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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------ほしかったら、近づきなさい。もし、食べたいお菓子があって、それが、遠くにあったら、あなたは、どうしますか?近づいて、手にとって食べますね。何の問題もないでしょう?先日、友人から相談を受けました。「やりたいことがあるのだけれど、 自分には無理だと思う…」そう言って、いくつも、できない理由を並べるのです。途中で、思わず笑ってしまいました。 (友人には叱られましたが)(^^ゞそして、私はこう言いました。「300メートル先に 食べたいお菓子があるとしたら、 望遠鏡で300倍にして見ても、 食べられないのよ」 このたとえ、けっこう気に入ってます♪「ほしかったら、近づきなさい」今日のメッセージは、とてつもなく、シンプルです。だって、それしか、こたえはないんですもの。あなたが超能力者なら別ですが、ほしいものがあるのに、離れたままで、黙って見ていても、それは、けっして近づいてはきません。仮に、近づいてきたとしても、あなたのそばを、通りすぎていってしまうでしょう。だから、あなたから近づくのです。あなたから、声をかけるのです。あなたから、つかまえるのです。すべて、あなたからはじまるのです。何を怖れることがあるでしょう。あなたは、いま、そうして生きている。それは、あなたが、あなたの力で、あなたの人生を生き抜いてきたあかしです。あなたには、それだけの力があるのです。いいですか。繰り返しますよ。あなたが、どれだけ自分を過小評価しようと、あなたが、いま、生きているということは、それだけで、おおきな価値なのですよ。だって、いかなる理由であれ、人生の途中で、生きるのを終えたひとは、たくさんいるんです。でも、あなたは生きている。あなたには、それだけの可能性があるんです。その、あなた自身を信頼するのです。あなたの足で、一歩を踏み出してください。ほしいものに近づくための、第一歩を。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第635号(2005年7月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「まかせる」という責任。演劇部の指導をしていたときです。久しぶりに稽古を見にいくと、進行が大幅に遅れ、本番まぢかというのに、そろうべきものもそろっていません。演出さんに聞きました。「なぜ、この用意ができていないの?」演出さんがこたえました。「それは、○○(部員の名前)に まかせてありますから」その瞬間、私は思わず、語気も強く、こう言ってしまいました。「まかせるというのはね、 本当に信頼をするということだよ。 本当に信頼して、まかせて、 その結果、できないときには、 演出のあなたが責任をとるってことだよ。 まかせてあります、知りませんでは、 演出の仕事にはならないんだよ」ちょっときびしかったかもしれません。実際、そのときの演出さんには、私のことばは、充分には、理解できなかったと思います。そして、あとから振り返って、私が言ったことばは、まさに、私自身に向けられるべきことばだったと気がつきました。そう、私は、その演出さんにまかせていたのです。なのに、本番近くになって、ようやく稽古を見にいって、まるでできていないことに愕然としたのです。だとしたら、本当の責任は、私にあったのです。その演出さんの力量や経験を考えたなら、もっと事前に打ち合わせをしたり、途中経過を確認すべきだったのです。それをしないでいて、いきなり結果だけを見て怒ってしまったのですから、こんな理不尽なことはありません。「まかせる」という責任の重さを、あらためて思いました。本当にまかせたときには、最後まで信頼するのです。結果がどうであっても、潔く受け入れるのです。それが、「まかせる」という責任なのです。そして、信頼できないのであれば、まかせるなんて言わずに、いっこいっこ、きちんと、一緒にやっていくことです。そのほうが、ちゃんと、まかせることができるようになるのですから。あなたも、「まかせる」ということばを使うときには、このことを思い出してくださいね。「まかせる」という責任を、どうぞ、かみしめてみてくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第634号(2005年7月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------排除はしない、という原則。あるワークショップでのこと。その日、参加者は、予定していた三十人を大幅に超え、六十人近くに達していました。そのなかで、大騒ぎしているのが、数人の、小学生の男の子たち。なかには、私が説明をしているときに、首っ玉に飛びついて、大声で叫ぶ子もいます。(おいおい…)たぶん、スポーツ系の練習などでは、こんなことはありえないでしょう。場合によっては、「即刻退場」なんてこともありえるかも。(^^ゞ表現のワークショップのときだって、本当は、おとなしくすわって、聴いてくれるほうが、楽なのです。でも、その子たちは、少なくとも、来たくて、ここに来ています。表現のワークでは、自分らしさを大切にしています。その意味では、その状態の彼らは、充分に自分らしいんです。だとしたら、彼らがワークに参加できる仕掛けを考えるほうが大切なんです。彼らが彼らのままで、みんなといっしょにやっていける方法を考える。そう、排除はしない、という原則です。素直にワークに入ってこないのには、彼らなりの理由があるのです。女の子たちにまじって表現するのが、恥ずかしいのかもしれません。エネルギーが余っていて、おとなしく、集団におさまっているのが物足りないのかもしれません。だから、手を変え、品を変え、ようすを見ながら、進めるのです。いま、楽しんで参加しているメンバーの気持ちを大切にしながら、いま、入れない(入ってこない)メンバーにも、きっかけを提供するのです。こんなゲームを、やってみない?こんなやりかただと、どうかな?ときどきは、「入りたかったら、いつでもいいよ」と声かけしながら。するとね、必ず糸口が見つかるんです。一から十まで参加しなくたっていい。十のうち、一だけだっていい。受け入れあって、ともに楽しめる、そんな時間を共有してもらいたい。そう願って、糸口を探しつづけるんです。ワークのなかに入ってきたとたん、彼らの表情が変わります。最初は、うしろのほうにいたのに、いつのまにか、最前列に来ていたりします。排除してしまったら、そんな体験はできないんです。彼らもまた、揺れ動きながら、ともにあるための体験を重ねているのです。排除はしない、という原則で、彼らの成長を見守りたい。そんな子どもたちに会うたびに、いつも思うことなのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第633号(2005年7月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------楽じゃないけど、楽しいんです。「楽しくやろうね」子どもたちと、劇をつくっていくとき、私はいつもそう言っています。ところが、一歩間違うと、子どもたちは、この言葉を勘違いしてしまいます。たとえば、大道具をつくっていくとき。中学校演劇ですから、予算も技術もかぎられます。脚本が要求しているような装置を、つくれないこともあります。そんなとき、どうするのか。「これは無理だから、なしにしよう」とか、「もっと簡単に処理できるように、 この場面の設定を少し変えよう」と変更することも可能です。でもね、そういう発想になったときって、たいていは、お客さんのことを忘れているんですね。脚本が指定しているその舞台装置は、何のためにあるのか。お客さんに何を見せたいのか。何を楽しんでもらいたいのか。「舞台って、夢の世界なの。 お客さんは、夢を見にくるんだよ。 時間を使って、ときにはお金を使って、 わざわざ、ここに来てくれるの。 その、お客さんの楽しみを こわしちゃいけないのよ」私はいつもそう言っています。それでは、どうしたらいいのか?この予算で、この技術で、でも、最大限にお客さんに楽しんでもらうために考えるんです。あれこれと、いろいろな工夫をするんです。そう、楽なんかしてちゃいけないんです。で、ね。そんなふうにつくる舞台って、大変だけど、結果的に、絶対におもしろくなるんです。お客さんが喜んでくれるんです。そしたらね、自分たちも、楽しくなってくるんです。つくるのは、楽じゃないけど、その、楽じゃないこともふくめて、まるごと楽しくなってくるんです。ねっ、わかるでしょ?楽じゃないけど、楽しいんです。楽じゃないから、楽しいんです。そんな体験を乗り越えたあとって、子どもたち、本当に、きらきら輝いて見えますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第632号(2005年7月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あなたに語りかけているんです。話しことばと、書きことばはちがいます。これ、わかりますよね?書きことばをそのまま読むと、それが自分の文章であっても、いつもの話しかたにはなりません。どこかぎこちないものになりがちです。でも、話しことばのように、声に乗せられる書きことばが、実は存在するんです。それが、「せりふ」です。この「今日のフォーカスチェンジ」は、エッセイのようなかたちをとっていますが、私にとっては、「せりふ」と同じなんです。そして、「せりふ」とは、誰かに話しかけるためのことば。そう、私は、文章をとおして、あなたに語りかけているんです。だから、私の(この)文章には、三人称は存在しません。いるのは、ことばを発する私と、ことばを受け取るあなただけです。たとえ、千人の読者さんがいても、受け取るのは、いつもひとり。千人の「あなた」が、一人ひとり、個別に受け取るのです。そして、「せりふ」を書くときに大切なことは、「呼吸に乗せる」ってことなんです。書きことばの文章を、声にしたとき、どうしてもぎこちなくなるのは、呼吸を意識していないからです。頭のなかで書かれた文章は、どんなに長く書いたとしても、呼吸困難にはなりません。(笑)でも、話しことばはちがいます。必ず、息継ぎを必要とするのです。私の文章が、話しことばのように自然だとするなら、それは、呼吸のリズムをくずさないように書いているためだと思います。そして、そのリズムもまた、あなたに語りかけているからこそ、自然に生まれてくるんです。(それが「せりふ」というものなんです)おわかりいただけましたか?あなたが文章を書くときには、ぜひ、このことを意識してみてくださいね。ことばは、せりふ。誰かに語りかけるためにあるものなのだということ。それを、自然な呼吸の流れのなかで、伝えてみてほしいということ。相手の、受け取る印象が、変わってくるかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第631号(2005年7月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------その問題のおかげで、何をしないですみますか?以前に受講した心理学系のワークショップで聞かれた問いです。「その問題のおかげで、 何をしないですみますか?」問題があって悩んでいるときでした。解決して、前に進みたいと思っているのに、「何をしないですみますか?」だなんて…。でも、次の瞬間、はっとしました。確かに問題は目の前にありました。そのために、苦しんではいました。でも、その問題とかかわっているかぎり、私は、新しい局面に進まなくてすみました。予想される未来は、必ずしも明るいものではなく、こころの深い部分の私は、本当は、前に進むことを怖れていたのです。問いは、その怖れの存在を、あきらかにしてくれました。私は、そこで、怖れと向き合い、怖れをまっすぐに受け入れました。受け入れることで、怖れは、怖れではなくなりました。 ひとは、あきらかに見てしまうと、 怖れを感じなくなるのです。 見えていないこと・ものこそが、 怖れの正体なのですから。あなたは、いま、何か問題をかかえていますか?それは、たしかにあなたを苦しめているものかもしれません。でも、あえて聞いてみたいのです。その問題のおかげで、あなたは、何をしないですみますか?あなたのこころをまっすぐに見つめ、隠されている感情を認めてください。そして、その感情を、そっと、抱きしめてあげてください。その感情を抱きしめたとき、あなたは、まるごとのあなたになるのです。まるごとのあなたの前には、もう、問題はありません。いえ、かたちのうえでの問題は、まだ残っているかもしれませんが、それはもはや、あなたの足をとどめるものではなくなっているはずです。すべての存在は、光と影から成り立っています。影をもたない光はないのです。だから、すべて受け入れるのです。受け入れていいのです。そのとき、影は光の源となり、あなたの背中を押してくれるでしょう。あなたの生きたい未来に向かってね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第630号(2005年7月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------出会ったからこそ、あたえられたのです。生きていくなかで、私たちは、さまざまなこと・もの・ひとをうしないます。そのたびに、うしなったことを嘆き、それが、かけがえのないものであればあるほど、手放した自分自身を責めたりさえします。私自身、そうでした。どうして、うしなわなくてはならなかったのだろう…などと、長いこと、うしろを振り返っていました。けれども、最近、こんなふうに思うようになったのです。この世に、偶然はないといいます。すべては、必然であるともいいます。もしもそうであるとするならば、出会いが必然であったように、うしなうことも必然だったのではないのかと。たしかに、うしなうことは、つらいし、苦しいし、せつないこと。でも、それでは、はじめから、出会わなければよかったのでしょうか?そのこと・もの・ひとと出会ったおかげで、私は、私たちは、たくさんの何かをそこから受け取っているはずです。それは、出会ったからこそ、あたえられたのです。出会えなければ、それを受け取ることはできなかったのです。あのとき、こうしていれば…このとき、ああしていれば…そんな思いがいくらもあがってくるかもしれませんが、それでもなお、そのこと・もの・ひとと、出会ってよかったのです。私たちは、いつでも、その瞬間の最大限を生きているのです。そうとしか生きようのない、これしかありようのない、そんな生きかたを生きているのです。だから、もう、悔やむのはやめましょう。振り返るのはやめましょう。そして、ただ、いまはうしなってしまったものが、あたえてくれたものに感謝しましょう。うしなったことに目を向けるのではなく、その出会いが、自分に何をあたえてくれたかに思いをやってみましょう。その、あたえてくれたものをしっかりと見つめることができたとき、私たちは、実は、完全にはうしなっていないことに気づくのです。あたえてくれたものをとおして、私たちは、深いところで、つながっているのですから。このつながりだけは、永遠にうしなわれることはないのですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第629号(2005年7月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分と相思相愛になりましょう。大好きなひとができたら、そのひとと、相思相愛になりたい…って、だれでもきっと思いますよね。たがいに思い、たがいに愛する。本当にすてきな関係です♪でもね、本当は、だれよりも最初に、そして、だれよりも深く、相思相愛になるべきひとがいるんですよ。もうおわかりですね?そう、自分です。あなたが、生まれてから死ぬまで、連れ添って生きていくのが、自分です。朝起きてから、夜眠るまで、24時間・1440分・86400秒×生きている日数ぶん、いつも、自分はいっしょにいます。だれかを好きでいるときって、こころは、いつもわくわくしてますよね。うれしくて、楽しくて、思わずはずみたくなるでしょう?自分をこころの底から好きになれたら、24時間・1440分・86400秒×生きている日数ぶん、その気持ちを手に入れられるんですよ。相思相愛の相手に、あなたは何をしてあげたいですか?こころない悪口や怒りのことばを浴びせかけますか?無理な仕事を押しつけますか?不快な環境にがまんをさせますか?いいえ。そのひとが、もっと楽しく心地よく生きていける生きかたを、いっしょになって考えますよね。つらいときには、寄り添って、そっと、抱きしめてあげますよね。あなたがほんとに大好きだよって、ちゃんと伝えてあげますよね。それって、うれしいでしょう?こころが、安らぐでしょう?生きていく勇気が湧いてくるでしょう?だからね。自分と相思相愛になりましょう。自分を本当に好きになれたら、ひとを本当に好きになれるって、いろいろな本に書いてありますけど…。まず、自分でそれを実感するんです。実感するから、ひとにも伝えてあげられるんです。きっと、そういうことだと思うんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第628号(2005年7月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------受け取らない自由・捨てる技術私たちが傷つくのは、何かに失敗したときとか、目標が成就しなかったときではありません。そのことによって、他者から低い評価を受けたり、あるいは、自分自身で自分を低く評価することで傷つくのです。今回は、とくに、他者からの評価という視点で見てみましょう。あなたがだれかから、ネガティブなことばを、投げかけられたとしましょう。あなたは、おそらく、怒るか、傷つくかするでしょうね。でも、ちょっと待ってください。あなたがそのことで怒るか、傷ついたということは、そのことばを「受け入れた」ということですよね?そのことばを正当なものと見なしたということになりませんか?もしもあなたが、だれかから、「M78星雲では、どんな暮らしを してらっしゃるのですか?」と聞かれても、「は?」としかこたえられませんね。なぜなら、あなたは、M78星雲の住人ではないからです。 ちなみに、M78星雲とは、 ウルトラマンのふるさとです。(爆)そのように、あなたには、いわれたことばを、「受け取らない」自由があるのですよ。そして、あなたは、そういう体験もちゃんとしているのです。そうです。あなたは、学校の授業で習ったことを、何もかも記憶することができましたか?できませんでしたね。全部は、受け取らなかったのですよ。(笑)だったら、ひとのことばだって、同じなんです。「ああ、このことばは、自分にとって うれしい感情を呼び起こさないなあ」そう思ったら、受け取らないで、そっと、捨てるんです。どうやって、捨てるかですって?もちろん、ちゃんと分別するんです。(マナーでしょ?)(笑)「ああ、このひとは、今日は、 虫のいどころが悪いんだなあ」(分別)「このひとは、このことばを 私に言わずにはいられないほど、 苦しい気持ちなんだなあ」(分別)そう思いながら、こころのごみ箱に、そっと、捨てるんです。なんだったら、そのまま、焼却炉にもっていってもかまいません。(^^ゞ受け取らない自由・捨てる技術。あなたは、両方もっているんですよ。どうぞ、その自由を使ってください。技術をみがいてください。あなたが、こころやすらかに生きていくために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第627号(2005年7月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分で自分を責めてるんです。愚痴を言わずにはいられない。そんな心境になることって、ありますよね。でも、残念ながら、しょせん、愚痴は愚痴に過ぎません。すっきりするのは、一瞬だけで、何の解決にもなりません。では、愚痴を言うひまがあったら、行動すればいい?正論かもしれませんが、そんなに簡単じゃありません。行動することは、たしかに大切です。でも、実は、その前に、やらなくちゃならないことがあるんです。それはね、愚痴を言いたくなる自分を、いい子、いい子してあげること。「あなたのことは、誰よりも、 私が一番よく知ってるよ。 ほんとに、努力してきたものね。 やれるだけのことはやってきたものね。 だから、自分を責めなくていいんだよ。 あなたの気持ちを知らないひとが、 なんと言おうと、 私だけはあなたの味方だからね。 泣きたかったら、泣いてもいいんだよ。 あなたはあなたのままでいいんだよ」愚痴を言いたくなったとき、私は本当に大真面目に、自分にたいして、こうしてるんです。もちろん、友だちに頼むこともありますが、自分が一番、手っ取り早いですからね。(^○^)そしてね、ここがポイント。愚痴を言いたくなるときって、あなたを一番責めているのは、本当は、あなた自身なんですよ。だって、何を言われようが、されようが、(あるいは、何もできない場合でも)そのことを、あなたが気にしなければ、それは、問題にはならないんです。あなたのなかで、その誰かに同調して、あなたを責めるひとがいるんです。「ほら、また同じこと繰り返してる。 どうして、できないの。 愚痴を言ってるひまがあったら、 行動したらどう? どうせあなたには、 何もできゃしないわよ」みもふたもないほどに、そうして、自分で自分を責めてるんです。だから、そこに、もう1人、登場してもらうんです。あなたのよさを、あなたの苦労を、ちゃんと認めてくれるひと(自分)を。責めることばの何百倍も、たくさんたくさん、認めてもらうんです。ほめてもらうんです。マイナスの気持ちがチャラになってしまうまで、支えて支えて支えまくるんです。(^^ゞそしたら、もう、視点が変わってます。愚痴を言いたくなる自分は、どこかに行ってしまってるはずです。そのときになって、初めて、どうすればいいか考えても、遅くはないと思いますよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第626号(2005年7月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------うなずくと、吸収率があがります。食物消化のお話ではありません。セミナー等の参加のしかたです。私は、たくさんのセミナーに参加し、また、講師をつとめることもありますが、ときどき、こんなひとを見かけます。腕組みをして、講師を見ているんです。場合によっては、足も組んでます。(^^ゞたいていは、背もたれに背をつけ、口もとは、かたく結ばれています。もしかしたら、そのセミナーの内容に、満足がいかなかったのかもしれません。すでに知っている知識ばかりだったのかもしれません。それでも、やっぱり、その聴きかたは、あまり、おトクな聴きかたではないのです。ひとの話は、うなずいて聞くと、吸収率があがるんです。うなずくという表現は、OKということ。うなずくだけで、脳は、ああ、これは、有意義な情報だと受け取るんです。そして、脳のほうで、勝手に、有意義になるように整理してくれるんです。これって、本を読むときも同じです。なるべく、うなずきながら読むんです。うなずくと、吸収率があがります。そのぶん、情報が脳に入りやすくなります。自分のプラスにしたかったら、どんどんうなずくことをオススメします。もちろん、どうしても、納得できない、許容できないときには、無理して、うなずく必要はありませんよ。そんなときは、トイレに行くふりをして、そっと、席を立つんです。(^^ゞ貴重な時間をつぶして、不快信号を脳に送りつづけるより、そのほうが、ずっといいんです。参加者が講座の途中で、一人ふたりと、消えていったら、講師のほうも、考えますよ。どこを改善したらいいのだろうかと。ついでに、去るときもね、「そうか、なるほど」と、うなずくことをおすすめします。「なるほど、これ以上学ぶことはない」やっぱり、脳はしっかり学習します。そして、次のステップに向かって、動き出してくれますよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第625号(2005年7月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------出ていくお金に感謝しましょう。最近、お金のことに関心があります。(笑) 別に、投資とかそんな意味では、 ないですよ。 ふっと、意識にあがってくることが 増えてきたということなんです。入ってくるお金に感謝するのは、当たり前のことです。でも、思いがけない出費のとき、 自分のミスでお金を払うときとか、 うっかり何かをこわしてしまったとか、 勘違いで、買う予定のないものを 買ってしまったとき、などなど。ひとはあまりうれしい気持ちになれません。ところが、最近、考えが変わったんです。お金って、循環するものです。このことは、前にも書きました。でも、私たちは、ついつい、その循環を惜しみます。自分のところに、ずっといてほしいって思っちゃうんですね。(笑)そんなときの、思いがけない出費、うっかりミスで出ていくお金って、手放せない私たちに代わって、お金が自主的に動いてくれるチャンスなんだと思うんです。予定外に出ていくお金も、予定どおりに出ていくお金も、世の中を潤すことに変わりありません。自分が意図してもいないのに、社会を潤す手助けになっているなんて、とってもすてきなことだと思いませんか?もちろん、これは、無駄づかいのススメではありません。ご縁があって自分のもとにやってくるお金とのつきあいは、大切に。でも、お金が出ていくときには、「ああ、いま、循環が起きている」と、喜んで送り出してほしいのです。まして、意図しない出費のときには、がっかりしたり、悔しがったりするかわりに、「ああ、お金が、自主的に、 循環の流れをつくってくれている」と、気持ちを切り換えてみてほしいのです。だから、あえて言ってみたのです。出ていくお金に感謝しましょう、と。そしたら、もう、思いがけない出費に、感情を乱されることはなくなりますね。●追記お金が自主的に動いてくれている、と書きましたが、実は、本当は、私たちの潜在意識が、動いてくれているという考えかたもできますね。私たちは、深いところでは、すべてをわかっている存在なのですから。そう考えると、自分ってありがたいですね。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第624号(2005年7月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------今、生きている時間は、今だけ。人間ですから、調子のいいときもあれば、落ちこむこともあります。なまけたくなるときもあれば、うしろを振り向きたくなることもあります。マイナスの、あるいはネガティブな気持ちが起きてきたとき、対処の方法はいろいろでしょう。ときには、立ち止まって、自分にオヤスミをあげるのもいい。よしよし、いい子って、なぐさめてあげるのもいい。そう、なんだってOKなんです。そしてね、なんだってOKの自分が、今、生きている時間は、今だけ。そのことを、しっかりと思い出すんです。今、生きている時間は、今だけ。そう、まるで当たり前のことでしょう?でも、これって、生きているあいだしか通用しないことなんですよ。死んじゃったら、終わるんです。生まれ変わりとか、そういう話もあるけど、少なくとも、今の、この自分は、間違いなく、終わるんです。怒ってても、喜んでても、うらんでいても、感謝していても、ためらっていても、突進していても、逃げていても、立ち向かっていても、全部、いっしょです。だからね、その瞬間に、決めるんです。今しかない時間をどう生きるのかって。生きたいと思ったことを、ただ、そのまま生きるだけなんです。繰り返しますよ。どっちだってかまわないんです。どっちだって選べるんです。ただ、わかっているのは、この自分は一回こっきりってことです。瞬間、瞬間、一回こっきりってことです。今、生きている時間は、今だけ。あともどりも、やり直しもきかないんです。だって、今しかないんですから!だから、今を、100%、生きるんです。生きるだけなんです。1秒前の自分は、もう、いない自分です。ある意味、生きるってことは、一瞬、一瞬、死んでいくってことなんです。そしてね…。どっちでもいいって書いたけど、私は、その一瞬、一瞬の自分を、大好きでいたいと思うんです。大好きでいられる自分を生きたいって、…そう思っているんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第623号(2005年7月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------おさなごころを忘れずに。かめわざワークショップの感想で、必ずといっていいほど出るのが、「子ども時代に帰ったような気持ち」みなさん、満面の笑顔で、このことばを言ってくださいます。でも、これって、何を意味するのでしょうか。子ども時代、私たちは、こころをどんなふうに使っていたでしょうか。出会うこと・もの・ひとが、すべて、珍しくはありませんでしたか?こころおきなく、おおきな声で、笑い、泣き、ころげまわって、遊んではいませんでしたか?そう、子ども時代、私たちは、自分のこころにたいして、かぎりなく、自由でした。出会うこと・もの・ひとのすべてが、私たちにとって、新しい世界への入り口でした。残念ながら、生きていくなかで、私たちは、だんだん、そのように感情を使うことをしなくなります。出会うこと・もの・ひとに、新しい発見をすることは、少なくなっていきます。ときには、毎日がつまらない、同じことの繰り返しのように感じてしまうひとさえいます。でもね、本当はちがうんです。私たちは、忘れているだけなんです。そして、ほんのちょっとのきっかけで、いくらでも思い出すことができるんです。そう、たとえば、ワークショップをとおしたりしてね。そのとき、私たちはふたたび、取り戻します。あの、果てしなく広がる自由なこころの大地を。開けるたびに、わくわくをくれる、魔法の扉を。ときをさかのぼることはできませんが、その瞬間に、私たちのこころは、あっというまに、あの時代に舞い戻るのです。その瞬間に、こころはのびやかに、生き生きとよみがえるのです。この世界を、もう一度新しく、生きていくちからとともに…。おさなごころを忘れずに。仕掛けは何でもかまいません。大切なことは、あなたが幸福に生きていくということ。そう。おさなごころは、あなたの幸福を、深いところで、そっと、支えてくれるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第622号(2005年7月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あるがままのいとおしさ。先日、私は森を歩きました。新緑の森は、いのちの賛歌にあふれ、すべてが、歓喜のなかにありました。草が、花が、木が、虫が、鳥が、みな、いのちの喜びをうたっているのです。そのなかにあって、ふと思いました。連綿と繰り返される日々のなか、特別に、今日が何かのお祝いの日というわけではありません。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬がくる。その繰り返しの一断面に過ぎないのです。草は、草であるように生き、花は、花であるように生き、木は、木であるように生き、虫は、虫であるように生き、鳥は、鳥であるように生きる。ただ、それだけのことなのです。ただ、あるがままにあるだけなのです。そして、そのことが、もう、どうしようもないほどに、いとおしいのです。草も花も木も虫も鳥も、ひとしく、この地球に生きるものならば、この、ひとという生きものもまた、同じではないだろうか。そんな思いがあふれてきて、しかたがなかったのです。ひともまた、あるがままに生きる。それだけでいいのではないか。草が草であるように、ひともまた、ひとであるだけでいい。その瞬間に、私たちは、すべての存在をいとおしく抱きしめることができる…。それこそが、生きもの本来のすがたではなかったではないか…。何かを足さなくてはならないとか、何かが欠けているのではないか、とか、そんな思いにとらわれているひとは、ふと、立ち止まってほしいのです。立ち止まって、耳を澄ませ、あなたのまわりの自然の、あるがままの音を受け取ってみてください。ただ無心に、そのあるがままのすがたを見つめてみてください。あなたもまた、そこにつながっているのです。自然と切り離された人間など、ひとりとして、存在しないのですから。あなたのあるがままを、どうぞ、そのまま、受け止めてみてください。私もまた、あるがままのいとおしさを、今日は、静かに抱きしめていたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第621号(2005年7月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------ちいさな存在のいとおしさ。先日、あるきっかけがあって、新緑の森を歩きました。森は、いのちのにぎわいに満ちて、そこかしこで、鳥や虫たちの姿を見かけることができました。その森のなかの川には、カニが住んでいました。そして、地元のかたの話によれば、そのカニは、その川のそこにしか、生息していないのだそうです。世界はこれほど広いのに、そのカニ(種)は、世界のここにしか存在しないのです。私は、深い感動に打たれ、しばらく、その川辺に、たたずんでいました。けれども、よくよく考えてみると、もしかしたら、私たちもまた、このカニと同じ存在ではないかと思うのです。この私もまた、この世界のなかでここにしか生きていないのです。まして、40億年とも言われる地球の歴史のなかで、せいぜい100年かそこらしか、存在することはできないのです。ちいさな川のちいさなカニへのいとおしさは、そのとき、このちいさな自分にたいするいとおしさに重なりました。もしも、宇宙から見たとしたら、あのカニも、この私も、ほんのちいさな点にしか過ぎません。 (もとより、 見えるかどうかもわかりません)(^^ゞそんなちいさな存在が、これほどにいとおしく感じられるのだと。けれども、私たちは、日々のなかで、この、ちいさな存在のいとおしさを、しばしば忘れているように思います。まるで、あと1億年も生きられると錯覚しているかのように、すぐには片づけられないゴミを生産したりしています。まるで、自分が住むためには、あと一万倍もの土地が必要であるかのように錯覚して、ひとの土地をうばおうとしたりします。ときには、このちいさな存在である自分を振り返ってみませんか。どんなに背伸びしたところで、100年かそこらもすれば、この世界から消え去ってしまう。そんな自分を、見つめ直してみませんか。そして、この、ちいさな存在である、一人ひとりをいとおしく感じられたら、私たちは、この瞬間から、ひととのかかわりかたを変えることができます。ね? わかるでしょう?この、ちいさな地球という川のほとりで、私たちは、もっと、静かにおだやかに、暮らしていくことができるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第620号(2005年7月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------ひとりじゃないよ。きっといるよ。全国各地で、ワークショップをさせていただいていると、参加者のかたと、お話をする機会があります。そんなとき、ときどき、悩み相談を受けることがあります。ワークショップで気持ちがほぐれるからでしょうか。初めて会う私に、ずっと胸のうちに秘めていた気持ちを、打ち明けてくれるのです。ありがたいなあと思うと同時に、せつない気持ちになることもあります。ある日も、そうでした。女の子が、1年以上もかかえていた悩みを、私に話してくれたのです。「すみません、すみません」と言いながら、大粒の涙をこぼして…。私たちは、悩みをかかえたとき、どうしようもなく、ひとりぼっちの気持ちになります。家族や友だちなどに話して、うまく伝わらなかったりすると、もう、出口はないような思いにかられます。そして、口もこころも閉ざしてしまうのです。そんな姿を見るたびに、私はいつも思うのです。ひとりじゃないよ。きっといるよ。…と。たしかに、その悩みは、家族にはわからなかったかもしれません。友だちも、わかってくれなかったかもしれません。でも、ことばを変えて伝えたら、ちがう反応がかえってくるかもしれません。Aちゃんは、わかってくれないけど、Bちゃんなら、わかってくれるかもしれません。あるいは、昨日のAちゃんは、だめだったけど、今日ならちゃんと伝わるかもしれないんです。私がなぜそう思うかというと、打ち明けてもらうそれらの悩みのなかみは、ある意味、誰だってきっと体験すると思えることがほとんどだからです。だから、伝わらないことなんて、本当はほとんどないんです。伝わらないとしたら、たいていは、ほんのちょっとしたボタンのかけちがいがあるだけなのです。でも、いったんこころを閉ざしてしまったら、もう、つながる糸口は切れてしまうのです。誰が悪いんじゃないんです。もちろん、あなたも決して悪くない。だから、信じてみるんです。ひとりじゃないよ。きっといるよ。…と。そして、勇気を出して、伝えてみましょう。あなたの思いを。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第619号(2005年7月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------「相手を変える」たったひとつの方法「あなたって、ネガティブねえ」こう言われて、にこにこして、「そうなのよ。おかげで毎日が快適♪」と、こたえるひとは、まず、いません。ネガティブといわれると、不快になるか、落ちこむ場合のほうが多いのではないでしょうか。このことを、まず、インプットしてくださいね。さて、これまで私はさんざん、「ひとは変えられない。 だから、自分が変わるんです」と、言いつづけてきました。でも、実は、「相手を変える」たったひとつの方法があるんです。それは…相手のいいところを見つけて、それを、その相手に示すことです。どんなにネガティブに見えるひとにも、必ずいいところがあります。たとえ、砂漠に落ちたゴマ粒くらいのおおきさであったとしても、必ずあります。あるんです!あなたは、まず、それを見つける必要があります。そしたら、勇気を出して、それを相手に告げるんです。たとえば、「あなたは、笑顔が本当にすてきね」って。これは、私が、実際にやった方法です。めったに見せない笑顔を、一瞬だけ見たそのときから、私は、ずっとそのひとにたいして、会うごとに、言いつづけたのです。「あなたは、笑顔が本当にすてきね」って。そしたらね、1年経つころには、本当に、笑顔のすてきなひとになったんです。私たちは、こころのどこかで、いつでも、他者に受け入れられたいと思っています。でも、それがうまくいかないとき、(たとえ本人に、問題があったとしても)自分を正当化するために、相手を否定するかたちをとることがあるんです。それが、ネガティブな反応として、出ることもあるわけです。だったら、こちらから、相手がほしいもの、つまり、「受け入れられたい」という気持ちを満たしてあげるんです。これは、妥協でも我慢でもありません。見つけてあげるだけでいいんです。私たちは、相手を変えることができるんです。相手の、本来もっているよさを、あなたが見つけて示してあげることで。それがわかったら、トライしてみる価値は、あると思いませんか?もしも、相手のなかに、たったひとつもよさを見つけられないとしたら、それこそ、あなた自身が、ネガティブなひとになってしまっていますよ。要注意です。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第618号(2005年7月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------修行を楽しみましょう♪ネガティブなひとが、そばにいて、物理的に離れることができないとき。あなたならどうしますか?「ノーマル編」のお返事はこちら♪(ノーマル上級編かもしれません…)「すべてを修行だと思うことです」私たちがこの世に生まれてくるのは、何かを学ぶためなんです。学ぶためには、学ぶ「場」が必要です。この「場」には、あなたの学びにあわせて、さまざまな配役が用意されています。ちょうど、数学を勉強するときに、数学の教科書があるようなものです。(ただし、人生の学びには、 共通のテキストはありませんが)(たぶん)ですから、あなたの目の前にあらわれた、そのネガティブなひとも、あなたにとって、必要なテキスト(笑)なんです。あなたの人生をブラッシュアップするために、わざわざ派遣されてきたひとなんです。(^^ゞ納得できませんか?できなくてもかまいません。でも、納得できてもできなくても、厳然として、そのひとは目の前にいます。だったら、まずは、この現実を受け止めるしかありません。そう、修行と思って受け止めるんです。そして、どうせ修行するなら、その修行を楽しみましょう♪自分を映画の主人公にしてしまうんです。たとえば、「おしん」のようにね。(古い?)物語はドラマチックでないと、おもしろくなりません。だから、ネガティブな登場人物によって、苦しんだり、涙したり、きたえられたりする、アクティブな人物を演じるのです。ドラマに終わりがあるように、人生に終わりがあるように、あなたと、ネガティブなひととの関係にも、必ず終わりが来ます。そう、終わるんです。100%、確実に。だから、きちんと受け止めて、楽しく修行しましょうね。終わりのときには、そのネガティブなひとも、配役を降りて、「お疲れさま」って、あいさつしてくれるかもしれませんよ。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第617号(2005年7月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------突き抜けてしまいなさい。ネガティブなひとが、そばにいて、物理的に離れることができないとき。あなたならどうしますか?私のお返事・スーパースペシャル編は、これです。「突き抜けてしまいなさい」ネガティブなひとが、あなたに、ネガティブな対応をしてくるとすれば、それは、あなたが、ネガティブな対応に反応する人間だと、見なされている証拠です。突き抜けてしまいなさい。次元が変わってしまえばいいのです。突き抜けかたには、いろいろあります。その対応によって変わってきます。ひとつは、悠々泰然としていること。何を言われても、何をされても、「そうか、ほほう、そうか、 あなたは、そのように生きているのか」と、悠然とかまえているのです。別名、馬耳東風とも言います。(^^ゞただし、無視するのはいけません。相手の声も態度もすべて、あなたには聞こえ、見えているのです。でも、それは、別の次元のできごとなのです。ちょうど、テレビを見ているのと同じです。そこで、どんな悲惨な事件が起きていても、どんなに、怖いものがせまってきても、あなたは、決しておびやかされることはありません。だって、テレビなのですから!実は、現実だって似たようなものなのです。そのネガティブなひとは、あなたに、いきなり煮え湯をかけますか?いきなり、ナイフで襲いかかってきますか? もしそんなことが現実にあるなら、 それは、ネガティブではなくて、 アブナイひとです。 すぐに逃げるか通報してください。そうでないのなら、あなたは、テレビの映像に過剰反応しているのと、同じ状態になっているだけなのです。次元を変えるんです。テレビを見ていることに気づくんです。テレビの内容を変えることはできません。だから、あなたのほうが、変わるんです。「ほう、今日も派手にやってるなあ。 これはすごいぞ、おもしろいぞ」こころのなかに、目に見えないスクリーンを一枚立てて、冷静に見てみるんです。そうやって、突き抜けてしまいなさい。あなたの「突き抜け」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第616号(2005年7月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.14
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------ご縁力としての「おすそわけ」私は、大量のメルマガを購読しています。そして、いいなと思う記事があると、即レスで、感想を、発行者さんに送ります。また、この記事はあのひとが興味をもちそうだと思うと、そのひとに即転送します。 その際、必ず、出典を明記します。 編集者ですから。えっへん。(爆)この転送って、「おすそわけ」なんですね。私が生まれ育った北海道では、おすそわけが、当たり前の風習でした。私が子どものころには、よく、「○○を、たくさんもらったから」と言って、近所のひとが、魚だの、山菜だの、さまざまなものをおすそわけしてくれました。いきなり、玄関をガラリと開けて、箱ごと、どんと置いて帰るひとも、珍しくはありませんでした。また、私もよく、父母から、「○○さんちに、おすそわけしておいで」と、お使いに行かされた記憶があります。当時のおすそわけは、うれしい反面、困ることもありました。たとえば、夕食の用意が済んだころに、「たくさんつくりすぎたから」と、あつあつのおかずをおすそわけされると、いただかないわけにはいきません。でも、そんなことも含めて、そのおすそわけの風習が、ご近所をつなぎ、コミュニケーションを円滑にしていたように思うのです。いま、私がやっている「即転送」も、そのおすそわけの延長のような気がします。このおすそわけは、なまものではないので、送られても、あまり困らないでしょう。 まるごと転送ではなく、必要な部分に しぼって送るようにはしていますが。おすそわけを意識していると、自分とかかわるひとにたいして、関心が自然に高まります。こころのなかで、ご縁ができます。また、おすそわけされると、たいていのひとは、相手のひとに、好意的な気持ちをいだきます。こちらも、ご縁が深まるわけですね。さらに、転送して得た情報から、その発行者さんとのご縁がつながることもあります。おすそわけとは、まさに、ご縁力なのです。次から次へとご縁をつなぐ、「おすそわけ」。あなたもぜひ、活用してみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第615号(2005年7月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------勇気がつなぐ、ご縁力ご縁を得るのに、勇気が必要? なぜ?と思われるかたもあるでしょう。でも、たしかに、勇気は必要なのです。たとえば、あなたが愛読しているメルマガなり、本なりがあったとして、その著者・作者の講演等に参加したとします。その著者に、自分の思い(感想)を伝えたい。勇気、いりますよね♪その勇気が、ご縁をつなぐんです。どんなひとであっても、自分に関心をもってメッセージを伝えてくれるひとのことは、大切にしたいと思いますもの。でも、勇気はそれだけじゃないんです。自分が好意を感じるひとには、それでも、勇気を出して近づいていけます。でも、自分が苦手だと思うひと、あるいは、自分に対して攻撃的に感じられひとと、ご縁を結ぶというのは、至難の業です。もちろん、そういうひとと、必ずしもご縁を結ぶ必要はありません。が、まずは、ちょっと、ひと呼吸置いて、そのひとを見てほしいのです。そのひとは、本当に、あなたにとって、必要のないひとですか?もしかしたら、そのひとは、あなたの弱さを見抜いて、そこを指摘してくれるひとなのかもしれません。もしかしたら、そのひとは、あなたに異なる意見をぶつけることによって、あなたを、よりおおきな視野に導いてくれるひとなのかもしれません。表面的な対立や苦手意識で、そのひととの関係を逃してしまうことは、あなたの人生にとって損失になることだってあるのです。あなたは、そのとき、表面的なメンツやプライドを捨てなければなりません。自分がよりおおきくなるために、成長するために、勇気をもって、そのひとに近づいてみる必要があるのです。この勇気は、おおきな勇気です。そして、そのぶんだけ、実りもおおきい、勇気です。あなたの勇気を、相手もきっと、感じとるはずです。苦手意識で、相手を遠ざけるのではない、潔さや、ふところのおおきさをあなたにたいして、感じるはずです。そしたら、相手は、きっと変化します。いままでにないメッセージをあなたにたいして、返してくるかもしれません。これこそが、ご縁なのです。勇気がつなぐ、ご縁力。あなたの生きかたを、ひとまわり広げるために、ご縁力を、フルに生かしてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第614号(2005年7月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------ご縁力(えんりょく)をつけましょう。「袖擦りあうも他生の縁」ってことば、ご存知ですよね? 念のため、「多少の縁」ではないですよ。(^^ゞ他生があるかどうかは別として、本当に大切にしたいのが、ひととのご縁。というわけで、ご縁力をつけましょう。どうやって?方法はいくつもありそうですが、まず思いつくのが、「感謝」すること。そうです。感謝です。いただいたご縁のすべてに、素直に感謝するんです。これは、いいご縁、悪いご縁なんて、分けて考えないことです。擦りあった袖に区別はありません。そのすべてに、必ず意味があるんです。その意味がわかってもわからなくても、まずは、感謝してしまうんです。さて、だれかに感謝されると、ひとは、そのひとに、どんな感情を抱くでしょう?そう、けっして、いやな気持ちは起こらないんです。むしろ、うれしい気持ちになりますね。何か必要があれば、協力してもいいと思ってくれるひとだってあらわれます。あなたが、どれだけ、あなたと出会う、まわりのひとびとに感謝できるか。日々の生活のなかで、ありがたいと思う瞬間を、どれだけ発見できるか。それが、あなたのご縁力を育てます。ご縁力を育ててください。あなたの人生がパワフルに変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第613号(2005年7月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------真剣に、半分で聴きましょう。今日は、「ひとの話は、真剣に聴きましょう」「ひとの話は、半分で聴きましょう」というお話です。(^^ゞハイ、「矛盾するじゃない」って、ツッコミの嵐が予想されます。(笑)最初はね、「半分で聴きましょう」って書くつもりでいたんです。ひとの話をむやみに信じるのではなく、自分で考えて、決めるんですよ、って。でも、最初から、「話は半分だけ」というのは、聴く姿勢として、なんだか、不誠実な気もします。話すがわも、エネルギーが落ちてしまう気がします。というわけで、考えた折衷案です。「真剣に、半分で聴きましょう」やはり、ひとの話は、真剣に聴かないと、自分のなかに入ってきません。聴くときは、全身全霊、まるごとを受け止める気持ちで聴きましょう。そう、真剣勝負で聴くのです。(^^ゞそして、聴き終わったら、その半分を、忘れましょう。どんなにすばらしい話でも、それはやはり、ひとの体験、ひとの思い。どんなにすばらしいものでも、そっくりそのまま、あなたが真似する意味はありません。あなた自身の生きかたのために、「半分」参考にすればいいのです。これはね、批判もそうですよ。あなたがだれかから批判されたとき、その意見は、真剣に聴くんです。そして、聴き終わったら、半分は、忘れてしまっていいんです。批判のために、あなたが必要以上に落ちこむことはありません。どんなに正しい意見であっても、実行するのは、あなた。あなたの考えで決めていいんです。でもね、あなたの考えを実行するときに、その批判を、「半分」意識してみると、あなたの対応が、よりやわらかくなります。妥協するということでなく、あなたの包容力、許容力が強まるんです。あなたの視野が広がるんです。真剣に、半分で聴く。なかなか、おトクな方法だと思いませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第612号(2005年7月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------人工衛星にあたらない幸福。ワークショップのあとの懇親会で、参加者のかたとお話をしていたとき、あるかたが、おっしゃいました。「子どもの欠点が目について、 ついつい、言いすぎてしまって、 けむたがられてしまうんです」それにたいする、私のお返事。「生きてるだけでいいって思えば、 いいじゃないですか」「たしかに、生まれたときは、 そう思いましたけど…」そう、本当に多くのひとが、この循環にはまるんです。生まれたときの喜びや感激を忘れて、たくさんの要求をしてしまいます。それをもう一度思い出すのは、不幸にも、子どもが事故にあったり、病気にかかってしまったときです。「生きてるだけでいいから」って。ね? 簡単に想像できるでしょう?想像できるということは、私たちは、いつでも、その気持ちになれるということなんですよ。ちょっぴりのユーモアをこめて、私は、そのかたにこう言いました。「お子さんがおうちに帰ってきたら、 毎日、こう言ってあげてください。『人工衛星にもあたらずに、今日も、 無事に帰ってきてくれてよかった』って」地上に落下してきた人工衛星にあたって死ぬ確率って、どのくらいあるのでしょうね。(笑)でも、絶対にゼロとは言えないですよね。60億人に1人くらいは、ひょっとしているかもしれません。「車にぶつからないで 無事に帰ってきてよかった」…これって、とても普通の感覚。「通り魔にあわなくて、よかった。 津波にあわなくて、よかった。 原発事故にあわなくて、よかった」…これって、まれではあるけれど、まったくないとは言えない時代。(^^ゞあわないで済んだことを、ちゃんと、喜べるでしょう?そしたらね。「人工衛星にあたらなくて、よかった」このことを喜んでみるんです。もうほとんどありえないことまで「よかった」と思えたら(言えたら)、あとは、何も気にすることはないでしょう?成績が悪かろうが、部屋を散らかしていようが、親に悪態をつこうが、ともかく、我が子が無事に生きている。そのことを、素直に喜べるようになるんです。お母さん(親・おとな)が、本気で、生きてるだけをまるごと喜んでくれていることがわかったら、子どもは、変わりますよ、絶対。人工衛星にあたらない幸福。そう考えたら、これって、とってもすてきな幸福だと思いませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第611号(2005年7月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------まず一歩、その一手から。「行動しなくちゃ」と思いながら、なかなか、行動に移せないひとがいます。「やろうとは思っているんだけど、 からだが動かない」そんなことばも、しばしば聞きます。もしも、あなたが、「よし、行動に移そう」と思うなら、実は、とっても簡単なことなんです。その行動につながる、どんなちいさなことでもいいから、何かをはじめてしまうことなんです。まず一歩、コマを進めるんです。一手だけ、次の手を打つんです。この一歩、この一手は、どんなにちいさくてもかまいません。むしろ、ちいさいほうがいいくらいです。なぜかというと、ちいさいほうが、こころの負荷が少なくすむからです。どんなにちいさくても、動けば、エネルギーが生まれるんです。池に小石を投げ入れたときのように、それがどんなにちいさくても、波紋が生まれて、水面は動きます。そしたら、また、次の一歩です。負担にならないくらいがいいのです。こんな程度でいいの?と思うくらいからはじめてみるのです。それもたしかに、エネルギーになるんです。私も日々、膨大な仕事をかかえています。何から手をつけたらいいのか、パニックになりそうなときがあります。そんなときは、まず、1枚の紙を、移動させるようなことからはじめます。メモ帳に、予定を書き出すこととか、仕事相手にメールを一本打つとか、道具を机のうえに並べることとか、とにかく、そんなちいさな、一つ、ひとつ。最初は、一見、すべてがばらばらに見えます。前に進んだ気がしないこともあります。でも、コップに水をためるときのように、それらが、少しずつ重なりあって、やがて、あふれだすときがやってきます。そしたら、押し流されるように、ものごとは、一気に動いていくんです。そこまでくれば、もう、何も考える必要がなくなります。でも、まず一歩、その一手から。できれば、そのちいさな一歩、一手を、ささやかにほめてあげましょう。「よし、よくやった、自分、えらいぞ」(笑)なかなか動いていけないときには、ものごとは、そのくらいが、ちょうどいいんですよ。そのくらいと思うことにOKをあげると、あなたも、行動することに、抵抗がなくなると思いませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第610号(2005年7月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「認める」とは、「見留める」こと。よく、人間関係をつくる方法として、「相手を認めなさい」といわれます。ただ、これってとてもむずかしいこと。考えが一致しているときはいいけれど、そうではないときは、どうしたらいいの?自分とちがう考えを認めたら、自分の意見を否定することになるのではないの?そんな気持ちが起きてくるでしょう。でもね、本当はとっても単純なことなんです。「認める」というのは、「見て」「留(と)める」ってことなんです。相手の気持ちを感じたら、「ああ、このひとは、こんな気持ちで いるんだなあ」それだけを「見て」、こころのなかに「留める」んです。ポイントは、そこに、あなたの価値・判断を加えないこと。たとえば、玄関にくつが置いてあるように、居間にテレビが置いてあるように。ただ、そこにあるものを、「見て」、「ああ、あるんだな」と、こころに「留める」だけにするんです。価値・判断を加えずに見れば、それは、ただ、あるだけ、なんです。あるだけ、だけれども、少なくとも、あることを、受け入れてはいるんです。もちろん、これには、多少のトレーニングは必要でしょう。私たちは、つねに、ものごとに、価値をつけ、正否を判断することになれすぎていますから。そして、そのために、自分と異なるものを受け入れることができずに、すれちがいを繰り返してきたのです。だから、これは、「平和力」への一歩の歩みなのです。あなたのみぢかな平和を築くための、意識転換なのです。あなたが、あなたの価値・判断で、相手をコントロールしようとすると、相手も、相手の価値・判断で、あなたをコントロールしようとします。あなたが、あなたの価値・判断で、相手を否定すればするだけ、相手も、相手の価値・判断で、あなたを否定しようとするでしょう。だから、やめるんです。「認める」とは、「見留める」こと。まず、ここからはじめるのです。ただ、あるがままに、あるがままを、見留めてしまいましょう。そうすると、相手のまるごとが、伝わってくるようになります。相手も、あなたのまるごとを、受けとめやすくなるんです。 多少の時間は必要ですよ。念のため。(^^ゞ世界平和はね、遠くの戦場だけでなく、あなたのみぢかから、はじまるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第609号(2005年7月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------からだの自然にまかせるのです。私たちのこころとからだは、ひとつながりのものです。おびえているひと、怒っているひとのからだは、一様にこわばっています。おだやかにくつろいでいるときのからだは、自然にゆったりします。また、私たちは、おおくの場合、自分のからだにたいして、かなり過酷な対応をしています。肩や腰がぎしぎし痛んでも、それでも仕事を優先します。風邪をひいて熱が出ても、薬で抑えて、動こうとします。私たちは、からだなしには、生きていくことはできません。 (少なくとも、この世では)なのに、その大切なからだを、どうしてそんなに粗末にあつかってしまうのでしょうか。からだをとおして、平和の感覚を感じてみたいと思ったのです。からだが、ふんわりとゆるんで、心地よさを感じているとき、私たちは、ひとを、攻撃したいと思うでしょうか?がちがちにこわばったからだを酷使するようなありかたは、平和な状態と言えるでしょうか?2人組になって、揺らしのワークをおこないます。これは、とっても簡単な方法です。がんばって、力をいれて、ほぐす必要はないのです。人間のからだの70%は、水分です。その水を、外から、静かに揺すってあげるだけでいいのです。それだけで、からだは、自分から(←「みず」から!)ほぐれていくのです。働きかけるがわも、受け止めるがわも、どちらも無理をせず、ただ、自然の流れを受け止めて、ゆらゆらと、ほぐれていくのです。揺らし、揺れ、ゆるゆるとゆるむとき、ひとは、自然に、その状態を自分にゆるしていくのです。そして、ひとは、自分にゆるしたことだけを、ひとにたいしても、ゆるすことができるのです。おわかりですか?自分をゆるし、ひとをゆるしたとき、私たちは、もう、あらそうことをやめることができるのです。からだの自然にまかせるのです。こころの流れにまかせるのです。自分にたいしても、ひとにたいしても…。それこそ、「平和」というにふさわしい状態ではありませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第608号(2005年6月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------終わりははじまり。すべてはつながる。沖縄・摩文仁(まぶに)の丘は、沖縄戦の最終地と言われています。そこでは、間断ない攻撃のため、老若男女の別なく、ひとびとは、いのちを落としました。 ご存知と思いますが、沖縄戦では、 約15万人、当時の人口で、 島民の4人に1人が亡くなったと 言われています。ところが、戦争が終わって、アメリカが降伏の呼びかけをすると、たくさんのひとびとが、その摩文仁の丘から出てきたといいます。その数、およそ8万人。沖縄は、サンゴ質の島。丘は、その内がわに無数の空洞をはらみ、ひとびとをかくまってくれたのです。死の丘でありながら、同時に、いのちを守る丘。終焉の地でありながら、あらたなる出発の地。沖縄「平和力」ワークショップの初日、私たちは、このお話を、平和祈念堂の館長さんからうかがいました。きっと、すべてはそうなのだと静かな気持ちで感じました。終わりははしまり。はじまりは、終わりへのスタート。そしてすべてはつながっているのです。平和祈念堂には、巨大な祈りの像が据えられていました。その両手は、祈りのかたちに組まれ、指先が示す天上を見ると、群星がきらめいていました。祈りは、宇宙へとつながり、宇宙から地球へと還元されるのです。外に出て、ブラインド・ウォークをおこないました。2人組になって、1人が目を閉じ、1人が誘導するというワーク。参加者の一人がこんな感想を語ってくれました。「最初は不安だったけど、 歩いていくうちに、足の裏で、 みんなつながっていることを感じた」死は生とつながっている。地球は、宇宙とつながっている。そして、この地球上に生きるものは、足の裏をとおして、すべての存在とつながっている。 足の裏とは、地球にふれている部分の 総称のことです。このことが、理屈ではなく、このからだ(まるごと)をとおして、感じられるようになったら、私たちは、もうあらそうことはしなくなる。なぜならば、すべてはつながっているのですから。もっていった文庫本のなかの、このひとことが、あらためて胸を打ちました。「ひとびとの心に真の平和が宿るまで、 国と国との間に、平和はやってこない」 (スー族の格言) --『アメリカ・インディアンの 書物よりも賢い言葉』より/扶桑社文庫)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第607号(2005年6月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.02.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------どちらの生きかたを選びますか?たとえば、何かの本を読んだあと、あるいは、セミナー等に出たあと、ひとの行動は、はっきり二つに分かれます。その刺激を受けて、行動するひとと、しないひとです。行動するひとの比率は、約5~10%という数字もあるようですから、圧倒的に、行動しないひとのほうがおおいのですね。でも、単純に言って、とってももったいないと思います。本にしても、セミナーにしても、ほかのさまざまな場面においても、自分をステップアップさせてくれるさまざまなチャンスが、私たちのまわりには満ちています。せっかくそのチャンスにめぐり合ったなら、活かさない手はないのです。今日は、素直に、自分に問いかけてみましょう。いま、自分は、行動しているか?あるいは、していないか?そして、自分は、行動する生きかたと、行動しない生きかたの、どちらを選びたいのか? と。行動を起こさないひとは、そこに、さまざまな理由を並べます。でも、実際はとてもシンプルです。たとえ何があろうと、行動するひとは、しているし、行動しないひとは、していない。それだけのこと。そして、その結果が、現実となって返ってきているだけのこと。もう一度、問いかけますよ。あなたは、行動するひとと、行動しないひと、どちらの生きかたを選びますか?行動しないと選んだあなたは、それはそれでいいのです。あなたの人生で起きることは、すべて、そこから派生します。そのことに責任をもちさえすれば、あなたの生きかたはOKです。でも、もしも、現実に不満が出たり、気持ちがすっきりしないようなら、ためしに、行動する生きかたを選んでみるのも、方法ですよ。この選択に「できる」「できない」はありません。「やる」か「やらないか」があるだけです。どちらの生きかたを選びますか?どちらの生きかたもできるのですよ。あなたが、選びさえすればね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第606号(2005年6月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
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