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10年前この北軽井沢にはスピリチュアルなことが好きな人間はドームパラダイスの成澤さん夫妻と私くらいしかいなかったのに(私たちは同じ横浜市の同じ町からお互いに知らないまま同じ時期に越して来て、それぞれ同じ酵素玄米のペンションと喫茶店を始めることになった)今やちょっと声をかければ15,6人は集まると言うほどになった。そのうちの13人がうちに集まり、これから北軽井沢で何をして行くかを話し合う第一回目のミーティングが開かれた。一つの広い敷地の中にいくつも建物があって人々が共同生活をしているコミュニティは珍しくないし日本にもいくつかあると思うけれど、ここの地域のようにみんながそれぞれ別々の家に住み、違う職業を持ちながら同じ思いでゆるやかにつながっているという所はおそらくほかにはないのではないだろうか。公務員で会の進行に慣れているIさんが司会者となり、KJ法というやり方でそれぞれがこの地域でどういうことをやりたいかをカードに書いて行く。そして13枚のそのカードから共通のキーワードを探し出し分類する。例えば「癒し」「食」「子育て」「ワークショップ&セミナー」「自然とのふれあい」と言った具合だ。お茶を飲みながら和やかな雰囲気の中、なんとなくおぼろげながらもみんなの思いが少しずつまとまって行く。今日一日で全てが決められるわけではないので、次回を約して散会したが、次は3月29日の夜。丁度新月の晩だ。まずみんなで願い事を書くことから始めたいと思う。
2006年02月28日
インドから帰って3日目、一昨年のフィンドホーンツアーの参加者の一人Mさんが泊まりに来た。そして翌日は彼女がスリランカへアーユルベーダを受けに行った時にお友達になったという作家のYさんと、彼女の婚約者でスリランカ人のアーユルベーダのドクターがいらした。Yさんは私が以前フィンドホーンで仲良くなったあるイギリス人女性を通じて1年ほど前に知り合ったのだが、これまではメールのやり取りだけでお会いするのは今回が初めて。でも美味しいものを送って頂いたり、私も畑の野菜を送ったりして「いつかお会いしましょう」と言っていた仲だ。暮に頂いた品物の中に「お正月はスリランカでアーユルベーダ」との手紙が入っていたので、先日東京で会ったMさんがスリランカへ行って来たと聞いてもしやとYさんの名前を言ったら、「どうして知ってるの?!」とびっくり仰天。急遽一緒に我が家へ来ることになったのだ。世の中は狭い、は散々経験しているが、又もやと言う感じ。息子たちも含めて6人で食事しているところへ、今月も新潟は中越から美容師のみっこちゃんが到着。そこへ近くの若いHさん夫婦が赤ちゃんを連れて現れ、やがて、同じ新潟でも上越から大工の学くん夫婦がトランスフォーメーションゲームを受けるお友達を伴ってやって来たので、我が家には次々人が増えて行った。家を広げるとそれだけ来る人も増えるのだろうか。以前の間取りだったら座る場所もなかったに違いない。そしてインドではどうしても予約がいっぱいで受けられなかったアーユルベーダのマッサージをドクターがして下さることになり、お店の大きなテーブルを利用して2時間半もして頂いた。私は何でもバータという体質だそうで、血液循環が悪くなりがちなので血圧が高くなったり肩がこったりするのだそうだ。インドでは3回も並んだのに品切れで手に入らなかったお薬も送って下さるとのことで何もかもが全てスムーズ。スムーズと言えば、ここ2週間ほど由紀ちゃんの家で預かっていた長女の家のコピー機をどこへ移すかであれこれ算段していたのだが、80キロもあるものなので屈強の男手が最低4人はいるのに頼める人がいないと困り果てていたら、タイミングよく学くんとそのお友達が来て、赤ちゃんのパパもいてくれたため、あっさりとうちへ運ばれて来た。メーカーに運搬を頼んだら由紀ちゃんの家からうちまでたったの2キロを運ぶのに3万円と言われどうしようと悩んでいたのが呆気なく解決してしまった。これもまたカンペキな天の配慮としか言いようがない。感謝、感謝。最後のその荷物が運び出され、由紀ちゃんの引越しも完了。あとは沖縄への旅立ちを待つばかりとなった。前途に祝福あれ!
2006年02月28日
瞑想ホールやショップ、両替所などは山の上にあり、宿舎と食堂ホールは山の下なので毎日5,6回は100メートルほどもある急坂を上り下りしなければならず、そのほかに建物内の階段もあるので、足が弱い私には正直言ってそれがいちばんこたえた。以前のように血圧のクスリを飲んでいたらとうてい歩けなかったと思う。平坦な道ですら苦しくなって動けなくなってしまったのだから。でもそれを医者に無断でやめてしまったら苦しくなくなり、血圧も少々高めながら安定している。幸い敷地内にアーユルベーダのクリニックがあったので、そこで脈診を受けたり、マルマというリラクゼーションワークやシロダラ(額と頭皮に油を垂らす施術)を受けることが出来、今はそこで出された自然系のお薬を飲んでいる。呼吸法そのものはとてもよく、コースは3日で終わったがその後も毎朝早起きして山の上まで登って行き、瞑想ホールの大理石の床に座っては昇って来る朝日を眺めながらヨガと呼吸法の練習に励んだ。いろいろな国の人たちがそれぞれの場所で同じことをしている眺めはなかなかの壮観だった。終わって横になり目を開けると小さな透明な丸いものやキラキラ光る米粒ほどの大きさの「気」が飛び交っているのが見えてなかなか楽しかった。以前フィンドホーンのビーチで見たのはもう少し大きな楕円形で透明な繭(まゆ)状のものだったので、場所によって形が変わるのかもしれない。さて、最後の3日間はアートオブリビング25周年の記念祝典。バス乗り場まで1キロほど歩き、バスで2時間、会場である広い土の飛行場へ着いてからも炎天下を又延々と歩いて席へ着く。そして又同じ道を戻ってトイレへ。大群衆の中にいると正直言って恐怖が走る。これまでにこうした群集が将棋倒しになって大勢が圧死した例はいくらもあるからだ。20万人とも言われる参加者に対してトイレは10個ほどしかないのでそこも長い列。それもまだ工事中で水が流れないから惨憺たる状況だ。祝典だからとサリーでおしゃれをして行った人は泣き出さんばかりだった。大方の人は適当に外で済ませていたのではないだろうか。巨大なステージの中央にはグルが座り、世界各国の代表が次々に祝辞を述べる。中には名前を忘れてラビシャンカールをラビ・・・・クリシュナなどと言って失笑を買っていた人もいた。最後はグル自身がマイクを握って歌を歌い、それに合わせて群衆が踊るサットサンガ。みんな楽しそうに踊っていたけれど、私はそれまでの疲れと大音響の音楽で頭が痛くなり、早く帰りたいと泣きたいような思いでとても踊る気分にはなれなかった。2日目の祝典は何人かでサボろうということになり、山川さんご夫妻も一緒にそれまでに感じた不満や怒り、そして来てよかったと思えることをみんなで率直にシェアーした。夜は瞑想ホールで式典の生中継を見ることが出来たけれど、やはり同じような来賓の挨拶だけが延々と続くだけだった。グルの存在は求心力となり、大勢人を集めるのにはいいかも知れないが人々の思いがグルに吸い寄せられるため、同じ思いの人たちとの仲間意識は生まれても全体の一体感はあまり生まれない。これだけ世界中から大勢の人が集まっているのに、「国は違っても人間は同じ。国境はない」という感じにならないのはとても残念。フィンドホーンにはそれがあり、それが私のいちばん好きな点だ。言葉がなくても同じ思いが通じ合う感動はいつも涙となってあふれて来る。今回はそれはどうしても味わえなかった。3日目はいちばんのハイライトで各国の人たちがそれぞれ思い思いのダンスを披露する日。日本人グループもステージで踊るというので見たかったけれど、まだ足の痛みが取れない私はこの日もサボることにする。グルの熱心な信者の人にとっては面白くなかったのではないかと思うが、帰国後に山積している用事を考えたらここは自分を大事にするしかない。申し訳ないけど人に合わせることはやめて居残りを決めた。ほとんどの人が会場へ行ってしまった後のアシュラムはひっそりとして静かだったが、両替所もショップも食堂もクローズしてしまい、3食とも買い置きのパンの一片とジュースだけで一日を過ごした。それでもゆっくり休めて少しでも本が読めた時間は私にとっては貴重だった。夜帰って来たルームメイトの話では踊りもあったにはあったが、最後まで来賓の祝辞が続いたそうだ。どうやらグルはノーベル平和賞を狙っているらしく、その関係の人も来ていたそうだ。食事も1日目のがとても辛かったので、多分私には食べられなかっただろう。外国へ行ってこんなに早く家に帰りたいと思ったのは初めてだったが最初から最後まで大いに楽しんだ人も多いのだから、これはあくまでも私個人の感想。ネパールとよく似た環境だったけれど、ネパールにはなんと言ってもあの素晴らしいヒマラヤの景観があった。歩くのも最初から覚悟の上でトレッキングシューズで行ったけれど、今回は何も分からず、行ってからも情報不足で戸惑うことばかりだったのでとても疲れた。それでも南部だからニューデリーなどよりずっと環境はよかったはずなのだが、もうインドはごめん、というのが正直な気持ちだ。戦争中や戦後の混乱を体験している身としては、逆戻りのような生活はもうしたくはない。でも多分日が経つにつれ、思い出は良いことしか残らないと思うからきっと「あの時は楽しかったね」と言える日が来ることだろうと思う。
2006年02月23日
絶対に行くことはないであろうと思っていたインドに急に行くことになり、南インドはバンガロールのアシュラムで10日間過ごして来た。スダルシャンクリアという呼吸法の基本コースに参加するのが目的。2年前の世界一周のピースボートの船上でこの呼吸法を習われた翻訳家の山川紘矢・亜希子ご夫妻が上級コースを受けるためにいらっしゃると聞いてそれなら心強いと急に参加を決めたのだが、私と同じような思いの男性2人女性3人、合計6人が基本コースで、残りの30人近くは皆上級コースだった。そして行ってみてびっくり。なんと世界148ヶ国から何万人という人たちが集まっていたのだ。どこを見ても人、人、人の波。食事のための行列は常に1時間から30分待ち。入口に脱ぎ捨てられた靴やサンダルはアウシュビッツを思い起こさせ、初めは気持ちが悪くなるほどだったが、馴れと言うのは恐ろしいもの。だんだんそれも平気になって来た。エスニック料理や辛いものが苦手の私は食事がいちばん心配だったのだが意外にもあまり辛くなく、特別美味とは感じなかったが食べられなかったものはほとんどなかった。お水も濾過されたものが十分に用意されていたのでお腹をこわすこともなく、機内食から全てベジタリアン食だったこともあって体調は上々。排泄システムも好調だったのだが、宿舎のトイレは水洗なのに水は出ず、使用後のペーパーはポルトガル同様くずかごへ捨てる仕組みだ。それでも早朝2時間だけでもお湯が出るというのはインドではきわめてぜいたくなこと。ありがたいことだ。宿舎は新しく、まだまわりの道路や造園は工事中だったほどだが、10畳ほどの部屋に60×200Cぐらいの細長い木のベッドが四つ並んでいてそのベッドの上だけがそれぞれのプライベートスペース。これも終戦後の雑居生活を思えば天国だ。そこで私たち基本コースの女性4人が10日を一緒に過ごした。私のほかは大阪の30代、新潟の40代、川崎の50代の方たちだ。最初の2日間は自由行動だったので、希望者だけ車で2時間ほどの繁華街へ出かけ、サリーやパンジャビスーツを買ったり、スーパーでおみやげや食料品などを調達。ドーサというパリパリのクレープのようなものやチャイ、アイスクリームなどでランチを楽しんだ。3日目からいよいよコースがスタート。山の上に建つ5段重ねのウエディングケーキのような巨大な瞑想ホールの大理石の床に座って呼吸法を習う。世界中からの人で100人以上はいたと思う。実際のやり方のほかにレクチャーもありゲームもあったが、ついフィンドホーンと比べてしまう私にはちょっと物足りない感があった。実は何も知らずに行った私は、このアートオブリビングという組織の頂点にはシュリシュリラビシャンカールというグルがいることを初めて知ったのだ。その方が創始したのがこの呼吸法で、世界中に熱心な崇拝者がいる。アメリカからは2000人、モンゴルから800人、台湾から600人という単位で来ているのだからすごい。グルの住まいのまわりには常に人が群がり、その姿が見えるとウォー!という歓声があがる。まさにヨン様のノリだ。インドという国はどうしてこうなってしまうのだろう。サイババ然り、アマチ然り、昔のバグワン然りだ。それぞれに聖者と言われるだけのものがあるからだとは思うが、人間は人間。尊敬は出来ても帰依したり崇めたりは出来ない私はどうしてもしらけてしまう。善男善女にはなり切れない。目はどうしてもその聖者をも存在たらしめている宇宙なり、そのエネルギーに向かってしまうからだ。まして最近「人間の脳には自発的なパルスはない」ということを知ってしまってからは尚更だ。多分一般人より優れたものをキャッチする能力に長け、それを人々に伝える力とカリスマ性に富んでいることは確かだと思うが、人間には「創り出す」力はないのだと知ったら、その人がいくら優れていても全てを委ねてしまうことは出来ないではないか。でも信じる力にはパワーがあるから、何かを信じることは大切なのだろうと思う。何もないよりはいいのかも知れない。しかしこの呼吸法で初めて精神世界の入り口に立ったという人が多いのかここに集まった人々の意識は必ずしも高いものではなかった。食事だけでなく、ショップのレジも両替も喫茶店も全て長蛇の列。割り込みは日常茶飯事だし、ルールを守らなかったりゴミは散らかし放題という光景もざらで、不愉快と腹立たしさを抑えるのに相当な忍耐力が必要だった。
2006年02月23日
やはりフォーカス12へ行った時どんなことが起きたかと言うと一回目はトンネルのような所をずんずん後ろ向きに飛んで行く感じ。あれれ?臨死体験者の話では確かトンネルを猛スピードで前へ進んで行くと聞いていたけれどなあ、と思っているうちに終わってしまった。二回目は今度は前へ進んで行くのだがトンネルではなく、雲のようなものが前から後ろへ次々に流れて行く。いわば光の海の中を前方へ飛んで行くような感じだ。この先に何があるんだろう、楽しいなあと思っているうちそれも消えてしまった。でも死んで魂が身体から抜け出た時ってこんな風なのかなということだけは分かった。そしてそれがちっとも怖くないことも、一人なのに寂しくないことも体感出来た。後に残して来たもののことなんか興味がなくなり、前方にあるものへの好奇心しかない。この分だと実際に死んだ時も、葬式で嘆いている(かどうか分からないけど)子どもたちを尻目に、じゃあねえ、バイバーイ!って手を振りながら飛んで行ってしまうような気がする。息子たちにそう言ったら「ほんとにそうなりかねないよね、尚さんは」と大笑い。そしてブログの書き込みを見たら娘がまさにその通りのことを書いていた。「幽体離脱して戻って来なかったらどうしよう、って思った。わーいって行っちゃいそうなんだもん」だって。さすが我が娘、私のことをよく知ってるわい。我が子らよ、たとえ我が身に何が起きても心配するでないぞよ。母は興味津々の思いであの世に旅立って行きますからね。お墓なんかに入れないでおくれ。脱ぎ捨てた老体なんかに未練はないから灰にしてカウアイの海に流しておくれ。拝んだりしてこの世に引き戻すのだけはやめてけれ。出来ればもう地球には戻って来たくないのだから。何も食べなくてもいいあの世で自由に軽やかに飛び回っていたいのだから。(なんちゃって、いいかげんにくたばれ、なんて思われるほど長生きしちゃったらどうしよう?)
2006年02月09日
2月5日の昼食後のヘミシンク体験でフォーカス12へ行った時、ふっと思った所へ瞬時に意識が飛んでリモートビューイングが出来ると言われやってみた。頭に浮かんだのはフランス在住の小学生の孫たちのこと。二人は並んで座ってテレビを見ていた。つまりそういう映像が見えたということ。身体は熟睡しているが意識ははっきりしているわけだから、「時差で考えるとフランスは今日曜日の朝のはず。こんな時間に子ども番組などやっているのだろうか」という思いが湧いて来た。そこで娘に何も言わずメールを送った。「子どもたちはこの間の日曜日の朝二人並んでテレビを見ていましたか?」返って来た答えは「今フィンランドに来ているけど、ヘルシンキのホテルで朝二人は確かに並んでテレビを見てましたよ。なんで?」やったぜい!これで又一つ確信が持てた。これまでふっと頭に浮かぶ映像があっても自分の脳が作り出している「たわごと」だと思って信じないことが多かのだが、そうではないことが分かったからだ。これについては、もりけんさんの機関誌「不思議の友」に書いてあったこととリンクする。カリフォルニア工科大学で脳の研究をしているある日本人の教授の言葉として「人間の脳には自発的なパルスというものはありません。からっぽなんです。つまり自分で考え出しているものは一つもなく、全て他からの刺激に反応しているだけに過ぎません。どの刺激に反応するかの選択をしているだけです」とある。脳はからっぽ?!な~るほどね。だから自分は無力であることを認めて宇宙にサレンダーし全てお任せと委ねて、ふっと心に浮かんだことやひらめきに従って行動すればうまく行くというのは本当のことなのだ。これは私は何度も実証済み。「下手の考え休むに似たり」ということわざもある通り、人間のノーミソなんてたかが知れている。これまでの常識では「よーく考えて、熟考し、先の見通しを立てて計画的に、慎重に、計算をしてから行動すべし」というのが正しいとされていたけれど、アタマなんて捨てちゃえばいいのだ。必要なのは日常の細かいことをする時だけ。そうでないとせっかく受け取っている直感を信じることが出来ず見逃してしまう。アタマ人間は直感をただの心の迷いとか気のせいとして粗末にする。ノーミソがそんなに立派なものなら、バブルの崩壊であわてたり、ライブドア事件で青くなったりはしないはず。みんなアタマのいい人たちのやったことではないか。天才と言われる人たちはきっと微細な波動を素直にキャッチする感性に優れている人たちなのだろう。それに気づいて謙虚に感謝出来た人は長くその才能を輝かせることが出来、それを我が力と錯覚して傲慢になった人は消えて行くか、才能の枯渇に悩んだのではないだろうか。ちなみにカリフォルニア工科大学はサイエンスの面では世界一。もう一つ有名なマサチューセッツ工科大学(MIT)はテクノロジーの面での世界一なのだそうだ。もりけんさんの本とヘミシンク体験とでさまざまなことが明晰になり、点と線が結びついて、自分の中で一つ一つ確実になって行くことが多く実に楽しい。セッションで聞いた「ガイドはダジャレが大好き」という話も面白かった。メッセージは時としてダジャレで来るそうだから、ダジャレ名人のドームパラダイスのみおさんなどいったい何人のガイドがついているのだろうと思う。最近クレヤボヤントの資格を得たK子さんもこう言っていた。「うんうん、とうなずいている人の後ろに猿がいる映像が見えたの。これは、納得して去る、と言う意味なのよね。それからある質問に対してはお餅が出て来たの。これはモチロンという意味」これを聞いて、何をバカなことをと思い、こじつけもいいとこだと一笑に付す人はごくアタリマエの人。確実に老いて行く人たちだ。お気の毒様。
2006年02月09日
この間のヘミシンクの体験について書き込みをしてくださった方たちのほとんどが、もりけんこと森田 健さんの本を読んでおられるのでびっくりした。私が講談社+α文庫の”「私は結果」原因の世界への旅”と”ハンドルを手放せ”の2冊を頂いたのは去年の夏のこと。カバーがかかったままだったのでタイトルも内容も見ないまま忙しさにまぎれてずっと棚の上に置いたままだった。その後秋になってヘミシンク体験が出来ることを知り申し込んだが、ずっと満員でようやく4ヶ月も先の2月5日に予約が取れたのだった。そして先月のお正月過ぎ、イタリアへ旅行する際飛行機の中で読むのにどの本を持って行こうかという段になって、どんな内容かわからないけど荷物にならないからというだけの理由で上記の2冊を持って行ったのだ。そして読み始めたらなんと1ヵ月後に受けることになっているヘミシンクの体験が書いてあるではないか。ユーモアまじりのとてつもなく面白い内容に、居眠りもせず読みふけり、フランクフルトまでの16時間はあっという間だった。もりけんさんはアメリカのモンロー研究所まで何度も足を運び、完全な死後の世界まで何度も行って来ている。そこで見たこと、体験したことはこれまで宗教や精神世界で言われて来たことをくつがえすようなこともあり、ましてそれすら理解出来ない人たちがインチキ呼ばわりしていたようなことが実は真実であったりしたことが分かって実に面白い。好奇心のおもむくままに世界のどこにでも出かけて行って、自分のお金と時間と身体を使ってさまざまな超能力者や仙人たちと会って検証して行く彼の行動力には圧倒される。そのどれも使わず、ただ否定するだけの人は恥を知れ、と言いたくなるような内容だ。私たちが「神」とか「宇宙」とか呼んでいるものを彼は「時空」と呼び見て来た世界を図に書いて説明しているが、明らかに現代の科学の常識を超えている。科学は「すでにあるものを発見して実証して行く学問」だが、かなり進んで来たとは言え、まだまだ追いついて行かない。以前某有名大学の物理学の教授がいつも辞表をポケットに入れていて、「そんなものが本当だったらこれまでの物理学が否定されることになるから、そうなったら即刻これを出します」なんて大見得切っていたけれど、時代は急ピッチで進んでいるのだ。最近テレビに出なくなったのは、もしかしてもう辞表を出しちゃったのかな?目の前で煮豆をナマの豆にもどし、更に芽まで出してしまう人に出会ったら辞表が何枚あっても足りないだろう。私が半年も前にもらった本をヘミシンク体験の直前になって読んだというのも偶然とは思えない。そして彼の最新作「自分ひとりでは変われないあなたへ」が今日アマゾンから届いた。これは3日後のインド行きの飛行機の中でのお楽しみだ。でもちょっとパラパラとページをめくったら「若返りの生き方」という表が目についた。それによると若返る人(つまり煮豆が芽を出す蘇生エネルギーと共通)は「自由に生きる。自然に生きる。直感で生きる。努力しない。肯定する。愛は自動的に出て来る。子どもの心になる。楽しく生きる。あるがままに生きる。太陽を意識する。笑顔で生きる」とある。な~んだ、これって全部私じゃん、とおかしくなった。道理で会う人毎に「若くなった」と言われるわけだ。鏡を見れば確実にしわは増え、皮膚はたるんで来ているのになぜ?っていつも不思議でならなかったけど、これで謎が解けた。素直にありがとうと言って「肯定」しよう。ちなみにこれとは反対に「年老いて行く人」は「信念を持って生きる。目標を持って生きる。経験で生きる。努力する。嫉妬する。愛そうと努める。大人の心になる。律して生きる。こう「なる」ために頑張る。太陽を意識できない。笑顔になれない」つまり、世間で「立派」と言われていることばかり。常識にとらわれて、ああすべき、こうすべきで生きていると生命エネルギーの流入が少なくなるのだそうだ。以前エッセイにも書いたけど「常識」には2種類あって、マナーという意味では社会生活を快適にするためにも必要だけど、こと「生き方」に関してはとらわれないほうがいつまでも若く元気でいられる、といつも「非常識」な行動力を発揮している私としてはお墨付きを頂いたようで実に嬉しい。もりけんさん、ありがとう。
2006年02月08日
アメリカバージニア州に「モンロー研究所」というのがある。ラジオ番組の制作会社の社長であったロバート・モンロー氏がいろいろな音を聞くうちに偶発的に体外離脱を何度も体験したことから、一般の人でもそれが体験出来るようにと物理学者や精神科医、医者、エンジニアなどと共同で研究を進め、今から30年前に設立した研究所である。その結果左右の耳からそれぞれ違う周波数の音を聞かせることでモンロー氏が体脱した時と同じ脳波を作り出して変性意識状態にし、意識が肉体から抜け出ることを容易にした。その音響技術を「ヘミシンク」と呼ぶ。以前はアメリカまで行かなくてはそれを体験出来なかったのだが、実際にそこへ行ってさまざまな次元の見えない世界への旅を体験して来た方たちが本を出版したり、日本語版のCDを制作してセミナーを行ったりするようになり、日本でもそれが体験出来るようになったのだ。私はワンデーのそれを昨日体験して来た。それは「死後体験」などの著書があるソニー社員の坂本政道氏が航空工学博士の植田睦子さんと設立したアクアヴィジョンアカデミーという会社(www.aqu-aca.com)が主催のもの。品川のあるマンションの一室には三重県や兵庫県など遠くからの参加者も含めて9名。普通はこうした精神世界系のことには女性が圧倒的多数なのに、坂本氏の本を読んでの参加者が多かったせいか女性は私ともう一人だけで後は全部男性だった。先ず男女別々の部屋に並べられたマットに仰向けになり、持参したヘッドホンを枕もとのコネクターにつなぎ、アイマスクをする。寒くならないようにと毛布も用意されていた。耳元からはアナウンサーのような男性の声が流れ、先ず顔の各部の筋肉をゆるめることから始める。そして身体中をリラックスさせその声の指示に従ってイメージの中でいろいろな作業をする。先ず心の中に「エネルギー交換箱」というものを作り、その中に心配事や気になることを全部入れてふたを閉めそこから遠ざかる。交換箱というだけあって、その中に入れたネガティブな思いは全てポジティブなエネルギーに変換されるのだそうだ。次にヘッドホンから聞こえてくるウォーンという音に合わせて自分でも声を出し「レゾナントチューニング」というのを行う。その後「私は肉体を超える存在です。それゆえ物質界を超えるものを知覚することが出来ます。そのエネルギーを経験し知り、それを有益に使うことを心より望みます。それが出来るよう私と同格かそれ以上の知的生命体(ガイド)の助けを心より望みます。ありがとう」というアファーメーションを唱える。そして大きく息を吸って、吐く時に頭のてっぺん(百会)から噴水のように放出したエネルギーで身体の周りを覆い、それを足の裏から吸い込んで自分がエネルギーの風船の中にいるようなイメージを作る。これをリーボルと言い、意識が身体から出た時に自分を守るバリアになる。いわば「結界」のようなものだ。(これはエネルギー交換箱と共に日常生活で大いに使える)ここまではどこのレベルに行く時も必ずする準備のようなもの。先ずは身体が眠っていて意識は覚醒している状態フォーカス10になることから始まり、次は身体に近いところに抜け出るフォーカス12の体験。一回に30分くらいずつCDを聞いては起き上がって一室に集まり、坂本さんと植田さんのお話を聞いたりシェアリングをするセッションを何度か繰り返す。最後のフォーカス12のアドバンスという所ではガイドからのメッセージが五つ受け取れるのだが、5番目から順番にもらい最重要メッセージはいちばん最後に来る。それは言葉や思い、映像、シンボルなどさまざまな形で来て、意味もすぐに分かるとは限らないとのこと。あとでシェアリングをしたら、人の顔ばかり浮かんだと言う人もいたが私の場合は場所ばかりだった。5番目は改装した「カフェフルール」4番目は沖縄のちゅらうみ水族館のエスカレーター、3番目は軽井沢のアウトレット、4番目はフィンドホーンのランドルフスリープの森を流れるフィンドホーンリバーだったが肝心の最重要メッセージというのは残念ながらはっきり分からなかった。私なりにそれぞれの意味は何となく分かる気がする。そして今まで直感と受け止めてそれを行動に移すとたいていうまく行きそれが正解だったことが多いのだが、それこそがガイドからの導きだったということが分かった。そうではないかな、とは思っても確信は持てなかったのだが、坂本さんたちの話で自信が持てて嬉しかった。身体が熟睡していて自分の寝息も聞こえるが、意識ははっきりしていてどんどん拡張して行くのは体験出来たし、どこか違う次元にまでその意識が行っていることは分かったが、はっきりした体外離脱は残念ながら出来なかった。しかし、何度かCDを聞いて練習したら出来るようになる予感はある。機会があればもう一度、あるいは続編の「時空を超える旅」というプログラムも受けてみたいと思う。初めは死後の世界を見るなんて、何となく怖いような気もしていたのだがやってみたらとても楽しいことがわかった。これぞまさに究極の精神世界体験。身体から抜け出て自由になれる楽しさを知ったら死ぬことなど全然怖くなくなってしまった。こういう体験をする人が増えて来ると、よくテレビでやってる「霊はあるかないか」「臨死体験は単なる脳のいたずら」「前世などはない」などという議論がいかにバカバカしいかが分かってくる。「自分」とはまさに意識そのもので肉体はそれを入れている容器にすぎないということは昔から言われていたが、それは今や自明の常識となり、死とは肉体からその意識=霊=魂=エネルギー=自分が抜け出て別の次元に移行することというのはまさに真実なのだ。だから「自分」は死んでもなくならない。必要なら又別の肉体に入ってこの世に生まれて来る。仏教の言う輪廻転生は本当にあることなのだ。それをどんどん科学が証明して行くのだから面白い時代になったものだと思う。
2006年02月06日
1月31日,この日はスコットランドでは立春のようなお祭りの日。東京では夜7時から中目黒GTプラザホールでお二人の最後の会が開かれた。会うなりこの間の我が家での集まりが楽しかったことや帰りに寄った温泉は初めての体験だったけど素晴らしかったと言って下さって私もとても嬉しかった。ホールには100人以上の方が集まり、又みんなで歌ったり瞑想をしたりセイクレッドダンスを楽しんだりした。一緒にフィンドホーンへ行った人たち、ワークショップで出会った人たち、トランスフォーメーションゲームを受けてくださった人たち、思いがけない昔の知り合いなど、次々懐かしい顔、顔、顔に出会ってお互いに笑顔で挨拶。今年のツアーに参加する方も何人か見えていてご挨拶をすることも出来た。大勢の人たちが「フィンドホーン」というキーワードで結びついて、初対面でも昔からの知り合いのように親しく心がつながってしまうのが楽しい。こうした集まりに出た方が「今までの人生で味わったことのない楽しさ」という表現をしていたけれど、きっと日常の生活の中では決して味わえない種類のワクワク感なのだろうと思う。お二人は長野、東京、名古屋、京都と各地でのワークショップを終えお帰りになったが、またもや素晴らしい贈り物を置いて行ってくださった。Thank you very much !! そしてずっとお二人に付き添って通訳のし通しだったマリリーナ、お疲れさまでした。ほんとにありがとう。そして翌日はもう2月。午後は讃美歌を歌う会へ行き夜はエイトスターでの読書会。その頃久しぶりの雨がかなりの本降りとなった。(あとで聞いたら北軽も今年初めての大雪になり30センチの積雪だったそうだ)終わって何人かの方とお茶を飲みながらおしゃべりを楽しむ。2月2日。今日は映画を2本も観てしまった。1本目は実話に基づく「スタンドアップ」。暴力亭主と別れ、2人の子を抱えて鉱山で働く女性が主人公で、毎日のセクハラやいじめに耐えながらも生活のためにと頑張るのだが、ついに耐え切れなくなり会社を相手取って裁判を起こす。同僚の女性たちは生活の糧を失うのを恐れてウソの供述をするが、彼女の勇気に次第に本当の気持ちを表して行く。父親との確執、息子からの不信などに悩みながらも裁判で辛い過去が表面化するにつれ、それが解消されて行くプロセスがとても感動的で涙が止まらなかった。もう1本の「有頂天ホテル」は一度観てみたいと思っていた三谷幸喜作品だったが、私はどうもこういうドタバタは好きではない。時々客席の一部で笑い声が起きていたが、私はクスリとも笑えなかった。時代感覚がずれているのかなあ。今はこういう泥臭い喜劇が流行りなのかなあ。唯一「人のことなんか気にしないで、自分が生きたいように生きればいいのよ」という松 たか子のセリフを通してのメッセージだけが心に残った。
2006年02月02日
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