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昨日は長野県真田町の酵素玄米カフェ「みんなんち」で酵素玄米の講習会があり、川越から新井郭之先生がいらっしゃるというので車で40分、鳥居峠を越えて出かけた。先生にお会いするのは「カフェフルール」の開店1週間前にエイトスターでの講習会に参加した時以来9年ぶり。あれから一体何百回酵素玄米を炊いたことだろう。最初は雑穀を混ぜて圧力釜で炊いた「普通の」玄米を出すつもりだったのが、「酵素玄米でないなら玄米はやめたほうがいい」との友人の一言で「やっぱりそうか」と思い切って東京まで出かけたのだった。道具を揃えるのにお金もかかるし、炊くのも大変だしで二の足を踏んでいたのだが、やはり酵素玄米にしてよかった。100パーセントの人が美味しいと喜んで下さり、うちで召し上がったのがきっかけで、自ら講習会へ足を運んで自宅で始められた方も大勢いらっしゃる。その玄米に自分で育てた有機野菜をつけてお出し出来る期間は短いけれど、私も満足お客様も満足でそこに笑顔が広がる。うれしいな、と思える幸せなひとときである。その代わり夏は大変。二つの保温・発酵ジャーがフル回転して私の口にはとうてい入らない。一週間一回でも大変なのに一日2回炊く時もある。お客様が少なくなる今頃にならないと自分の番がまわって来ない。9年ぶりにお会いした新井先生は長髪を後ろで結び、濃いグレーのダブルのスーツに黒のシャツでピシッときめてなかなかダンディー。以前は「怖い」というイメージだったのだが、ぐっとソフトになって優しい感じ。70近いのに肌はつやつや、しわ一つない。相変わらずスリムで若々しい。さすが酵素玄米28年の年季が入っていらっしゃる。先生は昔普通に炊いた玄米を6年間食べていらしたそうだが、すっかり胃下垂になってしまわれたそうだ。それを酵素玄米に変えたら大変な好転反応があったそうだけれど、顔中あったシミも消え、喉頭ガンも心臓肥大も治ってしまったとか。久しぶりに聞く講義に改めて酵素玄米の素晴らしさを再認識した。玄米の表皮はプラスの電荷を持っているのでそれを破壊してマイナスに変えるために塩を溶かし込むことや、そのためやはりプラス電荷の強酸性の胃酸と反発しないこと。普通の炊き方では静電気を抱えたままなので分解されず、マイナス電子が欠けるので酸化(腐敗)する。酵素玄米はプラスとマイナスの両方を持っているので腐らない。血液の素は小腸で作られているが、小腸にいる微生物はマイナス電子が欠けた核を食べると毒素を出す。いったい何のために食べるのか→それは魂に光を入れるため→光が弱まるとエネルギーが下がる→恐怖心が起き暗くなる→病気、憑依現象。命あるものを食べることが大切→自分を大切にする→他人を大切にする。固い玄米は何回も噛まないと消化が悪い。噛むことはいいことだが唾液が沢山出過ぎると食欲中枢が刺激されて満腹感がありあまり沢山食べられない。酵素玄米は沢山食べるほどいい等々。魂に光を入れることで直感力が高まる。左脳の判断は間違うが、魂の判断は正しい、とはいつも私が感じていること。非常に納得出来た。先生の説得力ある話に改めて酵素玄米をしっかり食べようと思ったことだった。
2005年09月30日
HPアクセス3万のキリバンゲットの方判明!掲示板にも書き込んでくださったけど、今日直接メールを頂いて素敵なシンクロがあったことを知った。彼は以前うちのすぐそばのバリ島風ペンション「エスティバンクラブ」に宿泊されたことがあり、先日ガールフレンドと軽井沢へ遊びに来た折そこのエスニックディナーが美味しかったことを思い出してナビを頼りにいらしたのだそうだ。そうしたらもうすぐ目的地という所でうちの前を通りかかり、そこに前に一度だけ見た「カフェフルール」のHPの写真と同じ建物と看板が立っていたとのこと。すると隣りに座っていた彼女がびっくり。というのは彼女は私の娘の友人で、まだお会いしたことはないけれど私のHPをよく見てくださっているのだそうだ。まさか目指すペンションのすぐそばにうちがあるとは思っていなかったらしい。そしてその数日後、彼の家にいる時にうちのHPを開いたら丁度アクセス数が30,000を示していたのだそうだ。たまたま2度目という方になってしまったのは「常連」の方に申し訳ないけれど、全然知らない方の場合だってあるわけだから、こんなシンクロで当たってくださったのはとても嬉しい。こうさん、さっそく記念品をお送りしますので待っててくださ~い。
2005年09月28日
「カフェフルール」のホームページのアクセス数が30,000を越えた。丁度その数になった方には記念品を差し上げたいと書いたのだけれど、どなたからも連絡がなく残念!私が最後に見た時29,998だったので楽しみにしていたのだが翌朝開けたらもう30,025になっていた。今からでも覚えのある方はご連絡くださ~い。丁度1年前からブログ日記を始めたので、急にアクセス数が増えた。私のような無名の者のHPをいったいどなたが見てくださっているのだろう。多分お会いしたことのない方もいらっしゃるに違いない。書き込みをして下さる方は分かるのだけれど、拙い日記や勝手なことを書いているエッセイなどを読んでくださる方があると思うと感謝の思いでいっぱいになる。たまにはお役に立つこともあるらしく、思いがけずそのことを知るととても嬉しい。この場を借りてお読みくださっている方に心からお礼を申し上げたい。ほんとうにありがとうございます!さて、すっかり秋となりお店の前にある20メートル近い5本のクルミの大木が落葉を始めた。この木はほかがすっかり緑になってからいちばん最後に芽吹き始めるのに、葉が落ち始めるのは真っ先という短命な木。膨大な量の葉が全部落ち切るまでには何週間もかかる。その間の落ち葉掃きが大変。クルミだけではなく白樺ももう葉を落とし始めた。まめに掃かないとまるで廃屋の庭のようになってしまうのでこれからの日課だ。あちこちに落ち葉の山を作って焚き火をするのも楽しいし、ヤキイモはつきもの。新聞紙を水で濡らしてさつまいもを包み、その上を更にアルミホイルでくるんで落ち葉の山の中に入れる。今日は雨なので、お天気になったら、さあ、落ち葉掃き!ヤキイモ食べたい人集まれぇー!
2005年09月25日
レブさんと入れ違いに5人の人が1泊して帰った日、今度は私の友人の長男のおヨメさんで私の最初のフィンドホーンツアーに参加したS子さんがお友達の音楽療法をしている女性とやって来た。S子さんは今妊娠6ヶ月。いちばん安定している時だ。うちには何度も来ていてひと夏お店を手伝ってもらったこともあるので勝手知ったる家というわけ。2年前にカウアイ島へ何人かで行った時S子さんとも一緒だったきくちゃんが丁度別荘に来ていたので電話をかけると飛んで来て再会を喜び合う。夕食は温泉へ行った帰りにレストランでと言うことになり、近所へ越して来たばかりのまりちゃんも加わって皆で鹿沢温泉へ出かける。だんだん人数が増えて、S子さん曰く「ブレーメンの音楽隊みたい」。そして昨日は年に一回の短歌会の吟行の日だったので、留守中に帰るS子さんたちを置いて朝から六合村(くにむら)へ出かけた。そこは緑深い山々に囲まれた静かな趣きのある村で、小さいけれど文化程度はなかなか高い所だ。若山牧水が草津から沢渡への旅の途中「枯野の旅」という詩を書いた暮坂峠にその詩碑を訪ね、帰りには道の駅のそばにある応徳温泉に初めて寄る。源泉かけ流しのとてもいいお湯だった。家に帰ってしばらくすると今度は私のいちばん年下の友達ふみちゃんがカレシと一緒に車で到着。彼女が最初にうちへ来た時はまだ16歳の高校生だったが、その後毎年来るようになってもう7年になる。お店を手伝ってもらった年もあってうちの様子は分かっているので気がラク。夕食にはゆきちゃんも加わって4人。初対面も何のその、我が家ではよくあることで、みんなすぐに打ち解けてしまう。そして今日のお昼は近くのYさんのおうちでのバーベキュー。掃除をしてくれている若い2人を置いて出かける。Yさんは今年3月のフィンドホーンツアーの参加者。ほかに近所に住むフィンドホーン体験者4人とYさんの娘さん夫婦と3ヶ月になる赤ちゃん(間違いなくクリスタルベビー)とで楽しいランチ。Yさんのご主人は来年のフィンドホーンツアーに参加することになっているし、これだけ近くに何かあるとさっと集まれる仲間がいる所はないのではないかと嬉しくなってしまう。あっと言う間に4時間が過ぎ、大分気温が下がって来たのでお開きにして家に帰って来ると若い二人からの置手紙。たった1泊だったけれど楽しんでもらえたようだ。外は台風の影響か雨模様。今年初めてのストーブをつけてしばしの午睡を楽しむ。
2005年09月22日
今日は午後から「心の扉を開く」の読書会。今日9月18日のテーマはタイトルの通り。自分の中に完全な平和があってバランスが取れていれば何があっても大丈夫。まわりと対立して戦うのではなく共に流れることを学びなさい、という内容だった。いつも見開き2ページを読むので、昨日の17日のページも読む。テーマは「愛を学びなさい」。どちらも深い意味を持つ内容で、今日集まって下さった10人の方たちの胸にそれぞれ響くものがあったようだ。読書会が終わる頃昨年のフィンドホーンツアーに参加したKさんがお友達3人と到着。丁度ティータイムとなったので仲間に入って頂く。Kさんは20代の女性。フィンドホーンから帰った後一念発起して勉強を始め、見事東大の大学院に合格した人だ。DNAの研究をしているれっきとした科学者なのに、人のエネルギーを感じ取ったりオーラが見えたりするのだから面白い。一緒に来たお仲間2人もそうで、誰かの透視を始めると3人が同じことを言うのでびっくり。同じものが見えたり感じたりするらしい。読書会に来ている方たちは特に精神世界に興味を持っている人たちばかりではないので、次々自分の問題点を言い当てられてしまってかなり驚いたようだ。それが今日のテーマとダブることも多く、私が解説したこととも重なって、同じことをまた別の人から言われれば納得が深まったのではないかと思う。先ず自分を愛して喜ばせること。小さなことに幸せを感じられる感度が強くなれば幸せでいられる時間が増え、人にも優しくなれること。親が自分のやりたいことをやって自分の人生をイキイキと楽しんでいることが子どもは嬉しいのだし、それを望んでいることなど、責任感や罪悪感で辛い思いをしているお母さん方にはとても刺激になる言葉であり、胸に響く言葉だったのではないだろうか。ところで今夜は中秋の名月。月の出は5時59分。浅間山のふもとの六里ヶ原へ満月が昇るのを見に行こうと思っていたのだが、あいにくその時刻には雲が出てしまったので諦めることにする。でも夜遅くなって庭に出てみたら高いからまつの梢の上に大きなまんまるのお月様が明るく輝いていた。心の中の揺らぐことのない完全な平和を象徴するように。
2005年09月18日
フィンドホーンでホリスティックマッサージをしているレブ・セラーさんが今年も女神山でのワークショップの後我が家へやって来た。毎年この時期に来ては3泊ほどして何人ものセッションをするのだが、今年は宿泊だけが我が家で、セッションは近くの照子さんのログハウスなので大助かり。そこのほうがお部屋も広くマッサージテーブルもあるので具合がいいし、食事も半分彼女が分担してくれるので有難い。初めは希望者が3人ほどしかいなかったのに、昨日彼が到着してから急にバタバタと増えて、なんと12人にふくれ上がり、遂に滞在を一日延ばすこととなった。彼のマッサージは身体だけに留まらず心にも働きかけ詰まったチャクラを開いたりするので抑圧していた感情などが噴き出して泣いてしまう人も多いらしい。(私はいつもイビキをかいて寝てしまうのだけれど)ともあれ、遠路はるばる来て下さった甲斐があって本当によかった。さて、今日は私にとってヨガの初体験日。嬬恋村の中心地である三原まで車で20分。標高で400メートルほど降りて行くと午後2時半で30度の表示。日差しがかなり強い。それでも会場の広い部屋の窓の外にはコスモスが揺れ、緑の山も見えて秋の風が吹き抜ける。女性ばかり10人ほどの仲間に入れて頂いて見よう見真似でいろいろなポーズをやってみる。簡単そうに見えても固い身体は思うように曲がらない。でもあちこちの筋肉が伸びてとても気持がいい。毎週火曜日のアレキサンダーテクニークにも相通ずるものがあって納得出来る。毎週は行けそうもないが、行ける日は必ず行こうと心に決めた。
2005年09月14日
ハリケーンカトリーナがアメリカ南部を直撃して2週間、想像を絶する被害の状況が連日伝えられるにつけニューオーリンズの近くに住む友人キミエさんのことが心配でならなかった。電話もメールも通じないので、カリフォルニアに住む彼女の古い友人に電話をしたら、ご主人共々サンディエゴのお孫さんの家に避難しているとのこと。そこの電話番号を教えてもらって今日ようやく彼女の声を聞くことが出来た。聞けば3階建ての家の屋根が吹き飛ばされて水浸しになったので、やはり家が浸水した息子さん夫婦と車で4日間かけてカリフォルニアまで逃げたのだと言う。着の身着のまま、何も持ち出せなかったそうで文字通り命からがらだったとのこと。70代半ばの夫婦にとって何と辛いことだったかと胸が痛い。キミエさんと知り合ったのは9年前の信越線の中。私が現在の所へ引っ越す3週間前のことだった。建築屋さんとの最後の打ち合わせのため軽井沢へ向かう私と、17年ぶりに帰国して上田のお友達を訪ねるというキミエさんがたまたま上野から隣り合わせに座ったのだ。まだ新幹線がなかった頃のこと、軽井沢までの準急2時間の間にすっかり打ち解けて、彼女は初対面の私に「ぜひうちに遊びにいらっしゃい。シアトルの近くのとてもいい所よ。特に夏がいいの」と言う。(その5年後息子さんのいるミシシッピへ転居)私がもうすぐ引っ越すことや夏にはお店をオープンすることなどを話すと「それじゃ、秋に毎年カウアイ島へ行くからそこのカンドに来れば?」カンドがcondominiumだと分かったのは大分経ってからだが、カウアイ島はずっと行きたいと思っていた所。「え?いいんですか?」「ええ、もちろん。主人と二人で3週間いるからいつでもどうぞ」こうしてその年の秋、私は本当にカウアイ島のリフェ空港に降り立っていたのである。そこはまさに夢の楽園だった。カンドのラナイ(テラス)に立てば目の前は果てしなく広がる太平洋。沖には白いヨットが浮かび、夕暮れともなればサンセットに椰子の木のシルエット。こんな美しい海の景色を見たことのなかった私はたちまちカウアイ島のとりこになってしまった。アメリカ人のご主人と結婚して40年以上アメリカに住んでいるキミエさんは定年退職後は旅行を楽しみ、特にこのカンドでの3週間が何よりの楽しみだと言う。これは物件を買うのではなくタイムシェアというシステムで、最初に権利金を払えば一生タダで好きな時期に1週間単位で使えるのだと言う。日本にも似たような会員制のものがあるが、その権利金は驚くほど高く宿泊も無料ではない。聞いてみたら何とその権利金が日本の5分の1くらい。庶民でも手の届く金額だった。借金で家を建てたばかりでお金もないくせに、直感人間の私は今の家を決めるのと同様その場で分割払いでの契約をしてしまった。必要なものは必ず天が与えてくれると信じていると、その通りになるのである。そして今年で10年。毎年同じ部屋に行くが未だに飽きない。フロントのスタッフに Welcome home! なんて笑顔で迎えられるとすっかり嬉しくなって心底リラックスする。電話の向こうの「今は大変だけど、今年も何とか行けるようにしたいわ」とのキミエさんの声に、11月に無事再会出来ることを祈っている。
2005年09月11日
9月7日、2ヶ月ぶりの上京。台風がまだ去りやらず蒸し暑い。午後は母校での讃美歌を歌う会。同級生がまた一人参加。私たちが最高齢となってしまった。とは言え、中1と高3では大きな隔たりがあったけれど今となっては6年の違いなどほとんど変わりがない。大乙女たちの美しい(?)歌声に心洗われる思いがする。終わって激しい雨の中を四谷駅へ。着く頃には陽が射し始め、どうやら台風は去って行ったらしい。6時半からは東京での最初の「心の扉を開く」の読書会のためエイトスターへ行く。少数の知り合いにしかお知らせしなかったので人数は少なかったけれど、それだけにシェアーの時間が十分に取れてよかったと思う。当日のページは少し難しかったので、9月3日と4日のページを読む。それぞれに胸に響く言葉があり、改めて納得させられる。次回は10月5日(水)pm6:30~8:30 会費1000円。場所はエイトスター2F「スペース天夢」何か心に悩みを抱えている方、どうぞそれを分かち合ってください。その夜は久しぶりに二女の家に泊めてもらい、8日は逗子のwai-olaでのエニアグラムの最終回へ出席。7月が身内のお葬式で出られなかった以外ほぼ皆勤だ。おなじみのメンバーが顔を揃え、藍ばばのファシリテートで「自分の良い所を10個以上書く」というのをする。さすが精神世界の仲間たち、嬉しがりながらすらすらと書き、中には13も14もあると豪語する人も。いいなあ、謙遜大好きで自分をけなすのが得意な日本人としては上出来。堂々と自分の美点や好きな所を発表出来るなんて素晴らしい。かく言う私も12個も書いてしまった。テ、ヘ、ヘ、ヘ次はみんなでそれを分かち合い、それぞれから見たその人の美点を言って行く「ほめ殺し大会」。言われる本人は汗を拭きつつ嬉しそう。初めから終わりまで楽しい笑いに満ちた最終回だった。みんなが帰った後、まみさんと逗子の海岸へ夕日を見に行く。富士山のシルエットが美しい。その右肩の辺りにオレンジ色の太陽が沈んで行った。夕食後は久しぶりの身も心もとろけるようなエサレンマッサージ。窓から流れ込む涼風の中で安らかな眠りについた。まみさん、ありがとう。そして今朝初めて湘南新宿ラインに乗る。逗子から大宮まで1時間半。長野新幹線に乗り換えて40分で軽井沢。留守番していてくれたみっこちゃんが車で迎えに来てくれた。家に戻るとお店の前ではわざわざ奈良から来て下さったお客様がお待ちかね。着替えるひまもなくエプロンだけかけて準備をする。夕方近所のともちゃん夫婦が生後2ヶ月のゆうたくんを連れて来訪。丁度その赤ちゃんを取り上げた助産師の照子さんもいてみんなでお茶にする。見れば見るほど健康そうで美男子のゆうたくんを囲んで、またひとしきり感動的だった自宅出産の話で盛り上がる。出産前夜のとても神秘的な話も聞かせてもらった。赤ちゃんてほんとに天使そのもの。みんなに愛を思い出させてくれる天からのお使い。いいな、いいな、幸せな家族って。周りに笑いと幸せを振りまき、みんなを豊かにしてくれる。
2005年09月09日
昨日今日と近くのドームパラダイスでディクシャの会があり、ドームは受けに来る方で満室なので、前橋と高崎から来て下さった宗形さんと吉井さんはうちの離れ「学美庵」にお泊りになることになった。運転手をつとめられた宗形さんのおかあさんも一緒。それで私と新潟のみっこちゃん、鹿児島から来たたこちゃんの3人は夜我が家で受けることになった。たこちゃんは初めて、私と、ディクシャを受ける度に第3の目の所が出っ張って来るみっこちゃんとは3回目である。いつものようにマントラの詠唱が始まる中で正座をし、目を閉じる。すでに部屋のエネルギーが濃密になるのが分かる。クラウンチャクラがムズムズして来て、それが第3の目の位置に移動しジンジンして来る。やがてお二人の手が交互に頭のうえに置かれると深い瞑想状態に入り、目の前に沢山の円形がぐるぐると回り出し、それが梅の花の形になったり曼荼羅のように並んだりして動き回った後消えて行った。しばらく仰向けに寝てリラックスする。とても良い気分。何も考えられず、ただ「今この時」を深く深く味わうだけ。永遠にこうしていたいと思ったが、「深い深呼吸をしてから静かに起き上がってください」の声に従う。元通り正座に戻ってもただボーッとしていた。みっこちゃんもたこちゃんもこみ上げるものがあって涙があふれたとのこと。たこちゃんはさかんに咳をしていたが、インディゴブルーの色が見えたと言う。みっこちゃんは自分が今ここに存在していていいのだという深い安心感を感じたとシェアした。居間に戻り「聞くディクシャ」と言われる日本人向けにアレンジされた「光とともに」というCDをかけ、覚醒しているのにボーッとした深い瞑想状態をしばらく味わい、至福感に浸る。ふと思いついて血圧を測ってみると、案の定いつもよりずっと下がって理想的な数字。十分にリラックスしている状態に満足する。皆でお茶を飲みながらおしゃべりをしてからシャワーを浴びて、とても幸せな気分で眠りについた。そして今朝。みんなの朝食の支度、朝食、店の掃除、酵素玄米炊き、キンピラごぼうなど定食のおかず作り、トマトソースも煮込み、パンを焼く準備、昼食の支度と午前中いっぱい大奮闘だった。
2005年09月04日
短いようで長かった8月が終わり今日から9月。防災の日だけれど去年の今日は浅間山が噴火した日でもある。忙しい夏が終わったので一日お休みにして東京から来た友人たちと麻雀を楽しみ、一段落して夕食のために立ち上がった瞬間、ドーン!と来た。すわ、ガス爆発か、と思ったら床が震度2くらい揺れたので噴火と分かった。すぐテレビをつけたら速報が流れたのは20分後。村の防災無線もけっこうのんびりしたものだった。夕食後再び雀卓に戻った頃からお見舞いの電話が相次ぎ、電話の子機を片手に「ありがとうございます。大丈夫です」と言いながら振り込まないように右手は忙しくパイをつまんでいたっけ。(心配してくださった方ごめんなさい)その後浅間山はレベル3から2になり、すっかりおとなしくなってしまった。キャンセルが相次いだペンションにもお客さんが戻って来たようでよかったけれど、土地の値段は下がったままらしいので永住を考えてる人、お買い時ですヨ。今年の夏は8月の初めに日中は30度にもなる日が数日あったけれど立秋を過ぎる頃から秋の気配となり、今はもう朝夕は半袖では寒いくらい。畑の野菜たちも盛りを過ぎて枯れ始め、成る実も老齢化して見苦しくなって来た。我が身を見るようでつらいものがある。それでもずらして蒔いたモロッコインゲンは最後の分が今を盛りと実をつけ、「ほらほら、私はここにいるのよ。美しいうちに取って!」と言わんばかり。もう冷蔵庫も満杯で食べきれないほどあるのでこれ以上はいらないのだけれど、その声が聞こえて来るので今日も籠にいっぱい取って来た。(誰かもらいに来てくれないかな)今年はとても肥沃な畑だったので予想以上の出来。来年はもっと少なく蒔いてムダが出ないようにしようと思う。
2005年09月01日
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