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2003年1月28日自分の会食代を俺になすりつける発想が分からない。それも「痛みを分かってくれ」だと!いいかげんにしろ!!自分のケツぐらい自分で拭けよ、このアホ!こんな馬鹿な経営者を見たのは社会人になって初めてだ。次の転職先への時間稼ぎとしてしか考えておらず、軽い気持ちで入った会社で知らないうちに総支配人に任命、社員を指導する毎日。なぜこうなってしまったのか?この先もホテル業界にお世話になる人間として、いくら小さい観光ホテルでも結果を残せる人材でありたいと思っているからだ。仕事ぶりも社員はしっかり見ている。「ここでは力を出せないが、シティーホテルではできるよ!」「お前は何様だ!」と社員に言われるだろう。「自分のプライドを崩してまで仕事をしたくない!」これでは社員が付いてこない。今後も年齢的にも指導者として雇用される立場。だから規模の大小に関わらず<経験者>としての仕事を社員に見せないといけなかった。宿泊、披露宴、法人宴会、レストランと、単価アップよりまず来客を増やすことを目標に頑張ってきたが、残念な事に形になってくる頃にはこのホテルはない。午後18時、総務の木下氏へ封書を渡した。「本日付けで退職させて頂きます。社長の尻拭いはもうごめんです。他の社員の為にも、先に抜けます。」「ええ!!急すぎるね!」「私を雇用する際には今の状況は既に予想しておられたんでしょ?何とかうまく乗り切っていける人材が欲しかった。そうじゃないんですか?」「・・・・」「よろしくお願いします。」職場の長にそれぞれ挨拶をしたが、話の共通点は「本当にこれからだったのに」とのことだった。不思議な事に、全員今日退職することも理解してくれている。もうこの段階において、総務の木下氏一人がいれば問題ない事か。桝井には一声かけておいた。「素敵な男性が探しているならここに居るよ(笑)」「売れ残ったらお願いしますよ(笑)」最後のタイムカードを打刻した。3ヶ月間の総支配人経験だった。<終わり>
August 27, 2005
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2003年1月28日見上げるといつものどんよりとした雲。スーツの内ポケットに一通の封筒を差込み家を出た。「先立つ俺を許せ!」バスに乗り込んでからもそう叫んでいた。デスクに何かが置いてある。「請求書?」宛先は<東田総支配人様>と書いてある。中身を見た。<山水会様、お食事料金として…¥56000>総務の木下氏によると、社長の知人で病院事務長の集まりだという。「なんで俺の名前なんだよ…」とりあえず木下氏にその封筒は渡しておいた。「お客さんをさばくだけの営業は辛い」フロントの桝井が呟いた。「辛いが決まってしまったこと。ごめんな力がなくて」「これまで2人の支配人さんを見てきましたけど、社長と何かあるごとに現場の仕事に力が入らなくなっていくのが分かりました。精神的に弱かったのでしょう(笑)。東田さんが来られてからは<間違っているのはそちらだろうが!>という気持ちが全面に出てて、私達にすればものすごく安心できる存在なんです。お客さんも増えてきたところだったのに本当に残念です。」自分にとっては最高の賛辞。しかし内ポケットには封筒。言葉が続けて出てこなかった。フロント前に車が止まり、社長が勢いよくホテルに入ってきた。「東田君、山水会の分だが、君も痛みを分かってくれ。頼むぞ!」「いや、これは私が責任を負うものではないですよ」「頼む!」社長はすぐにホテルを出て、車を走らせた。桝井もきょとんとした様子だった。「なぜ俺に払わせる?関係ないだろうが!!」だんだん腹が立ってきた。何を考えているのかこの人は!
August 25, 2005
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2003年1月26日通常ホテルが無くなる際には「天の声」がかかる。と、自分が勝手に「天の声」と思っているだけだが、つまりは「うちに来ないか?」という打診のことだ。調べてみると、和食料理長のみしか声がかかっていない。それも奈良ではなく、大阪の元ホテルへの出戻り。地元からもお誘いはあったようだが、料理長の希望給与は支払えない。ただ若手スタッフに全くお誘いがない。これは異例な事だ。これはこのホテルに本当に「実力」が無かったという事を示す。魅力的な人材もいなかったという事だ。正直恥ずかしい。「支配人の立場でなくても、もう少しここに早く来ていれば社員の意識を変えられたかもしれない」自惚れかもしれないがそんな風に思った。リピーター、お世話になった関係者への手紙はほぼ終了する。これからは自分の事を考えようと思った。
August 23, 2005
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2003年1月25日社長の自宅2棟が売れたらしい。そしてこのホテルの土地も。大西からの情報によると、このホテルの後に、レストランウェディング専門施設を作るという。個人的にも賢明だと思う。もうこのホテルは寿命を終えた。手直しするくらいなら、新しく建て直した方がお客を呼べる。聞いてみると大西の親族が、新しい経営者と親しいという。どうりで詳細を知っている訳だ。でもこいつはずるがしこく立ち振る舞うタイプ。自分が不利益にならないよう、言葉や立場をうまく摩り替える。満足する給与さえもらっていればそれでOK。働き初めの若手の場合なら、そう思うのも仕方がない。また独立し、料飲サービス専門のプロとしてやっていくならそれもいい。だがいつまでも体は若くない。組織の中で働いていくなら<マネージメント力>が必要なんだ。だからこの際、はっきり言ってやった。「今のお前のままなら、お前についた部下はお前のコピー人間としてしか育たない。一流どころのホテルスタッフと能力勝負して勝つ自信があるか?」「厳しいこと言わないで下さいよ…」「何が厳しい?当然の事を言ってるんだろうが!自分の事だけ考えて仕事をするんじゃないと言っているだけだ。数字の意識と・具体的な指示・チェックが出来る人間が管理職なんだよ!それができてりゃどんなホテルへ行っても怖くない。今後お前がどこへ行くのか想像も付かないが、それだけはしっかり考えておけよ。」「分かりました…」こう言ったものの、この大西にお願いすればこの後の施設に雇ってもらうことができるのかも…とも思った。ちょっとキツイ指導だったか?…
August 18, 2005
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2003年1月23日業者の来館が止まった。多分、業者間で話し合いをしたのだろう。よくあるケースだ。「回収を迫っても無理なものは無理!」こう判断したのかもしれない。午後、大手旅行雑誌社の来館があった。ホテルのプランを写真入りで紹介するというよくあるもの。事情を説明し、お引取り頂いた。来るならもっと早く来て欲しかった。いや、こちらからアピールすべきだったのかも。いろいろ言っても、結局すべて手遅れ。今から新規で手を出すことは控えよう。そうでないと話を持ちかけて頂いた方にご迷惑をおかけすることになる。フロントのアルバイト社員が本日付けで辞めた。引き止める理由は無い。
August 17, 2005
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2003年1月21日自らコンベンションビューローに頭を下げに行く。せっかくの大型予約を受注し名前も売れるチャンスを得ていたのに…。逃がすのは悔しいが仕方がない。先方担当者もこれはご理解頂けると思う。これまでのホテル人生で数多くこの手の話は耳にしていたが、この作業を自らが経験するとは思ってもいなかった。アルバイト気分で来た会社で総支配人に任命され、そして「後片付け」。こんなこと普通有り得ないよ!社に戻ると多くの社員が電話に張り付いている。大西と桝井に事務所の整理を段階的に指示した後だった。「支配人、大和ホテルから電話が入ってます」誰だ?名刺交換をした営業部長さんしか知らないが。「東田さん、お久しぶりです!」やはり例の部長さんだった。「この度は残念な事になるようで何と申したら…。で、実は学会の予約はうちが引き受ける事になったんです。漁夫の利なんですが、まずはお礼を申し上げておこうと思いまして」「そうですか。よろしくお願いします」「しかし優良物件も獲得されていたんですね。びっくりしました」「営業は重ねておりましたから」お礼を言ってくるだけまだましな方。しかし「びっくりしました」とは失礼な!「あなたのホテルで学会受注なんてできるのか?」と言いたいんだろう。営業はタイミングと話のもって行き方で決まる。あなたのホテルにはそれがないから取れなかった。それだけのこと。それが分からないなら俺を雇え!
August 13, 2005
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2003年1月20日朝、久々に社長がホテルに顔を出した。普段と何一つ変わらずロビーで新聞を読んでいる。ここはお利口さんになってみるか…「社長、何かお役に立てることはありますか?従業員がざわざわし出していますが…」本当は殴ってやりたい。しかし本音を聞き出さないと、他の従業員への対応が出来ないのだ。社長の思いをそのまま伝えるんじゃない。これ以上の不利益を被らないようにしてやる為だ。もちろん自分のことも含めてだが…ゆっくり新聞を閉じコーヒーを一口飲んだ後、社長が話し始めた。「迷惑をかけているな…すまんと思う」思いのほか素直な言葉だ。「現状がどうなっているかは東田君に説明するまでもないだろう。一生懸命従業員の気持ちを落ち着かせてくれてるのはよく分かるよ。妻に怒りを向けたことも間違っていない」「はい…」「現在、既にある方と金額交渉をしている。双方の思いのずれを修正しているという感じだよ。東田君、すまないがお客さんの方は任せる。ホテルとしての先は長くないが、従業員の給与は確保するので、安心してくれ」社長はまたホテルから出ていった。すぐに総務の木下氏と話をした。資金面から考えてもあと2ヶ月の体力。すぐに各部署に直接顔を出し、4月以降の予約は受けないよう指示した。フロントを含め、担当者が一斉に慌しくなった。
August 12, 2005
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2003年1月15日今日は成人式の日。鮮やかな着物の女性がホテルにいると華やかだ。ホテルとしての格好が付くのだがここは山の麓。せめて着付の予約程度は欲しいところなのだが、ホテルには着付室がない。やはり観光ホテルとしての道を歩むしかないのか…しかしこの状況の中で「辞めたい!」と言ってくる従業員がいない。先の見えないことほど辛いものはないのに。多分転職先が見つからないのだろう。目先を他府県に移せばいいものを、地元から離れたくないらしい。そんな声を以前、従業員食堂で聞いたことがある。それもいいだろう。でも観光客の目に映る京都と奈良の違いを分かっていない。京都は新しいものと古いものとの融合がうまい。だから若い女性から年配の方まで全国から人が来る。対して奈良は保存・保存ばかり。夜の20時を過ぎれば開いている店がない。つまり年齢層が限られた街になっている。要は観光客が減り続けているのに、儲けている観光施設は多くないのだ。だから仕事をきっちりできる人間だけが生き残る。仕事をうまくまとめる、指導力のある人材だ。「雑に仕事をするな!それを続けていると、お前はここだけでしか通用しないスタッフで終わってしまうぞ!」と、普段自分が言っている事を思い出して欲しいのだ。自分も職を探している身分なのだが…
August 10, 2005
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2003年1月14日「支配人。リネン業者が会いたいとお越しになってますが?」まだ朝8:50だ。「さては業者が情報をつかんだか…」この業者とはまだ一度も会ったことがない。こういうケースは今まで総務が対応してきたという。「木下さん。間違いなくあの情報のせいでしょう。どう話しておきます?」「無いものはないんだから、債権なんて払えないよ!」手持ち資金は今月の従業員給与分だけ。情けない話だ。確かに現金がすぐ入る手段なんてない。正月と山焼きでの売上は現金回収が4割のみ。あとはクレジットカードで、回収に時間がかかる。「<適当>はないでしょう!全部ありのまま話しましょうか?資金が無いので出来次第支払うと。」「支払い日の約束さえしなければそう話してもらってOKです」業者は2人で来館し、案の定、早期の債権回収を迫ってきた。「毎月のランドリー代も滞る状態。それを一括で来月支払えなど到底無理な話です。」本当はこんな言い方をしたくなかった。少なくとも「この○月分は来月お支払いします」と言いたかった。「信用」とは何か?を突きつけられても応えようがない。何も反論できない自分が本当に悔しかった。「なんで俺がこんな目に会わなきゃいけない!?くそったれ!!社長がなぜここに来て謝らないんだ!」「申し訳ない」の一点張りしかできない自分に対して、業者も帰るしかなかった。事務所に戻り、ふと考えた。「俺どこまで総支配人を演じればいいんだろう?…」
August 9, 2005
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2003年1月12日そして夜が来た。多少寒さはあるが雨の心配はない。奈良の代表的イベントを行うには絶好の日和だ。宿泊のお客さんをテラスへと案内し、甘酒を振舞う。点火開始まであと10分。このまま見ていたかったが、館内施設が賑わいを見せていたため、一旦宴会サービススタッフに任せその場を離れた。正月以来の忙しさ。お客さんの流れがスムーズになるよう気をつけた。下げ物を手伝っている最中だった。「ドーン!!!」雷が落ちたような音がした。「何だ今のは?」「花火が上がったのではないですか?」大西が教えてくれた。テラスでは歓声が上がっていた。これは!!!!山の壮大な炎が周りをオレンジ色に染めている。そして圧巻は自分の頭上にある花火だ。麓から50mは離れているはずだが、手を伸ばせば届く距離に感じる。すごい!!こんな「画」は奈良に住みながら見たことがなかった。外国の方も「Splendid!!」と叫んでいる。「この景色は売れるぞ!」このホテルの「売り」はまだまだあるぞ。つくづく思った。
August 4, 2005
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