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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分のことばで語るということ。先日、ある会で、ちょっとしたミニ・ワークをおこないました。2人1組になって、ひとりが、もうひとりに質問をしていきます。できるだけ具体的な話を引き出すことがねらいです。そのときの質問は「あなたの将来の夢は?」私が組んだ相手は、中学3年生の男の子でした。「将来の夢は何ですか?」「学校の先生になりたいです」「どんな先生になりたいですか?」「しっかりした子どもを育てたい。 子どもの気持ちのわかる先生に なりたい」「どんな子どもが、しっかりした 子どもだと思いますか?」「たとえば、ことばづかいが しっかりしているとか」「では、気持ちをわかりたいと 思う子どもがいたとして、 その子が、ひどいことばづかいを していたときは、どうしますか?」「…」彼は、ことばに詰まりました。気持ちをわかってあげたいとき、それは、相手のまるごとを受け止めてあげたいとき。でも、ことばづかいを優先してしまうと、その子は、こころを閉ざしてしまうかもしれません。うまくことばにならないけれど、彼は、そんなことを感じたのでしょう。私は、彼が、彼自身の内面で、一所懸命にことばを探っているのを感じました。そのようすが、とてもいいなと感じました。 本当は、 ことばづかいをしっかりすることと、 しっかりした子どもはイコールなのか、 そんなツッコミもしたかったのですが、 ちょいと時間切れでした。(^^ゞ平和が大切。環境を大切に。友だち同士、仲良く。世の中には、たくさんのことばがあふれています。そして、そのことに、異議をとなえるひとは、ほとんどいません。でも、そのどれだけが、本当の、自分のことばとして、受け止められているのでしょう。自分のことばで語るということ。それによって、私たちは、あらためて、自分がそのことばを、どのようにとらえてきたかが、わかるのです。自分のことばで語るということ。この視点で、私たちが、ふだん使っていることばを見つめ直してみませんか。それって、きっと、私たちの生きかたをも問い直す、大切な視点になるような気がします。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第725号(2005年10月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------傷つかないと決めたんです。私、決めたんです。何を?傷つかないと。そう、もう決して傷つかないと決めたんです。ずっと、長いこと、私は、たくさんのことで傷ついてきました。○○のせいで。□□のせいで。△△のせいで。そのたびに、私は、○○や□□や△△をうらみました。傷つけられたかわいそうな自分を思って泣きました。でも、そんなことをしても、事態はちっとも変わらなかったし、そして、私自身、ちっとも幸福にはなれませんでした。それに、私の人生は、せいぜい、長くて100年なのに、うらんだり悔やんだりしているうちにも、時間はどんどん過ぎていくんです。私は自分の人生の時間を、どんなふうに使いたいんだろう。うらむこと?悔やむこと?怒ること?それで、私は幸福になれる? 幸福っていうのは、私の定義では、 こころがおだやかでやすらかで、 あたたかい状態であることです。なれないのです。傷ついていると思っているあいだは、私は幸福になれないのです。だから、やめました。傷つくことをやめました。その代わり、私は、「自分の生きたいように、 生きていいんだよ」と、自分自身に許可をあげたんです。そして、「ほかのひとのことばや、行動が、 あなたにとって、きつく 感じられることもあるかもしれない。 でもね、それは、必要だと思ったら 参考にしてもいいけど、 それ以外は、きかなくてもいいんだよ」と、教えてあげたんです。だから、もう、私は傷つかないんです。それって、他人を否定することじゃないんですよ。起きてくる感情をどうするかは、自分を決めていいっていう、ただそれだけのことなんです。だから、もっと言うと、本当は、傷ついてもいいんです。自分が傷つきたいと思ったらね。でも、自分が傷つくことが、自分にとってあまりプラスにならないと感じたら、傷つかなくてもいいんです。自分で選んでいいんです。自分で選んで、決めるんです。本当は、ただそれだけのことなんです。それだけのことに気づくまでに、とっても長い時間がかかりましたけど。気がついたいまは、とても楽ちんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第724号(2005年10月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------そのひとの強さを信じること。もしも、あなたのそばに、死にたいと思っているひとがいたとしたら…。あなたにできることは、そのひとの強さを信じることだけ。心配なんか、しちゃだめ。心配はね、そのひとの強さを信じていないときに出てくるの。あなたは、何があっても、そのひとの強さを信じるの。ただね、そのひとは、ひょっとしたら、自分の強さを忘れているかもしれない。そんなことって、よくあること。そしたら、あなたが、それを思い出させてあげるといいの。そのひとがもともともっているすてきなところや、いいところを、「私はこう思うよ」って伝えてあげるの。「あのとき、うれしかったよ」「こんなこともあったよね。 あなたのこと、いいなと思った」そのひととのかかわりのなかで、あなたが記憶していることを、たくさんたくさん、伝えてあげるの。そのひとが忘れていることで、本当はとても大切なことが、どれだけたくさんあるか。もしも、それを伝えられるなら、何をしてもいいと思うの。じっと見つめてもいい。手をにぎってもいい。抱きしめてもいい。電話をしてもいい。メールを出してもいい。プレゼントを贈ってもいい。でもね、一番大切なことは、そのひとの強さを信じること。やれるだけのことをやったと思ったら、あとは、ただ、そのひとの強さに向かって、祈るだけなの。あなたには、それしかできないの。そして、それでいいの。あとは、そのひとの仕事だから。そのときには、手を貸してといわれたら、貸してあげていいの。いっしょに歩いてと言われたら、いっしょに歩いてあげてね。でも、言われないことまでも、先まわりしてやらなくっていいの。ただ、そのひとの強さを信頼して、あなたは、必要なときに動く、サポーターさんでいてください。サポーターさんとして、そのひとを見守ってやってください。サポーターさんでいられる、あなたの強さを、私は信頼します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第723号(2005年10月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------780の「うれしい」こと。中学2年生195人と、ワークショップをおこないました。そんななかでの、ひとこま。「今週、自分が一番うれしかったこと、 楽しかったこと、どきどきしたこと。 ひとつでいいから、教えてください」グループ別に、こんな課題を出しました。それを、グループのなかでシェアしてもらいました。「では、次に、今年、一番うれしかったこと、 楽しかったこと、感動したことを 教えてください」そして、「中学校に入ってから」「生まれてからいままで」と、時間を延ばしていきました。最初は「うれしかったことなんて何もない」と言うひともいます。でもね、そんなひとでも、ほかのひとたちの話を聞くうちに、一つや二つ、必ず思い出すんです。何かに優勝したとか合格したとか、そんなおおきなことだけでなく、ほんのちいさなところにも、喜びが隠れていることに気づくんです。ワークをやるにつれて、部屋のなかの空気が変化してくるのを感じました。あちこちで笑い声がこぼれます。ひとりがシェアするごとに、拍手をしているグループもあります。4つの課題が終わったとき、私は言いました。「いま、ここに、195人のひとがいて、 4つのうれしかったことを話したよね。 ということは、780のうれしいことが、 いま、ここで、生まれたんだよ」言いながら、あたたかい空気が、部屋に広がっていくのがわかりました。 いま、まわりを見渡してみると、暗い顔で生きているひとが、いっぱいいます。不平・不満をこぼしているひとも、たくさんいます。たしかに、苦しみもわかります。つらさもわかります。でも、生きてることって、本当にそれだけでしょうか。195人の中学生たちが、あっというまに、780のうれしいことを生み出したように、本当は、だれだって、ひとつやふたつ、喜びを生み出すことができるんです。そして、世のなかのすべてのひとが、ひとつでも、ふたつでも、喜びを生み出すことができたら、きっと、この世界は変わる…。私は、そう信じているんです。生きていることが、悲しみや苦しみにおおい尽くされそうになったとき、どうぞ思い出してください。私たちは、だれでも、ほんの短い時間のなかでさえ、その気になりさえすれば、喜びの生み出し手になれるのだと。お金も使わず、労力もいらず、ほんの少し、想像力と記憶力をはたらかせるだけで。780の「うれしい」ことは、私にそのことを教えてくれたのです。●追記正直に告白すれば、195人全員が、このワークに共感してくれたわけではありません。何人かは、気持ちが引けたまま、ちょっとしらけた目で見ていたことも事実です。それはこれからの私の課題です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第722号(2005年10月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------つながることだけ、信じているのです。地域の子どもミュージカルの脚本を書くようになって、5年になります。50人前後の小学生から高校生たちが約2時間の舞台に挑戦します。そのための脚本です。普通(多くの場合)、脚本を書くときは、まず、プロット(大枠)をつくります。そして、プロットをさらに細分化し、「箱書き」といって、プロットごとに、ストーリーがどんなふうに進むかを、簡単に書いていくのです。ところが、私にはこれができません。たいていは、書いてみたい人物が浮かび、なぜか、クライマックスかラストの場面が、ただそれだけ、見えたりします。そして、何人かの人物が肉づけされてくるころに、最初のシーンが見えてきます。最初のシーンを書かないと、次のシーンが浮かんできません。ある程度、漠然とは浮かぶのですが、その前の場面を書き上げるまでは、ひどくあいまいなままです。ひとによっては、先を書いたり、あとを書いたりしながら、最後につなげるというタイプもいるようですが、私はまったくできません。まるで、トンネルを掘るように、一場面、一場面を書いていくしかないのです。ただ、いつかつながるであろう、クライマックスか、またはラストの場面を、遠い灯(あかり)のように見ているのです。そう、ただ、つながることだけ、信じているのです。その道のりの途中は、立ち止まることも多く、立ち止まったまま、動けないことも多く、何度も何度も、放り出したくなります。でも、それでも、やはり、つながることだけ、信じているのです。信じて、書きつづけるのです。そうすると、いつも必ず、最後にはつながるのです。そう、必ず。 締め切りをかなりオーバーすることも しばしばですが…。(>_
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------あなた自身の光に気づいてください。ひとは、しばしば、自分のうまくいっていないところと、誰かのうまくいっているところを比較します。そして、うらやましがったり、落ちこんだりします。そんなとき、私は、「それって、いい気持ちがすること?」と聴くと、ほとんどのひとが、「いい気持ちのわけがない」と、こたえます。 なかには、「相手を励みにして、 自分もがんばる」というひとも いますが、ごくごく少数です。そして、そのほとんどのひとが、「どうしたらいいかわからない」と、こたえます。それを聞くたびに、私はいつも不思議な気持ちになるんです。だって、もう一度書きますよ。そのひとたちが比較しているのは、自分の「うまくいっていない」ところと、誰かの「うまくいっている」ところなんです。ごくごく少数の「励みになる」ひとたちをのぞいて、最初から、結論は出てますよね。最初からわかっている結論を、あえて選んで、それで、うらやんだり、落ちこんだりしているんですよ。自分で自分を、がけっぷちに追いつめているようなものなんですよ。ためしに、あなたのうまくいっているところと、誰かのうまくいっていないところを比較してみてください。うらやましく思いますか?落ちこみますか? ないでしょう?そう、視点のもっていきかたひとつだったんです。もしも、このことに気づいていないひとがいたら、どうぞ、いますぐ気がついてくださいね。そんな、ベクトルひとつで変わってしまう比較なんか、やめてしまうことです。できているひとを見てはうらやみ、できていないひとを見ては、ほっとする(?)、そんなつまらない循環から、さっさと、抜け出してしまうことです。比較をやめた瞬間から、あなたはあなたのままで、完全になるんです。そしたら、あなたがすべきことは、あなたのこころが、からだが、向かいたいと思う方向に、ただまっすぐに向かうことだけです。あなたはあなたを生きているのです。うらやんでいた、あの誰かの人生を生きているわけではありません。自分より低いと思っていた、そのひとの人生を生きているわけではありません。もともと、比較する意味はないのです。この世にたったひとりしかいない、あなた自身の光に気づいてください。あなた自身の光を、他人との比較で、おおいかくしてしまわないでください。今日は、あなたの光を応援します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第720号(2005年10月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------ただ、すべては幸福のためにあるのです。~幸福のための三段論法~今日は、もう、このひとことで、終わりにしたいくらいです。だって、本当にそれしかないのです。私たちは、幸福になるために生まれてきたのです。だから、私たちは、堂々と、幸福になっていいのです。私たちは、幸福になるべきなのです。 ここはあえて「べき」を使います。(^^ゞけれども、さまざまな理由をつけて、私たちは、自分を幸福にしません。○○がないから、幸福ではない。□□に達しないから、幸福ではない。△△のせいで、幸福になれない。…などなど。まるで、幸福になるためには、エッフェル塔のてっぺんで、32回転トリプルジャンプをしなければならないかのように、たくさんの条件をつけるのです。 別にエッフェル塔に 意味はありませんが。(爆)でも、あなたが、幸福になる方法は、たったひとつだけです。それは、「自分は幸福である」と、宣言することです。そして、それを信じてみじんも疑わないことです。こたえは、そこにあるのですよ。なぜ、それを選ばないのですか。なぜ、そんなことは無理だと、やる前にあきらめるのですか。あなたが、本当に幸福になったことがあるひとなら、私の書いていることが、真実であることがわかるはずです。自分は幸福ではないというあなたは、まだ、本当の幸福を知らないひとです。だったら、あなたには、この方法が間違っていると言う資格はないのです。これが、幸福のための三段論法です。ええ、むちゃくちゃですとも。(爆)でも、ためしてみる価値はあると思いませんか?そして、あなたには、ためしてみるだけの資格があるのですよ。どんな資格か、ですって?あなたは、いままでさんざん、自分は幸福ではないと、言いつづけてきたではありませんか。自分の不幸を、みじんも疑わずに生きてきたではありませんか。それだけの強い信念をもっているのが、あなたなのです。そう、幸福になるには、ちょっとだけ強い信念が必要なんです。でも、あなたにはその信念がちゃあんとあります!あとは、ベクトルの向きをちょいと変えてやるだけなんです。簡単なことでしょう?もう一度、思い出してください。ただ、すべては幸福のためにあるのだということを。あなたは、あなたの幸福を、ただ、見つめればいいのです。あなたの強い信念を信頼して、ね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第719号(2005年10月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------まず、自分自身をケアしてあげてください。「ひとの欠点(長所も)に見えるところは、 自分自身の欠点(長所)でもある」この定義にたいして、もしかしたら、こんな反論をされるかたもいるのでは?「では、カウンセラーなど、 ひとの心理がわかるひとはどうなのだ。 彼らはそれらの欠点をすべてもっているのか」と。こたえは、こうです。「それが見えたときに、こころがおだやかで いられるのなら、それは、そのひとにとって、 克服された課題なのだ」と。つまり、「過去完了形」だってことです。実は、このことに気づくのには、あるきっかけがありました。もう時効になっている(?)ので、思いきって書くことにします。私が、まだ、深い悩みのなかにいたころのことです。ある心理療法をおこなうかたの個人セッションを受けていました。そのかたは、本当に親身になって、私のために、対応してくださいました。けれども、混迷のなかにいた私は、そのかたとのセッションをとおしても、突破口を見出すことができず、とうとう、セッション終了を申し出たのです。そのあとのことです。そのかたから、一通のメールが届きました。その文面を見て、私は目を疑いました。そこには、私の活動や、果ては人格までを批判、否定するような表現が、つらねられていたのです。過激なメールは何通かつづきました。読みながら、私は、胸が痛くなってくるのを止めることができませんでした。そのかたの、隠された深い哀しみが、ひしひしと伝わってきたからです。想像ですが、おそらく、そのかたは、ご自身のなかに、つらいせつない思いを、かかえていらっしゃったのでしょう。だからこそ、そんな思いをするひとをひとりでも減らしたいと、心理療法の仕事を選ばれたのだと思います。けれども、私というクライアントは、そのかたの期待にこたえることができませんでした。そのかたは、失望し、そして、成果の出せない自分を責め、その思いが、いつか、私を攻撃するかたちに、変化していったのだと思います。そのかたのなかでは、そのかた自身の痛みが、まだ、じくじくと、傷口を開けたままになっていたのです。はからずも、私という存在が、その傷口に、塩をすりこんでしまったのです。私は、メールの返事を出しませんでした。あれだけ親身になってくださった、そのかたとの大切なやりとりの思い出を、けがしたくありませんでした。これは、そのかたからのメールではないのだと、こころに言い聞かせ、ただ、そのかたのこころのやすらぎを、静かに祈りました。…メールは、やがて来なくなりました。さて、最初の問題提起にもどりましょう。「ひとの欠点(長所も)に見えるところは、 自分自身の欠点(長所)でもある」これはたしかに、真実なのですが、それが見えたとき、こころおだやかでいられるのならば、それはもう、終わってしまった感情なのです。だから、安心して語っていいし、ふれてもいいのです。でも、もし、それが見えたとき、こころがどこか揺さぶられるなら、相手のことより、何より、まず、自分自身をケアしてあげてください。揺さぶられるというのは、怒りやいらだちも含みます。それは、あなたのなかの、癒されていない感情ということなのです。だから、相手を変えようとするより、先に、自分自身を、癒してあげるのです。あなた自身がまず幸福になることで、あなたのまわりのひとが変わるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第718号(2005年10月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------ひとごとが、自分ごとになるんです。脚本創作の勉強会を主催して、もうずいぶんになります。年2回ほどですが、それぞれの作品を持ち寄って、お互いに批評しあうのです。このときに、ひとつだけ、かたく「お約束」することがあります。それは、「ひとの作品を批評するときは、 自分のことはたなにあげる」!!です。毎回、ひとにたいして言った批評と、同じことばが、自分の作品の番になると、そっくりそのまま返ってくるのです。(笑)つまり、自分も、気づかぬうちに、そのひとと同じことをやってしまっているわけですね。「自分も同じだから、ひとには言えない」と思うと、合評会にはなりませんから、あえて、そんな「お約束」をとりつけた、というわけなのです。(^^ゞでも、このことを、日常にもどして考えてみると、ひとつの法則が見つかります。ひとの欠点(長所も)に見えるところは、自分自身の欠点(長所)でもある、ということです。ただし、それは、まったく同じかたちであらわれてくるとはかぎりません。そのために、自分とはちがうように感じてしまっているのです。私たちがやっている勉強会のように、客観的にその事実を見たときに、はじめて、同じだということが、見えてくるということなんですね。だからね、ここはひとつ、こんなふうに考えてみましょう。ひとの欠点が見えたら、それは、自分自身の欠点でもあるのだと。自分で自分のことは見えないから、ひとという鏡を使って、見せてもらっているだけなのだと。もちろん、ひとの欠点を指摘してもかまわないのですよ。そのときには、自分をたなにあげないことです。日常生活は、特別な勉強会ではないのですからね。(笑)この意識をもってみると、相手にたいすることばが変わってくると思いませんか?ひとごとが、自分ごとになるんです。そしたら、あとは、簡単ですね。自分が言われて、素直に聴けることばを相手にも伝えてあげればいいんです。自分が言われたいと思うメッセージを、相手にも伝えてあげればいいんです。そして、おまけにもうひとつ。あなたの鏡として、わざわざそれを見せてくれている、そのひとに感謝しましょうね。あなたが変われば、そのひとも、鏡をやめることができるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第717号(2005年10月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------必ずうまくいく・失敗してもOK。ワークショップやセミナーの講師を引き受けるようになってから、もう、10年近く経ちます。タイトルは演劇であったり、表現やコミュニケーションであったりとさまざまです。そして、そこに集まってくるひとたちも、年少児さんから、お年寄りまで、実にさまざまです。たくさんの失敗を重ねてきました。自由参加のワークショップで、20人近くいた子どもたちが、終わりころには、数人しかいなくなってしまったことがありました。800人もの中学生の前での講演では、ざわめきが最後までおさまらず、泣きたくなってしまったこともありました。子どもたちが盛り上がって興奮状態になり、逆に、収拾がつかなくなって、鎮めるのに、声をからしたこともあります。ある程度、場数を踏んできたいまでも、新しいこころみのときには、そんな体験を思い出して、どきどきします。失敗したら、つらいなあ。そんな思いがあがってきます。でもね、もう怖れないって決めたんです。「必ずうまくいく・失敗してもOK」そんなことばを、自分にあげることにしたから。「必ずうまくいく・失敗してもOK」矛盾した表現でしょ? でもこれでいいんです。あの失敗があるからこそ、いまの自分があることを知っているんです。あの失敗があるからこそ、もう、あれ以上失敗することはないと、勇気が出せるんです。そして、この「フォーカスチェンジ」の読者のかたなら、ご存知のように、それって、もう「失敗」とは言わないんです。それは、ただ、「体験」っていうんです。体験は、自分をゆたかにしてくれる源です。体験なしには、私たちは成長していくことができないのですから。だから、そこで何が起きても、私は、何かをつかみとってくることができるんです。だから、必ずうまくいくんです。うまくいかなくたって、OKなんです。そうやって、覚悟を決めるんです。あれもやろう、これもやろう。直前まで、いろいろなメニューが頭のなかを飛び交っています。それらを一切捨てて、その場に立ちます。そして、参加者の顔を見ます。すべてのプログラムは、そこから生まれます。いつもいつも新しく生まれ変わって、いま・ここから、すべてがはじまります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第716号(2005年10月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------そんなにこだわる必要はなかったんです。「息止めじゃんけん」という遊びがあります。全員いっせいに、手当たり次第、そばにいるひとを見つけては、じゃんけんをするのですが、ルールがひとつだけ。勝ったら、一回だけ、息をしてよし。負けたら、息をこらえたまま、別のひとを探して、また、じゃんけん。(^^ゞそう、負けつづけて、息がつづかなくなったら、アウト。だから、みんな、必死になって、じゃんけんの相手を探します。その結果、いつもならちょっと避けてるような相手とも、思わず、じゃんけんしちゃうんです。何しろ、いのちがかかってますからね。(爆)そんなとき、気づくんですよ。あっ、いままで避けてたのは、自分の勝手な思いこみだったのかも、って。あのひととは話したくない。あのひととは、気が合いそうもない。そんなふうに思うひとって、実際、誰にでも、いると思うんです。たしかに、合わない部分もあるとは思うんです。全部一致するほうが、不思議ですからね。でも、それを必要以上に拡大しているのは、自分の思いこみなんじゃないかなあって。だって、息止めじゃんけんするだけで、それが、解消されちゃうんです。だとしたら、本当は、それは、そんなにこだわる必要はなかったんです。もうちょっと、発展させて、考えてみましょうか?もしも、あなたががけから落ちそうになったとして、唯一、手を差し伸べてくれたのが、あなたの大嫌いなひとだったとしたら?あなたは、その手を拒みますか?拒むなら、それはそれでOK。あなたは、そのひとが本当に受け入れられないんです。あきらめて、がけ底に墜ちてください。(^^ゞでも、もし、その手を握り返すことができたなら、そのひととあなたのあいだには、まだまだ、歩み寄れる余地があるんです。がけっぷちなら、助かるために、たくさんの荷物を捨てなければならないかもしれないけど、いまなら、そのままでOKなんです。ね? どっちがおトクかわかるでしょ?わかったあなたは、もう、こだわることをやめませんか。あなたが、あなたの人生のなかで、本当にこだわらなくてはならないことは、もっと別にあると思いますよ。さあ、今日はためしに、息を止めて、レッツトライです。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第715号(2005年10月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------体験したことは、なくならないのです。すこし前に、ある中学校演劇部の指導に行ったときのことです。ある場面がうまくいかず、何度もやり直しをしていました。ひとりの登場人物が、相手役と話をしているのですが、次第に怒りがこみあげてきて、ついに怒鳴るという場面です。ところが、本人は真面目に怒鳴る演技をしているのですが、まるで迫力がないのです。声にちからが足りないというか、声が、相手にきちんとぶつかっていきません。だから、相手役も、ちっとも怒鳴られた気がせず、きょとんとしてしまうのです。ああ、彼女は、それ以上の声を出した体験がないんだな。もっと言うと、そういうエネルギーのぶつけかたをしたことがないんだな。見ていた私はそう思いました。ふと、脇を見ると、劇中で使う、自転車が置いてありました。私は、それを「持ってきて」と、頼みました。そして、彼女に、「この自転車を持ち上げながら、 同じせりふを言ってみて」と、提案したのです。(^^ゞママチャリといえども、女の子が持ち上げるには、けっこう、ちからがいります。最初、彼女は、自転車を持ち上げるのに精一杯で、まったくせりふが言えません。「もう一回」容赦なく私の声が飛びます。(^^ゞ 私って、スパルタ指導者?(汗)でも、何度か繰り返すうちに、少しずつ、声にちからが入ってくるようになりました。持ち上げるそのタイミングと、声がぴったり合うと、おなかの底から、今までにない強い声が出てくるのです。見ていたまわりのみんなも、目を見張ります。やがて、「がんばってー」と、声援までかかりはじめました。持ち上げるちからもなくなりかけ、それでも精一杯腕を伸ばそうとする彼女のひたいには、汗がにじんでいました。そして、そののどの奥からは、たぶん、体験したことのない、深い声が出ていました。そのあとの稽古はどうなったかって?自転車を置いて、もう一度同じ場面をやりました。声は、もとに戻っていました。(爆)過剰な期待をしてはいけません。マンガじゃないんですから。(^^ゞでも、体験したことはなくならないのです。一度ひらいた感覚は、必ず、再現できるのです。もう少しの練習が必要なだけです。彼女のすがすがしい表情に、私もひそかに声援を贈ったのでした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第714号(2005年10月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分の傷を見つめてください。私たちは、何かの拍子で、傷つけたいと思っていなくても、誰かを傷つけてしまうことがあります。そんなとき、私たちのこころは痛みます。ときには、夜も眠れないくらいに。実はそのとき、あなたは、そのことで、すでに、「傷ついている」ひとなんです。不思議ですね。傷つけたがわと、傷つけられたがわ、相反する立場でいるようでいて、傷ついているのは同じなんです。なかには、一見、ひとを傷つけて平気でいるように見えるひともいます。でも、そのひとも、実は傷ついています。まず、そのひとは、みずからの、ひととしての尊厳を傷つけています。 ひとを傷つけて平気なひとを、 誰も尊敬はしないでしょう? 地位や権威に へつらうことはあってもね。痛みを感じられないために、そのひとは、同じことを繰り返します。ますます、傷は深まっていきます。そして、さらにもっと深いところで、そのひとは傷ついています。誤解を怖れずにいえば、そのひとの魂が傷ついているのです。この世に生まれてきた本当の意味をまっとうできないでいる魂が、深く、深く傷ついているのです。だからね、ひとを傷つけるひとは、誰もが、傷ついているひとです。もしも、あなたが、ひとを傷つけてしまって、苦しんでいるのなら、その傷をまっすぐに見つめてください。あなたは、誰よりも先に、まず、傷ついている自分自身を救わなくてはなりません。あなたは、ひとを傷つけるという行為を通して、自分で、自分を傷つけてしまったのですから。自分で自分を傷つけた自分に、こころから、お詫びをするのです。もう二度と、魂が苦しむような生きかたはしないと、選択するのです。自分だけが幸福になるのではないかと、おそらく、あなたは怖れるでしょうが、本当はそうではないのです。あなたは、あなたの傷をそのままにして、相手と向かい合ってはいけません。あなたの傷の深さのぶんだけ、また、相手を傷つけてしまいます。あなたが自分の傷を本当に癒すことができたなら、そのとき、あなたの魂は、やすらかで、おだやかです。傷つけた相手に何をすればいいのか、そのとき、あなたにはきっとわかるはずです。ただただ、相手を深く感じ、相手の魂のやすらぎのために、何をしたらいいかを感じられるのです。怖れを乗り越えて、自分の傷を見つめてください。そして、そこにゆるしをあたえてください。遠回りに見えるかもしれませんが、傷つけた相手とつながるために、それが、一番パワフルな方法なんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第713号(2005年10月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------対話をあきらめていませんか?対話のなくなってしまった夫婦がいます。対話のなくなってしまった親子がいます。そのほか、さまざまな関係のなかで、対話のなくなってしまったひとがいます。そんなとき、私たちは、しばしば、こんな言いかたをしてしまいます。「だって、あのひとは、私のことばを ちっとも聴いてくれないんだもの」「何も言っても、無視される」「言ってることが伝わらない」そんなとき、私たちの多くは、実は、自分が伝えることにとらわれていて、相手のことばを聴いていません。もっと言うと、聴いたとしても、相手のことばの表面だけで、相手のまるごとから伝わってくるものを、受け止めようとしていません。お互いがそのようにふるまったとき、お互いに「相手が○○してくれないから」という、悪循環にはまっていきます。尽くすべきことを尽くしてもいないうちに、対話をあきらめていませんか?自分を受け入れようとしてくれないひとのことばを、あなたは、積極的に聴きたいと思いますか?自分のことばの表面だけに反応するひとに、あなたは、こころひらきたいと思いますか?これは、あなたを責めるために言っているのではないのですよ。もっと、ことばではないところも含めて、受け止めてみてくださいという、私からの提案であり、お願いなのです。私たちが、語るのは、何もことばにかぎったことではありません。何よりも、私たちのからだは、つねに雄弁に語っています。緊張したとき、私たちは自然に、腕組みして、無意識のガードを張ったり、一歩引いて、様子見をしたりします。これ、単純ですが、まさにからだが語ることばなんです。逆に、相手に親密感をいだいたときは、からだは、自然に相手に向かってひらき、表情もゆったりとしたものに変化します。これも、また、からだが語ることばです。そうした「からだのことば」「存在のことば」を、もっともっと、受け止めてみてはもらえませんか?そうすると、相手は、自然に、あなたからのまるごとのエネルギーを感じられるようになります。ここから、対話はスタートできるのです。『昏睡状態の人と対話する』(アーノルド・ミンデル著/NHKブックス)という本には、文字どおり、意識のないひととのコミュニケーションの実例が、紹介されています。そんな状態でさえ、対話は成立するのです。(ことばにとらわれなければ)あきらめさえしなければ、対話の可能性は、どこまでも残っているのです。あなたの思いを、あなたのまるごとを、本当に相手につたえるために。そして、相手のまるごとを、あなたが、そのまま受け止めるために。もうだめだと、ギブアップする前に、よかったら、今日のこのメッセージを思い出してみてください。そして、あらゆるかたちの対話を、ためしてみてください。今日は、あなたの「対話」を応援します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第712号(2005年10月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------美しいものを美しいと感じる気持ち。私の友人で、小学校の教員のかたわら、子どもが演じる沖縄戦の脚本を書きつづけているひとがいます。戦争モノ…というと、何となく、「反戦スローガン」を叫んでいたり、ことさら、悲惨さを強調したりする、そんなイメージをもたれるかたが、少なくないと思います。でも、友人の書くものはちがいます。戦争の状況もたしかに描かれてはいますが、そこでもっとも大切にされているのは、時代を経ても変わらない、ひとの感性なのです。たとえば、親が子を思う気持ち。父が娘に、爆撃を受けたときには、どんな姿勢で隠れたらいいのかを教える場面があります。でも、これから育っていく我が子に、教えたいのは、そんなことではないと、父親は、強く思うのです。では、本当に教えたいものは、何なのか。それは、美しいものを美しいと感じる気持ち。戦争のなかで、うしなわれていくのは、ひとのいのちばかりではありません。戦車のキャタピラに、押しつぶされる草花。機銃掃射、艦砲射撃に、身をよじりながら、燃え上がる木々。何百万年をかけて形成された山の斜面が、無残に陥没するさま。血と油と、ちぎれた鉄の残骸が漂う、海。そんなものを、美しいと感じるひとは、誰もいないでしょう。いえ、外がわに見えるかたちだけを言っているわけではありません。ひととひとのきずなを、大切に思うこころ。生きもののいのちのにぎわいをいとおしむこころ。それがうしなわれていくことを、痛むこころ。それこそが、美しいものを美しいと感じる気持ちに、つながるのです。その気持ちを本当に大切に育てたら、私たちは、何をしていいのか、いけないのかがわかるはずなのです。どうか、あなたの日常の、ごく当たり前に見ていること・ものを、もう一度、見直してみてください。それらは、あなたにとって、美しい存在になっていますか?もし、そうでないと感じたら、ぜひ、それらを美しい存在に変えるようにつとめてみてほしいのです。そうしたら、あなたのまわりには、おだやかな平穏がおとずれます。美しいものを美しいと感じる気持ちには、そんなパワーも秘められているのですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第711号(2005年10月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「あたえるひと」になるのです。私たちは、どんなにお金や地位や名誉があっても、そして健康であっても、それだけでは、本当には幸福にはなれません。 もちろん、それらにたいして、 感謝の気持ちをもつことは 大切なことですが。私たちを本当に幸福にしてくれるのは、私たちが、この世界のなかで、どんなにささやかでもいい、誰かのために何かができるということ。そう、「あたえるひと」になれたとき、私たちは、真に深い喜びと、幸福を手に入れることができるのです。でも、「あたえるひと」になるのは、そんなにたやすいことではありません。私たちは、いつでも、「足りない気持ち」にとらわれているからです。○○さえ、手に入れば満足するのに…。○○は、私のことをわかってくれない…。○○がなければ、うまくいくのに…。そんなふうに、足りていない部分と、満たされていない自分ばかりを、強く感じてしまいがちなのです。そして、それさえ手に入れば、幸福になれると信じているのです。でも、それは本当でしょうか?理想のひとと結婚したのに、あとで別れてしまうひともいます。ほしかった仕事についたのに、ため息ばかりついているひともいます。「こんなはずじゃなかった」と、また、あらたな「足りないもの」を探しはじめるのです。もうそろそろ、その循環から抜け出しませんか?いつまで、足りないものばかりに目を向けつづけるのですか?あなたが、まだそこで、幸福を探しつづけたいのなら、それはそれで、かまいません。でも、そうではないと思ったあなたは、どうぞ、ためしてみてください。いま、この瞬間から、「あたえるひと」になるのです。何を? あなたがあたえられると思うものなら、何でも。どんなにささやかでもいいのです。いえ、はじめは、うんとささやかなほうがいいかもしれません。それは、朝のあいさつであったり、ちいさなほほえみであったりします。あるいは、「ありがとう」のひとことであったりします。そんなことが、「あたえること」になるんです。そんな積み重ねが、あなたを「あたえるひと」にしてくれるんです。あなたは、あたえたその瞬間に、「あたえることのできる」幸福を手に入れるでしょう。「あたえるひと」になることによって、あなたは、「受け取るひと」になれるんです。どうぞ、この瞬間からトライしてみてください。今日は、あなたの「あたえる」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第710号(2005年10月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------私たちは、選択してここにいます。宇宙が生まれたとき、まだ、この銀河系は存在していませんでした。銀河系が生まれたとき、まだ、太陽系は存在していませんでした。太陽系が生まれたとき、まだ、地球は存在していませんでした。地球が生まれたとき、まだ、最初の生命は存在していませんでした。最初の生命が生まれたとき、まだ、人類は存在していませんでした。人類が生まれたとき、まだ、私は、存在していませんでした。けれども、宇宙が生まれた瞬間に、すでに「私」なるものの萌芽は、存在していました。無から有は生まれません。それらはすべて、最初から、宇宙というプログラムのなかに組みこまれているものなのです。「私」なるものの萌芽は、そのとき、まだ、かたちをもっていませんでした。「私」なるものの萌芽は、ずっとずっと、時期を待っていました。そして、いま・ここを選んで、かたちをもって生まれてきました。また、私たちをかたちづくるものは、遺伝子…、DNAです。このDNAのうち、(記憶なので、不正確な数字ですが)一生のうち、使われるのは、ほんの数%なのだそうです。最初からすべてあるのに、ほとんど使わずに終わっていくのです。これらのことは、何を意味しているのでしょうか?たとえば、こんなふうに考えてみては、どうでしょうか。「私」なるものの萌芽は、かたちのないままでも存在はできたけれど、かたちのある存在も、体験してみたかったのです。遺伝子は、そのときどきに、「使ってみたい」ものだけを使っているのです。私たちは、この一生を終えると、また、宇宙へと還元されていきます。そして、いつかまた、かたちをもって、生まれてきます。私たちの人生は、永遠につづくいのちのプロセスの、ほんの瞬間なのです。そして、この「私」という存在も、永遠につづくいのちのプロセスの、ひとつのあらわれに過ぎません。永遠を知るためには、限界が必要です。全体を知るためには、部分が必要です。体験をするためには、それを知らないことが必要です。推理小説のおしまいがわかっていたら、私たちは、読みたいとは思いませんね?「私」なるものの萌芽も、きっとそう思ったにちがいないのです。だから、忘れてくるんです。もう一度、まっさらに体験するために。喜びも悲しみも、せつなさも痛みも、すべて体験するために、私たちは、選択してここにいます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第709号(2005年10月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------分離感が、私たちを隔てるのです。子どものころ、郷里の北海道には、家と家のあいだに、塀がありませんでした。冬のあいだ、雪が降っては積もり、隣の家との境目はなくなり、ゆるやかに、雪でつながっていました。家だけではありません。新雪が降った朝は、すべてのものが、まっさらな白におおわれていました。家も道路も畑も橋も木々も、世界はすべて、ひとつながりの白の景色のなかにありました。そんなふうに、世界は、本来、すべてつながっているのです。つながっていないものは、ひとつもありません。ですから、私たちは、本当はあらそう必要はないのです。それはまるで、自分の手で自分の足を、攻撃しているようなものなのですから。でも、私たちは、あらそいます。まるで、相手と自分はつながっていないもののように錯覚して。この錯覚のことを、分離感といいます。分離感が、私たちを隔てるのです。分離感にとらわれているとき、私たちは、自分の手が攻撃している先に、自分の足があることに気づきません。分離しているという錯覚のもとでは、私たちは、痛みに気づくこともできません。でも、もうそろそろ、気がついてもいいころだと思いませんか。地球のどこかで起きた火山の爆発は、翌年の気象に影響を及ぼします。地球のどこかで起きた地震は、対岸の岸辺に津波をもたらします。つながっていますからね。人間の営みだって、それと同じこと。自然の申し子である私たちが、自然とことなる存在のしかたなど、できないことなのですから。分離感を手放しましょう。私たちが、ひとつであるということを思い出しましょう。その瞬間に、私たちは、あらそうことをやめることができます。つながりのなかで、生きていくことができるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第708号(2005年10月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------痛みを受け止めてください。ひととのあいだに、トラブルが起きたとき、私たちは、ついつい、相手を非難します。自分にはこれだけの正当性がある。それなのに、相手は…。たいていは、そんな気持ちになってしまうわけですね。もちろん、それは間違ってはいません。でも、ちょっと待ってくださいね。もしも、相手が、あなたのその主張にたいして、即座に、「あなたの気持ちが、本当にわかった」と、受け止めてくれたとしたら、あなたは、それでも怒りつづけますか?ちがいますね。解決すべき問題はそのままであっても、あなたの気持ちは、そこでいったん、やわらぐはずです。「ああ、このひとは、 自分の気持ちを受け止めてくれた」そう思った瞬間に、相手とは、対立の関係ではなく、この問題をともに考えていく協働関係に変わっているはずなんです。そう、あなたがほしかったのは、実は、具体的な解決策よりも何よりも、「自分の痛みを受け止めてくれる」、まず、そのことだったのです。それがすべての出発点なのです。角度を変えて、考えてみましょう。トラブルが起きたとき、あなたは、すぐに、解決策を考えようとしていませんか?もうおわかりですね。それは、間違いではないけれど、必ずしも、解決の近道にはならないのです。まず、相手の痛みを受け止めてください。受け止めることは、イコール「同意する」こととはちがいます。「そうだったんですね」「あなたがそんなふうに感じていたことを、 私は、気づかずにいました」「あなたの気持ちが、いま伝わってきました」そうです。いい・悪い、正しい?間違いではなく、まるごと、そのまま受け止めるんです。ひととひとは、理屈ではつながれません。こころでつながるのです。もっというと、感情でつながるのです。痛みを受け止めてください。痛みを知らないひとは、ただのひとりもいません。私たちは、痛みでつながれるのです。解決策は、その先に生まれてくるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第707号(2005年10月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------怒りは、実は、あなたのサポーターなんです。怒りの感情は好きですか?怒りっぽいひとはいても、怒りの感情そのものが好きというひとは、あまりいないと思います。まして、怒られるのが好きなひとは、ほとんどいないと思います。それでも、私たちは、怒ります。まったく怒らないというひとを、見ることはめったにありません。怒りの感情は、どうして存在するのでしょう?怒りは、実は、あなたのサポーターなんです。たったいま、気がつきました。(^○^)あなたが怒っているとき、あなたのからだの状態は、どうなっていますか?脈拍があがり、動悸がしています。全身にちからが入り、血が沸きあがってくる感覚を覚えます。つまり、あなたの生命エネルギーは、そのとき、全開になっているんです。考えてみてください。瀕死の病人は、そんなことできません。あなたの内がわには、それだけの激しいエネルギーがある。怒りは、あなたにそれを教えてくれているんです。怒ることのできるひとは、生命エネルギーにあふれているひとです。まず、そのことに気づいてください。そしてね、次は、目の前を見てみましょう。あなたが怒りを発しているとき、目の前のひとは、うれしそうですか?あなたの怒りがあがればあがるほど、目の前のひとは、にこにこして、あなたに近寄ってきてくれますか?…たぶん、くれませんね。(^^ゞそうなんです。怒りは、実は、自己犠牲の精神がとても強い存在なんです。あなたが、他者とどんなふうにかかわったらいいのかを、教えてくれているんです。わざわざ、反面教師としてね。あなたが、喜びややすらぎやおだやかさで、目の前のひとと接したとき、それが、どれほど幸福な状態であるか、あなたは、しみじみと知るでしょう。でも、それは、怒りという強い感情を知っているからなのです。最初から、喜びややすらぎやおだやかさだけしか知らなかったら、あなたは、その幸福に、気づくこともなかったかもしれません。だからね、わかるでしょう?あなたにとって、怒りが、どれほど大切な存在であるか。怒りは、あなたと出会い、あなたにエネルギーを注ぎ、そして、あなたから去っていくことによって、サポーターさんとしての使命をまっとうするんです。 なんだかまるで、 「泣いた赤鬼」の 青鬼さんのような存在です。(泣)いつまでも、サポーターさんに頼っていてはいけませんよ。あなたのために、あえて悪役を買ってくれている怒りに、どうか、おやすみをあげてくださいね。怒りに頼らなくても、人間関係を保っていけるちからを、あなたはつけなくてはなりません。それでこそ、あなたのサポーターさんに恩返しができるというものなんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第706号(2005年10月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------怖れとは、究極のサポーターです。怖れについて書こうとしていたら、ふっとこのことばがあがってきました。「怖れとは、究極のサポーターです」おおおっと、思わず叫んでしまいました。それが、真実であるということを、その瞬間に理解することができたからです。怖れの前で、あなたはどうしていますか?立ちすくみ、迷い、惑い、振り返り、まわりを見、また、前を見る…。そんな繰り返しをしていませんか?怖れは、そんなふうに、あなたに、前に進むことをためらわせます。でも、なぜなんでしょう?なぜ、怖れは、あなたをそんなふうに引き止めるのでしょうか?こたえは、決まっています。その先に、もっとすてきなことが待っているからです。どういうことかというとね、怖れは、あなたに、こうささやいているんです。「あの先に、いまよりもっとすてきな ことが待っているんだよ。 でもね、それを選びとるには、 勇気や、エネルギーが必要なんだ。 あなたが、その勇気やエネルギーを もてるまで、ボク(←なぜか男?)が、 しっかりここで支えていてあげるからネ」そして、あなたの足もとがふらつかないように、しっかりと、おさえていてくれているんです!とても真面目で慎重な性格なので、あなたが中途半端な気持ちのときには、手を放したりしないんです。でも、あなたが、その先を選びとるための勇気やエネルギーをもった瞬間には、「よっしゃあ」と、手を放して、飛び立たせてくれるんですよ。だって、それが、仕事ですからね♪こんなすてきな存在を、サポーターと呼ばずして、なんと呼べばいいのでしょうか?(笑)そういえば、私にも記憶があります。かつて、ある選択をしたとき、私は、たしかに、こう言ったのです。 「怖れさん、ありがとう。 もう、そこにいなくていいよ。 私は、これを選んだんだから、 私から離れていいんだよ」 もちろん、すがたが見えていた わけではありませんが、どうしても、 そう言わずにはいられなかったんです。その瞬間に、こころもからだも、ふわっと軽くなって、私は、必要な選択をすることができたんです。私の大切なサポーターさんである怖れが、「ようし、そうか、行っといで!」と、私を手放してくれたんです。だからね、すべて、あなたが決めていいんです。怖れは、あなたのサポーターなんです。究極のサポーターなんです。あなたが決めた瞬間に、「よし、行けー」って背中を押してくれる応援団に変身するんです!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第705号(2005年10月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「コイジマブコン」でいきましょう。未知のあることにたいして、私たちは、しばしば怖れをいだきます。それは、たいてい、あなたの過去の体験や知識をもとに判断したことです。たとえば、あなたは、「コイジマブコン」についてどう思いますか?…こう聞かれて、「コイジマブコン」を怖いと思うひとは、いないはずです。なぜなら、あなたは、「コイジマブコン」が何かを知らないのですから。 当然です。かめおかがいま考えた 単なるでたらめことばですから。あなたは、過去に、だれかに傷つけられた体験があるかもしれません。でも、未来も、だれかが、あなたを傷つけるかどうかは、わかりません。まったく同じ状況や人間関係など、存在しないからです。もしも、同じパターンが繰り返されてしまうなら、それは実は、繰り返されたのではなく、あなたが、繰り返したのです。過去の体験・知識・実績をもとに、「こういうときはこうなるにちがいない」と、みずからシナリオをつくったのです。そして、そのようにふるまったのです。怖れとは、あなたが、過去の記憶というデータにもとづいてつくりだしたただの幻影にすぎません。あなたは過去に生きているのではなく、いまを、生きているのです。そして、これから先にあるのは、過去ではなく、未来です。あなたが怖れているものは、いまにも未来にも、どこにも存在しないのです。この当たり前のことに気がついてください。それらは、すべて、「コイジマブコン」なんです。怖れる必要のないものなんです。「コイジマブコン」でいきましょう♪あなたの人生を、怖れを捨てて生きましょう♪さてと。ここで、ちょっと種明かし。コイジマブコン…ココイジマブン…ココイマジブン…イマココジブン…。いま・ここ・自分♪すべてはここからはじまります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第704号(2005年10月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------怖れの正体を、見てあげるんです。ある選択を前にして、決めたいのに、なかなか決心できない。ある課題にたいして、踏み出したいのに、なかなか決心できない。そんなとき、私たちのこころには何が影を落としているのでしょうか。それは、怖れの感情です。失敗したら、いやだ。恥をかくのは、いやだ。傷つくのは、いやだ。そんな感情が、私たちを次のステップに進むことをさまたげます。でもね、本当は、怖れる必要なんかないんですよ。だって、怖れには実体がないのです。私たちが、何かを怖れているとき、実は、そのすがたが見えていないというだけのことなんです。だって、それらはすべて、まだ起きていないことなんですから。怖れは、怖れであるために、あえてすがたを隠しているのです。そして、あなたは怖れを怖れるあまり、あえてそのすがたを見ずにいるのです。だから、怖れを超えたいと思ったら、一歩踏み出して、怖れの正体を、見てあげるんです。はっきりと目を見開いて、勇気を出して。すがたが見えたとき、それは、もはや、怖れではありません。それは、克服すべきものであったり、もう少し時間をかけて、用意すべきことであったり…に変貌します。そしたら、あなたは、それにたいして必要なことをすればいいだけです。ね? だから、何も心配はいらないでしょう。あなたは、あなたの生きたいように、生きていい。怖れを選択する必要はないのです。もう一度、繰り返しますね。あなたは、あなたの生きたいように、生きていい。ただ、あきらかに見て、必要なことを選択するだけでいい。そのとき、あなたは、怖れを超えるでしょう。怖れは、あなたの前からすがたを消すでしょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第703号(2005年10月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------どこに視点を置くかで変わります。私のワークショップでは、しばしば、「からだほぐし」を取り入れています。2人組になって、相手にからだを揺すってもらうことで、ゆるゆるとからだをほぐしていく方法です。 からだの外がわを揺するのではなく、 内がわを揺するのがポイントです。 (体験しないと、わかりにくいですが)これ、実は、「寝にょろ」といって、演劇の準備体操として、使われている方法なんです。私自身、かつて、竹内敏晴さんの教室に通っていたときに教わりました。 ただ、私の場合は、同じ手法を使わせてもらいながら、演劇という表現はもちいません。代わりに、こんな説明をしています。「私たちのからだの70%は水です。 池に小石を投げこめば、 波紋がどこまでも広がっていくように、 からだもまた、ほんのわずかの刺激で、 からだのなかの水が、反応します。 水が、からだを 『みずから』ほぐしてくれるんです。 ちからまかせにほぐすことは、 からだにたいする、コントロールです。 からだにたいする、傲慢です。 地球にたいする、傲慢です。 からだを信頼してください。 相手のまるごとを信頼してください」そう、からだにまかせてみることがポイントなんですね。同じ動きをやっても、その目的は、どこに視点を置くかで変わります。どちらがいい・悪いではありません。「視点を置いてみる」ということが大切なんです。あなたのそのことばは、行動は、何に視点を置いたものですか?なんとなく、あいまいにして、日々を過ごしていませんか?他人の基準や常識にまかせて、自分の視点を忘れていませんか?今日は、少し、あなたの生きかた、あなたの生活を「何を大切にしたいのか」「どこにポイントを置きたいのか」と、意識してみましょう。そして、あなたのことば、あなたの行動を、そこに合わせてみるんです。視点を合わせてみると、そこが、軸になって動きだします。 たとえば、体操ひとつとっても、「いま、この筋肉をほぐしている」と、意識するだけで、確実に、ほぐれかたが変わります。こころは、もっと敏感ですよ♪視点をはっきりと定めてみてください。ちがうと感じたら、何度でもやり直してかまいません。あなたの視点を定めてください。あなたの焦点を合わせてみてください。あなたのパワーがあがります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第702号(2005年10月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------天を向いて泣きましょう。笑いましょう。先日、ある友人と話をしていたときのことです。「泣きたいときには泣くといいのよ」と言いながら、私はふと気になりました。「ね? どんな姿勢で泣いてる?」変な質問と思われるかもしれません。これにはわけがあるのです。ためしに、両腕で自分を抱きしめるようにして、身をかがめ、うつむいてみてください。この姿勢で、泣くとどうなるでしょう。息はおさえられ、押し殺すような声しか出てきません。あなたの感情は、どんどん、あなたの内がわにためこまれます。泣いても、泣いても、感情が癒されることがないのです。今度は、両腕をはなし、天を向いて、胸をひらいてください。この姿勢で泣いてみてください。(^^ゞのどが開いているので、自然に声がおおきく出てきます。胸もおさえつけていませんから、感情は、どんどんあふれてきます。私たちは、ふだん、感情を自由に表現することになれていません。自分の気持ちを、素直に出すことは、恥ずかしいことだと、教えられることさえあるのです。でも、そうではありません。感情は、解放していいのです。そのためにも、姿勢は大切です。内にこもる姿勢をやめて、外に解き放ってやるのです。悲しいときだけではありません。うれしいときもそうです。見ていると、やはり、笑うときに、からだをかがめているひとが多いのです。思い切って、天を向きましょう。天を向いて泣きましょう。笑いましょう。息をたっぷり吐いて、吸って、その息を全部使うつもりで、思いきり、声を出してみるんです。そう、泣くときも、笑うときもね。そのとき、喜びは増幅され、悲しみは、解き放たれて、消えていきます。その感情は、まわりのひとにも伝わります。ああ、天を向いて感情を解き放つって、気持ちのいいことなんだな。そんなふうに感じるんです。そうしたら、解放の循環が始まります。天を向いて泣く。天を向いて笑う。たったそれだけのことが、あなたの人間関係を変えるかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第701号(2005年10月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------光のプロセスを、ゆきましょう。誰かに傷つけられたと感じるとき、ひとは、さまざまな反応をします。感じた痛みのぶんだけ、相手を攻撃してしまうひと。自分が悪いと思ってしまうひと。歩み寄ろうと、こころみるひと。ほかにも、いろいろありますね。実は、何を選んでも、「間違い」はありません。言い換えれば、すべては「正しい」のです。 ただし、…そのひとにとって、ね。 ほかのひとには、そのひとだけの 「正しさ」があり、押しつけることも 比べることもできません。それらはすべて、「プロセス」と呼ぶのです。すべてのひとにとって、生きるということは、「プロセス」なのです。たしかに、私たちは、ときに、目の前の状況を選ぶことができないかもしれません。でも、その状況にたいして、どのように向き合い、生きるかという「プロセス」を選ぶことはできます。誰かに傷つけられたと感じたとき、攻撃するのも、そのひとの「プロセス」。自分を否定するのも、そのひとの「プロセス」。ちがうありかたを探るのも、やはり「プロセス」。そして、その選んだプロセスによって、次のプロセスが決まります。あなたは、あなたの「プロセス」を、自分で選ぶことができます。怒りと憎しみの「プロセス」であれ、ゆるしとやすらぎの「プロセス」であれ、すべて、あなたの選択にかかっています。そして、怒りと憎しみの「プロセス」を選んだひとは、それにふさわしいギフトを受け取りながら生きるのです。ゆるしとやすらぎの「プロセス」を選んだひとも、それにふさわしいギフトを受け取りながら生きるのです。プロセスが終わるのは、そのひとの、人生が終わるとき。 終わりかたによっては、実は、 本当には終わらないこともありますが…。そこでね、これは私からの提案です。 提案っていうことは、拒否権も もちろんあり、ってことです。(^^ゞ光のプロセスを、ゆきましょう。光のプロセスを選べる、あなた自身を信頼してください。あなたには、それだけのエネルギーがあります。それだけのつよさがあります。 もしも、そうでないと思うとしたら、 それは、忘れているにすぎません。 忘れていることは、 思い出せばいいだけなのですよ。あなたが、光のプロセスを選ぶとき、あなたは、光につつまれます。光につつまれた、あなたは、あなたのまわりにあった影が、そのとき、光に変わるのを見るでしょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第700号(2005年9月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------誰も、あなたを傷つけることはできません。誰も、あなたを傷つけることはできません。こんなことを書くと、「そんなことはない」と、言いたいひとが、いっぱいいるでしょう。でも、あえて繰り返しますね。誰も、あなたを傷つけることはできません。もしも、あなたが傷つくとしたら、それは、あなたが、「傷つけられたと感じた」ときなのです。言い換えれば、あなたが傷つけられたと感じなければ、あなたは、どんなときでも、けっして傷つくことはないのです。私たちは、長いこと、自分の感情を、他人まかせ、環境まかせにしてきました。つまり、自分の感情を左右するのは、自分以外の外因であると思ってきたのです。でも、本当にそうなのでしょうか?こんなたとえはどうでしょう。一定量の硫酸を飲めば、たいていのひとは、即死にます。(てゆーか、生きてるってひとを知りません)だから、硫酸は、ほぼすべてのひとにとって、毒であると定義できます。では、おでんはどうでしょう。たいていのひとは、おでんを見ても、何も、どうとも思いません。でも、あなたがかつて、おでんを食べて、食中毒を起こしたことがあったとしたら、あなたは、おでんを見ただけで、拒否反応を起こすかもしれません。こんなとき、私たちは、どうすればいいのでしょうか?人生のあちこちで、あなたは、おでんに遭遇するでしょう。でも、世のなかから、おでんを消し去ることはできません。あなたが、おでんを食べて食中毒を起こしたことは、たしかに、不運なことだったかもしれません。でも、おでんを避けて生きていくかぎり、あなたは、この世のなかを、まるごと受け止めることはできないのです。もったいないと思いませんか?おでんを食べて食中毒を起こしたことは、消し去ることのできない事実です。でも、それをあなたの人生の汚点にする必要はないのです。あなたはそこで、あなたなりに、貴重な学びを得たのです。そのことだけを受け取ればいいのです。そして、あなたがそう決めさえすれば、もう、傷つく必要はないのです。あなたを傷つけるひとがいるとしたら、それは、あなた自身にほかなりません。そんなことをする必要はないのです。あなたが傷ついていることで、幸福になるひとは、誰ひとりいません。でも、あなたが幸福になることで、幸福になれるひとは、たくさんいます。あなたは、あなた自身の幸福を、自分で選択できるのです。傷つけられたと感じる感情をどうぞ、手放してください。「ありがとう。もういいよ」って。あなたには、幸福になる権利があるのですから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第699号(2005年9月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------からだの準備、できてますか?私は、ワークショップのときには、可能なかぎり、30分くらい前には会場に入り、からだほぐしをやります。ワークショップをリードしていくために、必要な状態をつくっておくためです。これって、ワークショップのときだけではありません。講演のときや、演劇部の指導のときなど、さほどからだを動かさない場合でも、必ず、この時間を確保します。からだほぐしをしておくと、からだが、とてもリラックスします。からだが、リラックスすると、気持ちも、ほっとやわらぎます。そうすると、スムーズに、その仕事や活動に入っていけるんです。これって、実はとっても大切なこと!仕事に向かうとき、ひとに会うとき、何かをはじめるとき…。からだの準備、できてますか?がちがちのこわばったからだのままで、仕事の能率をあげようとしてませんか?気力だけで乗り切ろうとしてませんか?それって、とても効率が悪いです。一番調子のいいとき、あなたのからだは、どんな状態ですか?その感覚を思い出してみてください。そしたら、その感覚を、からだにも、思い出させてあげるんです。やりかたはひとそれぞれ。柔軟体操でも呼吸法でもご自由に♪そして、これって、ほかのひとにも応用できるんですよ。たとえば、学校の先生なら、朝一番、子どもたちが眠そうなとき、ほんのちょっと、歌を歌ってみる、ゲームをしてみる。ほんの数分で、目が覚めてきて、授業に集中できるからだになるんです。もうひとつ、からだの準備ができていると、ほかのひとのからだの状態も、感じ取れるようになるんです。相手のからだの状態に合わせて、対応することだってできるんですよ。ついつい忘れがちな、からだのこと、ときどきは、こんなふうに、思い出してみてくださいね。あなたの仕事の質が変わりますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第698号(2005年9月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分の源へ還るということ。先日、ご縁があって、オーラソーマのミニ体験をしました。 私がミニ体験させていただいたのは、 「夢はっばちゃん」さん。 100本以上ある、ことなる色のボトルから、こころひかれるボトルを1本だけ選び出します。そして、そのボトルがもっているメッセージを受け取ります。それは、現在の私を示しているボトルなのだそうです。 この日はミニ体験でしたので、 すべてこの方法でおこなうとは かぎりません。念のため。私は、さんざん迷ったあげく、ある、1本のボトルを選びました。それは、なんとなく、私に、海を思い起こさせたのです。ボトルを手に、見つめながら、私は、こころが凪いでくるのを感じていました。すると、今度は、もう1本、生年月日で決まっているボトルを示されました。手渡されてみて、驚きました。2つのボトルは、実によく似た色をしていたのです。2つとも、海のボトルでした。(私のイメージのなかで、です)生年月日のボトルのほうが、より深い色をしていました。もしも、それが、夜明け前の海であるならば、現在の私のボトルは、夜明けの光が差しこんでくるその一瞬前の海でした。いえ、光はもう、差しこんできているのかもしれません。次の瞬間には受け止めるであろう、光を予感して、ほのかにみずからが光を発しているのです。自分の源へ還るということ。そんな思いが湧いてきました。生きていくということは、ある意味、未知の海に漕ぎ出すことなのかもしれません。目的地も現在位置もわかりません。探して、探して、探しつづけます。たくさんの体験と、たくさんの学びと、たくさんの感謝を受け取りながら。そして、やがて気づくのです。それらすべて、本当は、生まれる前に全部、わかっていたことなのだと。それを手放して、ゼロから、トライしてみただけなんです。なぜって?だって、宝物は、探してから見つけたほうが、よりうれしく感じるものでしょう?最初から、何もかもわかっていたら、わくわくすることもないでしょう?あなたの苦しみも悲しみも、みんな、旅の途中なんです。本来の自分に還るためのプロセスなんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第697号(2005年9月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------七代先のことまで考えて決める。これ、私のことばではなくて、アメリカ・インディアンのイロコイ族の格言です。 有名なことばなので、 ご存知のかたもおおいかも。味わい深いことばだけれど、七代先って、いつのこと?…なんて思ってしまったりもするのです。そのくらい、私たちは、目先のことしか考えられない生活をしているのでしょうね。だから、ここは、おおざっぱに考えてみましょう。あなたがそのことばを発するとき、あなたがそれをおこなうとき、どこまで先を考えますか?あなたのことばを受け取るひとが、あなたのおこないにかかわるひとが、どんなふうに受け止めるのか。それって、ひとの目を気にして、自分をセーブしなさい、ということではありませんよ。私たちは、たがいに、影響しあって生きています。影響しあわない関係はありません。そのことを、自覚してほしいということなんです。あなたのひとことは、誰かを喜ばせることもできます。その誰かは、その喜びを、さらに誰かにつなぐかもしれません。逆に、あなたのひとことは、誰かを怒らせるかもしれません。その誰かは、その怒りをさらに、誰かにぶつけるかもしれません。もしかしたら、10年後、あなたは、誰かから、贈りものを受け取るかもしれません。あなたは、それを感謝しますが、もとは、あなたが発した喜びがまわってきただけかもしれないのです。そして、逆に、怒りもね。こんな連鎖が、つづくんですよ。人類がほろびてしまわないかぎりは。だからね、ほんのちょっとでいいんです。七代先のことまで考えて決める。その第一歩が、いまなんだと、意識してみてほしいんです。そしたら、あなたの生きかたが変わります。あなたの生きかたが変わると、世界が変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第696号(2005年9月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.05.05
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