全30件 (30件中 1-30件目)
1
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------HAPPYを、プレゼントしてあげるんです。地域ミュージカルにかかわっていると、子どもたちと接する機会が増えます。今日は、そんな現場からの話題です。ある日の帰り、一人の女の子がこんなことを言いました。「今日は、自分の思っていることを そのまま表現できて、楽しかった。 ふだんは、言いたいことを言うと、 相手を傷つけないかと心配だから、 本当に言いたいことは言えないの」 ぎょっとしました。だって、その子は、まだ小学6年生だったからです。たった12年しか生きていないのに、自分の本音を話せる場がないなんて!でも、あらためて、ほかの子たちに聴いてみると、似たようなことばが、次々と発せられたのです。ショックをとおりこして、呆然としてしまいました。子どもたちをこんな気持ちにさせる、社会って、現代って、私たちって、一体何なんだろうと、考えこまされてしまったのです。今日は、おとなのあなたにたいするメッセージです。子どもたちは、これから、何十年も、人生を生きていきます。その人生を、自分の気持ちに正直に、ひとと、思いをわかちあえるものにしてあげたいと思いませんか?もしも、共感していただけるなら、あなたにお願いがあります。あなた自身が、子どもたちに見せてあげてほしいのです。本音で話すって楽しいよ。自分の気持ちに正直になることは、すてきなことだよ。思いきってぶつかれば、道はひらけてくるから、大丈夫。…そんなあなたのすがたを、見せてあげてほしいんです。だって、子どもたちは、何も知らずに生まれてきます。生きていくためには、見本が必要なんです。でもね。もしも、あなたが、「私には、見本は示せない。 だって、私も、その子たちと 同じ気持ちでいるから」と感じているとしたら…。実はね、それって、チャンスなんですよ!あなた自身が変わるんです!あなたの生きかたがそのまま、子どもたちの希望になるように。あなたのようにつらい思いを、これからを生きる子どもたちにさせないために。ね? あなたも子どもたちも、いっしょにHAPPYになれるチャンスなんですよ!方法はさまざまです。そして、どんな方法でも間違いはありません。あなたが「変わる」と決心したら、その瞬間から、それは、くっきりと見えてくることでしょう。そして、それこそが、先に生まれてきた私たちが、子どもたちにしてやれる最大のプレゼントなのかもしれません。あなたがHAPPYになることで、子どもたちにも、HAPPYを、プレゼントしてあげるんです。今日は、そのちいさな一歩を、いっしょに踏み出してみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第845号(2006年2月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------エネルギー燃焼術を披露します。もともと、エネルギーは無限です。何しろ、宇宙が供給源ですから。でも、肉体という制約がある以上、人間が使いこなせるエネルギーは、有限です。だから、いかにその燃焼効率をあげるかしかないわけです。からだのほうから見ていきましょう。実は、私は、体力があまりありません。体力がないので、けっして無理ができません。一定限度を超えると、からだが勝手にスイッチを切っちゃうのです。気がついたら、爆睡してます。(ほとんど、絶命状態に近いです)(^^ゞ無理ができないおかげで、からだをこわすことがありません。さて、こころのほう。こちらは、ちょっと自慢できます♪エネルギーは、集中させることで、その威力を発揮することができます。では、どのように集中させるのか?まず、過去にたいするこだわりを捨てることです。これで、過去にエネルギーをとられなくてすみます。次に、未来にたいする不安をもつことをやめることです。これで、未来にもエネルギーをとられなくてすみます。さらに、周囲にたいする気づかいをやめることです。これで、周囲にもエネルギーをとられなくてすみます。残るのは、「いま・ここ」だけ。一点集中ですから、かなりのエネルギーが出せます。そう、「いま・ここ」のエネルギーは、ピュアですからパワーがあるんです。本当に必要なときには、一点集中のエネルギーを、そのときだけに注ぎこみます。たとえ、睡眠時間を削っても、エネルギーが持続します。心地よいプレッシャーはありますが、過度のストレスはたまりません。ポイントは、自分で自覚して、選んでいるかどうかです。誰かに言われてとか、義務感でやることには、この種のエネルギーははたらきません。あなたがいま、生きている、そのかたちは、なんと言おうと、あなたが選んだ結果です。引き受けるか、引き受けないか、やるか、やらないか、いま、この瞬間、あなたは、選ぶことができるんです。さて。もしも、どうしても、エネルギーが湧かないなあというひとには、このひとこと。「生きているあいだは、 やりたいことを思う存分、 やれるかぎり、やり尽くそう。 やりきったあと、死んでから、 好きなだけ休めばいい」エネルギーを燃やせるのは、生きているときだけなんです。楽しんで使わないと、もったいないでしょ?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第844号(2006年2月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------「超える」と決めたら、超えることができます。目の前に、消しゴムがあって、それがじゃまだと思ったら、簡単によけることができます。でも、目の前に磐梯山があって、 (すみません、↑深い意味はないです)それがじゃまだと思っても、よけることはかなり困難です。 (てか、できません…)私たちは、自分が変わるのではなく、相手(他者)に変わってもらいたいと、しばしば思います。でも、そういうふうに感じるときは、たいてい、相手は、消しゴムではなく、磐梯山のような存在です。そんなとき、私たちは、しばしば、自分を、無力な存在のように感じてしまいます。自分には変わるちからがないから、相手に変わってほしいと、無意識のうちに思ってしまうのです。 そのために、問題の原因を 相手にもとめてしまいます。だけど、無意識であっても、「〇〇できない自分」って、考えるのって、あまり楽しくないですよね。どんな状況にあっても、パワフルに生きられる方法を、探ってみたいと思いませんか?たとえば、誰かに「あなたって変わってるわね」と言われたとき、「なんてひどいことを言うの」と、傷つくひともいます。逆に、「あっ、ほめられちゃった?」と、喜ぶひともいます。(私です…)同じ事象・現象に遭遇しても、受け取りかたは、さまざまです。ということは、その事象・現象に決定的な原因があるのではなく、受け取るがわの感覚に、左右されるものだということです。これは、もっとおおきなことでも、同じことが言えます。不慮の事故で、からだの自由をうばわれたかたがたがいます。「自分のせいではないのに…。 もう、一生は台なしだ」と、悲観されるかたもいます。「これは、自分に与えられた、 人生最大のチャンスだ」と、逆に、意味や希望を見出そうとするひともいます。たしかに、起きてくる事象・現象は、きびしくつらいものがあるでしょう。耐えがたいと感じるひとがいるのも、無理はありません。でも、それを、消しゴムにするのも、磐梯山にするのも、実は、私たち次第だということなのです。そして、たとえ磐梯山であっても、「自分は磐梯山を乗り越える」と、決意することができれば、それは、「越えられる磐梯山」に変わるんです。しつこいようですけれど、繰り返しますね。私たちは、何にたいしても、どのようなことがあっても、「受け入れる」と決めたら、受け入れることができます。「超える」と決めたら、超えることができます。そして、「だめだ」と思ったら、やっぱり、だめになるんです。いつでも、どんなときでも、しなやかに、変化していける、そんな自分のほうが、すてきだと思いませんか?そんなすてきな自分を、もっと、信じてみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第843号(2006年2月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------けっして軽んじてはいけません。私は、中学校演劇の現場におつきあいすることがおおいのですが、たまあに、こんな光景を見かけます。同じ場所なのに、場面によって、入ってくる位置がちがう。暗転のとき、もたついて、転換がスムーズにいかない。あるいは、やたらと暗転がおおい。…などなど。お芝居を少しでもかじったことのあるひとならば、大体、想像がつくでしょう。これって、練習不足もあるけれど、お芝居をつくるために必要な基本を知らないことから起きることがおおいんです。本当は、もっと資料や本を読んで、勉強したほうがうまくいきます。指導者がきちんとついてあげれば、うまくいきます。でもね、本や資料がなくても、指導者がいなくっても、あなたたちにできることが、ちゃんとあるんです。それは、当たり前の自分の感覚を信頼するということです。同じ場所なのに、場面によって、入ってくる位置がちがうとき、それは、何を意味するのか。そう、さっきは壁だったところを、次は、ぶち破って平気でいる、ということと同じですね。(笑)日常でそんなことができるのは、ゴジラだけです。 (日常にゴジラはいませんってば)暗転のとき、もたつくのは、誰が、何を、どこにもってきて、誰が、何を、どこにもっていくのかを、きちんと相談していないためです。やたら、暗転が多くなりすぎるのは、おおくの場合、脚本が未熟か、脚本の意図を、演ずるがわが、汲み取っていないせいです。おわかりですね?「ここは壁になっている場所だよ。 ひとがとおったら変だよ」「これとこれを、誰がどうするって、 わかっていたほうが楽だよ」「暗転がたくさんあると、 落ち着かない気分がするよ」そんなひとことが、稽古のなかで、交わされればいいだけなんです。それだけで、解決しちゃうんです。多くのことが。大切なのは、本でも指導者でもない。あなたがた、一人ひとりなんです。一人のあなたが、こう感じる…。そのことを大切にするだけでいい。そして、自分の感じたことを、まわりに伝えてみるだけでいい。あなたのそのひとことが、どれだけ、お芝居を変えていくきっかけになることか。あなたがたのそのことばが、どれだけ、お芝居を生き生きしたものにしてくことか。あなたは、いつだって、このお芝居をつくるために、絶対必要なひとなんです。だから、受け身にならず、鵜呑みにせずに、自分の感覚をひらいて、感じてみるんです。その発言が、誰かの発言を誘発するかもしれません。そのことで、もっともっと舞台をすてきにするためのアイデアが生まれるかもしれません。あなたの思いを、あなたのことばを、けっして軽んじてはいけません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第842号(2006年2月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------脚本を書きましょう。ここでオススメしているのは、テレビや映画の脚本ではなく、舞台のための脚本です。脚本を書きましょう。詩でも、小説でもなく、脚本です。なぜかって?脚本を書くためには、登場人物を考えなくてはなりません。作者の代弁のような人物では、見ていておもしろくありません。異論反論ばしばし言うひとが登場すると、おもしろいです。あなたは、書きながら、さまざまな人物のこころについて、思いをめぐらすでしょう。ひとりの視点では足りません。ときには、対立さえすることなる視点をも探るでしょう。聖人君子ばかりでも、退屈します。ただの悪役では、うすっぺらです。表もあれば裏もある、そんな人間くさい人間を書きましょう。そんな人物から、思いもよらぬ場面展開も生まれます。出番の少ない役にも、できるだけ、大切な場面を考えます。だって、劇って、何回も何回も練習して本番を迎えるんです。どうでもいいせりふでは、役者さんは、やる気をなくします。そして、ドラマには、おおきな盛り上がりが必要です。 (この際、諸説は無視します)(笑)こころがおおきく揺れるような、そんな場面を設定しましょう。人生は、波風あってこそ楽しいのです。困難を避けずに、直面しましょう。安全な場面ばかりでは、観客は退屈してしまいます。どきどきはらはらが、ほしいのです。いっしょに、わくわくしたいのです。ねっ。書いてみるとわかりますよ。ふだん、思ってしまうことが、どんなに人生をつまらなくしているかって。失敗しないようにしよう。間違わないようにしよう。笑われないようにしよう。問題が起きないようにしよう。そんなことばかり考えている登場人物は、魅力的ですか?そんな考えで行動していたら、わくわくする場面は生まれますか?これを読んでいるあなたは、一生、舞台に立つなんて体験をすることはないかもしれません。それでも、今日はオススメしてみます。脚本を書きましょう。人間を書きましょう。人生を書きましょう。ドラマを書きましょう!あなたの人生に、スポットライトをあて直すために!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第841号(2006年2月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------終わらせるのは、自分です。たとえば、誰かのことばや行動に傷ついて、怒りを感じたとき。あるひとは、相手にその怒りをぶつけます。また、あるひとは、怒る自分を責めます。(自分に怒ります)家族や友だち、ペットなどに、八つ当たりするひともいます。(^^ゞ怒りは、感情のなかでも、とりわけ強いエネルギーをもっているので、反応も強く出てしまいやすいのです。いずれの場合も、こころとからだ、そして信頼関係に、あまりいい影響を及ぼしません。そんなときは、深呼吸して、自分に深くたずねてみましょう。自分は、本当は、何にたいして、怒っているのかと。必要ならば、紙に書き出してもかまいません。相手のことばや行動というイメージが浮かんだあなたは、「分離感」にとらわれています。自分自身に矛先を向けたあなたは、「罪悪感」にしばられています。あるいは、「無力感」も、ひそんでいるかもしれません。そして、ご存知でしょうか。これらの感覚は、どれも、私たちを、やすらぎとおだやかさから、遠ざけるものなのです。 どれかひとつ、ではなく、 どれも、です。言い換えると、私たちは、分離感や罪悪感、そして、無力感をもっていればいるほど、やすらぎもおだやかさも、手に入れにくいということなのです。つまり、私たちは、それらの感覚を手放すほど、やすらかでおだやかに、生きられるということです。あなたが、怒りに身をまかせることで、元気が出るひとなら、それはそれでかまいません。けれども、怒りによって、苦しみを感じるひとならば、どこかで、それを、終わらせてあげたほうがいいのです。終わらせるのは、自分です。他の、誰でもありません。どんな方法でもかまいません。ただし、していけないのは、我慢と抑圧。こちらは、逆に長引きます。今日のメッセージは、少し不親切かもしれません。でも、とても大切なことをお伝えしたつもりです。怒りを手放すことは、人生における、おおきなテーマのひとつです。それは、あなた自身が超えていくしかないものです。超えていける自分を受け取るとき、あなたは、確実にパワーアップしています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第840号(2006年2月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------他人を変えることはできません。「あのひとが、 こうしてくれさえすれば」そんな気持ちになることって、誰にでもありますよね。残念ながら、どんなに願っても、相手は、あなたの思いどおりには動きません。そして、それでいいのです。なぜかって?あなたが、この世界の創造主でないかぎり、世界を動かす法則は、すべて、あなたにもあてはまります。つまり、あなたの念が、誰かを変えることができるなら、あなたもまた、誰かに勝手に変えられるかもしれない、ということです。…でしょ?想像してみてください。あなたを変えたいと思っているひとは、ひとりとはかぎりません。(笑)あるひとは、あなたに、「もっと、積極的になってほしい」と思っているかもしれません。そうすると、ある朝、目が覚めると、あなたは、ばりばりのキャリアウーマンに変身しているかもしれません。そのひとの念のせいでね。(^^ゞまた、あるひとは、あなたに、「もっと、教養を身につけてほしい」と、思っているかもしれません。すると、ある日、帰宅途中に、あなたは、突然、華道教室に立ち寄って、講座申し込みをしたくなるかもしれません。その別のひとの念によってね。(^O^)考えてみたら、それもまた、おもしろい世界かもしれませんね。毎朝、目覚めたら、昨日とはちがう自分になっているんです。だって、ひとが、ひとを変えられる世界なんですから!もう、日記をつけていても、同一人物とは思えませんね。名前さえも変わってしまうかもしれません。たぶん、国家も崩壊します。だって、国民を管理しようにも、毎日変わってしまうんですから。なんだか、未来SF映画みたいな感じです。(^^ゞ…と、今日のメッセージは、ちょっと悪乗りしてしまいました。でも、こんなふうに考えてみると、、「ひとを変える」ということが、どういうことか、おわかりですよね?私たちは、他人を変えることはできません。そして、それでいいのです。だからこそ、こうして、ある意味、世界の平和は保たれているのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第839号(2006年2月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------見えているのは、部分だけ。Aさんというひとがいました。Aさんと、Bさんは、互いに信頼しあっていました。Cさんというひとがいました。Cさんは、Aさん、Bさん共通の友人でした。あるとき、ちょっとしたことから、AさんとCさんのあいだに、気持ちのすれちがいが生まれてしまいました。それ以来、AさんとCさんは、距離をとるようになりました。さて、後日です。Cさんは、たまたま、Aさんが、Bさんのことについて話している場にいあわせました。それは、Bさんにたいして、批判的ともとれる内容でした。Cさんは、Aさんの話していた内容を、Bさんに告げました。Bさんは、ひどくショックを受けました。実は、ちょうど前後して、Aさんとのあいだに、ちょっとしたトラブルが起きていたからです。Bさんのこころに、Aさんにたいする不信感が生まれました。Cさんのことも信頼していたので、Cさんの話を否定することはできなかったのです。ときが経つにつれ、Bさんの気持ちはどんどん重くなります。とうとう、あることがきっかけで、AさんとBさんは真正面から衝突しました。Bさんは、こころにためていた思いのたけをAさんに、包みかくさず、ぶつけました。Aさんは、ひどく怒りましたが、Bさんは、臆せず反論しました。ふたりのあいだで、激しいことばの応酬がおこなわれました。すべてをぶつけあったあと、ふたりのこころには、ためていたものがなくなりました。きれいさっばり、吐き尽くしてしまったのです。ふたりは握手しました。けんかする前よりも、もっと深い信頼が、ふたりのあいだに生まれました。そのとき、Bさんはわかったのです。だれひとり、間違っているひとはいない、と。ひとは、なぜ、すれちがうのか。それは、お互いに、見えているのは、部分だけだから、なのだと。Aさんと、Cさんがすれちがったのは、お互いに、お互いの一部を見て、判断してしまったためなのです。Cさんが、Bさんの批判をAさんがしているのを見たとき、その話の一部しか、見えていなかったのです。Bさんと、Aさんのトラブルも、お互いに、お互いの一部しか見えていなかったためなのです。見えているのは、部分だけ。私たちは、このことを、もっと肝に銘じて、ひととかかわるべきかもしれません。そうすれば、一方的に、相手を決めつけないですむでしょう。自分の見えていない部分を、もっと謙虚に探すことができるでしょう。仲直りのチャンスも増えますね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第838号(2006年2月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------過ぎてしまえば、みんな思い出。先日のことです。隣にいた友人が、突然、悲鳴をあげました。「スケジュールを書きこんだ、 手帳がない!!」カバンをひっくり返して、大騒ぎです。「どうしよう。あれがないと、 生きていけない」(友人は、個人で 教室を経営しています)それをそばで聴いていた別の友人がひょいと言いました。「カードもろもろ全部入った 5万円入りのお財布を 落とすのと、どっちが大変?」聴けば、数か月前に、実際に落としたのだそうです。調子に乗って、私も言いました。「1年がかりで書いた原稿が、 ボツになったのとは?」(注・もちろん事実です)(爆)お互い、はたと顔を見合わせました。そして、誰からともなく、笑い出してしまいました。たしかに、仕事のスケジュールをすべて手帳に書きこんでいた友人にとって、手帳の紛失は、ショックなことだったでしょう。カードやお金を紛失するのも、やっぱり、ショックなことです。もちろん、原稿がボツになるのだって。(笑)でもね、そんなときに、このことばを思い出せばいいんです。「過ぎてしまえば、みんな思い出」たとえば、3か月前、あなたはどんなことで悩んでいましたか?あるいは、1年前は?3年前は? 10年前は?そのときは、たしかに、深刻に悩んでいたでしょう。でも、いま振り返ってみると、案外、記憶さえないこともおおいのではありませんか?仮に記憶があったとしても、10年前のことを思い出して、リアルタイムにショックを受けるひとは、めったにいません。過ごしてきたときが、その痛みや苦しみを、やわらげてくれるのです。なぜなら、私たちは、「いま」を生きているのですから。過去に何があったとしても、生きているのは、「いま」以外にないのですから。だから、もしも、いま、過去の記憶に閉じこめられ、苦しんでいるのだとしたら、このことばを、先どりしてしまうんです。「過ぎてしまえば、みんな思い出」実際には、あなたが、そのできごとを、胸のうちに、かかえつづけているかぎり、なかなか、思い出になってはくれません。そして、それは、あなたを苦しめこそすれ、けっして、やすらぎを与えてはくれません。それだけの苦しみを受けながら、なぜ、なおも、自分をさらに苦しめようとするのですか。解放してやるのです。やすらかにさせてあげるのです。「過ぎてしまえば、みんな思い出」このことばを、受け入れることで。無理に、信じこもうとする必要はありません。急いで変化しようとしなくていいのです。でも、どうか、このことばを繰り返しながら、ゆっくりとゆっくりと、あなたの内なるやすらぎを、取りもどしてください。あなたのやすらかで、おだやかな顔が、私は、好きです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第837号(2006年2月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------冬を終わらせたのです。長い、長い、冬でした。終わりがないかと思うほどの、きびしくつらい冬でした。冬のあいだ、春は、永遠に来ないかのように感じるものです。寒さにこごえ、吹雪におびえ、こんな冬のさなかに、ひとり、身をふるわせている自分をのろいたい気持ちになるものです。いっそ、みずから、死を選びたいような思いにさえかられることがあるのです。…この「冬」は、私の友人が実際に体験した「冬」です。でも、おそらく、あなたもまた、それと同じか、近い気持ちを、体験したことがあるでしょう。あるいは、いま現在、体験しつつあるかもしれません。でもね、私が、今日のメッセージをあなたに届けたい理由。それは…。友人が、その冬を終わらせたのです。ええ、もちろん、「生きる」という選択肢のもとで。そして、いま、春に向かって、一歩、一歩、歩き出そうとしています。友人が体験した「冬」が、どんなものであったか。ここでは、その詳細は書きません。過去に起きた事象をつらねても、それ自体に意味はないからです。大切なことは、かたちはちがっても、あなたの冬と、どこか重なる部分があるはずだということ。そして、重なる部分があるのなら、あなたの「冬」にも、必ず終わりが来るのだということ。今日は、ただそのことだけを、あなたに伝えたくて、このメッセージを書いているのです。友人がしたことは、ただひとつのことです。けっして、あきらめなかったこと。耐えがたいような逆境のなかでも、自分の生きるかたちを、みうしなわずに、求めつづけたこと。そのいとなみのなかで、友人は、少しずつ、自分を責める気持ちを終わらせ、誰かを責める気持ちを終わらせ、「冬」を終わらせていったのです。そのいとなみのゆえに、友人を支えたいと思うひとたちが、あらわれるようにもなったのです。まだ、完全に春が来たわけではありません。まだまだ、冷たい風は吹くでしょう。季節はずれの雪が舞うかもしれません。でも、もう大丈夫。友人は気がついたから。ぶあつい凍土を割って、雪割り草が、芽を出すことに。冷たい北風のなかにも、ほんのりと、ふくらみかけた花のつぼみのかおりが、包みこまれていることに。あなたには、まだ、春は見えていないかもしれません。今日のメッセージを、信じる気持ちにはなれないかもしれません。それでも、もしよかったら、いつか取り出せるどこかに、このメッセージを、しのばせておいてほしいのです。私の友人が、まさにいのちがけで託してくれた、メッセージなのですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第836号(2006年2月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.22
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------あらゆる枠組みを超えて先日、中学生たちと話をしていたときのことです。部活の上下関係のことが、話題になりました。上級生からいろいろチェックされたり、ときには呼び出しを受けたりなど、いろいろと大変なようです。私は、私がかかわっている演劇部の話をしました。「そこでは、先輩後輩の別なく、 みんな、ニックネームで 呼びあっているよ」そう言うと、みんな、「えーっ」という声をあげました。そこで、私は聴いてみました。「上下関係にきびしい先輩って、 どうしてそうなると思う?」みんなは、首をかしげます。「これがすべてにあてはまるか どうかはわからないけど、 そのひとは、自分に自信が ないのかもしれないよ」私は、そんなふうにつづけました。「だって、本当に尊敬できるひとには、 言われなくても、そういう気持ちを 表現したくなるでしょう? 自然に敬語になるよね。 たとえ、タメ語であっても、 気持ちは、ちゃんとこめるよね。 それにね、そういうひとって、 たいていは、細かいことなんかで、 いちいちチェックしたりしないよ。 後輩をきびしく管理したいひとは、 もしかしたら、自分が、 尊敬されないかもしれないと 思うと、こわいのかもね。 こわいから、きびしくすることで、 後輩の気持ちを、しばりつけたい のかもしれないね」口には出さなかったけれども、こんなふうにも思いました。上下関係をきびしくしたくなるのは、本当は、上下関係なんてないからかもしれません。だって、その時代って、せいぜい、2歳かそこらの差しかないんですもの。人生の長いスパンから見たら、そんな年齢差、あってもなくても、同じようなもの。そんななかで、自分を、上に見せたいと思うと、無理にがんばって、「先輩」を演じてしまうのかもしれません。 礼儀やしつけは必要だと、異論のあるかたもいらっしゃるかもしれません。もちろん、考えかたは、ひとそれぞれです。ですから、これは、私の体験から出たことばに過ぎません。そう思って読んでください。 上下の別なく、ニックネームで呼びあっている子どもたちは、実にのびのびとしています。とても、子どもらしいのです。10代を、のびのびと、子どもらしく過ごしてほしい。10代という時代を、思いきり満喫してほしい。だって、10代の時間は本当にかぎられているのだから。10代の時間は、10代だけのもの。おとなへの予備時間ではないのだから、「ときには、やめてくださいって、 言う勇気をもつことが必要かも」「後輩の気持ちを大切にできる 先輩になりたい」中学生たちからは、ぼつりぼつりと、そんな感想がこぼれました。あなたがたが、おとなになったとき、あらゆる枠組みを超えて、こころからの信頼と尊敬でつながる人間関係が育てられるよう…。あなたたちの「いま」を、応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第835号(2006年2月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------感じるままに、感じ尽くしなさい。誰かを本当にゆるせないと感じたとき。そして、そんな自分をゆるせないと感じたとき。あなたは、自分を抑えてはいけません。感じるままに、感じ尽くしなさい。相手をゆるす必要はありません。何も考える必要はありません。ただ、感じなさい。感じ尽くしなさい。感情が、嵐のように襲うでしょう。そのまま、吹き荒れさせなさい。みじんも、抑えてはいけません。声を出し、吠え、わめきまくるのです。壁や床をたたき、叫ぶのです。どんな罵詈雑言も、ためらってはいけません。あなたの内がわにあるものを、すべて、吐き出すのです。吐いても吐いても、またこみあげてくる、その感情を、どこまでも、出し尽くすのです。なぜなら、あなたは、毒を飲んだ状態と同じだからです。その毒を、体内に残しておいてはいけません。涙をこらえてはいけません。流れるままに、流すのです。のどをかきむしり、胸をたたき、けもののようにのたうちまわりながら、涙のかぎりを、流し尽くすのです。途中で、止めてはいけません。体力のあるかぎり、意識のつづくかぎり、吐いて吐いて、吐き尽くしなさい。ちから尽き、倒れたあなたのほおに、涙が伝うでしょう。その涙も、とどめることなく、流し尽くしてしまうんです。何度でも、繰り返し、繰り返し。あなたのなかが、すっかりからっぽになってしまうまで。ご存知ですか?感情は、出し尽くすと、終わるのです。終わって、別のエネルギーへと変化するのです。あなたを苦しめているのは、現実の、事実ではありません。あなた自身の感情です。だから、苦しみを終わらせたいと思ったら、感じ尽くしてあげればいいんです。感じ尽くし、終わったとき、あなたの目の前には、ことなる世界が見えているはずです。あなたの感情というフィルターがはずれた世界です。あなたは、あなたの苦しみをかかえつづけて生きることもできます。手放すこともできます。苦しみを終わらせたいと思ったら、やってみる価値はあります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第834号(2006年2月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------エゴを抱きしめてあげてください。遠いむかしの、あるとき、あなたの内がわで、エゴは目を覚ましました。あなたの内がわから見える、外の世界は、おおくの不思議に満ちていました。見るものすべてがめずらしく、エゴはわくわくしました。そのわくわくのままに、足を踏み出し、こころひかれるものに、ふれようとしたとたん…。あなたは、ばしっと何かにぶつかりました。それはひどく痛かったのです。「ああ、これは、ふれてはいけないものなのだ」エゴは、そう感じて、あなたに、そう教えました。また、あるとき、あるところに足を踏み入れとたん、びりびりとしびれるような衝撃を受けました。「ここも、入らないほうがいい」エゴは、あなたに固く言い聞かせました。そうです。エゴは、あなたを守るために、痛かったり、苦しく感じること・ものから遠ざけようとしてくれたのです。それが、生き延びていく方法だと、信じていましたから。エゴに、悪気はなかったのです。エゴは、あなたをこころの底から愛していたのです。あなたを、危険な目にあわせたり、痛い思いをさせたくなかったのです。でもね。エゴは知らなかったのです。あなたが、どんどん成長していくことを。だって、エゴは、あなたの内がわにいて、あなたの外がわの姿は見えないのですから。いつまでも、おさなくて弱かったあのときのままのあなただと思いこんでいるのです。だから、何か危険そうなものがやってくると、全力で、あなたを守ろうとしてしまうのです。「それは、怖いものなんだよ!! 近づいちゃいけないよ!」と。だからね。今度は、あなたから、エゴに教えてあげる番なんです。「大丈夫だよ。 怖くなんかないよ。 私はもうちいさな子どもではなくて、 この痛みも苦しみも、ちゃんと、 引き受けることができるの。 だから、安心して、 私の生きかたを見守っていてね」そう言って、エゴを抱きしめてあげてください。そのとき、エゴは知るんです。自分がずっと守ってきたと思っていたあなたが、いつのまにか、ずっとずっと、おおきくなっていることに。あなたの腕に抱きとめられて、エゴは、ほっと息をつくんです。そして、自分の役割が終わったことを知るんです。どうか、あなたのその腕で、エゴを楽にさせてあげてください。それが、おおきくなったあなたが、エゴにしてあげられる恩返しです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第833号(2006年2月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------「コントロール」を手放すということ。私たちは、恋をすると、いつでも、そのひとのことばかり思い浮かべてしまいます。朝起きても、昼間仕事をしていても、夜眠りにつくときも…。まるで、そのひとに、こころを占領されてしまったかのように。そう、ある意味、すっかり相手にコントロールされているんですね。(笑)だって、考えようとしなくても、自然に思い浮かべてしまうんですから!でも、恋ごころというアドレナリンがばんばん出ているので、このコントロールは、本人にはとてもここちよく感じられます。さて、おつきあいがすすみます。私たちは、相手にたいして、自分のことをわかってほしいという欲求をもっています。同じ気持ちになってほしい。同じ行動をとってもらいたい。自分の思いどおりになって!…って。けれども、私たちは、お互いにことなる存在ですから、なかなか、それはかないません。だんだん、いらいらがつのります。どうしてわかってくれないの?私のことなんて、どうでもいいの?なんて自分勝手なの?(爆)そして、すっかり忘れてしまうんです。あんなにも、わくわくして、光に満ちていたときがあったことを。なぜ、いま、こんなにいらだつのか。それは、それだけ、相手に、強い思いをもっていたからだということを。そんなふうに、恋びとどうしがすれちがって、恋が終わってしまったとき…。それはそれで、しかたのないこと。でもね、ひとつだけ、ぜひ、やってほしいことがあるのですよ。それはね、もういっしょにはいられないそのひとにたいして、「ありがとう」を言うこと。そのひとが、この世に存在するだけでうれしかった、そんな時代があったこと。もっともピュアな気持ちで、ひとと向かいあった時間があったこと。たとえ、それが過去のことであっても、あなたのなかで、その時間は、永遠に輝く時間なんです。そのことに、「ありがとう」と言ってあげるんです。そのとき、あなたは、そのひとにたいしてもっていた「コントロール」の気持ちを、手放すことができるんです。ああしてほしい。こうしてほしい。こうあってほしい。そういういっさいの気持ちを、手放すことができるんです。「コントロール」を手放すということ。それは、あるがままをそのままに受け入れるということ。あなたはあなたのままに。そのひとはそのひとのままに。それができたとき、あなたは、この人生のなかで、最大の幸福感を手に入れることができるでしょう。これは、恋にかぎったお話ではありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第832号(2006年2月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------自分自身をケアしていいんですよ。誰かが困っているとき、私たちは、できることなら、そのひとを、助けてあげたいと感じます。これは、ひととして、ごく自然な感情だと思います。けれども、こんなときは、そのかぎりではありませんよね。たとえば、あなたが、おなかが猛烈に痛くて、ころげまわっているとき。あるいは、高熱でもうろうとして、ふらふらしているとき。「私にはできない。 誰か、代わりに助けてやって」きっと、そう思うことでしょう。「それより、私を先に助けて」そんなふうに思ったとしても、何の不思議もありません。 私たちの人間関係においても、実は、似たようなことが、しばしば起こっています。ただ、ちょっとやっかいなのは、人間関係の場合、本人が、自分がおなかが痛いことや、熱があることに、気がついていないときがあることです。あなたが、うまくいかない人間関係のただなかにあるとき、実は、傷ついているのは、相手だけでなく、あなた自身でもあるということなんです。 ここ、要注意です。 あなた「だけ」が傷ついている のではなく、あなたも相手も、 ともに傷ついているのです。だから、まずは、そのことに気づいてほしいんです。わかるでしょう?あなたは、相手をケアするより先に、自分自身をケアしていいんですよ。あなたは、そのひとの主治医でもなければ、ましてや、専門のお医者さんでさえないのです。まずは、誰よりも、傷ついている自分自身を、ケアすることに、こころを注ぎましょうよ。そのときに、相手が、自分を攻撃してくるように感じるかもしれませんが、本当は、ただ、痛くてあばれているだけかもしれないのです。それがわかったら、少し離れてあげるんです。痛みゆえに誰かを傷つけてしまう、そんな苦しみを、相手に与えてはいけないのです。そうして、まずは、あなた自身の傷を癒すのです。あなた自身の幸福を、こころの底から願うんです。そのうえで、もしも余裕があったら、少しだけ祈りのちからをわけてください。あなたが幸福を感じる度合いだけ、その相手にも、幸福が伝染していくように、イメージしてみるのです。あなたの傷が、癒されれば癒されるほど、相手もその恩恵を受けることができます。それが、祈りのちからです。もう一度だけ。(しつこいですが)誰よりも、まず、あなたがケアされる必要があるのです。祈りのちからを使うのはそのあとですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第831号(2006年2月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あなたは、どうしたいの?私たちは、自分にかかわるひとのことを、いつでも心配してしまいます。そう。おとなは、子どもの、先生は、生徒の、上司は、部下の心配をせずにはいられません。心配のあまり、あれこれと、干渉したくもなります。とりわけ、人間関係で、何かトラブルがあるようなとき、つい手出し口出ししたくなります。その気持ちは、よーくわかります。でもね、そんなとき、ちょっとひと呼吸おいて、こう、聴いてあげるんです。「あなたは、どうしたいの?」って。あなたの子どもは、生徒は、部下は、あなたが思っている以上に、自分が何をしたいか、あるいは、何をしなければならないのかを、よく知っているんです。でも、あなたが心配しすぎると、「あなたの心配に値する存在」でいようとしてしまうんです。わかりますか?それだけ、あなたとその子(生徒・部下)は、つながりのある関係です。すると、その子(生徒・部下)は、無意識のうちに、あなたの意向に、沿おうとしてしまうんです。だから、聴いてあげるんです。「あなたは、どうしたいの?」って。その子(生徒・部下)は、はじめ、あなたの「正解」を探ろうとするかもしれません。でも、あなたは安易にこたえてはいけません。アドバイスも不要です。ただ、何度でも、何度でも、聴いてあげるんです。「あなたは、どうしたいの?」それは、あなたが、その子(生徒・部下)を、本当に信頼しているという気持ちを伝えることでもあります。信頼されたとき、ひとは、今度はその信頼にこたえようと、こころをはたらかせはじめます。わかりますね?ひとは、心配には、心配をもってこたえます。信頼には信頼をもって、こたえます。それだけのことなんです。これが、すべてのはじまりです。信頼をもってひきだされてきたこたえだけが、次のステップにすすむちからをもつのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第830号(2006年2月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------すべては、あなたからはじまるんです。最近、ふと思いました。私たちの不幸のひとつは、自分の魅力や能力を、過小評価してしまうことにあるのではないかと。たとえば、私は、縫いものが全くできません。(^^ゞ劇づくりの現場では、衣装を自分でつくるケースもあります。そのたびに、すいすいできる、まわりのひとたちを見て、「すごい」と、感嘆しています。でも、当の本人たちは「こんなの、誰でもできます」と、こともなげに言うのです。ときには、「かめおかさんのように、○○はできないですよ」と、つけ加えることもあります。○○っていうのは、脚本創作とか、編集とか、そういうことです。でも、脚本創作や編集よりも、縫いもののほうがずっと、ひとの役に立つチャンスはおおいんです。もしも、穴の空いた袋があって、それにお米を入れろといわれたら、 (どうしてそんな状況になるんだ、 というツッコミは却下!)縫いものができるひとのほうが、絶対に、役に立つんです。だったら、それって、充分に価値のあることだと思いませんか?その、自分のもっている魅力や能力を、もっと、認めていいと思いませんか?私たちは、認められると、自然に元気になれます。こころは、そういうはたらきになっているんですね。だったら、まず、誰よりも、自分を一番たくさん認めて、ほめてあげましょうよ。自分が元気になったら、もっと、いろいろなことにトライできるようになります。いろいろなことにトライすると、可能性がますます広がります。可能性が広がると、うまくいく度合いも、そのぶんだけ増えていきます。そしたら、ますます、元気が出てきます。元気が出てくると、ほかのひとにも、元気を分けてあげたくなります。そしたら、ほかのひとの魅力や能力を、どんどん、ほめてあげるといいんです。そのひとも、きっと、パワーアップして、さらにまた、ほかのひとに、元気を分けてあげられるようになります。ねっ。自分の魅力や能力を認めるって、とってもすてきなことでしょう?あなたも元気、まわりも元気。パワーアップの輪が、どんどん広がっていくんです。そして、気がついてくださいね。この喜びに満ちた輪のスタートは、あなたなんですよ。すべては、あなたからはじまるんです。今日は、あなたの「スタート」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第829号(2006年2月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「自分の幸せ」という責任。その友人は、事情があって、親戚のおばさんと同居していました。おばさんは病気がちで、いつも誰かの助力を必要としていました。自分自身で立つことのできないひとでした。友人は、そのおばさんに、依存されることがいやで、とうとう、家を飛び出してしまいました。そして、海外で、勉強しながら、自立できる仕事をめざしました。けれども、そんな友人には、ひとつの悩みがありました。恋愛が成就しないのです。おつきあいははじまるのですが、数か月もたつと、相手が離れていってしまうのです。紆余曲折の苦しみの末に、友人は、はっと気づきました。自分が、いつも、自分の気持ちを抑えて、相手に合わせようとしていたこと。相手の前で、最大限の「いいひと」を演じることで、相手の気持ちを、こちらに向けようとしていたこと。その自分の姿に、あの大きらいだったおばさんの姿が重なりました。ふたりとも、本当は、こころから愛をほしがっていたのに、まっすぐに、相手と向き合おうとしなかった。おばさんは、病気がちな自分を、人生の犠牲者として。友人は、自分を殺して、相手に合わせるひととして。「こんなにがんばっている私を、 大切にするのが当たり前」口には出さないけれど、全身全霊で、そう訴えていた。それが、相手にとって、無言の重圧になることに気づかないまま…。あんなにきらいだったおばさんと、自分が同じであったことに気づいたとき…。友人にはわかったそうです。「私は、私の幸せの責任を 自分でとろうとしていなかった」それは、ショックでもありましたが、目の前の霧が晴れたような、そんなすがすがしさがありました。「問題が何か、わかった ということは、もう半分は 解決してるってことだよね。 これまでの自分を責めるよりも、 こうして気づいた自分を ほめてあげたい」友人のメールは、そんなふうにしめくくられていました。「自分の幸せ」という責任。それは、けっして、誰のせいにすることはできません。また、仮にいま、うまくいっていないとしても、自分を責める必要もありません。なぜなら、そのことに気づいた瞬間から、ひとは、本当に自分を幸せにしていいのだということが、わかるのですから。だから、私たちは、この「自分の幸せ」という責任を、堂々と請け負っていいのです。請け負って、まっすぐに生きていきましょうよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第828号(2006年2月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------いいとこどりで行きましょう♪このメルマガ「今日のフォーカスチェンジ」の特徴を、ずばり書きます。それは、「矛盾する内容がたくさんある」ということです。(^^ゞなぜかというと、同じできごとにたいして、ひとは、一人ひとり、ちがう反応をするからです。たとえば、ショックを受けたとき、ひとりになりたいひともいれば、誰かに、フォローしてもらいたいひともいます。あるいは、きびしく叱咤激励してほしいひともいるでしょう。同じひとでも、そのときどきの状況によって、反応がちがいます。だから、Aにたいして、つねにBというこたえは、出てこないのです。こたえはひとつではないのです。もしもよかったら、どうか、こんなふうに受け取ってくださいね。「いいとこどりで行きましょう♪」と。私のメッセージは、その日その日、私のなかから、「今日は、これがやってきた」というしかないところで生まれています。それは、ときには、あなたに向けられたものであったり、あなたのとなりのひとに向けられたものであったり、ときには、私自身に向かって、発せられたものであったりします。そうやって書いていくと、私のメッセージは、実に矛盾だらけになっていきます。(^^ゞあの日と、この日とでは、正反対のことを書いているように思えることもしばしばです。でも、それも含めて、どれか一つだけが正しくて、どれかは間違っているのではない、と私は思っているのです。自分がフィットしないものがやってきたときには、それは、捨ててしまってかまわないのです。それを受け取って、元気が出るひとが、受け取ればいいだけのことなのです。あるいは、反感や疑問をもつことに、そのメッセージの意味が、あるかもしれないのです。そのことを楽しめたらいいなと思っているのです。もちろん、これは、私がいただくメッセージにしても、同じことです。うれしいコメントもあれば、批判的なコメントもあります。それらを、私は、すべてありがたくいただきます。いただいて、いいとこどりで消化(昇華)してしまいます。そのように受け止めたとき、すべては、自分のおトクになります。いいとこどりで行きましょう♪受け取ることが、もっと楽しくなりますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第827号(2006年2月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「苦しみ」という名のチャンス。人生を生きていくなかで、私たちは、しばしば、思いがけぬ苦しみに行き当たります。それは、愛するひととの別れであったり、親友の裏切りであったり、失業や病気であったりします。そのたびに、私たちは、なぜ自分がこんな目に遭うのかと、うらみたい気持ちにもなります。でもね、最近、私は気づいたのです。「苦しみ」を超えたあとには、おおきなプレゼントが用意されていることに。だから、本当は、「苦しみ」は、おおきなチャンスなのだと。けれども、そのことに気づくためには、やらなければならないことがあります。苦しみを、きちんと受け止めることです。誰か(何か)のせいにしたり、必要以上に自分をあわれんだり、ましてや、目をそむけたりしてはいけないのです。そんなことをしたら、気づきが得られないばかり、苦しみを長引かせ、あらたな混迷を引き寄せてしまうのです。ではどうしたら、苦しみを受け止めることができるのでしょうか。それは、この苦しみは、必要があってきたものだと、信じることです。いまは、苦しみしか見えないけれど、その裏に、大切な何かが隠されていると信じることです。苦しみとの向き合いかたは、さまざまです。ときには、耐え忍ばなければならないこともあるでしょう。ときには、ぶつかりあわなければならないこともあるでしょう。怖れないことです。現象に振り回されないことです。必ず、その先に、光があると、信じて、かかわることです。「苦しみ」という名のチャンス。私たちは、それを回避しながら、生きることも不可能ではありません。そして、そういう生きかたも、けっして間違ってはいません。ただ、このチャンスを、本当に勇気をもって受け止めたとき、かつてなかったような、おおきなプレゼントがもたらされます。その、おおきなプレゼントを、体験してみたかったら、向き合ってみるしかないんです。たった一度きりの人生。どうぞ、怖れを捨てて、受け取ってみてください。あなたの人生にとって、苦しみは、最大のチャンスなのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第826号(2006年2月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.08
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------はじまれば、終わります。本番の舞台が終わるとき、いつも、このことばが、私の頭にあがってきます。「はじまれば、終わります」当たり前のことなのですが、本当にしみじみと思うのです。地域ミュージカルの仕事にかかわって、5年になります。毎回、約3か月の稽古期間があり、数十人の子どもたちが、その時間をともにします。ときには、人間関係のごたごたもあります。ときには、さまざまな事情から去っていく子もいます。あるいは、ふたたびもどってくる子もいます。さまざまなドラマがあり、そのドラマを内に秘めながら、舞台はかたちづくられます。思いのすべてをぶつけて、本番の幕はあがり、そして、おります。どれだけ、エネルギーを注ぎこみ、稽古を繰り返しても、本番がくれば、上演が終われば、すべてはおしまいです。もう、この劇を上演することはできません。仮に再演が実現したとしても、おそらくは、同じメンバーで上演することはできないでしょう。仮に、同じメンバーで上演できたとしても、二度と同じ舞台にはならないのです。だから、すべては、はじまれば終わるのです。そして、私は、舞台の終わりに、いつも人生を重ねて見ているのです。私たちの人生という舞台もまた、はじまれば、いつか終わります。どんなに苦しい時期も、どんなにせつない思いも、どんなに胸はずむ体験も、必ず、終わりがきます。演劇をとおして、私は、いつも、その人生の最後に、自分はどのような幕をおろすのかと考えるのです。幕をおろすために、どれだけのことが、いま、できているのかを考えるのです。ともすれば、漠然と、区切りもなく過ぎていく日々、この、子どもたちの舞台は、いつもそのことを教えてくれます。どのように生きるのか。どのように終わるのか。繰り返し、繰り返し、問いをつきつけてくるのです。あなたはいま、自分の人生という舞台に、どのようにたっていますか?はじまれば、終わります。その終わりを見すえて、生きてみてください。あなたの生きかたが変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第825号(2006年2月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------何を怖れているのですか?私たちは、日々、たくさんの怖れに支配されて生きています。あまりにたくさんあり、そして、あまりに自然なので、怖れをもっていることに気づかないことさえあります。いいえ、気づくことを怖れて、気づかぬふりをしている場合もあるんです。今日は、その怖れと、きちんと向きあってみようと思います。もう一度、たずねますね。あなたは、いったい、何を怖れているのですか?失敗すること?間違うこと?まわり道すること?後悔すること?どんどん、自分に深く問いただしてみましょう。何を怖れているのですか?笑われること?がっかりされること?あなどられること?おとしめられること?思い起こすことによって、いま、あなたは、とても苦しい思いをしているかもしれません。耐えがたい痛みを感じているかもしれません。今日は、はっきり宣言します。それは、あなたの奥深くに隠れたエゴのしわざです。エゴが、あなたをがんじがらめにして、一歩を踏み出させるのをはばもうとしているのです。それって、なぜだか、わかりますか?エゴは、とてもこわがりだからです。エゴは、変化するのがこわいのです。自分が自分でいられなくなるからです。だから、あなたの陰に隠れて、あなたのこころにささやきつづけるのです。「失敗したら、取り返しがつかない」「笑われたら、恥ずかしい」「これをやったら、ばかにされる」本当は、失敗しても、いくらでもやり直せるのです。誰も、あなたのことを笑ったりなんかしないのです。ばかにするひとなんか、相手にしなければいいのです。あなたには、それだけのちからがあるのです。こんなにこわがりのエゴにたいして、あなたは、何を怖れているのですか?いますぐ、エゴに言ってやりなさい。「何も怖がる必要はないんだよ」と。そして、エゴを抱きしめて、あなたのぬくもりで、溶かしてあげておしまいなさい。あなたの内がわで、ひとつにしてあげるんです。そしたら、すべての怖れはなくなります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第824号(2006年2月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------ミッションーひととして生きる至福。人生の目的が見つからないと、なげいているひとがいます。やりたいことが何もないと、落ちこんでいるひとがいます。でも、おおくのひとは、そこで、ひとつの幻想をいだいています。「人生の目的が見つかれば、 楽になれる」「やりたいことがあれば、 楽しく生きられる」ええ、幻想なんです、それって。ポール・コールマンさんというひとを、ご存知ですか?15年も、世界じゅうを徒歩で歩きつづけ、その土地、土地で、木を植えつづけたひと。アース・ウォーカーとの異名をもつひと。ミッションに目覚めたとき、彼は、悩みました。それを選択することは、目の前にある、安定した職と、裕福な生活を捨てなければならないことがわかったからです。彼は、抵抗しました。でも、ミッションが、彼を離しませんでした。そして、彼はついに選択しました。旅は、当然ながら、困難をきわめました。追いはぎにあったことも、一度や二度ではありません。お金がなければ、野宿するしかありません。飢えと渇きに苦しみながら、歩きつづけたこともありました。それが、ミッションでなければ、とうてい、つづけることはできなかったでしょう。人生の目的が見つかることは、彼にとって、もっとも困難な道を選ぶことでした。やりたいことをやりつづけることは、いのちがけのことでした。もし、あなたが、人生の目的や、やりたいことが見つからないと、悩んでいるとしたら…。それが見つかったときに、どんな困難があっても、向き合っていく覚悟がありますか?もしも、即座にイエスと言えないのなら、いたずらに、まぼろしを追い求めるのはおやめなさい。代わりに、いま、目の前にある、自分ができることに、誠心誠意をそそぐのです。何もやる気が起きないひとは、朝起きて、ふとんをきちんとたたむことでも、かまいません。仕事がつまらないと思うひとは、そのつまらない仕事を、世界じゅうで一番ていねいにやってみるんです。すると、そこには必ず、どんなにささやかであっても、よろこびが生まれます。よろこびは、次の一歩へのエネルギーを、間違いなく、あなたにあたえてくれます。その積み重ねが、あなたを、いつか、もとめているものへと近づけてくれるでしょう。そして、そのときに、あなたは気づくのです。どんなに困難をきわめても、自分で選んで動いたときに、それは、かけがえのない人生の宝ものになるのだと。そう、コールマンさんは、いまも、とびきりの笑顔で、世界をまわりつづけています。その笑顔を見ながら、私は、こんなことを思ってしまうのです。ミッションは、彼に、安泰をあたえはしなかったけれど、ひととして生きる至福をもたらしてくれたのではないかと。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第823号(2006年1月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------痛みの裏がわにこそ…誰かの悪口を言っているひとを見るとき。ひとがいやがるだろうなと感じることを、あえてしているひとを見るとき。自分の有利になるようにと、かげにまわってふるまっているひとを見るとき。私は、痛みを感じます。どうしようもないほどの痛みを感じます。そのひとは、いま、そうすることしかできないから、そうしていることがわかるから。私たちは、幸福になりたい。やすらぎのなかで生きたい。満ち足りた喜びを、享受したい。意識的であれ、無意識であれ、このことを望まないひとは、本来、ただのひとりもいません。本当は、誰でもが、選べるのです。自分自身の奥深くにアクセスし、こたえを聴き取りさえすれば。でも、そこにいたる闇は深く、ひとは、なかなかたどり着くことができません。そして、ときに、まるで、ハンドルがこわれてしまった車のように、思わぬ方向に走りはじめてしまうのです。そんなとき、そのひとの奥深くで、悲鳴をあげているこころがあります。傷みを感じるのは、そんなときです。そのひとが、耳をふさいで聞かないようにしている、その声が、聴こえるのです。聴こえるような気がするのです。もしも、私たちが、その奥深くの声を聴くことができるようになったら、おそらく、もう、表面的な出来事で、腹を立てることはなくなるでしょう。だって、不快に感じるそれらのすべてのことばが、おこないが、本当は、奥深くからの、悲鳴の裏返しであることがわかるから。私たちが、そのひとの内がわを感じることができるなら、そのひとは、そのおこないやことばを、使わずにすむのです。だって、そのひとの思いは、もう伝わっているのですから。すべての不調和の根っこには、痛みが隠されています。痛みを感じることで、私たちは、つながることができます。それがどれほど困難な道のりであるか、私にもよくわかっています。でも、書いておきます。私たちは、イメージしたことを実現できるちからを、もともともっているのですから。この痛みこそが、私たちを、深いところでつなげてくれるのです。痛みの裏がわにこそ、真のやすらぎが隠れているのです。どうぞ、痛みを怖れずに向きあってみてください。このメッセージを読んでくださる、すべてのあなたに、お願いします。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第822号(2006年1月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分の足で立つということ。私が継続して学んでいる野口体操http://www17.ocn.ne.jp/~noguchi/では、「足の裏」とは、いわゆる「足の裏がわ」だけをさすのではありません。では、どこかというと、床にふれている部分すべてを、「足の裏」と呼ぶのです。ですから、正座しているときは、足の裏は、ひざから下の、床にふれている部分になります。さかだちをしているときは、てのひらが、足の裏になります。でんぐり返しのようなかっこうをしているときは、肩や首のうしろが、足の裏になります。足の裏とは、何でしょうか?それは、地球とつながっている部分なのです。私たちが、この地球上に存在できるのは、地球の重力が私たちを引き寄せてくれているおかげです。足の裏を意識するとき、私たちは、地球とつながっている自分を思い出します。私たちと、ともにある、この地球の存在を思い出します。自分の足で立つということ。それは、まさしく、この地球と、自分の意志でつながることです。ふらふらするかもしれません。誰かの支えがほしくなるかもしれません。でも、まず、自分で立ってみる。そのことが大切なんです。 そのうえでのサポートであれば、 とてもすてきだと思いますよ♪最初のうちは、何度も転んでしまうかもしれません。そのたびに、あなたの足腰は、きたえられていきます。歩くたびに、つまずいてしまうかもしれません。そのたびに、あなたのバランス感覚は、みがかれていきます。いつか、あなたは、怖れを捨てて、前進している自分に気づくでしょう。自分の足で、大地を踏みしめ、生きている自分を、たのもしくうれしく思うでしょう。それも、これも、まずは、「自分の足で立つ」ことが、出発点なんです。あなたの勇気が、あなたの決断が、あなたを、望む未来へと連れていってくれるんです。さあ、勇気を出して、自分の足で立ってみるんです。そして、あなたとともにあるこの地球を感じてみましょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第821号(2006年1月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------不快を快に変えるステップ。私たちの脳は、「快いことには積極的になり、 不快なことには、消極的になる」という機能がそなわっています。説明するまでもなく、当たり前のことですね。でも、世の中には、まだまだ、「これをやらなければだめだから、 がんばってやりなさい」という指導がまかりとおっています。脳のはたらきに反することをしても、効果はあがりにくいのです。こんなはたらきかけをしていては、ますます気が重くなってしまいます。さて、そうはいっても、世のなかには、「やらなければならない」ことが、たくさんあるようです。そんなとき、どうしたらいいのか?先日、仕事の関係で、パソコンを使って、ある作業をしていました。説明書きにしたがって、一定のフォームをつくる作業です。もともと、キカイオンチの私のこと、たちまち、行き詰まります。もう、不快指数300%です。(笑)こんなときの、私の特効薬は、「罵詈雑言をわめきちらす」です。えっ?と思われるでしょうね。「前向きに考えて取り組む」ほうがいいと思われるでしょう?でもね、やりたくないことをしぶしぶやっているときって、絶対にストレスがたまるんです。がまんしつづけると、さらに、ヒートアップしてきます。だから、たまらないうちに、どんどん出してしまうんです。「わめきちらす」ことで、気持ちを発散させてしまうんです。ちなみに、このときに、「できない自分」に文句を言ってはいけません。わかりにくい(と思える)説明書や、言うことを聞かない(と感じる)キカイに、文句を浴びせかけるのです。 文字どおり、人畜無害ですから。(^^ゞ つまり、まちがっても、ひとに 浴びせてはいけないってことです。発散させたら、次に、「よしっ」と気合を入れます。「いける、大丈夫」と、おだてます。そして、ちょっとでもうまく進む感じになってきたら、「さすが、やっぱり」と、自分をほめまくります。(爆)罵詈雑言。気合。おだてる。ほめる。この4点セットが、不快を快に変えるステップです。不快を不快のまま、放置しないのがポイントです。ただし、これですべてが解決するわけではありません。どうしても、いやなことって、あるものです。そのときは、何があろうと、すっぱりやめること。そこまでいやなことを、自分に強いるのは、脳のはたらきに反しています。自分を不快にさせないことは、自分にたいする誠意です。大丈夫。やめることで、まわり道になったとしても、脳が快を感じることを見つければ、きっと、超えていけますからね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第820号(2006年1月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------意識を高くもってください。ある団体での話です。自分たちが主催するセミナーの参加費の設定で、意見が分かれました。「あまり高いと、 ひとが来てくれないのでは」と、心配するひとがいたのです。セミナーの内容は、やや専門的。しかも、直接、営利には結びつくものではありません。たまたま同席していた私は、意見をもとめられ、言いました。「この内容の価値がわかるひとは、 どんなに高くても参加します。 逆に、わからないひとは、 100円に下げたって来ません」つまり、言いたかったことはこういうことです。参加費を高いか安いかを感じるのは、参加者の主観の問題です、と。たとえば、私は、レストランで、1000円のメニューを頼むとき、ちょっとした気合が入ります。(笑)でも、おもしろいと思ったら、1万円以上するセミナーに、平気で申し込みをしてしまいます。それって、いい・悪いではなく、まして、お金がある・ないではなく、個々人の価値観の問題なんです。だから、主催者のがわは、自分たちにとって、自信のある内容を提示すればいいのです。それが、100円だろうが、10000円だろうが、払う価値があると思うひとが参加するのです。だとしたら、必要以上に参加費のことで気を使うことはないのです。高額セミナーに参加するとき、ひとは、自然に、どん欲になります。払ったぶんだけ、もとをとってやろうという気になります。(^^ゞ私は、それでいいと思います。主催者のほうも、それにより刺激を受けて、よりパワーアップするからです。逆に、妥協して安くしすぎると、「この程度で受講できる内容って?」と、疑問に感じるひとも出てきます。主催者も、参加者も、モチベーションがあがりにくくなります。(すべてがそうとは限りませんが)「参加費を高くすると、 安いから参加しようと思うひとは、 参加しなくなります。 結果的に、意欲的な参加者が、 多く集まることになります。 そういう参加者は、依存的ではなく、 主体的に参加してくれます。 そうなると、主催者が、 伝えたいと思っていることを、 しっかり吸収してくれます。 だから、参加費を気にしすぎるより、 来てくれたひとが、きっちり 満足して帰れる内容を用意することに、 より、こころをくだいてください」その団体では、最終的に、参加費を下げないことで一件落着しました。セミナーはこれからですが、きっと、準備にも気合いが入るだろうと期待しています。あなたが主催者であっても、参加者であっても、セミナーの価値を決めるのは、あなた自身の意識です。意識を高くもってください。あなたの学びが加速します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第819号(2006年1月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------書き出してみましょう。先日、ある友人と、ひさびさに会いました。聞けば、あきらかに仕事が合わないようなので、「転職は考えてみたの?」と、聞いてみました。「親の介護や、 いろいろ考えると無理」友人は、いくつか理由を並べてみせました。たしかに、それらは、お金のかかることもあり、友人の心配はわかります。その日は、時間がなかったので、私は、これだけ言いました。「今度ね、そういうことを 全部書き出してみて。 そしたら、またちがう面が 見えてくるかもしれないよ」その後、友人がどうしたかは、まだ聞いていませんが…。あなたが、悩みをかかえたとき、行き詰まりを感じたとき、ともかく、書き出してみましょう。たったこれだけのことが、実はとても重要なんです。悩んでいるとき、私たちの頭のなかは、迷路状態になっています。こんがらがった毛糸玉、といってもいいでしょう。それを整理してくれるのが、「書き出すこと」なんです。あるときも、友人が悩みごとの相談にきたので、「いま、思っていることを 全部書き出してみて」と、おすすめしました。最初は、面倒くさがっていましたが、しぶしぶ書き出したところ、「あっ、そうか」と、急に、笑い出しました。そう、するすると、ほどけてしまったんですね。書くという行動をとおして、私たちは、頭のなかにあったものを、いったん、外(紙)に移してしまいます。そのぶんだけ、頭のなかは、すきまができます。どんどん書き出していくと、どんどんすきまができます。そしたら、ほらね。迷路の先が見えるんです。毛糸玉がほどけるんです。自分のかかえていた問題の、正体(本質)が見えてくるんです。そしたら、何をどうしたらいいか、自然にわかってしまうんですよ。すぐにわからないときもね、少なくとも、書き出すことで、気持ちはずいぶん楽になります。そしたら、軽く散歩でもして、リフレッシュしてみてください。問題に立ち向かうエネルギーが、きっと湧いてきます♪そしたら、ヒントも生まれやすくなるものです。さあ、いままで、頭のなかでかかえて悶々としてきたあなた、ぜひ、実行してみてください。一円もかからずに、(あ、紙とインク代はかかりますが)状況を好転させる魔法のワザです。ためしてみて損はないですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第818号(2006年1月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------そしたら、ひとは、死なないんです。「なんだか、私、死なないような 気がするんですよ」かつて、こんなとんでもないことばを言ったひとがいます。宇野千代さんです。たしか、90歳を過ぎてからのことばだったと記憶しています。もちろん、のちに、天寿をまっとうして亡くなられましたが…。でも、私は、宇野さんのこのことばが、とてもとても好きです。それは、宇野さんというひとが、誰よりも、エネルギッシュに、人生を生きて生きて、生き抜いたひとだったからです。私たちは、いつか必ず死にます。これだけは、誰であっても、100%、絶対に確実な真実です。なのに、私たちは、日々をどこか勘違いして生きています。漠然と、いつまでも生きているような気持ちがしているのです。でも、それは、宇野さんの生きかたとはまるでちがいます。今日やるべきことを先送りにし、明日をきちんと見つめることもなく、そんな日々が、永遠につづくかのように錯覚している…。それが、おおくの、私たちの日常ではないでしょうか。宇野さんが、なぜ、「死なないような気がする」と言ったのか。例によって、強引にかめわざ流で解釈してみます。自分の生きたい方向をしっかりと見すえて、まっすぐに進んでいく。思いに妥協なく、やれるかぎりのことをとことんやってみる。私にとって、宇野さんは、そんな印象をあたえてくれるひとでした。それは、ある意味、毎日毎日、その日の自分を終わらせていく生きかただったのかもしれません。毎日毎日、終わって、毎日毎日、生まれなおす。その瞬間、瞬間に、いつでも一番あたらしい自分がいる。それって、いつでも最大のエネルギーで生きているということですよね。100%、現在進行形である、ということですよね。そしたら、ひとは、死なないんです。いえ、たしかに最後は死ぬのですけれども、そこには、「あたらしく死んだ」自分が生まれるだけなんです。「生きている自分」が「死ぬ」ことはないのです。 意味、伝わります?(^^ゞそんなふうに考えてみると、エネルギーを小出しにして生きている私たちの日常は、生きていながら死んでいるといえるかもしれません。それって、とってももったいないことのような気がします。私たちは、もっともっと、エネルギーを燃やして生きることができるのです。そんな自分の可能性を、思いきって信じてみませんか?そして、楽しみながら、「死なない」人生を生きてみましょうよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第817号(2006年1月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------世界は「勘違い」からできている。世のなかのほとんどすべての争いは、「私(こそ)が正しい」という思いからはじまります。言い換えれば、世界には、絶対的に正しいこたえが存在する、という考えかたですね。でも、私は、実は、こんなふうに考えているのです。世界は「勘違い」からできている。…と。子どもは、ちいさなころ、親のことを、神にもひとしい、絶対的な存在だと思っています。これって、おおきな勘違いです。でも、だからこそ、親は、子どもにしつけができるのです。それから、恋をするひとたちは、みんな、自分のパートナーが、世界で最高の存在だと思っています。これこそ、最大の勘違いですね。でも、そのおかげで、人類は、絶滅せずにきたのです。ね? 勘違いって、まんざら捨てたものじゃないでしょう?むしろ、おおいに、世界平和に貢献していると思いませんか?そこで、今日の提案です。積極的に、勘違いしてみませんか?自分は、能力がないと悲観しているあなた!自分は大器晩成であり、ひとよりもさらにおおきく開花するために修行中なのだと、勘違いしてみませんか?そしたら、あなたは、もっと前向きに、自分の学びに集中できるはずです。あるいは、自分は、誰からも理解されないと悩んでいるあなた!実は、あなたは、本当はひとを理解してやれるがわの人間なのだと、勘違いしてみませんか?そうすれば、あなたは、一歩踏み出して、ひととかかわっていくことができるでしょう。大切なことは、自分が、元気になれる、わくわくする勘違いをすることです。そして、もっと大切なのは、自分が勘違いをしていることを知っていることです。逆説的なようですが、このことが、大切なのです。勘違いをしていることを忘れてしまうから、自分が「正しい」と思いこむのです。そして、他人が間違っていると主張したくなるのです。もう一度、書きますよ。もともと、世界は、「勘違い」からできているのです。本来、「勘違い」でなかったものなど、ひとつもないのです。私も勘違いして、生きています。あなたも勘違いして、生きています。だから、おあいこなんです。あとは、勘違い同士、折り合いをつければいいだけです。正しさなんて必要ありません。あなたの「勘違い」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第816号(2006年1月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2009.09.05
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1