじめました。 そして、この秋?はじめての鉦叩きの音が聞こえるではありませんか、襤褸の土壁のわが家は鉦叩きの巣だと自慢していたのですが、生き継いでいてくれました。表を通る下駄の音に目覚めていま、ブログを書いています。縁側の椅子に極楽の眠りの時をいささかに過ごしたようでございます。 今日の一首 陀羅尼品呪文の如く口ずさむあまり淋しき夕ぐれの空 伊藤白蓮(『几帳のかけ』大正8年発行)
2010.08.18
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突然ですが、石榴の実は人肉の味がすると言われています。それは鬼子母神にまつわる話しから出たものらしいですが、わたしはその花、果実の様子が好きで、わが家から近い他所のお家の門脇にあるその木を、季節になりますと、いつも羨ましくしげしげと見て通っているのです。 6月頃、通りかかりますと、大形で赤い革質状の萼と深紅色の花弁をもつ花が咲いています。果実は大形の円形で、ぼつぼつ今頃、9月から10月頃に成熟しますが、外皮を開いて、裂け目から淡紅色透明の液体を周囲に含む種がいっぱい入っている様子が見えます。 ところで、鬼子母神は、人の子を殺して食べる妖しい女神でありましたが、仏様から「人の子を食べたくなったらこれを食べよ」と石榴を与えられたことから、逆にたちまち子供の守護神になったのでありましたが、そのことから、石榴の実は人間の味がするとの噂がたったようであります。 でもほんとうにその味は不思議、ちょっと酢ぱくって、でも、あまいです。わたしは決して嫌いではありません。 今日の一首 口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも 葛原妙子(『雁之食』より)
2010.08.17
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大文字の夜となりました。やや迷いましたが、出かけることにしました。家の裏の疏水べまでです。例年にはなく、そのまま疏水べの木の間隠れに火の消えるまでを見続けました。よろしかったです。とろろ冷やし蕎麦でお夜食をいただいて帰りました。思いかけないよい夜となりました。 今日の一首 耳を切りしヴァン・ゴッホを想ひ孤独を思ひ戦争と個人をおもひて眠らず 宮 柊二(『山西省』より)
2010.08.16
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ゆうべ、書き上げてから、いまは出せませんといった明示のため、涙を呑んだ一言をやはり書いておこうと思います。佐々木「一生かかって十冊の歌集を出して、それが大私小説なんだという・・・・。」寺山「ただ、大私小説というか大河小説に見合うところで短歌をつくろうとするには、日常を一つのダイナミズムとしてとらえていくバネというか、歴史との葛藤、”選ばれてあるとことの恍惚と不安”がないと無理ですよ」大岡「でないと、だいたい心境小説に行くね。この人はこの歌集の次だんだん心境が澄んできたとか(笑)、そういうことになる。」(『国文学』第28巻3号座壇会から) 座談会のごく一部の言葉ですが、寺山の言葉はやはりその中の軸となっている、大岡の言葉、心境が澄んできたとかはまこと恐ろしいと思わざるを得ません。そういうお人が多いですから。何の難もないというか、わたしはそういうところに立ち至りたくない、所謂、上手の手には乗りたくないそんなふうに思っています。 今日の一首 おしつめればただ一瞬のおとずれぞ青年の哀しみ煙る街角 橋本紀生
2010.08.15
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会場のホテルに着くやいなや、お仲間のどなたかが、地階で辣油を買ってきたとおっしゃる、会場の地階で売っているらしい、早く来たお一人です。でも帰りにしましょうということになり、帰路危うく閉店のところを開けてもらって、みんな手に手に辣油を携えました。ほっと安心でございます。辣油とは中国調味料で、サラダ油、干し貝柱、干しにんにく、干しとうがらし、ちりめんじゃこ、揚げねぎ、パプリか等々が入っており、熱々ご飯の上にちょっとのせていただいてもおいしいものでございます。さて。 窓よりの涼しき風の食卓にこの夏はじめての蝉の声聞く 鎌倉の八幡宮の大銀杏嵐に倒れしがひこばえの吹き けんていと かんじそろばん すいえいまでも こどものせかいも けんていばやり UVカット黒い日傘に手袋とちかごろ女性は黒づくめの夏 たちまちに夕立ぐもの近づきぬとどろく大雨滝のごとくに 昔は三井家の油小路の屋敷だった会場、でも今はそのフロントの人もご存知ないようで、おもての大銀杏にもの問いかける自分を哀れむ気持ちになります。向いには大政奉還の上表された二条城があります。 今日の一首 何を求め生くる命ぞこの夕べまぼろしきこゆミサ・ソレムニス 高安国世(『真実』奇跡より)
2010.08.13
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激しい雨の一夜があけました。静かにそして夕暮となりました。こうして幾夜が過ぎていったことでありましょう。 その幾夜の一夜、今夜はどうしても仕上げてしまわねばならない仕事がございます。そうなんです、幾夜を何んにもないでは生きていけないからであります。でもそうした当たり前のことに気付くことから遠くにいる人より幸せであることをしっかりと思うこのごろではございます。 たらたらと流すその汗が或いは自分そのものになっていくのかも知れません。そうなればいいのですけれど。汗を惜しむのではなくて、もう一度すくいとって、身に流しかえす業をしなければと思っております。 今日の一首 まぶた腫れ鼻つぶれても立ち向かふボクサーほどには闘はざりき 大崎瀬都(「名古屋では」)
2010.08.12
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わが家は京都東山連峰の一峰、茶山と呼ばれる山の裾方にあります。わが家の裏あたりから東へは何となくに道はのぼりになつていることを感じるのですが、突き当たりは現在、造形大学になっており、その広い正面階段(以前はテニスコート)の近辺が茶山になります。 茶山には江戸時代の豪商、茶屋四郎次郎の豪邸と名園がありました。茶屋家は徳川家と結び御朱印船貿易で巨万の富を得たといいます。茶会も度々開かれ、詩仙堂の石川丈山もここに漢詩を残しています。 ところで、茶山の奥に続いて瓜生山があります。ようやくに話はここまで来ましたが、このたび書きたかったことはこちらの山のことでもありましたが、瓜生山は現在の八坂神社、昔々の祇園感神院の牛頭天王がこの山に降下し、牛頭天王がウリが好きだったためその名がついたのでありました。 実はかってその話を今は亡き前登志夫にしましたところ、興にのられて、ぜひそこへ連れて欲しいとおっしゃっておりましたことも、今はなつかしい思い出となりました。しかしながら、これら近辺の山々も何となしに自然の「力」を失いつつあるように見えますことは、わたくしども近辺の者の日常の悲しみではございます。 今日の一首 山道に野鹿の角の落ちてをりもうかへらねばならぬこの道 前登志夫 「野生の声 鬼道の秋」
2010.08.11
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広沢の池近く音戸山の真宗高田派寺院の墓地へ先祖をたずねていってきました。水場で手ごろのバケツに水をみたし、樒をもとめ足元の踏み石に気をつけて歩みましたが、わが家の墓石の直前で躓き、水を全部こぼしてしまいました。 そのときわたしは思いました、ああご先祖さんは怒ってはると。たまにしか来ないわたしです。仕方なしにやり直し。二度目はさすが怒り蟲の先祖の面々もお許しいただいたらしく、おだやかに拝礼、帰路につくことが出来ました。 帰路、先祖がお世話したお方の墓石に残して置いた水をそっとかけました。わたしはそのお方のお子さんが好きでした。お墓参りはいいですね、素直な心になれます。 今日の一首 ものいはぬ木草にまじりただひとり頭低れたるわれを我見る 尾上柴舟(『永日』明治42年8月5日印刷)
2010.08.10
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終に写真なしの環境になりました。出そうなのもありましたが、もういやだそうです。 ところで、今日はわが子から「あそびをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、」といってきましたから「わが子は二十に成りぬらん、博打(ばくち)してこそ歩くなれ、国ぐにの博党に、さすがに子なれ憎う無し、」と返してあげました。 「この頃都に流行る物、肩当、腰当、烏帽子止(えぼうしとゞめ)、」夜なべにいつも針仕事をしていた祖母にはこの歌で呼びかけるのが合うたような気がします。 今日の一首 男を辞せぬ人、 賀茂女伊予女上総女、はししあかてるゆめなえの辻子の人、 室町辺のあこほと 梁塵秘抄巻第二、398
2010.08.08
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昨日から綾部へいってきました。綾部はなるほど里山の美しいところです。昔、茶道などの習いごとでごいっしょだった人が夫人になられらた里山の研究学者の先生がおっしゃっていたように、なるほど、綾部の山はうつししい、当地のお方々はしゃぼん玉が、ぽっかりぽっかり浮いているようと表現したりなさっています。 さてその奥地、日本海も近くであろうと思われる有安谷というところまで昨日今日、いってきたのですが、その地には親しい一人の友、トレーシー・グラスが住まっています。彼女は陶芸家、わたしはまことにその青の美しい、壷を手に入れてまいりました。 話によると、銅釉+くり+蠣灰の段取りにて炭化灰釉を按配するそうです。、まだまだ研究中といっていました。暑さにいささかダウンしましたが、夜は涼しくやすませてもらい楽しい小旅行でありました。 今日の一首 ヴランダに地図をひろげてねむりゐぬコンゴの国はすずしさうなり 前川佐美雄(『植物祭』より)
2010.08.07
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ようやくにここまで辿りつきました。ようやくにですけれど、渦中にいるものにはやっとのこと。なるほど鈍ということもありますしね。 今頃、われらの夏号が手を離れます。ごめんなさいであります。でも、こうしていると気持ちがいいな、これからもやるぞ。なんですかこんなこといってたって、すばやい人からみればアホみたいなものですね。 白珠は 人に知らえず 知らずともよし 知らずとも 吾し知れらば 知らずともよし これは『万葉集』の巻六にある元興寺の僧のよんだ旋頭歌です。旋頭歌は文字のあらわすように、集団のなかでかけあいで詠唱されたものでありましょうから、たいていは問答形式になっています。そして対話は一方が問いかけ、他方が答えるので、そのやりとりの間に空白の時間が生じると感興の高揚をそこねるから、片歌の最後の七音の部分は繰り返しになっています。 わたしは何だかわかりませんが、この旋頭歌というものが好きです。なんで、こんなときにそんな事を書いたのかわかりません。 もう眠らねば。
2010.08.04
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少し昔、同人誌にご一緒したお方の著書の言葉に、現在の自分の場には得られぬ飢渇を充たしたいと思います。「短歌批評建設のために ペーパーシアター”ハムレット”論」2より、そのほんの一部を。 T・S・エリオットは「ハムレット」論の中で次のようにいっている。 芸術作品は、その性質上解釈されるべきものではない。そこには解釈すべき何物もないの である。われわれは、他の芸術作品との比較において、規範にしたがって批判しうるのみで ある。そして「解釈」のための主な仕事は、読者が知らないと思われる適当な歴史的事実を 提供することである。と。 今日の一首 「さばかりの事に死ぬるや」 「さばかりの事に生くるや」 止せ止せ問答 啄木(『一握の砂』)
2010.08.01
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