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2014.05.24
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カテゴリ: 読書案内
【吉川英治/新書太閤記 八巻】
20140524

◆裸一貫の平民から身を起こした秀吉の集大成
長編小説として読み勧めて来た『新書太閤記』だが、この八巻が最終巻となっている。
つくづく思うのは、秀吉という人物がいかに大衆的であるかという点である。
「破壊のエネルギー」とオリジナリティーに溢れた信長のような英雄性には欠けるものの、平民の代表格とも言える大衆性に彩られていた。
そんな秀吉の出世物語でもあるはずの『太閤記』なのだが、秀吉が卑賤の身でありながら、ついには関白となり太閤ともなったくだりになると、吉川英治の筆致に憂鬱さが感じられるのだ。
不思議なことに、著者が躍動して筆を進めるのは、秀吉が明智光秀を討ち果たす辺りまでで、その後は何となく精彩を欠いてしまう。
まるで、権力を握って絢爛豪華な桃山文化を築き上げた秀吉への熱情が、一気に冷めたかのような不自然さを感じてしまうのだ。
そのため、物語は「秀吉が関白に就任する天正十三年の項で話が終わって」いる。
もちろん、関ヶ原の合戦の場面もない。
家康とは相変わらずの緊張感がみなぎっており、その不気味な存在に、秀吉も少なからず畏れを抱いているところまではきちんと記述されている。


「(家康は)第一線に近い岡崎を退き、わざと浜松に閑をめでて、大坂の事など耳から遠い顔をしていた。」

おそらく家康は、秀吉の関白就任の旨をただならぬ胸中で受け止めていたに違いない。
静養という名目で浜松城に暮らす家康は、しかし、凡将ではなかった。
鷹狩に出かけるついでに必ず近辺の田舎を見て回るのだ。

「従者七、八名と共にほっつき歩いている背のまろいずんぐりした四十六、七歳の武家があるなと、よく見かけるのを注意していると、それが家康であった。」

その家康こそが後に豊臣家を滅ぼし、天下人となるのだから、歴史というものは面白い。
私は思うのだが、歴史は実に、偶然の積み重ねのような気がする。
本来なら、中世の徹底的な破壊を成し遂げた信長こそが天下を取るはずだった。
あるいは、その信長の目指した合理性に基づく治政を成した秀吉こそが、天下人として長く掌握するはずだった。
それがどうだ、結果として、絶対的な封建社会を確立したのは家康だったのだ。
粘着質な性格を発揮し、保守的で、人を信じず、ぬかりなく手をうちながら時節の到来を待ち続けた人のものになったわけだ。


「もし人の一生に、その多岐なる迷いと、多難なる戦いとがなく、坦々たる平地を歩くようなものであったら、何と退屈な、またすぐ生き飽いてしまうようなものだろう。畢竟するに、人世とは、苦難苦闘の連続であり、人生の快味といえば、ただその一波一波に打ち剋ったわずかな間の休息のみにあるといってよい。」

そのとおり。
私たち日本人には、裸一貫の平民から身を起こした秀吉がいる。
その秀吉は地を這うような努力と苦労とのわずかな合間に、一条の光を見たのだ。
大衆のトップに立ったのは、誇るべき門地もなく、富もない、奇妙な猿顔をした小男だったのだ。

『新書太閤記』は、“激動の歴史の中に英雄の一代を描いた”最高の時代小説である。
一人でも多くの方々に一読をお勧めしたい。

『新書太閤記(八)』吉川英治・著

~ご参考~
・新書太閤記 一巻は コチラ
・新書太閤記 二巻は コチラ
・新書太閤記 三巻は コチラ
・新書太閤記 四巻は コチラ
・新書太閤記 五巻は コチラ
・新書太閤記 六巻は コチラ
・新書太閤記 七巻は コチラ

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.127)は井上ひさしの「新釈遠野物語」を予定しています。


コチラ から
★吟遊映人『読書案内』 第2弾は コチラ から





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最終更新日  2014.05.24 06:00:11


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