2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全14件 (14件中 1-14件目)
1
2002年12月12日時期的に家電業界はボーナス商戦うんぬんでうるさい。銀行は「ぜひ当行で!」と言う。まあ勝手にして下さい。自分には関係のないことですわ。今朝は総務木下氏と資金繰りの話をした。今月はリネン会社への支払いを待ってもらうとのこと。どうやら取引業者への支払い遅延は順繰りに行っているようだ。もう驚かない。加えて自分宛に手紙がよく届くようになった。「事業融資は当社にお任せ下さい!」と。ホテルの負債は現時点で約7000万円。分かった!入社と同時に総支配人とされた理由。後始末ができる人材が欲しかったのだ。間違いない。
June 28, 2005
コメント(0)
2002年12月11日ホテルに出社すると総支配人の顔。自宅に帰るとネットで次の職探し。何か妙な気分だ。誰しもプライベート時間の使い方は自由。しかし就任を告げた際の、あの社員の顔を思い出すと…昨夜もマウスをクリックする作業が何か申し訳なく感じた。今朝は外国からの観光客3名がチェックアウトした。ただなかなか帰られない。駐車場のベントレーと館内のレース写真に興味があり、フロントの増井にしきりに質問をしていた。聞くと、ベントレーに座ってみたいとのことだった。社長に電話をしたらすぐに飛んできた。「OK!すぐに駐車場に呼んでやってくれ」実は駐車場にもう一台隠してある車があった。ランボルギーニ・ミウラ。社長も片言だが英語は話せる。「東田くん。コーヒーを出してくれるか?」車談義で盛り上がっているようだ。自分の息子がレーサーであること、訪れたサーキット場の話などを英語で話している。お昼の12時。4名は日本料理店へ移動した。一人2万円換算の料理を提供。そして食後にワイン。途中、トイレに向かうそのうちの一人に声をかけてみた。「お宅の社長は最高だ!この思い出は忘れないよ!」そりゃそうだろう。誰だってそう言う。午後3時。運転手として主任にスタンバイを指示しておいたが、ベントレーを社長自ら運転し、その3名を最寄り駅まで送っていった。自分の飲酒も関係無しか…戻ってきた社長は上機嫌だった。「同じ趣味で世界の方と意気投合するのは気持ちいいもんだ。こんなお客さんがいたらどんどん連絡してくれ!そうそう、彼らはこれから京都に向かうらしい。切符も買ってやったよ、ははは…」空いた口が塞がらなかった。自分の趣味のためホテルを使っているだけ。こんなの接待じゃない。
June 27, 2005
コメント(0)
2002年12月10日久々にゆっくり寝た。顔を洗い、コンタクトを入れる。パジャマを脱ぎチノパンに履き替えた。ん?なぜ男で言う、きれいめファッションなんだ?今日は休みなんだぞ。自分の中の「総支配人」という既成概念に囚われてる。ばかみたいだ。俺は契約社員。更に気持ちはアルバイト。ブーツカットジーンズに履き替えた。午後に幼馴染から電話があった。「お前総支配人になったんだってな!」「知らない内にそうなったんだよ」「でも社長との付き合いは大変だろ?」「なんで?」「人付き合いが良くない。前の輸入車販売会社も評判よくなかったぞ。ショールーム行っても<いらっしゃいませ>の一言もなく、<買わないならすぐ出て行け>という匂いがプンプンしてた。車も売りっぱなしで後は知らないだから」「らしいね」「何か冷静だな」「社長にどうこう言ったって仕方ないだろ?数字でなんとか抵抗してみるよ。」彼もまた中小企業の社長だ。親の会社を引き継いでいる。対岸の火事みたいな言い方になるのは普通だ。でも君はレールが引かれた上に乗っただけ。昔から君は変わらない。
June 24, 2005
コメント(0)
2002年12月9日今年の初雪だろう。ロビー前にうっすら白い膜ができた。玄関前で清掃を依頼しているおばさんの吐く息が白い。観光ホテルの宿命か、この季節はビジネスが厳しい。今日の宿泊予約客は5名のみ。より寒さを感じる日になった。来年3月分のコンベンションが確定したのはいい。ホテルを4日間連続で満室にすることができる。しかしそれはそれ。「存続」させなければ駄目なのだ。大西にコンパル(結婚案内センター)、主任に旅行会社へのセールスを指示した。「しばらく挨拶もしていない場所に急に行って大丈夫ですか?」「馬鹿!結果をすぐに出して来いと言ってない!まず<やる気>を先方に見せることが大事なんだよ。」資料を準備後、出かける前の主任を呼び止めた。「主任、靴下を見せてくれ」黒だった。安心した。
June 20, 2005
コメント(0)
2002年12月8日ホテルの修理なんてとんでもない。現在口座にある資金は500万円程度。それもこの金額で給与や、多方面への支払いをまかなうという。確実に「赤」だ。お客さんを呼ぶしかない。今月は予約が好調だが、来年までこのホテルが耐え切れるかどうか。良くはならない。「その日」を先に引き伸ばすだけだ。従業員も全部分かっていたんだこのことを。でも本当に辛い…
June 18, 2005
コメント(0)
2002年12月7日朝一で和食厨房に向かった。台帳を見ると、おせちの予約が比較的好調だ。ただ予約先を確認すると取引業者の名が目立つ。一般の方にどれだけ販売できるかがそのホテルの力。お情けで成り立つのは恥ずかしいと考えるべき。朝礼で主任にセールスを命じた。更に靴下は紺か黒色を履くように言った。また汗と匂いを抑えられる綿素材にしろと。数名の社員の前で披露されるというショック療法を与えた。何度言っても白の靴下を履いてくる。ビジネスマナーとして失格という教育を受けてこなかったらしい。それじゃ役所の職員と同じだ。ディナータイム。まだお客様はおられなかった。イタリアレストランの学生アルバイトに指示を行った。人と話す際に、顔を触る癖がある。その手で料理皿や、シルバーを触るのか?自分が客なら嫌だろう。大西にもこの件を伝えた。明日は木下氏に詳しく聞くことがある。さて、どの程度開示してくれるものか…
June 16, 2005
コメント(0)
2002年12月6日今日は空調と下水だ。お客様から部屋が寒いとの苦情があった。点検するが埒が明かず、部屋を移動して頂いた。しまった!この部分の確認を忘れていた。フロント増井曰く、お客様から苦情が出た時点で点検。ホテルオープン以来、空調をいじったのは3回程度だという。12年間で3回!?埃の塊が詰まっててもおかしくない。21時過ぎに別のお客様から電話が入る。窓の外から異臭がするとのこと。部屋を代わって頂き、現場へは自分が駆けつけた。ホテル裏手の斜面には下水管が埋め込んであると聞いた。現場を見て驚いた。下水管から汚水が流れ出ている。人糞である。またその下水管がプラスチックなのだ!腐食するのも時間の問題。頭を抱えてしまった。「朽ち果てるのを待つしかないのかこのホテルは…」
June 14, 2005
コメント(0)
2002年12月5日この時期は多くの写真家が奈良公園に集う。朝もやと鹿が抜群の被写体になる時期なのだ。ホテルへ続くうっすら霧のかかった歩道を進む。「このままいくと今日も晴れだな」最近、天気予報をよく見るようになった。旅館然り、周りが木々に囲まれている施設は普段の清掃が欠かせない。雨の日よりはその業務が楽になる。こんなことも考えるようになった。午後からコンベンションビューローを訪問した。ちょうど学会参加者の部屋確保の話をしていたところだったとのこと。タイミングがいい。早速宿泊台帳にブロックをさせた。このホテルはしばらくの間、営業というものを行っていなかった。「すごいじゃないですか総支配人!」フロントの女性スタッフが電話口で言った。ため息が出た。おいおい、こんなことで驚くなよ!これが当たり前の仕事なんだよ!こう言いたかったが、その場で言うのは我慢した。機会を見てフロントスタッフ全員に話すべき事だ。自分が率先して「まず見せる」ことが大事だと思ったのだ。
June 13, 2005
コメント(0)
2002年12月3日総務の木下氏より社長の経歴を聞いた。ホテルに携わる前は外車販売会社を経営していたという。しかしその会社は9年の短命で倒産。車を売るばかりで、アフターフォロー体制に問題があったという。興味深い点はそれだけではない。このホテルも元々は社長の兄がオープンしたもの。不慮の事故により死亡した後、その兄嫁が引き継いだ。しかし現在の社長が父親の遺言だと偽り、その兄嫁を追い出し現在の座に就いた。きな臭い話だ。午後1時。2日前の会合について社長に報告を行った。今後の参加については私に任せて頂けるとのことだ。社長からこんな言葉が出た。「俺は<いらっしゃいませ>と頭を下げることができない人間なんだ。経営者としては失格かもしれない。ただ少しでもホテルの良さを分かってくれる方には、誠心誠意サービスをしようと思う」「?」個人的な心情としてはそうなのだろう。しかしお客様を選ぶどころの問題じゃない。そのお客様がいない。また呼び込む努力をしていないではないか。事務所へ戻る足が重く感じた。
June 11, 2005
コメント(0)
2002年12月1日 夜とあるホテルの中華レストラン。放送局、県の観光協会、コンベンションビューローの方々。そして私を入れて7ホテルの幹部が集まった。拝見したところ全員が総支配人ではなさそうだ。聞くとこのような会合は半年ごとに行われているという。県を挙げてのイベント以外にも、顧客獲得の営業方法を話し合うらしい。馬鹿らしい!各ホテルとも同じ戦略で動いてどうする!またホテル関係者以外がいる中でそれを明かしてどうするつもりだ。そんなことをするから個性の無いホテルばかりしか無いんだ、奈良には。この場にいる自分が嫌になった。「申し訳御座いませんが、現場に戻らないといけません」周りは驚いたが「名刺交換だけはさせて下さい」とお願いをした。あるホテルの営業部長と名刺交換。挨拶がそっけない。「あなたのホテルの実力なんてたかが知れている」そんな風に受け取れた。結構だ。同業者相手でこの態度なら、対お客様でも大した挨拶はできないはず。老舗ホテルでさえこんなレベル。間違ってもあなたのホテルは参考にしません。車でそのホテルを出た。
June 10, 2005
コメント(0)
2002年12月1日イタリアンレストランの厨房と客席の仕切りが扉1枚。オープンキッチンならまだいいが、片付け音が耳に障る。テーブルクロスの破れ。全部チェックさせたが完全にOKなクロスが1枚もない。また小さな汚れがどのクロスにもある。クリーニング業者にもなめられたものだ。大西になぜこんな状態なのか、また購入依頼は出したのかを聞いた。「社長のOKが出ないんです」お客様はいい迷惑だ。料理やホテルの価値を自ら下げているようなものだと思わないか?自分から社長に直接話す方がいいだろう。何でも金をかけたから良くなるってことはない。しかし来て頂いたお客様を自ら手放すような施設は朽ちていく。最低の人間は誰なのか?社長?違う。この場合、責任者の大西だ。不備が分かっていながらサービスを続けている。また「社長に話しても分からない」と言う。だったら「お客様の立場で…」という言葉は2度と使うな。彼には分かるように話す責務がある。それができてこその責任者だと大西に伝えた。夕方、例の交流会に出かけた。
June 9, 2005
コメント(0)
2002年11月29日昨日はスタッフの気合が凄かった。朝礼での目つきの変わりように失礼だが笑いそうになった。「しゃきっとできるんなら普段からそうしておけよ」こう思ったからだ。普段、不機嫌そうな顔の和食料理長からもこう言われた。「営業所所長なんて料飲、婚礼、営業、宿泊と全部に通じていないとできません。支配人として相応しいですよ。いやホテルを分かる方に来て頂く事ほど嬉しいものはありませんよ」しみじみ思った。然るべき人間が人を評価する。これが一番従業員にとって幸せなんだと。この立場になってより感慨深い。通常従業員は上司を選べない。この言葉を世の中の「上司」はどう考えているんだろう。
June 7, 2005
コメント(0)
2002年11月28日「お前が総支配人?」朝、鏡の前の自分に再度問いかけた。「大丈夫かよ?すべてに責任を負うんだぞ」「いや、総支配人じゃなくプレーイングマネージャーとして考える」「できる範囲で精一杯やってみるということだな?」「その通り」「じゃやってみればいい」「うん。うまくいかないなら自分を選んだ会社の責任と考えるよ」「そうだな。で、その責務に見合った給与頂くんだぞ!」しまった!その点について何も触れなかった。自分は次の活躍するフィールドを探している人間。もっとしたたかになってもよかった。朝礼でおせちの販売開始をスタッフに告げた。しかし何か雰囲気が違う。スタッフの目に気合が入っている気がする。初めて挨拶をした時の様子とは全く違う。急に笑いが込み上げてきた。
June 4, 2005
コメント(0)
2002年11月27日総支配人の誕生は現場スタッフから歓迎された。「ホテルのオペレーションとはこういうものと理解してくれる」これが支持される理由だった。逆に言えば現在それを理解できる者がいないということ。なぜだ?存在したが辞めていったということだろう。取り巻く環境を見れば、その理由はなんとなく分かってきた。何かの目的があって、担ぎ出されているのかもしれない。しかし誰もができる仕事じゃない。この経験は今後必ず役に立つはず。部屋数47室の小ぶりなホテル。だが若草山の麓で高台にあり、ロケーションには恵まれている。自分なりに変えていけるなら面白い仕事だ。「まずやってみるか!」今回の件は自分なりに消化することにした。
June 1, 2005
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1


