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うちから車で2,3分の所にホテル軽井沢1130(イレブンサーティー=標高)というリゾートホテルがあり時々そこの温泉に入りに行くのだが、今日はその後初めて全身のマッサージを受けてみた。最初は全身のピーリング。いわゆる垢すりである。そしてシャワーの後はスクワランオイルをたっぷり塗られてリンパマッサージ。老廃物を流して行くのが目的なので時に圧迫感を感じることもあるが、全体的にはとても気持がいい。最後にフェイシャルをして保湿パック。気がつくと2時間近くが経っていた。お水をたっぷり飲む。心なしか身体が軽くなり、何だかおメメもパッチリしたみたい。温泉付きフルコースで16,000円と少々お値段は張るけど、健康のためにも月一回ぐらいは許される贅沢かな?心だけでなく身体も可愛がってやらなきゃ・・・などとちょっとリッチな気分で帰宅。午後からはフランスの孫たちへのお土産を買いに佐久まで行く。私が行くのを待って8歳の孫娘がおひな祭りパーティーを開きお友達を12人呼ぶというので、その子たちへのプレゼントを100円ショップで調達。千代紙風の折り紙、キティーちゃんのシール、光るブレスレット、お菓子などの形の消しゴムなどなど。そして別の店で駄菓子やひなあられなどを買ったら結構な量になってしまった。明日はそろそろパッキング。ほかにもフィンドホーンやアムステルダムの友人たちへのお土産もあるのでうまくスーツケースにおさまるだろうか。でも旅行の準備はなかなか楽しいものだ。
2005年02月26日
昨夜の社会福祉協議会での講演会は無事終了した。「人との関わりの中で自分を知るということ」というタイトルで1時間半ほど話をしたのだが、どこまで分かってもらえたかは分からない。 話のきっかけになるようにあらかじめ「自分を知るためのチェックシート」というものを作り記入してもらった。「私は人のことがとても気になる」「私は自分が好きだ」「自分は欠点だらけの人間だと思う」「私は遊ぶことや楽しむことに罪悪感を感じる」など28項目の横に0%から100%までの線を引き、自分が何パーセントなのか自己診断してもらったのだが、スピリチュアル系の人にはなじみのあることでも、自分のことを見つめるなんてことに慣れていない人たちにとっては戸惑ったかも知れない。 人間関係の基本は先ず自分を知り、自分を受け入れ、自分を好きになることだと思う。そして自分も相手も尊重し、常に愛を以って接すれば人間関係はスムーズになるはず。何か少しでもお役に立ったらいいのだけれど。
2005年02月25日
昨日の皇太子の誕生日会見はなかなかよかったなぁ。特にあのドロシーさんの詩は秀逸。我が子を虐待したり、偏差値オバケになっている親たちに是非読んでもらいたいと思う。今から45年前のこの日、私のおなかの中にも2番目の子が宿っていた。一ヵ月後の予定日を前にミシンをかけていたらラジオから(当時はまだテレビはない)「皇太子様がご誕生になりました!」という興奮したアナウンサーの声が響いた。うちはすでに2歳半になる女の子がいたので、今度はうちも男の子だといいなと思ったのを覚えている。そしてその通リ長男が生まれた。それから半世紀近くが過ぎたのかと思うと夢のようだ。いろいろなことがあったなぁ。死にたいと思ったことも何度もあったけれど、今生きて来てよかったと心から思う。今何か苦しみを抱えている人に言いたい。困難につぶされずそれを乗り越えた時、想像もしなかったような美しい花園が待っていることを信じて生き続けてほしいと。
2005年02月24日
この間の点滴とクスリが効いたらしく、あれほどひどかったハナも止まり食欲も戻ってすっかり元気になったのだが、まだ少し喉が詰まったような感じが取れず時たま咳が出る。長い海外旅行の前なんだから念のために病院へ行ったほうがいいとうるさく言う息子に車に乗せられて、2年前に新しく出来た病院へ連れて行かれる。草津へ上って行く道の途中にあるその広くてきれいな病院へ行くのは初めてだが、四方に山が見えるとても眺望のいい所にある。こんな所なら入院も悪くないと思った。こちらへ来て9年間歯医者にしか使ったことのない保険証がここのところ忙しい。診察の結果もうほとんど治りかけていることが分かり安心する。トローチと痰切りのクスリをもらって病院を後にし、せっかくここまで来たのだからと草津の無料風呂の一つ「こぶしの湯」へ行く。脱衣場も浴室も家庭用の倍くらいしかない狭い所だが、17箇所ある無料風呂は皆大体この程度。その中でいちばん奥にあるこの「こぶしの湯」は湯質が最高。源泉は50度近くあるので水で薄めなければとても入れないが、それでもトロリとした濃い感じがする。しばらく浸かって出ると身体中真っ赤。湯気がもうもうと立つ。とてもいい気分。温泉まんじゅうを買って帰る。今日は決算書と青色申告を税務署に郵送したし、すべきことは全部終わってほんとにいい気持。バンザ~イ!
2005年02月21日
今朝洗濯物を干している時、突然亡くなった両親の顔が脳裏に浮かび、そのとたん胸の中の水の入った風船がバーン!と破裂したように、どうしようもないほどの感謝の念が湧き上がって来た。なぜだかわからない。このことは長くなりそうなので後日ゆっくり「エッセイ」のコーナーに書きたいと思う。今日は午後から第二回目の読書会。先月同様またまた前日が大雪になり、どのくらい来てくださるか分からないけれど車が停められるようにはしておかねばならない。とても人力では無理なので、いつもお世話になっている軽井沢高原ビレッジの小林さんにお願いする。間もなく風邪気味にもかかわらずご主人が巨大なペイローダーで来てくださり、見る見る駐車場が広くなって行く。ほんとにありがたいことだ。集まったのは私を入れて7人。「心の扉を開く」の2月19日と20日のページを読む。テーマは「謙虚な気持で学びなさい」と「浅瀬で泳ぎは覚えられません」。いつものように順に少しずつ読み合わせをしてから、そのテーマに沿って、又本文の中に出てくる「プライド」とか「信仰」とかいう言葉から感じたことを話し合う。車で一時間半もかけて来て下さった方もあって感激だった。日ごろはなかなか自分の中の深い部分に触れる話をする場がないので、この読書会を利用して下さる方が増えるといいのだけれど。いずれ同じことを東京でも月一でやれたらと思っている。
2005年02月20日
昨夜から細かい雪が降り続いて又20センチくらい積もったが、午後からは気温が上がったらしく大きなボタン雪に変わる。風邪はほとんど良くなり雪かきしようという元気も出て来たので車の雪を落とし、月一回の短歌会へ出かける。今月出した歌は 「外つ国の獄中に湧ける短歌(うた)幾多岩清水のごと 罪浄むるか」これは朝日新聞の朝日歌壇にアメリカから投稿し、よく入選している郷 隼人さんという人がいて、その内容がいつも獄中を詠んでいるので興味を持っていたら去年幻冬舎からその人の歌集が出た。早速買って読んでみたらカリフォルニアの刑務所に20年前から終身刑で入っている人だと分かった。終身刑と言うのは仮出所も許されず死ぬまで刑務所暮らしを課せられる過酷な刑だ。3畳ほどの狭い独房と運動のために出る殺風景な中庭のみの限られた生活から、本当に素晴らしい短歌が無数に湧いて出て来るのだ。こんないい歌を創る人がなぜそんな大罪を、と思いながら読みとても感銘を受けて、その思いを短歌にしてみたのだが、彼の作品にはとても及ばない。ペンネームの由来から鹿児島の人と分かるが、いつか機会があったら二度と帰れない故郷の名産でもおみやげに面会に行ってみたいと思っている。
2005年02月19日
朝迎えに来た息子の車に乗せられて15分ほどの距離の三原の町にある内科医へ行く。診察の結果水分が不足していると言われ2時間近く点滴を受ける。これで2回目だけれど、最初はいつだったかなと考えてみたら11年前だった。当時は自然食品の店をやっていて、週一回の定休日には赤字補填のためのサイドビジネスもやっていたので夜遅くまで飛び回り、そんな時レストランで食べたカキフライに当たって下痢をしてしまったのだ。その時も娘に強引に病院へ連れて行かれての点滴だった。看護婦さんに「過労はダメですよ」と怒られたっけ。今回も医者に「少し忙しすぎたんじゃないんですか」と言われてしまった。身体はあまり使ってないけどフィンドホーンツアーの準備に手落ちがないよう、少ないノーミソをフル回転させていたのは事実。やはりこれからはもう少しのんびりすることを覚えなくては。でも出来るかなあ。
2005年02月17日
戻って来たって、何が? 待ちに待ったニオイが!今日も相変わらず食欲がなく、一日中どこへも出かけずコタツの中でフィンドホーン参加者の名簿と最終的なお知らせを作っていた。表みたいなものはとても苦手なのでせっかくうまく行ったと喜んだとたん、なぜか字と字の間が広がってしまったり次のページに飛んでしまったり、ええーっ?なんでぇ? またなのォ?などと独り言を言ったり髪をかきむしったり、とても人様には見せられない姿。ようやく終わってあとは印刷するだけにこぎつけた時はもう夕食の時間。支度が面倒なので買い置きの「養々麺」を袋から出して丼に入れてお湯を注ぐ。そしてMAMIちゃんが買って来てくれた鎌倉「味くら」の漬物のきれいな長ナスを切る。そして丼のふたを取ったとたん、プーンとわかめのいい香りが!♪もどぉって来たぜハァーコダテへー♪ じゃないか・・・ニオイがするってこんなに嬉しいものかって思う。おそばが美味しい! 漬物も美味しい! ありがとうMAMIちゃん! もう大丈夫だぞー張り切って印刷を開始。全部で84枚。これから21通の封筒の宛名を書いて明日郵便局へ持って行けば、あとは2週間後の出発を待つだけだ。バンザーイ!
2005年02月14日
茨城のユキさんはほとんど毎週日曜日に軽井沢高原教会でゴスペルを歌っている人。12時集合とのことなので皆で11時半に出発。3連休の最終日の割には道路もすいていて20分ほどで到着。礼拝は1時45分からなので我々4人はそのまま「とんぼの湯」へ行く。ここも意外にすいていてのんびりと温泉で手足を伸ばす。そして隣りの村民食堂へ行き昼食を摂ってから再び教会へ行く。明日がバレンタインデーとあって、今日は「聖バレンタイン特別礼拝」。西暦3世紀のローマで若者が恋人と別れるのがいやで戦場へ行きたがらないため、皇帝が結婚禁止令を出したが、それを憂えた聖バレンタインが密かに結婚式を執り行い、そのために処刑された日が2月14日であることが牧師さんによって語られる。実はチョコレート、まして義理チョコなどとは全く関係のない日なのだ。この牧師さんはいつも聖書の話とは関係ない感動的な話をなさるので私は大好き。真の心の世界が分かっている方だと思う。話が終わると地元のクワイヤの人たちとユキさんたち6人のゴスペルシンガーたちが元気よく歌いながら入場。一気に教会内の気が盛り上がる。一緒に手拍子を取りながら歌ううち声が震え涙が出て来てこらえるのに必死。歌は人を感動させるが、讃美歌やゴスペルほどハートにストレートに入って来る歌はない。とても心に沁みる礼拝だった。
2005年02月13日

毎年2月の第二土曜日の夜は雪の上に数千本のローソクを立てる「炎のまつり」という北軽井沢の冬のイベント。いつもは浅間山のすぐそばが会場だが、今年は立ち入り禁止になっているので町の広場に変更になった。それを見たいと湘南方面からの友人3人と茨城のその又友人がお昼前に到着。峠の釜飯でお昼ごはん。まだ食欲が戻らず半分しか食べられない。午後はお茶を飲みながらコタツでゆっくりおしゃべり。4時半過ぎ寒くないようにと皆武装をして点火式に出かける。私は夕食の支度を済ませてから息子たちと鬼押し太鼓の演奏に間に合うよう1時間後に出かけた。去年までのように山の斜面に川の流れを形取って立てられたローソクとは違いずっと規模が小さくなっている。少しがっかりだったが最後の打ち上げ花火はなかなかのもので、今までに見たことのないような新しいものもあってとてもきれいだった。一発打ち上げられる毎に回りの人々からウォーッ!という歓声が湧き起こり雰囲気を盛り上げる。家に戻って夕食。その時私は嗅覚が全くなくなっていることに気付く。ようやく空腹感は戻って来たのに匂いがわからないのでは食は進まない。改めていつも当たり前と思っていることの有難さに気付き感謝。
2005年02月12日
今朝はスッキリと目が覚め、まだハナは出るけど咳は止まったようなので車で2,3分のリゾートホテルの温泉に入りに行く。露天風呂の岩に積もった雪の一部が溶けて丁度スヌーピーが寝そべっているように見えておかしい。宿泊客以外は入浴料1,200円近いのに、村の福祉事業のお陰で私は100円で入れるのだから有難い。冬はうちのお風呂は寒いからなるべく近くの温泉に行くことにしている。広い浴室に私一人。これが贅沢でなくて何と言おう。家に戻り陽の当たる縁側のロッキングチェアーでゆっくり新聞を読む。庭に目をやると雪の上をリスが走り回っている。今が繁殖期なので時には4匹くらいが駆け回ることがある。餌台まで来て何もないとあきらめて帰って行く。毎日のようにヒマワリの種を山ほどおいてやるのだが、沢山の小鳥たちも来てすぐになくなってしまう。庭に降りて餌を足す。風邪はもう治ったようなものだが、相変わらずおなかが空かなくて困ってしまう。その代わりコタツに入っているせいかしきりにのどが渇いて、朝から野菜ジュースばかり飲んでいる。もう1リットルぐらい飲んだだろうか。近所のお嬢さんの大学合格の報を知りとても嬉しい。彼女の前途に祝福あれ!
2005年02月11日
一昨日東京から帰って来てから咳が出始め、食欲も今一つ。動作が緩慢になりやたら眠くてしょうがない。それでも今日は車の一年目の点検に出かける。1時間ほどかかるということなので、その間自動車屋さんの近くにある温泉に入りに行く。午前中なので誰もいない。風邪気味の時に温泉なんて良くないのかも知れないが、熱も寒気もないから大丈夫と自己判断。家に帰って来てから1時間ほど昼寝。相変わらず空腹感はないのでお茶だけ飲む。午後はやりかけの帳簿つけ。ささやかな売り上げしかないけど一応青色申告なのでこれは毎年の仕事だ。それが終わったら3月のフィンドホーン参加者の名簿を作って最終的なお知らせと一緒に皆さんに送ればすべきことは全部終わる。そうしたら少しのんびりしよーっと。
2005年02月09日
5日ぶりに我が家へ戻る。息子が迎えに来てくれたので駐車場まで歩かずに済むので助かる。ツルヤで買い物をしてから「とんぼの湯」に行く。広い広い露天風呂に私一人。燦々と降り注ぐ日差しの中で真っ青な空を仰ぎながら豊かな温泉に浸っていると、もうそれだけで充分幸せ。庭の雪はまだかなり積もったままだけれど、日差しはもう柔らかく春の気配。ウイッキーのお墓も雪に埋もれていたが、息子がちゃんとそこだけは雪を取り除いていてくれた。なかなか優しいのだカレは。ツルヤで新鮮なカキを買って来たので夜はそれでシチューを作り仕事を終えた由紀ちゃんもまじえて3人で夕食。その後WOWOWで映画を見るが私は途中でパソコン仕事。池澤夏樹のメルマガ「異国の客」が届いたので早速読む。「イラクの小さな橋を渡って」がアラビヤ語に訳されるとのこと。この本はすでに英語、フランス語、ドイツ語、韓国語、ギリシャ語に訳されていて日本語版の数倍の読者がいるという。もしイラクが倒されればアメリカは他のイスラムの国々も同様に配下に置こうとするだろうから、負けるわけには行かないとサダム・フセインの残党が戦っているのだという訳者のモロッコ人ジャーナリストの言葉に暗澹たる思いになる。宗教色の薄い日本は敗戦後あっさりとアメリカナイズされてしまったが確固たる信念を持つモスレムたちは一筋縄では行かない。そのことにヤブとその中の小さな泉も気がついてほしいものだ。
2005年02月07日
昨夜は昨年のフィンドホーン仲間の一周年記念と、その中で結婚したカップルのお祝いを兼ねた食事会を青山学院近くのイタリアンのお店で開いた。新婚の二人は去年の今頃はまだお互いに会ったこともなかったのだから人生は何が起きるか分からない。メキシコ方面への新婚旅行から帰ったばかりの二人は本当に幸せそうで、その様子を眺めているだけで心が暖かくなる。お祝いはメンバーの一人の提案で Something Four(何か古いもの、何か新しいもの、何か借りたもの、何か青いもの) をそれぞれが持ち寄ることになった。これはヨーロッパの習慣だそうで、古いものは「古き智慧」、新しいものは「希望や未来」、借りたものは「友愛」、そして青いものは「幸福」を表すとのこと。そして持ち寄ったのは「香港が占領された時の米軍の軍票」「新しい大きなキャンドル」「コサージュ」そして青い花のブーケとブルーの毛糸のソックス、青いガラスのペンダントと指輪。後で聞いたら本当は青いものは花婿だけが見ることを許されるブルーのガーターを贈るのが慣習なのだそうだ。それでも花嫁のY子さんはとても喜んで涙を浮かべていた。彼の方もとても幸せそう。よかった、よかった。さて、今年の「体験週間」参加者は21名。もう飛行機も満席だからこれ以上は増えないと思うが、今年はどんなメンバーでどんなことが起きるやら。もう出発まで3週間しかないがとても楽しみ。
2005年02月06日
今日は母校での月一回の「賛美歌を歌う会」の日。四谷駅で級友と待ち合わせて昼食を済ませ、同窓会館へ向かう。まだ少し時間が早いので、懐かしい学校をのぞいて見ようと正面入り口へ行くといつになく人だかりがしていて、報道陣のようなビデオを抱えた人までいる。何事?と思ったら、何と今日は中学の入試の合格発表の日だったのだ。そう言えば東京の私立中学の入試はいつも2月1日か2日に集中していたっけ。入学許可証を手にした親子連れが何組も出入りしている。私たちの頃はクラスも二つしかなくとても家族的で進学率も50%だったのに、今や進学校と化してしまった母校。合格した人はおそらく何年も塾に通ったりして来たことだろうからさぞ嬉しいだろうが、卒業生としては何となく複雑な思いだ。さて、今日も発声練習から初めて何曲かの賛美歌を歌う。5月の同窓会の総会で歌うことになったとかで、先生の指導にも熱が入る。先生は私たちより一学年下の方で、昔同じ演劇部の仲間だった人。その当時から音楽の素養のある方だったけれど卒業後は音楽系の大学に行かれて、母校の音楽の先生をなさっていた。私の長女も中学高校とこの学校だったので教えて頂いたこともある。メンバーは20代から70代までの約30人。それぞれ年齢は違っても、同じ学校で6年間を過ごしたという親近感があるのでとても和やかな雰囲気。先生のほとんどが卒業生で転勤もなく、後輩を教えるわけだから当然学校や教え子への愛が深い。親子で同じ先生に習うことも多いのは私立ならではのこと。改めて母校の良さ、懐かしさをかみしめる。
2005年02月02日
夕方細かい雪が絶え間なく降る中をユキちゃんに軽井沢駅まで送ってもらって東京へ向かう。軽井沢でいちばん寒い場所はこの駅ではないかと思うくらいコンクリートと吹き抜けが寒い。うちのほうは軽井沢より更に北で標高も200メートルくらい高いのにこれほど寒くはない。東京に出て来るにも全く同じ服装で大丈夫。むしろ東京のコンクリートで固めた町のほうが氷の柱の中にいるみたいだし、林の中では決して吹かない冷たい北風が身に沁みわたる。天気予報では今ものすごい大寒波が来ているというが、うちの中にいてはピンと来ないし、外気温がマイナス6度でも雪かきや散歩ではコートなど暑くて着ていられない。どこかへ行くには車に乗ってしまうのでやはりコートはいらないし、それが必要なのは東京へ行く時だけだからおかしなものだ。マイナス何十度となったり、雪も何メートルも積もる北海道の人には多分何も言わない人が、軽井沢の住人にはまるで冬は人間が住めないようなことを聞くのは不思議だなあ、とかねてから思っている。 「寒い」より「気持ちいい」が先なのよ 分かってないね 都会の人は
2005年02月01日
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