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うちの庭には前から9月になると土地の人が「リコボー」と呼ぶからまつのキノコが生えるのだが、それが今年はどういうわけか大豊作! ナメコを大きくしたようなかわいいリコボーがあちこちにニョキニョキ生えている。あまり傘が開かないうちに採ってうどんのおつゆに入れるとと~っても美味しいだしが出る。 そして今日は午前中近所の方のお庭に行って栗拾い。大きな栗の木が何本もあるので「採りに来てクリ」とブログで書いてらしたのを読み、早速行って来たわけ。 自然に落ちてイガからはじけ飛んだのを拾うだけですぐ袋いっぱい採れてしまった。山栗は小さいけれど甘くてとても美味しいのだ。さあ、今夜はテレビでも見ながら皮むきをしなきゃ。 明日は栗ご飯に決まりぃ~! 近所のYさんがうちの裏の木にからまっている山ブドウを見つけて脚立に乗って採ってくれた。みるみるダンボールいっぱいになる。彼女はこれをジャムにして持って来てくれるが私はジュースにしてみようと思う。 今はお金を出せば何でも手に入る世の中だけれど、自分で作る野菜にしてもこうした山が与えてくれる恵みにしてもほんとうに心を豊かにしてくれる。 そろそろ紅葉も始まり、味覚の次は視覚も楽しませてくれる山の自然に心から感謝したい。
2006年09月29日
霊界の宣伝マンこと俳優の丹波哲郎さんが肺炎のため84歳の生涯を閉じられた。 今から二十数年前彼の最初の著書「死者の書」を読んだのが私の精神世界への第一歩だった。私の母はよく霊を見た話とか不思議な体験を話してくれたが、「そんなの気のせいよ」と一笑に付していた私が、「あなたは叉バカにするかも知れないけど読んで見て」と母から渡されたこの本を読んだ時、初めて何かが心の中で起きたのだ。 丹波さんは1万冊以上の本を読んだと言う。 そしてチベットの「死者の書」をもとにこの本を書かれ、「これは全て受け売りです」と断っている。だからすんなりと私の心に沁み込んで来たのだと思う。父が亡くなってその通夜の席で起きた不思議なシンクロの直後だったことも関係しているのかもしれない。 その後離婚をし、勤めた職場には高橋信次氏の本がズラリと並んでいて、そこでは高橋氏の直弟子の方のお話の会などもあった。その頃次々にいろいろな人や書物に出会い私の精神世界への旅が始まった。多くの人に影響を与えたシャーリー・マクレーンの「アウト・オンナ・リム」を読んだのもこの頃だ。 この本を翻訳なさった山川夫妻の今日のメルマガに亜希子さんも丹波さんの「死者の書」が最初に読んだ精神世界の本で、その後沢山のそうした本を翻訳するようになったと書かれている。 当時はまだまだマイナーな世界でテレビなどではお笑い番組としてしか扱われなかったが、今ではどうだろう。若い人たちを中心にニューエイジ人口が爆発的に増えている。「スピリチュアル」という言葉もずい分一般的になって来た。 それでも左脳だけが肥大してコチコチに固まった科学屋さんなどは真面目に研究しようともせず、昔の私みたいに冷笑するだけ。外国ではどんどん研究が進んでいると言うのにオクレテル。 だから世間ではまだオカルトや宗教と混同したりファッション的なとらえ方しか出来ない人が多いのだ。 丹波さんは今頃かつて自分で制作した「大霊界」という映画と同じような所に行ってニンマリしているのだろうか。 いずれどこかの「村」に落ち着かれたらぜひどなたかに霊界通信を送って来て頂きたいものだと思う。
2006年09月26日
久しぶりの秋晴れ。日差しがやわらかで暖かい。ずっと曇りか雨の日が続いて時にはヒーターがほしいような毎日だったので気持も晴れ晴れとする。 今日は定休日なので午前中は畑へ行って天子(てんこ)小豆の収穫をする。ほかの野菜はもうみんな終わってしまって残るはこの小豆と採り損ねたモロッコインゲンが豆になったものだけ。 これまでは普通の小豆を作っていたが、今年は酵素玄米に入れる小粒の小豆を自家製でと思い、初めて蒔いてみた。鞘が下へ下がる普通の小豆と違ってこれはその名の通り鞘が天に向かって実るので面白い。茶色になったのからどんどん摘んで行く。豆は真っ黒な色をしているがご飯に入れると小豆色になる。 しかし改めて豆の再生産力には驚く。一粒の豆がいったい何百倍に増えるのだろう。 鞘は最初は緑、次に白、そして赤紫になってから茶色の枯れ色になる。これからは当分毎日畑に通わなければ。そしてそれを天日で干して鞘から出し、更に乾燥させる。買った方がはるかに簡単だけれど、こうして手塩にかけたものはとてもいとしい。来年の酵素玄米にはこの小豆が入るのでお楽しみに。 目を上げると青空をバックに浅間山がクッキリと映えてとても美しい。空気が澄み切っているので遠くの山々もよく見える。改めてここでの暮らしに感謝!
2006年09月21日
私の友人にはフラを習っている人が多く、私も毎年ハワイで見る機会が多いので以前から習いたいなと思っていたら、近くの別荘の方が教えてくださることになり週一回のレッスンが始まったのが6月の末。 その後忙しいシーズンに入ったので私は休み勝ちだったのだが、いつの間にか地元の老人会の余興に踊ることが決まっていて伊香保のハワイアンフェスティバルの時におそろいのTシャツとパウスカートまで買ってしまった。 曲はPearly Shellsで、先生のご主人のウクレレと歌に合わせて練習に励む。メンバーは7人。北軽井沢老人会の会員も3人含まれている。皆明るくて楽しい人ばかりなので常に笑い声が絶えない。 そしていよいよ今日が本番だった。会場は近くのスノーパーク。それぞれショッキングピンクのTシャツにグリーンと白の模様のスカート。髪にはピンクのハイビスカスの花をつけてにこやかに登場。日頃の練習の成果を見て頂いた。出来はどうであれ、100人以上のお年寄りの方たちに「私たちもまだ大丈夫」という勇気を与えられたのではないかと思う。
2006年09月15日
今年は4月の10周年記念パーティーに始まり9月まで毎月1回何かしらイベントがあったが10月に今年最後のイベントが決まった。 先週突然「早苗ネネ」さんという方からメールが届き私が以前HPに書いた「畑の天使からのメッセージ」に共鳴したのでぜひカフェフルールで歌いたいとのこと。 http://www.h5.dion.ne.jp/~fleur/colum1.htm なんと昔「じゅん&ネネ」というアイドルだったそのネネさんだった。多分今40代後半以降の方なら覚えていると思うが「愛するってこわい」という歌が大ヒットした女性デュオだ。ピンキーとキラーズやザ・ピーナッツが活躍していた頃の時代で懐かしいと思われる方も多いと思う。 ネネさんは現在マウイ島に住みウオルターさんというギタリストの婚約者と2人で春と秋に日本で全国ツアーをなさっているとのこと。 一度は歌をやめたのに、ハレアカラの山頂でネネというハワイの鳥に出会ったことで再び歌う決心をしたのだそうだ。 うちの店はそう大勢のお客さんは入れないけどそれでよかったら、ということでコンサートはお互いのスケジュールが合う10月21日(土)の2時からと決まった。 丁度まわりの紅葉がいちばん美しい時。 お天気がよければ戸を開け放してテラスにも椅子を並べられると思う。 その前日で今年の営業は終了になるので文字通り今年最後のイベントとなる。その日はうちに泊まって頂くので、コンサートの後お茶を飲みながらすっかり大人の女性となったネネさんとお話をする時間も作りたいと思っている。
2006年09月13日
この週末2日間にわたって名古屋の東山荘という所でトランスフォーメーションゲームをして来た。集まった2組8人は近隣の豊田市や岡崎、浜松、京都、大阪の方たち。こちら方面ではあまりやっていないので皆さん遠くから来て下さってうれしかった。 名古屋は元の夫の父方の出身地であり、私の父方の先祖も昔から渥美半島のお寺なので愛知県はご縁の深い所。でもあまり行ったことはないので地理はさっぱり分からない。今回のゲームのお世話をしてくださったちあきさんのお陰で迷子にもならず、無事に終わってさっき帰って来たところ。 その前3日間は東京にいたので往きは東海道新幹線を使い、帰りは中央線で長野へ出てそこから長野新幹線で軽井沢というルート。 どこも暑かったなあ! 駅から車で帰る途中峠にかかると雲の中を抜けるので濃霧。幸い時間が遅くて交通量が少ないのでゆっくり運転して帰って来た。途中の温度計は18℃となっていたが、家に入ったらモワッと暖かい。日中はこちらもきっと日差しが強かったに違いない。 かなりの強行軍だったのだが不思議に疲れないので自分でも呆れている。東京で会ったパパエンジェルという不思議な力を持った方に「細胞が10歳若い」と言われたけど、それだってもうかなりのトシのはずなのに・・・
2006年09月10日
紀子さんの帝王切開手術が無事に終わり男の子がお生まれになった。昨日は一日そのニュースで持ちきりだったようで号外は出るわ、街頭インタビューは流れるわで大変な騒ぎ。 皇室では今年41歳になられる秋篠宮以来の男子出生ということだが、それが秋篠宮のお子さんであることや、去年ご夫妻がコウノトリ公園で放鳥をなさった直後妊娠をなさったということなど不思議なシンクロを感じた人も多いと思う。 雅子妃の妊娠の直前にもコウノトリが現れたそうで、婚約会見の時の皇太子の「コウノトリのご気嫌に合わせて」との発言にも不思議に一致している。 何はともあれ無事にお生まれになってよかったと思うが、「歓喜に湧く日本列島」とか「男の子でよかった」ムードにはちょっと抵抗を感じてしまう。もし女の子だったら「歓喜」とは言わずせいぜい「ご安産でよかった」くらいだったのじゃないだろうか。 なんだか江戸時代の大奥のお世継ぎ騒ぎにタイムスリップしたような感がある。週刊誌の見出しには「ご生母」なんて言葉もあったし・・・それにしても皇室の女性たちはその昔の美智子妃の泡状奇胎や雅子妃の流産、今回の紀子さんの部分前置胎盤など出来ればあまり知られたくない身体のことを公にされ、微に入り細にわたる報道で衆目にさらされるなんてほんとうにお気の毒。今の天皇陛下が3人続いたお姉さんたちの後お生まれになった時も大騒ぎだったらしい。祝砲が鳴ったり、「親王さまがお生まれだ」という歌まで出来て日本中が祝賀ムードに酔いしれたそうだ。その時お姉さまはどう思われただろう。 男ばかり続いた最後の子ども、女ばかりの末っ子などそれぞれ親にガッカリされたことがトラウマとなっている人がとても多いことを考えると複雑な気持になる。それが日本中となったら・・・? 私は一人っ子でよかったなあ。
2006年09月07日
All is going very very wellはフィンドホーンのアイリーンの言葉だけれど、ほんとにそう思えることが最近しばしば起きる。昨日もその一つ。年に2回の長岡式酵素玄米の講習会が10時から行われ、4ヶ月ぶりにまた「太陽の家」の新井先生がいらっしゃった。 集まった方たちはお店の椅子の数15とぴったり同じ数。お話と実習の後はうちで炊いておいた酵素玄米を皆さんに試食して頂くのだが、実を言うとそれがヒヤヒヤものだったのだ。 4日以上ジャーの中で醗酵させたものでなければならないのに夏はお客様が多いので必ずしもそうは行かず、昨日炊いたものを今日お出しすることも多いのだ。 普通のご飯とは違うから「炊き立てですみません」などとあやまったりしている。まだ酵素が十分ではないから厳密には酵素玄米とは言えないからだ。 そうしたらここ3日間玄米を注文するお客さんが珍しく少なくてバッチシ5日間経ったご飯を試食して頂くことが出来たわけ。バンザーイ! 先週のこと。お昼に8人の予約が入った。しかし予約なしのお客さんが次々入ってジャーの玄米がどんどん減って行く。でももう一つのジャーに十分入っているから大丈夫と安心していた。ところが、なぜかそのジャーのスイッチが切れていたのである。あわてて蓋を開けると案の定納豆の匂い! 以前同じ失敗をしたことがあり、これでスイッチを入れ直しても小豆の納豆菌が醗酵するだけなのが分かっているので予約のお客様には訳を話してあやまろう、と思っていたら到着した8人の方は「すみませんが、あまりおなかがすいていないのでお茶だけでいいかしら?」 またもやバンザーイ!である。 うちだけではない。最近まわりの人たちにも同じような現象がひんぱんに起きている。 こうしたいな~と思っていたらそれがスムーズに実現したり、こういうものがほしいなあ、と思ったら、その直後友人から不要になったから上げると言われた、知らない土地をドライブしていて「お寿司が食べたい」と思った数分後にお寿司屋があった、ドライブ中眠くなったらすぐ格好の日陰の空き地があったなどなど。楽しい報告が相次ぐ。これをシンクロ(共時性=意味のある偶然)と言う。 「ほんとにNaoさんの言う通りだね。何も思い煩うことはないってことがよく分かったわ」と言われ私はニンマリ。そうでしょ?それが信じられると同じようなことがどんどん起きて来るのよ。その都度驚き・喜び・感謝のオヨカが3点セットでやって来るの。人生は楽しいねえ。 こういう話をすると「ただの偶然じゃないの?」という人がいる。それじゃオヨカがないでしょ?別に人生が楽しくはならないでしょ? もっと感じる心をイキイキとさせようよ!
2006年09月03日
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