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図書館で借りて、常に手元に置いておきたいと思い購入した本。【送料無料】子どもの話にどんな返事をしてますか?価格:1,470円(税込、送料別)こういうたぐいの本を息子の障害がわかった時に色々読みあさったし、何冊も買った。でも・・・結局、あんまり変われなかった私。成長しない母はやっぱり怒ってばかりいた。子どもが大きくなるにつれ怒り方もきつくなって息子の人格を攻撃するような言い方をしてしまうことも・・・この本は、そういう自分への戒めとして常に手に取れるところへ置いておくべきだと思った。反抗期を迎え、これからますますヒートアップするであろう母子ゲンカの中で繰り返されるはずの無益な傷つけ合いを極力避けられたら・・・と思う。・・・むつかしいんだけど。
2012.03.27
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この週末、2日間とも朝早く名古屋へ行く用事があり。昨日は仕事で、今日は息子のプログラム。昨日、家を出るときは晴れていたのに名古屋に着いたとたん結構な雨。やたら冷たい雨の中を走って会場まで。髪はボサボサになるし身体の芯から冷え切るしで散々な目にあった。そして今日は幸いお天気は晴れたもののやっぱり、えらく寒い。電車が駅に停まるたびに開くドアから冷たい風がビュ~~~~ッと吹き込み「さむ~~~」と、目が覚める。そして、名古屋に着き目的地まで歩いているとチラホラと白いものが空から。「これってまさか」「雪だね」「やっぱり雪だよね」「どうりで寒い訳だよ」息子と二人、寒い寒いと騒ぎながらひたすら建物目指して歩いた。3月の下旬っていつもこんなに寒かったかなあ・・・とっても寒いんだけどもう季節的には春だしさすがに真冬みたいな格好はやっぱりどうだろうと怖じ気づきあんまり厚着が出来なかった自分が悲しい。雪は少し舞った程度で積もるというほどではなかったけど吹きつける冷たい風が耐えがたかった。はやく暖かくならないかな~~
2012.03.25
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昨日、息子の卒業式だった。式は淡々と粛々と進み、このまま泣かずに済むかも・・・と思ったけど、卒業生と在校生の合唱のところでやっぱり涙がこぼれてしまった。(私は結構がんばってこらえたけど ダダ泣きしているお父さんとかいた)息子だけでなく、幼稚園の頃から知っている息子の同級生たちの成長ぶりが本当にまぶしくて「みんなこんなに大きくなったんだなぁ」と改めて驚いた。(そしてその分、親は歳を取ったんだなぁ・・・)親は涙だったけれど、子ども達に涙はなかった。みんな明るい笑顔だった最後に先生のところへご挨拶に行くと、「実は、○○くんは あと何日か居残りで学校に来てもらうので、 まだ最後じゃないです」と明るく言われてしまった。卒業したのに居残りって…最後まで息子らしいわ…
2012.03.20
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最近、日記の更新もさぼりがち。仕事を家に持ち帰って夜中まで作業したり毎週日曜日に出社して仕事したりで全然休めなかった3月。その上、苦労が報われなくて・・・やる気をなくしたというか疲れ切ったというか消耗しつくしたというか時々、上司が「がんばれ」と声をかけてくるのだけど「がんばれない」と返している。そんなこんなでバタバタしてるうちにもう今日で息子の小学校生活が終わり、月曜日が卒業式。持ち帰るものがたくさんあるはずだから2週間ほど前から、少しずつ持って帰るよう毎日言い続けたのに、忘れ続けた息子。(卒業式のプリントも持ち帰らないまま)さすがに少しは先生もフォローしてくれ~~と思い3日ほど前に、担任へ「もし持ち帰るものが多いようなら 回収に行きますが・・・」と電話を入れてみた。「いまのところ大丈夫ですよ~~」という軽い返事であったが今日、息子はわりと大きめの段ボール箱を抱えて帰ってきた・・・さぞ重かったろうよ・・・まあいいけど若くて経験の浅い先生には息子のような子はやはり荷が重かったのかな・・・3学期に入ったら、ほとんど放置状態だった。(5年の担任もそうだったけど)最初から最後まできちんと息子と向き合い、とことんフォローしてくれたのは4年生時のY先生だけ。当時からあんな素晴らしい先生、そうはいないと思ってたけどやっぱりその通りだった。そして、息子の成長を目に見えて感じたのもあの4年生の1年間だった。あの1年があったからこそ今の友達に囲まれた息子があると確信している。来週の卒業式ではやっぱり少し泣けるかも知れないけど、Y先生が異動になって学校を去ったときほどには泣かないかもしれない。
2012.03.16
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日々、同じようなバトルを繰り返しながら気づけばもうすぐ卒業式。早いものだ・・・たぶん私は泣くだろう。だって、半年前に映画の中の卒業式の場面を見たときに(次は息子が・・・)と思っただけで泣けたくらいだ。自分の卒業式ではたったの一度も泣いたことはない。小、中、高校、そして短大でも斉藤由貴の歌ではないけれど「冷たい人」と言われてもしかたないほどたいした感動もなく卒業した人間である。でも、息子の卒業式ではきっと泣いてしまうだろうと思う。それは、「よくぞここまで・・・」の感動の涙ではなく「これからどうしよう・・・どうなるの・・・??」という、不安と恐れの涙かもしれない。小学校では色々・・・本当に色々あったけどそれでも、まだ「学校」という枠の中で保護されてきた期間でもあった。でも、それもあと3年。たった3年・・・。その後は、厳しい現実の中にぽいっと放り出されるのだ。そこからはもう、保護してくれる場所はない。市の教育心理相談室も中学を卒業したら受け付けてくれない。1人の大人として周囲から見られることになったときいったい彼はどうなっているのか・・・この6年間、母なりに色々頑張ってきたつもりだけど身辺整理も時間の観念も結局、ほとんど何の進展もないままの卒業となってしまった。彼なりにちゃんと成長はしているのだけれど・・・あっという間に月日が経って未熟児でクラスの誰よりも小さかった息子が気づけばこんなにヘビー級になっている。あとどれだけ親と子の時間を過ごせるのかな・・・いや・・・思いのほか長くこのままだったりして・・・それはそれで困るし・・・とか色々考えてしまう、今日このごろ。
2012.03.09
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恥ずかしながら…子ども手当の申請を今日、ようやく投函した。市役所から通知が来たのは去年の秋。忘れていた訳ではないのだ。出さなきゃ出さなきゃ…と、ずーーーーーーっと思い続けていて。忘れないように、封筒をいつも見える場所に置いて。明日は書こう明日こそ投函しよう…と思い続けて年を越してしまい。年明けてから早く書かなきゃ早く出さなきゃと、ほとんど毎日自分に言い聞かせながらなぜかものすごく面倒で。まあいいや、明日やろ。…で、明日になるとあ、もう時間ないなあ、しかたない、明日書こ。と、後回しにして延ばし延ばしにしてきたのだった。なんで、こんなに長い間しかも、書かなきゃいけないことが分かっているのに書けなかったんだろうか?ついに、2月に入って市役所から再度の通知が来た。「子ども手当の申請が出ていないようです」というその通知をしかし、見なくても申請の催促だと分かっていたから封を切らないままに1ヶ月放置。3月末までに出さないと子ども手当がもらえなくなる!!と、内心あせりながらもやっぱり後回し…。私のこの心理って息子が宿題をやらないと私に怒られるのが分かっていながらどうしても出来ないのにそっくり。もちろん仕事では決してこんなことはない。むしろ、決められた納期よりも早めに仕上げてしまわないと落ち着かない。子ども手当の場合は誰かに迷惑がかかるというものではなく申請できなくても、困るのは自分だからこんなに動けなかったのだろうか。自分でもなんでこんな長い間、気にし続けながら今日の日まで申請を投函できなかったのか不思議でならない。いざ書いてしまえばほとんどの内容は印字済みだし5分もかからないほど簡単に書けるものなのに…それにしても…封筒を見るたびに苦痛を感じる日々だった。それならなんでもっと早くできなかったのか??それが、どうしてもわからない。
2012.03.01
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