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とうとう2008年最後の日の夜となりました。一日というサイクル一年というサイクル なければほんとどうやって時間の経過を感じることができるのだろうと、途方に暮れてしまうけれど、反面この時間というものの束縛を強く感じたこの一年だったように思えます。でも少なくともこの30日と31日は楽チンな二日間でした。何時に起きてもいつ何をやっていても誰にも何も言われません。お買い物に行く時は散歩がてらに声をかけると、WやA、そしてToさんがついてきてくれます。試しに4人で手をつないで広がってみると大体家の前の道路いっぱいをカバーすることができます。この調子でいけば表の大通りも9人で手をつないで広げてみれば、車道の端から端まで届くのじゃない?車が全然いなかったらいいのになぁ~、なんて一人想像をふくらましてにこにこしながら、4人で買い物を楽しみました。子どもたちも大きくなったからか、いつお昼になる?夕飯は何時ごろ、そんなことを、口に出して訊かれたとしても、ちっともこっちは焦ることもなく、そのままの心のペースで進めることができます。この年末にはメールもやってこないし・・・。ほんと楽になった。まとわりついてきて~~ていう人もいないしね。 昨日今日とどっさりと食材を買いましたが、これで何日もつことができるのでしょうか・・・今夜の年越しそばは12食分。夕方からケーキ屋さんのバイトに入ったMの分は1.5人分残して、順番に湯がきあがったおそばからいただきます。Toさんの実家は年越しそばが天プラそばだったことから、今年もてんぷら(さつまいも、かき揚げ)と鰊の両方を用意して楽しみました。まだお腹のふくれていない人はおもちも追加・・・。ついでにKはおせち料理のおたふく豆をつまみ食いしていると「こりゃ!」とToさんに注意されました。ハッハッハ、昨日の仕返しか、Toさん?To「いやいや、これは分配の問題や!」10時頃に夕飯に入ったMはまわりにKやH、長男のAもいるというのに「夕飯一人で食べるって空しいなぁ」とこぼしていました。これが、我が家の欠点です。私も夕飯に限らず昼食だって一人で食べるなんてできないと思う。まだまだ未経験なことがいっぱいある私たち。今年という時間は間もなく終わるけれど、2009年という時間がまた始まる。きっといろんなことがあるだろうなぁ今頃、テレビの前で手書きの絵を年賀状一枚一枚に描き込んでいるHとKの姿こそ、我が家の年末かもしれない。 今年一年、本当にありがとうございました。自分のノートの日記はほとんど書くことはできなかったけれど、ここで少し自分を表現し、考える時間を持つことができたことは、とてもいい経験でした。また来年もよろしくお願いいたします。
2008.12.31
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年末は忙しい、はずだった。いつもと同じようにお掃除をしながら洗濯をし、電話を受けながら掃除をし、夕飯を作りながら掃除をした。それでもこれまでの毎日よりずっと楽ちん。予定がないってこんなに楽だったんだ。時間に縛られないってこんなにゆったりしているんだ。三女のKと長男A、そして四女のW以外は私と同じで予定なし。思い思いの時間配分でお掃除をしたり整理をしたり遊んだり・・・Toさんは夕飯に集まってきたとき、右手には漫画を持っている。最近長男が手に入れたお勧めのコミック「とめはね!」河合克敏バイトから帰ってきた三女Kが「お父さん、何読んでるの?」と聞いても反応なし。「あの、ごはん食べながら読んだらお行儀悪いよ!Wたちに合わせる顔ないで・・・」「・・・」しばらくしてようやくTo「あ、K 何?分かってるって、ちゃんと読み終えるから・・・。こんなんひさしぶりやな~~ めちゃくちゃおもしろい!!」お習字をテーマにしたコミックなんだけれど、なかなかなものだそうで、本の貸し出し順もすでに、M→K→Hと決まっている。To「勉強の時もこれぐらい集中できたらいいのになぁ 360度 この世界!!」としあわせそう~~私も本を読んだりVnを弾いたりしていたらすっかりその世界にはまり込んで、周りの音も声も聞こえなくなってしまうとよく子どもたちからクレームをいただくのです。 どおりで子どもたちがマニアックになっていくはずですよね。さぁ 明日は軽~くおせち料理ということにしましょう。
2008.12.30
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いよいよ今年も押し詰まってきました。 クリスマス前のコンサートから以降、ずっと日常のことが普通に進まないまま今日になった我が家では、Wや五女のAが「お母さん、着る服がない」言わないといけないほどです。洗濯はされ干されもしたけれど、いざたたむ時には「これ誰の?」てわからないものがいっぱい山積みにされたままになっている。やれやれ、たかが洗濯もの、されど洗濯もの。それらをあるべきところに落ち着かせてあげるだけで、午前中は終わったような・・・そんな中今日は特別にオケのマエストロとセカンドトップのMさんが来て下さって三人で秘密練習なるものをしました。普段の練習では、ちょっとここ気になるなぁ~と思いながらもなかなかそこを取り出してやれるほど時間はないし・・・というようなところを弾いては考え、考えては試してみました。 一人で自分で練習するのとは違って、指揮に合わせながらしかも一人二人で弾くというのは、これまた普通にはない難しさがありますね。自分の傾向もバレバレだし、一定の速度を保つとか同じ弾き方を維持するとか、そういうことも自分ではやっているつもりでも、かなりばらつきがあるということがわかります。この練習をどの団員もしたら、きっとすごく自覚ができていいオケになるだろうなぁと思いました。やみくもに練習しているだけではだめ!やはり何をするべきか、を知っていなければ何の力にもなってくれません。それがとっても良くわかる練習でした。どうも、マエストロ、Mさん お付き合い下さってありがとうございました。これが少しでもいい本番の演奏に生かされますように!!
2008.12.29
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しばらくコメントのお返事が書けなくてごめんなさい。心温まるお言葉をいただいて、いつも嬉しく毎日の力をいただいている私です。一日がもっと長くて、そして寝なくても生きていける私だったら…とつくづく思うのですが、そんなことできるはずないですね・・・。 毎年その年の最後を飾るイベントはバレエのクリスマスパーティーです。今年ゲストにお招きしているのは「デニス・リズリーさん率いるケルトミュージックのクァルテット」です。フルート(木製)のきしもとタロウさん、ヴァイオリンの熊澤洋子さん、そしてヴォーカル&太鼓のフェリシティ・グリーンランドさん。アイルランドの深い緑の民族衣装を着ての演奏や歌は、バレエの先生ももともとスコットランドがお里なので、とても懐かしく心地よく楽しんでおられるように思いました。たまたま、席がお隣だったデニストン・レズリーさんからいろんなお話を聞くことができました。ケルトの文化はキリスト教がはいってくる以前の文化絶大な自然の力の前にはあまりに小さな弱々しい人間(まるで蚤のよう)いのちをはぐくむことは誰かの命をいただいていることその自分のために犠牲になってくれた命への感謝、生きることを許されているという感謝その力をいただいて生きている自分への誇りケルトの文化はそういう世界観の上に築かれているとか、ケルトの音楽や踊りからタップダンスやカントリー、ブルーグラス、ジャズ・・・といった音楽が生まれていったこと・・・短い中にもとてもメッセージのこもったお話を聞くことができました。子どもたちはその場で短い踊りも見せてくれて、Wはとってもその振り付けを気に入っているようでした。中1の3人娘たちは自分たちで振付したダンスも披露してくれて、先生もみんなも拍手喝采!!こうして今年のイベントは幕を閉じ、来年と引き継がれていきます。今日の喜びは明日の糧!!素敵な一日をありがとう!!
2008.12.28
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今年最後の練習が二つありました。一つはクァルテット。このクァルテットは一月に一回ほど土曜日の午前中に練習しています。今日はブラームスの弦楽四重奏3番の4楽章に取り組んだ2時間でした。久しぶりに弾くブラームス、ちょっと悲しげな深~い和音が魅力的。一人で弾いていて何にも心に響いてこないけれど、やっぱり4人の音が合わさると、とたんに音楽が立ちあがる・・・。その分合わない部分が浮き出てきて、やるべきことが分かってくる。自分一人の練習がなければ合わせの練習もできないけれど、4人で合わす練習は全く違った課題を自分の中に発見することができます。今日は4人とも練習後時間が空いていたので、ついでにランチに行きました。考えてみればこのメンバーで食事をするのは初めてです。Vn1のIさんは長くイタリアで暮らしていたので、こういう機会にワインを飲まないなんて・・・てことで、とってもおいしいシャンぺーン、とワインをいただきながらのランチ。(もっとも私はアルコールは飲めないので、味見だけです)「で、このクァルテットって何て名前なん?」わたしたちは二人のチェリストと一緒に二つのクァルテットを作っています。(つまりVn1,2、Vaは同じメンバー)Vc のCさん「だからあっちのクァルテット、とかこっちの、とか言っていたら寂しいじゃないですか。考えましょうよ」Vn1のIさん「それはいいことや!」とはいうものの、ではどうやって決めたらいいかっとなるとかなり難しい。そのうち何にも言えなくなってシュンとしてしまったからIさん「じゃぁ、今度の練習の時に名前考えて持ってくることにする?」私「わたし『風』って言葉好きです。」C「じゃぁ、みんな好きなことばをいうことにしよ。私は『夏』」VaのYさん「神の社」I「魂」『夏』は明るくて日が長いから好きとか、風は空気を変えることができる、とか「神の社」というのは、神社やお寺とかの周辺にある木々の中の精霊のような、古代から自然の中に息づいている神さまを感じていたいからとか、『魂』とは何ぞやとか・・・ 思う存分、いろんな話題に飛んで行っては、また帰ってきて、そしてまたとんでいって・・・・とうとう4時半まで話しこみました。このメンバーでこんなに話したのも初めてです。そしてとうとうクァルテットの名前の原案ができました。「Il Vento d'Estate」(夏の風)「で、なんて読むの?」「イル ベント デエスターテ」「難しすぎ~~ 結局『イルベント!』て呼ぶんちゃう?」I「ハッハッハ~ そうなるとただの換気扇のイメージになるわ!!」「」あぁ楽しかった。
2008.12.27
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Mはその夜 打ったところがちょっとばかり痛くて、どっち向けに寝ようかとあれこれ姿勢を変えながら、ゴロゴロとした夜を過ごしました。まぁその程度のことで翌日にはちゃんと学校にも行って、そして夜にはもう一度外来にも行って診断書を書いてもらったりしました。しゃべるのには何の問題もないけれど、食べ物を食べるときにあまり口が開けられない、というので今日は歯科に行ってみたところ「レントゲンを見てみても骨にはひびも入っていません。良かったね。結構あごの上の方の部分は弱いので、こういうことで傷める方多いのですよ」筋肉が過緊張になっているようです。何か起こったとき、人間の身体は一瞬にしてすごい力を出して、自衛に努めることができるのですね。素晴らしい反応を持っています。実は歯科でいただいた薬、錠剤やカプセルがあるのですが、彼女はそういうものがとても呑みにくくて・・・ えらく苦労しています。こういう苦労で、錠剤が呑みにくい患者さんにやりやすい方法を教えてあげることができるようになるといいね~自転車に乗るのも今までよりも慎重になったとのこと。そうでしょう。プチアクシデントの時にたくさん学んでおかなければ・・・・ね!!
2008.12.26
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昨日はいろんな意味で忘れられないクリスマスになりました。教会では夜キャンドルサービス そしてご降誕のミサという予定で、6時半には集合してVnの合わせ聖歌隊の練習、日曜学校のハンドベル練習とリハーサルと済まし、本番のキャンドルサービスが8時5分から始まりました。ハンドベルも頑張って子どもたちがやってくれ、ちょっと間が空いたりするのがとてもかわいらしく、また聖歌隊も少ない練習の中で何とか頑張り、Vnの方も久しぶりのソロにちょっとビビりながら、それでも教会という空間そしてクリスマスの恵みを感じながら演奏を終えることができました。 今年は家族みんなが参加できたキャンドルサービスでもありましたし、続くミサでは二男S、四女Wそして初めて五女Aも侍者として赤と白の侍者服を着て神父さんの手伝いをすることになりました。9時からのミサの準備をしている時に五女が「のど乾いた」と言ったのですがあいにく昨晩はお茶を持参していなかったところ、そばにいたMが「それなら今、HとKが向かいのコンビニに何か買いに行くっていってたよ、一緒にお茶買ってきてあげよか?」そう言ってお御堂を出ていきました。あと7分ほどでミサが始まります。 聖歌隊の準備に手間取っていたら、すぐにごミサが始まって大慌て・・・間もなく入口の方からKさんが近づいてこられて「今ね、Mちゃんが前の信号のところでちょっと車と接触されて、軽く擦り傷をされている程度らしいけれど、保護者の方がいらっしゃるなら来て下さいって。警察の方ももう来て下さっているそうです」え?そう言えばさっきから帰ってきていなかったんだ。でToさんと駆けつけてみると確かにけがは大したことはなさそうで、ほっとしました。何でも信号が青になったから急いで渡っていたら斜め後ろから車が来ていたようで、彼女も気がついた時にはもう近づきすぎていて、避けても避けきれなかったとか。車も曲がろうと徐行していたし、Mも上手に転んで頭も打たず、あごの擦り傷、ひじなどの打ち身程度で済んでいる様子。相手の方もとても誠意あるおばあちゃまとその娘さんで現場検証の間もMのことを気遣ってマフラーを貸して下さっていました。一応病院に行って、ということでToさんが付き添い、私は再びごミサの方へ・・・ミサが終わったころちょうど、あっちも診察が終わったってメールが入り、二人は再び教会のパーティーに顔を出してくれました。Mはすっかりみんなにとり囲まれて・・・
2008.12.25
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クリスマスおめでとうございます。ご降誕の恵みが一人ひとりの喜びとなって広がりますように!!24日午後11時過ぎに教会から帰ってきましたが、まだまだ用事は終わりそうにない。一体家族はいつ寝静まるのでしょうか・・・夕方にはまたクリスマスカードが数枚届きました。海外から当日に着くなんてなんて上手に投函されたんでしょう。それを見ながら明日こちらから送らなくっちゃ!では家族のプレゼントの用意にかかります、また明日!!
2008.12.24
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こんなに疲れた日も珍しい昨日の夜は今日という日がどんなものになるのだろうとついつい思いめぐらし、しっかりとは寝れなかった。だから余計にヘトヘト・・・でも今日の京都祝祭管弦楽団の演奏会はいいものになりました。ベートーヴェンの一番はだんだんテンポが速くなって、ドキドキしながら夢中で必死で弾きました。それでも割合きっちりまとまっていたと思います。私は自分の演奏としては練習を通して一番ましだったと思うけれど、とっても全体を考えることなんてことはできませんでした。2曲目のモーツアルトのコンツェルタントはやはり素晴らしいでした。疲れを取るために控室のスピーカーで聴いていたけれど、練習の時以上にステキ 本番であんなふうに弾けるなんて、なんて恵まれた方々。やっぱり仲の良い伯父さんと姪っ子さんということもすごく演奏に滲んでいた。きっと一緒にいっぱい練習されて演奏の隅々にいたるまで合わせてこられたのだと思う。拍手は鳴り止まなかったぐらい。それでアンコールに演奏されたのは「ハルヴォルセンのVnとVaのためのパッサカリア」で、それでなくとも盛り上がる曲ですが、すっかりみんなを魅了し、拍手喝采でもう次のプログラムはいらないのでは?と思ったぐらいです。でもちゃんと次の曲もやりました。ベートーヴェンの6番「田園」です。少し疲れも回復して私も1番よりはずっと落ち着いて演奏できました。けれどまだまだこの名曲を味わいたかったという思いが残っています。せめてもう一回練習があればなぁ~~解散後偶然オケのティンパニーを運ぶ車に乗っけてもらったら、たまたま指揮者の先生も乗っておられて、「今日の「田園」はいい演奏だったよ」ておっしゃっていた。内心、「ほっ」の私でした。へとへとながらも良かった今日という一日、今から明日の練習します
2008.12.23
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今日という日は昨日できなかったことをするために、明日が心地よいものになるために、存在している。 昨日、一日家にいなくてできなかった家事を、そして明日の本番のための練習を、そして明後日キャンドルサービスの時に演奏するための準備と練習を、そして数枚のクリスマスカードを書くだけで、今日という一日は過去になってしまった。それでも私はちっとも空しいなって思わない。どれもそれをしなければ、とっても困る。滞りなくする。できるだけする。それで十分。それ以上はない。
2008.12.22
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朝は教会のごミサ遅れたくなかったけれど、昨日からToさんは出張でいないし、私は出かけたらもう夜の10時過ぎまで帰ってこれない今日の予定。だから朝の仕事はちゃんとし終わっておかないと・・・下のWとAはそのまま教会で日曜学校のクリスマスパーティ+クリスマスミサの練習私の方はオケの練習に行きました。ちょうど駅伝の時間帯で、大通りの舗道は応援の皆さんでいっぱいで、色とりどりの学校の大旗が振られています。たまたま私は選手が通ったすぐ後のバスに生まれて初めて乗って練習場にたどり着きました。今期初めての通し練習。ところがマエストロったらいつもと全く違う振り方するんだから…大混乱だったんです。久しぶりに来たメンバーはいったい何が起こったの?しかもこの早いテンポは・・・先週のプロの先生のテンポ・・・?私もしばらくしてマエストロの意図するところが分かってきたのだけれど、すぐに反応し過ぎる悪い癖が出てしまうので、余計に混乱させてしまったかも・・・でも曲の流れはとても良かった。曲の良さもたくさん引き出された。想定外がいっぱい体験できて、本番への貴重なトレーニングになった。自分のダメなところがよ~~く分かったというメリットがありました。その後、また一曲ずつ取り出しての練習に入ったのだけれど、私は後半は失礼しました。「ごめん、ここからは私はいないので、みんなで頑張ってね」「え~~~ 誰がそんなところ(コンミスの席)に座るんですか?」「はい、どうぞどうぞ」とみんな譲り合って・・・「じゃんけんでもする?」私が抜けることで、これまた想定外の体験ができて、今日は超ハードな練習となった我がオケです
2008.12.21
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朝からWの髪の毛をシニヨンに仕上げて(続きでバレエの練習に行くから)、バタバタと幼稚園に駆け込みました。今日は卒園した小学生たちのためのクリスマス会があります。園の門のところにはうちの子どもたちがずっとお世話になったバスの先生が待って下さっていて、一人ひとりにごあいさつ。こんな風に迎えられて園に入るのはAが卒園してから初めてかな?園庭の桜の木にはクリスマスのベルが飾り付けてあって、こっそりとクリスマスの雰囲気にしてあります。子どもたちは懐かしい友人の顔を見つけて、ハッと柔らかい笑顔になったりはしゃいだり・・・お母さんたちも同じく、思いがけない友人や仲間の姿を目にして嬉しい。久しくこの園舎の中に入っていない皆さんは、子どもたちが通っていたころの思い出をかみしめるように、あちらこちらに目をやっては微笑んでおられます。礼拝が始まりました。あの「ちいさなクリスマス」です。入場の時も同じ曲ですぐにあの頃の自分に戻っていくような子どもたち。6年生は大人サイズの子どももいるというのに、小さな幼稚園児だった頃の記憶の中で、歌い動作をつけます。記憶をたどる、思い出の中で動く。これってとても自分の心を穏やかにしてくれます。嬉しかった出来事、面白い遊び、先生のびっくり顔、真剣に頑張ったいたずら・・・世界に入りきって生きていた時間甘えて愛されて・・・大人たちだって、本気で抱っこしたり身体遊びをしたり、キスしたり・・・してたよねそうそうクリスマスは愛されている自分にもう一度出会うときでした
2008.12.20
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クリスマスってなぁにう~ん イエスさまの誕生日!そう、すてきね、イエスさまってもう生きておられないのにずっとお誕生日のお祝いしてもらってはる。ほんまや、すごいなぁ。しかも世界中でお祝いしてもらって・・・そらそうやん、神さまの子どもなんやから…それだけイエスさまが生まれてこられたことが大切なことだったんだね。でも実はみんなだって、神さまの子どもやで!神さまが生まれてほしいって願って下さったんだから。あぁ、そうやねじゃぁクリスマスはみんなの誕生日?!そういうことかもうれし~~い お祝いしよ~~ 作 さっちゃん
2008.12.19
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お昼前に小学校の保健の先生から電話Wちゃん、お腹が気持ち悪いみたいで、さっき吐かれました。今から給食だし、良ければお迎えに来て頂いた方がいいかなっと思いまして・・・。体温は6度6分です。そうか!朝ちょっと気持ち悪いって言っていたし、先週は五女のAが家に帰ってくるなり同じような症状に見舞われていたから、Wが登校するのどうかなぁと思ってたんだ。やっぱりね~~ こういうものは移っていくよね!普通なら木曜日は何もなくてゆっくりできる日なんだけれど、たまたま今週は火曜のバレエのレッスンの振替えが今日になっていたんです。かわいそうに、大好きなバレエに行けないなんて・・・私は私でいつもどおりレッスンがあるから、Aのバレエにもついて行ってあげられない(本来ならWとAで二人で行く計画だった)二人してバレエはお休みだわ。午後よりも夜の方が元気がなくなって、宿題の本読みも、お風呂も、寝るのも一人になったAはとっても寂しそう!!7人きょうだいがいるといっても、一緒に群れて遊べる相手はどう見てもW&Aなんだから、一人欠けるとまるで大穴が空いたようなもの明日はWが元気になりますように・・・!!
2008.12.18
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6月から始めた教会での「聖書深読会」。今日は今年最後の会を開きました。「ナザレのおとめマリアが大天使ガブリエルから受胎告知を受ける場面」(ルカ 1章26~38)クリスマスを迎えるにあたって、本当にふさわし心の準備ができる箇所です。大天使ガブリエルはマリアにまずこうあいさつします。28「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」私はこの言葉が大好きです。選ばれたおとめマリアだけに贈られた言葉ではなく、これは生きているみんなに声かけて下さっている神さまからのご挨拶だと思うから・・・。いいえ、これから生まれようとする生命やすでに生き切った魂にも、このことばと35「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む」に表されている神さまの励ましと愛がそそがれているんだなぁと思います。 この聖書深読を一緒にしているメンバーも、そして私の友人たちも例年にない苦しみや悲しみに出会ったこの一年でした。それがどれほど大きなものであったとしても、必ずその苦しんでいる心のそばに寄り添ってくれる誰かと出会うことができたり、美しい自然の中で癒しを感じる時をいただくことができました。その体験を共有することができた私たちは本当に大きな恵みをいただいなぁと思います。今日という一日の中で「生かされている私」を見過ごすことのないように、と願うばかりです。
2008.12.17
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何週間ぶりかで見る友人はずっと明るい優しい笑顔で訪ねてくれた。良かった。重たかった荷物、少し軽くすることができたんだね。お土産に彼女たちが何年もかかって作られたマクロバイオティックのレシピをくださった。ずっと関心はありながらもとても実行できる時間も心の余裕もなくて、ほったらかしにしていた我が家の食生活、少し心地よくできるかもしれない。ありがとう、とっても素敵なプレゼント。午前中には10月のコンサートでご一緒した方からも、そしてシスターからもクリスマスのプレゼントが思いがけず届いている。まだクリスマス飾りも何にも出来ていない我が家だけれど、あったか~~いみんなの真心が届いてすっかり私の心はクリスマス気分そうだ、家の飾りつけよりまだ出し切れていないクリスマスカードに精を出そう私が嬉しい分、みんなにも喜んでもらわなくっちゃ!!
2008.12.16
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金曜に突然やってきたメール。何々・・・ 小学校の読み聞かせの会からです。月曜にクリスマス特別紙芝居の会をしますが、お手伝いお願いしていいですか?紙芝居は「やぎじいさんのヴァイオリン」(童心社)です。ヤギじいさんが動物村のクリスマス会でヴァイオリンを弾く為に出かけたら、森の中で近道しようとして迷ってしまいます。やっと見つけた小屋で「トントン、すみませんが・・・」と声をかけたらなんとそこは狼の家。狼夫婦は向こうからおいしいごちそうがやってきてくれたと大喜び。ヤギじいさんはとうとう私もこれまでか、と覚悟をしてこの世の最後にVnを取り出し弾きます。そこで「白鳥」かなんか弾いていただけませんか?その音を聞いた狼たち。これまで美しい音には出会ったことはなく、Vnの音に恐れおののいて自分たちの方が逃げて行ってしまい、代わりにヤギじいさんを探していた動物村のみんながやってきて、楽しいクリスマス会が始まります。それで最後にジングルベルかなんか弾いていただいて、みんなで歌いたいと思います。いかがですか?了解しました。月曜は個人懇談の日ですね。朝は空いているので大丈夫です。合わせる時間はちょっととれそうにないので当日のリハーサルだけでいいですか?OKです。ということで今日、紙芝居をやってきました。集まった子どもたちもとっても喜んでくれて、終わった後もVnに興味のある子がひっついてきてあれこれ聞いてくれます。それですこしまたVnを弾きました。
2008.12.15
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教会ではクリスマスを迎える待降節の第3週日でした。お説教の中では「アドベントのローソクは普通紫を使います。紫は聖なる色なんですが、今日第3日曜のものはピンクです。ピンクは喜びを表す色なんですよ。イエスの誕生を待ち望む喜びを表しているのです。」この教会では普通の白いローソクを使っていますが、友人が前に行っていた教会ではちゃんと紫とピンクに染めたローソクを使っていたそうです。来年はそうしたいなぁと思わず思いました。ミサの後、掃除やライトアップの飾りやらクリスマスの準備をしました。日曜学校のメンバーは大人と一緒にミサで使う聖具(ローソク台や香炉)を磨きました。一見金色にひかっている聖具ですが、磨き薬をつけてこすってみると、真っ白なタオルはすぐに真っ黒になっていきます。せっせせっせWもAも頑張って磨きました。気がついてみるとToさんとWのものはねじを外してパーツに分けて磨けるせいなのか、ダントツにピカピカに輝いています。「まぁすごい、まるで新品みたい。どうしてそんな風にできるの?」「それだけがピカピカだったら、他のものとバランス取れないよ~~」「ほんと、 プレッシャーかかるなぁ~」「いやいや、ごめん。ついこういうことになると真剣になる質で、Fl(フルート)磨きで慣れているんです。」なるほど~~Flもほっといたらすぐ黒くなるもんねみんな一生懸命磨いておられる・・・。あれよあれよとみんなのタオルは真っ黒になって、仕上げ拭きを終わってみると、どの聖具も見違えるようにピッカピカになりました。クリスマスは家族と恵みを思い起こす季節今日の準備はぴったりの活動だった
2008.12.14
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午後は院内クリスマスコンサート不思議にみんなが緊張する~~と言っていたせいか、何でもないことに私も緊張して弾くのが大変だった。私の場合大体緊張というのは弓の扱いに現れるのだけれど、Vnを弾くものにとって弓がうまく使えないとはまるでテクニックの半分をはぎ取られたようなもの・・・苦しい~~しかし、なぜか会場のみなさんはそれまでざわざわしていたのにピタッと静かになり、その次はワルツに合わせて体を動かして下さって・・・音楽の心だけは通じた見たい良かった!!その後は急いでオケの練習今日もプロの先生が来て下さっての練習だったけれど、先の本番で集中力を使い果たしたか・・・しょうもないことでいっぱい間違うは、初めての速いテンポにはついていけないは、ハチャメチャでした。最近ホンマにミスが多いな~~誰かコンミス、替わってくれないかなぁ夜9時過ぎまでの練習でくたくたになりました。でも送ってくださったフルートのMさんとチョコレートをかじって元気回復。練習の後にはチョコレートを・・・これが一番です!!
2008.12.13
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昨日朝は妹と一緒に土曜の院内クリスマスコンサートのリハーサルをしました。細かいことを言い出したらきりがないけれど、それでも少しでもさらによくなるように…と繰り返し練習。久しぶりに妹とソロ曲を弾ける喜びに浸りました。心から楽しめる時間を持てて、嬉しい!!の一言です。夕刻にレッスンがあって夜は1か月ぶりのクァルテットの練習現在曲はベートーヴェンとショスターコーヴィッチとを同時進行させています。ベートーヴェンはいつか近いうちに録音しようということになっていて、しばらくショスターコーヴィッチに手を取られているうちに忘れないように、ということで今回はさんだので、大してあれこれとり出して練習をしませんでした。でも私は、それなりにいい感じで弾けたかなぁと思っています。問題はショスターコーヴィッチ!!一応は個人練習も出来る範囲でしています。でも一人で弾いていても何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。で4人で合わせたら少しはわかるだろうと期待して練習に臨むのです。ここではチェロが物憂げなメロディーを奏でる。あるところではチェロとビオラ、ヴァイオリン1,2とが対立し合ってしかも、Vn同士で噛みつき合っているような激しい憤りが噴き出している。そうかと思えば滑稽にユーモアを飛ばして昔の思い出に浸りながらお酒を飲んでいるような・・・。でも、じゃぁ私はそこでどう弾けばいいの?ということはさっぱりわからない。もっとはっきり言えばどうしても私の心はこの曲に寄り添うことは無理!と答えているように思う。そのことはある程度クァルテットのメンバーも理解しているはず。いつものことながら私に時間がないということもあるけれど、それにしてもちっともこの曲のことを知ろうとしていないなぁ、と察しているだろうから・・・。このクァルテットの8番もショスターコーヴィッチという人間がある時期にある思いを持って作った作品。その意味では彼という人格そのものが表れているはずなんだけど、テクニック的に問題ということではなく、実際に弾いてみてここまで私自身がわからない、と感じるのも珍しいし、そのことは私にしてみたら危機的。ある程度コミュニケーションをとっているにもかかわらず、まったく理解できない「人」に出会っている、しかも積極的な受け入れを迫られているような苦しさここで「人」であることが問題なんだ。人とは時間を掛ければいつか同じ人間同士として理解しあえるだろうという前提が私の中にあるつもりだったから・・・。そして今まで本気で分からない人に出会ったことはなかった。今、わからない、という私がここにいる。この曲は私の中の準備が整うのさえ待たずに強引に強い感情をものすごい勢いで私の心の中に流し込んでくる。だからは私は自分を守るために反射的に寄り添うことをあきらめ、傍観者になろうとしていたんだ。それで私はどうしても付き合わないといけないこの人(曲)を少しでも理解できないかと、調べてみた。なんとこの曲はショスターコーヴィッチが大きな精神的危機に見舞われたときにつくられたものだった。彼が仕事のためとはいえドレスデンで戦争の惨禍を目の当たりにし、表向き「ファシズムと戦争の犠牲者」に献呈する為に書かれた曲だったけれど、圧政により精神的荒廃に追い込まれた自分自身への曲だった。しかも彼は「自分が死んだ時には誰も弦楽四重奏を私に捧げてくれるとは思わないので、自分で自分自身のために書いた」とのこと。自分へのレクイエム(鎮魂歌)だったのです。 (参考 wikipedia )どおりで私の心が受け付けられないわけです。あまりにも大きすぎるあまりにも深すぎる悲しみと怒り・・・。独特の和声や音使い、曲の構成もあるけれど、これらは何度も弾くうちに慣れることができるでしょう。理解しようなどと大それたことは思わず、弾くことでただ彼の魂のために祈ります。
2008.12.12
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朝はToさんが1時間先に起きて洗濯機を回してくれたり、夜中に溜まった食器を洗ってくれたり・・・ 夜はToさんが1時間早く寝て、私が片付けをする。最近はずっとそういうパターンになっています。日中はそれぞれに動くからゆっくりお話しする時間がなくて、とちょっと心を痛めていた私です。 昨晩、Toさんは少し早めに帰ってきました。私がちょうどクァルテットの個人練習をしている時でした。To「今日会議の時のお弁当持って帰ったよ!」さ「さっき夕飯食べたからお腹いっぱい、でもどんなお弁当かな?」テーブルに置かれた包みを見つけて長男AやMが寄ってきます。すかさず五女Aが「これはお父さんのやから、勝手に開けたらダメ!!」皆の動きを制して、Toさんの登場を待ちます。「いいよいいよ、開けて食べて!!下鴨茶寮のお弁当や」と着替えてきたToさん。五女A「私海老食べたい」「どうぞ!」長男A「あぁ これ(ホタテ)はM向きやなぁ さぁどうぞ!!」M「何で、むり無理。この湯葉にしとこっと。」Mは魚介類の中でも蟹、エビ、タコ、ホタテなどは苦手なのです。さ「こんなところにいたらゆっくりしたくなるなぁ~」To「ゆっくりしたらいいやん、さっちゃんもご馳走食べや~」と先日私がオケの練習で遅くなったときに買い求めたワインを出してきて、もうすでに楽しんでいます。美しく秋景色に彩られた京料理のお弁当も、HやS、Wも加わってたくさんのお箸につつかれ、すぐにきれいさっぱりになりました。 長男Aのお勧めのDVDも子どもたちと一緒に見てToさん、平日にしてはゆったりとした時間を楽しみました。 ほっこり 秋の夜長・・・
2008.12.11
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久しぶりにテレビの番組をはじめから最後までみました。今日は最も尊敬する方の一人、マザー・テレサを「その時歴史は動いた」でとり上げていたからです。四女Wが誕生する前の年に亡くなられたので、とても印象深く心に残っています。Wも先日偉人伝か何かでマザー・テレサのことを読んだところだったので、つい10時からの番組を一緒に見てしまいました、もちろん一年のAも一緒です。懐かしくなってうちにあるマザーの写真集を手に取ってみました。「マザー・テレサ 愛は限りなく」沖守弘 小学館その中にこんなことばが書かれてありました。私はその女(ひと)を洗ってからベッドに入れました。その女(ひと)は私の手をとって、本当に美しいほほ笑みを浮かべました。たった一言ありがとうと言いました。そして、死にました。私は自分の良心に問うてみました。私があの女(ひと)だったら、なんと言ったでしょう。きっと「わたしは死にそうだ。苦しい」と言ったでしょう。でもあの人は、私が与えたよりもっと大きなものを私に与えてくれました。これこそ貧しい人の偉さです。私の兄弟姉妹です。 マザーは本当に自分を貧しいところにおいておられる。決して「してあげてる」ではない。マザーの言葉の最後によく、「私の兄弟姉妹」という言葉が出てくるけれど、心から現実のこととしてそう感じておられる。だからこんな言葉が生まれてくるのです。もっとも貧しい者のそばにおられたマザー・テレサ食べることも寝ることもできない貧しさ愛を知らない心の貧しさ物や能力にごまかされて心の貧しさに気付けない貧しさたくさんの貧しさがこの世界にある。その貧しさに気づくこと、それが最初の第一歩ですね。
2008.12.10
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さて、練習が始まりました。ベートーヴェンの6番です。「田園」という名で知られるこの曲、冒頭からのどかなまさしく田園風景が見えてくるような曲です。テンポもよく、暖かな今日の日差しをいただいて生き生きとしている瞬間に出会えます。パワーより調和と前向きなリズム、恵みをイメージする艶やかな音色。私も楽しい。このオケはプロとアマチュアの混成なのですがコンミスがなかなか素敵なリードをして下さって、私はできることなら向かいのチェロ席かビオラ席に行って彼女の姿を前から見たいっと思ったぐらいです。このリードを見ることができただけでも、今日ここへ来た値打ちはあった。何しろ私はずっと8年ぐらい自分のオケのコンミスをしているけれど、学ぶチャンス無くし続けていることに、かなり退屈していました。忙しくて演奏会を聴きに行くこともできないし、行ってもお客さん席で聴いているだけでは、なかなかコンマスのリードも視覚的な外側からしか見ることができない。でもこうやって一緒に弾けば、指揮者と重なって彼女の動きも見えるからその意味がすごくよくわかる。彼女の弓の使い方も注目。どんな時、どんな場所で、どれぐらい使うのかは、楽譜に書かれてある彼女が作ったボーイングをもっとも弾きやすくしてくれるポイントなのです。そんなとき私は自分のボーイングの下手さを痛感します。なかなか同じようには使えない。そしてすぐに雑音や余計な揺れ、バウンドが入ってくる。何でこんなに弾きにくいのと考えながら弾いていたら、答えはすぐに出てきました。あぁ そうだった!!今、弓の張り替えしているから、腰の無くなった交響曲には向かない弓で弾いていたんだった。そのことをハンディに入れてひいき目に見たとしても、やっぱり私はボーイングが下手だ!!そう確信したのはその後のコンチェルタンテのリハーサルを聴かせてもらった時。私は練習に全部参加できないのでこの曲は降り番になっています。Vnのソリストはまだ高校3年生の石上さんだけれど素晴らしいボーイング使いに思えた。その分表現力も十分にあってとても心地良いモーツアルトを聴かせて下さる。そしてビオラソロの彼女のおじさんである森住氏とのデュオも、「ほんま??そこまで合う?」と思うほどぴったりシンクロしているんです。これは驚きでした。まるで双子ちゃんの演奏みたいです。団の雰囲気も、コンミスのリードも、ボーイングのうまさも、中に入って身近なところでないとなかなか肌で感じられないこと。勉強になりました!!
2008.12.09
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昨日夕方から始めていくオケの練習に参加しました。その前に練習会場近くにある弦楽器工房に弓の張り替えをお願いしに行ったら、営業時間を延長してくださって、練習の休憩時間までに仕上げて下さるとのこと、ありがたい!!さてよそのオケで弾くのは久しぶりです。オケの練習というのはとっても時間がかかるので、自分のオケ以外で弾くなんてことはとても考えられない現実です。ところが今回は練習は2回だけ、しかも友人が姪御さんとモーツアルトのコンチェルタンテをするということで、ついついのってしまった。お約束をした後に、あぁ~~やっぱり止めたらよかった。何より一番忙しいクリスマス前の23日が本番。友人の話では団員たちはとても良く弾ける人たちばっかりだから・・・とのこと。つまりその分、私にはプレッシャーがかかってくるけど、練習する時間が・・・そんな思いが何度か蘇ったけれど、せっかくのチャンス、チャレンジしましょうと初日の練習に臨んだのです。もっともあまり練習はできていないことは予想通りの私です。ドアの前ですでに一人Vnの方が待っておられる。高校生?中学生?と思える若いながらも清楚なその方は楽譜を開いて頻りに左指を動かしておられる。勉強熱心やな!!「こんにちは!」と自己紹介してから私も真似して楽譜を開いて今の曲が終わるのを待っていました。ドアが開いてみると「いやぁ お久しぶり!!何年ぶりですかね!!」と何人もの方からごあいさつをいただいて、びっくりです。或る人とは5年ぶりぐらいだし、ある人はうちのオケの創設時にエキストラできて下さっていた。いよいよ練習というとき、コンミスの横に座った私の友人が振り向いて私に向かって言いました。「さっちゃん、一緒に弾くのヨーロッパ旅行以来ですね」「え、ほんと?それ以来一回も一緒に弾いていないの?」そう、そうだった。K大オケのメンバーたちと一緒にヨーロッパ旅行に行った時、その友人は団員だったんだもん。28年は経っている。嬉しいなぁ そういう仲間と一緒にまた弾けるなんて!!こりゃ本気で練習しなくっちゃ!!だから今日はよく練習しました。でも今年あんまり練習できなかった分だけコントロールも指力も鈍っている。今回の曲はとにかく早いパッセージが聴かせどころにある。ちょっと練習したぐらいじゃ戻らないぞ~~でもやらないよりまし・・・ということで、私は常に人に動かされている人間です。それは私にとってとても嬉しい私らしい活動なのです。
2008.12.08
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本当は9時半に教会に行きたかった。聖歌隊の練習があるからです。でも昨日も夜までオケの練習で10時前に帰宅、床に入れたのはやっぱり1時頃だった。ゆえに朝は眠たい~ 眠たい~ もう少し、もう少し とひつこくとまどろんでいる。この頃朝は寒くなったし、よけいに布団から出たくなくなる。そうそう、聖歌隊の話です。なぜかいつの間にか私は聖歌隊のメンバーになっているのです。元はと言えば、聖歌隊のメンバーが1年ほど前から減っていて、2人しか居らっしゃらないような時があったので、じゃぁとお手伝いに時々下のAを連れてお邪魔していました。それが9月になってまたもや主要なメンバー(とっても声の通るバス)の方が事情で来れなくなって、このままじゃぁ聖歌隊はどうなるのでしょう・・・?という状態になってしまいました。ごミサ(礼拝)の中でも聖歌隊はオルガニストともに聖歌をリードするという大きな役目を負っているので、なくすわけにはいかないのです。で、普段の練習には参加できないけれど、とにかく歌えるだけ歌おうと思ってこの2カ月ほどはずっと聖歌隊席を陣取っていました。他の女性メンバーたちはそれぞれに一般の合唱団に所属して合唱経験のある方ばかりですが、私だけは歌経験ゼロ!!でも面白いことに妹が声楽専攻していただけあって、私もちょっとずつ歌っていると声が出てくるし、オケやクァルテットのお蔭でタイミングを作ったり音程を聞き分ける耳だけは持っています。声で和音を作ってぴったり当てはまったら、それはもう厚みといいふんわりと包み込むような心地よさは抜群です。ソプラノ3 アルト3 テナー2 バス1えらく精鋭でしょう?メンバーもちょっとやる気になってきてね、ミサ以外の曲も練習してみよう…あわよくばコンサートもしたい、なんてことになったので、私も朝9時半からの練習に来てね、だって!!今日、行ったのは10時すぎていたけれど、それでも喜んで下さった。この季節私が忙しいのをよく知って下さっているから・・・そして、メンバーでちょっとパーティーしない?と提案まで出てきて・・・とうとう私の都合に合わせて下さって来週に開くことになったの。近年にはない聖歌隊のやる気!!私、少し期待しています。ここから新しい空気が生まれて来そう・・・
2008.12.07
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朝は少し余裕があったので、クリスマスカードの英文を考えていました。カナダ向けに書き出すと、カナダのことが思い出され今の毎日にため息をついてしまいたくなるし・・・幸せなような悲しいような・・・ここでの人々の生活の中には家族や1人の人間に対する尊厳への意識かな、そんなものが薄れているような気がしてならず、ついついクリスマスのお祝いのお手紙にもそんなこと書いてしまうんだなぁ~~やっぱり駄目だよね、そんな手紙同封したら・・・これも急がなくっちゃ間もなく、時間切れになる。ごごからは昨日書いた2月のコンサートの曲選びで友人のお家にお邪魔して2時間ぐらい初見ばっかりしました。ポピュラー系は普段目にしないようなリズムが結構出てきたりするから、頭の回転悪くなってるの丸わかりだけれど、それでも楽しいね!とりあえず「カッチーニのアヴェマリア」「チャップリンのメドレー」「ハンガリー舞曲」ぐらいをすることに決めました。その後オーケストラの練習です。「スコッチ」はこの前Y先生と一緒に練習してとても楽しかったのに、いつの間にかすっかり消えてなくなってしまったかのようで・・・まぁ 一人前のオケらしく参加人数が増えてきたから動き反応が鈍くなりがちなのはよくわかるけれども、一番前で弾いていると、すぐ後ろのVn1の音はあまり聞こえてこないんです。他の弦夜管楽器の音はよく聞こえてくるのにねぇ帰りがけに送ってくださったFl(フルート)のMyさんは「弦楽器の人数が増えたら増えただけ音がぼやけたように聴こえてくるから分かりにくいわ」て言ってらした。たしかに、管楽器は変わらずいるけれど弦楽器だけどんどん人数が増えて、前後のずれがますます大きくなってしまうんでしょう。練習はしたいけれど練習の日は来てほしくない。だって、それだけ残された練習日はなくなっていくから・・・ここから本番までの練習が勝負です!!良い練習を心がけよう!!
2008.12.06
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朝から雨 予想より早く雨になったけれど、子どもたちが出かけるころはまだ生暖かな雨だった。ところが午後からどんどん冷たい風が吹いてきて気温は下がっていく。一枚いつもより少なくして出かけたのは大間違い。でも、2月の「おやじの会」での演奏に使えそうなDuoの楽譜も見つかったし、河原町のサンパウロ書店ではお目当ての寺本松野さんの本にも出会え、さっそくバスの中で読み始めたら、もう心はいっぱいいっぱい。本当は「看護は祈り」という本を買うつもりだったのだけれど、やっぱりどうしても寺本さんの本を読むならこれを欠かすことはできないだろうと思って・・・ 33年前に初版を出された「看護の中の死」「続・看護の中の死」の合体新装版「看護の中の死」寺本松野著 日本看護協会出版会ちょっと重たいタイトルだけれど、フローレンス・ナイチンゲール賞をもらわれた彼女が最後まで最も大切に想っておられた著書ではないかなと思う。時代とともに生きる人間、特に病にある方々と向き合って学ばれた一つ一つのことを教えてもらおうとおもう。火曜の夕方、WとAをバレエのレッスンに連れていく時、とても美しい夕空に出会った。電車を降りたときはまだ明るさを失っていないところで薄い三日月が一つわぁ 今日は三日月やね~~ と三人で歩きながら練習場(幼稚園)に向かった。身支度を澄ませてレッスンが始まったころ部屋の前で作業をされていた園長先生がいらっしゃらない。ふっとみると外のベランダで真っ暗な中、輝く三日月とそばに寄り添う二つ星を携帯で撮影中の先生が目に入ってきた。外に出るとそこでも高校生たちが三日月に向かって写メ!!本当に美しい三日月、みんなの心をとらえています
2008.12.05
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昨日の「聖書深読会」では色々なことが話題になりました。マルコの1章1~8節には洗礼者ヨハネのことが出ています。駱駝のけごろもをまとって革のベルトをし、イナゴと野蜜を食べて荒野で一人で暮らしていました。このように書いてあるということはきっと当時としても、こんな生活をする人はまずいなかったのでしょうね。人々から離れて、お金ではなく自分の手で採ったり作ったりしたもので生活していたのです。そんな彼の所に、イスラエル全土から、エルサレムの町の人々皆が集まって、彼に罪の許しを請い水による洗礼をいただきました。今のようにインターネットがあるわけではないのに、どうやって人々は彼のことを知りそして信じたのでしょうね。ヨハネにはすごい力があったんだと思います。しかもその力は神さまから頂いたものだと、彼はよ~~く知っていました。これからやってくる方(神の子イエス・キリスト)の 履物のひもを結ぶ値打も自分にはない、と言っているからです。シスターがおっしゃるには履物のひもを結ぶ仕事は当時の奴隷の仕事だったとのこと。奴隷よりも価値のないものだと、自分のことを表現したのですね。こんな風に自分のことを小さな小さなものとして位置付けることができるのは、きっと生かされている自分ということに本当に気付いているからだ思いました。ついつい私のしたいことは何?そのためには・・・と考えてしまいがちだけれど、生きているというだけで、そこには生かされている私が既にいて、そしてきっとやるべきこともただ目の前の私ができることをする、に違いない。そこから自然に私の歴史がつくられていくんだなぁ、それ以上のものはどこにもないはずだと思いました。洗礼者ヨハネのことなんて今までほとんど心に留めたことはなかったけれど・・・ 不思議ですね高2のSの将来は?と心に引っ掛かるんだけれど、やっぱり「やりたい!」だけではだめだよ、という気がしてきた!!
2008.12.04
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教会の暦では先週から新しい年が始まりました。御降誕のお祝い(クリスマス)を待つ待降節(アドベント)第一週がお正月なのです。さて、今日の聖書深読の場所はマルコ1章1~8節でした。1神の子イエス・キリストの福音の初め。とっても興味惹かれる始まりです。ちなみに、他の福音書の始まりを開いてみるとマタイ「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」ルカ「わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。」ヨハネ「はじめにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった。」4人とも全く違った形ではじめています。私の印象からすれば、人間イエスキリストの出所を証するところから始めるマタイ、キリストと共に生きた人々の目、ことばを通して語りかけようとするルカ、まず神を語り始めるヨハネ、そしてダイレクトに「神の子イエスキリストの福音の初め」と書き記したマルコ、なんて面白いんだろう 同じようにキリストとキリストのもたらしたものを語ろうとする時、こんな風に始まりが違っている。私、けっこうこのマルコの始め方は好きです。飾りも格好つけも全く何もないけれど、だからこそ確信に満ちているスマートな誠実さを感じるのです。神の子であること、イエスキリストの存在、彼が福音(良き知らせ)であること、そして「福音の初め」という言葉「初め」は初めてその時にそのことに出会ったということなのかしら・・・?歴史上初めてもたらされた福音?どうしてこの「初め」という言葉を日本語に訳すときに使われたのか、とても気になります。こんな風にその後に書かれていることを冒頭の一行で言いきることができるなんて、ほんと素晴らしい!!今日の深読ではまずこの一行にやられました!!
2008.12.03
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まず、今日やるべきことからやろう私にとって忙しい時にはこれが一番物事を片付けていくのに有効な方針です。よって、家事と今日の買い物を終えたら、すぐにオケのVn1のエキストラKさんの楽譜を完成させました。現在のボーイングや気に留めてもらったらいいことを楽譜に記入したものを、本日ご自宅までお届けします。(ご自宅がバレエの練習会場のすぐ近くなので・・・)彼には大学時代からいろいろお世話になり、うちのオケのエキストラに来てもらったり、私があちらに行ったり・・・94年3月終りにカナダから帰ってきて、三女Kの幼稚園の入園を快く受け入れてもらったのですが、偶然Kさんのお子さんも同じ園にいらっしゃることが後にわかり、7年ぶりの再会をしました。園では当然奥さんとお話しすることが多くて、また彼女はダンスが大好きということもあって、彼女とも大の友人にさせてもらっています。今ではKさんとはうちのオケに弾きに来て下さる以外ではほとんどお会いすることはないのですが、いつでも笑顔でやってきて毎週会っているかのようになごんだ空気でオケの中で弾いて下さっています。でもいったん弾き出すと、カッコイイ、とみんなの心をひきつけるVn!!こうした強力(協力)メンバーに支えられているうちのオケ(わたし)です。ありがたい、ありがたい!!さ、次は演奏会の案内状!!チケットも売らなきゃ!!
2008.12.02
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いよいよ、ラフマニノフのピアノコンチェルト2番の練習です。いつも思うのですが、このお部屋、カスカスの音がする。悲しいです。せっかくのピアノの音もこちらの方にはこもったようにしか響いてこず・・・、ついでに自分の音もまるで骨Vnのようです。ガク!でもそう思ったのは最初の方だけ!!私、基本的には今やっている曲はCDとか音源で全く聴かないんです(向こう3ヶ月間の練習を必要とする持ち曲只今13曲)。正確に言えば、もちろんスコアを見ながら聴きたいのですが、そうやって勉強する時間もないもので、(コンミスの仕事できてないなぁ。)ソロのついたピアコンを生で耳にするのはとっても新鮮!!しかもラフマニノフだし!!いつも聴こえてくるはずの管の音は掻き消され、ピアノの旋律が波のように押し寄せては引き、またやってくる。弦楽器や管楽器のソロと違って、ピアノは音数がすごく多いでしょう?ちょっとしたオケと共演しているようなものです。同じ曲なのにあまりにいつもと景色が違って・・・ハッハッハ、出損なってしまうわ、音は外すわ・・・。ハプニング続出でチューニングどころではなかったし・・・その辺はソリストの山口先生も心の中でけらけら笑っておられたことでしょう。結局2回分は通して下さったことになるから、当たり前のことだけれどソリストの方も体力と集中力がいりますね。少し気になるのは、今までオケが練習してきた音楽的表現と、ピアノソロとの表現にギャップがあって、オケの方はすぐに変えられるほど柔軟ではないので、そのあたりをうまく繋げられるかなぁというところです。ピアニストの山口先生も当初の予定に加えて年内にもう一度合わせて下さるとのこと。やっぱり、それは必須ですよね!!良かった、時間があって!!コンチェルトの練習が終わって、山口先生はピアノのふたを閉めながらこうマエストロにおっしゃいました。「ごめんなさい、こんな演奏で!!練習しておきます。」え、今日の演奏は「こんな演奏」だったのですか・・・
2008.12.01
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