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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------自分で治っていくちからをもっています。よく知られている問いですが、あらためて聴いてみましょう。「お医者さんは病気を治せますか?」こたえは、「ノー」ですね。お医者さんにできるのは、病気の治りをよくするために、薬や手術などを使ってフォローすることだけです。最終的に病気を治すのは、あなた自身のからだです。お医者さんが、あなたの傷口を縫い合わせてくれても、それだけでは治りません。その縫い目がくっつくのは、あなた自身のからだの反応の結果なのです。これって、同じことがこころの問題についてもいえますね。ヒーラーさんやセラピストさんたちは、いわば、そういう、お医者さんのような存在です。彼らは、あなたのこころの問題を解決するために、さまざまな方法で、気づきのきっかけをくれたり、支えてくれたりはします。でも、最終的に、悩みから抜け出すのは、あなた自身のちからで、なのです。私たちは、もっと、自分自身のちからを信用していいのです。どんなに「自分にはそんなちからはない」というひとでも、すり傷をつくれば、三日もすれば治っていくでしょう。あなたには、もともと治るちからがそなわっているんです。それは、人間ならば誰でも、もっているちからなんです。「そんなちからはない」と、なおも主張するとしたら、「私は人類ではない」と、と言っているようなものです。 それならそれで、また 別の価値がありますから、 しかるべき機関に 出向いてください。(笑)自分以外のさまざまな要素は、どんどん参考にしてください。本を読むのもいいし、セミナーに出るのもOK。修行をするのもいいし、共通の話題をもつひとと話してみるのもいいでしょう。 そのなかから、あなたの好みの「治しかた」を見つければいいのです。あなたがその気になることが、最初で最後のポイントです。もうひとつ、おまけです。たとえあなたのまわりに、「いつまでも自分で 選ぼうとしないなあ」と感じるひとがいたとしても、それは、あなたの問題ではありません。そのひとを治せるのはそのひとだけです。そのひとが、あなたに助けをもとめてきたら、必要に応じて、返事してもいいでしょうが、おせっかいは禁物です。そのときでさえ、そのひとの領分をおかしてはいけません。あなたにできることの限界を知るべきです。私たちは、誰もが、自分で治っていくちからをもっています。今日はそのことを、祝福しあいたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第935号(2006年5月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------制限しなくていいのです。私たちは、日々、知らず知らずのうちに、自分にたいして、たくさんの制限をもうけています。自分は~~ができない。これは、無理だ。これをしてはいけない。…などなど。制限をもうけるたびに、知らず知らずのうちに、私たちは、エネルギーをうしないます。エネルギーをうしなうと、ますます、自分を守ろうとし、結果、さらに、制限を増やしてしまいます。マイナスの悪循環のはじまりです。あなたは、これからも、制限だらけの自分を生きていきたいですか?私は、あなたにあなた本来のエネルギーを発揮して生きてもらいたい。だから、今日は、制限を一気に突破するパワフルな魔法のことばをプレゼントします。「私は~~していい」あなたが制限しているすべてのこと・ものについて、そのことばを、「~~」に入れて、宣言してください。私は、幸福になっていい。私は、最高の人間関係に恵まれて生きていい。私はやりがいのある仕事を楽しんで生きていい。私は、必要なお金を必要なときに手に入れていい。私は、私が生きることをとおして、ひとを喜ばせ、勇気づける存在であっていい。…そう、まさに制限なく、どんどん宣言するんです。遠慮する必要はありません。私利私欲が入っていても全然OK!(笑)あなたは、最初のうち、「~~していい」のところで、ひそかな罪悪感を覚えるかもしれません。「自分にはそんな資格は あるのだろうか」「こんなに欲ばっても いいのだろうか」そしたら、そのたびに、「いいんだよ」「大丈夫だよ」「OKなんだよ」と、自分にゆるしを与えてください。そして、その宣言をよりパワフルなものにしていってください。どうですか?自分の内がわから、エネルギーが湧いてくるのを感じませんか?あなたの内がわから湧き上がるそのエネルギーを、静かに感じてみましょう。深く呼吸して、胸を張って、前を見てみましょう。あなたに注がれる光を感じてみましょう。すべてがゆるされているあなたは、この地上に愛されて存在しています。惜しみなくあなたを包むこの地球の愛を深い呼吸とともに、その胸に受け止めましょう。あなたは、自分を制限しなくていいのです。だって、これほどまでに深く愛されているのですから!愛に満ちたあなたは、制限や怖れによってではなく、その愛をもって、愛とともに、あなたの生きたいかたちを生きてください。あなたの望みは、あなたの人生のなかで、一番必要なタイミングとともに実現していきます。あなたは、ただそれを受け取るだけでいいのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第934号(2006年5月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------求めている声があるのです。私たちは何かによって傷ついた(と感じた)とき、さまざまな反応をします。被害者の立場を主張して、相手を責めるひともいます。おとなの態度で、何ごともなかったふりをするひともいます。でも、いずれの場合も、あまりうまくいきません。責めつづけられれば、相手は次第に、殻に閉じこもるでしょう。コミュニケーションは、ますます成り立たなくなります。おとなの態度をとれば、表面はうまくいきますが、内面は、日増しに鬱屈していきます。あなたの深いところが、傷ついたままになっているからです。被害者も、おとなも、それは、本来のあなたではありません。自分ではないものを選んでしまったとき、私たちは、その選んだものに苦しめられることになります。それは、いったんつけてしまった仮面と同じだからです。被害者を選んだあなたは、被害者である状態を、維持しなければならなくなります。おとなを選んだあなたは、おとなである状態を維持しなければならなくなります。自分の内がわで、何かが声を発したとしても、被害者またはおとなに適合しないものだと、あなたは、受け入れることができないのです。そうすると、ますます、被害者としての現実が、おとなとしての現実が、立ち現れてくるようになります。だから、あなたは、本当は、自分にたいして、こう問いかける必要があるんです。「本当にほしいものは何?」と。あなたは、ある時点で、それを求めることに絶望を感じたのかもしれません。被害者でいれば、おとなでいれば、それを求めずにいられると判断したのかもしれません。でも、あなたの内がわでは、ずっと変わらずに、求めている声があるのです。だったら、勇気を出して、その声に、もう一度耳を傾けてください。現実は、あなたの望んでいる方向には必ずしもいかないかもしれません。だけれども、あなたまで、あなたが本当にほしいと思っていることにふたをする必要はないのです。仮面をはずしてください。現実がどうあれ、あなたは、自分自身の真実を、きちんと見つめなければなりません。きちんと見つめ、それを受け入れたとき、そこに、ゆるしが生まれます。そのとき、あなたは、受け取るでしょう。あなたのために用意されたメッセージを。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第933号(2006年5月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------感謝できたら、別れていいです。ときどき、こんな相談を受けます。「パートナーの、こういう 部分がゆるせない。きらい。 だから、別れたい」長年つきあった相手であればあるほど、私はこんなふうにお返事することにしています。「感謝できたら、別れていいです」たいていは、「なぜ?」という顔をされます。だって、感謝なんかできたら、そもそも別れる必要はないって、思うでしょうから。では、ふだんの生活のなかで、あなたが、「ありがとう」を言うときのことを思い出してみてください。何かをしてもらったあと、ですね。そう、「終わった」ときなんです。あなたが、パートナーさんにたいして、怒りや不満をもっているとき、その感情は、現在進行形です。「終わって」いないんです。たとえ、別れたとしても、感情は消えることはないのです。あのときは、くやしかった。つらかった。ゆるせなかった…。その感情は、ずっと引きずってしまうものなんです。だから、本当にそのひととの関係を終わらせたかったら、先に、感謝してしまうんです。「ありがとうございます。 人生のいい勉強をさせて いただきました。 これにて失礼いたします」(^^ゞね? とても礼儀正しいでしょ?そして、実際、このことばは、うそでも、やせがまんでもないのです。あなたは、どんな理由であれ、自分で選んで、そのひとと、かかわってきたのでしょう?だったら、結果がどうあれ、そこに生じてきたことは、すべて、あなたとの関係のなかから、生まれてきたことなんです。仮に、それがどんなに理不尽なことであれ、あなた自身の問題なのです。 あえて、問題というのは、 責めているわけではなく、 焦点をたしかにするためです。だって、たとえば、山道に、きれいなきのこが生えていて、食べて、おなかが痛くなったとしても、それは、きのこのせいではないでしょう?「きのこがきれいなのがいけない」と言っても、はじまりません。食べたあなたの問題なんです。あなたは、そのひととの関係をとおして、人生の大切なことを学んだのですよ。ひととして、どう生きればいいのか、反面教師であっても、そのひとは教えてくれたのです。多少の「授業料」も、それはよしとしましょうよ。「もう自分は充分に学んだ」そう思ったら、感謝して、おしまいにするんです。それでも、どうしても納得できないときは、まだ、学ばなければならないことがあるんです。そこに、焦点をあわせてみませんか?それを解決することは、おそらく、あなた自身の深い部分がいやされることだと、思っています。すがすがしく、あたらしいあなたを生きるために、あなたの「感謝」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第932号(2006年5月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------みずから変化していくのです。とてもがんこな友人がいました。はたから見ると、もう少し、柔軟になってもいいと思うのに、がんとして、自分の考えを押し通します。うまくいっているならそれでもいいのですが、けっこう、ストレスをためているようなのです。ついつい、余計な口出しをしてしまいたくなります。ああしたらいいよ。こういう方法もあるよ。こんなのもおもしろいよ…と。当然、はね返されます。(笑)はね返したものの、あらたな策があるわけもなく、また、こりもせず、ストレスをためているようです。(^^ゞつくづく要領の悪い生きかただなあと思います。 かめおかに言われたくない? ハイ、そのとおりです。(爆)でも、あるときから、少し考えを変えました。ひとは、結局、自分で気づいたときにしか変わることはできないのです。その苦しみそのものが、そのひとにとって、人生の意味のひとつかもしれないのです。そして、それは、そのひとそれぞれに、時期もあるのです。まわりが何とかしようと思うのは、ある意味で、傲慢でもあるのです。それ以後、私は、ときどき、おすすめ作戦はしましたが、前より、もっとソフトに伝えるように切り替えました。こんな方法もあるよ…と、オファーを出しても反応がないときには、さっさと引っこめます。そして、ただ、自分が、その方法を楽しみます。何年か経ったころでしょうか。いつものように、ふと思い立って、こんな方法も…と、差し出したときです。友人が、素直にそれを受け取るではありませんか。友人は、私が、それらの方法を使って楽しんでいるのを、ずっと見ていたのです。「ひょっとしたら、ああいう 方法もありかもしれない」そんなふうに思ったのかもしれません。おりしも、友人にとって、ひとつの節目となる時期を迎えていました。なるほどねと、つくづく思いました。ひとは、必要なときが来たら、みずから変化していくのです。私たちは、その変化にたいして、何をすることもできません。でも、自分自身の生きかたをとおして、ひとつのサンプルを見せておくことはできます。それで充分なのだと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第931号(2006年5月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------猫的愛情と犬的愛情。異論もありましょうが、わかりやすく解説するために、あえて、こんな表現をしてみたいと思います。猫的な愛情と、犬的な愛情。前者は、誰よりも自分が大事です。気に入ったものは、遠慮せずに主張してゆずらず、気に入らなくなると、けんもほろろにてのひらを返します。 猫がてのひらを返すところを 見たことはありませんが、 その昔、愛猫に、平手打ち されたことがあります。(爆)猫は、自分を好きでいてくれるひとには、理解を示しますが、自分を好きにならないひとには、何の愛着も示しません。自分を愛さない人間など、この世にいてもしかたないと、思っているからです。(^^ゞさて一方、後者、犬的な愛情を好むひとにとって、大切なのは、相手がどうあるかです。愛されるためには、なりふりかまわず、働きかけます。お手だろうが、何だろうが、要求されたことには、とことんしたがおうとします。まさに、尻尾を振ってもです。愛するひとに愛されないことは、人生にとって、最大の喪失であり、ときには、生きていく甲斐をうしなってしまうほどだからです。猫的愛情と犬的愛情。ここでは、どちらがよいかを比べるつもりはありません。ただ、そのような感覚が、存在するというだけです。そして、自分のありようが、猫的であるならば、犬的に振る舞うことはあまり自然ではないと知るほうがいいのです。犬的な愛情をもつひとが、猫的な愛情をもつひとを好きになったときには、人生の修行を体験するためだと覚悟するほうがいいのです。ただ、ひとことだけつけ加えておきましょう。実は、恋愛というのは、99%が、誤解と勘違いで、できています。私たちは、人生のある時期、誤解と勘違いによって子孫繁栄に協力することが遺伝子情報として、組みこまれているのです。でないと、人類は、あっという間にほろびてしまいますからね。恋愛によって傷つくひとは、このからくりを知りません。勘違いして選んだ結果が、いつか、自分の意に染まない方向にいってしまい、「こんなはずでは」と、愕然とするのです。こんなことを書いたからといって、恋愛を否定しているわけではありません。恋愛は、あなたの人生を彩り豊かなものにくれます。それは間違いありません,苦しい恋愛によって得られる成果もあれば、スムーズな恋愛によって、見落とされる何かもあるのです。自分のタイプ(猫的?犬的?)を見分けつつ、どうぞ、楽しい恋愛ライフを選択してください。ときには、合わない相手を選んで、練習もしてみてください。体験と練習を重ねた結果、あなたの人生は、かぎりなくパワフルなものになるでしょう。楽しみですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第930号(2006年5月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------おもしろくなってきた!主人公がすいすいうまく成功しちゃったり、主役の2人が、問題もなく、ハッピーエンドになっちゃったり、善人ばかりが登場して、ありきたりの日常を展開したり…。もしも、そんなドラマ(舞台)があったとしたら、あなたは、見てみたいですか?思いませんね。もっと、はらはらどきどきするドラマ(舞台)をもとめて、席を立ってしまいますよね。ところが、私たちは、自分の日常においては、まるで反対のことを望みます。失敗は絶対にしないで、成功だけしたい。トラブルも困難もなく、ハッピーエンドになりたい。問題が起きない人間関係のなかだけで暮らしたい…。もしも、私たちがそんな生きかたをしたとして、それをテレビをとおして、見ている誰か(誰?)(笑)がいたとしたら、きっと、こう言いますよね。「あーあ、つまんない」(爆)そう、つまらないんです。そして、幸か不幸か、そんなことはありえないのです。ひとは、必ず失敗します。ハッピーエンドばかりの結末とはかぎりません。けんかも争いも、起こります。だったら、そんなときは、こう言ってみるんです。「おもしろくなってきた!」そうです。ドラマ(舞台)を楽しむみたいにね!私も、しょっちゅう、トラブルや困難なことに遭遇します。 自分で招いているという ツッコミは、受けつけません。(爆)「ピンチはチャンス」これまでは、このことばが一番のお気に入りでした。でも、こちらもかなりいいセン、いきそうです♪「おもしろくなってきた!」「しまった、原稿が間に合わない!」「おもしろくなってきた!」「あてにしていたお金が入らない!」「おもしろくなってきた!」「仕事が終わらない。徹夜かもっ」「おもしろくなってきた!」多少、やせがまんに思えても、けっこうです。何よりも、このひとことで、エネルギーが湧いてくるのです。そう、私の人生を、見てくれている観客が、わくわくしているのがわかります。役者たるもの、その観客の期待に、思い切りこたえたいと思います。(ひとはすべて、人生という ドラマの役者です)トラブルに、困難にめげずに、立ち向かうのです。撃沈しても、また立ち上がって、向かっていくのです!「おもしろくなってきた!」そう、繰り返しながらね♪そして、このメルマガの読者さんなら、もうお気づきでしょう。私たちは、自分が口にしたことばのとおりに生きるようにできているんです。「おもしろくなってきた!」そう言って生きていくと、おもしろいことが、どんどん引き寄せられてくるんです。楽しみですね!!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第929号(2006年5月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------つねに、「いま」なのです。演劇をやっていると、つくづくおもしろいなあと思うことがあります。たとえば、ここに一冊の脚本があるとします。書かれたのは、昨日かもしれないし、1年前かもしれないし、100年前かもしれません。いずれの場合でも、そこには何人かの登場人物がいて、そのぶんだけの喜怒哀楽が存在します。俳優が役を演じるとき、その登場人物は、紙の上から立ち上がり、生き生きと表現をはじめます。それが、昨日のものであろうが、1年前のものであろうが、100年前のものであろうが、俳優にとっては、その瞬間は、つねに、「いま」なのです。そう、まさに、「いま」、喜び、「いま」、悲しみ、「いま」、味わうのです。私たちは、これを、人生にあてはめることはできないでしょうか。私たちは、過去を取り戻すことはできません。時間は逆戻りはしてくれないからです。 そうではないという観点も ありますが、ここでは 一般論的に言っておきます。けれども、「再現」することはできます。そのときの、こころの軌跡をていねいにたどってみるのです。あたかも、役を演ずる俳優のように。私たちは、想像力という、かけがえのないギフト(才能)をもっています。その想像力を最大限に発揮するとき、目の前にないことでさえも、あたかもあるかのように、感じ取ることができます。たとえば、うしなわれる以前の友情、親子のきずな、パートナーとのつながり…などなど。どんなことだって、「いま」の感覚として、呼び戻すことができます。そして、それらを感じるのが現在の自分である以上、それは、実は、「再現」ではなく、「再創造」となります。あなたにとって、過去も未来も、この瞬間に「いま」になるのです。まさに、「いま」の、この、からだとこころをとおして、体験することができるのです。そのとき、私たちは、生き生きと、そのひととのかかわり、つながり、思いを味わうことができます。そして、もしも、そのときに、伝えきれなかった思いがあったとしたら、「いま」、ここで伝えることさえできます。たとえ、50年間、いがみあっていた親子であっても、その瞬間には、すべてをゆるすことだって可能なのです。あなたがこの考えを受け入れることができるなら、「いま」、あなたは、どんな感情も体験することができます。そのとき、あなたは、すべて満たされていることに気づくでしょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第928号(2006年5月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------毅然として、撤退しましょう。生きている過程では、さまざまなトラブルが起こります。とくに、つらいのは、人間関係におけるトラブルです。理不尽な扱いを受けたり、納得のいかない対応をされたりすると、誰だって、相手に腹を立てたくなります。でもね、そのとき、あなたには、何が問われているでしょうか。ただひとつ、「あなたがどう行動するか」なのです。相手はあなたが言うとおり、理不尽そのものなのです。納得できる行動なんて、とるはずもないのです。その相手に、あなたの正義や理屈を通そうとしても、土台、無理というものなのです。言い換えれば、相手は、おなかをすかせたわにと、同じようなものなのです。そのわにに向かって、「私を食べることには、 人道上、問題がある」と言ってもしょうがないのです。 わにさん、変なところで たとえに出して、すみません。m(__)mあなたが、もし、相手が本当に間違っていて、自分が正当だと思うなら、手段を選ぶ必要はありません。バズーカ砲で、相手の家ごと、こなごなにしたっていいのです。宇宙戦艦ヤマト(古いか)に乗せて、はるか銀河のかなたまで飛ばしてしまってもいいのです。だって、相手は理不尽なのです。悪いのは、相手のほうなんです。あなただけが、理屈にかなう方法をとる必要はないんです。とことん、たたかうんです。たたかって、勝利するんです!…ちょっとカゲキに書いてしまいましたが、本当は、理不尽な行動で悩むひとは、もともと、そんなことは、できないひとたちなのですよね。たとえ、私がこう書いても、「でも、法律にふれるし…」「そこまでしなくても…」と、こころやさしく、みずから辞退してしまうのです。だったら…と、今日はカゲキな発言をつづけます。どうにもならないことで、愚痴や不満を言うのはやめてしまうんです。だって、それを言いつづけるかぎり、あなたは、いつまでたっても被害者の立場から抜け出すことはできません。あなたが、被害者になりつづけていたところで、ひとは同情はしてくれても、身代わりにはなってくれません。それどころか、のちのちまで、その理不尽な相手とかかわりあいつづけることになってしまいます。あなたの人生にとって、まるでプラスになりません。毅然として、撤退しましょう。相手が何か仕掛けてきても、絶対に受けつけないことです。抵抗なんかしてはいけません。万が一相手が追いかけてきたら、マッハの速度で脱出するのです。すいとんの術を使ってでも、その場から姿を消すんです。卑屈になる必要はありません。それが、たたかい抜くことを選ばなかったあなたにできる、唯一の生き残り作戦なんです。そして、もっとも効率的な防御策でもあるのです。なぜなら、理不尽な相手は、自分と直接たたかう相手としかかかわれないからです。忽然と姿を消してしまう相手とは、たたかう方法を知らないのです。毅然として、撤退しましょう。(この「毅然として」がポイントです)そして、人生のよりおおくの時間を、あなた自身のために有効に使いましょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第927号(2006年5月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------方法は何だっていいんです。本来、ひとはすべて、自分の内がわにこたえをもっています。でも、だからといって、何もかも自分ひとりで、こたえを出す必要はないのです。何かを「使う」こともまた、自分でこたえを出すための方法だからです。ごくたまにですが、私は、カードを使います。数十枚の絵それぞれに、メッセージが描かれたカードです。先日も、あることで、行き詰まっていました。行くべき道はわかっているのに、なぜかすすめない状況です。ひさびさにカードのことを思い出して、引いてみました。一枚目は現状をあらわすカード。そこには「怖れ」がありました。私は、静かに、自分の内がわに問いかけました。「何を怖れているの?」「~~がうまくいかなかったら どうしようと思っている」「~~だと思われるのが怖い」いくつもの返事があがってきました。なるほどというものもあれば、「まだそんな怖れがあったの?」と、自分でもびっくりするようなものもありました。私は、一つひとつの怖れに、「そうだよね。怖いんだよね」と言って、認めていきました。すると、こころのなかにあがってきた暗い影は、次第に色あせていくのでした。そして、とうとう、それは輪郭を残すだけになりました。私は次のカードを引きました。そこには、「真実」がありました。カードの意味することは、そのときどきでちがいます。私はいつも直感で決めます。「こうなのだろうな」と、思ったこたえが、自分のこたえだと決めるのです。このときは、「真実」を見ることが、「怖れ」を越えていく道すじなのだと思いました。最後に引いたカードは、「ヴィジョン」でした。思い当たることがありました。ああ、こんなところで、つながっていたのかと思いました。そのとき、私は、自分の信じた方向にすすんでいいのだということがわかったのです。おことわりしておきますが、私は、カードの専門家ではありません。カードそのものも、たまたま興味があって買ったものの、長いこと、本だなに差しこまれたままになっていました。本当は、カードでなくてもかまわなかったのです。そして、カードにしても、別の絵が出たならば、それも実は「正解」なのです。それらはすべて、自分の気持ちを整理し、自分で考えて決める環境をととのえるための「手段」なのですから。方法は何だっていいんです。こたえはいつも自分の内がわにあります。でも、ひとりだけでがんばるのではない、こんな方法もあるんですよと、紹介したくて書いてみました。あなたの選択のお手伝いになればうれしいです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第926号(2006年5月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------あなたに選択肢があるのです!このメルマガをとおして、私は、しばしば、「おだやかさ」や「やすらぎ」のなかで、生きてほしいと書いています。幸福とは、そのようなものであると思っているからです。でも、実はほんの少しちがうのかもしれません。というのも、かつて、私がそれを手に入れたとき、予想もしなかったことに気がついたのです。あるとき、私のもとに、何の理由もなく、ただ、深いおだやかさと、やすらきがやってきました。まるで宙を漂っているかのように、こころが、波立たないのです。凪のように、たいらなのです。それはある意味、望みつづけてきた状態でした。私は長いあいだ、自分の感情に振り回されてきたのですから。ところが、私は、そのとき、そのおだやかさとやすらぎと、同じくらい、「さびしさ」がそこにあることに気がついたのです。おだやかであればあるほど、さびしさが満ちてくるのです。この「さびしさ」とは、悲しいような「さびしい」気持ちとはちがいます。「詫び寂び」の「さび」とでもいうのでしょうか。宇宙の中庸がそこにあって、永遠の均衡のなかにいるような、そんな感覚なのです。そして、その感覚のなかにいると、おだやかなのだけれど、なんだか、生きている実感がなくなってしまうのです。たとえが適切かどうかわかりませんが、ずっと景色の変わらない道を車で走っているときのような。自分にもまわりにも何の変化も起こらない状態。そのとき、気づいたのです。そうか、生きるということは、変化するということなのだ、と。そこで、私はそのなかに、あえて、感情を少しだけまぜてみました。すると、世界は、おもしろいほど変化しはじめました。おだやかで、やすらぎのなかにあることは変わらないのですが、そのなかで、自分の感情が遊んでいることを感じるのです。それは、とてもわくわくする体験でした。「人生はゲーム」と、しばしば言われますが、もしかしたら、それに近い感覚なのかもしれません。私は、自分で自分の感情を選ぶことができました。怒りさえも、そのなかでは、楽しめる感覚となりました。私たちが生きるということは、その瞬間、瞬間を、自分で選んでいくということです。どんな生きかたも選べるのです。どんな感情も選べるのです。ただ、選ぶか選ばないかが残されているだけなのです。だから、いま、人生を楽しめないひとがいるなら、それは、実は、自分で楽しまない人生を選んでいることに気づいてください。あるいは、楽しむ人生を選ばないでいる、という言いかたもできるかもしれません。あなたはこの瞬間に、何を選んでもいいのです。もちろん、選ばないでいることも選択のひとつですけれど、せっかくのチャンスですものね。ぜひ、遊びのつもりで、ためしてみてください。しつこいですが、繰り返しますよ。変化とは、外がわから来るものではありません。あなたの内がわで、あなた自身が起こすものです。あなたに選択肢があるのです!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第925号(2006年5月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------アイことば・ユーことば・ウィことば。「私は~~と思う(感じる)」これが、アイことばです。そう、アイ=自分が主語になります。「あなたは~~です」これは、ユーことば。相手を、主語にしています。とっても単純だけど、これ、会話のなかで、けっこう大切なポイントを占めているんです。たとえば、あなたが、誰かの行動を見ていて、気になったことがあるとします。「あなたは、~~ね」こう言うと、少なからぬ場合、カドが立ちます。(爆)でも、これならどうでしょう。「私は(あなたのその行動が) ~~のように感じるんです」あくまでも、「私が思った」だけ。実際どうであるかは、本人の判断にゆだねられます。少しはクッションが利きますね。アイことば活用第一段階です。でも、もっとパワフルな表現があるんです。相手の行動が気になるということは、それが何を意味するかを、あなたは知っています。知っているということは、それがわかる感覚をあなたも持っているということ。そう、ひとごとじゃないってことです。「私もね、体験したことあるから、 わかるけど…」そう、いきなり相手の行動を指摘するのではなく自分の話からはじめるんです。これが、アイことば活用第二段階です。でも、もっともっとパワフルなのは、ウィことば。そう、「私たち」ことばです。「私たちは、よく~~しがち だよね」問題を、より広い範囲から見ていくんです。「私たち」のなかには、当然、相手も自分も入っています。みんなの問題として、とらえるメッセージになります。これって、問題をあいまいにしようとか、相手に遠慮するとか、そういうことじゃないんです。ことばって、何のために使うのですか?相手に伝えるためでしょう?そしたら、より伝わりやすい、受け取ってもらいやすいかたちを考えてみるんです。キャッチボールをするようにね。ともに痛みを感じようとするアイことば。いっしょに包みこんでしまうウィことば。上手に使っていけば、すてきな人間関係がつくれるようになりますよ♪そして、ユーことばはね…。相手のいいところを見つけたとき、ほめるとき、認めるときに、思いきり、使うんです。「あなたは、~~だね」って。アイことば・ユーことば・ウィことば。上手に使って、コミュニケーションの達人になってくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第924号(2006年5月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------手放すべきは、あなた自身の怖れだけ。たとえば、あなたが、道を歩いていたとします。道には、ところどころ、落とし穴が仕掛けられています。でも、あなたがきちんと目を開けて歩いていれば、その穴に落ちることはありません。よければいいだけですからね。向こうから、犬を連れて散歩するひとがやってきました。でも、大丈夫。飼い主がちゃんと、つなをにぎっていますから。あなたが、堂々と胸をはって、歩いていれば、犬は吠えたりはしないんです。 それでも吠えるのは、 臆病な犬だけです。これらのたとえが、何を意味するかわかりますか?落とし穴も、吠える犬も、通りすきてしまえば、もう、もどってはこないんです。あらたな落とし穴や犬とは、出会うかもしれませんが、それは、過去のそれとは別ものです。また、あらたに出会って、あらたに通り過ぎればいいだけのことなんです。あなたを苦しめているものは、すべて、あなた自身がかかえている怖れに過ぎません。それらは、いつも目の前にあらわれはしますが、あなたが、まっすぐ目を見開き、歩いていけば、やがて通り過ぎてしまうものなのです。過ぎたものを怖れることが、どれだけ、あなたのエネルギーをうばっているか、どうぞ気がついてください。そしてね、これは、さらなるステップアップ♪その気になれば、あなたは、土を掘って、穴を埋めることもできるんです。あとのひとのために、「ここに落とし穴あり」と、看板を立てることもできるんです。犬の頭をなでてやることだって、逆に、吠え返して(笑)、犬を威嚇することだって、できるんです。 あまりおすすめはしませんが。(爆)要は、すべてはあなたの選択次第ってことなんです。いつまで、目に見えない怖れに振り回されて、この貴重な人生を行き過ぎるつもりですか?あなたのこころひとつで、この人生を、生活を、かがやくものに変えることができるというのに!手放すべきは、あなた自身の怖れだけなのですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第923号(2006年5月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------人生って、おもしろいですよ。「人って、いつまで生きたら 死んでいいんですか?」どきんとする文面が、目に飛びこんできました。どこの誰かわからない、10代の少年のメッセージ。自分自身に対する無力感が伝わってきました。傷ついた気持ちが、文面に見え隠れしていました。私は、夢中で返事を出しました。「ひとは、死ぬまで生きるんです」ひとが死ぬとどうなるか、それは私にもわかりません。でも、いつか死んだあとに必ずわかることなので、いま、生きているときは、生きることを精一杯やればいいのだと思います。たとえ、何が待っていようと、大切なのは、いつでもこの「いま」だけです。たかが100年も生きるか生きないかの人生なんです。自分の生きたいように、生きていいんです。生きているかぎりは、自分のやれることを全力でやります。できてもできなくても、挑戦しつづけます。自分が生きるということを精一杯やっていたら、ひとのことなんていちいち、気にならなくなるんですよ。ひとが何を言おうが、何をしようが、ひとはひとですから。自分の人生は自分の人生。自分の人生のことだけ、考えていればいいんです。うれしいこともあれば、悲しいこともあります。ひとを嫌いになることも、憎しみをもつこともあるかもしれません。でも、嫌いなものをたくさんもっているより、好きなものをたくさんもっていたほうが楽しいですよね。だから、楽しいこと、わくわくすることに、目を向けていくんです。そういうふうに生きていると、自然に、楽しいことが増えてきます。同時に、嫌いなものもなくなっていくんです。人生って、おもしろいですよ。 少なくとも、私はそう思っています。そう思うからこそ、いま、本気で生きています。それが当たっているか当たっていないかは、死んだあとでわかりますから。いま、考えても意味がないんです。いまは、そう思って、死ぬまでは生きてみるんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第922号(2006年5月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------からだと対話する、ということ。野口体操http://www17.ocn.ne.jp/~noguchi/というものに出会って以来、私は、自分のからだと対話することが、大好きになってしまいました。ひまがあるときも、ないときも、気が向くと、からだと対話をしています。たとえば、こんなふうに…。ふんわりと手足を伸ばして、床に、横になります。からだのちからを抜いて、楽に呼吸をします。すると、息が楽に入っていく部分といかない部分があることに気づきます。少しだけ意識して、そこに息を送りこみます。風を流すような気持ちで。ふっと、そこが、ゆるんでくることがわかります。ゆったりとした呼吸のままからだを、好きなようにねじってみます。かすかに、痛みのある部分に気づきます。無理にほぐそうとせず、そのまま、静かに痛みを味わいます。そして、ゆっくりと息を吐きながら、痛みを解放してやります。地球の中心に向かって、重さをおろしていくのです。痛みを置き去りにしないで、痛みをいたわりながら。何度でも何度でも、深く呼吸しながら…。すると、からだじゅうが、ほっこりと、あたたかさとやさしさに満たされる感覚が湧いてくるのです。ああ、私はこの痛みとともに生きている。痛みを抱きしめて、生きている…。そんな思いに包まれます。角度を変え、かたちを変え、繰り返し、からだに語りかけます。からだの声を聴きながら、飽きず、対話をつづけます。ますます、やさしさがあふれてくるのを感じます。そのとき、こころはぼかんと解き放たれ、何かを考えることをやめています。ただ、心地よいからだの感覚に満たされて、こころは、小休憩をとっているかのようです。からだと対話する、ということ。それは、頭でっかちになりがちな自分へのプレゼントといえるかもしれません。あなたが、悩みのなかで、どうしようもなくなったとき、思い出してみてください。あなたは、自分のからだと対話することができます。あなた自身のからだに、あなたをゆだねてみるのです。あなたが、あなたのからだの心地よさとつながるとき、こころも、ほっと、息をついているはずですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第921号(2006年5月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------自分を中心に考えるというルール。当たり前のことですが、ひとと、自分はちがいます。そして、私たちは、どんなにこころを尽くしたところで、すべてのひとに好かれることはできません。けれども、私たちは、しばしば、このふたつの基本を忘れます。自分の思うようにひとにも感じてもらいたい。あるいは、ひとが期待する人間になりたいとつい、考えてしまいます。そして、そのことで、おおくの場合、苦しみます。もう、そんな繰り返しはおしまいにしませんか?今日から、新しいルールをつくるのです。そう、自分を中心に考えるというルールです。何かあったとき、自動反射のように、ひとの反応を気にすることをやめるのです。まず何よりも、自分の内がわを見るのです。「自分の内がわの声を 聴きなさい」そう言うと、しばしば、「聴こえません」「わかりません」というひとと出会います。そのひとたちは、あまりにも長いあいだ、ひとの声ばかりを(声になっていない声 までも含めて)聴きすぎてしまったのです。そのために、自分の内がわの声を聴くこつを忘れてしまっているだけなのです。あせらずに、トライしましょう。新しい…、実は、本来のルールを身につけるのです。どんなときでも、何があっても、自分から出発するのです。ひとが何を言おうと、あなたは、まず、あなたの内がわが、もとめていることに耳を傾けるのです。慣れないうちは、あなたの内がわに残存する、他人のことばにまどわされます。「迷惑をかけないように」「常識の範囲で」「なにごとも、ほどほどに」そんな声は、たいていは、自分の声ではありません。わからなくなったときは、こう聴いてみるのです。「本当に、そうなの?」「本当に?」「本当に?」そう、とことん、自分に聴くんです。あなたの内がわの声が、まだ隠されているとき、その繰り返しの問いかけは、必ず効果を発揮します。迷いが出てくるのです。混乱してくるのです。でも、怖れる必要はありません。それは、あなたの内がわで、本当のあなたの声が、動きはじめた証拠です。 だって、 聴こえた声がホンモノなら、 迷う必要はないのですから。あせらずに、ゆっくりと、深呼吸して。「本当はどうしたいの?」やさしく抱きしめるように、何度でも問い返すんです。そして、出てきたこたえを、即、実行に移せなくたって、いいんですよ。そこが出発点ですからね。そこまで来た自分をまず、ほめてあげるんです。あなたが、内がわの声を聴くようになると、あなたの生活には、おそらく、変化がおとずれます。それは、ときには、痛みをともなうものかもしれません。そしたら、そのたびに、「よしよし」と、トライした自分をほめてあげるんです。そうやって、少しずつ、自分中心の回路をつくっていくんです。私たちが、一人ひとり、本当に、自分中心のルールにしたがったとき、ほかのひともまた、自分ルールを生きていいのだということがわかるのです。自分をゆるす度合いだけ、ひとをゆるすことができるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第920号(2006年5月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------家族という錯覚。私ごとで恐縮ですが、私には妹がひとりいます。 昔はふたりいましたが、 ひとりは早くに天上に 引っ越しました。妹と私は、これがもう、びっくりするくらい、似ていません。(^○^)顔がまったくちがいます。いっしょにいて、姉妹といわれたことがありません。(笑)性格もまるきりちがいます。もちろん、演劇なんかやりません。ひとまえに出るのも苦手です。パソコンは、必要最低限。いまだに、FAXの使いかたもきちんと覚えようとしません。そう、家族でありながら、まるで共通点がないのです。だから、接点もありません。長く離れて住んでいますが、いまだに、近況うかがいの電話一つかけてきたことがありません。もちろん、私もかけません。(^^ゞ あっ、内輪ねたばらしに なってきました。話をもどします。妹と私は、けっして仲が悪いわけではありません。でも、同じクラスにいても、放課後、誘う友だちと、誘わない友だちがいるように、家族のなかに、その、誘わない友だちがいるような感じなのです。誘わない友だちが何をしても、私たちは、ほとんど気になりません。私たち姉妹も、同じように、互いの存在を認めながらも、必要以上にかかわらずに人生を生きてきました。それはそれで、心地よい関係だと思っているのです。でも、ひとは、多くの場合、よく勘違いをします。近しい関係にあるひとほど、自分と深くかかわるものだと思いこんでいるのです。家族が自分と同じ行動をとらないと、腹が立つ。家族のしていることがどうしても気に入らない。それって、勘違いなんです。そう、家族という錯覚。たまたま、血がつながって生まれただけなんですよ。あるいは、ご縁があって、近くにいるだけなんですよ。めちゃくちゃみぢかなだけで、本来は、赤の他人なんです。 書きすぎですか?(爆)だから、あなたのすることと、家族のすることは、ちがって当たり前なんです。同じ行動、気持ちになれなんて、どだい無理なことなんです。ふだん誘わない友だちを無理に誘っても楽しくはならないように、そんなことしないほうがいいんです。家族という錯覚から、一歩身を引いてごらんなさい。そして、誘わない友だちのつもりで見てごらんなさい。笑えちゃうくらい、たくさんのことが、ゆるせるようになると思いませんか?それが、あなたとその家族との心地よい距離なんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第919号(2006年5月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------その感情の下にあるものは?あるとき、ひとりの中学生が私のもとに来ました。同じサークルの子が、いつも暗い表情をしていて、声をかけると平気なふりをするのだけれど、やっぱり暗い雰囲気に見えてしまう。どうしたらいいのだろうという相談でした。「どうして、その子が 暗いといやなの?」「みんなと楽しくやりたいのに、 その子のために、 サークル全体が暗くなる」「そう思う気持ちの下には、 何があるの?」「その子も明るくなればいい」「そう思う気持ちの下には、 何があるの?」「その子のことが目につく」「そう思う気持ちの下には、 何があるの?」「その子のことが心配…だから?」「そう思う気持ちの下には、 何があるの?」「…その子のことが好きだから」実際には、もう少し紆余曲折ありましたが、単純に書くと、そんなやりとりがあったのです。なんであれ、感情が動かされる背景には、必ず、隠された感情があります。表面の感情は、表面の現象に動かされています。けれども、ひとつの問いを繰り返していくと、本当の感情が出てくるのです。「その感情の下にあるものは?」こころが波立ったときには、必ず、そう聴いてみてください。自分にも、相手にもね。一度や二度のこたえで終わらせてはいけません。追いかけて追いかけて、下の下の下まで、ずっと追いかけていくのです。そこに、本当のこたえが待っています。そこまで追いかけていくと、もう、表面にあった感情は、どこかに消えているんです。そして、そこで、「ああ、これだったのか」と、知っていたはずなのに、知らないふりをしていたそんな感情に出会うのです。表面をなぞって、表面で解決しようとしても、本当には解決しないんです。そのことに気がついてください。やることは、とってもシンプルなことなんです。ただ、少しのしつこさは必要ですけれども。(笑)「その感情の下にあるものは?」さあ、トライしてみてください。そして、ただ、それだけを素直に受け取ってみるのです。今日は、あなたのしつこさ(笑)を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第918号(2006年5月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------点検してみるんです。私たちは、普通のときには、多少、どこかをぶつけても、「あ、痛い」程度で、済んでしまいます。でも、そこに傷があるときには、ほんのちょっとぶつけただけで、激痛が走ります。こころも、同じようなものです。健康で、元気なときには、何を言われても、気にすることはありません。でも、何かで傷ついていると、ほんのひとことが、ぐさっと突き刺さったりします。だから、怒りを感じるときや、いらいらがつのるときには、外がわだけに原因があると思わないで、まず、自分の内がわを点検してみたらいいのです。そう、たしかに、直接的に痛みを与えた存在はあるかもしれませんが、それはあなたのこころが、すり傷だらけだったためかもしれないからです。もう一度、点検してみるんです。自分の感情のひだをね。よーくひっくり返して。隠された痛みが、ひそんでいるかもしれません。このとき、それを見分けるひとつのポイントがあります。もしも、相手に完全に原因があるときには、私たちは、次に同じことで痛みを感じることはありません。だって、問題は相手にあるのですからね。でも、似たようなことで怒りを感じたり、傷ついたりするとしたら、それは、相手だけではなく、自分のがわにも、注意するべき何かがあるってことです。おわかりですよね?そう、すり傷があって、お湯がしみるのだとしたら、お湯を遠ざけるだけでなく、すり傷そのものの手当てが必要なんです。同じように、こころに傷があってしみるのだとしたら、相手を遠ざけても、根本的な解決にはならないってことです。まずは、こちらを先にケアしたほうがいいのです。どう考えたって、こちらのほうがみぢかで(笑)、よくわかるし、ケアもしやすいですからね。これって、どちらが正しいとか、間違っているとかは、関係ないのです。あなたの傷をより早く治すために、何がおトクかっていう、それだけの話なんですよ。そしてね、この点検作業を、習慣にしてみませんか。感情が波立つときに、その相手に反応するのではなく、まず、自分自身をチェックしてみるんです。「こっちに傷はないかな」って。習慣化すると、なにごとも短くすむようになります。早くわかるようになります。結果的に、あなたは、ケア上手、回復の達人になれるかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第917号(2006年5月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------生きる姿勢は同じでした。少し前のことです。苦手なひとと、どうしても向き合わなければならない事態になりました。 ええ、いるんですよ、 かめおかゆみこにだってね。(笑)実は、できるだけ、そういう事態になることをずっと避けてきたのです。それほど親しくはないので、めったに会う機会はありません。だから、避けたままでいられればそれに越したことはないと、そんなふうに思っていたのです。ところが、事情が変わって、そうもいかなくなりました。どうしても直接的に向きあう必要が生じてしまったのです。なので、覚悟を決めました。まず、自分の内がわを点検しました。自分の何かを否定したり、相手に対して臆したりする必要のないことをたしかめました。次に相手のことをイメージしました。相手と自分のあいだに、見えないけれどつながる何かがあることを想定しました。 実際にあるかどうかは別として、 そのように想像したのです。そのうえで、相手と正面から向き合いました。相手は、最初、強いエネルギーで私にはたらきかけてきました。そのエネルギーは、私のもつエネルギーとはことなるもので、実は、それが苦手のひとつでした。でも、否定せず、逃げず、背筋を伸ばして、ただまっすぐに、相手の目を見、エネルギーを受け止めました。苦手意識があがってくるたびに、私は、こころのなかで「ありがとう」を繰り返しました。そう、「ありがとう」は魔法の言葉。つぶやくことで、私は、自分の内がわの苦手意識を軽減させることができました。また、自然に笑顔になって、相手を受け入れる雰囲気をつくることができました。私は、相手のことばにうなずき、あいづちを打ちながら、最後まで話を聴きました。そして、相手の話を否定せず、ただ、自分の伝えたい気持ちを率直に伝えました。すると、最初は強いパワーで押してきた相手の態度が、少しずつ変わりはじめました。強硬とも思えるトーンが、少しずつおだやかなものに変わっていったのです。そして、最終的には、お互いがお互いの意見を受け入れ、ゆずりあい、ある一致点を見出すことができたのです。ひととひとが、わかりあうには、どんなに大変でも、真正面から向きあう以外に方法はありません。相手を否定せず、自分も否定せず、まるごとの存在として、そこにいつづけることしかありません。そこには、覚悟がいります。勇気もいります。でも、少しでも可能性があるなら、覚悟も勇気も出す甲斐があるではありませんか。話を終えて、帰り道、私は、長いこと、自分の先入観念にしばられていたことに気づきました。そのひとは、私とは生きかたはちがうけれども、そのひとなりにつらぬいて自分の人生を生きているひとでした。その意味では、かたちはことなるけれども、生きる姿勢は同じでした。そう気がついたとき、そのひとは、もはや、苦手なひとではなくなっていました。真正面から向き合ったからこそ、受け取ることのできたこたえでした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第916号(2006年5月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.11
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------私たちは、ことばでできています。たとえば、こんなことを考えてみてはどうでしょう。あなたが生まれてこのかた、次のことばばかりを言われて育ったとしたら…。「早くしなさい」「どうしてそんなに~~なの」「〇〇ちゃんと比べて~~だね」「こんなこともわからないなんて、 ばかじゃないの」「そんなことをしたら恥ずかしい」「何度同じことを言わせるの」「泣くな、みっともない」「ひとにたいして迷惑だろう」「将来が思いやられる」あるいは、あなたが生まれてこのかた、次のようなことばに囲まれて育ったとしたら…。「よくやったね」「いいね。すてきだね」「何度でもやってごらん」「失敗は恥ずかしいことでも みっともないことでも ないんだよ」「失敗したぶんだけ、 かしこくなれるんだよ」「泣きたいときは、 泣いていいんだよ」「ひとはひと。君は君。 比べる必要はないよ」「あなたが大好きだよ」ある意味、私たちは、ことばでできています。ことばが、私たちをかたちづくっています。前者のことばをたくさん浴びて育ったひとは、おおくの場合、なかなか、自分にOKをあげられません。自分にOKをあげるための材料が少なすぎるからです。そして、自分にOKを出せないぶんだけ、自信をもてず、失敗を怖れ、傷つくやすくなります。反対に、後者のことばをたくさん浴びて育ったひとは、ちょっとやそっとのことでめげることがありません。なぜなら、自分にOKをあげることばは、つねに自分のまわりに満ちあふれているからです。失敗をしたとしても、誰かと衝突したとしても、それは「それだけのこと」で、自分をおとしめたり、価値を低めたりするものにはならないからです。とはいえ、子ども時代に、それらのことばをもらえなかったら、自信のあるおとなになれない、というわけではありません。ことばがひとをかたちづくるなら、おとなになったいまからでも、自分で自分のためのことばを集めてくればいいんです。自分が幸福になれるようなことばたちをね。そして、そのことばのなかにたっぷりと身をひたすのです。まるで極上の温泉にでもつかるような気分で♪(笑)自分ひとりで足りないときは、信頼のおける友だちその他、総動員して言ってもらいましょう。そしたらね、かたまっていたこころがゆるみます。やわらかくほぐれたところから、自分を大切にしたいと願う気持ちがしみてきます。傷ついた気持ち、かたくなな思いも、いっしょにゆるゆると、ほどけてきます。たっぷりたっぷりと身をひたし味わったとき、おそらく、あなたは気がつくでしょう。かつて自分を傷つけたと思ってきたひとが、実は、自分と同じく、怖れのなかにいたにすぎないのだと。そのひともまた、あなたと同じように、やわらかく満たされたいだけだったのに、それに必要なことばを知らなかっただけなのだと。そしたら、もう、怖れる必要はありませんね。そのほどけた回路に、水を流してあげればいいんです。 あ、温泉なら、お湯かな。(^○^)自分がほしがっていたのと同じように、相手もまたもとめていたのだと。ただ、その回路をとおって、つながればいいだけなのだと。信じて流すんです。流して、つながるんです。その先に、怖れる必要のない、あたらしい人間関係が待っています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第915号(2006年5月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------わからないままでいいんです。私たちは、わからないことをわからないままにしておくことが苦手です。とくに、こころの問題は、どうにかして、理屈をつけたくなるものです。わからない状態でいることが不安だからです。でもね、わからないことが、なぜ、いけないのでしょう?もしかしたら、それは、いま、わからないでいることが、必要だからわからないのかもしれませんよ。私たちは、わからないことに出会ったら、なぜだろうと、深く考えます。深く考えるということは、とても大切なことです。私たちは、しばしば、わかったふり、わかったつもりで、わからないことを処理してしまうことがあります。でも、そんなときは、こころの深いところは、わかっていないことを知っているので、どうしても居心地が悪いのですね。だから、深く考えることは、あなた自身を、深めていくために、とても重要なことなのです。けれども、考えても、考えても、どうしてもわからないとき。発想を変えてしまいましょう。わからないままでいいんです。それは、わからないという体験をするために、やってきたのかもしれません。急がずに、自分の内がわに、その問いを深く沈めて、こたえがくるときを待つ必要があるのかもしれません。まずは、わからない自分でいることを受け入れましょう。「わかってもいいし、 わからなくてもいい」そんなふうに、自分に言ってあげましょう。「ああ、わからないなあ。 わからないままに、 こころに置いておこう。 わからなくても、 そこにいていいんだよ」そんなふうに、こころに保留スペースをつくってあげるんです。それは、あなたのこころのキャパシティになります。どんなものでも、やわらかく受け止められる、余裕の部分として存在します。自分自身のわからなさを否定せずに、受け入れるとき、私たちは、自分自身にゆるしを与えることになります。自分をゆるす度合いだけ、私たちは、自分を責めたり、苦しめたりすることがなくなっていきます。すると、目の前の問題が、自然に減っていくことに気づくでしょう。そのときには、あなたが、わからないと、感じていたその問題の、こたえが見えてくるかもしれません。あるいは、それは、すでに問題ではなくなっているかもしれません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第914号(2006年5月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------10(幸福)にいたる方法「こたえが10になるように、 計算式をつくってみてください」この質問に、あなたは、何とこたえますか?1+9。2+8。3+7…。たとえば、そんなふうにこたえますね。ほかにも、10にするためには、さまざまな方法があります。1+1+1+…もありです。1+2+3+4でも、OKです。0.5+1.5+…なんて小数まで採用したら、方法はどんどんひろがります。引き算、かけ算、割り算まで採用したら、もう、無限です。さて、応用問題です。私たちは、日々、さまざまなことで悩みます。苦しみます。家族、仕事、恋愛等々、本当に多種多彩な中身です。でもね、私たちが、最終的に願うことは、何でしょうか?「幸福になりたい」 そのひとことではありませんか?足し算しても、引き算しても、かけ算しても、割り算しても、たどり着きたいこたえは、10。こたえが、「幸福」だとしたら、途中の足し算、引き算、かけ算、割り算は、すべて、必要なプロセスなのです。そうです。その足し算、引き算、かけ算、割り算の一部が、あなたがいま、かかえている悩みや苦しみなんです。 もちろん、さまざまな 喜びや楽しみも、 ふくまれてますよ。個別の悩みは、プロセスの一部に過ぎないってことです。悩みや苦しみにとらわれたとき、あなたがすべきことは、自分は幸福を選ぶ、と決意することです。1+9だろうが、5×2だろうが、それはプロセスの一部であって、それを解くことが最終目的ではないと気づくことです。そこにいたったとき、私たちは、個別の悩みに翻弄されずにすむようになるのです。あるべきこと・ものの本質が見えるようになるのです。ただ、10である自分だけを見つめられるようになるのです。悩みや苦しみに足をすくわれそうになったとき、あるいは、それが世界そのもののように感じられたときには、どうぞ、思い出してみてください。足し算したり、引き算したり、かけ算したり、割り算したり、10(幸福)にいたる方法を、あなたは選んできたのです。これまでも、そしてこれからも、あなたは、あなたの選びたい方法を選んでいいのです。たどり着くこたえは、ひとつ。ただ、「幸福」だけです。そのことさえ忘れなければ。10(幸福)にいたる方法。どうぞ、最大限に楽しんでください。何があっても、そのプロセスは、必ずあなたの人生の、すてきな彩りになるのですから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第913号(2006年5月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------すべて、自分で選んでいます。もしも、あなたが、いま、苦しい状況にあるならば、あなたは、そのこたえを自分のせいにするか、ひとのせいにしたくなるでしょう。自分のせいにすると、自分を責めたくなります。ひとのせいにすると、ひとを責めたくなります。けれども、ほとんどの場合、その結果は、うまくいきません。ですから、ここは少しやりかたを変えてみましょう。実は、あなたが出会うこと・もの・ひとは、あなたがすべて、自分で選んでいるんです。こう言うと、「そんなばかなことが あるものか」と、言いたくなるひとが、もちろんいるでしょうね。では、そんなあなたのために、ちょっとつけ加えましょう。「…と、ためしに考えてみる」ね? ためしにですよ。本気で思わなくてもいいんです。 もし、それすらだめという場合は、 あなた自身のこころがかたくなに なっている怖れがあります。 このおためしをする・しないに かかわらず、自分のこころを ほぐしてあげてくださいね。さあ、トライです。楽な姿勢で、深呼吸して。「自分が出会うこと・もの・ひとは、 すべて、自分で選んでいます」できるだけおだやかに、声に出して言ってみるんです。抵抗が起きそうになったら、急いで、つけ足します。「…と、ためしに考えてみる」(^^ゞ私たちのこころは、わからないでいる、ということが苦手です。ですから、問いを発すると、そのこたえを、自動的に探しはじめます。あなたが、それを口に出すということは、もう、こたえを見つける旅がはじまっているということです。そのまま、イメージをつづけいきましょう。 以下のことばを、考えず、 ただ口にしてみてください。私は、自分に起きてくるすべてのことを、自分の意思と責任で、引き受け、解決するだけのちからをもっています。問題が起きたとき、それをさまざまな角度から見わたし、検分することのできる冷静さと明晰さをもっています。ひとりでかかえこむのではなく、たくさんのひとの知恵と才能を活かしながら、それをわかちあうことのできる豊かさをもっています。出会うすべてのこと・もの・ひとの内なるかがやきを見いだし、こころから喜び祝福できる素直さと寛容さをもっています。あなたは、本来、すべてを、かねそなえて生まれてきたのです。私たちは、生まれながらにして完全なのです。そして、その完全であることをもう一度たしかめるために、あえて問題を選ぶのです。すべて、自分で選んでいるんです。自分で選んできたのだから、もともと解決できるのです。自分を責める必要はないのです。まして、ひとを責める必要はまったくないのです。さあ、こころをまっさらにして、こたえがやってくるのを待ちましょう。自分も責めない、ひとも責めない、あなたの本当のこたえを。まっすぐに受け止めてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第912号(2006年4月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------現象は、現象でしかありません。もしかしたら、ひとを一番苦しめるものは、価値判断ではないかなと、最近、ふっと思いました。それは、こんな理由からです。たとえば、あなたの街に、台風がやってきたとします。それはすさまじい威力で、家が、めちゃめちゃにこわれたとします。でも、あなたはきっと、「あの台風は悪いやつだ」と言ったりはしないでしょう。でも、その同じあなたが、たまたま、電車で、足を踏まれたりすると、「失礼なひとだ」と、不愉快になったりします。台風に比べたら、ほんのささいなことなのにね。(笑)なぜこんなことが起きるかというと、台風に対しては、善悪・正否等の価値判断をあてはめないのに、足を踏んだひとにはもとめるからです。当たり前といえば、当たり前のことです。でも、このメルマガを長く読んでいただいているかたは、ものごとは、受け止めかた次第で変わるということをよくご存知だと思います。だとしたら、私たちは、ここで、何を考えたらいいのでしょうか。自然が起こそうが、ひとが起こそうが、結局は、現象は、現象でしかないのです。問われているのは、あなたが、それにたいして、どうするかなのです。誰が悪い、何が正しい…。そう決めて怒ったり、相手を批判したりすることが、本当に、あなたが生きるうえで、必要なことなのでしょうか。台風に家をこわされれば、あなたは、すぐにでも、それを修復するために、行動を起こすでしょう。ところが、相手が人間になったとたんに、私たちはしばしば、その正否にとらわれ、必要な行動に踏み出すことを忘れてしまうのです。あなたが、生きていくうえで、必要なことは何ですか?価値判断をつけて、相手と自分の正否を定めることですか?そのことによって得られるものと、うしなわれるものは、等価なのですか?長いものに巻かれろとか、権力には抵抗するなとか、そんなことを言っているわけではないのです。台風が来る国に住んでいるかぎりは、台風は、必ずやってくるのです。人間が生きてこの世にあるかぎり、価値観がことなる場合は、いくらでもあるのです。それらは、いずれも現象に過ぎないのです。現象に過ぎないと考えて、その現象に巻きこまれない方策を立てたり、被害を最小限にとどめる対応をするほうが、よほど建設的だと思いませんか。なぜって、そのほうが、あなたの人生を、はるかに豊かに使えるからです。価値判断のために、悩んだり苦しんだり、怒ったりしているうちにも、人生は、どんどん終焉に向かって、流れていっているからです。もちろん、これは、あくまでも私の提案です。受け入れる受け入れないはあなたの自由です。あなたの人生が、豊かさと気高さに満たされることを願って、今日のメッセージを書きました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第911号(2006年4月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------もう、応急措置の時間は過ぎたのです。急な筋肉痛が起きたときなど、冷却して痛みを軽減させるスプレーがありますね。歯痛などで、つらいときも、冷やすことで効果が得られます。冷やすことによって、痛みが鈍磨するんですね。それは、そのあとにしかるべき治療をするための応急措置です。さて、からだがそうであるように、実は、こころも同じなのです。痛みや苦しみが、自分の限界を超えそうなとき、ひとは、無意識のうちに、こころを冷やして、その痛みを止めようとします。体験したことのあるひとは、おわかりだろうと思います。こころを冷やすと、何を見ても、何を聴いても、動かなくなります。動かないぶんだけ、傷つく感覚から遠のきます。それはそれで必要なときもあるのです。そうやって、ひとは、自分を守っているのですから。でもね、不幸なことにひとは、たいてい忘れてしまうんです。それが応急措置だってことを。そして、その状態が当たり前のことだと勘違いしてしまうんです。すると、こころは、今度はその理由さがしをはじめます。 こころはいつも 理由をつけたがります。なぜ、こんなにもこごえた状態でいるのかを正当化しようとするのです。最初のきっかけを忘れてね。そして、ひねり出したこたえをいつのまにか、本当の理由だと思いこんでしまうのです。あなたのこころは、ちゃんとあたたかく動いていますか?もしも、どこかこごえたままでいるなら、そこには、深い痛みが隠されています。その痛みを隠したままでいるために、本当に大切なものがわからなくなっている危険性があります。いま、本当にすべきことは、大急ぎでお医者さんに行って必要な処置をすることです。からだがそうであるようにね!そして、この場合のお医者さんは、必ずしも専門医とはかぎりません。あなたのこころの痛みには、薬よりも、手術よりも効くものがあるはずです。その痛みを感じる前に、ほしくてたまらなかったもの。それが、あなたのこころを溶かすのです。痛みを怖れる必要はありません。もう、応急措置の時間は過ぎたのです。もう、あなたは、回復するための体力だって、取りもどしているんです。勇気を出して、思い出してごらんなさい。あなたが、本当にほしかったものが、そこで、あなたを待っていますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第910号(2006年4月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------すべての民族に共通していること。ひとは、その国や民族、時代、風習、慣習等によって、それぞれことなる考えかた、生きかたをしています。それらを統一することは、おそらく、宇宙の終焉まで無理でしょう。(笑)でも、これだけことなるありようにもかかわらず、すべての民族に共通していることがあります。それは、感情です。そう、喜怒哀楽の感情は、民族、時代、風習を超えて、共通しているのです。私たちは、しばしば、相手を説得しようとするとき、理屈で論破しようとします。けれども、少なからぬ場合、それはうまくいきません。ひとは、それぞれ、自分の論理体系、正義のルールをもっているからです。そこが一致していないと、説得すればするほど、論破すればするほど、相手は、攻撃を受けているように感じてしまいます。 客観的に見て、それが 正しいとか正しくない というのは、この場合、 意味がありません。あなたが、もしも、相手に伝えたいことがあったら、そこにともなう感情を、はっきり出してみてください。私は、あなたのそのことばに傷ついているのです。あなたがそういう行動をとると私は悲しい。…そんなふうにね。ただし、ここでひとつ、気をつけることがあります。「怒り」の感情です。怒りは、エネルギーの強い感情なので、どの感情よりストレートに伝わるのですが(笑)、同時に、警戒心や対抗心を起こしやすいのです。実は、ほとんどの場合、(いえ、もしかしたらすべての場合)怒りは、使う必要がないのです。なぜならば、怒りは、怒り単体の感情であることはめったにないからです。たとえば、あなたが親に叱られて、怒りを感じるとき、あなたの内がわには、「親に理解されたい」という隠されたせつなさがあります。あるいは、あなたが、子どもに反抗されて、怒りを感じるとき、そこには、「子どもが離れていく」という隠された怖れがあります。そして、それらすべての奥に、「つながりあいたい」という愛があります。あなたが自分の感情を、まっすぐに伝えていくと、それは、相手にもちゃんと伝わります。もちろん、感情を受け取ることに慣れていないひとたちもいます。感情を抑えてばかりいると、感情を表出することも、感情を受け取ることも不得意になってしまうのです。でも、そんなひとの場合でも、誰でもが感情をもっているのです。あなたが、ことばで、表情で、しぐさで、バッションで、あなたの感情を伝えていくと、相手のなかの感情の源が揺り動かされます。多少の時間はかかるかもしれませんが、きっと動き出します。動き出せば、必ず、つながります。どうぞ、勇気をもって、トライしてみてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第909号(2006年4月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------けんかのできる距離。突然ですが、あなたは、〇ッシュ大統領と、けんかができますか?あるいは、ローマ法王さんとは?え? そんな海の向こうのひととけんかなんでできない?では、通勤電車で、いつも斜め前のつり革につかまっているあのひととはどうですか?毎日、顔は合わせてるけど、話したこともないから、けんかなんてできない?そうですよね。そうなんです。けんかって、自分とかけ離れているひととは、できないんですよね。知ってたとしても、知ってるだけのひととはできないんですよね。つまり、こういうことです。けんかのできる距離があるってことなんです。私たちはともすれば、けんかはいけないことと思いこんでしまいます。けんかしないで仲良くなることがいいことだと思いこまされています。でもね、ちょっと脱線ですが、こんなワークがあるんです。2人で背中合わせに座ります。そして、背中だけを使って思いきり「けんか」します。そう、背中をぶつけて、相手を吹っ飛ばすんです!(笑)そのあとでね、もう一度、背中合わせになります。最初のときと比べてみます。びっくりするくらい、ぴったりとくっつくんです。そう、仲良しになっちゃうんです。あなたとけんかするひとは、あなたとけんかできるくらい、距離の近いひとなんです。距離が近いということは、人生のなかで、かかわりあって、生きていくひとということです。もっと積極的にいえば、何らかのかたちで、お互いを必要としているひとなんですよ。思いきって、けんかしてください。遠慮せず、手加減せず、ちからのかぎり(あ、危害を加えてはいけませんが…)徹底的にけんかしてください。けんかできる距離にあるひとなんです。あなたとご縁の深いひとなんです。そのことを忘れずに、本気で、あなたの本音をぶつけてください。本気で、相手の本音を受け取ってください。本当に本気でぶつかりあえば、そのあとで、きっと、こころの背中がくっつきます。そしたら、二人はもう仲良しさん。今度は、けんかしないでもうまくやる方法が見つかるはずですよ。 もちろん、けんか大好きになって、 毎回けんかしてもかまいません。 その際、肘鉄と頭突きだけは しないように。痛いですから。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第908号(2006年4月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------ナレーションで語ってみましょう。「手放すと楽になります」そうわかっていても、どうしてもできない…。そんな声をよく聴きます。今日は、そんなあなたが、ためしてみる価値充分のエクササイズをご紹介します。それは、「ナレーションで語る」ということ。あなたの目の前に、どうしてもクリアできないこと・もの・ひとがいます。あなたは、いつも感情を揺さぶられます。それを、そのまま、実況中継のナレーションにしてしまうのです。語り口は、自分の好きな声優さんを採用してくださいね。たとえば、こんなふうに…。「まゆみは、くっと、ひそかに こぶしをかためた。 さっき、姑から言われた ひとことが胸にささっていたのだ」 全国のまゆみさん、すみません。 別に名前はどうでもいいんです。 かめおかゆみこを主人公に たとえ話をしようとしたら、 悩みが全然なくて、 つくれなかったのです。(爆)「姑は、こう言ったのだった。『まゆみさん。あなたってどうして、 そんなに、気が利かないのかしら』 そして、いかにも軽蔑したような まなざしを向けるのだった。 それは、この家に嫁いで以来、 何百回と聴かされたことばだった」実際のあなたが、仮にお姑さんに、そのように言われたとしましょう。あなたは、それをそのまま、ナレーションとして、語ってしまうのです。もちろん、こころのなかで。ナレーションを語るには、そのこと・もの・ひとを、客観的に見なければなりません。そのうえで、それを表現するにふさわしい文章を組み立てます。それを語るとき、あなたは、もう、声優か朗読家か、アナウンサーの立場です。おわかりですか?あなたが感情を揺さぶられる立場のままでいるとき、あなたは、よくも悪くも、主人公になっています。それで、あなたが楽しいとき、うれしいときは、そのままでOKでしょう。でも、そのことで、あなたが苦しかったりつらかったりしたときには、この方法を採用してみるんです。ナレーターは、けっして、主人公にはなりません。その物語の脇にいて、冷静に淡々と、状況を語るのです。そう。けっして、感情を揺さぶられることはありません。あなたは、その場にいながらにして、こころをおだやかに保つことができるのです。でもって、余裕が出てきたら、こんな上級ワザもありますよ。「しかし、まゆみは知っていた。 姑は、誰にもこころをひらく ことのできないひとだった。 彼女は孤独のただなかにいて、 嫁をいびるということで、 かろうじて、自分の尊厳を 保とうとしているのだった。 まゆみは、ふっとほほえんだ。『聴いてあげるわよ、お義母さん』 静かなやさしさが、まゆみの 胸に満ちてくるのがわかった」物語を創造してしまうんです。あなたが望むようにね。さあ、いかがですか?ナレーションで語ってみましょう。世界が変わって見えるかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第907号(2006年4月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------かっこよく生きましょう♪演技指導をしていると、たまあに、こんなタイプに行き当たります。背中を丸めて、いかにも自信なさげに舞台に出てくるのです。そして、ちいさな声でせりふを言うと、さっと、引いてしまうのです。ほとんどは、舞台慣れしていないひとのケースです。自信がないのです。だから、できるだけ出てこないようにするのです。ところが、これって、逆にとっても目立つんです。「おずおずオーラ」全開なので、目についてしまうんです。そして、残念ながら、とってもかっこ悪いんです。舞台慣れしているひとが、自信満々かというと、実はそうでもありません。体験が増えるほど、舞台の怖さも知っています。だからこそ、思いきって、エネルギー全開にして、舞台に入ってきます。そうすると、かっこいいんです。舞台とは、演じるがわと、観るがわの、いわば真剣勝負のような場所。その覚悟ができていないと、きちんと、立つことができません。そして、覚悟は、誰かからもらうものではありません。自分で生み出すのです。自分で選ぶのです。ひとまえに自分をさらすということは、どんな場合でも、勇気のいることです。でも、その勇気をきちんと引き受けたとき、ひとは、断然、かっこよくなります。背すじが、すっと伸びます。目のなかに光がやどります。口もとが、きゅっとひきしまります。ねっ。かっこいいでしょ?誰のせいでもない。自分が選んで、いまここに立っているのだという自覚。自分が負うべき責任を、しっかりと引き受けたとき、ひとは、かっこよくなるのです。さあ、鏡の前に立ってごらんなさい。しっかりと背筋を伸ばして。まっすぐに前を見すえて。そして、深く呼吸して、にっこりと笑顔になってみてごらんなさい。あなたは、自分で決めることができます。決めたことを、勇気をもって実行することができます。その結果がどうあれ、引き受けるちからがあります。かっこよく生きましょう♪今日は、あなたのかっこよさを応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第906号(2006年4月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.12.03
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