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いよいよ2017年も間もなく終わります。注文していたおせちが届き、煮物やなますも作りました。今年最後の洗濯も、家中の掃除(これは夫の分担)も終わり、あとはテレビでも眺めながらゆっくり食事をし、年越しそばをいただくだけとなりました。老人二人の所帯ですが、この1年ケガもなく病気もせずケンカもなく(お互いに自分の方が大人だからだと思っています)けっこう笑いの多い日々を過ごすことが出来たことを嬉しく思い、見守ってくださった方々、見えない姿で助けてくれたエンジェルたちに心から感謝しています。ありがとうございました。お世話になった皆さま、来年もまたどうぞよろしくお願い申し上げます。お互いに元気で楽しい日々を送りましょう!
2017年12月31日
我が家にはかつて外国人から教えてもらった料理が美味しくてそのままうちの定番になったものが三つあります。その一つが昨日書いたフィンランドの家庭のお菓子「オメナパイストス」。二つ目がアメリカ人から教えてもらった「ツナサンド」もう一つがベトナムの「ベトナム鍋」です。ツナサンドはツナ缶の油を切って玉ねぎ、ゆで卵、スイートピクルスそれぞれのみじん切りと混ぜ、マヨネーズで和えたものを焼いた食パン2枚の間にレタスを乗せてはさんだだけなのですが、子どもたちには大好評でよく作りました。ベトナム鍋はこれも簡単。鶏のひき肉にみじん切りの長ねぎと味噌を入れてよく混ぜておきます。土鍋に水を入れて(出汁ではなく)火にかけ、沸騰したらざく切りにした白菜を入れ、緑豆はるさめを加え、鶏のひき肉をスプーンですくって入れていきます。肉に火が通ったら火を消してゴマ油をまわしかけて出来上がり。スープごと小鉢に取って、自分で塩をつまみ入れて味をつけます。うちの今夜の献立はこのベトナム鍋です。新しいことにはけっこう好奇心旺盛な夫が食べ物だけは保守的で、食べ慣れないものは美味しいと感じない人なので、果たしてどんな反応を示すかですが・・・
2017年12月29日
何十年かぶりに「オメナパイストス」を作りました。今から40年位前にフィンランドの女性に教えてもらった「リンゴのパイ」です。簡単で美味しくて子どもたちによく作っていたのにすっかり忘れていました。すると先日今年大学生になってイギリスへ行った孫娘から学校の寮で作ったというメールをもらって思い出したのです。(娘から孫に伝わっているのを知って嬉しかったです)当時はジャムにする紅玉がどこでも手に入ったのですが、今はなかなか売っていません。先日スーパーで見つけたので作ってみようと買って来ました。私はジャムはいつも材料の半分の量の砂糖で煮ますが、これはお好みです。ケーキ用のマーガリン100gとグラニュー糖100CCをボールに入れて手でよくかき混ぜます。(体温で柔らかくなります)そこへ薄力粉250ccとベーキングパウダー小さじ1杯を入れ混ぜるとぽろぽろ状態になるので、そのぽろぽろを一つかみ取り分けます。残ったタネに卵(小)1個を混ぜ入れ、クッキングペーパーを敷いた天板に平らに敷き詰めます。この時手で延ばすとベタベタになるので、ラップをのせて延ばすといいでしょう。(ここでオーブンを250度に余熱)その上にリンゴジャムを平らに延ばして、上に取り分けておいたぽろぽろ状態のタネをふりかけます。オーブンで13分くらい焼きます。今回14分にしたら少し焦げました。200度で20分でもいいでしょう。小さく切り分けて頂きます。とても美味しいのでお試しください。
2017年12月28日
23日の土曜日は今年最後のカルチャーのクラス。みんなでStand by MeとWe are the Worldを歌って、いつものLove を踊り、最後にWe Wish you a Merry Christmasを歌って終わりになりました。その後は何ヶ月もお休みだった方も見えていたので先生も一緒にみんなでアフタヌーンティー。そして昨日はまた生徒たちのうち5人で近くのカフェでのクリスマスコンサートへ。と、思ったら突然夫も行くと言い出したので急遽一緒に行くことになりました。もともと民謡と演歌の人なので興味ないだろうと昨年も誘わなかったのですが、この間のミュージカル以来少しはジャズも聴いてみようと思ったようです。ピアノとベースとドラムスのトリオにすごい声量のフィリピン女性のヴォーカルをどう感じたかはわかりませんが、最後の「ラ・バンバ」ではみんなと一緒に踊ってもいたのでけっこう楽しんだのではないでしょうか。これまで関心の的は会社の経営、付き合う人は仕事関係の人ばかり、読む本と言えばビジネス関係や偉人の話、歴史関係という人が、私と知り合ってからこれまで縁のなかったスピリチュアルな世界に目を開き、人間関係も広がり、新しいジャンルの音楽にも触れてみたりと一気に世界が広がったようで、その柔軟性には感心します。私としては勿論嬉しいことですが、そこまで見通して一緒になったわけではないのでひそかにウフフフ・・と思ってます。
2017年12月25日
あと2日で冬至なので今いちばん日が短くなっているはずなのに、関東と九州では日の長さが大分違うような気がします。午後は3時から始まるカーブスへ行って、帰りに整骨院に寄りスーパーで買い物などして帰ると大体夕方の5時半頃になるのですが、まだけっこう明るいのです。関東ではこの時刻にはもう暗かったような気がしますが、これって私の記憶違いでしょうか?何はともあれ、もうすぐまた昼間が長くなり始めるのだと思うと嬉しくて気持の方も明るくなって来ます。ピースボートで北欧方面に行った時初めて白夜を体験しましたが、全く暗くなってしまうことはなく、ずっと明け方のような空が続いて、そのままやがて朝になって行く景色を眺めました。反対に極夜というのは昼間もずっと暗いのでしょうか。それが半年近くも続いたらかなり気分が落ち込むでしょうね。いつかヨーロッパで午後3時頃から暗くなり、朝は8時でもまだ暗くて街灯が点いている道を通勤する人たちの姿を見て驚いたことがありますが、体内時計をどうやって調節するのでしょう。3月から10月まで夏時間というのがあるのもうなづけます。日本でも昔サマータイムがあった時があるのですが、すぐ中止になりました。覚えている方は少ないでしょうね。
2017年12月20日
昨日は今年最後のフルール会の集まり。いつも大体私たち夫婦を入れて14~5人なのですが、昨日は初めての方もいたので自己紹介から始めました。最初はほとんど知らない同士だったのに、同じような本を読み考え方も似ていることからだんだん親しみが湧いて来て、30代から80代までが和気藹々、何でも話せる仲になっています。その後今年いちばん嬉しかったこと、楽しかったことをシェアし合ったのですが、その時のみなさんの輝いている顔がとても素敵でした。私はやはりもう行けないと思っていたフィンドホーンに、それも一人ではなく夫と行けたこと。それがいちばん嬉しかったですね。1年前の初めの頃に比べると皆さんがとてもリラックスして明るくなったこともとても嬉しいです。北軽の家に沢山あったスピリチュアル系の本も引越しに当たって人に上げたりBookoffに送ったりしてずい分少なくなってしまいましたが、戸棚に並べてみなさんに貸し出して読んでいただいています。これは30年前横浜で自然食品店を始めた時からずっとしていることですが、こちらへ来て最初にそれを手にとって次々読み始めたのがうちの夫だったことは私にとっていちばん嬉しいです。また、これまでそういう種類の本を読んだことのなかった方が「心の扉を開く」(アイリーン・キャディ著 日本教文社)を買って「感動した。友達にも勧めました」と言ってくださるのは本当に嬉しいことです。これからもこの本が少しでも多くの方を力づけ、勇気付けてくれることを願っています。
2017年12月18日
人は往々にして身体によくないものを好きになる、と言いますが、私はベーコンが大好き。高カロリーで身体に良い訳ないのですが、あれば必ず手が出ます。でも日本のスーパーで売っているベーコンはどんな風に焼いてもなぜかアメリカのみたいに盛大に脂が溶けないのでカリカリになりません。手造り系のちょっと高いのになるといくらか溶けますが、それでも立てて食べられるほどにはなりません。なのでほとんど諦めてハワイに行った時だけスーパーで買って来て毎朝ベーコンエッグにして食べるのを楽しみにしていました。1パック6ドルくらいで買えるのでこっそりスーツケースに忍ばせて買って帰って来たこともあります。(ヨイ子は決して真似をしてはいけません)それがこの間何かで電子レンジで焼くといいというのを聞いて、丁度冷蔵庫に無添加のがあったのでやってみました。そうしたらあの脂がすっかり溶けて、手で立てて食べられる、まさに理想的なクリスピーベーコンになったのです!ベーコン2枚ならキッチンペーパーにはさんでお皿にのせ、500Wのレンジで3分30秒。お試しください。
2017年12月14日
6年前からiPhoneを愛用していて今のは2代目で6を使ってます。それが今朝からおかしいのです。すぐ画面が黒くなって小さな丸が中央でクルクル。最初に戻ってしまうのでまたやり直し。メールを読んでいる最中にまた黒くなってクルクル。それの繰り返しなので、近くのauショップへ持って行きました。そうしたら「同じことがあちこちで起きてます。ここではわからないのでサポートセンターに電話してください」と番号を教えてくれたので家に戻って固定電話からかけてみました。すると新しい機能が加わったらしく、アップデートが必要と言われ、支持された手順でやってみたらようやく正常になりました。便利なだけにちょっと不具合があると途端に日常生活がスムーズに行かなくなるので困ります。携帯電話に限らずテレビでもパソコンでも同じことで、いかに自分がいろいろなものに依存して生きているかがわかりましたが、こういうものを使いこなせないと置いてきぼりになってしまう今は、ある意味で老人にとっては大変な時代です。
2017年12月11日
最近よく不倫だ浮気だと週刊誌やテレビがウの目タカの目で大騒ぎしていますが、それで問題があるとすれば当人たちの家族だけで我々には全く関係ないこと。お好きにやれば?って思うのですが、男女関係がこんなに窮屈になったのはキリスト教や儒教が入ってきた近代からのことでしょうかね?それでも昭和の初め頃までは妻妾同居なんてこともあったのですから、ここ数十年のことかもしれません。平安朝の物語や日記を読んでいると男と女の関係はもっともっとゆるやかでのんびりしています。勿論文字で残っているのは上流階級の人たちの話だけで、下々の者はどうだったかわかりませんが、おそらくそれ以上にゆるかったのではないでしょうか?男はひまさえあればお供を連れて町をうろついて、いい女がいないか探し回り、女のほうは和歌を詠んだりおしゃべりしたり琴を奏でたりして、声をかける男を待っていたり。そしてよほどいやでなければすぐに招き入れます。通ってくる男を待ちながら、時には別口にも御簾を上げたり、男の方も別口がいたりと、連絡の仕方が和歌なのでいかにも優雅ですが、していることは今とあまり変わりありません。「更級日記」は紀貫之が女のふりをしてかな文字で書いたのと違って菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)という正真正銘の女性の手になる自伝のようなものですが、父親が京から今の千葉県に赴任する時には彼女の母親である妻は京に残して別の女性を伴って行き、彼女はその人を継母と呼んでいます。何年か後に京に戻るとその継母は別の男の元へ去り、彼女はまた生母と一緒に暮らします。自分自身も結婚をし子どもも生まれますが、それについての詳しい著述はありません。この時代の何を結婚と呼ぶのかもよくわかりませんが、男女関係はかなり自由だったことがわかります。女性にとっては名前そのものもあまり重要ではなかったようで、有名な人でも「式部」とか「少納言」とか「だれだれのむすめ」というだけ。この菅原孝標女が読書好きで、50年前に書かれて大評判だった「源氏物語」の全巻を読みたくて読みたくて叔母さんからプレゼントされるやそれに読みふける、というのを読んで次はそれにしようと書棚を見ると、ないのです!予定では角田光代さんの訳で上・中・下3巻に分かれて、今年の5月から来年3月までの間に刊行されることになっているので、遅れに遅れているのでしょう。それで一気に江戸時代に飛び、次は第11巻の「好色一代男」(日本文学全集)を夫が選びました。これも面白そうです。
2017年12月02日
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