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今日は、朝、大阪の家へ行って二時間仕事をした。 小指の怪我はまだ、靴を履いて歩けるほどには治っていない。0,5ミリ大きい、底の柔らかい靴を履いてみた。今月は個人的アクシデントとインフル騒ぎとで、一度も母を訪ねていない。私が行かないのはインフルのせいだろうと母は察しているだろう。耳が遠いから、電話を掛ける気はない。2、3日泊まってきてもいいとは思ったりするけど、変わったことをしたら、変わったことが発生しそうで、日帰りと決めている。昔の話をあれこれしていても、4時ごろになると、「早よ帰らな、電車、混んでくるで」と母は必ず言う。 私の同級生が一人で暮らしていたとき、「晩寝る時、このまま目が覚めへんのと違うかなあという気がすることがある」と話していた。 一人の夜は寂しいだろう。母が1年ほど前に、「モシモシ亀よの歌が聞こえる」と言っていたので、先月行ったとき訊いてみた。「”モシモシ亀よ”はまだ聞こえる?」「まだ聞こえるよ。モシモシカメヨカメサンヨいうてな、子供の声で。夜中や朝方に。どんどんどんどん太鼓叩いて......。このごろは、ほかの歌も聞こえる。『籠の鳥』とか『サーカスの歌』とか、男の人がええ声で歌うてはるわ」 80年の歳月が、そこでなくなっている。「新しい歌もあるで。♪......わくらばを 今日も浮かべて 町の谷 川は流れる......」 と歌った。「中曽根ミキ」 40年ほど前の歌、「新しい」だって。 母は流行歌が好きで、私に沢山教えてくれた。耳が遠くなったおかげで、昔の歌が聞こえるとは、幸いなことだ。 谷間 灯ともす頃 いつも窓に寄りて わが子帰る日祈る------- あの歌の母は、幾つぐらいなのだろうか。 今日テレビで、「落下物の衝撃」の話をしていた。私の小指に落下したホーロー鍋の蓋は、400グラムだった。毎朝晩、わが家伝薬をつけている。黒ずみは消えて、動かしても痛くはないのに、どういうわけか時々、ギ、ギーッと痛む。母は幻聴、私は幻痛か? 生きてる証拠かな?来週には、靴を履いて電車に乗れるようになるだろう。インフルの状況はどうなんだろうか。P>
2009.05.30
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応接間の、出窓の網戸が破れているのをショータンが見つけた。昼食後、庭へ出たり入ったりしている。「どうしても外れへん。なんでやろ?」 見たら、網戸の下部のストッパーのネジをドライバーでゆるめてカタカタ押したり引いたりしている。「上でも止まってるのに、下ばっかりゆるめてもあかんやン」「上なんか、ない」「あるわ」「ない」 決めている。可動式の網戸は、上下で調節するようになっている。団地に10年いた間、網戸が動かなくなっても、パタンパタン外れても、ショータンは一度も修繕しなかった。換気扇の汚れを掃除したこともない。お風呂の掃除など、40年間一度もしない。 小さい踏み台を持って行って、部屋の中から網戸を見た。ちゃんとストッパーが付いていた。「貸してみ」とドライバーを取って、上部のストッパーのネジを2箇所ゆるめた。「あっ。動く……」「動くようにしてんねん。こっち側は、あんた、しィ」 押し上げても網戸が、上の溝にカタッと入らないのをおかしいと思わないのはオカシイ。 庭から上がって来て、私の言ったようにしてとショータンは網戸を外した。「あんたの勝ちィ」 買って来てから貼り替えればいいのに、いつも捨てる方を先にする。「お風呂場で洗うか?」「庭で洗う」 ショータンは、網戸を庭へ持って行って、破れた網をめくった。率先してやっても、初めからオワリまで一人では出来ない。「ルーラーは、あったかな?」「あるよ」 私が仕舞場所から出した。「ゴムは、あるねん」「前に使こた残りやろ?」「サラや」 一昨年、塗装屋の社長が階段の手摺を付けてくれてついでに縁の網戸も一枚張り替えてくれた。その時、余分に持って来てくれたのかと思った。軽トラで、 建材&暮らしの百貨店とスーパーへ行った。暮らしの百貨店では、殺虫剤やゴミの袋なども買った。 玄関の広い廊下で、私が網を抑え、ショータンがルーラーでゴムを嵌めこんだ。「あ。足らん」「そやから、前の残りやってんや」「サラやった。おれが今、袋破って出したんや」 窓の小さい網戸の3方分しかないサラがあるもんか。「4,5×7mと書いたあんのに、なんでや」「7メートルもないやん。3メートルもない」「サラやぞ。お前が袋破ったん違うのに……」 私はショータンが捨てた袋を拾って調べた。私は袋を破らない。余ったらまた入れておかなければならないから、貼り付けてある箇所を剥がす。「やっぱり、前の残りやん。見てみ。初め、ここをこう剥がしたんや」 ショータンに、ビーッと剥がして見せてやった。「3メートルが、7メートルに見えるか?」「あんたの勝ちーっ」 困ったアタマだ。
2009.05.28
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まだ陽は高かったけど、温泉へ行った。 ショータンの温泉巡りの目的は、温泉だ。 部屋に金庫は設置してなかった。和室と違ってホテルの従業員が入らないと信じて、貴重品はフロントへ預けず、部屋のキーを私が浴室まで持って行った。ウェルピアだったらこんな時間は外来の浴客がかなり入っているのだが、お客さんは私と入れ違いに出て行った人だけだった。露天風呂は浴槽が三つ並んでいて、一番奥の浴槽の向こうは、広っぱみたいだった。ホテルの庭かも知れないけど、向こうの方からどこかのおじさんがひょこっと入って来そうなところで、アロエがいっぱい生えていて、赤っぽい(けど色気のない)裸婦の像がひとつ、こっち向いてポツンと立っていた。あっちが見物かこっちが見物か……。カメラとキーを入れたビニールのタオル袋を、湯船の外のお湯のかからない所へ置いた。土肥よりはアルカリの少ないお湯だ。 夕食は6時半。見栄の舟盛りはなく、可でも不可でも無い料理で、一人前4200円。ビールは735円。土肥館のビールは760円だった。カラオケは、ドリンク付きで3000円と書いてあったように思う。千円以上のカラオケは絶対にしない。カラオケ無料にすれば、お客は今の倍になるのに。息子の会社の保養所(今井浜)は、最初行ったとき私達の他宿泊客はなかった。カラオケ・サロンが無料・飲み物勝手持ち込みOKだったので、5年のうちに客は10倍になった。カラオケで儲けようと思うのが間違いだ。部屋の使用料で設けるのがホテルの目的だろう。 夜具は薄かったから、土肥館よりは快適に眠れた。ホテルの布団はなんであんなに分厚いのか? この季節はクーラーなしで丁度いいのに、冬布団だから、クーラーなしでは暑い。こんな布団で、支配人は寝てみたのだろか? よく眠れたのだろうか?
2009.05.26
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(ホテルチェッカーは行く)4月7日牧水館ではなかった、牧水荘。正しくは土肥館だった。戦時中は疎開児童や予科練の生徒を預かっていたそうだ。 朝食も、同じノレン個室。係りのオネーサンも作夜と同じ。「ここは、デザート無いんですねえ」 と言ったら、「え?」とオネーサンは目をパチクリ。「昨夜、デザート来なかったですよ」「そうですか?」 自分が持って行ったか行かなかったかも覚えていない。他の処では持って来るのが遅いから待てなくて部屋へ帰ると、追いかけて持って来る。「デザートの無いホテルは初めてですわ」 「ごめん」も「済みません」も言わない。いいよ。ブログに書いてやるから。 朝食はご飯。魚は、小鰺の干物。私はきらい。白菜のお漬物が、6センチぐらいに切ってある。年寄り向きには、細切りの方がいい。昨夜の茶碗蒸し同様、玉子焼きが不味い。味噌汁も不味い。 デザートは早めに持って来た。オレンジだった。つまらない。 宿泊料金は、高かった。ベッドもウォッシュレットも富士山も無いのに、26,298円。 朝のお風呂で会った人が教えてくれた、伊豆高原のさくら道へ行った。 丁度満開だったから綺麗だったけど、車ゾロゾロ。ヒトもゾロゾロ。道の両側に家並みがあるから、電線がいっぱい。(ゾロゾロでない写真を…) シャボテン公園へは前に行ったし、ルフトにも乗ったし、ガラスと工芸美術館も行った。伊豆は遊ぶ所が少ない。 ぐらんばる公園へ行った。なんということもなかった。 夜はまたゴチソーだからというので、お昼はラーメンにした。窓から見ていると、外のテーブルに犬を連れた人が3組もいた。躾のよく出来た犬、全然出来ていない犬......。すぐ前のテーブルにいた犬は、私が見ているからか、ワンとも言わずにじっとこっちを見ていた。 私が行きたかったホテルは、福利厚生倶楽部の事務員がドジでゲット出来なかったのを忘れていた。ナビに電話番号でセットしたら、下田だった。土肥から南へ行けばすぐだったのに、北へ行って東へ行ったから結局伊豆をぐるっと回ることになった。 ホテル伊豆急。周辺には、下田条約が結ばれた了仙寺、下田開国博物館、海中水族館、熱帯植物園、ロープウェイ、河津バガテル公園、などがある。どこへも寄らず、まっすぐホテルへ行った。すぐ前が白浜海水浴場だった。ツイン。ルームで、ウォシュレット・トイレだった。 窓から浜辺が見えた。
2009.05.24
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モニターの故障、足の故障、ショータンの故障、オザー騒動、インフル騒動と来たので、春の旅行記の続きがすっかり遅れてしまった。 確か、下田まで行った……いや、石和だったかな? とコピーを繰ったけど、四月七日(牧水館)の朝までしかない。おかしいなあ。 二日目は、熱川のつもりだった。近いから、伊豆高原の桜まつりへ回った。ここで写真写真と探して、Dディスクにだぶついているのをリムーバブル送ったりしている間に急に眠くなった。すんませーん。 ネマス。
2009.05.23
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金鵄輝く日本の栄えある光 身に受けて今こそ歌えこのあした紀元は二千六百年ああ一億の胸は鳴る歓喜溢るるこの大地しっかる我ら踏みしめて今こそ進めこのあした期限は2千六百年ああ皇国の血は滾る (もう一つ)見よ 東海の空明けて旭日高く輝けば天地の生気はつらつと希望は燃える大八島おお晴朗の朝ぼらけ聳ゆる富士の姿こそ金甌無欠ゆるぎなきわが日本に栄えあれ こんな歌を突然思い出した。金甌無欠の意味もよく判らなかったけど、なんだか嬉しい歌で、物覚えの良い子供の時だからすぐに覚えた。金甌無欠とは、金の甕のように完全で欠点のないこと。国家が独立強固で、外国からの侵略を受けたことがないこと。と辞書にある。 第二次大戦でアメリカの侵略を受け、生活様式や教育がアメリカナイズされた。それまでの旧弊な日本社会、日本家庭は一変し、人々は自由に生き生きと暮らし始めた。 「世紀末」という言葉がある。 退廃的、懐疑的、冷笑的な思潮の現れたヨーロッパの19世紀末。また、そういう傾向、思潮の現れる社会の没落期。 20世紀末にも、「世紀末の様相を呈して……」などと度々言われた。 21世紀が明けて、まだ9年も経っていない。 しかし、どっちを向いても「世紀末の様相」に見える。 地球人口がどんどん増えている。 人間の天敵は、姿の無いウィルスとニンゲンだ。 新インフルの患者の父親がマスコミに訴えていた。「娘が発熱して、センターへ連絡したがなんの対応もしてくれず、三日間不安なままで過ごした。今日やっと診察して貰い、すぐに隔離病棟へ入院した。家族三人分の薬を貰ったら、一人分6000円だった。お金が無い人は手当しなくていいということか。弱い一般市民だから、どうでもいいような対応だ」と。 亡国に導くかも知れない病原菌保有者を、国は無料で治療するべきではないのか?しかし、この一家も、診察してもらえなかった三日間、なにをしていたのだろう? 役所や病院なんかあてにしないで、自分で薬を探せばいいのに。 国会で、「少子化対策」だの「消費税」だのと言って遊んでいるヒマに、ウィルスで社会が機能しなくなる。 大阪市や滋賀県にも患者が出た。 どうするんだ? 政府。 セーフはアウトだ。
2009.05.20
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昔、"ケ・セラセラ"という歌が流行った。 「♪......ケ・セラセラ なるようになるわ 先のことなど わからない...」 「なるようになるわ」で済ませられないインフルエンザ。昔、ハヤリ風邪はみんな「流感」だった。今世界中の人を脅やかしている風邪は、「新型インフル」と略される"豚インフルエンザ"。「メキシコが...」「アメリカは...」と対岸の火事みたいにのんびり構えていたら、「国内発症」のニュース。一人が三人に、三人が六人に、毎日増えて、今日は173人を越えた。 ラジオのアナウンサーが慌てて、「潜伏していたのがすり抜けて、蔓延の様相になりました」と言っていた。 高校生達に個人的な接点が無いのだから、なにかの大会で移されたのだろうと私は思っていた。政府はそれが読めなかった。昨日ようやく、"スポーツ大会"の会場が媒介場所だったと判明した。解明が遅い。対応が甘い。大会に参加した人達の家族が日常生活で移動して接する人達----の、また家族------の、関係者たち-------がうろうろするから収拾がつかない。関西は神戸、茨木と限られていたのに、兵庫県の14市と大阪府12市にと拡張した。奈良県にも出た。和歌山へ来るのもすぐだろう。 学校が休みになって、子供たちは遊びたくてうずうずしている。実際に家の近所で遊んでいる。「学校やすみにするから、子供らが遊び回ってるんや。なんで、休みになんかするねん!?」 と、学校へ苦情電話を掛けている父兄がわんさかいる。カラオケ店は「学生お断り」にしたというが、全部ではない。 マスクを買う為に行列を作っている人たち。三日も走り回ってやっとマスクを入手したという人がある。 100円のマスクが300円で売れる。あんまり高いと、流行期間中一つのマスクで通そうという人が大勢いるだろう。毎日取り替えて洗濯し、よく日に干さなければ、マスクに付いたウィルスが手指について口から入る。マスクぐらい、自分で作ろう。顔の幅より10センチほど大きく切ったガーゼを8枚重ね、真ん中に不織布(油漉しでもいい)を挟む。2、3箇所にヒダを取って両端を折り曲げ、テープまたは細いゴム紐を置いてミシンを掛ける。手でくけ縫いしてもいい。マスクをしてみて、紐の長さを調節して輪に結ぶ。 メキシコやアメリカはマスクを無料配布していたけど、日本はそれもやらない。軍事費の予算でマスクぐらい配れないのか。ドクターが逃げて閑古鳥の鳴いている病院を、緊急隔離病院として使えばいいのに 新型インフルと判っても、特効薬はまだ無い。若者が精神錯乱を起すタミフルが頼りだ。 24日あたりで下火になると厚生省は予想していたが、まだまだ増えるだろう。 抵抗力を高めて病気を防ぐ、あるいは追い出す家伝薬というものがあります。いまはクスリとしていませんけど、ご要望があればお分けできます。
2009.05.19
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ショータンは、どうしてこけたのか全然わからないと言う。 植え込みの端からガレージへ出るところへ、ワタシが置いていた散水のホースに足を引っ掛けたのだと思う。左足の外側踝を擦りむき、左側の尻っぺたを強く打ち、頭のてっぺんに近い左後ろの髪の毛の無い部分の皮膚を斬った。どんな格好でこけたのか、想像できない。クスリを塗布した脱脂綿を止める絆創膏は、一方はジカ皮膚だからよく付く。一 方は毛の上だから付かない。薬を取り替えるとき、ケの無いところの絆創膏を剥がしたら、「イタイイタイイタイ」と言った。 夜は網包帯を被って寝た。 お風呂へ入るとき、薬の綿を取った。 出て来て、見たらまた血が出ている。「あ。アタマ、洗ろたん?」「洗えへんけど、怪我してたん忘れてバスタオルでゴシゴシ拭いた」 ショータンが一人になったらタイヘンだろうな。 道を挟んだ東隣の、こっち向きに建った家のご主人は、三年前に奥さんを亡くしていま一人住まいだ。庭は四方ともセメンで固めてある。大方外食らしい。ゴミの袋にはお弁当や即席ラーメンのスチロール容器がいっぱい入っている。洗濯物を干しているのは見たことがない。コインランドリーへ行くのだろう。 車のある時は夜通し電灯が点いていて、電灯が点かない日は外泊だ。 道の向かい側の、新しい家並みの端っこに古い農家が一軒ある。おじいさんとおばあさんが住んでいる。 ゴミの日、おじいさんがヒョコリンヒョコリン、ゴミの袋を集積場所まで運ぶ。ショータンは、ワタシが入院した時以外、ゴミ袋は出さない。 できる事は、雨戸の開け閉めと、電気ポットに水を補給することだけ。 一人暮らしのおばあさんは顔つきもしっかりしているけど、一人暮らしのおじいさんはなんとなく頼りない。
2009.05.17
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昨夜。夕飯のとき気分が悪くなった。午後から身体中が痛かった。食後すぐ、わが家伝薬を飲んで、少しテレビを見ていたけど、ショータンが上へ上がったあとパソコンの前へ座る気がしなくて、8時に私も寝た。 夜中、二時間おきにトイレへ行って、朝は元気になっていた。わが家伝薬は、身体にウィルスが入ると利尿剤になって、ウィルスを体外へ出してしまう。結核菌は勿論、原因不明とされるリューマチでも、発病までに身体からいなくなる。 今日、国内で新型インフルエンザの患者が出た。 渡航暦のない高校生で、他にも二人、陽性反応のある生徒がいるそうだ。三人に特別な接触はなく、人・人感染が懸念されている。潜伏期間が一日から七日あるのだから、検疫で国内発生を阻止しようというのが無理だったのだ。 陽性の人が一人いれば、家族、学校、保育園、サークル、会社、店屋、飲食店、医院、交通機関………何処ででも抵抗力の低い人に感染する。 政府の対策本部が出した注意は、「インフルエンザが疑われる症状が出たら、すぐに病院へ行かず、発熱相談センターに電話すること」だそうだ。 その結果、感染の疑いのある場合は、病院や公共施設などに設置された“発熱外来”の受診を指示される。発熱外来へは、電車やバスなどの公共交通機関の利用を避け、家族の運転する自家用車で行く。『受診の際にはマスクの着用を忘れないこと』だそうだ。十中八九インフルエンザと判ってから「受診の際のマスク」とは、おかしい話。甘くみていると、あっちこっちから火の手があがる。 ワクチンは少ない。治療薬は不確かだ。自分自分で抵抗力を身に付けるしかない。 今日、母の様子を見に行こう支度をして外へ出たら、車で駅まで送ってくれる筈のショータンが庭で転んで怪我をした。頭と足と。臀部も打って痛いという。300メートルほど行ってから帽子を脱いで頭を見せるので、血が出ているのに気付き後戻りして、わが家伝薬で手当てした。 急ぐ用でもないのに遠くまで電車で行く必要はないということだろうと、大阪へ行くのをやめた。
2009.05.16
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「なんでこの時期?」「驚いた」なんて、マスコミは騒いでいるけど、ちょっとわざとらしくないですか? オザーさんの辞職………違った、辞任。 ハトさんの、「断腸の思いです」には笑ってしまいました。 ア・ソーリときたら、いつものにやにや笑いを引っ込めて、「国民は----どうのこうの--」のコメント。 どうしてこんな所で勝手に国民の代弁をするんでしょうか? いつもは「ワタシは、そうは思いません」「私は、こう思っています」と必ず言うのに、ここは「ワタシは…」にしといて欲しいものです。 「辞めないのか」「いつ辞めるんだ?」「どうしてやめないの?」「早くやめろ」と2ヶ月も前からみんな言っていたのに、いまごろ「辞める」は遅いんですよ。辞職ならまだしも。 それを指摘した記者に、「どうしてワタシが議員を辞めなきゃならないんですか?」とむくれていました。 どうして辞めないのか、の方が不可解です。 「何故この時期か?」って、もうこの時期しかないでしょう。ぎりぎり…というより、潮時を逸してます。 ”献金”と称してふんだくったお金、一円でも返したんですか? 国民の為に100円でも使ったんですか? あれがバレた時、口惜しそうに泣いていました。 「ワタシはやましいことは一つもない」と何度も言っていますけど、ダーレも納得してませんよ。していないと思います。 辞任したら、ウヤムヤになるんですか? 会見の後で笑うな!って。 新聞によれば、連休開けにオザーさんは、ハトさんに言ったそうです。「やはりここは、身を引くほうが国の為になるのではないか」 「ないか」って、自分の考えみたいに言うんじゃないッ。 国の為なんて、この人に言って欲しくありません。今まで、ずっとずっと、自分のことしか考えてなかった人です。 オザーさんは、絶対に首相にはなれない、と私は何年も前から言っています。名前が悪過ぎるんです。 ポストは誰か、というと、やっぱりハトさんでしょう。 名前からの判断です。 「後の祭り」を言うのに、「トンビもカラスも飛んだあと」と言います。 ハトは飛んで行かないんです。 でも、政権交代は、無理だと思います。
2009.05.12
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で、昨日のお昼、またメーカーに電話した。「やっぱりモニターが切れますけど……」「画像が消えたとき、ランプはナニ色ですか?」「緑です。青になってくるくる回らないです」「画像のランプです」「画像の?」「ガゾーのランプです」 なに言うてんねん。モニターが切れる、言うてるのに……「ガゾーの方は、ランプ消えてますよ。パチッと切れるんです」「真っ黒になって、ランプも消えるんですか」「はい。みんな消えるんです」「でしたら、修理しないとダメのようですね」「修理? 幾らぐらい掛かりますか」「判りません。どの部品が要るかで違いますから」「ひにちはどれぐらい掛かりますか?」「二週間みていただけばいいと思います。買ったお店へ行って、ご相談ください」 二週間も、よう言うわ。「修理する気、ないみたい」 とショータンに言った。「ヒタチはもう、パソコンやってないんと違うか」 午後、大阪の「買った店」へ行った。モニターが8台ほど並んでいたが、ヒタチはなかった。安いのは17800円高いのは36000円。修理に6万も掛かるって、サラの方が安いじゃないの。シ(ショータン)「これは、幾らになりますか?」テ(テンイン)「メいっぱいお安くしてます」シ「なんぼになる?」テ「22800円。--------22000円ですね」シ「20000円にしなはれ」テ「2万はきついですわ。21000円」シ「ふーん。もうちょっと検討しまっさ」と店を出た。 次に、お気に入り家電店へ行った。サービスの良い馴染みの従業員は休みだった。初めての従業員が来た。シ「これは、幾らになりますか?」テ「ついてるお値段です」シ「ちょっとはベンキョーしてくれまんねんやろ? Yさんやったら、気ぃように負けてくれ まっせ」テ「あははは。まあ、この値段から千円ぐらいお引きしますけど」カ(かりん)「みんな、画面が暗いですねえ」テ「そうですか? こんなもんやと思いますけど」カ「うちのは、色キレイですよ」シ「ちょっと調子が悪いからね、サラ買おうかと思て……今日は、ガソリン入れに来ただけや から、明日また来まっさ」 ほんとにガソリンを入れに行って、私が3千円出した。帰りにもう一軒の家電店へ寄った。反射しない画面で色鮮やかなのはメーカーO’nだった。17800円を、「17000円にさしてもらいます」と言った。「これは、外国産ですか?」「いいえ、日本ものです」「ヒタチのモニターは、無いんですか?」「ヒタチは、もうやってません。今は、シャープ、東芝、O’nですね」 それが一番いいように思ったけど、またしても「検討します」と言って結局買わずに帰った。ショータンはなんでも検討するのが好きだ。 それで昨夜は日記ひとつ満足に書けなかった。 今日、この近くの家電店ジョーシンとヤマダに行った。ヤマダはなんにも映っていないモニターを6台並べていた。22800円から、48000円。カ「映ってなかったら、判りませんね」テ「どれも同じようなもんですよ」シ「これは、幾らになりますか?」テ「お値段は、これで…もうすぐ、新しいのが出るんです。もうちょっと待って貰ったら…」シ「ふーん。ほな、待っときまっさ」 「もうちょっとベンキョーしときなはれ」は言わずに外へ出た。「新しいのが出たらあれ古うなるから、思い切って値引きして、一つでも売っといたらええのにねえ」「そうや。なに言うてんのか判れへん。売る気ないな」 ジョーシンで、色のきれいなやつを13000円に値切って買った。タイ製だけど5年保障を付けるという。5年保障が付いていればいいだろう。 ヒタチはコードが3本だけだったのに、これは5本ある。 ショータンはコードを付け替えながら言った。「これの方が丁寧に作ってるな。ヒタチのやつも、タイ製やったんと違うか」
2009.05.10
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昨夜はタイヘンでした。 9時から11時までは、普通に動いてたんです。 写真整理をして、他サイトのぺージ管理をして、infoseekのメールをチェックしていた時です。パッ! 消えたんです、またしても…… なに? なに? なに? 折角みなさんに「良かったネ」と言って貰ったのに、退院した翌日にぶっ倒れたみたいな…… えー? なおったと思ったのは錯覚やったん? 復旧を待ちました。長くても5分、だったのに、今までは-------10分--------15分--------モニターは黒いまま。ハードディスクの電源ボタンは緑で停止。時々青になって、動くか? と思っても、2秒ですぐ緑に。黒い画面の中に、儲けたと思った6万円(こんなに使うつもりはありません)のお札に羽が生えてひらひら飛び回る映像が見えます。低額窮怖金はとっくに使ってしまって、かげもカタチもありません。半時間ほどして場面が現れました。すぐにメールを閉じて、コンピューターのプロパティーを開けました。設定は、昨日修正したままです。待てよ、セキュリティ・ソフトが悪いのかも知れない。マークをクリックしてセキュリティを開きました。「コンピューターは安全です」ソーデスカと閉じればいいのに、“タスクマネージャー”をクリックしてしまいました。そこで再びパッ!そのまま30分。12時を回りました。こんなヤツ相手にしていても仕様が無い。寝よう。と思っても、夜中に復旧したら閉じに来ないと、朝ショータンが見たらギャオギャオ喚くし……あっ。点いた。タスクマネージャーはせっせと仕事をしています。終了をクリックすると、「これを終了すると、データが失われます。終了しますか」 と言うのです。どうやら私のドキュメント・ファイルからアクセスサイトのあれやこれやをしらみ潰しにチェックしているらしいのです。気弱く、「いいえ」をクリック。と、消えた! 12時半。テレビはろくな番組もないし。やめ。やめ。こんなヤツの構ってられない。急な用事で出かけるときはどうするの!?よしっ。ハードディスクのボタンをギュッと押しました。全然、知らんカオ。あれ?セキュリティがこんな風に効くか? ボタンをギューッと押し込んでも、緑メダマに変化なし。 やっぱりモニターが点いてから急いで終了させるか------------- 読みかけの本を開く。足の小指が疼き出す。クスリの効き目が切れると痛むのです。クスリの付け替え。トイレへ行って、何気なく応接室の窓を見ると、電灯がガラスに映っています。ショータン、雨戸を閉めてない。応接の窓を閉めて、リビングもか? と見たら同じで、東の縁、南の縁の雨戸を閉めました。雨戸閉めはショータンの仕事なのに、ショータンもついにボケたかなあ。モニターと一緒か。あ。コンピューターに変化が-----------緑のメダマが薄紫とうすピンクになって、ポポポポと明滅しています。なんだか瀕死の状態みたいです。ポポポポ、ポ、ポポポポ--------消えるか、と思ってもそのまま------------あほ! ええ加減にしぃや。またメダマを突きました。緑になりました。(ネボケるなッ) そのままにして、寝ました。3時過ぎに起きてきて見ましたけど、同じ状態。 朝、6時前にも来て、親指でメダマを突きました。グギッ。消えました。オレンジランプになりました。良かった。ショータンが降りてくる前にいつもの格好になって。 もう30分寝よう。 自室へ帰って寝ていたら、ショータンの起きる気配。 あ。さっき、リビングの電気消して来なかった……んじゃあ? 急いで階段を降りて、リビングのドアを見ました。点いてないわ。部屋へ戻って、服を着て降りて行くと、廊下へ出て来たショータンが怒鳴りました。「ここの電気、点いたままやないか!」
2009.05.09
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パソコンの調子が悪いと書いたら、早速「データ復旧」とか「データの復元」とか「格安液晶修理ノート」とかのコマーシャルがついた。 でも、ちょっと違うのだ。消えるのはデータではなくモニターで、ハードディスクには別にモンダイはない。 写真のサイズを変えたり、メールを送信したりしようとしたらパッとモニターのスィッチが切れるのだ。 一晩休ませたのに、今日もモニターは5分おきに切れた。昨日より尚悪くなっている。ショータンは、「モニターだけやったらなんぼするんか電気屋へ見に行くか」と言った。「同じ型の中古で6万円ぐらいやて。普通の電気屋には中古置いてないから、電電タウンへ行ってみるか?」 簡単に買うと決めて欲しくないよ。お金出すのは私なんだから。 ショータンが相談したメーカーの係員は、二日とも同じ女性だったのでそのアドヴァイスは丸呑みには出来ない。時間を変えて、私が電話した。男性が出た。 昨日も相談したとは言わず、「作業中にモニターが切れるのですが…」と言った。 その人の指示で、ショータンが開けていた画面を表示した。その先がオンナノコの言うことと違う。同じ操作を二度繰り返して、4つ並んでいた「なし」「なし」を一つ完全に削除した。「設定項目が多いと、時には誤動作することがあるのです。これで様子をみてください。ダメでしたら、またお電話ください。係りが変わっても解かるように、申し送りしておきますから」 明瞭な口調で請合ってくれた。 「モニターの修理が必要かも知れません」なんてことは言わなかった。 そのあと二時間、写真やブログの整理をやってみたけど、なんの支障もない。完全に元に戻っている。ショータンが2階から降りて来て、「どうですか」と言った。「直りました。難しい病気のときは、お医者さん変えないとあかんのです」「あんたの勝ちや」「6万円儲けました」 夕食後三時間使っているけど、モンダイ解決完璧。悪いのはアイツとアノコだった。 大山鳴動鼠一匹。か? ドナタ様も、ご心配おかけしました。メーカーさん。女の子の教育よろしくです。
2009.05.06
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昨日の午後、パソコンをしていたら、「また寝てる!」と怒鳴られてびっくり。目がさめました。頻繁にモニターが消えて、復旧するのに4、5分も掛かり、つい居眠ってしまったのでした。 「写真、だいぶCDに移動さしたのに、ちっとも調子良うなれへん」「設定が変ったんと違うか。退いてみ」 復旧を待ってショータンが椅子に座り、“コントロールパネル”を開けました。「設定が勝手に変わる?」 あれこれやって、「どうやったかなー」などとつぶやくので、私は電話の子機を持って来て、メーカーに電話しました。 「はい。------------はい。」とショータンが、メーカーの係りの人の指示通りに開いている画面を見たら、ケイタイ用設定になっているではありませんか。『20分で切れる』なんて…… 『常にオン』とかその他のいろんな設定を全部“なし”に変えました。写真をいくら抜いても直らないわけです。「なんでそんなん変ったんやろ……?」「あははは」と笑っています。 どうやら、ショータンが変えたらしいのです。「設定が変った……」なんて言うのがオカシイと思いました。私が夜中2時3時まで起きているのが気に入らないので、きっとやったに違いありません。 夜、モニターは切れなくなっていました。 ラクテンの日記を書き始めたのが2時。書き終えて、アップした途端、パッと消えました。5分後、画面復旧したけど書いた字は戻っていませんでした。 だからワードに書いてコピーしないとダメだというのに。ガッカリ。 今日、またしてもモニターがパッパパッパ切れるので、ショータンはディスクの整理をしました。CもDも。 それでもやっぱり10分ごとに消えます。ショータンはメーカーに電話しました。昨日と同じ人が出たようです。ショータンはいろいろやって、コードの差込みなども点検しました。でも、調子は悪いままでした。係りの人は言ったそうです。「モニターの修理が必要みたいですね」 このなんやかんやに三時間もかかって、夕飯時間です。 ショータンはパソコンを終了して、モニターのオレンジ色になったボタンは点けたままにしていました。 食事の間、ランプは一度も消えませんでした。「ということは、ハードディスクからモニターへ出てる指令は正常ということや。モニターも壊れてない。モニターの修理やなんて、なに言うてんねん」 夕食後、ショータンは証券会社のホームページを見たり、テレビを見たりして、「やっぱり切れるな」と首を傾げました。「一遍全部切って、暫くして立ち上げたら直ってるわ」 と私は言いました。「それやったら、昨夜なおってたのに、なんで今日も切れるねん」 半時間ほどテレビを見ていたショータンは、「あかん」と椅子を降りました。電源は入ってモニターが消えている状態です。 画面が出るとすぐ、私はパソコンを終了させました。 7時50分。ショータンの嫌いな「仮装大賞」を見るために、パソコンを立ち上げました。パソコンのテレビは一時間、一度も消えませんでした。「へええ。そーか」 と、消えるのを期待していたショータンは、自分の部屋へ引き上げました。 いま12時。パソコンは正常に動作しています。
2009.05.05
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高速料金が安いからってわれもわれもと押しかけて大渋滞。のっぴきならない用事があって本当に早く走りたい人は、困っているだろう。 「何処へ行くんですか」という質問に、「どこそこのお蕎麦が安くて美味しいから食べに行くんです」 と言っている人もいた。 インフルエンザ国へ行く人も、「マスクとお薬はいっぱい持ってます」と言っていた。高速道路の渋滞を避ける人で飛行機は満席だそうだ。 昭和19年、こんな歌があった。「♪……一銭銅貨貯金して/国債買って国のためェ/つーくそうボク達は……」 キャラメル一箱五銭だった。国はそのお金で、行きだけの燃料しか入れてない飛行機を飛ばしていた。気のながーいお話し。 昨夜、またしてもやってしまった。 調理台を片付けていて、ホーローの重い鍋の蓋(直径23センチ)をすべらせた。足の上へ落ちる! と思ったけど素早く足を移動させられなくて、鍋の蓋は垂直に左足小指を直撃。ガーン 息が止まった。 家伝薬をつけて綿でくるみ、包帯した。一時間後、立って歩こうとしたら、小指の裏の方がより痛い。(あっ。裏まで…?)と、薬を付け直した。 夜中、トイレへ行く時もびっこ。 今朝、ショータンに、かくかくしかじかと話した。「要領が悪いからや」と一言。 注文が入っていたので、大阪の家へ行くことに。包帯しているから、靴は履けない。突っ掛けも、半分しか入らない。スリッパにしようか? まあいいか。 お昼のパンとバナナを持つ。 ショータンは車を家の前まで持って来て、「早よ乗れや!」と叫んでいる。「よその人、待ってはるやないかッ」 なにも私が早よう乗らなくても、車は通れる。座席に厚み7センチの円座クッションを置いているので、軽トラでも高い。ヤッコラショ-------出発。「あ。帽子忘れて来た」「なにしてんねん。あんなけゆっくりしてて、まだ忘れてるか」 人がフツーに歩けないときに余計やいやい言う。覚えてろ。自分が(さあ…)のときもあるんだから。 さっき薬を貼り替えたら、小指一本、真っ黒に死んでいた。 ☆---要領の字、変換間違いだったのを直した筈なのに、直っていない。写真がハードデ ィスクの容量を食い過ぎて、作業の途中でパッパパッパ消える。とにかく、抜かなけ れば……
2009.05.02
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