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夕飯は何と8時を過ぎてしまいました。いつも遅くとも7時半にはいただけるように用意をしているんですが、その原因は・・・私の昼寝(夕寝?)!!昨日は用事を済ませて帰ってきたら夜の9時半で冷蔵庫にアイスコーヒーがカートンに少しだけ残っていたのです。最近の私はめったにコーヒーを頂かないのですが、半端に残っていたから私が飲むしかないかな?と思って飲んだら、ありゃ!寝れへんわ!!少々寝れなくてもどうということのないのが普段の私ですが、今日は遅昼ごはんを食べちゃったら、もう眠たくて、眠たくて・・・ち~~んと記憶を失いはっと気が付いたら6時半を過ぎていました。 子どもたち、ごめんなさい!!ところで昨日のミサは「子どもたちと捧げる合同ミサ」で近隣の教会の方も来て下さいました。お御堂がいっぱいで急にクリスマスがやってきたような雰囲気です。久しぶりに朗読は子どもです。一生懸命に練習してくれて上手に語ってくれたのですが、子どもの声ってとてもみんなの心を惹きつけるものがありますね。高さといい、つやといい、かわいらしさはもちろんのこと、その良さが惹きたって、話がテンポよく心に届きました。本当にありがとう、ご苦労様でした。
2008.06.30
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この頃多くの家庭が家族一緒に食事をとる機会が本当に少なくなってきたという話をよく耳にします。ご多分にもれず、うちも上の子どもたちが高校生になる頃から一緒に食事をするという機会が本当に失われていきました。今や全員が顔をそろえて食事するときは一週間に一回あるかな?と思います。じゃぁ それはいけないことなの、ダメなことなのか?と言われれば、私はそんなに居心地の悪い状態だとも思っていません。その大きな理由は、それぞれにちゃんとみんなのことを気にかけてくれているからです。「いないのは誰だっけ!今日どこへ行ってる?何時ごろ帰ってくるの?ご飯いらないのかなぁ~?」私が分かっていなくても、誰かがきちんと把握できていてそれに応えることができる。チャリン、と玄関が開いて「ただいま!」と帰ってくると、いるものはみんな「お帰り!」と迎えてくれて、せっせと今日の話題を交換する。Toさんの帰り、上の子どもたちの帰りが遅いから下のお二人も寝るのが遅い。身体の健康上から考えれば問題ありかもしれないけれど、今日のお仕事で疲れた~~と思っている時に、かわいい声で「お帰り!」て迎えてくれたら、それも嬉しい。理想とは違うけれど現状の中で、家族として互いに関心をもって力になってあげたり、楽しんだりできる機会を持てていることは、私としてはいいなっと思えるのです。
2008.06.29
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給食といえば、やはり我が子どもたち4人が卒園した幼稚園の給食を語らなくてはならないと思います。その幼稚園の創立者は、どのように生きるべきか子どもたちをどの方向に導いたらいいかを真剣にお考えになった方だったと思います。それで取り入れられたのがルドルフ・シュタイナーの教育とキリスト教、そしてもうひとつが「玄米正食(現在は違う名称になっていると思います)」でした。以来幼稚園はずっと給食でそれを実践し、健康教室という形でお母さんたちに食の在り方、食材の働き、調理方法etc.を伝えてくださってきました。幼稚園でいただくお米は100%玄米 おやつも玄米おかき、玄米を口に入れるためには無農薬で育てられたお米でなくてはいけません。お野菜も全部無農薬で決まった農家からのもの、お肉お魚は一切出てきません。もちろん牛乳もなし。調味料に砂糖、みりんもなし。なのにどうしてあんなに甘みが出てくるのでしょう。普段お砂糖やみりんを使っているお母さんたちにはなぞは深まるばかり。「あれは絶対給食の先生たち、おまじないをかけたはりますよ、家でおんなじように作っても全然同じ味にはならないし・・・」キャベツの芯も刻んで使い、人参の皮、レンコンの皮なども付いたままいただきます。その方がいいらしいです。(勉強不足の私はなぜだか知らないですけれども・・・)先週、幼稚園の梅干しに使われる梅を分けていただきました。とってもいい香りで、隣の部屋で寝ていたんだけれど、朝ふすまを開けたとたん、梅の香りがふわ~~~と部屋にたなびいてきて、なんて気持ちのいいこと。園では梅干しを作って3年寝かしてから子どもたちの給食に登場します。大根磨きもして、たくあんも手作り・・・昨日のコメントにも入れましたが、食器も陶器のものと木のものを使い、食器洗いも合成洗剤を使いません。材料は季節が決める。子どもたちの体調に合わせて献立は変わっていく身軽さアレルギーの子どもたちに合わせての配慮も、もちろん忘れずに。ずっとずっと子どもたちの命を育む食を大切にしてきた園です。そんなところで毎日給食をいただくことができた我が子どもたちはなんて贅沢な食に与かってきたのでしょう本当にありがたい、感謝の日々でした。
2008.06.28
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朝、小学校の給食試食会に行ってきました。これは一年生の保護者の方々を対象に毎年行われているものですが、私は広報部の取材も兼ねて参加してきました。校長先生のごあいさつ 昔は好き嫌いはだめです!食べなさい!と親から言われ、かなり無理やりな形で好き嫌いをなくしていました。そこには我慢があった。我慢をすることを覚えることは、案外大切なことですよ!しんどいっと言ってすぐに止めない。自分はちょっと我慢して誰かのために合わせてあげられる。人間は好きなものを好きなだけ食べているようでは、心も身体も育たないのです。少しの我慢はいつしか我慢ではなく、喜びになっていきます。このお話しで試食会は始まりました。次は栄養の先生の話給食の歴史に始まり、現在の献立づくり、そして調理手順まで紹介されました。 今の献立はおからやニシン那須といった伝統料理おばんざいもあるし、行事や季節に合わせた若竹汁、蕗の煮付け、ちらし寿司・・・外国料理としてプルコギ、チリコンカーン・・・そして地場で採れたものを材料に使ったりして、とてもよく考えられています。まず家庭で作らないメニューもかなりある。半年も前から始まる献立の作成委員会をかわぎりに実際に子どもたちがおいしくいただいた後、その様子をまたそれぞれの立場の方々(担任、調理員、栄養教師etc)が感想や反省点を出し合って、さらにいいものになるよう検討されていきます。正直言って給食はすべての生徒や教師の口に入っていくものだから、かなり神経を使うプロジェクトだと思うのですが、それが間違いなく、きちんと毎日行われていることは大変なことだと思います。しかも、当日の活動はかなりの部分を子どもたちが担っている。学校活動の中でもとびきり密度の濃い精度の高いプロジェクトに思えるのは私だけでしょうか? 子ども同士で協力しながら ちょっとの我慢で好き嫌いをなるべくなくし、 楽しいお話をしながらお昼をいただき、 そして作ってくださった調理員さんや献立にかかわる皆さんにありがとう 食材になってくれた動物や植物にありがとう そうやって子どもたちの身体と心が育まれて命が大切にされていく学校教育の最高峰です。
2008.06.27
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今日はSちゃんとデートの日でした。皆さん、覚えておられますか? 起きることもままならなかった彼女はとうとう、ご主人なしで私とデートできるところまで、元気になってきたんですよ。もちろん、教会以外で私がお会いするのも初めてです。一緒にお茶ができるなんてね、とても嬉しいです。昨日の夜Mさんからお電話をいただきました。「明日、教会のお御堂のお花を生けるから来られませんか?よかったらSちゃんもどうぞ」そこでSちゃんに連絡を入れておきました。Sちゃんにとって私とデートするだけでも、全部一人で準備をしなければならないから、本当に大変なことです。そのうえ別のところまで行けるかどうかはSちゃんの心と身体のコンディション次第!!彼女にとって今大切なことは、心が満たされる不安のない体験二人でおしゃべりしながらいい時間を過ごしていたら、Sちゃんが言いました。「ね、教会行こうか?」この元気、大したものだわ!!二人で教会に駆け付けたら、ちょうどMさんとそのお花の先生のKさんが始めておられるところでした。祭壇に飾るお花、実は「典礼生け花」というジャンルがあるそうなんです。年間を通してキリスト教の暦に合わせたフラワーアレンジメント!先生はクリスチャンではないのですが、Mさんからいろんな話を聞いて、この典礼生け花に挑戦してみようかな、と思って前回から試みてくださっています。普段、教会においでにならない方だからこそ感じられることもたくさんあります。私たちにとってはいつものお御堂であり祭壇なのだけれど、彼女はその光のありようからか、とても荘厳なものや霊的なものを感じるとおっしゃって、お花の生け方も自然といつもとは違うものになるとのこと。お花にいつも親しんでおられる方でないとこれも感じられないことですねその先生がSちゃんに「どう?ちょっと生けてみない?」と誘ってくださって、Sちゃんは薄水色の紫陽花をメインにマリア様のご像の前に置くお花を生けてくれました。「わぁ 楽しい~~!!」それはSちゃんにとって初めての生け花だったそうです。 そうか!今日のSちゃんと私のデートのお約束はこのように、最後に一番大きな喜びが来るように仕組んであったんだ!!神様は最高の演出家だね
2008.06.26
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今、土曜に聴かせていただいた富田江里子さんの助産雑誌「バルナバクリニック発ぶつぶつ通信」特集 「フィリピンの小さな診療所から」医学書院 を読んでいます。考えさせられることが山のようにあるのですが、その中でも家族についての記述をちょっと紹介しておきます。「安定や経済よりも大切なこと」と題して、途上国では老人も若いものも、病気や障害を持っているものも、赤ちゃんもみんなごちゃごちゃに暮らしている。だから互いのことをよく分かっていて、本当に必要な時に必要な助けをしてくれる。子どもはみんなに育ててもらって、近所のおばちゃんのお使いをするのは普通のことだし、よそのおじさんに「こら!」と怒られるのもごくごく当り前!!自分はいい仕事をしていい給料をもらっていても父が脳梗塞で倒れた!と聞けば、翌日には辞表を提出して職を離れる。どうして!!つきっきりで看病をしたいからという。父がいなければ、私はいなかった。だからその大切な人が困っているとき、そばにいて力になるのは当り前よ!!その後娘につきっきりで看病してもらって半年後、お父さんは亡くなりました。再就職先もまだ見つかっていないし、家族の毎日の生活は何とか食べられているだけの状態になっているけれど、それでも決してあの時、仕事を辞めなかったらよかった、なんてかけらも思わないそうです。冨田さんがフィリピンの友人たちに「同じようになったらどうする?」て問いかけると、みんな「もちろん仕事をやめるわ!」という。先日友人で韓国生まれのMさんも偶然こんなことを言っておられた。「義母さん(日本の方)がお里に帰りたがっていてね、一人ぐらいが大変になってきたから夫の仕事のために京都に来てもらったけれど・・・。いざとなったら、お母さんのお里に家族みんなで帰ろうねって話しているのよ。」「それってお母さん一人のために、自分の仕事も、子どもの学校も、夫の仕事もみんな変えるということ?」「もちろんです。お母さんはとても大切な人です。夫を産んでくださって育ててくださったんですから、そのお母さんには残りの人生ニコニコしてもらっていたいです。私たちはまだまだ若いですから、仕事とかなんなりと見つけることはできるでしょう!!」
2008.06.25
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大ママと妹と私で久し振りに出かけました。 同志社キャンパスの真ん中を突っ切って相国寺へ長いこと京都に住んでいるけれど初めて入ります。とても大きなお寺で、なんでも金閣寺、銀閣寺が所属している大本山なんだそうです。今日はこの中の承天閣美術館で見せていただけるという源氏物語絵巻を見に来たんです。それがすべて織物でできているというのです。なんということでしょう。現存の19場面すべてが4巻の錦織絵巻に・・・この超壮大な企画を始めた方は西陣織の70歳の旦那さん、山口伊太郎さん。「今日からはわしの余生。ややこしいことに縛られず、とことん納得のいく織りをやりたい。誰にもできんかったことをやる。商売ぬきの織道楽や。」とおっしゃって、大プロジェクトが動き出した。80歳ぐらいを寿命と考え10年ぐらいでできるだろうという見通しでした。ところが、伊太郎さんはとことん追及する手を休めません。銀箔よりも輝きが長持ちするプラチナの箔の開発、どうしても織りでは難しいぼかしや立体感を出すための技術、織の設計にコンピューターの導入・・・どんどん膨れ上がる作業。それでも伊太郎さんはあきらめません。朝起きて寝るまで、食事以外はずっと源氏絵巻に没頭の毎日です。とても10年では出来上がらない。そう思った伊太郎さん、今度は長生きできるようにと、とても健康に気遣うようになられたそうです。そして歳月は流れ36年かかって、去年の6月、すべての設計を終えて、織の完成を待つばかりになった時(105歳)、亡くなられたそうです。そのあとは弟さんが引き継がれ今年3月についに4巻の源氏物語錦織絵巻が完成しました。弟さんは103歳で今もご健在です。美術館では「錦織絵巻」の本物が見れる。それがどんなふうにして作られたかもある程度はわかるようなっています。普通帯を作る時、そのパターンを実行するために使う紋紙は一万枚使うそうですが、この絵巻の第一巻は100万枚使い、20畳の部屋が満杯になる量だったそうです。それだけ精緻に設計された手間暇が惜しみなくそそがれたもの。色がとても美しいです。1000色以上使われたと言っておられましたが、鮮やかな中にも落ち着きと潤いと気品。そして情感があふれ出ています。絵柄に出てくる着物が本当に浮き出て見える。それは織りだからこそできることでしょう。7月6日までの期間が延長されて、21日までやっているそうです。ご興味のある方はぜひお出かけ下さい。人間、やろうと思えば本当に投げ出さない限りやり尽すことができるんだ、ということがストレートに伝わってきますよ。「山口伊太郎遺作展 源氏物語錦織絵巻」相国寺 承天閣美術館 10~5時
2008.06.24
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朝は、学校の広報紙の編集会議でした。今年は印刷屋さんで印刷してもらってもいいからと、いつもよりたくさんの予算を下さったけれど、先生の写真だめ、先生の似顔絵もだめと言われちゃったので、それも生かせそうにありません。だからこそ、いつもと違う広報紙を作ろうというわけで前回決まったのが、特集記事!!毎年7月に発行される1号広報紙はずっと内容がほぼ固定されてきたので、思い切って新しい内容を盛り込みます。そして第一面も、ズバッと雰囲気を変えます。紙面もB5サイズからA4サイズへちょっと楽しみになってきたなぁ~~お願いしていた原稿もほぼ出そろってきました。ラフレイアウト、そして見出しもいい感じに考えることができたし・・・今週中には第一校ができるかも? 会議が終わってみると、ちょうど小学校は給食の用意に入っているところでした後ろから「おかあさん!」振り向くと 白いエプロンに大きな白い帽子、顔の半分はマスクで隠れている子が、青いバケツを重そうに運んでいます。うん?だれ? もちろん呼んでくれた声は五女Aの声なんだけれど、姿がちっとも五女らしくない。戸惑っている私を見て、大きな帽子をちょっと後ろにずらして目で笑ってくれた。「Aちゃん? えらいね そんなに重たいもの一人で持っているの?」「うん、頑張ってるねん」そう言いながら本当に足踏ん張って、中の水が揺れるのにちょっとふらつきながら、よいしょ、よいしょとクラスの方に消えていきました。まさしく小学生の姿です!!
2008.06.23
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土曜の朝、大きな封筒が私宛に届きました。学校名の横に知らない方のお名前が書かれています。 (あ、ひょっとして 兄が言っていた感想文?)開いてみるとやはりそうでした。送ってくださった先生からのお手紙、そして生徒たちの感想文(ノート半ページ分ぐらいの紙)が何十枚も重ねてあります。なんでも私の本の最終章「小さなポッポ」を高一の授業で取り上げてくださって、子どもたちに感想を書いてもらったそうなんです。それを私にどうぞ読んで下さいって送ってくださった。さっそくToさんと読み始めました。To「なかなか16歳とは思えない立派な感想書いているなぁ 大したもんや」一方私の方は・・・ティッシュの箱を片手に、ずっと涙を流しながら読ましていただいていました。妊娠や出産なんて経験もしたことない女の子たちなのに、私の文の中からいろんなことを読み取ってくれている。自分自身のこと、家族のこと、母への想い、友人のこと、そして未来に自分が母になった時にまで心を広げて・・・なんて透明でしなやかな心を持っているのだろういまどきの若い者は!なんて決して言うべきではない。子どもたちは、本当に純粋な心をちゃんと持っていて、必要あらばいつでもそれを表現できる表現の場を阻害し子どもたちの心を捻じ曲げようとしているのは、大人社会なのだということが本当によくわかった。私に宝物を送ってくださってありがとう!! みんなの未来にたくさんの祝福がありますように!!
2008.06.22
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午後から友人に知らせてもらった講演会に行ってきました。以前情熱大陸で紹介されたフィリピンの貧しい人たちのための診療所で活動している助産師さん、冨田江里子さんの報告会でした。場所は京都御所の近く洛陽教会。初めて中に入りました。小さなお御堂、正面上の方には十字架があるのだけれど、左右からライトが当たってその影が美しく対象に浮かんでいる。三本の十字架報告会に先立って、ISSINという兄妹の音楽ユニットが歌を聞かせてくれた。テーマは家族、愛、平和 友人の息子さん 阿南時也さんの音楽とよく似ているのでびっくりしてしまった。楽器構成が似ているからかな?そういえば、阿南時也さんも今日、「阿南慈子展」で演奏しているはず・・・さてフィリピン、バルナバマタニティーセンターを設立、助産師として働く冨田さんの登場。まず最初の一声は「日頃からご支援をいただき本当にありがとう。去年一年で〇〇〇人の子どもたちが無事生まれました。」でもその後は貧しいとは悲しいことではない 彼らは物のないところで、笑顔で暮らしているそんなところに支援物資や知識が送られてくる。英語で指導する。だれが理解できるの?目で見てわかることだけ、印象に残ったことだけが支援団体が去った後も残る。良かった良かった、って分かってもらったつもりで帰っていく先進国の人々。でも現地にはほとんど何も残らない。いや、それどころかむしろ弊害だけが残ることがある。現地の必要があるわけでもないのに、それまでなかったものが突然、持ち込まれるからだ。雨期になると、井戸とトイレが近くにあるから、必ずといっていいほど、下痢の患者が出てくる。時には脱水で亡くなってしまうこともある。だから「お水は生のまま飲まず、煮沸しましょう。」ありがたい言葉だけれど、お湯を沸かすための薪はどうやって手に入れるの?やかんは?そんな高価な物は手に入れられない。そんな彼らはかわいそう?不幸?ちっともそんな風には思っていない。たまに死んでしまうこともあるけれど、大抵は大丈夫だから・・・・・・とても書ききれない。先進国の人々が自分たちの価値判断で、もっとこういう風にすれば…と思っても、彼らはずっとずっと昔からちゃんと生きてきた。ちゃんと命をつなぎ育んでた。必要なものはお薬だそうだ。それも感染を防ぐための抗生物質。私は結婚した当初から不思議に思っていた。貧しい国々にはたくさんの子どもたちがいる。もちろん子どもの死亡率も飛びきり高いかもしれないし、妊婦死亡率だって一緒かもしれない。それでもなお多くの子どもたちお母さんたちはなんとか無事に生きている。食べるものが貧しくても、そんなにふらふらがりがりというわけでもなさそう。どうしてなの?と!!冨田さんが言っておられた。食べ物が貧しくて栄養素が偏っていても、ちゃんと体の中でバランスよく取り入れる能力があるらしい。彼女がモルディブに行ったとき、人々は至極健康的だった。日本から行った彼女だけが栄養失調になってしまったそうな!!そのかわりアトピーは治ったって!今、フィリピンではとんでもなく添加物が入っている食べ物が流行している。いかにも栄養価の高い、それを口にしていれば健康的である、とみんなが信じてしまう宣伝をTVで流し続けているからだ。そのために、前にはなかった病気がよく見かけるようになってきた。それはアトピー、アレルギー 精神疾患食べ物は恐ろしい力を持っている。冨田さんのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/barnabaseriko
2008.06.21
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予想だにしなかった一日になりました。今日は「ミニ真名」で友人たちが集まる日10:30ごろから10人の方が来てくださいました。順番に自己紹介していただく中、心揺さぶられる話もここかしこに語られます。ティッシュの箱があっち行ったりこっちに来たり・・・。亡くなった小さな子どものことから、命の話差別や選別を促すような検査や学校での授業内容受験によって押しつけられてくる数値的な価値観子どもの本質を見失わせてしまう外からの圧力失敗したから見つけられた、自分のとらわれていた世界お金で買う日本の福祉・・・・これ、子育て中のお母さんたちがとても語っているとは思えない、すごく透明な本質を見抜く目が生み出している言葉。私自身はとても驚きました。でもすぐに当たり前だと思いなおしました。みんなは尊い命をいつも前にしているのだもの、そういうものが見えて来ないはずがない!!その中でも、「障害を持つ子を受け止める」 というテーマが見えてきた時のAさんのことば自分の子どもが障害を持っているとしたら、その子と母である自分だけの関係においてはその子の能力がどのようなものであっても、きっと全く変わりなく受け入れる(愛する)ことができると思う。なぜなら、子どもというのはまず自分の子どもだとは思えない。誰かから委ねられたものだとしか思えない。だからその委ねられた子どもがどんな力を持っていようと私自身いただいた仕事を愛情をもってやり遂げるだけ・・・でもね、ここで困ったことがあるの。障害を持った子どもをこの社会がどう受け止めるかというとき、さまざまなところでたくさん闘わなければならない場面に遭遇する。そういうことを母が父が引き受けなければならない。そこが辛いんだよ そこが厳しいことなんだよ。私は思わず、「言えてる!!」と叫びました。健康な子どもでいてほしい、賢い子でいてほしい、と思うのも全く同じ、逆の心理的反応からきている。そういう子どもの方がこの社会では生きやすいからなんだ。その分、親は安心していられる!!そんなこんなを語り10人目の友人が自己紹介に入った時はもう14時を過ぎていました。みんなが帰った後も必要あってその友人と語っていると、ひょっこり久しぶりの友人がやってきて、語り終えたのは18時!!これでも「ミニ真名」って言う
2008.06.20
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ちゃり~~ん 「ただいま!!」私が帰宅すると、玄関には五女Aの水色のランドセルと水泳の用意が入っているカバンが置かれていました。「Aちゃん お帰り 早かったね ! で今日プール入った?」 今朝、出かけるときにプール学習に必要な健康調査カードに記入し忘れていて、慌てて体温を測り〇を全部の項目に付けて持たしたのでした。送り出した後も「でもなぁ 今日はお天気悪いから、プール学習はないよね~」そう思いながら・・・。 「う~うん 入らへんかった」「やっぱり 雨やったもんねぁ 」「違うねん みんなは入らはったん!お母さん、水着の下(今年から女の子の水着は上下に分かれているものになった) 袋に入れるの忘れてたから、なかったん!!それで・・・」彼女はちょっと不満げな表情でいう。「え!まさか、ほんと!!ちゃんとたたんで入れてあったと思うけど・・・」と慌ててAのプールグッズの棚を見ると、やっぱり、すっかり何にも入っていない。ふっと目を落とすとあぁ~ 机といすの間にちゃんと見にくく水着の下が落ちていた。「ごめんなぁ 慌てて入れたからきっと下だけ落ちてしまったんやな、ごめん」「良いねん プール、今日は深くて しかも寒くて みんな震えてはったし~~」やれやれ早く全部自分で用意するようになってほしいなぁ~~ 一番私があてにならないから・・・ね
2008.06.19
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朝起きたらいきなりお弁当づくりに突入し、8時小学生を登校班集合場所まで送ります。ただいま玄関先の夾竹桃の花が満開、毎朝外に出ると木の下は白い花のじゅうたんになっています。誰にも踏まれることがなければかなりの時間、その美しさを保つことができるけれど、残念ながら車たちは否応なしに通過していきます。短い命の花たち、私は真っ茶色のぺっちゃんこの集団になったらあまりにもかわいそうなので、なるべjく早い時間に掃いてやります。そのあと友人に昨日のブログ日記をメールで送信、ついでに届いているメールチェック!!洗濯は2回分ゆうに14,5キロ分はあります。時には3回分の洗濯物を慌てて、そして必死でそれを干し出かけられるのが9時40分ごろ。食器洗いも簡単な掃除も帰宅後に後回し・・・今日もそうやっていつも通っている教会に行きました。シスターFさんをお招きして「聖書深読会」の初めての日です。少しは慣れてきた私だけれど、今度の日曜の朗読の場所を読み、そのみ言葉を自分自身の心や日常生活の中に移し替えて考えていくことは簡単な時もあれば、かなり努力をしなければいけない時もあります。私たちの会は2時間ですが、一日や二日に渡って深くいろんな形(書き写す、問いかける、絵を描くなど)でみ言葉と触れ合うこともできるそうなのです。ゆっくり時間をかけみ言葉に集中することは、それだけで大切な心の訓練ではないかしら…と思えます。今日の深読を通して自分が思ったことを一つの動詞として表してみましょうというのが最後にあります。「真実を見つめる」 と私は書きました。この言葉は特別に深い考えがあってのことではありません。実は「信頼をもって生きる」と言おうとしていたら、前の方が先にそうおっしゃったのです。だからとっさに口から出てきたものがこの「真実を見つめる」でした。でも、生活のいろんな場面で私は感情や気遣いや社会の常識やいろんな尺度の中でものを見ています。「真実とは何か?」という問いかけをもって今日を過ごすことが、私には本当に必要なのかもしれませんね。
2008.06.18
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おかげさまで五女Aはその後何事もなく、本日は学校に行って水泳もし、帰ってからバレエのレッスンにも難なく参加してきました。見えない怪我は分かりにくいけれど、一応一段落ということになりそうです。皆さまご心配いただいてありがとうございました。日曜の本番の後そのメンバーで昼食をいただきながらじっくりとお話をし、昨日もそして今日も友人たちと話をする機会がありました。この頃毎日たくさんの話をします。昔から友人とお話をするのは好きだったけれど、今のようになるとは想像もしていませんでした。大抵、私にお話聞いて欲しいなぁって思って来られるみたいなんだけれど、そのお話を聞くうちにたくさんのいいヒントやすてきな言葉がその中に隠されている、てことに気づきます。結局人間にとって一番たいせつなものは自己肯定だよね。それさえあればちゃんと生きていける。私がほんの少し子どもへの態度を変えるだけで、あんなにも自由に自分のことを子どもたちが表現してくれるなんて、びっくりしました。父や母の至らなかったところこそが、私を大人にしてくれたんですよ。病気で体に自信のない私が、子どもたちとかかわれるということで、子どもたちのことが気になって仕方なくなっているの。つまり私でもほんとうに未来に楽しみや希望を持つことができる、てことなの。嬉しい!!一人ひとりの毎日の中に、こんなふうに宝物が隠されている。一生でどれだけの宝物になるのでしょう。それを分けていただいている私は、なんて贅沢な毎日だこと!!みんなに感謝です
2008.06.17
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朝、母から電話「今日、何の日か知ってる? おばあちゃんの亡くなった日、忘れないでね。今度の日曜日にお墓まいりに行くから、子どもたちに言っておいてね」うちの家では子どもたちの祖母にあたる私の母は「大ママ」と呼ばれ、子どもたちの曽祖母が「おばあちゃん」と呼ばれている。おばあちゃん(お津和さん)は、戦争中神戸の空襲で亡くなりました。B-29がやってきた時、隣組の申し合わせどおり、バケツに水を汲んで火を消そうとして逃げ遅れ、かなり大きなけがを負ってしまったそうです。治療の術もなく、母はお津和さんのそばに寄り添うことしかできませんでした。ご遺体を6月にほっておくわけにもいかず、途方に暮れている母に全く見知らぬ新聞屋さんがどこからともなく薪をたくさん持ってきてくださった。他にもほったらかしにされたご遺体を2体、そしてお津和さんの遺体をのせて母は一人でお津和さんたちを燃し、見送った。その日から母は家族の誰もいない、何でも一人で決めなくてはならない、18歳女の子になった。今、81歳になった母は孫が10人います。
2008.06.16
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先ほど、無事本番を終えて帰ってきました。ちょっと気がかりだったビートルズ曲は思いのほか良かったんじゃないかなっと思える半面、大丈夫と思っているクラシック曲の方が、普段の練習から考えればも一つだったかもしれません。今日の本番は緊張というような緊張は心には感じていなかったんだけれど、自分のいつもの練習の中で弓の使い方をかなり意識しているせいか、そういうところ(身体的)に緊張が現れて弓が揺れたりうまく扱えなかったりしました。人間て面白いものですね。いずれにしてもいろんな形で結局は緊張しているのです。やはり本番はどう考えても日常ではありませんからね。さて、今日はWとAの小学校の日曜参観日でした。Toさんは出張でダメ、私は本番ということで、ちょっと暇そうにしていた長男Aに代理で見に行ってもらいました。11時頃に携帯に 出張中のToさんからです。「1年のAが朝、学校で人とぶつかって転倒 脳しんとうを起こした模様、学校に連絡入れて下さい」きっとリハーサルをしていたので、学校はに私がすぐ出なかったので、Toさんに連絡入れてくれたのですね。すぐに小学校に連絡を入れると、どうやらおう吐もしたらしい。でも保健室の先生は念のため病院に行った方がいいと思うというご意見だったので、そこまでの緊急性はなさそうだ。じゃぁ、今学校にいる長男Aに病院に連れて行くように、と先生に伝言をお願いし、ちょうど自宅にいた二女M(看護学生)に「緊急の実習です」と五女Aに合流して病院に付き添うようお願いしました。彼女がいれば、大抵のことは大丈夫。私の本番はたったの20分。そして20分あればいざという時にはAのところに行ける。本番というのは何がしか起こるっというのがこのところの定番になりつつある私たちです。演奏中も特にAについての連絡は入らずどうやら大丈夫かな?病院ではCTをとったけれど、これっといって心配なことはなさそうだったということでした。頭を強く打ったときは最初の30分、3時間、9時間、一日、3日が大事とか聞いたことがある。Aちゃん、今日明日は暴れたらあかんで!!
2008.06.15
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母の友人の告別式に行ってきました。私が赤ちゃんの時から、母とずっと友人であった方です。 母はおばちゃんの、私はお嬢さんのお古をいただいて大きくなりました。とてもすてきな一品物で仕立てられたようなものばかり・・・、全然お古ではありません。おばちゃんは優しい気持ちでいつも私たちに接してくださっていた。お金があろうと無かろうと等しい人間としての関わりを伝えてくださったおばちゃんは、今日とってもきれいなお顔でみんなに最後のご挨拶をしてくださっていた。その帰り立ち寄ったサンパウロ書店で「そよ風のように生きる」バレンタイン・デ・スーザを買いました。その最初のページで見つけた言葉私たちがこの世に残すことのできる最も貴いものは、優しさです。まさしくおばちゃんの最後の日にふさわしい言葉でした。
2008.06.14
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6月になって、小学校の委員会も活動しだしたし、教会も新たなシステムになりつつあるし、私自身の活動もだんだん増えてきて、スケジュールがビシッと詰まってくるようになりました。昨日も朝友人の読書会に伺い、午後から自分の練習時間、夕方のレッスンは水曜日に動いたので、空きになったっと思ったら、Wが歯が痛い。以前治してもらった歯が痛んでいるようで、Wは新しいH先生の所に行き予約の隙間に入れてもらって応急処置をしていただきその間に、友人のところに本を持っていきました。つい、ついです。ゆっくりしてしまって友人が送ってくださったのは18時を回っていました。車内で「今から夕飯作ったら7時半ごろに出来上がるかなぁ」なんておしゃべりしていたのです。実際、予定通り7時半ごろにできる感じでした。7時23分 ピンポ~~ン「え、今頃何かな?Hが宅配頼んでいた?」インターホーンをとると、「こんばんわ!」あぁ~~すっかり忘れていたよ、 今日は「森のクァルテット」の最終練習日だったんだ!!と思ったとたんにどっと疲れてしまった。12日は「森のクァルテット」て何度も確認しているのにその直前になって忘れてしまっているなんてね!!実は15日が本番、今週は月曜も練習しそして昨日の木曜、プラス当日朝の練習クァルテットで週に3日も練習したらものすごく うまく音程もタイミングも良く合うような気がするなぁ今度の演奏は会議の後食事に入るまでの20分ほどの間の気分転換の間奏プログラムはクラシックの小品2曲とビートルズの曲2曲を選びました。クラシック部門は和音を作るのが難しくて(ちょっと凝った編曲なので)、苦労しますが曲づくりは全く問題なくできます。ところがビートルズはとても曲作りが難しいのです。すぐに堅い遊びのない音楽になってしまう。 慣れていないというのは本当に恐ろしいことです。それも耳コピするならもっと自由に弾けるのだろうけれど、楽譜という形になっているものから読み取って音にすると、却って揺らぎやリラックス要素を組み込めなくなってしまうのですね。でもだんだん慣れて、自分たちも楽しめるようになってきました。さぁ、本番までもう一息、みんなで頑張ろう!!
2008.06.13
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先日お電話をいただいた。「Wちゃんと幼稚園の時ご一緒だったKaの母Yoです。お久しぶりです」Yoさんは本が大好きで、Wが幼稚園にいるころから英語の教室を開きながら友人たちと月一回集まって読書会を開いておられた。「まだ、読書会続いているんですよ。またぜひ遊びに来てくださいね!!」そう御誘いを受けて、今日行ってきました。集まっておられるメンバーは:全く初めてのSさん、実はその私の友人ととても親しくされていました。五年前にこの会にちょこっと顔を出した時にお会いしたMさんは、私の高校の同級生だし、Oさんはうちの長男が幼稚園に入った時の先輩、Suさんは長女、二女、三女がバレエをしていた時に、お嬢さんたち(双子ちゃん)も一緒に踊っていました。そして初めての方Ymさんも「あら、さっちゃん、うちの子もちょこっとご一緒にバレエさせてもらってたんですよ。ちょうどカナダから帰ってこられて~~って言っておられたわぁ」え~全く気がついていませんでした。おいで、おいでって御誘いを受けて出向いていくと、そこで出会う方々は必ずと言っていいほど何かのつながりがある。それなりに大きな町なんだけれど、「人のネットワーク」てすごいなぁ
2008.06.12
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ベストカップルの続きを・・・ 私にとって一番のなぞはどうやってその相手が決まっていくのかってことなのだけど、こればっかりは理屈じゃないなって気がします。自分のことだって良く分かっていない、そんな時に自分にとってベストな相手を決めることが出来ると思えないし、もし自分にとってベストでもそれが相手にとってもベストでなければ、何の意味もなさないのだから・・・。赤い糸でつながっているのか、それとも全くの偶然なのか、若い人間には超能力が働いて自分の伴侶を見分けることができるのか、それともほとんどどんな相手でも伴侶にできるほどの応用力があるのか・・・?本当に不思議ですさて、子育てに邁進する毎日から一歩足抜けした私たち。これからはさらなるベストカップルを目指して生きる、ていうのもいいなぁと思う。互いの必要を補うだけではなくて、こちらから力になってあげられることが探せたり、どっちがいい?って訊かなくても、ちゃんといいものが選べたり、未来の夢を楽しく語れたり、体の不自由や病気に怯えないで、しっかり互いを見つめ合えたらいいな!!
2008.06.11
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今日は友人との会話の中で、ベストカップルという言葉が出てきたので、そのことをちょっと考えてみようと思う。我が娘Mが私たちのことを「ベストカップル」と呼んだことがきっかけで、いつの間にかそういう言葉を私自身も使うようになったというのが本当のところ。そしてこのことについてToさんに確認したわけでもない。全く当たり前のことだけど、人間だれしもいいところも悪いところも持っているわけだから、そんなどのカップルよりも仲良く「すべてが100点満点の私たち」なんてことがあるはずがない。じゃぁ私が感じているこのベストカップルってどういうことなのかなって考え始めたら、すぐに答えが出てきた。つまり、この組み合わせ、Toさんと私の間で、今ベストな状態が作られている、と思えること、ただそれだけのことだった。私たちも最初からべストカップルだったかどうか?て思い出してみると、やっぱりそうではなかった時がいっぱいあったと思う。もっとこうしてくれたらいいのに・・・てToさんに何か求めていた。そしてこれからもこのベストカップルがいつまで続くかわからない。でもせっかくだから、できるだけ保てるようにしようと思う。そのためには何が必要?不要?あ、不要なもの発見 伴侶の成熟度判定必要なもの ユーモアと大らかさ、許し合える寛容さ 正直でいる勇気も・・・ かな??
2008.06.10
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朝は幼稚園で園長先生の「人智学を学ぶ」がありました。どんなに急いで朝の家事をしても、どうしても遅れていく私。帰ってからに家事を回したら、というご意見もあるだろうけれど、帰ってからも予定があるから、それもできない現状です。もちろん園長先生もそしてお母さんたちも私が遅刻することは心広く許してくださっているんだけれど、私自身が、最初の30分が聴けないのがとても残念。今日到着した時はお母さんの自己紹介ももう3分の2は終わっているところだった。それでも少しは聞けて幸せ。このところみんながどんな気持ちで過ごすことができたのか、どんなことに引っ掛かったのか、子どもたちが何に興味を持つようになったのか、さまざまなことが自己紹介を通して、私の心の中に入り、笑ったり、悲しんだり、うんうんとうなづいたり・・・こういうときには必ず感心するような言葉の表現に出会ってとても驚くのです。今日は先生からその言葉が生まれました。20で亡くなられたお姉さんのことを回想されながら、「亡くなるということは、死という新しい生なのですね」この言葉は確か哲学の中で死というものをどうとらえるかっというときに、「肉体を持たない新しい生が死である」と考える人たちがいるというのをどこかで読んだような気がするけれど、私が感じる「死」と全く一緒だったのでびっくりしました。先生は今も一番困ったことは心の中でお姉さんに相談するのだそうです。私もその先生の言葉に引きずられて思いました。ぽっぽがいつも子どもたちを守ってくれていると思っていたけれど、最も引っ張ってくれていたのは私自身だったのだ、てことなんです。私の選ぶ道はこっち、こっちだよって 言葉ではない言葉で導いてくれる。だから私はたいした不安も怯えもなく、ここまでやってこれたんだ。一番守ってくれていたのは私だったのですね
2008.06.09
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土曜日は私にとって週末でありたい日。平日、うも言わさずがんばっていけるのは週末という日が待っていてくれるから。かといって、どれだけ休日らしい休める時間があるのかというと、決してそんなことはない。良く考えてみれば、お弁当がないだけで朝から晩まで何がしかで動き回っている。我が家族たちもそれぞれの週末が待っている。今回は長女とToさんが朝早くから一泊の予定で出かけた。毎日の仕事で疲れがたまっているだろう長女が週末に遠出するのはどうかな?と思うけれど、本人はそれがあるから平日頑張れた!!とでも言いたそう。二男は土日ともどっぷり部活動で、四女もバレエの練習が入り、三女は初ライブに挑戦でした。新歓ライブなんだけれど、一年生から卒業した先輩たちまでみんながいろんなユニットを組んで出演。午後から夜まで何時間も続くライブだったそうな。「私たちのグループは『一年の割にはなかなか良いよ』て先輩に褒めてもらったんやけど、一年生はほんまにまだ種なんやってことがようわかったわ。大学院の先輩やOBの演奏はプロ顔負けの人たちで、聴いていてもわくわくするし、何年かしたらあんなふうになれるかも、と思うとすごい励みになる。よかったよ~~」来年は日程を合わして聴きに行ってみたいなぁ。二女はまた一つの実習が終わってほっこり、まさにのんびりとした週末を迎えている。しかし長男には週末はない。いつも今日があって、明日があって、締め切りがある。わたし?今週ちょっとしたトラブル発生を感じてお医者さんに診てもらった。私のスケジュールを聞いたドクターは、一日の内でほっとする時間をスケジュールに組んでくださいね。このところずっと頭の中から抹消されていた「休憩」という文字をさて、6月9日のどこに入れようかな??
2008.06.08
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Kちゃんのことを考えている。するとそれは自然に私のポッポのことを思い出すことになる。たった一人で悲しみの海の中にいることが多かった。一日の大半の時間はその海の中にいた。静かで、誰にはばかることもなく涙を流し、ポッポのことを考える時間をいただいた。彼のいない時間を私が、私たちが、どのように生きていくことができるのか、どのように生きてほしいと彼が願っているのだろうか彼にとって私のお腹にいたことは、どんな体験になったのだろう私たちは彼にふさわしく生きていた?彼が今どのように生きているのか、手の届かないところで、でも確かに生きようとしているのか、それは心地よい、心に平安をもたらしてくれるところのはずたとえ、見ることも触ることも声を聞くこともできない存在になったとしても、互いの絆がなくなってしまうのではないはず・・・そんな言葉にならない思いを心の中でめぐらし描き、広い空を見上げて、空の中にポッポへの思いを解き放っていたと思う。慰めを必要としない自分だけの時間がどれだけ大切かよくわかる。思いがけない大きな悲しみを前にした時、その悲しみに理由はいらない。悲しみにも愛にも理由はない。人間の計算から離れたものだからこそ、土を潤す水となって新しい何かを育んでくれるのだと思う。(参考)ポッポは私たちの第一子、31週で生きることをあきらめなければならなかった子。我が家の魂の長男で天使でもある。
2008.06.07
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一昨日、夕方早くに幼稚園の前の担任の先生からお電話がありました。卒園したのにお電話があるなんて今まで一度もなかったことです。「あの、悲しいお知らせなんですが、A(五女)ちゃんが青バッチさんの時に一緒だったKくんが急に亡くなられて・・・今日お通夜、明日が告別式だそうです。同じクラスではなかったけれど、Aちゃんはよく遊んでおられたので、覚えておられると思います。」 詳しいことは分からないそうですが、心臓病か何かで急に亡くなったとのこと。本当についこの間、みんなで卒園式の練習をして、思い出のアルバムの歌詞を考えて・・・先生方やたくさんの友人たちといっぱいいっぱい握手して卒園したところなのに・・・きっとお父さんお母さんと張り切って入学の準備をし・・・嬉しい気持と緊張した気持とを織り交ぜながら、かっこよく入学式に参加しただろうに・・・新しい先生と子どもたち、だんだん仲良くなって、お友だちの家にも遊びに行くようになっていただろうに・・・ こんなに早く彼の生活が途切れてしまうなんて!こういうことはある確率であるんだということは分かっていても、他人である私でさえつい「何で?」と言いたくなってしまう。ましてやご両親のお気持ちを考えると・・・厳しい辛いものがあります。連絡をいただいて、Aを連れていくかどうか迷いました。直接体験するには大き過ぎる波かなっと思えたので・・・。遊びに行ったAを友人宅に迎えにいった帰り道、AにKちゃんのことを伝えました。彼女はその子がどの子かすぐには分からない様子、でも自分が一緒に遊んでいた子が死んじゃったということを聞いて、「かわいそう」と私に抱きついてきました。自宅に戻ってアルバムを取り出し、この子だよって見せると「あ!一緒にいっぱい遊んだ。ちょっといたずらしはんねん。A、Kちゃんのとこ行くわ。ちゃんとお別れして、お祈りする」そうだったね。Aは私より肝心のことが分かっている。Kちゃんのこと大切に思っているから、最後に会いたいし、バイバイもしたい。Kちゃんの為にいっぱいお祈りもしたいよね 二人で支度してお通夜にお伺いしました。幼稚園でご一緒だった方々もたくさん来られているし、もちろん先生も皆さんおいでになっています。Aは先に御焼香を済まされた先生がものすごく悲しんでおられる様子を見て、彼女もその悲しみの大きさと深さを察してお部屋に入る前からずっと私にくっついていました。お祈り・・・そしてバイバイ・・・Kくんのママはわざわざ立って、ありがとうって言ってくださった Kちゃん、これからもみんなのところにきて、一緒に遊ぼうね心の中でいつでも遊べるよね
2008.06.07
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朝から、PTA新聞作りの研修会(全2回で完結)です。新聞社の編集部編集委員の方が講師で来てくださって、お話を2時間してくださいました。長年編集に携わってこられたベテランの方ですが、全くのど素人の私たちにわかるよう、詳しくしかしスピーディーに学校新聞の制作の仕方について伝えてくださいます。ここに来るまでは、うちの学校の新聞はかんた~~んに作られていたので、気楽に思っていたのですが、教わることはものすご~~く本格的で心の中で「ちょっと、うちの学校新聞このままでいいのやろか・・・?」なんて思ってしまうのです。参考に、と配ってくださった今まで作られたPTA新聞のサンプルたちも、すごくかっこいいのやらユニークなのや、ユーモアに富んでいるものやら・・・・こんなものを目にすると、いいもの作りたいなって気がしますよねまぁそれが、このセミナーの目的だと思うのですが・・・そんなわけで、今から少し7月号のラフレイアウトなどを頭で考えてみようかなって思っています。ところで、せっかくだったので、「この前先生方の写真の掲示を断られてしまったのです。そういうことは一般的にはどう考えておけばいいのでしょう。」とお聞きしたら「基本的には肖像権というものを主張されることはあるのですが、写真はあまり個人情報とは言わないんですけれど、それに校内だけのことですしね。先生の紹介に写真がないとなると、ちょっとさびしいですね。せめて似顔絵でも入れられたら・・・」実は似顔絵も断られちゃったんです・・・(しょぼん) 人が嫌だなって思うことはできませんから、もちろん了解された範囲のことをしていくつもりですが、あまり縛られず、自然にやっていきたいです
2008.06.06
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三女Kはなかなか大変な学科にいます。実習の講座で絵を描いたりデザインをしたりするのが、一週間に2つあります。ともに毎回課題が出され、期限までに作品を提出することになっているのですが、一回たりとも提出時間に間に合わなかったら、その場でその講座の単位は没になるという、大変厳しい講座です。だからと言って手抜きなものを提出しても、やはり課題を満たしていないということで、それも没!描くことの好きなKにとってはまたとない素敵な時間ですが、課題に沿い、なおかつ自分が満足できるようなものを提出期限までに完成させるというのは至難の業。課題に間に合わせるために、毎週のように完徹(一睡もしない徹夜)の日があります。他にも毎回テストのある講座もあるし、間もなくクラブの初めてのライブコンサートを控えていてその練習も大変。何しろ、全くの初心者といっていい人が、聴衆の前でトランペットを演奏するというのですから・・・。2週間ほど前のことだったと思います。とても悩まされる課題「壁紙や包装紙のような連続模様の作品を作る」、と「見てトリックを感じる作品」、たとえば同じ大きさのものなのに、背景の描きかたで違った大きさに見えるというような錯覚を起こす作品を作る、という課題がありました。その構想やアイデアに至るにもとても時間がかかってしまい、おまけに先輩のライブコンサートの打ち上げで気前よく夜中まで付き合っていたりしたから、本当に時間がなくなってしまったのです。いつもKは徹夜になりそうなときリビングに毛布と枕を持ち込んで、作業にかかります。端っこには栄養ドリンクも置いて・・・ 私なんてそんなもの未だ飲んだことはないというのに、長男Aにどれが効果的とか味は?なんて聞いて情報を仕入れ、知らぬ間に10本セットが買いこまれています。まだ下書きに少しバックの色が塗られた状態です。一晩かかってどこまでできるのでしょう。朝起きてみると、もう学校へ行く準備をしているKがそこにいます。疲れた顔ではあるけれど、私の顔を見るなり「見て見て、ここまで塗れた!」背景のワインレッド、それに蔦?(茎と葉っぱ)は濃いめのグリーンが塗られていて、花やつぼみはまだ色がさしてありません。この二つの色を補色というのでしょうか?互いに反発し合って眼がチカチカしてきます。色を施していない真っ白な部分があるから余計なのだろうけれど、「この組み合わせ大丈夫なん?」って思わす口に出してしまいました。せっかく完徹して塗った色にケチを付けられたKはちょっと溜息!私は即「花とつぼみの色によっては大丈夫かもしれんな~~」とホローを入れました。最も彼女も言われるまでもなくそのことは分かっているのだけれど、はっきり口に出されたものを耳するとガクンとするんですよねなんでも「良い、良い」なんて言っていたら、ちゃんと見てくれてないと言ってすねるし・・・、素人の私が見てやるというのも難しいものです。学校の空き時間に少しでも塗ろうと作品を持って行くつもりがその日は雨で、わぁ~~画板のカバーにもカバーをかけないといけないほどだし、「不運」とこぼしながらもがんばってバス地下鉄登校しました。一日を終えて夜に帰宅したKはさすがに疲れた顔、それでも「お母さん、今晩も完徹になると思うわ・・・」「へ、それは無理やろ。昨晩一睡もしてないし、二晩も全く寝ないで普通に通学するのはあまりにむちゃ!」「でも、やるしかない。明日正午が締切なん」まるで漫画家さんのようです。前日の如く、しかし栄養ドリンクは何本も置いて、耳にはイヤホーンを付けて・・・花はどの色がいいか?とまた私に聞いてくるから、もうちょっと薄いほうがきれいかも…などなどちょっとコメントして、 「とにかく、なるべく早く仕上げて、少しでもいいから寝てね」と言い残して寝に行きました。そばに居てやりたいけれど、いればいるほど、私にあれこれ聞いてくるから、さらに時間がかかる。その夜、彼女は睡魔と闘いながら、筆を進めましたが、ふっと気がついてみると、描いている花が笑っているのだそうです。え、なんでこの花笑ってるの?そう思うと、つい自分の腕が勝手に笑った顔している花を描いているぎょっとして、違う違う、いったい私は何しているん!普通に塗るの、そう隣にある花と同じように・・・翌朝起きてみると、Kはダレッとソファに体を横たえ身動き一つしません。作品の方は90%の仕上がり。まだやらないといけない。でもあの補色チカチカ現象は見事にクリアーされていて、すごくすてきなパターン模様が作られていました。ぬさっ、フラッと起きてきたKは憔悴している様子。「今から自転車で学校に行って最後の10%を塗り、12時提出に間に合わせます。Hちゃん(長女)この眼の下のクマ、なんとか隠すものない?」「ハイハイ、Kはもう少し手を抜いて自分の作品を自分らしくする方法を見つけないとね、そんなんじゃ、もたないよ!!」常に期限に追われる仕事をしている先輩からの厳しいアドヴァイス付きでコンシーラーが渡されました。ちゃんと学校にはたどり着け、期限にも間に合って提出できたそうです。若いとはいえ、こんな毎日を送るKにはハラハラさせられます。
2008.06.05
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先週末から私の姉が実家に帰ってきていました。でもちっとも一緒にお話しする時間がなくて・・・。昨日電話があって、今日のお昼を一緒に外で食べようと約束をし、お昼頃出先から実家に行きました。父と姉が先に家を出、ちょっと遅れて玄関を飛びだしたら、幼稚園バスでご一緒だったOさんとHさんにばったり!そうか、今日は水曜日だから幼稚園はお昼までなんですね。お二人は幼稚園バスのバス停に向かっておられるところだったのです。お話ししながら数十メートル先の方に行く姉と父にOKと合図を送ると、一緒にいる二人が「えっ」て顔をするから「私の姉なんです」「へ~~ やっぱり!!さっちゃんと後姿が一緒で 最初はあれがさっちゃんだと思っていたら、すぐ横からさっちゃんが出てきたからびっくりしたんです」実は今までもToさんが「Y家(私の実家)の血は濃し!」と何度云ったことでしょう。7人の子どもたちの姿かたちは本当に実家の流れを感じずにはおれません。我が兄姉妹ならなおさらということでしょうか・・・今日は私自身も驚きました。実家の玄関をピンポ~~ンとならして出てきた姉がなぜか私の持っているスカートと同じものを着ています。「ひょっとしてそれ妹のスカート借りてるん?」妹は父母と一緒に住んでくれていて、うちの家とは目と鼻の先です。だから同じお店で買っている可能性もあるかな?と思ったのですが、返事は「いいや、私のスカート。しかも自分の家(関東)の近所で買ったんだけど?」「ほんと」同じ血ってすごいですね!!
2008.06.04
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夕方、6歳のAの白グループと続けて10歳のWの赤グループのバレエのレッスンが幼稚園でありました。白クラス(レオタードが白)のメンバーは幼稚園時代の友だちです。それぞれ新しい小学校に入ったので、バレエの時間に幼稚園に集まり、ここでお互いに会えるのがとても嬉しい子どもたちです。レッスンが終わると、ちょうどお腹が「はらぺこあおむし」のようになり、みんな家から持ってきたちょっとした小さなおやつを取り出します。それぞれの子どもたちの持っている袋には、それぞれのおやつが入っています。でも「これあげる」て誰かがあげると、「じゃぁ、私もあげる」とそれぞれにいただいたおやつを自分の袋に入れていく。たくさんのおやつ交換をしているうちに、手元のおやつの中身はいろんな種類になっていって、そしてどの子の袋も同じものになっていくんです。アップにまとめた髪形もちょっと早すぎるように感じるまだまだ幼児体型のぷくっとお腹の出た彼女たちには、レッスンの後のおやつが何より嬉しいのかもしれないですねそんなこんなしながら、電車に乗って夕方の風景の中をAと私で歩くのが最近の火曜日の過ごし方なんです。歩きながら、Aが言いました。「あのな、紅茶やコーヒーに一番合うものって何か知ってるか?」「う~ん、ミルク」「う~~ん、ちがう!」「じゃ、チョコレート」「おしい!ケーキとかクッキーで~す」「あぁ えらい普通な答えやな」「あのな、Aな、 そういうのをあの信号の近くの石の上に塩おいたはる家で売りたいの」「う~んと、石の上に塩?あっあの和菓子屋さん?」「そう、あの和菓子屋さんにAの作ったケーキとかクッキーとか並べて売りたいの、どうしたらそれできる?」「えっと~ まずAがもう少し大きくなってケーキとかお菓子とか作る学校に行って作り方を覚えて、みんなが買いたいなっていういい身体にもいいお菓子が作れるようになったら、あの和菓子屋さんに、Aのお菓子置いてもらえるかどうか頼んでみたら・・・?」「Aが大きくなるまで、あの和菓子屋さんあるかなぁ~~」和菓子のお菓子屋さんは私の子どもの頃からあった店。今はちょっと近代的な和風な感じのお店構えです。Aはそんなところが好きなのかな?
2008.06.03
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急に招集がかかったPTAの委員会去年まで許されていた校内新聞に先生方のお写真は載せないで!とのお達しが来たからです。昨今のこと、個人情報の管理の問題がその主な理由なのだけれど、大きく空いてしまう紙面をどうカバーしようかしらということでした。その件に関してはイラスト等で…と簡単に話はまとまりました。あるお母さん「TVでやっていたんだけれど、子どもたちが自転車乗る時、本当にヘルメットがあるかないかで大変な違いがあるんだってね」「そうそう、頭さえ保護できていれば、植物状態にあったり命を奪われたりしなくて済んだケースは相当に上るらしいねぇ」 このあたりは大学が近い、高校もいっぱいあるということで、朝の登校の時間は自転車は大変な数になって、しかもすごいスピードを出して通過していく。これで事故が起こらないなんて、奇跡的としか思えない。我が家の子どもたちにもいつもヘルメットをつけるように言うのだけれど、高校以上の子どもたちは暑いだの、髪形が乱れるだの、行った先にヘルメットの置き場所がないだの、なんだかんだと言ってかぶっていかない。かっこいいヘルメットいくつも家に転がっているというのに・・・4年生のWにはヘルメットなしの自転車は全体許さないといい渡してあるから、彼女はたいてい歩きで友人のところに遊びに行く。実は私も結婚してからほとんど自転車に乗ったことがない。 それはToさんの一言から「子どもを連れているときは絶対に自転車乗らないで!ちょっとしたことで子どもはすぐに頭をやられるからね」私のそばにはいつも小さな子どもが何人もいた。だから必然的に私は自転車に乗らなくなった。今は子どもがいない時間もあるけれど、それでも乗らない。歩きは一番いいエキササイズだから!!だからみんなで、ヘルメット着けようを声を大にして言いまくろう、ということになった。ヘルメット着けているってかっこいい!!
2008.06.02
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昨日のSちゃんに会いました。きっと体調が良かったので、ご主人の車で、教会にきて下さったのですね。彼もとってもすてき笑顔です。二人の表情を見ていると、Sちゃんにとってのこの一週間が見事に充実したものであったことがよくわかります。第一歩くスピードが違います。前に行かないとではなくて、自ら風を切って歩いている。「この私を止めることができる人はいない」とみんなに思わせるほどの軽やかさです。急にSちゃんの筋力が倍増したわけでもないのに・・・。会うとすぐにSちゃんは小さな袋を取り出し、その中に忍ばせてあった「うさこのストラップ」を私にプレゼントしてくれました。それがあまりにもかわいい。しかも彼女は10分で作ったの言うのです。白と赤いくみ紐と木の大きめの玉、足に着ける赤い玉2つだけでできています。「ね、これ、子どもたちも作れる?小学生たち?」Sちゃん「うん。できると思います。紐も太いし、結ぶってことさえできれば30分もあれば」「じゃぁ、Sちゃん 日曜学校の講師で、今度教えに来てくれない。きっと子どもたち喜ぶと思う。それに上手に出来たら、バザーにだって出せるよ」Sちゃん「やるやる。こんなことでよければお安いご用」何でも店にはキットで売っているということらしいので、さっそくご主人に送ってもらって二人でキットを買ってきました。今までよもやSちゃんと一緒にお買い物ができるなんて、考えもしたことがなかったシーン。別れ際にふと思いつきました。「ね、普通の日に二人でここでデートしよか。」「うん、ここなら来れる、割合近いから・・・」早速スケジュールノート出して日付までお約束しました。Sちゃんの生きる実感、ビシビシ決まってます。
2008.06.01
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